説明

フラーレン重合体の製造方法

【課題】 マクロスケールに及ぶ3次元C60ポリマーを製造する。
【解決手段】
ヨウ素とC60粉末との混合物を出発原料20として加圧成形室30に供給し、加圧成形室30において加圧部40により出発原料20を加圧成形し、加圧成形した状態の出発原料20に、300°C以下の加熱状態で500〜600nm程度の波長領域のレーザ光Lを照射することにより、ヨウ素とC60粉末との混合物から光重合反応により3次元フラーレン重合体を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラーレン重合体の製造方法に関し、特に、3次元C60ポリマーの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フラーレンは、炭素のみからなる一連の球状炭素化合物(Higher Fullerenes)の総称であり、12個の5員環と12個またはそれ以上の6員環を含んでいる。すなわち、60個、70個、76個あるいは84個等(炭素数は幾何学的に球状構造を形成し得る数から選択される。)の炭素原子が球状に結合してクラスター(分子集合体)を構成してなる球状炭素Cであって、それぞれC60、C70、C76、C84等のように表される。
【0003】
例えばC60は、図6に示すように、正二十面体の頂点を全て切り落として正五角形を出した“切頭二十面体”と呼ばれる多面体構造を有し、図7に示すように、この多面体の60個の頂点を全て炭素原子Cで置換したクラスターであり、公式サッカーボール様の分子構造を有する。同様に、C70、C76、C84等も、いわばラグビーボール様の分子構造を有する。
【0004】
このフラーレンの製造は、炭素に高エネルギー密度のレーザやプラズマなどを照射し、それと同時に、Heなどの不活性ガスで蒸発してきた炭素を吹き飛ばす方法や、CVD技術の利用などによって行われている。こうした方法でえられる煤状の物質の中から、有機溶媒を用いることによってフラーレンは抽出される。しかし、フラーレン結晶中における分子は弱いファンデルワース力で結びついているため、通常バルク体においては分子自身の持つ高い機能や特徴的性質を有効に発現させることが難しいという問題がある。
【0005】
ここで、C60が3次元的に共有結合した3次元C60ポリマーの合成については、例えば、高温・高圧(例えば、300〜800°C,5GPa)での高圧重合により、C60の重合体が合成されることが報告されている(例えば、非特許文献1参照:Y. Iwasa, Science, 264, (1994)1570)。
【0006】
また、グラファイトにハロゲン元素を加えることでブラックダイヤモンドを製造したことが報告されている(例えば、非特許文献2参照:H.Nakayama and H.Katayama-Yoshida,JPhy.Condens.Matter,15,R1077(2003))。グラファイトにハロゲン元素を加えることで、炭素原子にエネルギーの不安定化が起こり、高圧を印加したのと同様の効果が得られる。
【0007】
また、紫外線照射による2次元的C60重合体薄膜の形成、紫外線や可視光の照射によって、C60やC70が新しい固相に変化する光重合について報告されている(例えば、非特許文献3参照:P.C. Eklund et al., Thin Solid Films, 257(1995) 185)。
【0008】
さらに、金属添加電解重合法による薄膜の形成、具体的には、C60とRbClOのDMF・Touluenr溶液を用いる電解重合によるC60粉末重合体薄膜の形成について報告されている(例えば、非特許文献4参照:H. Endo et al., Jpn. J Appl.Phys., 35(199)L455)。
【0009】
【非特許文献1】Y. Iwasa, Science, 264, (1994)1570
【非特許文献2】H.Nakayama and H.Katayama-Yoshida,JPhy.Condens. Matter,15,R1077(2003)
【非特許文献3】P.C. Eklund et al., Thin Solid Films, 257(1995) 185
【非特許文献4】H. Endo et al., Jpn. J Appl.Phys., 35(199)L455
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上述の如き高温・高圧下での高圧重合により3次元C60ポリマーを合成する場合、高温・高圧下での重合反応の制御は難しく、製造される材料の性質は不均一となり、また、再現性に乏しいという問題があった。また、この手法においては、高圧力印加あるいは高温度環境を必要とするため、装置は大型で複雑なものとなり、また、用いるツールの大きさの制限から、製造できる材料のサイズは小さなものに限られるという問題があった。
【0011】
紫外線照射や電解法によって製造されC60の重合体は、極めて薄いものに限られていた。例えば、紫外線の透過性は小さく、従来の手法では、μm以下の薄膜しか得られず、バルク状の3次元C60ポリマーを製造することはできないでいた。この手法によるC60の重合体において観測される分子間の結合は、1次元や2次元的なものであり、重合体としての熱的安定性に乏しく、200°C程度の処理によって容易にその構造は変化するものであった。
【0012】
そこで、本発明の目的は、上述の如き従来の問題点に鑑み、マクロスケールに及ぶ3次元C60ポリマーを製造することにある。
【0013】
本発明の更に他の目的、本発明によって得られる具体的な利点は、以下に説明される実施の形態の説明から一層明らかにされる。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明では、ハロゲン元素とフラーレン粉末の混合物を出発原料して用い、レーザ照射による光励起・支援プロセスを導入する。
【0015】
すなわち、本発明に係る3次元フラーレン重合体の製造方法は、ハロゲン元素とフラーレン粉末との混合物を出発原料とし、上記出発原料を加圧成形し、上記加圧成形した状態の上記出発原料に、300°C以下の加熱状態で500〜600nm程度の波長領域のレーザ光を照射することにより、上記ハロゲン元素とフラーレン粉末との混合物から光重合反応により3次元フラーレン重合体を製造することを特徴とする。
【0016】
本発明に係る3次元フラーレン重合体の製造方法では、さらに、上記光重合反応により製造した3次元フラーレン重合体上にハロゲン元素とフラーレン粉末との混合物を積層し、加圧成形し、500〜600nm程度の波長領域のレーザ光を照射することを繰り返し行う。
【0017】
また、本発明に係る3次元フラーレン重合体の製造方法では、例えば、ヨウ素とC60粉末との混合物を上記出発原料とし、3次元C60ポリマーを光重合反応により製造する。
【発明の効果】
【0018】
本発明では、レーザ照射による支援を受け、ハロゲン元素がホールドーピング材料として機能することによって重合反応効率が大幅に増大する。したがって、本発明によれば、効率の良い重合反応が可能となり、超強度、超強靱性と超軽量性を示す比較的な大きなバルク状のフラーレン重合体を製造することができる。
【0019】
また、本発明によれば、例えば、ヨウ素とC60粉末との混合物を出発原料とし、3次元C60ポリマーを光重合反応により製造することができる。
【0020】
レーザ照射による重合反応の促進効果の最適波長は、500〜600nm程度の波長領域にあり、500〜600nm程度の波長領域のレーザ光の照射によって、効率の良い重合反応が可能となる。また、強い強度のレーザ光を照射することにより、比較的に厚い原材料においても光重合反応によりフラーレン重合体を製造することができ、これにより、バルキーな単相フラーレン重合体を製造することができる。
【0021】
また、本発明によれば、重合反応の制御性が高まり、性質の揃ったフラーレン重合体を再現性よく製造することができる。
【0022】
また、本発明により製造されるフラーレン重合体は、その分子間結合が3次元的となり、耐熱性の大幅な改善を図ることができる。
【0023】
また、本発明では、光重合反応により製造した3次元フラーレン重合体上にハロゲン元素とフラーレン粉末との混合物を積層し、加圧成形し、500〜600nm程度の波長領域のレーザ光を照射することを繰り返し行うことによって、比較的な大きなバルク状のフラーレン重合体を簡単に製造することができる。
【0024】
また、本発明によれば、製造装置が小型で簡潔となり、コストの安いプロセスにて、フラーレン重合体を効率よく製造することができる。
【0025】
さらに、本発明によれば、レーザ光を利用することによって、必要な反応温度を低く設定でき、これにより製造装置の大型化あるいは連続的な製造装置への展開など、発展的に製造プロセスを拡大することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。なお、本発明は以下の例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、任意に変更可能であることは言うまでもない。
【0027】
例えば図1に示すような構造の製造装置100を用いて3次元フラーレン重合体を製造する。
【0028】
この製造装置100は、図示しない真空チェンバー内に設けられ、バルブ10を開くことにより出発原料20が供給される加圧成形室30と、この加圧成形室30に供給された出発原料20を加圧成形する加圧部40とを備え、加圧成形室30において加圧成形された出発原料20に図示しないレーザ光源からのレーザ光Lを照射するための光学ミラー41及び光学レンズ42が加圧部40に設けられている。
【0029】
本発明に係る3次元フラーレン重合体の製造方法では、ハロゲン元素とフラーレン粉末との混合物を出発原料として用いる。
【0030】
出発原料20は、製造装置100の加圧成形室30に供給され、この加圧成形室30において例えば円盤形状に加圧成形される。
【0031】
そして、加圧成形室30において例えば円盤形状に加圧成形された状態の出発原料20に、300°C以下の加熱状態で500〜600nm程度の波長領域のレーザ光を照射することにより、ハロゲン元素とフラーレン粉末との混合物から光重合反応により3次元フラーレン重合体を製造する。
【0032】
ここで、ホールをドープすることで、フラーレンの炭素原子のエネルギー状態は、超高圧下(数GPa)における状況と同一視することができ、アクセプタ元素とフラーレン粉末の混合物にレーザ光を照射することによって、電子励起・移動させ、ポリマー化反応を促進することができる。
【0033】
例えば、図2に示すように、ヨウ素IとC60粉末との混合物を出発原料とし、3次元C60ポリマーを光重合反応により製造する。
【0034】
このように、ハロゲン元素中でも電子親和力の強いヨウ素IをアクセプタとしてC60粉末に混入し、エネルギーの不安定化が起きた状態でレーザを照射することにより、電子励起・移動させ、ポリマー化反応を促進することができる。
【0035】
ここで、製造装置100において、C60粉末のみの試料と、ヨウ素IとC60粉末との混合物の試料を出発原料として、次の表1に示す条件にて、真空中で加圧・レーザ照射を行い各サンプルSP1〜SP4を製造し、各サンプルSP1〜SP4についてラマン分光装置によりラマン分光を測定した結果を図3及び図4に示す。
【0036】
【表1】

【0037】
図3は、C60粉末のみの試料を出発原料とし、また、ヨウ素IとC60粉末とを1:2.8で混合した混合物の試料を出発原料として、電子ビームのエネルギー、アンジュレーター磁場の周期、磁束密度を変えることので、発振波長が連続的に可変でき、原理的にどのような波長でも発振できる自由電子レーザ(FEL)を光源として用いて、600MPaの圧力で加圧成形した状態で、波長450nmの光を照射したSP1,SP2のラマン分光の測定結果を示している。また、波長450nmは、ベンゼン環の結合エネルギーより見積ったC60の二重結合を打ち切るのに必要なエネルギーを持った波長である。また、レーザ強度は、数mJ/Pulse、繰り返し周波数2Hzで300min照射した。
【0038】
また、図4は、C60粉末のみの試料を出発原料とし、また、ヨウ素IとC60粉末とを1:4で混合した混合物の試料を出発原料とし、高光出力を得ることのできるYAGレーザを光源として用いて、0.1MPaの圧力で加圧成形した状態で、波長532nmの光を照射したサンプルSP3,SP4のラマン分光の測定結果を示している。レーザ強度は、36mJ/Pulse、繰り返し周波数12.5Hzで60min照射した。
【0039】
図3及び図4に示したグラフは、C60のAg(2)振動モードのグラフであって、この振動モードは、C60の各炭素原子が五員環の中心に向かう用に振動するモードである。
【0040】
図3に示されているように、C60粉末のみのサンプルSP1では、FEL照射によりAg(2)振動モードの波数が、3.2cm−1マイナス側にシフトし、ヨウ素IとC60粉末とを1:2.8で混合した混合物のサンプルSP2では、FEL照射によりAg(2)振動モードの波数が、7.5cm−1マイナス側にシフトしており、サンプルSP1よりも大きくシフトしている。
【0041】
また、図4に示されているように、C60粉末のみのサンプルSP3では、YAGレーザの照射によりAg(2)振動モードの波数が、2.8cm−1マイナス側にシフトし、ヨウ素IとC60粉末とを1:4で混合した混合物のサンプルSP4では、YAGレーザの照射によりAg(2)振動モードの波数が、6.1cm−1マイナス側にシフトしており、サンプルSP2よりも大きくシフトしている。
【0042】
60がポリマー化すると分子間に発生する強い結合によって、C60を構成する炭素原子間の距離が若干変化し、それに伴い振動が制限され、振動モードが変化する。結果としてラマン振動数が変化するので、サンプルSP1,SP3よりも大きくシフトしているサンプルSP2、SP4では、ヨウ素とIの添加によりC60のポリマー化が促進されていることがわかる。また、サンプルSP2とサンプルSP4を比較すると、図3及び図4に示したグラフから明らかなように、Ag(2)振動モードのシフト量はサンプルSP2の方がサンプルSP4より大きいが、グラフの半値幅はサンプルSP4の方がサンプルSP2より大きいことから、波長532nmの光を照射したサンプルSP4の方が波長450nmの光を照射したSP2よりもC60のポリマー化が促進されている。
【0043】
ここで、図5に示すように、1つの炭素原子は二重結合を含むsp的な結合で存在しているが、本発明では、その二重結合をレーザ照射により光エネルギーで打ち切り、余った電子を隣接する分子同士の結合に使う。光励起反応によってC60分子間に新たに誕生する結合はsp的な結合となる。これを3次元的に行うことによって、3次元C60ポリマーが合成される。
【0044】
このようにして製造された3次元C60ポリマーは、単体で硬いC60を共有結合で結びつけているので、その硬度は非常に高いものとなる。また、軽い炭素のみで構成され、C60分子内部が空洞なので軽量となる。また、各C60分子は接点だけで結合し、非晶質的構造をとるので弾性や粘性に富むものとなる。
【0045】
製造装置100において、レーザ照射による重合反応の促進効果の最適波長は、500〜600nm程度の波長領域にあり、500〜600nm程度の波長領域のレーザ光の照射によって、効率の良い重合反応が可能となる。また、強い強度のレーザ光を照射することにより、比較的に厚い原材料においても光重合反応によりフラーレン重合体を製造することができ、これにより、バルキーな単相フラーレン重合体を製造することができる。
【0046】
さらに、製造装置100では、レーザ光を利用することによって、必要な反応温度を低く設定でき、300°C以下の加熱状態で500〜600nm程度の波長領域のレーザ光を照射することにより、3次元フラーレン重合体を製造することができる。
【0047】
また、製造装置100において、光重合反応により製造した3次元フラーレン重合体上にハロゲン元素とフラーレン粉末との混合物を供給して積層し、加圧成形し、500〜600nm程度の波長領域のレーザ光を照射することにより、3次元フラーレン重合体の厚さを増すことができ、処理を繰り返し行うことによって、比較的な大きな厚い3次元フラーレン重合体を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本発明を実施する三次元フラーレンの製造装置の構造を模式的に示す要部断面図である。
【図2】製造装置に出発原料として供給されるヨウ素とC60粉末との混合物、及び、製造装置により製造される3次元C60ポリマーの構造を模式的示す図である。
【図3】製造装置により、C60粉末のみの試料と、ヨウ素とC60粉末とを1:2.8で混合した混合物の試料を出発原料として、真空中で波長450nmのレーザ光を照射して製造した各サンプルについてラマン分光装置によりラマン分光を測定した結果を示す特性図である。
【図4】製造装置により、C60粉末のみの試料と、ヨウ素とC60粉末とを1:4で混合した混合物の試料を出発原料として、真空中で波長534nmのレーザ光を加圧・レーザ照射を行い製造した各サンプルについてラマン分光装置によりラマン分光を測定した結果を示す特性図である。
【図5】本発明による三次元フラーレンの製造方法の原理を模式的に示す図である。
【図6】C60の切頭二十面体構造を示す模式図である。
【図7】C60における炭素原子間の結合状態を示す模式図である。
【符号の説明】
【0049】
10 バルブ、20 出発原料、30 加圧成形室、40 加圧部、41 ミラー、42 光学レンズ、100 製造装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハロゲン元素とフラーレン粉末との混合物を出発原料とし、
上記出発原料を加圧成形し、
上記加圧成形した状態の上記出発原料に、300°C以下の加熱状態で500〜600nm程度の波長領域のレーザ光を照射することにより、上記ハロゲン元素とフラーレン粉末との混合物から光重合反応により3次元フラーレン重合体を製造することを特徴とする3次元フラーレン重合体の製造方法。
【請求項2】
上記光重合反応により製造した3次元フラーレン重合体上にハロゲン元素とフラーレン粉末との混合物を積層し、加圧成形し、500〜600nm程度の波長領域のレーザ光を照射することを繰り返し行うことを特徴とする請求項1記載の3次元フラーレン重合体の製造方法。
【請求項3】
ヨウ素とC60粉末との混合物を上記出発原料とし、3次元C60ポリマーを光重合反応により製造することを特徴とする請求項1記載の3次元フラーレン重合体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−145905(P2007−145905A)
【公開日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−339185(P2005−339185)
【出願日】平成17年11月24日(2005.11.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年11月16日 日本大学理工学部発行の「日本大学理工学部学術講演会論文集 材料・物性部会」に発表
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【Fターム(参考)】