説明

マイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の菌種の同定方法

【課題】 マイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の菌種の同定方法を提供する。
【解決手段】 試料から得られるDNAを鋳型とし、16S rRNA遺伝子の特定の領域に基づいて設定されたプライマーを用いて2段階のPCRを行い、生成する増幅産物を検出することによりマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌を検出する。また、16S rRNA遺伝子の特定の領域の塩基配列に基づいて分子系統解析を行い、菌種を同定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子系統解析によるマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の菌種の同定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マイコプラズマ属(genus Mycoplasma)およびウレアプラズマ属(genus Ureaplasma)の細菌は、Mycoplasmataceae(科)、Mollicutes (目)に属し、他の細菌とは細胞壁の欠如などから区別され、また自己複製能を持った最小の微生物とされている。
【0003】
ヒトからの分離については、マイコプラズマ属で13菌種、ウレアプラズマ属で1菌種のみが報告されている。ヒトへの病原性を有するものとしては、異型肺炎の起炎菌であるM. pneumoniaeが最も良く知られている。その他には、非淋菌性尿道炎や子宮頚管炎などの尿路性器感染症、さらに後天性免疫不全症候群(AIDS)との関与を示唆されているが詳細は不明である。
【0004】
非淋菌性尿道炎の主要な起炎菌としてはChlamydia trachomatisが知られている。しかし、非淋菌性尿道炎患者においてC. trachomatisが検出されるのは30〜40%程度であり、多くはその症状が何に由来するか明らかでない。C. trachomatis以外の起炎菌の存在が示唆される中で、マイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌が注目されている。特にM. genitaliumは、非淋菌性尿道炎患者からの分離が報告されて以来、霊長類への接種実験の結果、健常人よりも有意に高い検出率などから、非淋菌性尿道炎の起炎菌であることが強く示唆されている。また、M. hominisおよびU. urealyticumは、M. genitaliumよりも以前から尿路性器感染症との関与を示す報告がされているが、最近では、健常人との検出率に有意差が見られないとの報告もあり、その病原的な役割は未だ不明である。尿路性器感染症におけるこれらの役割を明らかにするには、臨床検体からの確実かつ高感度な検出法が必要である。
【0005】
現在、マイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌の同定には、いくつかの血清学的試験が用いられている。しかしながらマイコプラズマ属の細菌の培養は、栄養要求性が高いことなどから菌種によっては非常に困難であり、また増殖には3週間から4週間を要するため、臨床診断に利用するには著しく迅速性に欠けている。血清学的試験においても、M. pneumoniaeとM. genitaliumとの間などでは交差反応が懸念されるなど特異性の面で問題があり、これらを解決する迅速な同定方法が望まれていた。また生化学的性状による分類は、マイコプラズマ属の細菌が持つ構成酵素が少ないために、100以上の菌種をいくつかのグループに分ける程度にしかできない。
【0006】
近年、分子生物学的手法の発達から、PCR法が広く用いられるようになり、マイコプラズマ属およびウレアプラズマ属においても菌種特異的プライマーを使用したPCR法による検出が行われるようになった。PCR法の利用によって迅速で高感度な検出が可能になり、臨床材料からの検出が多数報告されるようになった。
【0007】
尿路性器感染症においては、M. genitalium、M. hominisおよびU. urealyticumが非淋菌性尿道炎の起炎菌として、その関与を示唆されてきたが、これまでは菌種特異的プライマーを使用したPCR法によって検出が行われてきたため、それら以外のマイコプラズマ属細菌の関与については触れられていない。これらを解明するためには、臨床検体を材料にヒトからの分離が報告されている全てのマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌を同等の感度で検出し、その菌種を同定する検査法が必要となる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、マイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌の検出方法を提供することを目的とする。
【0009】
また、本発明は、マイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌の菌種の同定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、特定のプライマーを用いてPCR法を行うことにより、感度の高い、マイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌の検出が可能になること、さらに特定の領域の塩基配列に基づいて分子系統解析を行うことにより菌種を同定できることを見い出し、本発明を完成した。
【0011】
従って、本発明は、試料から得られるDNAを鋳型として用いてPCRを行い、PCRによって生成する増幅産物を検出することを含む、マイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌の検出方法であって、前記PCRが2段階で行われ、第1段階のPCRで用いられるプライマーが、16S rRNA遺伝子において、少なくともマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌に保存されている塩基配列に基づいて設定された第1プライマー、並びに、16S rRNA遺伝子の、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号1012〜1051に相当する領域においてマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌に保存されている塩基配列に基づいて設定された第2のプライマーであり、第1のプライマー及び第2のプライマーは、その間の塩基配列を増幅できるように設定されており、第2段階のPCRで用いられるプライマーが、16S rRNA遺伝子の、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号497〜547に相当する領域においてマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌に保存されている塩基配列に基づいて設定された第3のプライマー、並びに、上記の第2のプライマーであり、第3のプライマー及び第2のプライマーはその間の塩基配列を増幅できるように設定されており、第1段階のPCRで増幅される塩基配列は、第3のプライマーが対合する塩基配列を含むことを特徴とするマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌の検出方法(本発明検出方法)を提供する。
【0012】
本発明検出方法においては、第1段階のPCRに配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーとを用い、第2段階のPCRに配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーとを用いることが好ましい。
【0013】
本発明は、また、16S rRNA遺伝子の、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号546〜890に相当する領域から選ばれる、塩基番号648〜845に相当する領域を少なくとも含む塩基配列に基づいて分子系統解析を行うことを特徴とするマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の菌種の同定方法(本発明同定方法)を提供する。
【0014】
本発明同定方法においては、前記塩基配列は、試料から得られるDNAを鋳型とし、前記塩基配列を増幅できるように設定されたプライマーを用いてPCRを行い、PCRによって生成する増幅産物の塩基配列を決定することによって得られたものであることが好ましい。また、前記PCRが2段階で行われ、第1段階のPCRに配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーとを用い、第2段階のPCRに配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーとを用いることが好ましい。
【0015】
本発明同定方法において、分子系統解析に用いられる塩基配列としては、16S rRNA遺伝子の、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号599〜849に相当する領域の塩基配列が挙げられる。
【0016】
なお、配列番号1に示す塩基配列は、Mycoplasma genitalimの16S rRNA遺伝子の塩基配列(GenBankaccession No. X77334)であり、当業者であれば、マイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の他の細菌の16S rRNA遺伝子についても、属間、種間、個体間等に存在し得る塩基配列の相違を考慮して、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号により特定された領域に相当する領域を容易に特定・認識することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、PCR法でマイコプラズマに特異的なDNAを高感度で検出し、さらに分子系統解析により菌種の同定が可能になる。同定に要する時間は、培養を必要とする同定法と比較して大幅に短縮される。種々の疾病の臨床診断におけるマイコプラズマの迅速な検出において、本発明の方法は極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】GenBankに登録された塩基配列の系統解析結果を示す。
【図2】臨床分離株1019-56の系統解析結果を示す。
【図3】臨床分離株717-68の系統解析結果を示す。
【図4】臨床分離株708-30の系統解析結果を示す。
【図5】臨床分離株922-53の系統解析結果を示す。
【図6】臨床分離株626-49の系統解析結果を示す。
【図7】臨床分離株708-56の系統解析結果を示す。
【図8】臨床分離株1001-31の系統解析結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<1>本発明検出方法
本発明検出方法は、マイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌を高感度で検出することを可能にする方法であり、試料から得られるDNAを鋳型として用いてPCRを行い、PCRによって生成する増幅産物を検出することを含む、マイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌の検出方法であって、前記PCRが2段階で行われ、第1段階のPCRで用いられるプライマーが、16S rRNA遺伝子において、少なくともマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌に保存されている塩基配列に基づいて設定された第1プライマー、並びに、16S rRNA遺伝子の、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号1012〜1051に相当する領域においてマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌に保存されている塩基配列に基づいて設定された第2のプライマーであり、第1のプライマー及び第2のプライマーは、その間の塩基配列を増幅できるように設定されており、第2段階のPCRで用いられるプライマーが、16S rRNA遺伝子の、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号497〜547に相当する領域においてマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌に保存されている塩基配列に基づいて設定された第3のプライマー、並びに、上記の第2のプライマーであり、第3のプライマー及び第2のプライマーはその間の塩基配列を増幅できるように設定されており、第1段階のPCRで増幅される塩基配列は、第3のプライマーが対合する塩基配列を含むことを特徴とする。
【0020】
試料は、マイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌の一種以上を含むか又は含む可能性があるものであれば特に限定されないが、例としては、尿、尿道擦過物、子宮頚管擦過物などの尿路性器系材料の他、喀痰、咽頭ぬぐい液などの呼吸器系材料を挙げることができる。これらの試料から、DNAの調製のための公知の方法によりDNAを得ることができる。
【0021】
本発明検出方法においては、PCRが二段階で行われ、第1段階のPCRは、試料から得られるDNAを鋳型とし、特定のプライマーを使用する他は、公知のPCRの方法に従って行うことができる。また、第2段階のPCRは、第1段階のPCRで得られた増幅産物を鋳型とし、特定のプライマーを使用する他は、公知のPCRの方法に従って行うことができる。
【0022】
第1段階のPCRで用いられる第1のプライマー及び第2のプライマーは、その間の塩基配列を増幅できるように、すなわち、一方がセンスプライマーとなり他方がアンチセンスプライマーとなるように設定される。ここで、増幅される塩基配列は、第3のプライマーが対合する塩基配列を含むものである。すなわち、第1段階のPCRの増幅産物を第2段階のPCRの鋳型として用いることができるように、第1のプライマーが設定される。
【0023】
第1のプライマーは、第2のプライマーと組み合わされて上記の塩基配列を増幅できる限り、16S rRNA遺伝子において、少なくともマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌に保存されている塩基配列に基づいて設定されたものであればよい。第1のプライマーの長さは、通常には、15〜30bpである。このようなプライマーとしては、16S rRNA遺伝子において、原核生物に保存されている塩基配列に基づいて設定された、Appln. Environ. Microbiol., 58, 2606-2615, 1992に記載されているプライマーGPO-1(配列番号2)が挙げられる。プライマーGPO-1は、配列番号1に示す塩基配列において塩基番号326〜347に相当するセンスプライマーである。
【0024】
第2のプライマーは、16S rRNA遺伝子の、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号1012〜1051に相当する領域においてマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌に保存されている塩基配列に基づいて設定される。第2のプライマーの長さは、通常には、15〜30bpである。このようなプライマーとしては、Appln. Environ. Microbiol., 58, 2606-2615,
1992に記載されているプライマーMGSO(配列番号3)が挙げられる。プライマーMGSOは、配列番号1に示す塩基配列において塩基番号1038〜1012に相当するアンチセンスプライマーである。
【0025】
第2段階のPCRで用いられる第3のプライマー及び第2のプライマーは、その間の塩基配列を増幅できるように、すなわち、一方がセンスプライマーとなり他方がアンチセンスプライマーとなるように設定される。ここで、第2のプライマーは第1段階のPCRで用いられる第2のプライマーと同じである。なお、第2のプライマーは、上記範囲内のものであれば、第2段階のPCRで用いられる第2のプライマーが第1段階のPCRにより得られる増幅産物にプライマーとして対合可能である限り、第1段階のPCRに用いられるものと第2段階のPCRに用いられるものとは塩基配列が相違してもよい。
【0026】
第3のプライマーは、16S rRNA遺伝子の、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号497〜547に相当する領域においてマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌に保存されている塩基配列に基づいて設定される。第3のプライマーの長さは、通常には、15〜30bpである。このようなプライマーとしては、配列番号4に示す塩基配列を有するもの(以下、「プライマーMy-ins」ともいう)が挙げられる。プライマーMy-insは、配列番号1に示す塩基配列において塩基番号520〜545に相当するセンスプライマーである。
【0027】
上記の特定の領域に保存されている塩基配列の選択およびそれに基づくプライマーの設定は、既知のマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌の16S rRNA遺伝子の塩基配列を参考にして当業者に公知の方法で行えばよい。保存されている塩基配列の選択及びプライマーの設定は、コンピューター検索に基づいて行うことでより効率的となる。
【0028】
プライマーは、センスプライマー及びアンチセンスプライマーの一方又は両方について、複数のプライマーを混合したミックスプライマーとして設定してもよい。プライマー設定部分に塩基の変異が存在する場合には、ミックスプライマーを用いることで検出効率を上げることができる。
【0029】
上記プライマーの好ましい例としては、第1のプライマーについては、配列番号2に示す塩基配列を有するプライマー、第2のプライマーについては、配列番号3に示す塩基配列を有するプライマー、第3のプライマーについては、配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーが挙げられる。
【0030】
増幅産物の検出は、アガロースゲル電気泳動及びエチジウムブロマイド染色などの公知の分析方法で行うことができる。通常には、16S rRNA遺伝子の既知の塩基配列と、用いたプライマーの塩基配列とから予測できる長さの増幅産物を検出する。
【0031】
本発明検出方法は、検出感度が高く、培養を経ずに例えば尿等の臨床材料から直接にDNA増幅を行うことが可能であり、迅速な検出が可能となる。また、これまでにヒトからの分離が報告されている全てのマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌を検出できる。
【0032】
<2>本発明同定方法
本発明同定方法は、16S rRNA遺伝子の、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号546〜890に相当する領域から選ばれる、塩基番号648〜845に相当する領域を少なくとも含む塩基配列(以下、「種特異的塩基配列」ともいう)に基づいて分子系統解析を行うことを特徴とする。
【0033】
種特異的塩基配列を得る方法は特に限定されず、例えば、試料から得られるDNAを鋳型とし、種特異的塩基配列を増幅できるように設定されたプライマーを用いてPCRを行い、PCRによって生成する増幅産物の塩基配列を決定することによって得る方法が挙げられる。
【0034】
試料からDNAを得る方法は上記本発明検出方法において説明したのと同様でよい。PCRは、試料から得られるDNAを鋳型とし、公知のPCRの方法に従って行うことができる。
【0035】
菌種の未同定のマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌を含む試料から種特異的塩基配列を得る場合には、上記の本発明検出方法に従って、増幅産物を得ることが好ましい。具体的には、PCRを2段階に行い、第1段階のPCRに配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーとを用い、第2段階のPCRに配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーとを用いることが好ましい。
【0036】
増幅産物の取得は、アガロースゲル電気泳動で分離し、ゲルから切り出して抽出精製するなどの公知の方法で行うことができる。通常には、マイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌の16S rRNA遺伝子の既知の塩基配列と、用いたプライマーの塩基配列とから予測できる長さの増幅産物を取得する。
【0037】
増幅産物の塩基配列の決定は公知の方法によって行うことができる。決定された塩基配列の内、種特異的塩基配列を分子系統解析に用いる。種特異的塩基配列は、分子系統解析において有意な結果が得られる部分であり、上記の範囲内で適切な部分を選択することは当業者であれば容易である。配列番号1に示す塩基配列の塩基番号648〜845に相当する領
域を含まない塩基配列に基づいて分子系統解析を行った場合、分子系統解析の結果の精度が低下し、一方、塩基番号546〜890に相当する領域を超える長さの塩基配列を用いた場合、分子系統解析の効率が低下したり、PCR等でその塩基配列を迅速に得ることが難しくなったりする。種特異的塩基配列の具体例としては、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号599〜849に相当する領域の塩基配列が挙げられる。
【0038】
本発明同定方法において、種特異的塩基配列に基づく分子系統解析は、公知の分子系統解析法によって行うことができる。このような方法としては、Higgins法、ならびに、2−パラメーター法を用いたUPGMA法及び近隣結合法などが挙げられ、また、これらの方法により分子系統解析を行うためのソフトウェアが市販されている(DNASIS(日立ソフトウェアエンジニアリング)、SINCA(富士通)など)。
【0039】
菌種は、分子系統解析においてそれぞれの種の標準株と一定値以上のホモロジーを示す、又は、一定値以上の確率で他の菌種のクラスターと区別されるか否かによって決定できる。一定値とは、分子系統解析により得られた系統樹において各菌種に属する株がそれぞれ単一のクラスターを形成するような値であればよい。例えば、ブートストラップ法において100%の確率で交差することなく単一の菌種のクラスターを形成するような値である。より具体的には80%という値が挙げられる。
【0040】
次に、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、下記実施例は本発明について具体的な認識を得る一助としてのみ挙げたものであり、これによって本発明の範囲が何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0041】
マイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌の検出
マイコプラズマ属細菌(M. fermentans、M. genitalium、M. hominis、M. lipophilum、M. orale、M. penetrans、M. pirum、M. pneumoniae、M. primatum、M. salivarium)およびウレアプラズマ属(U. urealyticum)の培養菌液を準備した。また、男子尿道炎患者(115例)から尿を採取し、使用時まで-80℃で凍結保存した。
【0042】
これらの試料からDNAの抽出を以下の様に行った。凍結しておいた尿を37℃で30分加温した。尿1 mlを15,000×gで30分遠心し、上清を除去した。リン酸緩衝食塩水(pH 7.4)を1 ml加えて沈殿物を十分に懸濁し、再度同条件で遠心した。上清を除去した後、Lysis buffer(10 mM Tris-HCl[pH 8.0], 50 mM KCl, 1.5 mM MgCl2, 0.01%ゼラチン, 0.45% NP-40, 0.45% Tween 20, 0.5% SDS, 0.7 mg/ml Proteinase K)を600μl加え、55℃で2時間インキュベートした。フェノール/クロロホルム処理後、エタノールを加え-20℃に一晩放置した。遠心後、風乾させたDNAを50μlのTE buffer(10 mM Tris-HCl[pH 8.0], 1 mM EDTA)に溶解した。標準株培養菌液からの抽出は、培養菌液5μlを直接Lysis bufferに添加し、以下同様に操作を行った。
【0043】
抽出されたDNAを鋳型として以下のようにPCRを行った。16S rRNA領域のセミネステッド(semi-nested)PCRを行うため、Kuppeveldら(Appl. Environ. Microbiol., 58, 2606-2615, 1992)により16S rRNA領域内に設計されたプライマーGPO-1(5'-ACTCCTACGGGAGGCAGCAGTA-3'(配列番号2))およびMGSO(5'-TGCACCATCTGTCACTCTGTTAACCTC-3'(配列番号3))、並びに、更に検出感度の向上を目的とし新たに設計したプライマーMy-ins(5'-GTAATACATAGGTCGCAAGCGTTATC-3'(配列番号4))を使用した。
【0044】
第1段階のPCR(1st PCR)は、PCR反応液(10 mM Tris-HCl[pH 8.0], 50 mM KCl, 1.5 mM MgCl2, 0.001%ゼラチン, 0.2 mM dNTPs, プライマー[GPO-1, MGSO]各0.5μM, AmpliTaq DNA polymerase[Roche Diagnostic Systems] 1.25 units)40μlに抽出DNA10μl
を加えて、GeneAmp PCR Systems 9600(PERKIN ELMER)を使用し、94℃30秒で変性、64℃30秒でアニーリング、72℃60秒で伸長の条件で40サイクル行った。第2段階のPCR(2nd PCR)は、プライマーにMy-insおよびMGSOを使用したPCR反応液48μlに1st PCRの産物2μlを加え、94℃30秒で変性、60℃30秒でアニーリング、72℃60秒で伸長の条件で35サイクル行った。反応後、PCR産物10μlを3%アガロースゲル電気泳動に付し、エチジウムブロマイドで染色後、紫外線照射により約500 bpのバンドを確認した。
【0045】
この結果、各標準菌株から抽出したDNAについては、11菌種全てにおいて約500 bpのDNAの増幅が確認できた。また、尿道炎患者の一部(45例)の尿からも同様にDNA増幅を確認できた。
【0046】
ヒトからの分離が報告されているマイコプラズマ属の細菌のうち、M. buccale、M. fauciumおよびM. spermatophilumについては本実施例では検出を行わなかったが、ホフマンらの報告(ARTHRITIS & RHEUMATISM, Vol. 40, No. 7, 1219-1228)では、1st PCRに使用したプライマーGPO-1/MGSOでのこれら3菌種の増幅が認められている。さらに新たに設計したプライマーMy-insは、ヒトからの分離が報告されている14菌種内でよく保存されている領域に基づくものであることから、本発明によれば、ヒトからの分離が報告された全てのマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌を増幅できると考えられる。
【0047】
さらに、濃度既知のDNA溶液を用いて検出感度を測定した結果、本条件では10コピーDNA/tubeまで検出できることが分かった。
【0048】
この高い感度から、本発明によれば、培養を経ずに尿等の臨床材料からの直接のDNA増幅が可能であり、迅速な検出が可能となる。
【実施例2】
【0049】
分子系統解析による菌種の同定
実施例1で得られたPCR産物をゲルから抽出し、その塩基配列を、Dye Terminator Cycle Sequencing FS Ready Reaction Kit(PE Biosystems)を使用したダイレクトシークエンス反応後、373A DNAオートシークエンサー(PE Biosystems)で解読した。
【0050】
解読した標準菌株または臨床分離株(尿道炎患者の尿から分離されたもの)の塩基配列、並びに、GenBankに登録されたヒトからの分離報告例のあるマイコプラズマ属13種(M. buccale, M. faucium, M. fermentans、M. genitalium、M.hominis、M. lipophilum、M. orale、M. penetrans、M. pirum、M. pneumoniae、M. primatum、M. salivarium, M. spermatophilum)およびウレアプラズマ属1種(U. urealyticum)の塩基配列について、2-パラメータを用いた近隣結合法(SINCA,富士通)で系統解析を行い、得られた系統樹から菌種の同定を行った。系統樹の分岐の確かさはブートストラップ法を用いて確認した。
【0051】
マイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の14菌種について、GenBankに登録された塩基配列を、16S rRNA領域の約250 bp(菌種により異なる:242〜252 bp)において系統解析した結果、それぞれの菌種が他の菌種とは互いに異なる系統関係を示す系統樹が得られた(図1)。また、この領域の解析で得られた結果は、16S rRNA全長(約1500 bp)の解析で得た系統関係と良く一致し、全長を解析することなく短い約250 bp領域の解析で、効率良く迅速に菌種の分類が可能であることがわかった。
【0052】
本実施例で解読した11標準菌株の塩基配列を、GenBankに登録された塩基配列とともに系統解析した結果、M. penetransを除いて同一菌種は完全に一致した系統関係を示す系統樹が得られた。これらの塩基配列のホモロジーはそれぞれ100%を示した。なお、M. penetransではGenBankに登録された塩基配列と一致した系統関係が示されなかった。しかし、
高いブートストラップ値(100%)でクラスターを形成していることに加え、ホモロジーも99.6%(252塩基中1塩基の相違)と高く、またBLAST(basic local alignment search tool)にて塩基配列を検索したところ、これ以上に高い相同性を持つ菌種は示されなかった。これらのことから、両者はともにM. penetrans由来の塩基配列ではあるが、その一部に変異が生じた系統が異なるものと考えられる。従って、ヒトから採取した臨床材料から新たに解読した塩基配列が、系統解析によりマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の計14菌種のうちいずれかの菌種と完全に同じ系統関係を示した場合、あるいは最も近い菌種と高いブートストラップ値でクラスターを形成した場合には、その菌種として同定することが可能である。
【0053】
尿道炎患者の尿から検出された臨床分離株の塩基配列について系統解析した結果を図2〜図8に示す。
【0054】
臨床分離株は、一例を除いて、M. faucium, M. genitalium, M. hominis, U. urealyticumと完全に系統が一致しており、それぞれのブートストラップ値は84%、96%、99%、100%であった(図2、図3、図5、図6〜8)。また塩基配列のホモロジーは100%で、それぞれの菌種として同定された。
【0055】
U. urealyticumについては、本実施例で解析した領域において3系統の塩基配列がGenBankに登録されており、臨床材料からもそれらと一致した3系統の塩基配列がそれぞれ検出された。U. urealyticumには1型から14型の血清型が報告されており、それと相関を持った複数の遺伝子型が存在しているものと思われる。この領域における系統解析では、14の血清型を二つのグループに分類することも可能であった。
【0056】
臨床分離株の中には、M. genitaliumと同じ系統関係を示すもの(図3)の他に、ブートストラップ値95%でM. genitalimとクラスターを形成するもの(図4)が見られた。この臨床分離株の、M. genitaliumとの塩基配列のホモロジーは99.6%(251塩基中1塩基の相違)であった。また、M. genitaliumと近い系統関係にあるM. pneumoniaeとの塩基配列のホモロジーは98.0%(251塩基中5塩基の相違)であり、両者に対して高い相同性を持っていた。しかしながら、系統解析の結果はM. genitaliumとより近い系統関係を示しており、与えられたブートストラップ値が96%と非常に高いことから、この臨床分離株は明確にM. pneumoniaeとは区別できる。従って、M. genitaliumとクラスターを形成したこの臨床分離株についてもM. genitaliumと同定した。
【0057】
本実施例による尿道炎患者からのマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の細菌の検出状況は以下の通りであった。なお、C. trachomatisは、ロシュ社製クラミジア検出キットを用いてPCR法にて検出した。
【0058】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
16S rRNA遺伝子の、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号546〜890に相当する領域から選ばれる、塩基番号648〜845に相当する領域を少なくとも含む塩基配列に基づいて分子系統解析を行うことを特徴とするマイコプラズマ属およびウレアプラズマ属の菌種の同定方法。
【請求項2】
前記塩基配列が、試料から得られるDNAを鋳型とし、前記塩基配列を増幅できるように設定されたプライマーを用いてPCRを行い、PCRによって生成する増幅産物の塩基配列を決定することによって得られたものである請求項1記載の同定方法。
【請求項3】
前記PCRが2段階で行われ、第1段階のPCRに配列番号2に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーとを用い、第2段階のPCRに配列番号4に示す塩基配列を有するプライマーと配列番号3に示す塩基配列を有するプライマーとを用いる請求項2記載の同定方法。
【請求項4】
分子系統解析に用いられる塩基配列が、16S rRNA遺伝子の、配列番号1に示す塩基配列の塩基番号599〜849に相当する領域の塩基配列である請求項1〜3のいずれか1項に記載の同定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−104379(P2010−104379A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−19975(P2010−19975)
【出願日】平成22年2月1日(2010.2.1)
【分割の表示】特願2000−120018(P2000−120018)の分割
【原出願日】平成12年4月20日(2000.4.20)
【出願人】(591122956)三菱化学メディエンス株式会社 (45)
【Fターム(参考)】