説明

ポリマーの解析処理装置、ポリマーの解析処理方法およびこの方法をコンピュータに実行させるプログラム

【課題】原子間力顕微鏡を用いたポリマーの解析処理を行うとき、精度の高い解析結果を得る。
【解決手段】ポリマーの解析処理を行うとき、原子間力顕微鏡の非接触モードを用いてポリマーの位相データを取得する。位相データから得られる位相画像の中で、注目する基準部位を設定し、位相画像の各部分の位相データから注目する基準部位の位相データを差し引くことにより相対的位相データを算出する。この相対的位相データを用いて、ポリマーの解析、例えばポリマーのガラス転移温度や融点の温度や結晶化温度を求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子間力顕微鏡を用いたポリマーの解析処理装置、解析処理方法およびこの方法をコンピュータに実行させるプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
原子間力顕微鏡は、試料表面の凹凸形状等を測定する装置である。圧電素子によってカンチレバーを上下に振動させながら、試料表面に数nmまで近づけ、カンチレバーと試料表面の間に原子間力を作用させる。そして、振動の振幅が一定になるようにカンチレバーと試料との間の距離を制御する。これにより、試料表面の凹凸形状を知ることができる。下記特許文献1では、原子間力顕微鏡を用いた液中観察による表面官能基を推定する方法が記載されている。
【0003】
また、カンチレバーと試料表面との間に原子間力を作用させるとき、カンチレバーの振動の位相が変化し、位相データが得られる。この位相データにて作られる位相画像を用いたポリマーブレンドの相分離構造における形状の観察も行われている。
しかし、位相データは、試料表面の形状や温度等の測定条件の微妙な変化によってシフトし易いため、位相データの絶対値を情報として取り込み、解析に用いることはできない。
【0004】
一方、カンチレバーを試料に接触させ、試料表面の摩擦力や粘着力を測定する接触モードや、カンチレバーのしなりをモニターし、カンチレバーにかかる力を測定するフォースモードも利用されている。これらの測定値の温度変化からガラス転移挙動の観察が行われている。しかし、接触モードやフォースモードでは、表面が平滑であることが必要であり、さらに、試料表面はカンチレバーの接触によりダメージを受けるため、測定は極めて困難である。
【0005】
【特許文献1】特開平10−206438号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような状況下、本発明は、原子間力顕微鏡を用いたポリマーの解析処理を行うとき、解析に用いることが難しい位相遅れの情報を用いても、精度の高い解析結果を得ることのできる解析処理装置、解析処理方法およびこの方法を用いたプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、原子間力顕微鏡を用いたポリマーの解析処理装置であって、原子間力顕微鏡の非接触モードを用いて得られるポリマーの位相データを取得するデータ取得部と、前記位相データからつくられる位相画像の中で、注目する基準部位を設定し、位相画像の各部分の位相データから前記注目する基準部位の位相データを差し引いて、相対的位相データを算出するデータ処理部と、前記相対的位相データを用いて、ポリマーの解析を行う解析部と、を有することを特徴とするポリマーの解析処理装置を提供する。
【0008】
その際、前記注目する基準部位は、前記位相データの位相遅れの最も小さい場所であることが好ましい。さらに、前記注目する基準部位は、測定温度範囲内で液化あるいは固化しない部位であることが好ましい。
【0009】
なお、前記データ取得部は、設定された温度範囲内で温度を変化させた位相データを複数組取得し、前記データ処理部で用いる前記注目する基準部位は、設定された温度範囲内のある温度の位相画像の中から定められた場所であり、この基準部位を、温度変化に関わらず固定された場所として、各温度毎に、各位相データから、前記基準部位の位相データを差し引いて、各温度毎の相対的位相データを算出することが好ましい。
このとき、前記解析部は、前記相対的位相データで作られる相対的位相画像の中の特定部分について、相対的位相データの温度変化に対する情報を取り出し、この温度変化に対する情報を、温度変化に対して値が変化しない2つの第1の直線と、温度変化に対して線形的に変化する1つの第2の直線とを用いて近似処理し、前記第1の直線及び前記第2の直線の交わる2つの交点の情報のうち少なくとも1つの交点の情報を用いて、前記特定部分におけるポリマーのガラス転移温度、融点の温度または結晶化温度を求めることが好ましい。
その際、前記解析部は、前記2つの交点における温度の平均値を、前記ガラス転移温度として求める、あるいは、温度を低いほうから高いほうに掃引する掃引方向において、最初に表れる交点の温度を、融点の温度として求める、あるいは、温度を高いほうから低いほうに掃引する掃引方向において、最初に表れる交点の温度を、結晶化温度として求めることが好ましい。
【0010】
また、本発明は、原子間力顕微鏡を用いたポリマーの解析処理方法であって、原子間力顕微鏡の非接触モードを用いて得られるポリマーの位相データを取得する第1のステップと、前記位相データからつくられる位相画像の中で、注目する基準部位を設定し、位相画像の各部分の位相データから前記注目する基準部位の位相データを差し引いて、相対的位相データを算出する第2のステップと、前記相対的位相データを用いて、ポリマーの解析を行う第3のステップと、を有することを特徴とするポリマーの解析処理方法を提供する。
【0011】
その際、前記注目する基準部位は、前記位相データの位相遅れの最も小さい場所であることが好ましい。
なお、前記第1のステップでは、設定された温度範囲内で温度を変化させた位相データを複数組取得し、前記第2のステップで用いる前記注目する基準部位は、設定された温度範囲内のある温度の位相画像の中から求められた場所であり、この基準部位を、温度変化に関わらず固定された場所として、各温度毎に、各位相データから、前記基準部位の位相データを差し引いて、各温度毎の相対的位相データを算出することが好ましい。
また、前記第3のステップでは、前記相対的位相データで作られる相対的位相画像の中の特定部分についての相対的位相データの温度変化に対する情報を取り出し、この温度変化に対する情報を、温度変化に対して値が変化しない2つの第1の直線と、温度変化に対して線形的に変化する1つの第2の直線とを用いて近似処理し、前記第1の直線及び前記第2の直線の交わる2つの交点の情報のうち少なくとも1つの交点の情報を用いて、前記特定部分におけるポリマーのガラス転移温度、融点の温度または結晶化温度を求めることが好ましい。
【0012】
また、本発明は、原子間力顕微鏡を用いたポリマーの解析処理方法をコンピュータに実行させるプログラムであって、原子間力顕微鏡の非接触モードを用いて得られるポリマーの位相データを取得する第1のステップと、前記位相データからつくられる位相画像の中で、注目する基準部位を設定し、位相画像の各部分の相対的位相データから前記注目する基準部位の位相データを差し引いて、相対的位相データを算出する第2のステップと、前記相対的位相データを用いて、ポリマーの解析を行う第3のステップと、をコンピュータに実行させる指令を生成することを特徴とするプログラムを提供する。
【0013】
その際、前記注目する基準部位は、前記位相データの位相遅れの最も小さい場所であることが好ましい。
なお、前記第1のステップでは、設定された温度範囲内で温度を変化させた位相データを複数組取得し、前記第2のステップで用いる前記注目する基準部位は、設定された温度範囲内のある温度の位相画像の中から求められた場所であり、この基準部位を、温度変化に関わらず固定された場所として、各温度毎に、各位相データから、前記注目部分の位相データを差し引いて、各温度毎の相対的位相データを算出することが好ましい。
なお、前記第3のステップでは、前記相対的位相データで作られる相対的位相画像の中の特定部分についての相対的位相データの温度変化に対する情報を取り出し、この温度変化に対する情報を、温度変化に対して値が変化しない2つの第1の直線と、温度変化に対して線形的に変化する1つの第2の直線とを用いて近似処理し、前記第1の直線及び前記第2の直線の交わる2つの交点の情報のうち少なくとも1つの交点の情報を用いて、前記特定部分におけるポリマーのガラス転移温度、融点の温度または結晶化温度を求めることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明では、注目する基準部位を設定し、位相画像の各部分の位相データから注目する基準部位の位相データの値を差し引いて、相対的位相データを算出し、この相対的位相データを用いて、ポリマーの解析を行うので、試料表面の形状や温度等の測定条件の微妙な変化が生じても、正確な解析結果を得ることができる。このため、ガラス転移温度や融点の温度や結晶化温度を精度良く求めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、添付の図面に示す実施形態に基づいて、本発明のポリマーの解析処理装置、解析処理方法および、この方法をコンピュータに実行させるプログラムを説明する。
【0016】
図1は、本発明のポリマーの解析処理装置を用いた原子間力顕微鏡解析システム10の概略構成図である。原子間力顕微鏡解析システム10は、原子間力顕微鏡12と、解析処理装置14とを有する。
原子間力顕微鏡(以降、顕微鏡という)12は、非接触(タッピング)モードで試料Sを測定し、位相データを出力する装置である。
【0017】
顕微鏡12は、ポリマーに酸化亜鉛やカーボンブラック等の充填材を含んだゴムサンプルからなる試料Sに対して数nmの距離まで先端を近づけたカンチレバー16を、振動子18を用いて所定の振動数で図中上下方向に動作させる。一方、振動したカンチレバー16に対してレーザ光Lを照射し、そのときの反射光L’を用いて、振動データを計測する。振動データは、カンチレバー16の先端に対応する試料Sの測定部位が硬い場合と、柔らかい場合で、振動における位相が異なる。通常、測定部位が硬い場合、振動子の振動に対して、位相遅れは小さいが、測定部位が柔らかい場合、振動子の振動に対して、位相遅れは大きい。
【0018】
このような位相遅れを表す位相データが解析処理装置14へ転送される。解析処理装置14は、CPU20およびメモリ22を備えるコンピュータで構成され、メモリ22に記憶されたプログラムを実行することで機能的に形成するデータ取得部24、データ処理部26および解析部28を有する。解析処理装置14は、データ処理結果等のデータや画像を表示するディスプレイ30を有する。さらに、顕微鏡12の測定を制御するための測定条件やデータ処理や解析を行う条件を設定するために、オペレータの入力を補助するマウスやキーボードを含む入力操作系32を有する。ディスプレイ30および入力操作系32は、入出力ポート34を介して、解析処理装置14と接続されている。
【0019】
データ取得部24は、顕微鏡12から出力され転送される位相データを取得する部分である。顕微鏡12では、予め設定された温度範囲の各温度で計測が行われ、各温度で計測される度に、位相データが転送され取得される。このため、位相データは、各温度ごとに得られ、メモリ22に記憶される。
【0020】
データ処理部26は、得られた位相データのうち、予め設定された温度における位相データから、位相データの値が小さい、すなわち、位相遅れの最も小さい部分を定め、この部分を基準部位とする。データ処理部26は、この注目部分における位相データを基準として、各位置における位相データから、この基準とする位相データを差し引いて、相対的位相データを算出する。算出された相対的位相データは、メモリ22に記憶される。
このように、位相遅れの最も小さい部分を基準とした相対的位相データを用いるのは、後述するように、ガラス転移温度、融点の温度または結晶化温度を求めるためである。顕微鏡12で得られる位相データは、試料表面の形状や温度等の測定条件の微妙な変化によってシフトし易いため、位相データの絶対値を情報として用いることが難しい。
なお、相対的位相データは、基準部位の相対的位相データの値を100として規格化してもよい。
【0021】
解析部28は、算出され、メモリ22に記憶された相対的位相データを読み出して、特定の部位のガラス転移温度、融点の温度または結晶化温度を求める部分である。具体的には、位相データで作られる、または、相対的位相データで作られる相対位相画像をディスプレイ30に表示し、このとき、オペレータにより入力操作系32で指示された画像中の位置を特定部位として設定する。この特定部位における、相対的位相データの温度変化に対する情報をグラフとして求める。このグラフは、ディスプレイ30に表示されるとともに、この温度変化のグラフに対して、水平な直線と傾斜直線とを用いて近似処理を行う。具体的には、後述する図4(a)に示すグラフに対して、水平な2つの直線l1,l2と、1つの傾斜直線l3とを用いて、図4(a)に示される温度変化に対する情報(プロットされた△または○)のグラフを近似する。近似では、プロットされた各温度変化の相対的位相データと、近似される直線までの距離の二乗の総和が最も小さくなるように、直線l1,l2と、1つの傾斜直線l3の3つの直線の配置を定める。すなわち、3つの直線で最小二乗近似を行う。
【0022】
解析部28は、こうして最小二乗近似されて設定された直線l1,l2と傾斜直線l3とから、ガラス転移温度、融点の温度または結晶化温度を求める。具体的には、直線l1,l2と傾斜直線l3が交わる2つの交点の情報を求め、2つの交点における温度の平均値を、ガラス転移温度として求める。また、温度を低いほうから高いほうに掃引する掃引方向において、最初に表れる交点の温度を、融点の温度として求める。また、温度を高いほうから低いほうに掃引する掃引方向において、最初に表れる交点の温度を、結晶化温度として求める。
このような解析結果は、ディスプレイ30に送られて画面表示される。
【0023】
このような解析処理装置14で行う解析方法について、より具体的に説明する。
図2は、解析処理装置14において実施される解析処理方法のフローを示す図である。解析処理では、顕微鏡12を用いて得られた位相データに基づいて、ポリマーのガラス転移温度、融点の温度または結晶化温度を算出する。
【0024】
まず、予め設定された温度範囲で、一定の温度間隔、例えば5℃おきの測定条件下、顕微鏡12のタッピングモードで、カンチレバー16を試料Sの表面上で走査して試料S表面の位相データが取得される(ステップS100)。
この位相データは、データ取得部24により取り込まれ、メモリ22に記憶されるとともに、位相データがディスプレイ30に供給されて、位相データによって作られる位相画像がディスプレイ30に表示される。オペレータは、ディスプレイ30に表示された位相画像を見ながら、入力操作系32を用いて、所望の部位(位相遅れの最も小さい部位)を指定する。これにより、位相データの基準とする基準部位が設定される(ステップS102)。
【0025】
オペレータによる基準部位の指定は、ある温度における位相データの位相遅れの最も小さい場所であり、測定温度範囲内で液化あるいは固化しない場所である。例えば、ポリマーに酸化亜鉛やカーボンブラックが充填材として含まれる場合、酸化亜鉛やカーボンブラックは、ポリマーに比べて弾性率が高く硬い部分を形成する。このため、この部分では、位相遅れが小さい。したがって、位相画像の中で、位相遅れが最も小さい場所を選ぶことにより、酸化亜鉛やカーボンブラック等の場所を設定することができる。図3(a)には、ディスプレイ30に表示される位相画像の例が示されている。図3(a)に示される位相画像のうち、位相遅れが最も小さい場所(画像中の最も黒い場所)Aが入力操作系32を用いて指定される。このとき、後述するステップS106で用いる特定部分を設定するために、入力操作系32で特定部分を指定する。図3(a)の例では、ポリマー部分に当たる比較的位相遅れの大きい2つの場所(画像中の灰色の場所)B,Cが特定部分として指定される。
【0026】
なお、本実施形態では、オペレータが表示された位相画像を見ながら基準部位をマニュアルで指定することで基準部位が設定されるが、本発明においては、位相画像のうち、位相遅れが最も小さい場所を位相データから自動的に抽出して基準部位を設定してもよい。基準部位は、温度変化に関わらず固定された場所である。
【0027】
次に、データ処理部26において、設定された基準部位の位相データを基準とし、各位置における位相データから基準部位の位相データの値を差し引くことにより、相対的位相データが算出される(ステップS104)。このような相対的位相データの算出は、各測定温度毎に行われる。
次に、各測定温度毎の相対的位相データのうち、場所B,C等の特定部分の相対的位相データの温度変化のグラフが求められる(ステップS106)。図4(b)には、一例として、場所B,Cに対応する相対的位相データの温度変化に対する情報、すなわち、プロットグラフ)が示されている。このグラフは、ディスプレイ30に表示される。また、温度変化に対する位相データの情報は、メモリ22に記憶される。
【0028】
次に、解析部28において、温度変化に対する位相データの情報がメモリ22から読み出されて、この情報に対して、第1の直線と第2の直線を用いた近似処理が施される(ステップS108)。具体的には、温度変化に対して値が変化しない2つの第1の直線と、温度変化に対して線形的に変化する1つの第2の直線とを用いて近似する。図4(a)には、2つの直線(第1の直線)l1,l2と、1つの傾斜直線(第2の直線)l3で場所Bの特定部分における△で表される温度変化の分布を近似した結果である。この近似は、最小二乗法を用いて行われる。
【0029】
最後に、解析部28において、近似処理で得られた2つの直線(第1の直線)と、1つの傾斜直線(第2の直線)とを用いて、ガラス転移温度、融点の温度または結晶化温度が算出される(ステップS110)。具体的には、第1の直線及び第2の直線の交わる2つの交点の温度を求め、この2つの交点における温度の平均値をガラス転移温度として求める。また、温度を低いほうから高いほうに掃引する掃引方向において、最初に表れる交点の温度を融点の温度として求める。また、温度を高いほうから低いほうに掃引する掃引方向において、最初に表れる交点の温度を結晶化温度として求める。
【0030】
図3(a)には、−20℃の測定温度における位相画像が、図3(b)には、30℃の測定温度における位相画像が実施例として示されている。
図3(a),(b)の画像の取得のために用いた顕微鏡12は、SIIテクノロジー社製E−sweepであり、測定モードは、タッピングモードである。カンチレバー16のバネ定数は40N/mであり、動作周波数は370kHzである。測定温度の範囲は−70〜30℃とし、減圧雰囲気での測定である。
試料Sについては、天然ゴムとブタジエンゴムを60対40でブレンドし、このゴム100重量部に対して、酸化亜鉛を3.5重量部、ステアリン酸を2重量部、硫黄を2重量部、加硫促進剤TBBSを1重量部加えて、ロールにて混練りし、加硫温度160℃、加硫時間15分の加硫条件で熱プレスし、試料Sを作成した。なお、ブタジエンゴムは、日本ゼオン社製のニポール(商品名)(High Cis Polybutadiene Rubber)を用い、加硫促進剤TBBSは、N-tertiary Butyl Benzothiazyl Sulfenamideを用いた。
図3(a)中、酸化亜鉛の相は場所Aに該当し、天然ゴムの相は場所Bに該当し、ブタジエンゴムの相は場所Cに該当する。
【0031】
図3(a),(b)からわかるように、−20℃から30℃の温度変化により、位相画像が大きく変化していることがわかる。特に、図3(a)に示す天然ゴムの相に該当する場所Bの領域が図3(b)では消滅し、白い領域が多数を占めている。これは、天然ゴムの相が軟化して、相対的位相遅れが大きくなっていることを示す。
図4(a)には、天然ゴムの相に該当する場所Bの相対的位相データの温度変化に対する情報と、ブタジエンゴムの相に該当する場所Cの相対的位相データの温度変化に対する情報とを示している。このグラフから判るように、場所Cでは、−20℃と30℃との測定温度間で、相対的位相データが大きく変化し、ガラス転移温度を通過していることがわかる。
こうして求められたガラス転移温度の絶対温度の逆数に対する動作周波数を、従来の誘電緩和測定(DES)で得られる、ガラス転移温度の絶対温度の逆数に対する動作周波数の関係を示す特性図にプロットしたとき、同じ特性曲線上に位置することが確かめられている。これより、本発明の解析処理方法で得られる結果は、従来の誘電緩和測定結果と整合性が取れており、妥当であることがわかった。
【0032】
なお、図4(b)は、測定された位相データの場所A〜Cにおける温度変化を示している。場所A〜Cのいずれの温度変化も温度の上昇とともに位相の値が低下し、この位相データの温度変化から、ガラス転移温度を通過していることがわかりにくい。本発明では、相対的位相を用いて、状態の変化を明確に調べることができる。
本発明では、解析処理装置14を構成するコンピュータに、図2に示すフローを実行するプログラムをメモリ22に記憶させておき、プログラムを起動させて、CPU20、メモリ22、ディスプレイ30、入力操作系32等のコンピュータのハード資源を用いて、解析処理を実行することができる。勿論、CD−ROM等の記録媒体に本発明の解析処理方法を実行するプログラムを記憶してもよい。
なお、上記実施形態では、酸化亜鉛等の位相遅れの小さい部位を基準として用いたが、本発明では、場所Bや場所Cの部分を基準部位として相対的位相データを求めてもよい。この場合、相対的位相データの温度変化の特徴が基準となる部位によるのか、特定部分によるのかを特定するために、場所Bや場所Cが、測定温度の範囲内で、ガラス転移温度や融点の温度や結晶化温度を通過することが既知であることが必要である。
【0033】
以上、本発明のポリマーの解析処理装置、解析処理方法およびプログラムについて説明したが、本発明は上記実施形態に限定されず、本発明の主旨を逸脱しない範囲において、種々の改良や変更をしてもよいのはもちろんである。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明のポリマーの解析処理装置の一実施形態の構成を示す概略構成図である。
【図2】本発明のポリマーの解析処理方法の一実施形態のフローを示す図である。
【図3】(a)及び(b)は、原子力間顕微鏡で得られる位相画像の例を示す図である。
【図4】(a)は、本発明で得られる相対的位相データの温度変化を示す図であり、(b)は、従来の位相データの温度変化を示す図である。
【符号の説明】
【0035】
10 原子間力顕微鏡解析システム
12 原子間力顕微鏡
14 解析処理装置
16 カンチレバー
18 振動子
20 CPU
22 メモリ
24 データ取得部
26 データ処理部
28 解析部
30 ディスプレイ
32 入力操作系
34 入出力ポート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子間力顕微鏡を用いたポリマーの解析処理装置であって、
原子間力顕微鏡の非接触モードを用いて得られるポリマーの位相データを取得するデータ取得部と、
前記位相データからつくられる位相画像の中で、注目する基準部位を設定し、位相画像の各部分の位相データから前記注目する基準部位の位相データを差し引いて、相対的位相データを算出するデータ処理部と、
前記相対的位相データを用いて、ポリマーの解析を行う解析部と、を有することを特徴とするポリマーの解析処理装置。
【請求項2】
前記注目する基準部位は、前記位相データの位相遅れの最も小さい場所である請求項1に記載のポリマーの解析処理装置。
【請求項3】
前記注目する基準部位は、測定温度範囲内で液化あるいは固化しない部位である請求項2に記載のポリマーの解析処理装置。
【請求項4】
前記データ取得部は、設定された温度範囲内で温度を変化させた位相データを複数組取得し、
前記データ処理部で用いる前記注目する基準部位は、設定された温度範囲内のある温度の位相画像の中から定められた場所であり、この基準部位を、温度変化に関わらず固定された場所として、各温度毎に、各位相データから、前記基準部位の位相データを差し引いて、各温度毎の相対的位相データを算出する請求項1〜3のいずれか1項に記載のポリマーの解析処理装置。
【請求項5】
前記解析部は、前記相対的位相データで作られる相対的位相画像の中の特定部分について、相対的位相データの温度変化に対する情報を取り出し、この温度変化に対する情報を、温度変化に対して値が変化しない2つの第1の直線と、温度変化に対して線形的に変化する1つの第2の直線とを用いて近似処理し、前記第1の直線及び前記第2の直線の交わる2つの交点の情報のうち少なくとも1つの交点の情報を用いて、前記特定部分におけるポリマーのガラス転移温度、融点の温度、または結晶化温度を求める請求項4に記載のポリマーの解析処理装置。
【請求項6】
前記解析部は、前記2つの交点における温度の平均値を、前記ガラス転移温度として求める、あるいは、温度を低いほうから高いほうに掃引する掃引方向において、最初に表れる交点の温度を、融点の温度として求める、あるいは、温度を高いほうから低いほうに掃引する掃引方向において、最初に表れる交点の温度を、結晶化温度として求める請求項5に記載のポリマーの解析処理装置。
【請求項7】
原子間力顕微鏡を用いたポリマーの解析処理方法であって、
原子間力顕微鏡の非接触モードを用いて得られるポリマーの位相データを取得する第1のステップと、
前記位相データからつくられる位相画像の中で、注目する基準部位を設定し、位相画像の各部分の位相データから前記注目する基準部位の位相データを差し引いて、相対的位相データを算出する第2のステップと、
前記相対的位相データを用いて、ポリマーの解析を行う第3のステップと、を有することを特徴とするポリマーの解析処理方法。
【請求項8】
前記注目する基準部位は、前記位相データの位相遅れの最も小さい場所である請求項7に記載のポリマーの解析処理方法。
【請求項9】
前記第1のステップでは、設定された温度範囲内で温度を変化させた位相データを複数組取得し、
前記第2のステップで用いる前記注目する基準部位は、設定された温度範囲内のある温度の位相画像の中から求められた場所であり、この基準部位を、温度変化に関わらず固定された場所として、各温度毎に、各位相データから、前記基準部位の位相データを差し引いて、各温度毎の相対的位相データを算出する請求項7または8に記載のポリマーの解析処理方法。
【請求項10】
前記第3のステップでは、前記相対的位相データで作られる相対的位相画像の中の特定部分についての相対的位相データの温度変化に対する情報を取り出し、この温度変化に対する情報を、温度変化に対して値が変化しない2つの第1の直線と、温度変化に対して線形的に変化する1つの第2の直線とを用いて近似処理し、前記第1の直線及び前記第2の直線の交わる2つの交点の情報のうち少なくとも1つの交点の情報を用いて、前記特定部分におけるポリマーのガラス転移温度、融点の温度、または結晶化温度を求める請求項9に記載のポリマーの解析処理方法。
【請求項11】
原子間力顕微鏡を用いたポリマーの解析処理方法をコンピュータに実行させるプログラムであって、
原子間力顕微鏡の非接触モードを用いて得られるポリマーの位相データを取得する第1のステップと、
前記位相データからつくられる位相画像の中で、注目する基準部位を設定し、位相画像の各部分の相対的位相データから前記注目する基準部位の位相データを差し引いて、相対的位相データを算出する第2のステップと、
前記相対的位相データを用いて、ポリマーの解析を行う第3のステップと、をコンピュータに実行させる指令を生成することを特徴とするプログラム。
【請求項12】
前記注目する基準部位は、前記位相データの位相遅れの最も小さい場所である請求項11に記載のプログラム。
【請求項13】
前記第1のステップでは、設定された温度範囲内で温度を変化させた位相データを複数組取得し、
前記第2のステップで用いる前記注目する基準部位は、設定された温度範囲内のある温度の位相画像の中から求められた場所であり、この基準部位を、温度変化に関わらず固定された場所として、各温度毎に、各位相データから、前記注目部分の位相データを差し引いて、各温度毎の相対的位相データを算出する請求項11又は12に記載のプログラム。
【請求項14】
前記第3のステップでは、前記相対的位相データで作られる相対的位相画像の中の特定部分についての相対的位相データの温度変化に対する情報を取り出し、この温度変化に対する情報を、温度変化に対して値が変化しない2つの第1の直線と、温度変化に対して線形的に変化する1つの第2の直線とを用いて近似処理し、前記第1の直線及び前記第2の直線の交わる2つの交点の情報のうち少なくとも1つの交点の情報を用いて、前記特定部分におけるポリマーのガラス転移温度、融点の温度、または結晶化温度を求める請求項13に記載のプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−32255(P2010−32255A)
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−192493(P2008−192493)
【出願日】平成20年7月25日(2008.7.25)
【出願人】(000006714)横浜ゴム株式会社 (4,905)
【出願人】(503460323)エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社 (330)