説明

ボールねじ

【課題】ボールねじの軸方向を上下方向に向けて使用した場合に、ナットが下降する際のボール同士の競り合いを防止し、ボールの滑らかな転動を確保する。
【解決手段】下方に配置される湾曲路41と直線路11との間に、筒状のボール送り出し部材5を設ける。ボール送り出し部材5は、筒体の先端部52に切り込みを入れて周方向で四分割された爪部56を有する。爪部56の内面に、先端部の内径をボール3の直径より小さくする突出部56aが形成されている。直線路11から下降してきたボール3は、ボール送り出し部材5の爪部56の突出部56aの上で一旦停止する。次に、爪部56がボール3の重さで弾性変形して外側に開いた後、元に戻ろうとする力で、ボール3が湾曲路41へ送り出される。これにより、複数のボール3が、湾曲路41に一つ一つ隙間を開けて送り出される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ボール戻し経路に特徴を有するボールねじに関する。
【背景技術】
【0002】
ボールねじは、内周面に螺旋溝が形成されたナットと、外周面に螺旋溝が形成されたねじ軸と、ナットの螺旋溝とねじ軸の螺旋溝で形成される軌道の間に配置されたボールと、ボールを軌道の終点から始点に戻すボール戻し経路とを備え、前記軌道内をボールが転動することで前記ナットがねじ軸に対して相対移動する装置である。
ボールねじのボール戻し経路は、ナットの内部に形成される場合と外部に形成される場合がある。ナットの内部に形成される場合は、図9および10に示すように、ナット1に、軸方向に延びる貫通穴からなる直線路11を設け、その両端部に凹部12を形成し、この凹部12にエンドデフラクタ4を配置する。エンドデフラクタ4には、直線路11と軌道を接続する湾曲路41が形成されている。直線路11と湾曲路41で構成されるボール戻し経路と、ナット1の螺旋溝1aとねじ軸2の螺旋溝2aとで形成される軌道とにより、ボール3の循環経路が形成されている。ボール3は、軌道内では負荷状態で転動し、ボール戻し経路内では無負荷状態で転動する。
【0003】
ボール3は、軌道内を転動した後に、軌道の終点からボール戻し経路に入って軌道の始点に戻されることで、循環経路内を循環する。循環経路内に配置するボール3の数は、ボール3の直径の合計長さが循環経路の長さより短くなるように設定されている。つまり、循環経路内でボール3間に隙間が生じている。
ボールねじは、多くの場合、図10に示すように、軸方向を水平方向に向けて使用される。しかし、図11に示すように、軸方向を鉛直方向に向けて使用されることもある。その場合、ナット1が下降する際には、重力の作用により、下側に配置された部分の循環経路内(図11のAで囲った部分)にボール3が密集しやすくなる。これに伴って、特に、低速回転時や潤滑が不十分である場合などに、軌道(螺旋溝1a,2a間)内でボール3同士の競り合いが生じてボール3の滑らかな転動が阻害される可能性がある。
【0004】
下記の特許文献1には、ボール戻し経路(連通路)の軌道(負荷路)との接続部に、ボール(転動体)の移動を制限する拘束機構を設けることで、上述のボール同士の競り合いを防止する提案がなされている。拘束機構の形成方法としては、連通路の内面に弾性突起や狭窄部を設ける方法、連通路の外側に磁石を設ける方法などが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−175229号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載された拘束機構の形成方法には、ボールねじの軸方向を上下方向に向けて使用した場合に、ナットが下降する際のボール同士の競り合いを防止するという点で改善の余地がある。
この発明の課題は、軸方向を上下方向に向けて使用した場合に、ナットが下降する際のボール同士の競り合いが防止され、ボールの滑らかな転動が確保できるボールねじを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、この発明のボールねじは、内周面に螺旋溝が形成されたナットと、外周面に螺旋溝が形成されたねじ軸と、ナットの螺旋溝とねじ軸の螺旋溝で形成される軌道の間に配置されたボールと、ボールを軌道の終点から始点に戻すボール戻し経路とを備え、前記軌道内をボールが転動することで前記ナットがねじ軸に対して相対移動するボールねじであって、前記ボール戻し経路は、ナットの内部に形成され、ナットの軸方向に延びる直線路と、その両端に接続された湾曲路とからなり、軸方向を上下方向に向けて使用され、下方に配置される前記湾曲路と直線路との間に、下記の構成(1) 〜(4) を満たすボール送り出し部材を設けたことを特徴とする。
【0008】
(1) 内側の直径が前記ボールの直径より大きく形成された基端部と、その軸方向に連続する先端部と、を有する筒体からなる。
(2) 前記先端部は、筒体を周方向で分割する切り込みにより形成された複数の舌状部からなり、前記複数の舌状部の少なくとも一つは、内面に、前記先端部の内側の直径を前記ボールの直径より小さくする突出部を有する爪部である。
(3) 前記突出部より基端部側の内面に、前記直線部の断面円の直径より大きい周溝が形成されている。
(4) 前記爪部の弾性変形により、直線路から湾曲路へボールを送り出すものである。
【0009】
この発明のボールねじによれば、下方に配置される前記直線路と湾曲路との間に前記ボール送り出し部材を設けたことにより、前記直線路から下降してきたボールは、ボール送り出し部材の前記爪部の突出部の上で一旦停止した後、前記爪部がボールの重さで弾性変形して外側に開いた後に元に戻ろうとする力で、前記湾曲路へ送り出される。その際に、前記周溝を有することで、前記爪部の弾性変形による開閉がスムーズに行われる。
これにより、前記直線路から下降してきた複数のボールが、前記湾曲路に一つ一つ隙間を開けて送り出されるため、ナットが下降している際に、循環経路の下側に配置されている部分(湾曲路と軌道の湾曲路に続く部分)にボールが密集することが抑制される。
【発明の効果】
【0010】
この発明のボールねじによれば、軸方向を上下方向に向けて使用した場合に、ナットが下降する際のボール同士の競り合いが抑制され、ボールの滑らかな転動が確保される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】この発明の実施形態に相当するボールねじを示す断面図である。
【図2】図1のボールねじで使用するボール送り出し部材を示す図であって、(a)は斜視図、(b)は(a)のA矢視図、(c)は(a)のB矢視図、(d)は(c)のC−C断面図、(e)は(b)のD矢視図である。
【図3】図1のボールねじのボール送り出し部材が取り付けられている部分を拡大して示す断面図である。
【図4】図1のボールねじのボール戻し経路におけるボールの動きを説明する図である。
【図5】図2のボール送り出し部材の動きを説明する図である。
【図6】図2に示したものと形状の異なるボール送り出し部材を示す斜視図である。
【図7】図2に示したものと形状の異なるボール送り出し部材を示す斜視図である。
【図8】図2に示したものと形状の異なるボール送り出し部材を示す斜視図である。
【図9】ボール戻し経路がナットの内部に形成されている従来のボールねじのナットを示す斜視図である。
【図10】ボール戻し経路がナットの内部に形成されている従来のボールねじを、軸方向を水平方向に向けて配置した状態を示す断面図である。
【図11】ボール戻し経路がナットの内部に形成されている従来のボールねじを、軸方向を鉛直方向に向けて配置した状態を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、この発明の実施形態について説明する。
図1はこの実施形態のボールねじを示す断面図である。
このボールねじは、ナット1と、ねじ軸2と、ボール3と、エンドデフレクタ4と、ボール送り出し部材5で構成されている。ナット1の内周面に螺旋溝1aが形成され、ねじ軸2の外周面に螺旋溝2aが形成されている。ナット1の螺旋溝1aとねじ軸2の螺旋溝2aにより、ボール3が負荷状態で転動する軌道が形成される。エンドデフラクタ4には、直線路11と軌道を接続する湾曲路41が形成されている。
【0013】
ナット1には、また、軸方向に延びる貫通穴からなる直線路11が形成され、その一端部(使用時に上側に配置される部分)に、エンドデフラクタ4を配置する凹部12が形成されている。ナット1の直線路11の他端部(使用時に下側に配置される部分)には、ボール送り出し部材5を配置する凹部13が形成され、さらにその先に連続して、エンドデフラクタ4を配置する凹部12が形成されている。凹部13は半円柱状に形成され、その断面半円の直径d13が直線路11の断面円の直径d11より少し大きく設定されている。
【0014】
ボール送り出し部材5は、図2および3に示すように、外径が一定になっている部分からなる基端部51と、基端部51から外径が徐々に小さく変化している先端部52と、を有する筒体である。
基端部51の外径(外側の直径)d51は凹部13の断面半円の直径d13とほぼ同じであり、内径(内側の直径)D51は直線路11の断面円の直径d11と同じである。先端部52の最小外径d52は、直線路11の断面円の直径d11より大きい。先端部52の軸方向端部の内径D52は、直線路11の断面円の直径d11と同じである。
【0015】
ボール送り出し部材5の内周面は、軸方向一端部(基端部51側の端部)から、直線路11の断面円の直径d11と同じ第一の部分54a、同直径d11より大きい第二の部分54b、ボール3の直径d3 より小さい第三の部分54c、同直径d11と同じ第四の部分54dに変化している。
ボール送り出し部材5の先端部52に、筒体を周方向に四分割する切り込み55が形成されている。これにより、ボール送り出し部材5の先端部52は四つの舌状部56を有する。また、ボール送り出し部材5の内周面の第三の部分54cは、同内周面の第四の部分54dから断面円弧状に突出している。この突出部56aが、全ての舌状部56に形成されている。
【0016】
つまり、このボール送り出し部材5においては、四つの舌状部56の全てが、内面に突出部56aを有する爪部である。また、突出部56aより基端部51側の内面に、断面円弧状の周溝(ボール送り出し部材5の内周面の第二の部分)54bが形成されている。
ボール送り出し部材5は、例えば、ポリアセタール、ポリエチレン、ポリプロピレンを用いた射出成形により作製できる。
【0017】
図3に示すように、このボール送り出し部材5は、ナット1の凹部13に、基端部51をエンドデフラクタ4側に向け、爪部(舌状部)56を直線路11側に向けて配置されている。
そして、このボールねじのボール戻し経路の使用時に下側に配置される部分は、図4に示すように、ナット1の直線路11と、その下の凹部13に配置されたボール送り出し部材5の内周面54a〜54dと、その下の凹部12に配置されたエンドデフラクタ4の湾曲路41とで形成されている。図4のラインLは、ねじ軸2の外周面の位置を示す。
【0018】
このボールねじをねじ軸2を鉛直方向に向けて使用する。その際に、直線路11内から下降してきたボール3は、図5(a)に示すように、先ず、ボール送り出し部材5の爪部56の突出部56aの上で一旦停止する。次に、図5(b)に示すように、爪部56は、ボール3の重さで弾性変形して外側に開いた後、元に戻ろうとする。この爪部56が元に戻ろうとする力で、図5(c)に示すように、ボール3が湾曲路41へ送り出される。その際に、周溝54bが存在することで、爪部56の弾性変形による開閉がスムーズに行われる。
【0019】
これにより、図4に示すように、直線路11から下降してきた複数のボール3が、湾曲路41に一つ一つ隙間を開けて送り出されるため、ナット1が下降している際に、下側に配置されている湾曲路41と軌道(螺旋溝2a)の湾曲路41に続く部分に、ボール3が密集することが抑制される。図4の二点鎖線は、ボール3とナット1の螺旋溝との接触予想線である。
【0020】
この実施形態では、四つの舌状部56の全てに突出部56aを設け、全ての舌状部56を爪部としているが、図6に示すボール送り出し部材5Aのように、四つの舌状部56の対向する一対にのみ突出部56aを設けて爪部とし、残りの一対は突出部56aのない舌状部57としてもよい。
また、図7に示すボール送り出し部材5Bのように、先端部52に、筒体を周方向に三分割する切り込み55を形成し、この切り込み55により三つの舌状部56を有するものとして、その全てに突出部56aを設けて爪部としてもよい。さらに、図8に示すボール送り出し部材5Cのように、先端部52に、筒体を周方向に六分割する切り込み55を形成し、この切り込み55により六つの舌状部56を有するものとして、その全てに突出部56aを設けて爪部としてもよい。
【符号の説明】
【0021】
1 ナット
1a ナットの螺旋溝
11 直線路
12 エンドデフラクタを配置する凹部
13 ボール送り出し部材を配置する凹部
2 ねじ軸
2a ねじ軸の螺旋溝
3 ボール
4 エンドデフレクタ
41 湾曲路
5 ボール送り出し部材
5A ボール送り出し部材
5B ボール送り出し部材
5C ボール送り出し部材
51 筒体の基端部
52 筒体の先端部
54a ボール送り出し部材の内周面の第一の部分
54b ボール送り出し部材の内周面の第二の部分(周溝)
54c ボール送り出し部材の内周面の第三の部分
54d ボール送り出し部材の内周面の第四の部分
55 切り込み
56 舌状部(爪部)
56a 突出部
57 舌状部
11 直線路の断面円の直径
13 凹部13の断面半円の直径
51 基端部の外径(外側の直径)
52 先端部の最小外径
51 基端部の内径(内側の直径)
52 先端部の軸方向端部の内径

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周面に螺旋溝が形成されたナットと、外周面に螺旋溝が形成されたねじ軸と、ナットの螺旋溝とねじ軸の螺旋溝で形成される軌道の間に配置されたボールと、ボールを軌道の終点から始点に戻すボール戻し経路とを備え、前記軌道内をボールが転動することで前記ナットがねじ軸に対して相対移動するボールねじであって、
前記ボール戻し経路は、ナットの内部に形成され、ナットの軸方向に延びる直線路と、その両端に接続された湾曲路とからなり、
軸方向を上下方向に向けて使用され、
下方に配置される前記湾曲路と直線路との間に、
内側の直径が前記ボールの直径より大きく形成された基端部と、その軸方向に連続する先端部と、を有する筒体からなり、
前記先端部は、筒体を周方向で分割する切り込みにより形成された複数の舌状部からなり、前記複数の舌状部の少なくとも一つは、内面に、前記先端部の内側の直径を前記ボールの直径より小さくする突出部を有する爪部であり、
前記突出部より基端部側の内面に、前記直線部の断面円の直径より大きい周溝が形成され、
前記爪部の弾性変形により、直線路から湾曲路へボールを送り出すボール送り出し部材を設けたことを特徴とするボールねじ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−77791(P2012−77791A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−221493(P2010−221493)
【出願日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】