説明

マイクロカプセル含有潤滑剤組成物および転動装置

【課題】適時にカプセル内包物の放出がなされ、十分な潤滑性能が得られるマイクロカプセル含有潤滑剤組成物、およびこのマイクロカプセル含有潤滑剤組成物を封入した転動装置を提供する。
【解決手段】外面に軌道面を有する内側部材と、内側部材の軌道面に対向した軌道面を有する外側部材と、両軌道面間に転動自在に配置された複数の転動体とを有する転動装置において、前記転動体と前記両軌道面との間に、潤滑剤組成物内の劣化生成物と反応して破壊する膜材でカプセル膜が形成され、かつ膜厚の分布を有し、潤滑用基油および添加剤を内包したマイクロカプセルが含有されたマイクロカプセル含有潤滑剤組成物が封入されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受等の転動装置潤滑用のマイクロカプセル含有潤滑剤組成物およびこの潤滑剤組成物を封入した転動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の転動装置においては、転動体とその軌道面との間に潤滑剤組成物を封入し、その間の潤滑膜の形成により、摩擦係数の低減、焼付き等の損傷防止を図っている。潤滑剤としては一般に潤滑油やグリースが用いられるが、これらの潤滑剤には、更に各種の添加剤、例えば、酸化防止剤、極圧剤、摩擦調整剤、磨耗防止剤等を添加して潤滑剤組成物として使用されるのが普通である。
【0003】
前記酸化防止剤、極圧剤、摩擦調整剤、磨耗防止剤等は一般に化学的活性が強い化合物であるため、潤滑油やグリースの基油に直接添加すると、長期継続使用中の化学反応により、前記潤滑油や基油の劣化を促進し、酸価値が上がり、軌道面や転動体を腐食させる原因となる。また、添加剤が空気や基油と化学反応して添加剤自体の効果が低下する。2種以上の添加剤を併用した場合は、添加剤どうしの間で化学反応を起こすこともある。
【0004】
特に、近年の機械技術の進歩に伴い、機械装置は小形軽量化、高速作動化が進んでいる。これに伴い、各種の転動装置においても、より過酷な環境における潤滑性能の維持を可能にする潤滑剤組成物が求められている。
この潤滑性能の維持を図るものとして、従来から潤滑剤の劣化を防ぐために何種類かの添加剤を潤滑剤に混合添加したり、添加量を増やしたりするといった対策がとられている。
【0005】
しかしながら、上述したように高温高速作動条件といった過酷な条件下では、添加剤自体が作用する前に熱などによって分解してしまい、添加した分量すべてが有効に働かないことが分ってきている。また、分解することを想定して添加剤を増量して添加した場合、それによって潤滑剤の潤滑特性を低下させてしまうおそれがある。
【0006】
これらの問題を解決するために、従来から潤滑油の一部あるいは各種の添加剤を内包したマイクロカプセルを含有させたマイクロカプセル含有潤滑剤組成物が知られている。転動装置あるいは摺動装置の転動面や摺動面に付与するマイクロカプセル含有の潤滑剤組成物としては、特許文献1,2に示すものがある。
【0007】
特許文献1に記載の転動装置用潤滑剤組成物は、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂等の樹脂組成物でカプセル膜が形成され、添加剤または潤滑剤を内包したマイクロカプセルを含有させた構成を有し、転動体とその軌道面との間で、該カプセル膜に接触する転動体と軌道面とによる物理的な破壊によりマイクロカプセル内の添加剤等の内包物を基油中に分散させるものである。
【0008】
一方、特許文献2に記載の摺動部材用組成物は、アミノ樹脂と総称される、単一の樹脂あるいは2種以上の混合樹脂を膜材とし、この膜内に潤滑剤を内包したマイクロカプセルを基材のポリアミドイミド樹脂に分散させたものであって、マイクロカプセルを相手材との機械的な摩擦により破泡させることで潤滑剤が摺動面を覆って摺動面の潤滑性を確保することとしている。
【0009】
その他、基材に水溶性樹脂を用い、該基材に加える低粘度の潤滑付与剤の一部をカプセル化することにより、従来成形型の樹脂被覆内に含ませることが困難であった低粘度油(プレス油、洗浄油)を有効に基材に配合することを可能とし、これによって成形型(金型)の成形加工性を高めた潤滑性樹脂組成物および樹脂被覆金属板も開示されている(特許文献3)。
【特許文献1】特開2005−36212号公報
【特許文献2】特開2002−69473号公報
【特許文献3】特開2006−56992号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1に記載のマイクロカプセル含有潤滑剤組成物は、マイクロカプセルの膜材が熱可塑性樹脂あるいは熱硬化性樹脂等の樹脂組成物で形成されており、カプセル膜によって内包物の添加剤を熱から保護し、あるいは潤滑系内の金属表面に一時に過剰な添加剤が作用するのを避ける点で効果がある。
【0011】
しかしながら、このような樹脂製のカプセル膜では、マイクロカプセルの粒子と接触する金属二面間、例えば転動体とその軌道面、の隙間に依存するカプセル膜の物理的な破壊のみによってしかカプセル内包物が放出されず、物理的な破壊作用が加わらないと添加剤など内包物の効果が得られない。特に、マイクロカプセルの粒子径が均一であった場合、転動面あるいは摺動面の金属二面間が或る一定の隙間になった際に、カプセル膜の粒子が一度にすべて破壊されてしまい、適時の内包物溶出の効果が得られないおそれがあった。
【0012】
また、熱環境などの過酷な条件下で使用された結果、潤滑剤組成物の劣化が生じた場合にも、金属二面間の物理的破壊作用が加わらない限り、カプセル内包物が放出されず、適切な油膜厚さの確保など十分な潤滑性能が得られない。
【0013】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、適時にカプセル内包物の放出がなされ、十分な潤滑性能が維持されるようにしたマイクロカプセル含有潤滑剤組成物を提供することを課題とするものである。
【0014】
本発明はまた、高温、高速条件など過酷な環境下で使用されても常に適切な潤滑性が確保され、油膜厚さの減少や油膜切れのおそれがなく、潤滑性能に優れた転動装置を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記の課題を達成するため、本発明に係るマイクロカプセル含有潤滑剤組成物は、潤滑剤組成物内の劣化生成物と反応して破壊される膜材でカプセル膜が形成され、潤滑用基油および添加剤を内包したマイクロカプセルが含有され、前記マイクロカプセルは異なる膜厚の分布を有することを特徴とする。
好適には、前記カプセル膜は炭酸カルシウムで形成されることを特徴とする。
また、好適には、前記マイクロカプセルの膜厚は0.01〜1μmの範囲の膜厚分布を有することを特徴とする。
また、好適には、前記添加剤は酸化防止剤を含むことを特徴とする。
【0016】
また、本発明に係る転動装置は、外面に軌道面を有する内側部材と、前記内側部材の軌道面に対向した軌道面を有する外側部材と、前記両軌道面間に転動自在に配置された複数の転動体とを有する転動装置において、前記転動体と前記両軌道面との間に請求項1〜4のいずれか一項に記載されたマイクロカプセル含有潤滑剤組成物が封入されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
このように構成された本発明のマイクロカプセル含有潤滑剤組成物によれば、適時に内包物の効果が発揮され、潤滑性能の向上が図られる。
【0018】
また、本発明に係る転動装置によれば、転動装置が過酷な使用環境下に曝されても、劣化のない適切な油膜が転動面に保持され、磨耗の増大や焼付きのない潤滑性能の優れたものとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明に係るマイクロカプセル含有潤滑剤組成物および転動装置の実施形態を図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、以下の実施形態およびその具体的な実施例はいずれも例示であって、本発明はこれに限定されるものではない。
【0020】
(実施形態1)
図1に示すように、本発明の実施形態1に係るマイクロカプセル1は炭酸カルシウムでカプセル膜2が形成され、このカプセル膜2に囲まれる形態で潤滑用基油および添加剤3が内包された構造を有している。添加剤3としては酸化防止剤、極圧剤などが好適である。なお、カプセル膜としては、熱劣化あるいはせん断劣化などによる潤滑剤組成物内の劣化生成物と反応して分解あるいは溶解するものであればよく、必ずしも炭酸カルシウムに限定されるものではない。またカプセル内包物の添加剤も使用環境、使用条件などに応じて適宜選定される。
【0021】
次に、図2を参照して本発明に係るマイクロカプセル含有潤滑剤組成物15およびカプセル膜の破壊、内包物の放出の形態を説明する。
上述のような炭酸カルシウムで形成されたカプセル膜2および該カプセル膜2の内包物である潤滑用基油および添加剤3から成るマイクロカプセル1は、図2(a)に示すように、潤滑剤組成物4に分散される。潤滑剤組成物4は使用箇所の環境や使用中の熱、せん断作用などにより劣化し、劣化により生じた劣化生成物5が混在された状態となる。この劣化生成物5は、図2(b)のごとく、マイクロカプセル1の炭酸カルシウムで形成されたカプセル膜2と反応し、これによって該膜2が徐々に溶解され、破壊される。また、マイクロカプセル1は全体として異なる膜厚のものが混在しているので、カプセル膜2の破壊も段階的になされる。カプセル膜2の破壊により、内包物である潤滑用基油および添加剤3は図2(c)のように潤滑剤組成物4に次第に混入、拡散していき、全体として潤滑性能の維持、回復がなされる。このようなマイクロカプセル含有潤滑剤組成物15を転動装置の転動面に適用した場合に潤滑剤組成物の油膜が良好な膜厚さで保持され、酸価値やトルク特性も低レベルで一定化し、良好な潤滑性能が維持される。
【0022】
(実施形態2)
次に、酸化防止剤を内包し、カプセル膜が炭酸カルシウムで形成されたマイクロカプセルの製造方法を説明する。
まず、ポリαオレフィン(以下、PAOともいう。)油中に、酸化防止剤となるフェニル−α−ナフチルアミン(以下、PANともいう。)を5質量%の濃度で溶解させた内包物溶液を用意しておく。
次に、カプセル膜の素材となる炭酸カリウム6.7gをイオン交換水14mlに溶解させた水溶液を準備する。この水溶液にTween系,Span系またはその混合系の非イオン系界面活性剤と前記内包物溶液1gを加え、ホモジナイザーを用いて乳化した。これを水相1とする。
【0023】
一方、水相1とは別に非イオン系界面活性剤を加えた有機相を準備し、さらにこの溶液に前記水相1の乳化液を加え、再度ホモジナイザーを用いて攪拌、乳化した。この溶液を、イオン交換水320mlに塩化カルシウム14gを溶解させた水相(水相2とする)に攪拌しながら加えた。その後、これをろ過、乾燥することによって、カプセル膜が炭酸カルシウムで形成され、前記酸化防止剤を内包物とするマイクロカプセルを得た。なお、得られたマイクロカプセルの平均粒径は1〜2μmであった。
【0024】
ここで、異なる膜厚のマイクロカプセルを得るには、前記イオン交換水中のカプセル膜の素材となる炭酸カリウムおよび塩化カルシウムの添加量を変えることで実現できる。
【0025】
炭酸カルシウムを膜材とし、潤滑用基油および添加剤を内包物としたマイクロカプセルを製造する方法も特に上述の形態に限定されるものではなく、膜材となる具体的な素材の性質や内包物質の性質、粘度等を考慮して適宜選らばれる。具体例としては、界面重合法、in−situ重合法、相分離法、噴霧乾燥法、液中乾燥法、オリフィス法、スプレードライ法、気中懸濁被覆法、ハイブリダンザー法等があげられる。
【0026】
(実施形態3)
図3は、本発明の実施形態3に係る転動装置としての円筒コロ軸受の縦断面図である。円筒コロ軸受14は、外周面に軌道面10aを有する内輪(内側部材)10と、軌道面10aに対向する軌道面11aを内周面に有する外輪(外側部材)11と、両軌道面10a,11a間に転動自在に配置された複数のコロ12と、内輪10と外輪11との間に複数のコロ12を保持する保持器13とを有して構成されている。
【0027】
また、内輪10と外輪11との間に形成され、コロ12が転動する空隙部内には、種々の膜厚をもつマイクロカプセル含有潤滑剤組成物15が封入され、これによって両軌道面10a,11aとコロ12との間の潤滑が行われる。なお、この潤滑剤供給形態には、潤滑剤の種類および使用条件等によって、油谷潤滑、ジェット潤滑、オイルエア潤滑、オイルミスト潤滑、プレーチング等の潤滑方法が適用される。
【0028】
この転動装置が、例えば自動車ハブユニット、エンジン補機など高温高速の過酷な環境で使用され、マイクロカプセル含有潤滑剤組成物15が劣化を生じた場合、物理的なカプセル破壊負荷が作用しなくても、この劣化生成物がカプセル膜を形成する炭酸カルシウムと反応し、該膜が破壊されてカプセル内包物が潤滑剤組成物中へ溶出し、この溶出も一斉になされるのではなく、マイクロカプセル1のそれぞれの膜厚に応じて段階的になされ、転動体であるコロ12と内外輪10,11の軌道面間に徐々に供給されることになるので、適切な油膜厚さがコロ12と内外輪10,11の軌道面間に保持され、ひいては潤滑性能向上の効果が発揮される。
【0029】
従来のように、マイクロカプセルが物理的な外力のみで破壊される場合は、破壊可能な外力が加わらないとカプセル内包物が放出されず、油膜が破断され、油膜厚さの減少、極端な場合には油切れが起こり、直接転動体と軌道面との金属接触を引き起こすことがあったが、本発明によれば、潤滑剤組成物内の劣化生成物によってカプセルが徐々に破壊され、適時の内包物の放出によって油膜厚さの減少、油膜の破断は防止される。
【0030】
実施形態3では円筒コロ軸受を例にとって説明したが、転動装置としてはこれに限定されるものではなく、リニアガイド装置、ボールねじ、直動ベアリング等種々の転動装置に適用可能である。
【0031】
次に、炭酸カルシウムをカプセル膜とした効果の具体例として、熱劣化試験(実施例A1)およびトルク試験(実施例A2〜A4)について、各種の比較例とともに説明する。
【0032】
熱劣化試験1
実施例A1
実施形態2で得られた、カプセル膜が炭酸カルシウムで形成され、内包物を酸化防止剤(PAN)とするマイクロカプセルを、潤滑用基油であるPAO油5gに2質量%の割合で添加し、雰囲気温度150℃で熱劣化試験を行い、一定時間毎の酸価値を測定した。
【0033】
また、カプセル膜がウレタン樹脂で形成され、酸化防止剤(PAN)を内包物とするマイクロカプセルを上記と同じ割合でPAO油に添加したもの(比較例B1)、マイクロカプセル無添加のPAO油のみのもの(カプセル非含有、比較例B2)、潤滑用基油であるPAO油に酸化防止剤であるPANを直接添加したもの(カプセル非含有、比較例B3)についても、同様の条件で熱劣化試験を行い、酸価値を測定した。実施例A1および比較例B1〜B3の試料組成を表1に示す。
【0034】
【表1】

【0035】
なお、試験に用いたPAO油の40℃における動粘度はいずれも30mm2/sである。また比較例B3の直接添加したPAN濃度は実施例A1と同様にPAO油に対して2質量%とした。図4に上記実施例A1および比較例B1〜B3の熱劣化試験結果を示す。図中aは実施例A1の場合、bは比較例B1、cは比較例B2、dは比較例B3の場合である。
【0036】
図4に示すように、比較例B1、B2では試験開始後、数時間で酸価値が上昇し、PANを直接添加した比較例B3の場合は試験開始から25時間経過した後、急激な酸価値の上昇が見られたが、実施例A1のマイクロカプセル含有潤滑剤組成物では長期にわたって劣化を抑制できることが認められた。これにより、カプセル膜がPAO油中の該PAO油の劣化生成物と反応することにより破壊され、内包物が放出されることで、適時酸化防止剤の効果を発揮することが分かる。
【0037】
トルク試験
まず、潤滑剤組成物として3種類のグリース(比較例B4〜B6)を準備した。比較例B4のグリースは、基油としてポリオールエステルを用い、増ちょう剤にウレタン・ウレアを用いたものである。比較例B5のグリースは、基油としてポリαオレフィンを用い、増ちょう剤にウレタン・ウレアを用いたものである。比較例B6のグリースは、基油としてポリオールエステルとジエステルの混合組成物を用い、増ちょう剤にリチウム石けんを用いたものである。
これら比較例B4〜B6の潤滑剤組成物のそれぞれに対し、上記実施形態2で得られたマイクロカプセルを5質量%添加して新たに3種類のマイクロカプセル含有潤滑剤組成物を得た。これら新たな3種類のマイクロカプセル含有潤滑剤組成物を実施例A2〜A4とした。実施例A2〜A4および比較例B4〜B6の組成について、それぞれの混和ちょう度の測定結果と合わせて表2に示す。
【0038】
【表2】

【0039】
本トルク試験用の転動装置として、内径30mm、外径72mm、幅19mmの非接触シール形単列深みぞ玉軸受(日本精工株式会社製品、呼び番号6306VV、以下玉軸受という。)を使用した。表2に示すグリースおよびマイクロカプセル含有潤滑剤組成物をそれぞれ玉軸受に3.6g封入した後、これら玉軸受にアキシアル荷重50kgfを負荷した上、回転速度1500rpmで内輪回転させて1時間のトルク試験を行った。表2記載の実施例および比較例のうち、潤滑剤組成物が同じ組成である実施例と比較例において、マイクロカプセルの添加の有無によりトルク特性の比較をした。すなわち、実施例A2と比較例B4、実施例A3と比較例B5、実施例A4と比較例B6、の各組み合わせについて比較した。
【0040】
実施例A2
実施例A2は、基油としてポリオールエステルを用い、増ちょう剤にウレタン・ウレアを用いた潤滑剤組成物に、実施形態2で得たマイクロカプセルを5質量%添加したものである。比較例B4は基油にポリオールエステル、増ちょう剤にウレタン・ウレアを用い、マイクロカプセルを添加していないものである。実施例A2と比較例B4のトルク試験結果を図5に示す。図5中aは実施例A2の場合、bは比較例B4の場合である。
【0041】
実施例A3
実施例A3は基油としてポリαオレフィンを用い、増ちょう剤にウレタン・ウレアを用いた潤滑剤組成物に、実施形態2で得たマイクロカプセルを5質量%添加したものである。比較例B5は基油にポリαオレフィン、増ちょう剤にウレタン・ウレアを用い、マイクロカプセルを添加していないものである。実施例A3と比較例B5のトルク試験結果を図6に示す。図6中aは実施例A3の場合、bは比較例B5の場合である。
【0042】
実施例A4
実施例A4は基油としてポリオールエステルとジエステルの混合組成物を用い、増ちょう剤にリチウム石けんを用いた潤滑剤組成物に、実施形態2で得たマイクロカプセルを5質量%添加したものである。比較例B6は基油にポリオールエステルとジエステルの混合組成物、増ちょう剤にリチウム石けんを用い、マイクロカプセルを添加していないものである。実施例A4と比較例B6のトルク試験結果を図7に示す。図7中aは実施例A4の場合、bは比較例B6の場合である。
【0043】
表2に示すように、実施例A2〜A4に示す本発明のマイクロカプセル含有潤滑剤組成物のマイクロカプセルは、潤滑剤組成物の混和ちょう度に悪影響を及ぼしていないことが分かる。さらに、図5〜図7の結果からも明らかなように、本発明のマイクロカプセル含有潤滑剤組成物は、トルク特性に関してトルク変動が少ないという優れた効果を有していることが分かる。
【0044】
(実施形態4)
熱劣化試験2
次に、膜厚の異なるマイクロカプセルを潤滑用基油であるPAO油に添加して熱劣化試験を行った実施例(実施例C1〜C3)を、膜厚分布がないマイクロカプセルの場合(実施例C4〜C6)およびマイクロカプセルを添加していない場合(比較例D1〜D2)と比較しつつ記載する。なお、これらの実施例C1〜3およびC4〜C6のマイクロカプセルはいずれも炭酸カルシウムでカプセル膜を形成し、カプセル内包物は酸化防止剤であるPAN(フェニル−α−ナフチルアミン)とした。
表3に本試験に用いた膜厚の異なる3種類のマイクロカプセル1〜3の物性値を示す。また、本試験に用いた実施例および比較例について、PANの添加割合を表4に示す。
【0045】
【表3】

【0046】
【表4】

【0047】
表3に示すように、膜厚の異なる3種類のマイクロカプセル1〜3を表4に示す割合で潤滑用基油であるPAO油に添加し、これによって3種類の本発明に係るマイクロカプセル含有潤滑剤組成物を調製した。具体的には、本発明に係る実施例C1のマイクロカプセル含有潤滑剤組成物は、膜厚0.09μmのマイクロカプセル1を0.5、膜厚0.18μmのマイクロカプセル2を0.3、膜厚0.25μmのマイクロカプセル3を0.2の割合でPAO油に添加した試料である。以下同様に本発明の実施例C2は、前記マイクロカプセル1を0.4、マイクロカプセル2を0.3、マイクロカプセル3を0.3の割合でそれぞれPAO油に添加したマイクロカプセル含有潤滑剤組成物、実施例C3は、前記マイクロカプセル1を0.2、マイクロカプセル2を0.3、マイクロカプセル3を0.5の割合でPAO油に添加したマイクロカプセル含有潤滑剤組成物である。
【0048】
表4に示す実施例C4〜C6はいずれもマイクロカプセルの膜厚に分布がない場合であり、具体的には実施例C4は、PAO油に表3に示す膜厚0.09μmのマイクロカプセル1のみを添加したもの、実施例C5は表3のマイクロカプセル2のみを、実施例C6は表3のマイクロカプセル3のみをそれぞれPAO油に添加した潤滑剤組成物である。
【0049】
上述の実施例C1〜C6では、マイクロカプセルを添加するPAO油はそれぞれ3gとし、これら実施例C1〜C6の試料を雰囲気温度150℃で熱劣化試験を行い、一定時間毎の酸価値を測定した。
【0050】
また、比較例としてマイクロカプセルもPANも無添加のPOA油のみの場合(比較例D1)、POA油にPANを直接添加した場合(比較例D2)についても同様の条件で熱劣化試験を行い、各実施例および比較例について酸化上昇値を測定した。なお、PAO油の40℃における動粘度は30mm2/sであり、試験において添加したマイクロカプセルの破断により溶出したPAN、あるいは直接添加したPANの濃度はいずれもPAO油に対して0.1質量%となるように調整した。また、表4中、全酸価は比較例D1の酸化上昇値が3に達するまでの時間を1とした場合の相対値で判断し、この相対値が1以上2未満の場合を×、2以上4未満の場合を△、4以上6未満の倍を○、6以上の場合を◎で示した。
結果は表4に示すとおりである。この実施例では添加するマイクロカプセルのカプセル膜の膜厚分布は、表3のごとく、0.09μm〜0.25μmであるが、本発明は膜厚分布0.01μm〜1μmの範囲のマイクロカプセルで良好な結果が得られることが確認された。
【0051】
以上の結果からも分かるように、添加するマイクロカプセルの膜厚に分布があることにより、潤滑用基油の酸化上昇の抑制、即ち劣化抑制効果がより大きくなる。これは、カプセル膜の膜厚に分布を持たせることで、カプセル膜の潤滑用基油への溶解が段階的に発生するためであると考えられる。さらに、本発明のようにカプセル膜を劣化生成物と反応する炭酸カルシウムで形成することにより、従来のような物理的な破壊作用が加わらなくても、潤滑剤組成物内の劣化生成物とカプセル膜とが反応してカプセル膜が破壊されることでカプセル内包物が放出されるので、この点でも潤滑剤組成物の劣化が防止される。
したがって、本発明のマイクロカプセル含有潤滑剤組成物を封入した転動装置は、適時カプセル内包物の効果が発揮され、長期にわたって良好な潤滑性能が維持される。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】マイクロカプセルの構造を示す拡大断面図である。
【図2】本発明に係るマイクロカプセル含有潤滑剤組成物およびカプセル膜の破壊、内包物の放出の形態を説明した図である。
【図3】本発明の実施形態3に係る転動装置の縦断面図である。
【図4】炭酸カルシウムをカプセル膜とした実施例A1に係るマイクロカプセル含有潤滑剤組成物の熱劣化試験結果を従来例のものと比較して示した図である。
【図5】炭酸カルシウムをカプセル膜とした実施例A2に係るマイクロカプセル含有潤滑剤組成物のトルク試験結果を従来例のものと比較して示した図である。
【図6】炭酸カルシウムをカプセル膜とした実施例A3に係るマイクロカプセル含有潤滑剤組成物のトルク試験結果を従来例のものと比較して示した図である。
【図7】炭酸カルシウムをカプセル膜とした実施例A4に係るマイクロカプセル含有潤滑剤組成物のトルク試験結果を従来例のものと比較して示した図である。
【符号の説明】
【0053】
1 マイクロカプセル
2 カプセル膜
3 添加剤
4 潤滑剤組成物
5 劣化生成物
10 内輪
11 外輪
12 コロ
15 マイクロカプセル含有潤滑剤組成物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
潤滑剤組成物内の劣化生成物と反応して破壊される膜材でカプセル膜が形成され、かつ潤滑用基油および添加剤を内包したマイクロカプセルが潤滑剤組成物中に含有され、前記マイクロカプセルは異なる膜厚の分布を有することを特徴とするマイクロカプセル含有潤滑剤組成物。
【請求項2】
前記カプセル膜は炭酸カルシウムで形成されることを特徴とする請求項1に記載のマイクロカプセル含有潤滑剤組成物。
【請求項3】
前記マイクロカプセルの膜厚は0.01〜1μmの範囲の膜厚分布を有することを特徴とする請求項1または2に記載のマイクロカプセル含有潤滑材組成物。
【請求項4】
前記添加剤は酸化防止剤を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のマイクロカプセル含有潤滑剤組成物。
【請求項5】
外面に軌道面を有する内側部材と、前記内側部材の軌道面に対向した軌道面を有する外側部材と、前記両軌道面間に転動自在に配置された複数の転動体とを有する転動装置において、前記転動体と前記両軌道面との間に請求項1〜4のいずれか一項に記載されたマイクロカプセル含有潤滑剤組成物が封入されていることを特徴とする転動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−203329(P2009−203329A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−46445(P2008−46445)
【出願日】平成20年2月27日(2008.2.27)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】