説明

プレス成形用ガラス素材およびその製造方法、ならびに光学素子の製造方法

【課題】プレス成形におけるガラス変形量にかかわらず、成形型との融着を抑制しつつ所望の形状のガラス成形体を得ることを可能とするプレス成形用ガラス素材を提供すること。
【解決手段】光学ガラスからなる芯部と、該芯部を被覆する表面層と、を有するプレス成形用ガラス素材。前記表面層は、プレス成形時に成形型成形面と接触する最表層および該最表層と隣接する中間層を含み、前記最表層は、三液法によって測定される表面自由エネルギーが75mJ/m2以下であって膜厚15nm未満の珪素酸化物膜であり、前記中間層は、化学量論組成に基づく珪素酸化物との結合半径差が0.10Å超の膜材からなる膜であり、ただし前記結合半径差が0.10超Åかつ0.40Å以下の場合、その膜厚は5nm以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精密モールドプレスによってガラス光学素子を得るために使用可能なプレス成形用ガラス素材およびその製造方法、ならびに上記プレス成形用ガラス素材を使用する光学素子の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ガラスレンズ等の光学素子を製造する方法として、対向する成形面を有する上型と下型により、プレス成形用ガラス素材(以下、「ガラス素材」または「ガラスプリフォーム」ともいう)を精密プレス成形する方法(「精密プレス成形法」、「精密モールドプレス法」等と呼ばれる)が知られている。この方法は、熔融状態から所定形状に固化した光学ガラスまたは所定形状に研磨加工した光学ガラスを成形型内に投入し、加熱プレス成形することによりガラス光学素子を得る方法である。
【0003】
精密プレス成形法では、精密に加工された成形型成形面をガラス素材に転写することより光学機能面を形成することができるため、プレス成形後に光学機能面創成のために光学研磨等の機械加工を行う必要がない。したがって精密プレス成形法によれば、安価に高性能のレンズを提供することができる。しかし精密プレス成形法では、プレス成形用ガラス素材と成形型の成形面とが高温状態下で密着するため、それらの界面で化学反応が生じると融着が生じ離型性が低下する点が課題である。
【0004】
プレス成形時の離型性を改善するための手段として、例えば特許文献1〜4には、プレス成形用ガラス素材の表面を酸化物膜によって被覆することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公平2−1779号公報
【特許文献2】特開平7−118025号公報
【特許文献3】特開平8−198631号公報
【特許文献4】特開2011−1259号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1〜4には、プレス成形用ガラス素材の表面を被覆する酸化物膜として珪素酸化物膜が開示されているが、本発明者らの検討によれば、特許文献1〜4に開示されている従来の珪素酸化物膜では、依然としてプレス成形用ガラス成形素材と型との融着を十分に抑制することができなかった。
【0007】
これに対し本願出願人は、表面に珪素酸化物膜を有するプレス成形用ガラス素材において、三液法によって測定される表面自由エネルギーとプレス成形時の歩留まりとの間に良好な相関が見られ、表面に厚み15nm未満の珪素酸化物膜を有するプレス成形用ガラス素材の中で、三液法によって測定される表面自由エネルギーが75mJ/m2以下であるものにより、プレス成形時の歩留まりを向上することができることを見出し、先に特許出願した(特願2009−298210号)。
【0008】
上記先願に記載のプレス成形用ガラス素材では、成形型との融着を抑制するために、上記珪素酸化物膜の膜厚が15nm未満に規定されている。しかし本発明者らの検討の結果、所望の形状のガラス成形体を得るためにはプレス成形時にプレス成形用ガラス素材を大きく変形させる必要がある場合には、上記先願に記載のプレス成形用ガラス素材では、所望の形状のガラス成形体を得ることが困難な場合があることがあることが明らかとなった。
【0009】
そこで本発明の目的は、プレス成形におけるガラス変形量にかかわらず、成形型との融着を抑制しつつ所望の形状のガラス成形体を得ることを可能とするプレス成形用ガラス素材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、以下の新たな知見を得るに至った。
上記先願に記載のプレス成形用ガラス素材ではプレス成形によりガラスを大きく変形すべき場合に所望の形状のガラス成形体を得ることが困難な理由の1つとして、ガラスの変形に膜が追従できずに膜切れ(クラック)が起こり、膜による融着抑制効果を得ることができなくなることが挙げられる。
そこで膜切れを起こさないように膜厚を厚くすることが考えられるが、本発明者らの検討の結果、上記珪素酸化物膜は膜厚を15nm以上に厚くしても所望形状のガラス成形体を得ることは困難であることが判明した。これは、上記珪素酸化物膜は膜厚が15nm以上になると量子サイズ効果を消失し膜が伸び難くなる結果、変形抵抗(剪断抵抗)が大きくなり膜を追従させつつガラスを変形させること困難になるからであると、本発明者らは推察している。他方、上記変形抵抗に打ち勝つ大きなプレス圧を加えてガラスを変形させようとすると膜切れが発生してしまう。
以上の点を鑑みて本発明者らは、上記先願に記載の珪素酸化物膜に、その膜厚を変えることなくプレス成形時のガラスの大きな変形に追従し得る伸び易さを付与するための手段を見出すために相当数の試行錯誤を重ねた。その結果、芯部のガラスと前記珪素酸化物膜との間に、該珪素酸化物膜に隣接する層として所定の膜材からなる中間層を設けることで、ガラスの大きな変形に追従するに足る伸び易さを有する複層膜によって芯部ガラスを被覆することができることを新たに見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち、上記目的は下記手段により達成された。
[1]光学ガラスからなる芯部と、該芯部を被覆する表面層と、を有するプレス成形用ガラス素材であって、
前記表面層は、プレス成形時に成形型成形面と接触する最表層および該最表層と隣接する中間層を含み、
前記最表層は、三液法によって測定される表面自由エネルギーが75mJ/m2以下であって膜厚15nm未満の珪素酸化物膜であり、
前記中間層は、化学量論組成に基づく珪素酸化物との結合半径差が0.10Å超の膜材からなる膜であり、ただし前記結合半径差が0.10超Åかつ0.40Å以下の場合、その膜厚は5nm以下であることを特徴とするプレス成形用ガラス素材。
[2]前記中間層は、ジルコニア、ビスマス、イットリウム、ランタノイド、亜鉛、またはチタンの酸化物膜であり、ただし中間層が亜鉛酸化物膜およびチタン酸化物膜である場合、その膜厚は5nm以下である、[1]に記載のプレス成形用ガラス素材。
[3]前記最表層の三液法により測定される水素結合エネルギーは39.0mJ/m2以下である[1]または[2]に記載のプレス成形用ガラス素材。
[4]プレス成形によって得るガラス成形体に対して、下記式(A):
外径の変化率(%)=|1−(ガラス成形体の外径/プレス成形用ガラス素材の外径)|×100 …(A)
により算出される外径変化率が40%以上となる形状を有する[1]〜[3]のいずれかに記載のプレス成形用ガラス素材。
[5]プレス成形により、光学機能部と、該光学機能部を取り囲む鍔部とを含むガラス成形体を得るために使用される[1]〜[4]のいずれかに記載のプレス成形用ガラス素材。
[6]前記光学ガラスは、W、Ti、Bi、およびNbからなる群から選ばれる少なくとも一種の易還元成分を含む[1]〜[5]のいずれかに記載のプレス成形用ガラス素材。
[7][1]〜[6]のいずれかに記載のプレス成形用ガラス素材の製造方法であって、
前記最表層を、酸素含有率が5体積%以上20体積%未満の酸素と不活性ガスとの混合ガス雰囲気下でSiO2からなる成膜材料を用いて成膜処理を行うことにより形成することを特徴とする、前記製造方法。
[8]前記中間層を、酸素含有雰囲気中における成膜処理により形成することを更に含む、[7]に記載の製造方法。
[9]前記成膜処理をスパッタ法により行う[7]または[8]に記載の製造方法。
[10]光学素子の製造方法であって、
[1]〜[6]のいずれかに記載のプレス成形用ガラス素材を加熱し、プレス成形型を用いてプレス成形によりガラス成形体を得て、該ガラス成形体そのものとして、または該ガラス成形体を後加工に付して前記光学素子を得る、前記製造方法。
[11]前記プレス成形において、下記式(A):
外径の変化率(%)=|1−(ガラス成形体の外径/プレス成形用ガラス素材の外径)|×100 …(A)
により算出される外径変化率は40%以上である[10]に記載の光学素子の製造方法。
[12]前記プレス成形により、光学機能部と、該光学機能部を取り囲む鍔部とを含むガラス成形体を得る[10]または[11]に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、精密プレス成形によって所望形状のガラス成形体を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明にかかるプレス成形用ガラス素材の一形態を表した断面図である。
【図2】図1に示したプレス成形用ガラス素材を用いてプレス成形したガラス成形体の断面図である。
【図3】図2に示したガラス成形体から得られたガラス光学素子の断面図である。
【図4】精密プレス成形法の一形態を表す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[プレス成形用ガラス素材]
本発明のプレス成形用ガラス素材は、光学ガラスからなる芯部と、該芯部を被覆する表面層と、を有する。ここで前記表面層は、プレス成形時に成形型成形面と接触する最表層および該最表層と隣接する中間層を含み、前記最表層は、三液法によって測定される表面自由エネルギーが75mJ/m2以下であって膜厚15nm未満の珪素酸化物膜であり、前記中間層は、化学量論組成に基づく珪素酸化物との結合半径差が0.10Å超の膜材からなる膜であり、ただし前記結合半径差が0.10超Åかつ0.40Å以下の場合、その膜厚は5nm以下である。
【0015】
上記本発明のプレス成形用ガラス素材によれば、プレス成形時のプレス成形用ガラス素材と成形型との融着を抑制することができ、これにより歩留まり向上を達成し高品質な光学素子を量産することができる。更には型寿命を延ばすことも可能となる。したがって本発明のプレス成形用ガラス素材によれば、精密プレス成形による光学素子の製造において、生産性を顕著に向上することができる。
更に本発明のプレス成形用ガラス素材は、プレス成形により芯部の光学ガラスを大きく変形すべき場合にも芯部の変形に表面層が追従することができる。表面層の追従が不十分であると、変形不足や変形不良、または表面層のクラック発生による融着発生によって所望形状のガラス成形体を得ることが困難となるのに対し、本発明のプレス成形用ガラス素材によれば、所望の変形量と融着防止を両立し、所望形状のガラス成形体を得ることが可能となる。
【0016】
本発明のプレス成形用ガラス素材は、光学ガラスからなる芯部を被覆する表面層として、プレス成形時に成形型成形面と接触する最表層および該最表層と隣接する中間層を少なくとも含む複層膜を有する。上記複層膜は、少なくとも以下に詳述する最表層と中間層の組み合わせにより所望の変形量と融着防止の両立を可能とするものである。
以下、上記複層膜について、更に詳細に説明する。
【0017】
前記表面層のプレス成形時に成形型成形面と接触する最表層、即ち本発明のプレス成形用ガラス素材の最表層は、三液法によって測定される表面自由エネルギーが75mJ/m2以下となる珪素酸化物膜である。上記表面自由エネルギーが75mJ/m2以下であれば、プレス成形用ガラス素材と成形型との融着を起こすことなく精密プレス成形を行うことができるため、光学素子製造における歩留まり向上および型寿命向上を達成することができる。他方、上記表面自由エネルギーが75mJ/m2を超えると、精密プレス成形時にプレス成形用ガラス素材と成形型との融着が顕著に発生するため、精密プレス成形における生産性が著しく低下する。上記表面自由エネルギーは、成形型との融着をより効果的に抑制する観点からは、72mJ/m2以下であることがより好ましく、70mJ/m2以下であることがより一層好ましい。上記表面自由エネルギーは、プレス成形用ガラス素材と成形型との融着抑制の観点からは低いほど好ましく、その下限値は特に限定されるものではないが、例えば後述の本発明のプレス成形用ガラス素材の製造方法によれば、上記表面自由エネルギーとして、50mJ/m2程度のプレス成形用ガラス素材を製造可能である。
【0018】
以下に、本発明において上記珪素酸化物膜の表面性の指標として使用する三液法によって測定される表面自由エネルギーについて説明する。
【0019】
二液法によって測定される表面自由エネルギーは、固体または液体の分散力と固体または液体の極性相互作用力との和によって与えられる(例えば本願発明者らによる特開2005−225707号公報参照)。これに対し、三液法によって測定される表面自由エネルギーは、非極性な分子間力についてのFowkesの理論を、更に極性または水素結合性の分子間力による成分にまで拡張したものであり、この拡張Fowkes理論によれば、各物質の表面自由エネルギーγは、下記式(1)に示すように、非極性成分(分散成分)γaと水素結合成分γbと双極子成分γcとからなる極性成分との和によって与えられる。
γ=γa+γb+γc …(1)
【0020】
更に、接触角と各成分との間には、下記式(2)の関係が成立する。
【0021】
【数1】

【0022】
上記式(2)中、γLは、γaL+γbL+γCLで表される液体の表面自由エネルギーを表す。γaLは、液体の表面自由エネルギーの分散成分を表す。γbLは、液体の表面自由エネルギーの双極子成分を表す。γCLは、液体の表面自由エネルギーの水素結合成分を表す。γaSは、固体の表面自由エネルギーの分散成分を表す。γbSは、固体の表面自由エネルギーの双極子成分を表す。γCSは、固体の表面自由エネルギーの水素結合成分を表す。θは、接触角を表す。
【0023】
本発明では、以下の3種の液体を標準物質として使用し、その接触角と各パラメーターによって構成される3行3列の行列式によって、各成分を求めることにより算出した表面自由エネルギーを三液法による表面自由エネルギーと定義する。
【0024】
【表1】

【0025】
前記最表層を構成する珪素酸化物膜は、三液法によって測定される表面自由エネルギーが75mJ/m2以下であれば、その組成は特に限定されるものではない。珪素酸化膜の組成については、化学量論組成である二酸化珪素(SiO2)を含むものが安定であるが、SiO2に限定されるものではなく、組成をSixyとした場合、例えば、y/x=1〜3程度のものが存在していてもよい。
なお本発明者らの検討によれば、従来の成膜方法で形成される珪素酸化物膜と比べて酸素を多く含有させることで、珪素酸化物膜の三液法による表面自由エネルギーを低下させることができる。即ち、化学量論組成に対して酸素過剰になると、化学量論組成の珪素酸化物膜(SiO2膜)と比べて三液法による表面自由エネルギーは低下する。そして三液法による表面自由エネルギーが75mJ/m2以下である珪素酸化物膜により、プレス成形時の成形型とプレス成形用ガラス素材との融着を抑制できるのであるが、この表面自由エネルギーの低下は、主に水素結合エネルギーが低下することによるものであることも、本発明者らの検討の結果、明らかとなった。具体的には本発明のプレス成形用ガラス素材の最表層を構成する珪素酸化物膜は、三液法により測定される水素結合エネルギーが39.0mJ/m2以下、例えば30.0mJ/m2以上39.0mJ/m2以下であることができる。
【0026】
本発明のプレス成形用ガラス素材が有する上記珪素酸化物膜の膜厚は、15nm未満とする。これは、上記珪素酸化物膜の膜厚が15nm以上になると、先に説明したように、膜切れまたは変形不良が発生するからである。上記膜厚の下限値は、好ましくは1nm以上である。膜厚1nm未満になると、珪素酸化物膜が局所的に欠落して島状に成膜されてしまうのに対し、膜厚1nm以上であれば、均一な成膜が可能である。上限値は、上記の通り15nm未満であるが、プレス成形後に得られる光学素子の光学特性への影響を低減する観点からは、7.5nm±5.5nmであることが好ましく、5.0nm±3.0nmであることがより好ましく、5.0nm±2.0nmであることがより一層好ましい。
【0027】
なお本発明において各層の膜厚は、本発明のプレス成形用ガラス素材をプレス成形して得られたガラス成形体から作製される光学素子において光学機能部を形成することになる芯部の部位上の膜厚をいうものとする。光学機能部とは、例えば光学レンズにおける有効径内の領域を意味する。酸化物膜の形成方法にもよるが、光学機能部となる箇所の酸化物膜の膜厚T1と外周側周辺部上の酸化物膜の膜厚T2は異なる場合があり、傾向としてはT1≧T2である。T1とT2が異なる場合、本発明で特定する膜厚は、T1とする。上記膜厚は、例えば、ガラス素材の断面を元素分析することによって測定することができる。または、酸化物膜の成膜条件によって特定することも可能である。
【0028】
次に、上記珪素酸化物膜に隣接する中間層について説明する。
【0029】
先に説明したように本発明者らは、前記珪素酸化物膜と隣接し表面層を形成する中間層として、前記珪素酸化物膜を構成する膜材、即ち珪素酸化物と所定の関係を満たす膜材からなる膜を設けることで、ガラスの大きな変形に追従するに足る伸び易さを表面層に付与することができ、その結果、プレス成形時の変形量が大きい場合にも変形不良や膜切れを起こすことなく良好なプレス成形を行うことが可能となることを新たに見出し、本発明を完成するに至ったものである。これは前記珪素酸化物膜と上記中間層を複層化することで表面層全体の剪断抵抗を低下させることができることによるものであると考えられ、この点について本発明者らは、以下のメカニズムを推定している。
【0030】
プレス成形用ガラス素材の表面層は、プレス時に量子サイズ効果を発現し液体のように振舞う(いわゆる液体薄膜として機能する)結果、芯部の光学ガラスの変形に追従することができると考えられる。本発明者らは、この液体薄膜の剪断抵抗は周期的に極大と極小を取りながら変動し、この剪断抵抗の周期は膜材の結合半径に依存すると考えた。そのうえで本発明者らは、結合半径の異なる2種の膜材から複層膜を形成することで一方の膜の剪断抵抗の増加を他方の膜の剪断抵抗の低下により打ち消すことができ、これにより剪断抵抗の低い複層膜(表面層)を得ることができると推察するに至り、結合半径の差に基づいて前記珪素酸化物膜と複層化する膜材を選定した。その結果、最表層である前記珪素酸化物膜を、該珪素酸化物膜を構成する膜材、即ち珪素酸化物と以下の関係を満たす膜材からなる膜と複層化することで、後述の実施例に示すように変形不良や膜切れを起こすことなく所望形状のガラス成形体を得ることが可能となり、本発明を完成するに至ったものである。具体的には本発明者は、以下の基準に基づき中間層の膜材選定を行った。
【0031】
化学量論組成の結合半径に基づき、化学量論組成の珪素酸化物(SiO2)の共有結合半径(1.61Å)に対して、
(1)化学量論組成の結合半径差が0.10Å以下の膜材は中間層膜材として使用不可;
(2)化学量論組成の結合半径差が0.10Å超かつ0.40Å以下(好ましくは0.20Å以上0.40Å以下)の膜材は膜厚が5nm以下であれば中間層膜材として使用可能。;
(3)化学量論組成の結合半径差が0.40Å超(好ましくは0.50Å以上0.90Å以下)の膜材は膜厚問わず中間層膜材として使用可能。
ここで上記(2)において膜厚が5nm以下に規定される理由は、5nm超ではガラスの大きな変形に追従し得るほどの伸び易さを示す表面層を形成できないからであるが、この点について本発明者らは、上記(2)のように結合半径差が比較的小さい場合、複層化した膜同士の剪断抵抗の周期的変動差が小さくなり、結果として複層化による表面層全体の剪断抵抗の低減効果が低くなることが要因であると推察している。ここで膜厚を薄くすれば、中間層内部の相互の束縛エネルギーを低下させる、言い換えれば量子サイズ効果を増大させることができるため、表面層全体の剪断抵抗を低減させることが可能となることが、上記(2)の関係を満たす膜材からなる中間層については、膜厚を5nm以下とすべき理由であると考えている。
以上説明した化学量論組成の結合半径は、膜中の原子間の結合様式に応じて、例えば共有結合半径、イオン結合半径、ファンデルワールス半径、または金属結合半径である。これら結合半径は、いずれも文献公知の値であり、また各種計算ソフトにより、または化学便覧等に記載の文献値により、容易に算出することができる。
【0032】
具体的には、上記(2)に該当する中間層膜材としては亜鉛酸化物およびチタン酸化物を挙げることができ、上記(3)に該当する中間層膜材としてはジルコニア酸化物、ビスマス酸化物、イットリウム酸化物、およびランタノイド酸化物を挙げることができる。これら酸化物膜を中間層として前記珪素酸化物膜と複層化することで本発明の所期の目的が達成できることは、後述の実施例において実証されている通りである。
【0033】
前記中間層の膜厚は、先に最表層について説明したように均一な成膜が可能である点から1nm以上とすることが好ましい。その上限値については、上記(2)の態様については先に説明した通り5nmである。上記(3)の態様における中間層膜厚の上限値については、後述の実施例で5nmを超える膜厚(例えば10nm程度の膜厚)であっても所期の効果が得られることが確認されている。成膜に長時間を要することは生産性の点から好ましくないため、生産性を考慮すると、上記(3)の態様における中間層膜厚は10nm以下であることが好ましい。
【0034】
次に、本発明のプレス成形用ガラス素材の芯部を構成する光学ガラスについて説明する。
【0035】
本発明のプレス成形用ガラス素材は、上記表面層を有するものであれば、芯部を構成する光学ガラスの硝種は特に限定されるものではないが、以下の理由から、本発明のプレス成形用ガラス素材は芯部がW、Ti、Bi、およびNbからなる群から選ばれる少なくとも一種の易還元成分を含む光学ガラスである態様において、その有用性が高い。
【0036】
従来、プレス成形用ガラス素材と成形型との融着を抑制するための表面層としては、主に炭素系薄膜が使用されてきた(例えば特開平8−217468号公報、特開平8−259241号公報、特開平9−286625号公報参照)。他方、近年ガラスレンズに求められている高屈折率を達成すべく高屈折率付与成分であるW、Ti、Bi、Nb等を含有する光学ガラスから光学レンズ等の光学素子を作製するニーズが高まっている。しかし上記高屈折率付与成分を含む光学ガラスは、プレス成形時の高温環境下において炭素系薄膜と反応しやすく、その結果、得られるガラス成形体表面にクモリ、キズ状の反応痕や成形面との融着が生じるために外観性能の不十分な光学素子となりやすい。これは、上記高屈折率付与成分が易還元成分であることから、ガラス成分として存在しつつ複数の価数をとり得るため酸化還元反応を生じやすく、プレス成形のプロセスにおいて、成形型に圧着されつつ変形する過程で種々の界面反応を生じることに起因すると考えられる。
これに対し本発明のプレス成形用ガラス素材の表面層は酸化物膜から構成されるものであり、これらは上記高屈折率付与成分(易還元成分でもある)との反応性に乏しい。したがって、上記高屈折率付与成分を含む光学ガラスのプレス成形においても、高屈折率付与成分と膜材との反応に起因する各種不良の発生を回避することができる。
以上の理由から、本発明のプレス成形用ガラス素材の芯部を構成する光学ガラスは、W、Ti、Bi、およびNbからなる群から選ばれる少なくとも一種の易還元成分を含むものであることが好ましい。特に、上記易還元成分の含有量が合計で5モル%以上(例えば、10〜65モル%、より好ましくは、15〜55モル%)であるときに、本発明の適用が有効である。上記易還元成分を含む光学ガラスの中でも、特に、炭素系薄膜と反応しやすく、炭素系薄膜では成形型との融着防止が困難なガラスとしては、リン酸系光学ガラスおよびホウ酸系ガラスが挙げられる。したがって本発明はこれらガラスを芯部とするプレス成形用ガラス素材であることが、特に好ましい。そのようなリン酸系光学ガラスとしては、特開2011−1259号公報に記載の、モル%表示で、P25;10〜45%、Nb25;3〜35%、Li2O;0〜35%、TiO2;0〜25%、WO3;0〜20%、Bi23;0〜40%、B23;0〜20%、BaO;0〜25%、ZnO;0〜25%、Na2O;0〜50%、K2O;0〜20%、Al23;0〜15%、SiO2;0〜15%(但し、WO3、TiO2、Bi23およびNb25の合計量が10%以上、65%未満)、F;全酸素量に対して0〜10%、を含む光学ガラスを挙げることができる。当該ガラスの詳細については、特開2011−1259号公報段落[0031]〜[0051]を参照できる。また、ホウ酸系光学ガラスとしては、特開2009−40647号公報段落[0012]〜[0134]に記載のホウ酸ビスマス系光学ガラス、例えば、カチオン%表示でBi3+ 30〜70%、B3+ 5〜50%、Si4+ 0.5〜50%、Al3+ 1〜20%、Ca2+ 0.5〜20%、Mg2+ 0〜15%、Sr2+ 0〜10%を含み、Ca2+、Mg2+およびSr2+の合計含有量が1〜20%、カチオン比でAl3+/(Ca2++Mg2++Sr2+)が0.2〜20であるホウ酸ビスマス系光学ガラスを挙げることができる。
【0037】
本発明のプレス成形用ガラス素材を構成する芯部の形状は、球状、楕円形、凸メニスカス形状、凹凸形状等の各種形状であることができる。一方で近年光学素子としての有用性が高まっている形状として、光学機能部の周囲に鍔部を設けた形状が挙げられる。具体的には、光学素子の第一面、第二面の光学機能面の少なくとも一方の周囲に光軸と垂直な平坦部を設けた形状である。近年のデジタルカメラやカメラ付き携帯電話のように小型化が進められている撮像機器では、撮像光学系を超小型の複数のレンズにより構成し、各レンズを精密に位置決め固定する必要がある。このような撮像光学系において、上記鍔部はレンズ同士の接合面および位置決め基準面となるため、上記鍔部を有する光学素子によれば低コストで小型化された高性能レンズユニットを実現することができる。しかし、鍔部に対応する形状をガラスプリフォームに形成することはコスト面において著しく不利であるため通常行われない。したがって通常は、球状、楕円形、凸メニスカス形状、凹凸形状等の外周部に鍔部を持たないガラスプリフォームをプレス成形することで、上記鍔部を有する光学素子を得る。この場合、ガラスプリフォームと、これをプレス成形して得られるガラス成形体との形状において、特に外径の違いが顕著となる。そこで外径を大きく変形させるためにプレス成形時の変形量は大きくすべきであるが、先に説明したように前記珪素酸化物膜単独では、膜切れを起こすことなく、この変形に追従することは困難である。これに対し本発明のプレス成形用ガラス素材は、前記珪素酸化物膜と所定の中間層を複層化した表面層を有することで、プレス成形時の変形量が大きい場合であっても、表面層による融着抑制と所望の変形量を両立することができる。
【0038】
具体的には本発明のプレス成形用ガラス素材によれば、下記式(A):
外径の変化率(%)=|1−(ガラス成形体の外径/プレス成形用ガラス素材の外径)|×100 …(A)
により算出される外径変化率が40%以上となる大きな変形量でのプレス成形を良好に行い、所望形状のガラス成形体を得ることができる。例えば、プレス成形前のガラス素材の外径寸法が10.0mmで、プレス後のガラス成形体の外径寸法が15.0mmとした場合、式(A)から、外径の変化率は50%となる。
上記外径変形率の上限値は、特に限定されるものではないが、例えば60%以下、更には55%以下または50%以下であることができる。
【0039】
また、中心肉厚の変形量については、下記式(B):
中心肉厚の変化率(%)=|1−(ガラス成形体の中心肉厚/プレス成形用ガラス素材の中心肉厚)|×100 …(B)
により算出される中心肉厚変化率として、1%以上であることが好ましく、5%以上であることが好ましい。これは中心肉厚の変化率が1%未満になると、ガラスプリフォームの主表面と成形型の成形面との間にガス溜まりが生じて、ガラス成形体の面精度が低下する場合があるからである。なお、前記の光学機能部の周囲に鍔部を有する形状の光学素子を得るためのプレス成形では、通常、50%以下、更には30%以下または20%以下である。
【0040】
図1は、本発明にかかるガラス素材の断面図である。図1において、符号dはガラス素材の外形寸法であり、符号tは中心肉厚を示している。当該ガラス素材は、例えば上記易還元成分などの各種成分を含む多成分系の光学ガラスからなる芯部1と、最表層3と、最表層3と隣接する中間層2とを有している。
【0041】
図2は、図1に示したガラス素材をプレス成形したガラス成形体の断面図であり、プレス成形によってガラス成形体の中心肉厚t(肉厚の最も厚い部分)がガラス素材の中心肉厚t(外径の最も大きい部分)よりも薄くなり、外径寸法dがガラス素材の外径寸法dよりも大きくなっている。図2に示すガラス成形体は、第一面R1、第二面R2とも光学機能部の周囲に鍔部が形成されている。ここで光学機能部とは、光学有効径内の領域を意味し、非球面または球面から構成される。図2に示す態様では、光学有効径外の領域には、任意の面形状が成形されている。つまり、第一面および第二面は、光学機能部および光学機能部を取り囲む任意の面により構成されている。そして鍔部は、任意の面の外周を取り囲むように設けられている。本発明における鍔部は、上述のように任意の面を介して光学機能部と接続されていてもよく、また、光学機能部と鍔部とが直接接続していてもよい。その場合、第一面および第二面は光学機能部そのものとなる。図2に示す態様では、第一面側の鍔部と第二面側の鍔部は、互いに平行な平坦面であり、それら平坦面の外周が外周端面(曲面)によって接続されている。図2では、第一面側の鍔部および第二面の鍔部が、互いに平行な平坦面である態様を示したが、ガラス成形体の外周に向かって先つぼまり形状であってもよく、第一面側および第二面側のいずれか一方の平坦面が外径中心線に直交し他方の平坦面が傾斜していてもよい。また、光学機能部と鍔部との間に設けられる任意の面が平坦面であってもよい。
図2に示したガラス成形体は、外周部を芯取り加工(研削加工)することにより、図3に示すガラス光学素子とすることができる。芯取り加工により研削された外周端面は、表面層も除去されている。
【0042】
次に、本発明のプレス成形用ガラス素材の芯部の予備成形について説明する。
本発明のプレス成形用ガラス素材は、芯部1となるガラスを所定の体積および所定の形状に予備成形したものを用いて作製することができる。この予備成形は、例えば、ブロック状の光学ガラスから切り出したものを、研削や研磨によって所定体積、所定形状に予備成形することにより行うことができる。
【0043】
あるいは、溶融状態の光学ガラスをパイプから滴下、または流下しつつ分離して所定量のガラス塊とし、このガラス塊の冷却中に予備成形することができる。ここで、溶融状態のガラスを、底部からガスを噴出する受け型に受け、実質的に浮上させた状態で冷却しつつ予備成形する方法を採用することができる。この方法は生産効率が高く、表面の平滑なガラス素材が得られることから好ましい。例えば、図1に示したようなガラス素材の芯部を成形する場合は、受け型上の熔融ガラスに凸面を有する金型を押し当て、該ガラスの上面を凹形状に変形させ、冷却することにより、凸面と凹面を有するガラス素材の芯部を得ることができる。
【0044】
本発明のプレス成形用ガラス素材は、上記のように予備成形された芯部1となる光学ガラスからなる予備成形体の表面が前記した複層膜である表面層により被覆されている。被覆方法は、スパッタ法、真空蒸着法などの公知の成膜法を用いることができる。本発明のプレス成形用ガラス素材の最表層の三液法によって測定される表面自由エネルギーは、成膜条件によって制御することができ、その詳細は後述する。芯部と表面層との間に任意の層が介在していてもよいが、介在する層は表面層の剪断抵抗を高めることのないように、隣接する層を構成する膜材とは共有結合半径の異なる材料から構成することが好ましい。ここでの膜材選定基準として、前記(1)〜(3)を適用することもできる。
【0045】
[プレス成形用ガラス素材の製造方法]
本発明は、前記した本発明のプレス成形用ガラス素材の製造方法にも関する。本発明のプレス成形用ガラス素材の製造方法は、前記最表層を、酸素含有率が5体積%以上20体積%未満の酸素と不活性ガスとの混合ガス雰囲気下でSiO2からなる成膜材料を用いて成膜処理を行うことにより形成する。
【0046】
SiO2からなる成膜材料を用いて5体積%以上20体積%未満の酸素を含有する上記雰囲気下で成膜された珪素炭化物膜を最表面に形成したプレス成形用ガラス素材によれば、プレス成形時の歩留まりを改善することができる。これは、上記成膜条件によって形成された珪素酸化物膜は、従来の成膜方法で形成される珪素炭化物膜と比べて酸素を多く含む状態にあり、三液法によって測定される表面自由エネルギーが従来の珪素酸化物膜を有するプレス成形用ガラス素材と比べて低下することに起因すると推察される。即ち本発明のプレス成形用ガラス素材の製造方法では、上記所定量の酸素を含有する混合ガス雰囲気下で成膜処理を行うことで、三液法によって測定される表面自由エネルギーが75mJ/m2以下の珪素酸化物膜を作製することができる。ただし、先に説明した理由から、上記珪素酸化物膜の膜厚は15nm未満とする。
【0047】
本発明のプレス成形用ガラス素材の製造方法では、珪素酸化物膜の成膜処理を、アルゴン等の不活性ガス中に5体積%以上20体積%未満の酸素を含有する雰囲気下で行う。成膜処理を行う雰囲気の酸素含有率が5体積%未満の場合および20体積%を超える場合のいずれにおいても、得られたプレス成形用ガラス素材を用いてプレス成形を行う際、プレス成形用ガラス素材と成形型との融着を抑制することが困難となる。これは、酸素含有率5体積%未満の場合については、形成される珪素酸化物膜の酸素含有率が少ないため三液法による表面自由エネルギーが高いことに起因すると考えられ、酸素含有率20体積%超の場合については、プレス成形用ガラス素材の表面における高次構造が不安定化し、反応が活性化することに起因し三液法による表面自由エネルギーが高くなるからであると考えられる。上記酸素含有率は、融着をより効果的に抑制する観点から、5体積%以上15体積%以下であることが好ましい。上記雰囲気に含まれる酸素以外の成分である不活性ガスとしては、アルゴンガス、ヘリウムガス、ネオンガス、キセノンガス等を挙げることができる。
【0048】
成膜処理は、成膜材料としてSiO2からなる成膜材料を用いて、好ましくはスパッタ法、より好ましくはPVD法によって行うことができる。具体的には、SiO2(例えば石英ガラス)をターゲット基材とし、不活性ガス中に酸素を5体積%以上20体積%未満含有するスパッタガスを用いたPVD法によって、珪素酸化物膜を形成することができる。より具体的な珪素酸化物膜の成膜方法としては、以下の方法を用いることができる。すなわち、芯部上に中間層が形成された複数の被成膜体をトレーに配列して真空チャンバー内に配置し、真空チャンバー内を真空排気しながら、加熱ヒーターにより被成膜体を約300℃に加熱する。真空チャンバー内の真空度が1×10-5Torr以下になるまで排気した後、不活性ガス中に酸素を5体積%以上20体積%未満含有するスパッタガスを導入し、真空チャンバー内のターゲット基材(石英ガラス)に高周波を印加して、原料をプラズマ化し、被成膜体の最表層に位置する中間層表面に珪素酸化物膜を成膜する。成膜時の出力は、100〜300W、スパッタガス流量は20〜100sccm、成膜時の雰囲気温度は350〜370℃とすることが、それぞれ好ましい。なお、珪素酸化物膜の膜厚は、真空チャンバー内の圧力(真空度)、出力(電源パワー)、成膜時間を調整することによって所望の範囲に制御することができる。
【0049】
本発明のプレス成形用ガラス素材の製造方法では、SiO2からなる成膜材料を使用する。ここでSiO2からなる成膜材料とは、SiO2以外の成分を意図的に混合したものではないことを意味し、SiO2調製過程において混入した不純物が含まれていることを許容するものとする。好ましくはSiO2純度が95質量%以上、より好ましくは98質量%以上、更に好ましくは99質量%以上のものである。
【0050】
中間層の成膜は、スパッタ法、真空蒸着法などの公知の成膜法によって行うことができる。なお中間層の成膜を100%不活性ガス雰囲気中で行うと膜が着色する場合があるため、中間層の成膜も、前記した珪素酸化物膜の成膜と同様、酸素含有雰囲気中、例えば不活性ガス中に5体積%以上20体積%未満の酸素を含有する雰囲気下で行うことが好ましい。
【0051】
[光学素子の製造方法]
本発明の光学素子の製造方法は、本発明のプレス成形用ガラス素材を加熱し、プレス成形型を用いてプレス成形によりガラス成形体を得て、該ガラス成形体そのものとして、または該ガラス成形体を後加工に付して前記光学素子を得るものである。上記プレス成形は、精密プレス成形法により行うことが、先に説明したように安価に高品質な光学素子を得るうえで好ましい。
【0052】
精密プレス成形法は、モールドオプティクス成形法とも呼ばれ、既に当該発明の属する技術分野においてはよく知られたものである。光学素子の光線を透過したり、屈折させたり、回折させたり、反射させたりする面を光学機能面と呼ぶ。例えばレンズを例にとると非球面レンズの非球面や球面レンズの球面などのレンズ面が光学機能面に相当する。精密プレス成形法はプレス成形型の成形面を精密にガラスに転写することにより、プレス成形で光学機能面を形成する方法である。つまり光学機能面を仕上げるために研削や研磨などの機械加工を加える必要がない。
【0053】
精密プレス成形に用いる成形型としては、充分な耐熱性、剛性を有し、緻密な材料を精密加工したものを用いることができる。例えば、炭化ケイ素、窒化ケイ素、炭化タングステン、酸化アルミニウムや炭化チタン、ステンレス等金属、あるいはこれらの表面に炭素、耐熱金属、貴金属合金、炭化物、窒化物、硼化物などの膜を被覆したものを挙げることができる。
【0054】
成形型としては、プレス成形用ガラス素材との接触面となる成形面に、炭素含有膜等の被覆膜を有するものを使用することもできる。該炭素含有膜としては、非晶質および/または結晶質の、グラファイトおよび/またはダイヤモンドの、単一成分層または複合層から構成されているものを用いることが好ましい。この炭素膜は、スパッタリング法、プラズマCVD法、CVD法、イオンプレーティング法等の手段で成膜することができる。例えば、スパッタガスとしてArの如き不活性ガスを、スパッタターゲットとしてグラファイトを用いてスパッタリングにより成膜することができる。或いは、マイクロ波プラズマCVD法により原料ガスとしてメタンガスと水素ガスを用いて成膜してもよい。イオンプレーティング法により形成する場合には、ベンゼンガスを用い、イオン化して用いることができる。これらの炭素膜はC−H結合を有するものを含む。なお、成形型の成形面に炭素含有膜を設けることにより、プレス成形時のプレス成形用ガラス素材と成形型との融着をよりいっそう防止することが可能となるが、このような場合には、プレス成形時に炭素の酸化を防止する目的で、非酸化雰囲気下でプレスを行うことが好ましい。しかし、非酸化雰囲気下では、上記易還元成分はより還元されやすい上、ガラスと炭素の間で界面反応が生じやすいという不都合がある。これに対し、前記表面層を有する本発明のプレス成形用ガラス素材であれば、プレス成形時に芯部のガラスと成形面上の炭素含有膜が直接接触することがないため、窒素ガスなどの非酸化雰囲気下でプレスを行ってもガラスと炭素の間の界面反応を抑制することができるという利点もある。
【0055】
精密プレス成形は、具体的には、例えば以下のような方法で行うことができる。
プレス成形にあたっては、図4に示すように、上型4、下型5および胴型6を含む成形型7内にプレス成形用ガラス素材PFを供給し、プレスに適した温度域に昇温する。例えば、加熱温度は芯部1の光学ガラスの種類によって適宜設定されるが、プレス成形用ガラス素材PFと成形型7が、プレス成形用ガラス素材PFの粘度が105〜1010dPa・sになる温度域にあるときプレス成形を行うことが好ましい。プレス温度は、例えば芯部1を構成する光学ガラスが107.2dPa・s相当前後となる温度が好ましく、芯部1が107.2dPa・s相当となる温度が800℃以下、好ましくは750℃以下、更に好ましくは650℃以下であるようにすることが、ガラスの選択の指標となり得る。プレス成形は、プレスヘッド8を降下させ所定の荷重を印加することにより行うことができる。
【0056】
プレス成形用ガラス素材PFを成形型7に導入し、プレス成形用ガラス素材PFと成形型7を一緒にプレス成形温度まで加熱してプレス成形を行ってもよく、予熱した成形型7に加熱したプレス成形用ガラス素材PFを導入してプレス成形を行ってもよい。前者の方法は、後者の方法に比べてプレス成形用ガラス素材と成形型との接触時間が長くなるため融着を生じやすいが、本発明によれば、上記方法を採用する場合であっても、融着を起こすことなく精密プレス成形を行うことが可能である。一方、後者の方法を採用する場合には、プレス成形用ガラス素材PFを105〜109dPa・s粘度相当、成形型7をガラス粘度で109〜1012dPa・s相当の温度にそれぞれ昇温し、プレス成形用ガラス素材PFを成形型7に配置して直ちにプレス成形する方法を採用してもよい。この方法は、成形型の温度変化幅を相対的に少なくすることができるため、成形装置の昇温/降温サイクルタイムを短縮できるとともに、成形型7の熱による劣化を抑制できる効果がある点で好ましい。いずれの場合も、プレス成形開始時、または開始後に冷却を開始し、適切な荷重印加スケジュールを適用しつつ、成形面とガラス素子の密着を維持しながら、降温する。この後、離型して成形体を取り出す。離型温度は、ガラス粘度1012.5〜1013.5dPa・s相当の温度で行うことが好ましい。
【0057】
離型されたガラス成形体は、その表面にプレス前のプレス成形用ガラス素材と同様に表面層が存在している。プレス成形により得られたガラス成形体は、最表面に珪素酸化物膜を有するため、珪素酸化物膜を持たないものと比べて珪素酸化物の含有量が多く、これにより化学的耐久性に優れるという特性を有する。なお、表面層の膜厚は、プレス成形により実質的な変化はしない。
【0058】
得られたガラス成形体は、そのまま最終製品である光学素子として出荷することができ、または、芯取り加工や表面に反射防止膜等の光学的機能膜を形成する成膜処理等の後加工を施した後に最終製品とすることもできる。例えば、前記表面層を有するガラス成形体に、Al23、ZrO2−TiO2、MgF2などの材料を単層で、または積層して適宜成膜することによって、所望の反射防止膜を形成することができる。反射防止膜の成膜方法は、蒸着法、イオンアシスト蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタ法など、公知の方法で行うことができる。例えば、蒸着法による場合には、蒸着装置を用いて、10-4Torr程度の真空雰囲気中で、蒸着材料を電子ビーム、直接通電またはアークにより加熱し、材料から蒸発および昇華により発生する材料の蒸気を基材の上に輸送し凝縮・析出させることにより反射防止膜を形成することができる。基材加熱温度は室温〜400℃程度とすることができる。ただし、基材のガラス転移温度(Tg)が450℃以下の場合、基材加熱の上限温度はTg−50℃とすることが好ましい。なお、プレス成形後に得られたガラス成形体の最表面に存在する珪素酸化物膜は反射防止膜との親和性が高い。このため、反射防止膜が剥離し難くなるという効果もある。
【0059】
本発明により得られるガラス光学素子は、小径、薄肉の小重量レンズ、例えば、携帯撮像機器などに搭載する小型撮像系用レンズ、通信用レンズ、光ピックアップ用の対物レンズ、コリメータレンズ等とすることができる。レンズ形状は特に限定されるものではなく、凸メニスカスレンズ、凹メニスカスレンズ、両凸レンズ、両凹レンズなど各種の形状をとることができる。また前述のように、本発明により得られるガラス光学素子は、第一面、第二面の少なくとも一方に、光学機能部の周囲にレンズ同士の接合面および位置決め基準面として機能する鍔部(平坦部)を有することもできる。本発明によれば、プレス変形において変形不良や融着を起こすことなく、このような鍔部を有するガラス光学素子を得ることができる。
【実施例】
【0060】
以下、本発明を実施例により更に説明する。但し、本発明は実施例に示す態様に限定されるものではない。
【0061】
A.中間層膜材および膜厚の異なる実施例・比較例
[例1]
1.プレス成形用ガラス素材の作製
(1)芯部ガラスの予備成形
下記表2に記載した組成を有する光学ガラスを、熔融状態から受け型に滴下、冷却し、図1に示すような片側を凸面、反対側を凹面とした形状のガラス塊(ガラス素材の芯部)を予備成形した。芯部ガラスの外径寸法は8.8mm、中心肉厚は1.6mmであった。
【0062】
【表2】

【0063】
(2)中間層の形成
次いで、以下の方法により、ガラス素材の芯部の表面に表4に示す各種膜厚のジルコニア酸化物膜を形成した。
すなわち、複数の芯部を保持するトレーと、これに対向するターゲット基材(ここではZr)を収容するチャンバー(スパッタ室)とを備えるスパッタ装置を用いて、スパッタ法によるジルコニア酸化物膜の成膜を実施した。まず、トレーに配置したガラス素材の芯部をチャンバー外で表面温度200℃程度に予備加熱してから、チャンバー内に搬送した。次いで、チャンバー内を真空排気しながら、ガラス芯部を加熱ヒーターで表面温度300℃程度に加熱した。チャンバー内の真空度が1×10-5Torr以下になるまで排気した後、10体積%の酸素を含む酸素とアルゴンの混合ガスをスパッタガスとして導入し、高周波出力を250Wとして、ターゲット基材をArイオンでスパッタリングし、ターゲットのZrを酸化物として芯部ガラスの表面に付着、堆積させた。しかる後、チャンバー内を冷却し、成膜後のガラス素材をトレーごと取り出した。膜厚はスパッタ時間により制御した。
【0064】
(3)最表層の形成
次いで、以下の方法により、上記(2)で形成したジルコニア酸化物膜上に珪素酸化物膜を形成した
すなわち、芯部上に中間層が形成された複数の被成膜体を保持するトレーと、これに対向するターゲット基材(ここでは、純度99質量%以上の石英ガラス)を収容するチャンバー(スパッタ室)とを備えるスパッタ装置を用いて、スパッタ法による珪素酸化物の成膜を実施した。まず、トレーに配置した被成膜体を表面温度200℃程度に予備加熱してから、チャンバー内に搬送した。次いで、チャンバー内を真空排気しながら、被成形体を加熱ヒーターで表面温度300℃程度に加熱した。チャンバー内の真空度が1×10-5Torr以下になるまで排気した後、10体積%の酸素を含む酸素とアルゴンの混合ガスをスパッタガスとして導入し、高周波出力を250Wとして、ターゲット基材をArイオンでスパッタリングし、被成膜体の最表面のジルコニア酸化物膜表面に付着、堆積させた。しかる後、チャンバー内を冷却し、成膜後のガラス素材をトレーごと取り出した。
【0065】
2.最表層の評価
(1)表面自由エネルギーの測定
上記1.で作製したプレス成形用ガラス素材最表面、即ち最表層の珪素酸化物膜表面の三液法による表面自由エネルギーを、以下の方法で測定した。
始めに表1記載の超純水、グリセリンおよびジヨードメタンをそれぞれ作製したプレス成形用ガラス素材に滴下し、各接触角θ1、θ2、θ3を測定した。
次に以下の逆行列式に、表1記載の各液体のパラメーターおよび測定した接触角を代入した。
【0066】
【数2】

【0067】
これにより作製したプレス成形用ガラス素材表面の分散成分γsa、同双極子成分γsb、同水素結合成分γscを求めた。
最後に上記結果から作製したプレス成形用ガラス素材の表面自由エネルギーγSを以下の式によって算出した。
γS=γsa+γsb+γsc
ジルコニア酸化物膜の膜厚にかかわらず、測定される表面自由エネルギーは68.2mJ/m2、構成成分である非極性エネルギー、水素結合エネルギー、双極子エネルギーは、下記表3に示す値となった。
【0068】
【表3】

【0069】
(2)最表層の同定および膜厚測定
下記3.と同様の方法で最表層の同定および膜厚測定を行ったところ、最表層は珪素酸化物膜であること、その膜厚は5nmであることが確認された。
【0070】
後述の例2〜例9においても同様の条件および方法で最表層を形成したため、形成された最表層の組成、表面性、および膜厚は例1と同様となる。
【0071】
3.中間層の同定および膜厚の算出
上記1.(2)で芯部ガラスの表面に形成された中間層の膜厚については、平板ガラスの一部にマスキングを施し、芯部ガラス上に中間層を形成する際と同一の条件で当該平板ガラス上に成膜した後、マスクを剥がして、成膜部とマスク部との高さの差を原子間力顕微鏡(AFM)で観察することにより測定された膜厚を、芯部ガラス上に形成された中間層の膜厚とした。中間層の同定は、上記成膜部において、電子顕微鏡(SEM)付属のX線光電子分光分析装置(XPS)、またはエネルギー分散型X線分光法(EDX)を用いて、表面の組成分析を行うことにより実施した。各例において、中間層は下記表4に示す材料から構成されていること、および下記表4に示す膜厚を有することが確認された。
【0072】
4.ガラスレンズの作製
次いで、上記各ガラス素材を図4に示すモールドプレス成形装置により窒素ガス雰囲気下でプレス成形した。すなわち、まず成形面にスパッタ法による炭素含有離型膜を形成したSiC製の上下型と、これらの上下型を同軸上に保持する胴型からなる成形型を用い、上下型で上記ガラス素材PFを挟持するように成形型内にガラス素材を供給した。そして、雰囲気に非酸化性のN2ガスが充満した成形装置のチャンバー内に成形型を投入し、成形型およびガラス素材PFをガラス素材PFの屈伏点Ts+40℃〜屈伏点Ts−10℃の範囲に加熱した。次いで、成形型を180〜260kg/cm2で加圧するとともに成形型を所定の冷却速度で冷却し、成形型の温度が460℃になった時点で加圧を終了した。次いで、成形型を急冷し、180℃以下になったところで成形型をチャンバー内から取り出し、成形型を分解して成形型内のガラス成形体を取り出した。
【0073】
5.ガラスレンズの評価
上記4.で使用した成形型を使用した場合、所望の変形量でプレス成形を行うことができれば、得られる成形体は図2に断面形状を示すように光学機能部の周囲に鍔部を有する形状であり、その外径寸法dは13.00mm、中心肉厚は1.40mmであり、プレス成形による外径の変化率は47.0%、中心肉厚の変化率が14.0%となる。
上記4.で得られた各ガラスレンズの形状を成形装置に組み込まれた肉厚測定装置により測定し中心肉厚が1.40mm以下であったものは良品、1.40mmを超えたものは不良品と判定し、また成形装置から取り出して外径測定した結果、外径寸法が13.00mm以上であったものは良品、13.00mmに満たなかったものは不良品と判定し、良品をOK、不良品をNGとして評価した。
【0074】
[例2]
中間層形成に使用するターゲットをBiとした点を除き、例1と同様の方法でプレス成形用ガラス素材を得た。得られたプレス成形用ガラス素材について、例1中の3.〜5.と同様の工程を実施した。
【0075】
[例3]
中間層形成に使用するターゲットをYとした点を除き、例1と同様の方法でプレス成形用ガラス素材を得た。得られたプレス成形用ガラス素材について、得られたプレス成形用ガラス素材に対して、例1中の3.〜5.と同様の工程を実施した。
【0076】
[例4]
中間層形成に使用するターゲットをLaとした点を除き、例1と同様の方法でプレス成形用ガラス素材を得た。得られたプレス成形用ガラス素材について、得られたプレス成形用ガラス素材について、例1中の3.〜5.と同様の工程を実施した。
【0077】
[例5]
中間層形成に使用するターゲットをZnとした点を除き、例1と同様の方法でプレス成形用ガラス素材を得た。得られたプレス成形用ガラス素材について、得られたプレス成形用ガラス素材に対して、例1中の3.〜5.と同様の工程を実施した。
【0078】
[例6]
中間層形成に使用するターゲットをTiとした点を除き、例1と同様の方法でプレス成形用ガラス素材を得た。得られたプレス成形用ガラス素材について、得られたプレス成形用ガラス素材に対して、例1中の3.〜5.と同様の工程を実施した。
【0079】
[例7]
中間層形成に使用するターゲットをCrとした点を除き、例1と同様の方法でプレス成形用ガラス素材を得た。得られたプレス成形用ガラス素材について、得られたプレス成形用ガラス素材に対して、例1中の3.〜5.と同様の工程を実施した。
【0080】
[例8]
中間層形成に使用するターゲットをSiNとした点を除き、例1と同様の方法でプレス成形用ガラス素材を得た。得られたプレス成形用ガラス素材について、得られたプレス成形用ガラス素材に対して、例1中の3.〜5.と同様の工程を実施した。
【0081】
[例9]
中間層形成に使用するターゲットをSiCとした点を除き、例1と同様の方法でプレス成形用ガラス素材を得た。得られたプレス成形用ガラス素材について、得られたプレス成形用ガラス素材に対して、例1中の3.〜5.と同様の工程を実施した。
【0082】
以上の結果を、下記表4に示す。
【0083】
【表4】

【0084】
評価結果
例1〜例4では、中間層膜厚にかかわらずプレス成形により形状不良のない良品を得ることができた。
一方、例5および例6では、中間層膜厚が5nm以下において良品を得ることができたが、例7〜9では中間層膜厚にかかわらず良品を得ることはできなかった。
【0085】
表4に示す結合半径差は、各例で使用した中間層膜材について、下記表5に示す化学量論組成の共有結合半径と最表層の膜材である珪素酸化物膜の化学量論組成の共有結合半径との差分を示したものである。表4に示す結合半径差と評価結果との対応から、前記した中間層膜材の選定基準および本発明者らの推定する剪断抵抗低減メカニズムの妥当性が確認できる。
【0086】
【表5】

【0087】
B.最表層表面自由エネルギーの異なる比較例
【0088】
[例10〜13]
最表層成膜時のスパッタガスとして100%アルゴンを使用した点を除き、例1〜例4と同様の工程を実施し、芯部ガラス上に中間層と最表層が形成されたプレス成形用ガラス素材を得た。
例10で得たプレス成形用ガラス素材について例1と同様の方法で最表層の評価を行ったところ、例1と同様に、最表層は珪素酸化物膜であること、その膜厚は5nmであることが確認された。また、表面自由エネルギーとその構成成分の値は、下記表6に示す通りであった。例11〜例13も同様の条件および方法で最表層を形成したため、形成された最表層の組成、表面性、および膜厚は例10と同様となる。また、例10〜例13では、中間層は例1〜例4と同様の条件および方法で形成したため、中間層の組成および膜厚は、例1〜例4と同様となる。
【0089】
【表6】

【0090】
例10〜13で得たプレス成形用ガラス素材を用いて、例1と同様の方法で光学機能部の周囲に鍔部を有するガラスレンズを作製した。作製したレンズに透過光を照射し、型との融着に起因して発生したと考えられる不良の有無を目視で判定した。不良が確認されたものを×、不良が確認されなかったものを○と評価した。結果は、下記表7に示すように例10〜13で得たガラスレンズでは、中間層の膜厚にかかわらず型との融着が発生した。これに対し同様の評価を例1〜例9で得たガラスレンズについて行ったところ、すべてのレンズにおいて評価結果は○であった。
【0091】
【表7】

【0092】
例10〜13で得たプレス成形用ガラス素材を用いて、以下の方法により光学機能部周囲に鍔部を持たない凸メニスカス形状のガラスレンズを作製した。
ガラス素材をモールドプレス成形装置により窒素ガス雰囲気下でプレス成形した。具体的には、まず成形面にスパッタ法による炭素含有離型膜を形成したSiC製の上下型と、これらの上下型を同軸上に保持する胴型からなる成形型を用い、上下型で上記ガラス素材を挟持するように成形型内にガラス素材を供給した。そして、雰囲気に非酸化性のN2ガスを充満させた成形装置のチャンバー内に成形型を投入し、成形型およびガラス素材をガラス素材の屈伏点Ts+40℃〜屈伏点Ts−10℃の範囲に加熱した。次いで、成形型を180〜260kg/cm2で加圧するとともに成形型を所定の冷却速度で冷却し、成形型の温度が460℃になった時点で加圧を終了した。次いで、成形型を急冷し、180℃以下になったところで成形型をチャンバー内から取り出し、成形型を分解して成形型内のガラス成形体を取り出した。成形体の外径寸法dは21.5mm、中心肉厚は2.65mmであり、プレス成形による外径の変化率は22.2%であり、中心肉厚の変化率は18.2%であった。
次いで、プレス成形体の外周部を研削加工により心取りを行い、φ18mmの凸メニスカス形状の非球面ガラスレンズを得た。
得られたガラスレンズの融着による不良の有無を上記と同様の方法で評価したところ、下記表8に示すように中間層の膜厚にかかわらず型との融着が発生した。
【0093】
【表8】

【0094】
C.最表層膜厚の異なる比較例
【0095】
[例14]
スパッタ時間を延長し最表層を形成した点を除き、例1と同様の工程を実施し、芯部ガラス上に中間層と最表層が形成されたプレス成形用ガラス素材を得た。
例1と同様の方法で最表層の評価を行ったところ、上記各例と同様に、最表層は珪素酸化物膜であること、その膜厚は15nmであることが確認された。また、表面自由エネルギーとその構成成分の値は、例1と同様の値であった。中間層は例1と同様の条件および方法で形成したため、中間層の組成および膜厚は、例1と同様となる。
例14で得たプレス成形用ガラス素材を用いて、例1と同様の方法で光学機能部の周囲に鍔部を有するガラスレンズを作製した。作製したガラスレンズの形状を例1と同様の方法で評価したところ、下記表9に示すように、中間層膜厚にかかわらずすべてのレンズにおいて評価結果はNGであった。
【0096】
【表9】

【0097】
上記実施例と比較例との対比から、本発明によればプレス成形時の変形量が多い場合であっても変形不良や融着を起こすことなく、所望形状のガラス成形体を得ることが可能となることが確認できる。
【0098】
D.スパッタ条件の最表層表面自由エネルギーへの影響の確認
【0099】
[例15]
最表層成膜時のスパッタガスとして、下記表9に示す割合で酸素を含む酸素とアルゴンとの混合ガスを使用した点を除き、例1と同様の工程を実施し、芯部ガラス上に中間層と最表層が形成されたプレス成形用ガラス素材を得た。
例1と同様の方法で最表層の表面自由エネルギーを測定した。得られた結果を、例1(スパッタガス中の酸素導入率10体積%)および例10(スパッタガスとして100%アルゴンガス)で得られた結果とともに、下記表10に示す。
【0100】
【表10】

【0101】
表10に示す結果から、最表層の珪素酸化物膜の表面自由エネルギーは、スパッタガス中の酸素導入率を5体積%以上20体積%未満とすることで75mJ/m2以下に制御できること、および表面自由エネルギーを75mJ/m2以下に制御できたことは主に水素結合エネルギーの減少によるものであることが確認できる。
酸素導入率5体積%、15体積%、20体積%の条件で作製したプレス成形用ガラス素材を用いて例1と同様の方法でプレス成形を行ったところ、酸素導入率5体積%、15体積%の条件で作製したプレス成形用ガラス素材を用いた場合には、例1等と同様に成形型との融着は見られなかったのに対し、酸素導入率20体積%の条件で作製したプレス成形用ガラス素材を用いた場合には、例10等と同様に成形型との融着が発生したことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本発明は、ガラスレンズ等の光学素子製造分野に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学ガラスからなる芯部と、該芯部を被覆する表面層と、を有するプレス成形用ガラス素材であって、
前記表面層は、プレス成形時に成形型成形面と接触する最表層および該最表層と隣接する中間層を含み、
前記最表層は、三液法によって測定される表面自由エネルギーが75mJ/m2以下であって膜厚15nm未満の珪素酸化物膜であり、
前記中間層は、化学量論組成に基づく珪素酸化物との結合半径差が0.10Å超の膜材からなる膜であり、ただし前記結合半径差が0.10超Åかつ0.40Å以下の場合、その膜厚は5nm以下であることを特徴とするプレス成形用ガラス素材。
【請求項2】
前記中間層は、ジルコニア、ビスマス、イットリウム、ランタノイド、亜鉛、またはチタンの酸化物膜であり、ただし中間層が亜鉛酸化物膜およびチタン酸化物膜である場合、その膜厚は5nm以下である、請求項1に記載のプレス成形用ガラス素材。
【請求項3】
前記最表層の三液法により測定される水素結合エネルギーは39.0mJ/m2以下である請求項1または2に記載のプレス成形用ガラス素材。
【請求項4】
プレス成形によって得るガラス成形体に対して、下記式(A):
外径の変化率(%)=|1−(ガラス成形体の外径/プレス成形用ガラス素材の外径)|×100 …(A)
により算出される外径変化率が40%以上となる形状を有する請求項1〜3のいずれか1項に記載のプレス成形用ガラス素材。
【請求項5】
プレス成形により、光学機能部と、該光学機能部を取り囲む鍔部とを含むガラス成形体を得るために使用される請求項1〜4のいずれか1項に記載のプレス成形用ガラス素材。
【請求項6】
前記光学ガラスは、W、Ti、Bi、およびNbからなる群から選ばれる少なくとも一種の易還元成分を含む請求項1〜5のいずれか1項に記載のプレス成形用ガラス素材。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のプレス成形用ガラス素材の製造方法であって、
前記最表層を、酸素含有率が5体積%以上20体積%未満の酸素と不活性ガスとの混合ガス雰囲気下でSiO2からなる成膜材料を用いて成膜処理を行うことにより形成することを特徴とする、前記製造方法。
【請求項8】
前記中間層を、酸素含有雰囲気中における成膜処理により形成することを更に含む、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
前記成膜処理をスパッタ法により行う請求項7または8に記載の製造方法。
【請求項10】
光学素子の製造方法であって、
請求項1〜6のいずれか1項に記載のプレス成形用ガラス素材を加熱し、プレス成形型を用いてプレス成形によりガラス成形体を得て、該ガラス成形体そのものとして、または該ガラス成形体を後加工に付して前記光学素子を得る、前記製造方法。
【請求項11】
前記プレス成形において、下記式(A):
外径の変化率(%)=|1−(ガラス成形体の外径/プレス成形用ガラス素材の外径)|×100 …(A)
により算出される外径変化率は40%以上である請求項10に記載の光学素子の製造方法。
【請求項12】
前記プレス成形により、光学機能部と、該光学機能部を取り囲む鍔部とを含むガラス成形体を得る請求項10または11に記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−6746(P2013−6746A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−141455(P2011−141455)
【出願日】平成23年6月27日(2011.6.27)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】