説明

マイクロ流体による平面脂質二重膜アレイ及びその平面脂質二重膜を用いた分析方法

【課題】 携帯性、分析時間の短縮、求められる試薬の少量化、及び高い再現性をもつ並行自動化といった利点を有するマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイ及びその平面脂質二重膜を用いた分析方法を提供する。
【解決手段】 マイクロ流体による平面脂質二重膜アレイにおいて、予め水中に浸して水で飽和させたマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイ(PDMS装置)1であって、この平面脂質二重膜アレイ1が、送液口に接続され、並列に配置されるマイクロチャネル2と、このマイクロチャネル2の両側部に開口を有するマイクロチャンバー3とを具備する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロ流体による平面脂質二重膜アレイ及びその平面脂質二重膜を用いた分析方法に係り、特に、マイクロ流体による膜タンパク質分析用平面脂質二重膜アレイ及びそれを用いた膜タンパク質の分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
塩基配列が解読されたゲノムの数の増加に伴い、タンパク質研究の機会が増えてきている(非特許文献1参照)。ゲノム研究に革命をもたらしたDNAアレイチップの完成後、タンパク質の発現及び相互作用の高いスループット分析を可能にした“タンパク質アレイチップ”は、大いに求められている〔非特許文献2参照〕。特に、膜タンパク質の機能性に焦点をあてた研究はそれらがセルの内外で種々の分子の移動を制御するのに不可欠であるため重要である。
【0003】
しかしながら、イオンチャネル、ポンプ、受容体(レセプター)、輸送体(トランスポータ)のような膜タンパク質を操作することは、それらが全てのバイオ膜の基本的な構造である脂質二重膜に組み込まれる時のみ機能するようにされてきた(非特許文献3参照)。結果として、タンパク質チップの最初のターゲットは、殆ど水溶液タンパク質であった。
【0004】
パッチクランプ法〔非特許文献4参照〕及び人工の脂質二重膜〔非特許文献5参照〕実験は、膜タンパク質の基本的研究において2つの主に確立された方法であった。しかしながら、この2つの方法は、実施するための熟練した技術が求められ、高いスループット操作の欠如のために良好な再現性が実現されていないものであった。近年、いくつかの研究グループが、マイクロ流体装置において平面二重膜を生成することによってこれらの問題を克服する試みが行われてきた〔非特許文献6、7、8参照〕。集積されたマイクロ流体システムは、携帯性、分析時間の短縮、求められる試薬の少量化、及び高い再現性をもち、並行自動化といった利点がある巨大なアレイを提供している。それらの利点が膜輸送の分析に対して高いスループットと定量的な測定を引き出すことは認識されているが、そのような利点を有する単純な技術又は装置はまだ存在していない。
【非特許文献1】V.Santoni,M.Molley,T.Rabilloud,“Membrane proteins and protemics:Un amour impossible?”,Electrophoresis,21,1054−1070,2000
【非特許文献2】H.Zhu,M.Bilgin,R Bangham,David Hall,Antonio Casamayor,P.Bertone,N.Lan,R.Jansen,S.Bidlingmaier,T.Houfek,T.Mitchell,P.Miller,R.A.Dean,M.Gerstein,and M.Snyder,“Global Analysis of Protein Activities using Proteome Chips”,Science.,Vol.293,2101−2105,2001
【非特許文献3】M.Bloom,E.Evans,O.G.Mouritsen,“Physical Properties of the Fluid Lipid−Bilayer Compornent of Cell Membranes:a Perspective”,Q.Rev.Biophys,Aug;24(3),293−397,1991
【非特許文献4】B.Alberts et al.,“Molecular Biology of the Cell;4thEd.,”,Garland Science,2002
【非特許文献5】T.Ide,and T.Yanagida,“An Artificial Lipid Bilayer Formed on an Agarose Coated Glass for Simultaneous Electrical and Optical Measurement of Single Ion Channels”,Biochem.Biophys.Res.Comm.,265,pp.595−599,1999
【非特許文献6】R.Hemmier,G.Bose,E.Wagner,and R.Peters,“Nanopore Unitary Permeability Measured by Electochemical and Optical Single Transporter Recording”,BioPhys.,Vol.88,4000−4007,2005
【非特許文献7】N.Malmstadt,M.A.Nash,R.F.Purnell,and J.J.Schmidt,“Automated Formation of Lipid−Bilayer Membranes in a Microfluidic Device”,Nano Lett.,Vol.6,No.9,1961−1965,2006
【非特許文献8】M.Mayer,J.K.Kriebel,M.T.Tosteson,and G.M.Whitesides,“Microfabricated Teflon Membranes for Low−Noise Recordings of Ion Channels in Planar Lipid Bilayers”,BioPhys.,Vol.85,2684−2695,2003
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記したように、上記の利点を有する単純な方法又はそのための装置はまだ存在していない。
【0006】
本発明は、上記状況に鑑みて、携帯性、分析時間の短縮、求められる試薬の少量化、及び高い再現性をもつ並行自動化といった利点を有するマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイ及びその平面脂質二重膜を用いた分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記目的を達成するために、
〔1〕マイクロ流体による平面脂質二重膜アレイにおいて、この平面脂質二重膜アレイが、送液口に接続され、並列に配置されるマイクロチャネルと、このマイクロチャネルの両側部に開口を有するマイクロチャンバーとを具備することを特徴とする。
【0008】
〔2〕上記〔1〕記載のマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイにおいて、前記マイクロチャネルの両側部の開口は、このマイクロチャネルに対してジグザグに配置されることを特徴とする。
【0009】
〔3〕上記〔1〕記載のマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイにおいて、前記平面脂質二重膜アレイが予め水中に浸して水で飽和させたアレイであることを特徴とする。
【0010】
〔4〕上記〔3〕記載のマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイにおいて、このアレイはPDMSからなることを特徴とする。
【0011】
〔5〕上記〔1〕記載のマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイにおいて、前記マイクロチャネルの両側部は、前記マイクロチャネルの両側壁であることを特徴とする。
【0012】
〔6〕上記〔1〕記載のマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイにおいて、前記マイクロチャネルの両側部は、前記マイクロチャネルの天井壁と床壁であることを特徴とする。
【0013】
〔7〕上記〔1〕記載のマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイにおいて、前記マイクロチャネルの高さは7μm、前記マイクロチャンバーは幅17μm、高さ19μmであることを特徴とする。
【0014】
〔8〕上記〔1〕記載のマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイにおいて、1つのマイクロシリンジと、このマイクロシリンジに接続される1つのチューブとを備え、このチューブ内に先端から膜タンパク質及び蛍光物質入りの緩衝液と、脂質入りの有機溶媒と、溶解物を含まない緩衝液とが順次注入され、前記チューブの先端を前記送液口に接続することを特徴とする。
【0015】
〔9〕平面脂質二重膜を用いた分析方法において、マイクロ流体による平面脂質二重膜アレイを予め水中に浸して水で飽和させる工程と、この水で飽和させた平面脂質二重膜アレイに並列に配置されるマイクロチャネルと、このマイクロチャネルの両側部に開口を有するマイクロチャンバーとを用いて、前記開口に前記マイクロチャンバーをシールする平面脂質二重膜を形成することを特徴とする。
【0016】
〔10〕上記〔9〕記載の平面脂質二重膜を用いた分析方法において、前記マイクロチャネルの両側部の開口は、このマイクロチャネルに対してジグザグに配置することを特徴とする。
【0017】
〔11〕上記〔9〕記載の平面脂質二重膜を用いた分析方法において、前記マイクロチャネルと前記マイクロチャンバーとに膜タンパク質及び蛍光物質入りの緩衝液を注入する工程と、前記マイクロチャネルに脂質入りの有機溶媒を注入する工程と、溶解物を含まない緩衝液を前記マイクロチャネルに注入する工程とを施すことを特徴とする。
【0018】
〔12〕上記〔11〕記載の平面脂質二重膜を用いた分析方法において、前記膜タンパク質はα−Hemolysin、前記蛍光物質はカルセイン、前記脂質がphosphatidycoline(PC)、前記有機溶媒がhexadecaneであることを特徴とする。
【0019】
〔13〕上記〔11〕記載の平面脂質二重膜を用いた分析方法において、前記膜タンパク質はα−Hemolysin、前記蛍光物質はカルセイン、前記脂質がphosphatidycoline(PC)、前記有機溶媒がsqualenであることを特徴とする。
【0020】
〔14〕上記〔11〕において作製された平面脂質二重膜を変形させ、リポソームを形成し、そのリポソームにヘモリシンを導入して平面脂質二重膜の透過の度合を計測することを特徴とする。
【0021】
〔15〕上記〔14〕記載の平面脂質二重膜を用いた分析方法において、前記ヘモリシンとともに蛍光材料を含ませたリポソーム内の蛍光密度の減少度合を計測することを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、以下のような効果を奏することができる。
【0023】
(1)携帯性、分析時間の短縮、求められる試薬の少量化、及び高い再現性をもつ並行自動化などの利点を有する。
【0024】
(2)並列に構成された膨大な数のマイクロチャンバーをセットすることができ、膜タンパク質の分析を迅速、かつ的確に行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明のマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイは、予め水中に浸して水で飽和させたマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイであって、この平面脂質二重膜アレイが、送液口に接続され、並列に配置されるマイクロチャネルと、このマイクロチャネルの両側部に開口を有するマイクロチャンバーとを具備する。
【実施例】
【0026】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0027】
図1は本発明の実施例を示すPDMS装置のマイクロチャンバーを有するマイクロチャネルの概念図である。図2はその平面脂質二重膜でシールされているマイクロチャンバーを示す図である。
【0028】
これらの図において、1はPDMS(Polydimethylsiloxane)装置、2はPDMS装置1に形成されたマイクロチャネル、3はマイクロチャネル2の両側部に交互に開口を有するマイクロチャンバーである。ここでは、マイクロチャネル2の両側部は、マイクロチャネルの横壁である両側壁を例に挙げているが、マイクロチャネル2の両側部は、マイクロチャネルの縦壁である天井壁と床壁であってもよい。ここで、各マイクロチャネル2の高さは7μmであり、各マイクロチャンバー3の寸法は、例えば、幅17μm、高さ19μmである。
【0029】
ここで、後述するがマイクロチャンバー3の開口部に形成される平面脂質二重膜5の膜面積は小さいほど膜自体は安定化するが、比面積が大きすぎるとPDMS装置1が有機溶媒により大きく膨潤することになり、問題が生じる。例えば、マイクロチャンバー3の幅が7μmの場合、上記した膨潤によりマイクロチャンバー3が閉じてしまった。また、10μmの場合でもマイクロチャンバー3が変形し、平面脂質二重膜の形成を妨げる要因になってしまった。そこで、マイクロチャンバー3の幅は17μmに最適化した。
【0030】
また、マイクロチャネル2の高さは、平面脂質二重膜5の安定化のために、マイクロチャネル2の間隔80μmに比べて7μmと低くなっており、PDMS装置1の構造が潰れてしまうという課題が存在するが、これに対しては、マイクロチャネル2の両側部に交互に開口を有するマイクロチャンバーを配置する構成としたので、メインマイクロチャネルの中心にはPDMSの柱4が整列しており、PDMS装置1の構造を堅牢にしてマイクロチャネルの構造が潰れるのを防止するようにした。
【0031】
また、このPDMS装置1は並列に構成された膨大な数のマイクロチャンバーをセットすることができる。
【0032】
さらに、この各マイクロチャンバー3の開口部は平面脂質二重膜5でシールされており、その平面脂質二重膜5に存在するナノ孔〔α−Hemolysinモノマーが七量体化(heptamerizes)された時に形成された〕6を通じた蛍光分子の移動が蛍光顕微鏡下で蛍光密度の変化として計測される。
【0033】
なお、上記したアレイはPDMSが好適であるが、このPDMSに限定されることなく、ガラス、SU−8、シリコン、アクリル樹脂、PETなど無機やプラスチック材料を用いるようにしてもよい。
【0034】
この装置は、携帯性、分析時間の短縮、求められる試薬の少量化、及び高い再現性の並行自動化を図ることができる。
【0035】
図3は本発明の実施例を示すマイクロチャンバーへ平面脂質二重膜を形成する方法を示す図であり、図3(a)はPDMS装置を水に浸漬して飽和させる様子、図3(b)は膜タンパク質(α−Hemolysin)及び蛍光物質(Calcein:カルセイン)入りの緩衝液(バッファ液)を注入する様子、図3(c)は脂質溶液〔phosphatidycoline(PC)入りの有機溶媒(hexadecane:ヘキサデカン)〕を注入する様子、図3(d)は溶解物を含まない緩衝液をマイクロチャネルに注入する(フラッシュする)様子、図3(e),(f)は平面脂質二重膜が形成されたマイクロチャンバーを示す図、図3(g)はマイクロチャンバーに形成された脂質二重膜の拡大図である。なお、上記した有機溶媒のヘキサデカンに代えて、有機溶媒のsqualene(スクワレン)を用いることもでき、その応用を広げることができる。
【0036】
まず、図3(a)に示すように、シャーレ11に入った水12にPDMS装置13を12時間以上浸漬して飽和させる。これは実施中、水がPDMS装置13へ吸収されるのを防ぐためである。次いで、図3(b)に示すように、水で飽和されたPDMS装置13のマイクロチャネル14及びマイクロチャンバー15に膜タンパク質(α−Hemolysin)及び蛍光物質(Calcein:カルセイン)入りのリン酸緩衝液(バッファ液)16を注入する。次いで、図3(c)に示すように、リン酸緩衝液(バッファ液)16が充填されているマイクロチャンバー15内に脂質溶液〔phosphatidycoline(PC)入りの有機溶媒(hexadecane:ヘキサデカン)〕17を注入する。次いで、図3(d)に示すように、溶解物を含まない緩衝液18をマイクロチャネル14に注入する。すると、図3(e)及び(f)に示すように、緩衝液18の流れと有機溶媒がPDMS装置に吸収されることにより、マイクロチャンバー15を覆っている有機溶媒の膜は薄くなり、マイクロチャンバー15の開口部が平面脂質二重膜19でシールされる。なお、図3(d)においては、平面脂質二重膜が破れたものも示されている。
【0037】
このように、本発明によれば、膜タンパク質分析用平面脂質二重膜19が容易に作製され、膜タンパク質の分析を迅速、かつ的確に行うことができる。
【0038】
図4は本発明の実施例を示す膜タンパク質(α−Hemolysin)が形成したナノ孔を通じてマイクロチャネルへ蛍光物質(カルセイン)が分散するためにマイクロチャンバー内の蛍光密度が急激に減少する様子を示す図である。
【0039】
図5(a)はマイクロチャンバー内の蛍光密度の経過を示す図であり、膜タンパク質(α−Hemolysin)がない場合、蛍光密度の減少は光退色によるものだけである。一方、膜タンパク質(α−Hemolysin)がある場合には、形成されたナノ孔から蛍光物質が分散していくため、その減少は急速であることが分かる。
【0040】
図5(b)は図5(a)に基づいて計算した移動比kを示す図である。ここで、(df/dt=−kf)、つまり、移動比kは含まれる膜タンパク質(α−Hemolysin)の数の占める割合である。
【0041】
このように、イオンチャネル、ポンプ、受容体(レセプター)、輸送体(トランスポータ)のような膜タンパク質を操作することができる。
【0042】
図6は本発明の実施例を示す送液口からマイクロ流体による膜タンパク質分析用平面脂質二重膜アレイ(PDMS装置)までの構造を示す模式図、図7は実験システムを示す図である。
【0043】
図3に示した溶解物を含まない緩衝液18の流速が大きい場合、マイクロチャンバーの開口部に残った脂質を含んだ有機溶媒(脂質溶液17)の膜に、緩衝液18の流れによる過度の力学的ストレスがかかり、平面膜質二重膜が作製される前に割れてしまうといった問題が生じる。これを防止するために、図6に示すように、送液口21から液体を注入する時の流路22,23,24,25を並列化することにより、低速度の送液を可能とした。流速を低減させることで、脂質を含む有機溶媒膜に緩衝液18の流れにより加わる力学的ストレスを減少させるようにした。これにより、平面脂質二重膜の作製前に割れてしまう確立を抑えることができた。
【0044】
次に、実験システムについて説明する。
【0045】
本発明において平面脂質二重膜の作製方法を行う場合には、上記したように、緩衝液/脂質溶液/溶解物を含まない緩衝液が混ざることなく、かつ連続にマイクロチャネル内に送液されねばならない。しかし、溶液ごとにシリンジを入れ替えていては、空気の混入などでミセル状の汚れが大量に発生するという問題があった。
【0046】
本発明では、一本のシリンジを用いて、一つのチューブに連続して溶液を充填することで、間に空気が入ることなくそれぞれのプロセスを行えるようにした。
【0047】
なお、上記実施例では、送液のためにはシリンジが好適であるが、これに限定されるものではなく、他のポンプやピペットを用いて手操作で送液を行うことも可能である。
【0048】
図7において、31はマイクロシリンジ、32はこのマイクロシリンジ31に接続されるチューブである。このチューブ32には溶解物を含まない緩衝液(バッファ液)33と脂質溶液34と蛍光物質(Calcein:カルセイン)及び膜タンパク質(α−Hemolysin)を含むリン酸緩衝液(バッファ液)35が入れられている。36は上述したPDMS(Polydimethylsiloxane)装置(膜タンパク質分析用平面脂質二重膜アレイ)である。
【0049】
このように構成することにより、一本のマイクロシリンジ31を用いて、一つのチューブ32に連続してリン酸緩衝液35/脂質溶液34/溶解物を含まない緩衝液33の液体を充填することができ、間に空気が入ることなく、膜タンパク質分析用平面脂質二重膜の作製プロセスを実施することができた。
【0050】
図8は本発明の膜タンパク質分析用平面脂質二重膜を用いたリポソームの形成による膜透過を計測する様子を示す図である。
【0051】
まず、水で飽和されたPDMSを数時間大気中に放置した後、図8(a)に示すように、α−ヘモリシン無しで膜タンパク質分析用平面脂質二重膜が形成された。次いで、図8(b)に示すように、PDMSへ緩衝液が吸収されると、膜タンパク質分析用平面脂質二重膜がチャンバー内に引き込まれ、図8(c)に示すように、リポソームが得られる。図8(d)に示すように、α−ヘモリシン及びcalcein(蛍光材料)を含む緩衝液が導入されると、図8(e)に示すように、リポソーム内にcalceinが分散される。図8(f)に示すように、外部緩衝液が交換されると、calceinがα−ヘモリシンを通じてリポソームの外へと分散される。そのことは、図8(g)に示すように、リポソーム内の蛍光密度が減ることで観察できた。
【0052】
このように、上記した方法によって作製された膜タンパク質分析用平面脂質二重膜を変形させ、リポソームを形成し、そのリポソームにヘモリシンを導入して膜タンパク質分析用平面脂質二重膜の透過の度合を計測することができる。
【0053】
これにより、膜タンパク質の分析を行うことができる。
【0054】
本発明によれば、上記したように、
(1)実施中に水がPDMSへ吸収されるのを防ぐために、水中にPDMS装置(膜タンパク質分析用脂質二重膜アレイ)を12時間以上漬け、飽和しておくようにした。
【0055】
(2)膨大な数のマイクロチャンバーを有するマイクロチャネル内に順次リン酸緩衝液/脂質溶液/溶解物を含まない緩衝液を注入することで、各マイクロチャンバーは膜タンパク質を含む平面脂質二重膜によってシールされる。そのマイクロチャンバー(2pl)は小さい容積であるため、蛍光密度の変化を良好に観察して、蛍光分子の膜透過を観察することができる。つまり、膜タンパク質(α−Hemolysin)が形成したナノ孔を通じて蛍光物質(Calcein:カルセイン)の透過の量的測定を良好に行うことができる。
【0056】
また、一分子レベルで、定量的な膜タンパク質の解析実験を可能にした。
【0057】
すなわち、並列マイクロチャネルに沿って、マイクロチャンバーが高密度に配列された構造とした高集積化により、一視野に多数のマイクロチャンバー(20倍光学レンズで176個)が測定可能になるため、膨大な数の定量的な生化学実験解析が可能になった。
【0058】
また、マイクロチャンバーを利用することで、一分子レベルでの膜タンパク質の活性が系のパラメータに大きな変化(蛍光輝度変化)を及ぼすため精確な検出が可能になった。
【0059】
なお、平面脂質二重膜を張って、膜タンパク質なしで、例えば、環境の汚染度を計測するようにすることもできる。すなわち、平面脂質二重膜に蛍光分子を入れて、その光具合で環境の汚染度を計測することができる。つまり、膜タンパク質を使わなくても、温度応答性の平面脂質二重膜を使用することにより、物質を通過したり、止めたりすることもできる。
【0060】
また、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明のマイクロ流体による膜タンパク質分析用平面脂質二重膜アレイは、並列に構成された膨大な数のマイクロチャンバーと組み合わせることにより、膜タンパク質の分析に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明の実施例を示すPDMS装置のマイクロチャンバーを有するマイクロチャネルの概念図である。
【図2】本発明の実施例を示す平面脂質二重膜でシールされているマイクロチャンバーを示す図である。
【図3】本発明の実施例を示すマイクロチャンバーへ平面脂質二重膜を形成する方法を示す図である。
【図4】本発明の実施例を示す膜タンパク膜質(α−Hemolysin)が形成されたナノ孔を通じてマイクロチャネルへ蛍光物質(カルセイン)が分散するためにマイクロチャンバー内の蛍光密度が急激に減少する様子を示す図である。
【図5】本発明の実施例を示すマイクロチャンバー内の蛍光密度の変化の特性を示す図である。
【図6】本発明の実施例を示す送液口からマイクロ流体による膜タンパク質分析用平面脂質二重膜アレイ(PDMS装置)までの構造を示す模式図である。
【図7】本発明の実験システムを示す図である。
【図8】本発明の膜タンパク質分析用平面脂質二重膜を用いたリポソームの形成による膜透過を計測する様子を示す図である。
【符号の説明】
【0063】
1,13,36 PDMS(Polydimethylsiloxane)装置
2,14 マイクロチャネル
3,15 マイクロチャンバー
4 PDMSの柱
5 平面脂質二重膜
6 ナノ孔
11 シャーレ
12 水
16,35 膜タンパク質(α−Hemolysin)及び蛍光物質(Calcein:カルセイン)入りのリン酸緩衝液(バッファ液)
17,34 脂質溶液〔phosphatidycoline(PC)入りの有機溶媒(hexadecane)〕
18,33 溶解物を含まない緩衝液
19 平面脂質二重膜
21 送液口
22,23,24,25 並列化された流路
31 マイクロシリンジ
32 チューブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)マイクロ流体による平面脂質二重膜アレイであって、
(b)該平面脂質二重膜アレイが、
(i)送液口に接続され、並列に配置されるマイクロチャネルと、
(ii)該マイクロチャネルの両側部に開口を有するマイクロチャンバーとを具備することを特徴とするマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイ。
【請求項2】
請求項1記載のマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイにおいて、前記マイクロチャネルの両側部の開口は、該マイクロチャネルに対してジグザグに配置されることを特徴とするマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイ。
【請求項3】
請求項1記載のマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイにおいて、前記平面脂質二重膜アレイが予め水中に浸して水で飽和させたアレイであることを特徴とするマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイ。
【請求項4】
請求項3記載のマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイにおいて、該アレイはPDMSからなることを特徴とするマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイ。
【請求項5】
請求項1記載のマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイにおいて、前記マイクロチャネルの両側部は、前記マイクロチャネルの両側壁であることを特徴とするマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイ。
【請求項6】
請求項1記載のマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイにおいて、前記マイクロチャネルの両側部は、前記マイクロチャネルの天井壁と床壁であることを特徴とするマイクロ流体による膜タンパク質分析用平面脂質二重膜アレイ。
【請求項7】
請求項1記載のマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイにおいて、前記マイクロチャネルの高さは7μm、前記マイクロチャンバーは幅17μm、高さ19μmであることを特徴とするマイクロ流体による膜タンパク質分析用平面脂質二重膜アレイ。
【請求項8】
請求項1記載のマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイにおいて、1つのマイクロシリンジと、該マイクロシリンジに接続される1つのチューブとを備え、該チューブ内に先端から膜タンパク質及び蛍光物質入りの緩衝液と、脂質入りの有機溶媒と、溶解物を含まない緩衝液とが順次注入され、前記チューブの先端を前記送液口に接続することを特徴とするマイクロ流体による平面脂質二重膜アレイ。
【請求項9】
(a)マイクロ流体による平面脂質二重膜アレイを予め水中に浸して水で飽和させる工程と、
(b)該水で飽和させた平面脂質二重膜アレイに並列に配置されるマイクロチャネルと、該マイクロチャネルの両側部に開口を有するマイクロチャンバーとを用いて、前記開口に前記マイクロチャンバーをシールする平面脂質二重膜を形成することを特徴とする平面脂質二重膜を用いた分析方法。
【請求項10】
請求項9記載の平面脂質二重膜を用いた分析方法において、前記マイクロチャネルの両側部の開口は、該マイクロチャネルに対してジグザグに配置することを特徴とする平面脂質二重膜を用いた分析方法。
【請求項11】
請求項9記載の平面脂質二重膜を用いた分析方法において、
(a)前記マイクロチャネルと前記マイクロチャンバーとに膜タンパク質及び蛍光物質入りの緩衝液を注入する工程と、
(b)前記マイクロチャネルに脂質入りの有機溶媒を注入する工程と、
(c)溶解物を含まない緩衝液を前記マイクロチャネルに注入する工程とを施すことを特徴とする平面脂質二重膜を用いた分析方法。
【請求項12】
請求項11記載の平面脂質二重膜を用いた分析方法において、前記膜タンパク質はα−Hemolysin、前記蛍光物質はカルセイン、前記脂質がphosphatidycoline(PC)、前記有機溶媒がhexadecaneであることを特徴とする平面脂質二重膜を用いた分析方法。
【請求項13】
請求項11記載の平面脂質二重膜を用いた分析方法において、前記膜タンパク質はα−Hemolysin、前記蛍光物質はカルセイン、前記脂質がphosphatidycoline(PC)、前記有機溶媒がsqualenであることを特徴とする平面脂質二重膜を用いた分析方法。
【請求項14】
請求項11において作製された平面脂質二重膜を変形させ、リポソームを形成し、そのリポソームにヘモリシンを導入して平面脂質二重膜の透過の度合を計測することを特徴とする平面脂質二重膜を用いた分析方法。
【請求項15】
請求項14記載の平面脂質二重膜を用いた分析方法において、前記ヘモリシンとともに蛍光材料を含ませたリポソーム内の蛍光密度の減少度合を計測することを特徴とする平面脂質二重膜を用いた分析方法。

【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−128206(P2009−128206A)
【公開日】平成21年6月11日(2009.6.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−304126(P2007−304126)
【出願日】平成19年11月26日(2007.11.26)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】