説明

ボイラ水のpH調整剤及びボイラの運転方法

【課題】 pH調整機能とともに、電気伝導率保持機能を充分に発揮させた場合でも、使用される薬剤に起因する腐食を防止でき、かつ、ボイラ水のブロー排水による水質汚濁も防止できるボイラ水のpH調整剤を提供する。
【解決手段】 ボイラ水の水位が、電極棒方式により検出されるボイラに、ボイラ水のpH調整と電気伝導率保持のための薬剤として使用されるボイラ水のpH調整剤であって、ボイラ水の電気伝導率保持のための薬剤に、ホウ素系化合物を含んでいることである。ホウ素系化合物の水溶液の電気伝導率は、その濃度に比例して上昇する。また、ホウ素系化合物は、ボイラ缶体等に腐食を生じさせることはなく、かつ、河川等に富栄養化を生じさせる水質汚濁の原因物質にもならない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ボイラ水のpH調整や電気伝導率保持のための薬剤として使用されるボイラ水のpH調整剤に関するものである。また、本発明は、このpH調整剤を使用したボイラの運転方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ボイラ缶体等の腐食は、ボイラ水の脱酸素処理とpH調整とを行うことにより防止される。ボイラ水の脱酸素処理は、脱気器を用いてボイラ給水等から溶存酸素を除くことによりなされたり、ボイラ給水等に脱酸素剤を注入して、この脱酸素剤によりボイラ水中の溶存酸素を除くことによりなされる。また、ボイラ水のpH調整は、ボイラ給水等にpH調整剤を注入することにより、ボイラ水のpHを所定のアルカリ性範囲に維持することによりなされる。このpH調整剤には、蒸気圧力が3MPa以下の低圧ボイラの場合、NaOHやKOH、リン酸ナトリウムやリン酸カリウムが用いられる。また、蒸気圧力が高いボイラの場合、揮発性アミンやアンモニアのような揮発性物質も用いられる。
【0003】
一方、低圧ボイラでは、ボイラ缶体内のボイラ水の水位を、複数の電極棒を用いた電極棒方式で検出しているものも多い。この電極棒方式を用いたボイラでは、電極棒の下端がボイラ水に接触することにより、この電極棒からボイラ水側に通電がなされることを検知して、ボイラ水の水位が検出される。このため、このようなボイラのボイラ水では、その電気伝導率を、5〜10mS/m程度以上に維持しておく必要がある。
【0004】
したがって、このようなボイラに使用されるpH調整剤には、ボイラ水のpHをアルカリ性の所定範囲に調整するpH調整機能の他に、ボイラ水の電気伝導率を電極棒方式による水位検出に必要とされる値に保つ電気伝導率保持機能も必要とされる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、NaOH、KOH、及びリン酸カリウムのような薬剤は、pH調整機能と電気伝導率保持機能は充分に有しているが、この薬剤が使用されると、これらが何らかの原因によりボイラ水中等で濃縮することにより、ボイラ缶体等にアルカリ腐食を生じさせたり、ボイラ水のキャリオーバによって、蒸気管に応力腐食割れを生じさせる。
【0006】
また、リン酸ナトリウムのような薬剤は、pH調整機能には問題はないが、電気伝導率保持機能にやや問題がある。すなわち、この薬剤では、これに電気伝導率保持機能を充分に発揮させるために、ボイラ水中のリン酸イオン濃度を10mg/Lを超えるように保持すると、ボイラ水をブローダウンした場合に、ブロー排水中のトータルリン(Tortal P)により、河川等に富栄養化による水質汚濁を生じさせる。
【0007】
さらに、揮発性アミンやアンモニアのような揮発性物質の薬剤は、pH調整機能には問題はないが、電気伝導率保持機能に問題がある。すなわち、この薬剤では、これに電気伝導率保持機能を充分に発揮させるため、これをボイラ水に多量に添加すると、多量の揮発性物質が復水系に移行することとなり、この揮発性物質に起因して、復水系のpHが過剰に上昇し、銅製の熱交換器等に対する腐食のリスクが高まる。この場合、ブロー排水中のトータル窒素(Tortal N)の量も増加する。
【0008】
この発明は、以上の点に鑑み、pH調整機能とともに、電気伝導率保持機能を充分に発揮させた場合でも、使用される薬剤に起因する腐食を防止でき、かつ、ボイラ水のブロー排水による水質汚濁も防止できるボイラ水のpH調整剤を提供することを目的とする。
【0009】
また、この発明は、pH調整剤に、pH調整機能とともに、電気伝導率保持機能を充分に発揮させた場合でも、使用される薬剤に起因する腐食を防止でき、かつ、ボイラ水のブロー排水による水質汚濁も防止できるボイラの運転方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この発明の請求項1記載の発明は、ボイラ水の水位が、電極棒方式により検出されるボイラに、前記ボイラ水のpH調整と電気伝導率保持のための薬剤として使用されるボイラ水のpH調整剤であって、前記ボイラ水の電気伝導率保持のための前記薬剤に、ホウ素系化合物を含んでいることを特徴とする。
【0011】
電極棒方式によりボイラ水の水位を検出するボイラでは、電極棒の下端がボイラ水に接触することにより、この電極棒からボイラ水側に通電がなされることを検知して、ボイラ水の水位が検出されるため、ボイラ水の電気伝導率を、所定値以上に保持しておく必要がある。したがって、電極棒方式により水位が検出されるボイラの場合、ボイラ水のpH調整剤には、ボイラ水のpHを調整するpH調整機能以外に、ボイラ水の電気伝導率を所定値以上に保持させる電気伝導率保持機能も必要とされる。
【0012】
ボイラ水のpH調整剤として使用される、NaOH、KOH、及びリン酸カリウムは、上記2つの機能を充分に有してはいるが、これらがボイラ水中で濃縮されることにより、ボイラ缶体等にアルカリ腐食を生じさせたり、蒸気管に応力腐食割れを生じさせる。また、ボイラ水のpH調整剤として使用されるリン酸ナトリウムは、pH調整機能には問題はないが、これに電気伝導率保持機能を持たせようとすると、ボイラ水のリン酸イオン濃度が上昇し、ブロー排水中のトータルリン(P)による水質汚濁を生じさせる。さらに、ボイラ水のpH調整剤として使用される揮発性アミン等の揮発性物質も、pH調整機能には問題はないが、これに電気伝導率保持機能を持たせようとすると、使用量が増加して、復水系に多量の揮発性物質が移行し、復水系のpHが過剰に上昇して、銅製の熱交換器を腐食させる。
【0013】
一方、例えば、硼砂、ホウ酸、ホウ酸アンモニウムのようなホウ素系化合物では、その水溶液の電気伝導率は、その濃度に比例して上昇する。また、このようなホウ素化合物は、ボイラ缶体等に腐食を生じさせる原因物質とはならず、かつ、河川等に富栄養化を生じさせる水質汚濁の原因物質にもならない。
【0014】
この発明では、pH調整剤中の、ボイラ水の電気伝導率保持のための薬剤中に、ホウ素系化合物を含んでいるので、このホウ素系化合物にボイラ水の電気伝導率保持機能を分担させることができる。したがって、pH調整剤として、例えば、ホウ素系化合物とリン酸ナトリウムとを使用した場合、このホウ素系化合物により電気伝導率保持機能を強化でき、その分、リン酸ナトリウムの量を減少できる。このため、リン酸ナトリウムの使用量が減少できる分、ブロー排水中のトータルリンによる水質汚濁を防止できる。また、pH調整剤として、例えば、ホウ素系化合物と揮発性アミン(揮発性物質)を使用した場合、電気伝導率保持のための揮発性アミン(揮発性物質)の量を減少できるので、その分、復水系における銅腐食を防止できる。
【0015】
この発明の請求項2記載の発明は、請求項1記載の発明の場合において、前記ホウ素系化合物が、硼砂であることを特徴とする。
【0016】
硼砂は、水溶液のpHが、一定の濃度までは、その濃度に比例して上昇するので、電気伝導率保持機能の他に、pH調整機能をも有している。このため、硼砂は、単独でpH調整剤として用いることができる。また、硼砂を他の薬剤(例えば、NaOH、リン酸ナトリウム、又は揮発性アミン)と混合してpH調整剤として用いる場合、他の薬剤の使用量を減少させることができるので、その分、これらの薬剤に起因する腐食や水質汚濁を防止できる。
【0017】
この発明の請求項3記載の発明は、ボイラ水の水位が、電極棒方式により検出されるボイラに、pH調整剤として、前記ボイラ水のpH調整と電気伝導率保持のための薬剤が使用されるボイラの運転方法であって、前記ボイラ水の電気伝導率保持のための薬剤として、ホウ素系化合物を使用していることを特徴とする。
【0018】
この発明の請求項4記載の発明は、請求項3記載の発明の場合において、前記ホウ素系化合物が、硼砂であることを特徴とする。
【0019】
この発明の請求項5記載の発明は、請求項3又は4記載の発明の場合において、前記ボイラへの給水には、電気伝導率が1mS/m以下の処理水が使用されることを特徴とする。
【0020】
この発明では、ボイラへの給水の電気伝導率が1mS/m以下と低く抑えられているので、pH調整剤中のホウ素系化合物に、電気伝導率保持機能を効果的に発揮させることができる。
【0021】
この発明の請求項6記載の発明は、請求項4記載の発明の場合において、前記pH調整剤が、前記ホウ素系化合物と、NaとPO4のモル比が2.6から3.0のリン酸ナトリウムとの混合薬剤である場合、このリン酸ナトリウムは、ボイラ水中のリン酸イオン濃度が10mg/L以下となるように使用されることを特徴とする。
【0022】
この発明では、ボイラ水中のリン酸イオン濃度を低くすることができるので、トータルリン(P)に起因した、ブロー排水による河川等の水質汚濁を防止できる。
【発明の効果】
【0023】
ボイラ水のpH調整剤の発明によれば、ボイラ水の電気伝導率保持のための薬剤に、ホウ素系化合物を含ませているので、ボイラ薬剤に、pH調整機能とともに、電気伝導率保持機能を充分に発揮させた場合でも、使用される薬剤に起因する腐食を防止でき、かつ、ボイラ水のブロー排水による水質汚濁も防止できる。
【0024】
また、ボイラの運転方法の発明によれば、ボイラ水の電気伝導率保持のための薬剤として、ホウ素系化合物を使用しているので、pH調整剤に、pH調整機能とともに、電気伝導率保持機能を充分に発揮させた場合でも、使用される薬剤に起因する腐食を防止でき、かつ、ボイラ水のブロー排水による水質汚濁も防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】この発明を実施するためのボイラ装置の一例を示す図である。
【図2】硼砂5水和物の濃度とpH(25℃)の関係を示すグラフである。
【図3】硼砂5水和物の濃度と電気伝導率の関係を示すグラフである。
【図4】実施検討例の概要を表で示した図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、この発明の実施の形態を説明する。
まず、この発明に係るpH調整剤が添加されるボイラ装置の一例を説明する。
【0027】
ボイラ装置Aは、例えば、多管式の小型貫流ボイラであり、図1で示されるように、リング状の上下ヘッダ10,11間に多数の水管12が配置されたボイラ缶体1周りに、気水分離器2と、給水ライン3と、ブローダウンライン4と、水位検出装置5と、水位制御装置6と、薬注装置7等とが設けられたものである。
【0028】
水位検出装置5は、ボイラ缶体1内のボイラ水W1の水位を、複数(例えば3本)の電極棒50A,50B,50Cを用いて検出する電極棒方式のものであり、電極棒50A・・の下端がボイラ水W1に接触することにより、この電極棒50A・・からボイラ水W1側に通電がなされることを検知して、ボイラ水W1の水位を検出する。
【0029】
薬注装置7は、ボイラ給水W2中に、ボイラ薬剤であるpH調整剤Pを水溶液にして注入するpH調整剤注入装置7Aと、ボイラ給水W2中に、ボイラ薬剤である脱酸素剤Qを水溶液にして注入する脱酸素剤注入装置7Bとから構成されている。
【0030】
このボイラ装置Aでは、脱気され、かつ、電気伝導率が1mS/m以下のイオン交換水がボイラ給水W2としてボイラ缶体1に供給されるとともに、水管12内のボイラ水W1がボイラ缶体1上部のバーナ13で加熱されて蒸気Sに変えられた後、この蒸気Sが気水分離器2を介して外部に供給される。この場合、水位検出装置5は、例えば、短い電極棒50Aの下端がボイラ水W1の水面を検知すると、給水ライン3中のポンプ30を停止させるための信号を発し、中間長さの電極棒50Bの下端がボイラ水W1の水面下降を検知すると、ポンプ30を運転させるための信号を発す。また、長い電極棒50Cの下端がボイラ水W1の水面下降を検知すると、バーナ13の燃焼を停止させるための信号を発する。これらの信号は、水位制御装置6を介して、ポンプ30やバーナ13に伝えられる。
【0031】
また、このボイラ装置Aでは、ブローダウンライン4の調整弁40を介して、ボイラ缶体1内のボイラ水W1が一定量(例えば、ボイラ給水W2の流量の約3%)だけブローダウンされ、ボイラ水W1中の不純物濃度が一定値以下に保持されている。この場合、ブロー排水W3は外部に排出される。
【0032】
さらに、薬注装置7のpH調整剤注入装置7Aは、タンク70A内のpH調整剤Pをポンプ71Aを介してボイラ給水W2中に注入し、ボイラ水W1のpH等を調整する。また、脱酸素剤注入装置7Bは、タンク70B内の脱酸素剤Qをポンプ71Bを介してボイラ給水W2中に注入し、ボイラ水W1中の溶存酸素を減少させる。なお、pH調整剤Pや脱酸素剤Qは、ボイラ給水W2の流量にほぼ比例させた量だけ供給されるべきであるが、一般的に、ボイラ装置Aの運転時に必要とされる量の2〜3倍の量が注入される。
【0033】
つぎに、このボイラ装置Aで使用されるpH調整剤Pについて説明する。
このボイラ装置Aでは、ボイラ水W1の水位が電極棒方式で検出されるので、このpH調整剤Pには、pH調整機能の他に、電気伝導率保持機能が必要とされる。
【0034】
このpH調整剤Pには、ホウ素系化合物の一つである硼砂、硼砂とリン酸ナトリウムとの混合薬剤、硼砂と揮発性物質(例えば、アンモニアや揮発性アミン)との混合薬剤、又は、硼砂と、例えば、NaOH、KOH、又は、リン酸カリウムの何れか又はこれらを混ぜたもの(以下NaOH等という)との混合薬剤の何れかが使用される。また、このpH調整剤Pには、硼砂以外のホウ素系化合物(以下他のホウ素系化合物という)とリン酸ナトリウムとの混合薬剤、他のホウ素系化合物と揮発性物質との混合薬剤、又は、他のホウ素系化合物とNaOHとの混合薬剤の何れかが使用される。以下これらについて説明する。
【0035】
pH調整剤Pを、硼砂とした場合:
硼砂には、硼砂5水和物(Na247・5H2O)や硼砂10水和物(Na247・10H2O)がある。硼砂(例えば、5水和物)は、図2で示されるように、その水溶液中の濃度が0から100mg/Lまで上昇すると、この濃度にほぼ比例するように、pH(25℃)の値を、7から9以上ま上昇させる。例えば、硼砂の100mg/L濃度の水溶液のpHは、9.2の値を示している。また、この硼砂は、図3で示されるように、その水溶液の濃度にほぼ比例するように、水溶液の電気伝導率を上昇させる。例えば、硼砂の100mg/L濃度の水溶液の電気伝導率は、7mS/m程度の値を示しており、この値は、水位検出装置5がボイラ水W1に必要としている値を満たしている。すなわち、硼砂は、電極棒方式で水位が検出されるボイラ装置AのpH調整剤Pに要求される、pH調整機能と電気伝導率保持機能とを有している。
【0036】
さらに、硼砂は、これがボイラ水W1中に含まれていても、ボイラ缶体1、蒸気系、及び復水系の金属等に腐食を生じさせることはない。また、硼砂は、これを含んだボイラ水W1がブローダウンされ、このブロー排水W3が河川等に流れ込んでも、河川等に富栄養化による水質汚濁を生じさせない。
【0037】
したがって、pH調整剤Pとして、硼砂を使用した場合、ボイラ水W1のpH値が適正に保たれ、ボイラ缶体10等の腐食を防止できるとともに、ボイラ水W1の電気伝導率も適正に保たれ、電極棒方式を用いた水位検出装置5により、ボイラ水W1の水位を適正に検出できる。また、硼砂は、pH調整剤に起因する種々の腐食を生じさせることはなく、かつ、ボイラ水W1のブロー排水W3による水質汚濁も生じさせることはない。
【0038】
pH調整剤Pを、硼砂とリン酸ナトリウムとの混合薬剤とした場合:
リン酸ナトリウムは、主として、遊離アルカリによるアルカリ腐食を防止するために用いられるpH調整剤であり、pH調整機能と電気伝導率保持機能とを有している。ただし、これにより、水位検出装置5で必要とされるだけ、ボイラ水W1の電気伝導率を高めた場合、トータルリン(P)に起因して、ブロー排水W3による水質汚濁を生じさせる。なお、リン酸ナトリウムには、NaとPO4モル比が2.6〜3.0のものが使用される。
【0039】
このpH調整剤Pでは、硼砂とリン酸ナトリウムとを混合して、pH調整剤P中のリン酸ナトリウムの割合を減少させ、リン酸ナトリウムによる弱点を補うようにした。すなわち、硼砂とリン酸ナトリウムとの混合薬剤からなるpH調整剤Pは、リン酸ナトリウムの量を減少させた状態で、ボイラ水W1のpHと電気伝導率を必要な値に保持できるので、pH調整機能と電気伝導率保持機能を発揮しつつ、リン酸ナトリウムを減少させた分、トータルリン(P)に起因した、水質汚濁を防止できる。
【0040】
また、ボイラ水W1中のリン酸イオン濃度を10mg/L以下にすると、トータルリン(P)による水質汚濁は充分に防止できるが、この場合、ボイラ装置Aの運転に当たって、ボイラ水W1中のリン酸イオン濃度が10mg/L以下になるように、リン酸ナトリウムの使用量を減少させるとともに、リン酸ナトリウムの減少分を補うように、必要量の硼砂を加えてやるようにすればよい。
【0041】
pH調整剤Pを、硼砂と揮発性物質との混合薬剤とした場合:
揮発性アミンやアンモニアのような揮発性物質は、遊離アルカリによるアルカリ腐食を防止するためのpH調整剤であり、pH調整機能は有しているが、電気伝導率保持機能はそれ程有していない。したがって、このような揮発性物質の使用量を通常より大幅に増加して、水位検出装置5で必要とされるだけ、ボイラ水W1の電気伝導率を高めると、復水系のpHが過剰に上昇して、銅製の熱交換器を腐食させるリスクが高まることとなる。
【0042】
このpH調整剤Pでは、硼砂と揮発性物質とを混合して、揮発性物質による弱点(電気伝導率保持機能)を、硼砂で補うようにした。すなわち、硼砂と揮発性物質との混合薬剤からなるpH調整剤Pは、揮発性物質の量を大幅に増大させなくても、ボイラ水W1の電気伝導率を必要な値に保持できるので、pH調整機能と電気伝導率保持機能を発揮しつつ、復水系の銅腐食を防止できる。
【0043】
pH調整剤Pを、硼砂とNaOH等との混合薬剤とした場合:
NaOH等は、pH調整機能や電気伝導率保持機能は充分に有しているが、これが使用された場合、ボイラ水W1中で、これらが何らかの原因で濃縮されると、ボイラ缶体1等にアルカリ腐食を生じさせる。
【0044】
このpH調整剤Pでは、硼砂とNaOH等とを混合して、pH調整剤P中のNaOH等の割合を減少させ、その分、遊離アルカリによるアルカリ腐食を防止するようにした。
【0045】
pH調整剤Pを、他のホウ素系化合物とリン酸ナトリウムとの混合薬剤とした場合:
他のホウ素系化合物、例えば、ホウ酸(H3BO3)やホウ酸アンモニウム(NH458・4H2O)は、pH調整機能は有していないが、硼砂と同様な電気伝導率保持機能を有しており、かつ、硼砂と同様に、ボイラ缶体1、蒸気系、及び復水系の金属等に腐食を生じさせないとともに、ブロー排水W3が河川等に流れ込んでも、河川等に富栄養化による水質汚濁を生じさせない。
【0046】
このpH調整剤Pでは、他のホウ素系化合物とリン酸ナトリウムとを混合して、電気伝導率保持機能の一部を、他のホウ素系化合物に持たせて、pH調整剤P中のリン酸ナトリウムの割合を減少させ、リン酸ナトリウムによる弱点を補うようにした。すなわち、他のホウ素系化合物とリン酸ナトリウムからなるpH調整剤Pは、リン酸ナトリウムの量を減少させた状態で、ボイラ水W1のpHや電気伝導率を必要な値に保持できるので、pH調整機能と電気伝導率保持機能を発揮しつつ、リン酸ナトリウムの量を減少させた分、トータルリン(P)に起因した、水質汚濁を防止できる。
【0047】
pH調整剤Pを、他のホウ素系化合物と揮発性物質との混合薬剤とした場合:
このpH調整剤Pでも、電気伝導率保持機能の一部を、その他のホウ素系化合物に持たせ、揮発性物質の量を大幅に増大させなくても、ボイラ水W1の電気伝導率を必要な値に保持できるので、pH調整機能と電気伝導率保持機能を発揮しつつ、復水系の銅腐食を防止できる。
【0048】
pH調整剤Pを、他のホウ素系化合物とNaOHとの混合薬剤とした場合:
他のホウ素系化合物とNaOHとを、モル比が2:1となるように混合すると、硼砂又は硼砂に近い薬剤が形成される。したがって、この混合薬剤では、pH調整剤Pとして硼砂を使用しているような効果が得られるとともに、NaOHに起因するアルカリ腐食も生じにくい。
【0049】
以上のように、このpH調整剤Pでは、ボイラ水W1の電気伝導率保持のための薬剤に、ホウ素系化合物(例えば、硼砂、ホウ酸、ホウ酸アンモニウム)を含ませているので、ボイラ薬剤に、pH調整機能とともに、電気伝導率保持機能を充分に発揮させた場合でも、使用されるpH調整用の薬剤に起因する腐食を防止でき、かつ、ボイラ水のブロー排水W3による水質汚濁も防止できる。
【0050】
また、このボイラ装置Aでは、その運転に当たり、ボイラ水の電気伝導率保持のための薬剤として、ホウ素系化合物を使用しているので、pH調整剤Pに、pH調整機能とともに、電気伝導率保持機能を充分に発揮させた場合でも、使用される薬剤に起因する腐食を防止でき、かつ、ボイラ水のブロー排水W3による水質汚濁も防止できる。
【0051】
とくに、このpH調整剤Pとして、電気伝導率保持機能の他に、pH調整機能をも有する、ホウ素系化合物の硼砂を用いる場合には、このホウ素系化合物を単独でpH調整剤Pとして使用できるとともに、これを他のpH調整用薬剤と混合して用いる場合でも、電気伝導率保持機能の他に、pH調整機能の観点からも、他のpH調整用薬剤の使用量を減少でき、その分、この薬剤に起因する腐食等を防止できる。
【0052】
また、ボイラ装置Aにおいて、ボイラ給水W2の電気伝導率が低く抑えられた状態(1mS/m以下)での運転を行うことにより、このpH調整剤P中のホウ素系化合物による電気伝導率保持機能を効果的に発揮させることができる。
【0053】
さらに、ボイラ装置Aにおいて、このpH調整剤Pとして、硼砂とリン酸ナトリウムとの混合薬剤が使用される場合に、ボイラ水W1中のリン酸イオン濃度が10mg/L以下になるような運転を行うことにより、ボイラ水中のリン酸イオン濃度を充分に低くすることができるので、トータルリン(P)に起因した、ブロー排水による河川等の水質汚濁を防止できる。
【0054】
なお、pH調整剤Pは、脱酸素剤Qと混合して用いてもよいし、他のボイラ用水処理剤(例えば、軟化剤、かまどろ調整剤)と混合して用いてもよい。もちろん、ホウ素系化合物は、他のpH調整剤とは別に、ボイラ装置Aに注入してもよい。
【0055】
また、pH調整剤Pは、給水ライン2でなく、直接、ボイラ缶体1に注入してもよい。
【0056】
さらに、ボイラ装置Aは、水位の検出が電極棒方式でなされるものであれば、丸ボイラ、水管ボイラ、又は貫流ボイラの何れの形式のボイラであってもよい。
【実施例】
【0057】
つぎに、ボイラ装置Aに種々のpH調整剤を添加した場合の実施検討例について図4を参照しつつ説明する。この場合、ボイラ装置Aの蒸気圧力は0.8MPaであり、ボイラ給水W2の溶存酸素濃度は0.5mg/Lであって、電気伝導率は1mS/mである。また、ブローダウンライン6におけるブローダウン率は給水流量の3%であり、蒸気Sへのボイラ水W1(缶水)の移行率は2%程度と考えている。
【0058】
実施検討例1は、pH調整剤として、NaOHをボイラ給水W2に対して3mg/Lの濃度で使用した場合である。この実施検討例では、ボイラ水W1のpH値は、11.4となるとともに、ボイラ水W1の電気伝導率は62mS/mとなり、復水のpH値は、9.7となる。したがって、ボイラ缶体1等に遊離アルカリによるアルカリ腐食のリスクが高まるとともに、蒸気配管側にも、応力割れのリスクが高まる。
【0059】
実施検討例2は、pH調整剤として、Na3PO4をボイラ給水W2に対して3mg/Lの濃度で使用した場合である。この実施検討例では、ボイラ水W1のpH値は、10.7となり、ボイラ水W1の電気伝導率は9.7mS/mとなる。また、復水のpH値は、9.11となり、ボイラ水W1のリン酸イオン濃度は、50mg/Lとなる。したがって、この実施検討例の場合、ボイラ水W1のリン酸イオン濃度が高いため、ボイラ水W1がブローダウンされると、ブロー排水W3中のトータルリン(Tortal P)の値が大きくなり、河川等に富栄養化による水質汚濁を生じさせるリスクが高まる。
【0060】
実施検討例3は、pH調整剤として、揮発性物質のアルカノールアミンの1つである2−アミノエタノールをボイラ給水W2に対して3mg/Lの濃度で使用した場合である。この実施検討例では、ボイラ水W1のpH値は、9.9となり、ボイラ水W1の電気伝導率は2mS/mとなる。また、復水のpH値は、9.4となり、ブロー排水W3中のトータル窒素(Tortal N)濃度は、4〜5mg/Lと多くなる。この実施検討例の場合、ボイラ水W1の電気伝導率が低いため、水位検出装置5がボイラ水W1の水位を検出しづらくなり、ボイラ水W1の変動が激しくなって、ボイラ水W1の水位制御がうまくできなくなる。
【0061】
実施検討例4は、pH調整剤として、硼砂(硼砂5水和物)をボイラ給水W2に対して3mg/Lの濃度で使用した場合である。この実施検討例では、ボイラ水W1のpH値は、9.2となるとともに、ボイラ水W1の電気伝導率は6.9mS/mとなり、復水のpH値は、7〜7.5となる。この実施検討例の場合、pH調整剤に起因した腐食やブロー排水W3による水質汚濁を生じさせることなく、ボイラ水W1のpHも電気伝導率も上昇させることができる。この場合、ボイラ水W1のpH値がやや低いが、pHに基づく防食が不充分な場合には、リン酸ナトリウムや揮発性アミン等を排水規制の範囲で混合して使用すればよい結果を得ることができる。
【符号の説明】
【0062】
1 ボイラ缶体
2 蒸気分離器
3 給水ライン
4 ブローダウンライン
5 水位検出装置
6 水位制御装置
7 薬注装置
7A pH調剤整注入装置
7B 脱酸素剤注入装置
50A,50B,50C 電極棒
A ボイラ装置
P pH調整剤
Q 脱酸素剤
S 蒸気
W1 ボイラ水
W2 ボイラ給水
W3 ブロー排水

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ボイラ水の水位が、電極棒方式により検出されるボイラに、前記ボイラ水のpH調整と電気伝導率保持のための薬剤として使用されるボイラ水のpH調整剤であって、
前記ボイラ水の電気伝導率保持のための前記薬剤に、ホウ素系化合物を含んでいることを特徴とするボイラ水のpH調整剤。
【請求項2】
前記ホウ素系化合物が、硼砂であることを特徴とする請求項1記載のボイラ水のpH調整剤。
【請求項3】
ボイラ水の水位が、電極棒方式により検出されるボイラに、pH調整剤として、前記ボイラ水のpH調整と電気伝導率保持のための薬剤が使用されるボイラの運転方法であって、
前記ボイラ水の電気伝導率保持のための前記薬剤として、ホウ素系化合物を使用していることを特徴とするボイラの運転方法。
【請求項4】
前記ホウ素系化合物が、硼砂であることを特徴とする請求項3記載のボイラの運転方法。
【請求項5】
前記ボイラへの給水には、電気伝導率が1mS/m以下の処理水が使用されることを特徴とする請求項3又は4記載のボイラの運転方法。
【請求項6】
前記pH調整剤が、前記ホウ素系化合物と、NaとPO4のモル比が2.6から3.0のリン酸ナトリウムとの混合薬剤である場合、このリン酸ナトリウムは、ボイラ水中のリン酸イオン濃度が10mg/L以下となるように使用されることを特徴とする請求項4記載のボイラの運転方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−148206(P2012−148206A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−6534(P2011−6534)
【出願日】平成23年1月17日(2011.1.17)
【出願人】(000001063)栗田工業株式会社 (1,536)
【Fターム(参考)】