説明

ベーカリー食品用品質改良剤

【課題】 生地のハンドリング改善、ボリューム増大、触感、食感の向上、口どけの向上などの品質改良効果を有し、イーストフードや乳化剤などの添加物の代用品として使用できるベーカリー食品用品質改良剤及びそれを含有するベーカリー食品を提供する。
【解決手段】 脱脂米糠を乳酸菌を用いて発酵させた後、この発酵物を多糖類分解酵素で処理して得られる水溶性画分を有効成分として含有させる。前記乳酸菌がエンテロコッカスsp-L3(Enterococcus sp-L3、寄託番号FERM AP-21703)であることが好ましく、前記多糖類分解酵素がヘミセルラーゼであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベーカリー食品の品質改良に使用できる米糠由来の品質改良剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ライフスタイルの変化や食生活の欧米化などにより、米を主食とする我が国においてもパンの消費量が増加している。それに伴って消費者のグルメ志向も高まっており、比較的安価な大量生産品においても、よりソフトで口どけがよく、風味のよいパンが求められるようになっている。
【0003】
従来、製パン業界においては、製品の品質向上のためにイーストフードや乳化剤などの添加物が広く用いられてきた。
【0004】
一方、米を主食とする我が国において多量に発生する米糠には、油分、タンパク質、食物繊維、ビタミン類、ミネラル類などの栄養素が豊富に含まれている。しかし、米糠の主な用途は、米油原料33%、飼料原料12%、キノコ菌床11%、漬物5%であり、残りの39%は廃棄されているといわれている。また、米油製造の副産物である脱脂米糠には、タンパク質、食物繊維、ビタミン類、ミネラル類などの栄養素の多くが残存しているが、その一部が飼料原料や肥料などに利用されているだけである。このように米糠の利用が進んでいない理由は、米糠自体の好ましくない風味や舌触りに原因がある。
【0005】
そのため、米糠の高度利用を目的として、米糠の好ましくない風味や舌触りを改善し、栄養補強剤などとして利用する方法が数多く提案されている。中でも、パンなどのベーカリー食品に利用する試みとして、例えば、特許文献1には、米ぬかに、植物由来の乳酸菌を摂取して乳酸発酵させて乳酸菌発酵米ぬかを製造することを特徴とする乳酸菌発酵米ぬかの製造方法について開示されている。これによれば、米ぬかの健康成分を食品として有効に活用でき、米ぬかの安定性・保存性、食感・臭い、消化・吸収などを改善することができる旨記載されている。そして、この乳酸菌発酵米ぬかを製パンに用いた場合、パンの伸びが良くなることが記載されている。
【0006】
特許文献2には、米糠成分を含有する原料から調製された発酵原料液に、乳酸菌を接種して一次発酵させる工程と、得られた一次発酵液にフラボバクテリウム属に属する微生物を接種して二次発酵させる工程とを含むことを特徴とする乳酸発酵液の製造法について開示されている。これによれば、米糠臭が完全に消失するとともに、良好な風味を有する乳酸発酵液を得ることができることが記載されている。そして、この乳酸発酵液は、各種ビタミンの他、水溶性の植物繊維、糖質、各種ペプチド、アミノ酸類などをバランスよく含み、パン等の他の食品に添加して用いることができることが記載されている。
【0007】
特許文献3には、蒸し処理をすることにより風味が改善された糠類を添加したベーカリー食品が開示されている。これによれば、ベーカリー食品の風味を変えることなく、ソフトな物性効果を与えることができ、食物繊維量を高める効果もあることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−154534号公報
【特許文献2】特開平10−127252号公報
【特許文献3】特開平7−184573号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、近年の消費者の健康志向の高まりに伴い、イーストフードや乳化剤といった添加物の使用が敬遠されつつある。これらの添加物を使用せずにベーカリー食品を製造することも可能であるが、生地の安定性低下、ボリュームや食感・触感の低下、経時的な品質の低下といった問題が生じやすく、安定した品質の製品を生産することは難しかった。
一方、上述したような従来の米糠由来の素材の多くは、米糠に含まれる栄養成分を食品に付与することを主目的としており、ベーカリー食品の品質改良効果については充分満足できるものではなく、イーストフードや乳化剤の代用品として用いることは難しかった。
したがって、本発明は、生地のハンドリング改善、ボリューム増大、触感、食感の向上、口どけの向上などの品質改良効果を有し、イーストフードや乳化剤などの添加物の代用品として使用できるベーカリー食品用品質改良剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のベーカリー食品用品質改良剤は、脱脂米糠を乳酸菌を用いて発酵させた後、この発酵物を多糖類分解酵素で処理して得られる水溶性画分を有効成分として含有することを特徴とする。
【0011】
本発明のベーカリー食品用品質改良剤においては、前記乳酸菌が、エンテロコッカスsp-L3(Enterococcus sp-L3、寄託番号FERM AP-21703)であることが好ましい。
【0012】
また、前記多糖類分解酵素がヘミセルラーゼであることが好ましい。
【0013】
本発明によれば、脱脂米糠を乳酸菌を用いて発酵させた後、この発酵物を多糖類分解酵素で処理することにより、米糠の好ましくない風味がほとんどなく、ボリューム増大、触感、食感の向上といった品質改良効果に優れたベーカリー食品用品質改良剤を提供できる。
【発明の効果】
【0014】
本発明のベーカリー食品用品質改良剤を用いることにより、従来のイーストフードや乳化剤を使用した製品と同等の品質のベーカリー食品をこれらの添加物を使用することなく製造することができる。また、米糠由来であるため、使用の際に添加物表示の必要が無く、健康志向の消費者に対して訴求効果の高いベーカリー食品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、本ベーカリー食品用品質改良剤を用いて製造した食パンの柔らかさをレオメーターで測定した結果を示す図である。(実施例1)
【図2】図2は、本ベーカリー食品用品質改良剤を用いて製造した食パンの柔らかさをレオメーターで測定した結果を示す図である。(実施例2)
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明において、ベーカリー食品とは、小麦粉を主原料とする生地をイーストで発酵させた後、焼成して得られる食品を意味し、具体的には、パン類、クラッカー、ビスケット、クッキー、乾パン、プレッツェル、ピザ生地、ナンなどが例示できる。本発明のベーカリー食品用品質改良剤は、特にパン類(食パン、コッペパン、バターロール、菓子パンなど)に好ましく用いることができる。
【0017】
以下、本発明のベーカリー食品用品質改良剤の製造方法について、各工程ごとに詳細に説明する。
【0018】
1)脱脂米糠の殺菌処理工程
脱脂米糠1質量部に対し、水を0.2〜50質量部添加し、後の工程での腐敗を防止するために、90〜130℃で10分〜3時間加熱殺菌を行う。本発明においては、オートクレーブ処理(121℃、15分)を行うことが好ましい。
【0019】
原料として用いられる脱脂米糠は、通常の米糠を脱脂処理したものであり、米油を抽出した後の残渣を乾燥したものを用いることができる。
【0020】
2)乳酸菌による脱脂米糠の発酵処理工程
殺菌処理を行った脱脂米糠を充分に冷ましてから、乳酸菌の前培養液を添加し、好ましくは撹拌しながら、20〜40℃で12〜36時間発酵させる。
【0021】
脱脂米糠の発酵に用いられる乳酸菌は、食品製造に使用可能な乳酸菌であれば特に制限されず、ラクトバシラス(Lactobacillus)属、ビフィドバクテリウム(Bifidobacterium)属、エンテロコッカス(Enterococcus)属、ラクトコッカス(Lactococcus)属、ペディオコッカス(Pediococcus)属、リューコノストック(Leuconostoc)属等の乳酸菌を用いることができるが、好ましくはエンテロコッカスsp-L3(Enterococcus sp-L3、寄託番号FERM AP-21703)が用いられる。この乳酸菌は、本発明者らが米糠から分離した菌であり、他の乳酸菌を用いた場合に比べて、糠臭を効率よく低減できる。
【0022】
乳酸菌の前培養液は、例えば、GYP培地に乳酸菌を接種し、常法に従って1〜2日間培養して調製することができる。この前培養液を前記工程で加えた水1質量部に対し、0.001〜0.1質量部添加すればよい。
【0023】
本発明においては、発酵終了時に乳酸菌発酵物のpHを測定し、pHが5.0を超える場合は酸を添加してpH5.0〜4.0に調整することが好ましい。pH調整に用いる酸としては、食品製造に使用可能な酸であれば特に制限されないが、リン酸、塩酸などが好ましく用いられる。
【0024】
必要に応じてpHを調整した後、乳酸菌発酵物を90〜130℃で10分〜3時間加熱処理し、殺菌と抽出を行う。加熱処理はオートクレーブ処理(121℃、15分)が好ましい。
【0025】
上記のように発酵物のpHを所定の範囲に調整してから加熱処理を行うことで、水溶性成分の抽出効率が良くなる。
【0026】
3)乳酸菌発酵物の多糖類分解酵素処理工程
上記工程で得られた乳酸菌発酵物は、40〜50℃に冷まし、必要に応じてpHを調整した後、多糖類分解酵素を添加して30〜55℃で0.5〜24時間酵素反応を行う。多糖類分解酵素の添加量は、脱脂米糠1質量部に対して0.0001〜0.1質量部が好ましい。
【0027】
多糖類分解酵素としては、ヘミセルラーゼ、キシラナーゼ、セルラーゼ、ペクチナーゼ等から選ばれた1種以上が例示できる。本発明においては、ヘミセルラーゼが好ましく用いられる。乳酸菌発酵物を多糖類分解酵素で処理することにより、ベーカリー食品の品質改良効果を高めることができる。また、製造時の濾過性や収率も向上する。
【0028】
4)多糖類分解酵素処理物からの水溶性画分の抽出・回収工程
前記工程で得られた多糖類分解酵素処理物は、酵素失活する前に酸を添加して、そのpHを4.0〜3.0に調整することが好ましい。このようにpHを調整することにより、後の加熱殺菌工程における沈殿物の生成を抑制することができ、例えばプレート殺菌機を用いた殺菌が可能となる。なお、pH調整に用いる酸としては、食品製造に使用可能な酸であれば特に制限はないが、リン酸が好ましく用いられる。
【0029】
所定のpHに調整した多糖類分解酵素処理物は、加熱処理などの常法により酵素失活を行った後、濾過して濾液を回収する。回収した濾液は、適宜、濃縮、加熱殺菌処理を行った後、乾燥・粉末化すればよい。
【0030】
上記のようにして得られた本発明のベーカリー食品用品質改良剤は、例えば、パン類においては、原料小麦粉に対して0.3〜1.0質量%添加して使用することが好ましい。添加量が少なすぎると、充分な品質改良効果が期待できず、添加量が多すぎると、食感がねちゃつくため好ましくない。
【0031】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれによって特に限定されるものではない。
【実施例1】
【0032】
(1)米糠由来の乳酸菌の単離
・乳酸菌の単離
新鮮な脱脂米糠10gに生理食塩水10ml添加してよく撹拌した後、遠心して上清を回収し、この上清を生理食塩水で段階希釈した液を炭酸カルシウム含有GYP寒天培地に播種し、30℃で2日間培養した。
【0033】
出現したコロニーをピックしてGYP液体培地に接種し、30℃で1日間培養し、この培養液を生理食塩水で段階希釈して、炭酸カルシウム含有GYP寒天培地に播種し、30℃で2日間培養し、出現したコロニーをピックして単離株とした。そして、脱脂米糠の発酵速度、pH、風味を指標に、エンテロコッカスsp-L3(Enterococcus sp-L3、寄託番号FERM AP-21703)を単離した。
【0034】
(2)ベーカリー食品用品質改良剤の調製
単離したエンテロコッカスsp-L3(Enterococcus sp-L3、寄託番号FERM AP-21703)をGYP液体培地5mlに接種し、30℃で24時間培養し、前培養液とした。
【0035】
脱脂米糠300gに水を1.8L加え、オートクレーブ処理(121℃、15分間)を行った後、充分に冷ましてから乳酸菌の前培養液1.8mlを加えて、撹拌しながら30℃で24時間発酵処理を行った。発酵処理終了時のpHは4.9であったため、そのままオートクレーブ処理(121℃、15分間)を行い、50℃まで冷ました後、ヘミセルラーゼ(商品名「ヘミセルラーゼ「アマノ」90」、天野エンザイム(株)製)を300mg添加・混合し、50℃で1時間反応を行った。
【0036】
酵素反応終了後、リン酸を添加してpH4.0に調整してから酵素失活(90℃、30分間)を行った。次いで、吸引濾過により固液分離して濾液を回収した。回収した濾液は、加熱殺菌してから噴霧乾燥し、ベーカリー食品用品質改良剤(サンプル1)を約120g得た(収率約40%)。
【0037】
(3)比較(未発酵)サンプルの調製
脱脂米糠300gに水を1.8L加え、オートクレーブ処理(121℃、15分間)を行った。pHを測定し、pH4.9であることを確認した後、再度オートクレーブ処理(121℃、15分間)を行った。50℃まで冷ました後、ヘミセルラーゼ(商品名「ヘミセルラーゼ「アマノ」90」、天野エンザイム(株)製)を300mg添加・混合し、50℃で1時間反応を行った。酵素反応終了後、リン酸を添加してpH4.0に調整してから酵素失活(90℃、30分間)を行った。次いで、吸引濾過により固液分離して濾液を回収し、回収した濾液は、加熱殺菌してから噴霧乾燥し、サンプル2を約90g得た(収率約30%)。
【0038】
(4)パンの製造とその評価
上記で得られたサンプル1、2を用いて、下記表1に示す配合で、家庭用のベーカリー機(株式会社クリスタル電器製、型名「IMB-20T」)を用いて、ストレート法にて食パンを製造した。なお、サンプル1、2は原料小麦粉に対して1.0質量%添加した。
【0039】
【表1】

【0040】
(5)レオメーターによる圧縮時の荷重の測定
上記で得られた食パンを25℃で4日間保存した後、各区の食パンの両外側を切り落としてから5枚(1枚18mm厚)にスライスした。中央の3枚について、その中心部分を42mm四方の正方形に切り出し、測定用サンプルとし、レオメーター(不動工業株式会社製、型式「NRM-2010J-CW」)で圧縮時の荷重を測定し、その平均値を求めた。その結果を図1に示す。
【0041】
図1から、試験区1は、コントロール区に比べてよりソフトであることが分かる。また、比較区1と比べても、よりソフトな傾向を示していることが分かる。
【0042】
(6)官能評価
9名のパネラーで、焼成後4日目の各区の食パンの外観、内相、触感、食感、香りの各項目について官能評価を行った。評価基準は、非常に良好:5点、良好:4点、やや良好:3.5点、普通:3点、やや劣る:2.5点、劣る:2点、非常に劣る:1点、の点数で評価し、その平均点を求めた。その結果を表2に示す。
【0043】
【表2】

【0044】
表2から、試験区1は、全ての評価項目でコントロール区に比べて同等若しくはコントロール区より優れており、特に触感・食感に優れていた。一方、比較区1は、コントロール区に比べて触感及び食感には優れるものの、糠臭があり、香りが劣っていた。
【実施例2】
【0045】
(1)比較(未酵素処理)サンプルの調製
脱脂米糠300gに水を1.8L加え、オートクレーブ処理(121℃、15分間)を行った後、充分に冷ましてから乳酸菌の前培養液1.8mlを加えて、撹拌しながら30℃で24時間発酵処理を行った。発酵処理終了時のpHは5.0であったため、そのままオートクレーブ処理(121℃、15分間)を行った。
【0046】
オートクレーブ処理後、リン酸を添加してpH4.0に調整してから吸引濾過により固液分離して濾液を回収した。回収した濾液は、加熱殺菌してから噴霧乾燥し、サンプル3を約60g得た(収率約20%)。
【0047】
(2)パンの製造
実施例1(2)で調製したサンプル1、上記サンプル3、及び市販のベーカリー用乳化剤(阪本薬品工業株式会社製、商品名「SYグリスターGP120」)を用いて、下記表3に示す配合で、家庭用のベーカリー機(株式会社クリスタル電器製、型名「IMB-20T」)を用いてストレート法にて食パンを製造した。なお、サンプル1、3は原料小麦粉に対して1.0質量%添加し、市販のベーカリー用乳化剤は、メーカーの推奨量(原料小麦粉に対して0.5質量%)で用いた。
【0048】
【表3】

【0049】
(3)レオメーターによる圧縮時の荷重の測定
上記で得られた食パンを25℃で4日間保存した後、実施例1(5)と同様の方法で圧縮時の荷重を測定し、その平均値を求めた。その結果を図2に示す。
【0050】
図2から、試験区2は、コントロール区や比較区2に比べてよりソフトであり、比較区3とほぼ同等のソフトさであることが分かる。
【0051】
(4)官能評価
実施例1(6)と同様にして、焼成後4日目の各区の食パンの外観、内相、触感、食感、香り、口どけの各項目について官能評価を行った。その結果を表4に示す。
【0052】
【表4】

【0053】
表4から、試験区2は、コントロール区に比べて、全ての評価項目で優れており、比較区3とほぼ同等の評価が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明のベーカリー食品用品質改良剤は、イーストフードや乳化剤の代替品として、パン等のベーカリー食品に使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脱脂米糠を乳酸菌を用いて発酵させた後、この発酵物を多糖類分解酵素で処理して得られる水溶性画分を有効成分として含有することを特徴とするベーカリー食品用品質改良剤。
【請求項2】
前記乳酸菌が、エンテロコッカスsp-L3(Enterococcus sp-L3、寄託番号FERM AP-21703)である請求項1に記載のベーカリー食品用品質改良剤。
【請求項3】
前記多糖類分解酵素がヘミセルラーゼである請求項1又は2記載のベーカリー食品用品質改良剤。

【図1】
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【図2】
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