説明

フォトクロミック材料の消色速度の調節方法

【課題】用途に応じた実用的な反応速度を有するフォトクロミック材料およびその分子設計方法を提供する。
【解決手段】フォトクロミック分子の発色体のビラジカル状態を電子反発させることによってビラジカルの再結合を抑制して消色速度を遅くしたり、発色体のビラジカル状態を不安定化させることによってビラジカルの再結合を促進して消色速度を速くしたりして、フォトクロミック分子の消色速度を調節する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、サングラスや光変調素子をはじめとする光学材料や、記録材料や表示体などのデバイス用材料や、表示・非表示や発色・消色の切り替えが可能なインクやコート剤などの印刷材料に使用される調光染料に関する。
【背景技術】
【0002】
光を照射することで色(可視光の透過率)を変化させる機能を持つフォトクロミック材料は、まぶしさを防ぐためのメガネや、光スイッチ、または表示・非表示の切り替え能を有するインクなどの表示材料として利用される。また、光ディスクなどの記録材料やホログラムとしての応用が研究されている。
【0003】
フォトクロミック材料による色の変化は光照射による材料の可逆的な化学変化によって発現される。ここでは、この光照射による色の変化を調光機能と呼ぶ。代表的なフォトクロミック材料としては、スピロピラン系化合物、スピロオキサジン系化合物、ナフトピラン系化合物、フルギド系化合物およびジアリールエテン系化合物などが用いられてきた。しかしながら調光機能にはその用途に適した色や発色濃度や発色速度などの特性が求められるため、様々な誘導体や新しい分子骨格を有する化合物が開発され続けている。
【0004】
こうした状況の中で本発明者らは、非特許文献1(第1世代HABI)および非特許文献2(第2世代HABI)に示すように、消色反応が極めて速く、発色体の半減期がミリ秒単位と短時間であるラジカル散逸抑制型フォトクロミック分子を開発した。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Journal of Physical Organic Chemistry 20, pp857-863 (2007)
【非特許文献2】Journal of the American Chemical Society 131(12), pp4227-4229 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記第2世代HABIであるフォトクロミック分子は、下記一般式(1)で表わされる。このフォトクロミック分子に励起光を照射すると、二つのイミダゾール環を結合する炭素−窒素結合が切れてイミダゾールビラジカルが生成する。このイミダゾールビラジカル体をここでは単にビラジカルと呼ぶ。このビラジカルが発色体の本質であり、ビラジカルが再結合して再び炭素−窒素結合が回復することで消色体に戻る。二つのイミダゾール環はパラシクロファン骨格で連結されているが、そのことによってビラジカルが散逸することを防ぐ。この仕組みを表して上記フォトクロミック分子をラジカル散逸抑制型フォトクロミック分子という。
【0007】
【化5】

【0008】
上記ラジカル散逸抑制型フォトクロミック分子は、発色体がビラジカルであるために、発色体の寿命(ここではその半減期を寿命とする)がミリ秒単位と短時間であることが特徴である。また発色体の寿命は、言いかえると消色体への反応速度であり、上記フォトクロミック分子は消色体への反応速度が速い分子である。消色体への反応速度は、その実用化には重要な特性であるために、用途に適した消色速度を制御する方法が求められている。
【0009】
例えば光スイッチへの適用では応答性を高めるためにさらに速い消色速度が要求される一方で、例えばサングラス用途では発色濃度を高めるために低減された消色反応速度が求められる。したがって、上記フォトクロミック分子をサングラス用途として用いた場合では、材料に励起光が当たって発色体となっても消色体へ戻る時間がミリ秒単位と極めて短いため発色体が蓄積せず発色濃度が低くなってしまう(色づきにくい)。そこで発色濃度を向上させるため、または所望の発色濃度を実現するために発色体から消色体への反応速度を低減させる方法が必要となる。
【0010】
本発明は上記に鑑みてなされたものであり、用途に応じた実用的な反応速度を有するフォトクロミック材料を開発するべく、消色反応速度を制御するための分子設計方法およびこの方法によって作製されたフォトクロミック材料を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記課題を解決するために、フォトクロミック分子の光応答速度の制御法について鋭意検討を進めた。その結果、消色反応速度を遅くする方法として、下記一般式(1)で表されるフォトクロミック分子におけるAr、Arのうち少なくとも一つのアリール基に電子供与性官能基を導入し、Ar、Arのうち少なくとも一つのアリール基に電子供与性官能基を導入することで、好ましくは4つのフェニル基のうちの少なくとも1つのフェニル基のパラ位に電子供与性官能基を導入することで、発色体のビラジカル状態を電子反発させて再結合を抑制する方法を見出した。また、消色反応速度を速くする方法として、下記一般式(2)で表されるフォトクロミック分子に架橋構造を導入することで、発色体のビラジカル状態を不安定化させる方法を見出した。
【0012】
【化6】

なお、式(1)中、Ar〜Arはそれぞれ独立してアリール基または電子供与性官能基を有するアリール基であり、好ましくはAr〜Arはそれぞれ独立してフェニル基または電子供与性官能基を有するフェニル基を示す。ただし、Ar、Arのうち少なくとも一つとAr、Arのうち少なくとも一つに電子供与性官能基が導入されている必要がある。
【0013】
式(1)中、Ar〜Arの「アリール基」としては、例えばフェニル基、ナフチル基、アントラセニル基、フェナントレニル基、ピレニル基、ピリジル基、フリル基、ピリル基またはチオニル基などがあげられるがこれらに限定されるものではない。
【0014】
【化7】

なお、式(2)中、Xは、炭素−炭素結合、2級〜4級の炭素原子、酸素原子または2級〜3級の窒素原子を示し、Ar,Arはそれぞれ独立してアリール基または置換基を有するアリール基であり、好ましくはフェニル基または置換基を有するフェニル基を示す。
【0015】
また、式(2)中のXで結合した2つのフェニル基は、一例であり、フェニル基に限られずに他のアリール基であってもよい。他のアリール基としては、例えばフェニル基、ナフチル基、アントラセニル基、フェナントレニル基、ピレニル基、ピリジル基、フリル基、ピリル基またはチオニル基などがあげられるがこれらに限定されるものではない。また、式(2)中のAr、Arのアリール基としてもこれらの中から選択することができる。
【0016】
すなわち本発明はフォトクロミック分子の消色速度を調節するための分子設計方法であって、またその設計方法によって設計されたフォトクロミック分子である。
【0017】
消色速度を遅くするためには、上記一般式(1)で示すフォトクロミック分子のアリール基(Ar〜Ar)に電子供与性官能基を導入するとよい。また、電子供与性官能基による効果をさらに高めるためにはアリール基としてフェニル基を選択し、このフェニル基のパラ位に電子供与性官能基を導入することが望ましい。ここに電子供与性官能基が導入されると、ベンゼン環への電子供与が起こり、図1に示すような共鳴構造を得ることができる。この共鳴構造の中で、イミダゾール環はアニオンラジカルになるような極限構造をとることができるため、マイナスに電荷を帯びたアニオンラジカル同士の電子反発が起こる。この電子反発により分子内のラジカル再結合が阻害されて消色反応が抑制されるものと考えられる。このようにフェニル基の場合にはそのパラ位に電子供与性官能基を導入することが望ましいが、他のアリール基の場合にも同様にイミダゾール環はアニオンラジカルになるような位置に電子供与性官能基を導入すればよい。一例としては、ピリジル基、フリル基、ピリル基またはチオニル基などでは2,5位置換(イミダゾール環が5位で電子供与性官能基が2位)となるような導入位置がよく、ナフチル基の場合には2,6位置換(イミダゾール環が6位で電子供与性官能基が2位)となるような導入位置がよい。
【0018】
ビラジカル状態を電子反発させることによって再結合を抑制して消色速度を遅くする方法としては、上述するように電子供与性官能基を導入することの他に、例えばニトロ基やシアノ基などのような強い電子吸引性官能基を導入することで同様に電子反発を起こすことができる。ただし、この場合はカチオンラジカル同士の反発になる。
【0019】
消色速度を速くするためには、上記一般式(2)で示すようにフォトクロミック分子のアリール基を架橋するとよい。例えばアリール基を炭素−炭素結合で架橋すると図2に示すような立体構造をとるために(フォトクロミック分子[4]を参照)、発色体が立体反発によって不安定化して消色反応が促進されるものと考えられる。なお、同時にArとArとを架橋してしまうと2つのイミダゾール環同士のC−N結合が困難になるため、フォトクロミック材料として機能しなくなってしまうおそれが高い。
【0020】
上記の消色時間を速くする理論について説明する。すなわち、一般式(2)で示す架橋構造を有するフォトクロミック分子の発色体が立体反発によって不安定化することは、電子移動の反応機構理論であるマーカス理論に基づいて説明することができる。マーカス理論では、自由エネルギーを高めることで、活性化エネルギーが下がり、反応が促進されることを説明する。本発明の中では、発色体の自由エネルギーを高めることで発色と消色の間の遷移に関わる活性化エネルギーが下がり、消色体への反応速度が速まることがマーカス理論の骨子に沿ったものとなる。
【0021】
上記の理論を図3によりさらに具体的に説明する。一般式(2)の一例であるフォトクロミック分子[4]と、アリール基の炭素−炭素架橋構造を持たないフォトクロミック分子[3]について、発色体であるビラジカル(biradical)が遷移状態(TS)を経て消色体(dimer)へと遷移する反応を密度汎関数計算(DFT M05−2X/6−31G(d))によって予測した。計算結果は図3に示した。架橋構造を有するフォトクロミック分子[4]は、立体障害のために不安定となりビラジカルの自由エネルギーがフォトクロミック分子[3]のそれに比べ高くなっている。そのためにマーカス理論で説明されているように発色と消色の間の活性化エネルギーが低下して、消色反応が促進される。本例では、遷移状態における自由エネルギーがフォトクロミック分子[3]よりもフォトクロミック分子[4]で下がることもなおその活性化エネルギーを低下させることに寄与している。
【0022】
【化8】

【0023】
【化9】

【0024】
ビラジカル状態を不安定化させることによって再結合を促進して消色速度を速くする方法としては、上述するように架橋構造を導入することの他に、例えば、シクロファンのエチレン部分に嵩高い置換基を導入したり、シクロファンのベンゼン環に嵩高い置換基を導入したりすることなどが考えられる。
【発明の効果】
【0025】
本発明が提供する分子設計方法は、シクロファン骨格を有する上記一般式(1)で表されるフォトクロミック分子に電子供与性官能基を導入することにより消色反応速度を遅くし、一方、上記一般式(2)で表される架橋構造を導入することにより消色反応速度を速くすることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】電子供与性官能基の導入による共鳴構造(電子反発がおきる極限構造)を示す図である。
【図2】架橋構造によって立体反発する構造を示す図である。
【図3】密度汎関数計算(DFT M05−2X/6−31G(d))によりビラジカルが遷移状態を経て消色体へと遷移する反応を予測した図である。
【図4】実施例1(フォトクロミック分子[1])、比較例1(フォトクロミック分子[2])、比較例2(フォトクロミック分子[3])の過渡吸収スペクトル(25℃)を示す図である。
【図5】実施例2(フォトクロミック分子[4])の過渡吸収スペクトルを示す図である。
【図6】フォトクロミック分子[4]のX線結晶構造解析結果であるオルテップ図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の分子設計方法によって消色速度を遅くしたフォトクロミック分子は、発色体のビラジカル状態を電子反発させることによってビラジカルの再結合を抑制して消色速度を遅くするものであり、例えば電子供与性官能基を導入したシクロファン骨格を有する上記一般式(1)で表されるフォトクロミック分子である。このようなフォトクロミック分子は下記化学式(1)で表されるシクロファンジアルデヒドと下記一般式(3)で表されるベンジル誘導体を反応させた後に酸化反応させることで得られる。
【0028】
【化10】

【0029】
【化11】

(式(3)中、R〜R10は同一または異なっていてもよく、水素原子、ハロゲン原子、アルコキシ基、水酸基、アセトキシ基、プロピオノキシ基、ジアルキルアミノ基、モノアルキルアミノ基またはアミノ基を示し、R,Rの少なくとも一つはアルコキシ基、水酸基、アセトキシ基、プロピオノキシ基、ジアルキルアミノ基、モノアルキルアミノ基またはアミノ基を示す。)
【0030】
また、本発明の分子設計方法によって消色速度を速くしたフォトクロミック分子は、発色体のビラジカル状態を不安定化させることによってビラジカルの再結合を促進して消色速度を速くするものであり、例えば架橋構造を導入したシクロファン骨格を有する上記一般式(2)で表されるフォトクロミック分子である。このようなフォトクロミック分子は下記一般式(4)で示されるシクロファンモノアルデヒドモノ(ジアリールイミダゾール)と下記一般式(5)で表されるベンジル誘導体を反応させた後に酸化反応させることで得られる。
【0031】
【化12】

(式(4)中、Ar,Arはそれぞれ独立してアリール基または置換基を有するアリール基であり、好ましくはフェニル基または置換基を有するフェニル基を示す。)
【0032】
【化13】

(式(5)中、Xは、炭素−炭素結合、2級〜4級の炭素原子、酸素原子または2級〜3級の窒素原子を示す。)
【0033】
本発明の消色反応速度を遅くするフォトクロミック分子の原料に使用するベンジル誘導体は、フォトクロミック分子に合成された際に発色体のビラジカル状態を電子反発させることができるものであり、例えばベンゼン環上に1つ以上の電子供与性官能基を有し、そのうちの少なくとも一つがパラ置換であることが好ましい。例えば4−メトキシベンジル、3,4−ジメトキシベンジル、3,4,5−トリメトキシベンジル、4−アセトキシベンジル、4−プロピオノキシベンジル、4−ジメチルアミノベンジル、4,4’−ジメトキシベンジル、3,3’,4,4’−テトラメトキシベンジル、3,3’,4,4’,5,5’−ヘキサメトキシベンジル、4,4’−ジアセトキシベンジル、4,4’−ジプロピオノキシベンジル、4,4’−ジメチルアミノベンジル、2−クロロ−3’,4’−ジメトキシベンジルなどが挙げられるがこれらに限定されるものではない。電子供与性官能基の数は1つ以上であれば特に制限はないがオルト置換ではフォトクロミック分子中で立体反発を生じることがあり、メタ置換ではパラ置換による極限構造の寄与が低下することがあるために、二つのベンゼン環のそれぞれのパラ位に置換した構造が好ましい。
【0034】
本発明の消色反応速度を速くするフォトクロミック分子の原料に使用するベンジル誘導体は、フォトクロミック分子に合成された際に発色体のビラジカル状態を不安定化させることができるもの(例えば立体障害の大きい構造)であり、例えば二つのベンゼン環がオルト位で架橋された構造を有する。例えば9,10−フェナントレンキノン、5Hジベンゾ[a,d]シクロペンテン−9,10−ジオン、ジベンゾ[b,f]オキセピン−9,10−ジオン、5Hジベンゾ[a,d]アゼピン−9,10−ジオンなどが挙げられるがこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0035】
以下、本発明について実施例により具体的に説明するが、これらの例により何ら限定されるものではない。
【0036】
原料として、パラシクロファンジアルデヒドはChem.Ber.120,1825-1828(1987)、Eur. J. Org. Chem. 2298-2307(2002)、Chem. Eur. J. 11, 6944-6961(2005)などによる方法を参考にして合成したものを用い、ベンジル、4,4’−パラジメトキシベンジル、9,10−フェナントレンキノン、酢酸アンモニウムおよび酢酸は市販の試薬(東京化成工業株式会社製)を用いた。
【0037】
評価方法として、フォトクロミック分子の消色速度は過渡吸収時間分解測定装置を用いて波長355nm(Nd−YAGレーザーの第三高調波)の励起光を照射し400nmの吸収を検出する過渡吸収の時間分解分光法によって25℃における発色体の半減期測定を行った。
【0038】
<合成例1>
パラシクロファンジアルデヒド152mgと4,4’−ジメトキシベンジル336mgと酢酸アンモニウム1330mgと酢酸5.5mlを混合し、110℃のオイルバスで17時間加熱攪拌を行い反応させた後に28%アンモニア水10.0mlを加えて固体を析出させながら中和して、固体を水洗浄後にろ過して真空乾燥機で乾燥した。乾燥した固体をシリカゲルカラムで分離精製した後に溶媒を濃縮して中間体(I)を465mg得た。NMRの分析によって中間体(I)の生成を確認した。
【0039】
【化14】

【0040】
上記の化合物230mgをベンゼン75mlに溶解させ、フェリシアンカリウム6.51gと水酸化カリウム2.91gを60mlの水に溶解させた溶液を窒素下遮光条件で加えて、室温で2時間撹拌して反応させた後に水層を分離してベンゼンで抽出し、溶媒を濃縮して固体を析出させた。析出した固体をエタノールに溶解させて再結晶を行い、フォトクロミック分子[1]を180mg得た。NMRの分析によってフォトクロミック分子[1]の生成を確認した。
【0041】
【化15】

【0042】
<合成例2>
パラシクロファンジアルデヒド500mgとベンジル400mgと酢酸アンモニウム2190mgと酢酸8.0mlを混合し、100℃のオイルバスで5時間加熱攪拌を行い反応させた後に28%アンモニア水8.0mlを加えて固体を析出させながら中和して、固体を水洗浄後にろ過して真空乾燥機で乾燥した。乾燥した固体をシリカゲルカラムで分離精製した後に溶媒を濃縮して中間体(II)を380mg得た。NMRの分析によって中間体(II)の生成を確認した。
【0043】
【化16】

【0044】
上記の化合物200mgと4,4’−ジメトキシベンジル133mgと酢酸アンモニウム950mgと酢酸4.0mlを混合し、100℃のオイルバスで16時間加熱攪拌を行い反応させた後に28%アンモニア水8.0mlを加えて固体を析出させながら中和して固体を析出させ、固体を水洗浄後にろ過して真空乾燥機で乾燥した。乾燥した固体をシリカゲルカラムで分離精製した後に溶媒を濃縮して中間体(III)を203mg得た。NMRの分析によって中間体(III)の生成を確認した。
【0045】
【化17】

【0046】
上記の化合物100mgをベンゼン30mlに溶解させ、フェリシアンカリウム3.60gと水酸化カリウム1.60gを25mlの水に溶解させた溶液を窒素下遮光条件で加えて、室温で2時間撹拌して反応させた後に水層を分離してベンゼンで抽出し、溶媒を濃縮してシリカゲルカラムで分離精製した後に溶媒を濃縮してフォトクロミック分子[2]を66mg得た。NMRの分析によってフォトクロミック分子[2]の生成を確認した。
【0047】
【化18】

【0048】
<合成例3>
合成例2で合成した中間体(II)200mgと9,10−フェナントレンキノン101mgと酢酸アンモニウム950mgと酢酸4.0mlを混合し、100℃のオイルバスで16時間加熱攪拌を行い反応させた後に28%アンモニア水8.0mlを加えて固体を析出させながら中和して、固体を水洗浄後にろ過して真空乾燥機で乾燥した。乾燥した固体をシリカゲルカラムで分離精製した後に溶媒を濃縮して中間体(IV)を197mg得た。NMRの分析によって中間体(IV)の生成を確認した。
【0049】
【化19】

【0050】
上記の化合物100mgをベンゼン30mlに溶解させ、フェリシアンカリウム3.60gと水酸化カリウム1.60gを25mlの水に溶解させた溶液を窒素下遮光条件で加えて、室温で2時間撹拌して反応させた後に水層を分離してベンゼンで抽出し、溶媒を濃縮してシリカゲルカラムで分離精製した後に溶媒を濃縮してフォトクロミック分子[4]を59mg得た。NMRの分析およびX線結晶構造解析によってフォトクロミック分子[4]の生成を確認した。図6はフォトクロミック分子のX線結晶構造解析結果であるオルテップ図である。
【0051】
【化20】

【0052】
<実施例1>
合成例1で合成したフォトクロミック分子[1]を用いて9.72×10−5Mのベンゼン溶液を調製した。この溶液を四面石英セルに入れ時間分解分光法にて過渡吸収を測定した結果、発色体の半減期が220ミリ秒となった。
【0053】
図4はフォトクロミック分子[1]の過渡吸収スペクトルを、後述する参考例であるフォトクロミック分子[2]、[3]とともに比較したものであり、フォトクロミック分子[1]の消色速度が顕著に遅くなっていることがわかる。
【0054】
<実施例2>
合成例3で合成したフォトクロミック分子[4]を用いて3.6×10−4Mのベンゼン溶液を調製した。この溶液を四面石英セルに入れ時間分解分光法にて過渡吸収を測定した結果発色体の半減期が35マイクロ秒となった。図5はフォトクロミック分子[4]の過渡吸収スペクトルである。
【0055】
<参考例1>
合成例2で合成したフォトクロミック分子[2]を用いて1.1×10−4Mのベンゼン溶液を調製した。この溶液を四面石英セルに入れ時間分解分光法にて過渡吸収を測定した結果発色体の半減期が40ミリ秒となった。
【0056】
<参考例2>
アリール基に置換体を持たないフォトクロミック分子[3](関東化学株式会社製試薬)を用いて1.5×10−4Mのベンゼン溶液を調製した。この溶液を四面石英セルに入れ時間分解分光法にて過渡吸収を測定した結果発色体の半減期が33ミリ秒となった。
【0057】
【化21】

【0058】
【表1】

【0059】
【表2】

【0060】
表1に示すように、一般式(1)で表されるフォトクロミック分子の両方のイミダゾール環に結合したアリール基(特にフェニル基のパラ位)に電子供与性官能基を導入することで、一方のイミダゾール環に結合したアリール基に電子供与性官能基を導入した分子や、さらに電子供与性官能基を持たない分子よりも発色体の半減期が長くなっており消色反応速度が効果的に遅くなることがわかる。
【0061】
また、表2に示すように、一般式(2)で表されるような架橋構造を有するフォトクロミック分子は、架橋構造を持たない分子よりも発色体の半減期が短くなっており消色反応速度が効果的に速くなることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明により、フォトクロミック分子の消色反応速度を増大もしくは低減させるための分子設計方法が示された。この方法によって分子を設計し、それを合成することで消色反応速度が調節されたフォトクロミック分子の提供が可能である。このフォトクロミック分子は、光スイッチやサングラスまたは印刷材料などに使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)で表されるフォトクロミック分子の消色速度を調節する方法であって、発色体のビラジカル状態を電子反発させることによってビラジカルの再結合を抑制して消色速度を遅くする方法。
【化1】

(式(1)中、Ar〜Arはそれぞれ独立してアリール基または置換基を有するアリール基である。)
【請求項2】
前記式(1)中、Ar〜Arはそれぞれ独立してアリール基または電子供与性官能基を有するアリール基であり、Ar、Arのうち少なくとも一つは電子供与性官能基を有するアリール基であり、Ar、Arのうち少なくとも一つは電子供与性官能基を有するアリール基である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記式(1)中、Ar、Arのうち少なくとも一つはパラ位に電子供与性官能基を有するフェニル基であり、Ar、Arのうち少なくとも一つはパラ位に電子供与性官能基を有するフェニル基である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記式(1)中、Ar〜Arのすべてがパラ位に電子供与性官能基を有するフェニル基である、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記電子供与性官能基が、アルコキシ基、アセトキシ基、プロピオノキシ基およびジアルキルアミノ基からなる群から選ばれる一種もしくは二種以上である、請求項2〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記電子供与性官能基がメトキシ基である、請求項2〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記電子供与性官能基がジメチルアミノ基である、請求項2〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
一般式(1)で表されるフォトクロミック分子の消色速度を調節する方法であって、発色体のビラジカル状態を不安定化させることによってビラジカルの再結合を促進して消色速度を速くする方法。
【化2】

(式(1)中、Ar〜Arはそれぞれ独立してアリール基または置換基を有するアリール基である。)
【請求項9】
式(1)中、Ar〜Arとして立体障害の大きい構造を選択するかまたは立体障害の大きい構造にして立体反発させた、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
ArとArとが架橋された、請求項8に記載の計法。
【請求項11】
ArとArとを架橋して得られる架橋構造がフェナントレン構造である、請求項8に記載の方法。
【請求項12】
一般式(1)で表されるフォトクロミック材料。
【化3】

(式(1)中、Ar〜Arはそれぞれ独立してアリール基または電子供与性官能基を有するアリール基であり、Ar、Arのうち少なくとも一つは電子供与性官能基を有するアリール基であり、Ar、Arのうち少なくとも一つは電子供与性官能基を有するアリール基である。)
【請求項13】
一般式(1)で表されるフォトクロミック材料。
【化4】

(式(1)中、Ar〜Arはそれぞれ独立してアリール基または置換基を有するアリール基であり、ArとArとは架橋されている。)

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2011−144289(P2011−144289A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−7262(P2010−7262)
【出願日】平成22年1月15日(2010.1.15)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【出願人】(508353271)
【Fターム(参考)】