説明

ポリエステル樹脂の湿熱劣化挙動の予測方法

【課題】ポリエステル樹脂の湿熱劣化挙動を容易且つ高精度で予測可能なポリエステル樹脂の湿熱劣化挙動の予測方法を提供すること。
【解決手段】1)標準条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数kを求め、2)標準条件から温度条件が変化した場合の加水分解反応速度定数ktを求めて温度係数Ct(kt/k)の検量線1を作成し、3)標準条件から相対湿度条件が変化した場合の加水分解反応速度定数khを求めて湿度係数Ch(kh/k)の検量線2を作成し、4)湿熱劣化挙動を予測すべき条件の温度係数Ct、湿度係数Chをそれぞれ検量線1、検量線2から読み取り、5)基準条件の温度係数Ct、湿度係数Chをそれぞれ検量線1、検量線2から読み取り、6)基準条件にて測定された、暴露時間及び特定の物性の関係に関するデータの暴露時間を(Ct×Ch)/(Ct×Ch)倍し、湿熱劣化予測用データを取得する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステル樹脂の湿熱劣化挙動の予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレート等のポリエステル樹脂や、ポリエステル樹脂にガラス繊維等の強化材や充填材を配合したポリエステル樹脂組成物が、その優れた機械的性質や加工性から、電気・電子部品、自動車用途等、多岐に渡る用途に使用されている(特許文献1及び2)。
【0003】
しかし、ポリエステル樹脂は加水分解を受けるエステル結合により構成されているため、長期にわたって使用した場合、使用環境下における湿度及び温度の影響により生じる加水分解によって、不可避的に物性が低下してしまう。
【0004】
このため、電気・電子部品や自動車用部品等の種々の用途において、ポリエステル樹脂やポリエステル樹脂組成物を用いて製造された部品の耐用期間や交換頻度を定める目的等で、ポリエステル樹脂やポリエステル樹脂組成物の湿度及び温度の影響による経時的な物性の変化に関する挙動を把握する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−155448号公報
【特許文献2】特開2004−204170号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、膨大な種類の電機・電子部品や自動車用部品が存在し、種々の部品の使用条件それぞれについて、湿度及び温度の影響による経時的な物性の変化を把握することは非常に困難である。また、各種部品を用いて実際の使用環境で物性の低下を試験することもできるが、この場合、数年から数十年の試験期間を要する場合もあり非現実的である。
【0007】
かかる事情から、例えば、高温高湿の加水分解しやすい条件での加速的な試験結果から、種々の条件について、容易且つ高精度で、ポリエステル樹脂の湿度及び温度による劣化(以下、湿熱劣化とも記す)の挙動を予測する方法が望まれている。
【0008】
本発明は以上のような課題を解決するためになされたものであり、ポリエステル樹脂の湿熱劣化挙動を、容易且つ高精度で予測可能な、ポリエステル樹脂の湿熱劣化挙動の予測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、
1)標準条件におけるポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数kを求め、
2)標準条件と相対湿度条件は同一であり温度条件が変化した場合の加水分解反応速度定数ktを求めて温度係数Ct(kt/k)に関する検量線1を作成し、
3)標準条件と温度条件は同一であり相対湿度条件が変化した場合の加水分解反応速度定数khを求めて湿度係数Ch(kh/k)に関する検量線2を作成し、
4)湿熱劣化挙動を予測すべき条件における、温度係数Ctを検量線1から読み取り、湿度係数Chを検量線2から読み取り、
5)基準条件における、温度係数Ctを検量線1から読み取り、湿度係数Chを検量線2から読み取り、
6)基準条件において測定された、暴露時間と特定の物性との関係に関するデータにおける暴露時間を〔(Ct×Ch)/(Ct×Ch)〕倍し、湿熱劣化予測用データを取得する、
ことにより、容易且つ高精度にポリエステル樹脂の湿熱劣化挙動を予測可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。具体的には本発明は以下のものを提供する。
【0010】
(1) 下記i)〜x)の手順を有する、ポリエステル樹脂の湿熱劣化挙動の予測方法。
i)ポリエステル樹脂の、初期エステル結合濃度〔A(mmol/kg)〕、及び初期末端カルボキシル基濃度〔B(mmol/kg)〕を測定する手順、
ii)温度〔Tmp(K)〕及び相対湿度〔Hum(%)〕が定められた標準条件において、所定の時間〔T(時間)〕ポリエステル樹脂を処理した場合のポリエステル樹脂の前記初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔB(mmol/kg)〕を測定する手順、
iii)前記A、前記B、前記ΔB、及び前記Tから、下式〔1〕により、標準条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔k〕を算出する手順、
【数1】

iv)前記標準条件に対して温度条件のみをTmp、Tmp、・・・Tmpに変更された少なくともm個(mは2以上の整数)の対照条件において、所定の時間〔Tt、Tt、・・・Tt(時間)〕ポリエステル樹脂を処理した場合のポリエステル樹脂の前記初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔBt、ΔBt、・・・ΔBt(mmol/kg)〕を測定する手順、
v)前記m個の対照条件それぞれについて、前記A、前記B、前記ΔBt〜ΔBt、及び前記Tt〜Ttから、下式〔2〕により、それぞれの対照条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔kt、kt、kt、・・・kt〕を算出する手順、
【数2】

vi)(Tmp,k/k)、(Tmp,kt/k)、(Tmp,kt/k)、・・・(Tmp,kt/k)から選択される3つ以上の座標データを、一方を温度に関する軸とし、他方をktのkに対する比kt/kである温度係数〔Ct〕に関する軸とする座標面にプロットし、前記温度係数〔Ct〕に関する検量線1を作成する手順、
vii)前記検量線1から湿熱劣化を予測すべき条件における温度〔Tmp(K)〕での前記温度係数Ctを読み取る手順、
viii)特定の温度〔Tmp(K)〕及び標準条件と同一の相対湿度条件を定めた基準条件において測定された、基準条件での暴露時間と前記ポリエステル樹脂の物性との関係に関するデータを取得する手順、
ix)前記検量線1から前記Tmp(K)における温度係数Ctを読み取る手順、
x)前記基準条件において測定された、前記基準条件での暴露時間と前記ポリエステル樹脂の物性との関係に関するデータにおける前記暴露時間を(Ct/Ct)倍し、湿熱劣化予測用データを取得する手順。
【0011】
(2) 前記手順viii)に記載の基準条件が、前記手順ii)に記載の標準条件と同一の条件であり、前記手順ix)に記載の前記Ctが1である、(1)に記載の、湿熱劣化挙動の予測方法。
【0012】
(3) 下記I)〜X)の手順を有する、ポリエステル樹脂の湿熱劣化挙動の予測方法。
I)ポリエステル樹脂の、初期エステル結合濃度〔A(mmol/kg)〕、及び初期末端カルボキシル基濃度〔B(mmol/kg)〕を測定する手順、
II)温度〔Tmp(K)〕及び相対湿度〔Hum(%)〕が定められた標準条件において、所定の時間〔T(時間)〕ポリエステル樹脂を処理した場合のポリエステル樹脂の前記初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔB(mmol/kg)〕を測定する手順、
III)前記A、前記B、前記ΔB、及び前記Tから、下式〔1〕により、標準条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔k〕を算出する手順、
【数3】

IV)前記標準条件に対して湿度条件のみをHum、Hum、・・・Humに変更された少なくともn個(nは2以上の整数)の対照条件において、所定の時間〔Th、Th、・・・Th(時間)〕ポリエステル樹脂を処理した場合のポリエステル樹脂の前記初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔBh、ΔBh、・・・ΔBh(mmol/kg)〕を測定する手順、
V)前記n個の対照条件それぞれについて、前記A、前記B、前記ΔBh〜ΔBh、及び前記Th〜Thから、下式〔3〕により、それぞれの対照条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔kh、kh、kh、・・・kh〕を算出する手順、
【数4】

VI)(Hum,k/k)、(Hum,kh/k)、(Hum,kh/k)、・・・(Hum,kh/k)から選択される3つ以上の座標データを、一方を相対湿度に関する軸とし、他方をkhのkに対する比kh/kである湿度係数〔Ch〕に関する軸とする座標面にプロットし、前記湿度係数〔Ch〕に関する検量線2を作成する手順、
VII)前記検量線2から湿熱劣化を予測すべき条件における相対湿度〔Hum(%)〕での前記湿度係数Chを読み取る手順、
VIII)標準条件と同一の温度条件及び特定の相対湿度〔Hum(%)〕を定めた基準条件において測定された、基準条件での暴露時間と前記ポリエステル樹脂の物性との関係に関するデータを取得する手順、
IX)前記検量線2から前記Hum(%)における湿度係数Chを読み取る手順、
X)前記基準条件において測定された、基準条件での暴露時間と前記特定の物性との関係に関するデータにおける前記暴露時間を(Ch/Ch)倍し、湿熱劣化予測用データを取得する手順。
【0013】
(4) 前記手順VIII)に記載の基準条件が、前記手順II)に記載の標準条件と同一の条件であり、前記手順IX)に記載の前記Chが1である、(3)に記載の、湿熱劣化挙動の予測方法。
【0014】
(5) 下記1)〜13)の手順を有する、ポリエステル樹脂の湿熱劣化挙動の予測方法。
1)ポリエステル樹脂の、初期エステル結合濃度〔A(mmol/kg)〕、及び初期末端カルボキシル基濃度〔B(mmol/kg)〕を測定する手順、
2)温度〔Tmp(K)〕及び相対湿度〔Hum(%)〕が定められた標準条件において、所定の時間〔T(時間)〕ポリエステル樹脂を処理した場合のポリエステル樹脂の前記初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔB(mmol/kg)〕を測定する手順、
3)前記A、前記B、前記ΔB、及び前記Tから、下式〔1〕により、標準条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔k〕を算出する手順、
【数5】

4)前記標準条件に対して温度条件のみをTmp、Tmp、・・・Tmpに変更された少なくともm個(mは2以上の整数)の対照条件において、所定の時間〔Tt、Tt、・・・Tt(時間)〕ポリエステル樹脂を処理した場合のポリエステル樹脂の前記初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔBt、ΔBt、・・・ΔBt(mmol/kg)〕を測定する手順、
5)前記m個の対照条件それぞれについて、前記A、前記B、前記ΔBt〜ΔBt、及び前記Tt〜Ttから、下式〔2〕により、それぞれの対照条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔kt、kt、kt、・・・kt〕を算出する手順、
【数6】

6)(Tmp,k/k)、(Tmp,kt/k)、(Tmp,kt/k)、・・・(Tmp、kt/k)から選択される3つ以上の座標データを、一方を温度に関する軸とし、他方をktのkに対する比kt/kである温度係数〔Ct〕に関する軸とする座標面にプロットし、前記温度係数〔Ct〕に関する検量線1を作成する手順、
7)前記標準条件に対して湿度条件のみをHum、Hum、・・・Humに変更された少なくともn個(nは2以上の整数)の対照条件において、所定の時間〔Th、Th、・・・Th(時間)〕ポリエステル樹脂を処理した場合のポリエステル樹脂の前記初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔBh、ΔBh、・・・ΔBh(mmol/kg)〕を測定する手順、
8)前記n個の対照条件それぞれについて、前記A、前記B、前記ΔBt〜ΔBt、及び前記Th〜Thから、下式〔3〕により、それぞれの対照条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔kh、kh、kh、・・・kh〕を算出する手順、
【数7】

9)(Hum,k/k)、(Hum,kh/k)、(Hum,kh/k)、・・・(Hum,kh/k)から選択される3つ以上の座標データを、一方を相対湿度に関する軸とし、他方をkhのkに対する比kh/kである湿度係数〔Ch〕に関する軸とする座標面にプロットし、前記湿度係数〔Ch〕に関する検量線2を作成する手順、
10)前記検量線1から湿熱劣化を予測すべき条件における温度〔Tmp(K)〕での前記温度係数Ctを読み取り、前記検量線2から湿熱劣化を予測すべき条件における湿度〔Hum)(%)〕におけるChを読み取る手順、
11)特定の温度〔Tmp(K)〕及び相対湿度〔Hum(%)〕を定めた基準条件において測定された、特定のポリエステル樹脂の物性に関する、基準条件での暴露時間と前記特定の物性の低下の関係に関するデータを取得する手順、
12)前記検量線1から前記Tmp(K)における温度係数Ctを読み取り、前記検量線2から前記Hum(%)における湿度係数Chを読み取る手順、
13)前記基準条件において測定された、基準条件での暴露時間と前記特定の物性の低下の関係に関するデータにおける暴露時間を〔(Ct×Ch)/(Ct×Ch)〕倍し、湿熱劣化予測用データを取得する手順。
【0015】
(6) 前記手順11)に記載の基準条件が、前記手順2)に記載の標準条件と同一の条件であり、前記手順12)に記載の前記Ct及び前記Chが1である、(5)に記載の、湿熱劣化挙動の予測方法。
【0016】
(7) 前記ポリエステル樹脂の物性が、引っ張り強度、引っ張り伸び、曲げ強度、曲げ弾性率、衝撃強度、熱変形温度(DTUL)、及び、これらの物性の初期物性値に対する保持率からなる群より選択される物性である、(1)から(6)いずれかに記載の湿熱劣化挙動の予測方法。
【0017】
(8) 前記ポリエステル樹脂がポリブチレンテレフタレート樹脂である、(1)から(7)いずれかに記載の湿熱劣化挙動の予測方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、例えば、高温高湿の加水分解しやすい条件での加速的な試験結果から、種々の条件について、容易且つ高精度に、ポリエステル樹脂の湿熱劣化による物性の低下に関する挙動を予測することが可能となる。
【0019】
特に、本発明においては、温度係数及び湿度係数について検量線を作成するため、基準となる物性データが取得された条件(基準条件)とは、温度条件及び相対湿度条件が異なる条件であっても、加水分解反応速度定数を測定することなく容易に湿熱劣化挙動を予測することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施例における温度係数に関する検量線を表すグラフである。
【図2】実施例における湿度係数に関する検量線を表すグラフである。
【図3】実施例における、基準条件における引っ張り強さ保持率の実測値、及び予測条件における引っ張り強さ保持率の実測値と予測値とに関するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施形態について詳細に説明するが、本発明は、以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の目的の範囲内において、適宜変更を加えて実施することができる。
【0022】
本発明は、基準条件において測定された暴露時間とポリエステル樹脂の物性との関係のデータから、ポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数から導出される係数に応じて暴露時間を変化させることにより、所望の湿熱劣化を予測したい条件における、暴露時間とポリエステル樹脂との物性との関係の予測データを取得して、ポリエステル樹脂の湿熱劣化挙動を予測することを特徴とする。以下、本発明についてポリエステル樹脂、及び、湿熱劣化挙動の予測方法について順に説明する。
【0023】
<ポリエステル樹脂>
本発明において、湿熱劣化挙動の予測の対象となるポリエステル樹脂は、ポリエステルの製造に用いる単量体の主骨格がエステル結合(−CO−O−)により連結されるものであれば特に制限されず、脂肪族単位のみから構成される脂肪族ポリエステル、芳香族単位を含む芳香族ポリエステルのいずれでもよい。
【0024】
また、本発明の方法において用いるポリエステル樹脂はエステル結合以外に、−O−、−S−、−SO−、−NH−、−CO−NH−、−CO−等の他の結合を含んでいてもよい。ポリエステル樹脂がこれらの他の結合を含む場合、ポリエステル樹脂の初期(湿熱劣化を受ける前)のエステル結合量に対して20モル%以下であるのが好ましく、10モル%以下であるのがより好ましい。
【0025】
本発明において湿熱劣化挙動の予測の対象とするポリエステル樹脂としては、芳香族ポリエステル樹脂がより好ましい。芳香族ポリエステル樹脂は脂肪族ポリエステル樹脂と比較して加水分解を受け難いため、湿熱劣化挙動の予測が困難である。このため、ポリエステル樹脂が芳香族ポリエステル樹脂である場合には、本発明による、容易且つ制度高くポリエステル樹脂の湿熱劣化挙動を予測できる効果が顕著となるからである。
【0026】
なお、本願明細書において、強化材及び/又は充填材を配合されたポリエステル樹脂組成物を「ポリエステル樹脂」とも表す。以下、ポリエステル樹脂組成物、及び、芳香族ポリエステル樹脂について順に説明する。
【0027】
〔ポリエステル樹脂組成物〕
本発明において用いるポリエステル樹脂は、本発明の目的を阻害しない範囲で種々の充填材を配合されたポリエステル樹脂組成物であってもよい。ポリエステル樹脂に充填材を配合する方法は特に制限されず、一軸押出機や二軸押出機を用いて溶融混練する方法等の公知の方法を用いることができる。
【0028】
本発明において用いる好適な充填材としては、ガラス繊維、アスベスト繊維、シリカ繊維、シリカ・アルミナ繊維、アルミナ繊維、ジルコニア繊維、窒化硼素繊維、窒化珪素繊維、硼素繊維、チタン酸カリウム繊維、金属繊維、黒鉛、シリカ、石英粉末、ガラスビーズ、ミルドガラスファイバー、ガラスバルーン、ガラス粉、珪酸カルシウム、珪酸アルミニウム、カオリン、タルク、クレー、珪藻土、ウォラストナイト、マイカ、ガラスフレーク、金属箔等が挙げられる。これらの充填材は二種以上を組み合わせて使用できる。これらの充填剤の中では、ポリエステル樹脂組成物が機械的に性質に優れたものである点で、ガラス繊維がより好ましい。以下、ガラス繊維について説明する。
【0029】
本発明においてガラス繊維は、公知のガラス繊維がいずれも好ましく用いられ、ガラス繊維径や、円筒、繭形断面、長円断面等の形状、あるいはチョップドストランドやロービング等の製造に用いる際の長さやガラスカットの方法にはよらない。本発明において用いるガラス繊維はガラスの種類にも限定されず、ガラスの種類は、Eガラスや、組成中にジルコニウム元素を含む耐腐食ガラスが好ましい。また、本発明においてポリエステル樹脂組成物中のガラス繊維の平均繊維長及び平均繊維径は特に限定されない。
【0030】
ポリエステル樹脂組成物のガラス繊維含有量は特に制限されないが、通常、ポリエステル樹脂100質量部に対し20〜100質量部用いられる。
【0031】
本発明において、ポリエステル樹脂組成物に含まれる充填材は、種々の表面処理材により処理されたものであってもよい。表面処理剤としては、従来充填剤の表面処理剤として使用されているものであれば特に制限されず、シランカップリング剤や種々の有機処理剤が好適に使用される。表面処理剤が、例えば、エポキシ基、アミノ基、ビニル基、メタクリル基等の反応性の官能基を有するものが好ましく、エポキシ基を有するものが特に好ましい。
【0032】
また、本発明において用いるポリエステル樹脂は、本発明の目的を阻害しない範囲で、
ポリエステル樹脂の他の樹脂を含むポリエステル樹脂組成物であってもよい。ポリエステル樹脂組成物に含まれるポリエステル樹脂の他の樹脂の含有量は、本発明の目的を阻害しない範囲で特に制限されないが、典型的には、ポリエステル樹脂100質量部に対して100質量部以下、より好ましくは80質量部以下、特に好ましくは50質量部以下である。本発明においてポリエステル樹脂に配合してもよい、ポリエステル樹脂の他の樹脂としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアミド、ポリアセタール、変性ポリフェニレンエーテル、ポリフェニレンスルフィド、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエーテルイミド、ポリサルフォン、ポリエーテルサルフォン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、弗素樹脂等が挙げられる。これらのポリエステル樹脂の他の樹脂は、二種以上を組み合わせてポリエステル樹脂に配合されてもよい。
【0033】
さらに、本発明において用いるポリエステル樹脂は、本発明の目的を阻害しない範囲で、核剤、着色剤、酸化防止剤、安定剤、可塑剤、滑剤、離型剤、及び、難燃剤等の種々の添加剤を含むポリエステル樹脂組成物であってもよい。
【0034】
〔芳香族ポリエステル〕
芳香族ポリエステルとは、芳香族ジカルボン酸(又はそのエステル形成誘導体)と、脂肪族グリコール(又はそのエステル形成誘導体)又は芳香族ジオール(又はそのエステル形成誘導体)とを少なくとも重合成分(モノマー)とするポリエステルである。本発明において用いる芳香族ポリエステルは、以下説明するモノマーを用いて公知の重合方法により製造したものを用いてもよく、市販のものを用いてもよい。
【0035】
芳香族ポリエステルの製造に用いる、芳香族ジカルボン、脂肪族グリコール、芳香族ジオールの他の単量体としては、脂肪族ジカルボン酸、脂環族ジカルボン酸、芳香族ジオール、ヒドロキシカルボン酸、及びラクトンからなる群より選択される1種以上のものが挙げられる。
【0036】
芳香族ポリエステルの原料として好適に使用される芳香族ジカルボン酸の例としては、テレフタル酸、イソフタル酸、フタル酸、2,6−ナフタレンジカルボン酸、4,4’−ジフェニルジカルボン酸、4,4’−ジフェノキシエーテルジカルボン酸、4,4’−ジフェニルメタンジカルボン酸、4,4’−ジフェニルケトンジカルボン酸等のC〜C16ジカルボン酸、又はこれらの反応性誘導体(例えば、低級アルキルエステル(ジメチルフタル酸、ジメチルイソフタル酸(DMI)等のフタル酸又はイソフタル酸のC〜Cアルキルエステル等)、酸クロライド、酸無水物等のエステル形成可能な誘導体)等が挙げられる。これらの中で、好ましい芳香族ジカルボン酸としては、テレフタル酸、2,6−ナフタレンジカルボン酸が挙げられる。
【0037】
脂肪族グリコールの例としては、例えば、エチレングリコール、トリメチレングリコール、1,4−ブタンジオール、プロピレングリコール、ネオペンチルグリコール、ヘキサンジオール(1,6−ヘキサンジオール等)、オクタンジオール(1,3−オクタンジオール等)、デカンジオール等の低級アルキレングリコール(C−C12アルキレングルコール、好ましくはC−C10アルキレングリコール)、ポリオキシアルキレングリコール(複数のオキシC−Cアルキレン単位を有するグリコール、例えば、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、ジテトラメチレングリコール、トリエチレングリコール、トリプロピレングリコール、ポリテトラメチレングリコール等)、又は、脂環族ジオール(例えば、1,4−シクロヘキサンジオール、1,4−シクロヘキサンジメタノール、水素化ビスフェノールA等)等が挙げられる
【0038】
芳香族ジオールの例としては、例えば、ハイドロキノン、レゾルシノール、ナフタレンジオール、4,4’−ジヒドロキシビフェニル、ビスフェノールA、キシリレングリコール等のC−C15芳香族ジオール、又はこれらの反応性誘導体(例えば、アセチル化物等のエステル形成可能な誘導体)等が挙げられる。
【0039】
脂肪族ジカルボン酸の例としては、例えば、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ウンデカンジカルボン酸、ドデカンジカルボン酸、ヘキサデカンジカルボン酸、ダイマー酸等のC〜C40ジカルボン酸、好ましくはC〜C14ジカルボン酸、又はこれらの反応性誘導体(例えば、低級アルキルエステル、酸クロライド、酸無水物等のエステル形成可能な誘導体)が挙げられる。
【0040】
脂環族ジカルボン酸の例としては、例えば、ヘキサヒドロフタル酸、ヘキサヒドロイソフタル酸、ヘキサヒドロテレフタル酸、ハイミック酸等のC〜C12ジカルボン酸、又はこれらの反応性誘導体(例えば、低級アルキルエステル、酸クロライド、酸無水物等のエステル形成可能な誘導体)が挙げられる。
【0041】
ヒドロキシカルボン酸の例としては、p−ヒドロキシ安息香酸、m−ヒドロキシ安息香酸、6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸、4−カルボキシ−4’−ヒドロキシビフェニル、4−ヒドロキシフェニル酢酸、グリコール酸、D−乳酸、L−乳酸、オキシカプロン酸等のオキシカルボン酸又はこれらの反応性誘導体(例えば、低級アルキルエステル、酸クロライド、酸無水物、アセチル化物等のエステル形成可能な誘導体)が挙げられる。
【0042】
ラクトンの例としては、プロピオラクトン、ブチロラクトン、バレロラクトン、カプロラクトン(例えば、ε−カプロラクトン等)等のC−C12ラクトン等が挙げられる。
【0043】
上記のモノマーを公知の方法により重合して得られる芳香族ポリエステルの中では、物理的性質、及び加工性のバランスに優れることから、ポリエチレンテレフタレート樹脂(PET)、ポリブチレンテレフタレート樹脂(PBT)、ポリトリメチレンテレフタレート樹脂(PTT)、ポリエチレンナフタレート樹脂(PEN)、又は、ポリブチレンナフタレート樹脂(PBN)が好ましく、ポリブチレンテレフタレート樹脂がより好ましい。
【0044】
<湿熱劣化挙動の予測方法>
次いで、本発明のポリエステル樹脂の湿熱劣化挙動の予測方法について、湿熱劣化挙動を予測すべき条件(以下予測条件とも記す)と標準条件との関係によって、予測方法1、予測方法2、予測方法3に分けて、順に説明する。
【0045】
なお、本願の明細書及び特許請求の範囲において「標準条件」とは、加水分解反応速度定数に関する検量線を作成するための基準となる、加水分解反応速度定数kを求めるための温度及び相対湿度の条件を意味し、「基準条件」とは、質熱劣化挙動を予測するための基準となるポリエステル樹脂の物性と暴露時間との関係のデータを取得するための温度及び相対湿度の条件を意味する。
【0046】
また、本発明の方法において、質熱劣化挙動の予測の対象となるポリエステル樹脂と、「標準条件」で加水分解反応速度定数を求めるポリエステル樹脂と、「基準条件」で物性と暴露時間との関係のデータを取得するポリエステル樹脂は、いずれも、同一の単量体により構成されるものであって、初期エステル結合濃度及び初期末端カルボキシル基濃度が実質的に同一であるものを用いる。また、ポリエステル樹脂が組成物である場合には、充填材の種類及び量が実質的に同一のものを用いる。
【0047】
ここで、初期エステル結合濃度、初期末端カルボキシル基濃度、及び充填材の量が実質的に同一であるとは、厳密に同一であることを意味しない。質熱劣化挙動の予測の対象となるポリエステル樹脂、「標準条件」で加水分解反応速度定数を求めるポリエステル樹脂、及び「基準条件」で物性と暴露時間との関係のデータを取得するポリエステル樹脂の平均値に対して、10%以内の値のばらつきは許容される。
【0048】
[予測方法1:予測条件が標準条件に対して温度条件のみが変化している場合]
まず、予測条件が、標準条件に対して温度条件のみが変化している場合の湿熱劣化挙動の予測方法について説明する。予測方法1は、温度条件のみが変化する場合の湿熱劣化挙動の予測方法は、以下に説明するi)〜x)の手順を有する方法である。
【0049】
手順i)は、湿熱劣化挙動の予測対象であるポリエステル樹脂の、初期エステル結合濃度〔A(mmol/kg)〕、及び初期末端カルボキシル基濃度〔B(mmol/kg)〕を測定する手順である。初期エステル結合濃度、及び初期末端カルボキシル基濃度は下記の方法に従って測定される。
【0050】
〔初期エステル結合濃度測定方法〕
ポリエステル樹脂の初期結合濃度は、その化学構造で決定される。例えば、ポリブチレンテレフタレート(PBT)の場合、繰り返し単位の式量が220.216であり、繰り返し単位中にエステル結合が2つあるので、9082(mmol/kg)と計算される。
【0051】
〔初期末端カルボキシル基濃度測定方法〕
初期末端カルボキシル基濃度は、ポリエステル樹脂を粉砕した試料をアルカリに対して安定な溶媒を用いて加熱により溶解させた後、0.01Nの水酸化ナトリウム水溶液にて滴定することで測定できる。
ポリエステル樹脂が、ポリエチレンテレフタレート樹脂(PET)、ポリブチレンテレフタレート樹脂(PBT)、ポリトリメチレンテレフタレート樹脂(PTT)、ポリエチレンナフタレート樹脂(PEN)、又は、ポリブチレンナフタレート樹脂(PBN)等の芳香族ポリエステルである場合には、溶媒としてベンジルアルコールを用いるのが好ましく、溶解条件は215℃10分が好ましい。
【0052】
手順ii)は、温度〔Tmp(K)〕及び相対湿度〔Hum(%)〕が定められた標準条件において、所定の時間〔T(時間)〕ポリエステル樹脂を処理した場合のポリエステル樹脂の前記初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔB(mmol/kg)〕を測定する手順である。
【0053】
標準条件においてポリエステル樹脂を処理する方法は、所定の温度及び相対湿度を一定時間保持できる方法であれば特に制限されず、市販の恒温恒湿装置や、オートクレーブ等の耐圧装置を用いて行うことができる。
【0054】
標準条件において所定の時間処理されたポリエステル樹脂は、手順i)と同様の方法により末端カルボキシル基濃度を測定され、初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔB(mmol/kg)〕が算出される。
【0055】
手順iii)は、A、B、ΔB、及びTから、下式〔1〕により、標準条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔k〕を算出する手順である。
【数8】

【0056】
ポリエステル樹脂の加水分解反応は、ポリエステル樹脂中の末端カルボキシル基による自己触媒反応である。このため、加水分解反応速度定数をk、初期エステル結合濃度をA、初期末端カルボキシル基濃度をBとし、初期末端カルボキシル基濃度から所定の条件でT時間処理された末端カルボキシル基の増加量をポリエステル樹脂の処理時間Tの関数x(T)とした場合、x(0)=0を条件として、末端カルボキシル基濃度の増加量について以下の式〔4〕で表される微分方程式が成り立つ。
【数9】

【0057】
そして、この微分方程式から、数式解である上式〔1〕が得られ、上式〔1〕に、初期エステル結合濃度A、初期末端カルボキシル基濃度Bとし、末端カルボキシル基濃度の増加量ΔB、及びポリエステル樹脂の処理時間Tを代入することにより、ポリエステル樹脂の標準条件における加水分解反応速度定数kを算出することができる。
【0058】
手順iv)は、標準条件に対して温度条件のみをTmp、Tmp、・・・Tmpに変更された少なくともm個(mは2以上の整数)の対照条件において、所定の時間〔Tt、Tt、・・・Tt(時間)〕ポリエステル樹脂を処理した場合のポリエステル樹脂の初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔBt、ΔBt、・・・ΔBt(mmol/kg)〕を測定する手順である。
【0059】
手順iv)における、末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔBt、ΔBt、・・・ΔBt(mmol/kg)〕の測定は、手順ii)と同様に行われる。
【0060】
手順v)は、手順iv)にて定めたm個の対照条件それぞれについて、前記A、前記B、前記ΔBt〜ΔBt、及び前記Tt〜Ttから、下式〔2〕により、それぞれの対照条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔kt、kt、kt、・・・kt〕を算出する手順である。
【数10】

【0061】
手順vi)は、手順iii)及び手順v)において求めた、k、kt、kt・・・、及びktついて、標準条件における加水分解反応速度定数kに対する比k/k、kt/k、kt/k・・・、kt/kを算出し、(Tmp,k/k)、(Tmp,kt/k)、(Tmp,kt/k)、・・・(Tmp,kt/k)から選択される3つ以上の座標データを、一方を温度に関する軸とし、他方をktのkに対する比kt/kである温度係数〔Ct〕に関する軸とする座標面にプロットし、前記温度係数〔Ct〕に関する検量線1を作成する手順である。
【0062】
上記の座標データについて、所定の形式の関数のフィッティングを行うことによって所定の形式の近似関数を求める。近似関数の形式としては特に限定されず、べき乗近似、対数近似、線形近似、多項式近似、指数近似等が挙げられる。温度と温度係数Ctとの関係を適切に表すためには指数近似が好ましい。
【0063】
検量線1をより精度の高いものとするためには(Tmp,k/k)、(Tmp,kt/k)、(Tmp,kt/k)、・・・(Tmp,kt/k)で表される座標データのうち、5点以上のデータを用いるのがより好ましく、7点以上のデータを用いるのが特に好ましい。
【0064】
手順vii)は、検量線1から湿熱劣化を予測すべき条件における温度〔Tmp(K)〕での前記温度係数Ctを読み取る手順である。検量線1からCtを読み取る方法は特に制限されず、温度の軸と、温度係数Ctに関する軸を有する座標面上に作成された検量線1から目視で読み取ってもよく、検量線1に関する近似関数にTmpを代入して、Ctを算出してもよい。
【0065】
手順viii)は、特定の温度〔Tmp(K)〕及び標準条件と同一の相対湿度条件を定めた基準条件において測定された、基準条件での暴露時間と前記ポリエステル樹脂の物性との関係に関するデータを取得する手順である。
【0066】
手順viii)において測定される、湿熱劣化挙動の予測対象となる物性は特に制限されず、種々のポリエステル樹脂の物性から所望の物性を選択すればよい。湿熱劣化挙動の予測対象となる物性として好適な物性の例としては、引っ張り強度、引っ張り伸び、曲げ強度、曲げ弾性率、衝撃強度、熱変形温度(DTUL)、及び、これらの物性の初期物性値に対する保持率等が挙げられる。
【0067】
物性の測定方法は、各測定時間において同一の方法が採用される限り特に制限されない。ポリエステル樹脂の物性の測定は、例えば、測定方法が種々の規格により規定されている場合は、ISO規格、ASTM規格、JIS規格等の規格に定められた方法に従って測定できる。
【0068】
基準条件において測定される物性データは、特定の暴露時間における1点のデータであってもよく、複数の暴露時間における複数のデータであってもよい。測定される物性データは複数のデータであるのが好ましく、3点以上のデータを用いて、暴露時間と物性に関する近似関数を求めてもよい。近似関数の形式としては特に限定されず、べき乗近似、対数近似、線形近似、多項式近似、指数近似等が挙げられる。
【0069】
本発明において、基準条件における温度はポリエステル樹脂の融点以下である限り特に制限されないが、50℃以上200℃以下が好ましく、60℃以上150℃以下がより好ましく、70℃以上130℃以下が特に好ましい。基準条件の温度が低すぎると湿熱劣化に長時間を要するため、物性の変化に関するデータを取得し難く、基準条件の温度が高すぎると、湿熱劣化が加水分解反応のみではなく高温により生じる副反応の影響を受けるため、基準条件における湿熱劣化に関するデータに基づく湿熱劣化挙動の予測が不正確となりやすい。
【0070】
基準条件における相対湿度は特に制限されないが、50%以上100%以下が好ましく、60%以上100%以下がより好ましく、70%以上100%以下が特に好ましい。相対湿度が低すぎる場合には湿熱劣化が起こり難く、物性の変化に関する正確なデータを取得し難くい。
【0071】
手順ix)は、検量線1から前記Tmp(K)における温度係数Ctを読み取る手順である。
【0072】
手順x)は、基準条件において測定された、基準条件での暴露時間と前記ポリエステル樹脂の物性との関係に関するデータにおいて、暴露時間を(Ct/Ct)倍し、湿熱劣化予測用データを取得する手順である。
【0073】
本発明の方法は、ポリエステル樹脂の湿熱劣化による物性の低下量がポリエステル樹脂におけるエステル結合の切断数の増加に伴って増加することから、ポリエステル樹脂におけるカルボキシル末端濃度の増加量をΔ[CEG]とし、Cを定数とした場合に、ポリエステル樹脂の物性の低下量をC・Δ[CEG]と近似できることに基づくものである。
【0074】
まず、ポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数をk、時間をt、初期末端カルボキシル基濃度を[CEG]とした場合に、Δ[CEG]は、k、t、及び[CEG]の関数で、Δ[CEG]=f(k,t,[CEG])と表され、この式は、加水分解の初期においてはΔ[CEG]=k・f(t,[CEG])と近似できる。
そして、ポリエステル樹脂の物性低下量は、C・Δ[CEG]=C・k・f(t,[CEG])と表される
【0075】
本発明のポリエステル樹脂の湿熱劣化挙動の予測方法は、上記のようにポリエステル樹脂の物性低下量が、加水分解反応速度定数に依存すると仮定されることに基づくものである。つまり、本発明は、特定の温度での加水分解反応速度定数が標準条件の加水分解反応速度定数に対して大きいほど湿熱劣化が標準条件よりも短時間で進行すること、即ち、湿熱劣化に要する時間はkt/kである温度係数Ctに反比例することに基づき、湿熱劣化における時間軸を温度係数Ctにより伸縮させることにより湿熱劣化挙動を予測するものである。
【0076】
従って、手順ix)において、基準条件における時間軸の値は標準条件に対して1/Ct倍となり、湿熱劣化挙動を予測したい条件における時間軸の値は標準条件に対して1/Ct倍となることから、基準条件において測定した暴露時間とポリエステル樹脂の物性との関係に関するデータにおいて、暴露時間を(Ct/Ct)倍することにより、所望の湿熱劣化を予測したい条件における、暴露時間とポリエステル樹脂との物性との関係の予測データを取得することができる。
【0077】
手順x)で得られた、暴露時間とポリエステル樹脂との物性との関係の予測データによれば、湿熱劣化を予測したい条件における、物性が特定量低下するまでの時間や、特定の時間経過後のポリエステル樹脂の物性を容易に知ることができる。
【0078】
なお、予測方法1において、標準条件と基準条件とが同一の条件である場合には、加水分反応解速度定数を求めるためのポリエステル樹脂の処理操作と、基準条件においてポリエステル樹脂の物性を経時変化させる暴露操作とを同一の条件で運転される同一の装置にて行うことができるため好ましい。
【0079】
[予測方法2:予測条件が標準条件に対して相対湿度条件のみが変化している場合]
次に、予測条件が、標準条件に対して相対湿度条件のみが変化している場合の湿熱劣化挙動の予測方法について説明する。予測方法2は、以下に説明するI)〜X)の手順を有する方法である。
【0080】
手順I)は、湿熱劣化挙動の予測対象であるポリエステル樹脂の、初期エステル結合濃度〔A(mmol/kg)〕、及び初期末端カルボキシル基濃度〔B(mmol/kg)〕を測定する手順である。初期エステル結合濃度、及び初期末端カルボキシル基濃度は予測方法1の手順i)と同様の方法で測定される。
【0081】
手順II)は、温度〔Tmp(K)〕及び相対湿度〔Hum(%)〕が定められた標準条件において、所定の時間〔T(時間)〕ポリエステル樹脂を処理した場合のポリエステル樹脂の前記初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔB(mmol/kg)〕を測定する手順である。
【0082】
標準条件においてポリエステル樹脂を処理する方法は、所定の温度及び相対湿度を一定時間保持できる方法であれば特に制限されず、市販の恒温恒湿装置や、オートクレーブ等の耐圧装置を用いて行うことができる。
【0083】
標準条件において所定の時間処理されたポリエステル樹脂は、手順I)と同様の方法により末端カルボキシル基濃度を測定され、初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔB(mmol/kg)〕が算出される。
【0084】
手順III)は、手順I)及びII)で得られたA、B、ΔB、及びTから、前述の式〔1〕により、標準条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔k〕を算出する手順である。
【0085】
手順IV)は、標準条件に対して相対湿度条件のみをHum、Hum、・・・Humに変更された少なくともn個(nは2以上の整数)の対照条件において、所定の時間〔Th、Th、・・・Th(時間)〕ポリエステル樹脂を暴露した場合のポリエステル樹脂の初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔBh、ΔBh、・・・ΔBht(mmol/kg)〕を測定する手順である。
【0086】
手順IV)における、末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔBh、ΔBh、・・・ΔBh(mmol/kg)〕の測定は、手順II)と同様に行われる。
【0087】
手順V)は、手順IV)にて定めたn個の対照条件それぞれについて、前記A、前記B、前記ΔBh〜ΔBh、及び前記Th〜Thから、下式〔3〕により、それぞれの対照条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔kh、kh、kh、・・・kh〕を算出する手順である。
【数11】

【0088】
手順VI)は、手順III)及び手順V)において求めた、k、kh、kh・・・、及びkhついて、標準条件における加水分解反応速度定数kに対する比k/k、kh/k、kh/k・・・、kh/kを算出し、(Hum,k/k)、(Hum,kh/k)、(Hum,kh/k)、・・・(Hum,kh/k)から選択される3つ以上の座標データを、一方を温度に関する軸とし、他方をkhのkに対する比kh/kである湿度係数〔Ch〕に関する軸とする座標面にプロットし、湿度係数〔Ch〕に関する検量線2を作成する手順である。
【0089】
上記の座標データについて、所定の形式の関数のフィッティングを行うことによって所定の形式の近似関数を求める。近似関数の形式としては特に限定されず、べき乗近似、対数近似、線形近似、多項式近似、指数近似等が挙げられる。相対湿度と湿度係数Chとの関係を適切に表すためには多項式近似が好ましい。また、相対湿度70%以上100%以下の範囲では、線形近似を用いるのがより好ましい。
【0090】
検量線2をより精度の高いものとするためには(Hum,k/k)、(Hum,kh/k)、(Hum,kh/k)、・・・(Hum,kh/k)で表される座標データのうち、5点以上のデータを用いるのがより好ましく、7点以上のデータを用いるのが特に好ましい。
【0091】
手順VII)は、検量線2から湿熱劣化を予測すべき条件における相対湿度〔Hum(%)〕での湿度係数Chを読み取る手順である。検量線2からChを読み取る方法は特に制限されず、湿度の軸と、湿度係数Chに関する軸を有する座標面上に作成された検量線2から目視で読み取ってもよく、検量線2に関する近似関数にHumを代入して、Chを算出してもよい。
【0092】
手順VIII)は、特定の湿度〔Hum(%)〕及び標準条件と同一の温度条件を定めた基準条件において測定された、基準条件での暴露時間と前記ポリエステル樹脂の物性との関係に関するデータを取得する手順である。
【0093】
手順VIII)において測定される、ポリエステル樹脂の物性、ポリエステルの物性の測定方法、及び、暴露時間と物性に関する近似関数の求め方は、予測方法1での説明と同様である。また、基準条件における温度及び相対湿度についても予測方法1で説明した通りである。
【0094】
手順IX)は、検量線2から前記Hum(%)における湿度係数Chを読み取る手順である。
【0095】
手順X)は、基準条件において測定された、基準条件での暴露時間と前記ポリエステル樹脂の物性との関係に関するデータにおいて、暴露時間を(Ch/Ch)倍し、湿熱劣化予測用データを取得する手順である。
【0096】
本発明のポリエステル樹脂の湿熱劣化挙動の予測方法は、予測方法1で説明した通り、ポリエステル樹脂の物性低下量が、加水分解反応速度定数に依存すると仮定されることに基づくものである。つまり、本発明は特定の相対湿度での加水分解反応速度定数が標準条件の加水分解反応速度定数に対して大きいほど湿熱劣化が標準条件よりも短時間で進行すること、即ち、湿熱劣化に要する時間はkh/kである湿度係数Chに反比例することに基づき、湿熱劣化における時間軸を湿度係数Chにより伸縮させることにより湿熱劣化挙動を予測するものである。
【0097】
従って、手順IX)において、基準条件における時間軸の値は標準条件に対して1/Ch倍となり、湿熱劣化挙動を予測したい条件における時間軸の値は標準条件に対して1/Ch倍となることから、基準条件において測定した暴露時間とポリエステル樹脂の物性との関係に関するデータにおいて、暴露時間を(Ch/Ch)倍することにより、所望の湿熱劣化を予測したい条件における、暴露時間とポリエステル樹脂との物性との関係の予測データを取得することができる。
【0098】
手順x)で得られた、暴露時間とポリエステル樹脂との物性との関係の予測データによれば、湿熱劣化を予測したい条件における、物性が特定量低下するまでの時間や、特定の時間経過後のポリエステル樹脂の物性を容易に知ることができる。
【0099】
なお、予測方法2において、標準条件と基準条件とが同一の条件である場合には、加水分解反応速度定数を求めるためのポリエステル樹脂の処理操作と、基準条件においてポリエステル樹脂の物性を経時変化させる暴露操作とを同一の条件で運転される同一の装置にて行うことができるため好ましい。
【0100】
[予測方法3:予測条件が標準条件に対して温度条件及び相対湿度条件が変化している場合]
次に、予測条件が、標準条件に対して温度条件及び相対湿度条件が変化している場合の湿熱劣化挙動の予測方法について説明する。予測方法3は、以下に説明する1)〜13)の手順を有する方法である。
【0101】
手順1)は、湿熱劣化挙動の予測対象であるポリエステル樹脂の、初期エステル結合濃度〔A(mmol/kg)〕、及び初期末端カルボキシル基濃度〔B(mmol/kg)〕を測定する手順である。初期エステル結合濃度、及び初期末端カルボキシル基濃度は予測方法1の手順i)と同様の方法で測定される。
【0102】
手順2)は、温度〔Tmp(K)〕及び相対湿度〔Hum(%)〕が定められた標準条件において、所定の時間〔T(時間)〕ポリエステル樹脂を処理した場合のポリエステル樹脂の前記初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔB(mmol/kg)〕を測定する手順である。
【0103】
標準条件においてポリエステル樹脂を処理する方法は、所定の温度及び相対湿度を一定時間保持できる方法であれば特に制限されず、市販の恒温恒湿装置や、オートクレーブ等の耐圧装置を用いて行うことができる。
【0104】
標準条件において所定の時間処理されたポリエステル樹脂は、手順1)と同様の方法により末端カルボキシル基濃度を測定され、初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔB(mmol/kg)〕が算出される。
【0105】
手順3)は、手順1)及び2)で得られたA、B、ΔB、及びTから、前述の式〔1〕により、標準条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔k〕を算出する手順である。
【0106】
手順4)は、標準条件に対して温度条件のみをTmp、Tmp、・・・Tmpに変更された少なくともm個(mは2以上の整数)の対照条件において、所定の時間〔Tt、Tt、・・・Tt(時間)〕ポリエステル樹脂を処理した場合のポリエステル樹脂の初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔBt、ΔBt、・・・ΔBt(mmol/kg)〕を測定する手順である。
【0107】
手順4)における、末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔBt、ΔBt、・・・ΔBt(mmol/kg)〕の測定は、手順2)と同様に行われる。
【0108】
手順5)は、手順4)にて定めたm個の対照条件それぞれについて、A、B、ΔBt〜ΔBt、及びTt〜Ttから、前述の式〔2〕により、それぞれの対照条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔kt、kt、kt、・・・kt〕を算出する手順である。
【0109】
手順6)は、手順3)及び手順5)において求めた、k、kt、kt・・・、及びktついて、標準条件における加水分解反応速度定数kに対する比k/k、kt/k、kt/k・・・、kt/kを算出し、(Tmp,k/k)、(Tmp,kt/k)、(Tmp,kt/k)、・・・(Tmp,kt/k)から選択される3つ以上の座標データを、一方を温度に関する軸とし、他方をktのkに対する比kt/kである温度係数〔Ct〕に関する軸とする座標面にプロットし、前記温度係数〔Ct〕に関する検量線1を作成する手順である。
【0110】
上記の座標データについて、所定の形式の関数のフィッティングを行うことによって所定の形式の近似関数を求める。近似関数の形式としては特に限定されず、べき乗近似、対数近似、線形近似、多項式近似、指数近似等が挙げられる。温度と温度係数Ctとの関係を適切に表すためには指数近似が好ましい。
【0111】
検量線1をより精度の高いものとするためには(Tmp,k/k)、(Tmp,kt/k)、(Tmp,kt/k)、・・・(Tmp,kt/k)で表される座標データのうち、5点以上のデータを用いるのがより好ましく、7点以上のデータを用いるのが特に好ましい。
【0112】
手順7)は、標準条件に対して相対湿度条件のみをHum、Hum、・・・Humに変更された少なくともn個(nは2以上の整数)の対照条件において、所定の時間〔Th、Th、・・・Th(時間)〕ポリエステル樹脂を処理した場合のポリエステル樹脂の初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔBh、ΔBh、・・・ΔBht(mmol/kg)〕を測定する手順である。
【0113】
手順7)における、末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔBh、ΔBh、・・・ΔBh(mmol/kg)〕の測定は、手順2)と同様に行われる。
【0114】
手順8)は、手順7)にて定めたn個の対照条件それぞれについて、A、B、ΔBh〜ΔBh、及びTh〜Thから、前述の式〔3〕により、それぞれの対照条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔kh、kh、kh、・・・kh〕を算出する手順である。
【0115】
手順9)は、手順3)及び手順8)において求めた、k、kh、kh・・・、及びkhついて、標準条件における加水分解反応速度定数kに対する比k/k、kh/k、kh/k・・・、kh/kを算出し、(Hum,k/k)、(Hum,kh/k)、(Hum,kh/k)、・・・(Hum,kh/k)から選択される3つ以上の座標データを、一方を温度に関する軸とし、他方をkhのkに対する比kh/kである湿度係数〔Ch〕に関する軸とする座標面にプロットし、湿度係数〔Ch〕に関する検量線2を作成する手順である。
【0116】
上記の座標データについて、所定の形式の関数のフィッティングを行うことによって所定の形式の近似関数を求める。近似関数の形式としては特に限定されず、べき乗近似、対数近似、線形近似、多項式近似、指数近似等が挙げられる。相対湿度と湿度係数Chとの関係を適切に表すためには多項式近似が好ましい。また、相対湿度70%以上100%以下の範囲では、線形近似を用いるのがより好ましい。
【0117】
検量線2をより精度の高いものとするためには(Hum,k/k)、(Hum,kh/k)、(Hum,kh/k)、・・・(Hum,kh/k)で表される座標データのうち、5点以上のデータを用いるのがより好ましく、7点以上のデータを用いるのが特に好ましい。
【0118】
手順10)は、検量線1から湿熱劣化を予測すべき条件における温度〔Tmp(K)〕での温度係数Ctを読み取り、検量線2から湿熱劣化を予測すべき条件における相対湿度〔Hum(%)〕での湿度係数Chを読み取る手順である。検量線1及び2からCt及びChを読み取る方法は特に制限されず、温度又は湿度の軸と、温度係数Ct又は湿度係数Chに関する軸とを有する座標面上に作成された検量線1及び2から目視で読み取ってもよく、検量線1及び2に関する近似関数に、それぞれTmp又はHumを代入して、Ct又はChを算出してもよい。
【0119】
手順11)は、特定の温度〔Tmp(K)〕及び相対湿度〔Hum(%)〕を定めた基準条件において測定された、基準条件での暴露時間と前記ポリエステル樹脂の物性との関係に関するデータを取得する手順である。
【0120】
手順11)において測定される、ポリエステル樹脂の物性、ポリエステルの物性の測定方法、及び、暴露時間と物性に関する近似関数の求め方は、予測方法1での説明と同様である。また、基準条件における温度及び相対湿度についても予測方法1で説明した通りである。
【0121】
手順12)は、検量線1からTmp(K)における温度係数Ctを読み取り、検量線2からHum(%)における湿度係数Chを読み取る手順である。
【0122】
手順13)は、基準条件において測定された、基準条件での暴露時間と特定の物性の低下の関係に関するデータにおける暴露時間を〔(Ct×Ch)/(Ct×Ch)〕倍し、湿熱劣化予測用データを取得する手順である。
【0123】
本発明のポリエステル樹脂の湿熱劣化挙動の予測方法は、予測方法1で説明した通り、ポリエステル樹脂の物性低下量が、加水分解反応速度定数に依存すると仮定されることに基づくものである。つまり、予測方法1及2で説明したとおり、本発明は湿熱劣化に要する時間が、kt/kである温度係数Ct及びkh/kである湿度係数Chに反比例することに基づき、湿熱劣化における時間軸を温度係数Ct及び湿度係数Chにより伸縮させることにより湿熱劣化挙動を予測するものである。
【0124】
従って、手順13)において、基準条件における時間軸の値は標準条件に対して1/(Ct×Ch)倍となり、湿熱劣化挙動を予測したい条件における時間軸の値は標準条件に対して1/(Ct×Ch)倍となることから、基準条件において測定した暴露時間とポリエステル樹脂の物性との関係に関するデータにおいて、暴露時間を〔(Ct×Ch)/(Ct×Ch)〕倍することにより、所望の湿熱劣化を予測したい条件における、暴露時間とポリエステル樹脂との物性との関係の予測データを取得することができる。
【0125】
なお、予測方法3において、標準条件と基準条件とが同一の条件である場合には、加水分解反応速度定数と求めるためのポリエステル樹脂の処理操作と、基準条件においてポリエステル樹脂の物性を経時変化させる暴露操作とを同一の条件で運転される同一の装置にて行うことができるため好ましい。
【0126】
以上、予測方法1〜3について説明したように、本発明によれば、特定の基準条件におけるポリエステル樹脂の物性と暴露時間の関係のデータさえあれば、基準条件におけるポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数kに基づき、温度係数Ct及び湿度係数Chに関する検量線を作成することによって、容易且つ高精度に、ポリエステル樹脂の湿熱劣化挙動を予測することが可能となる。
【実施例】
【0127】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0128】
〔実施例〕
ポリエステル樹脂として、ポリブチレンテレフタレート樹脂(PBT)を用いた。
PBT:固有粘度0.69のポリブチレンテレフタレートにガラス繊維を30重量%配合
引っ張り試験のための引張試験片は、一般的な条件で射出成形により作成した。
【0129】
<初期エステル結合濃度の測定>
ポリエステル樹脂の初期結合濃度は、その化学構造で決定される。例えば、ポリブチレンテレフタレート(PBT)の場合、繰り返し単位の式量が220.216であり、繰り返し単位中にエステル結合が2つあるので、9082(mmol/kg)と計算された。
【0130】
<初期末端カルボキシル基濃度の測定>
上記のPBTの粉砕試料5gを、ベンジルアルコール100gを用いて、215℃10分の条件にて溶解させ、0.01Nの水酸化ナトリウム水溶液にて滴定し、PBTの試料の末端カルボキシル基濃度を測定した。その結果、PBTの試料の初期末端カルボキシル基濃度は20mmol/kgであった。
【0131】
<末端カルボキシル基濃度の増加量の測定>
上記のPBTの試料を、温度353K、相対湿度95%を標準条件として、300時間処理した。処理後のPBTの試料について、初期エステル結合濃度の測定方法と同様にして、末端カルボキシル基濃度を測定し、末端カルボキシル基濃度の増加量を測定した。末端カルボキシル基濃度の増加量は25mmol/kgであった。
【0132】
<温度係数に関する検量線1の作成>
標準条件に対して、温度条件を、358K、348K、333K、及び318Kに変更し、標準条件における加水分解反応速度定数kと同様にして、それぞれの条件における加水分解反応速度定数を求めた。それぞれの条件における加水分解反応速度定数と、それぞれの加水分解反応速度定数のkに対する比Ct(温度係数)を表1に記す。
【0133】
【表1】

【0134】
表1のデータに基づき、縦軸をCtに関する軸とし、横軸を温度に関する軸として、指数近似によりCtに関する検量線1を作成した。なお、縦軸は対数軸とした。検量線1を図1に示す。
【0135】
<湿度係数に関する検量線2の作成>
標準条件に対して、相対湿度条件を、85(%)、65(%)、及び45(%)に変更し、標準条件における加水分解反応速度定数kと同様にして、それぞれの条件における加水分解反応速度定数を求めた。それぞれの条件における加水分解反応速度定数と、それぞれの加水分解反応速度定数のkに対する比Ch(湿度係数)を表2に記す。
【0136】
【表2】

【0137】
表2のデータに基づき、縦軸をChに関する軸とし、横軸を相対湿度に関する軸として、多項式近似によりChに関する検量線2を作成した。検量線2を図2に示す。
【0138】
<基準条件における物性値の測定>
標準条件と同一の条件を基準条件として調えた環境中に引張試験片を暴露し、引っ張り強さの保持率を表3に記載の暴露時間に対して測定した。引っ張り強さ保持率の測定はASTM D638に従い行った。また、温度333K、相対湿度95%における引っ張り強さの保持率を表3に記載の暴露時間に対して測定した。
引っ張り強さの保持率について、基準条件(温度353K、相対湿度95%)における測定値、予測条件(温度333K、相対湿度95%)における測定値、及び、基準条件における測定値から、図1の検量線から導いた温度係数により推定した、予測条件における推定値に関する、湿熱劣化に関するグラフを図3に記す。
【0139】
なお、図1の検量線から60℃における温度係数Ctは0.13であることがわかり、標準条件と基準条件とが同条件であることから基準条件の温度係数Ctは1であることがわかる。このため、基準条件(温度353K、相対湿度95%)での引っ張り強さの保持率の湿熱劣化に関する曲線の時間軸を(Ct/Ct)=7.69倍して、予測条件(温度333K、相対湿度95%)において推定される、引っ張り強さの保持率の湿熱劣化に関する曲線を作成した。基準条件における引っ張り強さの測定値から推定される、各引っ張り強さ保持率における推定暴露時間を表に4に記す。また、予測条件における、引っ張り強さ保持率の実測値を表5に記す。
【0140】
【表3】

【0141】
【表4】

【0142】
【表5】

【0143】
表3に記載のデータから作成した、温度333K、相対湿度95%における引っ張り強さ保持率の実測値と予測値に関するグラフを、図3に示す。
【0144】
図3によれば、基準条件(温度353K、相対湿度95%)における引っ張り強さ保持率と暴露時間との関係のデータと温度係数とにより予測した予測条件(温度333K、相対湿度95%)における引っ張り強さ保持率が、予測条件における引っ張り強さ保持率の実測値とほぼ一致しており、本発明の方法により、湿熱劣化挙動を容易且つ高精度で予測できることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記i)〜x)の手順を有する、ポリエステル樹脂の湿熱劣化挙動の予測方法。
i)ポリエステル樹脂の、初期エステル結合濃度〔A(mmol/kg)〕、及び初期末端カルボキシル基濃度〔B(mmol/kg)〕を測定する手順、
ii)温度〔Tmp(K)〕及び相対湿度〔Hum(%)〕が定められた標準条件において、所定の時間〔T(時間)〕ポリエステル樹脂を処理した場合のポリエステル樹脂の前記初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔB(mmol/kg)〕を測定する手順、
iii)前記A、前記B、前記ΔB、及び前記Tから、下式〔1〕により、標準条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔k〕を算出する手順、
【数1】

iv)前記標準条件に対して温度条件のみをTmp、Tmp、・・・Tmpに変更された少なくともm個(mは2以上の整数)の対照条件において、所定の時間〔Tt、Tt、・・・Tt(時間)〕ポリエステル樹脂を処理した場合のポリエステル樹脂の前記初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔBt、ΔBt、・・・ΔBt(mmol/kg)〕を測定する手順、
v)前記m個の対照条件それぞれについて、前記A、前記B、前記ΔBt〜ΔBt、及び前記Tt〜Ttから、下式〔2〕により、それぞれの対照条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔kt、kt、kt、・・・kt〕を算出する手順、
【数2】

vi)(Tmp,k/k)、(Tmp,kt/k)、(Tmp,kt/k)、・・・(Tmp,kt/k)から選択される3つ以上の座標データを、一方を温度に関する軸とし、他方をktのkに対する比kt/kである温度係数〔Ct〕に関する軸とする座標面にプロットし、前記温度係数〔Ct〕に関する検量線1を作成する手順、
vii)前記検量線1から湿熱劣化を予測すべき条件における温度〔Tmp(K)〕での前記温度係数Ctを読み取る手順、
viii)特定の温度〔Tmp(K)〕及び標準条件と同一の相対湿度条件を定めた基準条件において測定された、基準条件での暴露時間と前記ポリエステル樹脂の物性との関係に関するデータを取得する手順、
ix)前記検量線1から前記Tmp(K)における温度係数Ctを読み取る手順、
x)前記基準条件において測定された、前記基準条件での暴露時間と前記ポリエステル樹脂の物性との関係に関するデータにおける前記暴露時間を(Ct/Ct)倍し、湿熱劣化予測用データを取得する手順。
【請求項2】
前記手順viii)に記載の基準条件が、前記手順ii)に記載の標準条件と同一の条件であり、前記手順ix)に記載の前記Ctが1である、請求項1に記載の、湿熱劣化挙動の予測方法。
【請求項3】
下記I)〜X)の手順を有する、ポリエステル樹脂の湿熱劣化挙動の予測方法。
I)ポリエステル樹脂の、初期エステル結合濃度〔A(mmol/kg)〕、及び初期末端カルボキシル基濃度〔B(mmol/kg)〕を測定する手順、
II)温度〔Tmp(K)〕及び相対湿度〔Hum(%)〕が定められた標準条件において、所定の時間〔T(時間)〕ポリエステル樹脂を処理した場合のポリエステル樹脂の前記初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔB(mmol/kg)〕を測定する手順、
III)前記A、前記B、前記ΔB、及び前記Tから、下式〔1〕により、標準条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔k〕を算出する手順、
【数3】

IV)前記標準条件に対して湿度条件のみをHum、Hum、・・・Humに変更された少なくともn個(nは2以上の整数)の対照条件において、所定の時間〔Th、Th、・・・Th(時間)〕ポリエステル樹脂を処理した場合のポリエステル樹脂の前記初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔBh、ΔBh、・・・ΔBh(mmol/kg)〕を測定する手順、
V)前記n個の対照条件それぞれについて、前記A、前記B、前記ΔBh〜ΔBh、及び前記Th〜Thから、下式〔3〕により、それぞれの対照条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔kh、kh、kh、・・・kh〕を算出する手順、
【数4】

VI)(Hum,k/k)、(Hum,kh/k)、(Hum,kh/k)、・・・(Hum,kh/k)から選択される3つ以上の座標データを、一方を相対湿度に関する軸とし、他方をkhのkに対する比kh/kである湿度係数〔Ch〕に関する軸とする座標面にプロットし、前記湿度係数〔Ch〕に関する検量線2を作成する手順、
VII)前記検量線2から湿熱劣化を予測すべき条件における相対湿度〔Hum(%)〕での前記湿度係数Chを読み取る手順、
VIII)標準条件と同一の温度条件及び特定の相対湿度〔Hum(%)〕を定めた基準条件において測定された、基準条件での暴露時間と前記ポリエステル樹脂の物性との関係に関するデータを取得する手順、
IX)前記検量線2から前記Hum(%)における湿度係数Chを読み取る手順、
X)前記基準条件において測定された、基準条件での暴露時間と前記特定の物性との関係に関するデータにおける前記暴露時間を(Ch/Ch)倍し、湿熱劣化予測用データを取得する手順。
【請求項4】
前記手順VIII)に記載の基準条件が、前記手順II)に記載の標準条件と同一の条件であり、前記手順IX)に記載の前記Chが1である、請求項3に記載の、湿熱劣化挙動の予測方法。
【請求項5】
下記1)〜13)の手順を有する、ポリエステル樹脂の湿熱劣化挙動の予測方法。
1)ポリエステル樹脂の、初期エステル結合濃度〔A(mmol/kg)〕、及び初期末端カルボキシル基濃度〔B(mmol/kg)〕を測定する手順、
2)温度〔Tmp(K)〕及び相対湿度〔Hum(%)〕が定められた標準条件において、所定の時間〔T(時間)〕ポリエステル樹脂を処理した場合のポリエステル樹脂の前記初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔB(mmol/kg)〕を測定する手順、
3)前記A、前記B、前記ΔB、及び前記Tから、下式〔1〕により、標準条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔k〕を算出する手順、
【数5】

4)前記標準条件に対して温度条件のみをTmp、Tmp、・・・Tmpに変更された少なくともm個(mは2以上の整数)の対照条件において、所定の時間〔Tt、Tt、・・・Tt(時間)〕ポリエステル樹脂を処理した場合のポリエステル樹脂の前記初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔBt、ΔBt、・・・ΔBt(mmol/kg)〕を測定する手順、
5)前記m個の対照条件それぞれについて、前記A、前記B、前記ΔBt〜ΔBt、及び前記Tt〜Ttから、下式〔2〕により、それぞれの対照条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔kt、kt、kt、・・・kt〕を算出する手順、
【数6】

6)(Tmp,k/k)、(Tmp,kt/k)、(Tmp,kt/k)、・・・(Tmp、kt/k)から選択される3つ以上の座標データを、一方を温度に関する軸とし、他方をktのkに対する比kt/kである温度係数〔Ct〕に関する軸とする座標面にプロットし、前記温度係数〔Ct〕に関する検量線1を作成する手順、
7)前記標準条件に対して湿度条件のみをHum、Hum、・・・Humに変更された少なくともn個(nは2以上の整数)の対照条件において、所定の時間〔Th、Th、・・・Th(時間)〕ポリエステル樹脂を処理した場合のポリエステル樹脂の前記初期末端カルボキシル基濃度に対する末端カルボキシル基濃度の増加量〔ΔBh、ΔBh、・・・ΔBh(mmol/kg)〕を測定する手順、
8)前記n個の対照条件それぞれについて、前記A、前記B、前記ΔBt〜ΔBt、及び前記Th〜Thから、下式〔3〕により、それぞれの対照条件でのポリエステル樹脂の加水分解反応速度定数〔kh、kh、kh、・・・kh〕を算出する手順、
【数7】

9)(Hum,k/k)、(Hum,kh/k)、(Hum,kh/k)、・・・(Hum,kh/k)から選択される3つ以上の座標データを、一方を相対湿度に関する軸とし、他方をkhのkに対する比kh/kである湿度係数〔Ch〕に関する軸とする座標面にプロットし、前記湿度係数〔Ch〕に関する検量線2を作成する手順、
10)前記検量線1から湿熱劣化を予測すべき条件における温度〔Tmp(K)〕での前記温度係数Ctを読み取り、前記検量線2から湿熱劣化を予測すべき条件における湿度〔Hum)(%)〕におけるChを読み取る手順、
11)特定の温度〔Tmp(K)〕及び相対湿度〔Hum(%)〕を定めた基準条件において測定された、特定のポリエステル樹脂の物性に関する、基準条件での暴露時間と前記特定の物性の低下の関係に関するデータを取得する手順、
12)前記検量線1から前記Tmp(K)における温度係数Ctを読み取り、前記検量線2から前記Hum(%)における湿度係数Chを読み取る手順、
13)前記基準条件において測定された、基準条件での暴露時間と前記特定の物性の低下の関係に関するデータにおける暴露時間を〔(Ct×Ch)/(Ct×Ch)〕倍し、湿熱劣化予測用データを取得する手順。
【請求項6】
前記手順11)に記載の基準条件が、前記手順2)に記載の標準条件と同一の条件であり、前記手順12)に記載の前記Ct及び前記Chが1である、請求項5に記載の、湿熱劣化挙動の予測方法。
【請求項7】
前記ポリエステル樹脂の物性が、引っ張り強度、引っ張り伸び、曲げ強度、曲げ弾性率、衝撃強度、熱変形温度(DTUL)、及び、これらの物性の初期物性値に対する保持率からなる群より選択される物性である、請求項1から6いずれかに記載の湿熱劣化挙動の予測方法。
【請求項8】
前記ポリエステル樹脂がポリブチレンテレフタレート樹脂である、請求項1から7いずれかに記載の湿熱劣化挙動の予測方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−169810(P2011−169810A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−34971(P2010−34971)
【出願日】平成22年2月19日(2010.2.19)
【出願人】(390006323)ポリプラスチックス株式会社 (302)
【Fターム(参考)】