説明

メタクリル酸メチルの精製方法

【課題】 簡便で設備投資の負担が少なく、かつ効果的にメタクリル酸メチルに含まれている着色起因不純物を除去し、耐候性および透明性に優れたメタクリル酸メチルおよびその樹脂成型物を提供すること。
【解決手段】 粗メタクリル酸メチルを蒸留精製するに際して精製されたメタクリル酸メチルを蒸留塔上部から取得する蒸留方法において、精製されたメタクリル酸メチルを取得する位置よりも下部に、酸性物質を、メタクリル酸メチルに対して10〜1000ppmで注入することを特徴とする、メタクリル酸メチルの精製方法が開示される。本発明の精製方法により、着色のないメタクリル酸メチル液体製品および樹脂成型物を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メタクリル酸メチルの精製方法に関する。より詳細には、本発明は、メタクリル酸メチルに含まれる着色起因不純物を化学的および物理的方法を組み合わせて除去して、着色のないメタクリル酸メチルを得る方法を提供する。
【背景技術】
【0002】
メタクリル酸メチルは耐候性、透明性に優れた樹脂成型品の原料として有用であり、その製法は大きく分けて2つの方法が知られている。一つは、アセトンシアンヒドリンを硫酸を用いてアミド化したのちメタノールを加えてメタクリル酸メチルを得る方法である。他の一つは、イソブチレンを酸化してメタクロレインを得たのち、直ちにメタノールを加えて酸化エステル化するか、あるいは再度酸化してメタクリル酸を得たあとでエステル化してメタクリル酸メチルを得る方法である。いずれの製造方法においても、多様な反応副生物が発生するので、これらの反応副生物を除去して精製されたメタクリル酸メチルを得るために各種の工夫が提案されている。
【0003】
なかでも、メタクリル酸メチルのもっとも重要な性質である耐候性と透明性を損なう着色成分の除去は重要な技術に属する。たとえば、アセトンシアンヒドリン法によるメタクリル酸メチルの精製法において、エチレンジアミン等の非芳香族1,2−ジアミンを、蒸留すべきメタクリル酸メチルに含まれる着色起因不純物であるジアセチル1モルあたり1〜200モルの量で加えて、反応時間として少なくとも10分とすることで、ジアセチルを0.1ppm以下にする方法が提案されている(特許文献1)。しかしながらこの方法では、加えるアミン類が過剰の場合には、製品メタクリル酸メチル中にアミンが残留して、樹脂成型品にした段階でアミン成分による着色を引き起こすおそれがあり、逆にアミンの量が少ない場合には、残存するジアセチルによる着色を引き起こすおそれがあるので、両成分の厳密な制御が必要であり実用性に問題がある。
【0004】
ケトン類を含む粗メタクリル酸メチルを蒸留する際に、留出液を酸性触媒に接触させて分解する方法が提供されている(特許文献2)。しかしながらこの方法では、留出液を酸性触媒を用いて処理するための反応器が必要になることに加えて、製品メタクリル酸メチルを蒸留塔の下部から取り出すので、高沸点不純物の同伴が避けられないので、製品取得のためにさらに蒸留塔を追加する必要があり、設備費が高くなるという問題がある。また、着色原因物質を含む(メタ)アクリル酸エステルをアミノ基含有化合物で処理する工程のあとに、強酸性イオン交換樹脂で処理する方法が提案されている(特許文献3)。しかしながらこの方法では、処理するための反応工程が別途必要であり設備費がかさむという問題がある。
【0005】
このようにメタクリル酸メチルに含まれる着色起因不純物を簡便な方法で効果的に除去する方法は、いまだ見出されていないのが現状である。
【0006】
【特許文献1】特開平8−169862号公報
【特許文献2】特開平11−35523号公報
【特許文献3】特開2002−194022号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、簡便で設備投資の負担が少なく、かつ効果的にメタクリル酸メチルに含まれている着色起因不純物を除去し、耐候性および透明性に優れたメタクリル酸メチルおよびその樹脂成型物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、着色起因不純物としてジアセチルとともにイソプロペニルメチルケトンに着目し、これを効果的に除去する精製方法を見い出して、本発明の完成に至った。本発明は、蒸留塔の上部から精製されたメタクリル酸メチルを取得する方法において、精製メタクリル酸メチルを取得する位置から下部の位置に酸性物質を注入することによって着色起因不純物の塔頂への留出を抑え、着色のない液体製品であるメタクリル酸メチルを得ることができるとともに、これを原料にした樹脂成型物の着色も改善される方法である。
【0009】
すなわち本発明は、下記のとおりである。
(1) 下記式(1):
R−CO−CO−R’
[式中、RおよびR’は、H、CHO、COOH、Cn2n+1(n=1〜5)のうちのいずれかである]
のジケトン類の含有量が0.1ppm以下であり、イソプロペニルメチルケトンの含有量が50ppm以下であり、かつ液体YI値が3以下であるメタクリル酸メチル。
(2) 上記のメタクリル酸メチルを重合することにより得られる樹脂または樹脂組成物。
(3) 粗メタクリル酸メチルを蒸留精製するに際して精製されたメタクリル酸メチルを蒸留塔上部から取得する蒸留方法において、精製されたメタクリル酸メチルを取得する位置よりも下部に、酸性物質を、メタクリル酸メチルに対して10〜1000ppmで注入することにより着色起因不純物を除去することを特徴とする、メタクリル酸メチルの精製方法。
(4) 粗メタクリル酸メチルが着色起因不純物としてケトン類を含む上記方法。
(5) 粗メタクリル酸メチルが、メタクロレインとメタノールを酸素含有ガスで酸化エステル化反応して得られる粗メタクリル酸メチルである上記方法。
(6) ケトン類がジケトン類またはイソプロペニルメチルケトンである上記方法。
(7) ジケトン類がジアセチルである上記方法。
(8) 酸性物質を、精製メタクリル酸メチルを取り出す位置よりも理論段で1段以上離れた下部から注入することを特徴とする上記方法。
(9) 上記のいずれかに記載の方法により精製されたメタクリル酸メチル。
(10) 上記のいずれかに記載の方法により精製されたメタクリル酸メチルを重合することにより得られる樹脂または樹脂組成物。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、着色成分の少ないメタクリル酸メチルを取得することができ、これを原料にした樹脂および樹脂組成物を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明は、粗メタクリル酸メチルを蒸留精製する際に、酸性物質を注入することにより着色起因不純物を除去することを特徴とする。本明細書において用いる場合、着色起因不純物とは、メタクリル酸メチルを製造するための一連の工程において発生する副生成物または原料に混入している不純物であって、メタクリル酸メチル製品およびこれを用いて製造した樹脂または樹脂組成物等の製品が着色する原因となる物質をいう。
【0012】
メタクリル酸メチルを合成する際に副生する数多くの成分の中で、それらのすべての成分名と着色への影響度合いの全容はいまだ解明されていない。前記した主な2つの製法、アセトンシアンヒドリン法およびイソブチレン法により得られるメタクリル酸メチルには、まったく異なる副生物が含まれており、さらにイソブチレン法においても、メタクロレインの直接的酸化エステル法とメタクリル酸経由エステル化法でも副生物は大きく異なっている。これらの副生物のうち、メタクリル酸メチルの製法にかかわらず発生する代表的な着色起因不純物はジアセチルであり、その除去方法についても多くの研究がなされている。
【0013】
今回、本発明者らは、イソプロペニルメチルケトンが樹脂組成物の耐候性を悪化させる成分として重要であることを見出した。イソプロペニルメチルケトンは、メタクロレインの直接的酸化エステル法において顕著に見出される不純物であるが、これまで正確な着色挙動・耐候性悪化挙動は解明されていない。イソプロペニルメチルケトンは、モノマー段階においても重合製品においても、着色度合いと成分挙動の傾向が一致しており、これを除去することにより着色のない製品を取得することができる。イソプロペニルメチルケトンは、沸点が98℃であって、メタクリル酸メチルの沸点100℃に極めて近いため、蒸留による分離は非常に困難であるが、本発明にしたがって酸性物質を添加することにより、効果的にこれを取り除き、メタクリル酸メチルの着色を改善することができる。
【0014】
図1を参照して、本発明の精製方法を具体的に説明する。反応塔から供給される粗メタクリル酸メチル(1)は、まず、低沸点物除去塔(A)おいて低沸点物(2)を除去し、塔底液を取り出す。この塔底液が本発明における粗メタクリル酸メチル(3)である。粗メタクリル酸メチル(3)をメタクリル酸メチル精製塔(B)に供給し、ここで、酸性物質(5)と接触させる。塔上部から精製メタクリル酸メチル(4)を取り出し、必要に応じてその一部を還流する。凝縮塔底部から高沸点物(6)を取り出す。この高沸点物(6)には、酸性物質と反応した着色起因不純物が含まれる。
【0015】
着色起因不純物を取除くために注入する酸性物質としては、無機酸、たとえば硫酸、燐酸等が使用できる。また、有機酸、たとえば酢酸、蓚酸、アクリル酸、メタクリル酸等も使用できる。なかでも、メタクリル酸は、微量であれば精製メタクリル酸メチルに許容される不純物なので、好都合である。酸性物質を注入する場合の注入量は、粗メタクリル酸メチルに含まれる着色起因不純物の種類と濃度によって適宜選択することができる。例えば、酸性物質の注入量は、精製メタクリル酸メチルに対して10ppmから1000ppm、好ましくは50〜700ppm、さらにもっとも好ましくは100〜500ppmである。注入量が少なすぎると着色起因不純物の除去が不十分になる。また多すぎると精製メタクリル酸メチルの中に混入して製品を汚染したり、装置の腐食の原因となる。さらに、ある種の重合禁止剤の効果を失わせることもあるので好ましくない。
【0016】
酸性物質の注入方法としては、蒸留塔の上部から精製したメタクリル酸メチルを取得する場合に、その取得位置の下部、たとえば注入する酸性物質が精製メタクリル酸メチルの中に混入しない程度の、分離を可能にする位置を選定する。具体的には、好ましくは蒸留理論段1段相当、さらに好ましくは2段、もっとも好ましくは3段以上離れた下部から注入するとよい。ここで、メタクリル酸メチルを取得する位置として、蒸留塔の上部とは、塔頂部ならびに蒸留塔の全理論段の5分の1より上側の位置を表す。低沸点不純物の量が多い場合には、塔頂部から製品を抜き出すと低沸不純物の大部分が製品に混入するので、頂部からいくらか下がった位置から抜き出すことが好ましい。
【0017】
注入された酸性物質は、蒸留塔内部において着色起因不純物と反応して分解するか、あるいは結合して高沸点物質化する。これらの反応に必要な接触時間は、蒸留塔段数で表現すれば10段以上あれば十分である。つまり、蒸留塔内において着色起因不純物は下部で加熱されて、メタクリル酸メチルとともに次第に上に移動し、上から酸性物質が下がってくるので、これらは十分に混合されて反応が進み、着色成分はやがて消失する。このようにして、着色起因不純物をもはや含まなくなった精製メタクリル酸メチルは塔上部から取り出される。
【0018】
本発明の方法にしたがえば、下記式(1):
R−CO−CO−R’
[式中、RおよびR’は、H、CHO、COOH、Cn2n+1(n=1〜5)のうちのいずれかである]
のジケトン類、特にジアセチル、ならびにイソプロペニルメチルケトン等の着色起因不純物を効果的に取り除き、ジケトン類の含有量が0.1ppm以下であり、イソプロペニルメチルケトンの含有量が50ppm以下であり、かつ液体YI値が3以下である精製メタクリル酸メチルを得ることができる。
【実施例】
【0019】
次に、実施例によって本発明を詳細に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0020】
イソブチレンを酸化して得たメタクロレインを、直接酸化エステル化反応によってメタクリル酸メチルとし、この反応混合液を、内径35mm、段数50段を有するオルダーショー蒸留装置に送入し、低沸点不純物を塔上部から取除き、塔底部から大部分のメタクリル酸メチルを高沸点物とともに取り出した。次に、同じ仕様の蒸留塔に前記メタクリル酸メチルを送入し、塔頂部からメタクリル酸メチルを主成分とする留出物を得た。さらに、同じ仕様の蒸留塔にメタクリル酸メチルを主成分とする留出物を送入し、塔頂部から低沸点物を取除き、塔底部から粗メタクリル酸メチルを取り出した。このようにして得られた粗メタクリル酸メチルの特性は次のようであった。色度:APHAとして30、酸度:メタクリル酸として5ppm、ジアセチル 2ppm、イソプロペニルメチルケトン 45ppm、その他 重合防止剤およびメタクリル酸メチルであった。
【0021】
この粗メタクリル酸メチルを前記蒸留装置の上から25段目に毎時500grを送入し、塔頂部圧力を−82kpaに保ち、還流比を4に保ちながら、塔頂部から精製品を毎時490gr取り出した。このようにして酸無添加の製品を8時間ごとに3回取得した(サンプルA,B,C)。次に、メタクリル酸を別途調達してあった精製メタクリル酸メチルに混合して濃度10%とした液を塔頂部から10段下の位置に毎時2gr注入しながら、同様にして8時間ごとに3回精製品を取り出した(サンプルD,E,F)。
【0022】
得られた精製メタクリル酸メチルのサンプルについて、液体製品としての着色度合いを評価した。液体着色測定装置としては、日本電色工業(株)製 石油製品測定装置OME―2000を用い、標準着色基準液(APHA標準液)と比較して測定した。その結果は、YI(黄色度合)値で表現される。
【0023】
【表1】

この結果から明らかなように、メタクリル酸の添加によって、着色度は約28%改善された。
【0024】
次に、得られた液体サンプルから樹脂成型品を製造し、着色度合いを評価した。
手順1 重合開始剤等を含んだメタクリル酸メチル液体製品を、ガラス板で囲ったキャスト重合器に仕込み、50±1℃の水浴中で6時間かけて重合させる。
手順2 つづいて、115±1℃の乾燥機中で2時間かけてキュアリングしたあと、一昼夜かけて徐冷する。
手順3 出来上がった樹脂成型板を長さ550mm、幅100mm、厚さ50mmに仕上げて、両端部を研磨(研磨紙#400およびバフ研磨機)仕上げする。
手順4 仕上がった樹脂成型板を、日本電色工業(株)製 長光波透過色測定器ASA―2型を用いて測定し、その測定値YIを求める。
【0025】
結果は次の表2に示される。
【表2】

この結果から明らかなように、メタクリル酸の添加によって、樹脂成型品における着色度は約26%改善された。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明の方法にしたがって精製することにより、着色起因不純物の含有量のきわめて少ないメタクリル酸メチルを得ることができる。この精製メタクリル酸メチルは、着色の少ない樹脂あるいは樹脂組成物の原料として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】図1は本発明のメタクリル酸メチルの精製方法の概略図である。
【符号の説明】
【0028】
A:低沸点物除去塔
B:メタクリル酸メチル精製塔
(1)粗メタクリル酸メチル
(2)低沸点物
(3)粗メタクリル酸メチル
(4)精製メタクリル酸メチル
(5)酸性物質
(6)高沸点物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1):
R−CO−CO−R’
[式中、RおよびR’は、H、CHO、COOH、Cn2n+1(n=1〜5)のうちのいずれかである]
のジケトン類の含有量が0.1ppm以下であり、イソプロペニルメチルケトンの含有量が50ppm以下であり、かつ液体YI値が3以下であるメタクリル酸メチル。
【請求項2】
請求項1記載のメタクリル酸メチルを重合することにより得られる樹脂または樹脂組成物。
【請求項3】
粗メタクリル酸メチルを蒸留精製するに際して精製されたメタクリル酸メチルを蒸留塔上部から取得する蒸留方法において、精製されたメタクリル酸メチルを取得する位置よりも下部に、酸性物質を、メタクリル酸メチルに対して10〜1000ppmで注入することにより着色起因不純物を除去することを特徴とする、メタクリル酸メチルの精製方法。
【請求項4】
粗メタクリル酸メチルが着色起因不純物としてケトン類を含む、請求項3記載の方法。
【請求項5】
粗メタクリル酸メチルが、メタクロレインとメタノールを酸素含有ガスで酸化エステル化反応して得られる粗メタクリル酸メチルである、請求項3または4に記載の方法。
【請求項6】
ケトン類がジケトン類またはイソプロペニルメチルケトンである、請求項4または5に記載の方法。
【請求項7】
ジケトン類がジアセチルである、請求項6記載の方法。
【請求項8】
酸性物質を、精製メタクリル酸メチルを取り出す位置よりも理論段で1段以上離れた下部から注入することを特徴とする、請求項3−7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
請求項3−8のいずれかに記載の方法により精製されたメタクリル酸メチル。
【請求項10】
請求項3−8のいずれかに記載の方法により精製されたメタクリル酸メチルを重合することにより得られる樹脂または樹脂組成物。



【図1】
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【公開番号】特開2007−45795(P2007−45795A)
【公開日】平成19年2月22日(2007.2.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−234426(P2005−234426)
【出願日】平成17年8月12日(2005.8.12)
【出願人】(303046314)旭化成ケミカルズ株式会社 (2,513)
【Fターム(参考)】