説明

ポリパラフェニレンテレフタルアミドポリマー濃硫酸溶解物の処理方法

【課題】通常の廃棄物としての処理が困難なポリパラフェニレンテレフタルアミドポリマー濃硫酸溶解物を、遠方への輸送や特殊な燃焼炉を用いるなどの手段を要することなく、簡便な方法でポリマーと硫酸に分離でき、ポリマーを通常の高分子廃棄物と同様に廃棄処理することを可能にすると共に、PPTAポリマーとして再利用することをも可能にする処理方法を提供する。
【解決手段】固化したポリパラフェニレンテレフタルアミドポリマー濃硫酸溶解物を、粗砕して、平均粒径1mm以上の粒状物と成し、該粒状物を常温あるいは冷たい水または酸もしくはアルカリの水溶液で洗浄して、ポリパラフェニレンテレフタルアミドポリマーと硫酸とを分離する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液晶紡糸のポリマー原料等として用いられるポリパラフェニレンテレフタルアミド(以下、「PPTA」と略称することがある。)ポリマーを濃硫酸に溶解させたPPTA濃硫酸溶解物を、簡便かつ効率よくポリマーと硫酸とに分離すると共に、分離したポリマーの再利用を可能にする処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリパラフェニレンテレフタルアミドを製糸する際には、PPTAポリマーを溶媒である濃硫酸に溶解し60〜80℃の温度で流動化させ配管系を通した後に口金から押出し、脱溶媒して糸を形成する方法が用いられている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
その際、スタート時あるいは条件変更時などに配管から押出されたPPTA濃硫酸溶解物や、口金から吐出されても脱溶媒工程に投入されないPPTA濃硫酸溶解物が、いわゆる副生物として生成する。これらのPPTA濃硫酸溶解物は高濃度の硫酸を含有しているため、そのままでは廃棄することも再利用することもできないという問題があった。
【0004】
そのため、これらの副生物は、通常は耐酸性容器などに投入し、室温に冷却固化させた後に廃棄物処理施設に送り、耐酸性の炉内で燃焼して硫酸分を回収再利用する方法がとられている。また、燃焼炉に投入する際に加熱して再度溶解させ流動性を付与することが必要な場合もある。このように、PPTA濃硫酸溶解物の処理には耐酸性、安全性などの面から特殊な容器、装置と処理工程が必要なため、輸送、燃焼、硫酸回収などに多大の費用を要する問題があった。
【0005】
特許文献2,3には、N,N−ジメチルアセトアミド等のアミド型溶媒を用いて溶液重合法により得られたPPTAの重合固化ドープを、粉砕した後、20kg/cm以上の圧力で圧搾し溶媒を分離することにより溶媒を回収でき、また、溶媒を搾り出した後、洗浄し、脱液し、乾燥することによりポリマーを単離できることが報告されている。しかし上記の方法は、重合溶媒を含有する重合固化ドープから、重合時に副生するハロゲン化水素またはその塩および重合溶剤を除去するために洗浄を行い、精製乾燥ポリマーを製造する技術である。
【0006】
PPTAポリマーを濃硫酸に溶解させたPPTA濃硫酸溶解物は、大気からの水分を急激に吸収し、表面が直ぐにベタベタになる。特に破砕して表面積が増えるとこの問題は顕著になる。PPTA濃硫酸溶解物は強度の酸性を示す危険物であるが、水分を吸収して表面が濡れてくると、表面を濃硫酸が液状に覆ってくるため、取扱い性が極めて悪く、また危険な状態になる。従って、微粉砕して表面積を大きくする事は上記の問題が極めて顕著となり、特許文献4に記載されているように非凝固性雰囲気下で微粉砕することが必須である。
【0007】
特許文献4には、ポリパラフェニレンテレフタルアミドポリマーを濃硫酸に溶解した溶液の固化物を、粒径200μm以下となるように微粉砕し、濃硫酸を洗浄除去した後、乾燥することにより、ポリパラフェニレンテレフタルアミド微細粒子を製造する方法が開示されている。しかしながら、この方法は冷却固化させた固化物を水中に投入し、ミキサーで撹拌しながら微粒子化した後、微粒子を水洗、乾燥する方法である。そのため、固化したPPTAポリマー濃硫酸溶解物にこの方法を適用した場合は、廃棄時の取扱い性が悪い、微粉化コストが大きい、設備が複雑化する等の問題がある。また、湿式粉砕することでポリマーの固有粘度の低下を抑えてはいるが、それでも多少の固有粘度の低下があるため、ポリマーを再利用する際に課題が残る。
【特許文献1】米国特許第3,767,756号明細書
【特許文献2】特開昭61−223030号公報
【特許文献3】特開昭61−223029号公報
【特許文献4】特公平3−47287号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は通常の廃棄物としての処理が困難なPPTAポリマー濃硫酸溶解物を、特殊な燃焼炉のある場所まで輸送しなくてもよく、しかも簡便な方法でポリマーと硫酸に分離でき、ポリマーを通常の高分子廃棄物と同様に廃棄処理することを可能にすると共に、PPTAポリマーとして再利用することをも可能にする処理方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明者等は、固化したPPTAポリマー濃硫酸溶解物を粗砕に留め、あまりに長時間大気中に晒さなければ上記の問題を避けることができ、粗砕して粒状物とした後、水または酸もしくはアルカリの水溶液で洗浄または中和すれば廃棄物としての処理が容易になること、さらに、洗浄液の温度を低くすればポリマー固有粘度が低下することなく通常の高分子固体として取り扱える状態になることを見出し、本発明に到達した。
【0010】
すなわち、本発明は以下の通りである。
(1)固化したポリパラフェニレンテレフタルアミドポリマー濃硫酸溶解物を、粗砕して、平均粒径1mm以上の粒状物と成し、該粒状物を常温以下の水または酸もしくはアルカリの水溶液で洗浄し、ポリパラフェニレンテレフタルアミドポリマーと硫酸とを分離することを特徴とする処理方法。
(2)前記粒状物を冷たい水または酸もしくはアルカリの水溶液で洗浄する前記(1)に記載の処理方法。
(3)洗浄液の液温が15℃以下である前記(1)または(2)に記載の処理方法。
(4)分離したポリパラフェニレンテレフタルアミドポリマーの固有粘度低下率[(洗浄前の固有粘度−洗浄後の固有粘度)/(洗浄前の固有粘度)×100]が2%以下である前記(2)または(3)に記載の処理方法。
(5)酸の水溶液が、濃度20重量%以下の硫酸水溶液である前記(1)〜(4)のいずれかに記載の処理方法。
(6)アルカリの水溶液が、濃度10重量%以下の水酸化ナトリウム水溶液である前記(1)〜(4)のいずれかに記載の処理方法。
【0011】
本発明の処理方法は、紡糸工程で固化したPPTAポリマー濃硫酸溶解物の処理方法として好適であるが、フィルム製造工程や成形品製造工程で固化したPPTAポリマー濃硫酸溶解物の処理方法としても利用できる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の処理方法によれば、硫酸分とPPTAポリマーを簡便に効率良く分離する事ができ、洗浄液の温度を低くすれば、処理前と処理後でPPTAポリマーの固有粘度が殆んど変化しなくなる。そのため、従来の方法に比べ、輸送・燃焼炉の制約がなく、安全性および経済性の両面から優れたPPTAポリマー濃硫酸溶解物の処理方法となり得る。また、分離したPPTAポリマーは、各種用途に再利用することが可能である。また、硫酸についても、中和処理することで通常の方法で廃棄処理でき、または必要に応じて硫酸水溶液として使用することを可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明におけるポリパラフェニレンテレフタルアミド(PPTA)とは、テレフタル酸とパラフェニレンジアミンを重縮合して得られる重合体であるが、少量のジカルボン酸およびジアミンを共重合したものも使用できる。重合体または共重合体の分子量は通常20,000〜25,000が好ましい。
【0014】
PPTA繊維は、PPTAを濃硫酸に溶解し、その粘調な溶液を紡糸口金から押し出し、空気中または水中に紡出後に、水または希硫酸中で脱硫酸することによりフィラメント状にした後、水酸化ナトリウム水溶液で残留する硫酸を中和し、最終的には120〜500℃の乾燥・熱処理をして得られる。PPTAポリマーを濃硫酸に溶解した後、脱硫酸を行って最終的に繊維を形成する過程では、ミキサー、配管、フィルター、ポンプ類、口金等の様々な工程でPPTAポリマー濃硫酸溶解物が排出される。
【0015】
これらの工程から排出されるPPTAポリマー濃硫酸溶解物は流動性を有しているので、PPTAポリマー濃硫酸溶解物を冷却または室温で固化させた後、粉砕工程で粗砕して平均粒径1mm以上、好ましくは3mm以上の粒状物とする。固化したPPTAポリマー濃硫酸溶解物を粗砕するのは、粉砕時の摩擦熱によってPPTAポリマーの固有粘度が低下するのを極力避けるためである。また、粒状物の平均粒径が1mm未満であると、PPTAポリマーが微粒子化して表面積が増える事で表面がベタベタになり、洗浄時および廃棄時の取扱い性も悪くなるので、微粉砕することは好ましくない。
【0016】
粗砕には、各種の粉砕装置が使用できるが、代表的なものとして回転スクリュー型や回転羽根方式の破砕機構にスクリーンを併設した粉砕機を使用することができる。この粉砕機では、筒内に設けたスクリュー軸にスクリューを取り付け、前記筒内に固化物を入れ、スクリューと筒内壁によって固化物を粉砕し、および、または回転羽根で粉砕し、粉砕物を開口部の大きさが1〜20mmのスクリーンを通過させて粒状物とする。必要に応じて、筒内に乾燥空気や窒素などをパージすることもできる。PPTAポリマー濃硫酸溶解物は温度が上昇すると柔軟性が増すこと、空気中に長く置かれると空気中の水分を吸収して表面が液状化してくることから、粉砕工程中で粒子が凝集しやすく、粉砕機のスクリーンで目詰まりを生じやすくなるため、発熱の起こりにくい粉砕方式を採用し、乾燥空気や窒素によるパージを行うことが望ましい。
【0017】
次いで、得られた粒状物を、水または酸もしくはアルカリの水溶液に接触させて溶媒である硫酸を除去し、PPTAポリマーと硫酸を分離する。硫酸を除去するための洗浄液としては、ポリマーを通常の高分子廃棄物と同様に廃棄処理する場合は、常温の水または酸もしくはアルカリの水溶液を使用するのが、経済性の点から好ましい。さらに、ポリマーを再利用する場合は、冷たい水または酸もしくはアルカリの水溶液を使用するのが好ましい。洗浄液を、溶媒である濃硫酸と接触させるときに発熱が起こるため、発熱によるPPTAの固有粘度の低下を避けるためには、洗浄液の液温は15℃以下、好ましくは10℃以下、より好ましくは8℃以下とするのが良い。また、同様の理由から、PPTAポリマー濃硫酸溶解物と洗浄液との固液比を最適にすることが好ましい。液量が少なすぎると発熱が起こり、多すぎると経済性が損なわれる。酸としては低濃度の硫酸が最も良く、アルカリとしては水酸化ナトリウムが好ましく用いられる。
【0018】
酸・アルカリ水溶液の中でも、酸は濃度20重量%以下の希硫酸水溶液が好ましく、アルカリは濃度10重量%以下の水酸化ナトリウム水溶液が好ましい。PPTAを変性させるような酸類や、カルシウムのように沈殿物を生成する化合物は好ましくなく、特にPPTAポリマーを再利用する場合にはより好ましくない。なお、洗浄用の液体として酸を使用した場合は、残留する酸をさらに水で洗浄してPPTA粒子表面を中性化しても良い。
【0019】
洗浄方式は特に限定されず、公知の方式を使用することができる。例えば、粗砕した粒状物を洗浄液に浸漬する方式、あるいは、粗砕した粒状物に洗浄液をスプレーしたり流下したりする方式を採用することができる。
【0020】
洗浄後のPPTA粒子表面のpHは、廃棄処理する際の処理が容易で、かつ残存硫酸によるポリマーの分解(すなわち分子量低下)を防止するため、6〜8の範囲に調整することが好ましい。
【0021】
冷たい水または酸もしくはアルカリの水溶液を使用した洗浄によって分離したPPTAポリマーの固有粘度低下率は、洗浄液の液温が15℃以下では2%以下、洗浄液の液温が10℃以下では1%以下、と極めて低い値となる。なお。固有粘度低下率とは、後述する方法によって測定されるPPTAポリマーの固有粘度を、下記式により求めた値である。
【0022】
固有粘度低下率(%)=[(洗浄前の固有粘度−洗浄後の固有粘度)/(洗浄前の固有粘度)×100]
【0023】
本発明の処理方法によれば、分離したPPTAポリマーの固有粘度低下率が非常に小さいため、分離したPPTAポリマーを乾燥した後、得られた乾燥粉末を所望の溶媒に溶解させて紡糸原液、製膜原液等や樹脂中に分散させるなどの方法で再利用することが可能になる。
【実施例】
【0024】
以下、実施例を用いて本発明を更に具体的に説明するが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
【0025】
なお、実施例中の、固有粘度(IV)は次の方法によって測定したものである。
固有粘度(IV)=ln(ηrel )/c
[式中、cはポリマー溶液の濃度(溶媒100mL中0.5gのポリマー)であり、ηrel (相対粘度)は、毛細管粘度計を用いて30℃で測定した時にポリマー溶液が示す流れ時間とその溶媒が示す流れ時間との間の比率である。]
溶媒としては、濃硫酸(96%HSO)を用いて測定した。
【0026】
(実施例1)
通常の方法で得られたPPTA(分子量約20,000)1kgを4kgの濃硫酸に溶解したPPTA硫酸溶解物を、室温で1日以上冷却固化した後、容器から取り出し、スクリュー型粉砕機(Bepex社Extructor RE−12)を用いてスクリュー回転数21rpm、3/4インチ(約18.8mm)丸孔スクリーンを用いて粗粉砕を行い粗粉砕粒を得た。次いで、回転羽根式の粉砕機(Bepex社Disintegrator RP−6)を用いて回転数5400rpmでスクリーンの目開きA:3/16インチ(約4.7mm)角孔、B:1/2(約12.5mm)インチ角孔、C:3/4(約18.8mm)インチ角孔、に変え、粒子サイズの異なる粒状物を得た。得られた粒状物の固有粘度は5.6であった。
【0027】
A、B、Cの3種類の粒状化したPPTA硫酸溶解物を、5℃の流水で30分間洗浄した後、粒子表面のpHを測定した。さらに得られた粒子を水中に21時間浸漬した後、上澄み水のpHを測定した。結果を(表1)に示す。
【0028】
【表1】

【0029】
表の結果から、粒子Aは十分に脱硫酸されており、洗浄後のPPTAポリマーのIVは5.6で固有粘度低下率は0%であり、硫酸を分離した後のPPTAポリマーを再利用する上でも問題はない事がわかる。粒子Bは水洗後の取扱い上は問題ないが、PPTAポリマーとしての再利用を行うには残留硫酸分の影響を考慮する必要があり、粒子Cは取扱い、再利用の面で十分な配慮が必要である事がわかる。
【0030】
(実施例2)
実施例1で得た粒子Aを、常温の流水で30分間洗浄した。洗浄後のPPTAポリマーは通常の廃棄物として処理することができる程度に硫酸が分離されていたが、洗浄後のPPTAポリマーのIVは5.0で固有粘度低下率は10.7%であった。
【0031】
上記の結果より、冷たい洗浄液で洗浄する方がPPTAポリマーのIV低下がなく、ポリマー粒子の脱硫酸も可能な事がわかる。また、PPTAポリマー濃硫酸溶解物の粉砕後の粒子の大きさ、洗浄する水の量と洗浄時間については、目的に応じて適正な条件を採用すべきである事がわかる。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明に係るPPTAポリマー濃硫酸溶解物の処理方法は、硫酸分とPPTAポリマーを簡便に効率良く分離することができ、分離したポリマー及び硫酸を通常の廃棄物と同様に廃棄処理することができ、しかも適正な洗浄条件を採用することにより、ポリマーとして再利用することもできる。従って、その実用的価値は大である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固化したポリパラフェニレンテレフタルアミドポリマー濃硫酸溶解物を、粗砕して、平均粒径1mm以上の粒状物と成し、該粒状物を常温以下の水または酸もしくはアルカリの水溶液で洗浄し、ポリパラフェニレンテレフタルアミドポリマーと硫酸とを分離することを特徴とする処理方法。
【請求項2】
前記粒状物を冷たい水または酸もしくはアルカリの水溶液で洗浄する請求項1に記載の処理方法。
【請求項3】
洗浄液の液温が15℃以下である請求項1または2に記載の処理方法。
【請求項4】
分離したポリパラフェニレンテレフタルアミドポリマーの固有粘度低下率[(洗浄前の固有粘度−洗浄後の固有粘度)/(洗浄前の固有粘度)×100]が2%以下である請求項2または3に記載の処理方法。
【請求項5】
酸の水溶液が、濃度20重量%以下の硫酸水溶液である請求項1〜4のいずれかに記載の処理方法。
【請求項6】
アルカリの水溶液が、濃度10重量%以下の水酸化ナトリウム水溶液である請求項1〜4のいずれかに記載の処理方法。

【公開番号】特開2009−292984(P2009−292984A)
【公開日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−150023(P2008−150023)
【出願日】平成20年6月9日(2008.6.9)
【出願人】(000219266)東レ・デュポン株式会社 (288)
【Fターム(参考)】