説明

ポリロタキサン繊維

【課題】環状分子どうしの架橋や環状分子と他のポリマーとの架橋を行うことなく、高弾性かつ高強度を実現できるポリロタキサン繊維を提供する。
【解決手段】シクロデキストリン系環状分子と、その環状分子に串刺し状に包接されたポリエチレングリコールと、ポリエチレングリコールの両末端に結合した封鎖基と、を有するポリロタキサンを含んでなる繊維であって、前記シクロデキストリン系環状分子が、少なくとも、(110)および(210)で示される面指数を有する結晶構造を備え、繊維伸張方向のタフネス値を8(cN/dtex)1/2以上とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリロタキサン繊維に関し、より詳細には、シクロデキストリン系環状分子を互いに架橋することなく、高弾性かつ高強度を実現できるポリロタキサン繊維に関する。
【発明の背景】
【0002】
ポリロタキサンは、環状分子の開口部に直鎖状分子が串刺し状に包接された構造を有する化合物であり、特有の機能および性質を有していることから、近年、様々な技術分野への応用が検討されている。その一例として、国際公開WO2001/083566号(特許文献1)には、環状分子同士を化学的に架橋させてポリロタキサン分子中で可動な架橋点を形成することにより、高弾性かつ高強度を実現できるポリロタキサン材料が提案されている。
【0003】
また、国際公開WO2007/026879号(特許文献2)には、ポリロタキサン溶液をメタノール凝固液中に吐出してポリロタキサン繊維を製造する方法が提案されている。しかしながら、高弾性かつ高強度を実現できるポリロタキサン繊維については、何ら開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開WO2001/083566号
【特許文献2】国際公開WO2007/026879号
【発明の概要】
【0005】
本発明者らは、ある一定値以上の分子量を有するポリロタキサンを繊維状形態とするか、あるいは、分子量が一定値未満であっても、繊維状のポリロタキサンを延伸することにより、環状分子同士の架橋を行うことなく、高弾性かつ高強度の繊維状物が得られる、との知見を得た。そして、シクロデキストリン系環状分子を互いに化学架橋しなくても、上記のようなポリロタキサン繊維とすることにより、ポリロタキサン中の環状分子が結晶化して周期構造を発現し、環状分子同士が局所的に集合するため、所定の繊維物性を有することが判った。本発明はかかる知見によるものである。
【0006】
したがって、本発明の目的は、シクロデキストリン系環状分子同士の化学架橋を行うことなく、高弾性かつ高強度を実現できるポリロタキサン繊維を提供することにある。
【0007】
そして、本発明によるポリロタキサン繊維は、シクロデキストリン系環状分子と、その環状分子に串刺し状に包接されたポリエチレングリコールと、ポリエチレングリコールの両末端に結合した封鎖基と、を有するポリロタキサンを含んでなる繊維であって、
前記シクロデキストリン系環状分子が、少なくとも、(110)および(210)で示される面指数を有する結晶構造を備え、
繊維伸張方向のタフネス値が、8(cN/dtex)1/2以上を有するものである。
【0008】
本発明によれば、前記シクロデキストリン系環状分子が、少なくとも、(110)および(210)で示される面指数を有する結晶構造を備えたポリロタキサン繊維とすることにより、シクロデキストリン系環状分子同士が疑似的に架橋したような構造となり、環状分子同士の化学架橋を行わなくても可動な疑似架橋点が形成されるため、高弾性かつ高強度の繊維状物を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の一実施態様によるポリロタキサン繊維の構造を示したものである。
【図2】シクロデキストリン系環状分子が集合していないポリロタキサンの構造を示したものである。
【図3】シクロデキストリン系環状分子が集合したポリロタキサンの構造を示したものである。
【図4】例1のポリロタキサン繊維のX線回折結果を示したものである。図中、As−spanとは未延伸繊維を示し、DR1〜DR6は延伸倍率1倍〜6倍を示す。
【図5】例2のポリロタキサン繊維のX線回折結果を示したものである。
【図6】例3のポリロタキサン繊維のX線回折結果を示したものである。
【図7】例4のポリロタキサン繊維(延伸倍率1倍)のX線回折結果を示したものである。
【図8】例4のポリロタキサン繊維(延伸倍率6倍)のX線回折結果を示したものである。
【発明の具体的説明】
【0010】
本発明によるポリロタキサン繊維は、シクロデキストリン系環状分子と、その環状分子に串刺し状に包接されたポリエチレングリコールと、ポリエチレングリコールの両末端に、シクロデキストリン系環状分子が脱離しないように結合させた封鎖基と、を有するポリロタキサンを繊維状の形態にしたものである。先ず、本発明に用いられるポリロタキサンについて説明する。
【0011】
シクロデキストリン系環状分子としては、例えばα−シクロデキストリン、β−シクロデキストリンまたはγ−シクロデキストリン等の未修飾のシクロデキストリン類を挙げることができる。これらの中でもα−シクロデキストリンがより好ましい。一般に環状分子がシクロデキストリン類であるポリロタキサンは、特に不溶性で良溶媒が少ないことが知られている。この不溶性は、シクロデキストリン上に存在する水酸基が、分子内/分子間水素結合を形成するためと考えられているものの、詳細なメカニズムは不明である。これらのシクロデキストリン類は、ジメチルシクロデキストリン、ヒドロキシプロピルシクロデキストリン、ヒドロキシエチルシクロデキストリン、アセチルシクロデキストリン等、その水酸基が部分的に修飾されたものであってもよい。
【0012】
上記したシクロデキストリン系環状分子を串刺し状に貫き、その環状分子によって包接されるポリエチレングリコールは、実質的に直鎖であればよい。また、「直鎖」の長さは、直鎖状のポリエチレングリコール分子上で環状分子が摺動または移動可能であれば、その長さに特に制限されるものではないが、所定数の環状分子によって包接される程度の長さを有している必要がある。ポリエチレングリコール分子鎖が長くなるに伴い、包接する環状分子の数も増加するが、環状分子同士が集合して結晶構造を発現するには、ポリエチレングリコールを包接する環状分子が所定数必要だからである。ポリエチレングリコール分子鎖の長さは、重量平均分子量によって規定することができる。
【0013】
ポリエチレングリコールの重量平均分子量は、10,000以上、例えば10,000〜1,000,000であることが好ましい。より好ましくは20,000〜500,000、さらに好ましくは30,000〜300,000である。なお、ポリエチレングリコールの重量平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により測定することができる。例えば、測定装置としてHLC−8220GPC(東ソー株式会社製)を用いた場合、下記の測定条件により測定することができる。
カラム:TSKguardcolumn Super AW−H(東ソー株式会社製)、
移動相:ジメチルスルホキシド+0.01mol/L 塩化リチウム
流速:0.5 mL/min
カラム温度:50℃
【0014】
ポリエチレングリコールは、その両末端に反応基を有するのが好ましい。反応基を有することにより、後記する封鎖基と容易に反応することができる。反応基は、用いる封鎖基に依存するが、例えば水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基等を挙げることができる。
【0015】
封鎖基は、シクロデキストリン系環状分子がポリエチレングリコールにより串刺し状に貫かれた形態を保持する基であれば、特に限定されず、いかなる基を用いてもよい。このような基として、例えば「嵩高さ」を有する基および/または「イオン性」を有する基等を挙げることができる。ここで、「基」というのは、分子基および高分子基を含めた種々の基を意味する。即ち、「嵩高さ」を有する基として、模式的に、球形で表される基であっても、側壁のように表される固体支持体であってもよい。また、「イオン性」を有する基の「イオン性」と、環状分子の有する「イオン性」とが影響しあうことにより、例えば反発しあうことにより、シクロデキストリン系環状分子がポリエチレングリコールにより串刺し状になった形態を保持することができる。
【0016】
封鎖基としては、ジニトロフェニル基類、シクロデキストリン類、アダマンタン基類、トリチル基類、フルオレセイン類およびピレン類等ならびにこれらの誘導体または変性体を挙げることができる。これらの中でも、アダマンタン基類、トリチル基類が好ましい。
【0017】
ポリエチレングリコールに対するシクロデキストリン系環状分子の割合は、少なくとも2個のシクロデキストリン系環状分子をポリエチレングリコールが串刺し状に貫き、それらシクロデキストリン系環状分子がポリエチレングリコールを包接してなるのが好ましい。
【0018】
シクロデキストリン系環状分子によりポリエチレングリコールを包接する際、シクロデキストリン系環状分子をポリエチレングリコールに密に詰めないことが好ましい。密に詰めないことにより、ポリロタキサン繊維中においてシクロデキストリン環状分子が集合した場合であっても、環状分子によって包接されたポリエチレングリコール鎖が一定の可動距離を保持することができる。この可動距離により、上述したように、高弾性かつ高強度の繊維を実現することができる。具体的には、シクロデキストリン系環状分子がポリエチレングリコール上に最大限に存在することができる量、即ち最大包接量を1とした場合、環状分子の量は、最大包接量の0.001〜0.6、好ましくは0.01〜0.5、より好ましくは0.05〜0.4の値で存在するのがよい。
【0019】
図1に示すように、本発明によるポリロタキサン繊維は、上記したポリロタキサン1を繊維状の形態にしたものであり、両末端に封鎖基4が結合したポリエチレングリコール2に串刺し状に貫かれたシクロデキストリン系環状分子3が、少なくとも、(110)および(210)で示される面指数を有する結晶構造を備え、かつ、繊維伸張方向のタフネス値が、8(cN/dtex)1/2以上を有するものである。本発明においては、従来の、シクロデキストリン系環状分子同士を架橋してポリロタキサン中に架橋点を形成した高弾性かつ高強度のポリロタキサン材料(スライドリングゲルとも呼ばれる)とは異なり、ポリロタキサンを繊維状の形態とし、繊維構造中に特定のシクロデキストリン系環状分子の結晶構造を形成することにより、繊維のタフネス値が8(cN/dtex)1/2以上となり、環状分子同士を化学架橋させた場合と同様の効果を生じさせるものである。なお、「タフネス値」とは、繊維軸方向への引張強度T(cN/dtex)、破断伸度E(%)とした場合に、下記式:
タフネス=(T×E)1/2
により定義される値を意味する。
【0020】
また、シクロデキストリン系環状分子の結晶構造の発現は、繊維のX線構造解析を行うことにより、下記のようにして確認することができる。ポリロタキサン繊維のX線構造解析はX線回折装置を用いて行う。X線回折装置としては、特に限定されるものではなく、一般的に使用されているものを用いることができ、例えば、NANO−Viewer(リガク株式会社)等を好適に使用できる。二次元のX線回折像を、イメージングプレートを使用して検出し、繊維軸方向および繊維軸と垂直な方向について、散乱強度を、中心からの距離すなわち波数(回折角)の関数として算出する。周期構造のサイズのプロファイルを求めるため、波数を実空間での距離dに換算し、回折強度を距離に対してプロットすることにより、図4に示すようなX線回折プロファイルを得ることができる。ポリロタキサンにおけるシクロデキストリン環のパッキング構造は、X線構造解析により既に詳細に研究され、例えば、I.N.Topchieva,Langmuir 2004,20,9036−9043において明らかにされている。この文献中の表1には、α−シクロデキストリンの結晶が六方晶構造をとると仮定したときの、回折ピークが現れる位置と格子面の面指数との対応が示されており、a軸、b軸、c軸方向の長さは実験によりそれぞれa=b=13.65Å、c=16.40Åと求められている。このa、cの長さは、それぞれα−シクロデキストリンを円筒形と見立てたときの外径、およびα−シクロデキストリンの高さの2倍にほぼ一致する。上記したX線回折プロファイルのピーク位置のdの値を上記文献の表中の値と参照することにより、α−シクロデキストリンのパッキングの周期構造(面指数)を決定することができる。
【0021】
上記のようにしてポリロタキサン繊維中に形成されるシクロデキストリン系環状分子の結晶構造を知ることができる。本発明においては、シクロデキストリン系環状分子が、少なくとも、(110)および(210)で示される面指数を有する結晶構造を備える。すなわち、シクロデキストリン系環状分子の開口方向に垂直な方向において、シクロデキストリン系環状分子同士が互いに集合した結晶構造を有する。このような結晶構造を有することにより、環状分子同士の化学架橋を行わなくても可動な疑似架橋点が形成されるため、高弾性かつ高強度の繊維状物を実現できるものと考えられる。また、後記するように、繊維を所定倍率以上で延伸することにより、延伸による配向結晶化が促進されて(002)で示される面指数を有する結晶構造が発現し、その結果、シクロデキストリン系環状分子同士が三次元的に集合し結晶化することにより六方晶系の結晶構造となる。本発明においては、ポリロタキサンのシクロデキストリン系環状分子が上記のような結晶構造を形成することにより、繊維物性として8(cN/dtex)1/2以上のタフネス値を有する繊維となる。
【0022】
<本発明の第一の態様>
本発明によるポリロタキサン繊維は、ポリロタキサンを構成するポリエチレングリコールの重量平均分子量が30,000を超えるものである。より好ましくは50,000以上である。シクロデキストリン系環状分子に包接されるポリエチレングリコールとして比較的高分子量のものを使用することにより、繊維が未延伸であるか、延伸したものであるかに関係なく、繊維構造中に、少なくとも、(110)および(210)で示される面指数を有する結晶構造が形成され、その結果、繊維のタフネス値が8(cN/dtex)1/2以上となる。この理由は定かではないが、重量平均分子量が30,000を超える程度のポリエチレングリコール、すなわち比較的高分子量のポリエチレングリコールによりポリロタキサン繊維が構成される場合、延伸による配向化を行わなくともシクロデキストリン系環状分子同士が集合して上記のような結晶構造をとることとなり、その結果、シクロデキストリン系環状分子同士を疑似架橋したような構造が発現したことによるものと考えられる。上記したように、重量平均分子量が30,000を超えるポリエチレングリコールを用いる場合、ポリロタキサン繊維を延伸しなくともタフネス値が8(cN/dtex)1/2以上となるが、繊維を適宜延伸することにより、所望の引張強度と破断伸度を有する延伸繊維が得られることは言うまでもない。
【0023】
<本発明の第二の態様>
本発明の第二の態様によるポリロタキサン繊維は、ポリロタキサンを構成するポリエチレングリコールの重量平均分子量が30,000以下、好ましくは20,000〜30,000であり、かつ、延伸倍率2以上で延伸されたものであることが好ましい。重量平均分子量が30,000以下のポリエチレングリコールを用いる場合、ポリロタキサン繊維を2倍以上に延伸することにより、ポリロタキサン繊維構造中に特定のシクロデキストリン系環状分子の集合構造が形成され、ポリロタキサン繊維のタフネス値が8(cN/dtex)1/2以上となる。この理由は定かではないが、シクロデキストリン系環状分子に包接されるポリエチレングリコールが比較的低分子量の場合、未延伸の状態では、図2に示すように、ポリロタキサン繊維中にシクロデキストリン系環状分子の結晶構造は形成されず、シクロデキストリン系環状分子同士の疑似架橋が発現されない。ポリロタキサン繊維を2倍以上に延伸することによりポリエチレングリコール鎖が配向し、図3に示すようにシクロデキストリン系環状分子3同士が集合して、少なくとも(110)および(210)で示される面指数を有する結晶構造が形成され、疑似架橋したような構造が発現することによるものと考えられる。また、さらに延伸することにより、延伸による配向結晶化が促進されて(002)で示される面指数を有する結晶構造が発現し、より弾性や強度に優れる繊維とすることができる。
【0024】
ポリロタキサン繊維は、使用用途に応じて繊維の強度および伸度を調整することができる。例えば、伸度よりも強度が重視される用途においては、ポリロタキサン繊維を好適な倍率で延伸することにより、所望の伸度および強度とすることができる。例えば、重量平均分子量59,500のポリエチレングリコールを用いたポリロタキサン繊維では、未延伸繊維では、繊維強度が0.14cN/dtex、伸度が550%程度であるが、6倍に延伸することにより、強度は1.1cN/dtexとなり、伸度は120%程度となる。
【0025】
<ポリロタキサン繊維の製造方法>
まず、シクロデキストリン系環状分子およびポリエチレングリコールを混合してシクロデキストリン系環状分子の開口部にポリエチレングリコールが串刺し状に包接されてなる擬ポリロタキサンを調製する。この調製工程における混合の際、種々の溶媒を用いてもよい。この溶媒は、シクロデキストリン系環状分子および/またはポリエチレングリコールを溶解する溶媒、あるいはシクロデキストリン系環状分子および/またはポリエチレングリコールを懸濁する溶媒などを挙げることができる。具体的には、本発明で用いるシクロデキストリン系環状分子および/またはポリエチレングリコールなどに依存して適宜選択することができる。
【0026】
擬ポリロタキサンの調製の際、ポリエチレングリコール上で串刺し状に貫かれるシクロデキストリン系環状分子の量を制御するのが好ましい。少なくとも2個のシクロデキストリン系環状分子がポリエチレングリコール上で串刺し状に包接されるのがよい。また、シクロデキストリン系環状分子がポリエチレングリコール上に最大限に存在することができる量、即ち最大包接量を1とした場合、環状分子の量は、最大包接量の0.001〜0.6、好ましくは0.01〜0.5、より好ましくは0.05〜0.4の値で存在するのがよい。上記の環状分子の量は、用いるポリエチレングリコールの量の割合および分子量、混合する時間、温度、圧力などによって制御することができる。例えば、シクロデキストリン系環状分子の加熱水溶液の過剰量とポリエチレングリコールの加熱水溶液とを混合した後、室温以下の温度に冷却することにより、シクロデキストリン系環状分子の開口部にポリエチレングリコールが串刺し状に包接された擬ポリロタキサンを調製することができる。
【0027】
次いで、得られた擬ポリロタキサンのポリエチレングリコール鎖からシクロデキストリン系環状分子が脱離しないようにポリエチレングリコールの両末端を封鎖基で封鎖してポリロタキサンを調製する。このようにしてポリロタキサンを得ることができる。
【0028】
より具体的なポリロタキサンの調製方法について説明する。すなわち、PEG分子の反応基がカルボン酸基であり、封鎖基がアダマンタン基である場合のポリロタキサンの調製方法を、以下に説明する。まず、ポリエチレングリコールの両末端がカルボキシル化された、カルボン酸基を導入したポリエチレングリコール(以下、PEG−カルボン酸とも言う)を準備する。PEG−カルボン酸は、従来公知の方法、例えば過マンガン酸カリウムによる酸化、酸化マンガン/過酸化水素による酸化などによって得る方法、無水コハク酸付加法、またはブロモ酢酸エチルを付加した後にアルカリ加水分解するカルボキシメチル化法、等によってポリエチレングリコールの両末端をカルボキシル化することにより得られる。特に、ポリエチレングリコールを2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジニルオキシラジカル(以下、略してTEMPOと言う場合がある)により酸化してPEG−カルボン酸を得るのが好ましい。
【0029】
TEMPOを用いる酸化は、水に臭化ナトリウムおよび次亜塩素酸ナトリウムを共存させた弱塩基性下の系、もしくは水−有機溶媒(例えば塩化メチレン、クロロホルム、アセトニトリル等)の2相系、または混合溶媒に炭酸水素ナトリウムまたは臭化カリウム等を共存させた系で行うことができる。酸化は、大気圧下、0℃〜室温の条件で行うことができる。特に、TEMPO酸化は、水に臭化ナトリウムおよび次亜塩素酸ナトリウムを共存させ、pHを10〜11に保持しながら、大気圧下、0℃〜室温の条件にて行うのが好ましい。TEMPO酸化は、従来のPEG−カルボン酸の製法と異なり、1つの工程でカルボキシル化を行える点およびカルボン酸基の導入率が高くなる点で好ましい。
【0030】
溶媒中にPEG−カルボン酸とシクロデキストリン系環状分子とを混合することにより、ポリエチレングリコールがシクロデキストリン系環状分子に串刺し状に包接された擬ポリロタキサンを得ることができる。シクロデキストリン系環状分子の包接量は、温度、時間等により調整することができ、混合時間を例えば1〜48時間とし、混合温度を0℃〜100℃とすることにより、最大包接量を1とした場合に、包接量を0.001〜0.6とすることができる。溶媒としては、PEG−カルボン酸とシクロデキストリン系環状分子と溶解させる溶媒であれば特に制限されないが、水、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアルデヒド等を挙げることができる。
【0031】
擬ポリロタキサンへの封鎖基の導入条件は、カルボン酸基と反応する封鎖基の種類に依存する。例えば、カルボン酸基と反応する基として、−NH基または−OH基を用いる場合、従来公知のアミド化またはエステル化反応に用いられる条件を採用できる。本発明において、封鎖基としてアダマンタンアミンを用いる場合、擬ポリロタキサンを大過剰に用いる必要がないため好ましい。また、一般のアミド化反応に用いられる活性化試薬(例えばBOP試薬やHOBt試薬)についても大過剰に用いる必要がなく、好ましい。例えば、ジメチルホルムアミド中にアダマンタンアミンを溶解させた溶液に、上記の擬ポリロタキサンを添加し反応させることにより、ポリロタキサンを得ることができる。
【0032】
一般に、ポリエチレングリコールの重量平均分子量20,000に対して、α−シクロデキストリンは、最大230個包接することができる。したがって、この値が最大包接量である。上記条件は、重量平均分子量20,000のポリエチレングリコールを用いて、α−シクロデキストリンが平均60〜65個(63個)、即ち最大包接量の0.26〜0.28(0.27)の値で包接するための条件である。α−シクロデキストリンの包接量は、NMR、光吸収、元素分析などにより確認することができる。
【0033】
得られたポリロタキサンを、適当な溶媒、例えばジメチルスルホキシド等に溶解させて紡糸溶液を調製し、紡糸溶液を紡糸ノズルから、例えばメタノール等の凝固浴中に吐出し、フィラメント状に凝集させ、繊維として浴から引き取る方法を採用することができる。また、ポリロタキサン含有溶液を紡糸ノズルから、一旦、空気中に吐出し、形成されたフィラメント状溶液流を凝固液の浴に入れて凝集させてもよい。また、延伸する場合には、得られた繊維を凝固浴中または空気中で、所望の倍率に延伸することにより延伸繊維を得ることができる。例えば、紡糸溶液の溶媒としてジメチルスルホキシドを用い、凝固液としてメタノールを用いる場合には、凝固浴から繊維を取り出した後、空気中で、室温〜60℃の温度条件下にて延伸を行うことができる。
【0034】
本発明によるポリロタキサン繊維は、ポリロタキサン成分のみからなるもの以外であってもよく、本発明の目的を逸脱しない範囲であれば、他の成分が含まれていてもよい。ポリロタキサンと他の高分子材料からなるポリマーブレンドとすることにより、他の高分子材料の物性を大きく変化させることなく、ポリロタキサン由来の特性(高強度、高弾性等)を新たに付与することが可能となる。また、繊維化する際に用いるポリロタキサン紡糸溶液には、必要に応じて、他の成分を配合してもよい。
【0035】
他の成分としては、例えば酸化防止剤が挙げられる。具体的には、没食子酸プロピル、没食子酸メチル、没食子酸エチル、没食子酸イソプロピル等の没食子酸エステル;グリセリンアルデヒド、L−アスコルビン酸、イソアスコルビン酸、トリオースレクダクトン、レダクチン酸等のカルボニル−2重結合が隣接している化合物;エチレンジアミン四酢酸;ピロリン酸カルシウム、塩化カルシウム、塩化アンモニウム等の無機塩が挙げられる。これらの中でも、特に没食子酸プロピルが好ましい。また、酸化防止剤以外の他の成分として、着色剤、可塑剤、香料、架橋剤、表面処理剤、pH調整剤等の慣用の添加剤も挙げられる。
【0036】
本発明によるポリロタキサン繊維は、各種繊維材料用途、例えば、手術用縫合糸、人工血管、人工リンパ管、人工腱等の生体適合性が要求される繊維材料、繊維を用いた織り編み物、不織布など、特に制限されることなく広範囲な用途に適用することができる。
【実施例】
【0037】
以下、本発明によるポリロタキサン繊維について例を挙げてさらに詳細に説明するが、本発明の範囲がこれら例により限定されるものではない。
【0038】
例1
(1)ポリロタキサンの調製
先ず、ポリエチレングリコール(シグマアルドリッチから入手:以下、PEGと略する場合がある)を準備した。ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により、このPEGの重量平均分子量を下記の条件にて測定したところ、重量平均分子量は30,000であった。なお、検量線は、TSKstandard POLY(ETHYLENE OXIDE)の重量平均分子量が8.95×10、5.8×10、3.0×10、1.5×10、1.01×10、5.0×10、2.77×10の7種(東ソー株式会社製)と、重量平均分子量が9000、5000、1500、1000の4種(Polysciences Inc.製)を用いて作成した。
測定条件
測定装置:HLC−8220GPC(東ソー株式会社製)
カラム:TSKguardcolumn Super AW−H(東ソー株式会社製)、
移動相:ジメチルスルホキシド+0.01mol/L 塩化リチウム
流速:0.5 mL/min
カラム温度:50℃
【0039】
上記のPEG10gと、2,2,6,6−テトラメチル-1-ピペリジニルオキシラジカル100mgと、臭化ナトリウム1gとを水100mlに溶解して溶液を調製した。得られた溶液に市販の次亜塩素酸ナトリウム水溶液(有効塩素濃度約5%)5mlを添加し、室温で攪拌しながら反応させた。反応の進行に伴い、次亜塩素酸ナトリウムの添加直後から系のpHは急激に減少したが、1N NaOH水溶液を添加して、系のpHを10〜11に保つように調整した。pHの低下は概ね3分以内に見られなくなったが、さらに10分間攪拌した。エタノールを最大5mlまでの範囲で添加して反応を終了させた。塩化メチレン50mlでの抽出を3回繰返して無機塩以外の成分を抽出した後、エバポレータで塩化メチレンを留去した。温エタノール250mlに溶解させた後、−4℃の冷凍庫に一晩おいて両末端にカルボン酸基を導入したPEG(以下、PEG−カルボン酸という)を析出させた。析出したPEG−カルボン酸を遠心分離で回収した。この温エタノール溶解−析出−遠心分離のサイクルを数回繰り返し、最後に真空乾燥で乾燥させてPEG−カルボン酸を得た。収率95%は以上であり、カルボン酸基導入率は95%以上であった。
【0040】
次いで、上記で調製したPEG−カルボン酸3gとα−シクロデキストリン12gとをそれぞれ別々に用意した70℃の温水50mlに溶解させた後、両者を混合し、その後、冷蔵庫(4℃)中で一晩静置した。クリーム状に析出した包接錯体を凍結乾燥し回収した。収率は90%以上(収量約14g)であった。
【0041】
室温でジメチルホルムアミド(以下、DMFと略す。)50mlにアダマンタンアミン0.13gを溶解し、上記で得られた包接錯体14gに添加した後、すみやかによく振りまぜた。続いて、BPO試薬であるベンゾトリアゾール−1−イル−オキシ−トリス(ジメチルアミノ)ホスホニウム・ヘキサフルオロフォスフェート0.38gをDMF25mlに溶解したものを添加し、同様によく振りまぜた。さらに、ジイソプロピルエチルアミン0.14mlをDMF25mlに溶解したものを添加し、同様によく振り混ぜた。得られた混合物を冷蔵庫中で一晩静置した。その後、DMF/メタノール=1:1混合溶液100mlを加えてよく混ぜ、遠心分離して上澄みを捨てた。このDMF/メタノール混合溶液による洗浄を2回繰り返した後、さらにメタノール100mlを用いた洗浄を同様の遠心分離により2回繰り返した。得られた沈澱を真空乾燥した後、ジメチルスルホキシド(以下、DMSOと略す。)50mlに溶解し、得られた透明な溶液を水700ml中に滴下してポリロタキサンを析出させた。析出したポリロタキサンを遠心分離で回収し、真空乾燥または凍結乾燥させた。このDMSO溶解−水中で析出−回収−乾燥のサイクルを2回繰り返し、最終的に精製ポリロタキサンを得た。添加した包接錯体をベースにした収率約は68%(包接錯体14gからの収量は9.6g)であった。
【0042】
得られたポリロタキサン中に含まれるα−シクロデキストリンの量をNMRにより求めた。求めた結果、α−シクロデキストリンは70個包接されていることが分かった。一方、用いたPEGにα−シクロデキストリンを密に詰めた場合、最大包接量が340個であることが計算で求めることができる。この計算値と、NMRの測定値から、本例で用いたポリロタキサンのα−シクロデキストリンの量は、最大包接量の0.21であることがわかった。
【0043】
(2)ポリロタキサン繊維の作製
得られたポリロタキサンをDMSOに溶解させて20重量%の溶液を調製した。このポリロタキサン溶液20mlをシリンジ(テルモ社製)に充填し、シリンジポンプ(テルモ社製)、19Gの針(内径0.78mm)、押出速度6.0ml/hの条件にて、凝固浴であるメタノール(1級、和光純薬製)中に押出して繊維を得た。次いで、得られた繊維を、室温でメタノール中に一晩浸漬して、繊維中からDMSOを除去した。その後、メタノール中の繊維を巻き取り、乾燥させることによりポリロタキサン繊維(以下、この繊維を未延伸ポリロタキサン繊維と呼ぶ。)を得た。
【0044】
次いで、得られた未延伸ポリロタキサン繊維を常温で蒸留水中に10分間浸漬させた後、取り出して常温で各延伸倍率(1倍、2倍、3倍、4倍、5倍および6倍)になるように延伸した状態で固定し、その状態で一晩乾燥することにより、延伸ポリロタキサン繊維を得た。なお、延伸倍率1倍とは、未延伸ポリロタキサン繊維の繊維長をLとした場合に、繊維長がLとなるように固定して一晩乾燥したものを延伸倍率1倍と定義し、以下同様に、固定乾燥時の繊維長を2L、3L、4L、5L、6Lとしたものを、それぞれ、延伸倍率2倍、3倍、4倍、5倍、6倍とする。
【0045】
例2
例1において用いた重量平均分子量30,000のPEGに代えて、Polymer Source社から入手したPEG(P6608−EG2OH、重量平均分子量59,500)を用いた以外は、例1と同様にしてポリロタキサンを調製し、例1と同様にして各延伸倍率にて延伸を行うことにより延伸ポリロタキサン繊維を得た。
【0046】
例3
例1において用いた重量平均分子量30,000のPEGに代えて、Polymer Source社から入手したPEG(P5376−EG2OH、重量平均分子量87,300)を用いた以外は、例1と同様にしてポリロタキンサンを調製し、例1と同様にして各延伸倍率にて延伸を行うことにより延伸ポリロタキサン繊維を得た。
【0047】
例4
例1において用いた重量平均分子量30,000のPEGに代えて、住友精化株式会社から入手したPEG(PEO−1Z)を用いた以外は、例1と同様にしてポリロタキサンを調製し、例1と同様にして各延伸倍率にて延伸を行うことにより延伸ポリロタキサン繊維を得た。本例で用いたPEGの重量平均分子量を例1と同様にして測定したところ、290,000であった。
【0048】
(3)評価
<引張強度および破断伸度の測定>
上記で得られた未延伸のポリロタキサン繊維および各延伸倍率で延伸された各ポリロタキサン繊維について、万能引張試験機(TENSIRON RTC)を用いて、測定距離20mm、引張速度60mm/分、荷重フルスケール5Nの条件にて、引張強度と破断伸度とを測定した。得られた引張強度と破断伸度の測定値から、下記式によりタフネスを算出した。
タフネス=[引張強度(cN/dtex)×伸度(%)]1/2
評価結果は下記表1に示される通りであった。
【0049】
【表1】

【0050】
表1に示された結果からも明らかなように、重量平均分子量が30,000のPEGを用いたポリロタキサン繊維では延伸倍率が2以上、ならびに重量平均分子量が59,500、87,300および290,000のPEGを用いたポリロタキサン繊維では延伸の有無に関係なく、タフネスが8(cN/dtex)1/2以上であることがわかる。一方、重量平均分子量が30,000のPEGを用い、かつ延伸倍率が2未満の繊維では、タフネスが2(cN/dtex)1/2程度である。
【0051】
<X線回折評価>
上記で得られた未延伸のポリロタキサン繊維および各延伸倍率で延伸された各ポリロタキサン繊維について、X線回折装置(NANO−Viewer、リガク株式会社)を用いて、試料−検出器間距離11cm、大気中、室温の条件にて、下記のようにして構造解析を行った。
【0052】
2次元のX線回折像は、イメージングプレートを使用して検出した。繊維軸方向、および繊維軸垂直方向について、散乱強度を、中心からの距離すなわち波数(回折角)の関数として算出した。さらに、周期構造のサイズのプロファイルを求めるため、波数を実空間での距離dに換算し、回折強度を距離に対してプロットすることで、図4に示すような回折プロファイルを得た。図4は、重量平均分子量30,000のPEGを用いて得られたポリロタキサン繊維(未延伸繊維および延伸繊維)の繊維軸方向および繊維軸方向と垂直方向のX線回折プロファイルを示したものである。図4においてピークを示す横軸dの値は、α−シクロデキストリンの結晶構造中に存在する格子面の面間隔を表す。ポリロタキサンにおけるα−シクロデキストリン環のパッキング構造は、X線構造解析により既に詳細に研究され、例えば、I.N.Topchieva,Langmuir 2004,20,9036−9043において明らかにされている。この文献中の表1には、α−シクロデキストリンの結晶が六方晶構造をとると仮定したときの、回折ピークが現れる位置と格子面の面指数との対応が示されている。ここで、a軸、b軸、c軸方向の長さは実験によりそれぞれa=b=13.65Å、c=16.40Åと求められている。なお、a、cの長さはそれぞれα−シクロデキストリンの外径、およびα−シクロデキストリンの高さの2倍にほぼ一致する。図4のピーク位置のdの値を上記文献の表中の値と参照することにより、シクロデキストリンのパッキングの周期構造(面指数)を決定した。
【0053】
図4に示されるX線回折プロファイルからも明らかなように、重量平均分子量30,000のPEGを用いたポリロタキサン繊維では、延伸倍率に関係なく、いずれの試料においても、繊維軸方向、繊維軸垂直方向ともに4.5Å付近のピークが認められた。これは上記文献中の表から、α−シクロデキストリン結晶の(210)構造に対応する。繊維軸方向においては、延伸倍率が3以上で(002)構造に対応する8.2Å付近のピークが現れ、このピークは延伸倍率の増大とともに鋭くなった。これは、ポリロタキサン繊維を延伸することにより、α−シクロデキストリン結晶の(002)構造が発現しその構造が延伸により顕著になったことを示していると考えられる。また、繊維軸垂直方向においては、延伸に伴って4.5Åのピークが鋭くなり、また、新たに(110)構造に対応する6.8Å付近にピークが現れた。これは、ポリロタキサン繊維を延伸することにより、(210)の周期構造がより顕著になったと同時に、(110)構造が出現したことを示している。
【0054】
以上の結果から、重量平均分子量30,000のPEGを用いたポリロタキサン繊維では、延伸により繊維軸方向へのα−シクロデキストリンの配向化と結晶化とが促進されるとともに、分子間のα−シクロデキストリン同士が集合し結晶化が促進されたことを示していると考えられる。すなわち、重量平均分子量30,000以下のPEGを用いたポリロタキサン繊維では、2倍以上に延伸することにより、α−シクロデキストリンの開口方向や開口方向と垂直な方向にα−シクロデキストリン同士が集合した結晶構造がある程度形成され、α−シクロデキストリン同士を疑似架橋したような構造が発現していると考えられる。
【0055】
また、重量平均分子量が59,500および87,300のPEGを用いたポリロタキサン繊維において、それぞれ未延伸である繊維についても上記と同様にして構造解析を行った。図5は、例2の重量平均分子量が59,500のPEGを用いたポリロタキサン繊維(未延伸)の繊維軸方向および繊維軸垂直方向のX線回折プロファイルを示したものである。また、図6は、例3の重量平均分子量が87,300のPEGを用いたポリロタキサン繊維(未延伸)の繊維軸方向および繊維軸垂直方向のX線回折プロファイルを示したものである。図5および6のX線回折プロファイルから明らかなように、繊維軸方向および繊維軸垂直方向ともに、4.5Å付近に回折ピークが見られ、α−シクロデキストリン結晶の(210)構造を発現していることがわかる。また、例2の重量平均分子量が59,500および例3の87,300のPEGを用いたポリロタキサン繊維では延伸しなくても、α−シクロデキストリン結晶の(002)構造に対応する8.2Å付近、および(110)構造に対応する6.8Å付近に回折ピークが見られた。以上の結果から、重量平均分子量が30,000を超えるPEGを用いたポリロタキサン繊維では、未延伸のものであっても、α−シクロデキストリンの開口方向や開口方向と垂直な方向にα−シクロデキストリン同士が集合した結晶構造が、ある程度形成されており、α−シクロデキストリン同士を疑似架橋したような構造が発現していると考えられる。
【0056】
また、重量平均分子量が290,000のPEGを用いたポリロタキサン繊維において、延伸倍率が1倍の繊維についても上記と同様にして構造解析を行った。図7および図8は、例4の重量平均分子量が290,000のPEGを用いたポリロタキサン繊維(延伸倍率1倍および6倍)の繊維軸方向および繊維軸垂直方向のX線回折プロファイルを示したものである。図7および図8のX線回折プロファイルから明らかなように、繊維軸方向および繊維軸垂直方向ともに、4.5Å付近および6.8Å付近に回折ピークが見られ、α−シクロデキストリン結晶の(210)および(110)構造を発現していることがわかる。例1の重量平均分子量が30,000のPEGを用いた未延伸のポリロタキサン繊維と比較すると、4.5Å付近の回折ピークが強く現れており、この結果から、PEGの高分子量化に伴い、ポリロタキサン分子間のα−シクロデキストリン同士が集合した結晶構造が発現されやすくなり、繊維に延伸処理を施さなくとも、α−シクロデキストリンの開口方向と垂直な方向にα−シクロデキストリン同士が集合した結晶構造が形成され、α−シクロデキストリン同士を疑似架橋したような構造が発現していると考えられる。
【0057】
また、図7および図8にも示されているように、6倍延伸したものは1倍延伸のものと比較して、繊維軸方向において、8.2Å付近に回折ピークが新たに現れる一方で、4.5Å付近の回折ピークが相対的に減少している。このことから、延伸により、繊維軸方向へα−シクロデキストリンが集合し、α−シクロデキストリンの開口方向における配向結晶化が促進されるものと考えられる。
【0058】
上記表1に示された繊維物性評価結果およびX線構造解析結果からも明らかなように、重量平均分子量30,000以下のPEGを用いたポリロタキサン繊維では、延伸倍率が2倍以上では、タフネス値が8(cN/dtex)1/2以上であり、また、(110)および(210)で示される面指数を有するα−シクロデキストリン結晶構造が形成されるのに対し、延伸倍率が2未満では、タフネス値は8(cN/dtex)1/2未満となり、上記のような結晶構造も形成されない。これは、α−シクロデキストリン環状分子に串刺し状に包接される直鎖状分子が比較的低分子量の場合には、繊維を延伸して分子を配向させることによりα−シクロデキストリン同士が集合した結晶構造をとることとなり、その結果、α−シクロデキストリンを疑似架橋したような構造が発現したことによるものと考えられる。
【0059】
一方、重量平均分子量30,000を超えるPEGを用いたポリロタキサン繊維は、延伸の有無に関係なく、タフネス値が8(cN/dtex)1/2以上であり、(110)および(210)で示される面指数を有するα−シクロデキストリン結晶構造が形成される。また、延伸により、さらに(002)で示される面指数を有するα−シクロデキストリン結晶構造が形成される。これは、直鎖状分子が比較的高分子量の場合には、延伸による配向化を行わなくともα−シクロデキストリン同士が集合した結晶構造をとることとなり、その結果、α−シクロデキストリンを疑似架橋したような構造が発現したことによるものと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シクロデキストリン系環状分子と、その環状分子に串刺し状に包接されたポリエチレングリコールと、ポリエチレングリコールの両末端に結合した封鎖基と、を有するポリロタキサンを含んでなる繊維であって、
前記シクロデキストリン系環状分子が、少なくとも、(110)および(210)で示される面指数を有する結晶構造を備え、
繊維伸張方向のタフネス値が、8(cN/dtex)1/2以上を有する、ポリロタキサン繊維。
【請求項2】
前記ポリエチレングリコールの重量平均分子量が30,000を超えるものである、請求項1に記載のポリロタキサン繊維。
【請求項3】
前記ポリエチレングリコールの重量平均分子量が50,000以上である、請求項2に記載のポリロタキサン繊維。
【請求項4】
未延伸の繊維である、請求項2または3に記載のポリロタキサン繊維。
【請求項5】
前記ポリエチレングリコールの重量平均分子量が30,000以下であり、かつ、延伸倍率2以上で延伸されたものである、請求項1に記載のポリロタキサン繊維。
【請求項6】
前記結晶構造が六方晶系である、請求項1〜5のいずれか一項に記載のポリロタキサン繊維。
【請求項7】
前記シクロデキストリン系環状分子が、さらに(002)で示される面指数を有する結晶構造を備える、請求項1〜6のいずれか一項に記載のポリロタキサン繊維。
【請求項8】
前記シクロデキストリン系環状分子がα−シクロデキストリンである、請求項1〜7のいずれか一項に記載のポリロタキサン繊維。
【請求項9】
前記封鎖基が、アダマンタン基類またはトリチル基類である、請求項1〜8のいずれか一項に記載のポリロタキサン繊維。
【請求項10】
ポリエチレングリコール一分子中に包接するシクロデキストリン系環状分子の最大包接量を1とした場合に、シクロデキストリン系環状分子の包接量が0.001〜0.6の範囲にある、請求項1〜9のいずれか一項に記載のポリロタキサン繊維。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2010−261134(P2010−261134A)
【公開日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−114821(P2009−114821)
【出願日】平成21年5月11日(2009.5.11)
【出願人】(505136963)アドバンスト・ソフトマテリアルズ株式会社 (19)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】