説明

フレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置

【課題】画像表示時には有機エレクトロルミネッセンス層を発光させるために必要十分なキャリア注入が可能であり、画像を表示させない非発光状態においては透明体になるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置を提供する。
【解決手段】フレキシブルな透明基板10の上に、透明陽極11、ホール注入層12、ホール輸送層13、有機物からなる発光層14、電子注入層15および透明陰極16をこの順に形成する。透明陽極11および透明陰極16は金属酸化物をスパッタ法またはイオンプレーティング法により形成したアモルファス透明電極で構成される。電子注入層15はホールブロック層として機能するように最高占有分子軌道レベルが選定され、ホール注入層12は電子ブロック層として機能するように最低非占有分子軌道レベルが選定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
有機エレクトロルミネッセンス装置は、発光層が有機発光材料からなる有機エレクトロルミネッセンス素子がマトリクス状に配列された構成を有しており、可視光に対して透明なガラス基板やプラスチック基板上に透明な陽極電極を形成し、この陽極電極と金属の陰極電極とをマトリクス状に形成し、陽極電極と陰極電極の間に有機エレクトロルミネッセンス層を挟み、選択された陽極電極と陰極電極との間に電圧を印加して有機エレクトロルミネッセンス層に電流を流すことによって画素を発光させる。発生した光は、透明電極である陽極電極側から外部に取り出される。(たとえば、特許文献1および特許文献2参照)。
また、陽極電極および陰極電極の両者を透明電極として非発光時には透明であるようにした透明有機エレクトロルミネッセンス装置(たとえば非特許文献1参照)や、有機エレクトロルミネッセンス装置自体をフレキシブルにしたシートディスプレイ(たとえば非特許文献2参照)が提案されている。
【特許文献1】特開昭63−295695号公報(第3頁左下欄第17行〜第4頁右上欄第20行および図1など)
【特許文献2】特開2004−134151号公報((0041)および図4など)
【非特許文献1】第61回秋季応用物理学会学術講演会予稿集1114頁 2000年
【非特許文献2】日本実業出版社「有機ELのすべて」第152頁〜154頁 52頁〜154頁 2003年2月20日発行)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
特許文献1および特許文献2に記載された構成は、透明な基板側の陽極を透明電極で形成し、反対側の陰極は不透明な金属電極で形成されているので、有機エレクトロルミネッセンス装置自体としては不透明な構成であり、有機エレクトロルミネッセンス層の発光状態においては画像を観察できるが、非発光状態においては不透明な装置として観察される。
有機エレクトロルミネッセンス装置が非発光状態において透明にするためには非特許文献1のように陰極も透明電極で構成すればよいが、この場合、陰極は有機エレクトロルミネッセンス層を形成した後に形成する必要があるので、高エネルギー、高温での成膜プロセスを用いることができない。したがって、陰極電極としては低温で形成可能なアモルファス透明電極で構成しなければならない。
また、非特許文献1のように、有機エレクトロルミネッセンス装置自体をフレキシブルとしたシートディスプレイでは、透明基板を透明なフレキシブル性を有するプラスチックフィルムなどで構成する必要があるが、耐熱性の低いプラスチックフィルム上に透明陽極を形成するので、陽極電極はアモルファス透明電極で形成しなければならない。
同様に、非特許文献2のように、有機エレクトロルミネッセンス装置自体をフレキシブルとしたシートディスプレイでは、透明基板として透明なフレキシブル性を有するプラスチックフィルムを使用するが、ガラスと比べて耐熱性の低いプラスチックフィルム上に透明陽極を形成するためには、陽極電極を低温で形成可能なアモルファス透明電極で形成しなければならない。
ところが、アモルファス透明電極はキャリアであるホール(正孔)や電子の移動度が異なり、またはキャリア注入効率が小さく、有機エレクトロルミネッセンス層を発光させるために必要な十分なキャリア注入をすることができない。また、陽極電極および陰極電極の両者を透明電極とした場合には、陽極のアモルファス透明電極から注入されたホールは有機エレクトロルミネッセンス層から陰極のアモルファス透明電極を通り抜けてしまう。同様に陰極のアモルファス透明電極から注入された電子は有機エレクトロルミネッセンス層から陽極のアモルファス透明電極を通り抜けてしまう。したがって、有機エレクトロルミネッセンス層内におけるホールと電子の再結合量が小さく、有機エレクトロルミネッセンス層は十分に発光することができない。
このため、従来の技術では有機エレクトロルミネッセンス装置自体がフレキシブルで、非発光時に透明体であるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置を実現することは難しい。
【0004】
本発明はこのような課題を解決するもので、画像表示時には有機エレクトロルミネッセンス層を発光させるために必要十分なキャリア注入が可能であり、画像を表示させない非発光状態においては透明体になることが可能なフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
請求項1記載の本発明のフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置は、可視光に対して透明でフレキシブルなプラスチック基板の上に、透明陽極、ホール注入層、ホール輸送層、有機物からなる発光層、電子注入層および透明陰極がこの順で形成されたことを特徴とする。
請求項2記載の本発明は、請求項1に記載のフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置において、前記透明陽極および前記透明陰極が、酸化インジウム錫、酸化錫、酸化インジウム、酸化インジウム亜鉛、酸化アルミニウム亜鉛、酸化亜鉛ガリウムおよび酸化インジウムタングステンから選ばれたいずれかの金属酸化物をスパッタ法またはイオンプレーティング法により形成したアモルファス透明電極であることを特徴とする。
請求項3記載の本発明は、請求項1に記載のフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置において、前記電子注入層がホールブロック層として機能するように最高占有分子軌道レベルを選定し、前記ホール注入層が電子ブロック層として機能するように最低非占有分子軌道レベルを選定することを特徴とする。
請求項4記載の本発明は、請求項1に記載のフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置において、前記プラスチック基板が、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリエーテルサルフォン、ポリアレート、ポリカーボネートから選ばれたいずれかのプラスチックフィルムであることを特徴とする。
請求項5記載の本発明は、請求項1に記載のフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置において、前記ホール注入層と前記ホール輸送層の間にF4−TCNQ、FeCl、V25から選ばれたいずれかのルイス酸からなる層を挿入したことを特徴とする。
請求項6記載の本発明は、請求項1に記載のフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置において、前記ホール輸送層にF4−TCNQ、FeCl、V25から選ばれたいずれかのルイス酸を混合したことを特徴とする。
請求項7記載の本発明は、請求項1に記載のフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置において、前記電子注入層と前記透明陰極の間にアルカリ土類金属または前記アルカリ土類金属を含有する化合物からなる層を挿入したことを特徴とする。
請求項8記載の本発明は、請求項1に記載のフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置において、前記電子注入層にアルカリ土類金属または前記アルカリ土類金属を含有する化合物を混合したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、画像を表示させる発光状態時には、有機エレクトロルミネッセンス層を発光させるために必要十分なキャリア注入が可能であり、画像を表示させない非発光状態においては、透明体になるとともに、有機エレクトロルミネッセンス装置自体がフレキシブルであるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の第1の実施の形態によるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置は、可視光に対して透明でフレキシブルなプラスチック基板の上に、透明陽極、ホール注入層、ホール輸送層、有機物からなる発光層、電子注入層および透明陰極をこの順で形成したものである。本実施の形態によれば、画像を表示させる発光状態時には有機エレクトロルミネッセンス層を発光させるために必要十分なキャリア注入が可能であり、画像を表示させない非発光状態においては透明体になるとともに、有機エレクトロルミネッセンス装置自体がフレキシブルであるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置を実現することができる。
本発明の第2の実施の形態は、第1の実施の形態によるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置において、透明陽極および透明陰極をスパッタ法またはイオンプレーティング法により形成した金属酸化物のアモルファス透明電極としたものである。本実施の形態によれば、下地が耐熱性に劣る場合でも下地にダメージを与えることなく透明陽極および透明陰極を成膜することができる。
本発明の第3の実施の形態は、第1の実施の形態によるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置において、電子注入層がホールブロック層として機能するように最高占有分子軌道レベルを選定し、ホール注入層が電子ブロック層として機能するように最低非占有分子軌道レベルを選定したものである。本実施の形態によれば、ホールおよび電子がフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置の透明電極に突き抜けることを防止して、発光層に押し戻すことができるので、有機エレクトロルミネッセンス層の発光に必要十分なキャリア注入を行うことができる。
本発明の第4の実施の形態は、第1の実施の形態によるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置において、プラスチック基板が、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリエーテルサルフォン、ポリアレート、ポリカーボネートから選ばれたいずれかのプラスチックフィルムとしたものである。本実施の形態によれば、有機エレクトロルミネッセンス装置自体をフレキシブルかつ透明にすることができるので、画像を表示させない非発光状態においては、透明体になるとともに、有機エレクトロルミネッセンス装置自体をフレキシブルに構成することができる。
本発明の第5の実施の形態は、第1の実施の形態によるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置において、ホール注入層とホール輸送層の間にF4−TCNQ、FeCl、V25から選ばれたいずれかのルイス酸からなる層を挿入したものである。本実施の形態によれば、フレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置としての発光強度を格段に高くすることができる。
本発明の第6の実施の形態は、第1の実施の形態によるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置において、ホール輸送層にF4−TCNQ、FeCl、V25から選ばれたいずれかのルイス酸を混合したものである。本実施の形態によれば、フレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置としての発光強度を格段に高くすることができる。
本発明の第7の実施の形態は、第1の実施の形態によるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置において、電子注入層と前記透明陰極の間にアルカリ土類金属またはアルカリ土類金属を含有する化合物からなる層を挿入したものである。本実施の形態によれば、フレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置としての発光強度を極めて高くすることができる。
本発明の第8の実施の形態は、第1の実施の形態によるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置において、電子注入層にアルカリ土類金属またはアルカリ土類金属を含有する化合物を混合したものである。本実施の形態によれば、フレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置としての発光強度を極めて高くすることができる。
【実施例1】
【0008】
以下本発明の実施例について図面とともに詳細に説明する。
図1は本発明の実施例1によるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置の構成を示す断面側面図である。透明基板10は、可視光に対して透明でフレキシブルなプラスチックフィルムで構成され、たとえば、膜厚が1〜1000μmのポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、ポリエーテルサルフォン(PES)、ポリアレート(PAr)、ポリカーボネート(PC)などのプラスチックフィルムが使用される。本実施例においては、膜厚が125μmのポリエチレンナフタレート(以下、PENと記す)を使用した。
【0009】
透明基板10の上に透明導電材による透明陽極11が形成される。透明陽極11としては、金属酸化物によるアモルファス透明電極が好ましく、たとえば、酸化インジウム錫(ITO)、酸化錫(TO)、酸化インジウム(IO)、酸化インジウム亜鉛(IZO)、酸化アルミニウム亜鉛(AZO)、酸化亜鉛ガリウム(GZO)、酸化インジウムタングステン(IWO)などをスパッタ法またはイオンプレーティング法により膜厚10〜1000nmに成膜して構成する。
透明基板10としての耐熱性に劣るプラスチックフィルム上に透明陽極11を成膜する場合には、プラスチックフィルムになるべくダメージを軽減した方法で形成する必要がある。金属酸化物によるアモルファス透明電極をスパッタ法またはイオンプレーティング法で成膜する方法によれば、プラスチックフィルムにダメージを与えない室温〜50℃程度の低温で成膜することができる。
なお、金属酸化物以外に、金、銀、パラジウムなどを膜厚50〜150nm程度蒸着した貴金属の超薄膜で構成することもできる。この貴金属の超薄膜は金属酸化物と比較すると、透明性が若干劣るが透明性を有しており、透明導電膜として作用する。透明陽極11のシート抵抗は低い方が好ましく、10〜500Ω/sq程度が好ましい。透明陽極11はホール注入性を向上させるために必要に応じてUV洗浄される。本実施例においては、膜厚が450nm、シート抵抗10Ω/sqの酸化インジウム錫(ITO)をイオンプレーティング法で形成した。
【0010】
透明陽極11の上にホール注入層12が形成される。ホール注入層12はホール輸送層13の最高占有分子軌道(以下、HOMOと記す)レベルを整合させ、ホールを効率よく注入させるもので、たとえば、ポリスチレンサルフォネート/ポリジヒドロチエノダイオキシン(Poly(styrenesulfonate)/ poly(2,3−dihydrothieno(3,4−b)−1,4−dioxin)、以下、PEDOT−PSSと記す)、CuPcなどのフタロシアニン類、m−MTDATA、ポリアニリン、オリゴチオフェン、TPTE、HITM1、DPPDなどのスターバースト型トリフェニルアミン類、F4−TCNQ、FeCl、V25などのルイス酸が使用可能である。膜厚は5〜500nm程度が好ましいが、10〜100nmが最適である。本実施例では、PEDOT−PSSをスピンコート法によって30nmの厚さで成膜し、その後、大気中100℃でベーキングして形成した。なお、ベーキングは省略しても良い。PEDOT−PSSはHOMOレベルが5.0〜5.2eVである。また、PSSは後述する電子注入層15から注入された電子がホール輸送層13を突き抜けてホール注入層12から透明陽極11へ通過することをブロックする機能を有している。
【0011】
ホール注入層12の上に、ホール輸送層13が形成される。ホール輸送層13は、4,4’ bis[N (1 naphthyl) N phenylamino]biphenyl(以下、α−NPDと記す)またはTPDなどのベンジジン誘導体が主に用いられるが、耐熱性を考慮してRPD、TRP、TAPCなどのトリフェニルアミン多量体を用いることもできる。膜厚は、10〜500nmが好適である。本実施例においては、α−NPDを膜厚50nmに真空蒸着して形成した。
【0012】
ホール輸送層13の上に発光層14が形成される。発光層14はホールおよび電子の再結合により発光する有機材料で構成されるが、発光だけでなく電子またはホールの輸送性のどちらか一方が高い場合が多く、電子輸送性発光層またはホール輸送性発光層として分類できる。ホール輸送層13に積層する材料としては、電子輸送性材料であるトリヒドロキシキノリネートアルミニウム(Tris[8−hydroxyquinolinato] aluminium、以下、Alq3と記す)、ベリリウムキノリン錯体Beq2、Almq3、Balq3、Mgq、Bebq、ヒドロキシフェニルオキサゾールやヒドロキシフェニルチアゾール((ヒドロキシフェニルオキサゾール)ZnPBO、(ヒドロキシフェニルチアゾール)ZnPBT)、アゾメチン金属錯体などの金属錯体、Be(5Fla)2、BPVBi、ジスチルベンゼン誘導体、Euコンプレックス、ホール輸送性材料であるAPDなどが使用できる。本実施例では、電子輸送性材料であるAlq3を膜厚60nmに真空蒸着して形成した。なお、膜厚は10〜500nmが好ましい。
発光層14を電子輸送層に積層させる場合はスチリルアミン系、特にジトルイルビニルビフェニル(DTVBi)誘導体が良好な特性を示す。
なお、発光層14の発光効率の向上と素子の耐久性を向上させるために必要に応じて蛍光ドーパントや燐光ドーパントを添加するとよい。
【0013】
発光層14の上には電子注入層15が形成される。電子注入層15は透明陰極16からの電子注入を容易にするために、最低非占有分子軌道(以下LUMOと記す)レベルの整合を取るとともに、ホール輸送層13から注入されたホールが発光層14を突き抜けて電子注入層15を通過することをブロックするホールブロック機能を有することが重要である。この点から、電子注入層15としては、オキサジアゾール誘導体(OXD)、やPBD、これを骨格としたトリアゾール誘導体である3−(4−Biphenylyl)−4−phenyl−5−tert−butylphenyl−1,2,4−triazole(以下、TAZと記す)、トリアジン、2,9−Dimethyl−4,7−diphenyl−1,10−phenanthroline、以下、BCPと記す)、BPhenなどのフェナンスロレン誘導体、さらに、Alq3、BAlp2、MAB、シロール誘導体であるPyPySPyPyが有効である。本実施例では、BCPを膜厚10nmに真空蒸着して形成した。膜厚は5〜500nmが好ましい。
【0014】
電子注入層15の上に透明陰極16が形成される。透明陰極16としては、透明陽極11と同様に金属酸化物によるアモルファス透明電極で成膜することが好ましい。透明陰極16を形成する時点では、透明基板10としての耐熱性に劣るプラスチックフィルム上に発光層14として有機膜がすでに成膜されているので、この上に成膜を行うためにはなるべくダメージを軽減した方法で透明陰極16を形成する必要がある。そこで、透明陰極16としてアモルファス透明電極をスパッタ法またはイオンプレーティング法により膜厚10〜1000nmに成膜して構成する。本実施例においては、膜厚が200nmのIZOをスパッタ法で形成した。
【0015】
本実施例における図1のフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置は、透明基板10がフレキシブルなプラスチックフィルムであり、透明陽極11、ホール注入層12、ホール輸送層13、発光層14、電子注入層15および透明陰極16はいずれも超薄膜構成であるので、有機エレクトロルミネッセンス装置自体がフレキシブルなフィルム状の構成である。
【0016】
図2は本実施例による図1の構成のフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置のエネルギー準位図である。HOMOレベル21は透明陽極11で4.7eVであり、以下ホール注入層12では5.0eV、ホール輸送層13では5.7eV、発光層14では6.0eV、電子注入層15では6.7eVである。一方、LUMOレベル22は透明陰極16で4.7eVであり、電子注入層15では3.2eV、発光層14では2.7eV、ホール輸送層13では2.6eV、ホール注入層12では2.0eV、である。なお、HOMOレベル21およびLUMOレベル22は、透明陽極11、ホール注入層12、ホール輸送層13、発光層14、電子注入層15および透明陰極16に使用される材料を変えることにより調整することができる。このとき、発光層14と電子注入層15間のHOMOレベル21の差を大きく選定して、電子注入層15がホールブロック層として機能するように、また、ホール注入層12とホール輸送層13間のLUMOレベル21の差を大きく選定して、ホール注入層12が電子ブロック層として機能するように調整することが重要である。発光層14と電子注入層15間のHOMOレベル21の差としては0.4(より好ましくは0.5)eV以上、ホール注入層12とホール輸送層13間のLUMOレベル21の差としては0.4(より好ましくは0.5)eV以上であることが好ましい。
【0017】
透明陽極11に正、透明陰極16に負の直流電圧を印加すると、透明陽極11からホール23が注入され、ホール注入層12、ホール輸送層13および発光層14のそれぞれのHOMOレベル21の差を乗り越えて発光層14に注入される。発光層14に注入されたホール23は更に電子注入層15に向かうが、発光層14と電子注入層15は電子輸送性の材料で構成されているので、発光層14と電子注入層15との間のHOMOレベル21の差である0.7eVの障壁により発光層14と電子注入層15との間にホールブロック24が形成され、電子注入層15に向かったホール23はホールブロック24でブロックされて発光層14に押し戻される。したがって、電子注入層15はホール23に対してホールブロック層として作用する。なお、ホール注入層12とホール輸送層13のHOMOレベル21の差も0.7eVと高いが、ホール注入層12とホール輸送層13の障壁を形成する材料がホール輸送性の材料であるので、キャリア移動能力が大きく、したがってブロック作用は小さい。
一方、透明陰極16からは電子25が注入され、電子注入層15、発光層14のそれぞれのLUMOレベル22の差を乗り越えて発光層14に注入される。発光層14に注入された電子25は更にホール輸送層13を通ってホール注入層12に向かうが、ホール輸送層13とホール注入層12との間のLUMOレベル22が0.6eVと高いのでホール輸送層13とホール注入層12との間に電子ブロック26が形成され、ホール注入層12に向かった電子25は電子ブロック26でブロックされて発光層14に押し戻される。したがって、ホール注入層12は電子25に対して電子ブロック層として作用する。
このようにして、発光層14にはホール23と電子25が発光に必要な十分な量が効率よく注入され、発光層14内に閉じ込められる。発光層14に注入されたホール23と電子25は再結合して発光層14の電子状態が基底状態から励起状態になるが、すぐに基底状態に戻って発光する。
【0018】
図3は透明陽極11と透明陰極16間に印加された電圧と発光強度との関係を示す。図3において、曲線Aは透明基板10をプラスチックフィルムとした本実施例の構成による特性、曲線Dは透明基板10をプラスチックフィルムの代わりにガラス基板で形成し、電子注入層15としてBCPにセシウムCsを添加したものを使用し、その他の透明陽極11、ホール注入層12、ホール輸送層13、発光層14および透明陰極16を本実施例の構成と同一構成とした場合の特性である。図3の曲線A、Dから、本実施例のフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置は透明基板10をガラス基板とした場合と比較すると発光強度は低下するが、印加電圧が11.5V付近から発光が開始され、20Vにおいて47.3cd/m2の強度で発光し、実用的に十分な発光強度が得られることがわかる。
【0019】
本実施例における図1のフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置に電圧を印加しない状態では、フレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置は非発光状態にある。このときの光学的な透過特性を図4に示す。図4において、曲線Aは透明基板10をプラスチックフィルムとした本実施例の構成による特性、曲線Bは透明基板10をプラスチックフィルムの代わりにガラス基板とした場合の特性である。図4の曲線A、Bから、本実施例のフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置は、可視光線の短波長側では透明基板10がガラス基板であるものより透過率が劣るが、長波長側では透明基板10がガラス基板であるものと同等の透過率を有し、可視光に対して透明なフィルム状態になる。したがって、本実施例におけるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置は電圧を印加しない非発光時には透明フィルム、発光時は画像表示ディスプレイとして作用するフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置を実現することができる。
【実施例2】
【0020】
図5は本発明の実施例2によるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置のエネルギー準位図である。実施例1においては、図2に示すようにホール注入層12とホール輸送層13のHOMOレベル21の差が0.7eVと比較的高く、ホール注入層12とホール輸送層13をホール輸送性材料で構成すればブロック作用は小さいものの、ホール注入に対してある程度の障壁になる。そこで、この障壁を軽減するために、ホール注入層12とホール輸送層13の間にF4−TCNQ、FeCl、V25から選ばれたいずれかのルイス酸からなる層を挿入する。本実施例においては、膜厚が5nmのV25層17を挿入した。ホール注入層12とホール輸送層13の間にV25層17を挿入すると、図5に示すようにホール注入層12とV25層17間のHOMOレベル21の差は0.5eV程度となり、障壁が小さくなって発光層14に注入されるホールの量が増大する。したがって、ホール23と電子25は発光層14に一層効率よく注入され、発光層14内に閉じ込められる。
ホール注入層12とホール輸送層13の間にV25層17を挿入した場合、ホール注入層12とV25層17間のLUMOレベル22の差は0.5eV程度と図2の場合と比較すると小さくなるが、電子注入25に対する電子ブロック26としての作用にはほとんど影響しない。
【0021】
図3の曲線Bに実施例2によるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置の発光強度特性を示す。曲線Bに見られるように、印加電圧が8V付近から発光が開始され、12Vにおいて88cd/m2の強度で発光し、実施例1によるホール注入層12とホール輸送層13の間にV25層17を挿入しない場合の曲線Aに比較して低い印加電圧で発光し、しかも、発光強度が大きく向上することがわかる。
実施例2によるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置のフレキシブル性および非発光時の透明性は実施例1の場合と変化はない。
【実施例3】
【0022】
実施例2においては、ホール注入層12とホール輸送層13の間にV25層17を挿入したが、本実施例においては、V25層17を独立して設ける代わりにV25をホール輸送層13に混合した。この場合、フレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置としての層構成は図1のホール輸送層13がV25混合ホール輸送層に置換された構成となり、そのエネルギー準位は図2におけるα−NPDのHOMOレベル21が5.6eV程度に、LUMOレベル22が2.55eV程度になる。
本実施例3においても、実施例2と同様に、ホール注入に対する障壁が小さくなってホール注入は効果的に行われ、電子注入25に対する電子ブロック26としての作用にはほとんど影響しない。したがって、ホール23と電子25は発光層14に一層効率よく注入され、発光層14内に閉じ込められる。
また、フレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置としての発光強度特性は図3の曲線Cとほぼ同一であり、フレキシブル性および非発光時の透明性は実施例1の場合と変化はない。
【実施例4】
【0023】
図6は本発明の実施例4によるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置のエネルギー準位図である。本実施例1は実施例2の構成において、電子注入層15としてBCPにアルカリ土類金属またはアルカリ土類金属を含有する化合物を混合した材料を使用した構成である。本実施例においては、膜厚が10nmのセシウムを混合したBCPを使用した。
本実施例によれば、セシウムの混合により図6に示すように電子注入層15のLUMOレベル22が、Csが形成したLUMOレベル27である3.5eV程度に変化する。したがって、注入された電子25の移動が実施例2の場合よりも一層促進され、発光層14に到達する電子の量が増大する。
【0024】
図3の曲線Cに実施例4によるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置の発光強度特性を示す。曲線Cに見られるように、電子注入層15としてBCPにセシウムを混合した場合は、セシウムを混合しない実施例2の場合の曲線Bに比較して発光開始印加電圧は9V付近と若干高くなるが、印加電圧が約11Vを超えるあたりから発光強度が曲線Bより高くなり、約12Vを超えると透明基板10をガラス基板で構成した曲線Dよりも高くなり、13Vにおいて400cd/m2の強度で発光して実用的に十分な量の発光量を得ることができる。
なお、実施例4によるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置においても、フレキシブル性および非発光時の透明性は実施例1の場合と変化はない。
【実施例5】
【0025】
実施例4においては、セシウムなどのアルカリ土類金属またはアルカリ土類金属を含有する化合物を電子注入層15であるBCPに混合したが、本実施例においては、アルカリ土類金属またはアルカリ土類金属を含有する化合物からなる層を電子注入層15と透明陰極16の間に挿入した。この場合は、図6において、電子注入層15のLUMOレベルである3.2eVと透明陰極16のLUMOレベルである4.7eVの間にCsが形成したLUMOレベル27を有する層が追加される。
本実施例5においても、実施例4と同様に、注入された電子25の移動が一層促進され、発光層14に到達する電子の量が増大し、発光強度特性は図3の曲線Cと同様になり、高い発光強度が得られる。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明によるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置は、薄型テレビ、パソコン用ディスプレイ、携帯電話やPDA、デジタルカメラなどの携帯用機器のディスプレイ、カーナビゲーション用などの車載機器のディスプレイ、ヘッドアップディスプレイ、面発光照明、シート状フレキシブルディスプレイ、ヘルメットに装着する風除け曲面シールドなどへのヘッドアップディスプレイ、メガネ型ディスプレイなどの種々のフラットディスプレイに適用して有用である。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明の実施例1によるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置の構成を示す断面側面図
【図2】本発明の実施例1におけるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置のエネルギー準位図
【図3】本発明の実施例1および実施例2におけるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置の発光強度特性図
【図4】本発明の実施例1におけるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置の透過率特性図
【図5】本発明の実施例2におけるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置のエネルギー準位図
【図6】本発明の実施例4におけるフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置のエネルギー準位図
【符号の説明】
【0028】
10 透明基板
11 透明陽極
12 ホール注入層
13 ホール輸送層
14 発光層
15 電子注入層
16 透明陰極
17 V25
21 HOMOレベル
22 LUMOレベル
23 ホール
24 ホールブロック
25 電子
26 電子ブロック
27 Csが形成したLUMOレベル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
可視光に対して透明でフレキシブルなプラスチック基板の上に、透明陽極、ホール注入層、ホール輸送層、有機物からなる発光層、電子注入層および透明陰極がこの順で形成されたことを特徴とするフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置。
【請求項2】
前記透明陽極および前記透明陰極が、酸化インジウム錫、酸化錫、酸化インジウム、酸化インジウム亜鉛、酸化アルミニウム亜鉛、酸化亜鉛ガリウムおよび酸化インジウムタングステンから選ばれたいずれかの金属酸化物をスパッタ法またはイオンプレーティング法により形成したアモルファス透明電極であることを特徴とする請求項1に記載のフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置。
【請求項3】
前記電子注入層がホールブロック層として機能するように最高占有分子軌道レベルを選定し、前記ホール注入層が電子ブロック層として機能するように最低非占有分子軌道レベルを選定することを特徴とする請求項1に記載のフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置。
【請求項4】
前記プラスチック基板が、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリエーテルサルフォン、ポリアレート、ポリカーボネートから選ばれたいずれかのプラスチックフィルムであることを特徴とする請求項1に記載のフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置。
【請求項5】
前記ホール注入層と前記ホール輸送層の間にF4−TCNQ、FeCl、V25から選ばれたいずれかのルイス酸からなる層を挿入したことを特徴とする請求項1に記載のフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置。
【請求項6】
前記ホール輸送層にF4−TCNQ、FeCl、V25から選ばれたいずれかのルイス酸を混合したことを特徴とする請求項1に記載のフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置。
【請求項7】
前記電子注入層と前記透明陰極の間にアルカリ土類金属または前記アルカリ土類金属を含有する化合物からなる層を挿入したことを特徴とする請求項1に記載のフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置。
【請求項8】
前記電子注入層にアルカリ土類金属または前記アルカリ土類金属を含有する化合物を混合したことを特徴とする請求項1に記載のフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−73636(P2006−73636A)
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−252934(P2004−252934)
【出願日】平成16年8月31日(2004.8.31)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(597040902)学校法人東京工芸大学 (28)
【Fターム(参考)】