説明

ファイバー探針電極およびこれを用いた生物の代謝機能の計測評価方法

【課題】 従来の生物の物質エネルギー代謝機能の計測法では、検知される情報は細胞外の情報で間接的であり、酸素あるいは酸化還元物質と生体機能との対応が不明であるため、計測評価の信頼性、精度に欠ける。
【解決手段】 本発明による生物の物質エネルギー代謝機能の計測評価に用いるファイバー探針電極は、光照射により生物の物質エネルギー代謝系から電子を受け取り酸化反応を行う光反応触媒を備えている。該ファイバー探針電極は、アノードとして作用し、該電極と電気的に接続され受け取った電子を還元反応により消費するカソードとして作用するもう一つの電極とで電気化学セルを構成し、生体中の電子伝達物質あるいは/および物質エネルギー代謝系で代謝される生体反応物質を、光照射を併用することで電気化学セルを介して電気信号として精度良く直接検知することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物、動物、微生物を含む生物の代謝機能を計測評価するのに用いる、生体内において光照射により電気信号を発生する電気化学セルを構成する光反応触媒を備えたファイバー探針電極および、該ファイバー探針電極を用いた生物の代謝機能の計測評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生物の代謝機能の計測評価は、特に微生物を利用する産業分野では大切である。イースト菌、乳酸菌、納豆菌、酵母などを用いる醸造、発酵、食品加工分野や、活性汚泥菌、バチルス菌などを用いる排水・ごみ処理分野においては、微生物の代謝機能の活性度の高低が生産効率、処理効率を大きく左右する。そして、これら微生物の代謝機能の計測評価は、もっぱら培養法により数日間の長時間を要して行われている。
【0003】
生物の代謝機能を簡便に短時間で計測評価する方法の一つとして、特許文献1に記載されている、細胞の周辺における酸素濃度の変化を検知することで生物の物質エネルギー代謝の状態を計測評価する方法がある。この方法は、キャピラリ管内に細胞などの生体試料を充填し、キャピラリ管口に酸素透過膜を配置し、その近傍に微小電極を設け、参照電極と対極とで電気化学セルを構成し、酸素の還元電流を検出することでキャピラリ管口部近傍の酸素濃度の変化を検知し、キャピラリー管内の細胞などの生体試料の呼吸状態により代謝機能を計測評価しようとするものである。
【0004】
さらに、別の方法として、特許文献2に記載されている、細胞の周辺における酸素あるいは酸化還元物質濃度の変化あるいは分布を検知することで微生物の呼吸活性および光合成活性、電子伝達機能、酵素活性の評価を行う方法がある。この方法は、キャピラリ管内に細胞などの生体試料を充填し、キャピラリ管口に酸素透過膜を配置し、その近傍に微小電極を設け、参照電極と対極とで電気化学セルを構成し、酸素の還元電流を検出することでキャピラリ管口部近傍の酸素濃度の変化を計測したり、計測溶液中に酸化還元物質を微生物と共存させ、微生物近傍の酸化還元物質の濃度分布を計測することで、微生物の電子伝達機能あるいは酵素活性を検知することで生物の代謝機能を計測評価しようとする方法である。これらの方法では検出電極として、白金あるいは炭素電極がもっぱら用いられている。
【特許文献1】特開2001−330582号公報
【特許文献2】特開2003−116591号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
背景技術で述べた先行技術(1)、(2)共に、微生物(生体)の近傍の酸素濃度変化や酸化還元物質の分布を検知し生物の代謝機能を計測評価する方法である。生物の代謝系に直接関与する生体反応物質の検出を酸素あるいは酸化還元物質を介して間接的に行い生物の代謝機能を評価しようとするものである。細胞1個の状況についても検出できるように評価する試料をキャピラリ管を用いて微小体積化する工夫がされているが、検知される情報は細胞内の生物の代謝機能を直接反映する情報ではなく、細胞外の情報であり間接的な情報に限られる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、このような問題を解決し、細胞の近傍の酸素濃度や酸化還元物質の濃度あるいは分布の変化による間接的な評価方法に代わり、生物のエネルギー代謝物質すなわち、生物の物質エネルギー代謝系に関与する生体反応物質を直接検知することで生物の代謝機能を高感度でかつ精度良く計測評価しようとするものである。
【0007】
本発明では、生体の物質エネルギー代謝機能を計測評価するのに、光反応触媒を備えたファーバー探針電極を用いる。この光反応触媒を備えたファイバー探針電極は、直接生体細胞内に挿入され電気化学セルを構成し、光照射を併用することで、電気化学セルの電圧あるいは及び電流として細胞内の物質エネルギー代謝系の生体反応物質を検出し、代謝機能を計測評価する。前記光反応触媒は、光照射により生物の物質エネルギー代謝系から電子をうけとり酸化反応を行う酸化物半導体と色素より成る。前記ファイバー探針電極はアノードとして作用し、該電極が酸化反応により生体反応物質より受け取った電子を還元反応により消費するカソードとして作用する電極とで電気化学セルを構成し、生物の物質エネルギー代謝機能を当該電気化学セルの電流信号あるいは電圧信号として計測評価される。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、生物の代謝機能を精度良く計測評価することができる。すなわち、直接生体細胞内に挿入した光反応触媒を備えたファイバー電極を用いて、光照射により発生する電気化学セルの電圧あるいは/および電流を検出する。光照射を計測部位に選択的に、あるいは/および、周期性を持たせて行うことができるので、これと同期する形で信号検知を行うことでより高感度でしかも高精度で生物の物質エネルギー代謝に関与する生体反応物質の検知を行うことができる。
【0009】
本発明の光反応触媒を備えたファイバー電極は、物質エネルギー代謝機能を有する生体細胞内に直接挿入することができるので、挿入位置を移動して検知することが容易で生体内の代謝機能の分布状態を計測評価することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明を詳しく説明する。
【0011】
本発明のファイバー探針電極は、アノードとして作用し、物質エネルギー代謝系が作用する生体細胞内に配置され、物質エネルギー代謝系と電子の授受を行う。カソードとして作用する電極は、生体中であれば、細胞内、細胞外何れの場所に配置してもよい。カソードとして作用する電極は細胞外の電極に最も距離的に近い場所に配置するのが好ましい。こうすることで、アノードとして作用するファイバー探針電極とカソードとして作用する電極とで構成される電気化学セルの内部抵抗を最小にすることができ、大きな電気信号を得ることが出来るとともに、細胞内と細胞外の間に位置する細胞壁あるいは膜がセパレータの役割をするので、アノードとして作用するファイバー探針電極上で進行する酸化反応はカソードとして作用する電極上で進行する還元反応の影響を受け難くすることができ、生物の物質エネルギー代謝系に関与する生体反応物質の検知をより精度良く行うことができる。
【0012】
細胞壁あるいは膜がなくてもアノードとして作用するファイバー探針電極上での酸化反応がカソードとして作用する電極上での還元反応の影響が少ない場合は、二つの電極ともに細胞内に配置することが好ましい。この場合は、例えば、光ファイバーのコアの先端部に配置され光反応触媒を備えたアノードとして作用するファイバー探針電極と、該光ファイバーのクラッドの周縁部に配置されカソードとして作用する電極とで構成される検知用電極を有効に用いることができる。この検知用電極を用いると、細胞内への挿入位置を変えて計測することで、細胞内における物質エネルギー代謝機能が強い部位、弱い部位の分布の計測評価が精度よくできる。
【0013】
計測評価に際しては、電気化学セルを構成後、ファイバー探針電極の光反応触媒の一部あるいは全部に光照射を行う。光照射の方向は、光反応触媒に対し、表、裏、横、斜めなど何れの方向からでもよい。光反応触媒の一部あるいは全部を含む領域であれば細胞全体、細胞全体を含むその他の生体部分、カソードとして作用する電極に光照射が及んでもよい。
【0014】
光反応触媒の一部あるいは全部のみを光照射を行うことが好ましい。こうすることで、光照射による温度上昇、副反応などの影響を少なくすることができ、計測評価をより精度良く行うことが出来る。一定周期の光信号を入力し、この信号に同期する形で電気化学セルからの電圧あるいは電流信号を検出することでS/N比の高い信号検知ができる。また、光照射領域を制御することで、生体内の局所的な計測評価が可能である。
【0015】
具体的には、生体細胞の物質エネルギー代謝系にあって電子伝達物質として作用するNADH/NAD酸化還元カップルは、酸化還元酵素(デヒドロゲナーゼ、リダクターゼ)が作用する生体反応の助酵素として反応に関与している。これらの生体反応は生体反応物質(基質)に特異的な反応である。NADH/NAD酸化還元カップルとデヒドロゲナーゼが関与し検出が行える生体反応物質として、グルコース、グリセルアルデヒド−3−フォスフェート、グルタメート、4−アミノブタナール、サクシニック・セミアルデヒド、2級アルコール、シンナミル・アルコール、ソルビトール、グリセロール、ピルベート、D−ラクテート、ホスホグリセレート、マレート、グルコース−6−ホスフェート、イソシトレート、ホモセリン、15−ヒドロキシプロスタグランジンなどがある。 NADH/NAD酸化還元カップルとリダクターゼが関与し検出が行える生体反応物質として、ジヒドロフォレート、2−オキソパントエート、ジヒドロキシアセトン、ベータケトアシル、アルデヒド、グルタチオン、チオレドキシン、ヒドロキシメチルグルタリル−CoAなどがある。
【0016】
物質エネルギー代謝系に関与する生体反応物質は、生体細胞内に含まれるNADH/NAD酸化還元カップルと酵素を介して検知してもよいし、また、特定の生体反応物質に特異的に反応する酵素を単独であるいはNADH/NAD酸化還元カップルと一緒に生体細胞内に注入することで、特定の生体反応物質をより高い信頼性で検知することもできる。また、酵素あるいは酵素と電子伝達物質を光反応触媒を備えた電極Wに固定化して用いることもできる。この場合、光反応触媒上に固定化してもよいし、あるいは光反応触媒を電極Wに部分的に形成し、これと近接するように固定化してもよい。
【0017】
もちろん、生体細胞内のNADHやキノンなどの電子伝達物質のみを検出することで物質エネルギー代謝機能を計測評価することも可能である。この場合は、電子伝達物質の酸化体(Ox)が保有している電子(e−)は、アノードとして作用する電極に設けられた光反応触媒に含まれる光照射により還元体(S*)と電子を発生する化合物Sの作用により負極に移動し、電気信号検出回路を通ってカソードとして作用する電極まで流れる。この電子を電気信号検出回路で検出することで電子伝達体を検知することができる。
【0018】
ここで、光照射により還元体と電子を発生する化合物Sは、酸化物半導体上に配置され、光の波長が300nmから1000nmに単一あるいは複数の光吸収ピークを有する化合物が好ましい。このような化合物としては、金属錯体色素、有機色素などを用いることができる。金属錯体色素には、ルテニウム(Ru)を中心原子としビキノリン、ビピリジル、フェナントロリン、チオチアン酸、これらの誘導体を配位子とするルテニウム錯体色素あるいは白金錯体色素を用いることができる。金属錯体色素と有機色素の両方の構造を併せ持つ、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、マグネシウム(Mg)、鉄(Fe)などを中心原子に有するあるいは有しない単一あるいは複数のポルフィリン環を含むポルフィリン系色素も有効に用いることができる。有機色素としては、9−フェニルキサンテン系色素、メロシアニン系色素、ポリメチン系色素などを有効に用いることができる。
【0019】
これらの色素は、光吸収効率が高く、酸化物半導体との親和性が高く容易に電解液中に溶け出さず電解液に長時間接触していても安定であり、また光照射により発生する励起電子の寿命が長いことで光電変換効率が高く好ましい。酸化物半導体上に光照射により還元体と電子を発生する化合物を配置することで、光照射により発生した電子を、酸化物半導体に素早く移動することが可能で、光照射により発生した還元体と電子との再結合の確率を低くし、生物由来の燃料から電子を取り出す効率をより高く保持することができる。
【0020】
酸化物半導体としては、酸化錫(SnO2)、酸化チタン(TiO2)、酸化亜鉛(ZnO),酸化タングステン(WO3)あるいは、TiO2・WO3などこれらの複合酸化物が用いられる。
【0021】
生体細胞としては、物質エネルギー代謝系を有するものであれば、植物、動物を問わず何れの生体細胞も計測評価対象とすることができる。自然の生物界で植物と動物の境に位置する微生物も含まれる。微生物には、細菌(バクテリア)、菌類、ウイルス、原生動物、藻類、大きさが1mm以下の単細胞生物である原生動物や多細胞の後生動物などが含まれる。 細菌類としては、具体的には、Bacillus megatherium、Escherichia coli、Rhodopseudomonas spheroids、Nitrosomonas sp.、Staphylococcus aureus、あるいは、金属イオン還元性バクテリアである Rhodoferax ferrireducens、Geobacteraceae、Shewanellaceae などがある。菌類としては、具体的には、醸造用のイースト(Brewer's Yeast)、乳酸菌、納豆菌、大腸菌(E. coli)、有機物質の分解菌であるバチルス菌、活性汚泥菌、セルロース分解菌であるFibrobacter succinogenesなどがある。原生動物としては、具体的には、Vorticella microstoma、Epistylis plicatilis、Colpidium campylun、Paramecium caudatumなどがある。藻類としては、具体的には、Anabaena variabilis、Anabaena cylindrica、Cyanobacteria (blue-green algae)、Chlorella ellipsoideaなどがある。
【0022】
本発明のカソードとして作用する電極の反応は、負極において光により励起される分子(S)の活性種(S*)を介して生物由来の燃料より取り出される電子の電位よりも貴な電位で起こる還元反応であって、この電子が、外部負荷を経て、カソードとして作用する電極に電気化学的に受け入れられる還元反応であれば何れの反応も用いることができる。このようなカソードとして作用する電極の反応としては、具体的には、水あるいは酸素の還元反応、プロトンの還元反応、NiOOH、MnOOH、Pb(OH)2、PbO、MnO2、Ag2O、LiCoO2、LiMn24、LiNiO2などの水酸化物あるいは酸化物の還元反応、TiS2、MoS2、FeS、Ag2Sなどの硫化物の還元反応、AgI、PbI2、CuCl2などの金属ハロゲン化物の還元反応、Br2、I2などのハロゲンの還元反応、キノン類、有機ジスルフィド化合物などの有機硫黄化合物類の還元反応、ポリアニリン、ポリチオフェンなど導電性高分子類の還元反応などを用いることができる。
【0023】
この中で、カソードとして作用する電極は、酸素を還元する酸素極であることが好ましい。このようにすると、大気中あるいは生体内に存在する酸素を反応物質として有効に利用することができる。
【0024】
上記酸素極としては、酸素還元能のある物質であれば用いることができる。このような物質としては、活性炭、MnO2、Mn34,Mn23、Mn58などのマンガン酸化物、白金、パラジウム、酸化イリジウム、白金アンミン錯体、コバルトフェニレンジアミン錯体、金属ポルフィリン(金属:コバルト、マンガン、亜鉛、マグネシウムなど)、La(Ca)CoO3やLa(Sr)MnO3などのペロブスカイト酸化物などを用いることが出来る。
【実施例1】
【0025】
(実施例1)
本発明の一実施例である醸造用のイースト(Brewer's Yeast)のエネルギー代謝機能の計測評価方法の構成の模式図を図2に示す。麦汁の糖分をおもな栄養源として育成した図1中の生体細胞(4)で表される大きさが約10ミクロンのイーストセルを0.1Mりん酸緩衝溶液(pH7.4)中に採取し、イーストセルの細胞壁(6)を貫通して、アノードとして作用する電極であるファイバー探針電極(1a)を物質エネルギー代謝系(5)が存在する生体細胞(4)中に挿入する。ファイバー探針電極(1a)は、直径が2μmのカーボンファイバーでできており、先端部に光反応触媒層(3)を有する。ファイバー探針電極(1a)と対になり電気化学セルを構成するカソードとして作用する電極である正極(2)も、直径が2μmのカーボンファイバーでできている。これは、酸素の還元電極として作用する。ファイバー探針電極(1a)と正極(2)は、電気信号検知のための負荷(8)により電気的に接続されている。負荷(8)を流れる電流を電流モニター(9)により計測される。生体細胞(4)が400〜1100nmの波長の光の照射を受けられるようにキセノンランプよりなる光源(7)が配置される。 光源(7)の発光のタイミングは光源コントローラ(10)により制御する。 電流モニター(9)は光源コントローラ(10)に接続され、必要に応じ発光のタイミングに同期して電流が計測される。負荷(8)には100kΩの可変抵抗器、電流モニター(9)には高入力インピーダンスの電圧計を用いられる。
【0026】
光反応触媒層(3)は次のようにして作製する。平均粒径が10nmの酸化錫(SnO2)粒子を11重量%分散したポリエチレングリコールを30重量%含むアセトニトリル溶液中に、カーボンファイバーの先端を浸漬して先端部にアセトニトリル溶液を塗布し、80℃で乾燥したのち、アルゴン空気中で350℃で1時間焼成することで厚さ約0.5μmのSnO2微粒子膜を形成する。次に、P1を10mM溶解したエタノール溶液にSnO2微粒子膜を1時間浸漬したのち引き上げ、乾燥した温風でエタノールを散逸させP1をSnO2微粒子薄膜に沈着させることにより光反応触媒層(3)が得られる。
【0027】
【化1】

ファイバー針探電極(1a)と正極(2)を図2に示すように生体細胞(4)であるイーストセル内に挿入し、イーストセルを包み込んでいる0.1Mりん酸緩衝溶液(pH7.4)中にエネルギー代謝物質の1つであるグルコースを添加し、その際の電流応答を計測する。光源の発光は上記と同様にコントロールして行う。りん酸緩衝液の温度を27.8℃に保ち、グルコースの濃度を0、10、20、50、100mMと変化すると、それぞれの濃度に応じて、3.2、4.8、6.1、10.8、18.6pAの電流値が計測される。 図2は、グルコース濃度が20mMのときの電流応答を示す。図2のAは、光源の発光をパルス巾0.1秒の周期で発光、消光をコントロールし、これに同期して計測される電流応答である。電流応答を約10%の誤差内で計測することができる。もちろん、本発明の計測評価方法では、光照射を周期的に行いこれと同期する形で電流応答を検出する方法をとらなくても、有意な応答が得られることは言うまでも無い。 次に、ファイバー探針電極(1a)を生体細胞(4)の細胞壁(6)外の0.1Mりん酸緩衝溶液(pH7.4)中に出して同様の計測を行う。この場合は、ほぼゼロの電流応答しか得られない。これは、細胞外では、グルコースを酸化するための物質エネルギー代謝系が存在せずファイバー探針電極が受け取る電子が発生しないのでほぼゼロの電流応答しか得られないことを示している。 同じ計測を異なる10個のイーストセルに対して行うと、表1に示す結果が得られる。
【0028】
【表1】

次に、りん酸緩衝溶液の温度を、40℃、35℃、27.8℃、18.3℃、10℃に変えて、それぞれの温度で、異なる10個のイーストセルについて、グルコース濃度20mMで電流応答を計測を行うと、表2に示す結果が得られる。
【0029】
【表2】

表2には、グルコース、濃縮麦汁、寒天粉末を含む培地を用いて、各温度でイースト菌の培養試験での、菌濃度が1x106/mlから1x108/mlに増殖するまでの時間を示した。電流応答と増殖時間の温度依存性は良い一致を示す。本発明の計測評価方法によれば、生物の物質エネルギー代謝機能を正しく計測評価できることを示している。
【0030】
実施例で用いたファイバー探針電極(1a)に代えて、生体細胞の代謝機能活性評価や微生物の代謝機能評価に従来用いられている白金微小電極(直系2μの白金線)を用いて同様の計測評価を行うことで、本発明の計測評価法の有用性がはっきり示される。すなわち、白金微小電極を用いた場合は、イーストセルの内部において図2のBで示す応答を示すとともに、グルコース濃度を変化しても有意な差を与える応答は得られない。すなわち、イーストセルの代謝機能の変化を示す有意な電流応答は得るのは困難である。これは、従来の計測評価法で用いられている白金微小電極を生体内の計測評価に適用した場合は、グルコースの酸化、酸素の還元、その他の物質の酸化あるいは還元のいずれにも応答するため、イーストセル内でのグルコース濃度の変化が代謝機能の有意な変化として検出できないことに依ると考えられる。
【0031】
以上、イースト菌の代謝機能の活性度の計測評価は、ビール製造などの醸造、味噌・醤油などの食品製造においては大切な試験項目であり、本発明の評価方法によれば、簡便にしかも短時間に計測評価が可能である。
【0032】
なお、本実施例では、酸化物半導体として酸化錫(SnO2)を用いたが、同様な評価を、SnO2微粒子膜に代えて、TiO2、ZnO、TiO2・WO3微粒子膜を用いて行ったところ、ほぼ同様の電流応答が得られる。
【0033】
(実施例2)
実施例1と同様に、ファイバー針探電極(1a)をイーストセル中に挿入し、りん酸緩衝溶液に何も添加せずに、光照射を周期的にコントロールしながら継続して行うと、図3に示す電流―時間応答が得られる。t1までの時間に相当する電流部分は、イーストセルが細胞内に有しているエネルギー代謝物質の量に対応し、t1からt2部分に相当する電流部分はNADPHなどの電子伝達物質の量に対応する。
【0034】
電流応答がt1に達した時点で、ファイバー探針電極とカーボンファイバー正極で構成される電気化学セルについて、2.0pAの一定電流値で電解を行い、その際のファイバー探針電極の電位の時間変化を計測すると、図4に示す、3段の電位−時間変化を与える応答(クロノポテンショグラム)が得られる。イーストセルの細胞内に、NADPHを注入して同様の計測を行うと、t1からt2の間の時間が長くなり、また、図4のクロノポテンショグラムの一段目の遷移時間(τ1)が長い結果が得られる。クロノポテンショグラムにおいて一段目はNADPHの酸化反応に相当することが分かる。τ1の長さを計測することでイーストセル中におけるNADPHの定量検知ができる。
【0035】
以上、本発明によれば、生物の物質エネルギー代謝機能活性を支配する電子伝達物質の1つであるNADHP量を定量的に検知することが可能であり、これを用いて生物の代謝機能の計測評価を定量的に行うことができる。
【0036】
(実施例3)
生体内の物質エネルギー代謝系の分布を計測評価するために、光ファイバーの先端部に光反応触媒を備えた光ファイバー電極を用いることができる。
【0037】
図5は、光ファイバー電極(11)の構造を示す。アノードとして作用する電極である負極(1)は光反応触媒層(3)を備え、光ファイバーの先端部のコア(11b)に配置される。クラッド(11a)部分にカソードとして作用する電極である正極(2)が設けてられている。光ファイバー電極(11)のコア(11b)は、導電性ガラスで作られており、クラッド(11a)部は、絶縁性ガラスで作られている。クラッドの表面を約1ミクロンの厚さで覆うウレタンアクリレート被覆層を有する直径125ミクロンのクラッドおよび直径115ミクロンのコアおよびからなる光ファイバーの一方の先端部を円錐状に成形されている。グラファイト粉末とガラス粉末を酢酸ブチルで混錬して得たカーボンペーストを円錐状に成形した箇所を含む先端部に約2ミクロンの厚みで塗布した後、焼き付けてカーボン層を形成する。円錐の底辺に近い高さで円錐の周全体に渡りこのカーボン層を除去し絶縁層(12)となる溝を掘り、正極(2)として作用するカーボン層と、負極(1)を構成するカーボン層とに分離する。次に、負極(1)を構成するカーボン層の表面に、平均粒径が10nmの酸化錫(SnO2)粒子を11重量%分散したポリエチレングリコールを30重量%含むアセトニトリル溶液を塗布、焼付けして厚さ約0.5μmのSnO2微粒子膜を形成する。次に、P1を10mM溶解したエタノール溶液にSnO2微粒子膜を1時間浸漬したのち引き上げ、乾燥した温風でエタノールを散逸させP1をSnO2微粒子薄膜に沈着させることにより、光反応触媒層(3)が形成される。
エタノールを栄養素として育成した長さが約80ミクロンのシアノバクテリアセルを0.1Mりん酸緩衝溶液(pH7.4)中に採取し、上述のようにして作製した光ファイバー電極(11)の負極(1)の先端部を、シアノバクテリアセルの長手方向右端部の細胞壁を貫通してシアノバクテリアの内部に挿入する。この際、負極(1)の一部および正極(2)は細胞壁の外部に位置する。負荷、電流モニター、光源コントローラを、光ファイバー電極(11)に接続し、光ファイバー電極(11)の他端に光源を配置し、光源の発光を実施例1と同様に周期的に変化して電流を検知する。こうすることで、460pAの電流が計測される。
次に、負極(1)の先端部の位置を、シアノバクテリアセルの長手方向右端部からシアノバクテリアの長さ(L)の8分の1左に移動した位置に挿入し同様の検知を行う。こうすることで、620pAの電流が計測される。同様に、Lの8分の1づつ左に移動し計測すると、2/L移動点では880pA、3/L移動点では、1500pA、4/L移動点では、420pA、5/L移動点では、280pA、6/L移動点では120pA、7/L移動点では1430pA、左端では630pAの電流が計測される。これにより、3/L点付近および7/L点付近に代謝機能が活性な箇所が存在することが分かる。すなわち、シアノバクテリアについて、代謝機能が活性な箇所は少なくとも2箇所存在することが計測評価できる。
【0038】
なお、アルコール酸化酵素であるアルコールデヒドロゲナーゼ(ADH)あるいはNADPHを外部からシアノバクテリアセル内部に添加することで、これらの電流値に変化を認めることができる。これらの電流値は、シアノバクテリアセルの物質エネルギー代謝系のエタノールに由来し、酵素としてADH、電子伝達体としてNADPHが働いていると考えることができる。
【0039】
以上、この光ファイバー電極は、同一基体上に負極と正極を備えているので、生物の代謝機能を計測評価する際には、この光ファイバー電極を生体中の該当箇所に挿入することで簡単に行うことができる。また、生体反応物質の濃度あるいは種類を特定するために既知の物質による校正作業を行う際、正極と負極との位置関係を保ったまま行うことが出来るので、より高い校正精度を得ることができ、信頼性の高い検知を行うことができる。さらに、基体に光ファイバーを用い、光ファイバーの先端部に光反応触媒層を備えた負極を配置することで、光照射部分を光反応触媒層を含む近傍に限ることが可能である。検知領域を光ファイバーの先端部に局所化することができので、光ファイバーの先端部の位置を移動し検知を行うことで生体内の代謝機能の分布を計測評価することが可能である。
【0040】
本発明に従い、生体中の電子伝達物質を介して生物の物質エネルギー代謝系から電子をうけとり酸化反応を行う光反応触媒を備えたアノードとして作用する電極を用いることで生体中の物質エネルギー代謝系の分布を精度よく計測評価することができる。
【0041】
なお、本実施例では、酸化物半導体として酸化錫(SnO2)を用いたが、同様な評価を、SnO2微粒子膜に代えて、TiO2、ZnO、TiO2・WO3微粒子膜を用いて行っても、ほぼ同様の発電セルの出力特性を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明によれば、生物の物質エネルギー代謝機能を高感度でしかも精度良く計測評価することができる。本発明に従うファイバー探針電極は、特に微生物を利用し、微生物の代謝機能の活性度の高低が生産効率、処理効率を大きく左右するイースト菌、乳酸菌、納豆菌、酵母などを用いる醸造、発酵、食品加工分野や、活性汚泥菌、バチルス菌などを用いる排水・ごみ処理分野において有用である。また、これらの微生物利用分野に限らず、体外培養された哺乳動物胚(マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、豚、牛、人など)の正常性の評価など医療、健康管理、環境保全・制御、農業・牧畜生産分野など、物質エネルギー代謝機能を有する動物、植物が係わる産業分野において、生物の物質エネルギー代謝機能の計測評価に有効に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明の実施例において、生体細胞内に挿入したファイバー探針電極(1a)を用いた生体細胞内のエネルギー代謝物質の検知方法の構成を示す模式図
【図2】本発明の実施例において、ファイバー探針電極(1a)の検知応答特性を示す図
【図3】本発明の実施例において、ファイバー探針電極(1a)の検知応答特性を示す図
【図4】本発明の実施例において、ファイバー探針電極(1a)の生体細胞内の電子伝達物質の検知に対応する電位−時間応答を示す図
【図5】本発明の実施例において、生体細胞のエネルギー代謝物質の検知に用いた、光ファイバーの先端部のコア(11b)部分に光反応触媒層(3)を備えた負極(1)を設け、クラッド(11a)部分に正極(2)を備えた光ファイバー電極の構成を示す模式図
【符号の説明】
【0044】
1 負極
1a ファイバー探針電極
2 正極
3 光反応触媒層
4 生体細胞
5 物質エネルギー代謝系
6 細胞壁
7 光源
8 負荷
9 電流モニター
10 光源コントローラ
11 光ファイバー電極
11a クラッド
11b コア
12 絶縁層


【特許請求の範囲】
【請求項1】
アノードとして作用する電極がカーボンファイバーの先端部に配置されたファーバー探針電極であって、前記アノードとして作用する電極は、光照射により生物の物質エネルギー代謝系から電子をうけとり酸化反応を行う酸化物半導体と色素より成る光反応触媒を備え、該アノードとして作用する電極が受け取った電子を還元反応により消費するカソードとして作用する電極とで電気化学セルを構成し、生物の物質エネルギー代謝機能を当該電気化学セルの電流信号あるいは電圧信号として計測評価するために使われるファイバー探針電極。
【請求項2】
アノードとして作用する電極が光ファイバーのコアの先端部に配置され、カソードとして作用する電極が該光ファイバーのクラッドの周縁部に配置されたファイバー探針電極であって、前記アノードとして作用する電極は、光照射により生物の物質エネルギー代謝系から電子をうけとり酸化反応を行う酸化物半導体と色素より成る光反応触媒を備え、該アノードとして作用する電極が受け取った電子を還元反応により消費するカソードとして作用する電極とで電気化学セルを構成し、生物の物質エネルギー代謝機能を当該電気化学セルの電流信号あるいは電圧信号として計測評価するために使われるファイバー探針電極。
【請求項3】
生物の物質エネルギー代謝系から電子をうけとり酸化反応を行う光反応触媒を備えたアノードとして作用する電極と、該電極と電気的に接続され受け取った電子を還元反応により消費するカソードとして作用するもう一つの電極とで電気化学セルを構成し、生体中の電子伝達物質あるいは/および物質エネルギー代謝系で代謝される生体反応物質を、光照射を併用して、電気化学セルを介して電気信号として検知することを特徴とする生物のエネルギー代謝機能の計測評価方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−57465(P2007−57465A)
【公開日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−245599(P2005−245599)
【出願日】平成17年8月26日(2005.8.26)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】