説明

ポリ乳酸製濾過膜とその製造方法

【課題】生分解性であって、1μm程度の大きさの粒子を阻止するが水溶性高分子は透過させることができる、新規のポリ乳酸製の精密濾過膜及びその製造方法を提供する。
【解決手段】ポリ乳酸を水含有1,4−ジオキサンに溶解して得た溶液を、型に塗布して薄膜状とし、40〜60℃で2〜5分間放置した後、前記型とともに10℃以下に冷却し、その後、低温に維持された水に浸漬することによりポリ乳酸製濾過膜を得た。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品産業、医薬品産業、化粧品産業などにおいて、微生物や、微生物、植物、動物由来の破片を除去するために用いられる濾過膜とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、食品産業、医薬品産業、化粧品産業などの濾過工程においては、菌体や細胞の破片、高分子凝集物など、柔らかく圧縮性の高い粒子を除去し、タンパク質などの水溶性高分子やアミノ酸などの低分子を回収する必要があり、濾過助剤を用いる濾過、セラミック濾過膜を用いた濾過、及び合成高分子膜を用いた精密濾過が用いられている。
【0003】
しかし、濾過助剤を用いる濾過は、珪藻土などの濾過助剤を大量に用いるため、難分解性の濾過残渣が大量に発生する点が問題であった。また、セラミック濾過膜は高価であり、再生にはアルカリなどの薬物を必要とする点が問題であった。そして、従来の合成高分子濾過膜は、焼却時の発熱量が大きく焼却炉を傷めるため、濾過膜の目詰まり後の廃棄法が問題であった。
【0004】
発明者は、すでにポリブチレンサクシネート、ポリ乳酸、ポリカプロラクトン、及びこれらのポリマーブレンドなどの生分解性ポリエステル製濾過膜を開発している(特許文献1、非特許文献1〜3)。このような生分解性ポリエステル製濾過膜を用いれば、使用後の濾過膜を堆肥化装置を用いて分解処理することが可能となり、従来の合成高分子膜を用いた場合に問題となっていた濾過膜の廃棄法に関する問題を解消することができる。
【0005】
一方、環境調和型の社会を目指して再生利用型の資源であるバイオマスを原料とする高分子材料が注目されており、ポリ乳酸はすべての構成炭素をバイオマス由来の炭素を用いて実用的に工業生産されているバイオマスプラスチックである(非特許文献4)。ポリ乳酸分離膜については、特許文献2〜4、非特許文献1〜2及び5に記載が見られる。ただし、特許文献2〜4に記載されているポリ乳酸膜では、粒子径1μm程度の粒子の除去可能であるが、タンパク質などの水溶性高分子を透過できる精密濾過膜を目指した検討は行われていない。非特許文献1〜2に記載されているポリ乳酸膜においては粒子径5μmの酵母の除去能力を指標に検討されているが、粒子径1μm程度の大腸菌を透過することが非特許文献1に示されている。一方、非特許文献5に記載されているポリ乳酸膜は水溶性高分子を阻止する限外濾過膜の性質を示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−132415号公報
【特許文献2】特開2002−20530号公報
【特許文献3】特開2008−296123号公報
【特許文献4】特開2009−226256号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】T.Tanaka, et al., J.Membr.Sci., 238, 65-73 (2004).
【非特許文献2】T.Tanaka, et al., J.Chem.Eng.Japan, 39, 144-153 (2006).
【非特許文献3】T.Tanaka, et al., Desalination, 193, 367-374 (2006).
【非特許文献4】日本バイオプラスチック協会編、『バイオプラスチック材料のすべて』、pp.37−41、日刊工業新聞社、2008年.
【非特許文献5】A.Moriya, et al., J.Membr.Sci., 342, 307-312 (2009).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで本発明では上記問題点に鑑み、生分解性であって、1μm程度の大きさの粒子を阻止するが水溶性高分子は透過させることができる、新規のポリ乳酸製濾過膜とその製造方法を提供することをその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を達成するため種々検討した結果、ポリ乳酸の10%水含有1,4−ジオキサン溶液を型に塗布し、そのまま溶液を40〜60℃で2〜5分間放置して溶液の表面を乾燥させ、その後、型とともに溶液を0℃に急冷することによって、生分解性であって、1μm程度の大きさの粒子を阻止するが水溶性高分子は透過させることができる濾過膜が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明のポリ乳酸製濾過膜は、ポリ乳酸を水含有1,4−ジオキサンに溶解して得た溶液を、型に塗布して薄膜状とし、40〜60℃で2〜5分間放置した後、前記型とともに10℃以下に冷却し、その後、低温に維持された水に浸漬することによって得られたことを特徴とする。
【0011】
本発明のポリ乳酸製濾過膜の製造方法は、ポリ乳酸を水含有1,4−ジオキサンに溶解して得た溶液を、型に塗布して薄膜状とし、40〜60℃で2〜5分間放置した後、前記型とともに10℃以下に冷却し、その後、低温に維持された水に浸漬することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、生分解性であって、1μm程度の大きさの粒子を阻止するが水溶性高分子は透過させることができる、新規のポリ乳酸製の精密濾過膜及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施例1における膜の断面と表面を示す電子顕微鏡写真である。
【図2】本発明の実施例1におけるポリ乳酸溶液の表面を乾燥させるときの溶液温度を変えて作製したポリ乳酸製濾過膜の濾過特性を示すグラフである。
【図3】本発明の実施例1におけるポリ乳酸溶液の表面を乾燥させるときの乾燥時間を変えて作製したポリ乳酸製濾過膜の濾過特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のポリ乳酸製濾過膜は、ポリ乳酸を水含有1,4−ジオキサンに溶解して得た溶液を、型に塗布して薄膜状とし、40〜60℃で2〜5分間放置した後、前記型とともに前記溶液よりも低温に維持された水に浸漬することによって得られたものである。以下、本発明の濾過膜の製造方法について説明する。
【0015】
はじめに、ポリ乳酸を水含有1,4−ジオキサンに溶解して、ポリ乳酸の溶液を得る。1,4−ジオキサンの水含有量は5〜15質量%とするのが好ましい。また、溶液のポリ乳酸濃度は10〜20質量%の範囲とするのが好ましい。10質量%未満であると十分な厚さ、強度を有する濾過膜が得られにくく、20質量%を超えるとポリ乳酸の溶解に長時間要するため、好ましくない。なお、溶解する際には、溶媒の沸点やポリ乳酸の溶解速度を考慮すると、溶液の温度を60〜80℃に保持するのが好ましい。溶解後は、例えば、40〜70℃に保持することにより、つぎの工程で型に流し込むときの流動性を維持しつつ、操作における安全性を確保することができる。
【0016】
つぎに、ポリ乳酸の溶液を型に入れて薄膜状とする。溶液を入れる型としては、例えば、平面のガラス板を用いることができ、或いは、連続型の製造装置を利用する場合には、曲面のロール型を用いてもよい。型の材質としては、つぎの工程における製膜を首尾よく行うために、熱伝導性の高いものが好適に用いられる。なお、型に入れるときに溶液が冷却されてしまうと、つぎの工程における製膜に支障をきたす虞があるため、溶液を入れる型は、予め所定の温度、例えば、40〜60℃に保持しておくことが望ましい。
【0017】
引き続き、型に塗布して薄膜状とした溶液を、40〜60℃で2〜5分間放置する。ここで、型の温度を40〜60℃に維持することで、溶液の温度を40〜60℃に保つ。溶液を40〜60℃で2〜5分間放置することにより、表面が密な層となり、1μm程度の粒子を阻止可能な濾過膜が得られる。なお、溶液の温度が40℃未満又は60℃を超えると、1μm程度の粒子の阻止率が低下するため、好ましくない。同様に、溶液の放置時間が2分間未満又は5分間を超えると、1μm程度の粒子の阻止率が低下するため、好ましくない。
【0018】
そして、型とともに溶液を低温に維持した冷却装置にて冷却する。その結果、型に接する側からはポリ乳酸溶液の冷却により相分離し、粗い多孔質構造が形成されることにより、非対称な多孔質構造を有する濾過膜が形成される。なお、冷却装置の温度はポリ乳酸溶液が固化する10℃以下である必要がある。例えば,冷却装置の温度を0℃以下とすると1μm程度の粒子の阻止率の高い濾過膜が得られるので、より好ましい。続いて固化したポリ乳酸溶液から1,4−ジオキサンを抽出するために型とともに0〜4℃に冷却した水に浸漬する。
【0019】
その後、溶媒である1,4−ジオキサンを完全に抽出し除去するために、得られた濾過膜を水中に保存するとともに、水を1〜数回交換することが望ましい。
【0020】
以上のようにして得られた本発明の濾過膜はシート状であって、不織布や織物などの支持体を必要としない自立型の濾過膜であり、既存のメンブレンフォルダーなどに使用可能な平膜型である。そして、1μm程度の大きさの粒子を阻止し、タンパク質などの水溶性高分子を透過させることができる精密濾過膜として機能する。また、生分解性プラスチックであるポリ乳酸を材料としているため、使用後に堆肥化装置による分解が可能である。したがって、本発明の濾過膜、濾過残渣を堆肥として有効利用することが可能となる。
【0021】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の思想を逸脱しない範囲で種々の変形実施が可能である。
【実施例1】
【0022】
本発明によるポリ乳酸製の精密濾過膜を作製し、その性能評価を行った。
【0023】
1 材料
ポリ乳酸として分子量12万のポリ−L−乳酸を使用した。
【0024】
2 濾過膜の作製
はじめに、ポリ乳酸の最終濃度が15質量%になるように、100mLの三角フラスコ中でポリ乳酸7.5gを、10質量%の水を含有する1,4−ジオキサン42.5gに溶解した。より詳細には、ポリ乳酸、水含有1,4−ジオキサン、回転子を三角フラスコへ入れ、ヘッドスペースを窒素ガスで置換し、アルミホイルで覆ったコルク栓にて蓋をした。さらに、密閉のためにコルク栓の側面にテフロン(登録商標)テープを巻きつけた。そして、この三角フラスコを80℃に設定したホットスターラー上に載置し、約6時間攪拌してポリ乳酸を水含有1,4−ジオキサンに溶解した。さらに、50℃の恒温水槽にポリ乳酸溶液を30分間以上保温した。
【0025】
つぎに、濾過膜を作製した。なお、膜の作製は室温を25℃に設定した室内で行った。76mm×70mmのガラス板の周縁部に、幅8mm×厚さ1mmのテフロン(登録商標)のシートを両面テープにより貼り付け、このシートを枠とする深さ1mmの型を作製した。作製した型を50℃に設定したホットスターラー上に載置して保温した。そして、50℃に保温したポリ乳酸溶液を型の枠内に、少し多めに流し込んだ。余分なポリ乳酸溶液は、直線の縁をもつヘラを用いてすりきった。
【0026】
そして、型を50℃に設定したホットスターラー上に載置したまま2分間放置し、ポリ乳酸溶液の表面を乾燥させた。
【0027】
その後、ポリ乳酸溶液を流し込んだ型を0℃に維持した冷却装置に移し,30分間保持して相分離と固化を行った。そして、固化したポリ乳酸溶液を型とともに400mLの氷水冷した精製水を入れたステンレスバットに入れると、1,4−ジオキサンが抽出され、ポリ乳酸の膜が形成した。このときの精製水の温度は0〜4℃であった。2時間後にステンレスバットの水を新しい400mLの精製水と交換した。そして、2時間後に、この膜を500mLの精製水を入れた密閉可能なプラスチック容器(容器:ポリプロピレン;蓋:ポリエチレン)に移した。さらに1日後に精製水を交換した。作製した膜は精製水中で保存した。
【0028】
3 濾過膜の電子顕微鏡観察
作製した濾過膜を水分で湿らせて、液体窒素中で割断した。試料台に設置後、金−パラジウム−合金をスパッタ・コーティングした。走査型電子顕微鏡(日立製作所製 TM−1000)を用いて15kVの加速電圧で膜の断面と表面を観察した。
【0029】
図1に作製したポリ乳酸膜の断面と表面を示す。なお、写真中の白棒の長さは100μmである。断面、表面とも多孔質構造であった。断面を詳しく観察すると表面付近は内部、底部と比較して微細な多孔質となっていた。これは、冷却する前に、ポリ乳酸溶液の表面を乾燥させる操作を入れることにより、ポリ乳酸溶液中のポリ乳酸濃度が溶液の表面付近において部分的に上昇したためであると考えられる。
【0030】
4 濾過膜の性能評価
(1)膜濾過抵抗の測定
膜直径25mm用の濾過装置(有効濾過面積A=4.1cm=4.1×10−4)を用いて精製水の濾過実験を行った。濾過圧力ΔP[Pa]は窒素ガスボンベを用いて10kPaに設定した。濾過圧力ΔP[Pa]、精製水の透過流束J[m/s](=濾液量[m]/(時間[s]×有効濾過面積[m])と、水の粘度μ=8.9×10−4[Pa.s](25℃)から、R=ΔP/(μ・J)の式を用いて濾過膜の濾過抵抗R[1/m]を計算した。
【0031】
また、精製水に浸漬する前にポリ乳酸溶液の表面を乾燥させるときの型の温度と乾燥時間の条件を変えたほかは上記と同様の操作により数種類の膜を作成し、濾過抵抗を測定した。
【0032】
(2)乳酸菌懸濁液の濾過実験
直径0.7μm×長さ2.5μmの乳酸菌(Lactobacillus plantarum NBRC 15891T)を用いて濾過実験を行った。この乳酸菌をMRS培地で静置培養した培養液を精製水で10倍に希釈して乳酸菌懸濁液(0.2kg/mに相当)とした。圧力10kPaにて濾過した。懸濁液と濾液の660nmの吸光度を測定して乳酸菌の阻止率を評価した。
【0033】
また、精製水に浸漬する前にポリ乳酸溶液の表面を乾燥させるときの型の温度と乾燥時間の条件を変えたほかは上記と同様の操作により数種類の膜を作成し、乳酸菌の阻止率を評価した。
【0034】
(3)タンパク質溶液の濾過実験
牛血清アルブミン溶液の濾過実験により、タンパク質の透過性を確認した。牛血清アルブミンにはシグマ−アルドリッチ製、Fraction Vを用いた。タンパク質溶液は牛血清アルブミンをpH6.8の10mMリン酸ナトリウム緩衝液中に濃度が100g/mになるように溶解して調製した。濾過前のタンパク質溶液と濾液のタンパク質濃度をピアス製BCAタンパク質定量キットを用いて測定し、透過率を計算した。
【0035】
(4)結果
図2にポリ乳酸溶液の表面を乾燥させるときの溶液温度を変えて作製したポリ乳酸製濾過膜の濾過特性を示す。なお、乾燥時間はいずれも2分間であった。ポリ乳酸溶液の表面を乾燥させるときの型の温度が40℃及び80℃の場合、乳酸菌阻止率は70%以下であった。一方、50℃の場合の阻止率は90%以上であり、濾過抵抗も60℃の場合と比較して低かった。
【0036】
図3にポリ乳酸溶液の表面を乾燥させるときの乾燥時間を変えて作製したポリ乳酸製濾過膜の濾過特性を示す。なお、乾燥時の型の温度はいずれも50℃であった。2〜5分間乾燥させると、濾過抵抗は増加したが乳酸菌阻止率は向上した。特に2分間乾燥させたポリ乳酸製濾過膜は99%の乳酸菌を阻止した。
【0037】
また、2分間乾燥させて作製したポリ乳酸製濾過膜について、牛血清アルブミン溶液を用いたタンパク質溶液の濾過実験を行ったところ、83%以上のタンパク質が透過することが確認された。
【0038】
以上より、ポリ乳酸を水含有1,4−ジオキサンに溶解して得た溶液を、型に塗布して薄膜状とし、40〜60℃で2〜5分間放置した後、前記型とともに10℃以下に冷却し、その後、低温に維持された水に浸漬することによって大きさ1μm程度の粒子の阻止率に優れたポリ乳酸製濾過膜が得られることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ乳酸を水含有1,4−ジオキサンに溶解して得た溶液を、型に塗布して薄膜状とし、40〜60℃で2〜5分間放置した後、前記型とともに10℃以下に冷却し、その後、低温に維持された水に浸漬することによって得られたことを特徴とするポリ乳酸製濾過膜。
【請求項2】
ポリ乳酸を水含有1,4−ジオキサンに溶解して得た溶液を、型に塗布して薄膜状とし、40〜60℃で2〜5分間放置した後、前記型とともに10℃以下に冷却し、その後、低温に維持された水に浸漬することを特徴とするポリ乳酸製濾過膜の製造方法。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2012−120996(P2012−120996A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−274878(P2010−274878)
【出願日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 化学工学会第42回秋季大会研究発表講演要旨集 社団法人化学工学会 2010年8月6日発行
【出願人】(304027279)国立大学法人 新潟大学 (310)
【Fターム(参考)】