説明

プラスチック製光学物品の製造方法

【課題】プラスチック製光学物品の表面に形成されるハードコート層に、黄変やクラックの発生を防ぎ、且つ耐擦傷性が向上したプラスチック製光学物品の製造方法を提供する。
【解決手段】プラスチック製光学物品の表面に、特定の複合酸化物微粒子と、一個以上の重合可能な反応基を有する有機ケイ素化合物を主成分とし、Fe原子を含む化合物またはバナジウム原子を含む化合物をドーピングしたコーティング用組成物を塗布する塗布工程と、コーティング用組成物が塗布されたプラスチック製光学物品を、焼成温度×焼成時間で示す焼成温度と焼成時間の組み合わせが、133℃〜137℃×2.3〜3.2時間の範囲と、138℃〜142℃×1.3〜2.2時間の範囲と、143℃〜147℃×1.3〜1.7時間の範囲のうちの何れかの範囲を用いてコーティング用組成物を硬化する焼成処理工程を備え、ハードコート層を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼鏡レンズ、光学機器用レンズなどのプラスチック製光学物品の表面に、ハードコート層を形成するプラスチック製光学物品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プラスチック製光学物品としてのプラスチックレンズは、ガラスレンズに比べて軽量であり、成形性、加工性、染色性等に優れ、しかも割れにくく安全性も高いため、眼鏡レンズ分野において急速に普及してきている。こうしたプラスチックレンズはガラスレンズに比べて傷つき易いため、一般的に、プラスチックレンズの表面にハードコート層を形成し、表面硬度を向上させている。
また、表面反射を防止する目的でハードコート層の表面に反射防止層を形成したり、さらに反射防止層の表面に撥水撥油性能を向上させる目的でフッ素を含有する有機珪素化合物などからなる防汚層(防汚性膜)が成膜される。
【0003】
ハードコート層は、シリコン系ハードコート被膜をプラスチックレンズの表面に設ける方法が一般的に行われている。ハードコート層を形成するハードコート組成物としては、例えば、Al(III)中心金属原子とするアセチルアセトネ−トを用いた組成物や、アミン化合物、多価カルボン酸、数々のアセチルアセトン金属塩化合物、フェノール化合物、三フッ化ホウ素含有化合物等を添加する組成物を始めとする各種ハードコート組成物が提案されている。
【0004】
本出願人らも、核粒子がチタンおよびスズの酸化物からなり、且つルチル型構造をとる複合固溶体酸化物からなり、被覆層として珪素酸化物とジルコニウムおよび/またはアルミニウムの酸化物からなる複合酸化物微粒子および重合可能な反応基を有するシラン化合物を主成分とするコーティング組成物中に、Fe原子を含む化合物および/またはバナジウム原子を含む化合物をドーピングすることにより、耐久性、耐擦傷性等の塗膜性能に優れたハードコート被膜が形成できるコーティング用組成物を提案してきた(特許文献1参照)。
【0005】
【特許文献1】特開2005−281430号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、このコーティング用組成物は、プラスチックレンズの表面に耐擦傷性や密着性の向上したハードコート被膜(ハードコート層)を形成することができるが、ハードコート被膜を形成する際のコーティング用組成物の焼成処理条件の最適化を図ることにより、耐擦傷性などの塗膜性能をより向上できる余地を残していることが判明した。
したがって、本発明は、こうした事情に鑑みなされたもので、プラスチック製光学物品の表面に形成されるハードコート層に、黄変やクラックの発生を防ぎ、且つ耐擦傷性が向上したプラスチック製光学物品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のプラスチック製光学物品の製造方法は、プラスチック製光学物品にハードコート層を形成するプラスチック製光学物品の製造方法であって、前記プラスチック製光学物品の表面に、少なくとも下記A成分およびB成分を主成分とし、且つ下記C成分がドーピングされたコーティング用組成物を塗布する塗布工程と、前記コーティング用組成物が塗布された前記プラスチック製光学物品を、焼成温度×焼成時間で示す前記焼成温度と前記焼成時間の組み合わせが、133℃〜137℃×2.3〜3.2時間の範囲と、138℃〜142℃×1.3〜2.2時間の範囲と、143℃〜147℃×1.3〜1.7時間の範囲のうちの何れかの範囲を用いて、前記コーティング用組成物を硬化する焼成処理工程を備えたことを特徴とする。
A成分:核粒子がチタンおよびスズの酸化物で構成され、且つルチル型構造をとる固溶体酸化物からなり、被覆層として珪素酸化物とジルコニウムおよび/またはアルミニウムの酸化物からなる複合酸化物微粒子。
B成分:下記一般式(1)で表される有機ケイ素化合物。(式中、R1は重合可能な反応基を有する有機基、R2は炭素数1〜6の炭化水素基である。Xは加水分解性基であり、nは0または1である。)
【0008】
【化1】

C成分:分子中に少なくともFe原子を含む化合物および/または分子中に少なくともバナジウム原子を含む化合物。
【0009】
この製造方法によれば、プラスチック製光学物品の表面に、少なくともA成分およびB成分を主成分とし、且つC成分がドーピングされたコーティング用組成物を塗布する塗布工程と、コーティング用組成物が塗布されたプラスチック製光学物品を、焼成温度×焼成時間で示す焼成温度と焼成時間の組み合わせが、133℃〜137℃×2.3〜3.2時間の範囲と、138℃〜142℃×1.3〜2.2時間の範囲と、143℃〜147℃×1.3〜1.7時間の範囲のうちの何れかの範囲を用いて、コーティング用組成物を硬化する焼成処理工程によりハードコート層が形成される。これにより、形成されるハードコート層は、黄変とクラックの不発生限界に設定された最適な焼成処理条件の基で焼成処理され、黄変とクラックの発生を抑制するとともに、耐擦傷性が向上したプラスチック製光学物品が得られる。
【0010】
また、本発明のプラスチック製光学物品の製造方法は、前記ハードコート層上に反射防止層が形成されていることを特徴とする。
この製造方法によれば、プラスチック製光学物品の表面反射を防止する目的でハードコート層上に形成された反射防止層が、下層のハードコート層と十分な密着性を有する反射防止性能を得ることができる。
【0011】
また、本発明のプラスチック製光学物品の製造方法は、前記ハードコート層上に反射防止層が形成され、前記反射防止層上に撥水撥油性能を有する防汚性膜が形成されていることを特徴とする。
この製造方法によれば、ハードコート層上に反射防止層が形成され、さらに反射防止層上に撥水撥油性能を有する防汚性膜が形成されたプラスチック製光学物品は、ハードコート層および反射防止層の性能を低下することなく、撥水撥油性能が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本実施形態のプラスチック製光学物品の製造方法は、プラスチック光学物品基材の表面に、コーティング用組成物からなるハードコート液を塗布した後、塗布されたハードコート液を硬化する焼成処理条件を、黄変およびクラックの不発生限界に設定する最適化を図ることによって、ハードコート液の架橋反応を促進し、耐擦傷性が向上したハードコート層を形成する製造方法である。なお、本実施形態は、プラスチック製光学物品として、プラスチック眼鏡レンズ(以後、眼鏡レンズと表す)を用いた場合を例示する。
【0013】
先ず、ハードコート層を形成するハードコート液に用いられるコーティング用組成物について説明する。
【0014】
コーティング用組成物は、少なくとも下記A成分およびB成分を主成分とし、且つ下記C成分がドーピングされた組成物が用いられる。
A成分:核粒子がチタンおよびスズの酸化物で構成され、且つルチル型構造をとる固溶体酸化物からなり、被覆層として珪素酸化物とジルコニウムおよび/またはアルミニウムの酸化物からなる複合酸化物微粒子。
B成分:下記一般式(1)で表される有機ケイ素化合物。(但し、式中、R1は重合可能な反応基を有する有機基であり、R2は炭素数1〜6の炭化水素基である。Xは加水分解性基であり、nは0または1である。)
【0015】
【化2】

C成分:分子中に少なくともFe原子を含む化合物および/または分子中に少なくともバナジウム原子を含む化合物。
【0016】
A成分の具体例としては、SnO2およびTiO2の無機酸化物が、SiO2およびZrO2の無機酸化物よって被覆され、粒径が1〜100nm程度の複合酸化物微粒子を、例えば水、アルコール系の有機溶媒などの分散媒にコロイド状に分散させたものが挙げられる。なお、後述するハードコート液中での分散安定性を高めるために、これらの微粒子表面を有機ケイ素化合物またはアミン系化合物で処理したものを使用することも可能である。
【0017】
有機ケイ素化合物としては、単官能性シラン、二官能性シラン、三官能性シラン、四官能性シラン等が挙げられる。処理に際しては加水分解性基を未処理で行ってもよいし、加水分解して行ってもよい。また、処理後は、加水分解性基が微粒子の−OH基と反応した状態が好ましいが、一部残存した状態でも安定性には何ら問題がない。
【0018】
アミン系化合物としては、アンモニウム、またはエチルアミン、トリエチルアミン、イソプロピルアミン、n−プロピルアミン等のアルキルアミン、ベンジルアミン等のアラルキルアミン、ピペリジン等の脂環式アミン、モノエタノールアミン、トリエタノールアミン等のアルカノールアミンが挙げられる。
【0019】
これら有機ケイ素化合物とアミン化合物の粒子径は1〜300nm程度が好適である。また、添加量は微粒子の重量に対して1から15%程度の範囲内で加える必要がある。
コーティング組成物への使用量は、固形分の10〜70重量%であることが望ましい。10重量%未満では、塗膜の耐擦傷性が不充分となる、あるいは、後述するハードコート層の上層に形成される無機蒸着膜(反射防止層)との密着性が不充分となり易い。一方、70重量%を越えると、塗膜にクラックが生じ易い。
【0020】
B成分は、前記一般式(1)で表される有機ケイ素化合物である。
一般式(1)中において、R1は重合可能な反応基を有する有機基であり、ビニル基、アリル基、アクリル基、メタクリル基、エポキシ基、メルカプト基、シアノ基、イソシアノ基、アミノ基等の重合可能な反応基を有するシラン化合物である。
【0021】
シラン化合物の具体例として、ビニルトリアルコキシシラン、ビニルトリクロロシラン、ビニルトリ(β−メトキシ−エトキシ)シラン、アリルトリアルコキシシラン、アクリルオキシプロピルトリアルコキシシラン、メタクリルオキシプロピルトリアルコキシシラン、メタクリルオキシプロピルジアルコキシメチルシラン、γ−グリシドオキシプロピルトリアルコキシシラン、β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)−エチルトリアルコキシシラン、メルカプトプロピルトリアルコキシシラン、γ−アミノプロピルトリアルコキシシラン、N−β(アミノエチル)−γ−アミノプロピルメチルジアルコキシシラン等があり、単独で用いても、2種以上を混合して用いてもよい。
【0022】
2は炭素数1〜6の炭化水素基であり、その具体例としては、メチル基、エチル基、ブチル基、ビニル基、フェニル基等が挙げられる。
Xは加水分解可能な官能基であり、その具体例としては、メトキシ基、エトキシ基、メトキシエトキシ基等のアルコキシ基、クロロ基、ブロモ基等のハロゲン基、アシルオキシ基等が挙げられる。
【0023】
このB成分の使用量は、全組成物の20〜60重量%であることが望ましい。20重量%未満であると、後述するハードコート層の上層に形成される無機蒸着膜(反射防止層)との密着性が不充分となり易い。一方、60重量%を越えると、硬化被膜にクラックを生じさせる不具合が発生し易く好ましくない。
【0024】
C成分は、分子中に少なくともFe原子を含む化合物および/または分子中に少なくともバナジウム原子を含む化合物であり、Fe原子を含む化合物および/またはバナジウム原子を含む化合物は、二酸化鉄、三酸化鉄、塩化鉄、Fe(III)アセチルアセトネ−ト、酸化バナジウム、バナジウム(IV)オキシアセチルアセトネート、バナジウム(III)アセチルアセトネート等の公知の化合物を使用することができる。
【0025】
これらの化合物のうち、コーティング用組成物中、あるいはハードコート層中での安定性やドーピング量に対する効果、さらには、取り扱い易さの面から、Fe(III)アセチルアセトネ−ト、バナジウム(IV)オキシアセチルアセトネート、バナジウム(III)アセチルアセトネートを好ましく用いることができる。なお、これらのアセチルアセトネ−ト化合物は、硬化触媒としてシラノール基およびエポキシ基の硬化を促進させる機能を有し、透明性および耐久性が良好な硬化被膜(ハードコート層)を形成することができる。
【0026】
また、コーティング用組成物としては、前記A成分、B成分、C成分の他に、必要に応じて界面活性剤、帯電防止剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、分散染料・油溶染料・蛍光染料・顔料、フォトクロミック化合物、ヒンダードアミン系、ヒンダードフェノール系等の耐光耐熱安定剤等を添加することができる。
【0027】
さらに、屈折率の調整が必要な場合には、Si(OR)4の一般式で表される四官能シラン化合物またはSiO2微粒子を、水、アルコール系有機溶媒にコロイド状に分散したものを添加することもできる。
四官能シラン化合物の具体例として、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラプロポキシシラン、テトライソプロポキシシラン、テトラブトキシシラン、テトラフェノキシシラン、テトラアセトキシシラン、テトラアリロキシシラン、テトラキス(2−メトキシエトキシ)シラン、テトラキス(2−エチルブトキシ)シラン、テトラキス(2−エチルヘキシロキシ)シラン等が挙げられる。これらは単独で用いても、2種以上を混合して用いてもよい。また、これらは無溶媒下、アルコール等の有機溶剤中、あるいは酸の存在下で、加水分解して使用するのが好ましい。
【0028】
硬化触媒としては、n−ブチルアミン、トリエチルアミン、グアニジン等のアミン類、グリシン等のアミノ酸類、アルミニウムアセチルアセトネート、コバルトアセチルアセトネート等の金属アセチルアセトネート類、酢酸ナトリウム、ナフテン酸亜鉛、オクチル酸亜鉛、オクチル酸スズ等の有機酸の金属塩類、過塩素酸、過塩素酸アンモニウム、過塩素酸マグネシウム等の過塩素酸類およびその塩、塩酸、リン酸、硝酸等の酸類、SnCl2、AlCl3、TiCl4、ZnCl2、SbCl3等のルイス酸である金属塩化物等が挙げられ、単独で用いても、2種以上を併用してもよい。
【0029】
このようにして調整されたコーティング用組成物は、耐久性、耐擦傷性などの塗膜性能に優れ、且つ太陽光などの光に対しても発色することなく安定なハードコート層を形成することができる。
【0030】
そして、調整されたコーティング用組成物は、溶剤に希釈してハードコート液として用いられる。希釈する溶剤としては、アルコール類、エステル類、ケトン類、エーテル類、芳香族類等の溶剤が好ましく用いられる。
そして、ハードコート液は、眼鏡レンズのプラスチックレンズ基材(以後、レンズ基材と表す)の表面に、ディッピング法、スピン法、スプレー法、ロールコート法、フローコート法などの湿式法を用いて塗布される(塗布工程)。
【0031】
そして、ハードコート液が塗布された眼鏡レンズは、所定温度に設定された恒温槽内に所定時間投入してハードコート液を硬化する焼成処理が行われる(焼成処理工程)。
この焼成処理工程により、眼鏡レンズのレンズ基材の表面に、ハードコート層が形成される。眼鏡レンズのレンズ基材の表面に塗布されたハードコート液を硬化する焼成処理条件については、後述する。
【0032】
なお、形成されるハードコート層の膜厚としては、0.05〜30μmが好ましい。膜厚が0.05μm未満では、基本性能が発現しない。一方、30μmを越えると、表面の平滑性が損なわれ、光学的歪が発生する虞がある。
また、ハードコート液の塗布にあたっては、レンズ基材とハードコート層の密着性を向上させる目的で、予めレンズ基材の表面に、アルカリ処理、酸処理、界面活性剤処理、無機物あるいは有機物の微粒子による研磨処理、プライマー処理又はプラズマ処理を行うことが好ましい。
【0033】
また、レンズ基材とハードコート層との間にプライマー層を設けてもよい。プライマー層は、ウレタン樹脂やエポキシ樹脂などで形成され、レンズ基材とハードコート層との密着性をより高める必要がある場合や、熱的な影響でレンズ基材が膨張する変形を緩和して上層に形成される反射防止層のクラックの発生を防止するなど、耐熱性を向上させる必要がある場合、さらに耐衝撃性を向上させる必要がある場合などに設けられる。
【0034】
次に、ハードコート液が塗布された後、ハードコート液が硬化されてハードコート層が形成される焼成処理条件について説明する。
塗布されたハードコート液は、焼成処理工程において加熱される焼成温度の上昇と焼成時間の延長とともにコーティング用組成物の架橋反応が促進されて硬質化し、耐擦傷性が向上する。しかし、温度上昇と時間延長によって黄変が発生し、黄変の増加とともにクラックが発生し易くなる。このため、これらの不発生限界に設定された最適な焼成処理条件の基で焼成処理(加熱処理)を行い、耐擦傷性をより向上することが求められる。
【0035】
ハードコート液を硬化する焼成処理条件は、焼成温度と焼成時間との組み合わせによる流動実験を行った。
流動実験は、適正(望ましい)範囲を確認する「流動実験1」と、さらに詳細な適正範囲を確認する「流動実験2」との2段階で行った。
【0036】
「流動実験1」および「流動実験2」に先立ち、コーティング用組成物を調整し、ハードコート液を調合した。
先ず、2−n−ブトキシエタノール1000.3g、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン1553.7gを混合した。そして、この混合液に0.1N塩酸水溶液427.0gを攪拌しながら滴下し、さらに2時間攪拌後一昼夜熟成させた。そして、メタノール分散二酸化チタン−二酸化スズ−二酸化ケイ素−酸化ジルコニウム複合酸化物微粒子ゾル(触媒化成工業(株)製、固形分濃度20重量%)6981.6gを混合した後、Fe(III)アセチルアセトネート29.4g、シリコン系界面活性剤(日本ユニカー(株)製、商品名「L−7604」)3.0gを添加し、4時間攪拌後一昼夜熟成させてハードコート液を調合した。
【0037】
ハードコート層が形成される眼鏡レンズとして、予めアルカリ処理を施した屈折率1.67のプラスチック眼鏡レンズ(セイコーエプソン(株)製、セイコースーパーソブリンレンズ生地)を準備した。
そして、準備した眼鏡レンズに、ディッピング法を用いてハードコート液の塗布を行った。ハードコート液の塗布は、眼鏡レンズをハードコート液中に浸漬した後、250mm/分程度の引き上げ速度でハードコート液中から引き上げた。そして、ハードコート液の塗布後、70℃の温風を40分間程度吹き付けて乾燥を行った。
【0038】
そして、乾燥された眼鏡レンズは、焼成処理して、塗布されたハードコート液の硬化を行い、ハードコート層を形成する。
焼成処理条件の確認は、先ず、焼成温度と焼成時間の適正範囲を確認する「流動実験1」を行った。「流動実験1」は、温度が120℃〜160℃の間の5℃間隔の焼成温度と、1〜5時間(h)の間の0.5h間隔の焼成時間との組み合わせにおける焼成処理を行った(組み合わせは、後述する図1参照)。
【0039】
そして、得られた眼鏡レンズの塗膜性能の評価を行った。
なお、焼成処理は、焼成温度:120℃、焼成時間:1hの組み合わせを基本条件とし、焼成時間を順に増加してその試料を作製し、都度、塗膜性能の評価を行い、黄変あるいはクラックの発生が確認された時点で、焼成温度を5℃高めた125℃に移行して、同様に焼成時間を順に増加して、作製した試料の塗膜性能の評価を行った。
【0040】
塗膜性能は、以下に示す評価方法で評価した。なお、得られたハードコート層の膜厚は1.9μm程度であった。
評価項目は、耐擦傷性、黄変の有無、クラックの有無の3項目で評価した。
【0041】
(1)耐擦傷性
眼鏡レンズのレンズ表面に、ボンスター#0000スチールウール(日本スチールウール(株)製)を荷重1kgで印加し、3〜4cmの距離を10往復擦ったのち、目視でレンズ表面に入った傷の状態を下記のA〜Cの3水準の基準で評価した。
A:全く傷がない。
B:1〜5本の傷が確認される。
C:6以上の傷が確認される。
【0042】
(2)黄変の有無
基準条件(焼成温度:120℃、焼成時間:1h)の焼成処理で作製した眼鏡レンズに対する黄変程度を、目視による外観観察で比較して判定した。
【0043】
(3)クラックの有無
暗箱での透過検査により行った。暗箱は、背景及び机上を反射の少ない黒色の板とし、検査室内の照度を200〜250ルクス、試験位置による照度を350〜500ルクスとし、明視状態での検査条件とした。暗箱内の蛍光灯は、3波長域発光型昼白(FL(R)−20S(S)/EX−N)を使用した。
透過検査の方法は、暗箱内に投入した眼鏡レンズを、蛍光灯と目を結ぶ直線上に保持し、目から30cm程度の位置で、眼鏡レンズを上下させて評価する。さらに、眼鏡レンズを45〜90°回転した状態で上下させて再度評価する。
【0044】
以上の「流動実験1」における塗膜性能の評価結果を図1に示す。
図1は、焼成温度と焼成時間の各種組み合わせにより焼成処理した眼鏡レンズの塗膜性能の評価結果を示す図表である。図1中、黄変の有無およびクラックの有無の評価結果を、焼成温度と焼成時間の組み合わせを示す各升目内に3種類のパターンで示し、耐擦傷性の評価ランク結果を各升目内にA〜Cの文字で示す。
【0045】
図1において、焼成温度と焼成時間の組み合わせが、140℃×1.5h、145℃×1.5h、140℃×2h、135℃×2.5h、135℃×3hにおいて、耐擦傷性がAランクであり、黄変、クラックの発生もなく良好な性能を示している。したがって、この焼成温度と焼成時間の組み合わせは、黄変、クラックの発生を抑えつつハードコート成分の架橋反応を効率的に促進する適正な(望ましい)焼成条件といえる。
【0046】
また、これらの焼成温度と焼成時間の組み合わせよりも、焼成温度が低い場合、あるいは焼成時間が短い場合には、黄変、クラックは発生していないものの、耐擦傷性はこれらの組み合わせと比較して低下している。これは、温度が低い又は時間が短いために架橋反応が充分に進行していないためである。
【0047】
一方、これらの焼成温度と焼成時間の組み合わせよりも、焼成温度が高い場合、あるいは焼成時間が長い場合には、耐擦傷性は良好であるが、焼成温度が高すぎる又は焼成温度は適正であっても焼成時間が長すぎるために、黄変が発生している。
さらに、これらの焼成温度と焼成時間の組み合わせよりも、より焼成温度が高い場合、あるいはより焼成時間が長い場合には、熱負荷のかかり過ぎにより、黄変とともにクラックが発生する。この黄変とクラックが同時に発生する領域の組み合わせでは、高い焼成温度による劣化で耐擦傷性が低下する傾向がある。
【0048】
なお、この図1に示す焼成温度と焼成時間の組み合わせにおいて、黄変の発生が無く、且つ耐擦傷性の評価ランクがBおよびCの範囲のものは、一般的に良品レベルとして扱われている。
【0049】
次に、「流動実験2」として、「流動実験1」において、耐擦傷性がAランクであり、黄変、クラックの発生もなく良好な性能を示した140℃×1.5h〜2hの範囲、145℃×1.5h、135℃×2.5h〜3hの範囲の焼成温度と焼成時間の組み合わせの内、135℃×2.5h〜3hの範囲の周辺組み合わせを新たに設定して、さらに詳細な焼成処理条件の適正範囲を確認した。
【0050】
「流動実験2」は、「流動実験1」と同様のハードコート液とプラスチック眼鏡レンズを用い、同じ塗布方法でハードコート液を塗布した眼鏡レンズを、焼成温度が130℃、133℃、135℃、137℃、140℃と、焼成時間が2h、2.3h、2.5h、3h、3.2h、3.5hとの計30通りの組み合わせにおける焼成処理を行った。そして、組み合わせにおける眼鏡レンズの塗膜性能を、前記評価方法で評価した。
【0051】
「流動実験2」における塗膜性能の評価結果を図2に示す。
図2は、焼成温度と焼成時間の組み合わせにより焼成処理した眼鏡レンズの塗膜性能の評価結果を示す図表である。図2中、黄変の有無の評価結果は、焼成温度と焼成時間の組み合わせを示すマトリックス状の各升目内に2種類のパターンで示し、耐擦傷性の評価ランク結果を各升目内にA〜Cの文字で示す。
【0052】
図2において、焼成温度と焼成時間の組み合わせが、133℃〜137℃×2.3h〜3.2hの範囲において、耐擦傷性がAランクであり、黄変、クラックの発生もなく良好な性能を示している。したがって、この焼成温度と焼成時間の組み合わせは、黄変、クラックの発生を抑えつつハードコート成分の架橋反応を効率的に促進する適正範囲(最適範囲)の焼成条件といえる。
【0053】
また、これらの焼成温度と焼成時間の組み合わせよりも、焼成温度が低い場合、あるいは焼成時間が短い場合には、黄変、クラックは発生していないものの、耐擦傷性はこれらの組み合わせと比較して低下している。
一方、これらの焼成温度と焼成時間の組み合わせよりも、焼成温度が高い場合、あるいは焼成時間が長い場合には、耐擦傷性は良好であるが、焼成温度が高すぎる又は焼成温度は適正であっても焼成時間が長すぎるために黄変が発生している。
【0054】
また、説明は省略するが、140℃×1.5h〜2hの周辺組み合わせ、および145℃×1.5hの周辺組み合わせにおいても、同様な結果が得られた。したがって、138℃〜142℃×1.3h〜2.2hの範囲、および143℃〜147℃×1.3h〜1.7hの範囲においても、黄変、クラックの発生を抑制し、ハードコート成分の架橋反応を効率的に促進する、適正な範囲(最適範囲)の焼成条件といえる。
【0055】
こうした適正な範囲(最適範囲)の焼成処理条件で焼成処理され、ハードコート層が形成された眼鏡レンズは、レンズ面の表面反射を防止する目的で、ハードコート層の表面上に、反射防止層が形成され、さらに、表面の撥水撥油性能を向上させる目的で反射防止層の表面に防汚性膜が形成される。
【0056】
反射防止層は、これより下層に形成されたハードコート層、および眼鏡レンズのプラスチック基材よりも低屈折の層として形成される。形成される反射防止層は、有機物質からなる有機反射防止層、あるいは無機物質からなる無機反射防止層の何れの場合であってもよいが、この内、無機反射防止層を好ましく用いることができる。ハードコート層上に形成された無機反射防止膜は、眼鏡レンズのプラスチック基材とハードコート層、ハードコート層と反射防止層との十分な密着性を得ることが可能となる。
【0057】
反射防止層が無機反射防止層である場合の一例としては、SiO2、SiO、ZrO2、TiO2、TiO、Ti23、Ti25、Al23、Ta25、CeO2、MgO、Y23、SnO2、MgF2、WO3などの無機物を、単独又は2種以上の混合物として用いることができる。形成される膜構成としては、単層又は多層のどちらであってもよいが、反射率を極力抑えるためには、多層が好ましい。例えば、SiO2とZrO2の層を交互に蒸着し、最上層がSiO2層からなる多層の反射防止層が形成される。
【0058】
反射防止層の形成方法としては、真空蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法、CVD法等を用いることができる。この内、真空蒸着法においては、蒸着中にイオンビームを同時に照射するイオンビームアシスト法を用いてもよい。また、プラスチックからなるレンズ基材11に対して真空蒸着法を用いる場合の材質としては、低温で真空蒸着が可能なSiO2、ZrO2、TiO2、Ta25を用いるのが好ましい。
【0059】
また、反射防止層をハードコート層の表面に形成する際は、ハードコート層の表面処理を行うことが望ましい。具体例としては、酸処理、アルカリ処理、紫外線照射処理、アルゴン又は酸素雰囲気中での高周波放電によるプラズマ処理、アルゴンや酸素又は窒素などのイオンビーム照射処理などが挙げられる。
【0060】
さらに、反射防止層が形成された眼鏡レンズは、反射防止層の表面に、撥水撥油性能を向上させる目的で、例えば、フッ素を含有する有機珪素化合物(フッ素含有有機珪素化合物)からなる防汚性膜が成膜される。防汚性膜の形成は、湿式法又は乾式法を用いて防汚性処理液が塗布された後に、アニール処理されて形成される。
【0061】
湿式法を用いた場合の防汚性処理液の塗布方法は、反射防止層の表面にフッ素含有有機珪素化合物を有機溶剤に溶解し、所定濃度に調整した防汚性処理液を、ディッピング法、スピンコート法、スプレー法、フロー法、ドクターブレード法、ロールコート塗装、グラビアコート塗装、カーテンフロー塗装、刷毛塗り等を用いて行うことができる。この内、生産性に優れるディッピング法を好ましく用いることができる。
【0062】
フッ素含有有機珪素化合物を溶解する有機溶剤としては、フッ素含有有機珪素化合物の溶解性に優れるパーフルオロ基を有し、炭素数が4以上の有機化合物が好ましく、例えば、パーフルオロヘキサン、パーフルオロシクロブタン、パーフルオロオクタンなどが挙げられる。有機溶剤で希釈するときの濃度は、0.03〜1重量%の範囲が好ましい。濃度が低すぎると十分な厚さの防汚性膜の形成が困難であり、十分な撥水撥油効果が得られない場合がある。一方、濃すぎると防汚性膜が厚くなり過ぎて、塗布後に塗りむらをなくすためのリンス作業の負担が増す虞がある。
【0063】
防汚性膜の膜厚は、特に限定されないが、0.001〜0.5μm程度が好ましい。より好ましくは0.001〜0.03μm程度である。防汚性膜の膜厚が薄すぎると撥水撥油効果が乏しくなり、厚すぎると表面がべたつくので好ましくない。また、防汚性膜の厚さが0.03μmを超えて厚くなると下層に形成された反射防止層の反射防止効果が低下するため好ましくない。
【0064】
そして、防汚性処理液が塗布された眼鏡レンズは、防汚性成分(フッ素含有有機珪素化合物)を眼鏡レンズに固定するアニール処理が行われる。アニール処理は、フッ素含有有機珪素化合物と眼鏡レンズとの化学結合を促進することにより、防汚性能の耐久性を増加させることを目的とする。
【0065】
アニール処理は、常温環境下に8時間以上放置することで行われる。より好ましくは、温度が40℃〜60℃、相対湿度が60%〜90%の範囲に設定された恒温恒湿槽内に、1時間〜2時間程度投入される。これにより、眼鏡レンズの表面に塗布された防汚性処理液中の有機溶剤が徐々に蒸発し、眼鏡レンズの表面に撥水成分や撥油成分のフッ素含有有機珪素化合物が残留し、撥水撥油性能を備えた防汚性膜が形成される。
【0066】
以上の本実施形態の製造方法によれば、プラスチック眼鏡レンズの表面に、少なくとも前記A成分および前記B成分を主成分とし、且つ前記C成分がドーピングされたコーティング用組成物(ハードコート液)を塗布する塗布工程と、コーティング用組成物が塗布されたプラスチック眼鏡レンズを、焼成温度×焼成時間で示す焼成温度と焼成時間の組み合わせが、133℃〜137℃×2.3〜3.2時間の範囲と、138℃〜142℃×1.3〜2.2時間の範囲と、143℃〜147℃×1.3〜1.7時間の範囲のうちの何れかの範囲を用いて、コーティング用組成物を硬化する焼成処理工程を有することで、形成されたハードコート層は、黄変とクラックの不発生限界に設定された最適な焼成処理条件の基で焼成処理され、黄変とクラックの発生を抑制するとともに、耐擦傷性が向上したプラスチック眼鏡レンズが得られる。
【0067】
また、表面反射を防止する目的でハードコート層上に反射防止層が形成されたプラスチック眼鏡レンズは、ハードコート層と十分な密着性を有する反射防止性能を得ることができる。
また、ハードコート層上に反射防止層が形成され、さらに反射防止層上に撥水撥油性能を有する防汚性膜が形成されたプラスチック眼鏡レンズは、ハードコート層および反射防止層の性能を低下することなく、撥水撥油性能が得られる。
【0068】
以上の実施形態において、プラスチック製光学物品として、プラスチック眼鏡レンズの場合で説明したが、眼鏡レンズの他に、プラスチックからなるカメラレンズ、光ビーム集光レンズ、光拡散用レンズなどの光学機器用レンズ、あるいは、ウォッチ風防カバー、ディスプレイ用カバーなどの透明カバーに適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】「流動実験1」における塗膜性能の評価結果を示す図表。
【図2】「流動実験2」における塗膜性能の評価結果を示す図表。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラスチック製光学物品にハードコート層を形成するプラスチック製光学物品の製造方法であって、
前記プラスチック製光学物品の表面に、少なくとも下記A成分およびB成分を主成分とし、且つ下記C成分がドーピングされたコーティング用組成物を塗布する塗布工程と、
前記コーティング用組成物が塗布された前記プラスチック製光学物品を、焼成温度×焼成時間で示す焼成温度と焼成時間の組み合わせが、133℃〜137℃×2.3〜3.2時間の範囲と、138℃〜142℃×1.3〜2.2時間の範囲と、143℃〜147℃×1.3〜1.7時間の範囲のうちの何れかの範囲を用いて、前記コーティング用組成物を硬化する焼成処理工程を備えたことを特徴とするプラスチック製光学物品の製造方法。
A成分:核粒子がチタンおよびスズの酸化物で構成され、且つルチル型構造をとる固溶体酸化物からなり、被覆層として珪素酸化物とジルコニウムおよび/またはアルミニウムの酸化物からなる複合酸化物微粒子。
B成分:下記一般式(1)で表される有機ケイ素化合物。(式中、R1は重合可能な反応基を有する有機基、R2は炭素数1〜6の炭化水素基である。Xは加水分解性基であり、nは0または1である。)
【化1】

C成分:分子中に少なくともFe原子を含む化合物および/または分子中に少なくともバナジウム原子を含む化合物。
【請求項2】
請求項1に記載のプラスチック製光学物品の製造方法において、
前記ハードコート層上に反射防止層が形成されていることを特徴とするプラスチック製光学物品の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載のプラスチック製光学物品の製造方法において、
前記ハードコート層上に反射防止層が形成され、前記反射防止層上に撥水撥油性能を有する防汚性膜が形成されていることを特徴とするプラスチック製光学物品の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−46392(P2008−46392A)
【公開日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−222300(P2006−222300)
【出願日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】