説明

ヘスペリジン組成物の製造方法

【課題】ヘスペリジンの水溶性を向上させる方法を提供する。
【解決手段】水性媒体の存在下、ヘスペリジンを100〜180℃で加熱処理するヘスペリジンの水溶性向上方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘスペリジンの水溶性向上方法、並びに水溶性の向上したヘスペリジン組成物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フラボノイドの一種であるヘスペリジンは、ビタミンPとも呼ばれ、柑橘類の皮等に多く含まれることが知られている物質である。ヘスペリジンは、毛細血管の強化、出血予防、血圧調整等様々な生理作用を有し、食品、医薬品等に広く利用されている。ところが、ヘスペリジンはアルカリ性水溶液には溶解するものの、中性〜酸性水溶液には殆ど溶解せず、例えば25℃における水への溶解度は僅かに0.02mg/gである。
そこで、これを改善する技術が検討され、例えば、ヘスペリジンにグルコースを結合させたα-グルコシルヘスペリジンが提案されている(特許文献1)。α-グルコシルヘスペリジンは、25℃の水への溶解度が200mg/g以上と高く、且つヘスペリジンと同等の機能を発揮する等の利点がある。
【0003】
一方、ヘスペリジンを、可溶化剤を用いて可溶化させる検討も行われている。例えば、ヘスペリジン配糖体を柑橘果汁ならびに果汁飲料に添加ののち加熱し、含まれているヘスペリジン等のフラボノイド化合物を溶解する方法(特許文献2);ヘスペリジン等の難水溶性フラボイドとβ−サイクロデキストリンを加熱処理して難水溶性フラボノイドをβ−サイクロデキストリンに包接させた後、α−グルコシルヘスペリジンを共存させる方法(特許文献3);水性媒体中にヘスペリジン等のフラボノイドと大豆サポニン及び/又はマロニルイソフラボン配糖体を共存させ、加熱処理してフラボノイドを可溶化させる方法(特許文献4)等が提案されている。これらの方法において、ヘスペリジンの加熱処理は、70℃〜90℃前後で行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3549436号公報
【特許文献2】特開2000−236856号公報
【特許文献3】特開2008−271839号公報
【特許文献4】国際公開第2005/003112号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
α−グルコシルヘスペリジン等のヘスペリジン配糖体は水への溶解性が高いものの、製造工程が複雑であるためコストが高い。このため、ヘスペリジンに替えてヘスペリジン配糖体を使用することは経済的に好ましくない。一方、上述の特定の可溶化剤、例えば、大豆サポニンやマロニルイソフラボン配糖体を用いると、ヘスペリジンの溶解度を高めることができるものの、可溶化剤の大豆に由来する独特の穀物臭が感じられるため、使用用途が限られるといった問題が考えられる。
【0006】
本発明の課題は、ヘスペリジンの水溶性を向上させる方法を提供することにある。また、本発明の他の課題は、水溶性の向上したヘスペリジン組成物、並びに該ヘスペリジン組成物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、ヘスペリジンの可溶化技術について種々検討したところ、可溶化剤を用いなくとも、水性媒体の存在下、ヘスペリジンを100℃以上で加熱処理することで飛躍的にヘスペリジンの水溶性が向上すること、さらに斯かる処理を経た組成物では室温下においてもヘスペリジンの析出が抑えられ高いヘスペリジンの溶解性が維持されることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は、水性媒体の存在下、ヘスペリジンを100〜180℃で加熱処理するヘスペリジンの水溶性向上方法を提供するものである。
また、本発明は、水性媒体の存在下、ヘスペリジンを100〜180℃で加熱処理する工程を包含するヘスペリジン組成物の製造方法を提供するものである。
また、本発明は、水性媒体の存在下、ヘスペリジンを100〜180℃で加熱処理することにより得られる水溶性の向上したヘスペリジン組成物を提供するものである。
【0009】
ヘスペリジンを100℃以上で加熱処理することにより上記課題を解決できる理由は明らかではないが、UVスペクトル解析より、以下のように推測される。ヘスペリジンは、溶解度は低いものの、ヘスペリジン分子が自己会合し、疎水部を積層させて、親水部を外にむけた構造を取ることにより水に溶解していると考えられる。ここで、水性媒体中で、100℃以上の熱が加えられると、一旦積層構造が崩れてバラバラになり、次に新たな積層構造が作られ、冷却後もこの積層構造が維持されることでヘスペリジンの溶解性が飛躍的に向上すると考えられる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ヘスペリジンの水溶性を飛躍的に向上させることができ、水溶性の向上したスペリジン組成物を提供することができる。本発明のヘスペリジン組成物は、可溶化剤による風味への影響を受けないため、様々な飲食品や医薬品に有用である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のヘスペリジンの水溶性向上方法、並びにヘスペリジン組成物の製造方法では、水性媒体の存在下、ヘスペリジンを100〜180℃で加熱する処理を行う。
【0012】
ヘスペリジンは、ヘスペレチン(5,7,3'−トリヒドロキシ−4'−メトキシフラバノン)の7位の水酸基にルチノース(L−ラムノシル−(α1→6)−D−グルコース)がβ結合した化合物である。
ヘスペリジンは、化学合成や酵素反応を利用して公知の方法により工業的に製造することができる。また、ヘスペリジンを含有する天然物、特に植物から抽出することによって得ることもできる。この物質はまた、試薬等として製造販売されている。市販されているヘスペリジンの例としては、浜理薬品工業(株)のヘスペリジン「ハマリ」や和光純薬工業(株)の「和光一級ヘスペリジン」が挙げられる。
【0013】
本発明で用いる水性媒体とは、水、及び有機溶媒の水溶液をいう。水としては、水道水、蒸留水、イオン交換水、精製水が例示される。有機溶媒としては、水と均一に混合するものであれば特に限定されない。有機溶媒としては炭素数4以下のアルコールが好ましく、メタノール及びエタノールがより好ましく、食品に適用可能であるという観点よりエタノールが特に好ましい。水溶液中の有機溶媒の濃度は、0.1〜80質量%(以下、単に%とする)が好ましく、1〜70%がより好ましく、5〜60%がさらに好ましい。
本発明で用いる水性媒体は、溶質を含むものであってもよい。溶質の種類は特に限定されない。
【0014】
ヘスペリジンは水への溶解度が低いため、水性媒体へ分散させ、スラリーの状態で存在させるのが好ましい。水性媒体中のヘスペリジンの含有量は、流動性の点から、0.1〜100g/Lが好ましく、0.5〜50g/Lがより好ましく、1〜20g/Lがさらに好ましく、1〜10g/Lが特に好ましい。
【0015】
水性媒体の存在下、ヘスペリジンを加熱処理する方法は、特に制限されず、公知の方法を適用できる。
加熱処理の温度は、ヘスペリジンの溶解性向上と熱安定性の点から、100〜180℃であるが、さらに110〜170℃が好ましく、特に120〜160℃が好ましく、殊更120〜150℃が好ましい。加熱の手段は、例えば、水蒸気、電気が挙げられる。
【0016】
加熱処理時の圧力は、ゲージ圧力で0〜10MPa、更に0.1〜8MPa、特に0.2〜6MPaが好ましく、殊更0.3〜0.6MPaが好ましい。また、水の飽和蒸気圧以上に設定するのが好ましい。加圧には、ガスを用いてもよく、用いられるガスとしては、例えば、不活性ガス、水蒸気、窒素ガス、ヘリウムガス等が挙げられる。加圧には、ガスを用いず、背圧弁により調整しても良い。
【0017】
加熱処理は、例えば、回分法、半回分法、流通式反応方法等いずれの方法によっても実施できる。なかでも、流通式反応方法は、反応時間の制御が容易である点で好ましい。
【0018】
加熱処理の時間は、ヘスペリジンの水溶性向上と熱安定性の点から、水性媒体が設定温度に達してから0.1〜30分が好ましく、更に0.2〜15分、特に0.5〜8分が好ましく、殊更1〜5分が好ましい。
流通式反応方式で行う場合、加熱処理の時間は、反応器の高温高圧部の体積を水性媒体の供給速度で割ることにより算出される平均滞留時間を用いる。
【0019】
流通式反応方式で行う場合の水性媒体の流速は、反応器の体積によって異なるが、例えば、反応器体積が100mLの場合、3.3〜200mL/分が好ましく、特に6.7〜150mL/分が好ましい。
【0020】
本発明において、加熱処理は、ヘスペリジン糖付加物が実質的に存在しない条件下で行うことが好ましい。ここでヘスペリジン糖付加物が実質的に存在しないとは、反応液中、ヘスペリジン糖付加物の含有量がヘスペリジン100質量部に対して1質量部以下、さらに0.5質量部以下、特に0質量部であることを意味する。
ヘスペリジン糖付加物は、ヘスペリジンにさらに1個〜10個の糖が結合した化合物である。糖としては、グルコース、マルトース、フルクトース、ラムノース、ラクトース等が挙げられる。なお、ヘスペリジン自身も、上記のとおり、ヘスペレチンをアグリコンとし、これに糖が結合した配糖体である。本発明においてはこれと区別するため、ヘスペリジンに更に糖が結合したものをヘスペリジン糖付加物と表記する。
【0021】
また、加熱処理は、カテキン類、クロロゲン酸類又はこれらの組み合わせが実質的に存在しない条件下で行うことが好ましい。本発明において、カテキン類、クロロゲン酸類又はこれらの組み合わせが実質的に存在しないとは、反応液中、カテキン類の含有量、クロロゲン酸類の含有量又はカテキン類とクロロゲン酸類の総含有量がヘスペリジン100質量部に対して1質量部以下、さらに0.5質量部以下、特に0質量部であることを意味する。
カテキン類は、カテキン、ガロカテキン、カテキンガレート及びガロカテキンガレート等の非エピ体カテキン類と、エピカテキン、エピガロカテキン、エピカテキンガレート及びエピガロカテキンガレート等のエピ体カテキン類を併せての総称である。カテキン類の含有量は、上記8種の合計量に基づいて定義される。また、クロロゲン酸類は、3−カフェオイルキナ酸、4−カフェオイルキナ酸及び5−カフェオイルキナ酸のモノカフェオイルキナ酸と、3−フェルロイルキナ酸、4−フェルロイルキナ酸及び5−フェルロイルキナ酸のモノフェルロイルキナ酸と、3,4−ジカフェオイルキナ酸、3,5−ジカフェオイルキナ酸及び4,5−ジカフェオイルキナ酸のジカフェオイルキナ酸を併せての総称である。クロロゲン酸類の含有量は上記9種の合計量に基づいて定義される。
【0022】
加熱処理後、反応液を90℃以下、好ましくは50℃以下、特に好ましくは30℃以下に冷却する処理を行うのが好ましい。水溶液状のヘスペリジン組成物を得る場合には、0℃以上が好ましく、10℃以上が好ましい。冷却時に、反応液を0.5〜5日間、好ましくは1〜3日間混合攪拌してもよい。また、固体物状のヘスペリジン組成物を得る場合には、反応液を凍結乾燥に供しても良い。
【0023】
さらに、反応液から固体部を除去する処理を行うのが、得られるヘスペリジン組成物の水溶性を高める点から好ましい。固体部を除去する方法としては、特に制限されず、例えば遠心分離やデカンテーション、ろ過により行うことができる。
【0024】
かくしてヘスペリジンの水溶性を向上させることができる。また、上記処理工程を行うことで、室温下においてもヘスペリジンの析出が抑えられ、水溶性が向上したヘスペリジン組成物が得られる。なお、本発明のヘスペリジン組成物における、ヘスペリジン糖付加物、或いは、カテキン類、クロロゲン酸類又はこれらの組み合わせの含有量は、前記反応液中の含有量と同じである。具体的には、ヘスペリジン糖付加物の含有量はヘスペリジン100質量部に対して1質量部以下、さらに0.5質量部以下、特に0質量部であることが好ましい。また、同様に、カテキン類の含有量、クロロゲン酸類の含有量又はカテキン類とクロロゲン酸類の総含有量はヘスペリジン100質量部に対して1質量部以下、さらに0.5質量部以下、特に0質量部であることが好ましい。
【0025】
本発明の水溶性が向上したヘスペリジン組成物は、可溶化剤による風味への影響を受けないため、様々な飲食品や医薬品等に使用可能である。とりわけ、容器詰飲料に利用するのが有用である。容器詰飲料としては、緑茶等の茶系飲料や、スポーツ飲料、アイソトニック飲料、ニアウォーター等の非茶系飲料が挙げられる。
【0026】
水溶性が向上したヘスペリジン組成物の形態は、水溶液の状態でもよく、水分量を調整してペースト状としたものでもよい。また、水分を除去して粉末状、顆粒状、固形状等の固体物の状態とすることもできる。水分を調整、除去する手段としては、凍結乾燥、蒸発乾固、噴霧乾燥等が挙げられる。
【実施例】
【0027】
<ヘスペリジンの定量>
日立製作所製高速液体クロマトグラフを用い、インタクト社製カラムCadenza CD-C18 (4.6mmφ×150mm、 3μm)を装着し、カラム温度40℃でグラジエント法により行った。移動相A液は0.05mol/L酢酸水溶液、B液はアセトニトリルとし、1.0mL/分で送液した。グラジエント条件は以下のとおりである。
時間(分) A液(%) B液(%)
0 85 15
20 80 20
35 10 90
50 10 90
40.1 85 15
60 85 15
試料注入量は10μL、検出は波長283nmの吸光度により定量した。
【0028】
実施例1
ヘスペリジン製剤(ヘスペリジン「ハマリ」(商品名)、浜理薬品工業(株)、ヘスペリジン含有量90%)を蒸留水に10.0g/Lで分散し、スラリー供給タンク内で均一攪拌した。内容積100mLのステンレス製流通式反応器(日東高圧社製)に、スラリー供給タンク内の液を100mL/分で供給し、120℃で反応を行った(平均滞留時間1分)。圧力は出口バルブにより0.3MPaに調整した。反応器出口から反応液を抜き出し、室温(25℃)まで冷却して反応液回収タンクに回収した。回収した反応液を室温で3日間振とう攪拌後、固体部を孔径0.2μmのフィルターで濾別し、ヘスペリジン含有水溶液としてヘスペリジン組成物を得た。組成物中のヘスペリジン(HES)濃度を測定した結果0.64g/Lであった。さらに、これを室温で30日間振とう攪拌後、固体部を孔径0.2μmのフィルターで濾別し、液体部中のHES濃度を測定した結果0.63g/Lであり、高い水溶性を維持していることが確認された。
反応条件と組成物中のHES濃度を測定した結果を表1に示した(以下、同じ)。なお、ヘスペリジンと同様の方法により、ヘスペリジン製剤中のヘスペリジン糖付加物含有量を測定した結果、測定限界(0.001%)以下であった。
【0029】
実施例2
反応温度を150℃、ゲージ圧を0.6MPaにした以外は実施例1と同様にしてヘスペリジン含有水溶液としてヘスペリジン組成物を得た。
【0030】
実施例3
蒸留水の代わりに醤油(減塩醤油、ヤマサ製)を用いた以外は実施例1と同様にしてヘスペリジン含有水溶液としてヘスペリジン組成物を得た。
【0031】
実施例4
ヘスペリジン製剤として、「和光一級ヘスペリジン」(和光純薬工業(株)、ヘスペリジン含有量99.5%)を用いた以外は実施例1と同様にしてヘスペリジン含有水溶液としてヘスペリジン組成物を得た。なお、実施例1と同様にヘスペリジン製剤中のヘスペリジン糖付加物含有量を測定した結果、測定限界(0.001%)以下であった。
【0032】
比較例1
反応温度を25℃にした以外は実施例1と同様にしてヘスペリジン含有水溶液としてヘスペリジン組成物を得た。
【0033】
比較例2
反応温度を90℃にした以外は実施例1と同様にしてヘスペリジン含有水溶液としてヘスペリジン組成物を得た。
【0034】
比較例3
反応温度を25℃にした以外は実施例4と同様にしてヘスペリジン含有水溶液としてヘスペリジン組成物を得た。
【0035】
【表1】

【0036】
表1から明らかなように、ヘスペリジンの水溶性が向上することが確認された。また、室温下においても長期間ヘスペリジンの析出を生じない、水への溶解性に優れたヘスペリジン組成物が得られることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水性媒体の存在下、ヘスペリジンを100〜180℃で加熱処理するヘスペリジンの水溶性向上方法。
【請求項2】
加熱処理をヘスペリジン糖付加物が実質的に存在しない条件で行う請求項1記載のヘスペリジンの水溶性向上方法。
【請求項3】
水性媒体が水である請求項1又は2記載のヘスペリジンの水溶性向上方法。
【請求項4】
水性媒体の存在下、ヘスペリジンを100〜180℃で加熱処理する工程を包含するヘスペリジン組成物の製造方法。
【請求項5】
加熱処理をヘスペリジン糖付加物が実質的に存在しない条件で行う請求項4記載のヘスペリジン組成物の製造方法。
【請求項6】
水性媒体が水である請求項4又は5記載のヘスペリジン組成物の製造方法。
【請求項7】
さらに、加熱処理後の反応液を冷却する工程、及び冷却された反応液から固体部を除去する工程を含む、請求項4〜6のいずれか1項記載のヘスペリジン組成物の製造方法。
【請求項8】
ヘスペリジン組成物の形態が水溶液状又は固体物状である請求項4〜7のいずれか1項記載のヘスペリジン組成物の製造方法。
【請求項9】
水性媒体の存在下、ヘスペリジンを100〜180℃で加熱処理して得られる、水溶性の向上したヘスペリジン組成物。

【公開番号】特開2012−77051(P2012−77051A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−225855(P2010−225855)
【出願日】平成22年10月5日(2010.10.5)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】