説明

ポリペプチドN−アセチルガラクトサミン転移酵素:pp−GalNAc−T10の結晶および該結晶の製造方法

【課題】 コアタンパク質、ペプチド配列のセリン、スレオニン残基の水酸基にN−アセチルガラクトサミン(GalNAc)をα1結合で転移する活性を有するポリペプチドN−アセチルガラクトサミン転移酵素:pp-GalNAc-T10の結晶、および該結晶の製造方法の提供を課題とする。
【解決手段】pp-GalNAc-T10タンパク質の生産において、適切な宿主ベクター系の選択を行うことで、pp-GalNAc-T10タンパク質の大量発現系の作成に成功した。また、この発現系によって生産されたpp-GalNAc-T10タンパク質について、膨大な数の結晶化条件の検討を行い、遂に、pp-GalNAc-T10タンパク質の結晶化に成功した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質やポリペプチド鎖またはオリゴペプチドのセリン、スレオニン残基の水酸基にN−アセチルガラクトサミン(GalNAc)をα1結合で転移する活性を有するポリペプチドN−アセチルガラクトサミン転移酵素:pp-GalNAc-T10の結晶、および該結晶の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
分泌タンパク質及び細胞表面に存在する数々のタンパク質には、セリン、スレオニン残基の水酸基に、N−アセチルガラクトサミンから始まるO−結合型(ムチン型)と呼ばれる糖鎖が存在している。O−結合型糖鎖は全ての高等動物に存在する翻訳後修飾によるタンパク質の機能制御機構の範疇で、例えばリガンドーレセプター間相互作用における重要な調節因子でもある。これまでに、O−結合型糖鎖を持つタンパク質が多数同定されており、主なものとして粘膜ムチンタンパク質が挙げられるが、その他重要な機能を持つタンパク質としては細胞間伝達物質、細胞分化マーカー、細胞間伝達物質の受容体タンパク質が挙げられる。これらのタンパク質に共通している性質として、他のタンパク質と可逆的に複合体を形成するということが知られている。このことから、O−結合型糖鎖修飾はタンパク質表層のチャージの分布や親水性、立体構造を調節することでシグナル伝達に関与し、タンパク質の会合やその安定化に寄与するものと考えられている。
【0003】
O−結合型糖鎖の付加、即ちコアタンパク質やペプチド配列のセリン、スレオニン残基の水酸基にN−アセチルガラクトサミンをα1結合で転移する活性を有するヒトの酵素としては、これまでに18種類知られている(非特許文献3〜15,18, 特許文献1)。それぞれの遺伝子で発現組織や転移可能なアミノ酸配列や周囲のアミノ酸への糖修飾のパターンにより、使用される酵素は異なっており、全てのヒトのタンパク質にN−アセチルガラクトサミン修飾を施すには、あらゆる種類のUDP−N−アセチル−D−ガラクトサミン:ポリペプチドN−アセチルガラクトサミン転移酵素が必要になると考えられる。さらに、コアタンパク質やペプチド配列のセリン、スレオニン残基の水酸基にN−アセチルガラクトサミンをα1結合で転移する活性を有する酵素はO−結合型糖鎖付加において重要な酵素であり、この酵素の変化による細胞表面やタンパク質上の糖鎖密度の変化や糖鎖構造の欠如により、多数の疾患が引き起こされることが知られている。具体的な例としては、癌細胞の糖鎖修飾は正常細胞と比較して異なることが多い。最も特徴的な癌細胞の糖鎖変化は、ムチン型(O−結合型)糖鎖において起こり、これらの変化は癌細胞の浸潤や転移に関連し、癌細胞の脱分化や成長速度の上昇を反映する。そのO−結合型糖鎖の根元にはGalNAcが存在する。細胞表面のGalNAcの密度あるいは露出度の変化はGal/GalNAc特異的なCa2+依存型レクチンをもつマクロファージの癌細胞の認識や接着度合と関連している(非特許文献16)。さらに、合成したTn抗原を持つ多抗原性のO−結合型糖ペプチドは、免疫感作療法に使用され、腫瘍耐性マウスの生存率が増加するという報告もなされている(非特許文献17)。このように、糖転移酵素の解析は、疾患の診断や治療においても重要であると考えられる。
【0004】
糖転移酵素の解析においては、これまでの生化学的な解析と併せて、該糖転移酵素の3次元立体構造を決定することで、コアタンパク質やペプチド配列のセリン、スレオニン残基にO−結合型糖鎖が付加される際の、糖転移反応機構のメカニズムについて更なる理解が深まるものと考えられる。
【0005】
これまでに、ポリペプチドN−アセチルガラクトサミン転移酵素の1つとして、pp-GalNAc-T10についてクローニングや、生化学的な解析が行われたが(図3)、該酵素の立体構造に関しては解明されていなかった。該酵素の糖転移活性部位の立体構造が決定されることで、転移可能なアミノ酸配列や周囲のアミノ酸への糖修飾のパターンが解明されることが考えられる。
【0006】
X線結晶構造解析により該タンパク質の立体構造を解明するためには、pp-GalNAc-T10タンパク質を結晶化する必要がある。しかしながら、これまでpp-GalNAc-T10タンパク質が結晶化されたという報告例はない。
【0007】
【特許文献1】特願2002-163832 新規UDP-N-アセチル-D-ガラクトサミン:ポリペプチドN-アセチルガラクトサミン転移酵素及びこれをコードする核酸
【特許文献2】特願 2003-162685 糖転移酵素及びそれをコードする核酸
【非特許文献1】White, T.W., R. Bruzzone, and D.L. Paul, The connexin family of intercellularchannel forming proteins. Kidney Int, 1995. 48(4): p. 1148-57.
【非特許文献2】Toba, S., et al., Brain-specific expression of a novel humanUDP-GalNAc:polypeptide N-acetylgalactosaminyltransferase (GalNAc-T9). BiochimBiophys Acta, 2000. 1493(1-2): p. 264-8.
【非特許文献3】Bennett, E.P., H. Hassan, and H. Clausen, cDNA cloning and expressionof a novel human UDP-N-acetyl-alpha-D-galactosamine. PolypeptideN-acetylgalactosaminyltransferase, GalNAc-t3. J Biol Chem, 1996. 271(29): p.17006-12.
【非特許文献4】Bennett, E.P., et al., Cloning and characterization of a closehomologue of human UDP-N-acetyl-alpha-D-galactosamine:PolypeptideN-acetylgalactosaminyltransferase-T3, designated GalNAc-T6. Evidence forgenetic but not functional redundancy. J Biol Chem, 1999. 274(36): p. 25362-70.
【非特許文献5】Bennett, E.P., et al., Cloning of a human UDP-N-acetyl-alpha-D-Galactocomplements samine:polypeptide N-acetylgalactosaminyltransferase that otherGalNAc-transferases in complete O-glycosylation of the MUC1 tandem repeat. JBiol Chem, 1998. 273(46): p. 30472-81.
【非特許文献6】White, K.E., et al., Molecular cloning of a novel humanUDP-GalNAc:polypeptide N-acetylgalactosaminyltransferase, GalNAc-T8, andanalysis as a candidate autosomal dominant hypophosphatemic rickets (ADHR)gene. Gene, 2000. 246(1-2): p. 347-56.
【非特許文献7】Bennett, E.P., et al., A novel humanUDP-N-acetyl-D-galactosamine:polypeptide N-acetylgalactosaminyltransferase,GalNAc-T7, with specificity for partial GalNAc-glycosylated acceptorsubstrates. FEBS Lett, 1999. 460(2): p. 226-30.
【非特許文献8】White, T., et al., Purification and cDNA cloning of a humanUDP-N-acetyl-alpha-D-galactosamine:polypeptideN-acetylgalactosaminyltransferase. J Biol Chem, 1995. 270(41): p. 24156-65.
【非特許文献9】Toba, S., Tenno, M., Konishi, M., Mikami, T., Itoh, N. and Kurosaka,A., Brain-specific expression of a novel human UDP-GalNAc:polypeptideN-acetylgalactosaminyltransferase (GalNAc-T9). Biochim. Biophys. Acta. 2000.1493, 264-268.
【非特許文献10】Cheng L, Tachibana K, Zhang Y, Guo J, Kahori Tachibana K, Kameyama A,Wang H, Hiruma T, Iwasaki H, Togayachi A, Kudo T, Narimatsu H. Characterizationof a novel human UDP-GalNAc transferase, pp-GalNAc-T10. FEBS Lett. 2002 Nov6;531(2):115-21.
【非特許文献11】Schwientek, T., Bennett, E.P., Flores, C., Thacker, J., Hollmann, M.,Reis, C.A., Behrens, J., Mandel, U., Keck, B., Schafer, M.A., Haselmann, K.,Zubarev, R., Roepstorff, P., Burchell, J.M., Taylor-Papadimitriou, J.,Hollingsworth, M.A. and Clausen, H., Functional conservation of subfamilies ofputative UDP-N-acetylgalactosamine:polypeptideN-acetylgalactosaminyltransferases in Drosophila, Caenorhabditis elegans, andmammals. One subfamily composed of l(2)35Aa is essential in Drosophila. J.Biol. Chem. 2002. 277, 22623-22638.
【非特許文献12】Guo, J.M., Zhang, Y., Cheng, L., Iwasaki, H., Wang, H., Kubota, T.,Tachibana, K. and Narimatsu, H., Molecular cloning and characterization of anovel member of the UDP-GalNAc:polypeptide N-acetylgalactosaminyltransferasefamily, pp-GalNAc-T12. FEBS. Lett. 2002. 524, 211-218.
【非特許文献13】Zhang Y, Iwasaki H, Wang H, Kudo T, Kalka TB, Hennet T, Kubota T,Cheng L, Inaba N, Gotoh M, Togayachi A, Guo J, Hisatomi H, Nakajima K,Nishihara S, Nakamura M, Marth JD, Narimatsu H.Cloning and characterization of a new humanUDP-N-acetyl-alpha-D-galactosamine:polypeptideN-acetylgalactosaminyltransferase, designated pp-GalNAc-T13, that isspecifically expressed in neurons and synthesizes GalNAc alpha-serine/threonineantigen.J Biol Chem. 2003 Jan 3;278(1):573-84.
【非特許文献14】Wang, H., Tachibana, K., Zhang, Y., Iwasaki, H., Kameyama, A., Cheng,L., Guo, J., Hiruma, T., Togayachi, A., Kudo, T., Kikuchi, N. and Narimatsu,H., Cloning and characterization of a novel UDP-GalNAc:polypeptideN-acetylgalactosaminyltransferase, pp-GalNAc-T14. Biochem. Biophys. Res.Commun. 2003. 300, 738-744.
【非特許文献15】Cheng L, Tachibana K, Iwasaki H, Kameyama A, Zhang Y, Kubota T,Hiruma T, Tachibana K, Kudo T, Guo JM, Narimatsu H. Characterization of a novelhuman UDP-GalNAc transferase, pp-GalNAc-T15. FEBS Lett. 2004 566(1-3):17-24.
【非特許文献16】Sakamaki, T., Y. Imai, and T. Irimura, Enhancement in accessibilityto macrophages by modification of mucin-type carbohydrate chains on a tumorcell line: role of a C-type lectin of macrophages. J Leukoc Biol, 1995. 57(3):p. 407-14.
【非特許文献17】Moyana, T.N. and J. Xiang, Expression of tumor-associated polymorphicepithelial mucin and carcinoembryonic antigen in gastrointestinal carcinoidtumors. Implications for immunodiagnosis and immunotherapy. Cancer, 1995.75(12): p. 2836-43.
【非特許文献18】Ten Hagen KG, Hagen FK, Balys MM, Beres TM, Van Wuyckhuyse B, TabakLA. Cloning and expression of a novel, tissue specifically expressed member ofthe UDP-GalNAc:polypeptide N-acetylgalactosaminyltransferase family. J BiolChem. 1998 Oct 16;273(42):27749-54.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的はコアタンパク質やペプチド配列のセリン、スレオニン残基の水酸基にN−アセチルガラクトサミンをα1結合で転移する活性を有するpp-GalNAc-T10タンパク質の結晶の提供にある。また、本発明は、該結晶の製造方法の提供をも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記の課題を解決すべく、pp-GalNAc-T10タンパク質の生産および結晶化を試みた。その結果、pp-GalNAc-T10タンパク質の生産において、適切な宿主ベクター系の選択を行うことで、pp-GalNAc-T10タンパク質の大量発現系の作成に成功した。また、この発現系によって生産されたpp-GalNAc-T10タンパク質について、膨大な数の結晶化条件の検討を行い、遂に、pp-GalNAc-T10タンパク質の結晶化に成功した。
【0010】
即ち、本発明は、pp-GalNAc-T10タンパク質の結晶およびその製造方法に関し、より具体的には、以下の(1)〜(10)を提供するものである。
(1)pp-GalNAc-T10タンパク質の結晶であって、斜方晶系に属し、空間群C2221である結晶。
(2)pp-GalNAc-T10タンパク質の結晶であって、格子定数がa=80.3,b=131.8,c=138.4(Å)である結晶。
(3)pp-GalNAc-T10タンパク質の結晶であって、太さ0.1mm角以上、長さ0.3mm以上の大きさを有する結晶。
(4)基質との複合体である、(1)から(3)のいずれかに記載の結晶。
(5)基質がN−アセチルガラクトサミンである、(4)に記載の結晶。
(6)基質がUDP-GalNAcである、(4)に記載の結晶。
(7)pp-GalNAc-T10タンパク質の結晶の製造方法であって、ハンギングドロップ法において、沈殿剤の組成が4〜7%PEG3350、50mMのNa-thiocyanate、および100mM pH8.5のトリス塩酸緩衝液からなる製造方法。
(8)結晶がpp-GalNAc-T10タンパク質とその基質との複合体である、(7)に記載の方法。
(9)基質がN−アセチルガラクトサミンである、(8)に記載の方法。
(10)基質がUDP-GalNAcである、(8)に記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明のpp-GalNAc-T10タンパク質の結晶を用い、3次元立体構造を決定することで、該タンパク質の糖転移触媒領域の構造および糖転移のメカニズムを明らかにすることが出来、転移可能なアミノ酸配列や周囲のアミノ酸への糖修飾のパターン等が解明されることとなる。
【0012】
これまでに、pp-GalNAc-T10タンパク質の酵素機能が変化することにより、細胞表面やタンパク質上の糖鎖密度の変化や糖鎖構造の欠如が起こり、癌やIgA腎症などの多数の免疫疾患が引き起こされることが知られている。そのため、pp-GalNAc-T10タンパク質に特異的な阻害剤または促進剤が見つかれば、これらの疾患の治療薬としての応用も考えられる。該タンパク質を大量に生産し、従来の生化学的手法により、その阻害剤または促進剤をスクリーニングすることも可能であるが、非常に時間と労力がかかる作業である。本発明の結晶を用いてX線結晶構造解析を行い3次元構造が得られれば、それらの情報からバーチャルスクリーニングを行うことにより化合物を同定することも可能となり、創薬の分野において非常に有益なものになると考えられる。
【0013】
また、pp-GalNAc-T10タンパク質の結晶化は、pp-GalNAc-T10タンパク質の安定性や保存性を高める上でも有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明は、pp-GalNAc-T10タンパク質の結晶を提供する。本発明における「pp-GalNAc-T10タンパク質」は、完全なタンパク質でもよく、また、ポリペプチドN−アセチルガラクトサミン転移活性を有する部分ペプチドであってもよい。また、該活性を有する限り、1若しくは複数(例えば、30,20,10,5,または3アミノ酸以内)のアミノ酸が、付加、欠失、置換などされた変異体であってもよい。典型的なpp-GalNAc-T10タンパク質のアミノ酸配列を配列番号:2に、該タンパク質をコードするDNAの塩基配列を配列番号:1に示す。
【0015】
本発明の結晶の一つの好ましい態様は、斜方晶系に属し、空間群C2221の結晶である。「空間群」とは、結晶の対象要素の配置をいう。
【0016】
他の好ましい態様は、格子定数がa=80.3,b=131.8,c=138.4(Å)の結晶である。「格子定数」とは、単位格子の形と大きさを表現している数字の組み合わせをいい、「単位格子」とは、基本的な平行六面体のブロックをいう。
【0017】
他の好ましい態様は、0.1mm角以上(好ましくは、0.2,0.3,0.4または0.5mm角以上)、長さ0.3mm以上(好ましくは、0.4, 0.5, 0.6または0.7mm以上)の大きさを有する結晶である。結晶は、例えば、斜方柱面体でありうる。
【0018】
また本発明の結晶は、基質との複合体としても調製することができる。本発明において「基質」とは、タンパク質(酵素)の基質結合部位に結合しうる化合物を指し、天然由来の化合物であっても、人工的な化合物であってもよい。また、種々の薬剤候補化合物であってもよい。好ましい基質としては、N−アセチルガラクトサミン、UDP-GalNAc等を挙げることができる。
【0019】
本発明の結晶を得るためには、まず、精製されたpp-GalNAc-T10タンパク質を取得する必要がある。精製されたpp-GalNAc-T10タンパク質は、pp-GalNAc-T10タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含むベクターを宿主に導入し、宿主において発現したpp-GalNAc-T10タンパク質を回収することにより調製することができる。これまでには、昆虫細胞Sf9を宿主とするbaculo virusの発現系が構築され、FLAG配列によるアンチFLAG抗体を使った精製等が行われていた(Cheng L., et al. (2002) FEBS Lett. 531, 115-121)。
【0020】
標的遺伝子のDNA遺伝子断片は、GenBankデータベースにAB078145で登録されている(Cheng L., et al. (2002) FEBS Lett. 531, 115-121)ことから、一般的手法にしたがってヒト大腸癌細胞等からゲノムDNAを抽出し、目的遺伝子を選別することにより、取得することが可能である。ヒト大腸癌細胞等からのゲノムDNAの抽出は、例えば、Cryer らの方法(Methods in Cell Biology, 12, 39-44 (1975) )およびP. Philippsenらの方法(Methods Enzymol., 194, 169-182 (1991) )に従って行なうことができる。
【0021】
標的遺伝子は、PCR法により増幅することができる。PCR法は、インビトロ(in vitro)でDNAの特定断片をその領域の両端のセンス・アンチセンスプライマー、耐熱性DNAポリメラーゼ、DNA増幅システム等の組み合わせを用いて約2-3時間で数十万倍以上に増幅できる技術であるが、標的遺伝子の増幅には、プライマーとして25-30merの合成1本鎖DNAを、鋳型としてゲノムDNAを用いる。
【0022】
上記操作における、DNAの細胞への導入およびこれによる形質転換の方法としては、一般的な方法、例えば、ベクターとしてファージを用いる場合は、大腸菌宿主にこれを感染させる方法等により、効率よく宿主にDNAを取り込ませることができる。またプラスミドを用いて酵母を形質転換する方法としては、リチウム塩で処理して自然にDNAを取込みやすい状態にしてプラスミドを取り込ませる方法や、あるいは電気的にDNAを細胞内に導入する方法を採用できる(Becker and Guarente, Methods Enzymol., 194, 182-187 (1991))。
【0023】
また、上記操作における、DNAの単離・精製等は何れも常法、例えば大腸菌の場合、アルカリ/SDS法とエタノール沈殿によるDNA抽出、さらにRNase処理、PEG沈殿法などによりDNAを精製できる。DNAの精製には市販の精製キットを使用することもできる。また、遺伝子のDNA配列の決定等も通常の方法、例えばジデオキシ法(Sanger et al., Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 74, 5463-5467 (1977))等により行なうことができる。さらに、上記DNA塩基配列の決定は、市販のシークエンスキット等を用いることによっても容易に行ない得る。
【0024】
pp-GalNAc-T10タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含むベクターを宿主に導入し、大量発現系を構築することが可能である。該ポリヌクレオチドを含むベクターを導入する宿主細胞としては、原核細胞、真核細胞(動物細胞、酵母細胞、カビ細胞、昆虫細胞など)のように、遺伝子組換え技術で用いられる細胞を用いることができる。例えば、原核細胞としては大腸菌、真核細胞のうち酵母細胞としては、出芽酵母のほか、異種タンパク質発現に適しているメタノール資化性酵母があげられる。メタノール資化性酵母はPichia pastoris, Hansenula polymorpha, Yarrowia lipolitica, Candida boidinii, Ogatae minuta等が知られており、いずれも利用可能である。Pichia pastorisについては、発現用ベクターが市販品として入手可能であり、公知の方法によって形質転換を行なうことができる。
【0025】
発現用ベクター中、目的遺伝子の発現に利用するプロモーターとしては、恒常的に発現が誘導される解糖系の遺伝子、例えばグリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼのプロモーターが利用できる。さらにはメタノール資化性酵母の場合、メタノールによって誘導されるメタノール代謝系遺伝子、例えばアルコールオキシダーゼ(AOX)などのプロモーターが利用可能である。発現ベクターとしては、これらのプロモーターが挿入された市販のものを使用することができ、好ましくはpPIC9(インビトロジェン社製)等を挙げることが出来る。
【0026】
効率的にpp-GalNAc-T10タンパク質を生産するためには、該タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含むプラスミドを構築し、適した制限酵素で直鎖状にした後(図1)、ゲノム上に導入することでPichia pastorisを形質転換することが好ましい。Pichia pastorisとしてはPichia pastoris SMD1168株(インビトロジェン社製)を使用することが好ましい。
【0027】
上記の形質転換は、それぞれの宿主について一般的な方法で行う。例えば、宿主が大腸菌であれば、塩化カルシウム法その他の方法により作製したコンピテント細胞に組換えポリヌクレオチドを含むベクタ−を温度ショック法あるいはエレクトロポレ−ション法により導入することが可能である(Sambrook, J, Fritsch, E.F., and Maniatis, T., Molecular Cloning: A Laboratory Manual, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY (1989), 1.74-1.85)。宿主が酵母細胞であれば、塩化リチウム法その他の方法により作製したコンピテント細胞に組換えポリヌクレオチドを含むベクタ−を温度ショック法あるいはエレクトロポレ−ション法により導入することが可能である(Becker, D.M. and Guarente, L., Methods Enzymol., (1991), 194, 182-187)。宿主が動物細胞であれば、増殖期等の細胞に組換え体ポリヌクレオチドを含むベクタ−をリン酸カルシウム法、リポフェクション法またはエレクトロポレ−ション法により導入することが可能である(Sambrook, J, Fritsch, E.F., and Maniatis, T., Molecular Cloning: A Laboratory Manual, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY (1989), 16.30-16.55)。
【0028】
このようにして得られた形質転換体を培地に培養することにより、pp-GalNAc-T10タンパク質を産生させることが可能である。形質転換体を培養する場合、培養に使用される培地としては、それぞれの宿主が生育可能な培地ならば良い。例えば、宿主が大腸菌であればLB培地などを用い、宿主が酵母であればYPD培地などを用いる。宿主がメタノール資化性酵母であればDifco社から供給される各種の培地成分とグリセロールを炭素源とした培地(例えばBMGY培地)で菌体を増殖した後、メタノールを培地中に添加する(例えばBMMY培地を用いる)ことで目的タンパク質を生産できる。動物細胞であれば、Dulbecco's MEM に動物血清を加えたものなどを用いる。培養は、それぞれの宿主について一般的に用いられている条件で行う。例えば、宿主が大腸菌ならば約30〜37℃で、約3〜24時間培養を行い、必要により通気や撹拌を加えることができる。宿主が酵母であれば約25〜37℃で、約12時間〜2週間培養を行い、必要により通気や撹拌を加えることができる。宿主が動物細胞であれば約32〜37℃で、5% CO2、100%湿度の条件で約24時間〜2週間培養を行い、必要により気相の条件を変えることや撹拌を加えることができる。
【0029】
上記の培養物(培養液、培養菌体)からpp-GalNAc-T10 タンパク質を単離精製するためには、通常のタンパク質の単離、精製法を用いればよい。例えば、菌体内に存在するpp-GalNAc-T10 タンパク質については培養終了後、細胞を遠心分離により回収し水系緩衝液に懸濁後、超音波破砕機、フレンチプレス、マントンガウリンホモゲナイザー、ダイノミル等により細胞を破砕し、無細胞抽出液を得、これを遠心分離することにより上清を得る。一方培養上清に存在するpp-GalNAc-T10 タンパク質については培養終了後、細胞を遠心分離により分離し、限外ろ過、塩析法等により濃縮する。以降の操作は通常のタンパク質の単離精製法、即ち、溶媒抽出法、硫安等による塩析法、脱塩法、有機溶媒による沈殿法、ジエチルアミノエチル(DEAE)セファロース等を用いた陰イオン交換クロマトグラフィー法、スルホプロピル(SP)セファロース(ファルマシア社製)等を用いた陽イオン交換クロマトグラフィー法、フェニルセファロース等を用いた疎水性クロマトグラフィー法、セファクリル等を用いた分子篩を用いたゲルろ過法、群特異性担体、レクチンリガンド、金属キレートなどを用いたアフィニティークロマトグラフィー法、クロマトフォーカシング法、等電点電気泳動等の電気泳動法等の手法を単独あるいは組み合わせて用い、精製標品を得ることができる。
上記の方法で精製を行なった該タンパク質については、Chengらの方法(Cheng L., et al. (2002) FEBS Lett. 531,115-121)等により、活性測定を行うことが出来る。
【0030】
本発明のpp-GalNAc-T10は精製の後、N-結合型糖鎖を切断し、結晶化試料として用いることも可能である。N-結合型糖鎖を切断する場合には、市販のEndoglycosidase H(endoH;New England Biolab社製)等を用いることも可能である。N-結合型糖鎖を切断した後にゲル濾過クロマトグラフィーにより、N-結合型糖鎖が切断された該タンパク質のみを分離させて、結晶化に用いることも出来る。
【0031】
本発明の結晶の調製においては、このようにして得た精製タンパク質標品につき、結晶化条件のスクリーニングを行う。スクリーニングには、透析法、蒸気拡散法、バッチ法、自由界面拡散法、濃縮法、温度勾配法などが利用できる。蒸気拡散法においてはハンギングドロップ法、シッティングドロップ法、サンドイッチドロップ法などが使用可能であり、本発明において好ましくはハンギングドロップ法を使用する。使われる沈殿剤は一般的な試薬を購入し、適当に濃度調節・混合して調製できる。また、結晶化条件のスクリーニングにはJENA BIOSCIENCE 社製JBScreenキット、Hampton 社製Crystal Screenキット、Crystal Screen IIキット、PEG/Ion Screenキット等市販のものを利用することも出来る。JBScreenキットには文献でよく報告されている240の、Crystal Screenキットには50の、Crystal Screen IIキットには48の結晶化条件で構成されている。また、PEG/Ion ScreenキットにはPEG3350と48種の塩の組み合わせで構成されており、結晶化用ストック溶液中もしくはリザーバー溶液中に適当なpHのバッファーを添加することにより、様々な結晶化条件のスクリーニングが可能である。
【0032】
しかしながら、X線回折実験に適した単結晶を調製するためには、無限に考えられる結晶化条件の中から好適な条件を選択しなければならない。タンパク質の結晶化に影響を及ぼす因子としては、タンパク質試料の濃度、溶媒のイオン強度、溶媒の塩濃度、温度、沈殿剤の種類、溶媒のpHおよび対イオン等が考えられ、市販のキットではこれら全ての条件を網羅することは出来ない。そのため、キット等による一次スクリーニングの後、これらの条件について細かく条件を設定し、再度詳細な結晶化条件を検討する必要がある。
【0033】
検討を行った条件が、結晶化についての最適の条件であるかどうかに関しては、結晶化の成否、生成した結晶の大きさ、結晶にX線を照射した際に得られる回折強度データを比較することで、判断をすることが出来る。大きな結晶が形成されることが好ましいが、さらに高分解能の回折強度データが得られる結晶が形成されることがより好ましい。
【0034】
本発明のタンパク質の結晶化において検討できる条件としては、まず、タンパク質の発現、精製、濃縮条件を挙げることが出来る。タンパク質の結晶化条件とタンパク質試料の発現・精製条件は一見独立に見えるが、互いに密接に影響を受ける。従って、精製条件を最適化しながら、結晶化条件を調整していくことが必要で、しかも、精製条件の変化が結晶化条件にどのような影響を及ばすかは全く予想できないので、宿主の培養から精製結晶化までのプロセスを何度も試行錯誤的に繰り返す必要がある。
タンパク質の発現の際に検討する条件としては、培養温度、誘導時間、培養時間、菌体密度等を挙げることが出来る。本発明においては、28℃の培養温度で24時間誘導を行う条件がより好ましい。
【0035】
タンパク質の精製・濃縮の際に検討する条件としては、培地の濃縮条件、カラムクロマトグラフィーにおける分取画分の濃縮方法、結晶化直前のタンパク質試料の濃縮条件等を挙げることが出来る。本発明においては、培養後に回収した培地を濃縮する際に、短時間(例えば3時間)で濃縮を行うことが好ましい。また、結晶化直前に1濃縮器に導入するタンパク質量を一定にすることが好ましい。
【0036】
さらに、本発明のタンパク質の結晶化において検討できる条件としては、ENDO Hによる糖鎖切断条件、pH条件、沈殿剤の組成条件等に関しても挙げることが出来る。
ENDO Hによる糖鎖切断の際に検討する条件としては、ENDO Hを作用させる時間、ENDO Hを作用させる際の温度、ENDO Hの濃度等を挙げることが出来る。
【0037】
本酵素の結晶化はpH0.1の違いでも鋭敏に影響を受け、pH0.1の違いは市販のキットやスクリーニング実験では無視される差である。本発明においては、沈殿剤のpHがpH8.5近傍(例えば、pH8.3、pH8.4、pH8.5、pH8.6、pH8.7)であることが好ましく、より最適なpHはpH8.5である。また、本発明の結晶化においては、一定時間(例えば2日)以上至適pHに曝されていることが、より好ましい。
【0038】
本発明のタンパク質は自発的な結晶核形成頻度が高く、通常のスクリーニング条件では大きな結晶が得られることが稀である。本発明においては、結晶核形成を押さえるため、タンパク質濃度と沈殿剤濃度の組み合わせによって達成できる様々な過飽和度での結晶成長実験だけでなく、シーディング等を行うことにより、結晶核を減らす条件を検討することが出来る。本発明においては、これらの結晶核を減らす条件として、緩衝剤濃度を100mMに設定するのがより好ましい。
【0039】
本発明の結晶を製造するために最も好ましいのは、実施例に記載の条件である。基質との共結晶を得る場合には、基質濃度としては、10mMの条件を適用することができる。本発明は、このように本発明の結晶の製造方法をも提供するものである。
【0040】
得られた結晶にX線を照射し、回折強度データを収集した後に、フーリエ合成および、重原子同型置換法、多波長異常散乱(分散)法または分子置換法により位相を決定し、電子密度を得る。その後、電子密度から分子モデルの構築し、分子モデルの精密化を行うことで、pp-GalNAc-T10タンパク質の三次元構造を決定することが出来る。構造解析によりpp-GalNAc-T10タンパク質の三次元構造が明らかとなれば、形状相補性や相互作用エネルギーなどの評価により、pp-GalNAc-T10タンパク質に結合する化合物をコンピュータ上でスクリーニングすることも可能となる。
【実施例】
【0041】
以下、本発明を実施例により、さらに具体的に説明するが本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
【0042】
(1) 実施例に用いた試薬類
特に指定の無い試薬類は、シグマ製、和光純薬製あるいはナカライテスク製の最高グレードのものを使用した。また、制限酵素はTAKARA製のものを用いた。結晶のスクリーニングにはハンプトン製の「クリスタルスクリーニングキット」を用いた。
【0043】
(2) 実施例に用いた機器類
目的のDNA断片を増幅する際には、GeneAmp PCR System 9700(Applied Biosystems社製)を、また、遺伝子配列決定には、ABI PLISM 3100 DNA Sequencer(Perkin-Elmer社製)を使用した。大量培養には、ジャーファーメンターシステム(東京理化器械社製)を用いた。
【0044】
〔実施例1〕 可溶型pp-GalNAc-T10タンパク質の発現系の構築
pp-GalNAc-T10遺伝子配列は、 GenBankデータベースにAB078145で登録されている(Cheng L., et al. (2002) FEBS Lett. 531, 115-121)。pp-GalNAc-T10遺伝子配列全長を含むプラスミドを鋳型とし、プライマーA(CCCTCGAGAAAAGACATCATCATCATCATCATCCTGGGGGATCGGGGGCGGC:配列番号:3)とプライマーB(ATTTGCGGCCGCCTAGTTCCTATTGAATTTTTC:配列番号:4)を用いてPCRで増幅を行った。増幅した遺伝子はpp-GalNAc-T10タンパク質の配列番号:2に示す部分アミノ酸配列(Pro40-Asn603)のN末端側にヒスチジンが6残基付加したような融合タンパク質(以下可溶型pp-GalNAc-T10タンパク質と略する)をコードしている。得られたPCR産物をPCR Purification Kit(Qiagen社製)を用いて塩とプライマーを除いた。精製したPCR産物をXhoIとNotIで切断を行ない、同様にXhoIとNotIで切断したpPIC9(Invitrogen社製)にライゲーション反応を行い、PCR産物を挿入した。PCR産物の塩基配列をシークエンサーで確認後、StuIでプラスミドの切断を行ない、直鎖状にした(図1)。これを用いて、Pichia pastoris SMD1168株(Invitrogen社製)の形質転換を行なった。塩化リチウム法による形質転換の条件はInvitrogenのプロトコールに従った。SD-His(2%グルコース、0.67% Yeast Nitrogen Base w/o amino acids (Difco社製)、核酸塩基、およびヒスチジンを除くアミノ酸混合物(20-400 mg/L))培地のプレートにまいて、30℃で2日間培養し、形質転換体を得た。
形質転換体よりゲノムDNAを調製し、PCR法により、増幅した遺伝子がP. pastorisのゲノム上にインテグレーションされていることを確認した。この発現株をSSP1株と命名した。
【0045】
次にSSP1株を小スケールで培養し、可溶型pp-GalNAc-T10タンパク質の発現を確認した。5 mlのBMGY培地(1%酵母エキス、2%ポリペプトン、100 mM リン酸カリウム緩衝液 (pH 6.0)、1.34% Yeast Nitrogen Base、1%グリセロール)で1日培養後、集菌し、上清を除いた。これに5 mlのBMMY培地(1%酵母エキス、2%ポリペプトン、100 mM リン酸カリウム緩衝液 (pH 6.0)、1.34% Yeast Nitrogen Base、0.5%メタノール)を添加・懸濁し、さらに3日培養を行なった。集菌後、上清10 μlをSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)に供し、親株(SMD1168株)の上清との比較を行なった。その結果、SSP1株の上清を流したレーンのみ、分子量約75 kDa付近に染色されるバンドを確認することができた。
【0046】
〔実施例2〕可溶型pp-GalNAc-T10タンパク質の活性測定
可溶型pp-GalNAc-T10タンパク質の活性測定はChengらの方法(Cheng L., et al. (2002) FEBS Lett. 531, 115-121)を一部改変して行なった。pp-GalNAc-T10タンパク質精製標品を終濃度で25mM Tris-HCl(pH 7.4), 10mM MnCl2, 0.2% Triton X-100, 250μM UDP-GalNAc, 50pmol acceptor substrate peptide(Muc5ペプチドのSer/Thr一カ所にGalNAcが一つ付加されたもの)になるように調製した反応液に加え、20μlになるように調製した。反応液を37℃、16時間反応させた後、97℃、3分間置くことにより酵素を失活させ、反応を停止した。反応液をHPLCで分析したところ、ピークの位置が、GalNAc一つ付加した位置から二つ付加した位置まで移動した。その結果、pp-GalNAc-T10タンパク質活性が確認された。
【0047】
〔実施例3〕 可溶型pp-GalNAc-T10タンパク質の大量調製法の構築
可溶型pp-GalNAc-T10タンパク質を大量調製するために、培養をスケールアップして行なった。まず100 mlのBMGY培地(1%酵母エキス、2%ポリペプトン、100 mM リン酸カリウム緩衝液 (pH 6.0)、1.34% Yeast Nitrogen Base、1%グリセロール)で前培養を行なった後、6Lのrich BMGY培地(2%酵母エキス、6%ポリペプトン、100 mM リン酸カリウム緩衝液 (pH 6.0)、1.67% Yeast Nitrogen Base、1%グリセロール)、30℃で培養を行なった。Glycerolの消費の終点は酸素溶存濃度(DO)値を指標とし、DO値の上昇とともにメタノールの添加を開始した。同時に酸素発生装置を用いて、酸素ガスを培地にブローし、DO値 10%を維持するようにした。また温度を28℃で培養し、メタノールは連続的に添加した(約10 ml/hr)。24時間後、培養上清を回収した。
【0048】
得られた培養上清はマイクローザUFラボモジュールACP-1010(旭化成社製)を用いて濃縮・脱塩し、NaOHでpHを7.0に調整した。次にTALON Metal Affinity Resin (Clontech社製) 25 mlを空カラムに詰めた。バッファーA(20 mM リン酸ナトリウム、0.3 M NaCl、pH 7.0)でカラムを平衡化し、濃縮した培養上清をカラムに添加した。カラムを10倍容のバッファーAで洗浄した後、バッファーB(20 mM リン酸ナトリウム、0.3 M NaCl、0.15 M イミダゾール、pH 7.0)で溶出を行なった。溶出した画分の一部をSDS-PAGEで泳動し、精製度を確認した。次いで予めバッファーC(20 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, pH 7.5)で平衡化したSuperdex 200 10/300 GL(Amersham Bioscience社製)でゲル濾過を行なった。一定量ずつ分取を行ない、各画分を電気泳動し、可溶型pp-GalNAc-T10タンパク質の画分を取得した。これらをまとめて可溶型pp-GalNAc-T10タンパク質標品を得た。
【0049】
次に酵素により可溶型pp-GalNAc-T10タンパク質のN-結合型糖鎖を切断した。可溶型pp-GalNAc-T10タンパク質 1 mgに対し、Endoglycosidase H(endoH;New England Biolab社製)を 1000 unit添加し、37℃、1時間処理した。反応後、Superdex 200 10/300 GL(Amersham Bioscience社製)でendoHを除去した。Superdex 200 10/300 GLカラムをバッファーC(20 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, pH 7.5)で平衡化し、ゲル濾過を行ない、pp-GalNAc-T10タンパク質とendoHを分離した。可溶型pp-GalNAc-T10タンパク質の脱糖鎖はSDS-PAGE上での移動度の変化で確認した。
【0050】
前述の方法で調整したタンパク質溶液を、MICROSEP 10K OMEGA(PALL社製)を用いて濃縮・脱塩した。濃縮後、溶液を遠心(15krpm、10分)し、不溶性の残渣を取り除いた。
その後Lowry法によりタンパク質濃度を決定し、結晶化時の濃度に調製した。この溶液に必要に応じて結晶化添加剤あるいは酵素基質、2価金属イオンなどを加え、結晶化用ストック溶液とした。
【0051】
〔実施例4〕可溶型pp-GalNAc-T10タンパク質の結晶化条件の検討
結晶化実験は全てハンギングドロップによる蒸気拡散法で行った。タンパク質ドロップはストックのタンパク質溶液とリザーバー溶液とを1対1で混合し調製した。
【0052】
タンパク質ドロップは表面をシリコンで撥水処理を施した丸形カバーグラス上に調製した。リザーバーの容器は24穴の細胞培養用プレートを用いた。カバーグラスでプレートの穴に蓋をする形で密閉した。機密性を高めるためカバーグラスとプレートの間には真空グリスを塗布した。
1〜3マイクロリットルのタンパク質ドロップを0.5mLのリザーバー溶液に対して平衡化した。このように作製したプレートを4℃あるいは20℃で1〜7日間放置した。
結晶の観察は随時、オリンパス社製の偏光顕微鏡あるいは双眼実体顕微鏡で行った。
【0053】
最初の結晶化条件のスクリーニングにはJENA BIOSCIENCE 社製JBScreenキット、Hampton 社製Crystal Screenキット、Crystal Screen IIキット、PEG/Ion Screenキットを用いた。JBScreenキットには文献でよく報告されている240の、Crystal Screenキットには50の、Crystal Screen IIキットには48の結晶化条件で構成されている。また、PEG/Ion ScreenキットにはPEG3350と48種の塩の組み合わせで構成されており、結晶化用ストック溶液中もしくはリザーバー溶液中に適当なpHのバッファーを添加することにより、様々な結晶化条件のスクリーニングが可能である。
【0054】
本タンパク質の1次スクリーニングはタンパク質濃度 10mg/mLで行い、キットの全ての条件に対し、PEG/Ion Screenキットについてはそれぞれ終濃度50mMのバッファー(pH7.(Na-HEPES), pH8.0(Tris-HCl), pH8.5(Tris-HCl))存在下で、基質(UDP-GalNAc)を加えたものについて行った。合計482通りの条件について検討を行った。
このスクリーニングにより、いくつかの条件で微結晶が得られた。
これらの条件を基に、より大きな結晶を得るために、以下に述べるような結晶化条件の最適化を行い、大きな結晶を得た。
【0055】
(1)培養・精製・濃縮条件の検討
本酵素の発現に当たって培養時の温度が収量、標品の品質、結晶化の成否に影響を与えることが分かった。そのため、結晶化の再現性を確保するため、温度、誘導時間、菌体密度等の培養条件について検討を行った。その結果、具体的には28℃24時間の場合結晶が得られるが、26℃以下48時間では形状の異なる脆い結晶しか得られないことが分かった。
【0056】
さらに、培地濃縮の条件、カラムクロマトグラフィーにおける分取画分の濃縮条件、結晶化直前のタンパク質の濃縮条件等に関しても、最適な条件を検討した。その結果、回収した培地を短時間(約3時間)で濃縮する必要があることがわかった。濃縮中に分解などの目立った変化はないが、精製、結晶化の成績に大きな影響を与えることがわかった。また、結晶化直前のタンパク質において、1濃縮器に導入するタンパク質量を一定にする必要があることがわかった。
【0057】
(2)ENDO H処理による糖鎖切断条件の検討
ENDO H処理により得られる結晶の結晶性は大幅に向上した。ENDO Hの作用が不十分であった場合、全く結晶が得られない場合があることがわかった。
【0058】
(3)pHの検討
結晶化はpH0.1の違いでも鋭敏に影響を受け、pHユニット0.1は通常のキットやスクリーニング実験では無視される差である。しかもある一定時間(2日)以上至適pHに曝されていることが必須で、結晶化直前にそのpHに調製しても結晶化しない。本発明の結晶化においては、検討の結果、沈殿剤の最適pHが8.5であることがわかった。
【0059】
(4)緩衝剤濃度の検討
本発明のタンパク質の溶解度はきわめて低く、従って、0.2%ほどのPEG濃度でも自発的に結晶が析出してしまう。この結果、多くの小さい結晶が形成され、大きな結晶を得るのが困難である。通常結晶を大きくするためにシーディングがよく使われるが、上記の理由でうまくいかなかった。そのため、本発明ではタンパク質の溶解度に影響を与える、緩衝剤の濃度について検討を行った。その結果、緩衝剤濃度を50mMから100mMに上げた場合、結晶核の形成は劇的に押さえられ、大きな結晶が形成されることがわかった。結晶の外形も影響を受け、50mMでは結晶は50ミクロン角×0.5mmの細長い棒状であるのに対し、100mMでは0.2mm角×0.4mmと太くなることがわかった。
これらの条件検討により導かれた最適な条件で結晶化を行うことによって、大きな結晶(0.2mm角×0.4mm以上)を得ることが出来た。その条件を表1に、得られた結晶を図2に示す。
【0060】
【表1】

結晶は斜方柱面体で太さは約0.2mm角、長さ約0.4mmであった。
【0061】
〔実施例5〕X線回折実験
X線回折実験は高エネルギー加速器研究機構の放射光施設(PFーBL6A、BL18B)あるいは(AR-NW12)で行った。結晶は常法に従いクライオループにマウントし、液体窒素中で急速凍結した。測定は全てクライオ条件(100K) で行った。
【0062】
クライオ条件でX線回折実験を行うためには、結晶にクライオプロテクタント(凍結防止剤)を導入することが必要である。しかしながら結晶は浸透圧の変化に対して脆く、グリセロールやエチレングリコールなどのクライオプロテクタントを含む結晶化母液に浸漬すると結晶が割れ、X線回折のスポットの劣化が観測された。凍結方法、クライオプロテクタントの種類や濃度等を検討した結果、グリセロール濃度を5%づつ上げていくことで、X線回折能を保持したまま非凍結条件にすることが出来た。
X線回折データの収集はAR-NW12で行った。X線の波長は0.978Å、カメラ長は210mmとした。表2にデータ収集の概要を示す。
【0063】
【表2】

【0064】
結晶は斜方晶に属し、空間群C2221、格子定数はa=80.3 b=131.8 c= 138.4 (Å)であった。非対称単位中に1分子のモノマーが存在すると仮定すると、Vm=2.89 A3/Daであった。結晶は最大で2.5Å分解能以上まで反射を示した。データ解析の結果、2.55Å分解能までの回折強度データの収集を完了した。この結晶を用いて、2.55Å分解能での構造解析が可能であると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】pp-GalNAc-T10タンパク質の生産に利用したプラスミドを示した図である。
【図2】pp-GalNAc-T10の結晶を示す写真である。
【図3】pp-GalNAc-T10の糖転移の反応経路を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
pp-GalNAc-T10タンパク質の結晶であって、斜方晶系に属し、空間群C2221である結晶。
【請求項2】
pp-GalNAc-T10タンパク質の結晶であって、格子定数がa=80.3,b=131.8,c=138.4(Å)である結晶。
【請求項3】
pp-GalNAc-T10タンパク質の結晶であって、太さ0.1mm角以上、長さ0.3mm以上の大きさを有する結晶。
【請求項4】
基質との複合体である、請求項1から3のいずれかに記載の結晶。
【請求項5】
基質がN−アセチルガラクトサミンである、請求項4に記載の結晶。
【請求項6】
基質がUDP-GalNAcである、請求項4に記載の結晶。
【請求項7】
pp-GalNAc-T10タンパク質の結晶の製造方法であって、ハンギングドロップ法において、沈殿剤の組成が4〜7%PEG3350、50mMのNa-thiocyanate、および100mM pH8.5のトリス塩酸緩衝液からなる製造方法。
【請求項8】
結晶がpp-GalNAc-T10タンパク質とその基質との複合体である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
基質がN−アセチルガラクトサミンである、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
基質がUDP-GalNAcである、請求項8に記載の方法。

【図1】
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【図3】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−25649(P2006−25649A)
【公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−206561(P2004−206561)
【出願日】平成16年7月13日(2004.7.13)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成15年度、新エネルギー・産業技術総合開発機構 「糖鎖合成関連遺伝子ライブラリーの構築」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】