説明

ポリアリーレンスルフィドの製造方法

【課題】穏和且つ短時間の加熱処理で耐薬品性や機械特性などに優れたポリアリーレンスルフィドを得ることが可能なポリアリーレンスルフィドの製造方法を提供する。
【解決手段】環式ポリアリーレンスルフィドを少なくとも50重量%以上含み、且つ重量平均分子量が10,000未満であるポリアリーレンスルフィドプレポリマーを酸化性雰囲気下で加熱することでポリアリーレンスルフィドを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はポリアリーレンスルフィドの製造方法に関するものであり、詳しくは環式ポリアリーレンスルフィドを含むポリアリーレンスルフィドプレポリマーを酸化性雰囲気下で加熱することを特徴とするポリアリーレンスルフィドの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンスルフィド(以下、PPSと略する場合もある)に代表されるポリアリーレンスルフィド(以下、PASと略する場合もある)は優れた耐熱性、バリア性、耐薬品性、電気絶縁性、耐湿熱性、難燃性などエンジニアリングプラスチックとして好適な性質を有する樹脂である。また、射出成形、押出成形により各種成形部品、フィルム、シート、繊維などに成形可能であり、各種電気・電子部品、機械部品及び自動車部品など耐熱性、耐薬品性の要求される分野に幅広く用いられている。
【0003】
また、上記優れた特性に基づきPPSを塗料として活用する方法も提案されており、金属の防錆、防食、電気絶縁処理などの分野で用いられている。このPPSをベースとする塗料は、通常、粉体状もしくはスラリー状のPPS塗料を被塗装物の表面に塗布した後、これを熱溶融させて塗膜を形成する方法が知られている(例えば特許文献1〜3)。
【0004】
上記ベースレジンであるPASの具体的な製造方法としては、N−メチル−2−ピロリドンなどの有機アミド溶媒中で硫化ナトリウムなどのアルカリ金属硫化物とp−ジクロロベンゼンなどのポリハロ芳香族化合物とを反応させる方法が提案されており、この方法はPASの工業的製造方法として幅広く利用されている(例えば特許文献4参照)。しかしながら、この方法で得られるPASは低分子量であり且つ低分子量成分を多く含み、靭性や強度など機械的特性が低いのみならず、成形加工において加熱した際のガス成分が多い、溶剤と接した際の溶出成分量が多い等の問題が生じていた。これら問題点を改善するためには、例えば空気中のような酸化性雰囲気下で気相酸化処理することで架橋構造を形成し高分子量化する工程が必要であり、プロセスがさらに煩雑になるとともに生産性の低下を招いていた。また塗料として用いた場合、十分な機械特性が発現せず、また塗膜形成の加熱時のガス成分が多く、塗膜にボイドが発生しやすいという問題があった。
【0005】
上記方法の課題である分子量が低く、低分子量成分を多く含む点を改善する方法として、有機アミド溶媒中でアルカリ金属硫化物とジハロ芳香族化合物とを反応させるに際し、各種の重合助剤を添加する方法が提案されており、例えば、重合助剤としてアルカリ金属カルボン酸塩や、芳香族カルボン酸のアルカリ土類金属を使用する方法、アルカリ金属ハライドを使用する方法、脂肪族カルボン酸のナトリウム塩を使用する方法などが提案されている(例えば特許文献5〜8参照)。これらの方法によれば、確かに重合により線状で高分子量のPPSを得ることができ、これらを成形加工により得られた加工品は機械物性が改善されたものになると期待される一方で、高分子量であるために溶融粘度が高く成形加工性の面では劣る課題があった。特に塗装用途など薄膜を形成する際には塗膜に厚みムラが生じやすくなるのみならず、塗装自体が困難になる課題があった。
【0006】
この成形加工性を改善する方法としては、低分子量のPASを用いる種々のアプローチが提案されており、確かに成形加工時の流動性は改善するため塗膜の均一性は向上するものの、PASの低分子量化に伴う塗膜強度の低下が問題であり、成形加工性と塗膜の機械特性の両立が望まれていた。低分子量のPASを用いた塗膜の形成方法として、金属部品の表面にポリフェニレンスルフィドオリゴマーを塗工し、次いで酸素含有雰囲気下で処理する方法(例えば特許文献9参照)、さらにこのようにして得られた、表面にポリフェニレンスルフィド層を有する金属部品とポリフェニレンスルフィドをインサート成形することで金属とポリフェニレンスルフィド複合体を得る方法(例えば特許文献10参照)が開示されている。これら方法では、金属とポリフェニレンスルフィドの接着性改善を課題としており、中間構造としてのポリフェニレンスルフィドオリゴマー塗膜の特性については、接着性について以外は何ら言及されていない。さらに当該発明で用いている原料はポリフェニレンスルフィドオリゴマーであり、本願発明で用いる環式ポリアリーレンスルフィドを50重量%以上含むポリアリーレンスルフィドプレポリマーとはその組成が異なるものである。また、当該発明で用いているポリフェニレンスルフィドオリゴマーの特性については開示されていないが、本発明者らの知見によれば当該発明で用いられている分子量範囲のポリフェニレンスルフィドオリゴマーの融解温度は280℃以上であるため、当該発明で実施している塗膜の処理温度150〜250℃では固体状態で存在していると考えられ、そのため塗膜の特性向上効果は不十分であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平1−297474号公報
【特許文献2】特開平3−220269号公報
【特許文献3】特開平5−295301号公報
【特許文献4】特公昭45−3368号公報
【特許文献5】特公昭52−12240号公報
【特許文献6】特開昭59−219332号公報
【特許文献7】米国特許第4,038,263号明細書
【特許文献8】特開平1−161022号公報
【特許文献9】特開2008−214522号公報
【特許文献10】特開平2008−213350号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは従来技術における上記課題を解決すべく、環式ポリアリーレンスルフィドを含むポリアリーレンスルフィドプレポリマーを酸化性雰囲気下で加熱することを特徴とするポリアリーレンスルフィドの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは従来技術における課題解決のため鋭意検討を重ねた結果、本発明に至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
1.環式ポリアリーレンスルフィドを少なくとも50重量%以上含み、且つ重量平均分子量が10,000未満であるポリアリーレンスルフィドプレポリマーを酸化性雰囲気下で加熱することを特徴とするポリアリーレンスルフィドの製造方法、
2.ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの重量平均分子量が5,000未満であることを特徴とする前項1に記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、
3.ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの融解温度が275℃以下であることを特徴とする前項1または2のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、
4.加熱をポリアリーレンスルフィドプレポリマーが溶融する温度で行うことを特徴とする前項1〜3のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、
5.環式ポリアリーレンスルフィドが一般式(1)で表される混合物であることを特徴とする前項1〜4のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、
【0011】
【化1】

【0012】
(式中、Arはアリーレン基を表し、mは2〜50の整数である)
6.ポリアリーレンスルフィドプレポリマーを加熱する際にポリアリーレンスルフィドプレポリマーが接する気相における酸素濃度が5体積%を超えることを特徴とする前項1〜5のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、
7.加熱温度が250℃を超える温度であることを特徴とする前項1〜6のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、
8.得られるポリアリーレンスルフィドに含まれる環式ポリアリーレンスルフィドが20重量%以下であることを特徴とする前項1〜7のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、
9.得られるポリアリーレンスルフィドが常圧条件下で有機溶剤に不溶であることを特徴とする前項1〜8のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、
10.得られるポリアリーレンスルフィドが架橋ポリアリーレンスルフィドであることを特徴とする前項1〜9のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、
11.ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの薄膜を加熱することを特徴とする前項1〜10のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、環式ポリアリーレンスルフィドを含むポリアリーレンスルフィドプレポリマーを酸化性雰囲気下で加熱する方法によるポリアリーレンスルフィドの製造方法を提供でき、従来技術と比較してより穏和且つ短時間の加熱処理でも耐薬品性や機械特性などに優れたポリアリーレンスルフィドを得ることが可能なポリアリーレンスルフィドの製造方法を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明実施の形態を説明する。
【0015】
(1)環式ポリアリーレンスルフィド
本発明における環式ポリアリーレンスルフィドとは、式−(Ar−S)−の繰り返し単位を主要構成単位とする環式化合物であり、好ましくは当該繰り返し単位を80モル%以上含有する下記一般式(A)のごとき化合物が例示できる。
【0016】
【化2】

【0017】
ここでArとしては式(B)〜式(M)などであらわされる単位を例示できるが、なかでも式(B)〜式(D)が好ましく、式(B)及び式(C)がより好ましく、式(B)が特に好ましい。
【0018】
【化3】

【0019】
(ただし、式中のR1,R2は水素、炭素数1から6のアルキル基、炭素数1から6のアルコキシ基、ハロゲン基から選ばれた置換基であり、R1とR2は同一でも異なっていてもよい。)
【0020】
なお、環式ポリアリーレンスルフィドにおいては前記式(B)〜式(M)などの繰り返し単位をランダムに含んでも良いし、ブロックで含んでも良く、それらの混合物のいずれかであってもよい。これらの代表的なものとして、環式ポリフェニレンスルフィド、環式ポリフェニレンスルフィドスルホン、環式ポリフェニレンスルフィドケトン、これらが含まれる環式ランダム共重合体、環式ブロック共重合体及びそれらの混合物などが挙げられる。特に好ましい環式ポリアリーレンスルフィドとしては、主要構成単位としてp−フェニレンスルフィド単位
【0021】
【化4】

【0022】
を80モル%以上、特に90モル%以上含有する環式ポリフェニレンスルフィド(以下、環式PPSと略すこともある)が挙げられる。
【0023】
環式ポリアリーレンスルフィドの前記(A)式中の繰り返し数mに特に制限はないが2〜50の混合物が好ましく、4〜50がより好ましく、4〜25が更に好ましい。本発明では、後で詳述するように環式ポリアリーレンスルフィドを含有するポリアリーレンスルフィドプレポリマーを酸化性雰囲気下で加熱することでポリアリーレンスルフィドを製造するが、このポリアリーレンスルフィドプレポリマーの加熱の際には、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーが溶融する温度で行うことが望ましく、これにより効率良くポリアリーレンスルフィドが得られることとなる。ここで環式ポリアリーレンスルフィドの繰り返し数mが前記範囲の場合には、環式PASの溶融温度が275℃以下、好ましくは260℃以下、より好ましくは255℃以下になる傾向があり、このような環式PASを含むポリアリーレンスルフィドプレポリマーの融解温度もこれに応じて低温化する傾向がある。従って、環式PASのmの範囲が前述の範囲の場合には、ポリアリーレンスルフィドの製造に際し、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの加熱温度を低く設定することが可能となるため望ましい。なおここで環式PAS及びポリアリーレンスルフィドの融解温度とは、示唆走査熱量計にて、50℃で1分保持後に、走査速度20℃/分で360℃まで昇温した際に観察される吸熱ピークのピーク温度のことを示す。
【0024】
また、本発明の環式ポリアリーレンスルフィドは、単一の繰り返し数を有する単独化合物、異なる繰り返し数を有する環式ポリアリーレンスルフィドの混合物のいずれでも良いが、異なる繰り返し数を有する環式ポリアリーレンスルフィドの混合物の方が単一の繰り返し数を有する単独化合物よりも溶融解温度が低く、融解に要する熱量も小さくなる傾向があるため好ましい。また、本発明の環式ポリアリーレンスルフィドに含まれる環式ポリアリーレンスルフィドの総量に対する前記式(A)のm=6の環式PASの含有量は50重量%未満であることが好ましく、40重量%未満がより好ましく、30重量%未満がさらに好ましい([m=6の環式PAS(重量)]/[環式PAS混合物(重量)]×100(%))。ここで例えば特許文献特開平10−77408号公報には環式PASのArがパラフェニレンスルフィド単位であって繰り返し数mが6のシクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)を得る方法が開示されているが、このm=6の環式PASは348℃に融解ピーク温度を有するとされ、このような環式PASを加工する際には極めて高い加工温度が必要となるため、本発明のポリアリーレンスルフィドの製造において加熱に必要な温度をより低い温度にしうるとの観点から本発明の環式PASにおいては、特に前記式(A)のm=6の環式PASの含有量を先述の範囲とすることが好ましい。同様に後述のポリアリーレンスルフィドの製造方法における溶融加工温度をより低い温度にしうるとの観点から、本発明では環式PASとして異なる繰り返し数を有する環式ポリアリーレンスルフィドの混合物を用いることが好ましいことは前述したとおりであるが、環式PAS混合物に含まれる環式PASのうち前記式(A)のmが4〜13の環式PASの総量を100%とした場合に、mが5〜8の環式PASをそれぞれ5%以上含む環式PAS混合物を用いることが好ましく、mが5〜8の環式PASをそれぞれ7%以上含む環式PAS混合物を用いることがより好ましい。このような組成比の環式PAS混合物は特に融解ピーク温度が低くなり、且つ融解熱量も小さくなる傾向にあり溶融温度の低下の観点で特に好ましい。なおここで、環式PAS混合物における環式ポリアリーレンスルフィドの総量に対する繰り返し数mの異なる環式PASの含有率は、環式PAS混合物をUV検出器を具備した高速液体クロマトグラフィーで成分分割した際に環式PASに帰属される全ピーク面積に対する、所望するm数を有する環式PAS単体に帰属されるピーク面積の割合として求めることができる。なお、この高速液体クロマトグラフィーで成分分割された各ピークの定性は、各ピークを分取液体クロマトグラフィーで分取し、赤外分光分析における吸収スペクトルや質量分析を行うことで可能である。
【0025】
(2)ポリアリーレンスルフィドプレポリマー
本発明のPASの製造方法においては、環式ポリアリーレンスルフィドを少なくとも50重量%以上含み、且つ重量平均分子量が10,000未満のポリアリーレンスルフィドプレポリマーを酸化性雰囲気下で加熱することでポリアリーレンスルフィドを得る。ここで、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーは環式ポリアリーレンスルフィドを少なくとも50重量%以上含むものであり、好ましくは60重量%以上、より好ましくは70重量%以上、更に好ましくは80%以上、よりいっそう好ましくは85%以上含むものが好ましい。また、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーに含まれる環式ポリアリーレンスルフィドの上限値には特に制限は無いが、99重量%以下、好ましくは98重量%以下が好ましい範囲として例示できる。通常、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーにおける環式ポリアリーレンスルフィドの重量比率が高いほど、加熱後に得られるポリアリーレンスルフィドの機械的特性が高くなる傾向にある。一方で、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーにおける環式ポリアリーレンスルフィドの重量比率が前記した上限値を超えると、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの溶融解温度が高くなる傾向にあるため、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーにおける環式ポリアリーレンスルフィドの重量比率を前記範囲にすることは、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーを高重合度体へ転化する際の温度をより低くできるため好ましい。
【0026】
ポリアリーレンスルフィドプレポリマーにおける環式ポリアリーレンスルフィド以外の成分は線状のポリアリーレンスルフィドオリゴマーであることが特に好ましい。ここで線状のポリアリーレンスルフィドオリゴマーとは、式、−(Ar−S)−の繰り返し単位を主要構成単位とする、好ましくは当該繰り返し単位を80モル%以上含有するホモオリゴマーまたはコオリゴマーである。Arとしては前記した式(B)〜式(M)などであらわされる単位などがあるが、なかでも式(B)が特に好ましい。線状のポリアリーレンスルフィドオリゴマーはこれら繰り返し単位を主要構成単位とする限り、下記式(N)〜式(Q)などで表される少量の分岐単位または架橋単位を含むことも可能である。
【0027】
【化5】

【0028】
これら分岐単位または架橋単位の共重合量は、−(Ar−S)−の単位1モルに対して0〜1モル%の範囲であることが好ましい。また、線状のポリアリーレンスルフィドオリゴマーは上記繰り返し単位を含むランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物のいずれかであってもよい。これらの代表的なものとして、ポリフェニレンスルフィドオリゴマー、ポリフェニレンスルフィドスルホンオリゴマー、ポリフェニレンスルフィドケトンオリゴマー、これらのランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物などが挙げられる。特に好ましい線状のポリアリーレンスルフィドオリゴマーとしては、ポリマーの主要構成単位としてp−フェニレンスルフィド単位を80モル%以上、特に90モル%以上含有する線状のポリフェニレンスルフィドオリゴマーが挙げられる。
【0029】
ポリアリーレンスルフィドプレポリマーが含有する線状ポリアリーレンスルフィド量は、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーが含有する環式ポリアリーレンスルフィドよりも少ないことが特に好ましい。即ちポリアリーレンスルフィドプレポリマー中の環式ポリアリーレンスルフィドと線状ポリアリーレンスルフィドの重量比(環式ポリアリーレンスルフィド/線状ポリアリーレンスルフィド)は1以上であることが好ましく、2.3以上がより好ましく、4以上が更に好ましく、9以上がよりいっそう好ましい。このような値のポリアリーレンスルフィドを用いると、加熱後に得られるポリアリーレンスルフィドの特性が向上する傾向にある。
【0030】
本発明のPASの製造に用いるポリアリーレンスルフィドプレポリマーの分子量の上限値は、重量平均分子量で10,000未満であり、7,000未満が好ましく、5,000以下が特に好ましく、3,000以下がよりいっそう好ましく、一方、下限値は重量平均分子量で300以上が好ましく、400以上が好ましく、500以上が更に好ましい。このような分子量範囲のポリアリーレンスルフィドプレポリマーは、重量平均分子量が10,000以上のポリアリーレンスルフィドとは特性が大きく異なり、ポリマーとしての特性よりも低分子量化合物としての特性が顕在化する傾向にある。たとえば、ポリアリーレンスルフィドがポリフェニレンスルフィドのように結晶性ポリマーの場合には、重量平均分子量が10,000以上では通常275℃以上に融解ピーク温度を有するが、分子量が前述範囲の場合には、275℃未満の融解ピーク温度となる傾向があり、このことは前述したようにポリアリーレンスルフィドプレポリマーを加熱してポリアリーレンスルフィドを製造する際の温度を低くすることができるため好ましい。なお、ここで重量平均分子量は例えば示差屈折率検出器を具備したSEC(サイズ排除クロマトグラフィー)を使用して求めた値である。
【0031】
また、重量平均分子量が10,000以上のポリアリーレンスルフィドの場合には融解した際の溶融粘度が極めて高い傾向がありこのことが従来技術における成形加工性の悪化の一要因であることは前述した通りであるが、分子量が前記範囲のポリアリーレンスルフィドプレポリマーの場合には溶融粘度が極めて低粘度になる傾向があり、このことは成形加工性の観点からも極めて有利であり、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの分子量が前記範囲であることの他の利点となる。ポリアリーレンスルフィド及びポリアリーレンスルフィドプレポリマーの溶融粘度の評価は一般的な溶融粘度測定方法が採用でき、例えばレオメーターを用いることができる。
【0032】
また、本発明によればポリアリーレンスルフィドプレポリマーを加熱することでポリアリーレンスルフィドを得ることができるため、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの品質特性、例えば金属不純物の含有量などの特性が、得られるポリアリーレンスルフィドの品質特性に反映される傾向が強い。従って、品質の高いポリアリーレンスルフィドを得たい場合には、品質の高いポリアリーレンスルフィドプレポリマーを採用すればよい。ここで例えば金属不純物含有量を低減しようとする場合、分子量の高いポリアリーレンスルフィドを精製することでこれら不純物を低減するのは、この分子量の高さが起因する多くの困難を伴うが、前述の通りポリアリーレンスルフィドプレポリマーは低分子化合物としての特性を強く発現するため、洗浄や抽出などの一般的手法により精製を行うことが容易である。例えば、ポリアリーレンスルフィドを高度な電気絶縁性を必要とする用途に用いる場合には、アルカリ金属不純物量を低減することが望まれるが、その際にはアルカリ金属不純物量の低減されたポリアリーレンスルフィドプレポリマーを用いれば良く、好ましくはアルカリ金属含量が500ppm以下、より好ましくは200ppm以下、さらに好ましくは100ppm以下、よりいっそう好ましくは50ppm未満のポリアリーレンスルフィドプレポリマーを採用することで達成しうる。ここでポリアリーレンスルフィド及びポリアリーレンスルフィドプレポリマーのアルカリ金属含有量とは、例えばポリアリーレンスルフィドやポリアリーレンスルフィドプレポリマーを電気炉等を用いて焼成した残渣である灰分中のアルカリ金属から算出される値であり、前記灰分を例えばイオンクロマト法や原子吸光法により分析することで定量することができる。なお、アルカリ金属とは周期律表第IA属の、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、フランシウムのことを指すが、本発明のポリアリーレンスルフィドプレポリマーはナトリウム以外のアルカリ金属が含まないことが好ましい。
【0033】
(3)ポリアリーレンスルフィドの製造方法
本発明では、環式ポリアリーレンスルフィドを少なくとも50重量%以上含み、且つ重量平均分子量が10,000未満であるポリアリーレンスルフィドプレポリマーを酸化性雰囲気下で加熱することでポリアリーレンスルフィドを製造する。
【0034】
ここで加熱の温度はPASプレポリマーが融解する温度であることが特に好ましい。加熱をPASプレポリマーが融解する温度とすることでPASが短時間で得られる傾向にある。ここで、PASプレポリマーが融解する温度は、PASプレポリマーの組成や分子量、また、加熱時の環境により変化するため、一意的に示すことはできないが、例えばPASプレポリマーを示差走査型熱量計で分析することで融解温度を把握することが可能である。ここで好ましい加熱温度範囲としては180〜400℃が例示でき、好ましくは200〜360℃、より好ましくは250〜340℃未満、よりいっそう好ましくは250〜320℃が例示できる。温度が高すぎる場合には加熱により生成したPASの分解反応など好ましくない副反応が生じやすくなる傾向にあり、得られるPASの特性が低下する場合があるため、このような好ましくない副反応が顕著に生じる温度は避けることが望ましい。また、本発明のPASの製造方法では酸化性雰囲気下で加熱を行うことが特徴であるが、このような雰囲気では従来、ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの反応に用いられてきた不活性雰囲気下と比べて、環式PASの反応速度が(PASへの転化速度)が著しく高いため、従来採用されてきた加熱条件と比べて大幅に低い加熱温度が採用可能である。一方で、ある程度の副反応が許容される場合には250〜450℃の温度範囲や、好ましくは280〜420℃の温度範囲も選択可能であり、この場合には極めて短時間でPASを得られる利点がある。
【0035】
前記加熱を行う時間は使用するPASプレポリマーにおける環式PASの含有率やmの数、及び分子量などの各種特性、また、加熱の温度等の条件によって異なるため一様には規定できないが、前記した好ましくない副反応がなるべく起こらないように設定することが好ましい。加熱時間としては0.05〜100時間が例示でき、0.1〜20時間が好ましく、0.1〜10時間がより好ましい。0.05時間未満ではPASプレポリマーのPASへの転化が不十分になりやすく、100時間を超えると好ましくない副反応による得られるPASの特性への悪影響が顕在化する可能性が高くなる傾向にあるのみならず、経済的にも不利益を生じる場合がある。
【0036】
本発明においてはPASプレポリマーの加熱を酸化性雰囲気で行うことが必要である。これによりPASプレポリマーの反応や高分子量化が著しく促進され、また得られるPASの耐薬品性や靭性などの各種特性が向上する傾向にある。なお、酸化性雰囲気とはPAS成分が接する気相における酸素濃度が2体積%以上、好ましくは5体積%以上、より好ましくは10体積%以上、更に好ましくは大気組成と同じであることが例示できる。また、加熱の際の圧力に特に制限は無いが、大気圧条件が好ましく、大気圧以上も選択できる。
【0037】
前記、PASプレポリマーの加熱によるPASの製造は、通常の重合反応装置を用いる方法で行うのはもちろんのこと、成形品を製造する型内で行っても良いし、押出機や溶融混練機を用いて行うなど、加熱機構を具備した装置であれば特に制限無く行うことが可能であり、バッチ方式、連続方式など公知の方法が採用できる。
【0038】
また、PASプレポリマーの溶融体を成形した後に加熱してPASを得ることも可能であり、例えばPASプレポリマーの溶融体を各種基材に塗布することでPASプレポリマーを膜状に成形した後に、前述の条件下で加熱してPASの膜を得ることも可能である。このPAS成形方法は、公知のいかなる方法を用いても良いが、例えば基材上にPASプレポリマーの溶融体を流延しフィルム状に薄膜化する方法(溶融キャスト法)を好ましく例示できる。また、PASプレポリマーの溶融体を薄膜化する方法としては、流延ダイを用いる方法、スピンコート法、スプレーコート法、グラビアコート法またはディップコート法などが好ましく用いられる。また、塗布膜厚は塗布手法、塗布温度や溶融体の粘度などによって異なるが、通常、薄膜化後の膜厚が0.1〜200μmになるように塗布するのが好ましく、0.2〜150μmがより好ましく、0.5〜100μmがさらに好ましい。
【0039】
さらに上記のようなPASプレポリマーの成形は、各種溶媒を含むPASプレポリマーを任意の基材に塗布後に溶剤を除去することで行うことも可能である。すなわち、PASプレポリマーが溶解した溶液や、PASプレポリマーの一部が溶解したスラリー液を成形に用いることが可能である。このような各種溶媒を含むPASプレポリマーを成形する方法としては、公知のいかなる方法を用いてもよいが、例えば基材状に溶液を流延し薄膜化した後、加熱または減圧により溶媒を揮発せしめフィルム状に成形する方法(溶媒キャスト法)を好ましく例示できる。また溶液を薄膜化する方法としては、流延ダイを用いる方法、スピンコート法、スプレーコート法、グラビアコート法またはディップコート法などが好ましく用いられる。この時用いられる基材としては、通常公知の材料を用いることができるが、ステンレスなどの金属からなるエンドレスベルト、ドラム、ポリエチレンフタレート、ポリイミド、ポリスルホンなどのポリマーからなるフィルム、硝子、剥離紙などが挙げられる。なおここで、前記の各種溶媒としてはポリアリーレンスルフィドプレポリマーに対する親和性の高い溶剤が好ましく、例えばベンゼン、トルエン、キシレン等の炭化水素系溶媒、クロロホルム、ブロモホルム、塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン、1,1,1−トリクロロエタン、クロロベンゼン、2,6−ジクロロトルエン等のハロゲン系溶媒、アセトン、ジエチルケトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、メチルブチルケトン、アセトフェノン等のケトン系溶媒、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル等のエーテル系溶媒、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、トリメチルリン酸、N,N−ジメチルイミダゾリジノンなどの極性溶媒を例示できる。その中でも、ベンゼン、トルエン、キシレン、酢酸エチル、酢酸メチル、クロロホルム、塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン、クロロベンゼン、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、テトラヒドロフラン、ジフェニルエーテル、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、N−メチル−2−ピロリドン、スルホランおよびN,N−ジメチルイミダゾリジノンが好ましく、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、N−メチル−2−ピロリドン、スルホランおよびN,N−ジメチルイミダゾリジノンが特に好ましい。またこれらの溶媒は1種類または2種以上の混合物として用いることもできる。
【0040】
また本発明ではPASプレポリマーの加熱を酸化性雰囲気で行うことでPASを得るが、この加熱は上記PASプレポリマーの成形操作と同時に行うことも可能であり、これにより効率よくPAS成形体を得ることが可能となる。
【0041】
PASプレポリマーの加熱によるPASの製造は、通常溶媒の非存在下で行うが、酸化性条件下であれば溶媒の存在下で行うことも可能である。溶媒としては、PASプレポリマーの加熱による高重合度体への転化の阻害や生成したPASの分解や架橋など好ましくない副反応を実質的に引き起こさないものであれば特に制限はなく、例えばN−メチル−2−ピロリドン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドなどの含窒素極性溶媒、ジメチルスルホキシド、ジメチルスルホンなどのスルホキシド・スルホン系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、アセトフェノンなどのケトン系溶媒、ジメチルエーテル、ジプロピルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒、クロロホルム、塩化メチレン、トリクロロエチレン、2塩化エチレン、ジクロルエタン、テトラクロルエタン、クロルベンゼンなどのハロゲン系溶媒、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、フェノール、クレゾール、ポリエチレングリコールなどのアルコール・フェノール系溶媒、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素系溶媒などがあげられる。また、二酸化炭素、窒素、水等の無機化合物を超臨界流体状態として溶媒に用いることも可能である。これらの溶媒は1種類または2種類以上の混合物として使用することができる。
【0042】
前記したPASプレポリマーの加熱によるPASの製造は繊維状物質の共存下で行うことも可能である。ここで繊維状物質とは細い糸状の物質のことであって、天然繊維のごとく細長く引き延ばされた構造である任意の物質が好ましい。繊維状物質存在下でPASプレポリマーの高重合度体への転化を行うことで、PASと繊維状物質からなる複合材料構造体を容易に作成する事ができる。このような構造体は、繊維状物質によって補強されるため、PAS単独の場合に比べて、たとえば機械物性に優れる傾向にある。ここで、各種繊維状物質の中でも長繊維からなる強化繊維を用いることが好ましく、これによりPASを高度に強化する事が可能になる。一般に樹脂と繊維状物質からなる複合材料構造体を作成する際には、樹脂が溶融した際の粘度が高いことに起因して、樹脂と繊維状物質のぬれが悪くなる傾向にあり、均一な複合材料ができなかったり、期待通りの機械物性が発現しないことが多い。ここでぬれとは、溶融樹脂のごとき流体物質と、繊維状化合物のごとき固体基質との間に実質的に空気または他のガスが捕捉されないようにこの流体物質と固体基質との物理的状態の良好且つ維持された接触があることを意味する。ここで流体物質の粘度が低い方が繊維状物質とのぬれは良好になる傾向にある。本発明のPASプレポリマーは融解した際の粘度が、一般的な熱可塑性樹脂、たとえばPASと比べて著しく低いため、繊維状物質とのぬれが良好になりやすい。PASプレポリマーと繊維状物質が良好なぬれを形成した後、本発明のPASの製造方法によればPASプレポリマーが高重合度体に転化するので、繊維状物質と高重合度体(ポリアリーレンスルフィド)が良好なぬれを形成した複合材料構造体を容易に得ることができる。
【0043】
繊維状物質としては長繊維からなる強化繊維が好ましいことは前述したとおりであり、本発明に用いられる強化繊維に特に制限はないが、好適に用いられる強化繊維としては、一般に、高性能強化繊維として用いられる耐熱性及び引張強度の良好な繊維があげられる。例えば、その強化繊維には、ガラス繊維、炭素繊維、黒鉛繊維、アラミド繊維、炭化ケイ素繊維、アルミナ繊維、ボロン繊維が挙げられる。この内、比強度、比弾性率が良好で、軽量化に大きな寄与が認められる炭素繊維や黒鉛繊維が最も良好なものとして例示できる。炭素繊維や黒鉛繊維は用途に応じて、あらゆる種類の炭素繊維や黒鉛繊維を用いることが可能であるが、引張強度450Kgf/mm2 、引張伸度1.6%以上の高強度高伸度炭素繊維が最も適している。長繊維状の強化繊維を用いる場合、その長さは、5cm以上であることが好ましい。この長さの範囲では、強化繊維の強度を複合材料として十分に発現させることが容易となる。また、炭素繊維や黒鉛繊維は、他の強化繊維を混合して用いてもかまわない。また、強化繊維は、その形状や配列を限定されず、例えば、単一方向、ランダム方向、シート状、マット状、織物状、組み紐状であっても使用可能である。また、特に、比強度、比弾性率が高いことを要求される用途には、強化繊維が単一方向に引き揃えられた配列が最も適しているが、取り扱いの容易なクロス(織物)状の配列も本発明には適している。
【0044】
また、前記したPASプレポリマーの高重合度体への転化は充填剤の存在下で行うことも可能である。充填剤としては、たとえば非繊維状ガラス、非繊維状炭素や、無機充填剤、たとえば炭酸カルシウム、酸化チタン、アルミナなどを例示できる。
【0045】
(4)本発明のポリアリーレンスルフィド
前記(3)によれば、工業上極めて有用なPASを得ることが可能である。ここでPASとは、式、−(Ar−S)−の繰り返し単位を主要構成単位とする、好ましくは当該繰り返し単位を80モル%以上含有するホモポリマーまたはコポリマーである。Arとしては前記式(B)〜式(N)などであらわされる単位などを例示できるが、なかでも式(B)が特に好ましい。
【0046】
また、本発明の好ましい態様によって得られるPASは上記繰り返し単位を含むランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物のいずれかであってもよい。これらの代表的なものとして、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリフェニレンスルフィドケトン、これらのランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物などが挙げられる。特に好ましいPASとしては、ポリマーの主要構成単位としてp−フェニレンスルフィド単位を80モル%以上、特に90モル%以上含有するポリフェニレンスルフィド(以下、PPSと略すこともある)が挙げられる。
【0047】
上記の繰り返し単位を主要構成単位とし、前記式(N)〜式(Q)などで表される分岐単位または架橋単位を含むことも可能であり、本発明により得られるPASは一般に市場に流通しているPASと比較してこれら分岐単位または架橋単位の量が多い傾向にある。なお、本発明者らの知る限りでは、この分岐単位または架橋単位がPASに含まれる量を直接評価する方法、例えば架橋点量を定量化する分析手法は現時点無いが、例えば核磁気共鳴法により相対的に評価が行える場合もある。また、分岐単位や架橋単位が増えることでPASの溶剤に対する耐性が向上する傾向にあるため、溶解性を評価する方法も指標となりうる。
【0048】
ここでPASの具体例として、前述の特許文献1〜8のごとき製造方法で得られる従来技術のポリフェニレンスルフィドは、210℃以上で1−クロロナフタレンに溶解することは当該技術分野において公知である。また、本発明者らの知る限りでは少なくとも0.2wt%程度の濃度の溶液を形成することが可能であり、1−クロロナフタレンはポリフェニレンスルフィドの溶媒であるといえる。ここで本発明で得られるPASは、この1−クロロナフタレンに対しても不溶もしくは難溶性を示す傾向があり、従来のPASよりもさらに優れた耐薬品性を有する傾向にある。ここで不溶もしくは難溶とは、PASが0.2重量%になるように1−クロロナフタレンと混合し、250℃に加熱した際に不溶部が存在することを意味する。より具体的には、PASが0.2重量%になるように1−クロロナフタレンと混合し、250℃に加熱した条件で5分以上撹拌した後に、0.45μmメンブランフィルターで濾過操作を行った際に、仕込んだPASの10重量%以上、好ましくは20重量%以上、より好ましくは30重量%以上が不溶成分として回収される状態を指す。このようなPASはいかなる薬品に対しても優れた耐性を示すため、従来のPAS以上に過酷な環境での使用が可能となるといった利点がある。
【0049】
本発明の好ましい態様によって得られるPASの分子量に特に制限は無いが、好ましい範囲として重量平均分子量で10,000以上、より好ましくは12,000以上である。重量平均分子量が10,000以上のPASでは加工時の成形性が高く、また成形品の機械強度や耐薬品性等の特性も高くなる傾向にある。重量平均分子量の上限に特に制限は無いが、1,000,000未満を好ましい範囲として例示でき、より好ましくは500,000未満、更に好ましくは200,000未満であり、この範囲内では高い成形加工性を得ることができる。なお、前記重量平均分子量及び数平均分子量は例えば示差屈折率検出器を具備したSEC(サイズ排除クロマトグラフィー)を使用して求めることができる。ただし、前述の通り、本発明の好ましい方法で得られるPASは、ポリフェニレンスルフィドのSEC分析における一般的な溶媒である1−クロロナフタレンに不溶となる優れた特性があるため、本発明のPASのSEC測定においては全てのPAS成分を検出することは原理上不可能であり、SEC分析での検出ではPASの中でも1−クロロナフタレンに溶解した一部の成分の分子量情報を示すことになる。
【0050】
またSEC分析においては、PASの分子量分布の広がり、すなわち重量平均分子量と数平均分子量の比(重量平均分子量/数平均分子量)で表される分散度を評価することも可能である。ここで、本発明の好ましい容態で得られるPASの分散度もまた、全重の通り、PASのうち1−クロロナフタレンに溶解した一部の成分の分散度を示すが、本発明のPASは分散度が広い傾向にあり、好ましくは2.5以上、より好ましくは3.0以上となる傾向にある。一般に、分散度が大きいほど、PASに含まれる低分子量成分が多くなるため、例えばPASを加熱した際のガス発生量が増大するなどの悪影響が顕在化する傾向にあるが、本発明のPASは後述するように分散度が大きいにもかかわらず、加熱した際のガス発生量が少ないという特異な特性を有する。これは本発明のPASがその構造中に架橋構造や分岐構造を多く含むことが奏功した結果であると推測している。
【0051】
本発明の好ましい態様により得られるPASの別の特徴は、加熱した際のガス発生量が少ないことにあり、すなわち重量減少が従来のPASと比較して著しく少なく、具体的には下記式(i)を満たす傾向にあることである。
△Wr=(W1−W2)/W1×100≦0.18(%) ・・・(i)
【0052】
ここで△Wrは重量減少率(%)であり、常圧の非酸化性雰囲気下で50℃から330℃以上の任意の温度まで昇温速度20℃/分で熱重量分析を行った際に、100℃到達時点の試料重量(W1)を基準とした330℃到達時の試料重量(W2)から求められる値である。
【0053】
本発明の好ましい態様により得られるPASは△Wrが0.18%以下と極めて小さな値となる傾向が強く、好ましくは0.15%以下、より好ましくは0.12%以下となる優れた特性を有する傾向にある。△Wrが前記範囲であることは、たとえばPASを成形加工する際の発生ガス量を低減する傾向にあり、また、押出成形時の口金やダイス、また射出成型時の金型への付着物が低減され生産性が向上する傾向がある。本発明者らの知る限りでは公知のPASの△Wrは0.18%を越えるが、本発明の好ましい態様によって得られるPASは分子量分布や不純物含有量が公知のPASと異なりきわめて高純度となりやすいがために△Wrの値が著しく低下するものと推測している。
【0054】
なお、△Wrは一般的な熱重量分析によって求めることが可能であるが、この分析における雰囲気は常圧の非酸化性雰囲気を用いる。非酸化性雰囲気とは試料が接する気相における酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、更に好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、即ち窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取扱いの容易さの面からは窒素雰囲気が特に好ましい。また、常圧とは大気の標準状態近傍における圧力のことであり、約25℃近傍の温度、絶対圧で101.3kPa近傍の大気圧条件のことである。測定の雰囲気が前記以外では、測定中にPASの酸化等が起こったり、実際にPASの成形加工で用いられる雰囲気と大きく異なるなど、PASの実使用に即した測定になり得ない可能性が生じる。また、△Wrの測定においては50℃から330℃以上の任意の温度まで昇温速度20℃/分で昇温して熱重量分析を行う。好ましくは50℃で1分間ホールドした後に昇温速度20℃/分で昇温して熱重量分析を行う。この温度範囲はポリフェニレンスルフィドに代表されるPASを実使用する際に頻用される温度領域であり、また、固体状態のPASを溶融させ、その後任意の形状に成形する際に頻用される温度領域でもある。このような実使用温度領域における重量減少率は、実使用時のPASからのガス発生量や成形加工の際の口金や金型などへの付着成分量などに関連する。従って、このような温度範囲における重量減少率が少ないPASの方が品質の高い優れたPASであるといえる。△Wrの測定は約10mg程度の試料量で行うことが望ましく、またサンプルの形状は約2mm以下の細粒状であることが望ましい。
【0055】
本発明の好ましい態様によれば、得られるPASは従来のものに比べ高純度であり、不純物であるアルカリ金属含量は100ppm以下のものが得られやすい特徴がある。好ましいアルカリ金属含量としては50ppm未満、より好ましくは30ppm以下、更に好ましくは10ppm以下である。アルカリ金属含有量が100ppm以下であると、例えば高度な電気絶縁特性が要求される用途において高い信頼性を発現し易くなる。ここで本発明におけるPASのアルカリ金属含有量とは、例えばPASを電気炉等を用いて焼成した残渣である灰分中のアルカリ金属量から算出される値であり、前記灰分を例えばイオンクロマト法や原子吸光法により分析することで定量することができる。
【0056】
また、本発明では環式PASを少なくとも50重量%以上含むポリアリーレンスルフィドプレポリマーを出発物質としてポリアリーレンスルフィドを得るが、得られるポリアリーレンスルフィドに含まれる環式ポリアリーレンスルフィドは50重量%未満であることが好ましく、20重量%以下であることがより好ましく、10重量%以下であることがさらに好ましく、いっそう好ましくは5重量%以下、よりいっそう好ましくは3重量%以下である。PAS中の環式ポリアリーレンスルフィドが少ないほど、PASが溶剤と接触した際の溶出成分量や加熱した際の加熱減量が少なくなる傾向にあるため、より高度な耐性が求められる場合にはPASに含まれる環式PAS量を少なくすることが好ましい。ここで、PAS中に含まれる環式PASの重量%はHPLC測定により求めることが可能である。
【0057】
(5)本発明のPASの特性と用途
本発明の好ましい態様によって得られるPASは、耐熱性、耐薬品性、難燃性、電気的性質並びに機械的性質に優れ、特に従来のPASと比べて耐熱性や耐薬品性が著しく向上しており、、且つ、金属含有量が著しく少ない傾向があるため、極めて過酷な機械的特性や電機的特性が必要とされる用途への適用が可能である。
【0058】
従って、従来のPASが用いられている射出成形用途やフィルムや繊維などの各種用途に適用可能なおとはもちろんのこと、より高度な電気絶縁性、耐薬品性や機械特性が必要なるフィルムコンデンサーやチップコンデンサーの誘電体フィルム用途、回路基板、絶縁基板用途、モーター絶縁フィルム用途、トランス絶縁フィルム用途、離型用フィルム用途や、耐熱・耐薬品プレコート板、電気・電子部品、電線等の電気絶縁被覆、自動車部品、ケミカルプラント、給湯管、温泉配管、船舶・海水プラント、油田用パイプ等の耐熱・耐薬品・防食被覆、精密濾過膜、限外濾過膜、気体分離膜の支持膜や各種コーティング剤などに有効に適用できる。
【実施例】
【0059】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。これら例は例示的なものであって限定的なものではない。
【0060】
<分子量の測定>
ポリアリーレンスルフィド及びポリアリーレンスルフィドプレポリマーの分子量はサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)の一種であるゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により、ポリスチレン換算で数平均分子量(Mn)と重量平均分子量(Mw)を算出した。GPCの測定条件を以下に示す。
装置:センシュー科学 SSC−7100
カラム名:shodex UT−806M
溶離液:1−クロロナフタレン
検出器:示差屈折率検出器
カラム温度:210℃
プレ恒温槽温度:250℃
ポンプ恒温槽温度:50℃
検出器温度:210℃
流量:1.0mL/min
試料注入量:300μL (スラリー状:約0.2重量%)。
【0061】
<ポリアリーレンスルフィド中の環式ポリフェニレンスルフィド含有率の測定>
ポリアリーレンスルフィドに含まれる環式ポリフェニレンスルフィド含有率は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて下記方法で行った。
【0062】
ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの加熱により得られた生成物約10mgを250℃で1−クロロナフタレン約5gに接触させた。室温に冷却後、孔径0.45μmのメンブランフィルターを用いて1−クロロナフタレン不溶成分を濾過し、1−クロロナフタレン可溶成分を得た。得られた可溶成分のHPLC測定により、環式ポリフェニレンスルフィド量を定量し、ポリアリーレンスルフィドの環式ポリフェニレンスルフィド含有率を算出した。HPLCの測定条件を以下に示す。
装置:島津株式会社製 LC−10Avpシリーズ
カラム:関東化学 Mightysil RP−18 GP150−4.6(5μm)
検出器:フォトダイオードアレイ検出器(UV=270nm)。
【0063】
<PASの溶媒不溶部の測定>
PASの溶媒不溶部の定量は、溶媒に1−クロロナフタレンを用いて下記方法で実施した。
・塊状または粉末状のPASを、ホットプレスを用いて340℃にて5分間加熱処理し、次いで薄膜化した後に、室温の水で急冷することで厚み約50μm以下のフィルムを得た。
・該PASフィルムから所定量を分取し、PAS重量基準で0.2wt%になるように、PAS及び1−クロロナフタレンをセンシュー科学社製の高温濾過器に仕込んだ。ここで濾過フィルターには0.45μmメンブランフィルターを用いた。
・センシュー科学社製の高温濾過装置を用いて250℃にて5分加熱後に熱時ろ過した。
・フレッシュな1−クロロナフタレン(上記サンプル調製時と同量)を再度高温濾過器に仕込み、上記同様の熱時ろ過操作を行った。
・濾過機から濾別固体を回収し、メタノールで繰り返し洗浄することで1−クロロナフタレンを除去し、70℃で一晩乾燥した。
・濾過に供したPAS重量と、得られた固形分重量の比から溶媒不溶部の割合を算出した。
【0064】
[参考例1](ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの合成)
攪拌機を具備したステンレス製オートクレーブに、水硫化ナトリウムの48重量%水溶液を0.982kg(8.41モル)、48重量%水酸化ナトリウム水溶液0.735kg(8.82モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)43.5kg(439モル)、及びp−ジクロロベンゼン1.26kg(8.58モル)を仕込んだ。反応容器内を十分に窒素置換した後、窒素ガス下に密封した。400rpmで撹拌しながら、室温から200℃まで約2時間かけて昇温した。この段階で、反応容器内の圧力はゲージ圧で0.3MPaであった。次いで200℃から270℃まで約2時間かけて昇温した。この段階の反応容器内の圧力はゲージ圧で1.1MPaであった。260℃で2時間保持した後、室温近傍まで冷却してから内容物を回収した。得られた内容物をガスクロマトグラフィー及び高速液体クロマトグラフィーにより分析した結果、モノマーのp−ジクロロベンゼンの消費率は94%、反応混合物中のイオウ成分がすべて環式ポリフェニレンスルフィドに転化すると仮定した場合の環式PPS生成率は18%であることがわかった。
【0065】
[参考例2](ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの調製1)
参考例1で得られた内容物5kgを約15kgのイオン交換水で希釈したのちに70℃で30分撹拌した。その後静置し、透明な上澄み液をデカンテーションして除去し、固形物を含むスラリーを約2kg得た。得られたスラリーにイオン交換水を約15kg加えて希釈したのちに70℃で30分撹拌後に静置し、透明な上澄み液をデカンテーションする操作を2回繰り返した。得られたスラリーを平均目開き10〜16μmのガラスフィルターで濾過した。フィルターオン成分を約3kgのイオン交換水に分散させ、70℃で30分攪拌し、再度前記同様の濾過を行う操作を計2回行い、白色固体を得た。これを80℃で一晩真空乾燥し、乾燥固体を得た。得られた固形物を円筒濾紙に仕込み、溶剤としてクロロホルムを用いて約5時間ソックスレー抽出を行うことで固形分に含まれる低分子量成分を分離した。クロロホルム抽出操作にて得られた抽出液から溶媒を除去した後、約50gのクロロホルムを加えてスラリーを調製し、これを約3kgのメタノールに攪拌しながら滴下した。これにより得られた沈殿物を濾過回収し、70℃で5時間真空乾燥を行い、15gの白色粉末を得た。
【0066】
この白色粉末は赤外分光分析における吸収スペクトルよりフェニレンスルフィド単位からなる化合物であることを確認した。また、高速液体クロマトグラフィーにより成分分割した成分のマススペクトル分析(装置;日立製M−1200H)、さらにMALDI−MS(装置;島津製Axima TOF2)による分子量情報より、この白色粉末はp−フェニレンスルフィド単位を主要構成単位とし繰り返し単位数4〜13の環式化合物を約98重量%含むことがわかり、本発明のポリアリーレンスルフィドプレポリマーとして好ましい組成であることが確認できた。なお、GPC測定を行った結果、得られたポリアリーレンスルフィドプレポリマーは室温で1−クロロナフタレンに全溶であり、重量平均分子量は900であった。また、DSCによる分析の結果、50℃から340℃への昇温の際に150℃から230℃にかけて融解に帰属されるブロードなピークが確認され、このピーク温度は約205℃あることがわかった。また得られたポリアリーレンスルフィドプレポリマーの融解の状況を確認したところ、250℃において均一透明な融液となることがわかった。
【0067】
[参考例3](ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの調製2)
参考例1で得られた内容物5kgを窒素雰囲気下で100℃に加熱撹拌した。次いで撹拌しながら加熱温度を50℃に設定して内容物温度を50℃とした。平均目開き10μmのメンブランフィルターをセットした加圧濾過機を用いて、フィルター部分を50℃に保ちながら窒素圧力0.4MPaで内容物の熱時ろ過を行った。液切れ後、50℃に加温したフラッシュなNMP約500mlを用いて濾過ケークのリンス洗浄を2回実施した。
【0068】
得られた濾液をエバポレーター仕込み、エバポレーター内を窒素で置換した後に濃縮操作を実施し約500gの濃縮液を得た。この濃縮液を撹拌しながら80℃に加温した後、80℃のイオン交換水を150g加えた。加温を停止し撹拌しながら空冷にて室温近傍まで冷却した後、平均目開き10〜16μmのガラスフィルターで吸引濾過した。得られた固形分(母液を含む)を約500gの水に分散させ70℃で15分撹拌した後、前述同様にガラスフィルターで吸引濾過する操作を計4回繰り返した。得られた固形分を真空乾燥機70℃で一晩処理して乾燥固体を得た。
【0069】
得られた固体を参考例2と同様に分析した結果、検出成分はポリ−p−フェニレンスルフィドであり、それ以外に含まれる成分は痕跡量であること、また成分繰り返し単位数m=4〜13の環式ポリフェニレンスルフィドを90wt%含むことがわかった。また重量平均分子量は1000であった。これら情報より、得られた固体は繰り返し単位数が4〜13の環式ポリフェニレンスルフィド90重量%と、繰り返し単位数mが13を超えるポリフェニレンスルフィド成分(mが13を超える環式ポリフェニレンスルフィドを含む)を10重量%含むものであり、本発明のポリアリーレンスルフィドプレポリマーとして好ましい組成であることがわかった。また、DSC分析および融解性の分析の結果は参考例2で得られたポリアリーレンスルフィドとほぼ同等の結果であった。
【0070】
[参考例4](ポリアリーレンスルフィドオリゴマーの調製)
参考例3の加圧濾過操作によって得られた濾過ケークを50g分取し、これにイオン交換水400gを加えて分散させ、70℃で15分撹拌した後得られた固形分を真空乾燥機70℃で3時間処理して乾燥固体を得た。、平均目開き10〜16μmのガラスフィルターで吸引濾過する操作を計4回繰り返した。得られた固形分を真空乾燥機70℃で一晩処理して乾燥固体を得た。
【0071】
得られた乾燥固体の分析の結果、本固体はポリ−p−フェニレンスルフィド成分からなり、重量平均分子量は約8000、繰り返し単位数が4〜13の環式ポリフェニレンスルフィドの含有量は1重量%未満であることがわかった。またDSC分析の結果、282℃にシャープな融解ピークが検出され、250℃への加熱においては融解せずに固形分で存在することがわかった。
【0072】
[参考例5](ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの成形1)
参考例2で得られたポリアリーレンスルフィドプレポリマーを、NMPに20重量%の濃度になるよう混合し、窒素雰囲気下で150℃に加熱撹拌することで均一状態の溶液を得た。次いで冷却したまま100℃に冷却したところ、粘性をおびた均一溶液(不溶部なし)となった。100℃に加熱したホットプレート上にアルミ箔をセットし、上記で得られた溶液を0.1mmの厚さになるようにスパイラルバーコーターで塗布した後、熱風乾燥機にて150℃で1時間加熱した後、さらに120℃の真空乾燥機にて1晩乾燥した。アルミ箔上の固形分の一部を分取して分析した結果、繰り返し単位数が4〜13の環式ポリフェニレンスルフィドが97重量%、NMPが約1重量%含まれることがわかった。
【0073】
[参考例6](ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの成形2)
参考例3で得られたポリアリーレンスルフィドプレポリマーを用いた以外は参考例5と同様に行い、アルミ箔上にポリアリーレンスルフィドの成形体を得た。アルミ箔上の固形分の一部を分取して分析した結果、繰り返し単位数が4〜13の環式ポリフェニレンスルフィドが90重量%、NMPが約1重量%含まれることがわかった。
【0074】
[参考例7](ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの成形3)
参考例3で得られたポリアリーレンスルフィドプレポリマーを試験管に仕込み、試験管内を窒素置換した。次いで試験管内を50kPa以下に保ち、250℃に保持したオイルバスに試験管をセットした。加熱にともなってポリアリーレンスルフィドプレポリマーが溶解したため、溶解が始まった段階で撹拌を開始し、均一な融液を得た。次いでオイルバスの設定温度を150℃としたところ、150℃で安定した段階でもポリアリーレンスルフィドは融液の状態を保っていた。150℃に加熱したホットプレート上にアルミ箔をセットし、上記で得られた溶液を0.1mmの厚さになるようにスパイラルバーコーターで塗布した後、室温まで冷却しアルミ箔上にポリアリーレンスルフィドの成形体を得た。アルミ箔上の固形分の一部を分取して分析した結果、繰り返し単位数が4〜13の環式ポリフェニレンスルフィドが89重量%、NMPは痕跡量であることわかった。
【0075】
[実施例1]
参考例5で得られたポリアリーレンスルフィドプレポリマーの成形品を、300℃に温調した熱風乾燥機に入れ、酸化性雰囲気である大気雰囲気で30分処理し、膜厚約30μmの褐色フィルムを得た。
【0076】
得られたフィルムの靭性は高く、大部分はアルミ箔から剥離することが困難なほど強く接着していた。アルミ箔から剥離できた一部については、フィルム形態を保持し破れを生じなかった。アルミ箔から剥離したフィルムについて、赤外分光分析における吸収スペクトルよりポリフェニレンスルフィド単位からなる化合物であることがわかった。このPPS中に含まれる環式ポリフェニレンスルフィドは1重量%以下、大部分が溶媒に不溶であることがわかった(前述の不溶部測定法では、不溶部率100%以上となり不溶部率の算出が困難であった)。また、不溶部測定において回収された濾液部分の分析から、得られたPPS成分の1−クロロナフタレン可溶部分の重量平均分子量は1.3万、分散度は3.1であった。
【0077】
[比較例1]
参考例5で得られたポリアリーレンスルフィドプレポリマーの成形品を、300℃に温調した熱風乾燥機に入れ、非酸化性雰囲気下である窒素雰囲気下で30分処理した。
【0078】
アルミ箔上の成分は極めてもろく、アルミ箔からの剥離に際し粉末状になった。アルミ箔から剥離した成分を分析した結果、環式ポリフェニレンスルフィドを約80重量%含み、溶媒不溶部の測定においては全溶であった。また、分子量測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドに相当する分子量約1000の成分と、重量平均分子量は4.2万、分散度は1.8のポリマーが検出された。
【0079】
本発明におけるポリアリーレンスルフィドの望ましい製造法である実施例1と比較例1の比較より、本発明の方法では、短い処理時間で耐薬品性及び機械的特性に優れるポリアリーレンスルフィドが得られることがわかる。
【0080】
[実施例2]
参考例6で得られたポリアリーレンスルフィドプレポリマーの成形品を用いた以外は実施例1と同様にしてポリアリーレンスルフィドの製造を実施し、膜厚約30μmの褐色フィルムを得た。
【0081】
得られたフィルムの特性は実施例1と同等であり、参考例6のポリアリーレンスルフィドを用いた場合でも、短い処理時間で耐薬品性及び機械的特性に優れるポリアリーレンスルフィドが得られることがわかった。
【0082】
[実施例3]
参考例7で得られたポリアリーレンスルフィドプレポリマーの成形品を用いて、加熱処理条件を275℃、2時間とした以外は実施例1と同様にしてポリアリーレンスルフィドの製造を実施し、膜厚約70μmの褐色フィルムを得た。
得られたフィルムの靭性は高く、アルミ箔から剥離できた部分については、フィルム形態を保持し破れを生じなかった。アルミ箔から剥離したフィルムについて、赤外分光分析における吸収スペクトルよりポリフェニレンスルフィド単位からなる化合物であることがわかった。このPPS中に含まれる環式ポリフェニレンスルフィドは約4重量%で、溶媒不溶部は約32%であった。
【0083】
[比較例2]
参考例4で得られたポリアリーレンスルフィドオリゴマーを用いて、参考例5と同様にNMPを用いた塗膜成形を実施したところ、NMPの均一溶液は得られず、アルミ箔上の塗膜も不均一な状態であった。得られた成形体を用いて実施例3と同様に加熱処理を実施した。得られた成形体は茶褐色に変色していたが、加熱前の形態と類似であった。また、アルミ箔からの離型に際しては粉末状ではがれ落ち、成形体を得ることはできなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
環式ポリアリーレンスルフィドを少なくとも50重量%以上含み、且つ重量平均分子量が10,000未満であるポリアリーレンスルフィドプレポリマーを酸化性雰囲気下で加熱することを特徴とするポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項2】
ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの重量平均分子量が5,000未満であることを特徴とする請求項1に記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項3】
ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの融解温度が275℃以下であることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項4】
加熱をポリアリーレンスルフィドプレポリマーが溶融する温度で行うことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項5】
環式ポリアリーレンスルフィドが一般式(1)で表される混合物であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【化1】

(式中、Arはアリーレン基を表し、mは2〜50の整数である)
【請求項6】
ポリアリーレンスルフィドプレポリマーを加熱する際にポリアリーレンスルフィドプレポリマーが接する気相における酸素濃度が5体積%を超えることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項7】
加熱温度が250℃を超える温度であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項8】
得られるポリアリーレンスルフィドに含まれる環式ポリアリーレンスルフィドが20重量%以下であることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項9】
得られるポリアリーレンスルフィドが常圧条件下で有機溶剤に不溶であることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項10】
得られるポリアリーレンスルフィドが架橋ポリアリーレンスルフィドであることを特徴とする請求項1〜9のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項11】
ポリアリーレンスルフィドプレポリマーの薄膜を加熱することを特徴とする請求項1〜10のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。

【公開番号】特開2012−116918(P2012−116918A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−266556(P2010−266556)
【出願日】平成22年11月30日(2010.11.30)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】