説明

プロパン吸着剤及び前処理精製装置、並びに原料空気の前処理方法

【課題】原料空気中の極低濃度のプロパンを効率よく除去しうるプロパン吸着剤を提供することを目的とする。
【解決手段】空気液化分離装置の前処理精製装置に使用するためのプロパン吸着剤であって、少なくとも1つのストレートチャンネルを持つMFI構造を有し、Si/Al比が100以下のゼオライトであり、H、Na、Ca、Zn、Cuからなる群から選択される少なくとも1つのイオンを含むプロパン吸着剤を選択する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロパン吸着剤及び前処理精製装置、並びに原料空気の前処理方法に関するものである。
本願は、2004年3月30日に出願された特願2004−99683号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
窒素や酸素などのガスは産業界で最も広くかつ大量に使用されているガスである。これらのガスは一般に、空気を冷却、液化し蒸留によって分離する空気液化分離法によって製造される。
しかし空気を液化する際、その温度で固化する成分が含まれていると、流体の流路が閉塞し装置の運転が困難となる。そのような状況を避けるため、空気を冷却する前に閉塞性の成分を前処理精製装置によってあらかじめ除去することが実施されている。前処理精製装置で除去する主な閉塞性の成分には水分、二酸化炭素がある。
【0003】
また、前処理精製の方法としては、温度変動吸着(Thermal Swing Adsorption:TSA)方式が主流であり、数多くの文献、特許が出ている。典型的なTSA式前処理精製装置では、吸着塔内に2種類の吸着剤を積層充てんし、上流部に水分を除去するための活性アルミナが、下流部には二酸化炭素を除去するための合成ゼオライトが用いられている。また合成ゼオライトとしては低分圧における二酸化炭素吸着量及び吸着剤コストなどを総合的に考慮してNaX型ゼオライトが広く使われている。
しかし、最近になって空気液化分離装置の安全性を確保するためには、上記の成分以外に一酸化二窒素、炭化水素類などの成分も除去する必要があることが明らかとなってきた。
【0004】
一酸化二窒素は空気中に約0.3ppm含まれており、水、二酸化炭素と同様に閉塞性物質である。従来は、原料空気中の一酸化二窒素の濃度が低いことから、除去対象の成分として考慮されていなかったが、大気中の一酸化二窒素濃度の増加や、空気液化分離装置の改良・改善、性能向上に伴う装置内のガス挙動の変化などから、一酸化二窒素も除去すべき成分の一つであると考えられるようになってきた。
【0005】
空気中に含まれる炭化水素類は、炭素数1〜3の低級炭化水素が主であり、具体的にはメタン、アセチレン、エチレン、エタン、プロピレン、プロパンなどが挙げられる。空気中においてはメタンの濃度が比較的高い(約1.6ppm)。その他の成分はppbオーダーと極微量である。これらの炭化水素類は液体酸素中に溶けて濃縮され、装置内で燃焼・爆発を起こす可能性があるため、溶解度、爆発範囲等を指標として、液体酸素中の炭化水素濃度をコントロールすることが求められている。具体的には液体酸素中の炭化水素濃度が、ある一定値を超えないように、保安液酸として、炭化水素類が濃縮された液体酸素を装置外へ排出している。この保安液酸中の炭化水素濃度は法律で規定されている。
【0006】
ただし、上述のように、空気液化分離装置の改良・改善、性能向上に伴う装置内のガス挙動の変化などから、保安液酸として抜き出す液体酸素溜め以外の場所で局所的に炭化水素類が濃縮する可能性も否定できない。そもそも、装置の安全性を脅かす成分が流入すること自体が好ましいことではなく、炭化水素類も前処理精製の段階で除去することが望ましい。
【0007】
Reyhingらは、従来の前処理精製装置では、プロピレン、アセチレンは除去可能だが、一酸化二窒素やその他の炭化水素類は完全に除去できないことを示した。近年、空気液化分離装置メーカーではこれらの成分を除去するための吸着剤について検討された結果を、非特許文献1で開示している。
【0008】
特許文献1には、カルシウムでイオン交換されたXまたはLSX型ゼオライトによって空気中からエチレンを除去できることが開示されている。
【0009】
特許文献2には、カルシウムでイオン交換されたXまたはLSX型ゼオライトによって空気中から一酸化二窒素およびエチレンを除去できることが開示されている。
【0010】
特許文献3には、カルシウムでイオン交換されたバインダーレスX型ゼオライトによって空気中から一酸化二窒素およびエチレンを除去できることが開示されている。
【0011】
特許文献4には、カルシウムでイオン交換されたA型またはX型ゼオライトによって空気中から一酸化二窒素、エチレン、プロパンを除去できることが開示されている。
【0012】
特許文献5〜7には、Ca−LSXとCa−Aの複合吸着剤で、一酸化二窒素および炭化水素類を除去できることが開示されている。
【0013】
特許文献8には、カルシウムでイオン交換されたバインダーレスLSX型ゼオライトによって空気中から一酸化二窒素および炭化水素類を除去できることが開示されている。
【0014】
特許文献9には、カルシウムでイオン交換されたLSX型ゼオライトによって空気中から一酸化二窒素およびエチレンを除去できることが開示されている。
【0015】
これらの特許文献で開示されている内容に共通することは、いずれもX(LSX)型あるいはA型のゼオライトをカルシウムでイオン交換した吸着剤を用いることである。
カルシウムイオン交換は、一酸化二窒素や炭化水素類の中でもエチレンなど、主に特異的な相互作用によって吸着する成分に対しては有効であるが、プロパンなど特異的な相互作用を持たない成分に対しては、特段吸着に大きく寄与しないと推測できる。実際、上記特許のほとんどで実施例において効果があった成分は一酸化二窒素、エチレンである。
現状においては炭化水素類の中でもエチレン、アセチレン、プロピレンは比較的簡単に除去できるが、残りの炭化水素類であるメタン、エタン、プロパン(いずれも飽和炭化水素)を効率よく吸着除去できるものはなかった。
【0016】
炭化水素を吸着で除去する試みは、自動車の排気ガス処理の分野でも行われている。自動車の排気ガスは一般に触媒によって処理されている。
通常、エンジン始動直後の触媒の温度は低く、触媒活性も低いことから、排気ガスが処理されないまま大気中に放出される。そこで、触媒の温度が上昇して活性が高くなるまでの間は、別途、前段に設けたゼオライトによるトラップで排気ガス中の炭化水素類を一時的に吸着させてその放出を防いでいる。その後、排気ガス温度の上昇とともにゼオライトに吸着された炭化水素類は脱離し後段の触媒により処理される。あるいは、ゼオライトトラップそのものに触媒作用がある場合には、その場で処理される。
【0017】
この分野の先行技術として、例えば特許文献10には、Csなどのアルカリ金属を含むSiO/Al比が10以上のゼオライトが内燃機関の排ガス処理に有効であることが開示されている。この文献では、Cs−ZSM5、K−ZSM5吸着剤で、トルエンを吸着できることが開示されている。目的が内燃機関の排ガス処理なので、低い温度で脱着しないこと、耐熱性が必要なことから、SiO/Al比は大きい方が良いと記載されている。
特許文献11には、SiO/Al比が30以上であり、酸素電荷の絶対値が0.210以上のゼオライトが内燃機関の排ガス処理に有効であることが開示されている。
【0018】
特許文献10および特許文献11には、自動車排気ガスの処理分野における炭化水素類吸着用ゼオライトの主な使用条件として以下の項目が挙げられる。
(1)排気ガスには比較的多くの水分が含まれている。
(2)排気ガスの温度は600℃以上(高速走行時には1000℃以上)である。
(3)十分温度が高くなるまで炭化水素類を脱離しない。
(4)炭化水素類濃度は少なく見積もっても数十ppm程度であり、実施例では数千ppm程度である。
【0019】
極性が高い水分はゼオライトに優先的に吸着するため、炭化水素の吸着性能は低下する。よって水分共存下において高い炭化水素類吸着性能を有する吸着剤が求められている。一般にSi/Al比が低いと水分の影響を強く受けるため、自動車排ガス処理の分野ではSi/Al比の高いゼオライトが用いられる傾向にある。
高温での使用のため、ゼオライトには高い耐水熱性が必要である。ゼオライトは種類にもよるが高温、水分共存下で構造が壊れやすいと言われている。一般にSi/Al比の高いゼオライトほど耐水熱性が高い。
吸着剤の後段の触媒が高温になって活性が高くならないと、炭化水素を含んだガスを処理できないので、できるだけ高温まで炭化水素類を保持(吸着)できるゼオライトが必要とされている。
【0020】
上記のような、自動車排ガス処理におけるゼオライトの条件と異なり、空気液化分離の前処理精製装置としてのTSA装置のゼオライトの使用条件は以下のとおりである。
(1)排気ガスより少ない水分量の空気を精製する。
(2)5〜40℃の常温で吸着させ、100〜300℃の比較的低い温度で再生が行われる。
(3)ゼオライトに高い耐水熱性を必要としない。
(4)空気中の炭化水素濃度は数十ppb(メタンを除く)である。
【0021】
TSA装置では、比較的、少ない水分量の空気を処理する。また、水分に弱い吸着剤であれば、水分除去用の吸着剤の下流側に充てんすることで、水分を含まない状態での炭化水素類の吸着が可能である。そして、再生温度はランニングコストの面などからできるだけ低い温度が好ましい。つまり炭化水素類吸着剤に求められる特性は、自動車の排ガス処理触媒に使われる吸着剤が、高温まで吸着保持しなければならないこととは対照的に、より低い温度で速やかに脱離することが求められる。また、耐水熱性を必要としないので、Si/Al比を大きくする必要がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0022】
【特許文献1】特開平11−253736号公報
【特許文献2】特開2000−140550号公報
【特許文献3】特開2000−107546号公報
【特許文献4】特開2001−062238号公報
【特許文献5】特開2002−126436号公報
【特許文献6】特開2002−143628号公報
【特許文献7】特開2002−154821号公報
【特許文献8】特開2002−143677号公報
【特許文献9】特開2001−129342号公報
【特許文献10】特開2001−293368号公報
【特許文献11】特開2003−126689号公報
【非特許文献】
【0023】
【非特許文献1】Linde Reports on Science and Technology,36/1983,Dr J.Reyhing
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
空気液化分離装置の前処理精製装置の分野では、原料空気に含まれる微量の炭化水素類を除去するために様々な吸着剤が検討されている。自動車からの排ガス中の炭化水素の組成は、大気中のそれとは大きく異なる。そのため、上記の自動車排ガス処理分野の文献に開示された炭化水素は、極性の高い炭化水素や分子量の大きい炭化水素に限られている。それらの吸着剤は、低級炭化水素でかつ飽和炭化水素であるメタン、エタン、プロパンは吸着しにくい。中でも液体酸素への溶解度が小さく、比較的危険性の高いプロパンを除去できる吸着剤の実施例はない。特に、ppbレベルの極微量のプロパンを効率的に吸着し、TSA用吸着剤として使用できる吸着剤の開示はない。
上述したように、空気中の炭化水素濃度は、自動車の排ガス中の炭化水素濃度(分圧)の1000分の1以下である。吸着量は圧力、すなわち分圧によって変化するものであり、分圧が高い領域で吸着量が多くても、分圧の低い領域で吸着量が多いとは限らない。さらには、分圧が低くなればなるほど他の成分と競合吸着を起こすことで吸着阻害がおき、より吸着しにくくなる。よって、ある特定の成分を低濃度領域で吸着するためには、強い力で吸着させなければならない。
【0025】
ppbレベルの低濃度領域成分を除去する方法として一般にゲッター吸着剤が使われているが、これは化学吸着を利用したもの、つまり強い力で吸着しているため再生が困難であり、吸着させたものは再生させることなく、吸着剤を交換するのが普通である。
一方、前処理精製装置は吸着・再生を繰り返すことが前提であるため、吸着力が強すぎると、上記のような低い温度で脱離することが困難となる。よってppbレベルの低濃度成分の吸着除去と低温度での再生を両立させることは容易ではない。
以上のように、自動車の排ガス処理分野と空気液化分離装置の前処理精製装置での使用条件は大きく異なり、前処理精製の条件に適合した炭化水素吸着剤が求められている。
【0026】
これまでに空気中から微量不純物である炭化水素類を除去するために様々な吸着剤が検討されているが、メタン、エタンなどの飽和炭化水素、中でも液体酸素への溶解度が小さく、比較的危険性の高いプロパンを効率的に除去できるものはなかった。そのため、大気中の低濃度の炭化水素を除去するような、空気液化分離装置の前処理精製条件に適合した炭化水素吸着剤が求められていた。
【0027】
本発明は、原料空気中の極低濃度のプロパンを効率よく除去しうるプロパン吸着剤を提供することを目的とする。また、このプロパン吸着剤を用いた前処理精製装置、並びに原料空気の前処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0028】
上記課題を解決するため、
請求項1に係る発明は、空気液化分離装置の前処理精製装置に使用するためのプロパン吸着剤であって、
少なくとも1つのストレートチャンネルを持つMFI構造を有し、Si/Al比が100以下のゼオライトであり、
H、Na、Ca、Zn、Cuからなる群から選択される少なくとも1つのイオンを含むプロパン吸着剤である。
【0029】
請求項2に係る発明は、空気液化分離装置の前処理精製装置であって、
請求項1記載のプロパン吸着剤を充填した吸着塔を有するTSA式の前処理精製装置である。
【0030】
請求項3に係る発明は、空気液化分離における原料空気の前処理方法であって、
請求項2記載の前処理精製装置を用い、原料空気からプロパンを除去する原料空気の前処理方法である。
【0031】
本発明のTSA式の前処理精製装置における、原料空気の供給条件は、圧力が300kPa〜1MPa(絶対圧力)、温度が5〜40℃であり、吸着工程時の条件もそれに準ずる。再生工程時の条件は、圧力が大気圧付近、温度が100〜300℃であることが好ましい。
【0032】
本発明のプロパン吸着剤のTSA式前処理精製装置における使用形態は、水分除去用の第一の吸着剤である活性アルミナ、二酸化炭素除去用の第二の吸着剤であるNaX型ゼオライトと共に第三の吸着剤として積層充てんして用いられる。その積層の順序に関し、活性アルミナが上流側、NaXがその下流側であることは固定される。なぜなら、NaXの二酸化炭素吸着性能は水分の存在により低下するため、先に水分を除去しておくことが必要だからである。
【0033】
本発明のプロパン吸着剤についても、水の存在により吸着性能に影響を与える低Si/Al比の吸着剤を用いる場合は、活性アルミナの下流側に積層充てんすることが好ましい。
【発明の効果】
【0034】
以上より、少なくとも1つのストレートチャンネルを持つMFI構造を有し、Si/Al比が100以下のゼオライトであり、H、Na、Ca、Zn、Cuからなる群から選択される少なくとも1つのイオンを含むプロパン吸着剤として前処理精製装置に使うことで、空気中に含まれる極低濃度のプロパンを除去することができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】図1はFER型吸着剤の細孔の模式図である。
【図2】図2はMOR型吸着剤の細孔の模式図である。
【図3】図3はMFI型吸着剤の細孔の模式図である。
【図4】図4はX型吸着剤の細孔の模式図である。
【図5】図5は空気液化分離装置の系統図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
(実施態様)
FER型、MOR型、MFI型、X型の吸着剤について、炭化水素類の吸着量を測定した。
【0037】
FER型、MOR型、MFI型、X型の各吸着剤の細孔の模式図を、図1〜4に示す。
【0038】
FER型吸着剤は、短径42nm、長径54nmの細孔と、短径35nm、長径48nmのストレートチャンネルを持ち、2次元細孔構造を形成する。
MOR型吸着剤は短径26nm、長径57nmの細孔と、短径65nm、長径70nmのストレートチャンネルを持ち、2次元細孔構造を形成する。
MFI型吸着剤は短径53nm、長径56nmのストレートチャンネルと、短径51nm、長径55nmのジグザグのチャンネルを持ち、それらが互いに組み合わさって3次元細孔構造を形成している。
X型吸着剤の細孔は、スーパーケージと呼ばれる空洞部分を有しており、3次元の細孔構造を持つ。
【0039】
これらの吸着剤の細孔径やストレートチャンネル径は、ゼオライトを構造的に分類する目的で、細孔の一部を形成する酸素イオン半径(0.135nm)を元に計算された数値であり、実際の細孔径は、共有結合、格子振動の影響に加え、組成(Si/Al比、イオン種)、温度、水和状態などの条件によって異なる。
W.M.Meier,D.H.Olson,Ch.Baerlocher ed.,Atlas of Zeolite Structure Types,4th Ed.,Elsevier(1996)参照。
【0040】
12種類の吸着剤について、炭化水素類の吸着量を、以下の破過曲線測定法で測定した。
本測定法は吸着剤を充てんしたカラムの下部より被吸着成分を含む処理ガスを流し、カラムの上部から流出してくるガスの組成を分析する方法である。
内径17.4mm、充てん高さ400mmのカラムに吸着剤を充填し、測定前の準備として、吸着剤を温度473Kまで上昇させ、窒素を大気圧で、流量2リットル/minとなるように流しながら、10時間の加熱再生を行った。
【0041】
測定条件は、カラムを温度283K、圧力550kPaに保った状態で、窒素ガスに炭化水素1ppmを混合させた処理ガス11.96リットル/minをカラム下部より導入した。本条件におけるカラム内のガス流速は約160mm/minとなる。上記の温度、圧力、流速の条件は、典型的なTSA式前処理精製装置の条件に準じて選定された値である。
カラム上部から流出してくるガスの組成分析には、トレースアナリティカル社製プロセスガス分析計(RGA5)を用いた。本分析計はppbレベルの炭化水素類の組成分析が可能である。
【0042】
得られた組成分析結果より吸着剤の炭化水素吸着量を見積もることができる。具体的には、処理ガスを流し始めた時を原点として横軸に時間、縦軸に炭化水素濃度としたグラフを描くと、吸着剤が炭化水素を吸着している間は炭化水素が検出されないが、やがて吸着剤が炭化水素を吸着しきれなくなり、徐々にカラム出口炭化水素濃度は増加してくる。そしてカラム内すべての吸着剤の炭化水素吸着量が飽和に達すると、分析値は入口濃度と同じ値を示すようになる。このような状態を表した曲線を破過曲線と言うが、この破過曲線と処理ガスの流量、濃度条件(11.96リットル/min、1ppm)から、温度283K、圧力550kPaで吸着剤が処理できる炭化水素量すなわち炭化水素吸着量を見積もることができる。
【0043】
(実施例)
市販のH−FER型、Na−MOR型、H−MFI型、Na−MFI型、Cu−MFI型各吸着剤、および上記Na−MOR型吸着剤をKでイオン交換したK−MOR型吸着剤、上記Na−MFI型をCa、Znでイオン交換したCa−MFI型、Zn−MFI型各吸着剤について、上記の破過曲線測定法に従い、吸着性能を調べた。これらの吸着剤は、すべてストレートチャンネルをもつゼオライトである。
【0044】
(比較例)
市販のNaX型の吸着剤、CaX型の吸着剤、H−MOR型の吸着剤、H−MFI型の吸着剤について、上記の破過曲線測定法に従い、吸着性能を調べた。
これらの吸着剤のうち、H−MOR型およびH−MFI型の吸着剤はストレートチャンネルをもつが、Na−MOR型吸着剤やCu−MFI型吸着剤に比べると細孔径が大きいと考えられる。
【0045】
表1に、実施例、比較例で測定を行った吸着剤について、基本構造、イオン交換を行ったイオン種、Si/Al比、及び炭化水素類の吸着量の測定結果を示す。
【0046】
【表1】

【0047】
本測定では、プロピレンは全ての吸着剤、アセチレンは実施例1〜8および比較例1、2の吸着剤、エチレンは実施例7、8と比較例2において、6時間以上の連続測定を行ったが、流出してくるガス中からそれぞれの炭化水素は検出されなかった。
これらの吸着剤には、カラムに導入したプロピレン、アセチレン、もしくはエチレンの総量以上の吸着量があると考え、吸着量として、導入したプロピレン、アセチレン、もしくはエチレンの総量を記載し、※を付した。
【0048】
本発明の吸着剤は、従来、前処理精製装置で用いられていたNaX型の吸着剤に比べ、特にプロパンの吸着量の点で優れ、最大で6倍以上の吸着量を持ち、プロパンを効率よく除去できる。
本発明の吸着剤は、エチレンの吸着量もNaX型と同等かそれ以上に多く、プロピレン、アセチレンもNaX型と同様に除去できる。
実施例としては示していないが、本発明の吸着剤は、トリクロロエチレン、トリクロロエタンをも除去することができる。
H−MOR型およびH−MFI型の吸着剤はストレートチャンネルをもつが、Na−MOR型吸着剤やCu−MFI型吸着剤に比べると細孔径が大きいと考えられる。そのため、43nmの動的直径(レナードジョーンズポテンシャルから計算された値)を持つプロパン分子は細孔壁からの十分な吸着エネルギーを得ることができず、吸着量が少なくなると考えられる。また、Si/Al比が100を越えるようなものは、交換できるイオン量が少ないため、細孔調整は難しいと推定される。
Si/Al比が20以下であると、イオン交換量、すなわち細孔調整に関わる部分が多くなるため、より好ましい。
【0049】
333Kで実施例1〜8に示した吸着剤について、同様の測定を行った結果も良好であった。
【0050】
実施例1のH−FER吸着剤を、空気液化分離装置の前処理精製装置に用いた例を示す。
【0051】
図5は、典型的な空気液化分離装置100の系統図である。
この空気液化分離装置100は、図5に示したように、前処理精製装置10と空気液化分離装置本体20とから構成されている。
図示した前処理精製装置10は典型的なTSA式前処理精製装置である。この前処理精製装置10は、図5に示したように、圧縮機1、冷却器2、ドレインセパレータ3、吸着塔4a,4b、加熱器(図示省略)、サイレンサー(図示省略)、これらの間を接合する配管11、および配管の途中に設けられたバルブ(図示省略)から構成されている。
【0052】
一方、空気液化分離装置本体20は、図5に示したように、液体酸素溜め22、主熱交換器23、膨張タービン24、精留塔25,26、これらの間を接合する配管27、および配管27の途中に設けられたバルブ(図示省略)から構成されている。この空気液化分離装置本体20は通常「コールドボックス」と呼ばれ、例えば−200℃程度の保冷ができるように、大型筐体内に低温機器類を収納し、パーライト等の断熱材で隙間を充填し、周囲から真空断熱或いは常圧断熱されている。
【0053】
次に、前処理精製装置10の各部の動作について説明する。
圧縮機1で所定の圧力まで圧縮された原料空気は、冷却器2で冷却され、ドレインセパレータ3で気液分離されたのち、吸着塔4a、もしくは吸着塔4bに導入される。吸着塔4a、4bで前処理された原料空気は、空気液化分離装置本体20に送られる。吸着塔4a、4bは、空気液化分離装置本体20から排出される排ガスを加熱器で所定の温度まで加熱したガスで再生される。再生に用いたガスは、サイレンサーから大気に放出される。
【0054】
本発明の前処理精製装置10では、吸着塔4a、4b内に、活性アルミナ5、NaX型ゼオライト6、および本発明の吸着剤7が、この順番で充填され、積層されている。
【0055】
ベンチスケールの実験装置において、吸着塔に活性アルミナ、NaX型ゼオライト、H−FER吸着剤を積層充填した。それぞれの充填高さの割合は、2:3:2である。
精製された空気を加湿し、約350ppmの二酸化炭素と、約1ppmのプロパンを混ぜ、精製実験を行った。吸着塔の下流において、プロパン濃度を前述のプロセスガス分析計(RGA5)で測定したところ、検出限界未満であった。
【0056】
次に、実施例3のK−MOR型吸着剤を用い、同様に実験を行った。
活性アルミナ、NaX型ゼオライト、K−MOR型吸着剤の充填層の割合は、2:3:4とした。
K−MOR型吸着剤を用いた場合も、プロパンは検出限界未満であった。
【0057】
K−MOR型は、実施例1〜8の吸着剤のうち、最もプロパンの吸着量が少ない吸着剤であるから、その他の吸着剤を用いたTSA式前処理精製装置でも、プロパン除去が可能と言える。
【0058】
原料空気中の通常のプロパン濃度は、1〜3ppbであるが、環境によっては数十ppbになる場合もある。
TSA式前処理精製装置10で、本発明の吸着剤を使わない場合、原料空気中のプロパン濃度が増加すると、液体酸素溜め22に濃縮されるプロパン濃度がどのようになるかシミュレートした。原料空気中のプロパンが100ppbになると、液体酸素溜め22に濃縮されるプロパン濃度は約2ppmとなった。
【0059】
本発明のTSA式前処理精製装置10を用いれば、原料空気中のプロパンを、数ppb以下まで除去できる。液体酸素溜め22や、空気液化分離装置100内の他の液体酸素中にプロパンが濃縮することを防止できる。
【産業上の利用可能性】
【0060】
少なくとも一つのストレートチャンネルをもつゼオライトを炭化水素吸着剤として空気液化分離装置の前処理精製装置に使うことにより、原料空気中に含まれる極低濃度の炭化水素類、特にプロパンの除去に適用することができる。
【符号の説明】
【0061】
1…圧縮機
2…冷却機
3…ドレインセパレータ
4a…吸着塔
4b…吸着塔
5…活性アルミナ
6…NaX型ゼオライト
7…吸着剤
10…前処理精製装置
20…空気液化分離装置本体
100…空気液化分離装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
空気液化分離装置の前処理精製装置に使用するためのプロパン吸着剤であって、
少なくとも1つのストレートチャンネルを持つMFI構造を有し、Si/Al比が100以下のゼオライトであり、
H、Na、Ca、Zn、Cuからなる群から選択される少なくとも1つのイオンを含むプロパン吸着剤。
【請求項2】
空気液化分離装置の前処理精製装置であって、
請求項1記載のプロパン吸着剤を充填した吸着塔を有するTSA式の前処理精製装置。
【請求項3】
空気液化分離における原料空気の前処理方法であって、
請求項2記載の前処理精製装置を用い、原料空気からプロパンを除去する原料空気の前処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−158678(P2010−158678A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−59657(P2010−59657)
【出願日】平成22年3月16日(2010.3.16)
【分割の表示】特願2006−511685(P2006−511685)の分割
【原出願日】平成17年3月29日(2005.3.29)
【出願人】(000231235)大陽日酸株式会社 (642)
【Fターム(参考)】