ポリビニルアルコール系コンポジット繊維およびその製造方法
【課題】製造が容易な高強度のPVA系コンポジット繊維を提案すること。
【解決手段】PVA系コンポジット繊維は、PVAにセルロースナノファイバーを添加した水溶液を紡糸溶液として調製し(紡糸溶液調製工程)、この紡糸溶液をノズルを通して冷却メタノール中に押し出すことによって紡糸ゲル状原糸を得て(ゲル紡糸工程)、この紡糸ゲル状原糸を16倍〜38倍に延伸することにより製造される(延伸工程)。重合度1500の汎用の安価なPVAを原料とした場合でも、引張強度が1.7GPa以上の高強度のPVA系コンポジット繊維を得ることができる。
【解決手段】PVA系コンポジット繊維は、PVAにセルロースナノファイバーを添加した水溶液を紡糸溶液として調製し(紡糸溶液調製工程)、この紡糸溶液をノズルを通して冷却メタノール中に押し出すことによって紡糸ゲル状原糸を得て(ゲル紡糸工程)、この紡糸ゲル状原糸を16倍〜38倍に延伸することにより製造される(延伸工程)。重合度1500の汎用の安価なPVAを原料とした場合でも、引張強度が1.7GPa以上の高強度のPVA系コンポジット繊維を得ることができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリビニルアルコール(以下、PVAという)系ポリマーをセルロースナノファイバーで補強したPVA系コンポジット繊維に関する。
【背景技術】
【0002】
重合度が1500〜2000の汎用の廉価なPVAを原料とした場合でも、重合度が3000以上の高価なPVAを原料として製造したPVA系繊維に匹敵する強度を得ることができるPVA系コンポジット繊維の製造方法は、例えば、特許文献1に提案されている。同文献では、ヨウ素およびヨウ化物塩を含むPVA水溶液を紡糸原液とし、この紡糸原液をノズルを通して冷却浴へ押し出すことにより紡糸ゲル状原糸を得、さらに紡糸ゲル状原糸を延伸することによって、PVA系コンポジット繊維の強度を向上させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−13855号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1の製造方法では、PVA系コンポジット繊維の中にヨウ素が含まれてしまうので、製品とする最終段階においてこれを除去する工程が必要となるという問題がある。
【0005】
上記の問題点に鑑みて、本発明の課題は、製造が容易な高強度のPVA系コンポジット繊維およびその製造方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために、本発明のPVA系コンポジット繊維は、
PVA系ポリマーにセルロースナノファイバーが分散配合され、
前記PVA系ポリマーおよび前記セルロースナノファイバーがそれらの繊維軸方向に配向されていることを特徴とする。
【0007】
本発明によれば、PVA系コンポジット繊維は、繊維マトリックスに付加された応力が強度のあるセルロースナノファイバーに速やかに伝達される構造を備えている。従って、PVA系コンポジット繊維の高強度化が達成される。また、セルロースナノファイバーは、天然由来の成分から創製された安全なものを用いることができるので、製品となる最終段階において、残留した成分を除去する工程を含む必要がない。従って、PVA系コンポジット繊維を簡易な製造方法により提供できる。
【0008】
本発明において、PVA系コンポジット繊維は、前記ポリビニルアルコール系ポリマーに対してセルロースナノファイバーの配合量が0.1wt%〜50wt%となっていることが望ましい。すなわち、セルロースナノファイバーの配合量が50wt%以下となっていれば、PVA系繊維の破断伸度の大きさや耐アルカリ性を生かしながら、繊維の強度を向上させることができる。また、セルロースナノファイバーの配合量が0.1wt%以上となっていれば、セルロースナノファイバーによる補強効果が確認される。
【0009】
本発明において、前記PVA系ポリマーは、重合度が1500〜2000であり、引張強度が1.7GPaを超えることが望ましい。すなわち、PVA系コンポジット繊維は、原料として汎用の廉価なPVA系ポリマーを用いた場合でも、重合度が高いPVA系ポリマーを用いて製造したPVA系繊維に匹敵する引張強度を備えるものとすることができる。
【0010】
また、本発明において、前記PVA系ポリマーは、重合度が1500〜2000であり、引張弾性率が50GPaを超えることが望ましい。すなわち、PVA系コンポジット繊維は、原料として汎用の廉価なPVA系ポリマーを用いた場合でも、重合度が高いPVA系ポリマーを用いて製造したPVA系繊維に匹敵する引張弾性率を備えるものとすることができる。
【0011】
本発明において、セルロースナノファイバーをPVA系ポリマーに分散配合するためには、前記セルロースナノファイバーは、繊維直径が100nm未満、繊維長が100nm以上のものであることが望ましい。
【0012】
さらに、セルロースナノファイバーの繊維直径が50nm未満であれば、セルロースナノファイバーをPVA系ポリマーとともに繊維軸方向に配向するのに適している。
【0013】
次に、本発明のPVA系コンポジット繊維の製造方法は、
ポリビニルアルコール系ポリマーにセルロースナノファイバーを配合した紡糸溶液を調製する紡糸溶液調製工程と、
紡糸溶液を冷却によりゲル化させて紡糸ゲル状原糸を得る紡糸工程と、
前記紡糸ゲル状原糸を延伸する延伸工程と、
を含むことを特徴とする。
【0014】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、このような製造方法によって得られるPVA系コンポジット繊維は、セルロースナノファイバーを添加せずに製造されたPVA系繊維と比較して、高い強度を備えることを見出した。すなわち、このような製造方法によって得られるPVA系コンポジット繊維は、繊維マトリックスに付加された応力が強度のあるセルロースナノファイバーに速やかに伝達される構造を備えるので、PVA系コンポジット繊維の高強度化が達成される。また、セルロースナノファイバーは、天然由来の成分から創製された安全なものを用いることができるので、製品となる最終段階において、残留した成分を除去する工程を含む必要がない。従って、PVA系コンポジット繊維を、簡易な製造方法により提供できる。
【0015】
本発明において、紡糸溶液調製工程では、ポリビニルアルコール系ポリマーに対して0.1wt%〜50wt%の配合量となるようにセルロースナノファイバーを配合することが望ましい。紡糸溶液中におけるセルロースナノファイバーの配合量を50wt%以下とすれば、PVA系繊維の破断伸度の大きさや耐アルカリ性を生かしながら、繊維の強度を向上させることができる。また、紡糸溶液中におけるセルロースナノファイバーの配合量を0.1wt%以上とすれば、セルロースナノファイバーによる補強効果が確認される。
【0016】
本発明において、前記PVA系ポリマーは、重合度が1500〜2000であり、前記延伸工程では、引張強度が1.7GPaを超えるように前記紡糸ゲル状原糸を延伸することが望ましい。このようにすれば、原料として汎用の廉価なPVA系ポリマーを用いた場合でも、重合度が高いPVA系ポリマーを用いて製造したPVA系繊維に匹敵する引張強度を備えるPVA系コンポジット繊維を製造できる。
【0017】
また、本発明において、前記PVA系ポリマーは、重合度が1500〜2000であり、前記延伸工程では、引張弾性率が50GPaを超えるように前記紡糸ゲル状原糸を延伸することが望ましい。このようにすれば、原料として汎用の廉価なPVA系ポリマーを用いた場合でも、重合度が高いPVA系ポリマーを用いて製造したPVA系繊維に匹敵する引張弾性率を備えるPVA系コンポジット繊維を製造できる。
【0018】
本発明において、セルロースナノファイバーをPVA系ポリマーに分散配合するためには、前記セルロースナノファイバーは、繊維直径が100nm未満、繊維長が100nm以上のものであることが望ましい。
【0019】
さらに、セルロースナノファイバーの繊維直径が50nm未満であれば、セルロースナノファイバーをPVA系ポリマーとともに繊維軸方向に配向するのに適する。
【0020】
本発明において、前記紡糸溶液調製工程では、紡糸溶液の溶媒として、水若しくはジメチルスルホキシド、または、水およびジメチルスルホキシドの混合溶液を用いることが望ましい。ここで、溶媒として水を用いれば、PVA系コンポジット繊維の製造コストを抑えることができる。溶媒としてジメチルスルホキシドを用いれば、溶媒が水単独の場合と比較して、製造されるPVA系コンポジット繊維の強度が向上し、溶剤の回収および再利用がしやすくなる。溶媒として、水およびジメチルスルホキシドの混合溶液を用いれば、PVAおよびセルロースナノファイバーを分散させるのに適し、且つ、溶媒が水単独の場合と比較して、高強度のPVA系コンポジット繊維が得られる。
【発明の効果】
【0021】
本発明のPVA系コンポジット繊維は、繊維マトリックスに付加された応力が強度のあるセルロースナノファイバーに速やかに伝達される構造を備えている。従って、PVA系コンポジット繊維の高強度化が達成される。また、セルロースナノファイバーは、天然由来の成分から創製された安全なものを用いることができるので、製品となる最終段階において、残留した成分を除去する工程を含む必要がない。従って、本発明のPVA系コンポジット繊維を簡易な製造方法により提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】綿をセルロース源とするセルロースナノファイバーの透過型電子顕微鏡像である。
【図2】ホヤ由来のセルロースナノファイバーの透過型電子顕微鏡像である。
【図3】PVA系コンポジット繊維の製造方法を示すフローチャートである。
【図4】実施例1〜5のPVA系コンポジット繊維について引張試験により得られた応力―ひずみ曲線である。
【図5】実施例1〜5のPVA系コンポジット繊維の引張強度を示すグラフである。
【図6】実施例1〜5のPVA系コンポジット繊維の引張弾性率を示すグラフである。
【図7】実施例1〜5のPVA系コンポジット繊維の破断伸度を示すグラフである。
【図8】実施例1〜5のPVA系コンポジット繊維の結節強度を示すグラフである。
【図9】実施例1〜5の未延伸繊維の動的貯蔵弾性率の温度依存性を示すグラフである。
【図10】実施例1〜5の延伸繊維の動的貯蔵弾性率の温度依存性を示すグラフである。
【図11】実施例1〜5の未延伸繊維のDSC曲線を示すグラフである。
【図12】実施例1〜5の延伸繊維のDSC曲線を示すグラフである。
【図13】実施例1〜5の未延伸繊維のX線回折写真である。
【図14】実施例1〜5の延伸繊維のX線回折写真である。
【図15】実施例1、2、4、5の走査型電子顕微鏡像である。
【図16】実施例6〜8の延伸繊維の動的貯蔵弾性率の温度依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態について詳述する。
【0024】
(セルロースナノファイバー)
本発明に用いるセルロースナノファイバーは、一般的なセルロースナノファイバー、すなわち、繊維直径が100nm以下、繊維長100nm以上のものを用いることができる。セルロースナノファイバーのセルロース源には、綿、麻類、針葉樹や広葉樹などの草木、海草、海藻、海洋生物のホヤが生産するセルロース、ある種の酢酸菌が生産するバクテリアセルロースがある。図1は綿をセルロース源とするセルロースナノファイバーの透過型電子顕微鏡像である。図2はホヤ由来のセルロースナノファイバーの透過型電子顕微鏡像である。
【0025】
セルロースナノファイバーとしては、周知の手法により創製されたものを用いることができる。例えば、綿や麻のようなセルロース繊維を、鉱酸水溶液により、非結晶部分を選択的に加水分解することにより得られるセルロースナノファイバーを用いることができる。また、セルロース繊維を水系媒体中に分散させ、TEMPO(2、2、6、6−テトラメチルピペリジノオキシラジカル)触媒酸化により得られるセルロースミクロフィブリルを解繊処理して得られるセルロースナノファイバーを用いることができる。さらに、セルロースの水分散液を高圧ホモジナイザー処理して得られるセルロースミクロフィブリルを解繊処理して得られるセルロースナノファイバーを用いることができる。さらに、これらのセルロースナノファイバー表面に、化学的後処理によって硫酸エステル基、リン酸エステル基、カルボキシル基、一級・二級・三級・四級アミノ基などのイオン性官能基を導入し、さらに分散性をよくしたナノファイバーを用いることも可能である。なお、高強度のPVA系コンポジット繊維を得るためには、結晶化度の高いセルロースナノファイバーを用いることが好ましい。また、セルロースナノファイバーとして、繊維直径が50nm以下のものを用いれば、セルロースナノファイバーをPVA系ポリマーに分散配合することが容易であるとともに、セルロースナノファイバーをPVA系ポリマーとともに繊維軸方向に配向するのに適する。
【0026】
(PVA)
PVAとしては重合度1500〜5000のものを用いることができる。高強度のPVA系コンポジット繊維を得るため高重合度であるものの方が好ましいが、重合度1500〜2000の廉価な汎用のPVAを用いることによって、PVA系コンポジット繊維の製造コストを抑えることができる。
【0027】
PVAのケン化度については大きな制限はないが、冷却によるゲル化を速やかに進行させる上で90モル%以上が好ましい、また、製造されるPVA系コンポジット繊維の耐熱性、耐水性の観点より、99モル%程度乃至それ以上であると更に好ましい。なお、PVAは、他のビニル基を有するモノマー、例えば酢酸ビニル、エチレン、ポリエチレングリコールなどの若干の共重合成分を含んでいても良いが、この割合は小さい方が好ましい。
【0028】
(PVA系コンポジット繊維の製造方法)
図3はPVA系コンポジット繊維の製造方法を示すフローチャートである。本発明のPVA系コンポジット繊維の製造方法は、PVA系ポリマーおよびセルロースナノファイバーを配合した紡糸溶液を調製する紡糸溶液調製工程と、紡糸溶液の脱気を行う脱気工程と、紡糸溶液を冷却によりゲル化させて紡糸ゲル状原糸を得る紡糸工程と、紡糸ゲル状原糸の脱溶媒、乾燥を行う脱溶媒・乾燥工程と、紡糸ゲル状原糸を延伸する延伸工程を含んでいる。
【0029】
紡糸溶液調製工程では、PVA系ポリマー溶液に固形分のセルロースナノファイバーを添加する方法、PVA系ポリマー溶液とセルロースナノファイバーの溶媒分散液とを混合する方法、セルロースナノファイバーの溶媒分散液に固体のPVA系ポリマーを添加してPVA系ポリマーを溶解させる方法、あるいはセルロースナノファイバー分散液を乾燥させた固形分と固体のPVAを溶媒に分散・溶解させる方法のいずれの方法を用いることもできる。本例では、PVA系ポリマーを溶解させたPVA系ポリマー水溶液と、セルロースナノファイバーを水に分散させた分散液と混合している。
【0030】
紡糸溶液用の溶媒は、PVA系ポリマーを溶解し、セルロースナノファイバーを高度に分散させることが容易なものであれば特に限定されるものではなく、例えば、水若しくはジメチルスルホキシド、または、水およびジメチルスルホキシドの混合溶液を用いることができる。ここで、溶媒として水を用いれば、PVA系コンポジット繊維の製造コストを抑えることができる。溶媒としてジメチルスルホキシドを用いれば、溶媒が水単独の場合と比較して、製造されるPVA系コンポジット繊維の強度が向上し、溶剤の回収および再利用がしやすくなる。溶媒として、水およびジメチルスルホキシドの混合溶液を用いれば、PVAおよびセルロースナノファイバーを分散させるのに適し、且つ、溶媒が水単独の場合と比較して、高強度のPVA系コンポジット繊維が得られる。
【0031】
ここで、紡糸溶液中におけるPVA系ポリマーに対するセルロースナノファイバーの配合量を50wt%以下とすれば、PVA系繊維の特性である破断伸度の大きさや耐アルカリ性を生かしながら、繊維の強度を向上させることができる。また、紡糸溶液中におけるPVA系ポリマーに対するセルロースナノファイバーの配合量を0.1wt%以上とすれば、セルロースナノファイバーによる補強効果が確認される。さらに、紡糸溶液中におけるPVA系ポリマーに対するセルロースナノファイバーの配合量を1wt%以上とすれば、セルロースナノファイバーによる補強効果が顕著となる。なお、本例の製造方法によって製造されたPVA系コンポジット繊維における、PVA系ポリマーに対するセルロースナノファイバーの配合量は、紡糸溶液中におけるPVA系ポリマーに対するセルロースナノファイバーの配合量とほぼ同じ値となる。
【0032】
ここで、紡糸溶液中においてセルロースナノファイバーが均一に分散していることがPVA系コンポジット繊維の強度向上のためには好ましい。このため、PVA系ポリマー水溶液とセルロースナノファイバーの分散液とを攪拌しながら十分に混合する。本例では、ロータリーエバポレーター、ホモジナイザーなどを用いて混合している。
【0033】
PVA系ポリマー溶液とセルロースナノファイバーの溶媒分散液とを混合した後には、脱気工程を行う。本例では、紡糸原液を80℃で4時間以上放置することにより脱気しているが、例えば、株式会社シンキー製の撹拌脱泡ミキサーなどを使用することにより、数分〜30分程度で脱泡することもできる。
【0034】
紡糸工程はゲル紡糸法により行う。紡糸溶液をゾルからゲルへ転移させるゲル紡糸法としては、冷却気体の吹きつけによる乾式のゲル化を用いることもできるが、本例では、紡糸溶液をノズルからメタノール等の冷却溶媒の入った固化浴に押出す押出ゲル紡糸を用いて、紡糸ゲル状原糸を得ている。押出ゲル紡糸によれば、均一な、安定した構造を持つ繊維を作ることができる。また、押出ゲル紡糸によれば、PVA系ポリマーおよびセルロースナノファイバーを、紡糸する際の溶液とノズル間に作用するせん断流動、あるいはノズルから吐出され固化するまでの紡糸液に作用する伸長流動により、繊維軸方向へ配向させることができる。
【0035】
ここで、紡糸溶液は室温付近では高粘度なので、場合によってはゲル化することがあり、紡糸の妨げになる。従って、曳糸性を付与することを目的として紡糸溶液を70℃以上に加温し、溶液粘度を下げて完全なゾル(溶液)状態でゲル紡糸を行うことが望ましい。また、速やかな凝固のためには、冷却溶媒として−40℃〜10℃の範囲のものを用いることが好ましい。本例では、−10℃の冷却メタノールを使用している。
【0036】
次に、脱溶媒・乾燥工程を行う。本例では、紡糸ゲル状原糸をメタノールなどの有機溶媒中に浸漬して脱溶媒を進めた後に、風乾あるいは減圧乾燥する。なお、有機溶媒を使用せずに紡糸ゲル状原糸をそのまま風乾あるいは減圧乾燥することもできる。
【0037】
延伸工程では、乾燥した紡糸ゲル状原糸を乾熱延伸し、PVA系ポリマーおよびセルロースナノファイバーを延伸に伴う塑性変形によって生じるせん断作用によって繊維軸方向に配向させる。本例では、延伸倍率を16倍〜38倍としている。なお、乾熱延伸における延伸雰囲気は、酸化劣化を抑制するために窒素などの不活性ガスとすることも好ましい。
【実施例】
【0038】
以下、本発明の実施例を詳細に説明する。
【0039】
(実施例1〜5)
実施例1〜5は、コットン由来のセルロースナノファイバーをPVAに添加したものである。原料のPVA系ポリマーとして、重合度が1500、ケン化度が99.9モル%のPVA系ポリマーを用いている。また、セルロースナノファイバーとしては、繊維直径が5nm〜10nm、繊維長が100〜150nmのものを用いている。
【0040】
紡糸原液調製工程では、PVA系ポリマーに対して、セルロースナノファイバーを5wt%、10wt%、15wt%、20wt%、30wt%添加して調製した各水溶液をそれぞれ実施例1〜5の紡糸原液とした。PVA系ポリマー水溶液とセルロースナノファイバーを水に分散させた分散液とは、ロータリーエバポレーターを使用して、100℃で1時間かけて混合している。比較例は、PVA系ポリマーにセルロースナノファイバーを添加せず、PVA系ポリマー水溶液を紡糸原液とした。各実施例および比較例において最終的な紡糸溶液のPVA系ポリマー濃度は15wt%としてある。
【0041】
脱気工程では、各紡糸原液を80℃で4時間放置している。
【0042】
紡糸工程では、紡糸溶液を75℃に加温し、22GPa(ゲージ)のノズルを使用して−10℃の冷却メタノール中に押出してゲル化させて紡糸ゲル状原糸を得ている。
【0043】
脱溶媒・乾燥工程では、冷却したメタノールに各紡糸ゲル状原糸を24時間浸漬した後に、空気中で乾燥している。
【0044】
延伸工程では、紡糸ゲル状原糸を210℃のオーブン内で手回し延伸機を使用して24〜25倍に延伸している。
【0045】
(実施例1〜5の特性)
図4〜図9に各実施例のPVA系コンポジット繊維および比較例のPVA系繊維の特性を示す。図4は実施例1〜5の各PVA系コンポジット繊維および比較例のPVA系繊維について引張試験により得られた応力―ひずみ曲線である。図5〜図8は、それぞれ、実施例1〜5の各PVA系コンポジット繊維および比較例のPVA系繊維の、引張強度、引張弾性率(ヤング率)、破断伸度、結節強度を示すグラフである。結節強度は繊維の途中に一重結びを作り引張試験を行うことで決定した。引張試験は、エー・アンド・ディ株式会社製テンシロンRTC1250A引張試験機を用い、室温、原長40mm、引張速度100%/minで行っている。各実施例および比較例の特性を表1にまとめる。
【0046】
【表1】
【0047】
表1に示すように、実施例1〜5のPVA系コンポジット繊維は、いずれも、引張強度1.7GPa以上、引張弾性率50GPa以上と高強度・高弾性率であり、比較例のPVA系繊維よりも優れる。また、実施例1〜5のPVA系コンポジット繊維は結節強度においても150MPa以上であり、比較例のPVA系繊維よりも優れる。破断伸度については、その値が比較例のPVA系繊維の値よりも著しくは低下しておらず、4%以上の値を維持している。
【0048】
特に、PVA系ポリマーに対して5wt%、10w%のセルロースナノファイバーが添加されている実施例1、2は、引張強度において2GPaを超えており、重合度3000以上の高価なPVAを原料とするPVA系繊維に匹敵するか、それ以上の強度を備えている。また、実施例1、2は、引張弾性率が60GPa以上、結節強度が160MPa以上、破断伸度が5%以上であり、優れた機械的特性を備えている。
【0049】
ここで、セルロースナノファイバーの添加量が少なければ、紡糸溶液調製工程においてセルロースナノファイバーを容易に分散させることができる。また、原料のコストを抑えることができるので、PVA系コンポジット繊維の製造コストを押さえることができる。
【0050】
次に、図9は各実施例の未延伸繊維(紡糸ゲル状原糸)の動的貯蔵弾性率の温度依存性を示すグラフであり、図10は各実施例の延伸繊維(延伸工程を経て製造されたPVA系コンポジット繊維)の動的貯蔵弾性率の温度依存性を示すグラフである。動的粘弾性測定は、アイティー計測制御株式会社製のitk DVA−225を用い、原長20mm、引張モード、周波数10Hz、昇温速度10℃/minで測定している。
【0051】
図9によれば、セルロースナノファイバーの添加量の増加と共に弾性率が大きくなっている。特に、高温域での弾性率の低下の度合いが小さく、セルロースナノファイバーの添加により耐熱性が向上していることが分かる。図10によれば、実施例1〜5の延伸繊維(延伸工程を経て製造されたPVA系コンポジット繊維)は、比較例のPVA系繊維と比較して、高温時の動的貯蔵弾性率の低下の度合いが小さい。すなわち、PVA系コンポジット繊維は、高温時においても弾性率の低下の度合いが小さく、タイヤコードのような用途にも適している。
【0052】
図11は各実施例の未延伸繊維(紡糸ゲル状原糸)のDSC(示差走査熱量測定)曲線を示すグラフであり、図12は各実施例の延伸繊維(延伸工程を経て製造されたPVA系コンポジット繊維)のDSC曲線を示すグラフである。示差走査熱量測定は株式会社リガク製のサーモプラスIIを用い、試料重量約3mg、昇温速度10℃/minで測定している。
【0053】
図11によれば、実施例1〜5のPVA系コンポジット繊維にPVA系ポリマー成分の融点の低下が見られるが、これはPVA系ポリマーとセルロースナノファイバーの界面において両者の水酸基同士が水素結合により強く結びつき、PVAの結晶化を部分的に阻害したため、PVA単体と比べて結晶成長が起こりにくくなったためと考えられる。このことは、PVAとセルロース間の水素結合が強く、マトリックスとフィラー間の接着性が高いことを示していると考えられる。ここで、フィラーとマトリックス間の接着性が高いと、繊維マトリックスに付加された応力が強度のあるナノファイバーに速やかに伝達され、補強効果が発現する。従って、PVA系コンポジット繊維の高強度化が達成されるものと考察される。
【0054】
図12によれば、延伸後の繊維について、PVA系ポリマー成分の融点はいずれの試料でもほぼ同一であることから、延伸時の配向結晶化によりPVAの結晶化が進行し、セルロースナノファイバー未添加試料と同様の結晶になったと考えられる。したがって、セルロースナノファイバーはPVA成分の非晶部に存在すると考えられる。
【0055】
次に、図13は各実施例の未延伸繊維(紡糸ゲル状原糸)のX線回折写真であり、図14は各実施例の延伸繊維(延伸工程を経て製造されたPVA系コンポジット繊維)のX線回折写真である。特に図14の写真から、延伸によってPVA系ポリマーおよびセルロースナノファイバーが繊維軸方向に高度に配向している状態が確認される。
【0056】
図15は、ブレンダー(Waring社製Commercial Labolatory Blender 7012G)を使用し、室温、水中、ブレンダーのブレード速度14500rpmで30秒間解繊処理を行った実施例の走査型電子顕微鏡像である。図15では、実施例3の走査型電子顕微鏡像は省略してある。図15によれば、比較例のPVA系繊維では明瞭なフィブリル化が見られるが、セルロースナノファイバーを添加したものでは、繊維物性の低下をもたらすフィブリル化が大幅に抑制されている。
【0057】
(実施例6〜8)
以下の実施例6〜8は、ホヤ由来のセルロースナノファイバーをPVAに添加したものである。原料のPVA系ポリマーとして、重合度が1500、ケン化度が99.9モル%のPVA系ポリマーを用いている。また、セルロースナノファイバーとしては、繊維直径が10nm〜25nm、繊維長が1μm〜3μmのものを用いている。
【0058】
紡糸原液調製工程では、PVA系ポリマーに対して、セルロースナノファイバーを1wt%、3wt%、5wt%添加して調製した各水溶液をそれぞれ実施例6〜8の紡糸原液とした。実施例6〜8では、PVA系ポリマー水溶液とセルロースナノファイバーを水に分散させた分散液とは、ホモジナイザーを使用し、80℃、10000rpmの条件で10分間かけて混合した。比較例は、PVA系ポリマーにセルロースナノファイバーを添加せず、PVA系ポリマー水溶液を紡糸原液とした。各実施例および比較例において最終的な紡糸溶液のPVA系ポリマー濃度は13wt%としてある。
【0059】
脱気工程では、各紡糸原液を80℃で一晩放置している。
【0060】
紡糸工程では、紡糸溶液を75℃に加温し、22GPa(ゲージ)のノズルを使用して−10℃の冷却メタノール中に押出してゲル化させて紡糸ゲル状原糸を得ている。
【0061】
脱溶媒・乾燥工程では、冷却したメタノールに各紡糸ゲル状原糸を24時間浸漬した後、空気中で乾燥している。
【0062】
延伸工程では、紡糸ゲル状原糸を210℃のオーブン内で手回し延伸機を使用して限界近くの延伸倍率まで延伸している。実施例6〜8では延伸倍率がそれぞれ相違しており、実施例6では38倍、実施例7では28倍、実施例8では16倍としてある。比較例の延伸倍率は32倍としてある。
【0063】
(実施例6〜8の特性)
表2に実施例6〜8のPVA系コンポジット繊維および比較例のPVA系繊維の特性を示す。引張試験は、実施例1〜5の場合と同様の方法で行なっている。
【0064】
【表2】
【0065】
表1に示すように、実施例6〜8のPVA系コンポジット繊維は、いずれも、引張強度1.8GPa以上、引張弾性率50GPa以上と高強度・高弾性率であり、比較例のPVA系繊維よりも優れる。また、破断伸度については、その値が比較例のPVA系繊維の値よりも著しくは低下しておらず、3.8%以上の値を維持している。
【0066】
ここで、実施例6〜8は、PVA系ポリマーに対するセルロースナノファイバーの配合量が1wt%〜5w%と少量なので、紡糸溶液調製工程において、セルロースナノファイバーを容易に分散させることができる。また、原料のコストを抑えることができるので、PVA系コンポジット繊維の製造コストを押さえることができる。
【0067】
図16は各実施例の延伸繊維(延伸工程を経て製造されたPVA系コンポジット繊維)の動的貯蔵弾性率の温度依存性を示すグラフである。動的粘弾性測定は、実施例1〜5の場合と同様の方法で行なっている。実施例6〜8のPVA系コンポジット繊維は、比較例のPVA系繊維と比較して、高温時の動的貯蔵弾性率の低下の度合いが小さい。すなわち、PVA系コンポジット繊維は、高温時においても弾性率の低下の度合いが小さく、タイヤコードのような用途にも適している。
【0068】
なお、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリビニルアルコール(以下、PVAという)系ポリマーをセルロースナノファイバーで補強したPVA系コンポジット繊維に関する。
【背景技術】
【0002】
重合度が1500〜2000の汎用の廉価なPVAを原料とした場合でも、重合度が3000以上の高価なPVAを原料として製造したPVA系繊維に匹敵する強度を得ることができるPVA系コンポジット繊維の製造方法は、例えば、特許文献1に提案されている。同文献では、ヨウ素およびヨウ化物塩を含むPVA水溶液を紡糸原液とし、この紡糸原液をノズルを通して冷却浴へ押し出すことにより紡糸ゲル状原糸を得、さらに紡糸ゲル状原糸を延伸することによって、PVA系コンポジット繊維の強度を向上させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−13855号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1の製造方法では、PVA系コンポジット繊維の中にヨウ素が含まれてしまうので、製品とする最終段階においてこれを除去する工程が必要となるという問題がある。
【0005】
上記の問題点に鑑みて、本発明の課題は、製造が容易な高強度のPVA系コンポジット繊維およびその製造方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために、本発明のPVA系コンポジット繊維は、
PVA系ポリマーにセルロースナノファイバーが分散配合され、
前記PVA系ポリマーおよび前記セルロースナノファイバーがそれらの繊維軸方向に配向されていることを特徴とする。
【0007】
本発明によれば、PVA系コンポジット繊維は、繊維マトリックスに付加された応力が強度のあるセルロースナノファイバーに速やかに伝達される構造を備えている。従って、PVA系コンポジット繊維の高強度化が達成される。また、セルロースナノファイバーは、天然由来の成分から創製された安全なものを用いることができるので、製品となる最終段階において、残留した成分を除去する工程を含む必要がない。従って、PVA系コンポジット繊維を簡易な製造方法により提供できる。
【0008】
本発明において、PVA系コンポジット繊維は、前記ポリビニルアルコール系ポリマーに対してセルロースナノファイバーの配合量が0.1wt%〜50wt%となっていることが望ましい。すなわち、セルロースナノファイバーの配合量が50wt%以下となっていれば、PVA系繊維の破断伸度の大きさや耐アルカリ性を生かしながら、繊維の強度を向上させることができる。また、セルロースナノファイバーの配合量が0.1wt%以上となっていれば、セルロースナノファイバーによる補強効果が確認される。
【0009】
本発明において、前記PVA系ポリマーは、重合度が1500〜2000であり、引張強度が1.7GPaを超えることが望ましい。すなわち、PVA系コンポジット繊維は、原料として汎用の廉価なPVA系ポリマーを用いた場合でも、重合度が高いPVA系ポリマーを用いて製造したPVA系繊維に匹敵する引張強度を備えるものとすることができる。
【0010】
また、本発明において、前記PVA系ポリマーは、重合度が1500〜2000であり、引張弾性率が50GPaを超えることが望ましい。すなわち、PVA系コンポジット繊維は、原料として汎用の廉価なPVA系ポリマーを用いた場合でも、重合度が高いPVA系ポリマーを用いて製造したPVA系繊維に匹敵する引張弾性率を備えるものとすることができる。
【0011】
本発明において、セルロースナノファイバーをPVA系ポリマーに分散配合するためには、前記セルロースナノファイバーは、繊維直径が100nm未満、繊維長が100nm以上のものであることが望ましい。
【0012】
さらに、セルロースナノファイバーの繊維直径が50nm未満であれば、セルロースナノファイバーをPVA系ポリマーとともに繊維軸方向に配向するのに適している。
【0013】
次に、本発明のPVA系コンポジット繊維の製造方法は、
ポリビニルアルコール系ポリマーにセルロースナノファイバーを配合した紡糸溶液を調製する紡糸溶液調製工程と、
紡糸溶液を冷却によりゲル化させて紡糸ゲル状原糸を得る紡糸工程と、
前記紡糸ゲル状原糸を延伸する延伸工程と、
を含むことを特徴とする。
【0014】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、このような製造方法によって得られるPVA系コンポジット繊維は、セルロースナノファイバーを添加せずに製造されたPVA系繊維と比較して、高い強度を備えることを見出した。すなわち、このような製造方法によって得られるPVA系コンポジット繊維は、繊維マトリックスに付加された応力が強度のあるセルロースナノファイバーに速やかに伝達される構造を備えるので、PVA系コンポジット繊維の高強度化が達成される。また、セルロースナノファイバーは、天然由来の成分から創製された安全なものを用いることができるので、製品となる最終段階において、残留した成分を除去する工程を含む必要がない。従って、PVA系コンポジット繊維を、簡易な製造方法により提供できる。
【0015】
本発明において、紡糸溶液調製工程では、ポリビニルアルコール系ポリマーに対して0.1wt%〜50wt%の配合量となるようにセルロースナノファイバーを配合することが望ましい。紡糸溶液中におけるセルロースナノファイバーの配合量を50wt%以下とすれば、PVA系繊維の破断伸度の大きさや耐アルカリ性を生かしながら、繊維の強度を向上させることができる。また、紡糸溶液中におけるセルロースナノファイバーの配合量を0.1wt%以上とすれば、セルロースナノファイバーによる補強効果が確認される。
【0016】
本発明において、前記PVA系ポリマーは、重合度が1500〜2000であり、前記延伸工程では、引張強度が1.7GPaを超えるように前記紡糸ゲル状原糸を延伸することが望ましい。このようにすれば、原料として汎用の廉価なPVA系ポリマーを用いた場合でも、重合度が高いPVA系ポリマーを用いて製造したPVA系繊維に匹敵する引張強度を備えるPVA系コンポジット繊維を製造できる。
【0017】
また、本発明において、前記PVA系ポリマーは、重合度が1500〜2000であり、前記延伸工程では、引張弾性率が50GPaを超えるように前記紡糸ゲル状原糸を延伸することが望ましい。このようにすれば、原料として汎用の廉価なPVA系ポリマーを用いた場合でも、重合度が高いPVA系ポリマーを用いて製造したPVA系繊維に匹敵する引張弾性率を備えるPVA系コンポジット繊維を製造できる。
【0018】
本発明において、セルロースナノファイバーをPVA系ポリマーに分散配合するためには、前記セルロースナノファイバーは、繊維直径が100nm未満、繊維長が100nm以上のものであることが望ましい。
【0019】
さらに、セルロースナノファイバーの繊維直径が50nm未満であれば、セルロースナノファイバーをPVA系ポリマーとともに繊維軸方向に配向するのに適する。
【0020】
本発明において、前記紡糸溶液調製工程では、紡糸溶液の溶媒として、水若しくはジメチルスルホキシド、または、水およびジメチルスルホキシドの混合溶液を用いることが望ましい。ここで、溶媒として水を用いれば、PVA系コンポジット繊維の製造コストを抑えることができる。溶媒としてジメチルスルホキシドを用いれば、溶媒が水単独の場合と比較して、製造されるPVA系コンポジット繊維の強度が向上し、溶剤の回収および再利用がしやすくなる。溶媒として、水およびジメチルスルホキシドの混合溶液を用いれば、PVAおよびセルロースナノファイバーを分散させるのに適し、且つ、溶媒が水単独の場合と比較して、高強度のPVA系コンポジット繊維が得られる。
【発明の効果】
【0021】
本発明のPVA系コンポジット繊維は、繊維マトリックスに付加された応力が強度のあるセルロースナノファイバーに速やかに伝達される構造を備えている。従って、PVA系コンポジット繊維の高強度化が達成される。また、セルロースナノファイバーは、天然由来の成分から創製された安全なものを用いることができるので、製品となる最終段階において、残留した成分を除去する工程を含む必要がない。従って、本発明のPVA系コンポジット繊維を簡易な製造方法により提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】綿をセルロース源とするセルロースナノファイバーの透過型電子顕微鏡像である。
【図2】ホヤ由来のセルロースナノファイバーの透過型電子顕微鏡像である。
【図3】PVA系コンポジット繊維の製造方法を示すフローチャートである。
【図4】実施例1〜5のPVA系コンポジット繊維について引張試験により得られた応力―ひずみ曲線である。
【図5】実施例1〜5のPVA系コンポジット繊維の引張強度を示すグラフである。
【図6】実施例1〜5のPVA系コンポジット繊維の引張弾性率を示すグラフである。
【図7】実施例1〜5のPVA系コンポジット繊維の破断伸度を示すグラフである。
【図8】実施例1〜5のPVA系コンポジット繊維の結節強度を示すグラフである。
【図9】実施例1〜5の未延伸繊維の動的貯蔵弾性率の温度依存性を示すグラフである。
【図10】実施例1〜5の延伸繊維の動的貯蔵弾性率の温度依存性を示すグラフである。
【図11】実施例1〜5の未延伸繊維のDSC曲線を示すグラフである。
【図12】実施例1〜5の延伸繊維のDSC曲線を示すグラフである。
【図13】実施例1〜5の未延伸繊維のX線回折写真である。
【図14】実施例1〜5の延伸繊維のX線回折写真である。
【図15】実施例1、2、4、5の走査型電子顕微鏡像である。
【図16】実施例6〜8の延伸繊維の動的貯蔵弾性率の温度依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施の形態について詳述する。
【0024】
(セルロースナノファイバー)
本発明に用いるセルロースナノファイバーは、一般的なセルロースナノファイバー、すなわち、繊維直径が100nm以下、繊維長100nm以上のものを用いることができる。セルロースナノファイバーのセルロース源には、綿、麻類、針葉樹や広葉樹などの草木、海草、海藻、海洋生物のホヤが生産するセルロース、ある種の酢酸菌が生産するバクテリアセルロースがある。図1は綿をセルロース源とするセルロースナノファイバーの透過型電子顕微鏡像である。図2はホヤ由来のセルロースナノファイバーの透過型電子顕微鏡像である。
【0025】
セルロースナノファイバーとしては、周知の手法により創製されたものを用いることができる。例えば、綿や麻のようなセルロース繊維を、鉱酸水溶液により、非結晶部分を選択的に加水分解することにより得られるセルロースナノファイバーを用いることができる。また、セルロース繊維を水系媒体中に分散させ、TEMPO(2、2、6、6−テトラメチルピペリジノオキシラジカル)触媒酸化により得られるセルロースミクロフィブリルを解繊処理して得られるセルロースナノファイバーを用いることができる。さらに、セルロースの水分散液を高圧ホモジナイザー処理して得られるセルロースミクロフィブリルを解繊処理して得られるセルロースナノファイバーを用いることができる。さらに、これらのセルロースナノファイバー表面に、化学的後処理によって硫酸エステル基、リン酸エステル基、カルボキシル基、一級・二級・三級・四級アミノ基などのイオン性官能基を導入し、さらに分散性をよくしたナノファイバーを用いることも可能である。なお、高強度のPVA系コンポジット繊維を得るためには、結晶化度の高いセルロースナノファイバーを用いることが好ましい。また、セルロースナノファイバーとして、繊維直径が50nm以下のものを用いれば、セルロースナノファイバーをPVA系ポリマーに分散配合することが容易であるとともに、セルロースナノファイバーをPVA系ポリマーとともに繊維軸方向に配向するのに適する。
【0026】
(PVA)
PVAとしては重合度1500〜5000のものを用いることができる。高強度のPVA系コンポジット繊維を得るため高重合度であるものの方が好ましいが、重合度1500〜2000の廉価な汎用のPVAを用いることによって、PVA系コンポジット繊維の製造コストを抑えることができる。
【0027】
PVAのケン化度については大きな制限はないが、冷却によるゲル化を速やかに進行させる上で90モル%以上が好ましい、また、製造されるPVA系コンポジット繊維の耐熱性、耐水性の観点より、99モル%程度乃至それ以上であると更に好ましい。なお、PVAは、他のビニル基を有するモノマー、例えば酢酸ビニル、エチレン、ポリエチレングリコールなどの若干の共重合成分を含んでいても良いが、この割合は小さい方が好ましい。
【0028】
(PVA系コンポジット繊維の製造方法)
図3はPVA系コンポジット繊維の製造方法を示すフローチャートである。本発明のPVA系コンポジット繊維の製造方法は、PVA系ポリマーおよびセルロースナノファイバーを配合した紡糸溶液を調製する紡糸溶液調製工程と、紡糸溶液の脱気を行う脱気工程と、紡糸溶液を冷却によりゲル化させて紡糸ゲル状原糸を得る紡糸工程と、紡糸ゲル状原糸の脱溶媒、乾燥を行う脱溶媒・乾燥工程と、紡糸ゲル状原糸を延伸する延伸工程を含んでいる。
【0029】
紡糸溶液調製工程では、PVA系ポリマー溶液に固形分のセルロースナノファイバーを添加する方法、PVA系ポリマー溶液とセルロースナノファイバーの溶媒分散液とを混合する方法、セルロースナノファイバーの溶媒分散液に固体のPVA系ポリマーを添加してPVA系ポリマーを溶解させる方法、あるいはセルロースナノファイバー分散液を乾燥させた固形分と固体のPVAを溶媒に分散・溶解させる方法のいずれの方法を用いることもできる。本例では、PVA系ポリマーを溶解させたPVA系ポリマー水溶液と、セルロースナノファイバーを水に分散させた分散液と混合している。
【0030】
紡糸溶液用の溶媒は、PVA系ポリマーを溶解し、セルロースナノファイバーを高度に分散させることが容易なものであれば特に限定されるものではなく、例えば、水若しくはジメチルスルホキシド、または、水およびジメチルスルホキシドの混合溶液を用いることができる。ここで、溶媒として水を用いれば、PVA系コンポジット繊維の製造コストを抑えることができる。溶媒としてジメチルスルホキシドを用いれば、溶媒が水単独の場合と比較して、製造されるPVA系コンポジット繊維の強度が向上し、溶剤の回収および再利用がしやすくなる。溶媒として、水およびジメチルスルホキシドの混合溶液を用いれば、PVAおよびセルロースナノファイバーを分散させるのに適し、且つ、溶媒が水単独の場合と比較して、高強度のPVA系コンポジット繊維が得られる。
【0031】
ここで、紡糸溶液中におけるPVA系ポリマーに対するセルロースナノファイバーの配合量を50wt%以下とすれば、PVA系繊維の特性である破断伸度の大きさや耐アルカリ性を生かしながら、繊維の強度を向上させることができる。また、紡糸溶液中におけるPVA系ポリマーに対するセルロースナノファイバーの配合量を0.1wt%以上とすれば、セルロースナノファイバーによる補強効果が確認される。さらに、紡糸溶液中におけるPVA系ポリマーに対するセルロースナノファイバーの配合量を1wt%以上とすれば、セルロースナノファイバーによる補強効果が顕著となる。なお、本例の製造方法によって製造されたPVA系コンポジット繊維における、PVA系ポリマーに対するセルロースナノファイバーの配合量は、紡糸溶液中におけるPVA系ポリマーに対するセルロースナノファイバーの配合量とほぼ同じ値となる。
【0032】
ここで、紡糸溶液中においてセルロースナノファイバーが均一に分散していることがPVA系コンポジット繊維の強度向上のためには好ましい。このため、PVA系ポリマー水溶液とセルロースナノファイバーの分散液とを攪拌しながら十分に混合する。本例では、ロータリーエバポレーター、ホモジナイザーなどを用いて混合している。
【0033】
PVA系ポリマー溶液とセルロースナノファイバーの溶媒分散液とを混合した後には、脱気工程を行う。本例では、紡糸原液を80℃で4時間以上放置することにより脱気しているが、例えば、株式会社シンキー製の撹拌脱泡ミキサーなどを使用することにより、数分〜30分程度で脱泡することもできる。
【0034】
紡糸工程はゲル紡糸法により行う。紡糸溶液をゾルからゲルへ転移させるゲル紡糸法としては、冷却気体の吹きつけによる乾式のゲル化を用いることもできるが、本例では、紡糸溶液をノズルからメタノール等の冷却溶媒の入った固化浴に押出す押出ゲル紡糸を用いて、紡糸ゲル状原糸を得ている。押出ゲル紡糸によれば、均一な、安定した構造を持つ繊維を作ることができる。また、押出ゲル紡糸によれば、PVA系ポリマーおよびセルロースナノファイバーを、紡糸する際の溶液とノズル間に作用するせん断流動、あるいはノズルから吐出され固化するまでの紡糸液に作用する伸長流動により、繊維軸方向へ配向させることができる。
【0035】
ここで、紡糸溶液は室温付近では高粘度なので、場合によってはゲル化することがあり、紡糸の妨げになる。従って、曳糸性を付与することを目的として紡糸溶液を70℃以上に加温し、溶液粘度を下げて完全なゾル(溶液)状態でゲル紡糸を行うことが望ましい。また、速やかな凝固のためには、冷却溶媒として−40℃〜10℃の範囲のものを用いることが好ましい。本例では、−10℃の冷却メタノールを使用している。
【0036】
次に、脱溶媒・乾燥工程を行う。本例では、紡糸ゲル状原糸をメタノールなどの有機溶媒中に浸漬して脱溶媒を進めた後に、風乾あるいは減圧乾燥する。なお、有機溶媒を使用せずに紡糸ゲル状原糸をそのまま風乾あるいは減圧乾燥することもできる。
【0037】
延伸工程では、乾燥した紡糸ゲル状原糸を乾熱延伸し、PVA系ポリマーおよびセルロースナノファイバーを延伸に伴う塑性変形によって生じるせん断作用によって繊維軸方向に配向させる。本例では、延伸倍率を16倍〜38倍としている。なお、乾熱延伸における延伸雰囲気は、酸化劣化を抑制するために窒素などの不活性ガスとすることも好ましい。
【実施例】
【0038】
以下、本発明の実施例を詳細に説明する。
【0039】
(実施例1〜5)
実施例1〜5は、コットン由来のセルロースナノファイバーをPVAに添加したものである。原料のPVA系ポリマーとして、重合度が1500、ケン化度が99.9モル%のPVA系ポリマーを用いている。また、セルロースナノファイバーとしては、繊維直径が5nm〜10nm、繊維長が100〜150nmのものを用いている。
【0040】
紡糸原液調製工程では、PVA系ポリマーに対して、セルロースナノファイバーを5wt%、10wt%、15wt%、20wt%、30wt%添加して調製した各水溶液をそれぞれ実施例1〜5の紡糸原液とした。PVA系ポリマー水溶液とセルロースナノファイバーを水に分散させた分散液とは、ロータリーエバポレーターを使用して、100℃で1時間かけて混合している。比較例は、PVA系ポリマーにセルロースナノファイバーを添加せず、PVA系ポリマー水溶液を紡糸原液とした。各実施例および比較例において最終的な紡糸溶液のPVA系ポリマー濃度は15wt%としてある。
【0041】
脱気工程では、各紡糸原液を80℃で4時間放置している。
【0042】
紡糸工程では、紡糸溶液を75℃に加温し、22GPa(ゲージ)のノズルを使用して−10℃の冷却メタノール中に押出してゲル化させて紡糸ゲル状原糸を得ている。
【0043】
脱溶媒・乾燥工程では、冷却したメタノールに各紡糸ゲル状原糸を24時間浸漬した後に、空気中で乾燥している。
【0044】
延伸工程では、紡糸ゲル状原糸を210℃のオーブン内で手回し延伸機を使用して24〜25倍に延伸している。
【0045】
(実施例1〜5の特性)
図4〜図9に各実施例のPVA系コンポジット繊維および比較例のPVA系繊維の特性を示す。図4は実施例1〜5の各PVA系コンポジット繊維および比較例のPVA系繊維について引張試験により得られた応力―ひずみ曲線である。図5〜図8は、それぞれ、実施例1〜5の各PVA系コンポジット繊維および比較例のPVA系繊維の、引張強度、引張弾性率(ヤング率)、破断伸度、結節強度を示すグラフである。結節強度は繊維の途中に一重結びを作り引張試験を行うことで決定した。引張試験は、エー・アンド・ディ株式会社製テンシロンRTC1250A引張試験機を用い、室温、原長40mm、引張速度100%/minで行っている。各実施例および比較例の特性を表1にまとめる。
【0046】
【表1】
【0047】
表1に示すように、実施例1〜5のPVA系コンポジット繊維は、いずれも、引張強度1.7GPa以上、引張弾性率50GPa以上と高強度・高弾性率であり、比較例のPVA系繊維よりも優れる。また、実施例1〜5のPVA系コンポジット繊維は結節強度においても150MPa以上であり、比較例のPVA系繊維よりも優れる。破断伸度については、その値が比較例のPVA系繊維の値よりも著しくは低下しておらず、4%以上の値を維持している。
【0048】
特に、PVA系ポリマーに対して5wt%、10w%のセルロースナノファイバーが添加されている実施例1、2は、引張強度において2GPaを超えており、重合度3000以上の高価なPVAを原料とするPVA系繊維に匹敵するか、それ以上の強度を備えている。また、実施例1、2は、引張弾性率が60GPa以上、結節強度が160MPa以上、破断伸度が5%以上であり、優れた機械的特性を備えている。
【0049】
ここで、セルロースナノファイバーの添加量が少なければ、紡糸溶液調製工程においてセルロースナノファイバーを容易に分散させることができる。また、原料のコストを抑えることができるので、PVA系コンポジット繊維の製造コストを押さえることができる。
【0050】
次に、図9は各実施例の未延伸繊維(紡糸ゲル状原糸)の動的貯蔵弾性率の温度依存性を示すグラフであり、図10は各実施例の延伸繊維(延伸工程を経て製造されたPVA系コンポジット繊維)の動的貯蔵弾性率の温度依存性を示すグラフである。動的粘弾性測定は、アイティー計測制御株式会社製のitk DVA−225を用い、原長20mm、引張モード、周波数10Hz、昇温速度10℃/minで測定している。
【0051】
図9によれば、セルロースナノファイバーの添加量の増加と共に弾性率が大きくなっている。特に、高温域での弾性率の低下の度合いが小さく、セルロースナノファイバーの添加により耐熱性が向上していることが分かる。図10によれば、実施例1〜5の延伸繊維(延伸工程を経て製造されたPVA系コンポジット繊維)は、比較例のPVA系繊維と比較して、高温時の動的貯蔵弾性率の低下の度合いが小さい。すなわち、PVA系コンポジット繊維は、高温時においても弾性率の低下の度合いが小さく、タイヤコードのような用途にも適している。
【0052】
図11は各実施例の未延伸繊維(紡糸ゲル状原糸)のDSC(示差走査熱量測定)曲線を示すグラフであり、図12は各実施例の延伸繊維(延伸工程を経て製造されたPVA系コンポジット繊維)のDSC曲線を示すグラフである。示差走査熱量測定は株式会社リガク製のサーモプラスIIを用い、試料重量約3mg、昇温速度10℃/minで測定している。
【0053】
図11によれば、実施例1〜5のPVA系コンポジット繊維にPVA系ポリマー成分の融点の低下が見られるが、これはPVA系ポリマーとセルロースナノファイバーの界面において両者の水酸基同士が水素結合により強く結びつき、PVAの結晶化を部分的に阻害したため、PVA単体と比べて結晶成長が起こりにくくなったためと考えられる。このことは、PVAとセルロース間の水素結合が強く、マトリックスとフィラー間の接着性が高いことを示していると考えられる。ここで、フィラーとマトリックス間の接着性が高いと、繊維マトリックスに付加された応力が強度のあるナノファイバーに速やかに伝達され、補強効果が発現する。従って、PVA系コンポジット繊維の高強度化が達成されるものと考察される。
【0054】
図12によれば、延伸後の繊維について、PVA系ポリマー成分の融点はいずれの試料でもほぼ同一であることから、延伸時の配向結晶化によりPVAの結晶化が進行し、セルロースナノファイバー未添加試料と同様の結晶になったと考えられる。したがって、セルロースナノファイバーはPVA成分の非晶部に存在すると考えられる。
【0055】
次に、図13は各実施例の未延伸繊維(紡糸ゲル状原糸)のX線回折写真であり、図14は各実施例の延伸繊維(延伸工程を経て製造されたPVA系コンポジット繊維)のX線回折写真である。特に図14の写真から、延伸によってPVA系ポリマーおよびセルロースナノファイバーが繊維軸方向に高度に配向している状態が確認される。
【0056】
図15は、ブレンダー(Waring社製Commercial Labolatory Blender 7012G)を使用し、室温、水中、ブレンダーのブレード速度14500rpmで30秒間解繊処理を行った実施例の走査型電子顕微鏡像である。図15では、実施例3の走査型電子顕微鏡像は省略してある。図15によれば、比較例のPVA系繊維では明瞭なフィブリル化が見られるが、セルロースナノファイバーを添加したものでは、繊維物性の低下をもたらすフィブリル化が大幅に抑制されている。
【0057】
(実施例6〜8)
以下の実施例6〜8は、ホヤ由来のセルロースナノファイバーをPVAに添加したものである。原料のPVA系ポリマーとして、重合度が1500、ケン化度が99.9モル%のPVA系ポリマーを用いている。また、セルロースナノファイバーとしては、繊維直径が10nm〜25nm、繊維長が1μm〜3μmのものを用いている。
【0058】
紡糸原液調製工程では、PVA系ポリマーに対して、セルロースナノファイバーを1wt%、3wt%、5wt%添加して調製した各水溶液をそれぞれ実施例6〜8の紡糸原液とした。実施例6〜8では、PVA系ポリマー水溶液とセルロースナノファイバーを水に分散させた分散液とは、ホモジナイザーを使用し、80℃、10000rpmの条件で10分間かけて混合した。比較例は、PVA系ポリマーにセルロースナノファイバーを添加せず、PVA系ポリマー水溶液を紡糸原液とした。各実施例および比較例において最終的な紡糸溶液のPVA系ポリマー濃度は13wt%としてある。
【0059】
脱気工程では、各紡糸原液を80℃で一晩放置している。
【0060】
紡糸工程では、紡糸溶液を75℃に加温し、22GPa(ゲージ)のノズルを使用して−10℃の冷却メタノール中に押出してゲル化させて紡糸ゲル状原糸を得ている。
【0061】
脱溶媒・乾燥工程では、冷却したメタノールに各紡糸ゲル状原糸を24時間浸漬した後、空気中で乾燥している。
【0062】
延伸工程では、紡糸ゲル状原糸を210℃のオーブン内で手回し延伸機を使用して限界近くの延伸倍率まで延伸している。実施例6〜8では延伸倍率がそれぞれ相違しており、実施例6では38倍、実施例7では28倍、実施例8では16倍としてある。比較例の延伸倍率は32倍としてある。
【0063】
(実施例6〜8の特性)
表2に実施例6〜8のPVA系コンポジット繊維および比較例のPVA系繊維の特性を示す。引張試験は、実施例1〜5の場合と同様の方法で行なっている。
【0064】
【表2】
【0065】
表1に示すように、実施例6〜8のPVA系コンポジット繊維は、いずれも、引張強度1.8GPa以上、引張弾性率50GPa以上と高強度・高弾性率であり、比較例のPVA系繊維よりも優れる。また、破断伸度については、その値が比較例のPVA系繊維の値よりも著しくは低下しておらず、3.8%以上の値を維持している。
【0066】
ここで、実施例6〜8は、PVA系ポリマーに対するセルロースナノファイバーの配合量が1wt%〜5w%と少量なので、紡糸溶液調製工程において、セルロースナノファイバーを容易に分散させることができる。また、原料のコストを抑えることができるので、PVA系コンポジット繊維の製造コストを押さえることができる。
【0067】
図16は各実施例の延伸繊維(延伸工程を経て製造されたPVA系コンポジット繊維)の動的貯蔵弾性率の温度依存性を示すグラフである。動的粘弾性測定は、実施例1〜5の場合と同様の方法で行なっている。実施例6〜8のPVA系コンポジット繊維は、比較例のPVA系繊維と比較して、高温時の動的貯蔵弾性率の低下の度合いが小さい。すなわち、PVA系コンポジット繊維は、高温時においても弾性率の低下の度合いが小さく、タイヤコードのような用途にも適している。
【0068】
なお、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリビニルアルコール系ポリマーにセルロースナノファイバーが分散配合され、
前記ポリビニルアルコール系ポリマーおよび前記セルロースナノファイバーがそれらの繊維軸方向に配向されていることを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維。
【請求項2】
請求項1において、
前記ポリビニルアルコール系ポリマーに対してセルロースナノファイバーの配合量が0.1wt%〜50wt%となっていることを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記ポリビニルアルコール系ポリマーは、重合度が1500〜2000であり、
引張強度が1.7GPaを超えることを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維。
【請求項4】
請求項1または2において、
前記ポリビニルアルコール系ポリマーは、重合度が1500〜2000であり、
引張弾性率が50GPaを超えることを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維。
【請求項5】
請求項1ないし4のうちのいずれかの項において、
前記セルロースナノファイバーは、繊維直径が100nm未満、繊維長が100nm以上のものであることを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維。
【請求項6】
請求項5において、
前記セルロースナノファイバーは、繊維直径が50nm未満のものであることを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維。
【請求項7】
ポリビニルアルコール系ポリマーにセルロースナノファイバーを配合した紡糸溶液を調製する紡糸溶液調製工程と、
紡糸溶液を冷却によりゲル化させて紡糸ゲル状原糸を得る紡糸工程と、
前記紡糸ゲル状原糸を延伸する延伸工程と、
を含むことを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維の製造方法。
【請求項8】
請求項7において、
紡糸溶液調製工程では、ポリビニルアルコール系ポリマーに対して0.1wt%〜50wt%の配合量となるようにセルロースナノファイバーを配合することを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維の製造方法。
【請求項9】
請求項7または8において、
前記ポリビニルアルコール系ポリマーは、重合度が1500〜2000であり、
前記延伸工程では、引張強度が1.7GPaを超えるように前記紡糸ゲル状原糸を延伸することを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維の製造方法。
【請求項10】
請求項7または8において、
前記ポリビニルアルコール系ポリマーは、重合度が1500〜2000であり、
前記延伸工程では、引張弾性率が50GPaを超えるように前記紡糸ゲル状原糸を延伸することを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維の製造方法。
【請求項11】
請求項7ないし10のうちのいずれかの項において、
前記セルロースナノファイバーは、繊維直径が100nm未満、繊維長が100nm以上のものであることを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維の製造方法。
【請求項12】
請求項11において、
前記セルロースナノファイバーは、繊維直径が50nm未満のものであることを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維の製造方法。
【請求項13】
請求項7ないし12のうちのいずれかの項において、
前記紡糸溶液調製工程では、紡糸溶液の溶媒として、水若しくはジメチルスルホキシド、または、水およびジメチルスルホキシドの混合溶液を用いることを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維の製造方法。
【請求項1】
ポリビニルアルコール系ポリマーにセルロースナノファイバーが分散配合され、
前記ポリビニルアルコール系ポリマーおよび前記セルロースナノファイバーがそれらの繊維軸方向に配向されていることを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維。
【請求項2】
請求項1において、
前記ポリビニルアルコール系ポリマーに対してセルロースナノファイバーの配合量が0.1wt%〜50wt%となっていることを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記ポリビニルアルコール系ポリマーは、重合度が1500〜2000であり、
引張強度が1.7GPaを超えることを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維。
【請求項4】
請求項1または2において、
前記ポリビニルアルコール系ポリマーは、重合度が1500〜2000であり、
引張弾性率が50GPaを超えることを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維。
【請求項5】
請求項1ないし4のうちのいずれかの項において、
前記セルロースナノファイバーは、繊維直径が100nm未満、繊維長が100nm以上のものであることを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維。
【請求項6】
請求項5において、
前記セルロースナノファイバーは、繊維直径が50nm未満のものであることを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維。
【請求項7】
ポリビニルアルコール系ポリマーにセルロースナノファイバーを配合した紡糸溶液を調製する紡糸溶液調製工程と、
紡糸溶液を冷却によりゲル化させて紡糸ゲル状原糸を得る紡糸工程と、
前記紡糸ゲル状原糸を延伸する延伸工程と、
を含むことを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維の製造方法。
【請求項8】
請求項7において、
紡糸溶液調製工程では、ポリビニルアルコール系ポリマーに対して0.1wt%〜50wt%の配合量となるようにセルロースナノファイバーを配合することを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維の製造方法。
【請求項9】
請求項7または8において、
前記ポリビニルアルコール系ポリマーは、重合度が1500〜2000であり、
前記延伸工程では、引張強度が1.7GPaを超えるように前記紡糸ゲル状原糸を延伸することを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維の製造方法。
【請求項10】
請求項7または8において、
前記ポリビニルアルコール系ポリマーは、重合度が1500〜2000であり、
前記延伸工程では、引張弾性率が50GPaを超えるように前記紡糸ゲル状原糸を延伸することを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維の製造方法。
【請求項11】
請求項7ないし10のうちのいずれかの項において、
前記セルロースナノファイバーは、繊維直径が100nm未満、繊維長が100nm以上のものであることを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維の製造方法。
【請求項12】
請求項11において、
前記セルロースナノファイバーは、繊維直径が50nm未満のものであることを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維の製造方法。
【請求項13】
請求項7ないし12のうちのいずれかの項において、
前記紡糸溶液調製工程では、紡糸溶液の溶媒として、水若しくはジメチルスルホキシド、または、水およびジメチルスルホキシドの混合溶液を用いることを特徴とするポリビニルアルコール系コンポジット繊維の製造方法。
【図3】
【図1】
【図2】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図1】
【図2】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2011−208293(P2011−208293A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−74323(P2010−74323)
【出願日】平成22年3月29日(2010.3.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、文部科学省科学技術総合研究委託事業、産業技術強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年3月29日(2010.3.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、文部科学省科学技術総合研究委託事業、産業技術強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】
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