説明

ポリベンザゾール繊維及びその製造方法

【課題】ポリベンザゾール繊維内部の残存イオンのしみ出しが極めて少なく、電子材料分野においても好適なポリベンザゾール繊維を提供する。
【解決手段】小角X線散乱子午線上に、長周期にして3nm以上12nm以下の位置に2点干渉を有することを特徴とするポリベンザゾール繊維であり、さらには、干渉点の高次成分が1〜3次まで確認できることを特徴とするポリベンザゾール繊維。また、繊維内部に残留イオンを含有するポリベンザゾール繊維を、30〜100℃の温水中に緊張下で保持し、繊維内部の残留イオンを結晶化させ、かつポリベンザゾールの分子軸に沿って配向させることを特徴とするポリベンザゾール繊維の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は産業用資材、その中でも特に電子材料分野に好適なポリベンザゾール繊維に関する。
【背景技術】
【0002】
高強度、高耐熱性を有する繊維として、ポリベンゾオキサゾール若しくはポリベンゾチアゾールまたはこれらのコポリマーから構成されるポリベンザゾール繊維が知られている(例えば、特許文献1、特許文献2、特許文献3)。
ポリベンザゾール繊維は、通常、ポリベンザゾールポリマーとポリ燐酸などの溶媒から成る紡糸ドープを紡糸口金から紡出し、これ以降凝固、中和、水洗、乾燥、熱セット工程を経て製造されるが、ポリベンザゾールは著しく剛直性が高い高分子であるため、溶媒の燐酸や中和剤のアルカリ金属の繊維からの除去は容易ではなく、繊維内部に燐酸や中和に使用したアルカリ金属イオン成分が取り残されることになる。このため、電子基板材料などの分野に応用しようとすると、残留イオンのしみ出しで短絡などの問題発生の可能性もあり、電子材料分野に応用する上で障害となることがある。
【0003】
【特許文献1】米国特許第5385702号明細書
【特許文献2】W094/04726号明細書
【特許文献3】米国特許第5296185号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、繊維内部に残留イオン成分が存在しても、繊維内部からしみ出してくるイオン量が極めて少なく、電子材料分野にも応用可能なポリベンザゾール繊維を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明のポリベンザゾール繊維においては、下記の構成であることにより、繊維内部に取り残された残留イオン成分が結晶化し、かつポリベンザゾールの分子軸に沿って高度に配向する構造を形成せしめ、水の影響でイオンがしみ出てこないような構造(超構造ともいう)が作り込まれているのである。すなわち、
第1の発明は、小角X線散乱子午線上に、長周期にして3nm以上12nm以下の位置に2点干渉を有することを特徴とするポリベンザゾール繊維。
第2の発明は、2点干渉が現れる位置が、5nm以上10nm以下であることを特徴とする第1の発明に記載のポリベンザゾール繊維。
第3の発明は、干渉点の高次成分が2次まで確認できることを特徴とする第1の発明に記載のポリベンザゾール繊維。
第4の発明は、干渉点の高次成分が3次まで確認できることを特徴とする第1の発明に記載のポリベンザゾール繊維。
第5の発明は、繊維内部に残留イオンを含有するポリベンザゾール繊維を、30〜100℃の温水中に緊張下で保持し、繊維内部の残留イオンを結晶化させ、かつポリベンザゾールの分子軸に沿って配向させることを特徴とするポリベンザゾール繊維の製造方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明によると、ポリベンザゾール繊維が繊維内部に残留イオンを保有していても、残留イオン成分が結晶化し、かつポリベンザゾールの分子軸に沿って高度に配向している構造(超構造)であるため、残留イオンのしみ出しが著しく抑制され、電子材料分野にも応用可能なポリベンザゾール繊維を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係るポリベンザゾール繊維とは、ポリベンザゾールポリマーよりなる繊維をいい、ポリベンザゾール(以下、PBZともいう)とは、ポリベンゾオキサゾール(以下、PBOともいう)、ポリベンゾチアゾール(以下、PBTともいう)、またはポリベンズイミダゾール(以下、PBIともいう)から選ばれる1種以上のポリマーをいう。本発明においてPBOは芳香族基に結合されたオキサゾール環を含むポリマーをいい、その芳香族基は必ずしもベンゼン環である必要はなく、ビフェニレン基、ナフチレン基などであってもよい。さらにPBOは、ポリ(p−フェニレンベンゾビスオキサゾール)のホモポリマーのみならず、ポリ(p−フェニレンベンゾビスオキサゾール)のフェニレン基の一部がピリジン環などの複素環に置換されたコポリマーや芳香族基に結合された複数のオキサゾール環の単位からなるポリマーが広く含まれる。このことは、PBTやPBIの場合も同様である。また、PBO、PBT及びPBIの二種またはそれ以上の混合物、PBO、PBT及びPBIの二種またはそれ以上のブロックもしくはランダムコポリマー及びこれらのポリベンザゾールポリマーの混合物、コポリマー、ブロックポリマーなども含まれる。
【0008】
PBZポリマーに含まれる構造単位としては、好ましくは、特定濃度で液晶を形成するライオトロピック液晶ポリマーから選択される。当該ポリマーは構造式(a)〜(h)に記載されているモノマー単位からなり、好ましくは、本質的に構造式(a)〜(d)から選択されたモノマー単位からなるものである。また、これらのモノマー単位において、アルキル基やハロゲン基などの置換基を有するモノマー単位を一部含んでもよい。
【0009】
【化1】

【0010】
【化2】

【0011】
ポリマーのドープを形成するための好適溶媒としては、クレゾールやそのポリマーを溶解し得る非酸化性の酸が含まれる。好適な酸溶媒の例としては、ポリ燐酸、メタンスルホン酸及び高濃度の硫酸或いはそれ等の混合物があげられる。更に適する溶媒は、ポリ燐酸及びメタンスルホン酸である。また最も適する溶媒は、ポリ燐酸である。
【0012】
ドープ中のポリマー濃度は好ましくは少なくとも約7質量%であり、より好ましくは少なくとも10質量%、特に好ましくは少なくとも14質量%である。最大濃度は、例えばポリマーの溶解性やドープ粘度といった実際上の取り扱い性により限定される。それらの限界要因のために、ポリマー濃度は通常では20質量%を越えることはない。
【0013】
本発明において、好適なポリマーまたはコポリマーとドープは公知の方法で合成される。例えばWolfeらの米国特許第4,533,693号明細書(1985.8.6)、Sybertらの米国特許第4,772,678号明細書(1988.9.22)、Harrisの米国特許第4,847,350号明細書(1989.7.11)またはGregoryらの米国特許第5,089,591号明細書(1992.2.18)に記載されている。要約すると、好適なモノマーは非酸化性で脱水性の酸溶液中、非酸化性雰囲気で高速撹拌及び高剪断条件のもと約60℃から230℃までの段階的または一定昇温速度で温度を上げることで反応させられる。
【0014】
紡出糸条は十分な延伸比(SDR)を得るために、十分な長さのドローゾーン長が必要であり、かつ比較的高温度(ドープの固化温度以上で紡糸温度以下)の整流された冷却風で均一に冷却されることが望ましい。ドローゾーンの長さ(L)は非凝固性の気体中で固化が完了する長さが必要であり、単孔吐出量(Q)によって決定される。良好な繊維物性を得るにはドローゾーンの取り出し応力がポリマー換算で(ポリマーのみに応力がかかるとして)1.8g/dtex以上が必要である。
【0015】
ドローゾーンで延伸された糸条は、次に溶媒の抽出及び糸条の凝固のための媒体浴に導かれる。抽出(凝固)浴に用いられる抽出(凝固)媒体としては、分子内に水酸基を有する液体、すなわち、水、メタノール、エタノール、エチレングリコールおよびこれらとリン酸を混ぜて作った溶液が好ましく、より好ましくは水もしくはリン酸水溶液である。
【0016】
リン酸水溶液の場合のリン酸濃度は、好ましくは5質量%以上60質量%以下、さらに好ましくは10質量%以上50質量%以下、最も好ましくは20質量%以上40質量%以下である。さらに凝固温度として好ましい領域は5℃以上60℃以下、さらに好ましくは10℃以上50℃以下、最も好ましくは15℃以上40℃以下である。
【0017】
第一の抽出(凝固)浴を通した後、さらに水酸化ナトリウム水溶液などで中和し、第二の抽出浴などの洗浄工程を通して繊維(糸条)中に含まれるリン酸を抽出する。最終的に抽出浴において糸条が含有する燐酸が1.0質量%以下、好ましくは0.5質量%以下になるように抽出する。本発明における抽出媒体として用いられる液体は特に限定はないが、ポリベンザゾールに対して実質的に相溶性を有しない水、メタノール、エタノール、アセトン、エチレングリコール等が好ましく、リン酸水溶液や水がより好ましい。また、抽出(凝固)浴を多段に分離しリン酸水溶液の濃度を順次薄くし最終的に水で水洗してもよい。これらの抽出処理によって、繊維中のリン原子含有量は、通常、10000〜2000ppm程度に低減される。
【0018】
最終的には乾燥工程を通して繊維中の水分を2%以下にまで乾燥させる。乾燥方法については一般的なローラー乾燥法やオーブン中に放置する方法などを選択すれば。繊維弾性率を向上させる目的で、必要に応じて張力下で400℃以上で熱処理しても良い。
【0019】
本発明においては、上記のようにして得られた繊維内部に残留イオンを保有するポリベンザゾール繊維に下記の構造的特徴を発現せしめる。
すなわち、小角X線散乱子午線上に、長周期にして3nm以上12nm以下の位置に2点干渉を有するポリベンザゾール繊維とする。この繊維構造は、繊維内部の残留イオンが結晶化し、ポリベンザゾールの分子軸に沿って高度に配向していることを示している。2点干渉の位置は、5〜10nmが好ましい。
また、干渉点の高次成分は、2次まで確認できることが好ましく、より好ましくは、3次まで確認できることである。干渉点の高次成分は、残留イオン成分の結晶の配向の程度を示すものであり、高次になるほど結晶の配向性が高いことを示している。
【0020】
上記の繊維構造のポリベンザゾール繊維は、以下のように繊維を温水中で繊維に張力を加えた状態(緊張下)で保持することにより得ることができる。
すなわち、通常の方法で製造された繊維内部に残留イオンを保有するポリベンザゾール繊維を、ボビンや綛などに巻き上げた状態で温湯中に保持する。
温湯の温度は、30℃以上100℃以下であり、好ましくは40℃以上100℃以下、さらに好ましくは50℃以上100℃以下である。温度が低すぎると効果が現れない。保持時間は、好ましくは1日以上2か月以下、更に好ましくは3日以上1か月以下、最も好ましくは7日以上18日以下である。保持する期間が長すぎると、強度低下が生じることがあり、また生産コストの上昇を招くことになる。
【0021】
本発明におけるポリベンザゾール繊維の小角X線散乱の測定方法は、一般的な方法を採用することができるが、本発明では、下記の方法で測定した。
測定に供するX線は、(株)リガク製ローターフレックスRU−300を用いて発生させた。ターゲットとして銅対陰極を用い、例えば出力40kv×26mAのファインフォーカスで運転した。光学系は点収束カメラを用い、X線はニッケルフィルターを用いて単色化した。検出器は、フジ写真フィルム(株)製イメージングプレート(FDL UR−V)などを用いた。なお、試料と検出器間の距離は30mm乃至350mmの間の適当な距離でよい。空気などからの妨害バックグラウンド散乱を抑えるため、試料と検出器の間は、ヘリウムガスを充填した。露光時間は5分乃至6時間程度の適当な時間である。イメージングプレート上に記録された散乱強度信号の読みとりは、富士写真フィルム(株)製デジタルミクログラフィー(PixsysTEM)を用いた。なお、長周期Dの算出は次の式を用いた。
D=λ/2 sinθ
ここで、λはX線の波長、2θは散乱角である。
【実施例】
【0022】
以下、更に実施例によって本発明を詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
(実施例1〜5、比較例1〜3)
米国特許第4533693号に示される方法によって得られた、30℃のメタンスルホン酸溶液で測定した固有粘度が25.2dl/gのポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール14.0質量%と五酸化リン含有率83.05質量%のポリ燐酸から成る紡糸ドープを紡糸に用いた。ドープは金属網状の濾材を通過させ、次いで2軸混練り装置で混練りと脱泡を行った後、昇圧させ、重合体溶液温度を170℃に保ち、孔数166を有する紡糸口金から170℃で紡出させた。該吐出糸条は温度60℃の冷却風を用いて冷却した後、ゴゼットロールに巻き付け紡糸条速度を与え、温度を20±2℃に保った20%の燐酸水溶液から成る抽出・凝固浴中に導入した。引き続いて第2の抽出浴中でイオン交換水を用いて糸条を洗浄した後、0.1規定の水酸化ナトリウム溶液中に浸漬し中和処理を施した。更に水洗浴で水洗した後、ボビンに巻き上げて80℃のオーブン中で水分率が0.8%になるまで乾燥した。これ以後の処理を施さない繊維(未処理)を比較例1の繊維とした。
【0023】
上記で得られたポリベンザゾール繊維をボビンに巻いたまま、表1に記載した温度の温湯中で表1に記載した時間保持して、実施例1〜5及び比較例2、3の繊維を得た。
得られた各繊維は、更に80℃のオーブン中で水分率が0.8%になるまで乾燥後、イオン抽出試験及びイオンの定量と小角X線散乱の測定を実施した。
なお、イオン抽出試験及びイオンの定量法は、以下のとおりであり、小角X線散乱の測定は、前記(段落0021)の方法である。
【0024】
(イオン抽出試験及びイオンの定量法)
測定繊維1gと純水100ml(イオン交換水を石英2段蒸留して作ったもの)とをガラスビーカーに入れ、スターラーで攪拌しながら24時間放置した。この上澄み液10mlに6mol/lの塩酸2.5mlを加えた後、原子吸光法にてナトリウムイオンを定量した。リン酸イオンについては高性能イオンクロマト法にて定量した。それぞれのイオンの抽出量を測定繊維質量当りの抽出量で示した。
【0025】
(極限粘度)
メタンスルホン酸を溶媒として、0.5g/lの濃度に調製したポリマー溶液の粘度をオストワルド粘度計を用いて25℃恒温槽中で測定した。
(水分率)
乾燥前質量:W0(g)、乾燥後質量:W1(g)から、下記の計算式に従って算出した。なお、乾燥は200℃、1時間の条件で実施した。
水分率(%)=(W0−W1)/W1×100
(引張強度、引張弾性率)
標準状態(温度:20±2℃、相対湿度(RH)65±2%)の試験室内に24時間以上放置後、JIS−L1015に準じて引張試験機にて測定した。
得られた測定結果を表1に示した。
【0026】
【表1】

【0027】
以上より、本発明の繊維は、小角X線散乱の測定で、子午線上に、長周期にして3nm以上12nm以下の位置に2点干渉が認められ、かつ干渉点の高次成分が1〜3次まで確認でき、抽出されるイオン量が少なくなっていることが理解できる。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明は、これまで得られなかった繊維からしみ出してくるイオン量が少ない特徴を有するポリベンザゾール繊維を工業的に容易に製造することができるため、産業用資材として実用性を高め利用分野を拡大する効果が絶大である。
特に、電子回路基板用途などの電子部品や材料として応用するときに有効である。その他、ケーブル、電線や光ファイバー等のテンションメンバーはもとより、ロケットインシュレーション、ロケットケイシング、圧力容器、宇宙服の紐、惑星探査気球、等の航空、宇宙資材、耐弾材等の耐衝撃用部材、手袋等の耐切創用部材、ベルト、タイヤ、靴底、ロープ、ホース等のゴム補強剤、釣竿、テニスラケット、卓球ラケット、バトミントンラケット、ゴルフシャフト、クラブヘッド、ガット、弦、セイルクロス、ランニングシューズ、マラソンシューズ、スパイクシューズ、スケートシューズ、バスケットボールシューズ、バレーボールシューズ等の運動靴、ロードレーサー、ピストレーサー、マウンテンバイクなど競技、競走用自転車及びその車輪、テンションディスク、コンポジットホイール、ディスクホイール、スポーク、ブレーキワイヤー、変速機ワイヤー、競技用車椅子及びその車輪、スキー、ストック、ヘルメット、落下傘等のスポーツ関係資材、アバンスベルト、クラッチファーシング等の耐摩擦材、各種建築材料用補強剤及びその他ライダースーツ、スピーカーコーン、軽量乳母車、軽量車椅子、軽量介護用ベッド、救命ボート、ライフジャケット等、広範にわたる用途に使用出来る。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】本発明のポリベンザゾール繊維の小角X線散乱の測定によって認められる2点干渉及び干渉点の高次成分を示す模式図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
小角X線散乱子午線上に、長周期にして3nm以上12nm以下の位置に2点干渉を有することを特徴とするポリベンザゾール繊維。
【請求項2】
2点干渉が現れる位置が、5nm以上10nm以下であることを特徴とする請求項1に記載のポリベンザゾール繊維。
【請求項3】
干渉点の高次成分が2次まで確認できることを特徴とする請求項1に記載のポリベンザゾール繊維。
【請求項4】
干渉点の高次成分が3次まで確認できることを特徴とする請求項1に記載のポリベンザゾール繊維。
【請求項5】
繊維内部に残留イオンを含有するポリベンザゾール繊維を、30〜100℃の温水中に緊張下で保持し、繊維内部の残留イオンを結晶化させ、かつポリベンザゾールの分子軸に沿って配向させることを特徴とするポリベンザゾール繊維の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2006−348442(P2006−348442A)
【公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−179204(P2005−179204)
【出願日】平成17年6月20日(2005.6.20)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】