説明

プトレスシン合成能を有する新規微生物、プトレスシン合成遺伝子及びプトレスシンの製造方法

【課題】従来の微生物に比べてプトレスシン生産能の高い微生物を提供すること、プトレスシン生産能に優れたプトレスシン合成遺伝子を提供する。
【解決手段】特定の配列からなる塩基配列と90%以上相同な16S rDNA配列を有し、かつ、プトレスシン生産能を有するシトロバクター属に属する微生物。シトロバクター属に属する微生物としては、シトロバクター・エスピー(Citrobacter sp.)PR-144-5-1株(寄託番号:NITE P-620)を例示することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナイロン46の原料となるプトレスシン(1,4−ジアミノブタン)を製造する能力を持つ微生物、プトレスシン合成遺伝子及びその微生物若しくはその遺伝子を用いたプトレスシンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ナイロン46は、1,4−ジアミノブタン(以下、プトレスシンという)またはその機能誘導体とアジピン酸またはその機能誘導体とからつくられ、ナイロン66を中心とした汎用ポリアミドよりも耐熱性が高いことを特徴とする。また、ナイロン46は、優れた耐熱性に加えて、引張強度,曲げ強度,衝撃強度などの機械的強度、摺動特性、耐疲労性にも優れていることから、自動車部品、電子部品などへの利用価値が大きく、有用なエンジニアリングプラスチックスとして需要も拡大している。
【0003】
ナイロン46の原料であるプトレスシンは、アクリロニトリルにシアン化水素を反応させてコハク酸ニトリルとし、次いで水素添加することにより化学合成される(非特許文献1)。しかしながら、この化学合成では猛毒のシアン化水素を使用しており、環境負荷が大きく、製造コストも高くつく。
【0004】
一方、微生物学的にプトレスシンを生産する方法についても報告があり、大腸菌(非特許文献2)、乳酸菌(非特許文献3)が使用されている。しかしながら、従来の微生物は、生産能力が低く、10日間の培養で培養液1Lあたり多くても0.3グラム程度であり、また、生産したプトレスシンが代謝され、菌内または培養液中に多くは蓄積させることができない。さらに、プトレスシンを合成するエンテロバクター属に属する微生物も報告されている(特許文献1)。特許文献1に開示された微生物は、非特許文献1乃至3に開示された微生物と比較すると非常に優れたプトレスシン合成能を有しているが、プトレスシン生産をより高効率で行うためには、より優れたプトレスシン合成能を有する微生物や、プトレスシン合成に関与する新規遺伝子が望まれる。
【0005】
【非特許文献1】ファインケミカルマーケットデータ、第1巻、1999、株式会社シーエムシー
【非特許文献2】The Acetylation of Polyamines in Escherichia coli’ DONALD T. DUBIN AND SANFORD M. ROSENTHAL The Jounal of Biological Chemistry Vol.235,No.3,March 1960
【非特許文献3】M.E.Arena, et al., Journal of Applied Microbiology 2001, 90(2), 158-162
【特許文献1】特開2006−191808号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明は、従来の微生物に比べてプトレスシン生産能の高い微生物を提供すること、プトレスシン合成に関与する遺伝子を提供すること、及び該微生物若しくは該遺伝子を用いてプトレスシンを効率的にかつ安価に生産する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ね、様々な環境から採取した微生物をプトレスシン合成能を指標としてスクリーニングしたところ、シトロバクター属に属する微生物の中に、飛躍的に高いプトレスシン生産能を示す微生物を見いだし、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明に係る新規微生物は、配列番号1に示す塩基配列と90%以上相同な16S rDNA配列を有し、かつ、プトレスシン生産能を有するシトロバクター属に属する微生物である。本発明に係るシトロバクター属に属する微生物としては、シトロバクター・エスピー(Citrobacter sp.)PR-144-5-1株(寄託番号:NITE P-620)を例示することができる。
【0009】
また、本発明に係るプトレスシン合成遺伝子は、以下の(a)〜(c)のいずれかのタンパク質をコードしている。
(a)配列番号3に示すアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号3に示すアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、プトレスシン合成能を有するタンパク質
(c)配列番号3に示すアミノ酸配列に対して95%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、プトレスシン合成能を有するタンパク質
【0010】
また、本発明に係るプトレスシン合成遺伝子としては、例えば、以下の(a)〜(c)のいずれかのポリヌクレオチドを含む。
(a)配列番号2に示す塩基配列からなるポリヌクレオチド
(b)配列番号2に示す塩基配列において、1又は複数個の塩基が欠失、置換、付加又は挿入された塩基配列からなり、プトレスシン合成能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
(c)配列番号2に示す塩基配列の相補鎖に対して、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列からなり、プトレスシン合成能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
【0011】
さらに、本発明に係るプトレスシンの製造方法は、上述した本発明に係る微生物若しくは上述した本発明に係るプトレスシン合成遺伝子を発現する微生物を、プトレスシン生成のための基質と窒素源を添加した培地にて培養し、培養物中からプトレスシンを採取するものである。ここで、プトレスシン生成のための基質としては、アルギニン又はオルニチンを挙げることができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、プトレスシン高生産能を有する微生物が提供される。従って、この微生物をプトレスシン生成のための基質と培養することにより、エンジニアリングプラスチックとして有用なナイロン46の原料であるプトレスシンを安価に高生産することができる。
【0013】
また、本発明によれば、プトレスシン合成能に優れた新規なプトレスシン合成遺伝子が提供される。従って、この新規なプトレスシン合成遺伝子を利用することによって、従来公知のプトレスシン合成遺伝子を利用した場合と比較してプトレスシンを高効率に生産することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
1.プトレスシン生産能を有する微生物
本発明の微生物は、配列番号1に示す塩基配列と90%以上相同な16S rDNA配列を有し、かつ、プトレスシン生産能を有する微生物である。このような微生物の例としては、本発明者らが、愛知県岡崎市で採取した土壌サンプルから分離したPR-144-5-1株を挙げることができる。
【0015】
PR-144-5-1株の16S rDNA遺伝子の塩基配列を配列番号1に示す。配列番号1に示した塩基配列に基づいて、NCBIのプログラム BLAST (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)を用いて同定を行ったところ、PR-144-5-1株はシトロバクター属に属することがわかった。すなわち、PR-144-5-1株の16S rDNA遺伝子の塩基配列がCitrobacterの16s rDNAが形成するクラスター内に含まれ、Citrobacter murliniae CDC2970-59株の16S rDNA遺伝子と99.0%の相同率を示し、Citrobacter braakii CDC080-58株の16S rDNA遺伝子と98.9%の相同率を示した。また、PR-144-5-1株の16S rDNA遺伝子との相同率が97.0%以上を示したのはCitrobacter由来の16s rDNAのみであった。よって、PR-144-5-1株はシトロバクター属に属するが公知の種には分類されなかった。したがって、本菌株は、Citrobacter sp. PR-144-5-1株と命名された。本菌株は、2008年7月31日付で独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(NPMD)(千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に受託番号NITE P-620として寄託されている。
【0016】
本発明に係る微生物には、上記PR-144-5-1株のほか、その類縁微生物も含まれる。PR-144-5-1株の類縁微生物としては、例えば、16S rDNA遺伝子の塩基配列が、配列番号1の塩基配列と90%以上、好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上、最も好ましくは99%以上相同である微生物であって、かつ、プトレスシン高生産能を有する微生物をいう。ここで、プトレスシン高生産能とは、例えば、1日あたり、0.1g/L以上、好ましくは0.5g/L以上のプトレスシンを生産する能力をいう。
【0017】
PR-144-5-1株の類縁微生物は、上記プトレスシン生産能と配列番号1に記載の塩基配列を指標として単離することができる。例えば、後記実施例に示すように、土壌サンプルを、アルギニンを含む培地に添加して嫌気的条件下で培養し、培養液をGC/MS分析してプトレスシン高生産が認められた土壌サンプルを選抜する(一次スクリーニング)。次に、選抜した土壌サンプルの培養液をプレート上で培養し、コロニーを形成させて微生物を単離し、さらに単離した微生物を嫌気的条件で培養し、GC/MS分析してプトレスシン高生産が認められた微生物を選択し(二次スクリーニング)、この微生物菌株の16S rDNAの塩基配列について、NCBIのプログラム BLAST (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)の塩基配列データベースに対して相同性検索を行う。
【0018】
本発明の微生物は、公知のシトロバクター属に属する微生物と同様な方法により培養・増殖することができる。培地としては、資化可能な炭素源、窒素源、無機塩類及び必要な栄養源を適当に含有する培地であれば、天然培地、合成培地のいずれを用いてもよい。炭素源としては、該微生物が資化し得るものであればよく、グルコース、フラクトース、スクロース、デンプン等の炭水化物、酢酸、プロピオン酸、マレイン酸、フマル酸、リンゴ酸等の有機酸、エタノール、プロパノール等のアルコール類が用いられる。窒素源としては、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機酸若しくは有機酸のアンモニウム塩、又はペプトン、酵母エキス、麦芽エキス、肉エキス、コーンスチープリカー等の含窒素化合物が用いられる。無機塩類としては、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸銅、炭酸カルシウム等が用いられる。
【0019】
培養温度は、本発明微生物の生育温度の範囲、好ましくは最適生育温度の範囲に設定すればよく、例えば25〜40℃の範囲が挙げられる。培養時間は、通常、24〜72時間程度行う。また、培養期間中、pHは5.0〜7.0に保持することが好ましい。培地のpHの調整は、無機又は有機酸、アルカリ溶液等を用いて行う。
【0020】
2.本発明のプトレスシン合成遺伝子
本発明に係るプトレスシン合成遺伝子は、上述した本発明に係る微生物のゲノムにおいて、大腸菌のSpeF遺伝子の塩基配列に基づいて同定することができる。また、上述した本発明に係る微生物のゲノムを抽出し、大腸菌のSpeF遺伝子の塩基配列に基づいて設計したプローブ或いはプライマーセットを用いて、定法に従って単離することができる。なお、大腸菌のSpeF 遺伝子は、オルニチンデカルボキシラーゼをコードしており、Kashiwagi, K.らの論文(J. Biol. Chem. "Coexistence of the genes for putrescine transport protein and ornithine decarboxylase at 16 min on Escherichia coli chromosome." (1991)、Volume 266、p20922-20927)に開示されている。
【0021】
本発明に係る微生物のうちCitrobacter sp. PR-144-5-1株から単離したプトレスシン合成遺伝子の塩基配列及び当該遺伝子によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列を、それぞれ配列番号2及び3に示す。すなわち、本発明に係るプトレスシン合成遺伝子の一例としては、配列番号3に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチドを挙げることができる。また、同様に、本発明に係るプトレスシン合成遺伝子の一例としては、配列番号2に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドを挙げることができる。
【0022】
但し、本発明に係るプトレスシン合成遺伝子は、配列番号3に示すアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするものに限定されない。本発明に係るプトレスシン合成遺伝子としては、配列番号3に示すアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、プトレスシン合成能を有するタンパク質をコードするものであっても良い。ここで、複数個のアミノ酸とは、例えば、2〜70個のアミノ酸を挙げることができ、好ましくは2〜50個、より好ましくは2〜30個、更に好ましくは2〜15個、最も好ましくは2〜10個のアミノ酸を挙げることができる。
【0023】
なお、アミノ酸の欠失、置換若しくは付加は、上記遺伝子をコードする塩基配列を、当該技術分野で公知の手法によって改変することによって行うことができる。塩基配列に変異を導入するには、Kunkel法またはGapped duplex法等の公知手法又はこれに準ずる方法により行うことができ、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-KやMutant-G(何れも商品名、TAKARA社製))等を用いて、あるいはLA PCR in vitro Mutagenesisシリーズキット(商品名、TAKARA社製)を用いて変異が導入される。
【0024】
さらに、本発明に係るプトレスシン合成遺伝子としては、配列番号3に示すアミノ酸配列に対して95%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、プトレスシン合成能を有するタンパク質をコードするものをあげることができる。配列番号3に示すアミノ酸配列は、大腸菌由来のプトレスシン合成遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列に対して91.7%の相同性を有している。このような高い相同性を有しているにも拘わらず、配列番号3に示すアミノ酸配列からなるタンパク質は、大腸菌由来のプトレスシン合成遺伝子によりコードされるタンパク質と比較して、非常に優れたプトレスシン合成能を有している。したがって、配列番号3に示したアミノ酸配列を基準として95%以上の相同性、好ましくは98%以上の相同性、より好ましくは99%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質は、同様に非常に優れたプトレスシン合成能を有するものと考えられる。なお、相同性の値は、blastアルゴリズムを実装したコンピュータプログラム及び遺伝子配列情報を格納したデータベースを用いてデフォルトの設定で求められる値を意味する。
【0025】
さらにまた、本発明に係るプトレスシン合成遺伝子としては、配列番号2に示す塩基配列からなるポリヌクレオチドを含むものに限定されず、例えば、配列番号2に示す塩基配列において、1又は複数個の塩基が欠失、置換、付加又は挿入された塩基配列からなり、プトレスシン合成能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含むものが挙げられる。ここで、複数個の塩基とは、例えば、2〜200個の塩基を挙げることができ、好ましくは2〜150個、より好ましくは2〜100個、更に好ましくは2〜50個、最も好ましくは2〜30個の塩基を挙げることができる。塩基配列に変異を導入する手法は上述した方法と同様である。
【0026】
さらにまた、本発明に係るプトレスシン合成遺伝子としては、配列番号2に示す塩基配列の相補鎖に対して、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列からなり、プトレスシン合成能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含むものであっても良い。ここで、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするとは、60℃で2×SSC洗浄条件下で結合を維持することを意味する。ハイブリダイゼーションは、J. Sambrook et al. Molecular Cloning, A Laboratory Manual, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory(1989)に記載されている方法等、従来公知の方法で行うことができる。
【0027】
以上で説明した本発明に係るプトレスシン合成遺伝子は、定法に従って、適当な宿主内で発現可能となるように発現ベクターに組み込むことができる。宿主としては、特に限定されないが、大腸菌や枯草菌等の細菌、酵母、植物細胞、昆虫細胞及び動物細胞が挙げられる。また、発現ベクターとしては、使用する宿主に応じて適宜選択することができ、例えばプラスミド、シャトルベクター、ヘルパープラスミドなどが挙げられる。
【0028】
プラスミドDNAとしては、大腸菌由来のプラスミド(例えばpBR322、pBR325、pUC118、pUC119、pUC18、pUC19、pBluescript等)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5等)、酵母由来のプラスミド(例えばYEp13、YCp50等)などが挙げられ、ファージDNAとしてはλファージ(Charon4A、Charon21A、EMBL3、EMBL4、λgt10、λgt11、λZAP等)が挙げられる。さらに、レトロウイルス又はワクシニアウイルスなどの動物ウイルス、バキュロウイルスなどの昆虫ウイルスベクターを用いることもできる。
【0029】
ベクターに本発明に係るプトレスシン合成遺伝子を挿入するには、まず、精製されたプトレスシン合成遺伝子を含むポリヌクレオチドを適当な制限酵素で切断し、適当なベクター DNAの制限酵素部位又はマルチクローニングサイトに挿入して連結する方法などが採用される。また、本発明に係るプトレスシン合成遺伝子は、発現ベクターにおいて遺伝子発現を制御できる制御領域と連結されていても良い。制御領域としては、従来公知のプロモーター、エンハンサー等を挙げることができる。
【0030】
3.本発明の微生物又はプトレスシン合成遺伝子を用いるプトレスシン製造
上述した本発明に係る微生物及び本発明に係るプトレスシン合成遺伝子は、プトレスシンの製造に使用することができる。上記1において得られた微生物菌株を、プトレスシン生成のための基質と窒素源を添加した培地にて培養し、プトレスシンを生産することができる。或いは、上記2において得られたプトレスシン合成遺伝子を導入した宿主を、同様にプトレスシン生成のための基質と窒素源を添加した培地にて培養し、プトレスシンを生産することができる。プトレスシン生成のための基質としては、好適にはアルギニンであるが、オルニチンであってもよい。また、窒素源としては、特に限定はされないが、前記の窒素源のうち、酵母エキス、肉エキスなどの天然窒素源が好ましい。培養は、例えば、25〜40℃で24〜72時間程度行う。なお、培養に際しては、好気的条件とすることが好ましい。
【0031】
また、より増殖能の高い菌株を用いた方が、単位培養液及び単位時間当たりのプトレスシン生産量が高くなるため、まず前培養によって菌体を活性化させ、これをプトレスシン生産用の本培養の培地に接種して培養を行うことが好ましい。
【0032】
また、培地には、基質と窒素源を少なくとも含有していればよく、その他の成分については、当該技術分野で通常用いられる前記の炭素源、無機塩類等を添加することができる。
【0033】
微生物菌株の培地への使用量は、例えば、菌体を接種する場合、培地1Lあたり、0.1〜2.0mg、好ましくは0.2〜0.5mgであればよく、基質含有量により適宜増減すればよい。基質は培養開始時にその全量を添加しても、培養中に連続的または間欠的に添加してもよい。また、生成したプトレスシンを培養終了後に一括して取り出しても、培養中に連続的または間欠的に取り出してもよい。
【0034】
本発明における培養は、培養液中の所望のプトレスシン生成量が最高に達した時点で終了させることができるように、培養液中のプトレスシンをガスクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー等の周知の方法により測定しながら行うことが好ましい。
【0035】
培養液中に蓄積されたプトレスシンは、培養終了後、常法によって培養液から精製する。精製は、当該技術分野において通常使用されている周知の手段、例えば、ろ過、遠心分離、イオン交換又は吸着クロマトグラフィー、溶媒抽出等の操作が必要に応じて、適宜組み合わせて行えばよい。微生物の形態は、特に限定されず、微生物の菌体、菌体処理物のいずれであってもよい。菌体処理物としては、例えば、菌体破砕物、培養物(菌体、培養上清)から抽出した酵素などをいう。
【0036】
微生物の菌体または菌体処理物は固定化して用いることもできる。固定化法としては、従来公知の担体結合法、架橋化法、包括法などの方法が挙げられる。担体結合法では、担体に菌体や酵素を固定化させるが、固定化は物理的吸着、イオン結合、共有結合のいずれであってもよい。担体としては多糖(アセチルセルロース、アガロース)、無機物質(多孔質ガラス、金属酸化物)、合成高分子(ポリアクリルアミド、ポリスチレン)等が用いられる。架橋化法では、グルタルアルデヒド等の二官能性試薬を用いて菌体や酵素同士を架橋、結合させることによって固定化する。また、包括法では、多糖(アルギン酸、カラギーナン)、ポリアクリルアミド、コラーゲン、ポリウレタン等の高分子ゲルの格子や半透膜カプセルに酵素や菌体を包み込むことによって固定化する。
【0037】
以上で説明した本発明に係るプトレスシンの製造方法では、上述した本発明に係る微生物或いは本発明に係るプトレスシン合成遺伝子を使用しているため、従来公知のプトレスシン合成遺伝子を使用した場合と比較して生産性が向上したものとなる。特に、本発明に係るプトレスシン合成遺伝子を用いた組換え体、例えば組み換え大腸菌を用いた場合には、一日あたり2.4g/L以上のプトレスシンを合成することができる。これは、従来公知の大腸菌由来のプトレスシン合成遺伝子(SpeF遺伝子)を用いた組み換え大腸菌を用いた場合の約2.5〜3.0倍以上の生産量の差となる。
【実施例】
【0038】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0039】
〔実施例1〕
本実施例では、プトレスシン合成能に優れた新規微生物を単離した。日本各地で採集した土壌検体を下記表1に示す組成のpH指示薬を添加した液体培地に添加し、混合ガス(組成=窒素:二酸化炭素:水素=8:1:1)下、30℃にて7日間培養した。プトレスシンはアルカリ性なので、培養液が橙色から赤色に変化した培養液を、前記表1に示す組成の培地に寒天1.5g/Lを加えた固体培地にて混合ガス(組成は上記と同様)下で培養した。
【0040】
【表1】

【0041】
次に、プレート上のコロニー周囲の固体培地が橙色から赤色へ変化した菌を単離し、再び液体培地(表2)にて単離菌を混合ガス(組成は上記と同様)下で培養し、培養液をシリル化処理後、表3に示す条件にてガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)で分析し、プトレスシン生産量を測定した。
【0042】
【表2】

【0043】
【表3】

【0044】
その結果、プトレスシンを高生産(0.6以上/L/4日)する菌株を取得し、PR-144-5-1株と命名した。PR-144-5-1株は、2008年7月31日付で独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(NPMD)(千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に受託番号NITE P-620として寄託されている。
【0045】
PR-144-5-1株の同定
PR-144-5-1株の16S rDNA塩基配列による相同性検索を以下のようにして行った。ゲノムの抽出には、InstraGene Matrix(BIO RAD, CA, USA)を使用し、操作はBIO RAD社のプロトコールに従った。抽出したゲノムDNAを鋳型とし、プライマー9F(5'-GAGTTTGATCCTGGCTCAG-3':配列番号4)及びプライマー1510R(5'-GGCTACCTTGTTACGA-3':配列番号5)を用いて、PCR(Ready-To-Go PCR Beads:Amersham Pharmacia Biotech, NJ, USAを使用)により16S ribosomal RNA遺伝子(16S rDNA)の全塩基配列1500〜1600bpの領域を増幅した。その後、増幅された16S rDNAをシーケンシングし(ABI PRISM 3100 DNA Sequencer:Applied Biosystems, CA, USAを使用)、16S rDNAの塩基配列を決定した。決定した塩基配列を配列番号1に示す。
【0046】
得られた16S rDNAの塩基配列を用いて相同性検索を行った。相同性検索を行う際のデータベースとして、MicroSeq Microbial Identification System Software V.1.4.1(Applied Biosystem, CA, USA)を使用した。さらに、BLAST(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)を用いてGeneBankDNA塩基配列データベース(GeneBank/DDBJ/EMBL)に対して相同性検索を行った。その結果、PR-144-5-1株の16S rDNA遺伝子の塩基配列がCitrobacterの16s rDNAが形成するクラスター内に含まれ、Citrobacter murliniae CDC2970-59株の16S rDNA遺伝子と99.0%の相同率を示し、Citrobacter braakii CDC080-58株の16S rDNA遺伝子と98.9%の相同率を示した。また、PR-144-5-1株の16S rDNA遺伝子との相同率が97.0%以上を示したのはCitrobacter由来の16s rDNAのみであった。よって、PR-144-5-1株はシトロバクター属に属するが公知の種には分類されなかった。したがって、本菌株をCitrobacter sp. PR-144-5-1株と命名した。
【0047】
〔実施例2〕
本実施例では、実施例1で同定されたCitrobacter sp. PR-144-5-1株からプトレスシン合成遺伝子をクローニングした。本実施例では表2に示した組成の培地(M11培地)及び表4に示した組成の培地(LB培地及びプトレスシン生産培地)を使用した。
【0048】
【表4】

【0049】
なお、Glcoseは20%濃度で作製(オートクレーブ滅菌)し、0.4%になるよう培地に添加した。また、ThiamineとTryptophanは×100で作製し0.22μlフィルターで除菌した。さらに、Sol.1とSol.2は×10で作製しフィルター滅菌した。
【0050】
詳述は省略するが、Citrobacter sp. PR-144-5-1株から新規プトレスシン合成遺伝子を以下のように同定した。先ず、新規プトレスシン合成遺伝子の前半部分は、Citrobacter sp. PR-144-5-1株から抽出したゲノムDNAを鋳型とし、大腸菌におけるSpeF遺伝子の塩基配列に基づいて設計した縮重プライマーを用いたPCRによって増幅し、ベクターにライゲーションした後、塩基配列を決定した。これにより、新規プトレスシン合成遺伝子の前半部分の約1600bpを同定した。
【0051】
次に、新規プトレスシン合成遺伝子の後半部分を同定するため、大腸菌由来のSpeF遺伝子の一部を増幅して得られたDNA断片をサザンハイブリダイゼーションの際のプローブとして使用した。サザンハイブリダイゼーションは定法に従って行った。すなわち、先ず、M11培地にて3〜4日間培養したCitrobacter sp. PR-144-5-1株からQIAGEN DNeasy Tissue Kit (QIAGEN社製)を使用してプロトコールに従ってゲノムDNAを抽出した。このゲノムDNAを複数の制限酵素処理によって断片化してアガロースゲル電気泳動を行い、メンブランフィルターに転写した。そして、上記プローブとハイブリダイズした断片を切り出し、その後、切り出した断片を用いてセルフライゲーション及びインパースPCR法を行うことにより、プトレスシン合成遺伝子の塩基配列を決定した。
【0052】
以上の実験から新規プトレスシン合成遺伝子を含む領域の塩基配列が決定されたため、Citrobacter sp. PR-144-5-1株のゲノムDNAからPCRによってプトレスシン合成遺伝子を増幅するためのプライマーを以下のように設計した。
・Primer 1 (SpeFF-B) 5’-CTGGATCCATGTCAGAATTAAAAATTGCCGTAAGCC-3’(配列番号6)
・Primer 2 (SpeFR1-E) 5’-CTGAATTCCTCATAACATTTCCCCTTTCAACAGA-3’(配列番号7)
また、Citrobacter sp. PR-144-5-1株のゲノムDNAを鋳型とし、上記プライマーセット(Primer 1 (SpeFF-B)及びPrimer 2 (SpeFR1-E))を使用したPCRは表5に示した反応液組成(なお、滅菌水で計100μlとした)で行った。
【0053】
【表5】

【0054】
また、PCRの反応条件は、94℃で1分の後、(98℃で10秒、68℃で1分及び72℃で3分を1サイクルとして25サイクルである。PCRの結果として約2199bpのDNA断片が増幅された。増幅されたDNA断片をゲルから切り出し、BamH I及びEcoR Iで処理し、同じくBamH I及びEcoR I処理したpETBlue-2(Novagen社製)にクローニングし、大腸菌JM109株を形質転換した。シークエンスを行いCitrobacter sp. PR-144-5-1株由来の新規なプトレスシン合成遺伝子がクローニングされたことを確認した。新規プロレスシン合成遺伝子の塩基配列及び当該遺伝子によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列を、それぞれ配列番号2及び3に示した。また、プラスミドをSma IとBamH Iで処理した後、Klenow Fragmentで5’突出末端を平滑化してからライゲーションすることで、フレームのずれを修正し、得られた発現ベクターをpET-S-Fとした。pET-S-FをNovaBlue〔DE3〕(Novagen社製)に導入し、新規なプトレスシンを生産するための形質転換体(組換え大腸菌pET-S-Fと称す)を得た。
【0055】
また、比較のため大腸菌におけるSpeF遺伝子をPCRによって増幅し、同様にして発現ベクターを構築し、大腸菌由来のプトレスシン合成遺伝子を発現する形質転換体(組換え大腸菌pET-E-Fと称す)も作製した。
【0056】
以上のようにして得られた組換え大腸菌pET-S-F及び組換え大腸菌pET-E-FをLB培地を用いて37℃で前培養した。次に、プトレスシン生産培地に前培養液を2%となるように植菌し、本培養を開始した。4時間後、IPTGとオルニチンを添加し、プトレスシン合成遺伝子遺伝子の発現を誘導するとともにプトレスシン合成を開示させた。培養液を数時間毎にサンプリングを行し、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)で分析し、プトレスシン生産を分析した。なおGC/MSの分析条件は上記表2に示した通りである。
【0057】
上述した培養試験を2回行い、一回目の結果を図1に示し、二回目の結果を図2に示した。図1及び2に示すように、Citrobacter sp. PR-144-5-1株由来のプトレスシン合成遺伝子を導入した組換え大腸菌pET-S-Fは、組換え大腸菌pET-E-F及び野生型大腸菌と比較して非常に優れた生産性でプトレスシンを合成していることが明らかとなった。以上の結果から、実施例2でクローニングしたCitrobacter sp. PR-144-5-1株由来のプトレスシン合成遺伝子は、従来公知の大腸菌由来プトレスシン合成遺伝子と比較して優れたプトレスシン合成能を有していることが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】組換え大腸菌pET-S-F及び組換え大腸菌pET-E-Fにおけるプトレスシン生産能を検討した一回目の培養試験の結果を示す特性図である。
【図2】組換え大腸菌pET-S-F及び組換え大腸菌pET-E-Fにおけるプトレスシン生産能を検討した二回目の培養試験の結果を示す特性図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に示す塩基配列と90%以上相同な16S rDNA配列を有し、かつ、プトレスシン生産能を有するシトロバクター属に属する微生物。
【請求項2】
シトロバクター属に属する微生物が、シトロバクター・エスピー(Citrobacter sp.)PR-144-5-1株(寄託番号:NITE P-620)である、請求項1記載の微生物。
【請求項3】
以下の(a)〜(c)のいずれかのタンパク質をコードするプトレスシン合成遺伝子。
(a)配列番号3に示すアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号3に示すアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、プトレスシン合成能を有するタンパク質
(c)配列番号3に示すアミノ酸配列に対して95%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、プトレスシン合成能を有するタンパク質
【請求項4】
以下の(a)〜(c)のいずれかのポリヌクレオチドを含むこと特徴とする請求項3記載のプトレスシン合成遺伝子。
(a)配列番号2に示す塩基配列からなるポリヌクレオチド
(b)配列番号2に示す塩基配列において、1又は複数個の塩基が欠失、置換、付加又は挿入された塩基配列からなり、プトレスシン合成能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
(c)配列番号2に示す塩基配列の相補鎖に対して、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列からなり、プトレスシン合成能を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド
【請求項5】
請求項1又は2記載の微生物若しくは請求項3又は4記載のプトレスシン合成遺伝子を発現する微生物を、プトレスシン生成のための基質と窒素源を添加した培地にて培養し、培養物中からプトレスシンを採取することを特徴とする、プトレスシンの製造方法。
【請求項6】
プトレスシン生成のための基質が、アルギニンまたはオルニチンである、請求項5記載のプトレスシンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−57396(P2010−57396A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−225110(P2008−225110)
【出願日】平成20年9月2日(2008.9.2)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】