説明

マグネットワイヤ用銅線の製造方法

【課題】本発明の目的は、皮剥加工時の鋳造線材の強度を向上させることによって切削性を向上させ、厚皮剥ぎ加工を可能とするマグネットワイヤ用銅線の製造方法を提供することにある。
【解決手段】本発明は、銅溶湯を引き上げて鋳造線材を形成し、該鋳造線材をダイスを用いて皮剥ぎ加工するマグネットワイヤ用銅線の製造方法において、前記鋳造線材を冷間圧延によって伸線加工を行った後に前記皮剥ぎ加工することを特徴とするマグネットワイヤ用銅線の製造方法にある。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なマグネットワイヤ用銅線の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
通信ケーブルやエナメル線は、自動車用部品やモーター部品など様々な用途で使用されている。これらの導体として、主にタフピッチ銅が用いられている。近年では、導体に低耐力、高導電率、高耐熱性が求められ、特にエナメル線では高い溶接性が求められる。しかし、主にエナメル線の導体として使用されているタフピッチ銅は、酸素を通常200〜500ppm含有しているため、水素脆化が発生しやすい。
【0003】
水素脆化とは、水素雰囲気中で銅線を加熱した場合、含有する酸素と結合して水蒸気が発生し、粒界に多数の微小気泡が発生して粒界割れが生じる現象である。この水素脆化により、外観不良や曲げ性が低下するため、タフピッチ銅は溶接性が悪い。そのため、自動車用部品やモーター部品用のエナメル線導体には、水素雰囲気中の加熱でも酸素含有量が20ppm以下(0.002mass%以下)とする脆化を生じず、溶接性が良好な無酸素銅線が使用されている。また、無酸素銅線はタフピッチ銅に比べ、高導電率、高耐力、高耐熱性を有することも特徴である。
【0004】
無酸素銅線の一般的な製造方式として、上方引上連続鋳造方式が挙げられる。上方引上連続鋳造方式は、特許文献1、2に示されるように、上方引上連続鋳造設備を用いて無酸素銅溶湯から直接銅線を引き上げる製造方式である。
【0005】
又、特許文献1においては、上方引上連続鋳造方式によって得られた荒引線を引抜ダイスにより加工度30〜40%に伸線加工後、すくい角20°の皮剥ぎダイスを用いて線材表面から0.15mmの深さに皮剥ぎ加工を行うことが示されている。
【0006】
又、特許文献2においては、上方引上連続鋳造方式によって得られた荒引線を伸線装置により加工度30〜40%に伸線加工後、すくい角20〜35°の皮剥ぎダイスを用いて線材表面を皮剥ぎ加工を行うことが示されているが、具体的な伸線装置は示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−297785号公報
【特許文献2】特開2010−23091号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上方引上連続鋳造方式により製造された無酸素銅荒引線には、線の表面にオシレーションマークと呼ばれる欠陥がある。この上方引上連続鋳造方式では、製造段階で多段的に引上→冷却・凝固→引上を繰り返すため、凝固時に凝固した部分と溶銅の境目に欠陥(オシレーションマーク)が生じてしまう。
【0009】
又、荒引線での表面欠陥は、伸線過程で引き伸ばされ、ワレやカブリの原因となる。ワレやカブリは、エナメル塗料塗布時に空気や異物を巻き込み、エナメル被覆割れや絶縁均一性不良などの外観不良の原因となる。
【0010】
このような鋳造時の表面欠陥や異物を除去するため、通常荒引線を伸線する前に皮剥加工を行う。この皮剥加工では、絞り加工後に導体の外殻から全周0.1mmの皮を剥ぎ、欠陥や酸化皮膜などの異物を除去している。
【0011】
オシレーションマークは、表面から平均0.08mmの深さのため、皮剥ぎ加工で除去できるが、鋳造時に生じるオシレーションマークの深さを制御することは現行技術では難しく、皮剥厚さ以上の欠陥が鋳造時に生じることもある。例えば、0.1mmを越える欠陥が存在する場合ある。この場合では、通常の皮剥ぎ加工では欠陥を除去しきれないという問題もある。
【0012】
タフピッチ銅では、導体の表面から全周0.2mm以上の皮を剥ぐ厚皮剥ぎ加工がある。この厚皮剥ぎ加工では、通常の皮剥ぎ加工では除去しきれない深い表面欠陥や異物を除去できる。しかし、上方引上連続鋳造方式により製造された無酸素銅は、タフピッチ銅に比べ結晶組織が大きく、強度が低いため、切削性が悪く厚皮剥ぎ加工には不向きである。なお、切削性とは、材料を切る、削るなどにより形状を変える際の加工のしやすさのことである。
【0013】
そして、いずれの特許文献においても、皮剥ぎ工程での切削性を向上させるために、加工度30〜40%の伸線加工を行い、その後に皮剥ぎ加工が行われるが、無酸素銅線の厚皮剥ぎ加工を行う場合、通常の伸線加工では強度向上が不十分という問題がある。
【0014】
本発明の目的は、皮剥ぎ加工時の鋳造線材の強度を向上させることによって切削性を向上させ、厚皮剥ぎ加工を可能とするマグネットワイヤ用銅線の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、銅溶湯を引き上げて鋳造線材を形成し、該鋳造線材をダイスを用いて皮剥ぎ加工するマグネットワイヤ用銅線の製造方法において、前記鋳造線材を冷間圧延によって伸線加工を行った後に前記皮剥ぎ加工することを特徴とする。
【0016】
前記冷間圧延においては、断面減少率で、25〜75%の加工を行うこと、又、前記冷間圧延により加工した前記鋳造線材をその全周で深さ0.15mm〜0.50mm、より0.16mm〜0.30mmの皮剥ぎ加工を行うことが好ましい。
【0017】
即ち、本発明は、エナメル線やケーブル線の導体として、上方引上連続鋳造方式により製造された無酸素銅荒引線を母線として用いて、皮剥ぎ加工前に冷間圧延加工を行うことにある。
【0018】
(荒引線の製造)
本発明における荒引線としての鋳造線材は、上方引上連続鋳造方式を用いて無酸素銅溶湯から直接銅線を製造する方式が好ましく、電気銅を溶解炉に投入し、溶けた銅を保持炉に流し、この保持炉の無酸素銅溶湯から、溶銅湯面に配した鋳型から上方に引き上げて冷却・凝固させ、無酸素銅荒引線として連続的に製造される。
【0019】
(冷間圧延による伸線加工)
この無酸素銅荒引線は、反対方向に回転する二方一対ずつの圧延ローラーを通して、線の上下左右から縦→横と熱を加えずに圧延し、断面積を減少させる冷間圧延加工によって加工される。加熱しない理由として、熱が加わった状態で無酸素銅線の圧延加工を行うと、無酸素銅線が軟化してしまい、圧延加工による強度向上の効果が得られなくなるためである。
【0020】
無酸素銅荒引線の断面積と圧延後の無酸素銅線の断面積との割合を減面率として、この減面率が30%〜75%となるように冷間圧延加工する。減面率を次式に示す。
【0021】
減面率(%)={無酸素銅線の断面積(mm)/無酸素銅荒引線の断面積(mm)}
×100
【0022】
(皮剥ぎ加工)
皮剥ぎ加工前に冷間圧延された無酸素銅荒引線に、無酸素銅荒引線表面に回転する3本のバイトを0.05mmの深さに差し込み、全周0.05mmの螺旋状の溝を入れることが好ましい。このスパイラルカット加工は、後工程での無酸素銅線表面の皮を剥ぎやすくする目的がある。この後、皮剥ぎダイスを通して、無酸素銅荒引線の全周を0.15mm以上の厚さで皮を剥ぐ。無酸素銅線の表面から全周0.15mm未満の皮剥ぎ加工では、鋳造時の欠陥や異物を除去しきれない。また、全周0.50mm以上の皮剥ぎ加工では、剥いだ銅の屑量が多くなり、歩留(母料重量に対する製品重量の割合)が悪くなる。
【0023】
本発明においては、無酸素銅荒引線の線径をφ8mm〜φ12mmの範囲とすること、無酸素銅荒引線の冷間圧延回数は2回以上とすること、冷間圧延した無酸素銅線の皮剥ぎ加工時の皮剥ぎ厚みを全周で0.16mm〜0.30mmの範囲とすること、皮剥ぎ加工の前に冷間圧延加工を行うため、線の形状は丸線、平角線とすることが好ましく、冷間圧延方法として駆動式又は非駆動式のいずれも使用可能で、二方ロールや三方ロールなどの圧延ロールやその他の圧延加工でも適用可能である。
【0024】
無酸素銅線に限らず、無酸素銅線よりも材質的に母材の切削性が悪く、皮剥ぎ加工に不向きな銅材料にも適用可能である。
【0025】
本発明において、皮剥ぎ加工前に冷間圧延加工によって伸線加工を行うことで、皮剥ぎ加工時の切削性が向上するメカニズムは以下の3点が考えられる。
(1)圧延ロールによる冷間圧延加工によって伸線加工を行うことにより、ダイス加工によるよりも銅荒引線材の内部まで結晶粒が微細化される。
(2)材料の内部まで結晶粒が微細化されることで、銅荒引線材の強度が向上する。
(3)材料の強度が向上したことで、より厚く皮を剥ぐことが可能となり、切削性が向上する。
【0026】
以上の本発明におけるこの皮剥加工前に冷間圧延加工による伸線加工を行うことで、皮剥ぎ加工時の強度を向上させることにより切削性が向上するため、特に全周で深さ0.2mm以上の厚皮剥ぎ加工を行うことができ、その結果、エナメル線での粒不良及び絶縁均一性不良などの外観不良を低減できる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、皮剥ぎ加工時の鋳造線材の強度を向上させることによって切削性を向上させ、厚皮剥ぎ加工に適したマグネットワイヤ用銅線の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本実施例の上方引上連続鋳造方式(UPCAST方式)の装置構成を示す正面図である。
【図2】本発明に係る冷間圧延加工によって伸線加工(a)と皮剥ぎ加工(b)を示す要部断面図である。
【図3】皮剥ぎ加工前のスパイラルカット加工を示す要部断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
図1は、本発明において用いられる上方引上連続鋳造方式(UPCAST方式)により無酸素銅線(荒引線)を製造する装置の概略図である。
【0030】
上方引上連続鋳造装置10は、電気銅を溶解する溶解炉(例えば、電気炉)11と、溶解炉11で溶解された銅溶湯12が溶湯樋13を介して流入する保持炉(例えば、電気炉)14と、下部が保持炉14内の溶銅湯面下に侵入される鋳型15を有する鋳造装置16と、鋳型15内を通過する銅溶湯12を冷却するための冷却水が流れる冷却水通路17と、鋳型15内で冷却、凝固させた銅溶湯12を無酸素銅の荒引線材(鋳造線材)18として上方に引き上げるための引上装置19とを有し、荒引線材18が引上装置19により上方に間欠的又は連続的に引き上げられ、荒引線材18が製造される。溶解炉11内及び保持炉14内の溶銅湯面には、銅溶湯12の酸化を防止するための酸化防止剤20が配置される。
【0031】
本実施例においては、電気銅を溶解炉11に投入して1185℃、保持炉14では1145℃で溶解する。保持炉14の溶銅表面から上方に引上装置19を用いて、鋳造速度4.7m/min、冷却水温27℃、冷却水量50L/minの条件で引き上げ、冷却・凝固させる。酸素量10ppm以下、平均結晶粒径200μmに制御した線径φ8mmの荒引線材18を連続的に製造した。
【0032】
上方引上連続鋳造装置10により製造される無酸素銅の荒引線材18は、1100〜1200℃の銅溶湯を速度4〜5m/minで連続的に引き上げることで、表層の結晶粒サイズが200〜300mmとなる無酸素銅の荒引線材18(本実施形態では、線径Φ8mm)を得ることができ、また、溶解炉11内及び保持炉14内の溶銅湯面に酸化防止剤20を配置することで、酸素含有量が0.001mass%以下(10ppm以下)となる無酸素銅の荒引線材18を得ることができる。
【0033】
ここで上方引上連続鋳造装置10により鋳造した無酸素銅の荒引線材18の表層における結晶組織は、線材表面から線材内部へ向かって伸びている柱状晶組織であるために、細長い結晶粒となる。そこで、本実施形態では、表層における線材長手方向の結晶粒長さの平均値を前記結晶粒サイズとした。
【0034】
なお、溶解炉11と保持炉14の溶銅表面には、酸化防止剤20が設けられており、銅溶湯12が空気と接触し酸化することを防ぐ効果と溶銅から酸素を吸収して酸素量を低減する効果がある。また、溶湯樋13では溶湯樋13内通過中の酸化と、酸素の含有を防ぐため窒素ガスを封入した。
【0035】
図2は、本発明による冷間圧延加工(a)と皮剥ぎ加工(b)を示す要部断面図である。この荒引線材18を反対に回転する二方一対の圧延ローラーの間で、上下左右から縦→横と2回圧延することで、φ6.7mmの線を製作した。この減面率は70%であった。この無酸素銅線を用いることにより、皮剥ぎダイス21(皮剥装置)を用いて、その全周を厚さで0.2mmの皮剥加工を行うことができ、φ6.3mmの線を製作することができた。
【0036】
皮剥ぎ加工に用いる皮剥ぎダイス21は、線材が通過するダイス孔22が形成されたダイス本体23と、ダイス孔22の線材入口側に配設された切れ刃24とから構成されている。ダイス孔22は、線材の進行方向に向かい拡径するテーパー状に形成されている。皮剥ぎダイス21は、切れ刃24のすくい角θを20〜35°とするのが好ましい。すくい角θとは、線材長手方向と直交する方向に対する切れ刃24の刃面24aの角度である。
【0037】
図3は、皮剥ぎダイス通過前にバイトにてスパイラルカット加工を行う要部断面図である。スパイラルカット加工は、無酸素銅線表面に回転する均等に配置した3本のバイト26を差し込み、その表面に3本の螺旋状の溝を入れ、銅線表面の皮を剥ぎやすくするための加工である。
【0038】
次に、皮剥ぎ加工した線材を所定の線径(本実施形態では、線径φ2.6mm)まで伸線装置により伸線加工した後、伸線加工した線材を焼鈍し、その後、焼鈍した線材を丸線或いは平角線に加工することにより、マグネットワイヤ用銅線が得られる。
【0039】
最後に、マグネットワイヤ用銅線(導体)上に樹脂被覆層を2層に被覆し焼き付けてマグネットワイヤを製造した。
【0040】
以上のように、本実施例によって、皮剥ぎ加工前の冷間圧延加工による伸線加工により荒引線材は、その内部まで結晶が微細化されることで強度が向上し、強度が向上したことで、より厚く皮を剥ぐことが可能となり、深い表面欠陥や異物を除去することができ、その結果、絶縁被覆電線製造時において絶縁被覆に膨れなどの欠陥のないマグネットワイヤを得ることができた。
【符号の説明】
【0041】
10…上方引上連続鋳造装置、11…溶解炉、12…銅溶湯、13…溶湯樋、14…保持炉、15…鋳型、16…鋳造装置、17…冷却水通路、18…荒引線材、19…引上装置、20…酸化防止剤、21…皮剥ぎダイス、22…ダイス孔、23…ダイス本体、24…切れ刃、24a…刃面、25…冷間圧延ロール、26…バイト。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅溶湯を引き上げて鋳造線材を形成し、該鋳造線材をダイスを用いて皮剥ぎ加工するマグネットワイヤ用銅線の製造方法において、前記鋳造線材を冷間圧延によって伸線加工を行った後に前記皮剥ぎ加工することを特徴とするマグネットワイヤ用銅線の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、前記冷間圧延により断面減少率で、30〜75%の加工を行うことを特徴とするマグネットワイヤ用銅線の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記皮剥ぎ加工を前記鋳造線材の全周で行ない、その加工深さが0.15mm〜0.50mmであることを特徴とするマグネットワイヤ用銅線の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−240081(P2012−240081A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−112143(P2011−112143)
【出願日】平成23年5月19日(2011.5.19)
【出願人】(592178381)日立製線株式会社 (20)
【Fターム(参考)】