説明

ファイバー用プローブ及びその製作方法

【課題】分析対象の液体、気体4が分光器1から離れた場所にあっても赤外吸収シグナルの測定を行うことができるとともに、測定感度が非常に高い、赤外吸収シグナル測定用のファイバー用プローブを提供する。
【解決手段】赤外光を通すファイバー用プローブ材料表面に電磁場増強効果を発揮する金属ナノ構造膜を形成することで、このようなファイバー用プローブ3を構成する。プローブはファイバー形状に限らず、赤外ファイバー2から赤外光を受け、プローブ材料表面で赤外光を反射しながら再びファイバー2へと赤外光を返す着脱可能なものであれば良い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面上に金属ナノ構造膜が被覆されてなる赤外吸収スペクトルなどの赤外吸収シグナル測定用のファイバー用プローブに関する。なお、本願においては「赤外」という用語は中赤外及び近赤外を含む広い意味で使用される。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1および非特許文献1に示されるように、表面増強ラマン散乱(Surface Enhanced Raman Scattering:SERS)、表面増強赤外吸収(Surface Enhanced Infrared Absorption:SEIRA)効果は、高感度かつ簡便な化学センサー・バイオセンサーに応用できる現象として、精力的な研究が行われている。特にSEIRAセンサーは表面プラズモンセンサーなどの誘電センサーや抵抗測定型のガスセンサーなどとは異なり、分子振動によるシグナルを計測できる。そのため、生体分子・高分子などの成分の検出や同定、それらの状態変化の高感度モニター、あるいは、燃料電池などの電極表面での化学種の反応過程のモニターなど、分子種の成分検出と状態・環境モニターに威力を発揮する。
【0003】
非特許文献1は、金属ナノ粒子を用いた高感度ラマン散乱に関する研究、非特許文献2は、金属ナノ構造膜による表面増強赤外吸収に関する研究、非特許文献3は、溶液中微粒子膜の吸着・脱離におけるキネティクスと分子プロセスに関する研究、非特許文献4は、溶液中金属微粒子の吸着・脱離のモニタリングに関する研究、非特許文献5は、金ナノ粒子を吸着させた後に成長させ、金ナノ構造膜を作成した研究の論文である。
【0004】
島状金属ナノ構造からなる金属膜や荒い表面モフォロジーを持つ連続金属膜は高い赤外活性を示すため、この様な金属膜を半導体・絶縁体基板上に成長させたナノ薄膜がセンサー材料として用いられる場合が多い。このようなセンサー材料を高感度なその場計測に用いる際には、例えば、液体フローセルの中のシリコンプリズム結晶に膜を成長させたものが用いられて来た。しかし、このような計測ではフローセルを分光器内部に精度よく組み込み調整することが必要であり、さらに計測できる対象は1.0ml程度か、あるいはそれ以下の小さな容積を持つ液体試料に限られていた。また、プリズム結晶に金属膜を制御して成長させるためには、一回一回セルを取り出してセットする必要があり、膜の製作に手間がかかっていた。
【0005】
一方、赤外帯域の光を伝送あるいは透過する光ファイバー材料内に赤外光を通し、分光器外に置いた検体に照射し、その反射光を分析する、あるいは、動物・人体・塗料・液体試料など、弾力性・流動性のある検体に直接接触させることで、検体とファイバー、あるいはファイバー用プローブの界面で全反射した赤外光の吸収スペクトルを測定する手法が確立している。
【0006】
しかしながら、これらの方法では、遠方場による直接反射光や、ファイバー用プローブと試料界面のエバネッセント光を用いて、プローブ表面と接触する部分の赤外吸収スペクトルを得るため、赤外光の検体表面における侵入長は1μm程度以上のオーダーとなってしまい、分子層レベルの薄い膜や微量の試料からの吸収シグナルを得ることは困難である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、このような実情に鑑み、オンサイト環境計測、その場化学反応計測、その場生体・医療計測などへと応用が可能なフレキシブルな赤外ファイバー用のプローブの表面を高感度化のための金属ナノ構造膜によりコーティング処理することにより、高い感度を持つプローブを実現し、高感度な計測を簡単化することを目的とする。ここで本発明におけるファイバー用プローブとは、赤外ファイバーの先端あるいは光路中に計測する検体溶液・試料と直接接触するように置かれ、シグナルを増強する機能を持ち、入射した赤外光を検体溶液・試料とプローブとの界面で反射し分光器へと返すような、交換可能な部品を指す。このようなプローブを用いることができれば、分光器内部にセットできないような生体試料や、化学反応中の試料、更には河川・湖沼等のフィールドでの水質測定などの環境測定などを簡便に計測することが可能となる。また、金属ナノ構造膜によるプローブ材料のコーティング工程についても、フローセルなどを用いないために簡単化でき、製造ラインでの大量生産などにも適した製造方法が望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一側面によれば、赤外光を伝送あるいは透過させる材料からなるプローブ材料表面上を金属ナノ構造膜により被覆し、前記金属ナノ構造膜による電磁場増強効果により吸収シグナルの増強を生じる赤外吸収シグナル測定用ファイバー用プローブが与えられる。
ここにおいて、前記ファイバー用プローブ材料は多結晶赤外(PIR)ファイバーであってよい。
あるいは、前記ファイバー用プローブ材料はシリコン、ゲルマニウム、ダイアモンド、ZnSe、KBr、NaCl,等の赤外光透過材料の結晶であってよい。
また、前記金属ナノ構造膜は複数の互いに離間した金属の島状部を含んでよい。
本発明の他の側面によれば、以下のステップを設けた、前記ファイバー用プローブの作製方法が与えられる。
(a)赤外光を伝送あるいは透過させる材料からなる前記プローブ材料表面をシランカップリング剤で表面処理する。
(b)前記シランカップリング剤で表面処理された前記プローブ材料表面に金属ナノ粒子を吸着させる。
(c)前記吸着された金属ナノ粒子を成長させる。
ここにおいて、前記金属ナノ粒子を成長させるステップは無電解メッキにより行ってよい。
また、前記金属は金であってよい。
ここで、前記無電解メッキはAuCl/hydroxylamine溶液を用いて行ってよい。
本発明の更に他の側面によれば、Agを含むPIRファイバーのプローブに、化学的な表面処理、電気化学的な表面処理、及び電子線ビームを照射する物理的な表面処理からなる群から選ばれた少なくとも1つの表面処理を行うことで表面に析出したAgナノ粒子を前記金属ナノ構造膜とした、前記ファイバー用プローブの作製方法が与えられる。
本発明の更に他の側面によれば、赤外帯域にプラズモン共鳴周波数を持つ金属ナノロッドまたは金属ナノディスク、あるいは金属ナノロッド、金属ナノディスクまたは金属ナノ粒子を連結して赤外帯域にプラズモン共鳴周波数を持つようにした金属膜を赤外光を伝送あるいは透過させる材料からなるファイバー表面に直接にあるいはカップリング剤を介して固定化することにより前記金属ナノ構造膜を形成する、前記ファイバー用プローブの作製方法が与えられる。
ここにおいて、前記ファイバー用プローブで検出すべき対象と前記金属ナノ構造膜の両者に親和性を持つ物質で前記金属ナノ構造膜を被覆してよい。
【発明の効果】
【0009】
本発明のファイバー用プローブを使用することにより、本発明の金属ナノ構造膜を有していない従来の同様なプローブを使用する場合に比べてはるかに高い感度が得られる。この感度は、本願発明者が以前に報告した、Siプリズム表面に金ナノ構造膜を被覆させた構成の一回反射型の全反射減衰測定用プローブと比較しても更に高いものであるだけではなく、このような報告済みの構成のプローブよりも使い勝手のよいものである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明のファイバー用プローブを使用した測定システムの構成例の模式図。
【図2】本発明の実施例における、赤外吸収シグナル測定用高感度プロ−ブ表面での金ナノ構造膜の成長の模式図。
【図3】本発明の実施例におけるファイバー用プロ−ブ表面で、金ナノ構造膜を成長させながら測定した赤外吸収スペクトルを示す図。
【図4】本発明の実施例における、金ナノ構造膜被覆後のファイバー用プロ−ブの走査電子顕微鏡写真とその一部の拡大写真。
【図5】本発明の実施例において製作した、金ナノ構造膜被覆後のファイバー用プローブに単分子層のオクタデカンチオールを吸着させて行った性能評価スペクトルにおいて、32%のCH伸縮振動の吸収シグナルを記録した結果を示す図。
【図6】本発明の実施例において、電子ビーム照射前のPIR製のファイバー用プローブ表面の走査電子顕微鏡写真。
【図7】25キロ電子ボルトで加速した電子ビームを58マイクロアンペアの電流量で、直径約500ミクロンの範囲に2.6時間照射してAgを析出させた図6のPIR製ファイバー用プローブ表面の走査電子顕微鏡写真。
【図8】25キロ電子ボルトで加速した電子ビームを58マイクロアンペアの電流量で直径約500ミクロンの範囲に7.5時間照射してAgを析出させた図6のPIR製ファイバー用プローブ表面の走査電子顕微鏡写真。
【図9】本発明のファイバー用プローブの形状の例を示す概略図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の赤外吸収シグナル測定用高感度プロ−ブは、赤外帯域の光を伝送あるいは透過する光ファイバーその他の形状の材料表面(つまり、ファイバー形状の場合にはその側面)に赤外吸収シグナルを増強する金属ナノ構造膜を被覆することによりなるプローブである。この構成のプローブは、赤外吸収シグナルの高い増強効果と高い表面感度とを同時に有し、生物検体や化学反応中の液体試料、河川・土壌などの検体を分光器内部にセットすることなく簡便にその場モニターを行うことができる。更に、測定試料に直接触れる部分を着脱式とし、当該着脱部分に本発明のプローブを取り付けた、着脱式プローブを構成することができる。このように、本発明のプローブは高感度、簡便性、汎用性を兼ね備えることを特徴とする。なお、ここで使用される赤外吸収シグナル測定用高感度プローブの材料としては、赤外光に対する吸収が小さく、かつファイバーからの赤外光を、水−プローブ材料界面、大気−プローブ材料界面で全反射させるようなものであればよい。
【0012】
なお、本願で「膜」という用語を使用しているが、これはある表面を完全に被覆している連続した構造に限定されるものではない。本願における「膜」とは、少なくとも一部が互いに不連続な複数の微粒子、微小平坦物が多数集まることにより、対象としている表面を部分的に被覆している(つまり、一部隙間が開いているような態様で被覆している)構造を包含する概念である。
【0013】
また、以下で図1を用いて説明するような本発明のプローブを用いた測定システムの構成は、実施例の項において説明するように、そのまま本発明のファイバー用プローブの製造に応用できる。従って、金属ナノ構造膜によるプローブ材料(ファイバー等)表面へのコーティング工程についても、フローセルなどを用いずに簡単化され、製造ラインでの大量生産などに適した方法を実現できる。
【0014】
図1に本発明のプローブを用いた計測システムの一例の模式図を示す。図1において、赤外分光器1から被覆付きの赤外ファイバー2を延長して、測定対象である液体検体試料4の近傍まで引き出す。赤外ファイバー2の先端には赤外吸収測定用高感度プローブ3が着脱可能に取り付けられている。このプローブ3中の試料に接触する部分に本発明のファイバー用測定プローブが設けられている。この例では本プローブは光ファイバーの形状になっている。図1から判るように、赤外分光器1→赤外ファイバー2→赤外吸収測定用高感度プローブ3(赤外光はこの中で本発明のファイバー用プローブを通過する)→赤外ファイバー2→赤外分光器1という、赤外分光器1から出発してまた赤外分光器1へ戻る赤外光のループが形成されている。このループを通って戻ってきた赤外光のスペクトルをある基準値で正規化することによって、赤外吸収スペクトルを得ることができる。正規化用の基準値としては例えば液体検体試料4の溶媒の純粋なものにプローブ3を浸漬した際に赤外分光器1に戻ってきた赤外光のスペクトルとしてよい。あるいは、プローブに溶液中の検体分子を吸着させるとき、プローブを溶液につけた瞬間の(つまり、検体分子の吸着が実質的に起きていない状態での)スペクトルの測定値R0を基準値とし、時間と共に検体分子がプローブへの吸着が進んだ各時点におけるスペクトルの測定値Rを当該基準値で正規化することもできる。更には、大気中のガス分子を検出する時は、上の説明で「溶液」とした箇所を「大気」と読み替える。また、赤外ファイバー2とプローブ3を組として提供する場合には、この組に対して上記基準値としての赤外光スペクトルを提供することができる。
【0015】
本発明により、金属ナノ構造を用いない通常の赤外ファイバー製のプローブに比べて、プローブ表面近傍の分子振動の吸収シグナルに対して1桁から2桁以上高い感度が実現される。また赤外光を自由に引き回せるファイバー光学系を用いるために、リモートセンシングが可能であり、試料を分光器内部にセットすることなく、生物検体にプローブを直接接触させることにより簡便・迅速に測定が可能である。また、液体試料の測定においても、液体フローセルなどに試料を流し込むことなく直接流体試料内部にプローブを浸すだけで測定ができる為、河川の汚染や化学薬品の品質などのモニターが簡便に行える。このようなプローブを用いることにより、分光器内部にセットできないような試料(生物検体、化学反応中の溶液、屋外の環境測定)などの高感度測定を簡便に行うことが可能となる。製造工程も、フローセルなどを使用しないために簡単化され、大量生産などに適した製造方法を実現できる。この様なメリットは従来の分光器内部に設置される全反射減衰測定(Attenuated Total Reflection)プリズムを用いた計測法には無い。
【0016】
以下では、本発明のプローブを作製する方法及び作製されたプローブの特性の具体例を説明するが、もちろん本発明はこれに限定されるものではない。例えば、図1及び以下の実施例ではファイバー用プローブとして赤外ファイバーを使用し、実施例では具体的にはPIRファイバーを使用しているが、本発明のファイバー用プローブの材料・形状はこれに限定されるものではなく、材料としては赤外光を伝送あるいは透過させる任意の材料を使用でき、また測定、プローブの作製、その他取り扱いに好適な形状であり入射した赤外光を検体とプローブとの界面で内部反射し、分光器へと返すような任意の形状を取ることができる。例えば、材料としてはシリコン、ゲルマニウム、ダイアモンド、KBr,NaCl,ZnSeなどの赤外光透過材料の結晶を使用することができ、その形状としてもファイバー状以外に三角柱、半球、半円筒、板状、などの多様なものを取ることができる。例えば、図9には、(a)のようにファイバーをループ上に折り返したような形状のファイバー用プローブPa、三角柱状のファイバー用プローブPb、板状のファイバー用プローブPcを概略的に例示した。なお、図9中の各ファイバー用プローブへ至るファイバーに沿って描かれた上向き、下向きの矢印は、夫々図1に示すような赤外分光器などの測定装置(図示せず)から対応するファイバー用プローブPa〜Pcへ送り込まれ、また測定装置へ戻っていく測定用赤外光の方向を示している。
【実施例】
【0017】
本発明における赤外吸収シグナル計測用プロ−ブの作製方法として、赤外ファイバーとしてPIRファイバー(Polycrystalline Infra-Red Fiber;多結晶の塩化銀/臭化銀などの金属ハライドを材料とした赤外光ファイバー)を使用し、その表面に無電解メッキにより島状金ナノ構造膜を成長させた例を取り上げる。
【0018】
ファイバープローブ表面での金ナノ構造膜の成長の例を示す模式図を図2に示す。まず、赤外ファイバープローブの表面をシランカップリング剤(アミノプロピルトリエトキシシランなど)で覆い、その後、クエン酸還元法などにより作製した金ナノ粒子のコロイド溶液にファイバープローブを浸して吸着させる。アミノプロピルトリエトキシシランのアミノ基と金ナノ粒子とがクーロン力などで結合し、均一に吸着した金ナノ粒子膜が形成される(図2(a))。吸着する金ナノ粒子の量は、あらかじめ赤外吸収のスペクトルと走査電子顕微観察などとを対応させておき、スペクトルや赤外光のシグナルを判断することで吸着量が判るようにしておく。この結果を用いて赤外吸収を測定しながら粒子の吸着量を再現性良く制御する。なお、図2(a)においてファイバープローブ表面のシランカップリング剤の層が図示されていないのは、この層が非常に薄いために、同図の縮尺では当該層が見えないからである。実際にはここでは一分子層程度のきわめて薄いシランカップリング層が存在している。
【0019】
その後、AuCl/hydroxylamine溶液に赤外ファイバープローブを浸し、無電解メッキにより、金ナノ粒子をファイバープローブ上で島状構造、すなわち間にギャップを有する複数の扁平な島状領域を形成するように成長させる(図2(b)〜(c))。このような構造の成長の進行度を金ナノ粒子の吸着の場合と同様に赤外吸収シグナルから判断し、成長時間を調節する。このようなその場モニターについては、基板上での成長に関してではあるが、特許文献1及び非特許文献5で更に詳細に説明されている。なお、最適な島状ナノ構造を特徴付けるところの、赤外吸収スペクトル以外の指標としては、ナノギャップサイズが1〜10nm程度であること、あるいは平坦な島状粒子の下地上での2次元被覆率が8割以上であることを挙げることができる。
【0020】
なお、上述した作製工程における赤外吸収の測定は、例えば図1に示すような実際の対象を測定する際のシステム構成と全く同一の構成で実現可能である。すなわち図1において、液体検体試料の代わりに、金ナノ粒子のコロイド溶液あるいは無電解メッキ液を使用した構成で、上述のような金ナノ粒子の吸着量あるいは成長量をその場モニターすることができる。これにより、作製工程専用の特殊構成の装置や治具を準備することなく、高性能のファイバープローブを性能上のばらつきを狭い範囲に抑えて作製することができる。
【0021】
図3に、金ナノ粒子膜を成長させて製作中の赤外ファイバープローブを通して得た吸収スペクトルを示す。上から下に向けてスペクトルの経時変化を示す。金ナノ構造の成長と共に、1620 1/cm近辺の溶液中の水分子の変角振動の吸収シグナルが増強されていく様子が確認できる。ここで、図3には、成長の開始時時間0のスペクトルを正規化の基準として、各成長時間のスペクトルを基準スペクトルで割ったものが示されている。図4に、このようにしてファイバーの表面に成長させた島状金ナノ構造膜のSEM写真を示す。ファイバープロ―ブの表面に、球形ではなく表面平行方向にも扁平に成長した複数の島状領域、つまり島状ナノ構造が確認できる。このような球形からずれて扁平な形状を持った島状金ナノ構造膜が高い赤外吸収を引き起こしていると予想される(非特許文献5)。
【0022】
作製した赤外プローブの表面にオクタデカンチオールを吸着させた後の赤外吸収スペクトルを図5に示す。チオール基が金表面に結合することにより、単分子層厚さの膜が金ナノ構造表面に形成される。僅か単分子層の厚さにも拘らず、CHの伸縮振動の周波数(29201/cm)において、32%もの巨大な吸収シグナルを生じていることが観測された。これは、Siプリズム表面に金ナノ構造膜を被覆させた場合の一回反射型の全反射減衰測定(Attenuated Total Reflection)にくらべると、2倍程度高い値である(特許文献1参照)。これは、非特許文献5からは予想できなかった結果であり、金ナノ構造以外の効果が利いていることを示している。例えば、シリコンとは下地の性質が異なるため、成長後のAuナノ構造のモフォロジーが異なっている効果が考えられる。また、ここで使用したPIRファイバーは多結晶材料のため、金ナノ構造膜の被覆する部分の表面が粗く膜の面積が単結晶プリズム等に比べて増大している効果が考えられる。平坦表面での一回反射ATR測定に比べると、ファイバープローブ内部では赤外光が多重反射する効果があり、高いシグナル増強が実現すると考えられる。なお、図5に示した測定結果においては、オクタデカンチオール吸着開始時のスペクトルを正規化の基準としている。
【0023】
ここで、図5のスペクトルは図4のSEMに、また図3の一番下のスペクトルに対応する。ただし、この時点でのAu膜の成長はまだ不十分で、成長を続けるともっと感度が高まった。
【0024】
なお、金ナノ構造膜が無い場合の同条件の測定では、オクタデカンチオールのシグナルはノイズレベルに埋もれて殆ど観測されなかった。以上の結果から、ファイバー表面を金ナノ構造膜で被覆することにより、非常に高い赤外吸収シグナルの増強効果が生じることが確認できた。ここで示した結果は、金ナノ構造の成長時間、成長温度、溶液の濃度などを最適化していないが、これらの成長パラメーターを最適化することにより、さらに高いシグナル増強が可能である。ここでは、金に直接吸着するオクタデカンチオール分子を検体として用いていた例を示したが、金に直接吸着しにくい検体の場合は、ターゲットとする検体に親和性を持ち且つ金にも親和性を持つ膜で金ナノ構造表面を被覆して、広範囲の検体分子に対して応用可能とすることが出来る。
【0025】
このような金属ナノ構造は、電気化学的な表面処理、あるいは、銀ハライドを用いたPIRファイバーに電子線を直接照射すること等により、ファイバー表面に銀を析出させることでも実現できる。上に示した化学的成長法の例と比較すると、金ナノ粒子の吸着過程と金ナノ粒子の成長過程の2段階で成長させる必要がなく、一回の電子線照射により製作が出来る利点がある。図6から図8に、PIRファイバー表面に58マイクロアンペア電子線を25キロ電子ボルトで加速し、直径約500ミクロンの範囲に照射した結果を示す。電子線の照射量を増すにつれて、内部からのAgの表面析出により、ファイバー表面上のナノ粒子の量が増加していることが判る。なお、この実施例で使用したPIRファイバーはA.R.T. Photonics GmbH 製Polycrystalline InfraRed (PIR-) Fibers(登録商標)である。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明の赤外吸収シグナル測定用プロ−ブは、金などの金属ナノ構造膜による赤外帯域のシグナル増強効果を持つ。これを利用し、例えば、携帯型の赤外吸収分光装置などと組みあわせることで流体試料や河川・土壌などにおける環境ホルモンの微量検出等への応用が可能である。ターゲット分子に対して親和性のある分子を金属ナノ構造表面に被覆することで、計測する分子に対する選択制を持たせることも可能である。湖水などの環境測定や反応中の溶液など、測定試料を従来型のサンプル室と分光器とが一体となった装置にセットすることが難しい試料において、この発明によるプローブを利用することにより、実時間観測、高感度な微量計測が可能となる(図1参照)。この高感度プローブを生物体内へ導入すれば、医療診断への応用も可能となる。本発明を用いた化学センサー、バイオセンサーや、ガスセンサー、また、それらを応用した医療診断用計測器、品質管理用計測器への適用も可能であり、関連する産業への貢献は大きいと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0027】
【特許文献1】WO2009/031662
【非特許文献】
【0028】
【非特許文献1】K. Kneipp, H. Kneipp, I. Itzkan, R. R. Dasari, and M. S. Feld. Chem. Rev., 99:2957-2975(1999).
【非特許文献2】M. Osawa, Bull. Chem. Soc. Jpn. 70, 2681-2880(1997)
【非特許文献3】D. Enders, T. Nagao, T. Nakayama, and M .Aono, Langmuir 23, 6119(2007)
【非特許文献4】D. Enders, T. Nagao, A. Pucci and T. Nakayama Surf. Sci., 600, L71 (2006)
【非特許文献5】D. Enders, T. Nagao, T. Nakayama and M. Aono,Jpn. J. Appl. Phys. 49, L1222-L1224(2007)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外光を伝送あるいは透過させる材料からなるプローブ材料表面上を金属ナノ構造膜により被覆し、前記金属ナノ構造膜による電磁場増強効果により吸収シグナルの増強を生じる赤外吸収シグナル測定用ファイバー用プローブ。
【請求項2】
前記ファイバー用プローブ材料は多結晶赤外(PIR)ファイバーである、請求項1に記載のファイバー用プローブ。
【請求項3】
前記ファイバー用プローブ材料はシリコン、ゲルマニウム、ダイアモンド、ZnSe、KBr、NaCl,等の赤外光透過材料の結晶である、請求項1に記載のファイバー用プローブ。
【請求項4】
前記金属ナノ構造膜は複数の互いに離間した金属の島状部を含む、請求項1から3の何れかに記載のファイバー用プローブ。
【請求項5】
以下のステップを設けた、請求項1から4の何れかに記載のファイバー用プローブの作製方法。
(a)赤外光を伝送あるいは透過させる材料からなる前記プローブ材料表面をシランカップリング剤で表面処理する。
(b)前記シランカップリング剤で表面処理された前記プローブ材料表面に金属ナノ粒子を吸着させる。
(c)前記吸着された金属ナノ粒子を成長させる。
【請求項6】
前記金属ナノ粒子を成長させるステップは無電解メッキにより行われる、請求項5に記載のファイバー用プローブの作製方法。
【請求項7】
前記金属は金である、請求項5から6の何れかに記載のファイバー用プローブの作製方法。
【請求項8】
前記無電解メッキはAuCl/hydroxylamine溶液を用いて行われる、請求項7に記載のファイバー用プローブの作製方法。
【請求項9】
Agを含むPIRファイバーのプローブに、化学的な表面処理、電気化学的な表面処理、及び電子線ビームを照射する物理的な表面処理からなる群から選ばれた少なくとも1つの表面処理を行うことで表面に析出したAgナノ粒子を前記金属ナノ構造膜とした、請求項1から4の何れかに記載のファイバー用プローブの作製方法。
【請求項10】
赤外帯域にプラズモン共鳴周波数を持つ金属ナノロッドまたは金属ナノディスク、あるいは金属ナノロッド、金属ナノディスクまたは金属ナノ粒子を連結して赤外帯域にプラズモン共鳴周波数を持つようにした金属膜を赤外光を伝送あるいは透過させる材料からなるファイバー表面に直接にあるいはカップリング剤を介して固定化することにより前記金属ナノ構造膜を形成する、請求項1から4の何れかに記載のファイバー用プローブの作製方法。
【請求項11】
前記ファイバー用プローブで検出すべき対象と前記金属ナノ構造膜の両者に親和性を持つ物質で前記金属ナノ構造膜を被覆する、請求項5から10の何れかに記載のファイバー用プローブの作製方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−73226(P2012−73226A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−152786(P2011−152786)
【出願日】平成23年7月11日(2011.7.11)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、科学技術振興機構、戦略的国際科学技術協力推進事業委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】