説明

ピレトリン生合成酵素としての活性を示すタンパク質、それをコードする遺伝子、及びその遺伝子が組み込まれたベクター

【課題】ピレトリンの生合成に関与する酵素のアミノ酸配列、及びその遺伝子の塩基配列を決定し、その遺伝子が組み込まれたベクターや形質転換体を創製するとともに、これらによる創製技術を生育の早い植物に適用することによって、ピレトリンを効率よく生産する方法を提供すること。
【解決手段】ピレトリンを生成し得る植物体内から抽出することができる酵素であって、以下の(i)又は(ii)のタンパク質をコードする遺伝子。
(i)配列番号1に示すアミノ酸配列からなるタンパク質。
(ii)配列番号1に示されるアミノ酸配列に対し、1または複数個のアミノ酸を置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列からなり、かつピレトリン生合成酵素としての活性を示すタンパク質。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピレトリン生合成酵素としての活性を示すタンパク質、それをコードする遺伝子、その遺伝子が組み込まれたベクター、形質転換体、及びそれらを用いたピレトリンを生産する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
シロバナムシヨケギクに含まれる二次代謝物質ピレトリンは、昆虫に対して優れた殺虫活性を示す一方、哺乳動物に対する毒性が低いという殺虫成分として理想的な特長を有しており、蚊取線香、噴霧剤、粉剤等に広く使用されている。近年の合成ピレスロイドのめざましい発展に伴い、その需要は減少しているが、植物由来の環境にやさしい殺虫剤原料として今なお利用価値が高く、安価に効率よくピレトリンを得るための検討が続けられている。特に、合成ピレスロイドの原材料による石油の高騰等によって、改めて前記二次代謝物質ピレトリンの存在価値が重視されるに至っている。
但し、ピレトリンは主にシロバナムシヨケギクの花部より抽出されるが、シロバナムシヨケギクの開花までの生育期間は足掛け3年と極めて長い。このため、ピレトリンの生産を効率化させる手段として、シロバナムシヨケギクのピレトリン高生産株の選抜、育種の他、同種あるいは異種植物細胞におけるピレトリン生合成を促進させることが有効と考えられる。
【0003】
ピレトリンは、モノテルペンカルボン酸である菊酸と、脂肪酸酸化代謝物であるレスロロン類(アルコール)とがエステル結合した構造を有しており(図3)、その生合成においては、菊酸とレスロロン類がそれぞれ別の代謝経路により生合成され、最終的に両者の間でエステル結合を形成することが知られている。
上記ピレトリンの生合成を効率よく行なう方法として、その生合成に関わる遺伝子を利用する方法が挙げられるが、これら遺伝子を利用したピレトリン生合成を行なう上で、当該遺伝子の単離と同定が不可欠である。
【0004】
ところで、植物細胞が生産する様々なエステル化合物は、カルボン酸のCoAチオエステル体(アシルCoA、RCO-S-CoA)とアルコール(R'-OH)を基質として、アシル基転移酵素により生合成され(図4)、かつこれらの生合成は、例えば非特許文献1及び同2に記載されている。
このようなアシル基転移酵素として、ピレトリンの生合成においては、クリサンテモイルCoAあるいはピレスロイルCoAとレスロロン類を基質とするクリサンテモイル/ピレスロイル基転移酵素(ピレトリン生合成酵素)(図5)の存在が予測されてはいたが、これまでアミノ酸配列に基づく具体的な構成として単離されたことはなく、ましてや当該アミノ酸配列に基づくタンパク質をコードする遺伝子については、特に探求されている訳ではない。
因みに、特許文献1は、ピレトリンの化学合成の原材料として採用されているクリサンテミル二リン酸の生成を触媒し得るクリサンテミル二リン酸シンターゼという酵素のアミノ酸配列及び当該アミノ酸配列に基づくタンパク質をコード化する遺伝子の配列を開示しているが、前記ピレトリンの生合成を行い得る酵素自体のアミノ酸配列及び当該アミノ酸配列によるタンパク質をコードする遺伝子については、何ら開示および示唆している訳ではない。このような従来技術の状況からも明らかなように、ピレトリンの生合成に関する酵素を特定したうえで、当該酵素タンパク質をコードする遺伝子を解明し、遺伝子工学上の知見に基づいてピレトリンの効率的な生合成を発生させることについては、解明されていない。
【特許文献1】特表平9−504684
【非特許文献1】R. Kalscheuer and A. Steinbuchel, A novel bifunctional wax ester synthase/acyl-CoA:diacylglycerol acyltransferase mediates wax ester and triacylglycerol biosynthesis in Acinetobacter calcoaceticus ADP1. J. Biol. Chem. 278:8075-8082 (2003)
【非特許文献2】J. Luo et al., Convergent evolution in the BAHD family of acyl transferases: identification and characterization of anthocyanin acyl transferases from Arabidopsis thaliana. Plant J. 50:678-695 (2007)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、ピレトリンの生合成に関与する酵素のアミノ酸配列、及びその遺伝子の塩基配列を決定し、その遺伝子が組み込まれたベクターや形質転換体を創製するとともに、これらによる創製技術を生育の早い植物に適用することによって、ピレトリンを効率よく生産する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するに当たり、本発明者らは、後述するように、シロバナムシヨケギク花より、ピレトリン生成による酵素タンパク質を、精製したうえで、当該タンパク質の内部アミノ酸配列およびアミノ末端配列の解析を行った。上記解析により明らかになった部分的なアミノ酸配列をもとに作製した縮重プライマーを用いて、シロバナムシヨケギク花部より得たcDNAライブラリーをテンプレートとするRACE-PCRを行い、配列未知の部分のポリヌクレオチド断片を増幅した。
増幅したポリヌクレオチド断片の塩基配列をDNAシークエンサーにより解析することにより、図2に示す配列番号、即ち配列番号5の塩基配列からなるピレトリン生合成酵素の全長遺伝子の塩基配列、及び、当該遺伝子がコードする図1(a)に示す配列、即ち配列番号1のアミノ酸配列を決定し、このような決定をベースとして、本発明を完成するに至った。
【0007】
本発明は下記の構成を採用している。
(1)ピレトリンを生成し得る植物体内から抽出することができる酵素であって、以下の(i)又は(ii)のタンパク質をコードする遺伝子。
(i)配列番号1に示すアミノ酸配列からなるタンパク質。
(ii)配列番号1に示されるアミノ酸配列に対し、1または複数個のアミノ酸を置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列からなり、かつピレトリン生合成酵素としての活性を示すタンパク質。
(2)(i)のタンパク質をコードし、配列番号5に示す塩基配列からなる(1)記載の遺伝子。
(3)配列番号5に示す塩基配列の第85番目〜第1179番目の塩基配列をオープンリーディングフレームとして含む(2)記載の遺伝子。
(4)(ii)のタンパク質のうち、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号3に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号4に示すアミノ酸配列からなるタンパク質の何れかをコードする(1)記載の遺伝子。
(5)ピレトリンを生成し得る植物体内から抽出することができる酵素であって、以下の(i)又は(ii)のタンパク質。
(i)配列番号1に示すアミノ酸配列からなるタンパク質。
(ii)配列番号1に示されるアミノ酸配列に対し、1または複数個のアミノ酸を置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列からなり、かつピレトリン生合成酵素としての活性を示すタンパク質。
(6)(ii)のタンパク質が、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号3に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号4に示すアミノ酸配列からなるタンパク質の何れかであることを特徴とする(5)記載のタンパク質。
(7)(1)ないし(4)の何れか1項に記載の遺伝子が組み込まれたベクター。
(8)(7)記載のベクターが導入された形質転換体。
(9)(7)記載のベクターが、植物、藻類、酵母、バクテリアの何れかの染色体及び/又は葉緑体に導入されたことを特徴とする(8)記載の形質転換体。
(10)(7)記載のベクターが、キク科植物の染色体及び/又は葉緑体に導入されたことを特徴とする(9)記載の形質転換体。
(11)(5)に記載のタンパク質、又は(8)ないし(10)の何れか一項に記載の形質転換体を用いて、ピレトリンを生産する方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、ピレトリンの生合成に関与する酵素のアミノ酸配列、及びその遺伝子の塩基配列を開示し、殺虫剤原料として有用かつ安全性の高いピレトリンを生育の早い植物を介して安価でしかも効率的に生産し得る展望を導出しており、殺虫剤産業に大きく貢献できる可能性を示している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明における、ピレトリン生合成酵素の抽出分離に基づくアミノ酸配列、及びその遺伝子の塩基配列の決定手順に至る過程、更にはこのようにして決定された塩基配列に基づく遺伝子を組み込んだベクター、更には当該ベクターを導入した形質転換体に関する応用について以下のとおり説明するが、前記(1)ないし(11)の各構成は、以下のような実施形態に限定される訳ではなく、当該実施形態から容易に置換及び想到し得る実施形態も包摂されることになる。
【0010】
以下の(a)ないし(d)の順序による各工程の実施形態に先立ち、ピレトリン生合成酵素を構成しているタンパク質を確保することを不可欠とする。
本発明者らは、シロバナムシヨケギク花より調製した粗酵素溶液を原料とし、基質として、(1R)-trans-Chrysanthemoyl-CoAと(S)-Pyrethroloneを用い、Pyrethrin I生成活性を指標として、当該ピレトリン生合成酵素の分画と精製を行なった。すなわち、硫安沈殿によるタンパク質の粗分画、疎水性クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過カラムを組み合わせて分画した酵素をSDS-PAGEにより電気泳動したところ、酵素としてエステル化反応に対する寄与が可能と考えられる分子量約40,000のタンパク質のバンドを確認できた(図8)。
【0011】
前記バンドの確認によって得られたタンパク質を、PVDF膜に転写することによって生成したピレトリン生成酵素タンパク質を確保することができた。
尚、前記バンドの確認に至る具体的なプロセスは、実施例1において後述するとおりである。
【0012】
(a)酵素タンパク質の部分的なアミノ酸配列の解析
前記のようにして確保された精製酵素をトリプシン(タンパク質分解酵素)により消化しペプチドに断片化した。その後、消化したペプチド断片をHPLCにより分離し、このペプチドをエドマン法によりアミノ末端側から1残基ずつ分離分解した。
生成したフェニルチオヒダントイン誘導体をHPLCで分析することによりアミノ酸残基を解析する。この反応分析の繰り返しを自動化した専用の分析機器(ペプチドシークエンサー)を用いて行った。
このようにして、ピレトリン生合成酵素タンパク質を構成している部分的なアミノ酸の配列を得ることができた。
【0013】
(b)プライマーの設計及び全長cDNAの塩基配列の決定
分析により明らかになったアミノ酸配列を塩基配列に置き換え、この配列に基づいて縮重プライマーを設計した。
【0014】
前述のプライマー(例えば、4ケ所の縮重プライマー)を用いてPCR(Polymerase Chain Reaction)を採用することによって、既知配列どうしの間に挟まれた未知の塩基配列を決定した。
次に、予めPCRの基質となるDNAにアダプターとなるポリヌクレオチドを付加させておき、アダプター部分で設計されたプライマーと内部の既知配列部分で設計したプライマーをセットで用いてRACE-PCRを行い、両末端の配列を含むDNA断片を増幅し、これをDNAシークエンサーにより分析して全塩基配列を決定した。
【0015】
このようにして決定されたピレトリン生合成酵素の全塩基配列は、前記(2)のように、図2の配列、即ち配列番号5に示すとおりである。なお、配列番号5の全塩基配列は、前記(3)のように、第85番目〜第1179番目の塩基配列をオープンリーディングフレームとして含むことを特徴としている。尚、配列番号5の全塩基配列は、前述のようなPCRの採用だけでなく、前述したようなPVDF膜に転写された酵素タンパク質に対する免疫的スクリーニング法、核酸プローブを用いたハイブリダイゼーション法などの他の遺伝子検出法によっても実現可能である。
【0016】
(c)全長アミノ酸配列の決定
前記配列番号5の塩基配列に対応させて、当該遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列を決定した。
【0017】
本発明により決定されたピレトリン生合成酵素のアミノ酸配列は、前記(5)のように、図1の配列、即ち配列番号1に示すとおりである。
配列番号1に示すアミノ酸配列に対し、1または数個のアミノ酸を置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列であっても、ピレトリン生合成酵素を含有する植物から配列番号1に示すアミノ酸配列の場合と同様の手法及び工程によって抽出することができ、かつピレトリン生合成酵素としての活性を示すタンパク質である限り配列番号1に示す酵素タンパク質と同じように機能し得る以上、本発明のピレトリン生合成酵素に係るタンパク質に包含されることになる。具体的には、前記(6)のように、下記の配列によるアミノ酸もまた、本発明のピレトリン生合成酵素としてのタンパク質に該当する。
・図1(b)に示す配列番号2に示す配列:配列番号1に示すアミノ酸配列から移行性シグナル配列(N末端から27番目のセリン(S)残基までの部分)が除かれたアミノ酸配列。
・図1(c)に示す配列番号3に示す配列:大腸菌で発現させる際の、ヒスチジンタグ及びリンカー配列のC末端側への付加が行われたアミノ酸配列。
・図1(d)に示す配列番号4に示す配列:大腸菌でグルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)融合タンパク質として発現させる際の、GST配列のN末端への付加が行われたアミノ酸配列。
配列番号2に示すアミノ酸配列は、実施例1において後述するように、除虫菊の花から抽出されており、当然精製可能である。配列番号3及び同4に示すアミノ酸配列による酵素は、配列番号1に示すアミノ酸配列が組み込まれたベクターを大腸菌に導入した後、大腸菌内における発現によって得られているが、大腸菌を宿主として発現可能である場合には、ピレトリンを生成し得る植物体内においても、ピレトリン生合成酵素として現実に存在している可能性は極めて強く、実在する場合には配列番号2の配列によるアミノ酸と同様の手法及び工程によって前記植物体内から抽出し、かつ精製することは、当然可能である。
前記(5)のアミノ酸配列によるピレトリン生合成としての活性を有するタンパク質が、配列番号1に示すアミノ酸配列のタンパク質だけでなく、当該タンパク質と同一の機能を発揮し、かつ生成し得るタンパク質として、本発明の技術概念に含まれ、かつその対象となっている以上、本発明に係る遺伝子は、配列番号1に示すアミノ酸配列をコードする前記(2)の遺伝子だけでなく、前記(5)のタンパク質をコードする前記(1)の遺伝子もまた、必然的に本発明の技術概念に包摂されることに帰する。具体的には、前記(6)の配列番号2、3、4のアミノ酸配列からのタンパク質をコードする前記(4)の遺伝子もまた、本発明の技術概念に包摂される。
【0018】
配列番号1の近似配列を既知タンパク質のアミノ酸配列のデータベースに基づいて検索したところ、当該配列は予想していた既知のアシル基転移酵素ではなく、数種のGDSL-motif lipaseが当該アミノ酸配列に近似であった。このことから、前記(5)、(6)のピレトリン生合成酵素であるタンパク質は、GDSL-motif lipaseに類縁のタンパク質であると考えられる。
【0019】
前記(1)、(2)、(3)、(4)のようなピレトリン生合成酵素遺伝子の生合成活性の確認を行うためには、例えば最初にこれらの遺伝子をベクターDNAに挿入し、これを大腸菌に導入して、大腸菌内でピレトリン生合成酵素をヒスチジンタグ融合タンパク質として発現させ、発現したピレトリン生合成酵素は、Ni−NTAアフィニティークロマトグラフィーにより精製し、基質として、(1R)-trans-Chrysanthemoyl-CoAと(S)-Pyrethroloneを用い、Pyrethrin I生成活性を指標として、活性評価を行うとよい。
【0020】
(d)べクターの生成及び当該ベクターが導入された形質転換体
前記(7)のベクターは、前記(1)、(2)、(3)、(4)の何れかの遺伝子を組み込むことによって生成されており、ピレトリン生合成酵素としての活性を示す。前記ベクターは、周知の形質転換方法によって植物や微生物などの宿主に発現可能に導入されることによって、当該宿主において組み込まれた遺伝子もしくは遺伝子断片を発現させることができる。
【0021】
また、前記(8)の形質転換体は、前記(7)のベクターが導入された形質転換体、すなわち、ピレトリン生合成関連遺伝子、もしくはその遺伝子断片が宿主に導入されたものである。ここで、「ベクターが導入される」とは、周知の遺伝子工学手法により、宿主内にベクター内に組み込まれた遺伝子が発現可能に導入されることを意味する。
遺伝子の導入方法としては、例えば、アグロバクテリウムによる形質転換法、パーティクルガン法、マイクロインジェクション法やエレクトロポレーション法などが挙げられるが、特に限定されるものではない。
【0022】
アグロバクテリウムによる形質転換法では、当該遺伝子をTiプラスミドベクターへ組み込み、アグロバクテリウムに導入後、適当な植物に感染させる。遺伝子導入部位で腫瘍(クラウンゴール)を形成させ、除菌後クラウンゴールから再生させて得られる多数の植物体につき活性を評価し、ピレトリン生合成酵素高発現植物体を選抜すればよい。
【0023】
このような形質転換体は、自身の体内において、ピレトリン生合成関連遺伝子を発現することができる。したがって、前記(9)のように、植物、藍藻類、酵母類又は大腸菌等の細菌類などのバクテリア細胞における染色体及び/又は葉緑体を宿主として、大量発現するようなプロモーターを含む前記(7)のベクターが導入された形質転換体を作製すれば、結果としてピレトリン生合成酵素を大量生産することができる。
【0024】
前記ベクターは、シロバナムシヨケギクのピレトリン生合成酵素由来の遺伝子(又は遺伝子断片)であることから、前記形質転換体における宿主としては植物の染色体及び/又は葉緑体が好ましく、特に前記(10)のように、除虫菊と同種類であるキク科植物の染色体及び/又は葉緑体がより好適である。このようなキク科植物として、マリーゴールド、アフリカンマリーゴールド、キンセンカ、ヒャクニチソウなどを例示できるが、これらに限定される訳ではない。
【0025】
前記植物には、完全な植物体のみならず、その一部、例えば、葉、種子、塊茎、挿木等も含まれるものとする。さらに、前記植物には、予め形質転換された遺伝子組み換え植物やその子孫を起源とする植物組織、プロトプラスト、細胞、カルス、器官、植物種子、胚芽、花粉、卵細胞、接合子などの増殖可能な植物材料(花、茎、実、葉、根などを含む植物の一部)等も含まれる。
【0026】
前記(11)のように、前記(5)のタンパク質及び(8)ないし(10)の形質転換体のいずれかを用いて、ピレトリンを生産することができ、本発明は、そのようなピレトリンの生産方法を提供している。かかる方法によれば、除虫菊よりも明らかに生育の早い前記キク科の各植物又は他の植物を介して、効率的かつ簡便にピレトリンを生産することができ、安全で環境にやさしい殺虫剤を希求する社会的ニーズに大きく貢献することができる。
【0027】
以下、実施例に基づいて本発明の内容を具体的に詳細に説明する。
【実施例1】
【0028】
前記(a)のアミノ酸配列の解析を行うことを目的として、図7に示す手順に従って除虫菊の花から酵素を精製した。
詳細について以下のとおり説明する。
【0029】
精製に使用した緩衝液の組成
表1から表6に示すとおりである。

【表1】


【表2】


【表3】


【表4】


【表5】


【表6】

【0030】
ピレトリン合成酵素反応
各精製段階において酵素反応を行い、精製画分についてのピレトリン合成酵素活性を評価した。反応は、次の表7に示す反応組成により25℃で1時間行った。酵素反応後、ヘキサン200μlを反応液に加え、分液し有機相を回収し、そのうちの10μlをHPLC分析に供した。

【表7】

【0031】
HPLCによるピレトリン合成酵素活性の測定
HPLC分析には、SHIMADZU SCL−10A VP(プログラム装置)、DGU−14A(脱気装置)、
LC-6AD(ポンプ)、CTO−10AS VP(試料注入装置、カラム恒温槽)、SPD−10AV VP(光学検出器)を用い、CLASS-VPでデータ処理を行った。カラムは、IMTAKT 製のCadenza C-18 (0.46 cmφ×10 cm)を用い、40℃、流速1 ml/minで230 nmの吸収を測定した。移動相には、アセトニトリル:H2O(65:35)を使用した。
【0032】
その結果の一例を図6(a)(b)に示す。(a)はタンパク精製段階において、酵素活性の認められなかった画分の、(b)は酵素活性の認められた画分のHPLC分析結果である。同図に示すように分画した溶液中に酵素が存在した場合には、反応時間の経過により4.9分の保持時間を示すPyrethrin Iのピークが認められた。
【0033】
粗酵素の調製
除虫菊の蕾 500gを用いて以下の手順で粗酵素液を調製した。除虫菊の蕾に氷冷しておいた1.5LのBuffer Aとポリビニルピロリドン(Buffer Aの 1/10 倍(w/v) 量)を加え、ブレンダーで破砕した。破砕物を4層に重ねたガーゼでろ過し、ろ液を 8000 × g、4℃ で20分間遠心した。上清を集め、DOWEX (1×4 100-200 Cl FORM ) (ムロマチテクノス)を100 mL加え、10分間スターラーで攪拌後、 8000 × g、4℃ で20分間遠心した。上清を回収しこれを粗酵素液として、さらに精製を行った。
【0034】
硫酸アンモニウム沈殿による分画
前記調製によって得られた粗酵素液をスターラーで攪拌しながら、あらかじめ乳鉢と乳棒を用いて磨砕しておいた硫酸アンモニウムを少量ずつ溶解させ 30% 飽和になるように加えた。30分静置した後、8000 × g、4℃の加速度(gは、重力加速度を示す。)で20分間遠心した。上清を回収し、硫酸アンモニウム 80% 飽和になるように加えた。一晩静置した後、8000 × g 、4℃で20分間遠心し、酵素画分の沈殿物を得た。
【0035】
疎水性樹脂を用いたバッチ法による粗精製
前記分画によって得られた沈殿物をBuffer Fに懸濁し Phenyl Sepharose (GE Healthcare) を加え、30分間、スターラーで攪拌後、ブフナー漏斗を用いてろ別を行なった。ブフナー漏斗に残った Phenyl Sepharose を 500 mLのBuffer Fで洗浄した後、500 mL のBuffer Bを用いて樹脂に吸着したタンパク質を溶出した。溶出液を回収し、硫酸アンモニウムを 1Mになるように加え、20 mL の Phenyl Sepharose (GE Healthcare) を加え、30分間、スターラーで攪拌後、エコノカラム(Bio Rad)に加え安定化後、50 mL のBuffer Bを用いて樹脂に吸着したタンパク質を溶出した。溶出液を透析用セロファンチューブに詰め、 2 L の脱塩バッファー中でスターラーを用いて攪拌しながら、2時間脱塩を行なった。続けてバッファーの交換を行ない、3時間の脱塩を行なった。脱塩した酵素液は、以降、AKTA explorer (GE Healthcare)システムを用いたカラムクロマトグラフィーによってさらに精製を進めた。
【0036】
陰イオン交換クロマトグラフィーによる精製
前記バッチ法による粗精製によって得られた酵素液に対し、更にQ Sepharose カラムを用いた陰イオン交換クロマトグラフィーによる酵素液の精製を以下の条件で行なった。
【表8】

【0037】
疎水性クロマトグラフィーによる精製
前記陰イオン交換クロマトグラフィーによる精製によって得られた酵素液に対し、Phenyl Superoseカラムを用いて疎水性クロマトグラフィーによる酵素液の精製を以下の条件で行なった。

【表9】

【0038】
ゲルろ過による精製
前記疎水性クロマトグラフィーによる精製によって得られた酵素液に対し、Superdex 75 カラムを用いて、以下の条件でゲルろ過を行なった。

【表10】

【0039】
上記の方法で精製した酵素をSDS-PAGEで分離したのち、銀染色を行い、酵素の精製度を確認した。その結果、図8に示す、分子量約40000のピレトリン合成酵素に由来する単一のタンパク質バンドが検出された。
【実施例2】
【0040】
実施例1によって得られたピレトリン合成酵素に関する前記(a)ないし(d)の部分的なアミノ酸配列の解析から、全長アミノ酸配列の決定に至るまでの実施状況、更には当該アミノ酸配列によるタンパク質をコードする遺伝子が組み込まれたベクターを導入した形質転換体に関する実施状況は、以下のとおりである。
【0041】
ピレトリン生合成酵素タンパク質を構成するアミノ酸の各部分に関する分析
実施例1によって得られたタンパク質バンドをゲルから切り出し、内部アミノ酸配列の解析用試料に供した。また、SDS-PAGE後にPVDF膜に転写して、クマシー染色によるバンドの検出後、バンドの部分を切り出しN末端アミノ酸分析に供した。これら一連の操作は、周知の方法に基づいて行われた。
前記アミノ酸分析の結果、酵素タンパク質を構成する部分的なアミノ酸配列として、図9(a)、(b)、(c)における各配列例6、7、8に示すような配列例を確認することができた。
【0042】
プライマーの設計、及び全長cDNAの塩基配列の決定
アミノ酸分析により明らかとなったアミノ酸配列をもとに上記の方法で、全長cDNA塩基配列(図2、配列番号5)、アミノ酸配列(図1:配列番号1)を決定した。これら一連の操作における、cDNA調製、PCR、DNAシークエンサーによる塩基配列の分析は、周知の方法に従った。
【0043】
全長アミノ酸配列の決定
分析により明らかとなったピレトリン合成酵素のN末端アミノ酸配列は、図1(b)の配列、即ち配列番号2に示すように、配列番号1のアミノ酸配列のN末端から27番目のセリン(S)残基までの部分が除かれた配列である。そして、前記のように、除かれたことによる配列番号2に示すアミノ酸配列は、除虫菊において酵素活性を有するタンパク質の配列に該当する一方、除かれた27アミノ酸残基は、移行性のシグナル配列であって、円滑なピレトリンの生合成の条件を形成するという機能を発揮している。したがって、前記27アミノ酸残基を有している図1(a)の配列、即ち配列番号1のアミノ酸配列は、そのような移行性のシグナル配列をも包含しているピレトリン生合成酵素に該当する。
尚、配列番号1のアミノ酸配列によるタンパク質をコードする遺伝子が組み込まれたベクターを大腸菌に導入することによって、大量発現することによって得られる配列番号3、4の配列に示すアミノ酸配列からなるタンパク質がピレトリン生合成酵素としての活性を有し、かつピレトリンを生成し得る植物体内に存在する可能性が極めて高いことについては、実施形態の(c)において指摘したとおりである。
【0044】
ベクター及び形質転換体の作製
上記ピレトリン合成酵素遺伝子の導入によるベクター及び形質転換体の作製に関する実施状況は、以下のとおりである。
【0045】
本発明において使用可能なベクターとしては、従来から微生物や植物、植物細胞などの形質転換に使用されているベクターが挙げられる。そして、上記ベクターは、上記全長遺伝子のうち上記ピレトリン生合成酵素をコードしている部分の他に、従来から知られている遺伝子を発現するための恒常発現型、あるいは発現制御型のプロモーター、発現させるタンパク質の可溶化や精製を容易にするヒスチジンタグ及びグルタチオン-S-トランスフェラーゼ、マルトース結合タンパク質などの融合タンパク質、形質転換体の選抜を容易にする薬剤耐性遺伝子、アグロバクテリウムのバイナリーベクター系を使用するための複製開始点などを含み得ることは、既に実施されている公知技術に即して、十分予測し得るところである。
【0046】
具体的には、大腸菌などの微生物へ導入される場合には、pETベクター(Novagen)、pGEXベクター(GE Healthcare)、pMALベクター(New England Biolab)などを使用することができる。植物細胞へ導入される場合には、アグロバクテリウムによる導入に適したものとしてpBI101やpBI121などを挙げることができる。エレクトロポレーション法、パーティクルガン法を用いて植物細胞への導入を図る場合には、ベクターに特に制限はない。また、上記薬剤耐性遺伝子としては、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子などを挙げることができる。上記プロモーターとしては、カリフラワーモザイクウイルス由来の35Sプロモーター(恒常発現型)や熱ショック誘導タンパク質のプロモーター(発現制御型)を利用すると良い。複製開始点としては、TiまたはRiプラスミド由来の複製開始点などを挙げることができ、これらの形質転換体の作製は、既に実施されている周知の方法に基づいて実施可能であることは、十分予測し得るところである。
【0047】
大腸菌や酵母などの微生物を用いて上記形質転換体を作製すれば、微生物細胞系を用いた物質変換が可能となる。また、ピレトリンを実用以下、少量合成することが知られているアフリカンマリーゴールド、キンセンカ、ヒャクニチソウなどのキク科植物体を用いて上記形質転換体を作製し、ピレトリン合成能を向上させることによって、除虫菊よりも成長の早い植物におけるピレトリンの効率的な生産が可能になり、殺虫剤生産において有用である。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、ピレスロイドを殺虫剤とする全産業分野、具体的には、蚊及びハエ取り線香、殺虫剤噴霧器、殺虫液加熱蒸散装置、電気マット殺虫装置などのピレスロイドを有効成分とする殺虫用器具及び装置の分野において利用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明に係るピレトリン生合成酵素のアミノ酸配列の具体例を示しており、(a)は除虫菊の花から得られた酵素の典型例を示しており、(b)は(a)のアミノ酸配列に対し、移行性のシグナル配列が欠失している具体例を示しており、(c)、(d)は(a)の配列に対し、移行性のシグナル配列が更に付加したアミノ酸配列を示している(尚、(c)、(d)のアンダーライン部分は、(a)の配列に付加された部分を示す。)。実施形態の項において説明したように、図1(a)はアミノ酸配列1に示すアミノ酸配列を示す図であり、図1(b)はアミノ酸配列2に示すアミノ酸配列を示す図であり、図1(c)は配列番号3に示すアミノ酸配列を示す図であり、図1(d)は、配列番号4に示すアミノ酸配列を示す図である。
【図2】図1(a)のアミノ酸配列によるタンパク質をコードする遺伝子の配列を示しており、配列番号5に示す塩基配列を示す図である。
【図3】ピレトリン類の構造が菊酸部側鎖(R)とレスロロン部側鎖(R)とによって構成されることを具体的に示す化学構造式及び一覧表である。
【図4】植物細胞におけるエステル化合物がカルボン酸のCoAチオエステル体(アシルCoA、RCO-S-CoA)とアルコール(R'-OH)を基質としてアシル基転移酵素の触媒によって生合成されることを示す化学反応の一般式である。
【図5】クリサンテモイル基質転移酵素を触媒とするピレトリンの生合成反応の具体例を示す化学反応式である。
【図6】実施例1のHPLCによるピレトリン生合成酵素活性の測定状況を示すグラフであって、(a)はタンパク質生成段階において酵素活性が生じていない場合を示しており、(b)は前記酵素活性が生じている場合を示す。
【図7】実施例1において、除虫菊の花から酵素の生成を行う手順を示す一覧表である。
【図8】実施例1において、生成したピレトリン生合成酵素の精製度を確認するために分子量の特定の程度を明らかにするための電気泳動(SDS-PAGE)写真である。
【図9】実施例1において、ピレトリン生合成酵素タンパク質を構成するアミノ酸の各部分に関する分析を行うことによって得られた部分的なアミノ酸配列の配列例であって、(a)はアミノ酸配列6に示すアミノ酸配列を示す図であり、(b)はアミノ酸配列7に示すアミノ酸配列を示す図であり、(c)はアミノ酸配列8に示すアミノ酸配列を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピレトリンを生成し得る植物体内から抽出することができる酵素であって、以下の(i)又は(ii)のタンパク質をコードする遺伝子。
(i)配列番号1に示すアミノ酸配列からなるタンパク質。
(ii)配列番号1に示されるアミノ酸配列に対し、1または複数個のアミノ酸を置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列からなり、かつピレトリン生合成酵素としての活性を示すタンパク質。
【請求項2】
(i)のタンパク質をコードし、配列番号5に示す塩基配列からなる請求項1記載の遺伝子。
【請求項3】
配列番号5に示す塩基配列の第85番目〜第1179番目の塩基配列をオープンリーディングフレームとして含む請求項2記載の遺伝子。
【請求項4】
(ii)のタンパク質のうち、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号3に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号4に示すアミノ酸配列からなるタンパク質の何れかをコードする請求項1記載の遺伝子。
【請求項5】
ピレトリンを生成し得る植物体内から抽出することができる酵素であって、以下の(i)又は(ii)のタンパク質。
(i)配列番号1に示すアミノ酸配列からなるタンパク質。
(ii)配列番号1に示されるアミノ酸配列に対し、1または複数個のアミノ酸を置換、欠失、挿入、及び/又は付加したアミノ酸配列からなり、かつピレトリン生合成酵素としての活性を示すタンパク質。
【請求項6】
(ii)のタンパク質が、配列番号2に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号3に示すアミノ酸配列からなるタンパク質、配列番号4に示すアミノ酸配列からなるタンパク質の何れかであることを特徴とする請求項5記載のタンパク質。
【請求項7】
請求項1ないし請求項4の何れか1項に記載の遺伝子が組み込まれたベクター。
【請求項8】
請求項7記載のベクターが導入された形質転換体。
【請求項9】
請求項7記載のベクターが、植物、藻類、酵母、バクテリアの何れかの染色体及び/又は葉緑体に導入されたことを特徴とする請求項8記載の形質転換体。
【請求項10】
請求項7記載のベクターが、キク科植物の染色体及び/又は葉緑体に導入されたことを特徴とする請求項9記載の形質転換体。
【請求項11】
請求項5に記載のタンパク質、又は請求項8ないし10の何れか一項に記載の形質転換体を用いて、ピレトリンを生産する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−41959(P2010−41959A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−208295(P2008−208295)
【出願日】平成20年8月13日(2008.8.13)
【特許番号】特許第4271256号(P4271256)
【特許公報発行日】平成21年6月3日(2009.6.3)
【出願人】(000207584)大日本除蟲菊株式会社 (184)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【Fターム(参考)】