説明

ボイド内風圧力低減構造

【課題】 建築物の設計の自由度を制約せず、既存の建築物に後から付設することも可能な構造物によって、ボイドを有する建築物のボイド内壁面に作用する風圧力の低減、特に、ボイド上部近傍で下の部分より相対的に大きな値となる風圧力を低減すること
【解決方法】 ボイドを有する建築物の、ボイド上縁部からボイド上部を部分的に塞ぐようにボイド内に突出した突出部を有するボイド内風圧力低減構造。突出部が、ボイド上縁部の全周囲からボイド内に突出した上記ボイド内風圧力低減構造。突出部の上面が実質的にボイド上縁部と同一の水平面に位置する上記ボイド内風圧力低減構造。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築物の風圧力軽減のための構造物および当該構造物を備えた建築物に関し、特に、ボイドを有する建築物におけるボイド内の風圧力を低減するためにボイド上縁部に設ける構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
建築物が高層になるにしたがって風荷重が重要な設計荷重になる。また、居住用建物のように外部に対して開放することのできる窓や扉を有する建築物の場合には、風荷重による窓やドアの開閉障害、建物内圧力の増減、換気扇からの風の吹き込み、風による騒音、振動、ベランダ等に設置した物への風の影響などが問題になる。
特に、ボイドを有する建築物の場合、ボイド上縁部近傍の風圧力は正圧・負圧共に他の部位に比べて大きいことが知られている。
【0003】
ボイドを有する建築物または建築物群の風圧力低減を目的とした発明として、特開平10−266627号公報(特許文献1)を挙げることができる。
当該文献は矩形断面を有する4棟の建築物(あるいは1つの建築物の4つの構成部分)を、中央のボイドを取り囲むように配置し、かつ、ボイドの四隅に当たる、隣接する建築物(あるいは隣接する構成部分)の角部に風抜け用のスリットを設けて風荷重の低減を図る構造である。
【0004】
特許文献1に記載された発明の場合、風荷重の低減を図るためには建築物または建築物群に特定の平面形状を採用する必要があるので、建築物の設計自由度が大幅に制限される。また、実験によって、当該構造によって建築物の転倒角が低減されることが示されているが、建築物に作用する転倒モーメント(つまり建築物に作用する風荷重と高さの積の総和)の低減を目的としており、ボイドを有する高層建物のボイド上縁部近傍で顕著に大きくなる風圧力の低減を対象としたものではない。つまり、本件発明がボイドに面する外装材用風荷重の低減を目的としているのに対して、特許文献1の発明は構造骨組用の風荷重の低減を目的としたものであるという相違もある。さらに、特許文献1の発明は、建物配置計画そのものに関するものなので、ボイドを有する既存建築物の風荷重低減に利用することはできない。
【0005】
ボイドを有する建築物の風圧力低減を目的とした他の発明として、特開平11−93459号公報(特許文献2)が有る。
当該文献に記載された発明は、特許文献1に記載された発明の応用発明とも言うべきもので、一定の階層について特許文献1に記載された構造を有し、つまりボイドを囲むように4つの構造体を設け、各構造体の角が近接する部分に風抜け用のスリットを設け、さらに、このような構造の階層を相互に45°回転させて重ねた構造を有する建築物を開示している。
【0006】
特許文献2に記載された発明によれば陽光や自然風等の自然環境を効果的に取り込むと共に強風時の風荷重を低減することができると記載されているが、特許文献2に記載された発明についても同様に、特許文献1の発明について既に記載した問題および限界が存在することは明らかである。
【特許文献1】特開平10−266627号公報
【特許文献2】特開平11−93459号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、従来技術が有する上記の課題を解決することを目的とする。より具体的には、本発明の解決課題は、ボイドを有する建築物のボイド内壁面に作用する風圧力の低減であって、特に、ボイド上端部近傍で顕著に大きくなる風圧力の低減である。また、そのために、建築物の設計の自由度を制約せず、既存の建築物に後から付設することも可能な構造物を提供すること、および、当該構造物を有する建築物を提供することも課題とする。
本発明の他の課題および効果は、以下に記載する本発明および実施例の説明から明らかになるはずである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記の課題を解決するために、ボイドを有する建築物の、ボイド上縁部からボイド上部を部分的に塞ぐようにボイド内に突出した突出部を有するボイド内風圧力低減構造を提案する。
本明細書に於いてボイドとは、平面視に於いて建築物に囲まれた位置に形成された吹き抜け等の空間であって建築物上部の大気と連通しているものをいい、例えばロ型の平面形状を有する建築物の中庭部分の空間をいう。したがって、ボイドを有する建築物とは、例えば、ロ型の平面形状を有する建築物であるが、周囲を建築物に囲まれて上方に開放された中空空間を有する建築物であれば、平面形状は問わない。また、ボイドは、建築物を例えば水平方向に貫通する1つまたは複数の連通孔によって建築物の外部と連通するものであっても良いし、貫通孔は横長または縦長の形状であっても良い。ボイド上縁部とは、ボイドを確定する建築物壁面の最上部近傍を指すものとする。
【0009】
前記突出部は、建築物の一方の壁面のみからボイド内に突出するものであっても良いが、対向する2つの壁面、隣接する2つの壁面、一方の壁面を除く3つの壁面あるいは四方の壁面から突出するように設けられたものであっても良い。また、突出部は、例えばスクリーン状で風圧力低減のみを目的として設けられたものであっても良いが、内部に居住空間等を有する、ある程度ボリュームを有する構造であっても良い。
【0010】
前記突出部は、上面が実質的にボイド上縁部と同一の水平面に位置するものであってもよい。また、突出部の一部、例えばスクリーン状の突出部のスクリーン(つまり、骨組み以外の部分)をガラス、アクリル、プラスチック等の透光性の材料で構成することも可能である。この場合、ボイド内部の採光を確保することができる。
【0011】
前記突出部のボイド内への突出の水平方向の長さは、ボイドの当該方向の平面寸法(幅あるいは奥行)の1/10以上であるのが好ましい。この構成によって、顕著な風圧力低減効果を期待することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によって、特にボイド頂部近傍の風荷重を低減することができ、風荷重による窓やドアの開閉障害、建物内圧力の増減、換気扇からの風の吹き込みなどを解消することができる。同時に、ボイド上縁部近傍への雨の吹き込みもある程度防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に、実施例に基づいて本発明の具体的な態様を説明するが、本発明は以下に記載する実施例に限定されるものではなく、実施例は発明の理解を助けるために記載するに過ぎないことはいうまでも無い。
【実施例】
【0014】
図1は、本発明の1つの実施例に基づく突出部を設置する前と後のボイドを有する高層建築物を図示したものである。図1において左側に図示した建築物10は、ボイド20つまり上部に開放した中空空間を有する。当該建築物10には、ボイド内の空気の交換を可能にするために建物外部からボイド20に至る貫通孔12が9つ設けられている。図1の中央および右側の図は、本発明に基づく突出部を取り付けた状態を示す斜視図と断面図である。突出部100は、建築物10のボイド20の上部を部分的に塞ぐようにボイド上縁部の全周囲からボイド内に、ほぼ水平方向に突出している。建築物の一方の壁面14には貫通孔が設けられていない。
【0015】
図2は、本発明に基づくボイド内風圧力低減構造を異なる建築物に適用した状態を示すものである。建築物のボイドに面する側の壁面は、マンション建物の場合には(2A)共用廊下等が設けられているために平坦ではなく、一方オフィス建物やホテルの場合には(2B)平坦であることが多い。図2では、何れの建物もボイド空間と建築物の外部空間を連通させる貫通孔12が建築物を貫通しているが、本発明にとって貫通孔12の存在は必須ではない。
【0016】
本発明に基づく突出部を有するボイド内風圧力低減構造の効果を確認するために風洞実験を行った。
図3は、実験を行った3種の建築物模型の概念を示す図である。ケースAは、ボイドを有する高層建物であって、ボイドと外部を水平方向に連絡する貫通孔が設けられていない建物を模擬した模型である。突出部は無く、ボイド内風圧力低減構造を有しない。
ケースBは、同様にボイド内風圧力低減構造を有しないが、建築物の一方の壁面にはボイドと外部を水平方向に連絡する貫通孔が設けられている建物の模型である。
ケースCは、Bの建物に対して本発明に基づく突出部を設けた、ボイド内風圧力低減構造を有する建築物の模型である。
【0017】
ケースBに示した建築物の模型の寸法・形状を図4に示す。模型の縮尺は1/300を想定している。ケースAの模型は、貫通孔を有しない点を除けばケースBの模型と同一である。また、ケースCの模型は、ボイド上縁部に板状の構造物が水平方向に4mm突出している。模型の縮尺を考慮すれば、この突出寸法は、1.2mに相当する。
ただし、風圧力の分布形状およびボイド内風圧力低減構造による風圧力の低減効果を評価する際には、模型の縮尺は大きな意味を有しないことに注意する必要がある。すなわち、相似形状であれば、建築物の大きさとは無関係に、今回の風洞実験で確認されたと同じ風圧力の分布(ピーク外圧係数分布)およびボイド内風圧力低減構造による風圧力の低減効果が確認されるものと考えられる。
【0018】
上記の建築物模型に対して、図5に示すように0°〜360°までの範囲で15°刻みで風向を変えて風圧力を測定した。実験および測定装置の概念を図6に示す。自然に吹く風を模擬して、水平方向の風速が52に示すように上部ほど早くなるように分布している風洞50内に建築物の模型30を設置して、風圧計32によって風洞内の風による静圧34(基準制圧Pとも称する)と動圧36を測定すると同時に、建築物模型のボイド内部の壁面の風圧力を測定した。風圧はボイド内部の壁面に設けた圧力タップ(内径1mm、長さ8mmの金属性タップ)とビニールチューブ31(内径1.4mm、長さ800mm)を介して圧力センサに導かれる。風圧測定装置44によって測定した風圧の時刻歴は、A/D変換機42を介してデジタル信号に変換され計算機46によって必要な演算および出力が行われる。実験では、建築物模型に対する風の角度を変化させるためにターンテーブル38によって建築物模型30を回転させた。
【0019】
図7は、実験の結果得られた風圧力の鉛直分布を示す。図の横軸はピーク外圧係数、縦軸は模型の縮尺を1/300と仮定して実際の建物に換算した地表面からの高さである。
ここで、外圧係数は、風洞実験による風圧力を以下の式で無次元化した値である。



外圧係数は風速変動等により時々刻々変化する値(瞬時外圧係数)であり、正のピーク外圧係数は瞬時外圧係数の正の側で最大の絶対値を有する値、負のピーク外圧係数は瞬時外圧係数の負の側で最大の絶対値を有する値である。両者を総称してピーク外圧係数と称する。
【0020】
ピーク外圧係数は、下式に基づいて建築物の外装材用風荷重を算定するために用いられる値であり、ピーク外圧係数が大きければ外装材を設計するための風荷重が大きくなるので、ピーク外圧係数を低減することが設計条件の緩和につながる。


【0021】
図7に示したピーク外圧係数は、建築物模型の貫通孔を有する壁面(ボイドに面する側)の各層で測定された最大値(実験した全ての風向きを通じて最大となった値)である。ケースAの場合には、ケースBにおいて貫通孔を有する壁面に相当する壁面である。
図7のケースAとケースBに示されている、本発明に基づくボイド内風圧力低減構造を有しない建物については、高さ80m程度まではピーク外圧係数はほぼ一定であるが、ボイドの上縁部近傍ではピーク外圧係数の絶対値が正負共に顕著に大きい。これに対して、ボイド内風圧力低減構造を設置したケースC(他の部分についてはケースBと同一)の場合には、高さ80m程度までのピーク外圧係数はケースBとほぼ同様であるが、ボイドの上縁部近傍におけるピーク外圧係数の増大が大幅に抑制されている。
【0022】
この実験結果は、一般には、ボイドに面する壁面に対する風圧力はボイドの上縁部近傍で非常に大きくなる傾向を有するが、本発明に基づくボイド内風圧力低減構造を有することによって当該風圧力は顕著に低減されること、したがって、外壁の設計荷重が軽減されるのみならず、居住用建物のように外部に対して開放することのできる窓や扉を有する建築物の場合にボイド上部で特に問題になりえる、風荷重による窓やドアの開閉障害、建物内圧力の増減、換気扇からの風の吹き込みなどが解消または軽減されることを示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明に基づくボイド内風圧力低減構造の設置状態を示す概念図
【図2】本発明に基づくボイド内風圧力低減構造を異なる建築物に取り付けた状態を示す概念図
【図3】風洞実験を行った3種の建築物模型の概念図
【図4】風洞実験模型の詳細図
【図5】風洞実験の風向きと模型の相対角度を示す概念図
【図6】風洞実験と測定の概念図
【図7】風洞実験によって得られたピーク外圧係数分布図
【符号の説明】
【0024】
10 建築物
12 貫通孔
14 他方の壁面
20 ボイド
30 建築物模型
32 風圧計
38 ターンテーブル
100 突出部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ボイドを有する建築物のボイド上縁部に、ボイド内に突出するように設置され、ボイドの周縁を部分的に塞いでいる突出部を有することを特徴とする、ボイド内風圧力低減構造。
【請求項2】
前記突出部は、ボイド上縁部の全周囲からボイド内に突出している請求項1に記載のボイド内風圧力低減構造。
【請求項3】
前記突出部の上面がボイド上縁部と実質的に同じ高さに位置する請求項1または2に記載のボイド内風圧力低減構造。
【請求項4】
前記突出部の少なくとも一部が透光性の材料からなる請求項1ないし3の何れかに記載のボイド内風圧力低減構造。
【請求項5】
前記突出部の水平方向の突出長さが、ボイドの当該方向の平面寸法の1/10以上である請求項1ないし4のいずれかに記載のボイド内風圧力低減構造。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate