説明

プレキャストコンクリート部材による擁壁

【課題】 水平方向の土圧に対する大きな耐力が、従来に比べて薄い肉厚にて構成することができるとともに、施工現場の土質や施工方法に対応して必要な耐力に現場にて容易に調整することができるプレキャストコンクリート部材による擁壁の提供。
【解決手段】 互いに平行な細長矩形状のフランジ3と、その間に一体に備えたウェブ2とによって断面がH型をなすとともに、両フランジ3,3間に隔壁5を一体に備えた細長のプレキャストコンクリート部材1を、フランジ3の幅方向を上下方向に向けて上下に複数本重ねて互いに固定することによって土止め用のコンクリート壁体Aが構成され、壁体A対する水平方向の背圧によって引張応力が発生する側のフランジに、各プレキャストコンクリート部材に連続させた縦向きの鉄筋挿入孔を備え、該鉄筋挿入孔に前記壁体の上下に到る長さの鉄筋20を挿入し、該鉄筋をセメント系充填材によって鉄筋挿入孔内に埋設する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば地表面を掘削して地下空間を形成する際に、縦向きの地山面の崩落を防止するための擁壁であって、予め地表より擁壁構築空間を掘削形成し、その空間内にプレキャスト部材によって構築される擁壁に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、地中に擁壁を形成し、然る後その擁壁に縦向きの地山面を保護させた状態で地下空間を形成する際のプレキャストコンクリート部材による擁壁としては、プレキャストコンクリート製のH型PC杭を互いに並べて地中に掘削圧入するとともに、隣り合うH型PC杭のフランジ間にコンクリートを打設することによって該H型PC杭間を一体化させた地中壁を構築し、然る後擁壁の前面側を掘削して空間を形成し、該擁壁に立て向きの地山面を保護させるようにしたものがある(例えば特許文献1)。
【0003】
また縦方向に打ち込んで形成した上記H型PC杭間に跨らせて水平方向にPC緊張材を挿通し、これを緊張することによって矢板間の一体化を強固にしたものがある(例えば特許文献2)。
【0004】
更に、水平方向に長いプレキャストコンクリート部材を上下に重ねて地中溝に沈降させることによって地中壁を構築し、これを擁壁として地下空間を形成するものがある(特許文献3)。
【特許文献1】特許第3896351号公報
【特許文献2】特開2006−112045号公報
【特許文献3】特公平4−32172号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述したH型のプレキャストコンクリート部材を立て向きに打ち込む方式のものは、縦方向にプレストレスを付与しておくことによって、10m以上もの長尺な部材を使用でき、曲げ耐力も大きくできる。
【0006】
しかし、高架道路下等、地上に障害物があって長尺プレキャストコンクリート部材を立て込むための空間がない場合には、施工が困難であるという問題があった。
【0007】
また、上記特許文献3に示されている従来の工法においては、横長のプレキャストコンクリート部材を使用するものではあるが、地下構造物の地下壁として使用することを目的としてしおり、例えば道路の立体交差やスルーパスのための通路や水路の擁壁として使用するものではなく、また、使用しているプレキャストコンクリート部材は、前後の壁板の間を立て向きの隔壁によって仕切り、上下が開口した縦向きの空間を形成し、これを上下に重ね、それらに跨らせて形成した鉄筋埋設孔に鉄筋を挿入してセメント系充填材により埋めることによって上下のプレキャストコンクリート部材間を連結して地下壁を構成させているものであり、曲げ耐力を大きくするためには、前後の壁板厚を大きくし、且つ壁板間の間隔を大きくする必要があった。
【0008】
本発明は、このような従来の問題に鑑み、高架道路下等のように地上の工事用空間の高さが低く狭隘な場合であっても容易に施工でき、しかも、水平方向の土圧に対する大きな耐力が、従来に比べて薄い肉厚にて構成することができるとともに、施工現場の土質や施工方法に対応して必要な耐力に現場にて容易に調整することができるプレキャストコンクリート部材による擁壁の提供を目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述の如き従来の問題を解決し、所期の目的を達成するための請求項1に記載の発明の特徴は、水平方向に長い多数のプレキャストコンクリート部材を上下に重ね合わせて連結したコンクリート壁体を使用したプレキャストコンクリート部材による擁壁において、前記プレキャストコンクリート部材は、互いに平行な細長矩形状のフランジと、該フランジ間に一体に備えたウェブとによって断面がH型をなすとともに、前記両フランジ間に隔壁を一体に有する細長に形成され、前記フランジの幅方向を上下方向に向けて上下に複数本連結して互いに固定することによってコンクリート壁体が形成されていることにある。
【0010】
請求項2に記載の発明の特徴は、請求項1の構成に加え、記プレキャストコンクリート部材は、該コンクリート壁体に対する水平方向の背圧によって引張応力が発生する側の前記フランジに、各プレキャストコンクリート部材の上下に連続させた縦向きの鉄筋挿入孔を備え、該鉄筋挿入孔に前記壁体の上下に到る長さの鉄筋を挿入し、該鉄筋をセメント系充填材によって鉄筋挿入孔内に埋設したことにある。
【0011】
請求項3に記載の発明の特徴は、請求項1又は2いずれかの請求項の構成に加え、上下に重ねられたプレキャスト部材間を、該プレキャスト部材のフランジの肉厚内に上下に連続した配置に形成した緊張材挿通孔に、該上下のプレキャスト部材に跨らせて挿通したPC緊張材を緊張することによって連結したことにある。
【発明の効果】
【0012】
本発明においては、互いに平行な細長矩形状のフランジと、該フランジ間に一体に備えたウェブとによって断面がH型をなすとともに、前記両フランジ間に隔壁を一体に備えた細長のプレキャストコンクリート部材を、前記フランジの幅方向を上下方向に向けて上下に複数本連結して互いに固定することによって土止め用のコンクリート壁体を構成したことにより、該壁体は、フランジが上下に連続することによって構成される表裏のコンクリート板の間に、ウェブと隔壁による格子状の部材が一体となって介在されることとなり、これによって水平方向及び上下方向の何れの曲げモーメントに対しても、薄い壁厚によって対抗させることができるとともに、使用するH型のプレキャストコンクリート部材を横向きに使用するため、上方にプレキャストコンクリート部材の長さ分の空間が無い施工現場においても、縦長の擁壁が容易に構築できる。
【0013】
また、水平方向の背圧によって引張応力が発生する側の前記フランジに、各プレキャストコンクリート部材に連続させた縦向きの鉄筋挿入孔を備え、該鉄筋挿入孔に前記壁体の上下に到る長さの鉄筋を挿入し、該鉄筋をセメント系充填材によって鉄筋挿入孔内に埋設したことにより、プレキャストコンクリート部材を組み立ててコンクリート壁体を組み立てた後に、施工現場において必要な曲げ耐力を少ない鉄筋で効果的に発揮させることができることとなり、施工現場の地質やコンクリート壁体の上下方向の長さ等、施工現場ごとに異なる要素に対応して必要な耐力を効果的に発揮させることができる。
【0014】
更に、本発明は、上下に連結されたプレキャスト部材間を、該プレキャスト部材のフランジの肉厚内に上下に連続した配置に形成した緊張材挿通孔に、該上下のプレキャスト部材に跨らせて挿通したPC緊張材を緊張することによって連結するようにしたことにより、上下方向のプレストレスが付与できるとともに、水平方向にはプレキャストコンクリート部材の長さ方向に予めプレストレスを付与しておくことも容易にできるため、全体の曲げ耐力を大きくできる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明に係る擁壁の実施の一例を示す縦断側面図。
【図2】同縦断正面図である。
【図3】図1に示す擁壁に使用しているプレキャストコンクリート部材の側面図である。
【図4】図3中のA−A線断面図である。
【図5】図1に示す擁壁に使用しているプレキャストコンクリート部材の正面図である。
【図6】同平面図である。
【図7】図1に示す擁壁に使用しているプレキャストコンクリート部材間のPC緊張材による連結状態を示す縦断面図である。
【図8】図1に示す擁壁に使用しているプレキャストコンクリート部材間の鉄筋による補強状態を示す縦断面図である。
【図9】本発明に係るプレキャストコンクリート部材を使用した一擁壁例における土圧に対する応力分布を示すもので、(a)は擁壁構造の断面図、(b)は該擁壁の応力分布図である。
【図10】本発明に係るプレキャストコンクリート部材を使用した他の擁壁例における土圧に対する応力分布を示すもので、(a)は擁壁構造の断面図、(b)は該擁壁の応力分布図である。
【図11】本発明に係る本発明に係るプレキャストコンクリート部材を使用した一擁壁の構築する際の地中溝形成状態をしめすもので、(a)縦断側面図、(b)は縦断側面図である。
【図12】同上の地中溝内にコンクリート部材を連結して沈下させる状態を示す縦断側面図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
次に本発明の実施の形態を図に示した実施例に基づいて説明する。図1は本発明に係る擁壁の縦断側面図であり、図2は同縦断正面図である。この擁壁は、図3〜図6に示すプレキャストコンクリート部材1を水平方向に寝かせた状態で上下に多数連結することによって構成された一単位長さコンクリート壁体A,Aを長さ方向に連続して構築することによって構成されている。
【0017】
プレキャストコンクリート部材1は、細長平板状をした水平配置のウェブ2の両縁に矩形状なし、幅方向側を上下に向けた一対のフランジ3,3を一体に有する断面がH型をしており、上下面にフランジ3,3とウェブ2によって構成される溝状凹部4,4を有する形状となっている。この溝状凹部4,4内は、両フランジ3,3及びウェブ2に3辺が一体化された複数の隔壁5,5......によって仕切られている。
【0018】
また、ウェブ2には、隔壁5,5間の位置にあって、上下に貫通した窓穴7,7......が開口されている。
【0019】
このプレキャストコンクリート部材1のフランジ3,3には、隔壁5と交差する位置の肉厚内に上下に向けてPC緊張材挿通孔10が形成されている。このPC緊張材挿通孔10の下端部には、図7に示すようにカプラー収容用拡径部11が形成されているとともに、上端部にはPC緊張材12を緊張状態で定着するための支圧板13が埋設されている。
【0020】
また、一方側のフランジ3には、その全域に亘って、該フランジ3の幅方向、即ち上下方向に向けた鉄筋埋設用貫通孔14,14......が所定の間隔を隔てて貫通開口されている。
【0021】
一単位長さコンクリート壁体Aは、図1、図2に示すように複数のプレキャストコンクリート部材1,1......をそのフランジ3の幅方向を上下に向けて積み重ね、図7に示すように、互いに隣り合うプレキャストコンクリート部材1,1毎にPC緊張材12を使用し、これを緊張することによって連結している。
【0022】
緊張に際しては、先に定着金具15によって緊張状態で定着したPC緊張材12の上端にカプラー16を介して次のPC緊張材12を連結し、その上端を次のプレキャストコンクリート部材1の上面に同様にして定着する操作を繰り返して順次上側のプレキャストコンクリート部材1を下側のものに連結する。
【0023】
各プレキャストコンクリート部材1の一方のフランジ3に形成されている鉄筋埋設用貫通孔14,14......は、図8に示すように、上下のフランジ間において互いに連続した貫通孔となり、その内部に連続した鉄筋20が挿入され、高強度高流動モルタル等のセメント系充填材21によって埋められている。
【0024】
この鉄筋20の本数は、一単位長さコンクリート壁体Aに対して背面の土圧が作用した際に生じる曲げモーメントを予想して設計されており、例えば、図9(a)に示すように、一単位長さコンクリート壁体Aがその根入れ深さによって自立されるものである場合には、図9(b)に示す曲げモーメント分布に対応できるように、擁壁背面側のフランジ内に、下側に多く、上側に至るに従って少なくなるように分布させて埋設する。
【0025】
また、図10(a)に示すように、対向する一単位長さコンクリート壁体Aの上端間に頂板23が掛け渡されて剛結合となる場合には、図10(b)に示す曲げモーメントに対抗できるように、擁壁表面側のフランジ内に多く分布させて設置する。
【0026】
上述した擁壁の構築に際しては、先ず、図11(a)(b)に示すように地表面より一単位長さコンクリート壁体Aが地中に形成できる幅、深さ及び長さの地中溝30を掘削形成する。この地中溝の形成は下端に一対のカッター31を取り付け、その中間より下向きに水を噴射させるジェットノズル32を取り付けた掘削攪拌機33を使用し、この掘削攪拌機33上下に移動させつつ地盤を砕き土砂と水を混合させることによって泥土34が充填された地中溝30を形成する方法が使用できる。この他、バックホーや溝掘削用のグラブバケットを使用し、掘削された溝内にベントナイト液を充填させた状態で地中溝30を形成する方法であっても良い。
【0027】
次いで、図12に示すように地中溝30内にその開口部上にて、上下に隣り合うプレキャストコンクリート部材1,1を図7に示したようにPC緊張材挿通孔10,10内にPC緊張材12を挿通し、これを緊張定着することによって互いに連結し、しかる後、プレキャストコンクリート部材1の高さ分(フランジ幅分)ずつ地中溝30内に沈める。この時地中溝30内の泥土34は、プレキャストコンクリート部材1の窓穴7よりウェブの上側に移動するため、プレキャストコンクリート部材1の自重もしくは圧入によって沈降される。この作業を繰り返しつつ、所定数のプレキャストコンクリート部材1,1......相互間の連結及び形成されるコンクリート壁体Aを沈降させる。
【0028】
尚、このプレキャストコンクリート部材1の搬入及び沈降は、一例として、地中溝30を跨いで設置した門形クレーンを使用することができる。
【0029】
このようにしてコンクリート壁体Aを地中溝30内に沈めた後、その壁体Aを構成している各プレキャストコンクリート部材1のフランジ3に上下に連通された状態となっている鉄筋埋設用貫通孔14,14......内に鉄筋20を挿入し、しかる後該鉄筋埋設用貫通孔14,14......内の空隙にセメント系充填材21を充填する。
【0030】
尚、このセメント系充填材21は、鉄筋20の挿入前に、鉄筋埋設用貫通孔14内の下端まで充填材注入ホースを挿入し、これを引き上げつつ注入するなどの方法によって予め鉄筋埋設用貫通孔14内に注入しておき、しかる後鉄筋20を挿入してもよい。
【0031】
このようにしてコンクリート壁体Aを構築した後、前面側の地盤を掘削することにより縦向きの地山面をコンクリート壁体Aによって土留した状態の所望の地下空間を形成する。
【0032】
この地下空間形成後、必要に応じ、図1に示すように地中アンカーによって一単位長さコンクリート壁体Aを倒れ止めさせてもよい。この場合の地中アンカーは、予めプレキャストコンクリート部材1のウェブ2と隔壁5とが交差する部分にアンカー挿通孔50を形成しておき、このアンカー挿通孔50内に鋼棒や鋼より線等の引張材51を挿通し、その先端を土中のアンカーコンクリート52内に埋め込んで土中に固定し、他端をプレキャストコンクリート部材1の表面側にて緊張定着する。
【0033】
このようにウェブ2と隔壁5とが交差する部分にアンカー挿通孔50を形成し、該交差位置にて定着させることによって、定着部分の応力が上下左右に効果的に分散されることとなり、耐力の大きい擁壁となる。
【符号の説明】
【0034】
A 一単位長さコンクリート壁体
1 プレキャストコンクリート部材
2 ウェブ
3 フランジ
4 溝状凹部
5 隔壁
7 窓穴
10 PC緊張材挿通孔
11 カプラー収容用拡径部
12 PC緊張材
13 支圧板
14 鉄筋埋設用貫通孔
15 定着金具
16 カプラー
20 鉄筋
21 セメント系充填材
23 頂板
30 地中溝
31 カッター
32 ジェットノズル
33 掘削攪拌機
34 泥土
50 アンカー挿通孔
51 引張材
52 アンカーコンクリート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水平方向に長い多数のプレキャストコンクリート部材を上下に重ね合わせて連結したコンクリート壁体を使用したプレキャストコンクリート部材による擁壁において、
前記プレキャストコンクリート部材は、互いに平行な細長矩形状のフランジと、該フランジ間に一体に備えたウェブとによって断面がH型をなすとともに、前記両フランジ間に隔壁を一体に有する細長に形成され、
前記フランジの幅方向を上下方向に向けて上下に複数本連結して互いに固定することによってコンクリート壁体が形成されていることを特徴としてなるプレキャストコンクリート部材による擁壁。
【請求項2】
前記プレキャストコンクリート部材は、該コンクリート壁体に対する水平方向の背圧によって引張応力が発生する側の前記フランジに、各プレキャストコンクリート部材の上下に連続させた縦向きの鉄筋挿入孔を備え、
該鉄筋挿入孔に前記壁体の上下に到る長さの鉄筋を挿入し、該鉄筋をセメント系充填材によって鉄筋挿入孔内に埋設してなる請求項1に記載のプレキャストコンクリート部材による擁壁。
【請求項3】
上下に重ねられたプレキャスト部材間を、該プレキャスト部材のフランジの肉厚内に上下に連続した配置に形成した緊張材挿通孔に、該上下のプレキャスト部材に跨らせて挿通したPC緊張材を緊張することによって連結してなる請求項1又は2に記載のプレキャストコンクリート部材による擁壁。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−99250(P2011−99250A)
【公開日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−254630(P2009−254630)
【出願日】平成21年11月6日(2009.11.6)
【出願人】(000112196)株式会社ピーエス三菱 (181)
【Fターム(参考)】