説明

メチル化されたヘパリン結合性ヘマグルチニンタイプの組換えミコバクテリア抗原、その調製法、及び前記抗原を含む免疫原性組成物

【課題】ミコバクテリア感染、特に結核を治療するための新規ワクチンを提供する。
【解決手段】ミコバクテリアのヘパリン結合ヘマグルチニンを具備するメチル化された免疫原性組換えペプチド配列および該配列を化学的及び酵素的に調製する方法であって、前記配列が、メチル化されていない組換え型として予め産生されており、次いで、翻訳後修飾によってメチル化される方法。さらに、組換えHBHAの酵素的な翻訳後メチル化を行うための組換えツール、ベクター、及び宿主細胞に関する。メチル化されたネイティブ又は組換えHBHAを含む免疫原性組成物は、ミコバクテリア感染に対するワクチンを調製するのに有用である。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳説】
【0001】
本発明は、ミコバクテリア感染、特に結核を治療するための新規ワクチンの研究開発の分野に関する。
【0002】
本発明は、Mycobacterium tuberculosisやM bovis BCG等のミコバクテリア菌株(mycobacterial strain)中に同定されたヘパリン結合ヘマグルチニン(HBHA)(Menozzi et al 1996 J Exp Med 184:993-1001)に対応するメチル化された免疫原性組換えペプチド配列に関する。
【0003】
本発明は、組換えHBHAを備えた免疫原性ペプチド配列を調製する方法であって、前記配列が翻訳後修飾によってメチル化されている、方法にも関する。特に、本発明は、HBHAを備え且つメチル化されていない組換え型として産生されたペプチド配列を化学的又は酵素的にメチル化する方法に関する。
【0004】
本発明は、化学的又は酵素的方法によって組換えHBHAを翻訳後にメチル化するための組換え宿主細胞、ツール、及びベクターにも関する。
【0005】
最後に、本発明は、ネイティブ又は組換えのメチル化HBHAを含む免疫原性組成物であって、ミコバクテリア感染に対するワクチンを調製するために使用される組成物に関する。
【0006】
ミコバクテリアは、生息場所が極めて多岐にわたる桿菌である。種に応じて、このような細菌は、土壌、水、植物、動物及び/又はヒトに定着することができる。M smegmatis等の種は、非病原性の腐生菌である。しかし、その他の種は、大なり小なり、動物及び/又はヒトに対して病原性である。このように、M aviumは、鳥類に感染を引き起こす。M bovisは、ウシの結核の原因となり、ヒトの結核症例にも関与していると考えられている。ヒトでは、結核は、主に、病原性の強い種であるM tuberculosisによって引き起こされる。M lepraeは、発展途上国に蔓延している別のヒト疾患であるハンセン病の原因である。
【0007】
現在のところ、単一の感染因子としては、結核は最大の死亡率を有しているので、なお公衆衛生上の大きな課題となっている。世界保健機構(WHO)の記録では、1995年の結核症例は880万人であった(Dolin et al 1994 Bull WHO 72:213-220)。さらに近年では、一年当りの新規結核症例数が1000万人、一年あたりの死亡者数が300万人という数字がWHOから警告的に発表されている(Dye et al 1999 J Am Med Assoc 282:677-686)。世界人口の3分の1がM tuberculosisに感染していると推定されている。但し、感染した者が全て発症するわけではない。
【0008】
結核によって生じる問題は、後天性免疫不全症候群(AIDS)の流行が発生したために、1980年代にさらに深刻なものとなった。AIDSの原因となるHIVレトロウイルスによって引き起こされる免疫抑制を伴った結核の症例数は、止まるところを知らない。
【0009】
効果を発揮するためには、とりわけ、既にHIVウイルスに感染している患者の場合、結核の薬物治療は長期にわたって行わなければならないのが一般的である。これまでは、リファンピシン、イソニアジド、ピラシナミドといった抗生物質を用いて、M tuberculosis感染は効果的に一掃されていた。しかし、第一に、抗生物質(特に、イソニアジド)に耐性を持ったM tuberculosisの菌株が出現したために、第二に、ピラジナミド等のある種の抗結核分子には毒性があるために、抗生物質療法による結核の治療は急速に限界に達した。
【0010】
結核感染を抑制するためのワクチンは1つしか認可されておらず、75年以上も使用されている。これは、BCGワクチンとして知られるカルメット・ゲラン菌である。このワクチンには、1908年にウシから単離され、ヒトに非経口投与できるようにするためにインビトロで無毒化されたM bovisという菌株が生存した形態で含まれている。しかし、特に効力が限られているので、現在、本ワクチンは議論の的となっている。全世界で実施された多数の臨床試験によれば、BCGワクチンを用いて得られた予防効果は、0%乃至85%である(Fine,P E. 1989 Rev Infect Dis 11 Suppl 2:S353-S359)。メタ分析によれば、肺結核に対するBCGの平均予防効果は50%を超えないことが示されている(Colditz et al,1994,Jama 271:698-702)。さらに、BCGワクチンは子供に対しては比較的有効であることが示されているが、成人に対する予防効果はほとんどゼロである。さらに、BCGワクチンは、生きたミコバクテリア菌株を含んでおり、これは弱毒化された菌株なので、BCGワクチンの投与は、ヒトに対する二次的影響が皆無ではない。かかる二次的影響は、免疫抑制された患者においては、なおさら深刻であり、このような患者にワクチン接種することは避けるべきである。BCGを死滅させ、不活化させると、全ての予防効果が失われると考えられるので、BCGを死滅させて不活化させることにより、この問題を解決することはできない(Orme I M,1988, Infect. Immun.56:3310-3312)。
【0011】
このため、本発明は、抗結核ワクチンとして使用できる新規免疫原性組成物を提案することによって、BCGワクチンの欠点を克服することを目指している。該免疫原性組成物は、ミコバクテリア感染の予防という、さらに一般的な態様で使用することも可能である。
【0012】
結核は、空気感染する接触感染性の疾患である。M tuberculosis菌が吸入されると、肺に移行し、肺が初期の感染中心となる。細菌は、肺から、血管系又はリンパ系を通じて、急速に生物の他の身体部位に広まる。
【0013】
現在、最も性質が明らかとなっているM tuberculosisの菌株であるH37Rvについては、ゲノムの全配列が決定され、本病原体の生態に関する知識を増大させ、新規の治療処置(すなわち、予防的処置又は治療的処置)を開発するために使用可能な新規標的を同定するために解析が行われてきた(Cole et al, 1998, Nature 393:537-544)。現在のアプローチでは、M tuberculosisのゲノムから遺伝子ライブラリーを作製し、このライブラリーをスクリーニングして、新規の治療標的となり得る標的を同定する。興味深いことに、M tuberculsis菌株は、遺伝的な均一性が高く、ある配列と別の配列の間でヌクレオチドが変化するのは極めて稀であることが観察されている。さらに、そのタンパク質の多くは、当該種の全ての菌株にわたって同一である。スクリーニングすべき抗原マーカーがほぼ遍在しているので、これは、免疫とワクチンの開発において非常に重要である。
【0014】
ミコバクテリア感染の発生率は高いにもかかわらず、それらの病因に関与する主要な分子的機序については殆ど明らかになっていない。
【0015】
結核の発症における主要な現象の1つは、標的細胞への微生物の接着である。肺胞マクロファージは、長い間、M tuberculosisの進入口であると考えられており、細菌を肺から他の臓器に輸送すると仮定されている。しかし、近年、M tuberculosisは、M細胞を含む上皮細胞とも相互作用可能であることが示されており、これによって、この桿菌は上皮の障壁を直接横切できるかもしれない(Teitelbaum et al,1999 Immunity 10:641-650)。M tuberculosisの肺以外からの伝播に関与するこれらの機序と細菌性因子が、それぞれどの程度寄与しているのかはなお不明である。
【0016】
M tuberculosis菌株は、HBHA(heparin-binding hemagglutinin adhesin)(HBHA)と称されるアドヘジンを表面上に産生する(Menozzi et al,1996 J Exp Med 184:993-1001)。本タンパク質は、M lepraeやM avium等の他の病原性ミコバクテリアによっても産生される(Reddy et al,2000 J Infect Dis 181:1189-1193)。これに対して、HBHAは、非病原性腐生菌種であるM smegmatisによっては産生されない(Pethe et al,2001 Mol Microbiol 39:89-99)。
【0017】
上皮細胞へのM tuberculosisの結合は、抗HBHA抗体によって又はヘパリンとの競合によって阻害される。マクロファージの場合には当てはまらないので、この観察は、HBHAによって与えられる接着が非食細胞に特異的であることを示唆している。この接着の機序は、リジン残基が豊富なHBHAのカルボキシ末端による(Pethe et al,2000 J Biol Chem 275:14273-14280)、上皮細胞が有する硫酸化グリコサミノグリカン含有受容体の認識に依拠している。
【0018】
さらに最近になって、HBHAは結核感染の初期段階において重大な役割を果たしていないし、肺におけるミコバクテリアの存続にも重大な役割を果たしていないことが、研究によって示されている(Pethe et al, 2001 Nature 412:190-194)。この研究班は、脾臓への定着と生存にもHBHAは必要でないことも示した。これに対して、HBHAは、肺外へのミコバクテリアの転移に重大な役割を果たしている。従って、本アドヘジンは、非食細胞への結合が肺から脾臓へのミコバクテリアの移転において、また肝臓、骨、腎臓、おそらくは脳等の他の臓器への移転においても不可欠な段階となる病原性因子である。
【0019】
本発明は、本質的に予防的な処置においてHBHAの抗原能を用いることを目的としており、HBHAの役割は、感染患者中での微生物の転移において最も重要である。
【0020】
HBHAをコードする遺伝子のクローニングとEscherichia coli中での発現によって、このタンパク質が翻訳後修飾を経ることが示唆された(Menozzi et al,1998 Proc Natl Acad Sci USA,95:12625-12630)。この文献中で、著者らは、ネイティブHBHAがグリコシル化され得るという仮説を立てたが、この仮説は不正確であることが後に示された。さらに最近の研究によって、M tuberculosisによって産生されるHBHAが行う唯一の共有(covalent)翻訳後修飾は、本タンパク質のカルボキシ末端領域中に含有されるリジン残基の複雑なメチル化であることが示された。
【0021】
本発明において、本発明者らは、ネイティブHBHAが有する翻訳後修飾(すなわち、複雑な共有結合性メチル化)の性質を明らかにし、前記修飾により、HBHAには、ミコバクテリア感染に対する防御抗原能が付与されることを示す。E coli中でHBHA遺伝子を発現させた後に産生される組換えHBHAのペプチド配列は、例えば、ネイティブHBHAのように翻訳後修飾が起こらないので、防御活性を示さない。
【0022】
このように、本発明は、ネイティブHBHA又はそのC末端部分に対応するメチル化された抗原を含む免疫原性組換えペプチド配列に関する。
【0023】
本発明において、「ペプチド配列」という用語は、HBHAタンパク質の配列の全部又は一部を指すが、但し、前記「ペプチド配列」は、ヘパリン結合に必要なリジンが豊富なカルボキシ末端領域を少なくとも含有しているものとする。前記カルボキシ末端領域の配列は、以下のとおりである:
KKAAPAKKAAPAKKAAPAKKAAAKKAPAKKAAAKKVTQK
本配列は、公開番号WO−A−97/44463号の国際特許公開に開示された。
【0024】
本発明において使用する「タンパク質」、「HBHAタンパク質」、又は「HBHA」という用語は、HBHAのペプチド配列の全部又は一部を意味するが、前記HBHAのC末端領域を少なくとも含むものとする。ある配列がHBHAのC末端領域を備えているにすぎない場合、有利には、「ペプチド」という用語が用いられるであろう。「ペプチド」という用語は、HBHAの酵素消化で得られた産物を表す場合に使用されるであろう。しかし、「ペプチド」という用語の使用は、本例に限定されず、本発明においては、「ペプチド」という用語は、「タンパク質」と同義である。
【0025】
本発明の「組換え」ペプチド配列は、異種細胞宿主における、前記ペプチド配列をコードするヌクレオチド配列の発現によって得られるペプチド配列に相当する。特に、前記異種細胞宿主は、ミコバクテリウム属に属しない細菌、例えば、E coliであり得、又は酵母若しくは動物若しくは植物細胞等のその他の生物であり得る。
【0026】
「ヌクレオチド配列」という表現は、本発明で定義されたペプチド配列をコードする任意のDNA配列を表す。
【0027】
受け入れられている用法に従い、「抗原」とは、免疫原となる能力を有する本発明のあらゆるペプチド配列を表す。特に、本発明の抗原は、HBHAのカルボキシ末端ヘパリン結合領域に限定されることもあり得る。
【0028】
本発明において、HBHAの「ヘパリン結合カルボキシ末端領域」、「ヘパリン結合領域」、「カルボキシ末端領域」、及び「C末端領域」という表現は、前記HBHAの同じ領域を表し、その配列は上記されている。このように、これらの表現は等価である。
【0029】
好ましくは、本発明の免疫原性組換えペプチド配列は、HBHAのヘパリン結合領域がメチル化されている。特に、メチル基は、前記ヘパリン結合領域中に存在するリジン残基が担持している。
【0030】
さらに好ましい本発明の実施形態では、前記メチル基は、HBHAのC末端領域中に存在するリジン残基の全部又は一部のみに担持されている(但し、メチル化されたペプチド配列は免疫原性活性を有するものとする)。
【0031】
有利には、C末端領域中に存在する15のリジン残基のうち少なくとも13のリジン残基がメチル化される。メチル化されない2つのリジン残基は、HBHAのC末端領域に対して上記した前記配列の遠位にあるアミノ酸である。
【0032】
メチル化されたリジン残基は、好ましくは、モノメチル化又はジメチル化されている。
【0033】
Menozziら、1998(上記)の文献では、ネイティブHBHAは、2つのモノクローナル抗体、すなわち3921E4と4057D2(Rouse et al,1991 Infect Immun 59:2595-2600)によって認識されるが、翻訳後修飾されていない組換え型のHBHAは抗体4057D2によって認識されず、ネイティブHBHAのエピトープのうち1つが組換えHBHAでは欠損していることを示している。
【0034】
本発明の免疫原性組換えペプチド配列、すなわち、翻訳後修飾によってメチル化された組換え型のHBHAは、以下の実施例に記載されているように、メチル化されていない組換え型の前記HBHAとは異なり、モノクローナル抗体4057D2によって認識される。
【0035】
本発明は、組換えHBHAを備えた免疫原性ペプチド配列を調製する方法であって、前記配列が翻訳後修飾によってメチル化されている方法にも関する。
【0036】
特に、本発明の調製法は、少なくとも以下の工程、すなわち
a)異種の宿主細胞中で組換えHBHAタンパク質を産生する工程と−この形態のHBHAはメチル化されていない、
b)慣用的な方法を用いて前記タンパク質を精製する工程と、
c)精製された組換えHBHAの翻訳後メチル化を行う工程と、
を備える。
【0037】
本発明において、HBHAタンパク質の精製工程は、タンパク質のメチル化工程の前に実施することもできるし、別の実施形態では、タンパク質のメチル化工程の後に実施することも理解されるであろう。
【0038】
本発明の前記調製法は、メチル化された組換えHBHAタンパク質を産生することができ、あるいは、前記タンパク質のヘパリン結合領域を少なくとも備えた任意のメチル化ペプチドを産生することもできる。特に、本発明の方法によって得られる前記メチル化されたペプチドは、HBHAの前記ヘパリン結合領域に相当する。
【0039】
有利には、本発明の調製法で用いられる前記異種宿主細胞は、細菌、特にE coli又はM smegmatisである。特に、使用される宿主は、M smegmatisである。
【0040】
タンパク質の精製操作は当業者に公知であり、それ自体、本発明の一部を構成するものではない。一例として、HBHAのC末端領域によって付与されるヘパリン結合特性は、ヘパリンセファロースカラム上でのアフィニティーにより前記HBHAを精製することによって活用することができる(Pethe et al、2000、上記)。
【0041】
特に、本発明は、メチル化されていない組換え型として既に産生されたHBHAを含むペプチド配列を化学的及び酵素的にメチル化する方法に関する。
【0042】
「組換え型として産生」という用語は、任意の異種原核細胞宿主又は真核細胞宿主中で発現させることによってペプチドを産生することを意味する。産生は、細胞培養から行えるし、あるいは、ミルク中又は植物中等インビボで行える。
【0043】
本発明の化学的なメチル化は、文献に基づくものである(Means G E,1977 Meth Enzymol 47:469-478)。特に、化学的なメチル化反応は、ホルムアルデヒドとNaBHを含む溶液中で行われる。
【0044】
本発明の酵素的なメチル化法は、1以上のミコバクテリアのメチルトランスフェラーゼを用いて行うことができる。前記メチルトランスフェラーゼは、ドナーからアクセプター(この例では、精製された組換えHBHAのペプチド配列)へのメチル基の転移を触媒する。メチルラジカルのドナーはS−アデノシルメチオニン(AdoMet)であり得、これは当業者に周知である。
【0045】
より具体的には、前記1つまたは複数のメチルトランスフェラーゼは、M bovis BCG又はM smegmatis等のミコバクテリアの総タンパク質から得た抽出物中に存在し、活性を有する。
【0046】
本発明のさらなる実施形態では、反応媒体中に入れてドナーからアクセプターへのメチル基転移反応を触媒させる前に、ミコバクテリア菌株から得た総タンパク質抽出物から前記ミコバクテリアの1つまたは複数のメチルトランスフェラーゼを精製する。
【0047】
本発明は、組換えHBHAの翻訳後の酵素的なメチル化を実施するための組換え宿主細胞、ベクター、及びツールにも関する。
【0048】
特に、本発明は、HBHA及びミコバクテリアの1つまたは複数のメチルトランスフェラーゼをコードするヌクレオチド配列を同時発現することができる組換え宿主細胞に関する。該宿主細胞は、細菌、特にE coliの菌株であることが好ましい。
【0049】
本発明で使用される「同時発現する(co-express)」という用語は、ある宿主細胞が少なくとも2つの異なるヌクレオチド配列を発現できることを意味する。
【0050】
本発明の1つの実施形態では、前記宿主細胞は、少なくとも2つの組換えベクターを同時に保有しており、一方はHBHAをコードし、残りはミコバクテリアの1つまたは複数のメチルトランスフェラーゼをコードすることを特徴とする。
【0051】
特に、本発明の宿主細胞は、産生すべき様々なタンパク質の数に応じて多数の組換えベクターを保有することができ、この場合、各ベクターは、別個の組換えミコバクテリアタンパク質をコードする。
【0052】
本発明において使用される「ベクター」、「発現ベクター」、及び「プラスミド」という用語は、同じクローニングツールを指し、当業者に慣用される様式でのヌクレオチド配列の発現を指す。
【0053】
本発明のさらなる実施形態では、組換えミコバクテリアタンパク質の全部又はその一部のみが、同一の発現ベクターによってコードされる。
【0054】
特に、前記宿主細胞は、全てのミコバクテリアタンパク質(すなわち、HBHAと1つまたは複数のメチルトランスフェラーゼ)を産生する単一の発現ベクターを保有する。
【0055】
宿主細胞が単一のベクターを保有する場合には、各ミコバクテリアタンパク質(HBHA又はメチルトランスフェラーゼ)の産生は、異なる制御配列によって調節され、あるいは、さらなる実施態様では、同一の制御配列によって調節される。
【0056】
特に、組換えタンパク質の全部又は一部の産生は、同一の制御配列によって調節される。
【0057】
本発明の発現ベクターは、有利には、HBHAと少なくとも1つのミコバクテリアのメチルトランスフェラーゼとをコードする。
【0058】
あるいは、本発明の発現ベクターは、HBHAと1つまたは複数のメチルトランスフェラーゼから選択される単一の組換えミコバクテリアタンパク質をコードする。
【0059】
本発明は、それ自体について検討した上記の宿主細胞及び発現ベクターに関するのみならず、本発明の酵素的なメチル化法の実施にも関する。
【0060】
本発明は、組換えHBHAを備えた免疫原性ペプチド配列であって翻訳後修飾によってメチル化される配列を産生する方法であって、
a)上記宿主細胞によって、HBHAタンパク質と、ミコバクテリアの1つまたは複数のメチルトランスフェラーゼとを同時産生する工程と、
b)1つまたは複数の組換えメチルトランスフェラーゼによって前記組換えHBHAの翻訳後修飾メチル化を行う工程と、
c)慣用的な方法を用いて、前記メチル化された組換えHBHAを精製する工程と、
を少なくとも備えた方法にも関する。
【0061】
本発明は、酵素的な方法を用いてインビボで取得することができ又は化学的若しくは酵素的な方法を用いてインビトロで取得することができる、メチル化された組換えペプチド配列にも関する。
【0062】
最後に、本発明は、メチル化されたHBHA(ネイティブ又は組換え)を含んだ免疫原性組成物にも関し、該組成物は、ミコバクテリア感染に対するワクチンを調製するために使用される。
【0063】
特に、本発明の免疫原性組成物は、ネイティブHBHAのペプチド配列及び組換えHBHAのペプチド配列から選択されるメチル化されたペプチド配列である活性成分を、薬学的に許容される製剤中に含む。
【0064】
本発明で使用される「薬学的に許容される製剤(pharmaceutically acceptable formulation)」とは、治療的なレベル、特に免疫原性レベルとして有効でありながら、当該化合物の毒性と薬理に関してインビボで許容される用量でヒトに使用できる薬物製剤に相当する。
【0065】
本発明の好ましい実施形態では、活性成分として作用するメチル化されたペプチド配列に、1以上のアジュバントが加えられる。
【0066】
本発明において用いられる「アジュバント」又は「アジュバント化合物」という用語は、抗原又は免疫原に対する特異的な免疫応答(液性及び/又は細胞性応答からなる)を誘導又は増加させることができる化合物を意味する。前記免疫応答は、ある抗原に対する特異的な免疫グロブリン(特に、IgG、IgA、IgM)又はサイトカインの合成の刺激によって起こるのが通常である。
【0067】
前記活性成分、メチル化されたHBHAペプチド配列、及びアジュバントは、一般的には、水、生理食塩緩衝液、デキストロース、グリセロール、エタノール、又はこれらの混合物等の薬学的に許容される賦形剤と混合される。
【0068】
前記免疫原性組成物は、溶液若しくは注射可能な懸濁液の形態で、又は注射前に溶解させるのに適した固体の形態(例えば、凍結乾燥)で調製される。
【0069】
本発明の免疫原性組成物は、経鼻、経口、皮下、皮内、筋肉内、膣、直腸、眼、又は耳等の多様な経路から投与できるように処方される。特に、選択した投与様式によって、補助化合物の選択が決定される。補助化合物は、特に、湿潤剤、乳化剤、又は緩衝液であり得る。
【0070】
有利には、本発明の免疫原性組成物は、投与量当り0.1乃至20μg、好ましくは5μgの精製HBHAタンパク質を含む。
【0071】
添付の図面に基づいて本発明を説明するが、これは本発明に限定を加えるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】ネイティブ及び組換えHBHAのヘパリン結合領域に対応するペプチドの質量の測定を示している。エンドプロテイナーゼGlu−C(Endo−GLu;EC3.4.24.33)を用いて、前記HBHAを一晩消化した。HPLCにより、ヘパリン結合領域に対応する断片を精製した。次に、組換えHBHA(A)及びネイティブHBHA(B)由来の断片の質量をマススペクトロメトリーにより分析した。
【図2】M bovis BCG又は、M smegmatisにより産生されたHBHAのヘパリン結合領域(メチル化された組換えHBHA)を示している。エドマン分解法を用いて、モノメチル化又はジメチル化リジンになるように修飾されたリジンを確認した。
【図3】メチル化されていないHBHA及び化学的にメチル化された組換えHBHAのヘパリン結合領域に対応するペプチド質量の測定。様々な型のHBHAに対してEndo−Gluを用いて一晩消化を行った。ヘパリン結合領域に対応する断片をHPLCによって精製した。メチル化されていない組換えHBHA(A)、6分間(B)、31分間(C)及び120分間(D)化学的にメチル化を行った組換えHBHAに由来する断片の質量をマススペクトロメトリーで分析した。
【図4】組換えHBHA(1)、6分間(2)、31分間(3)、120分間(4)化学的にメチル化を行った組換えHBHA、及びネイティブHBHA(5)のSDS−PAGE及びイムノブロット解析。2種類のモノクローナル抗体3921E4及び4057D2(Rouseら、1991、上記)を用いてイムノブロット解析を行った。
【図5】様々な調製物を注射して誘導された免疫細胞反応の測定。初回免疫から10週間後、各群当り4匹のマウスから得た脾臓細胞を培養に移した。これらの細胞のうち、あるものには刺激を与えず(NS)、あるものにはネイティブHBHA(2μg/mL)で72時間、刺激を与えた(S)。次に、培養上清中のIFN−γ濃度をアッセイした。
【0073】
以下の詳細な説明により、本発明はさらに深く理解されると思われるが、これらの説明は純粋に例示にすぎない。本発明は、いかなる意味においても、詳細な説明に記された実施例に限定されないことを理解しなければならない。
【発明の詳細な説明】
【0074】
I−材料及び方法
I−1−菌株及び培養条件
ソートン培地(Menozziら、1996、上記)中で、M bovis BCG 1173P2(OMS)株、M tuberculosis MT103株、M smegmatis MC155株を培養した。30μg/mLのカナマイシンを補充したLB培地中で、E coli BL21(DE3)pET−hbhA)株(Petheら、2000、上記)を培養した。
【0075】
I−2−HBHAの精製
(Menozziら、1996、上記;Petheら、2000、上記)に記述されているように、ネイティブ及び組換えHBHAを単離した。0.05% トリフルオロ酢酸で平衡化したヌクレオシルーC18(nucleosyl−C18)型カラムを用いた逆相HPLC(Beckman Gold system)により、最終的な精製工程を行った。0.05% トリフルオロ酢酸中に調製したアセトニトリル濃度を0−80%まで直線的に変化させてグラジエント溶出を行った。
【0076】
I−3−マススペクトロメトリーによるペプチド又はタンパク質の分析
「ドライドロップ(dry drop)」法により試料(0.1−10pmol)を調製した。
【0077】
ペプチドに関しては、50% CHCN及び0.1% トリフルオロ酢酸を含有する溶液中で10mg/mLになるように即時溶解させたα−シアノー4−ヒドロキシケイ皮酸と、0.5μl容量のペプチド溶液を混合した。分析用プレートに添加した後、この試料を乾燥させた。MALDI−TOF Voyager−DE−STR型装置(Applied BioSystems、Foster City、CA)を用いて、マススペクトロメトリーを行った。下記のパラメーターを用いて、3000Da未満のペプチドを含有する添加試料を分析した。すなわち、ポジティブ及びリフレクターモード、加速電圧20kV、スクリーンテンションが61%、遅延エクストラクションが90ns、及び質量閾値が500Da未満であった。3000−10000Daのペプチドについては、パラメーターは、ポジティブ及びリフレクターモード、加速電圧25kV、スクリーンテンションが65%、遅延エクストラクションが250ns、及び質量閾値が1000DA未満であった。様々なペプチドのモノアイソトピックイオン[M+H]から外部標準法によりスペクトルを換算した。
【0078】
タンパク質に関しては、50% CHCN及び0.1% トリフルオロ酢酸を含有する溶液中に10mg/mLになるように即時溶解させたシナピン酸と、0.5μlの試料を混合した。試料を添加、乾燥させた後、下記のパラメーターを用いてマススペクトロメトリーを行った。すなわち、ポジティブ及びリニアモード、加速電圧25kV、グリッドテンションが92%、遅延エクストラクションが750ns、及び質量閾値が1000Da未満であった。E.coliのチオレドキシン及びウマのアポミオグロビン(Applied BioSystems)のイオン[M+H]の平均質量から外部標準法によりスペクトルを換算した。
【0079】
I−4−Endo−Gluによるタンパク質の消化及びペプチド分離
1nmolの凍結乾燥HBHA、又はヘパリン−セファロース上でのクロマトグラフィーの後、逆相クロマトグラフィーによって精製した組換えHBHAを、5% Endo−Glu(Roche)の存在下において、100nMのリン酸緩衝液(pH8.0)中で一晩消化した。酵素消化後、Beckman Ultrasphere ODS型カラム(2x200mm)を用いた逆相HPLCにより、0.1% トリフルオロ酢酸中に調製したアセトニトリルを0−60%まで直線的に変化させてグラジエント溶出し、酵素処理によって得られたペプチドを分離した。
【0080】
I−5−アミノ酸分析及び配列決定
アミノ酸の完全な組成を分析するために、6N HCl溶液中で常に110℃に加熱して、HPLCにより精製したネイティブHBHAを14−16時間加水分解した。Beckman Gold System型分析装置を用いてアミノ酸組成を測定した。120A アミノ酸分析装置に装備されているパルスリキッド分析を行う装置(Procise 492,Applied BioSystems)を用いて、自動化Edman分解法により、アミノ末端ペプチド配列を決定した。配列決定の各ステップについて、試料は10−20μl(250−500pmolのペプチド量に対応する)であった。
【0081】
I−6−リジン残基の化学的メチル化
組換えHBHAリジン残基を化学的にメチル化する方法は、文献(Means、1977、上記)から得たものである。実際には、4℃で1時間、250容量の100mM ホウ酸緩衝液(pH9.0)に対して、ヘパリン−セファロースカラム上で精製した組換えHBHAを透析した。透析後、3mlの1mg/mLのタンパク質溶液試料を、70μlの用時調製した40mg/mL NaBH溶液及び6μlの37%ホルムアルデヒド溶液(ホルマリン、Sigma、St.Louis)を含有する密閉ガラス試験管に移した。その試験管を氷中に保持した。10分ごとに、200μlの試料を採取し、イムノブロッティング及びマススペクトロメトリーにより、メチル化反応の進行度を確認した。
【0082】
I−7−組換えHBHAに対する酵素的メチル化検査
600nmで測定した光学密度(OD600)が0.5である100mlのM smegmatis又はM bovis BCGの培養物を、10000gで15分間遠心した。1mM AEBSF(Pefabloc Sc、Roche)と15%(v/v)グリセロールとを含有する10mlの50mM Hepes緩衝液(pH7.4)(緩衝液A)中に残さを再懸濁した。次に、Branson型ソニケーターを用い、出力を5に調整して、断続的に10分間、4℃で細胞にソニケーションを行った。全細胞溶解液を、4℃、20000gで、15分間遠心した。メチル化検査を行うために、1mgタンパク質/mLを含有する300μlの全清澄溶解液を、40μlの[メチル−14C]AdoMet(60mCi/mmol、Amersham Pharmacia Biotech)、ヘパリンカラムで精製した0.5mg/mLの組換えHBHA100μl、5μlの1M MgCl、及び55μlの緩衝液Aと混合した。メチル化検査は、25℃で行った。100μlの試料を一定間隔で採取し、オートラジオグラフィーにより組換えHBHAのメチル化の度合を確認した。
【0083】
I−8−動物
8週齢のメスBALB/cマウス(Iffa Credo,France)に対して実験を行った。M tuberculosisを感染させる場合、マウスをP3の封じ込め区画に移した。
【0084】
I−9−免疫
2週間おきに3回、投与量当り5μgのネイティブHBHAを、ジメチルジオクタデシルアンモニウム(DDA、150μg/回、Sigma)及びモノリン酸化リピドA(MPL、25μg/回、Sigma)溶液中で乳化させ又は乳化させずに、尾の付け根に皮下注射することによりマウスを免疫した。初回免疫時に、1つの群のマウスに対して、皮下からBCG注射(Paris株、5x10CFU)を行った。初回免疫後から10週間後に、マウスを感染させた。
【0085】
免疫する場合、ネイティブHBHAの代わりに(i)メチル化されていない組換えHBHA及び(ii)メチル化された組換えHBHAを投与して同様の実験を行った。
【0086】
I−10−実験的感染
OD600が0.5に達した時点で直ちに、M tuberculosis培養物をソートン培地中で1回洗浄し、30% グリセロールを補充したソートン培地中に懸濁した後、分注し、最後に−80℃で凍結させた。感染を行う前に、分注試料を解凍し、CFU数を数えた。200μlの最終容量になるように、リン酸緩衝液(PBS、pH7.4)に懸濁した10CFUのM tuberculosis接種物を用いて、尾部外側静脈への静脈内投与により、マウスに感染させた。6週間後に、各群あたり4匹のマウスを屠殺した。7H11培地上に細切した臓器の希釈液を広げて、各感染マウスの脾臓、肝臓及び肺中の細菌数を数えた。
【0087】
BCGでワクチン接種したマウスの臓器を2μg/mLの2−チオフェンカルボン酸ヒドラジドを含有する7H11ディッシュ上に広げ、残留BCGの増殖を抑制した。37℃で2週間インキュベーションを行った後、コロニー数を数えた。アジュバント単独投与群の相対的計数値と比較した免疫マウスの臓器中に存在する細菌数の減少に対してlog10をとり、防御効果を表した。各群4匹ずつのマウスから結果を得た。
【0088】
I−11−リンパ球培養及びIFN−γアッセイ
(Andersenら、1991、Infect Immun 59:1558−1563)に記述されているように、脾臓リンパ球を精製した。50μMの2−メルカプトエタノール(Merck、Germany)、50μg/mLのペニシリン−ストレプトマイシン(Gibco)、1mMのグルタマックス(Gibco)及び10%のウシ胎児血清(Roche)を補充した200μlのRPMI1640(Gibco、France)中に2x10個/ウェルの細胞を含有する96穴プレート(NUNC)中で、各実験あたり4匹のマウスから得たリンパ球を培養した。
【0089】
細胞生存性に関するポジティブコントロールとして、5μg/mLのコンカナバリンAを用いた。ネイティブHBHAは、最終濃度5μg/mLで用いた。刺激開始から72時間後に上清を回収して、IFN−γのアッセイを行った。サンドウィッチ式ELISA検査を用いて、IFN−γを検出した。使用した抗IFN−γモノクローナル抗体は、捕捉の場合にはR4−6A2クローン(Pharmingen、USA)から、検出の場合にはSMG1−2(Pharmingen)から得た。
【0090】
II−結果及び実施例
II−1−ネイティブHBHAの特性分析及び翻訳後修飾
マススペクトロメトリーによって、ミコバクテリアのHBHA(M tuberculosis H37RvのhbhA遺伝子又はRv0475)をコードするヌクレオチド配列(Menozziら、1998、上記)から推定した分子量(MW)に対応する21340の分子量(MW)を組換えHBHAが有することが示された。これに対して、ネイティブHBHAの分子量は、21610であり、組換えHBHAより270大きかった。従って、ミコバクテリアにより産生されたHBHAは修飾を受けていたが、このような修飾は、E coliによる組換えタンパク質には見られなかった。この修飾の正確な特徴を知るために、Endo−GluでネイティブHBHA及び組換えHBHAを加水分解し、得られたペプチドの質量をマススペクトロメトリーで測定した。ネイティブHBHAと組換えHBHAの唯一の差は、本タンパク質のカルボキシ末端領域中に見られた。この領域の質量は、ネイティブHBHAが4342、組換えHBHAが4076であった。この約270Daの差は、前記HBHAタンパク質全体間で測定された質量差に対応していた。さらに、ネイティブHBHAに対する翻訳後修飾、C末端領域に限局している可能性があった。また、本領域に対応する質量スペクトルは、組換えHBHAの場合には、単一ピークから構成されているのに対して、ネイティブHBHAの質量スペクトルでは、5個のピークが存在しており、それらのピークはお互いに14Da離れていた(図1)。
【0091】
II−2−ネイティブHBHAの翻訳後修飾の測定
修飾されたアミノ酸を正確に同定するために、エドマン分解法を用いて、慣用操作により、ヘパリン結合領域の配列を決定した。この実験により、リジンのみが修飾されていることが明らかになった。さらに、HBHAのC末端領域中に存在するリジンのうち、リジンの標準的保持時間を示したのは、2個にすぎなかった。その他の13個の残基は、グルタミン及び/又はアルギニンに標準的な保持時間を示した。まず、(i)マススペクトロメトリーにより、ネイティブHBHAの様々な断片の間で14Daの増加が存在していることが示され、(ii)リジンのみが修飾されていることから、C末端領域のリジンがメチル化されている可能性があり、モノ−、ジ−、トリ−メチルリジンが与えられるという仮説が立てられた。しかし、ネイティブHBHAには、トリ−メチルリジンが明確に認められないことから、この仮説は、一部分が正しいにすぎないことが明らかとなった。これは、それぞれ、モノ−、ジ−、トリ−メチルリジンの標準的測定方法を用いて確認された。修飾されたリジンは、モノ−及びジ−メチルリジンに対応する保持時間を示したが、トリ−メチルリジンに対応する保持時間は示さなかった(図2)。
【0092】
標準としてモノ−、ジ−、及びトリ−メチルリジンを含むアミノ酸分析により、この結果を確かめた。
【0093】
II−3−組換えHBHAの化学的なメチル化
組換えHBHAを化学的にメチル化した後、マススペクトロメトリーによる分析を行った。図3に示されているように、組換えHBHAのC末端領域に対応するペプチド質量は、メチル化が進むにつれて増加した。
【0094】
さらに、メチル化の度合は、モノクローナル抗体3921E4及び4057D2(Rouseら、1991、上記)に対するペプチドの反応性に影響を及ぼした(図4)。上述(Menozziら、1998、上記)のように、組換えHBHAは、抗体4057Dにより認識されないのに対して、抗体3921E4によりわずかに認識された。これに対して、図4に示されているように、組換えHBHAのメチル化の度合は、これら2つの抗体に対するHBHAの親和性に異なる態様で影響を与えており、タンパク質のメチル化がそのタンパク質の抗原性に重大な役割を担っている可能性があることを示している。
【0095】
II−4−組換えHBHAの酵素的メチル化
ネイティブHBHAのリジンのメチル化が酵素活性によるものであるかどうかを調べるために、ミコバクテリア溶解液を用いて、組換えHBHAに特異的なイントロメチル化検査を行った。ミコバクテリア培養物をソニケーションにより溶解した。全溶解液の他、細胞質と膜画分を酵素源として用いて、[14C−メチル]AdoMetドナーから組換えHBHAが有するアクセプターに、[14C]メチル基を転移させることを試みた。[14C−メチル]AdoMetを含有するM tuberculosis、M bovis BCG及びM smegmatisの全溶解液を組換えHBHAとインキュベーションした結果、[14C]メチル基が前記HBHA中に取り込まれた(図2)。これに対して、溶解液を95℃で加熱した場合、溶解液はメチル基転移反応を触媒できなくなった。さらに、HBHAをメチル化させるのに必要なミコバクテリアの1つまたは複数のメチルトランスフェラーゼは、温度感受性であった。
【0096】
様々なアプローチを通じて、1つまたは複数のメチルトランスフェラーゼの単離を考えた。
【0097】
第一のケースでは、組換えHBHAへの[14C−メチル]AdoMetからのメチル基転移反応を触媒可能な画分を指標として、イオン交換クロマトグラフィー、HPLC又はアフィニティーにより、ミコバクテリアの溶解液中に存在するタンパク質を分離した。1つまたは複数のメチルトランスフェラーゼが配列決定を行うのに十分に高い純度である試料が得られるまで、上記のような濃縮を続けた。さらに、M tuberculosis H37Rv(Coleら、1998、上記)に対するゲノムの既知の配列を参考にして、当該メチルトランスフェラーゼをコードする遺伝子又は遺伝子群を同定し、当業者に公知の技術を用いてクローニングを行った。
【0098】
第2のアプローチでは、データベースにおいて、既知の同定されたメチルトランスフェラーゼ遺伝子自体の配列との配列ホモロジーを基礎として、M tuberculosis H37Rvのゲノム中でメチルトランスフェラーゼをコードしている可能性のある候補遺伝子を探索した。5個の候補遺伝子、すなわち、Rv0208c、Rv0380、Rv1405、Rv1644及びRv3579を用いた。これらの遺伝子をクローニングし、E coliで発現させた。次に、前記遺伝子産物を精製し、放射性標識したメチルAdoMetドナーを用いて、組換えHBHAに対するその産物のメチル化能について分析した。
【0099】
II−5−M smegmatisによるHBHAの産生
M smegmatisはHBHAを発現しないとされていた(Petheら、2001、上記)。しかし、この微生物の溶解液を用いて、[14C]メチル基を[14C−メチル]AdoMetから、組換えHBHAに転移させることが可能であった(図2)。M smegmatisが、HBHAメチル基転移反応に必要な酵素的機構を有するということも示唆された。この仮説を確かめることを目的として、M bovis BCG中でHBHAをコードするhbhA遺伝子(Rv0475)を含有するプラスミドpRR3の誘導物を用いてM smegmatisMC155株を形質転換し、M smegmatis(pRR−hbhA)株を得た。ウエスタンブロットにより、HBHAの産生を分析した。M smegmatis(pRR−hbhA)により産生されたHBHA(MS−HBHAと称する)が、モノクローナル抗体3921E4及び4057D2により認識されたので、M bovis由来のネイティブHBHAのように、このMS−HBHAが翻訳後修飾によって修飾されていることが強く示唆された。MS−HBHAを精製し、Endo−Gluにより加水分解を行った。このように、得られた酵素消化産物のマススペクトロメトリーとMS−HBHAのC末端領域のペプチド配列を決定することにより、MS−HBHAは、実質的にM bovis由来のHBHAと同様の翻訳後修飾を有するということが示された。従って、M smegmatisは、組換えHBHAのメチル化を触媒可能な酵素的機構を有していた。
【0100】
従って、ワクチン接種実験を行うため、代わりに、M smegmatis(pRR−hbhA)形質転換株からネイティブHBHAを精製した。
【0101】
II−6−防御抗原としてのネイティブHBHAの研究
ネイティブHBHAにより引き起こされた免疫反応とM tuberculosisによる感染に対する防御力をマウスモデルで調べた。
【0102】
これらの実験も、非−メチル化型の組換えHBHA又はメチル化型の組換えHBHAを用いて行った。
【0103】
免疫プロトコールは、文献(Brandtら、2000、Infect Immun 68:791−795)から得た。各投与あたり、アジュバントDDA及びMPLを、それぞれ150μg及び25μgずつ用いた。
【0104】
200μlのPBSにアジュバントのみを含有するものを第1群に対してワクチン接種した。200μlのPBS−アジュバント混合液中に5μgの精製乳化ネイティブHBHAを含有するものを第2群に対してワクチン接種した。第3群には、200μlのPBS溶液中に5μgのネイティブHBHAのみを含有するものをワクチン接種した。マウスに対して、それぞれの調製物を2週間隔で3回接種した。第4群(ポジティブコントロール)に対しては、1回の投与あたり5x10CFUのBCGをワクチン接種した。
【0105】
ワクチン調製物を最後に投与してから10日後に、各群の全マウスから採血し、ネイティブHBHAに特異的な抗体産生を分析した。各群に対して、血清混合物のIgG分析を行った。抗体価は、ブランクよりも3倍高いIgG値を示す血清の最大希釈率と定義した。下記表1は、様々な調製物の投与につき誘導されたIgG力価の読み取り値を示している。
【表1】

【0106】
この結果は、HBHAをワクチン接種されたマウス(第2群及び第3群)が大量のIgG1を産生しているとともに、IgG2bとIgG3も産生していることを示している。これらのタイプの抗体は、混合TH1/TH2反応が生じたことを反映している。HBHAタンパク質のみを投与した場合(第3群)に関していえば、アジュバントの存在(第2群)は反応プロファイルに変化を与えなかった。しかし、アジュバントによって、様々なIgGの産生が約10倍となった(表1)。
【0107】
細胞反応を調べるために、初回投与から10週間後に、各群4匹のマウスを屠殺した。リンパ球を回収し、インビトロで、ネイティブHBHAを用いて刺激した。刺激後、IFN−γを測定した。図5に示されているように、アジュバントとともにネイティブHBHAをワクチン接種した第2群のマウスから精製したリンパ球のみが、前記HBHAに特異的なIFN−γを産生した。
【0108】
最後に、M tuberculosisによる感染に対するネイティブHBHAの防御力を調べる目的で実験を行った。実験結果に照らして、出現した免疫反応(液性(表1)と細胞性(図5)の両者)の質が優れていることに鑑みれば、HBHA単独でワクチン接種を行った第3群は、第2群よりも大きく下回っていた。ワクチン調製物の初回免疫から10週間後に、マウスに対して、10CFUのM tuberculosisを静脈内投与により感染させた。感染から6週間後に、各群4匹のマウスを屠殺し、マウスの様々な臓器中に存在するCFUの数を調べた。これらのマウスの肝臓、脾臓及び肺に存在する細菌の量を調べた。抵抗性(resistance)は、アジュバントのみをワクチン接種したコントロール第1群と、それぞれアジュバントとともにHBHAをワクチン接種した第2群及びBCGとともにHBHAをワクチン接種した第4群との細菌数の差をlog10で表したものと定義した。下記表2は、様々な免疫接種により誘導された防御効果を示している。
【表2】

【0109】
ネイティブHBHAによって生じた免疫反応により、不完全ではあるが、M tuberculosisの感染に対する抵抗性をマウスに与え得ることが、CFUの測定から示された。観察された抵抗性は、ネイティブHBHA及び従来技術の基準ワクチン(すなわち、BCG)ともに同程度の大きさであった。その結果、ネイティブHBHAの投与によって、BCGワクチンと同程度に、M tuberculosisによる感染からマウスが防御されるであろう。
【0110】
ネイティブHBHAによって観察された防御効果の誘導と、組換えHBHAによって誘導される防御効果を比較するために、メチル化された又はメチル化されていない型の組換えHBHAを用いた実験を行った。このように、免疫原性を有するメチル化された組換えHBHAにより、動物中で、M tuberculosisの感染に対する抵抗性が引き起こされるが、これはネイティブHBHAにより誘導されるものと同程度の効果を有する。
【0111】
さらなる側面において、本発明は、ミコバクテリア感染を治療するためのサブユニットワクチンであって、その製剤中にネイティブHBHAを包含するサブユニットワクチンを提供する。
【0112】
工業的規模でのワクチン組成物の製造という観点から言えば、遺伝子組換えされた産生生物を使用することは目的にかなったものであり、遺伝子組換えされた生物は、目的のタンパク質をコードする野生型生物のヌクレオチドによって容易に形質転換可能であるという点、及び特に無害性や成長パラメータの調節容易性について、遺伝子組換えされた生物は注意深く選別が為されているため、高価な専門的装置に投資する必要がない点で、遺伝子組換えされた産生生物は野生型生物より有利であることが多い。このため、本発明の好ましい側面は、ミコバクテリア感染の治療用サブユニットワクチンであって、有利には、組換え型のメチル化HBHA(すなわち、産業上及び安全性の必要性を充足するように入念に選別された組換え宿主細胞によって産生されるもの)を製剤中に含むことを特徴としたサブユニットワクチンに関する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
HBHA型のミコバクテリア抗原、特にM bovis BCG又はM tuberculosisから取得される抗原をコードするヌクレオチド配列のメチル化された形態の発現産物であることを特徴とする、免疫原性組換えペプチド配列。
【請求項2】
前記ヌクレオチド配列が、HBHAのヘパリン結合領域をコードすることを特徴とする、請求項1に記載の免疫原性組換えペプチド配列。
【請求項3】
前記メチル基が、HBHAのヘパリン結合領域内に存在するリジン残基によって担持されていることを特徴とする、請求項1又は2に記載の免疫原性組換えペプチド配列。
【請求項4】
前記リジン残基が、モノメチル化又はジメチル化されていることを特徴とする、請求項3に記載の免疫原性組換えペプチド配列。
【請求項5】
前記メチル基が、HBHAのヘパリン結合領域内に存在するリジン残基の全部又は一部によって担持されていることを特徴とする、請求項3又は4に記載の免疫原性組換えペプチド配列。
【請求項6】
前記メチル基が、HBHAのヘパリン結合領域内に存在するリジン残基の全てによって担持されていることを特徴とする、請求項3乃至5の何れか1項に記載の免疫原性組換えペプチド配列。
【請求項7】
モノクローナル抗体4057D2によって認識されることを特徴とする、請求項1乃至6の何れか1項に記載の免疫原性組換えペプチド配列。
【請求項8】
請求項1乃至7の何れか1項に記載の免疫原性組換えペプチド配列を産生する方法であって、
・組換え宿主細胞を用いて組換えHBHAタンパク質を産生する工程と、
・前記タンパク質を精製する工程と、
・組換えHBHAタンパク質の翻訳後メチル化を行う工程と、
を少なくとも備え、最後の二工程の順序は必要に応じて入れ替えてもよい方法。
【請求項9】
前記組換えHBHAタンパク質が、そのヘパリン結合領域によって構成されていることを特徴とする、請求項8に記載の産生方法。
【請求項10】
前記組換え宿主細胞が、細菌であることを特徴とする、請求項8又は9に記載の産生方法。
【請求項11】
前記細菌が、M smegmatisであることを特徴とする、請求項10に記載の産生方法。
【請求項12】
前記メチル化工程が、化学的に行われることを特徴とする、請求項8乃至11の何れか1項に記載の産生方法。
【請求項13】
前記メチル化工程が、酵素的に行われることを特徴とする、請求項8乃至11の何れか1項に記載の産生方法。
【請求項14】
前記メチル化反応が、ミコバクテリアの総タンパク質、特にM bovis BCG又はM smegmatisの総タンパク質から得た抽出物中に含有される少なくとも1つのメチルトランスフェラーゼによって触媒されることを特徴とする、請求項13に記載の産生方法。
【請求項15】
前記メチル化反応が、少なくとも1つの精製されたミコバクテリアのメチルトランスフェラーゼによって触媒されることを特徴とする、請求項13又は14に記載の産生方法。
【請求項16】
前記組換え宿主細胞が、HBHAと、1つの組換えメチルトランスフェラーゼまたは複数の組換えメチルトランスフェラーゼとを同時産生することを特徴とする、請求項13又は15に記載の産生方法。
【請求項17】
各組換えタンパク質が、発現ベクターによってコードされていることを特徴とする、請求項16に記載の産生方法。
【請求項18】
前記組換えタンパク質の全部又は一部が、同一の発現ベクターによってコードされていることを特徴とする、請求項16に記載の産生方法。
【請求項19】
HBHAと少なくとも1つの組換えミコバクテリアのメチルトランスフェラーゼとをコードしていることを特徴とする、組換えベクター。
【請求項20】
各組換えタンパク質の産生が、異なる制御配列によって調節されていることを特徴とする、請求項19に記載の組換えベクター。
【請求項21】
前記組換えタンパク質の全部又は一部の産生が、同一の制御配列によって調節されていることを特徴とする、請求項19に記載の組換えベクター。
【請求項22】
請求項19乃至21の何れか1項に記載の組換えベクターを保有する組換え宿主細胞。
【請求項23】
請求項1乃至7の何れか1項に記載された免疫原性組換えペプチド配列を産生する方法であって、
a)請求項22に記載の宿主細胞によって、HBHAタンパク質と、ミコバクテリアの1つのメチルトランスフェラーゼまたは複数のメチルトランスフェラーゼとを同時産生する工程と、
b)1つの組換えメチルトランスフェラーゼまたは複数の組換えメチルトランスフェラーゼによって前記組換えHBHAの翻訳後修飾によるメチル化を行う工程と、
c)前記メチル化された組換えHBHAを精製する工程と、
を少なくとも備えたことを特徴とする方法。
【請求項24】
請求項8乃至18及び23の何れか1項に記載された方法を用いて得ることができるメチル化された免疫原性組換えペプチド配列。
【請求項25】
ミコバクテリア感染、特に、M bovis又はM tuberculosisによる感染に対するワクチンを調製するための、請求項1乃至7の何れか1項に記載された免疫原性組換えペプチド配列の使用。
【請求項26】
薬学的に許容される製剤中に、メチル化された形態のHBHAを活性成分として含むことを特徴とする、免疫原性組成物。
【請求項27】
前記メチル化された形態が、1以上のアジュバントを伴うことを特徴とする、請求項26に記載の免疫原性組成物。
【請求項28】
前記メチル化された形態が、ネイティブHBHAであることを特徴とする、請求項26又は27に記載の免疫原性組成物。
【請求項29】
前記メチル化された形態が、請求項1乃至7の何れか1項に記載の組換えペプチド配列であることを特徴とする、請求項26又は27に記載の免疫原性組成物。
【請求項30】
投与量当り0.1乃至20μgの精製HBHAタンパク質を含むことを特徴とする、請求項28又は請求項29に記載の免疫原性組成物。
【請求項31】
投与量当り5μgの精製HBHAタンパク質を含むことを特徴とする、請求項30に記載の免疫原性組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−43087(P2010−43087A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2009−192176(P2009−192176)
【出願日】平成21年8月21日(2009.8.21)
【分割の表示】特願2003−545684(P2003−545684)の分割
【原出願日】平成14年11月18日(2002.11.18)
【出願人】(591282973)
【氏名又は名称原語表記】INSTITUT PASTEUR DE LILLE
【出願人】(596005872)アンスティテュ・ナシオナル・デゥ・ラ・サンテ・エ・デゥ・ラ・ルシェルシュ・メディカル (8)
【Fターム(参考)】