説明

フラックス入りワイヤ用鉄系Mn−B合金粉

【課題】 B含有合金粉末を製造するときの粉砕性が良好で微粉原料の多量生産が可能で、磁性が低く、フラックス入りワイヤ用原料として適用しても外皮に継ぎ目のないフラックス入りワイヤを連続的に能率よく製造でき、さらに、溶接金属の耐割れ性および靭性が良好となるフラックス入りワイヤ用鉄系Mn−B合金粉を提供する。
【解決手段】 フラックス入りワイヤに添加される鉄系Mn−B原料であって、質量%でB:1〜5%、Mn:65〜85%、C:1%以下、Si:1.5%以下を含有し、残部はFeおよび不可避不純物であることを特徴とする。
また、質量%で、P:0.40%以下、N:0.20%以下であることを特徴とする。
さらに、粒径が150μm以下であることも特徴とするフラックス入りワイヤ用鉄系Mn−B合金粉にある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は軟鋼、高張力鋼用、低温用鋼、低合金鋼およびステンレス鋼溶接用フラックス入りワイヤに添加される鉄系Mn−B合金粉に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、各種溶接構造物の建造において、鋼製外皮にフラックスを充填した溶接用フラックス入りワイヤの使用量が増大している。フラックス入りワイヤには、ガスシールドアーク溶接用、セルフシールドアーク溶接用やサブマージアーク溶接用などがあり、外皮に継ぎ目のあるもの或いは継ぎ目のないもの、充填されるフラックスも溶接対象鋼種、溶接姿勢、溶接部への要求性能等によって種々のタイプのものがあるが、一般に溶接速度が速く、溶接作業性が良好であることから、CO、Ar−COなどのシールドガスを用いた細径(1.2〜1.6mm)のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤが用いられている。
【0003】
ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤの鋼製外皮に充填されるフラックスは、一般にスラグ剤、アーク安定剤、合金剤、脱酸剤などからなり鋼種、板厚、要求性能および溶接姿勢によって適宜調整されているが、より効果的な成分および成分系のフラックス原料が使用されている。
【0004】
フラックス成分中、溶接金属の靭性を向上させる目的でBを添加する手法が知られている(例えば、特許文献1〜4参照)。これらのフラックス入りワイヤは、Bをワイヤ全質量当たり0.001〜0.015質量%含有しており、いずれも溶接金属の靭性向上を目的として添加されている。
【0005】
ところで、前記溶接金属の靭性向上を目的としたフラックス入りワイヤに含有するBの原料は、一般にBを数質量%から20質量%程度含むFe−B合金粉の形で添加されている。
【0006】
しかし、Fe−B合金は多量生産するために溶解して鋳型に鋳込んで固化すると非常に硬く粉砕できないので、Fe−B合金を溶融し溶湯をノズルより流出させ水流ジェットまたは圧縮ガスによって粉末化している。したがって、粒径が比較的大きくなり微粉を用いるフラックス入りワイヤ用の原料としては製造歩留まりが低い。また製造コストが高いという問題もある。さらに、Fe−B合金は強磁性体であるので、フラックス入りワイヤの低水素化に有利な外皮に継ぎ目のないフラックス入りワイヤを、鋼製帯鋼を管状体に成形する段階でフラックスを充填した後、鋼製帯鋼の合わせ目を高周波誘導加熱などによりシーム溶接して連続的に能率よく製造しようとした場合(例えば、特許文献5、6)、管状体の溶接位置では溶接電流によって発生した磁場により管状体のエッジ部が磁極となり、フラックス中に強磁性体であるFe−B合金粉が含有されているとエッジ部に磁着しやすくなる。磁着したFe−B合金粉は微量でも接合部で溶融されて後工程の縮径時にFe−B合金粉が溶融した箇所から外皮割れが生じるという問題がある。この外皮割れは一度発生すると、最初は微小な割れでも、縮径サイズが小さくなるに従って長手方向に延びて、製品サイズではもはや無視できない程度の長さとなる。
【0007】
【特許文献1】特開平5−77086号公報
【特許文献2】特開平7−164184号公報
【特許文献3】特開平9−277087号公報
【特許文献4】特開2002−331384号公報
【特許文献5】特公平4−72640号公報
【特許文献6】特開平5−394号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、B含有合金粉末を製造するときの粉砕性が良好で微粉原料の多量生産が可能で、磁性が低く、フラックス入りワイヤ用原料に適し、溶接用フラックス入りワイヤ、特に外皮に継ぎ目のないフラックス入りワイヤを連続的に能率よく製造でき、さらに、溶接金属の耐割れ性および靭性が良好となるフラックス入りワイヤ用鉄系Mn−B合金粉を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、適量のMn、Bを含有する鉄系Mn−B合金が粉砕性が良好で、磁性が低いので、この粉砕した鉄系Mn−B粉末をフラックス入りワイヤのフラックス原料として用いるとフラックス入りワイヤの製造工程中に外皮に割れが生じず、溶接金属性能の優れたフラックス入りワイヤが得られることを見出して、本発明を完成した。
【0010】
本発明の要旨は、フラックス入りワイヤに添加される鉄系Mn−B原料であって、質量%でB:1〜5%、Mn:65〜85%、C:1%以下、Si:1.5%以下を含有し、残部はFeおよび不可避不純物であることを特徴とする。
【0011】
また、質量%で、C:1%以下、Si:1.5%以下としたことを特徴とする。また、質量%で、P:0.40%以下、N:0.20%以下としたことを特徴とする。
さらに、粒径が150μm以下であることも特徴とするフラックス入りワイヤ用鉄系Mn−B合金粉にある。
【発明の効果】
【0012】
本発明のフラックス入りワイヤ用鉄系Mn−B合金粉によれば、多量溶解後鋳型に鋳込んだ鋳片の粉砕性が良好であるのでBを適量含有した合金粉を高能率に製造することができ、磁性が低いのでフラックス入りワイヤの原料として適用しても外皮に継ぎ目のないフラックス入りワイヤを連続的に能率よく製造することができ、さらに、溶接金属性能も優れたフラックス入りワイヤ用鉄系Mn−B合金粉を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明者らは、前記課題を解決するために種々成分組成のB含有合金を、高周波誘導加熱炉(溶解量2kg)を用いて溶解し、鋳型に鋳込んだ鋳片の粉砕性および磁性につき調査した。さらに、磁性の低い原料を、スラグ剤、アーク安定剤、合金剤および脱酸剤と混合し、フラックス原料を準備した。次いで、特公平4−72460号公報に記載のフラックス入りワイヤの連続製造方法のように帯鋼を断面U及びO形状のオープンシーム管に成形し、オープンシーム管内に供給シュートを介してフラックス原料を供給し、オープンシーム管の長手方向エッジ面を高周波誘導加熱してシーム溶接した。溶接後に、所定の管径に複数段の圧延ロールを備えた圧延機または穴ダイスにより縮径し、矯正機を通して巻取機でコイル状に巻き取って溶接用フラックス入りワイヤとした。このようなフラックス入りワイヤの連続製造工程で製造し、オープンシーム管外径20mmから1.2mmの製品径まで縮径して外皮割れの有無および溶接金属性能を調査した。
【0014】
その結果、適量のMnおよびBを含む鉄系Mn−B合金とすることによって、合金粉製造時の粉砕性が良好で、磁性が低いので外皮に継ぎ目のないフラックス入りワイヤの原料に適用して連続的に製造しても外皮に割れが生じず、溶接金属性能も優れたB含有合金粉を見出した。
【0015】
以下、本発明のフラックス入りワイヤ用鉄系Mn−B合金粉の成分組成の限定理由について説明する。
【0016】
鉄系Mn−B合金粉中のBは、1〜5質量%(以下、%という。)とする。B含有量が1%未満であると、フラックス入りワイヤ中の必要B量を得るために多量に鉄系Mn−B合金粉を添加することになり、他のスラグ剤、アーク安定剤、合金剤および脱酸剤との調整が困難となるとともに、フラックス入りワイヤ中のP、S、Nなどの不純物成分も多くなり溶接金属の靭性向上の効果がなくなる。一方、B含有量が5%を超えると、合金製造時の粉砕性が悪くなるとともに、フラックス入りワイヤに添加して溶接した場合、溶接金属中にBが部分的に偏析して、耐高温割れ性が悪くなる。
【0017】
鉄系Mn−B合金粉中のMnは、65〜85%とする。Mn含有量が65%未満および85%を超えると、合金粉製造時の粉砕性が悪くなる。
【0018】
また、鉄系Mn−B合金粉中のPは0.40%以下、Nは0.20%以下とする。Pが0.40%超およびNが0.20%超であると。フラックス入りワイヤのPおよびN量が多くなり、Bを添加しても溶接金属の靭性向上の効果がなくなる。したがって、P、Nは少ないほうが望ましいが、少なくするには精錬工程で費用がかかり経済的に好ましくないので、それぞれの含有量の上限を限定した。また、Sも不可避不純物として含有されるが、特に上限を限定する必要はない。
【0019】
また、その他の成分としてC、Siは合金製造原料から不可避的に含有されるものであり、少ない方が好ましいが、合金粉製造時の溶解性を考慮して、C:1%以下、Si:1.5%以下の範囲で含有することができる。
【0020】
鉄系Mn−B合金粉の粒度は、150μm以下とする。粒径が150μm以下であるとフラックス入りワイヤ中に粒子が略均一に分布しフラックス成分の偏析防止に効果的で、溶接金属中にBが偏析することがない。一方、粒径が150μmを超えると、フラックス入りワイヤ中に粒子が略均一に分布されず、溶接金属中にBが部分的に偏析して、耐高温割れ性が悪くなる。
【0021】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。
【実施例】
【0022】
表1に示す成分となるように配合した溶解原料を、高周波誘導加熱炉(溶解量100kg)溶解し、鋳型に鋳込み、厚さ10〜25mmの鋳片を得た。この鋳片をジョークラッシャー粉砕機で粗粉砕し、さらにこれをロッドミルで微粉砕して、各種鉄系Mn−B合金粉を試作した。粉砕時の粉砕性と振動試料型磁力計で比透磁率(μ)を測定した。それらの結果も表1に示す。
【0023】
【表1】

【0024】
表1中合金No.S1〜S5が本発明例、合金No.S6〜S10は比較例である。本発明例である合金No.S1〜S5は、BおよびMn量が適量であるので粉砕性が良好で比透磁率も磁性を僅かに帯びる限界値である1.10μ以下であり良好な結果が得られた。
【0025】
比較例中合金No.S6は、Bは高いので粉砕性が不良であった。しかし、比透磁率は1.10μ以下で良好な結果が得られた。
【0026】
合金No.S7は、Bが低いが粉砕性は良好で比透磁率も1.10μ以下で良好な結果が得られた。
合金No.S8はMnが高いので、また合金No.S9はMnが低いので、いずれも粉砕性が不良で歩留まりが悪かった。なお、比透磁率はいずれも1.10μ以下であった。
【0027】
表1に示す合金を、表2に示すフラックス入りワイヤ用ベース原料に添加量および粒径を変えて混合し、特公平4−72640号公報に記載のフラックス入りワイヤの連続製造装置を用いて表4に示すフラックス入りワイヤを製造した。すなわち、表3に示す軟鋼製帯鋼を管状体に成形する段階で表4に示すフラックスをフラックス充填率13%となるように供給した後、管状体の相対するエッジ面を高周波誘導加熱によりシーム溶接して、引き続き連続的にロール群によりワイヤ径3.2mmまで縮径、銅めっき処理して孔ダイス群で伸線を行い継ぎ目なしのフラックス入りワイヤ(ワイヤ径1.2mm)を試作した。シーム溶接は、管状体の外径20mm、入熱量140KVA、溶接速度35m/minで行った。また、縮径の途中で加工硬化緩和のための中間焼鈍を実施した。製品径(1.2mm)の段階で過流探傷試験により外皮割れの有無を調査した。試作したワイヤを表4に示す。
【0028】
【表2】

【0029】
【表3】

【0030】
【表4】

【0031】
また、表4に示す試作したフラックス入りワイヤを用いて、図1(a)に示す鋼板1の開先形状の片面継手溶接試験体(鋼種:KD36鋼、板厚t:16mm、幅400mm、長さ500mm、開先角度θ:50°、ルート間隔G:4mm、裏面の拘束:3箇所)に、裏当て材2(Al−SiO−MgO系)を当てて、表5に示す溶接条件で、図1(b)に示す半自動の下向および図1(c)に示す立向姿勢溶接で溶接し、裏ビード3及び溶接金属4を形成し、初層パスの耐高温割れ性試験を行った。初層パスの高温割れ発生状況はX線透過試験により判定した。
【0032】
【表5】

【0033】
次に、初層パスで溶接作業性が不良であった試験体を除いて、表5に示す溶接条件により順次積層した。溶接後板厚中央部の溶接金属よりJIS Z3111に規定される衝撃試験片を採取して吸収エネルギーを調査した。
【0034】
なお、衝撃試験における吸収エネルギーは、試験温度0℃で54J(3本の平均値)以上を合格とした。表4にこれらの結果もまとめて示す。
【0035】
表4中ワイヤNo.W1〜W5が本発明のフラックス入りワイヤ用鉄系Mn−B合金粉を用いた例、ワイヤNo.W6〜W10は比較例である。
【0036】
本発明例であるワイヤNo.W1〜W5は、鉄系Mn−B合金粉S1〜S5のBおよびMn量が適量で、PおよびNが低く、粒径も微粉であるので、ワイヤ製造時の縮径後も外皮割れが生じず、下向および立向姿勢のいずれの溶接試験においても高温割れが生じることなく溶接金属の吸収エネルギーも良好で、極めて満足な結果であった。
【0037】
比較例中ワイヤNo.W6は、鉄系Mn−B合金粉S6のBが高いので、下向姿勢溶接の初層に高温割れが生じた。
【0038】
ワイヤNo.W7は、鉄系Mn−B合金粉S7のBが低いので、フラックス入りワイヤ用ベース原料への添加量が多くなり、フラックス入りワイヤとしての成分組成のバランスが悪くなり立向姿勢溶接では溶接作業性が不良となったので溶接を中止した。
【0039】
ワイヤNo.W8は、鉄系Mn−B合金粉S8のPが高いので、吸収エネルギーが低値であった。
【0040】
ワイヤNo.W9は、鉄系Mn−B合金粉S9のNが高いので、吸収エネルギーが低値であった。
【0041】
ワイヤNo.W10は、鉄系Mn−B合金粉S8の粒径が大きいので、下向姿勢溶接の初層に高温割れが生じた。さらに、Pが高いので、吸収エネルギーも低値であった。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】本発明の実施例に用いた下向片面継手溶接の開先形状および溶接状況を示す模式図で、(a)は開先形状、(b)は下向溶接姿勢の溶接状況、(c)は立向溶接姿勢の溶接状況を示す図である。
【符号の説明】
【0043】
1 鋼板
2 裏当て材
3 裏ビード
4 溶接金属

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラックス入りワイヤに添加される鉄系Mn−B原料であって、質量%でB:1〜5%、Mn:65〜85%を含有し、残部はFeおよび不可避不純物であることを特徴とするフラックス入りワイヤ用鉄系Mn−B合金粉。
【請求項2】
質量%で、C:1%以下、Si:1.5%以下としたことを特徴とする請求項1記載のフラックス入りワイヤ用鉄系Mn−B合金粉。
【請求項3】
質量%で、P:0.40%以下、N:0.20%以下としたことを特徴とする請求項1または請求項2に記載のフラックス入りワイヤ用鉄系Mn−B合金粉。
【請求項4】
粒径が150μm以下であることを特徴とする請求項1乃至請求項3の内のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ用鉄系Mn−B合金粉。

【図1】
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【公開番号】特開2007−203341(P2007−203341A)
【公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−25985(P2006−25985)
【出願日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【出願人】(302040135)日鐵住金溶接工業株式会社 (172)
【Fターム(参考)】