説明

マグネシウム合金部材の締結部材および該締結部材を使用したマグネシウム合金部材の締結構造

【課題】 電食を確実に防止でき、軸力保持効果を確保した低コストのボルトやナット等の締結部材を提供する。
【解決手段】 締結部材であるボルト10は、基材表面の少なくともマグネシウム合金部材1と接触する面に、ポリアミドイミドを主剤とし、それに撥水性の優れた樹脂を含有する樹脂層15を形成している。撥水性の優れた樹脂としては、シリコーン樹脂、フッ素樹脂の一方、または双方が好適である。樹脂層15に含まれるシリコーン樹脂の含有量は、0.0001〜5wt%であることが好ましい。また、樹脂層15に含まれるフッ素樹脂の含有量は、0.5〜50未満wt%であることが好ましい。樹脂層15の厚さは、2〜30μmであると好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マグネシウム合金部材を締結するボルトやナット等の締結部材に係り、特に、マグネシウム合金部材と異なる種類の金属で形成され、締結部分における電気的腐食(電食)を防止する締結部材と、この締結部材を使用した締結構造に関する。
【背景技術】
【0002】
マグネシウム合金部材、例えばマグネシウムホイールを通常の鉄製のボルトやナットを用いて車軸に固定すると、マグネシウムは実用金属中、最も電気的に卑であり、異種金属と接触すると電気的腐食(電食)が問題となる。すなわち、鉄等の異種金属と締結する場合に、電解質を含む水分の存在下においては電食が発生しやすく、部品の欠陥や破損を招く虞があった。特に、自動車のエンジン、トランスミッション、足廻りなどの泥水を被り易く、かつ積雪地域での融雪塩が付きやすい部位においてマグネシウム合金部材を使用すると、電解質(Na、Ca2+、Clなど)の存在下の水分付着で急激に電食が進行し、ボルト締結不良が起きることがある。
【0003】
電食の発生を抑えるために、イオン化傾向の電位差がマグネシウムに近いアルミニウムのボルト、ナットやワッシャを使用することも考えられるが、アルミニウムの使用はコスト的に非常に不利であった。また、アルミニウムのボルト、ナットやワッシャを使用して締結すると、大きな締付けトルクが得られず、使用される個所が制限される問題点がある。そして、所定の締結力を得るためには本数を増やす必要があり、重量が増えると共にコストが上昇し、締結作業も煩雑となってしまう。他の手法として、ボルトの頭部とマグネシウム合金部材との間に樹脂製のワッシャを挟んで締結することもできるが、ボルトの軸力が低下して増し締めが必要となるなど実用的でない。
【0004】
そこで、マグネシウム合金部材を、異種金属の締結部材として鉄等のボルトやナットで締結する際の、マグネシウム合金部材の電食防止構造および電食防止方法として、特許文献1に記載の技術がある。この技術は、締結部材の少なくともマグネシウム合金部材と接触する表面に、電着塗装による第1の被覆層と、この第1の被膜層上にポリテトラフルオロエチレン(PTFE)粒子を分散させた第2の被覆層とを被覆させたものがある。第1の被覆層の材料としては、カチオン系、アニオン系のエポキシ、アクリル、ポリブタジエン、アルキド等の各種樹脂を用いることができるが、材料がカチオン系のエポキシ樹脂であることが好ましく、厚さは5〜50μmであることが好ましいものである。
【特許文献1】特開2003−64492号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、前記特許文献1に記載の技術は、マグネシウム合金部材と接触する表面にエポキシ樹脂やアクリル樹脂等を電着塗装した第1被覆層と、その上にPTFE粒子を分散させた第2の被覆層とを備え、撥水性を有するPTFE粒子が分散されているため、撥水効果が均一にならない問題点があった。特に、野外で使用される自動車においては、雨水や海水および融雪塩等に含まれる電解質の働きにより電食が著しく促進され、締結された部品の欠陥や破損を招く虞があった。
【0006】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、電気的腐食(電食)を確実に防止できるボルトやナット等の締結部材を提供することにある。すなわち、絶縁性が高く撥水性能が均一であり、異種金属間に電流が流れるのを防止する安定した表面層を形成したボルトやナット等の締結部材を提供することにある。また、ボルトやナット等の締結部材において、軸力保持効果を確保した低コストの締結部材と、その締結構造を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成すべく、本発明に係る締結部材は、基材表面の少なくともマグネシウム合金部材と接触する面に、ポリアミドイミドを主剤とし、それに撥水性の優れた樹脂を含有する樹脂層を形成したことを特徴としており、撥水性の優れた樹脂としてはシリコーン樹脂、フッ素樹脂の一方、または双方であることを特徴とする。すなわち、ベースとなる鉄等の金属の表面に、絶縁性が高く、撥水性に優れた樹脂層を形成している。ボルト等の締結部材は全面に樹脂層が形成されていてもよいが、ボルトの場合少なくとも頭部の下面の締結されるマグネシウム合金部材と接触する面だけ樹脂層を形成してあればよい。また、ねじ部を除く頭部の全面に樹脂層を形成してもよい。ナットの場合は少なくとも締結される部材と接触する一方の平面に樹脂層を形成すればよい。
【0008】
前記のごとく構成された本発明の締結部材は、絶縁性に優れ強度の高いポリアミドイミドに、撥水性に優れるシリコーン樹脂、フッ素樹脂の一方、または双方を添加しているため、マグネシウム合金部材を異種金属製の締結部材で締結したとき、異種の金属間に電流が流れるのを防止し電食を防止することができる。また、基材の材質に鉄等を使用できるため締結に必要な十分な軸力を得ることができ、マグネシウム合金部材を所望の個所に強固に締結することができ、コスト上昇を低減できる。
【0009】
また、本発明に係る締結部材の好ましい具体的な態様としては、前記樹脂層に含まれるシリコーン樹脂の含有量は、0.0001〜5wt%であることを特徴としている。さらに、前記樹脂層に含まれるフッ素樹脂の含有量は、0.5〜50未満wt%であることを特徴としている。このように構成された締結部材は、基材の表面に形成された樹脂層の水接触角を大きくとることができ、優れた撥水性を有するため、電食を促進する水分の付着を防止することができる。特に、この締結部材を車両等で使用すると、走行中の振動により水滴を容易に落下させることができ、確実に電食を防止することができる。
【0010】
さらに、本発明に係る締結部材の好ましい具体的な他の態様としては、前記樹脂層の厚さは、2〜30μmであることを特徴としている。このように構成された締結部材は、締結時に加わる圧縮圧力で樹脂層が破壊することがなく、確実に撥水性を発揮させることができ、異種金属間で電流が流れることを防止して電食を防止することができる。樹脂層の厚さが2μmより薄いと十分な絶縁性が得られず、30μmを超えると締結時に破壊されやすく十分な締付け力が得られない。
【0011】
前記樹脂層は、塗装により形成されることが好ましい。特に、焼付け塗装で樹脂層を形成するとより好ましい。この構成によれば、ベースとなる金属基材の表面に容易に樹脂層を形成でき、マグネシウム合金部材との接触部間を容易に絶縁することができると共に、水分の付着を防止することができ、電食を防止できる。
【0012】
本発明に係るマグネシウム合金部材の締結構造は、前記の締結部材を使用し、マグネシウム合金部材を締結する締結構造であって、マグネシウム合金部材に前記樹脂層を接触させて該マグネシウム合金部材を他の部材に締結したことを特徴としている。この構成によれば、マグネシウム合金部材をボルト等の締結部材で締結したときに確実に電食を防止し、大きなコスト上昇を防ぐことができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、マグネシウム合金部材を異種金属である締結部材で締結する際に、電解質を含む水分が存在していても、マグネシウム合金部材と異種金属との間に電流が流れることが防止され、電食が発生することを防止できる。また、締結部材の基材の材質は問われないため、所望の軸力でマグネシウム合金部材を異種金属部材で確実に締結することができる。さらに、コストの低いマグネシウム合金部材の締結構造を達成できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明に係る締結部材の一実施形態を図面に基づき詳細に説明する。図1は、本実施形態に係る締結部材として、(a)はボルトの正面図、(b)はその要部断面図、図2は図1のボルトでマグネシウム合金部材を締結した状態の断面図である。
【0015】
図1,2において、マグネシウム合金部材1を締結する締結部材の1例であるボルト10は、六角柱状の頭部11と円柱状のねじ部12を備えており、ねじ部12の外周にはねじが形成されている。ボルト10は、例えば機械構造用炭素鋼(S45C)等の材料から形成されているが、低炭素のボロン鋼等、特に限定するものではない。また、機械構造用低合金鋼(SCM435、SCr440)等の材料から形成したものでもよい。
【0016】
本実施形態の締結部材であるボルト10で締結するマグネシウム合金部材1は、マグネシウムを含んでいれば特に限定されたものである必要はないが、アルミニウムを5wt%以上含有するものが好ましい。含有量が5wt%未満の場合、マグネシウム合金部材の耐食性が低下し、ボルト等による締結には適さなくなるためである。マグネシウム合金部材1は、ボルト10が貫通孔2に挿通され、異種金属である鉄製の取付部材5のねじ孔6に締結固定される。
【0017】
ボルト10により締結されるマグネシウム合金部材1に含まれるマグネシウムは、実用金属中、最も電気的に卑であり、鉄等の異種金属と接触した際に電流が流れて、電気的(電位差)腐食いわゆる電食が発生しやすい。すなわち、金属をイオン化傾向順に並べるとマグネシウムは実用金属中で最もイオン化傾向が大きく、電子を出しやすい金属であるため異種金属との接触部分で電流が流れ、電食が発生しやすい。この電食を防止するには、マグネシウム合金部材1と、これに接触する鋼等の締結部材10との間を絶縁することが考えられる。
【0018】
絶縁性を付与するため、ボルト10には基材表面の少なくともマグネシウム合金部材と接触する面に樹脂層15が形成してある。2種類の異種金属間に樹脂層15を形成する場合は、絶縁性を安定させるように厚膜化できるものが好ましい。また、ボルト10等の締結部材の表面に撥水性を持たせて、水をはじくことにより鉄とマグネシウムとの間の通電を防止して電食を防止することが考えられる。
【0019】
本実施形態では、ベースとなる鉄製のボルト10の頭部11およびねじ部12の上部の表面に樹脂層15を塗布して形成している。樹脂層15を塗布で形成する場合は焼付け塗装が好ましい。ボルト10への樹脂層15の形成は塗布に限られるものでなく、液状の樹脂をコーティングして形成してもよい。ボルト10の少なくともマグネシウム合金部材1と接触する面、すなわち少なくとも頭部の下面には、樹脂層15を形成する必要がある。なお、樹脂層15はボルトの頭部の全面と共に、ねじ部12を含む全面に形成してもよい。
【0020】
この樹脂層15はポリアミドイミドを主剤とし、シリコーン樹脂、若しくはフッ素樹脂を添加した樹脂組成物で薄膜状に形成されている。この樹脂層15の厚さは、2〜30μmであることが好ましい。2μm未満であると、締結時に樹脂層が破壊されやすく、絶縁状態が維持できない。また、30μmを超えると、締結時に所定の軸力を保持することができない。塗装を施す前に、鉄製のボルト10の表面に亜鉛めっきや亜鉛ニッケルめっき等のめっき処理を行うと耐食性をさらに向上させることができて好ましい。
【0021】
樹脂層15としては摩擦係数が低くて安定していることが好ましく、これにより締結時に安定した軸力が得られ、締付けトルクが安定する。樹脂層の耐久性は高いことが望まれ、これにより締結時に安定した軸力が得られると共に、ボルト10等の締結部材の再利用が可能となる。また、樹脂層の硬度は引っかき、押し付け共に高いことが好ましい。樹脂層の摩耗量は少ないことが望まれ、磨耗量が少ないと何回でも再使用することができる。樹脂層の基材となるベース金属に対する密着性は高いことが好ましく、このためには適度な伸び性を有することが好ましい。
【0022】
このような観点から、図3bに示す試験で各種の樹脂を検討したところ、図3aに示すような測定結果が得られた。図3aから明らかなように、ポリアミドイミド(PAI)が各種の測定で電食を防止するのに好ましい樹脂層を形成できることが判明した。すなわち、絶縁破壊電圧は24kV/mmと大きく、摩擦摩耗試験では摩擦係数μは0.22と低くて安定しており、引張り強度は152MPaと高い数値を示した。また、鉛筆硬度では5Hで硬く引っかきに強く、ロックウェル硬度は127で十分の数値を示した。特に、エポキシ樹脂の絶縁破壊電圧と比較すると耐圧が極めて高く、電食を効果的に防止できるものであり、摩擦係数や引張強度等と合わせて、軸力保持効果の優れたものである。
【0023】
そして、基材のベース金属との密着性を示す碁盤目試験では100%剥がれなかった。この碁盤目試験とは、基材表面に樹脂層を塗布し、カッターで縦横に切り込みを入れて切断し、表面にテープを貼り付けて引き剥がし、剥がれた面積を表したものである。さらに、摩擦摩耗試験では、0.16mmであり、摩耗が極めて少ないことが判明した。伸び率の測定では、15%程度であり適度な伸び率であった。このように適度の伸びが可能であるため、樹脂層とベースとなる金属基材との密着性が良好となって、衝撃等による剥離が防止される。
【0024】
このように、電食を防止するのに好ましいと判断されるPAIについて、インパクト性能と、冷熱サイクル性能を検討する試験を行った。インパクト性能試験は、ボルトを60Nmで締付けたとき、コーティングされた樹脂層の割れが発生するまでの回数を測定した。試験結果を示す図4から明らかなように、同一条件で締付けた各種の樹脂層と比較してPAIは30回と最良の結果であった。この結果から明らかなように、PAI樹脂層が形成された締結部材は、再使用しても樹脂層が破壊せずに30回程度、使用できることを示している。また、冷熱サイクル性能試験は、−40〜150℃の冷熱サイクルを繰り返し、樹脂層に割れが発生する回数を測定した。図5の試験結果から明らかなように、PAIは300回繰返しても割れが発生せず、他の樹脂と比較して格段の性能を示す最良の結果であった。
【0025】
本発明のボルト10の表面に形成される樹脂層15は、PAIを主剤とし、シリコーン樹脂、若しくはフッ素樹脂を含有している。シリコーン樹脂やフッ素樹脂は撥水性に優れており、マグネシウム合金部材とボルト10等の異種金属との間に水分が付着するのを防止して、電流が流れるのを防止し、電食を防いでいる。シリコーン樹脂の含有量は、重量比で0.0001wt%(1ppm)〜5wt%であることが好ましい。シリコーン樹脂の含有量が5wt%を超えると、図6に示すように、樹脂層とベース金属である基材との密着性が低下して、樹脂層が剥離しやすく再使用が不可能となる。シリコーン樹脂の含有量が1ppm未満の場合、水接触角が小さくなり撥水性能が低下する。
【0026】
この範囲内のシリコーン含有量とすることで、ボルト10の表面と樹脂層15との良好な密着性を確保できると共に、樹脂層15の水接触角が大きく撥水性を所定のレベルに保つことができる。すなわち、シリコーン樹脂の含有量を増やせば撥水性は向上するが、ベース金属との密着性は低下するため、この範囲内のシリコーン樹脂を含有させることで、樹脂層15の表面において、図6に示されるように水接触角が90〜130度の撥水性を確保した状態で、ベースのボルト10と90〜100%の密着性を確保することができる。
【0027】
シリコーン樹脂の組成としては、以下の(化1)に示される組成のものが好ましい。
なお、(化1)において、R:CH−,CH−CH−…
:CH−,CH−CH−…
0<x≦5、0<y≦5、0<x+y≦8である。
【0028】
【化1】

【0029】
また、樹脂層15を形成する樹脂組成物において、含有されるフッ素樹脂量は0.5〜50未満wt%であることが好ましい。この範囲内のフッ素樹脂含有量とすることで、ボルト10の樹脂層面と、ベース金属である基材との良好な密着性を確保できると共に、水接触角が大きく撥水性を所定のレベルに保つことができる。フッ素樹脂の場合も、前記の範囲内の含有量とすることで、撥水性と密着性を確保できる。すなわち、図7に示されるように、水接触角を100〜120度とすると共に、基材との密着性を95〜100%とすることができる。また、フッ素樹脂を含有する場合は、添加量を大きくしても広い範囲で高い密着性を確保することができる。フッ素樹脂を含有する場合も、シリコーン樹脂を含有する場合と同様に、撥水性を確保した状態でベースのボルト10との高い密着性を確保できる。
【0030】
本実施形態では、樹脂層15を形成する樹脂として、主剤としてのPAIを80〜50%とし、シリコーン樹脂を0.0001〜5wt%、若しくはフッ素樹脂を0.5〜50未満wt%含有し、塗膜改質材としてエポキシシランを微量添加している。そして、溶剤として、n−メチル2ピロリドンを10wt%、ジメチルアセトアミドを10wt%、ダイアセトナルコールを微量添加している。なお、塗膜改質材や溶剤は必ずしも必要でない。
【0031】
なお、撥水性については、自動車の走行中の振動等で水滴が落下可能な角度として、水接触角が90度以上であることを1つの目安とした。また、シリコーン樹脂やフッ素樹脂の添加により下地である基材との密着性が低下するため、基材と樹脂層との密着性が低化しない含有量の範囲を設定した。本実施形態の樹脂層15は、水の接触角が90〜130度程度で、一般的な塗装の水接触角が0〜20度であることと比較すると、撥水性が極めて高いことがわかった。
【0032】
このように、樹脂層15の主剤となるポリアミドイミド(PAI)は絶縁性に優れており、主剤の絶縁性と添加されるシリコーン樹脂やフッ素樹脂の撥水性の両方を兼ね備える樹脂層を形成することでマグネシウム合金部材1とボルト10との接触部における電食を効果的に防止することができる。すなわち、PAIの絶縁性と、シリコーン樹脂若しくはフッ素樹脂の撥水性とにより、マグネシウム合金部材と締結部材であるボルトとの通電が防止され、電食が確実に防止されるのである。
【0033】
前記の如く構成された本実施形態のボルト10の締結動作について以下に説明する。マグネシウム合金部材1の貫通孔2に本実施形態のボルト10を挿通して取付部材5のねじ孔6にねじ込んで締結すると、ボルト10の表面すなわちマグネシウム合金部材1と接触する面に形成された樹脂層15でボルト10とマグネシウム合金部材1との間は絶縁状態となる。樹脂層15の主剤であるPAIは絶縁性に優れて電気を通さず、樹脂層に含有されたシリコーン樹脂が撥水性に優れており水分の付着を防止するため、ボルト10とマグネシウム合金部材1との間に電流が流れず、電食が確実に防止される。また、ボルト10の表面に形成された樹脂層15は摩擦係数が低くて安定しているため、軸力保持効果が大きく安定した状態で締結することができる。
【0034】
このように樹脂層15を形成したボルト10でマグネシウム合金部材1を締結したときの電食による腐食量を図8bに示す塩水噴霧試験で時間の経過に基づいて測定したところ、図8aに示す結果が得られた。図8aにおいて、▲は本実施形態のボルトでマグネシウム合金部材を締結したときの腐食量を示し、○はマグネシウム合金部材を締結しない状態、すなわちマグネシウム合金部材のみの場合の腐食量を示している。また、◇はPAIを用いずフッ素樹脂コートのみを施したボルトによる締結での腐食量を示し、*はエポキシ樹脂コートを施したボルトによる締結での腐食量、●は通常のボルト、すなわち何の処理も施さないボルトで締結した場合の腐食量を示している。
【0035】
図8aから明らかなように、本実施形態のボルト10によるマグネシウム合金部材1の締結では、時間の経過に伴う電食による腐食量が、マグネシウム合金部材1のみで締結していない場合と同等であることが分かった(▲、○)。これに対して、◇、*で示すように、フッ素樹脂コーティング処理、エポキシ樹脂コーティング処理をしたボルトで締結した場合は、腐食量が約3倍となった。さらに、●で示すように、何も処理していない通常のボルトで締結した場合は、▲に対して腐食量が4倍強となった。
【0036】
また、本実施形態のボルトのコストは、図9に示すように通常のボルトを100とした場合、100強と僅かなコストアップであるのに対し、電食を防止するためにアルミニウムのボルトを使用した場合は350程度と大幅なコストアップとなった。そして、通常のボルトにアルミニウム製のワッシャーを挟んで締結する場合のコストは180〜190程度となり、大きなコスト上昇となった。このように本実施形態のボルト10は、少ないコストアップで確実に電食を防止してマグネシウム合金部材1を異種金属であるボルトに接触した状態で締結できることが明らかである。
【0037】
前記した実施形態では、シリコーン樹脂を含有する樹脂層を形成したときについて述べたが、基材の表面にフッ素樹脂を含有する樹脂層を形成したときも、シリコーン樹脂と同様の効果を奏し、優れた絶縁性や締結に必要な十分な軸力は主剤としてのPAIにより達成され、優れた撥水性はフッ素樹脂により達成される。この結果、フッ素樹脂を含有する場合でも、電食を確実に防止でき、大きな軸力保持が可能なマグネシウム合金部材の締結を達成できる。
【0038】
つぎに、本発明の他の実施形態を図10に基づき詳細に説明する。図10は本発明に係る締結部材の他の実施形態でマグネシウム合金部材を締結する状態の断面図である。なお、この実施形態は前記したボルトの実施形態に対し、締結部材はナットであることを特徴とする。そして、他の実質的に同等の構成については同じ符号を付して詳細な説明は省略する。
【0039】
図10において、締結部材であるナット20は、前記の実施形態と同様に機械構造用炭素鋼等で形成されている。ナット20は取付部材25に接合するマグネシウム合金部材1をボルト26と共に締結するものである。ナット20にはマグネシウム合金部材1と接触する底面に樹脂層21が形成されている。この樹脂層21は、PAIを主剤とし、シリコーン樹脂、フッ素樹脂の一方、または双方を含有する樹脂をコーティングして形成している。コーティング厚さは2〜30μmが好ましい。なお、ボルト26は植込ボルトでもよく、ナット20の樹脂層21はナットの全面に形成してもよい。
【0040】
このように樹脂層21が形成されたナット20のねじ孔22に、ボルト26のねじ部27をねじ込んでマグネシウム合金部材1を締結すると、ナット20の下面とマグネシウム合金部材1の上面とは樹脂層21で絶縁が保たれているため、ナット20とマグネシウム合金部材1との間に電流が流れず電食が防止される。また、樹脂層21は撥水性に優れているため、水滴等が付着しても容易に脱落し、水滴を通してマグネシウム合金部材1とナット20間に電流が流れることが防止される。ナット20の下面に形成された樹脂層21は摩擦係数が低くて安定しているため、マグネシウム合金部材1を大きな締付けトルクで確実に締結することができる。さらに、樹脂層21は硬度が高く、密着性が良好なため再使用しても樹脂層は剥離することがなく、複数回の使用が可能となる。
【0041】
以上、本発明の一実施形態について詳述したが、本発明は、前記の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の精神を逸脱しない範囲で、種々の設計変更を行うことができるものである。例えば、締結部材としてはボルトの他に、ナットやリベットでもよいことは勿論である。また、ボルトとしては、六角ボルトの他に、六角穴付ボルト等でもよく、プラスねじやマイナスねじ等でもよい。
【0042】
また、締結部材がナットである場合、ねじ孔の内部にもPAIを主剤とし、シリコーン樹脂、若しくはフッ素樹脂を含有する樹脂層を形成してもよく、ナットの全面を塗膜で覆うように構成してもよい。さらに、図10において、ナット20のみに樹脂層21を形成したが、ボルト26にも樹脂層を形成してもよい。
【0043】
前記した実施形態では、樹脂層にシリコーン樹脂を含有する場合と、フッ素樹脂を含有する場合について述べたが、シリコーン樹脂とフッ素樹脂の双方を含有し、撥水性を高めるように構成してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の活用例として、マグネシウムホイール等のマグネシウム合金部材をボルト等で締結する他に、マグネシウム合金部材で形成したフレームにアルミニウム板等の異種金属板材をリベット等で締結固定することにも適用でき、マグネシウム合金部材の部品を締結することに限らず、車両等のボディ構造の締結用途にも適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】(a)は本発明に係る締結部材であるボルトの一実施形態の正面図、(b)はその要部断面図。
【図2】図1のボルトでマグネシウム合金部材を締結した状態の断面図。
【図3】(a)は図1のボルトに形成する樹脂層として使用する各種樹脂の測定結果を示す表図、(b)は(a)の試験法を示す表図。
【図4】各種樹脂のインパクト性能試験の測定結果を示すグラフ図。
【図5】各種樹脂の冷熱サイクル性能試験の測定結果を示すグラフ図。
【図6】ポリアミドイミドに添加するシリコーン樹脂の添加量と水接触角および密着性を示すグラフ図。
【図7】ポリアミドイミドに添加するフッ素樹脂の添加量と水接触角および密着性を示すグラフ図。
【図8】(a)は本発明のボルトによる締結構造と他の締結構造との腐食量の比較を示すグラス図、(b)は(a)の試験法を示す表図。
【図9】本発明のボルトと通常のボルトおよび他のボルトとのコスト比較を示すグラフ図。
【図10】本発明に係る締結部材の他の実施形態による締結構造を示す断面図。
【符号の説明】
【0046】
1:マグネシウム合金部材、10:ボルト(締結部材)、15:樹脂層、20:ナット(締結部材)、21:樹脂層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材表面の少なくともマグネシウム合金部材と接触する面に、ポリアミドイミドを主剤とし、それに撥水性の優れた樹脂を含有する樹脂層を形成したことを特徴とする締結部材。
【請求項2】
前記樹脂層に含有される撥水性の優れた樹脂は、シリコーン樹脂、フッ素樹脂の一方、または双方であることを特徴とする請求項1に記載の締結部材。
【請求項3】
前記樹脂層に含まれるシリコーン樹脂の含有量は、0.0001〜5wt%であることを特徴とする請求項1または2に記載の締結部材。
【請求項4】
前記樹脂層に含まれるフッ素樹脂の含有量は、0.5〜50未満wt%であることを特徴とする請求項1または2に記載の締結部材。
【請求項5】
前記樹脂層の厚さは、2〜30μmであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の締結部材。
【請求項6】
前記樹脂層は、塗装により形成されることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の締結部材。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の締結部材を使用し、マグネシウム合金部材を締結した締結構造であって、
マグネシウム合金部材に前記樹脂層を接触させて該マグネシウム合金部材を他の部材に締結したことを特徴とする締結構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−77953(P2006−77953A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−265575(P2004−265575)
【出願日】平成16年9月13日(2004.9.13)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】