説明

ビーム検出部材及びそれを用いたビーム検出器

【課題】高エネルギーから低エネルギーに至るまでの放射光ビームや、軟X線ビーム等をより効率的に可視光励起し、その位置及び強度分布を高精度で長期間安定して検出することが可能で、従来の検出装置よりも低コストで製造し得るビーム検出部材及びそれを用いたビーム検出器を提供する。
【解決手段】ビーム7の位置や強度を検出するためのビーム検出部材2であって、ビーム7が照射されるビーム照射部6が、ホウ素(B)を平均10〜150ppm含む多結晶ダイヤモンド膜4からなり、この多結晶ダイヤモンド4中のホウ素(B)濃度は、前記多結晶ダイヤモンド4の膜厚方向に不均一な濃度分布を持つ。この様なビーム検出部材2と励起された励起光8,8aを観測する励起光観測手段3,3aとによりビーム検出器1を構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シンクロトロン放射光設備等で発生する高エネルギー放射光等のビームをビーム照射部に照射することにより、このビーム光の位置・強度等の検出を行うビーム検出部材及びそれを用いたビーム検出器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、医療、材料、エレクトロニクス分野等の研究開発において、ビーム状の紫外線からX線まで発生させるシンクトロン放射光設備等が広く活用されてきている。このような目に見えないビームの位置や強度を正確に把握することは重要であるが、容易ではない。更に、放射光のエネルギーは高いので、誤って非照射対象物や実験者に高エネルギー光を照射したり、また、実験者が気づかない間に間接的に多量のX線が照射されたりする危険性がある。
【0003】
そのため、放射光ビームの位置や強度を簡便に測定するビーム検出器やビーム検出方法が必要とされている。紫外線やX線ビームの位置等を把握するために一般的に用いられる蛍光板の類は、放射光ビームのエネルギーが大きくなると蛍光板自体が損なわれるので、本目的には使用不可能である。
【0004】
紫外線やX線ビームの位置等を把握するための従来例に係るビーム検出器またはビーム検出方法としては、表面半分と裏面半分に光電膜を形成したモニター板に、X線ビームが照射されると光電膜から電子(光電子)が放出され、各面から放出された電子量を2次電子倍増管で測定する方法(特許文献1参照)や、金属電極が両面に配置され中心に穿孔のある円盤状の気相合成ダイヤモンド板に、放射光が照射されると光電子が放出されるので、光電子電流をモニターすることにより放射光ビームの中心位置を推定する方法(特許文献2参照)等が提案されている。
【0005】
しかしながら、前記従来例に係るビーム検出器や検出方法は、前者は2次元的なビーム位置(y座標)は決定出来ず、後者は放射光ビームの位置を予め知らなければ、放射光ビーム位置のモニターが出来ないという自己矛盾を抱えていた。
【0006】
この様な問題点に対し、本発明者等は、既に、ビーム位置検出部材にX線透過性と熱伝導度・耐熱性に優れる多結晶ダイヤモンドを適用し、放射光X線ビームの位置及び強度を測定可能なビーム検出部材及びそれを用いたビーム検出器を提案した(特許文献3参照)。この提案は、それまでは不可能であった放射光X線ビームの位置及び強度を簡便に測定出来る優れた発明であるが、ビーム検出部材におけるより高効率の可視光励起という点からは改良の余地がある。
【特許文献1】特開平7-318657号公報
【特許文献2】特開平8-279624号公報
【特許文献3】特開2007−262381号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は係る問題点に鑑み、その後も継続して研究開発を進めた結果、新たな知見を得てなされたものであって、高エネルギーから低エネルギーに至るまでの放射光ビームや、軟X線ビーム等をより効率的に可視光励起し、その位置及び強度分布を高精度で長期間安定して検出することが可能で、従来の検出装置よりも低コストで製造し得るビーム検出部材及びそれを用いたビーム検出器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的を達成するために、本発明の請求項1に係るビーム検出部材が採用した手段は、ビームの位置や強度を検出するためのビーム検出部材であって、ビームが照射されるビーム照射部が、ホウ素(B)を平均10〜150ppm含む多結晶ダイヤモンド膜からなり、この多結晶ダイヤモンド中のホウ素濃度は、前記多結晶ダイヤモンドの膜厚方向に不均一な濃度分布を持つことを特徴とするものである。
【0009】
本発明の請求項2に係るビーム検出部材が採用した手段は、前記多結晶ダイヤモンド中のホウ素(B)濃度が、膜厚方向に150ppm以上の部分及び10ppm以下の部分を有することを特徴とするものである。
【0010】
本発明の請求項3に係るビーム検出部材が採用した手段は、請求項2に記載のビーム検出部材において、前記多結晶ダイヤモンド中のホウ素(B)濃度が150ppm以上及び10ppm以下の部分の、前記多結晶ダイヤモンドの膜厚方向に占める体積比率が33%以上かつ66%以下であることを特徴とするものである。
【0011】
本発明の請求項4に係るビーム検出部材が採用した手段は、請求項1乃至3のうちの何れか一つの項に記載のビーム検出部材において、前記ダイヤモンド膜の少なくとも一部が基板で保持されると共に、前記多結晶ダイヤモンドの膜厚が3〜30μmであることを特徴とするものである。
【0012】
本発明の請求項5に係るビーム検出部材が採用した手段は、請求項1乃至4のうちの何れか一つの項に記載のビーム検出部材において、前記多結晶ダイヤモンド膜をなすダイヤモンド粒子の平均粒子径が10μm以下であることを特徴とするものである。
【0013】
本発明の請求項6に係るビーム検出器が採用した手段は、ビームの位置や強度を検出するためのビーム検出部材を備えたビーム検出器において、請求項1乃至5のうちの何れか一つの項に記載のビーム検出部材と、前記ビーム照射部にビームが照射されると可視光が励起され、この励起光を観測する励起光観測手段とを備え、この励起光観測手段によって観測された励起光により、前記ビームの位置や強度を検出することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明の請求項1に係るビーム検出部材によれば、ビームの位置や強度を検出するためのビーム検出部材であって、ビームが照射されるビーム照射部が、ホウ素(B)を平均10〜150ppm含む多結晶ダイヤモンド膜からなり、この多結晶ダイヤモンド中のホウ素(B)濃度は、前記多結晶ダイヤモンドの膜厚方向に不均一な濃度分布を持つので、ビームが照射されたとき励起される励起光が、内部で吸収されることなく高強度な励起光として外部に取り出せる。
【0015】
また、多結晶ダイヤモンドの結晶格子において、原子半径が炭素に較べて小さなホウ素が炭素を置換して存在すると、前記ダイヤモンド膜の内部応力が低減されるが、この様な作用は、ホウ素がダイヤモンド中で均一な場合よりも、分布のあるほうがより顕著に顕れる。
【0016】
更に、本発明の請求項2に係るビーム検出部材によれば、前記多結晶ダイヤモンド中のホウ素(B)濃度が、膜厚方向に150ppm以上の部分及び10ppm以下の部分を有するので、ホウ素濃度150ppm以上の部分で高効率に励起された可視光が、ホウ素濃度10ppm以下の部分で効率よく透過して、前記ダイヤモンド膜の外部に取り出すことが出来る。
【0017】
また更に、本発明の請求項3に係るビーム検出部材によれば、前記多結晶ダイヤモンド中のホウ素(B)濃度が150ppm以上及び10ppm以下の部分の、前記多結晶ダイヤモンドの膜厚方向に占める体積比率が33%以上かつ66%以下であるので、ビームが照射されたとき励起される励起光強度が更に大きくなる。
【0018】
本発明の請求項4に係るビーム検出部材によれば、前記ダイヤモンド膜の少なくとも一部が基板で保持されるので、多結晶ダイヤモンドが自立膜構造を有し、この自立膜部分に放射光ビームが照射されるので、高強度のビームに対しても破損しない。特に基板がシリコンの場合は、熱伝導に優れるだけでなく、加工が容易で、前記基板の平坦性と放射光ビーム7に対する垂直度の確保が容易となる。同時に、前記多結晶ダイヤモンドの膜厚が3〜30μmであるので、放射光ビームが散乱や回折を生じることなく透過し得る
【0019】
そして、本発明の請求項5に係るビーム検出部材によれば、前記多結晶ダイヤモンド膜をなすダイヤモンド粒子の平均粒子径が10μm以下であるので、適正サイズの発光領域と適切な発光輝度を有する高品質な透過放射光ビームが得られる。
【0020】
一方、本発明の請求項6に係るビーム検出器によれば、ビームの位置や強度を検出するためのビーム検出部材を備えたビーム検出器において、請求項1乃至5のうちの何れか一つの項に記載のビーム検出部材と、前記ビーム照射部にビームが照射されると可視光が励起され、この励起光を観測する励起光観測手段とを備え、この励起光観測手段によって観測された励起光により、前記ビームの位置や強度を検出するので、放射光ビームを直接多結晶ダイヤモンド膜に照射し、多結晶ダイヤモンド膜からの発光位置とその強度分布を前記励起光観測手段によりモニターすることによって、ビーム位置と強度分布を決定することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
先ず、本発明の実施の形態1に係るビーム検出部材及びそれを用いたビーム検出器について、添付図1〜3を参照しながら以下に説明する。図1は本発明の実施の形態1に係るビーム検出部材の表面を模式的に示した模式的斜視図、図2は本発明の実施の形態1に係るビーム検出部材の裏面を模式的に示した模式的斜視図である。また、添付図3は本発明の実施の形態1に係るビーム検出部材を用いたビーム検出器の全体構成を模式的に示した模式的断面図である。
【0022】
本発明の実施の形態1に係るビーム検出部材2は、添付図1及び2に示す通り、基板5の裏面に多結晶ダイヤモンド(C)膜4が形成され、前記基板5はその周縁部のみをリング状の枠として構成されている。そして、前記多結晶ダイヤモンド膜(以下、単にダイヤモンド膜あるいは多結晶ダイヤモンドともいう)4からなり、少なくともビーム7が照射されるビーム照射部6には、ホウ素(B)が平均10〜150ppmドープされているのが好ましい。そして、前記ビーム照射部6における多結晶ダイヤモンド4中のホウ素濃度は、前記多結晶ダイヤモンド4の膜厚方向に不均一な濃度分布を持っているのが良い。
【0023】
そして、前記ビーム検出部材2は、放射光ビーム7が照射されると通過するビーム照射部6の領域の基板は除去されており、多結晶ダイヤモンド膜4が、図3に示す如く自立構造をなしている。このような構造は、例えば基板5としてシリコンを用い、除去すべき領域を残して耐酸性材料でシリコン基板をマスクし、これをフッ硝酸溶液でエッチングすることにより作成することができる。
【0024】
前記多結晶ダイヤモンド膜4の膜厚は、例えば、ビーム照射部6では薄く、その他の基板5上では厚く被膜するのが好ましい。このような多結晶ダイヤモンド膜4の膜厚分布は、ダイヤモンド膜4の選択成長技術を応用して実現できる。前述の如く、前記ダイヤモンド膜4の厚さをビーム照射部6では薄く、その他は厚くする理由は、ビーム照射部6の温度上昇を抑制するためである。
【0025】
本発明に係るビーム検出部材2は、図1及び図2に示した様な単純な構成であるので、従来例に係る特許文献1,2で提示された複雑な製作プロセスを必要とするビーム検出部材と比べて、製造コストは大幅に低減出来る。
【0026】
そして、前記多結晶ダイヤモンド膜4にホウ素(B)原子を取り込むことによって、図3を用いて後述するように、放射光ビーム7を照射させた際、照射スポット7aから十分な強度を有する可視光(波長500〜600nmの範囲に強度ピークがある)が励起され、励起光8,8aとして発光されるのである。
【0027】
前記ビーム照射部6における多結晶ダイヤモンド膜4中の平均ホウ素濃度が10〜150ppmの範囲であるのが好ましい理由は後に詳細に述べるが、定性的には、ホウ素濃度が10ppm未満であると可視光を発するホウ素の密度が低いために観測される励起光強度が不十分となり、一方、ホウ素濃度が150ppmを超えると、ダイヤモンド4中の励起光吸収が顕著となって、外部に取り出される励起光が弱くなるためである。
【0028】
また、前記ダイヤモンド膜4中のホウ素濃度が、膜厚方向に不均一な分布を持ち、150ppm以上の部分と10ppm以下の部分とを有すること、また更には、そのような部分が膜厚方向に占める割合が33%以上かつ66%以下であることが好ましい。前記多結晶ダイヤモンド膜4中に含まれるホウ素が、膜厚方向に上記の如く不均一な濃度分布を有することは、主に下記の2つの理由から重要である。
【0029】
(1)先ず、1つ目の理由は高効率の光励起が得られるからである。即ち、部分的に150ppm以上の濃度でホウ素を含むダイヤモンド4が、10ppm以下の濃度でホウ素を含む部分と共存すると、前者部分で高効率に励起された可視光が、後者の部分を効率よく透過してダイヤモンドの外部に取り出すことができる。
【0030】
(2)2つ目の理由は膜応力の改善を図れるからである。即ち、多結晶ダイヤモンド4の結晶格子において、原子半径が炭素に較べて小さなホウ素が炭素を置換して存在すると、ダイヤモンド4の内部応力が低減される。但し、この様な作用は、ホウ素がダイヤモンド4中で均一な場合よりも、分布のある方がより顕著に顕れる。ビーム検出部材2が湾曲したり不規則に変形していると、ビーム照射部6の位置が不安定となり、検出されるビーム位置の測定誤差の大きな要因となるため、膜応力を抑制することは重要である。
【0031】
本発明者等は、ビーム検出部材2に用いる多結晶ダイヤモンド4の成膜時のジボラン流量と基板温度を変えて種々の試料を作製し、同一条件でビームを照射した場合の励起光強度を比較した。その結果、前記多結晶ダイヤモンド4中のホウ素濃度が150ppm以上及び10ppm以下の部分の、前記多結晶ダイヤモンド4の膜厚方向に占める体積比率が33%以上かつ66%以下であることの重要性を見出したのである。
【0032】
尚、前記ホウ素濃度の分布が150ppm以上の部分と10ppm以下の部分とは、前記ダイヤモンド膜4の膜厚方向の各1箇所に限定するものではなく、何箇所あっても良い。また、前記ダイヤモンド膜4の表面または裏面の何れか片面は、光透過の観点から、ホウ素濃度が10ppm以下の低濃度であるのが好ましい。そして更に、前記ダイヤモンド膜4の表面及び裏面の両面共に、ホウ素濃度が10ppm以下の低濃度であるのが、ダイヤモンド膜4の内側で励起された可視光が前記両面で反射されて内部に閉じ込められず透過するので、より好ましい。
【0033】
前記ダイヤモンド膜4には、局部的にホウ素のない部分があっても良い。ホウ素のない部分は、可視光の励起には寄与しないが、可視光は透過するためである。一方、前記ダイヤモンド膜4の膜厚方向において、前述の「ホウ素濃度の分布が150ppm以上の部分」におけるホウ素の最大許容濃度は1000ppmであり、好ましくは800ppm、より好ましくは600ppmである。ホウ素が1000ppmを超えて存在すると、ダイヤモンドが縮退(半金属化)して、可視光透過率が大幅に低下するため、前記ダイヤモンド膜4の内部で励起された励起光が取り出し難くなるためである。
【0034】
前記多結晶ダイヤモンド膜4の表面は研磨加工して平坦化できる。この様な研磨加工方法としては、水にアルミナやシリカ、チタニア等の砥粒を分散させた研磨液に浸漬し、ダイヤモンド4を擦過しながらその表面を研磨する化学機械研磨方法や、酸素分圧と内部温度が制御可能な真空室内において、鉄、ニッケル、コバルト、銅の酸化金属体をダイヤモンド表層部の炭素によって還元しつつダイヤモンド4を研磨する方法等がある。また、前記表面平坦度は、触針段差計やレーザ光の干渉・位相差を利用した顕微鏡によって簡単に測定できる。
【0035】
前記多結晶ダイヤモンド膜4を形成するダイヤモンド粒子の平均粒子径は出来る限り小さく、少なくとも10μm以下であるのが好ましい。この様なダイヤモンド粒子径によって、適正サイズの発光領域および適切な発光輝度と高品質の透過放射光ビームが得られる。前記ダイヤモンド膜4の内部で励起された可視光は、多結晶ダイヤモンド膜4の内部に存在する微細な結晶粒界によって散乱されながら膜外部に取り出される。
【0036】
多結晶ダイヤモンド4の粒径が大きいと、検出されるビーム照射スポット7aが、真のビーム径よりも拡がってしまうため、位置検出の精度が低下してしまう。よって、多結晶ダイヤモンド膜4を形成するダイヤモンド粒子の平均粒子径は、少なくとも10μm以下の細かいものが好ましい。ここでいう平均粒子径とは、多結晶ダイヤモンド膜4の表面を電子顕微鏡で撮影した画像において、粒子と粒子の界面に顕れた粒界の平均間隔(平均距離)として求めたものである。
【0037】
この様に、本発明に係るビーム検出部材2は、放射線に耐久性のあるダイヤモンド膜4を用いて構成されているため、放射光の他にも、電子線、加速放射線粒子等の高エネルギービームの測定にも適用することができる。尚、高強度の放射光ビームに対して使用する際には、ビーム照射部6以外の多結晶ダイヤモンド膜4および基板5に、熱伝導率が大きく加工性に優れたアルミニウム等の金属膜を被覆し、この部分を水冷治具と接合して、前記ダイヤモンド膜4の局所的な温度上昇とそれに起因する変形を防ぐことも出来る。
【0038】
尚、本発明のビーム検出部材2は、図3に示す如く前記ダイヤモンド4の一部が基板5で保持されるのが好ましい。多結晶ダイヤモンド4が自立膜構造を有し、この自立膜部分に放射光ビーム7が照射されるので、高強度のビーム7に対しても破損しない。特に基板5がシリコンの場合は、熱伝導に優れるだけでなく、加工が容易で、前記基板5の平坦性と放射光ビーム7に対する垂直度の確保が容易となる。また、前記多結晶ダイヤモンド4の膜厚は、ビーム透過率の観点から3〜30μmであるのが好ましく、前記膜表面の平均粗度が30〜100nmであると、ビーム照射スポット7aに照射された放射光ビーム7が散乱あるいは回折せずに透過する。
【0039】
そして、本発明の実施の形態に係る放射光検出器1は、図3に示す如く、上述した様な本発明の実施の形態に係るビーム検出部材2と、放射光ビーム7の照射側に配置された励起光観測手段3とを備えている。前記ビーム検出部材2のビーム照射部6を構成する多結晶ダイヤモンド膜4に放射光ビーム7が照射されると可視光が励起され、この励起光8aがビーム照射スポット7aから全方位に均等に発光する。
【0040】
そこで例えば、前記ビーム検出部材2の裏側への励起光8aをを励起光観測手段3により観測することにより、前記ビーム光7の照射スポット7aの位置や強度の検出を行うことが出来るのである。前記励起光観測手段3には、通常の光学カメラやデジタルカメラ、あるいは紫外線CCDカメラ、ビデオカメラ等を用いることができる。
【0041】
本発明に係るビーム検出部材2は、熱伝導率の高いダイヤモンドを用いて構成されているため、放射光ビームスポット7aの局所的過熱が無い。また、ダイヤモンドは原子番号の小さい(即ち電子数の少ない)炭素で構成されているため、放射光7との相互作用が小さく、殆ど吸収が無いことも特徴である。従って、本発明に係るビーム検出部材2を試料の放射光ビーム7入射側と透過側に設置して、放射光ビーム7の位置と強度変化を測定することも可能である。
【0042】
また、本発明に係るビーム検知部材2は、放射線に耐久性のあるダイヤモンド膜4を用いて構成されているため、放射光の他にも、電子線、加速放射線粒子等の高エネルギービームの測定にも適用することができる。特に、多結晶ダイヤモンド膜4を、自立膜構造とすることにより、大電流の電子線に対しても破損のない検出部として使用できる。
【0043】
尚、本発明に係るビーム検出部材2の典型的な実施形態として図1,2に示したが、本発明においては、原則的に、多結晶ダイヤモンド膜4に放射光ビーム7が照射され、励起された発光(可視光や紫外光)現象が起これば良いので、必ずしも多結晶ダイヤモンド膜4を自立膜構造とする必要は無い。また、基板5は、シリコン基板以外に、高融点金属やセラミックスを用いることも出来るし、シリコン基板等の基板と多結晶ダイヤモンド膜との間に二酸化珪素の薄膜を介在させたものでも良い。このような変形例は、本発明の範囲である。
【実施例】
【0044】
<実験例>
以下の手順により、図1〜3に示す様な多結晶ダイヤモンド膜4を形成されたビーム検出部材2及びこれを用いたビーム検出器1を作製した。先ず、25mm径のシリコン基板5を、基板温度約800℃で5体積%メタンと95体積%水素の混合プラズマに20分間曝して、シリコン基板5の表面を炭化した。次いで、前記基板5に−150Vのバイアス電圧を20分間印加して、基板5全面にダイヤモンド核を形成した。
【0045】
その後、前記バイアス電圧の印加を止め、続いて2体積%メタン、98体積%水素の混合ガスにジボラン(B)ガスを0.1〜50ppm添加して、マイクロ波プラズマCVD法によりダイヤモンド成膜し、シリコン基板5全面に膜厚35〜40μmの多結晶ダイヤモンド4を得た。このダイヤモンド膜4中にはジボランガスの添加量に応じて、平均で0.2〜1100ppmのホウ素がドープされていることが二次イオン質量分析法で確認された。
【0046】
ダイヤモンド4の表面を化学機械的に研磨平坦化した上で、多結晶ダイヤモンド膜4を約120℃の王水中で表面洗浄した。その後、シリコン基板5の裏面をフッ硝酸に溶け難いポリイミド膜で保護し、フッ硝酸に浸漬して、放射光ビームが透過するビーム照射部(およそ10mm径)6のシリコンをエッチング除去した。作製したビーム検出部材2を保持台に設置し、励起光観測手段3,3aとしてカラーCCDカメラを用いてビーム検出器1を構成した。
【0047】
前記ビーム検出部材2のビーム照射部6に、エネルギーが5〜60keVの放射光ビーム7を照射したところ、放射光ビーム7が透過した照射スポット7aにおいて明瞭な青緑色の励起光8,8aが観察された。放射光7の加速電圧・ビーム電流を変化させて測定を行ったところ、放射光7のエネルギーに比例して、励起光8,8aの強度が変化した。同時に、観測される励起光8,8aの強度には、ダイヤモンド膜4中の平均ホウ素濃度に対して図4の様な依存性があり、ビーム検出部材2のダイヤモンド膜4はホウ素を10〜150ppm含むことが好ましいことが判明した。
【0048】
図4は、ダイヤモンド膜中の平均ホウ素濃度に対する励起光強度の測定結果を示す図である。ここで、ホウ素濃度は、二次イオン質量分析法を用いて測定し、平均ホウ素濃度とは、前記ダイヤモンド膜4の厚さ方向に沿って測定して得られた各ホウ素濃度の算術平均値として求めたものである。また、励起光強度は、シリコンフォトダイオードを用いて測定した。
【0049】
<実施例1>
上記実験例と同様の手順で、ホウ素をドープしたダイヤモンド膜4を基板2上に形成して、ビーム検出部材2及びこれを用いたビーム検出器1を作製した。多結晶ダイヤモンド1中にホウ素をドープするために、原料ガスに水素希釈したジボランやトリメチルホウ素(B(CH)を添加して、厚さが10〜25μm、ダイヤモンド粒子の平均粒子径が10μm以下の多結晶ダイヤモンド4を得た。この時、ホウ素を含むガスの流量と、基板2の温度を700〜850℃の範囲で変化させて、ダイヤモンド膜4中のホウ素濃度を、実験例の様に均一ではなく膜厚方向に不均一な分布を付けて作製した。
【0050】
前記ダイヤモンド4の膜深さに対するホウ素濃度の分布を、二次イオン質量分析法で測定した結果を図5に示す。この試料中には、平均で50ppmのホウ素が取り込まれていたが、それは深さ方向に一様ではなく、0.1〜800ppmの範囲で分布を持っていた。また、ダイヤモンド膜4の表面側は、ホウ素濃度が10ppm以下の低濃度とした。この様なホウ素ドープダイヤモンド試料から、上記実験例と同様の方法で、シリコン基板5の一部をエッチング処理して、ビーム検出部材2とした。
【0051】
この様なビーム検出部材2に、エネルギー15keVのX線ビームを照射したところ、照射スポット7aの多結晶ダイヤモンド膜4領域から、青緑色の励起光8,8aが観察された。また、照射するX線ビームの強度を変化させて観察したところ、強度に比例して照射スポット7aの輝度が変化した。但し、実験例で作製した平均ホウ素濃度50ppmで膜中の濃度が一定のダイヤモンド膜と比較すると、4倍の励起光強度が観測された。
【0052】
即ち、前記ダイヤモンド4の膜深さに対するホウ素濃度分布が不均一であって、膜厚方向に150ppm以上の濃度でホウ素を含む部分と10ppm以下の濃度で含む部分が共存すると、前者部分で高効率に励起された可視光が、後者の部分を効率よく透過してダイ
【0053】
<実施例2>
次に、実施例1の結果を踏まえて、多結晶ダイヤモンド4中のホウ素濃度分布を変えて、ビーム検出部材2を作製し、その励起光強度を比較した。先ず、20mm×20mmのシリコン基板5に平均粒子径5〜50nmの微小ダイヤモンドを含む水溶液を塗布した後、乾燥させてダイヤモンド核形成促進処理を施した。
【0054】
この基板5をプラズマCVD装置に設置し、5体積%メタン、5体積%水素、90体積%のアルゴンの混合ガスにジボラン(B)ガスを0.1〜50ppm添加して、ダイヤモンド成膜し、基板5全面に、膜厚が35〜40μm、ダイヤモンド粒子の平均粒子径が10μm以下の多結晶ダイヤモンド4を得た。前記成膜過程において、ジボランガスの流量を変えて、膜厚方向のホウ素濃度分布を制御した。
【0055】
得られたダイヤモンド4は測定困難な程度の細かな結晶粒の集合体から構成され、その表面は平坦であり、別段の研磨工程は省略した。この微結晶ダイヤモンド4を約120℃の王水中で表面洗浄した。その後、シリコン基板5の裏面をフッ硝酸に溶け難いポリイミド膜で保護し、フッ硝酸に浸漬して、ビーム照射部(およそ10mm径)6のシリコンをエッチング除去した。
【0056】
作製したビーム検出部材2を保持台に設置し、励起光観測手段3,3aとしてカラーCCDカメラを用いてビーム検出器1を構成した。ビーム検出部材2に、エネルギーが5〜60keVの放射光ビーム7を照射したところ、放射光ビーム7が透過した照射スポット7aにおいて明瞭な青緑色の励起光8aが観察された。放射光7の加速電圧・ビーム電流を変化させて測定を行ったが、放射光7のエネルギーに比例して、励起光8aの強度が変化した。
【0057】
同時に、観測される励起光強度には、微結晶ダイヤモンド4中のホウ素濃度が150ppm以上及び10ppm以下の部分の、前記ダイヤモンド4の膜圧方向に占める体積割合に対して図6に示す様な依存性があり、ビーム検出部材2の微結晶ダイヤモンド4では、励起光強度の点から、ホウ素濃度が150ppm以上及び10ppm以下の部分を33〜66体積%含むことが好ましいことが判明した。
【0058】
本発明に係るビーム検出部材は、耐放射線性に優れたダイヤモンド膜とシリコン基板等の基板で構成されているため、他の材料のように短時間で性能が劣化することがない。また、多結晶ダイヤモンド膜中にホウ素原子を制御してドープすることにより、放射光ビーム照射スポットから十分な強度を有する励起光が観察され、通常のビデオカメラ等の励起光観測手段を用いてビーム検出器を構成し、鮮明なスポット像が撮影できる。
【0059】
以上説明した通り、本発明に係るビーム検出部材及びこれを用いたビーム検出器は、ビーム検出部材において、可視光の励起効率が向上し得る。そのため、前記検出部材を構成する多結晶ダイヤモンドの膜厚が小さくとも、可視光検出器で検出するのに十分な励起光強度が確保出来る。そして、ビーム検出部材の多結晶ダイヤモンド膜中のホウ素濃度が特定されたので、放射光X線ビームの透過性が向上するばかりでなく、それに伴って検出部材の熱負荷が低下するために、より高強度(高エネルギー密度)のビームにも適用範囲が拡大する。放射光施設を例にとると、より上流側(光源に近い側)でのビーム検出や、次世代の放射光ビーム(自由電子X線レーザビーム)にも対応できることを意味する。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】本発明の実施の形態1に係るビーム検出部材の表面を模式的に示した模式的斜視図である。
【図2】本発明の実施の形態1に係るビーム検出部材の裏面を模式的に示した模式的斜視図である。
【図3】本発明の実施の形態1に係るビーム検出部材を用いたビーム検出器の全体構成を模式的に示した模式的断面図である。
【図4】本発明の実施例に係り、ダイヤモンド膜中の平均ホウ素濃度に対する励起光強度の測定結果を示す図である。
【図5】本発明の実施例に係り、ダイヤモンド膜の膜深さに対するホウ素濃度分布の測定結果を示す図である。
【図6】本発明の実施例に係り、ダイヤモンド膜中のホウ素濃度が150ppm以上及び10ppm以下の部分の、前記ダイヤモンド4の膜圧方向に占める体積割合に対する励起光強度の測定結果を示す図である。
【符号の説明】
【0061】
1…ビーム検出器, 2…ビーム検出部材,
3,3a…励起光観測手段,
4…(多結晶)ダイヤモンド膜, 5…基板, 6…ビーム照射部,
7…放射光ビーム, 7a…(ビーム)照射スポット,
8,8a…励起光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビームの位置や強度を検出するためのビーム検出部材であって、ビームが照射されるビーム照射部が、ホウ素(B)を平均10〜150ppm含む多結晶ダイヤモンド膜からなり、この多結晶ダイヤモンド中のホウ素(B)濃度は、前記多結晶ダイヤモンドの膜厚方向に不均一な濃度分布を持つことを特徴とするビーム検出部材。
【請求項2】
前記多結晶ダイヤモンド中のホウ素(B)濃度が、膜厚方向に150ppm以上の部分及び10ppm以下の部分を有することを特徴とする請求項1に記載のビーム検出部材。
【請求項3】
前記多結晶ダイヤモンド中のホウ素(B)濃度が150ppm以上及び10ppm以下の部分の、前記多結晶ダイヤモンドの膜厚方向に占める体積比率が33%以上かつ66%以下であることを特徴とする請求項2に記載のビーム検出部材。
【請求項4】
前記ダイヤモンド膜の少なくとも一部が基板で保持されると共に、前記多結晶ダイヤモンドの膜厚が3〜30μmであることを特徴とする請求項1乃至3のうちの何れか一つの項に記載のビーム検出部材。
【請求項5】
前記多結晶ダイヤモンド膜をなすダイヤモンド粒子の平均粒子径が10μm以下であることを特徴とする請求項1乃至4のうちの何れか一つの項に記載のビーム検出部材。
【請求項6】
ビームの位置や強度を検出するためのビーム検出部材を備えたビーム検出器において、請求項1乃至5のうちの何れか一つの項に記載のビーム検出部材と、前記ビーム照射部にビームが照射されると可視光が励起され、この励起光を観測する励起光観測手段とを備え、この励起光観測手段によって観測された励起光により、前記ビームの位置や強度を検出することを特徴とするビーム検出器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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