説明

プロセスチーズ類及びその製造方法

【課題】 良好な熟成チーズ風味を有し、かつ、糸曳き性も良いプロセスチーズ類とその製造方法を提供する。
【解決手段】原料チーズ中に、ナチュラルチーズ中の全窒素に対する水溶性窒素の比(水溶性窒素/全窒素)が12%以下のナチュラルチーズを10〜40重量%と、ナチュラルチーズ中の全窒素に対するPTA可溶性窒素の比(PTA可溶性窒素/全窒素)が10%以上のナチュラルチーズを30〜60重量%を、それぞれ含有した原料チーズを用い、加熱、溶融、混合することで、良好な熟成チーズ風味を有し、かつ、糸曳き性も良好なプロセスチーズ類を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、良好な熟成したチーズの風味を有する糸曳き性の良好なプロセスチーズ類及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
加熱により溶融して糸曳き性を示すタイプのプロセスチーズ類は、トーストやピザ、グラタンなどのトッピングとして多く利用されている。従来、このような糸曳き性の良好なプロセスチーズ類を得るためには、原料チーズとして熟度の低いチーズを使用し、乳化時に溶融塩を使用しないか、あるいは溶融塩をごくわずかに使用して乳化する方法がとられている。しかしながら、このようにして得られたプロセスチーズ類は、糸曳き性は良好なものの、使用している原料チーズの熟度が低いため、チーズらしい風味が弱くなるという問題点があった。すなわち、焼成した時の糸曳き性が良いことや弾力のある食感などのテクスチャーと、旨味などのチーズ風味の強さとを兼ね備えることができない品質特性であった。また、この点を改善するために、アミノ酸等の調味料を用いて風味を補うことも一般に行われているが、チーズ本来の風味を再現しているとは言い難いものがあった。
【0003】
良好な風味及び滑らかな組織を有する、糸曳き性が良好なプロセスチーズの製造方法として、熟度指標25%以下に調整した原料チーズに、溶融塩、及び、乳清カルシウム及び/又はコロイド状リン酸カルシウムを添加し加熱乳化する糸曳き性の良好なプロセスチーズの製造方法が提案されている(特開平11−221015)。この方法によれば、従来よりも熟度指標の高い原料チーズを使用することが可能であるため、よりチーズ風味の強いプロセスチーズが得られるという利点はあるものの、通常は使用しないカルシウム塩を添加物として使用する必要があり、さらにカルシウムはチーズへの溶解性が低いため、過剰に添加すると風味の劣化や組織のざらつきを生じてしまう。
【特許文献1】特開平11−221015
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、特別な添加物等を使用することなく、良好なチーズ本来の風味を有する糸曳き性の良いプロセスチーズ類とその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、以上の目的を達成するために鋭意研究を行った。その結果、本発明者らは、プロセスチーズ類の原料となるナチュラルチーズの熟度について、糸曳き性や弾力のある食感といった物性との関係性が高い熟度指標(水溶性窒素/全窒素)と、旨味等の風味との関係性が高い熟度指標(PTA可溶性窒素/全窒素)とに分けて捉えることにより、熟度の異なるナチュラルチーズを適切に組み合わせることで、良好なチーズ本来の風味を有し、かつ、糸曳き性も良好なプロセスチーズ類が得られることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0006】
すなわち本発明は、
[1]原料チーズ中に、ナチュラルチーズ中の全窒素に対する水溶性窒素の比(水溶性窒素/全窒素)が12%以下のナチュラルチーズを10〜40重量%と、ナチュラルチーズ中の全窒素に対するPTA可溶性窒素の比(PTA可溶性窒素/全窒素)が10%以上のナチュラルチーズを30〜60重量%を、それぞれ含有した原料チーズを用い、加熱、溶融、混合することを特徴とする良好な熟成チーズ風味を有する糸曳き性の良いプロセスチーズ類の製造方法、
[2] 原料チーズ全体の全窒素に対する水溶性窒素の比(水溶性窒素/全窒素)が19%以下、及び、原料チーズ全体の全窒素に対するPTA可溶性窒素の比(PTA可溶性窒素/全窒素)が6%以上となるように調整することを特徴とする前記1に記載のプロセスチーズ類の製造方法、
[3] 溶融塩を原料チーズに対して1.0重量%以下添加することを特徴とする前記1乃至2のいずれか1項に記載のプロセスチーズ類の製造方法、
[4] 安定剤を原料チーズに対して0.05〜0.5重量%添加することを特徴とする前記1乃至3のいずれか1項に記載のプロセスチーズ類の製造方法、
[5]前記1乃至4のいずれか1項に記載の製造方法によって製造された良好な熟成チーズの風味を有する糸曳き性の良いプロセスチーズ類、
に関する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、特別な添加物や製造装置を使用することなく、良好な熟成チーズ風味を有し、かつ、糸曳き性も良好なプロセスチーズ類を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は以下に述べる個々の形態には限定されない。本発明におけるプロセスチーズ類とは、原料の相違などによる各種のプロセスチーズが製造されているが、普通にプロセスチーズと呼ばれているものを含めて、すべてのプロセスチーズ、プロセスチーズフード等を含むものである。
【0009】
プロセスチーズ類の糸曳き性は、原料となるナチュラルチーズ中のカゼインの構造の強さに依存している。熟成によりカゼインの分解が進んだナチュラルチーズを使用すると、糸曳き性は低下する。このことが、糸曳き性が良好なプロセスチーズ類を得るために熟度の低いナチュラルチーズが原料として用いられる所以である。一方、チーズの旨味についても、同様にナチュラルチーズ中のタンパク質であるカゼインが分解されて生じるが、糸曳き性に影響するカゼインの分解よりも更に高度に分解された結果生じるアミノ酸に主として関係している。
【0010】
以下に、ナチュラルチーズの製造時及び熟成時におけるタンパク質の変化について概説する。ナチュラルチーズ中のタンパク質の変化は、チーズ製造時にカゼインがレンネットにより限定分解されて、水不溶性のカルシウムパラカゼイネートになるところから始まり、熟成に伴って漸次水溶性物質に変換されていく。初期に生じる水溶性画分は中程度のペプチドであり、さらに分解されて中〜小ペプチドやアミノ酸となる。プロセスチーズ類の糸曳き性は、原料となるナチュラルチーズのカゼイン構造の強さに依存しており、これらはカゼインの初期分解である水溶性画分の増加と関係が深いことから、チーズ中の全窒素に占める水溶性窒素の割合(水溶性窒素/全窒素)を一つの熟度の指標として考えることができる。一方、チーズの風味の生成と関係の深い小ペプチドやアミノ酸はリンタングステン酸(PTA)可溶性画分として確認することができる。すなわち、旨味などのチーズ風味に関してはチーズ中の全窒素の占めるPTA可溶性窒素の割合(PTA可溶性窒素/全窒素)が、より直接的な熟度の指標として適している。よって、これら2つの指標を好適に組み合わせることにより、良好なチーズの風味を有し、かつ、糸曳き性も良好なプロセスチーズ類を得ることができる。
【0011】
本発明におけるナチュラルチーズ中の全窒素に対する水溶性窒素の比、及びナチュラルチーズ中の全窒素に対するPTA可溶性窒素の比は、以下の方法で算出することができる。
ナチュラルチーズ中の全窒素量及び水溶性窒素量、PTA可溶性窒素量はそれぞれ以下の方法で測定することができる。
[全窒素量]
(1) 試料(チーズ)5gに約50℃に加温した0.05Mクエン酸ナトリウム・二水和物溶液を60ml加え、回転式ホモゲナイザーを用いて8000rpmで約3分間、ホモジナイズする。
(2) ホモゲナイザーを蒸留水で洗いこみながら100gとする。
(3) (2)の試料液2mlを取り、ケルダール法により窒素を定量する。得られた値がチーズ1gあたりの全窒素量である。
[水溶性窒素量]
(1) 試料(チーズ)5gに約50℃に加温した0.05Mクエン酸ナトリウム・二水和物溶液を60ml加え、回転式ホモゲナイザーを用いて8000rpmで約3分間、ホモジナイズする。
(2) ホモゲナイザーを蒸留水で洗いこみながら100gとする。
(3) スターラーで攪拌しながら、6規定塩酸溶液でpH4.40±0.05に調整する。
(4) 東洋ろ紙No.5Aでろ過し、ろ液2mlを取り、ケルダール法により窒素を定量する。得られた値がチーズ1gあたりの水溶性窒素量である。
[PTA可溶性窒素量]
(1) 試料(チーズ)5gに約50℃に加温した0.05Mクエン酸ナトリウム・二水和物溶液を60ml加え、回転式ホモゲナイザーを用いて8000rpmで約3分間、ホモジナイズする。
(2) ホモゲナイザーを蒸留水で洗いこみながら100gとする。
(3) スターラーで攪拌しながら、6規定塩酸溶液でpH4.40±0.05に調整する。
(4) 東洋ろ紙No.5Aでろ過し、ろ液から10mlを採取する。
(5) (4)に25%硫酸溶液を6ml、12.5%リンタングステン酸(PTA)溶液を4ml加えてよく攪拌した後、16時間室温で放置する。
(6) (5)を再び東洋ろ紙No.5Aでろ過し、ろ液を2ml取り、ケルダール法により窒素を定量する。得られた値がチーズ1gあたりのPTA可溶性窒素量である。
【0012】
次式により、全窒素に対する水溶性窒素の比、及び全窒素に対するPTA可溶性窒素の比を算出する。
水溶性窒素/全窒素(%)=チーズ中の水溶性窒素含量/チーズ中の全窒素含量×100
PTA可溶性窒素/全窒素(%)=チーズ中のPTA可溶性窒素含量/チーズ中の全窒素含量×100
【0013】
本発明において使用する原料チーズは、通常プロセスチーズ類の製造に使用されるのと同様に、広範囲な種類のナチュラルチーズを使用することができるが、「水溶性窒素/全窒素」が12%以下のナチュラルチーズが原料チーズ中の10〜40重量%、「PTA可溶性窒素/全窒素」が10%以上のナチュラルチーズが原料チーズ中の30〜60重量%を占めるように原料チーズを調整して使用する。好ましくは、「水溶性窒素/全窒素」が10%以下のナチュラルチーズが原料チーズ中の15〜30重量%、「PTA可溶性窒素/全窒素」が12%以上のナチュラルチーズが原料チーズ中の30〜60重量%を占めるように原料チーズを調整して使用する。さらに詳しくは、原料チーズ全体の全窒素に対する水溶性窒素の比(水溶性窒素/全窒素)が19%以下、及び、原料チーズ全体の全窒素に対するPTA可溶性窒素の比(PTA可溶性窒素/全窒素)が6%以上となるように調整する。なお、原料チーズの残余の部分については、通常のプロセスチーズ類の製造に使用するナチュラルチーズを適宜組み合わせればよい。
【0014】
「水溶性窒素/全窒素」が12%以下の未熟なナチュラルチーズとしては、ゴーダチーズ、チェダーチーズ等の熟成型チーズの熟成が進んでいないものや、モッツァレラ、ステッペン等のフレッシュチーズを、単独或いは2種類以上組み合わせて使用することができる。また、「PTA可溶性窒素/全窒素」が10%以上の高度に熟成したナチュラルチーズとしては、チェダーチーズ、ゴーダチーズ、エダムチーズ、エメンタールチーズ、パルメザンチーズ等の熟成型チーズで所定の熟成指標になったものを、単独或いは2種類以上組み合わせて使用することができる。これらは所望とする風味や物性に合わせて適宜組み合わせることができる。
【0015】
本発明において溶融塩は、添加しないか、添加しても原料チーズに対して1.0重量%以下、好ましくは0.5重量%以下で使用する。溶融塩の種類としてはクエン酸塩、リン酸塩、酒石酸塩など、通常のプロセスチーズ類の製造に用いられる溶融塩を使用することができる。溶融塩の添加量が1.0重量%を越えると、乳化が過度に進行し、目的とする糸曳き性を得ることができず好ましくない。またさらに、安定剤を少量、0.05〜0.5重量%、好ましくは0.1〜0.4重量%添加することにより、溶融塩の使用量を少なくしても煮上がったチーズの乳化安定性が向上し、製造時のチーズ物性を安定化させることができる。使用する安定剤としては、グアガム、カラギーナン、キサンタンガム、ローカストビーンガム、タラガム等の増粘多糖類の他、ゼラチン等の増粘性タンパク質が挙げられ、これらを単独或いは2種類以上組み合わせて使用することができる。
【0016】
また、必要に応じて食塩や乳化剤、着色料、風味付けのための各種食品等、プロセスチーズ類の製造に使用される副原料についても、併せて使用することが可能である。
【0017】
本発明において原料の加熱溶融は、原料を攪拌しながら通常75〜100℃、好ましくは80〜100℃、より好ましくは85〜100℃まで加熱することにより行う。本発明において原料を加熱溶融し、乳化する装置としては、ケトル型チーズ乳化釜、横型クッカー、高速剪断乳化釜、及び連続式熱交換機(ショックステリライザー、コンビネーター、等)など、いずれも使用可能である。また、溶融装置とホモゲナイザー、インラインミキサー、コロイドミルなどの乳化機を組み合わせることも可能である。
【0018】
原料を加熱溶融した後は、容器に充填してから冷却する方法、一旦仮容器に充填してから冷却成形した後に取り出してカット包装する方法、連続的に冷却しつつ成形して包装する方法など、いずれの方法でも目的とする製品を製造することができる。
【実施例】
【0019】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0020】
[実施例1]
以下の3種類のナチュラルチーズ
(A)水溶性窒素/全窒素=8.5%の未熟ゴーダチーズ、
(B)PTA可溶性窒素/全窒素=12.0%の高熟度のチェダーチーズ、
(C)水溶性窒素/全窒素=18%、PTA可溶性窒素/全窒素=6.0%のチェダーチーズ
を表1の配合比(重量%)で組み合わせて原料チーズとした。
【0021】
【表1】

【0022】
原料チーズ2kgを粉砕して溶融釜に投入し、溶融塩としてクエン酸ナトリウムを10g添加した後、製品水分が47%になるように水を加え、攪拌しながら90℃まで加温して溶融し、パラフィルムとカルトンを使用して225gずつ包装し冷蔵した。
十分に冷却した後、専門パネルで風味・食感および糸曳き性を評価した。結果を表2に記す。
【0023】
【表2】

【0024】
実施例1の結果より、原料チーズ中の(A)未熟ゴーダチーズ(水溶性窒素/全窒素=8.5%)の配合比が5重量%の場合(試作番号1A)では、十分な糸曳き性を得ることができなかった。また、未熟ゴーダチーズの配合比が50重量%であり、高熟度のチェダーチーズの配合比が20重量%の場合(試作番号1E)では、糸曳き性は良好なもののガミーな食感となり、良好なチーズ本来の風味も得られなかった。
【0025】
[実施例2]
以下の3種類のナチュラルチーズ
(D)水溶性窒素/全窒素=11.5%の未熟ゴーダチーズ、
(E)PTA可溶性窒素/全窒素=12.5%の高熟度のチェダーチーズ、
(F)水溶性窒素/全窒素=18%、PTA可溶性窒素/全窒素=6.0%のチェダーチーズ
を表3の配合比(重量%)で組み合わせて原料チーズとした。
【0026】
【表3】

【0027】
原料チーズ2kgを粉砕して溶融釜に投入し、溶融塩としてクエン酸ナトリウムを6g、ローカストビーンガムを6gそれぞれ添加した後、製品水分が47%になるように水を加え、攪拌しながら90℃まで加温して溶融し、パラフィルムとカルトンを使用して225gずつ包装し冷蔵した。
十分に冷却した後、専門パネルで風味・食感および糸曳き性を評価した。結果を表4に記す。評価基準は実施例1と同じである。
【0028】
【表4】

【0029】
実施例2の結果より、原料チーズ中の(E)高熟度チェダーチーズ(PTA可溶性窒素/全窒素=12.5%)の配合比が20重量%の場合(試作番号2A)では、良好な糸曳き性を有するものの、良好なチーズ本来の風味を得ることができなかった。また、高熟度チェダーチーズの配合比が70重量%の場合(試作番号2E)では、風味は良好であるものの、糸曳き性が不良となった。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明により、「水溶性窒素/全窒素」が12%未満の低熟度の原料チーズと「PTA可溶性窒素/全窒素」が10%以上の高熟度の原料チーズを組み合わせて使用することにより、良好な熟成チーズ風味を有し、かつ、糸曳き性も良好なプロセスチーズ類が得られる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料チーズ中に、ナチュラルチーズ中の全窒素に対する水溶性窒素の比(水溶性窒素/全窒素)が12%以下のナチュラルチーズを10〜40重量%と、ナチュラルチーズ中の全窒素に対するPTA可溶性窒素の比(PTA可溶性窒素/全窒素)が10%以上のナチュラルチーズを30〜60重量%を、それぞれ含有した原料チーズを用い、加熱、溶融、混合することを特徴とする良好な熟成チーズ風味を有する糸曳き性の良いプロセスチーズ類の製造方法。
【請求項2】
原料チーズ全体の全窒素に対する水溶性窒素の比(水溶性窒素/全窒素)が19%以下、及び、原料チーズ全体の全窒素に対するPTA可溶性窒素の比(PTA可溶性窒素/全窒素)が6%以上となるように調整することを特徴とする請求項1に記載のプロセスチーズ類の製造方法。
【請求項3】
溶融塩を原料チーズに対して1.0重量%以下添加することを特徴とする請求項1乃至2のいずれか1項に記載のプロセスチーズ類の製造方法。
【請求項4】
安定剤を原料チーズに対して0.05〜0.5重量%添加することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載のプロセスチーズ類の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか1項に記載の製造方法によって製造された良好な熟成チーズの風味を有する糸曳き性の良いプロセスチーズ類。