説明

ポリスルホン系選択透過膜、およびその製造方法

【課題】抗酸化性に優れ、且つ実用強度を有し、なおかつ生産合理性の高い選択透過膜、ならびにその製造方法を提供する。
【解決手段】ポリスルホン系樹脂、親水性高分子および脂溶性抗酸化剤からなる選択透過膜であって、該膜は1g当たり脂溶性抗酸化剤を30〜76mg含有し、膜表面に存在する脂溶性抗酸化剤の総和が膜1g当たり4〜25mgであることを特徴とするポリスルホン系選択透過膜、および、ポリスルホン系樹脂と親水性高分子と脂溶性抗酸化剤からなる選択透過膜の製造方法であって、1g当たり脂溶性抗酸化剤を30〜76mg含有する膜中間体を得た後、該膜中間体を乾燥状態で100〜180℃、0.1〜360分間加熱処理することを特徴とするポリスルホン系選択透過膜の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリスルホン系選択透過膜、およびその製造方法に関する。特に、脂溶性抗酸化剤を含んで抗酸化性に優れるポリスルホン系の選択透過膜、およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、体外血液循環の分野、血液透析、開心手術中の血液への酸素付与あるいは血漿分離等には選択透過膜を用いた中空糸型血液処理器が広く使用され、近年、特に透析膜、ガス交換膜、血液成分分離膜等の分野においては、合成高分子製選択透過膜が広く利用されている。また、単に分離膜としての役割だけでなく、生体内抗酸化作用、生体膜安定化作用、血小板凝集抑制作用などの種々の生理作用を有するビタミンEを血液透析に用いる透析膜の表面に被覆する、抗酸化性に優れた選択透過膜が提案されている(例えば、特許文献1)。しかしながら、この選択透過膜は人工臓器の組立工程後にビタミンEのコートを行うため、製造工程が煩雑で生産合理性に難があった。さらに表面上の処理のみに止まるため、膜を透過しうる物質に対してその効果を十分に発揮し得えないことからも膜全体にわたって脂溶性抗酸化剤を存在させることが望まれた。
【0003】
これらの点を改良するためにビタミンEを含有する芯液を用いて中空糸型選択透過膜を製造すること、あるいは製造した選択透過膜を、ビタミンEを含む浴に浸漬して選択透過膜全体にビタミンEを存在させる製造方法ならびに選択透過膜が提案された(特許文献2)。この方法は製造工程の合理化、ならびに膜全体にビタミンEを付与することに大きな効果があったが、膜基材内部にまではビタミンEを付与することが出来ず、選択透過膜の長期保管に際して膜を構成する高分子の酸化分解に由来する、人体に望ましくない低分子量物の溶出や、膜の強伸度の低下による選択透過膜の破断の可能性を防止するに至っていない。
【0004】
さらに特許文献2には製膜原液にビタミンEを添加することにより膜基材内部を含む膜全体にビタミンEを付与する選択透過膜、およびその製造方法も開示されている。この方法では膜基材内部にビタミンEを付与することが可能であり、長期保管での先の懸念を払拭できる可能性があった。しかしながら、本発明者らの知見によれば、特に疎水性樹脂を基材ポリマーとする膜の場合、十分な抗酸化性を選択透過膜に付与するために多量のビタミンEを含有させると、得られた選択透過膜は機械的強度が低くて実用に供しうるものにならず、逆に、実用強度を維持できるビタミンE含有量に留めると、十分な抗酸化性を選択透過膜に付与できなかった。これは、基材ポリマーのミクロドメイン界面にビタミンEが偏析する結果、基材ポリマーの分子間相互作用に影響を与えるからであろうと思われる。
【0005】
このように、疎水性樹脂を基材ポリマーとする選択透過膜を脂溶性抗酸化剤で改質する際、得られた膜が、優れた抗酸化性と実用強度という相反する二つの特性を具備することはきわめて困難であった。しかしながら、疎水性樹脂の中でもポリスルホン系樹脂の膜基材ポリマーとしての需要は高まる一方であり、したがって、前記特性を具備しつつ、なおかつ生産合理性の高いポリスルホン系の選択透過膜、およびその製造方法が強く望まれていた。
【特許文献1】特開7-178166号公報
【特許文献2】特開平9-66225号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、抗酸化性に優れ、且つ実用強度を有し、なおかつ生産合理性の高いポリスルホン系選択透過膜、およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上述の問題を解決するために鋭意検討した結果、製膜原液に脂溶性抗酸化剤を添加して選択透過膜を製造するに際し、強度低下を生じない程度の脂溶性抗酸化剤を含有した選択透過膜、すなわち抗酸化性が不足気味の膜であっても、乾燥工程で特定の熱履歴を付与することによって脂溶性抗酸化剤をマイグレーションさせ、膜表面に十分な量の脂溶性抗酸化剤を発現できることを見出した。そして、これにより得られる選択透過膜が上記の課題を解決できることを見いだし、本発明に到達した。
【0008】
即ち、本発明は以下のとおりである。
(1)ポリスルホン系樹脂、親水性高分子および脂溶性抗酸化剤からなる選択透過膜であって、該膜は1g当たり脂溶性抗酸化剤を30〜76mg含有し、膜表面に存在する脂溶性抗酸化剤の総和が膜1g当たり4〜25mgであることを特徴とするポリスルホン系選択透過膜。
(2)脂溶性抗酸化剤が脂溶性ビタミンである請求項1記載のポリスルホン系選択透過膜。
(3)ポリスルホン系樹脂と親水性高分子と脂溶性抗酸化剤からなる選択透過膜の製造方法であって、1g当たり脂溶性抗酸化剤を30〜76mg含有する膜中間体を得た後、該膜中間体を乾燥状態で100〜180℃、0.1〜360分間加熱処理することを特徴とするポリスルホン系選択透過膜の製造方法。
(4)ポリスルホン系樹脂、親水性高分子、脂溶性抗酸化剤および溶剤を含む製膜原液から膜中間体を得る請求項3記載のポリスルホン系選択透過膜の製造方法。
(5)膜中間体が中空糸からなり、該膜中間体を束状態で加熱処理することを特徴とする、(3)または(4)記載のポリスルホン系選択透過膜の製造方法。
(6)膜中間体が中空糸からなり、該膜中間体を連続走行させた状態で加熱処理することを特徴とする、(3)または(4)記載のポリスルホン系選択透過膜の製造方法。
(7)脂溶性抗酸化剤が脂溶性ビタミンである(3)〜(6)記載のポリスルホン系選択透過膜の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、脂溶性抗酸化剤を含むポリスルホン系選択透過膜において、従来は両立が困難であった優れた抗酸化性と実用強度とを具備するポリスルホン系選択透過膜が得られる。また、本発明のポリスルホン系選択透過膜は脂溶性抗酸化剤を含む製膜原液から得られるので、コーティング設備等の後処理工程を必要としないため、生産合理性にも優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明におけるポリスルホン系樹脂(以下、PSf)とは、スルホン結合を有する高分子結合物の総称であり特に規定するものでないが、例を挙げると、下記式(1)〜(3)

(−Φ−SO−Φ−O−Φ−C(CH−Φ−O−) (1)
(−Φ−SO−Φ−O−) (2)
(−Φ−SO−Φ−O−Φ−Φ−O−) (3)
(−Φ−C(CH−Φ−O−CO−Φ−CO−O−) (4)

に示される繰り返し単位をもつPSfが広く市販されており、入手も容易なため好ましく用いられる。ここでΦは芳香環を、nはポリマーの繰り返し数を表す。前者の構造を持つPSfはソルベイ社より「ユーデル」の商標名で、またビー・エー・エス・エフ社より「ウルトラゾーン」の商標名で市販されており、重合度等によっていくつかの種類が存在する。なお、本発明では、式(2)に式(4)をブレンドしたポリマーアロイもポリスルホン系樹脂の範疇とする。
【0011】
本発明の親水性高分子は、ポリビニルピロリドン(以下、PVP)、ポリエチレングリコール、ポリグリコールモノエステル、デンプン及びその誘導体、カルボキシメチルセルロース、酢酸セルロースなどの水溶性セルロース誘導体が使用できる。これらを組み合わせて使用することも可能だが、紡糸の安定性やPSfとの親和性の観点から、PVPかポリエチレングリコールが好ましく用いられ、なかでもPVPの使用が最も好ましい。PVPは、N−ビニルピロリドンをビニル重合させた水溶性の高分子化合物であり、アイ・エス・ピー社より「プラスドン」の商標名で、また、ビー・エー・エス・エフ社より「コリドン」の商標名で市販されており、それぞれいくつかの分子量のものがある。
【0012】
本発明における脂溶性抗酸化剤とは還元性を有し、且つ以下に例示する製膜原液の溶媒に可溶なものであれば特に限定されないが、生体に対する安全性、適用実績が豊富な点から脂溶性ビタミン類であることが好ましい。かかる脂溶性ビタミンとしては、ビタミンA、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンKおよびユビキノン等が挙げられるが、これらの中では、ビタミンEが好適である。ビタミンEとしては、α−トコフェロール、α−酢酸トコフェロール、α−ニコチン酸トコフェロール、β−トコフェロール、γ−トコフェロール、δ−トコフェロール等が挙げられる。これらは単独で用いても良いが、混合物で用いてもよく、例えば市販のα−トコフェロールは上記ビタミンEの混合物である。さらに将来、天然物、人工物を問わず、生体に対する安全性の高い脂溶性抗酸化剤が出現すればそれを用いるのも本発明の範囲に属する。
【0013】
本発明のポリスルホン系選択透過膜は平膜でも中空糸膜でも構わないが、以下、製造方法について、中空糸膜を例として説明する。
中空糸膜の製造方法は、ポリスルホン系樹脂(PSf)と親水性高分子と脂溶性抗酸化剤及び溶剤を含む製膜原液を中空内液とともに紡糸口金から吐出する工程、吐出した原液を凝固させる工程、凝固した中空糸膜を乾燥する工程を少なくとも含む。つまり、従来一般的に知られている技術である乾湿式製膜技術を応用する。
【0014】
まず、PSfと親水性高分子と脂溶性抗酸化剤を共通溶媒に溶解し、製膜原液を調整する。特に、親水性高分子がPVPであり、脂溶性抗酸化剤がα−トコフェロールである場合、共通溶媒としては、例えば、ジメチルアセトアミド(以下、DMAc)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N−メチル−2−ピロリドン、ジメチルホルムアミド、スルホラン、ジオキサン等の溶媒、あるいは上記2種以上の混合液からなる溶媒が挙げられる。なお、孔径制御のため、製膜原液には水などの添加物を加えても良い。
【0015】
製膜原液中のPSf濃度は、製膜可能で、かつ得られた膜が膜としての性能を有するような濃度の範囲であれば特に制限されず、5〜35重量%、好ましくは10〜30重量%である。高い透水性能を達成するためには、ポリマー濃度は低い方がよく、10〜25重量%が好ましい。PVP濃度は、PSfに対するPVPの混和比率が27重量%以下、好ましくは18〜27重量%、さらに好ましくは20〜27重量%となるように調整する。PSfに対するPVPの混和比率が27重量%を超えると溶出量が増える傾向にあり、また18重量%未満では膜内表面のPVP濃度が低下し、患者の血液中の白血球濃度が急激に低下するロイコペニア症状が観察されるため好ましくない。製膜原液における脂溶性抗酸化剤の濃度は、得られる選択透過膜中の脂溶性抗酸化剤の含有が一定の範囲となるように適宜調整する必要がある。後述するように、十分な抗酸化性を発現させる為に含量は30mg以上必要であり、一方で過剰に存在すると膜の機械的強度を激減させるために76mg以下であることが必要である。
【0016】
次に、チューブインオリフィス型の紡糸口金を用い、該紡糸口金のオリフィスから製膜原液と、チューブから該製膜原液を凝固させる為の中空内液とを同時に空中に吐出させる。中空内液は水、または水を主体とした凝固液が使用でき、一般的には製膜原液に使った溶剤と水との混合溶液が好適に使用される。例えば、0〜60重量%のDMAc水溶液などが用いられる。紡糸口金から中空内液とともに吐出された製膜原液は、空走部を走行させ、紡糸口金下部に設置した水を主体とする凝固浴中へ導入、浸漬して凝固を完了させる。次いで水などによる洗浄を経て中空糸膜中間体を得る。さらに膜中間体を乾燥機に導入して乾燥後し、中空糸膜を得る。ここで膜中間体は湿潤状態で切断し、束状とした後に乾燥しても良いし、連続走行させたままで乾燥を行っても構わない。この時、中空糸膜にクリンプを付与すると、血液透析に用いる時、拡散性能発現を効率的に行うことができて好ましい。
【0017】
選択透過膜に対する脂溶性抗酸化剤の含有量は高いほど膜としての抗酸化性は高まるが、一方で含有量の増加は機械的強度の漸減を伴い、ある程度以上の含有量を境に膜の機械的強度を激減させる。この理由は定かではないが、機械的強度の減少は主に破断伸度の低下により生じる。ここから導かれる仮説としては、膜基材ポリマーのミクロドメインの界面に脂溶性抗酸化剤(例えば、ビタミンE)が偏析して界面接着力を徐々に低下させていたものが、ある含有量でほぼ全ての界面を脂溶性抗酸化剤が占めるようになり、界面接着力が急激に消失した可能性が考えられる。
【0018】
選択透過膜は使用に際し、容器に収納されてモジュール形態で用いられることが多いが、機械的強度が十分でないとモジュール製造、あるいは取り扱いの際に膜の破壊が生じる危険性がある。機械的強度は引っ張り試験から得られるタフネスで表すことが出来、選択透過膜が中空糸膜である場合、中空糸膜1本あたり1000gf・%のタフネスがあれば実用上十分である。なお、本発明でいうタフネスとは破断強力(gf)と伸度(%)を掛け合わせたものであり、測定方法については実施例の分析方法にて詳しく説明する。
【0019】
本発明者らは鋭意研究した結果、ポリスルホン系樹脂を基材ポリマーとする膜の場合は、選択透過膜1g当たりの脂溶性抗酸化剤含有量が76mg以下であればタフネスが1000gf・%を上回ることを見出した。このため、選択透過膜1g当たりの脂溶性抗酸化剤は76mg以下であることが必要である。
【0020】
本発明の選択透過膜において、その使用に際し抗酸化性を発揮するのは被処理液が接触する部分、即ち膜表面に存在する脂溶性抗酸化剤のみであり、膜基材に埋もれて被処理液と接触しない脂溶性抗酸化剤は血液成分への直接的な抗酸化効果には関与しない。ここで「膜表面」とは血液と直接接する中空糸内表面のみを指すものではなく、外表面や膜内部の多孔質部分の表面も含む。血液成分のうち血球は内表面のみとしか接しないが、蛋白などの液性成分や活性酸素などの過酸化物質は拡散により膜厚部を行き来するため、多孔部や外表面に至る全ての膜表面が抗酸化作用に寄与するのである。このため、抗酸化能力においては膜表面に存在する脂溶性抗酸化剤の量が問題となる。
【0021】
膜表面に存在する脂溶性抗酸化剤の量は、例えば膜を金属塩水溶液と接触させ、還元された金属イオンを定量することや、界面活性剤を含んだ水で膜表面の脂溶性抗酸化剤のみを抽出し、液体クロマトグラフィーなどで定量したりすることで評価できる。前者の例として、塩化鉄(III)水溶液との反応を利用した定量法は、膜表面の脂溶性抗酸化剤を過不足なく検出すると考えられるので、本発明ではこの方法により定量する。測定方法については、実施例にて詳細に説明する。一方で、よく知られている方法であるアルコール水溶液を用いた抽出方法は、アルコール濃度が高いと膜基材を膨潤させて表面のみならず膜基材に埋没している脂溶性抗酸化剤まで抽出してしまい、一方でアルコール濃度が低いと脂溶性抗酸化剤を抽出液に溶解することが出来ないなど、本発明の選択透過膜の評価には不向きである。
【0022】
本発明者らが行った人新鮮血と選択透過膜接触膜の接触実験によれば、通常の選択透過膜に対して本発明の選択透過膜が抗酸化作用において優位性を示すには、膜1gあたり4mg以上の脂溶性抗酸化剤が表面に存在することが必要である。本発明では、抗酸化作用において優位性を示すとは、人新鮮血と膜を接触させる抗酸化性能の試験により、通常の選択透過膜(脂溶性抗酸化剤を含まない膜)に対してn=3の試験において、危険率5%で有意差をもって高い抗酸化性を示すことをいう。本発明における抗酸化性能の試験は実施例の分析方法にて詳しく説明する。
【0023】
膜の抗酸化性については、具体的な目標レベルは未だ解明されておらず、相対比較で議論されるのが現状である。しかし、特に血液透析療法のように、患者の血液が、1週間あたり(4〜5時間)×3回のペースで数年〜数十年にもわたって繰返し膜に接触する場合は、抗酸化性が高ければ高いほど重要であることは疑う余地はない。なぜなら、膜が示す抗酸化性が僅かに向上しただけでも、その膜を積年使用した後には顕著な抗酸化効果となって発現してくることが十分期待できるからである。したがって、上記の如く統計的有意差で以って従来技術の膜と差異が認められることは、膜の抗酸化性の向上を評価する上で非常に意義が大きいのである。
【0024】
一方で、膜表面における過剰の脂溶性抗酸化剤の存在は膜表面の疎水化を招き、混入したエアーの除去や血液適合性の観点から望ましくない。以上の点から、本発明の選択透過膜の表面に存在する脂溶性抗酸化剤は、膜1gあたり4〜25mgであることが必要である。
【0025】
本発明者らは、ポリスルホン系選択透過膜が優れた抗酸化性と実用強度を具備するように鋭意研究を進めた結果、脂溶性抗酸化剤を含有する従来のポリスルホン系選択透過膜であっても、特定の乾燥状態で加熱処理することにより、膜全体の脂溶性抗酸化剤の含有量を変化させずに、すなわち実用強度を確実に維持しつつ、膜表面の存在量のみを増加させうることを見出した。なお、この方法により膜1gあたり4mg以上の抗酸化剤を膜表面に発現させるためには、選択透過膜1g当たり脂溶性抗酸化剤を30mg以上含む必要がある。
【0026】
本発明で言う乾燥状態とは、少なくとも膜が飽和含水率以下、すなわち、膜の周囲が完全には水で満たされておらず、水分が滴らない状態にあることをいう。水分率は特に限定されるものではないが、好ましくは水分率0〜100%、より好ましくは水分率0〜50%の状態である。これよりも高い水分率では、外部から熱を加えても水の蒸発潜熱により選択透過膜自体の温度が上昇せず、水分が蒸散するまでの間、目的である脂溶性抗酸化剤の膜表面へのマイグレーションが遅延してしまう。
【0027】
本発明における乾燥状態にある選択透過膜の加熱処理は、選択透過膜の製造を終了した後に別途行っても良いし、モジュールに組み立てた状態で行っても良いが、製膜装置の乾燥工程において乾燥に引き続き加熱処理を連続して行うことが生産合理性の面で好ましい。
【0028】
加熱処理条件の例をあげると、処理温度が低温では脂溶性抗酸化剤の表面へのマイグレーションが進まず、高温では選択透過膜が軟化したり、抗酸化剤の酸化が進行してしまうため、100〜180℃の範囲が好ましく、120〜160℃の範囲がより好ましい。処理時間も同様に短時間ではマイグレーションが進まず、長時間では抗酸化剤の酸化が進行してしまうため、0.1〜360分間の範囲が好ましく、0.3〜300分間の範囲がより好ましい。
【0029】
このように、ポリスルホン系樹脂と親水性高分子と脂溶性抗酸化剤からなり、1g当たり脂溶性抗酸化剤を30〜76mg含有する膜を、乾燥状態で100〜180℃、0.1〜360分間処理することにより、1g当たり4〜30mgの脂溶性抗酸化剤が膜表面に存在するポリスルホン系選択透過膜、すなわち、実用十分な強度を保持したまま抗酸化作用に優位性を持つ本発明のポリスルホン系選択透過膜を得ることが出来る。
【0030】
なお、製膜装置の乾燥工程において乾燥に引き続き加熱処理を連続して行う場合、水分を除去する乾燥と、脂溶性抗酸化剤を膜表面にマイグレーションさせる加熱処理を明確に区分出来ない場合もある。本発明の真意は選択透過膜の加熱処理、即ち膜基材の温度を上げることにある。よって、乾燥から加熱処理を連続して行う場合、減率乾燥域までを水分を除去する乾燥工程、恒率乾燥域以降を、脂溶性抗酸化剤を表面にマイグレーションさせる加熱処理工程として区別すればよい。
【0031】
[実施例]
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。まず初めに、用いた原料と試薬ならびに測定方法について説明する。
【0032】
[原料と試薬]
1.PSf:ソルベイ社製、P−1700
2.PVP:アイ・エス・ピー社製、K−90
3.ビタミンE(dl−α−トコフェロール):DSMニュートリションジャパン、局方
4.DMAc:キシダ化学、試薬特級
5.DMSO:キシダ化学、試薬特級
6.1−メチル−2−ピロリドン(以下、NMPと略す):東京化成、試薬特級
7.塩化第二鉄6水和物:和光純薬、試薬特級
8.エタノール:和光純薬、試薬特級
9.2,2’−ビピリジル:和光純薬、試薬特級
10.注射用水(純水):大塚製薬
11.抗酸化能測定キット:日研ザイル株式会社製、抗酸化能測定キットPAO
【0033】
[選択透過膜全体のビタミンE含有量(以下、バルクVE量と略す)]
乾燥した選択透過膜をNMPに溶解(約3重量%)して測定液を調製した。液体クロマトグラフィー(カラム:イナートシルC8−3μm(4.6φ×250mm)+ODP−50 6E(4.6φ×250mm)、溶離液:NMP、流量:0.5ml/分、カラム温度40℃、UV検出器波長295nm)にて測定したビタミンEに対応するピーク面積と、濃度既知の標準液で別途作成した検量線を用いて測定液のビタミンE濃度を求めた。得られた濃度と希釈倍率から膜1g当たりのビタミンE含有量(mg)=バルクVE(mg/g)を求めた。
【0034】
[膜表面に存在するビタミンE量(以下、膜表面VE量と略す)]
塩化第二鉄6水和物を純水に溶解し、0.3w/v%水溶液を調製した。選択透過膜1gと塩化第二鉄水溶液20mlをガラス瓶に秤取し、60mmHgで10分間脱泡した後、振とう下で30℃×4時間インキュベートした(膜表面に存在するビタミンEが鉄(III)イオンを還元し、鉄(II)が生じる)。インキュベートした水溶液を2.6ml、エタノール0.7ml、別途調製した0.5w/v%の2,2’−ビピリジルエタノール溶液0.7mlを混合し、振とう下で30℃×30分間インキュベートした(鉄(II)とビピリジルが錯体を形成し、呈色する)。分光計を用いて、呈色した液の520nmにおける吸光度を測定した。選択透過膜の代わりに濃度既知のビタミンEエタノール溶液を用いて同様のインキュベーション、呈色反応、吸光度の測定を行って作製した検量線より、選択透過膜1gの表面に存在するビタミンEの重量(mg)=膜表面VE量(mg/g)を求めた。
【0035】
[選択透過膜のタフネス]
室温20〜25℃、湿度55〜60RH%の室内で、島津製作所製の引っ張り試験機(EZ Test series)を用い、乾燥した20cmの中空糸膜1本をチャックを用いて固定し、30cm/分の速度で引っ張り、破断したときの応力(gf)を測定した。 また、中空糸膜が破断したときの伸びを、測定前の中空糸膜の長さである20cmで除して100を掛けた値を伸度(%)として求め、以下の式によりタフネスを計算した。
タフネス(gf・%)=破断応力(gf)×伸度(%)
【0036】
[抗酸化能]
選択透過膜2gを2〜3mm長に切断し、生理食塩水でプライミングした後、ヘパリン加血人新鮮血2mlを加えて、振とう下で37℃×4時間インキュベートした。1つの膜に対して3名の人血を別個に用いた(n=3試験)。次いで遠心分離により血漿を回収した。回収した血漿の抗酸化能力(PAO)を抗酸化能測定キットPAO(日研ザイル株式会社)を用いて測定した。血液が膜と接触することにより生体反応が惹起し、PAOが低下するが、抗酸化能を有する膜ではこのPAO低下が抑制されることから、得られたPAO値が高いほど選択透過膜の血液に対する抗酸化能が高いと言える。得られたPAO値を、対照である脂溶性抗酸化剤を含まない膜(比較例1)と接触させた血液のPAO値と比較し、t検定(片側5%)により有意差検定を行った。
【0037】
[選択透過膜からのエアー抜け性の評価]
選択透過膜9984本からなる糸束を、約280mm長の筒状容器に充填して両端部をウレタン樹脂で包埋後、硬化したウレタン部分を切断して中空糸膜が開口した端部に加工した。この両端部に液体導入(導出)用のノズルを有するヘッダーキャップを装填しモジュールの形状に組み上げ、ノズルが上下に向くように固定した。ポンプを用いて注射用水を100ml/minの流量で下側のノズルから導入し、上側のノズルから排出してモジュール内の空気を注射用水に置換した。置換が終了したら注射用水を流しながら注射器を用いて下側のノズルから空気を10ml注入した。注射用水とともに上側のノズルから出た空気を捕集し、10分間後の捕集量の注入量に対する割合から空気回収率を求めた。空気回収率が低いほどエアー抜け性が劣ることを意味する。
【実施例1】
【0038】
PSf17重量部、PVP4重量部、α−トコフェロール0.6重量部、DMAc78.4重量部からなる製膜原液を作成した。中空内液にはDMAC41重量%水溶液を用い、スリット幅50μmの紡糸口金から吐出させた。この際、吐出時の製膜原液の温度は60℃であった。吐出した原液をフードで覆った落下部を経て50cm下方に設けた水よりなる90℃の凝固浴に浸漬し、30m/分の速度で凝固、精錬を行った後、乾燥機に導入した。120℃で2分間減率乾燥後、さらに180℃で0.3分間の加熱処理を行った後、中空糸膜を巻き取り、9984本の中空糸膜束を得た。なお、乾燥後の膜厚を45μm、内径を185μmに合わせるように製膜原液、中空内液の吐出量を調整した(以下の実施例、比較例も同様に膜厚、内径を調整)。
得られた中空糸膜束のバルクVE量は30mg/g、表面VE量は4.0mg/gであった。人血試験によるPAO値は平均1154(人血A:1121、人血B:1260、人血C:1082)であった。タフネスは1265gf・%であった。以下同様に、主な処理条件と測定値を表1に示した。
【実施例2】
【0039】
製膜原液としてPSf17重量部、PVP4重量部、α−トコフェロール2重量部、DMAc77重量部からなる製膜原液を用い、実施例1と同様に凝固、精錬、乾燥、加熱処理、巻き取りを行って中空糸膜束を得た。
得られた中空糸膜束のバルクVE量は76mg/g、表面VE量は20mg/gであった。人血試験によるPAO値は平均2023(人血A:2063、人血B:2155、人血C:1850)であった。タフネスは1125gf・%であった。
【実施例3】
【0040】
実施例2と同じ製膜原液を実施例1と同様に凝固、精錬、乾燥した後、170℃で1分間加熱処理を行った後、中空糸膜を巻き取り、9984本の中空糸膜束を得た。
得られた中空糸膜束のバルクVE量は76mg/g、表面VE量は25mg/g、空気回収率は97%であった。人血試験によるPAO値は平均2625(人血A:2482、人血B:2829、人血C:2564)であった。タフネスは1125gf・%であった。
【0041】
[比較例1]
製膜原液としてPSf17重量部、PVP4重量部、DMAc79重量部からなる製膜原液を用い、実施例1と同様に凝固、精錬、乾燥、加熱処理、巻き取りを行って中空糸膜束を得た。
得られた中空糸膜束のバルクVE量は0mg/g、表面VE量は0mg/g、空気回収率は99%であった。人血試験によるPAO値は平均841(人血A:894、人血B:747、人血C:881)であった。タフネスは1265gf・%であった。
【0042】
[比較例2]
製膜原液としてPSf15重量部、PVP9重量部、α−トコフェロール0.5重量部、DMAc30重量部、DMSO46重量部からなる製膜原液と、DMAc30重量%、DMSO30重量%、水40重量%からなる中空内液を用い、実施例1と同様に凝固、精錬した後、中空糸膜を湿潤状態で巻き取り、9984本の中空糸膜束を得た。
得られた中空糸膜束を80℃で420分間減率乾燥を行い、さらに同じ温度で240分間加熱処理を行った。得られた中空糸膜束のバルクVE量は24mg/g、表面VE量は0.4mg/gであった。人血試験によるPAO値は平均850(人血A:852、人血B:772、人血C:926)であった。タフネスは1131gf・%であった。
【0043】
[比較例3]
比較例2と同じ製膜原液を用い、実施例1と同様に凝固、精錬、乾燥、加熱処理、巻き取り、を行って中空糸膜束を得た。
得られた中空糸膜束のバルクVE量は22mg/g、表面VE量は3.3mg/gであった。人血試験によるPAO値は平均924(人血A:1087、人血B:735、人血C:951)であった。タフネスは1610gf・%であった。
【0044】
[比較例4]
実施例2と同じ製膜原液を比較例2と同様に凝固、精錬、巻き取り、乾燥、加熱処理を行って中空糸膜束を得た。
得られた中空糸膜束のバルクVE量は76mg/g、表面VE量は3.8mg/gであった。人血試験によるPAO値は平均1075(人血A:1101、人血B:1278、人血C:846)であった。タフネスは1125gf・%であった。
【0045】
[比較例5]
製膜原液としてPSf17重量部、PVP4重量部、α-トコフェロール2.1重量部、DMAc76.9重量部からなる製膜原液を用い、実施例1と同様に凝固、精錬、乾燥、加熱処理、巻き取り、を行って中空糸膜束を得た。
得られた中空糸膜束のバルクVE量は80mg/g、表面VE量は4.4mg/gであった。タフネスは950gf・%であった。
【0046】
【表1】

【0047】
上記表1の実施例1と比較例3、4を比較することにより、非ビタミンE含有選択透過膜である比較例1に対して有意に抗酸化性を示す為には、表面VE量が4.0mg/g以上が必要であることが分かる。さらに実施例1と比較例3を比較することにより、表面VE量を4.0mg/g以上とするためにはバルクVE量が30mg/g以上が必要であることが分かる。一方、実施例2と比較例5を比較することにより、タフネス1000gf・%以上を確保するためにはバルクVE量が76mg/g以下であることが必要であることが分かる。
【0048】
また、比較例2は従来技術である特許文献2の実施例2に記載の膜を追試したものであるが、この場合には機械的強度は十分であるものの、膜表面VE量が十分でなく、非ビタミンE含有膜である比較例1に対して抗酸化性に有意差は認められなかった。
【0049】
[比較例6]
製膜原液としてPSf17重量部、PVP4重量部、α-トコフェロール1.5重量部、DMAc77.5重量部からなる製膜原液を用い、比較例2と同様に凝固、精錬、巻き取りを行うことにより得た湿潤状態の中空糸束を80℃で7時間乾燥を行った。
得られた中空糸膜束のバルクVE量は59mg/g、表面VE量は2.2mg/gであった。以下同様に、主な処理条件と測定値を表2に示した。
【0050】
[比較例7]
比較例6の中空糸束を90℃で360分間加熱処理を行った。
得られた中空糸膜束のバルクVE量は59mg/g、表面VE量は2.7mg/gであった。
【実施例4】
【0051】
比較例6の中空糸束を100℃で360分間加熱処理を行った。
得られた中空糸膜束のバルクVE量は59mg/g、表面VE量は4.4mg/gであった。
【実施例5】
【0052】
比較例6の中空糸束を110℃で360分間加熱処理を行った。
得られた中空糸膜束のバルクVE量は59mg/g、表面VE量は13mg/gであった。
【実施例6】
【0053】
比較例6の中空糸束を140℃で2分間加熱処理を行った。
得られた中空糸膜束のバルクVE量は59mg/g、表面VE量は6.6mg/gであった。
【実施例7】
【0054】
比較例6と同じ製膜原液を実施例1と同様に凝固、精錬、乾燥した後、130℃で0.3分間加熱処理を行った後、中空糸膜を巻き取り、9984本の中空糸膜束を得た。
得られた中空糸膜束のバルクVE量は59mg/g、表面VE量は4.4mg/gであった。
【実施例8】
【0055】
比較例6と同じ製膜原液を実施例1と同様に凝固、精錬、乾燥した後、180℃で0.1分間加熱処理を行った後、中空糸膜を巻き取り、9984本の中空糸膜束を得た。
得られた中空糸膜束のバルクVE量は59mg/g、表面VE量は5.1mg/gであった。
【実施例9】
【0056】
比較例6と同じ製膜原液を実施例1と同様に凝固、精錬、乾燥した後、180℃で0.5分間加熱処理を行った後、中空糸膜を巻き取り、9984本の中空糸膜束を得た。
得られた中空糸膜束のバルクVE量は59mg/g、表面VE量は18mg/gであった。
【0057】
[比較例8]
比較例6と同じ製膜原液を実施例9と同様に凝固、精錬、乾燥した後、190℃で0.5分間加熱処理を行って巻き取ろうと試みたが中空糸が軟化し、巻き取ることが出来なかった。
【0058】
【表2】

【0059】
上記表2の実施例4と比較例7を比較することにより、表面へのビタミンEの十分なマイグレーションには100℃以上の温度が必要であることが分かる。さらに実施例9と比較例8を比較することにより、最低限の加熱時間0.5分間でも選択透過膜を安定的に製造するためには加熱温度180℃以下が必要であることが分かる。
【0060】
[比較例9]
比較例4の中空糸束を110℃で1080分間加熱処理を行った。
得られた中空糸膜束のバルクVE量は76mg/g、表面VE量は32mg/g、空気回収率は79%であった。
【0061】
【表3】

【0062】
上記表3の実施例3と比較例9を比較することにより、表面VE量が25を超えると空気回収率が顕著に低下することが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明の選択透過膜は、血液と接触した時の生体内抗酸化作用に優れ、且つ製造過程あるいは使用時の膜破断など不意の事故を予防する実用強度を有し、さらに生産合理性の高いので、効果的で安全な血液透析など血液の体外循環処理に用いられる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリスルホン系樹脂、親水性高分子および脂溶性抗酸化剤からなる選択透過膜であって、該膜は1g当たり脂溶性抗酸化剤を30〜76mg含有し、膜表面に存在する脂溶性抗酸化剤の総和が膜1g当たり4〜25mgであることを特徴とするポリスルホン系選択透過膜。
【請求項2】
脂溶性抗酸化剤が脂溶性ビタミンである請求項1記載のポリスルホン系選択透過膜。
【請求項3】
ポリスルホン系樹脂と親水性高分子と脂溶性抗酸化剤からなる選択透過膜の製造方法であって、1g当たり脂溶性抗酸化剤を30〜76mg含有する膜中間体を得た後、該膜中間体を乾燥状態で100〜180℃、0.1〜360分間加熱処理することを特徴とするポリスルホン系選択透過膜の製造方法。
【請求項4】
ポリスルホン系樹脂、親水性高分子、脂溶性抗酸化剤および溶剤を含む製膜原液から膜中間体を得る請求項3記載のポリスルホン系選択透過膜の製造方法。
【請求項5】
膜中間体が中空糸からなり、該膜中間体を束状態に巻き取った後、加熱処理することを特徴とする、請求項3または4記載のポリスルホン系選択透過膜の製造方法。
【請求項6】
膜中間体が中空糸からなり、該膜中間体を加熱処理した後、束状態に巻き取ることを特徴とする、請求項3または4記載のポリスルホン系選択透過膜の製造方法。
【請求項7】
脂溶性抗酸化剤が脂溶性ビタミンである請求項3〜6記載のポリスルホン系選択透過膜の製造方法。


【公開番号】特開2008−290009(P2008−290009A)
【公開日】平成20年12月4日(2008.12.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−138554(P2007−138554)
【出願日】平成19年5月25日(2007.5.25)
【出願人】(000116806)旭化成クラレメディカル株式会社 (133)
【Fターム(参考)】