説明

ペプチド

【課題】ツチスギタケレクチン(PTL)と同等の糖認識特性を有しながら、他の物性を改変したレクチンペプチドを提供する。
【解決手段】PTLと同等のフコースα1→6糖鎖への結合活性を持ち、PTLの特定のアミノ酸配列中の1又は数個のアミノ酸がリジン及び/又はアルギニンで置換されたペプチド、および該ペプチドを用いたフコースα1→6糖鎖関連疾患の診断薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なペプチドに関し、より詳細には糖結合活性を有する新規なペプチドに関する。
【背景技術】
【0002】
本発明者は、担子菌の一種であるツチスギタケからツチスギタケレクチン(以下、PTLという)を新規に単離した(特許文献1)。PTLは、フコースα1→6糖鎖に特異的に認識するという特性を有する。フコースα1→6糖鎖と親和性を有する従来のレクチンとして、レンズマメレクチン(LCA)、エンドウマメレクチン(PSA)、ヒイロチャワンタケレクチン(AAL)、ラッパスイセンレクチン(NPA)、ソラマメレクチン(VFA)、麹菌レクチン(AOL)等が知られているが、これらのレクチンは、α1→6結合以外のフコースを持つ糖脂質系糖鎖や、フコースを持たないハイマンノース糖鎖にも親和性を示す。一方、PTLは、フコースα1→6糖鎖を特異的に認識するレクチンとして、従来のレクチンよりも優れている。
【0003】
PTLは、その糖認識特性により、フコースα1→6糖鎖が関与する疾患の診断薬、フコースα1→6糖鎖の検出方法、フコースα1→6糖鎖の分別方法等への利用が多いに期待される。例えば、N結合型糖鎖の還元末端のN−アセチルグルコサミンにフコースをα1→6結合として転移させるフコースα1→6転移酵素(α1→6FucT)の遺伝子は、肝細胞の癌化にともなって発現することが知られている。この癌化した肝細胞の有無を、PTLを用いたレクチン親和電気泳動で検出することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】PCT/JP2009/003346
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の方法に従ってツチスギダケからPTLを単離抽出することは容易であるが、PTLを化学合成できれば、安定供給、生産コスト低減、純度の向上等さまざまな点で有利である。さらに、等電点、溶解性、糖結合活性等の物性を自在に変更することができれば、その利用価値が一層高まる。
【0006】
そこで、本発明の課題は、PTLのような糖認識特性を有し、さらに物性を変更または改善したペプチドを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を鋭意検討した結果、配列番号1のアミノ酸配列において、特定のアミノ酸を置換、付加又は欠失することで解決できることを見いだした。すなわち、本発明は、配列番号1に示すアミノ酸配列中の1又は数個のアミノ酸がリジン及び/又はアルギニンで置換されかつ糖結合活性を有するペプチドを提供する。
【0008】
上記ペプチドは、リジン及び/又はアルギニンにより置換されるアミノ酸は、アラニン、プロリン、バリン、トレオニン及びグリシンからなる群から選ばれる少なくとも一種であることが好ましい。リジン又はアルギニンで置換されるアミノ酸は、アミノ酸配列C末端のトレオニン及びグリシンであることが好ましい。
【0009】
上記ペプチドは、さらに、糖結合活性を有する限り、1又は数個のリジン及び/又はアルギニンが付加されてもよい。
【0010】
本発明は、また、配列番号1に示すアミノ酸配列に1又は数個のリジン及び/又はアルギニンが付加されかつ糖結合活性を有するペプチドを提供する。
【0011】
上記ペプチドは、糖結合活性を有する限り、さらに、リジン及びアルギニン以外のアミノ酸が欠失されてもよい。
【0012】
欠失するアミノ酸は、トレオニン及びグリシンの少なくとも一種であることが好ましい。
【0013】
上記ペプチドの糖結合活性は、例えばフコースα1→6糖鎖への結合活性である。
【0014】
上記ペプチドの等電点は、4.67よりも高いことが好ましい。
【0015】
本発明のペプチドは、標識されていることが好ましい。
【0016】
本発明は、上記の同一又は異なるペプチド同士が複数会合しかつ糖結合活性を有するペプチドもまた提供する。
【0017】
本発明は、例えば配列番号2〜14のいずれかで示されるペプチドである。
【0018】
本発明は、上記ペプチドを含む診断薬又はキットを提供する。
【0019】
上記診断薬又はキットは、例えばフコースα1→6糖鎖を検出するのに有用である。
【0020】
本発明は、配列番号1に示すアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸をリジン及び/又はアルギニンで置換することを含む、糖結合活性を有するペプチドの改変方法を提供する。
【0021】
上記方法は、さらに、1又は数個のリジン及び/又はアルギニンを付加してもよい。
【0022】
本発明は、また、配列番号1に示すアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸をリジン及び/又はアルギニンで付加することを含む、糖結合活性を有するペプチドの改変方法を提供する。
【0023】
上記方法は、さらに、リジン及び/又はアルギニン以外の1又は数個のアミノ酸を欠失させてもよい。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、PTLに似た性質の新規なペプチドが安価かつ容易に提供される。本発明のペプチドは、PTLに対して、糖結合活性、赤血球凝集活性、等電点、溶解性、熱安定性等の物性を自在に変更することもできる。
【0025】
このペプチドは、特にフコースα1→6糖鎖に対する特異性が高いことから、フコースα1→6糖鎖の特異的結合剤、糖鎖研究用試薬、フコースα1→6糖鎖が関係する腫瘍マーカーの正確な検出、予後判定、治療効果判定、並びに新規な腫瘍マーカーの探索等への利用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】AFP−L1とAFP−L3との分離試験を、従来のLCAを添加したゲルを用いて行った結果を示す。図中、実腺矢印は、AFP−L3を示し、そして、波線矢印は、AFP−L1を示している(以下、同じ)。
【図2】AFP−L1とAFP−L3との分離試験を、対照のペプチド(配列番号1)を用いて行った結果を示す。
【図3】AFP−L1とAFP−L3との分離試験を、実施例9のペプチド(配列番号10)を用いて行った結果を示す。
【図4】AFP−L1とAFP−L3との分離試験を、実施例6のペプチド(配列番号7)を用いて行った結果を示す。
【図5】癌患者血清(3検体)について、実施例6のペプチドを用いたAFP分析結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に、本発明のペプチドを詳細に説明する。本発明のペプチドは、担子菌の一種であるツチスギダケに含まれるPTLをベースとする。PTLのアミノ酸配列の一種を配列番号1に示す。PTLは、特許文献1に記載の製造方法、アミノ酸配列に基づいた化学合成、遺伝子工学的手法等により取得できる。
【0028】
本発明のペプチドの一実施態様は、配列番号1に示すアミノ酸配列が1又は数個のリジンで置換されかつ糖結合活性を有するペプチドである。塩基性アミノ酸であるリジンで置換すると、糖結合活性を強化する、また、糖結合活性を維持しつつペプチドの等電点を増加することができることが判明した。そのような例として、配列番号2、3、4、5及び10が挙げられる。等電点の増大は、親和電気泳動分析の分解能の向上に寄与する。
【0029】
本発明の別の一実施態様は、配列番号1に示すアミノ酸配列が1又は数個のアルギニンで置換されかつ糖結合活性を有するペプチドが提供される。塩基性アミノ酸であるアルギニンで置換すると、糖結合活性を維持しつつ、ペプチドの等電点を増加することができることが判明した。そのような例として、配列番号12が挙げられる。
【0030】
リジン又はアルギニンで置換する場所によっては、糖結合活性の強さが変わり得る。置換されるアミノ酸は、アラニン、プロリン、バリン、トレオニン及びグリシンからなる群から選ばれる少なくとも一種であることが好ましい。
【0031】
リジンで置換される場合、特にアミノ酸N末端のアラニン(配列番号2〜5)、プロリン(配列番号3〜5)、バリン(配列番号4〜5)、あるいはアミノ酸配列C末端のトレオニン及びグリシンが2個のリジンで置換されることが好ましい。そのような例として、配列番号10が挙げられる。
【0032】
アルギニンで置換される場合、特にアミノ酸配列C末端のトレオニン及びグリシンが2個のアルギニンで置換されることが好ましい。そのような例として、配列番号12が挙げられる。
【0033】
置換されるアミノ酸の個数は、1個又は数個であり、好ましくは1〜4個である。
【0034】
上記リジン及び/又はアルギニンで置換されたアミノ酸配列に、さらに、1又は数個のリジン及び/又はアルギニンを付加してもよい。そのような例として、配列番号9が挙げられる。
【0035】
本発明の別の一実施態様は、配列番号1に示すアミノ酸配列にリジン及び/又はアルギニンが付加されかつ糖結合活性を有するペプチドが提供される。そのような例として、配列番号14が挙げられる。
【0036】
付加されるアミノ酸の個数は、1個又は数個であり、好ましくは1〜2個である。
【0037】
上記リジン及び/又はアルギニンで置換及び/又は付加された場合、さらにリジン又はアルギニン以外のアミノ酸が欠失することは、糖結合活性を有する限り可能である。そのような例として、配列番号6〜8、11及び13が挙げられる。
【0038】
リジンで置換又は付加される場合、欠失してもよいアミノ酸としては、トレオニン及びグリシンの少なくとも一種が好ましい。トレオニン欠失の例として、配列番号8及び13、そして、グリシン欠失の例として、配列番号6、7、8、11及び13が挙げられる。
【0039】
アミノ酸の欠失を伴う場合、リジンで置換してもよいアミノ酸は、トレオニン(配列番号6、7及び11)、アラニン(配列番号7)、チロシン(配列番号7及び8)、及びヒスチジン(配列番号13)からなる群から選ばれる少なくとも一種であることが好ましい。
【0040】
欠失されるアミノ酸の個数は、1個又は数個であり、好ましくは1〜2個である。
【0041】
配列番号1のアミノ酸配列に対して置換、欠失及び付加の少なくとも一種で変更されるアミノ酸の数は、1〜数個であり、好ましくは1〜4個である。
【0042】
本発明のペプチドは、糖結合活性を有する限り、その特異性は問わない。特に、PTLのようにフコースα1→6糖鎖への糖結合特異性を有することが好ましい。糖結合特異性の測定は、常法により行うことができる。例えば、ペプチドを添加した溶液をキャピラリー電気泳動装置に充填し、標識した標準糖鎖を展開させる。泳動後、標識に基づいた検出手段で検出する。
【0043】
本発明のペプチドの等電点は、PTLの等電点(4.67)よりも高いことが利用上好ましく、さらに4.69〜9.00の範囲にある。
【0044】
本発明のペプチドは、標識されていることが好ましい。標識手段は、特に制限なく公知の標識化方法を適用できる。例えば、放射性同位元素による標識化、標識化合物の結合等を挙げることができる。標識化合物としては、例えば、直接又は間接標識化合物、酵素、蛍光化合物等を挙げることができる。具体的には、ビオチン(実施例13及び14)、ジゴキシゲニン、西洋ワサビ由来ペルオキシダーゼ、フルオレセインイソチオシアネート、CyDye等を挙げることができる。これらの標識化合物は、常法によりペプチドと結合することができる。
【0045】
本発明のペプチドは、同一又は異なるペプチドがサブユニットとなって複数会合しかつ糖結合活性を有するペプチドでもよい。会合により、糖結合活性や赤血球凝集活性の向上を図ることができる。
【0046】
ペプチドの会合する数は、通常、2個以上であり、好ましくは2〜10個、特に好ましくは2〜4個である。複数のペプチドを会合させる方法は、糖結合活性を消失させない限り、特に制限されない。例えば、アビジン−ビオチン反応(実施例14)、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩等の縮合剤による反応が挙げられる。
【0047】
本発明は、また、上記ペプチドを含む診断薬又はキットを提供する。この診断薬又はキットは、フコースα1→6糖鎖の検出に有用である。この検出には、フコースα1→6糖鎖の増大や減少の傾向をつかむことも含まれる。フコースα1→6糖鎖が関連する疾患の例としては、肝細胞癌、大腸癌、膵臓癌、前立腺癌、乳癌、胃癌、小腸癌、結腸直腸癌、腎細胞癌、膵癌、小細胞肺癌、非小細胞癌、子宮癌、卵巣癌、甲状腺癌、軟部肉腫、骨肉腫、メラノーマ、膠芽腫、星状細胞腫、髄芽細胞腫、急性リンパ腫、悪性リンパ腫、ホジキン病、非ホジキン病、急性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病等の悪性腫瘍;膵炎;アレルギー疾患;自己免疫疾患;肺気腫等の循環器疾患の診断に使用することが期待される。
【0048】
本発明の診断薬又はキットには、本発明のペプチド以外に、診断薬分野で汎用の試薬(バッファー等)を含めることができる。また、本発明の診断薬又はキットには、腫瘍マーカーの診断薬として公知(例えば、抗体や既知のレクチン)のものを含めることもできる。
【0049】
本発明は、また、配列番号1に示すアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸をリジン及び/又はアルギニンで置換することを含むペプチドの改変方法を提供する。
【0050】
上記方法は、さらに、1又は数個のリジン及び/又はアルギニンを付加してもよい。
【0051】
上記方法は、さらに、リジン及びアルギニン以外の1又は数個のアミノ酸を欠失又は置換させてもよい。
【0052】
本発明は、また、配列番号1に示すアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸をリジン及び/又はアルギニンで付加することを含む、糖結合活性を有するペプチドの改変方法を提供する。
【0053】
上記方法は、さらに、リジン及びアルギニン以外の1又は数個のアミノ酸を欠失又は置換させてもよい。
【0054】
上記のペプチドの実際の取得方法は、特に制限されない。例えば、ペプチド固相合成法や液層合成法があり、Fmoc(Fluorenyl−Methoxy−Carbonyl)法、Boc(tert−Butyl Oxy Carbony)法、Cbz(Benzyloxycarbonyl Chloride)法等の有機合成化学的手法や遺伝子工学的手法が可能である。
【実施例】
【0055】
以下に、実施例及び比較例を示して、本発明をより詳細に説明する。しかし、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
〔実施例1〜14、比較例1〜6〕
(ペプチドの合成)
表1に示すアミノ酸配列をもつペプチドを、実際にFluorenyl−Methoxy−Carbonyl(Fmoc)法で合成した。合成されたペプチドのアミノ酸数、溶解性、等電点(Theoritical PI)、及び分子量を表1に併記する。アミノ酸配列の下線を付した箇所が対照(配列番号1)と比べて置換、欠失又は付加されている。
【0056】
(標識ペプチドの合成)
実施例13(表1)では、上記Fmoc法でアミノ酸配列のペプチドを合成し、定法により、ビオチン標識した。得られた標識ペプチドの溶解性を、表1に示す。
【0057】
(多価ペプチドの作製)
実施例14では、実施例13の標識ペプチドをビオチン−アビジン反応させることで多価ペプチドを作製した。具体的には、実施例13のビオチン標識ペプチド及びストレプトアビジン(ベクター社製)を、それぞれ、1mgずつチューブに量り取り、リン酸緩衝生理食塩水で1mg/mlにした。ストレプトアビジン溶液68μl、ビオチン標識ペプチド溶液45μlを混合し、室温で30分反応させた。その後、セファデックスG25(GEヘルスケアバイオサイエンス)を用いたゲルろ過で精製した。作製した多価ペプチドの溶解性を表1に示す。
【0058】
(レクチンの準備)
比較のために、フコース特異的レクチンと言われている市販レクチンとして、
比較例1 : ハリエニシダレクチン(UEA−I、生化学バイオビジネス(株)−(株)J−オイルミルズ製)、
比較例2 : ミヤコグサレクチン(Lotus、生化学バイオビジネス(株)−(株)J−オイルミルズ製)、
比較例3 : ヒイロチャワンタケレクチン(AAL、生化学バイオビジネス(株)−(株)J−オイルミルズ製)、
比較例4 : 麹菌レクチン(AOL、東京化成工業(株)−月桂冠(株)製)
比較例5 : レンズマメレクチン(LCA、生化学バイオビジネス(株)−(株)J−オイルミルズ製)、
比較例6 : エンドウマメレクチン(PSA、生化学バイオビジネス(株)−(株)J−オイルミルズ製)
を準備した。
【0059】
【表1】

【0060】
(糖結合特異性の測定)
キャピラリー電気泳動装置には、P/ACE−MDQ(ベックマンコールター社製)を用いた。表2A〜Cに示す糖鎖を8−アミノピレン−1,3,6−トリスルホン酸三ナトリウム(APTS)で標識した。検出には、レーザー蛍光検出(ex 488nm/em 520nm)を用いた(THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY Vol. 278, No. 34, Issue of August 22, pp. 32439−32447)。なお、ペプチド、標識ペプチド、多価ペプチド及びレクチンは、0.1Mトリス−酢酸緩衝液で0.01〜1mg/mlの濃度に調製した。
【0061】
【表2A】

【0062】
【表2B】

【0063】
【表2C】

【0064】
結合の判定は、ペプチドのない条件下での標識糖鎖のマイグレーションタイムを基準に0.06分以上の遅れた場合を結合があると判断した。ペプチド又はレクチンの濃度が0.01mg/mlで結合が見られた場合を◎、0.05mg/mlで結合が見られた場合を○、0.1mg/mlで結合が見られた場合を□、そして、1mg/mlで結合が見られた場合を△と評価を記入した。1mg/mlで結合していないものを×とした。結果を表3及び表4に示す。
【0065】
【表3】

【0066】
【表4】

【0067】
表3と表4との対比から、本発明のペプチドは、既知のレクチンと異なり、フコースα1−6糖鎖にのみ結合し、フコースα1−2糖鎖やフコースα1−3糖鎖、フコースα1−4糖鎖には結合しなかったことがわかる。
【0068】
(赤血球凝集活性試験)
96ウェルU底タイタープレートの一段にPBSを各20μl入れ、ウェルに試料溶液(0.5mg/ml)を20μl入れ、順次1/2希釈系列を作製した。上記の系列に、ウサギ2%赤血球溶液をそれぞれ40μl添加し、室温で約60分放置後、赤血球凝集活性を肉眼にて観察した。凝集が認められた最大希釈度の逆数を原液の凝集力価とし、凝集力価の2を底とする対数を赤血球凝集活性とした。
【0069】
実施例1〜13のペプチドでは、赤血球凝集活性がなかった。一方、実施例14の多価ペプチドでは、表5に示すとおり、赤血球凝集活性を確認した。
【0070】
【表5】

【0071】
(熱安定性試験)
対照のペプチド、実施例6及び9、並びに比較例3〜5のレクチンを、PBSで1mg/mlになるように溶解した。この溶液をマイクロチューブに50μl加え、30〜100℃で30分間保温した。また、保温しないものは分析時まで4℃に保存した。保温後、すぐに氷冷し、4倍に希釈後、上記キャピラリー電気泳動を用いて、フコース糖鎖(NG2AF)(糖鎖23)に対する結合の有無を測定した。結果を表6に示す。
【0072】
【表6】

○:結合有り
×:結合無し
【0073】
対照のペプチド並びに実施例6及び9は、100℃の保温をおこなっても、すべて糖結合活性を保持していた。一方、比較例3〜5のレクチンは、70℃以上で糖結合活性を失っていた。
【0074】
(溶解性試験)
表7に示すペプチド及びレクチンを、0.1mg/mlになるように、以下の5種類の緩衝液:
A : リン酸緩衝生理食塩水(PBS)
B : 10mM トリス塩酸緩衝液(pH 7.4)
C : 10mM リン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.4)
D : 10mM リン酸カリウム緩衝液(pH 7.4)
E : 10mM クエン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.4)
で溶解した。その後、卓上遠心機で2分間遠心し、沈殿物の有無を評価した。評価基準は、以下のとおりである。
○ :不溶物なし(溶解良好)
△ :不溶物わずかにあり
× :不溶物多い(溶解不良)
結果を表7に示す。
【0075】
【表7】

【0076】
本発明のペプチドでは、いずれの緩衝液にも良好に溶解したが、LCA(比較例5)やPSA(比較例6)では、十分に溶解しない緩衝液が存在した。
【0077】
(AFP−L3の親和電気泳動法による分析)
α−フェトプロテイン(AFP)は、肝細胞癌のマーカーである。しかし、慢性肝炎や肝硬変のような非肝癌患者でも上昇するため、軽度(〜100ng/ml)〜中等度(〜400ng/ml)高の症例での鑑別は困難とされている。AFPレクチン分画のうち、非肝癌患者の多くはL1画分に出現し、肝細胞癌患者ではL3画分が増加する。AFPレクチン分画は、肝細胞癌と肝良性疾患との鑑別診断に有用である。
【0078】
L3画分(AFP−L3型)として、癌患者(肝細胞癌)由来の血清AFPの糖鎖の構造を以下に示す。
【0079】
【化1】

【0080】
L1画分(AFP−L1型)として、胎生期の良性疾患(急性肝炎、慢性肝炎、肝硬変、先天性胆道閉鎖症)由来の血清AFPの糖鎖の構造を以下に示す。
【化2】

【0081】
(親和電気泳動用ゲルの調製)
レクチン親和電気泳動は、以下の文献を参考におこなった( Taketa, K., 臨床検査, 39 (1), 66 (1995) 、Shimizu, K., et al., Clinica. Chimica. Acta, 214, 3 (1993) 、Yamashita, K., et al., Cancer Res., 53, 2970 (1993)、Taketa, K., J. Chromatogr., 569, 229 (1991)、Taketa, K., et al., Gastroenterology, 99, 508 (1990)、Taketa, K., et al., Electrophoresis, 10, 562 (1989))。
【0082】
ペプチド(対照、実施例9、実施例6)及びLCAを、ぞれぞれ、3mg/mlになるように純水で溶解した。保温したアガロース溶液4.2mlにペプチド溶液又はLCA溶液0.3mlを加え、緩やかに混和した。ゲル型に流し入れ、10〜20分間室温で放置した。ゲル型から外し、親和電気泳動用ゲルとした。
【0083】
(分析試料)
α−フェトプロテイン(AFP)(Fitzgerald社製)、フコシル化AFP(AFP−L3)(和光純薬工業株式会社製)を使用した。AFP及びAFP−L3をそれぞれ4μg/ml及び0.1μg/mlになるように調製し、分析試料とした。
【0084】
(電気泳動)
電気泳動装置(カヤガキ社製)に50mMベロナール(pH 8.6)(緩衝液A)を緩衝液層に満たし、親和電気泳動用ゲルを設置した。分析試料2μlに2%ブロムフェノールブルー1μlを加えた溶液をゲルのウェルに添加し、電気泳動をおこなった。
【0085】
(転写)
予め緩衝液Aに浸した抗AFP膜にゲルを乗せ、その上に濾紙、アクリル板、重しを乗せ、30分間放置し、転写をおこなった。
【0086】
(免疫染色)
転写した抗AFP膜を洗浄後、抗ヒトAFPポリクローナル抗体溶液に抗AFP膜を浸し、室温で30分間静置した。洗浄液に浸して、洗浄した。西洋ワサビ由来ペルオキシダーゼ標識抗ウサギIgG抗体溶液に抗AFP膜を浸した。洗浄後、PODイムノステインセット(和光純薬工業社製)で発色させ、蒸留水でよく洗浄後、乾燥させた。
【0087】
図1にLCAゲル、図2に対照のペプチド、図3に実施例9のペプチド、そして図4に実施例6のペプチドを用いた場合のそれぞれのAFP分離結果を示す。
【0088】
図2に示す対照のペプチドでは、等電点が4.67と低いために、AFP−L1とAFP−L3との分離が若干不十分である。これでは、肝臓がんの診断法に適用し難い。一方、本発明に従う実施例9のペプチド(等電点6.77)及び実施例6のペプチド(等電点8.01)では、図3及び4に示すように、非常に良好な分離を得ることができた。これらの結果から、腫瘍マーカーであるAFPの糖鎖変化を、本発明のペプチドドで分離及び検出できる可能性が示された。
【0089】
実施例9及び実施例6のペプチドの場合、LCAよりも熱安定性に優れることから、親和電気泳動用ゲル作製時の加温による活性低下の恐れが極めて低い。本発明のように等電点の異なるアガロースを作製できることは、その他の腫瘍マーカーの分離や検出にも有効であると予測される。
【0090】
(患者検体のAFPの親和電気泳動法による検出試験)
実施例6のペプチドを使用し、ヒト血清の分析をレクチン親和電気泳動法でおこなった。分析試料には、健常人血清、肝臓がん患者血清(ProteoGenex社より購入)を使用した。使用した患者のクリニカルデータを以下の表8に示す。
【0091】
【表8】

【0092】
癌患者血清(3検体)について、実施例6のペプチドを用いたAFP分析結果を図5に示す。患者1と患者3は、AFP値が5ng/ml以上であり、かつ、癌化の指標であるAFP−L3の出現を明確に分析できている。また、同法を用いて健常人血清(3検体)のAFP分析をおこなったところ、AFPは検出されなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に示すアミノ酸配列中の1又は数個のアミノ酸がリジン及び/又はアルギニンで置換されかつ糖結合活性を有するペプチド。
【請求項2】
リジン及び/又はアルギニンにより置換されるアミノ酸は、アラニン、プロリン、バリン、トレオニン及びグリシンからなる群から選ばれる少なくとも一種であることを特徴とする、請求項1に記載のペプチド。
【請求項3】
リジン又はアルギニンで置換されるアミノ酸は、アミノ酸配列C末端のトレオニン及びグリシンである請求項1又は2に記載のペプチド。
【請求項4】
さらに、1又は数個のリジン及び/又はアルギニンが付加されかつ糖結合活性を有する、請求項1〜3のいずれかに記載のペプチド。
【請求項5】
配列番号1に示すアミノ酸配列に1又は数個のリジン及び/又はアルギニンが付加されかつ糖結合活性を有するペプチド。
【請求項6】
さらに、リジン及びアルギニン以外のアミノ酸が欠失されかつ糖結合活性を有する、請求項1〜5のいずれかに記載のペプチド。
【請求項7】
欠失するアミノ酸が、トレオニン及びグリシンの少なくとも一種である、請求項6に記載のペプチド。
【請求項8】
前記糖結合活性が、フコースα1→6糖鎖への結合活性である、請求項1〜7のいずれかに記載のペプチド。
【請求項9】
等電点が4.67よりも高い、請求項1〜8のいずれかに記載のペプチド。
【請求項10】
標識されている、請求項1〜9のいずれかに記載のペプチド。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれかに記載の同一又は異なるペプチド同士が複数会合しかつ糖結合活性を有するペプチド。
【請求項12】
配列番号2〜14のいずれかで示されるペプチド。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれかに記載のペプチドを含む診断薬又はキット。
【請求項14】
フコースα1→6糖鎖を検出するための請求項13に記載の診断薬又はキット。
【請求項15】
配列番号1に示すアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸をリジン及び/又はアルギニンで置換することを含む、糖結合活性を有するペプチドの改変方法。
【請求項16】
さらに、1又は数個のリジン及び/又はアルギニンを付加することを含む、請求項15に記載の糖結合活性を有するペプチドの改変方法。
【請求項17】
配列番号1に示すアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸をリジン及び/又はアルギニンで付加することを含む、糖結合活性を有するペプチドの改変方法。
【請求項18】
さらに、リジン及び/又はアルギニン以外の1又は数個のアミノ酸を欠失させることを含む、請求項15〜17に記載の糖結合活性を有するペプチドの改変方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−148736(P2011−148736A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−11449(P2010−11449)
【出願日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【出願人】(302042678)株式会社J−オイルミルズ (75)
【Fターム(参考)】