説明

ポリマー製造方法およびその装置

【課題】目標とする分子量分布およびゲル分率を有するポリマーを精度よく製造することのできるポリマー製造方法およびその装置方法およびその装置提供する。
【解決手段】製造対象のポリマーに応じて、重合反応過程の実反応速度を予め決めた基準反応速度に一致させるのに必要な、反応を抑制する溶媒の滴下量を基準重合温度に対する変化量から予め実験により求める。ポリマーを製造時には、攪拌槽内の重合温度を検出し、その検出結果を利用し、反応速度を抑制するのに最適な溶媒の滴下量を予め取得した実験データ群から選択し、攪拌槽に滴下する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリマー製造方法およびその装置に係り、特に、任意の分子量分布およびゲル分率を有するポリマーを効率よく製造する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ポリマーを製造する過程で、所定の分子量分布およびゲル分率を得るために、次のような方法が提案・実施されている。
【0003】
モノマーと開始剤を攪拌機に投入してポリマーを製造する過程で攪拌槽内に予め決めた一定量の溶媒を滴下し、重合温度を制御している。例えば、ポリマー製造過程で攪拌槽内の重合温度の実測値と攪拌槽に付設した冷却手段であるジャケット内を通過した冷却水の温度の実測値を検出し、これら実測値と目標値との偏差を求める。この求まる偏差が予め決めた基準値を超えているときに、固定化された一定量の溶媒を槽内に滴下している(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
【特許文献1】特開2003−040910号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の方法では次のような問題がある。
【0006】
すなわち、重合反応が開始してから攪拌槽内の重合温度を監視しているのみで、重合反応の反応が変化する状態が考慮されていない。つまり、重合温度が同じ温度であっても、その時点ごとに重合反応の反応速度が異なっており、反応が激しい場合や穏やか場合とがある。このように重合反応が激しい場合に、固定化された一定量の溶媒を攪拌槽に滴下しても重合反応を抑えきれずに重合温度が上昇し続ける。また、重合反応が穏やかな場合には、重合反応が抑えられ過ぎて重合温度が低下してしまう。したがって、反応速度を精度よく制御することができないために、結局は重合温度が変化し過ぎてポリマーの分子量分布やゲル分率にバラツキが発生し、製品特性が安定しないといった問題がある。
【0007】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであって、目標とする分子量分布およびゲル分率を有する高品位のポリマーを効率よく、かつ、製造することのできるポリマー製造方法およびその装置を提供することを主たる目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、この発明は、このような目的を達成するために、次のような構成をとる。
すなわち、第1の発明は、槽内に予め投入したモノマーに開始剤を投入して混合させながら重合反応させてポリマーを製造するポリマー製造方法において、
製造対象のポリマーに応じて予め決められた重合反応時の基準反応速度に対して、ポリマー製造過程の実反応速度が前記基準反応速度と一致するように重合反応を抑制する溶媒の滴下量を調整する
ことを特徴とする。
【0009】
(作用・効果) この発明によると、製造対象のポリマーを製造する過程で、重合反応を抑制する溶媒の滴下量を調整することで、実反応速度が基準反応速度に一致するように制御される。その結果、重合温度の急激な上昇や降下が抑制される。すなわち、目標とするゲル分率を有する高品位のポリマーを精度よく、かつ、効率よく製造することができる。
【0010】
第2の発明は、第1の発明において、前記溶媒の滴下量の調整は、以下の過程によって行う、
重合反応時の実反応速度を求める過程と、
前記基準反応速度と実反応速度から実反応速度変化率を求める第1過程と、
前記実反応速度変化率を利用して前記実反応速度を前記基準反応速度に補正するための理論反応速度変化率を求める第2過程と、
前記理論反応速度変化率から前記実反応速度変化率の影響を除いた目標反応速度変化率を求める第3過程と、
前記目標反応速度変化率に応じて予め決めた前記溶媒の滴下量の相関関数から所定の滴下量を求める第4過程と、
前記第4過程で求まった所定量の溶媒を槽内に滴下する第5過程と、
によって行うことを特徴とする。
【0011】
(作用・効果) この発明によると、重合反応時の実反応速度が求められ、この実反応速度を基準反応速度に戻すよう補正するのに必要な理論反応速度変化率が求められる。さらに、この理論反応速度変化率から実反応速度変化率の影響を除去した目標反応速度変化率を求める。つまり、実反応速度を求めた時点から、さらに継続して重合反応が積極的に行われるのに用いられる反応成分が除去される。すなわち、この目標反応速度変化率は、槽内に溶媒を滴下してから反応速度が低下するまでの遅れ時間を見込んでいる。そして、この目標反応変化率に応じた溶媒の滴下量を相関関数から求めることによって、溶媒の滴下から反応速度が低下するまでの遅れ時間および将来的な反応速度の上昇の影響を見込みで反応速度を基準反応速度に一致するように抑制可能な溶媒の滴下量を求めることができる。すなわち、前記第1の発明方法を好適に実施することができる。
【0012】
第3の発明は、第1または第2の発明において、前記反応速度は、重合反応時における前記槽内の単位時間当たりの発熱量の変化を示す内浴温度勾配であり、
前記第1過程では、温度検出手段により前記槽内の実重合温度を検出し、この実重合温度と製造対象のポリマーに応じて予め決めた基準重合温度から温度偏差を求めるとともに、実重合温度における単位時間当たりの発熱量の変化を示す実内浴温度勾配を求め、
前記第2過程では、前記温度偏差分を含む前記実内浴温度勾配を基準重合温度が示す基準内浴温度勾配に補正するための理論内浴温度勾配を求め、
前記第3過程では、前記理論内浴温度勾配と前記実内浴温度勾配の差分から目標内浴温度勾配変化量を求め、
前記第4過程では、基準重合温度に対して複数の温度偏差を含む各重合温度と内浴温度勾配変化量に応じて予め決めた溶媒の滴下量の相関関数に基づいて、前記目標内浴温度勾配変化量に対応する溶媒の滴下量を求める
ことを特徴とする。
【0013】
(作用・効果) この発明によると、重合反応の反応速度を重合反応時における槽内の単位時間当たりの発熱量の変化して示す内浴温度勾配とし、この内浴温度勾配を利用して溶媒の滴下量を求めることが好ましい。つまり、温度検出手段により槽内の実重合温度を検出し、この実重合温度と製造対象のポリマーに応じて予め決めた基準重合温度から温度偏差を求めるとともに、実重合温度における単位時間当たりの発熱量の変化を示す実内浴温度勾配を求め、
温度偏差分を含む実内浴温度勾配を基準重合温度が示す基準内浴温度勾配に補正するための理論内浴温度勾配を求め、
理論内浴温度勾配と実内浴温度勾配の差分から目標内浴温度勾配変化量を求め、
さらに、基準重合温度に対して複数の温度偏差を含む各重合温度と内浴温度勾配変化量に応じて予め決めた溶媒の滴下量の相関関数に基づいて、目標内浴温度勾配変化量に対応する溶媒の滴下量を求める。すなわち、上記方法によれば、前記第2の発明方法を好適に実施することができる。
【0014】
第4の発明は、第3の発明において、製造対象のポリマーごとに、その基準重合温度を変化させたときの実内浴温度勾配から基準内浴温度勾配に補正するのに必要な溶媒の滴下量を、前記第1過程から第4過程を繰り返して行って予めを求めておき、ポリマー製造過程で検出した前記実重合温度と前記実内浴温度勾配に応じた溶媒の滴下量を予め求めた溶媒の滴下量を参照して選択し、前記槽内に所定量の溶媒を滴下する
ことを特徴とする。
【0015】
(作用・効果) この発明によると、製造対象のポリマーごとに、その基準重合温度を変化させたときの実内浴温度勾配から基準内浴温度勾配に補正するのに必要な溶媒の滴下量を、前記第2の発明の第1過程から第4過程を繰り返して行って予めを求めておくことが好ましい。予め求めた溶媒の滴下量を求めておくことにより、ポリマーの製造過程では、実重合温度と実内浴温度勾配を求めるだけで実反応速度を基準反応速度に一致させるのに最適な溶媒の滴下量を短時間で精度よく求めることができる。
【0016】
第6の発明は、モノマーに開始剤を混合させながら重合反応をさせてポリマーを製造するポリマー製造装置において、
攪拌槽に投入された前記モノマーと開始剤を混合するように攪拌する攪拌機と、
前記攪拌槽内での重合反応を抑制する溶媒を貯留し、この溶媒を攪拌槽に滴下する溶媒滴下手段と、
製造対象のポリマーごとに応じた重合反応の反応速度と溶媒の滴下量の相関データを記憶した記憶手段と、
前記攪拌槽内の重合反応の反応速度に起因する物理量を検出する検出手段と、
前記検出手段によって検出された物理量に基づいて、前記反応速度の変化量を求め、この求まる変化量に応じた溶媒の滴下量を前記記憶手段から求める演算手段と、
前記溶媒滴下手段を操作して前記演算手段によって求まった溶媒の滴下量を前記攪拌槽に滴下する制御手段と、
を備えたことを特徴とする。
【0017】
(作用・効果) この発明によると、攪拌機は、攪拌槽に投入された前記モノマーと開始剤を混合するように攪拌する。溶媒滴下手段は、攪拌槽内での重合反応を抑制する溶媒を貯留し、この溶媒を攪拌槽に滴下する。記憶手段は、製造対象のポリマーの重合反応時に変化する反応速度の変化率と、変化率を有する各反応速度を基準反応速度に補正するのに必要な溶媒の滴下量との相関データを記憶する。検出手段は、攪拌槽内の重合反応の反応速度に起因する物理量を検出する。演算手段は、検出手段によって検出された物理量に基づいて、反応速度の変化量を求め、この求まる変化量に応じた溶媒の滴下量を記憶手段から求める。制御手段は、溶媒滴下手段を操作して演算手段によって求まった溶媒の滴下量を攪拌槽に滴下する。つまり、この構成によれば、反応速度の変化に応じた最適な溶媒の滴下量が求められ、この溶媒を滴下することにより反応速度が基準反応速度になるように制御される。したがって、目標とするゲル分率などを有する高品位のポリマーを製造することができる。すなわち、第1の発明方法を好適に実現することができる。
【0018】
第7の発明は、前記反応速度は、重合反応時における前記攪拌槽内の単位時間当たりの発熱量の変化を示す内浴温度勾配であり、
前記検出手段によって検出する物理量は、攪拌槽内の実重合温度であり、
前記記憶手段に記憶する相関データは、製造対象のポリマーごとに決めた基準重合温度を変化させたときの内浴温度勾配を利用し、次のようにして求めている、
(a)前記検出手段により前記槽内の実重合温度を検出し、この実重合温度と製造対象のポリマーに応じて予め決めた基準重合温度から温度偏差を求めるとともに、実重合温度における単位時間当たりの発熱量の変化を示す実内浴温度勾配を求め、
(b)前記温度偏差分を含む前記実内浴温度勾配度勾配を基準重合温度が示す基準内浴温度勾配に補正するための理論内浴温度勾配を求め、
(c)前記理論内浴温度勾配と前記実内浴温度勾配の差分から目標内浴温度勾配変化量を求め、
(d)基準重合温度に対して複数の温度偏差を含む各重合温度と内浴温度勾配変化量に応じて予め決めた溶媒の滴下量の相関関数に基づいて、前記目標内浴温度勾配変化量に対応する溶媒の滴下量を求め、
(e)前記(a)〜(d)を繰り返し行ってデータ化して前記記憶手段に記憶させた
ことを特徴とする。
【0019】
(作用・効果) この発明によると、反応速度は、重合反応時における前記攪拌槽内の単位時間当たりの発熱量の変化を示す内浴温度勾配とし、検出手段によって検出する物理量は、攪拌槽内の重合温度にすることが好ましい。そして、相関データは、これら内浴温度勾配と重合温度のパラメータを利用し、次のようにして求めることが好ましい。
つまり、検出手段により槽内の実重合温度を検出し、この実重合温度と製造対象のポリマーに応じて予め決めた基準重合温度から温度偏差を求めるとともに、実重合温度における単位時間当たりの発熱量の変化を示す実内浴温度勾配を求め、
温度偏差分を含む実内浴温度勾配度勾配を基準重合温度が示す基準内浴温度勾配に補正するための理論内浴温度勾配を求め、
理論内浴温度勾配と実内浴温度勾配の差分から目標内浴温度勾配変化量を求める。この処理を繰り返し行ってデータ化して記憶手段に記憶させる。
【0020】
すなわち、この構成によれば前記第5の方法発明を好適に実現することができる。
【発明の効果】
【0021】
この発明に係るポリマー製造方法およびその装置は、製造対象のポリマーを製造する過程で、重合反応を抑制する溶媒の滴下量を調整することで、実反応速度が基準反応速度と一致させることができ、重合温度の上昇や降下を精度よく抑制することができる。すなわち、目標とするゲル分率および分子量分布を有するポリマーを精度よく、かつ、効率よく製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本実施例では、製造対象のポリマーを製造するとき、基準となる重合反応の基準反応速度を決定し、当該基準反応速度を維持するように、重合反応時の実反応速度を抑制する溶媒の滴下量を調整し、任意のゲル分率および分子量分布のポリマーを製造可能とする方法について説明する。
【0023】
なお、本実施例では、エマルジョン重合による一括重合でポリマーを合成する場合を例に採って説明する。
【0024】
エマルジョン重合に使用されるモノマーには、例えば、ブチルアクリレート(BA)、アクリル酸(AA)などを使用している。
【0025】
また、開始剤としては、アゾ系開始剤が使用される。アゾ系開始剤としては、例えば、2,2-アゾビスイソブチロニトリル、2,2-アゾビス(2-アミジノプロパン)ジヒドロクロライド、2,2'-アゾビス(N,N’ジメチレンイソブチルアミジン)ジヒドクロライド、2,2’-アゾビス[2-(5-メチル-2-イミダゾリン-2-イル)プロパン]ジヒドロクロライド、アゾビス(2-メチルプロイオンアミジン)などが挙げられる。
【0026】
また、溶媒としては、例えば、酢酸エチルが挙げられる。
【0027】
以下、具体的な方法について説明する。
【0028】
先ず、製造対象のポリマーを製造するための製造条件(重合条件)を決定する。例えば、製造対象のポリマーごとに基準重合温度を決定し、重合反応時の基準となる反応速度(以下、適宜「基準反応速度」という)を、攪拌槽内における単位時間当たりの発熱量の変化を利用して実験やシミュレーションによって求めてゆく。
【0029】
本実施例では、容量が3000L(リットル)の攪拌槽を備えた攪拌機にモノマーとしてBAを900kgと、溶媒として酢酸エチルを300kgとを予め投入し、基準重合温度を57.8℃に設定してポリマーを製造する場合を例に採って説明する。
【0030】
このポリマーの製造は、攪拌槽に予め投入されたモノマーと溶媒を攪拌翼の回転によって混合させながら重合反応を開始させている。そして、攪拌槽内が所定の重合温度になった時点で開始剤を投入する。その後、重合反応過程で予め決定した基準重合温度に対して、攪拌槽内における実重合温度が変化したときに検出された、その実重合温度に応じて所定量の溶媒を滴下する。なお、この製造過程で、攪拌槽内の実重合温度をセンサによってモニタリングする。
【0031】
先ず、製造対象のポリマーを製造する前に、製造対象と同じポリマーの製造実験を行い、攪拌槽内の内浴温度、つまり実重合温度が予め設定した基準重合温度に対して変化させた場合に、各重合温度に対して異なる量の溶媒を滴下したときの滴下量と攪拌槽内の単位時間当たりの発熱量(内浴温度勾配変化量)の関係を予め求める。本実施例の場合、各重合温度に対して6kg、8kg、11kgの溶媒をそれぞれ滴下している。その実験結果は、図1のようになる。
【0032】
また、この実験過程では、図2に示すように、重合反応が開始すると重合温度が上昇し、予め決めた基準重合温度に近似し、さらに上昇する傾向にある。つまり、重合反応が促進されて単位時間当たりの発熱量が増加し、反応速度が増しているのが分かる。そこで、本実施例では、この反応過程で、図2の実践で示す、反応速度として実重合温度から求まる攪拌槽の内浴温度勾配が、実験などにより予め決めた基準重合温度の変化から求まる基準内浴温度勾配と一致するよう、所定量の溶媒を攪拌槽に滴下するようにする。
【0033】
なお、本実施例では、溶媒滴下時の反応速度の変化として、攪拌槽内の単位時間当たりに変化する発熱量を利用し、図1に示す内浴温度勾配変化量として求めてゆく。さらに、この図1に示す一群のデータを利用して、図3に示すように、溶媒滴下後の内浴温度勾配の変化に応じて変化する内浴温度との関係を求めることができ、この関係を次式(1)で表す。
【0034】
V=3.1151X1+0.7664 … (1)
【0035】
ここで、攪拌槽内の実重合温度の検出結果が59℃であり、この実重合温度を検出した時点における単位時間当たりの発熱量の変化から求まる実内浴温度勾配V=+0.2℃/minであった場合の実反応速度を基準反応速度に補正するのに必要な溶媒の滴下量を求める処理を具体的に説明する。なお、センサで攪拌槽内の実重合温度を検出し、単位時間当たりの発熱量の変化量を求め、さらに、この変化量から実内浴温度勾配を求める処理は、本発明の第1過程に含まれる。
【0036】
<ステップS1>
実反応速度を基準反応速度に補正するための理論内浴温度勾配を求める。ここでは、先ず基準重合温度と実重合温度との温度偏差を求める。この場合、基準重合温度=57.8℃、実重合温度=59℃であるので、その差分から温度偏差=−1.2(℃)となる。
【0037】
そして、求まる温度偏差と上述の式(1)を利用して理論内浴温度勾配X1を求める。この場合、V=−1.2なので、理論内浴温度勾配X1=−0.631となる。なお、温度偏差を求める過程は、本発明の第1過程に含まれ、理論内浴温度勾配を求める過程が、本発明の第2過程に相当する。
【0038】
<ステップS2>
実反応速度を求めた時点では、実重合温度が基準重合温度を超えていることから重合反応が積極的に行われており、反応速度が増している。ここで、ステップ1で求めた理論内浴温度勾配に基づいて溶媒の滴下量を算出し、攪拌槽内に滴下することも可能であるが、溶媒を攪拌槽内に滴下しても、図4に示すよう、滴下時点D1から溶媒が作用して反応速度を抑制させるまでに遅れ時間Hが発生する。したがって、このステップS2では、時間遅れの間に起こり得る重合反応の反応成分を予測し、この反応成分を除去可能とする目標内浴温度勾配変化量を次式(2)に示す関係より求める。
【0039】
目標内浴温度勾配変化量=理論内浴温度勾配−実内浴温度勾配 … (2)
【0040】
したがって、本実施例では、理論内浴温度勾配=−0.631、実内浴温度勾配=0.2であるので、目標内浴温度勾配変化量=−0.831となる。つまり、図4に示す、溶媒滴下時点から内浴温度勾配が下がりきった時点までの変化量を求める。なお、ステップS2は、本発明の第3過程に相当する。
【0041】
<ステップS3>
本ステップでは、内浴温度が変化に応じて目標内浴温度勾配変化量を得るのに必要な溶媒の滴下量の相関関数を求める。この相関関係は、実験の過程で取得した図1に示すデータを利用し、図5に示す関係を求める。この実重合温度が59℃の場合、関数は、y=−15.695X2−4.762であった。ここで、yは溶媒の滴下量、X2は目標内浴温度勾配変化量である。したがって、目標内浴温度勾配変化量y=−0.831の場合、溶媒の滴下量X2 =8.22kgとなる。以上で、実重合温度を検出した時点の実反応速度を基準反応速度に補正するの必要な溶媒の滴下量が求まる。
【0042】
次に、上述の実施例方法を実現可能なポリマー製造装置について説明する。
【0043】
図6は、本実施例に係るポリマー製造装置である攪拌機およびその周辺構成を示した概略構成図である。
【0044】
図10に示すように、実施例装置は、大きく分けて投入したモノマーと開始剤からなるモノマー混合物からポリマーを合成する攪拌機1、攪拌機1を構成する攪拌槽2に溶媒を滴下する溶媒貯留部3、攪拌槽内に存在する酸素量や重合温度などを含む重合装置全体を統括的に制御する制御部4、およびポリマー製造時における種々の製造条件などの入力設定や装置全体の操作を行う操作部5から構成されている。以下、各構成について具体的に説明する。なお、制御部4は、本発明の制御手段に、操作部5は設定手段にそれぞれ相当する。
【0045】
攪拌機1は、底部が椀状をした攪拌槽2と、その中心部の上方から片持ち支持された回転軸5に攪拌翼6(図6では格子翼)が取り付けられている。この回転軸5は、図示しないモータなどの回転駆動手段に連接されており、図中のY軸回りに回転する。また、攪拌槽内の重合温度を制御するためのジャケット7が攪拌槽2の外周に付設されている。
【0046】
また、攪拌槽2は、その上蓋に重合反応にともなって蒸発した水分を冷却して水に戻すとともに、攪拌槽内に供給して不要となった窒素を排出するコンデンサCが立設されている。窒素は、攪拌槽2の下部と上部に連通接続された配管を介して、その近傍に配備された図示しない窒素タンクから適時・適量供給されるようになっている。
【0047】
また、攪拌槽2の内浴温度を検出する温度センサS3を備えている。なお、温度センサS3は、本発明の検出手段に相当する。
【0048】
ジャケット7は、その内部に温水や冷却水などの温度調節用流体を供給・排出循環させるための配管R1がジャケット7の上・下部に連通接続されている。この配管R1のジャケット入口側(図6では下部)には攪拌槽内の温度を上昇させるために、例えば温水をジャケット7に供給するよう、配管R1に循環する水温を上昇させる熱交換器8が設けられている。この熱交換器8には、電磁バルブV2を開放することにより蒸気が供給される配管R2が連通接続されている。また、配管R1には、攪拌槽2を冷却するために配管R1を循環する温水または冷却水を排出するための電磁バルブV1が設けられているとともに、電磁バルブV1を開放して温水などを排出したときに新たな冷却水を供給するための配管R3が電磁バルブV3を介して配管R1に連通接続されている。
【0049】
温度調節用流体をジャケット7に供給する側の配管R1(図6ではジャケット7の下部近傍)には温度センサS1が、排出する側(図6ではジャケット7の上部近傍)には温度センサS2および流量計F1(図6では左側)とがそれぞれ配備されている。
【0050】
溶媒貯留部3は、製造対象のポリマーに応じて実験やシミュレーションなどにより予め決定した使用量の開始剤が貯留されている。
【0051】
また、溶媒貯留部3は、電磁バルブV4を備えた配管R4を介して攪拌槽2と連通接続されている。溶媒貯留部3に貯留された溶媒は、後述する制御部4の制御により電磁バルブV4が開閉操作されることで攪拌槽2に所定量の溶媒が滴下される。なお、溶媒貯留部3には、攪拌槽2に供給される溶媒の滴下量を検出する残量計Z1が取り付けられている。なお、溶媒貯留部3および電磁バルブV4を含む構成は、本発明の溶媒滴下入手段に相当する。
【0052】
制御部4は、記憶部9と演算処理部10を備えている。記憶部9にはポリマー製造条件に応じた重合反応時の基準反応速度のパターンデータや、上述の製造方法においてステップS1からステップS3の処理を、重合温度の変化ごと繰り返し行い、図7に示す、内浴温度と内浴温度勾配との関係から求まる溶媒の滴下量をマトリックス化した相関データが記憶されている。また、溶媒を滴下するタイミングなど種々の製造条件が操作部5から予め入力設定される。なお、記憶部9は、本発明の記憶手段に相当する。
【0053】
演算処理部10は、操作部5から入力設定された初期条件に基づいて、目標とするゲル分率を有するポリマーを製造するための溶媒の滴下量を演算により算出するようになっている。
【0054】
この溶媒の滴下量を算出するために、演算処理部10は、さらに重合温度変化率算出部11と、溶媒滴下量算出部12を備えている。なお、各部の演算処理については、実施例装置の動作説明にて詳述する。なお、演算処理部10は、本発明の演算手段に相当する。
【0055】
次に、上述の構成を有する実施例装置を利用して任意のゲル分率を有するポリマーを製造する一連の動作を図8に示すフローチャートに基づいて説明する。
【0056】
先ず、ステップS10では製造対象のポリマーに応じた各種製造条件を、操作部5を操作して制御部4の記憶部9に初期設定する。本実施例では製造条件として攪拌槽2と溶媒貯留部3のそれぞれの容量、製造対象のポリマーの基準重合温度および基準反応速度の基準パターン、製造に利用する溶媒の投入量、溶媒の滴下タイミング、目標とするゲル分率など種々の条件が初期設定される。初期設定が終了するとステップS20に進む。
【0057】
ステップS20では、攪拌槽2に投入されたモノマーおよび溶媒の攪拌が開始される。この攪拌開始に伴って、温度センサS3によって攪拌槽の内浴温度である実重合温度が検出されて制御部4に送信される。制御部4は実重合温度をモニタリングし、予め設定した基準重合温度を実重合温度が超えているか否かの判断を演算処理部10によって行わせている。この過程で、実重合温度が基準重合温度を超えなければ、ステップS20の処理を繰り返し行い、実重合温度が基準重合温度を超えた時点でステップS30に進む。
【0058】
ステップS30では、演算処理部10の重合温度変化率算出部11が、実重合温度と基準重合温度との偏差から単位時間当たりの発熱量の変化としての内浴温度勾配を求める。そして、溶媒滴下算出部12が、先に求めた内浴温度勾配と実重合温度に応じた溶媒滴下量を記憶部9に予め記憶されている相関データと比較演算処理を行って抽出する。
【0059】
ステップS40では、制御部4が、電磁バルブV4の開度を調節して、滴下量算出部15によって抽出された所定量の溶媒を攪拌槽2に滴下する。
【0060】
ステップS50では、制御部4が次に溶媒滴下後から次に溶媒滴下までの時間をカウントする。このカウントする時間は、実験やシミュレーションなどのよって予め決められたものであって、溶媒を滴下してから重合反応を抑制する効果がなくなる最小時間である。なお、本実施例では、この最小時間を2.5分に設定している。
【0061】
ステップS60では、最小時間である2.5分に達すると、演算処理部10が、温度センサS3によって連続的に検出されている実重合温度を利用して内浴温度勾配を求める。そして、求めた内浴温度勾配がゼロ以上であれば、実反応速度が増して基準反応速度から外れる傾向にあると判断し、ステップS10からの処理を繰り返す。なお、この処理は、製造対象のポリマーが所定にゲル分率になるまで、繰り返し行われる。また、本実施例の場合、ポリマーを製造する過程で、ジャケット7に循環させる冷却用溶媒の温度をPID制御により調整している。
【0062】
上述のように、重合反応過程で変化する重合温度ごとに実反応速度を基準反応速度に補正するのに必要な溶媒の滴下量を、内浴温度勾配と重合温度との関係によって製造対象のポリマーごとに予め実験によって求め、マトリックス化して相関データとして記憶部9に記憶させておくことにより、温度センサS3によって実重合温度を検出すれば、溶媒の滴下量を容易に求めることができる。また、本実施例では、溶媒の滴下量を算出するにあたって、溶媒を攪拌槽に滴下してから反応を抑制させるまでの遅れ時間内に発生する将来的な反応成分を予測し、この反応成分を除去可能な溶媒の滴下量を重合温度ごとに算出している。したがって、任意のゲル分率および分子量分布を有するポリマーを精度よく、かつ、効率よく製造することができる。
【0063】
本発明は上述した実施例のものに限らず、次のように変形実施することもできる。
【0064】
(1)上記実施例では、エマルジョン重合による一括重合を例に採って説明したが、この形態に限定されるものではなく、滴下重合、二段重合、および均一系の溶液重合などにも適用することができる。
【0065】
(2)上記実施例の場合、溶媒貯留部3に貯留された溶媒の温度を略一定に保つように制御することが好ましい。このように構成することにより、反応速度をより一層に制御しやすくなる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】実験により取得した攪拌槽内の内浴温度勾配変化量を示す図である。
【図2】攪拌槽内の内浴温度勾配の変化を示す図である。
【図3】溶媒滴下後の内浴温度勾配の変化に応じて変化する内浴温度との関係を示す図である。
【図4】溶媒滴下時の内浴温度勾配の変化を示す図である。
【図5】目標内浴温度勾配変化量を得るのに必要な溶媒の滴下量の相関関係を示す図である。
【図6】実施例に係るポリマー製造装置の概略構成図である。
【図7】内浴温度勾配と内浴温度との関係から求める溶媒滴下量を示すマトリックスである。
【図8】実施例装置を利用したときの反応速度を制御するフローチャートである。
【符号の説明】
【0067】
1 … 攪拌機
2 … 攪拌槽
3 … 溶媒貯留部
4 … 制御部
5 … 操作部
7 … ジャケット
9 … 記憶部
10 … 演算処理部
11 … 重合温度変化率算出部
12 … 溶媒滴下量算出部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
槽内に予め投入したモノマーに開始剤を投入して混合させながら重合反応させてポリマーを製造するポリマー製造方法において、
製造対象のポリマーに応じて予め決められた重合反応時の基準反応速度に対して、ポリマー製造過程の実反応速度が前記基準反応速度と一致するように重合反応を抑制する溶媒の滴下量を調整する
ことを特徴とするポリマー製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載にポリマー製造方法において、
前記溶媒の滴下量の調整は、以下の過程によって行う、
重合反応時の実反応速度を求める過程と、
前記基準反応速度と実反応速度から実反応速度変化率を求める第1過程と、
前記実反応速度変化率を利用して前記実反応速度を前記基準反応速度に補正するための理論反応速度変化率を求める第2過程と、
前記理論反応速度変化率から前記実反応速度変化率の影響を除いた目標反応速度変化率を求める第3過程と、
前記目標反応速度変化率に応じて予め決めた前記溶媒の滴下量の相関関数から所定の滴下量を求める第4過程と、
前記第4過程で求まった所定量の溶媒を槽内に滴下する第5過程と、
によって行うことを特徴とするポリマー製造方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のポリマー製造方法において、
前記反応速度は、重合反応時における前記槽内の単位時間当たりの発熱量の変化を示す内浴温度勾配であり、
前記第1過程では、温度検出手段により前記槽内の実重合温度を検出し、この実重合温度と製造対象のポリマーに応じて予め決めた基準重合温度から温度偏差を求めるとともに、実重合温度における単位時間当たりの発熱量の変化を示す実内浴温度勾配を求め、
前記第2過程では、前記温度偏差分を含む前記実内浴温度勾配を基準重合温度が示す基準内浴温度勾配に補正するための理論内浴温度勾配を求め、
前記第3過程では、前記理論内浴温度勾配と前記実内浴温度勾配の差分から目標内浴温度勾配変化量を求め、
前記第4過程では、基準重合温度に対して複数の温度偏差を含む各重合温度と内浴温度勾配変化量に応じて予め決めた溶媒の滴下量の相関関数に基づいて、前記目標内浴温度勾配変化量に対応する溶媒の滴下量を求める
ことを特徴とするポリマー製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載のポリマー製造方法において、
製造対象のポリマーごとに、その基準重合温度を変化させたときの実内浴温度勾配から基準内浴温度勾配に補正するのに必要な溶媒の滴下量を、前記第1過程から第4過程を繰り返して行って予めを求めておき、ポリマー製造過程で検出した前記実重合温度と前記実内浴温度勾配に応じた溶媒の滴下量を予め求めた溶媒の滴下量を参照して選択し、前記槽内に所定量の溶媒を滴下する
ことを特徴とするポリマー製造方法。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれかに記載のポリマー製造方法において、
前記溶媒に滴下は、予め決めた時間間隔ごとに間欠的に滴下する
ことを特徴とするポリマー製造方法。
【請求項6】
モノマーに開始剤を混合させながら重合反応をさせてポリマーを製造するポリマー製造装置において、
攪拌槽に投入された前記モノマーと開始剤を混合するように攪拌する攪拌機と、
前記攪拌槽内での重合反応を抑制する溶媒を貯留し、この溶媒を攪拌槽に滴下する溶媒滴下手段と、
製造対象のポリマーの重合反応時に変化する反応速度の変化率と、変化率を有する各反応速度を基準反応速度に補正するのに必要な溶媒の滴下量との相関データを記憶した記憶手段と、
前記攪拌槽内の重合反応の反応速度に起因する物理量を検出する検出手段と、
前記検出手段によって検出された物理量に基づいて、前記反応速度の変化量を求め、この求まる変化量に応じた溶媒の滴下量を前記記憶手段から求める演算手段と、
前記溶媒滴下手段を操作して前記演算手段によって求まった溶媒の滴下量を前記攪拌槽に滴下する制御手段と、
を備えたことを特徴とするポリマー製造装置。
【請求項7】
請求項6に記載のポリマー製造装置において、
前記反応速度は、重合反応時における前記攪拌槽内の単位時間当たりの発熱量の変化を示す内浴温度勾配であり、
前記検出手段によって検出する物理量は、攪拌槽内の重合温度であり、
前記記憶手段に記憶する相関データは、製造対象のポリマーごとに決めた基準重合温度を変化させたときの内浴温度勾配を利用し、次のようにして求めている、
(a)前記検出手段により前記槽内の実重合温度を検出し、この実重合温度と製造対象のポリマーに応じて予め決めた基準重合温度から温度偏差を求めるとともに、実重合温度における単位時間当たりの発熱量の変化を示す実内浴温度勾配を求め、
(b)前記温度偏差分を含む前記実内浴温度勾配度勾配を基準重合温度が示す基準内浴温度勾配に補正するための理論内浴温度勾配を求め、
(c)前記理論内浴温度勾配と前記実内浴温度勾配の差分から目標内浴温度勾配変化量を求め、
(d)基準重合温度に対して複数の温度偏差を含む各重合温度と内浴温度勾配変化量に応じて予め決めた溶媒の滴下量の相関関数に基づいて、前記目標内浴温度勾配変化量に対応する溶媒の滴下量を求め、
(e)前記(a)〜(d)を繰り返し行ってデータ化して前記記憶手段に記憶させた
ことを特徴とするポリマー製造装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−137999(P2007−137999A)
【公開日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−332857(P2005−332857)
【出願日】平成17年11月17日(2005.11.17)
【出願人】(000003964)日東電工株式会社 (5,557)
【Fターム(参考)】