説明

フェライト組織予測方法

【課題】オーステナイト温度域あるいは二相温度域から冷却後のフェライトの分率および平均粒径を高精度に予測する。
【解決手段】
フェライト変態終了後にフェライト粒径計算によって計算された全フェライト粒の粒径からフェライト分率を計算すると共に当該フェライト分率と全フェライト粒の個数からフェライト平均粒径を計算するフェライト組織予測方法である。前記フェライト粒径計算は、フェライト粒の成長によるC拡散場の干渉の有無を判断し(S4)、C拡散場の干渉がない場合はC拡散場の干渉を考慮しないフェライト粒の成長速度により各フェライト粒の粒径成長量を計算し(S5)、C拡散場の干渉がある場合はC拡散場の干渉を考慮したフェライト粒の成長速度により各フェライト粒の粒径成長量を計算する(S6)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、亜共析組成(C量≦0.85%)の鋼材の組織予測方法に係り、特に圧延後あるいは焼鈍後のフェライト組織(フェライトの分率および平均粒径)の予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生産性の向上のため、実際に製造された鋼材の特性を物理的に評価することなく、コンピュータを用いて製造段階で予測することにより、鋼材の特性にバラツキが生じないように製造条件を調整したり、また鋼材の組成と製造条件からミクロ組織、さらには機械的性質(材質)を予測することにより、所期の機械的性質の鋼材を製造するための最適な製造条件を予め予測することが行われている。
【0003】
このような鋼材の材質予測方法として、例えば特開昭62−158816号公報(特許文献1)や特開平5−26870号公報(特許文献2)にはオーステナイト単相域で圧延した熱間圧延鋼板の材質予測方法が、また特開平2−290916号公報(特許文献3)や特開平9−292391号公報(特許文献4)にはオーステナイトおよびフェライトの2相温度域で圧延した熱間圧延鋼板の材質予測方法が記載されている。
【0004】
これらの材質予測方法におけるミクロ組織の予測において、材質特性に大きな影響を与える組織としてフェライトがあり、その分率(体積率)と平均粒径を的確に予測することは重要である。これらは圧延後の冷却過程におけるフェライト核の生成とフェライト粒の成長によって決定され、冷却過程における微小時間においては等温変態が生じるものとみなして、等温変態におけるフェライト核の生成速度、フェライト粒の成長速度を用いて予測計算される。前記等温変態におけるフェライトの核生成速度、成長速度は、例えば第180・181回西山記念技術講座 鉄鋼材料の組織と材質予測技術(2004)p103-104(非特許文献1)、ISIJ International, Vol. 32, No.3, p306-315(非特許文献2)に記載されているように、理論的、実験的に解明されている。
【0005】
前記フェライトの核生成速度Iは古典的核生成理論に基づいており、温度、オーステナイト中のCの拡散係数、オーステナイトの平均C量、ΔGF(フェライトのオーステナイトに対する自由エネルギー変化)によって決定される。一方、フェライト粒径(半径)rは、パラボリック定数aを用いて下記式(Zennerの式)で表され、この式からフェライト粒の成長速度dr/dtとして下記式Aが導かれる。Zennerの式は、Cのフェライト・オーステナイト間の分布状態とその拡散を考慮して導出されたものである。
r=at1/2
2 =Dc・(Cγ-C0)2/((C0-Cα)・(Cγ-Cα))
A=Dc・(Cγ-C0)2/(2r・(C0-Cα)・(Cγ-Cα))=a2/2r
但し、Dcはオーステナイト中のCの拡散定数、Cγは平衡状態におけるオーステナイトのC量、Cαは平衡状態におけるフェライトのC量、C0は鋼材のC量である。
【特許文献1】特開昭62−158816号公報
【特許文献2】特開平5−26870号公報
【特許文献3】特開平2−290916号公報
【特許文献4】特開平9−292391号公報
【非特許文献1】第180・181回西山記念技術講座 鉄鋼材料の組織と材質予測技術(2004)p103-104
【非特許文献2】ISIJ International, Vol. 32, No.3, p306-315
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
オーステナイト中からフェライト核が発生し、成長すると、フェライト粒同士はやがてぶつかるようになるが、その前にフェライト粒の炭素の拡散場(C拡散場)が互いに干渉し合うようになり、成長速度が低下する。この現象は「ソフトインピンジメント」と呼ばれており、炭素量が高い場合や冷却速度が遅い場合などに顕著に発現する。
【0007】
一方、Zennerの式から導かれたフェライトの成長速度式は、このようなC拡散場の干渉を捨象して構成されているため、かかる成長速度式を用いてフェライト粒径を計算すると、ソフトインピンジメントの現象のために、フェライト組織の予測が低下し、正確なフェライト組織予測ひいては材質予測が困難となる。
【0008】
本発明はかかる問題に鑑みなされたもので、冷却後のフェライト組織すなわちフェライトの分率および平均粒径を精度よく予測する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のフェライト組織予測方法は、オーステナイ単相温度あるいはオーステナイト及びフェライトの二相温度から冷却した亜共析組成の鋼材のフェライト分率及び平均粒径を計算する予測方法であって、鋼材組成、冷却条件、冷却開始時におけるオーステナイトの平均粒径および残留歪み量、冷却開始時におけるフェライトの分率及び平均粒径に基づき、等温変態するものとみなすことができる微小時間ごとに、フェライトの核生成量と、各フェライト粒(すでに存在する各フェライト粒および新たに生成した核による各フェライト粒)の粒径成長量と、微小時間経過後における各フェライト粒の粒径を計算するフェライト粒径計算工程と、フェライト変態終了後に前記フェライト粒径計算によって計算された全フェライト粒の粒径からフェライト分率を計算すると共に計算されたフェライト分率と全フェライト粒の個数からフェライト平均粒径を計算するフェライト組織計算工程を備え、前記フェライト粒径計算工程は、オーステナイト粒内におけるフェライト粒の成長によるC拡散場の干渉の有無を判断し、前記C拡散場の干渉がない場合はC拡散場の干渉を考慮しないフェライト粒の成長速度により、一方前記C拡散場の干渉がある場合はC拡散場の干渉を考慮したフェライト粒の成長速度により、各フェライト粒の粒径成長量を計算する。
【0010】
本発明のフェライト組織予測方法によると、フェライト粒径計算において、フェライト粒の成長によるC拡散場が干渉するか否かを判断し、C拡散場が干渉する場合、すなわちソフトインピンジメントが発生する場合には、C拡散場の干渉を考慮したフェライト粒の成長速度式を用いて各フェライト粒の粒径成長量を計算し、フェライト変態終了後、前記フェライト粒径計算によって計算された全フェライト粒の粒径からフェライト分率を計算すると共に当該フェライト分率と全フェライト粒の個数からフェライト平均粒径を計算するので、冷却後のフェライト組織を構成するフェライトの分率および平均粒径を精度よく予測することができる。このため、かかるフェライト組織情報を用いて鋼材の材質の予測精度を向上させることができる。
【0011】
前記フェライト粒径計算において、C拡散場の干渉の有無を、0<k≦1を満足する値kに対して下記式Sがk≦S≦1のときにはオーステナイト粒内におけるフェライト粒の成長によるC拡散場の干渉が生じず、0<S<kのときにはC拡散場の干渉が生じるものと判断し、C拡散場の干渉が生じない場合は下記式Aの成長速度により、C拡散場の干渉が生じる場合は下記式Bの成長速度により、各フェライト粒の粒径成長量を計算することができる。前記k値としては0.5を用いることが好ましい。
S=(Cγ-C0')/(Cγ-C0)
A=Dc・(Cγ-C0)2/(2r・(C0-Cα)・(Cγ-Cα))
B=2Dc・(Cγ-C0')・(C0'-C0)/(r・(C0-Cα)・(Cγ-Cα))
但し、Dcはオーステナイト中のCの拡散定数、rはフェライト粒径(半径)、Cγは平衡状態におけるオーステナイトのC量、Cαは平衡状態におけるフェライトのC量、C0は鋼材のC量、C0'はオーステナイトの平均C量である。
【0012】
上記式Sが0.5の場合、すなわち(Cγ-C0')=(Cγ-C0)/2が成り立つ時点は、図2に示すように、オーステナイト粒の中心部において反対方向から成長してきたフェライト粒のC拡散場がその末端で干渉し始める時点である。これより、理論的には0.5≦S≦1の場合に拡散場の干渉が生じず、他方0<S<0.5の場合にはC拡散場の干渉が生じていると判断される。もっとも、実際のフェライト変態ではC拡散場の干渉が理論値(S=0.5)からずれる場合があり、0<k≦1の範囲内のk値を用いて、C拡散場の干渉の有無を判断することができる。また、後述するように、C拡散場が干渉する場合のフェライト粒の成長速度は式Bで表すことができるので、これを用いることにより、C拡散場が干渉する場合のフェライト粒の粒径を的確に計算することができる。
【0013】
また、拡散場が干渉する場合のフェライト粒の成長速度式として、後述するように、前記式Bに代えて近似式である下記式B’を用いることができる。式B’は従来の成長速度式である式Aを用いて簡単に計算することができるので、計算負荷が少なくて済み、計算速度を向上させることができる。
B’=2・A・(Cγ-C0')/(Cγ-C0)
【0014】
上記フェライト組織予測方法は、熱間圧延終了後あるいは焼鈍した後、冷却した後のフェライト体積率および平均粒径を予測計算するのに好適に利用することができる。熱間圧延については、オーステナイト単相域で圧延に限らず、オーステナイト・フェライト二相域での圧延後、冷却した鋼材のフェライト組織の予測にも用いることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明のフェライト組織予測方法によれば、フェライト粒径計算において、フェライト粒の成長に伴うC拡散場の干渉の有無を判断し、C拡散場が干渉する場合には、C拡散場の干渉を考慮したフェライト粒の成長速度式を用いて各フェライト粒の粒径成長量を計算するので、冷却後のフェライト組織を構成するフェライトの分率および平均粒径を精度よく予測することができ、ひいては材質、特性の予測精度を向上させることができ、また鋼材の製造条件の適正化を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明に係るフェライト組織予測方法は、冷却開始時点から所定の冷却終了時点までの経過時間を、フェライト変態が等温変態するものとみなすことができる微小時間(冷却条件にもよるが、通常、0.01〜10秒程度に設定される)が集積したものと考え、各微小時間におけるフェライト変態を等温変態におけるフェライトの核生成モデル(核生成速度式)、粒成長モデル(粒成長速度式)を用いて核生成量と粒径成長量、微小時間経過後の粒径を計算し、これらに基づいてフェライト変態終了後のフェライト組織(フェライトの分率と平均粒径)を予測するものである。かかる計算手法自体は従来の材質予測計算等において用いられる手法であるが、本発明ではフェライト組織を予測する際に用いるフェライト粒の成長モデルが従来とは異なるので、まず、これについて詳細に説明する。
【0017】
先に説明したように、オーステナイト粒界から生成したフェライト核が成長すると、フェライト粒同士はやがてぶつかるようになるが、その前にソフトインピンジメントが発生する。すなわち、フェライト粒のC拡散場が互いに干渉し合うようになり、成長速度が低下する。
【0018】
この現象を図1〜3を参照して説明する。同図は粒径(直径)Dγのオーステナイト粒の粒界の両端にフェライト核が生成し、これが半径rのフェライト粒に成長した際のC濃度分布を示しており、横軸がオーステナイト粒内の位置を示し、縦軸がC濃度を示す。横軸の両端は核生成位置(オーステナイト粒界)を示し、その座標はゼロ、中心はDγ/2を示す。図中、rはフェライト粒の半径、Cαはフェライト粒の平衡状態におけるC量、C0は鋼組成のC量、C0’はオーステナイトの平均C量、Cγは平衡状態におけるオーステナイトのC量(C拡散場における最高濃度に相当する)である。
【0019】
図1は、フェライト・オーステナイト粒界におけるフェライトからオーステナイトへのC拡散場が干渉することなく、フェライト粒が成長している状態を示す。この場合、フェライト粒の成長速度(dr/dt)は、C拡散場の干渉がないものとして定立された従来の下記成長速度式Aによって示される。
A=Dc・(Cγ-C0)2/(2r・(C0-Cα)・(Cγ-Cα))
【0020】
図2は、オーステナイト粒界の両端から成長したフェライト粒のC拡散場が干渉を開始する時点における濃度分布を示す。この場合、図から明らかなように、下記式Sで示す値が、0.5≦S≦1の場合はC拡散場の干渉は生じておらず、0<S<0.5の場合はC拡散場の干渉が生じていると判断される。式S中のC0’は、オーステナイトの平均C量である。もっとも、上記判断は理論的なものであり、実際には0<k≦1を満足する、好ましくは1/4≦k≦3/4を満足するある値kについて、k≦S≦1の場合はC拡散場の干渉は生じておらず、0<S<kの場合はC拡散場の干渉が生じていると判断することができる。
S=(Cγ−C0’)/(Cγ−C0)
【0021】
図3は、フェライト粒のC拡散場が干渉する場合の濃度分布を示している。この場合のフェライト粒の成長速度式(dr/dt)は記式Bによって示される。式B中のC0''はオーステナイト粒の中心部におけるC濃度を示す。
B=2Dc・(Cγ-C0')・(C0'-C0)/(r・(C0-Cα)・(Cγ-Cα))
【0022】
前記式Bは、以下の関係から導かれる。図3において、方形と台形の斜線領域の面積は、C量が保存されるため等しい。この関係は式(1) で示すことができる。
(C0-Cα)・r=(1/2)・((Cγ-C0)+(C0''-C0))・(Dγ/2-r) ……(1)
また、フェライト・オーステナイト界面を超えて移動するC量を考慮することにより下記式(2) が得られる。
(Cγ-Cα)・dr/dt=Dc・(Cγ-C0'')/(Dγ/2-r) ……(2)
上記式(1) から得られる(Dγ/2−r)を式(2) に代入し、整理すると下記式(3) が得られる。
dr/dt=Dc・(Cγ-C0'')・((Cγ-C0)+(C0''-C0))/(2・(C0-Cα)・(Cγ-Cα)・r)…(3)
一方、C0' はC0'=(C0''+Cγ)/2であり、C0''は下記式(4) で表されるので、これより式(3) からC0''を消去すると上記式Bが得られる。
C0''=2C0'−Cγ ……(4)
なお、式(3) 、(4) は、C拡散場が干渉する場合に成り立つので、下記式(5) の下で成り立つ。
C0<C0''<Cγ ……(5)
【0023】
ところで、前記フェライト粒の成長速度式A、BについてB/Aを計算し、整理すると、下記式(6) が得られる。
B/A=4・(Cγ-C0')/(Cγ-C0)−4・((Cγ-C0')/(Cγ-C0))2 ……(6)
この式(6) 中の(Cγ-C0')/(Cγ-C0)は、前記Sで表されるので、式(6) は下記式(7) となり、図示すると図4になる。式(7) は、ソフトインピンジメントが発生する条件(0<S<0.5)の下で成り立つ。なお、式(7) が成り立つ範囲は、前記式(4) 、式(5) から求めることもできる。
B/A=4・S(1−S) ……(7)
【0024】
前記式(7) は、0≦S≦0.5で2次曲線を示すが、この部分は図4中の二点鎖線で示すように直線に近似することができる。これより式Bは式(8) で示す式B’により近似することができる。
B'=2AS ……(8)
【0025】
以下、上記ソフトインピンジメントを考慮したフェライト粒の成長モデル(成長速度式)を用いて、亜共析組成の熱延鋼板のフェライト組織予測方法の実施形態について説明する。この実施形態では、オーステナイト単相温度域で圧延を終了し、あるいは焼鈍を行い、その後冷却するものとする。
【0026】
実施形態に係るフェライト組織予測方法は、後述するフローチャートに示された各種予測計算を実行するプログラムが記憶装置に記憶された組織予測計算機によって実施される。前記記憶装置には、オペレータにより、あるいは同計算機によって事前に計算された、フェライト組織予測に必要な初期情報が入力され、保存される。このような初期情報としては、例えば鋼板組成、冷却条件、オーステナイト粒の平均粒径および残留歪み量を挙げることができる。なお、フェライト・オーステナイトの2相温度域から冷却する場合は、冷却開始時におけるフェライトの分率および平均粒径も含まれる。
【0027】
また、前記組織予測計算機には、フェライト組織予測に用いられる2次的情報を必要に応じて計算するプログラムも格納され、その計算結果は前記記憶装置に保存され、必要に応じて計算結果(2次情報)が他の計算に利用される。このような2次情報としては、冷却中の各微小時間経過後の各種情報があり、例えば鋼板温度、各種変態温度、各鋼板温度に対応するオーステナイトの平衡C量(Cγ)、オーステナイトの平均C量、フェライトの平衡C量(Cα)、フェライトおよびオーステナイトの自由エネルギー、オーステナイト中のCの拡散係数(Dc)、パラボリック定数(a)などを挙げることができる。
【0028】
図5は、フェライト組織の予測計算を行うためのフローチャートを示しており、予測計算を行うには、まず、前記初期情報が組織予測計算機に入力され、記憶装置に保存される(S1)。また必要に応じて2次情報が計算され、その結果が記憶装置に保存される。
【0029】
次に、フェライト変態(α変態)の開始の有無を判断する(S2)。具体的には微小時間の経過ごとに、オーステナイトの自由エネルギー(GA)とオーステナイト・フェライト2相共存状態の自由エネルギー(GAF)との差ΔGAF(ΔGAF=GAF−GA)を算出し、ΔGAFが負になった時点をフェライト変態開始時と判断する。
【0030】
フェライト変態が開始すると、冷却中の微小時間ごとにフェライトの核生成量を核生成速度から計算する(S3)。オーステナイト粒に歪みがない場合、ある時間(温度)における単位体積中のオーステナイトの粒界面積をSγ、単位オーステナイト粒界面積当たりの核生成速度をI、オーステナイトの平均粒径をDγとすると、ある時間(温度)での微小時間における単位体積中の核生成量Nは、常法により以下の計算式によって算出される。
N=Sγ×I
Sγ=4/(√π・Dγ)
【0031】
次に、ソフトインピンジメントの発生の有無を判断する(S4)。この判断は、微小時間の経過ごとに、前記式S(S=(Cγ-C0')/(Cγ-C0))の値を計算し、k=0.5とする場合、1≧S≧0.5の場合はC拡散場の干渉は生じておらず、0<S<0.5の場合はC拡散場の干渉が生じて、ソフトインピンジメントが発生していると判断する。
【0032】
次に、ソフトインピンジメントの発生の有無に応じてフェライト粒径を計算する(S5,S6)。すなわち、ソフトインピンジメントが発生していない場合は、各微小時間ごとに上記式Aの成長速度によってフェライト粒径の成長量(増量)を計算し、ソフトインピンジメントが発生した場合は、上記式B、あるいは近似式B’の成長速度によってフェライト粒径の成長量(増量)を計算し、各微小時間経過後の各フェライト粒の粒径を計算する。なお、ソフトインピンジメントが発生していない場合、微小時間Δtにおけるフェライト粒径の成長量Δrは、パラボリックレート常数aを用いて下記式によって算出してもよい。
Δr=a×Δt1/2
【0033】
上記核生成量計算、フェライト粒径計算は、フェライト変態が終了するまで行われる。フェライト変態が終了したか否かの判断は、オーステナイトの自由エネルギー(GA)とフェライトの自由エネルギー(GF)との差ΔGM(ΔGM=GF−GA)と、オーステナイトの自由エネルギー(GA)とフェライト・セメンタイト2相共存状態の自由エネルギー(GFC)との差ΔGP(ΔGP=GFC−GA)を算出し、例えば、ΔGM≦−600J/mol もしくはΔGP≦0J/molとなった時にフェライト変態が終了すると判断する(S7)。また、フェライト変態終了後に形成される組織は、ΔGMとΔGPの取る値によって推測することができる。例えば、ΔGM≦−600J/mol ではベイナイト、ΔGM>−600J/molかつΔGP≦0J/molではパーライトに変態する。
【0034】
上記フェライト粒径計算終了後、フェライト組織計算を行う(S8)。これにより、フェライト変態終了後の全フェライト粒の粒径からフェライト分率が計算され、またフェライト分率とフェライト粒数からフェライト粒の平均粒径が計算される。前記フェライト分率Fは、変態終了後の各フェライト粒の体積の総和(拡張体積)に基づいて下記式から求めることができる。
F=1−exp(−拡張体積)
【0035】
単位体積当たりの全フェライト粒の体積は、フェライト分率(F)に等しく、全フェライト粒の体積は、単位体積中の全フェライト粒の個数(ΣN)を用いて、(ΣN×フェライト粒の平均体積)によって表すことができるので、下記式(11) が成り立つ。
F=ΣN×フェライト粒の平均体積 ……(11)
【0036】
ここで、フェライト粒の形状を適当な形状に仮定することによりフェライト粒の平均体積を定めることができるので、前記式(11) からフェライト粒の平均粒径を算出することができる。例えば、フェライト粒を球形と仮定すると、フェライト粒の平均体積は下記式(12) によって表すことができる。
フェライト粒の平均体積=(4/3)・π・(フェライト粒の平均粒径)3 ……(12)
この式(12) と前記式(11) から、フェライト粒の平均粒径Dαは下記式(13) によって求めることができる。
Dα=(3/4π)・(F/ΣN)1/3
【0037】
上記実施形態では、フェライト核の生成量を計算するに際して、オーステナイト粒に歪みがない場合を仮定したが、オーステナイトに歪が導入されることにより、核生成速度は増大する。核生成領域については、γ粒が扁平化することによる単位体積当たりの粒界面積が増加し、また粒界以外に核生成のサイトとなる変形帯が発生する。これらの歪の導入による影響は、例えば「加工硬化したオーステナイトからの拡散変態の速度論」(梅本など著、『鉄と鋼』70(1984)p557〜564)で解明されており、歪量をεとすると、核生成速度I(ε)、粒界面積Sγ(ε)、変形帯による核生成面積Sdb(ε)、単位体積当たりに生成する核生成量N(ε)は下記式によって与えられる。
I(ε)=I−Aε
Sγ(ε)=Sγ・f(ε)
Sdb(ε)=Bε2
N(ε)=I(ε)・(Sγ(ε)+Sdb(ε))
但し、A,Bはフィティング係数、f(s)はオーステナイト粒の粒界面積(Sγ)のεによる扁平化に対する修正関数である。
【実施例】
【0038】
下記表1に示す鋼を溶製し、その鋳片から直径8mm、長さ12mmの試験片を採取し、加熱冷却装置(商品名サーメックマスター、富士電波工機製)を用いて、オーステナイト単相温度域の920℃で15分間加熱し、0.1℃/sec、1℃/sec,10℃/secの各冷却速度にて連続冷却した。
【0039】
冷却後の試験片を用いて、フェライト分率(α分率)、フェライト平均粒径(α粒径)を以下の要領により実測した。試験片をその中心部が露呈するように切断し、3%ナイタール液で腐食して中心部を光学顕微鏡にて組織観察(倍率400倍)した。組織写真を画像解析ソフトを用いて解析し、白いコントラスト部をフェライトとしてその面積率を測定し、これをフェライト分率とした。またJISG0552に規定されたフェライト結晶粒度試験方法に従い、切断法によりフェライト粒度番号Gを測定した後、これを下記式にて換算してフェライト平均粒径(μm )を求めた。
平均粒径=0.001×(2π×2G -0.5
【0040】
一方、本発明のフェライト組織予測法により、冷却後のフェライトについてフェライト分率(α分率)、フェライト平均粒径(α粒径)を予測計算した。計算結果を表2に示す。表2には上記実測値を併記すると共に実測値との差(計算値−実測値)を記した。また予測値と実測値との関係を図6(フェライト分率)、図7(フェライト平均粒径)に図示した。また表2にはソフトインピンジメント発生の有無も示した。フェライト組織予測の評価として、α分率については実測値との差が±4%以内、α粒径については±2μm 以内を合格とし、いずれも合格レベルの場合を優(「○」で表示)、いずれか一方のみが合格の場合を可(「△」で表示)、両方とも不合格の場合を不可(「×」で表示)とした。
【0041】
また、本発明のフェライト組織予測法に対して、ソフトインピンジメントの発生の有無を判断することなく、フェライト粒の成長速度式を式Aのみで計算した従来のフェライト組織予測法により、冷却後のフェライトについてフェライト分率、フェライト平均粒径を予測計算した結果を表3に示す。表3には表2と同様、実測値、それとの差を併記した。また、図6、図7に予測値と実測値との関係を図示した。
【0042】
表2および表3並びに図6および図7より、本発明によるフェライト組織予測法によれば、フェライト分率、フェライト平均粒径とも実測値との差が従来の予測法に比して総じて縮小しており、特にソフトインピンジメントが発生する場合はその差が顕著に現れ、本発明方法はフェライト組織の予測精度に優れることが確認された。
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】

【0045】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】オーステナイト粒界に生成したフェライト粒が成長する際にC拡散場の干渉が生じない場合のC濃度分布を示すグラフ図である。
【図2】オーステナイト粒界に生成したフェライト粒が成長する際にC拡散場の干渉開始時点のC濃度分布を示すグラフ図である。
【図3】オーステナイト粒界に生成したフェライト粒が成長する際にC拡散場の干渉が生じている場合のC濃度分布を示すグラフ図である。
【図4】ソフトインピンジメントの発生を考慮したフェライト粒の成長速度式Bと、その発生を考慮しないフェライト粒の成長速度式AについてB/AとS(S=(Cγ-C0')/(Cγ-C0))との関係を示すグラフである。
【図5】実施形態のフェライト組織予測方法を示すフローチャートである。
【図6】実施例におけるフェライト分率の計算値と実測値との関係を示すグラフである。
【図7】実施例におけるフェライト平均粒径の計算値と実測値との関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイ単相温度あるいはオーステナイト及びフェライトの二相温度から冷却した亜共析組成の鋼材のフェライト分率及び平均粒径を計算するフェライト組織予測方法であって、
鋼材組成、冷却条件、冷却開始時におけるオーステナイトの平均粒径および残留歪み量、冷却開始時におけるフェライトの分率及び平均粒径に基づき、等温変態するものとみなすことができる微小時間ごとに、フェライトの核生成量と、各フェライト粒の粒径成長量と、微小時間経過後における各フェライト粒の粒径を計算するフェライト粒径計算工程と、
フェライト変態終了後に前記フェライト粒径計算によって計算された全フェライト粒の粒径からフェライト分率を計算すると共に計算されたフェライト分率と全フェライト粒の個数からフェライト平均粒径を計算するフェライト組織計算工程を備え、
前記フェライト粒径計算工程は、オーステナイト粒内におけるフェライト粒の成長によるC拡散場の干渉の有無を判断し、前記C拡散場の干渉がない場合はC拡散場の干渉を考慮しないフェライト粒の成長速度により、一方前記C拡散場の干渉がある場合はC拡散場の干渉を考慮したフェライト粒の成長速度により、各フェライト粒の粒径成長量を計算する、フェライト組織予測方法。
【請求項2】
前記フェライト粒径計算において、C拡散場の干渉の有無を、0<k≦1を満足する値kに対して下記式Sがk≦S≦1のときにはオーステナイト粒内におけるフェライト粒の成長によるC拡散場の干渉が生じず、0<S<kのときにはC拡散場の干渉が生じるものと判断し、C拡散場の干渉が生じない場合は下記式Aの成長速度により、C拡散場の干渉が生じる場合は下記式Bの成長速度により、各フェライト粒の粒径成長量を計算する、フェライト組織予測方法。
S=(Cγ-C0')/(Cγ-C0)
A=Dc・(Cγ-C0)2/(2r・(C0-Cα)・(Cγ-Cα))
B=2Dc・(Cγ-C0')・(C0'-C0)/(r・(C0-Cα)・(Cγ-Cα))
但し、Dcはオーステナイト中のCの拡散定数、rはフェライト粒径(半径)、Cγは平衡状態におけるオーステナイトのC量、Cαは平衡状態におけるフェライトのC量、C0は鋼材のC量、C0'はオーステナイトの平均C量である。
【請求項3】
前記C拡散場の干渉の有無の判断において、k=0.5を用いる、請求項2に記載したフェライト組織予測方法。
【請求項4】
前記フェライト粒径計算において、式Bに代えて下記式B’を用いる、請求項1から3のいずれか1項に記載したフェライト組織予測方法。
B’=2・A・(Cγ-C0')/(Cγ-C0)
【請求項5】
熱間圧延終了後あるいは焼鈍後、冷却した後のフェライト組織を請求項1から4のいずれか1項に記載した方法により計算する、フェライト組織予測方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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