説明

ペルオキシダーゼ化学発光反応の発光増強方法

【課題】西洋ワサビ由来のペルオキシダーゼ(以下、「POD」という)を用いた化学発光反応に比べ、発光持続性が劣る欠点を有していた担子菌由来のPODを用いた化学発光反応の発光強度および発光持続性を増強する方法に関する。
【解決手段】EDTA類縁体、ヒドラジン誘導体またはアセン系多環芳香族炭化水素から選択される1種または2種以上の化学発光増強剤を化学発光反応の最終反応溶液に添加する。
【効果】担子菌由来のPODを用いた化学発光反応において、化学発光反応の発光強度および発光持続性を有意に増強することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、担子菌由来のペルオキシダーゼを用いた化学発光反応において、発光強度を増強し、発光持続性を高める方法に関する。
【背景技術】
【0002】
西洋ワサビ由来のペルオキシダーゼ(以下、「POD」という)は、その酵素活性を指標とした分析用試薬として、固相酵素免疫測定法(ELISA)、例えば、非競合法あるいは競合法、およびウエスタンブロッティング法などの各種の酵素免疫測定方法に広く使用されている(例えば、特許文献1参照)。しかし、西洋ワサビ由来のPODは、原料としての西洋ワサビの栽培に長時間を要する上に、植物体を破壊し、多種多様な夾雑成分の中からPODを精製するという方法で製造されるため、その製造効率は高いとは言いがたく、大量生産が困難であった。その上、近年では、栽培効率の悪さや、需要の大きいバイオエタノール用穀物への転作などを理由に、PODの原料としての西洋ワサビの供給不安が生じつつあり、これに代わり得る酵素に対する潜在的なニーズは大きい。
【0003】
さらに、西洋ワサビ由来のPODには、多くのアイソザイムが存在するという問題も存在する。現在広く用いられている西洋ワサビ由来のPODの多くは、低い生産効率の中で一定の価格で流通させるという制約があるため、多くのアイソザイムの混合物である場合がほとんどである。しかし、このようなPODを用いて各種の測定、例えば、酵素免疫測定を行った場合、異なる反応特性を有する各種アイソザイムの含有量が、PODの製造ロットごとにばらつき、このことに起因して、安定した測定結果を得ることが困難になるという重大な問題を生じている。
【0004】
西洋ワサビ由来のPODが有する問題を克服し得ることが期待されるPODとして、微生物由来のPODがある。微生物は短時間で大量に培養可能であり、微生物由来のPODは、植物体から精製を行う場合よりも格段に少ない手間で精製を行うことができる。また、遺伝子組換え技術を用いることにより、微生物宿主内での発現量を人為的に高めることも容易である。遺伝子組換え技術を利用すれば、目的とするPODのみを多量に発現させることができるため、アイソザイムの夾雑という問題も回避が容易であると同時に、そのPODを改変し、改良することも比較的容易である。このようなことから、微生物由来のPODは、西洋ワサビ由来のPODに代わり得る有望な酵素といえる。
【0005】
本発明者らは、すでに、西洋ワサビ由来のPODに代わり得る酵素として、例えば、Arthromyces属や担子菌Coprinus属等の微生物由来のPODを調製し(例えば、特許文献2、非特許文献1〜2参照)、これを遊離状態で用いても、抗体を標識し、POD標識抗体として用いても、ルミノールを基質とした化学発光反応において、西洋ワサビ由来のPODと同等かそれ以上の反応性を有することを確認している。
【0006】
しかしながら、Coprinus属由来のPODを含む微生物由来のPODは、従来の化学発光反応の条件下では、化学発光反応開始直後に、高い発光強度を示すものの、持続性が悪いという欠点を有している。そのため、安定状態で発光量を測定することが困難で、微生物由来のPODを西洋ワサビ由来のPODに代替し、酵素免疫測定等に利用するには発光持続性向上のための解決すべき課題が残されている。
【0007】
西洋ワサビ由来のPODを、ルミノールを基質とした化学発光反応を測定する際、その発光強度の弱さを補うために、発光強度増強効果や発光持続性効果を有する種々の化学発光増強剤を添加する方法が知られている。西洋ワサビ由来のPODに対し、発光強度増強効果や発光持続性効果を示す化学発光増強剤としては、例えば、p−ヨードフェノール、p−ブロムフェノール、p−クロロフェノール、p−フェニルフェノール、2−クロロ−4−フェニルフェノール、2,4−ジクロロフェノール、4−(シアノメチルチオ)フェノール、4−シアノメチルチオ−2−クロロフェノール、フェノールインドール、p−ヒドロキシシンナミン酸、4−〔4’−(2’−メチル)チアゾリル〕フェノール、4−(4’−チアゾリル)フェノール、4−(2’−チエニル)フェノール、4−〔4’−(2’−(3’−ピリジル))チアゾール〕フェノール、フェノチアジン−N−プロピルスルフォネート、フェノールインドフェノール、4−ヒドロキシケイヒ酸、p−ヒドロキシシンナミン酸等のフェノール誘導体、6−ヒドロキシベンゾチアゾール、4−(4−ヒドロキシフェニル)チアゾール、4−(4−ヒドロキシフェニル)−2−メチル−チアゾール、4−(4’−ヒドロキシフェニル)−2’−(3’−ピリジル)チアゾール、ホタルルシフェリン、デヒドロルシフェリン等のチアゾール誘導体、2−ナフトール、1,6−ジブロモ−2−ナフトール等のナフトール誘導体、3−(10−フェノチアジル)プロピルスルホン酸塩、p−ヒドロキシフェニルプロピオン酸塩およびジエチルアニリン、N,N,N’,N’−テトラメチルベンチジン等が挙げられる(例えば、非特許文献3〜4、特許文献3〜6参照)。しかしながら、これらの化学発光増強剤は西洋ワサビ由来のPODに特有なものであり、微生物由来のPODに対して発光強度増強効果や発光持続性効果を示さない。
【0008】
一方、微生物由来のPODの化学発光増強剤として、過酸化水素の微量の検出または定量のために、ヒドラゾベンゼン、インジゴ、3−メチル−2−ベンゾチアゾリン ヒドラゾン塩酸塩、α−ナフトキノン、フェニルヒドラジン、8−ヒドロキシキノリン、フェノールフタリン、L−トリプトファン、N,N−ジメチルインドアニリン、カルセイン、インジゴ、カルミンおよびレゾルシンを用いた化学発光測定方法が知られている(例えば、特許文献7参照)。また、溶液中の染料や紙パルプの漂白等を目的とした微生物由来PODの酵素反応を強化する方法として、2,2’−アジノ−ビス(3−エチルベンゾチアゾリン−6−スルホネート)、4−アミノ−4’−メトキシスチルベン、4,4’−ジアミノスチルベン−2,2’−ジスルホン酸、4,4’−ジヒドロキシベンゾフェノン、N−ベンジリデン−4−ビフェニルアミン、10−メチルフェノチアジン、10−フェノチアジン−プロピオン酸、10−フェニルフェノチアジン、10−メチルフェノクサジン、ベンチジン、3,3’−ジメチルベンチジン、6−アミノ−3−メチル−2−ベンゾチアゾリノンアジン、6−ヒドロキシ−2−ナフトイン酸、6−ブロモ−2−ナフトール、7−アミノ−2−ナフタレンスルホン酸、1,5−ジアミノナフタレン、10−フェノチアジンプロピオン酸、10−エチルフェノチアジン−4−カルボン酸、10―メチルフェノキサジンおよび10−フェノキサジンプロピオン酸を添加する方法が知られている(例えば、特許文献8〜10参照)。
【0009】
上記のように、過酸化水素の微量の検出もしくは定量、溶液中の染料や紙パルプの漂白または染料移行阻止等のために、微生物由来PODの酵素反応を増強する方法は知られているものの、固相酵素免疫測定法(ELISA)、例えば、非競合法あるいは競合法またはウエスタンブロッティング法などの各種の酵素免疫測定方法において、微生物由来PODの化学発光反応を増強する方法は知られていない。
【0010】
すなわち、微生物由来のPODを用いた化学発光反応を指標とした酵素免疫測定方法において、化学発光反応の発光強度を増強し、反応持続性を高める方法の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2000−88850号公報
【特許文献2】特開昭61−104784号公報
【特許文献3】特表昭59−500252号公報
【特許文献4】特開昭59−171839号公報
【特許文献5】特開平2−291299号公報
【特許文献6】特開平8−38195号公報
【特許文献7】特許第3005238号公報
【特許文献8】特表平8−503371号公報
【特許文献9】特表平8−506009号公報
【特許文献10】特表平10−500728号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Kim et al. Analytical Biochemistry 199, 1−6 (1991)
【非特許文献2】Kjalke et al. Biochim Biophys Acta. 1992 Apr 17;1120(3):248−56
【非特許文献3】Gray et al. Methods in Enzymology 133, 331−353 (1986)
【非特許文献4】辻章夫. 臨床検査 38, 162−166 (1994)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の課題は、微生物由来のPODを用いた化学発光反応において、化学発光反応開始から長時間にわたって高い発光強度を持続する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、化学発光物質および酸化剤を用いて化学発光させる系において、EDTA類縁体、ヒドラジン誘導体およびアセン系多環芳香族炭化水素から選択される1種または2種以上の化合物が担子菌由来のPODの反応性を向上させ得ることを知り、本発明を完成した。すなわち本発明は、以下に関する。
1)担子菌由来ペルオキシダーゼを用いた化学発光反応において、EDTA類縁体、ヒドラジン誘導体またはアセン系多環芳香族炭化水素から選択される1種または2種以上の化学発光増強剤を用いることを特徴とするペルオキシダーゼ化学発光反応の発光増強方法。
2)EDTA類縁体が、Mn(II)−EDTA、N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)グリシン(Bicine)、1,6−ヘキサメチレンジアミン−N,N,N’,N’−四酢酸(HDTA)、1,3−ジアミノ−2−ヒドロキシプロパン−N,N,N’,N’−四酢酸(DPTA−OH)、トリエチレンテトラミン−N,N,N’,N’’,N’’’,N’’’−六酢酸(TTHA)、ジエチレントリアミン−N,N,N’,N’’,N’’−五酢酸(DTPA)、O’,O’−ビス(2−アミノエチル)エチレングリコール−N,N,N’,N’−四酢酸(GEDTA)またはカルセインブルーのいずれかである前記1)記載のペルオキシダーゼ化学発光反応の発光増強方法。
3)ヒドラジン誘導体が、ダンシルヒドラジン、イプロニアジドリン酸塩または1−フェニル−3−チオセミカルバジドのいずれかである前記1)記載のペルオキシダーゼ化学発光反応の発光増強方法。
4)アセン系多環芳香族炭化水素が、アントラセンまたはナフタセンのいずれかである前記1)記載のペルオキシダーゼ化学発光反応の発光増強方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明により担子菌由来PODを用いた化学発光反応の発光強度および発光持続性を有意に増強することができ、感度の高い安定した測定方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】化学発光増強剤としてカルセインブルーを用いた際のカルセインブルー濃度が初発時発光強度に与える影響を示した図である。
【図2】化学発光増強剤としてMn(II)−EDTAを用いた際のカルセインブルー濃度が初発時発光強度に与える影響を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(担子菌由来POD)
本発明に使用するPODとしては、担子菌由来のPODが挙げられる。担子菌に属する微生物としては、例えば、Coprinus属、Uredinales属、Auriculariales属、Agaricales属等が挙げられる。中でも、Coprinus属由来のPODは、西洋ワサビ由来のPODと比較して、同等もしくは同等以上の優れた酵素化学的性質(至適pH、pH安定性、至適温度、温度安定性)を有しており、しかも、2,2’−アジノビス(3−エチルベンゾチアゾリン−6−スルホン酸)(ABTS)を基質とした発色反応において、西洋ワサビ由来のPODよりも比活性(U/mg)が9〜10倍程度高いため好ましい。Coprinus属に属する微生物の例としては、Coprinus cinereus(NBRC30114)、Coprinus macrorhizus(ATCC20120)、Coprinellus disseminatus、Coprinus comatus(ATCC12640)、Coprinus clastophyllus、Coprinus alkalinus、Coprinus amphibius、Coprinus micaceus、Coprinus atramentarius、Coprinus luteocephalus、Coprinus trisporus、Coprinus sclerotiger、Coprinus domesticus、Coprinus stercorarius、Coprinus radiatus等が挙げられる。なお、NBRCは、独立行政法人製品評価技術基盤機構生物遺伝資源部門、ATCCは、American Type Culture Collectionを示す。
【0018】
Coprinus属由来PODは、天然のものであってもよく、耐熱性向上や基質特異性向上、その他の何らかの1以上の変異を人為的に導入したものであってもよく、キメラタンパク質等であってもよい。また、市販のCoprinus属由来PODを用いてもよい。測定上支障がない範囲において、アイソザイムを含む複数のPODを共に使用することもできるが、測定の安定性のためには、単一精製したものを用いることが好ましい。
【0019】
また、分類学上Coprinus属に属さない微生物であっても、例えば、Coprinus属に近縁の微生物由来のPODや、Coprinus属由来のPODとアミノ酸配列が近似するもので、本発明の酵素免疫測定において同様の反応性を示すPOD等も用いることができる。
【0020】
本発明に使用する担子菌由来のPODは、後述する最終反応溶液中において、遊離状態または各種抗体を標識した状態で用いることができる。PODへ抗体を標識(架橋)する方法としては、公知の各種の標識方法を用いることができ、例えば、一般的に知られている方法として、グルタルアルデヒド法、過ヨウ素酸法、マレイミド法、ピリジルジスルフィド法、イソシアネート架橋法、ベンゾキノン架橋法等が挙げられる。特に、マレイミド法は、重合体形成の有無、抗原、抗体、酵素の活性維持、さらには標識効率の点で好適である。
【0021】
(化学発光増強剤)
微生物由来PODの化学発光増強剤として、(a)EDTA類縁体、(b)ヒドラジン誘導体または(c)アセン系多環芳香族炭化水素から選択される1種または2種以上の化学発光増強剤が挙げられる。
【0022】
(a)EDTA類縁体として、金属イオンを含んだ環状構造を形成する有機化合物であれば使用でき、3配位キレート剤および4配位キレート剤等が用いられる。例えば、これらのキレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、EDTA・2Na、EDTA・3Na、EDTA・4Na、EDTA・2K、EDTA・3K、EDTA・2アンモニウム、Ca(II)−EDTA、Co(II)−EDTA、Cu(II)−EDTA、Fe(III)−EDTA、Mg(II)−EDTA、Mn(II)−EDTA、Zn(II)−EDTA、O,O’−ビス(2−アミノフェニル)エチレングリコール−N,N,N’,N’−四酢酸(BAPTA)、N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)グリシン(Bicine)、トランス−1,2―ジアミノシクロヘキサン−N,N,N’,N’−四酢酸(CyDTA)、ジエチレントリアミン−N,N,N’,N’−五酢酸(DTPA)、N−(2−ヒドロキシエチル)エチレンジアミン−N,N’,N’−三酢酸(EDTA−OH)、O’,O’−ビス(2−アミノエチル)エチレングリコール−N,N,N’,N’−四酢酸(GEDTA)、1,6−ヘキサメチレンジアミン−N,N,N’,N’−四酢酸(HDTA)、1,3−ジアミノ−2−ヒドロキシプロパン−N,N,N’,N’−四酢酸(DPTA−OH)、1,2−ジアミノプロパン−N,N,N’,N’−四酢酸(Methyl−EDTA)、N−(ヒドロキシエチル)イミノ二酢酸(HIDA)、ニトリロ三酢酸(NTA)、ニトリロトリス(メチレンホスホン酸)・3Na(NTPO・3Na)、トリエチレンテトラミン−N,N,N’,N’’,N’’’,N’’’−六酢酸(TTHA)、ニトリロ三プロピオン酸(NTP)、カルセインブルー等が挙げられる。これらのうち、Mn(II)−EDTA、Bicine、HDTA、DPTA−OH、TTHA、カルセインブルーが、特に高い化学発光持続性を示すため、好ましい。
【0023】
(b)ヒドラジン誘導体として、1,1−ジフェニルヒドラジン塩酸塩、3−メチル−2−ベンゾチアゾリノン ヒドラジン塩酸塩一水和物、フェニルヒドラジン、2−ヒドラジノベンゾチアゾール、ダンシルヒドラジン、イプロニアジドリン酸塩、2,4−ジニトロフェニルヒドラジン塩酸塩、4-ヒドラジノ安息香酸、1−フェニル−3−チオセミカルバジド、4−フェニル−3−チオセミカルバジド、1−アセチル−2−フェニルヒドラジン、4−ヒドラジノベンゼンスルホンアミド塩酸塩、ヒドラジノエタノール、1−ヒドラジノフタラジン塩酸塩、2−ヒドラジノピリジン、2−ヒドラジノキノリン等が挙げられる。これらのうち、ダンシルヒドラジン、イプロニアジドリン酸塩、1−フェニル−3−チオセミカルバジドが、特に高い化学発光持続性を示すため、好ましい。
【0024】
(c)アセン系多環芳香族炭化水素として、ナフタレン、アントラセン、ナフタセン、ペンタセン、ヘキサセン等が挙げられる。これらのうち、アントラセンおよびナフタセンが、特に高い化学発光持続性を示すため、好ましい。
【0025】
(酸化剤)
本発明に使用する酸化剤は、無機過酸化物として、例えば、過酸化水素、過ホウ酸塩、次亜塩素酸塩等が挙げられ、有機過酸化物として、例えば、過酢酸、過プロピオン酸等が挙げられる。取扱い易さから、過酸化水素を用いるのが好ましい。
【0026】
酸化剤の含有量は、用いる化学発光物質の種類、濃度または適用する測定方法等によって適宜設定すればよい。発光強度を高い値で維持するために、最終反応溶液中における酸化剤の濃度は0.001〜100mMの範囲にすることが好ましく、より好ましくは、0.01〜10mMの範囲であり、さらに好ましくは0.05〜2mMの範囲である。
【0027】
(化学発光物質)
本発明に使用する化学発光物質としては、公知の各種化学発光物質を用いることができ、例えば、2,3−ジヒドロ−1,4−フタラジンジオン化合物を用いることができる。前記化学発光物質の具体的な例としては、例えば、ルミノール、イソルミノール、N−エチルイソルミノール、N−(4−アミノブチル)−N−エチルイソルミノールヘミサクシミド、N−(6−アミノヘキシル)−N−エチルイソルミノール等、あるいは、これらの金属塩が挙げられる。金属塩としては、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩等を用いることができる。アルカリ金属塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩等が挙げられ、アルカリ土類金属塩としては、カルシウム塩、マグネシウム塩等が挙げられる。特にルミノールまたはルミノール金属塩が安定性や発光量子収率に優れ、好ましい。
【0028】
化学発光物質の含有量は、用いる酸化剤の種類、濃度または適用する測定方法等によって適宜設定すればよいが、発光強度を高い値で維持するために、初発時発光強度を高い値で維持するために、最終反応溶液中における化学発光物質の濃度は0.001〜100mMの範囲にすることが好ましく、より好ましくは、0.01〜10mMの範囲であり、さらに好ましくは0.1〜5mMの範囲である。
【0029】
(緩衝液)
本発明に使用する緩衝液は、一般に用いられている緩衝作用が優れた緩衝液であれば特に限定されることはなく、例えば、酢酸緩衝液、クエン酸緩衝液、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、グッド緩衝液、ホウ酸緩衝液、グリシン緩衝液、ピロリン酸緩衝液、アンモニウム緩衝液、炭酸緩衝液を用いることができる。
【0030】
緩衝液のpHは、用いる化学発光物質もしくは酸化剤の種類、濃度または適用する測定方法等によって適宜設定すればよいが、発光強度を高い値で維持するために、最終反応溶液中におけるpHは6.0〜12.0の範囲にすることが好ましく、より好ましくは、7.0〜11.0の範囲であり、さらに好ましくは7.5〜10.0の範囲である。
【0031】
(最終反応溶液)
化学発光反応は、前記のPOD、化学発光増強剤、化学発光物質、酸化剤および緩衝液を含んでなる最終反応溶液にて行う。なお、本発明の発光量の評価は、反応開始直後の発光量もしくは測定時間ごとの発光量の相対値または積算値により行うことができる。
【0032】
本発明の化学発光増強剤を用いた最終反応溶液は、担子菌由来のPODを利用した測定法および測定用キットとして優れた効果を発揮する。そのため、免疫測定法および免疫測定キットとして、その中でも、酵素免疫測定法および酵素免疫測定用キットに用いることが特に好ましく、不溶性担体を用いるヘテロジニアスな酵素免疫測定用キットに用いることが最も好ましい。
【0033】
以下、実施例により、本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明の技術的範囲は、それらの例により何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0034】
[POD標識マウスIgG抗体を用いた増強剤(EDTA類縁体)の検索]
POD標識抗体(POD−IgG)を用いて、化学発光増強剤のうち、EDTA類縁体に関して検索を行った。
【0035】
1.抗マウスIgG抗体へのPOD標識
抗マウスIgG抗体へのPOD標識を、以下のように行った。
【0036】
1)IgG−SHの調製
ヤギ抗マウス抗体(IgG)を、0.15M NaClおよび10mM EDTAを含む0.1M リン酸ナトリウム緩衝液(pH6.4)に溶液置換し、1〜10mg/mlとなるように調製した。500mM システアミン(Sigma社製;製品コード M9768−25G)(システアミン6mgを0.15M NaClおよび10mM EDTAを含む0.1M リン酸ナトリウム緩衝液(pH6.4)0.1 mlに溶解)を調製し、前記の抗体溶液に1/10(v/v)量加え、37℃にて1.5時間インキュベーションした。過剰なシステアミンを透析あるいはゲルろ過カラムSephadex G−25(GE社製;製品コード 17−0033−01、平衡化液:0.15M NaClおよび10mM EDTAを含む0.1M リン酸ナトリウム緩衝液(pH6.8)、溶出液:平衡化液と同様、カラムサイズ:10ml、重力による溶出)により除去した。
【0037】
2)マレイミド化PODの調製
市販の担子菌由来のPOD(Roche社製)を10〜30mg/mlとなるように、0.15M NaClおよび10mM EDTAを含む0.1M リン酸ナトリウム緩衝液(pH7.4)に溶解した。100mM SMCC(Pierce社製;製品コード 22360)(3.34mgを0.1mlのDMSOに溶解)を調製し、直ちにPODのモル濃度の5倍量を加えた。室温で30分間インキュベーションし、前記の条件に従って、ゲルろ過カラムSephadex G−25に供し、過剰なSMCCを除去した。酵素濃度を、403nmにおける吸光度測定値から、ε403nm=8.33×10 l/(mol・cm)を用いて求めた。
【0038】
3)マレイミド化PODによる抗体の標識(架橋)および標識抗体の精製
前記のマレイミド化PODおよびSH基還元抗体(溶媒は0.15M NaClおよび10mM EDTAを含む0.1M リン酸ナトリウム緩衝液(pH6.8))を、酵素:抗体のモル比が10:1となるように混合した。4℃で6時間以上(一晩)インキュベーションした後、標識(架橋)後の反応溶液を、0.5M NaClを含む0.1M リン酸ナトリウム緩衝液(pH6.8)で平衡化したSuperdex 200 10/300GL(GE社製;製品コード 17−5175−01、溶出:0.5M NaClを含む0.1M リン酸ナトリウム緩衝液(pH6.8)、カラムサイズ:約24ml、流速:0.5ml/min)に供することにより、抗体と結合されなかった酵素を除去して、担子菌由来のPOD標識抗マウスIgG(POD−IgG)を得た。以下、微生物由来PODとして、POD−IgGを用いた。
【0039】
2.POD−IgGを用いた増強剤(EDTA類縁体)の検索
担子菌由来のPOD−IgGの化学発光を有意に増強するEDTA類縁体を検索した。
1.875mM ルミノール(Sigma社製)ならびに12.5ng/ml POD−IgGを含む100mM、pH9.5のトリス塩酸緩衝液(以下、「スクリーニング用試液1」という。)および0.133mM 過酸化水素(和光純薬社製)を含む100mM、pH9.5のトリス塩酸緩衝液(以下、「スクリーニング用試液2」という。)を調製した。
【0040】
次に、EDTA類縁体として、カルセインブルーはジメチルスルホキシド(DMSO)に適宜に溶解し、また、Mn(II)−EDTAはイオン交換水に適宜に溶解して、カルセインブルーを0.01〜1.0mMの濃度の範囲で含むDMSO溶液またはMn(II)−EDTAを0.1〜5.0mMの濃度の範囲で含む水溶液を調製した。前記のEDTA類縁体を含むDMSO溶液および水溶液10μlを96ウェルマイクロタイタープレートに分注し、160μlのスクリーニング用試液1を添加した後、30μlのスクリーニング用試液2を添加することで化学発光反応を開始した。反応温度は30℃で行った。対照群として、EDTA類縁体を含まないDMSOおよびイオン交換水10μlを用い、実験群と同様に化学発光反応を行った。
【0041】
発光量は、反応開始0分(初発時)、5分、10分、15分における1秒間の平均発光積算量として、MicroLumatPlus LB 96V(Berthold社製)を用いて測定した。各EDTA類縁体の化学発光増強作用を確認するために、対照群の初発時発光量を100%とした相対値を初発時発光強度として算出し、対照群の各反応時間における発光量をそれぞれ100%とした相対値を相対発光強度として算出した。各EDTA類縁体濃度による初発時発光強度を図1〜2に、相対発光強度を表1〜2に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
【表2】

【0044】
図1〜2および表1〜2に示すとおり、担子菌由来のPODを用いて化学発光反応に供した場合、反応時間が経過するのに従い、急激に発光強度が減衰するのに対し、化学発光増強剤としてEDTA類縁体であるカルセインブルーおよびMn(II)−EDTAを添加すると、一様に発光強度および発光持続性が増強されることが確認された。特に、カルセインブルーは添加濃度0.1〜1.0mMにおいて、Mn(II)−EDTAは添加濃度1.0〜5.0mMにおいて優れた増強作用を示すことが確認された。
【0045】
次に、各種EDTA類縁体であるBicine、HDTA、DPTA−OH、TTHA、DTPA、GEDTA、8−ヒドロキシキノリンおよびCu(II)−EDTAの増強作用について、前記の方法と同様に確認した。なお、カルセインブルーおよび8−ヒドロキシキノリンはジメチルスルホキド(DMSO)に溶解し、その他のEDTA類縁体はイオン交換水に溶解した。各相対発光強度を表3に示す。なお、結果は、各種EDTA類縁体について、EDTA類縁体の濃度による化学発光反応に対する影響を確認した上で、最も強い増強作用を有した濃度を示している。
【0046】
【表3】

【0047】
表3に示すとおり、EDTA類縁体のうちカルセインブルー、Mn(II)−EDTA、Bicine、HDTA、DPTA−OH、TTHA、DTPAおよびGEDTAは、担子菌由来のPODを用いた化学発光反応において、優れた増強作用を示すことが確認された。一方、8−ヒドロキシキノリン、Cu(II)−EDTAでは、増強作用は確認できなかった。
【0048】
上述のとおり、適切なEDTA類縁体を選択し、適宜濃度を調整して用いることで、担子菌由来のPODを用いた化学発光反応を増強することが示唆された。
【実施例2】
【0049】
[POD標識マウスIgG抗体を用いた増強剤(ヒドラジン誘導体)の検索]
担子菌由来のPOD−IgGの化学発光を有意に増強するヒドラジン誘導体を検索した。
【0050】
市販のヒドラジン誘導体を用い、実施例1に記載の方法と同様に、ヒドラジン誘導体の化学発光反応に対する増強作用を確認した。なお、ヒドラジン誘導体の溶媒は、ジメチルスルホキド(DMSO)を用いた。結果を表4に示す。
【0051】
【表4】

【0052】
表3に示すとおり、ヒドラジン誘導体のうちダンシルヒドラジン、イプロニアジドリン酸塩および1−フェニル−3−チオセミカルバジドは、担子菌由来のPODを用いた化学発光反応において、優れた増強作用を示すことが確認された。特に、イプロニアジドリン酸塩は、極めて優れた増強作用を示すことが確認された。一方、1,1−ジフェニルヒドラジン塩酸塩では、増強作用は確認できなかった。
【実施例3】
【0053】
[POD標識マウスIgG抗体を用いた増強剤(アセン系多環芳香族炭化水素)の検索]
担子菌由来のPOD−IgGの化学発光を有意に増強するアセン系多環芳香族炭化水素を検索した。
【0054】
市販のアセン系多環芳香族炭化水素を用い、実施例1に記載の方法と同様に、アセン系多環芳香族炭化水素の化学発光反応に対する増強作用を確認した。なお、アセン系多環芳香族炭化水素の溶媒は、DMSOを用いた。結果を表5に示す。
【0055】
【表5】

【0056】
表5に示すとおり、アセン系多環芳香族炭化水素であるアントラセンおよびナフタセンは、担子菌由来のPODを用いた化学発光反応において、優れた増強作用を示すことが確認された。特に、ナフタセンは、極めて優れた増強作用を示すことが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
担子菌由来ペルオキシダーゼを用いた化学発光反応において、EDTA類縁体、ヒドラジン誘導体またはアセン系多環芳香族炭化水素から選択される1種または2種以上の化学発光増強剤を用いることを特徴とするペルオキシダーゼ化学発光反応の発光増強方法。
【請求項2】
EDTA類縁体が、Mn(II)−EDTA、N,N−ビス(2−ヒドロキシエチル)グリシン(Bicine)、1,6−ヘキサメチレンジアミン−N,N,N’,N’−四酢酸(HDTA)、1,3−ジアミノ−2−ヒドロキシプロパン−N,N,N’,N’−四酢酸(DPTA−OH)、トリエチレンテトラミン−N,N,N’,N’’,N’’’,N’’’−六酢酸(TTHA)、ジエチレントリアミン−N,N,N’,N’’,N’’−五酢酸(DTPA)、O’,O’−ビス(2−アミノエチル)エチレングリコール−N,N,N’,N’−四酢酸(GEDTA)またはカルセインブルーのいずれかである請求項1記載のペルオキシダーゼ化学発光反応の発光増強方法。
【請求項3】
ヒドラジン誘導体が、ダンシルヒドラジン、イプロニアジドリン酸塩または1−フェニル−3−チオセミカルバジドのいずれかである請求項1記載のペルオキシダーゼ化学発光反応の発光増強方法。
【請求項4】
アセン系多環芳香族炭化水素が、アントラセンまたはナフタセンのいずれかである請求項1記載のペルオキシダーゼ化学発光反応の発光増強方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−43447(P2011−43447A)
【公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−192742(P2009−192742)
【出願日】平成21年8月24日(2009.8.24)
【出願人】(000004477)キッコーマン株式会社 (212)
【Fターム(参考)】