説明

メルカプトカルボン酸多価アルコールエステルの製造方法

【課題】メルカプトカルボン酸またはメルカプトカルボン酸エステルと多価アルコールとを反応させるメルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルおよび完全エステルを含むメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法において、副生成物の生成を抑制し、収率良く得る方法を提供すること
【解決手段】反応器の伝熱面の温度(T)と反応液の還流初期温度(T)との温度差を、0℃〜35℃の範囲内となるように伝熱面の温度を設定し、メルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メルカプトカルボン酸またはメルカプトカルボン酸エステルと多価アルコールとのエステルの製造方法に関し、さらに詳しくは特定の反応条件下(特に、特定の温度条件下)で反応を行なうことにより、副生成物の生成を抑制したメルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルおよび完全エステルを含むメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物を製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
1分子中に2個以上のチオール基を有する化合物は、エポキシ樹脂や、ウレタン樹脂等と混合することにより容易に反応して硬化物になることから、シーリング材、塗料、接着剤等に広く用いられている。
【0003】
たとえば、「総説エポキシ樹脂(第1巻 基礎編I2003年11月19日発行)」の204頁(非特許文献1)には、低温硬化剤として種々のポリチオール系硬化剤が記載されている。
【0004】
また、国際公開第09/075252号パンフレット(特許文献1)には、エポキシ樹脂の硬化剤としてチオール基に対してα位の炭素原子に分岐(置換基)を有するチオール化合物が記載され、さらには少なくとも一つの水酸基を含有するチオール化合物を併用することによって、可使時間を制御できることが記載されている。また、該チオール化合物の合成例においては、これらの完全エステル体や部分エステル体に加えて、p−トルエンスルホン酸付加体や3−メルカプトブタン酸付加体などが副成することが記載されている。
【0005】
従って、メルカプトカルボン酸またはメルカプトカルボン酸エステルと多価アルコールとのエステル化合物を硬化剤として利用する際に、p−トルエンスルホン酸付加体や3−メルカプトブタン酸付加体などの副生を抑制し、完全エステル体と未反応の水酸基を有する部分エステル体の含有量を制御したメルカプトカルボン酸多価アルコールエステルの混合物を安定的に得ることが、機能性や品質の安定した製品を供給する上で必要となる。メルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物を得る方法として、メルカプトカルボン酸と多価アルコールのエステル化反応後に不足分の部分エステル体または完全エステル体を加えて、目的の含有比率を達成したり、精製によって副生成物を除去したりすることもできるが、コストや手間がかかり、経済的な方法とはいえない。しかしながら、始めから部分エステルおよび完全エステルを目的の比率で含有し、副生成物の生成を抑制したメルカプトカルボン酸多価アルコールエステルを直接製造する方法についてはなんら開示がされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第09/075252号パンフレット
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】総説エポキシ樹脂(第1巻 基礎編I2003年11月19日発行)、204頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、メルカプトカルボン酸またはメルカプトカルボン酸エステルと多価アルコールとを反応させて得られるメルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルおよび完全エステルを含むメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法において、その他の副生成物を抑制して収率良く該部分エステル体および完全エステル体を目的の含有比率で得るための製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決すべく、本発明者は、メルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法について誠意研究を重ねたところ、反応器の伝熱面の温度と反応液の環流初期温度との温度差(ΔT)を特定範囲内になるように維持して反応を行なうことで、副生成物の生成を抑制したメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物を製造することが可能であることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は以下の[1]〜[8]に記載の、メルカプトカルボン酸多価アルコールエステルの製造方法に関する。
[1] 下記式(1)のメルカプトカルボン酸または下記式(2)のメルカプトカルボン酸エステルと分子中に水酸基を2〜6個有する多価アルコールとを反応器内で酸触媒の存在下で加熱し、エステル化反応させて得られるメルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルおよび完全エステルを含むメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法において、エステル化反応中の反応器伝熱面の温度(T)と反応液の還流初期温度(T)との温度差(ΔT=T−T)を、0℃〜35℃の範囲内となるように伝熱面の温度を設定して反応を行なうことを特徴とするメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法。
【0011】
【化1】

(式中、RおよびRは各々独立して水素原子または炭素数1〜3の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基または芳香族基を示し、Rは炭素数1〜3の直鎖状または分岐状のアルキレン基を示す。)
【0012】
【化2】

(式中、RおよびRは各々独立して水素原子または炭素数1〜3の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基または芳香族基を示し、Rは炭素数1〜3の直鎖状または分岐状のアルキレン基を示し、Rは炭素数1〜4の直鎖または分岐状のアルキル基を示す。)
【0013】
[2] 反応液の温度が還流初期温度(T)になるまで反応液を加熱する工程、還流温度(T)条件下にて反応を進行させる工程、反応を終了する工程を含むことを特徴とする前記[1]に記載のメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法。
[3] 20kPa〜90kPaの圧力条件下でエステル化反応を行なうことを特徴とする前記[1]または[2]に記載のメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法。
【0014】
[4] 前記酸触媒が硫酸、ベンゼンスルホン酸、トルエンスルホン酸、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸の少なくとも一種であることを特徴とする前記[1]〜[3]のいずれかに記載のメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法。
【0015】
[5] 前記メルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルの90モル%以上が、未反応の水酸基を1個のみ有する部分エステル体であることを特徴とする前記[1]〜[4]のいずれかに記載のメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法。
[6] 分子中に水酸基を2〜6個有する多価アルコールが、エタンジオール、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール、ジペンタエリスリトールのいずれかであることを特徴とする前記[1]〜[5]のいずれかに記載のメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法。
【0016】
[7] エステル化反応を疎水性有機溶媒中で行なうことを特徴とする前記[1]〜[6]のいずれかに記載のメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法。
[8] 前記疎水性有機溶媒がジクロロメタン、クロロホルム、ベンゼン、トルエン、キシレン、メシチレン、エチルベンゼン、イソプロピルベンゼンのいずれかであることを特徴とする前記[7]に記載のメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、メルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルおよび完全エステルを含むメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物を、その他の副生成物を抑制して、収率良く製造することができる。
【0018】
このようにして得られたメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物は、エポキシ樹脂や、ウレタン樹脂等と混合する硬化剤などとして安定した性能を発揮し、好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】3MBAの転化率と生成物の収率に関する経時変化を示した図である(実施例1)
【図2】3MBAの転化率と生成物の収率に関する経時変化を示した図である(実施例6)
【図3】3MBAの転化率と生成物の収率に関する経時変化を示した図である(実施例7)
【図4】3MBAの転化率と生成物の収率に関する経時変化を示した図である(比較例2)
【図5】3MBAの転化率と生成物の収率に関する経時変化を示した図である(比較例4)
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。
[メルカプトカルボン酸またはメルカプトカルボン酸エステルと多価アルコールとの反応によるメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法]
本発明に係るメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法では、下記一般式(1)で表されるメルカプトカルボン酸(メルカプトカルボン酸(1)ともいう)または下記一般式(2)で表されるメルカプトカルボン酸エステル(メルカプトカルボン酸エステル(2)ともいう)と分子中に水酸基を2〜6個有する多価アルコールとの反応において、反応器の伝熱面の温度(T)と反応液の環流初期温度(T)との温度差(ΔT)を特定範囲内に維持してエステル化反応を行なうことで、副生成物を抑制し、反応生成物であるメルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルおよび完全エステルを目的の含有比率、かつ高収率で得る。
【0021】
【化3】

(式中、RおよびRは各々独立して水素原子または炭素数1〜3の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基または芳香族基を示し、Rは炭素数1〜3の直鎖状または分岐状のアルキレン基を示す。)
【0022】
【化4】

(式中、RおよびRは各々独立して水素原子または炭素数1〜3の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基または芳香族基を示し、Rは炭素数1〜3の直鎖状または分岐状のアルキレン基を示し、Rは炭素数1〜4の直鎖または分岐状のアルキル基を示す。)
【0023】
なお、上記反応の好適例として、一般式(1)で表される化合物として3−メルカプトブタン酸(3−MBAと略す)と、分子中に水酸基を2〜6個有する多価アルコールとしてペンタエリスリトール(PE−OHと略す)とを反応させて、テトラキス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステル(PEMBと略す)とトリス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステル(PE3MBと略す)を主生成物とした混合物を得る例を示すと下記の通りとなる。なお、反応式中PE2MBは少量生成するビス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステルである(反応例A)。
【0024】
【化5】

【0025】
本発明では、n価(nは2〜6の整数を表す)の多価アルコールに対し、エステル化度nのメルカプトカルボン酸多価アルコールエステルをメルカプトカルボン酸多価アルコール完全エステル(完全エステル体ともいう)といい、エステル化度1〜(n−1)のメルカプトカルボン酸多価アルコールエステルをメルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステル(部分エステル体ともいう)という。
ここで、「エステル化度」とはメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル中のエステル結合の数を意味する。
反応例Aでいうと、部分エステル体はPE3MB、PE2MB、PE1MB(モノ(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステル)を合わせたもの又はそれぞれをいう。
【0026】
本発明では、エステル化反応に酸触媒を用いている。その結果、本発明のメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物には、下記式(3)に示されるような触媒付加体(以下、触媒付加体(3)ともいう)が副生成物として微量に含まれることがある。また、下記式(4)に示されるように完全エステル体のチオール基にさらにメルカプトカルボン酸1分子が反応したチオエステル体(以下、チオエステル体(4)ともいう)が副生成物として微量に含まれることもある。
【0027】
【化6】

(式中R〜Rは、式(1)または(2)と同一のものを指す。Xはn価の多価アルコールから水酸基を除いた残基を指す(n=2〜6)。Yは酸触媒から水素一分子を除いた残基を示す。)
【0028】
【化7】

(式中R〜Rは、式(1)または(2)と同一のものを指す。Xはn価の多価アルコールから水酸基を除いた残基を指す(n=2〜6)。)
【0029】
本明細書における「メルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物」には、メルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルおよび完全エステル(それぞれ部分エステル体、完全エステル体ともいう)の他に、前記の微量副生成物が含まれる。
具体例として、上記反応例Aでは、下記式(5)〜(6)で示される化合物が副生成物として微量に含まれる。
【0030】
【化8】

【0031】
【化9】

【0032】
また、本発明におけるメルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルは、n価の多価アルコール(n=2〜6)に対し、1〜(n−1)個のメルカプトカルボン酸(1)またはメルカプトカルボン酸エステル(2)が脱水縮合またはエステル交換したメルカプトカルボン酸と多価アルコールとのエステル化合物を指す。n価の多価アルコールの部分エステル体中には、(n−1)個のメルカプトカルボン酸が脱水縮合またはエステル交換した化合物が、部分エステル体全体に対して、90モル%以上含まれ、好ましくは95モル%以上含まれ、より好ましくは99モル%以上含まれることが望ましい。
【0033】
<メルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造工程>
本発明に係るメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物は、メルカプトカルボン酸(1)またはメルカプトカルボン酸エステル(2)と、分子中に水酸基を2〜6個有する多価アルコールとを、酸触媒の存在下で反応を行い、エステル化工程中の反応器の伝熱面の温度(T)と反応液の還流初期温度(T)との温度差を一定範囲内に維持して反応させることによって得られる。なお、上記反応は溶媒を用いてもよく、用いなくともよい。
【0034】
(イ)原料、生成物
(イ−1)メルカプトカルボン酸(1)およびメルカプトカルボン酸エステル(2)
本発明で用いられるメルカプトカルボン酸(1)は、下記化学式(1)に示すように、一方の末端にカルボキシル基を有し、他方の末端にメルカプト基と、水素原子または炭素数1〜3のアルキル基または芳香族基を有する化合物である。
【0035】
【化10】

(式中、RおよびRは各々独立して水素原子または炭素数1〜3の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基または芳香族基を示し、Rは炭素数1〜3の直鎖状または分岐状のアルキレン基を示す。)
【0036】
上記式(1)中において、RおよびRは各々独立して水素原子または炭素数1〜3の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基または芳香族基を示す。炭素数1〜3の直鎖状または分岐状のアルキル基として、具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基などが挙げられる。芳香族基として、具体的には、フェニル基、ベンジル基、トリル基、キシリル基などが挙げられる。これらの中でも、RおよびRが各々独立して水素原子またはメチル基であるものが、原料入手性の観点から好ましい。
【0037】
上記式(1)中において、Rは炭素数1〜3の直鎖状または分岐状のアルキレン基を示す。炭素数1〜3の直鎖状または分岐状のアルキレン基として、具体的には、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、イソプロピレン基などが挙げられる。これらの中でも、メチレン基、エチレン基が原料入手性の観点から好ましい。
【0038】
これらの中でも、上記式(1)中において、RおよびRがそれぞれ、水素原子、炭素数1〜3のアルキル基である2級メルカプトカルボン酸が好ましく、更にはRおよびRがそれぞれ、水素原子、メチル基、Rが炭素数1のアルキル基である3−メルカプトブタン酸が、原料入手性の観点からより好ましい。
【0039】
上記メルカプトカルボン酸(1)として、具体的には、2−メルカプトプロピオン酸、3−メルカプトプロピオン酸、3−メルカプトブタン酸、2−メルカプトイソ酪酸、3−メルカプトイソ酪酸、3−メルカプト−3−メチル酪酸、2−メルカプト吉草酸、3−メルカプトイソ吉草酸、4−メルカプト吉草酸、3−フェニル−3メルカプトプロピオン酸等が好ましい。
【0040】
本発明で用いられるメルカプトカルボン酸エステル(2)は、下記一般式(2)に示すように、一方の末端にエステル基を有し、他方の末端にメルカプト基と、水素原子または炭素数1〜3のアルキル基または芳香族基を有する化合物である。
【0041】
【化11】

(式中、RおよびRは各々独立して水素原子または炭素数1〜3の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基または芳香族基を示し、Rは炭素数1〜3の直鎖状または分岐状のアルキレン基を示し、Rは炭素数1〜4の直鎖または分岐状のアルキル基を示す。)
【0042】
上記式(2)中において、RおよびRは式(1)と同様である。
上記式(2)中において、Rは炭素数1〜3の直鎖状または分岐状のアルキレン基を示す。炭素数1〜3の直鎖状または分岐状のアルキレン基として、具体的には、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、イソプロピレン基などが挙げられる。これらの中でも、メチレン基、エチレン基のものが原料入手性の観点から好ましい。
【0043】
上記式(2)中において、Rは炭素数1〜4の直鎖または分岐状のアルキル基を示す。具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、イソプロピル基、sec−ブチル基、イソブチル基、t−ブチル基などが挙げられる。これらの中でも、Rがメチル基、エチル基のものが、原料入手性の観点から好ましい。
【0044】
これらの中でも、上記式(2)中において、RおよびRがそれぞれ、水素原子、炭素数1〜3のアルキル基である2級メルカプトカルボン酸アルキルエステルが好ましく、更にはRおよびRがそれぞれ、水素、メチル基、Rが炭素数1のアルキレン基である3−メルカプトブタン酸アルキルエステルが、原料入手性の観点からより好ましい。
【0045】
上記メルカプトカルボン酸エステル(2)として、具体的には、3−メルカプトブタン酸メチル、3−メルカプトブタン酸エチル、4−メルカプト吉草酸メチル、4−メルカプト吉草酸エチル、3−メルカプトイソ吉草酸メチル、3−メルカプトイソ吉草酸メチル、3−フェニル−3メルカプトプロピオン酸メチル、2−メルカプトプロピオン酸エチルエステル等が好ましい。
【0046】
(イ−2)多価アルコール
本発明で用いられる2〜6価の多価アルコールとして具体的には、エチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、トリプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、ネオペンチルグリコール、1,2−プロパンジオール、1,3−プロパンジオール、1,3−ブタンジオール、1,4−ブタンジオール、1,2−ペンタンジオール、1,3−ペンタンジオール、2,3−ペンタンジオール、1,4ペンタンジオール、1,5−ペンタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、1,9−ノナンジオール、トリシクロデカンジメタノール、2,2−ビス(2−ヒドロキシエトキシフェニル)プロパン、ビスフェノールAアルキレンオキシド付加物、ビスフェノールFアルキレンオキシド付加物、ビスフェノールSアルキレンオキシド付加物、1,4−シクロヘキサンジオール、1,4−シクロヘキサンジメタノール、1,2−ヘキサンジオール、1,3−ヘキサンジオール、2,3−ヘキサンジオール、1,4−ヘキサンジオール、2,4−ヘキサンジオール、3,4−ヘキサンジオール、1,5−ヘキサンジオール、2,5−ヘキサンジオール、1,6−ヘキサンジオール、9,9−ビス[4−(2−ヒドロキシエチル)フェニル]フルオレン等の2価のアルコール;
グリセリン、ジグリセリン、トリメチロールエタン、トリメチロールプロパン、トリエチロールエタン、トリエチロールプロパン、ジトリメチロールプロパン、トリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート、ヘキサントリオール、ソルビトール、ペンタエリスリトール、ジペンタエリスリトール、ショ糖等の3価以上のアルコールが挙げられる。
【0047】
これらの中でも、3価または4価のアルコールを用いることが、メルカプトカルボン酸多価アルコールエステルを硬化剤用途等に用いる際の機能性等の面から好ましい。具体的には、ペンタエリスリトール、トリス(2−ヒドロキシエチル)イソシアヌレート等が原料入手性の観点から好ましい。
【0048】
なお、上記多価アルコールと上記メルカプトカルボン酸(1)またはメルカプトカルボン酸エステル(2)とを反応させる際のモル比は、理論的には、多価アルコール中の水酸基1molに対して、メルカプトカルボン酸(1)またはメルカプトカルボン酸エステル(2)が等モルとなるように用いればよい。
収率、純度、コストの観点からは、上記モル比は、通常、多価アルコール中の水酸基1molに対して、メルカプトカルボン酸(1)またはメルカプトカルボン酸エステル(2)が、通常0.8〜1.5mol、好ましくは0.9〜1.1molである。
【0049】
(イ−3)酸触媒
本発明の上記メルカプトカルボン酸(1)またはメルカプトカルボン酸エステル(2)と分子中に水酸基を2〜6個有する多価アルコールとの反応に用いることのできる酸触媒には特に制限はないが、固体酸触媒、有機酸触媒、無機酸触媒、イオン交換樹脂、ヘテロポリ酸などが挙げられ、特に有機酸触媒、無機酸触媒、イオン交換樹脂が反応性の観点から好ましい。
【0050】
酸触媒としては、プロトン酸であることが好ましく、例えば、p−トルエンスルホン酸、ナフタレンスルホン酸、カンファースルホン酸、ベンゼンスルホン酸、o−トルエンスルホン酸、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸、ブタンスルホン酸、イソブタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、硫酸、塩酸、リン酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、H型イオン交換樹脂等を用いることができる。特にp−トルエンスルホン酸や、硫酸のような無機プロトン酸が工業的な入手のし易さ、及び値段が安価という観点から好ましい。これらの酸触媒は1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0051】
酸触媒の添加量は、多価アルコールの水酸基1molに対して0.1〜15mol%が好ましく、より好ましくは0.5〜10mol%である。
酸触媒の添加量は、多価アルコールの水酸基1molに対して15mol%を超えると反応時に副反応により臭気原因となる分解物が生成する可能性があり、0.1mol%未満であると反応速度を速くするという触媒効果が得られない傾向にある。
【0052】
(イ−4)溶媒
本発明のエステル化反応は種々の溶媒を用いることができる。
溶媒としては、芳香族溶媒や脂肪族溶媒が挙げられる。
芳香族溶媒の具体例としてはトルエン、キシレン、エチルベンゼン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン、トリクロロベンゼン等を上げることができる。
脂肪族溶媒の具体例としては、ヘキサン等を上げることができる。
これらの溶媒は1種単独で用いてもよく、2種以上を任意の割合で組み合わせて用いても良い。
【0053】
該反応溶媒の使用量は特に限定されないが、通常、多価アルコール及びメルカプトカルボン酸の総量100質量部に対して50〜2000質量部の量で用いることができ、好ましくは100〜1000質量部の量で用いる。
【0054】
また、減圧下で本発明のエステル化反応を行うことにより、上記エステル化反応中に副生する水あるいはアルコールと溶媒の共沸を利用して、前述の副生物を系内から除去する目的で、上記の溶媒を用いることもできる。
【0055】
溶媒は、反応を促進する目的の他に、臭気物質を効果的に除去する目的で加えることもできる。溶媒は、反応初期から加えても良いし、反応を行っている際に少しずつ添加する方法でも良い。水あるいはアルコールの沸点や除去しようとする化合物の沸点に比較的近い溶媒の場合には、初めから添加して反応することもできるが、反応中に少量ずつ添加して反応することが、反応の促進と臭気低減に有効である。
【0056】
(イ−5)メルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物
上記メルカプトカルボン酸(1)またはメルカプトカルボン酸エステル(2)と上記多価アルコールとを特定の温度条件下で反応させて得られる、メルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルおよび完全エステルを含むメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物は、上述の通り、該部分エステル体および完全エステル体の他に、触媒付加体(3)および、チオエステル体(4)等の副生成物を微量に含む混合物である。これらの副生成物の含有量は、メルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物に対して、通常1質量%以下、好ましくは0.8質量%以下、より好ましくは0.5質量%以下であることが、品質や機能性の安定面から望ましい。これらの副生成物が1質量%以上含まれると、メルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物を硬化剤などに用いた場合に、硬化性能に影響を与え、品質が低下するなどの問題がある。
【0057】
該部分エステル体は、メルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物に対して、40質量%以下、好ましくは5質量%〜30質量%、より好ましくは10質量%〜25質量%含まれていることが望ましい。また、該完全エステル体はメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物に対して、60質量%以上、好ましくは70質量%〜95質量%、より好ましくは75質量%〜90質量%含まれていることが望ましい。
【0058】
該部分エステル体と完全エステル体の含有量は、メルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物をエポキシ樹脂やウレタン樹脂等の硬化剤として用いる際の可使時間や保存安定性に影響する。一般に部分エステル体の含有量を増やすと、メルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の反応性が上がり、硬化剤として用いたときの可使時間を短縮する方向に調整することができるが、一方で保存安定性については低下する傾向にある。従って、メルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の用途や目的とする物性を考慮して、部分エステル体と完全エステル体の含有量を上記範囲内で適宜コントロールすることが望ましい。
【0059】
該部分エステル体を含まない場合、硬化剤として用いた場合の用途などによっては硬化不良等を招く場合がある。また、該部分エステル体の含有量が40質量%以上である場合、反応性が過剰に向上して、硬化剤として使用する際の可使時間が短かすぎたり、メルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物としての保存安定性が低下するなどの問題がある。
【0060】
上記メルカプトカルボン酸と上記多価アルコールとを反応させて得られるメルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルおよび完全エステルを具体的に示せば、下記の通りである;
トリス(3−メルカプトプロピオン酸)−1,1,1−トリメチロールエタンエステルおよびビス(3−メルカプトプロピオン酸)−1,1,1−トリメチロールエタンエステル、トリス(3−メルカプトプロピオン酸)−1,1,1−トリメチロールプロパンエステルおよびビス(3−メルカプトプロピオン酸)−1,1,1−トリメチロールプロパンエステル、トリス(3−メルカプトプロピオン酸)−1,1,1−トリエチロールエタンエステルおよびビス(3−メルカプトプロピオン酸)−1,1,1−トリエチロールエタンエステル、トリス(3−メルカプトプロピオン酸)−1,1,1−トリエチロールプロパンエステルおよびビス(3−メルカプトプロピオン酸)−1,1,1−トリエチロールプロパンエステル、ビス(3−メルカプトプロピオン酸)ペンタエリスリトールエステルおよびトリス(3−メルカプトプロピオン酸)ペンタエリスリトールエステルおよびテトラキス(3−メルカプトプロピオン酸)ペンタエリスリトールエステルなどの多価アルコールと、3−メルカプトプロピン酸とを反応させて製造されるメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル;
トリス(3−メルカプトブタン酸)−1,1,1−トリメチロールエタンエステルおよびビス(3−メルカプトブタン酸)−1,1,1−トリメチロールエタンエステル、トリス(3−メルカプトブタン酸)−1,1,1−トリメチロールプロパンエステルおよびビス(3−メルカプトブタン酸)−1,1,1−トリメチロールプロパンエステル、トリス(3−メルカプトブブタン酸)−1,1,1−トリエチロールエタンエステルおよびビス(3−メルカプトブブタン酸)−1,1,1−トリエチロールエタンエステル、トリス(3−メルカプトブタン酸)−1,1,1−トリエチロールプロパンエステルおよびビス(3−メルカプトブタン酸)−1,1,1−トリエチロールプロパンエステル、ビス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステルおよびトリス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステルおよびテトラキス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステルなどの多価アルコールと、3−メルカプトブタン酸とを反応させて製造されるメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル;
テトラキス(3,3−ジメチル−3−メルカプトプロピオン酸)ペンタエリスリトールエステルおよびトリス(3,3−ジメチル−3−メルカプトプロピオン酸)ペンタエリスリトールエステルおよびビス(3,3−ジメチル−3−メルカプトプロピオン酸)ペンタエリスリトールエステル、トリス(3,3−ジメチル−3−メルカプトプロピオン酸)トリメチロールプロパンエステルおよびビス(3,3−ジメチル−3−メルカプトプロピオン酸)トリメチロールプロパンエステル;
テトラキス(3,3−ジメチル−2−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステルおよびトリス(3,3−ジメチル−2−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステルおよびビス(3,3−ジメチル−2−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステル;
テトラキス(2−メルカプトプロピオン酸)ペンタエリスリトールエステルおよびトリス(2−メルカプトプロピオン酸)ペンタエリスリトールエステルおよびビス(2−メルカプトプロピオン酸)ペンタエリスリトールエステル、トリス(2−メルカプトプロピオン酸)トリメチロールプロパンエステルおよびビス2−メルカプトプロピオン酸)トリメチロールプロパンエステル、ヘキサキス(2−メルカプトプロピオン酸)ビスペンタエリスリトールエステルおよびペンタキス(2−メルカプトプロピオン酸)ビスペンタエリスリトールエステルおよびテトラキス(2−メルカプトプロピオン酸)ビスペンタエリスリトールエステルおよびトリス(2−メルカプトプロピオン酸)ビスペンタエリスリトールエステルおよびビス(2−メルカプトプロピオン酸)ビスペンタエリスリトールエステル;
テトラキス(3−フェニル−3−メルカプトプロピオン酸)ペンタエリスリトールエステルおよびトリス(3−フェニル−3−メルカプトプロピオン酸)ペンタエリスリトールエステル、ヘキサキス(3−フェニル−3−メルカプトプロピオン酸)ビスペンタエリスリトールエステルおよびペンタキス(3−フェニル−3−メルカプトプロピオン酸)ビスペンタエリスリトールエステルおよびテトラキス(3−フェニル−3−メルカプトプロピオン酸)ビスペンタエリスリトールエステル;
テトラキス(2,2−ジメチル−2−メルカプト酢酸)ペンタエリスリトールエステルおよびトリス(2,2−ジメチル−2−メルカプト酢酸)ペンタエリスリトールエステル、テトラキス(2−メルカプト−2−フェニル酢酸)ペンタエリスリトールエステルおよびトリス(2−メルカプト−2−フェニル酢酸)ペンタエリスリトールエステル;および
1,3,5−トリス(3−メルカプトプロピルオキシエチル)−1,3,5−トリアジン−2,4,6(1H,3H,5H)−トリオンおよび1,3−ビス(3−メルカプトプロピルオキシエチル)−1,3,5−トリアジン−2,4,6(1H,3H,5H)−トリオン、1,3,5−トリス(3−メルカプトブチルオキシエチル)−1,3,5−トリアジン−2,4,6(1H,3H,5H)−トリオン、1,3,5−トリス(3,3−ジメチル−3−メルカプトプロピオニルオキシエチル)−1,3,5−トリアジン−2,4,6(1H,3H,5H)−トリオン、1,3,5−トリス(3−フェニル−3−メルカプトプロピオニルオキシエチル)−1,3,5−トリアジン−2,4,6(1H,3H,5H)−トリオン、1,3,5−トリス(2−メルカプトプロピオニルオキシエチル)−1,3,5−トリアジン−2,4,6(1H,3H,5H)−トリオンなどの、1,3,5−トリアジン−2,4,6(1H,3H,5H)−トリオン誘導体。
【0061】
これらメルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルおよび完全エステルの中でも、汎用的に使用される材料としての観点から、3−メルカプトブタン酸とペンタエリスリトールとの部分エステルおよび完全エステル、3−メルカプトブタン酸とN,N,N−トリエタノール−1,3,5−トリアジン−2,4,6(1H,3H,5H)−トリオンとの部分エステルおよび完全エステルがより好ましい。
【0062】
(ロ)メルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造条件
本発明のメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物を得るにあたり、上記メルカプトカルボン酸(1)またはメルカプトカルボン酸エステル(2)と多価アルコールとの反応条件(反応温度、反応圧力など)は、以下の通りである。
【0063】
(ロ−1)反応温度
本発明においては、メルカプトカルボン酸(1)またはメルカプトカルボン酸エステル(2)と多価アルコールとの反応において、反応中の伝熱面の温度(T)と反応液の還流初期温度(T)との温度差(ΔT)が特定温度範囲内となるように伝熱面の温度を設定することを特徴とする。これにより、得られるメルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルおよび完全エステルを収率良く生成し、副生成物として生じる触媒付加体(3)とチオエステル体(4)の含有量を抑制することができる。
【0064】
反応液の還流初期温度(T)とは、反応に疎水性有機溶媒を用いた場合には該疎水性有機溶媒(用いない場合には含まれない)、反応中に生成する水あるいはアルコール、その他低沸点の不純物などが含まれる混合物の還流が開始した時点の反応液の温度のことを指す。低沸点の不純物としては、原料由来の副生成物や反応中の分解物として、メルカプトカルボン酸エステル類及びその脱SH化合物や低分子量カルボン酸やカルボン酸エステル、ケトン類、アルデヒド類などが挙げられる。この還流初期温度(T)は、反応液の組成や圧力条件により異なるが、これらの混合物の挙動を正確に予測することは困難であるため、あらかじめ予備実験を行い、同じ組成及び圧力条件下での反応液の還流初期温度(T)を調べておくことが望ましい。例えば、前記反応例(A)において、3−メルカプトブタン酸(3MBA)、ペンタエリスリトール(PET)、p−トルエンスルホン酸、およびトルエンを46kPaの条件下で加熱した場合の還流初期温度(T)は以下の表に示すとおりであった。
【0065】
【表1】

【0066】
また、反応液の還流温度(T)は、メルカプトカルボン酸(1)またはメルカプトカルボン酸エステル(2)と多価アルコールとの反応を終了するまでの全工程中のある時点での反応液の還流温度のことを指す。すなわち、還流温度(T)は還流初期温度(T)を含み、反応の進行に伴って、原料や生成物など反応液の組成の変化や加熱時間の影響を受けて、変動する値である。本発明の製造を圧力一定のもとで行なった場合には、反応液の還流温度(T)は通常、還流初期温度(T)〜(還流初期温度(T)+10℃)の範囲で変動する。
【0067】
また、上記反応の際の反応器の伝熱面の温度(T)は、反応液の還流初期温度(T)との温度差(ΔT=T−T)が通常0℃〜35℃の範囲、好ましくは0℃〜20℃の範囲、より好ましくは5℃〜15℃の範囲となるように設定する。温度差(ΔT)がマイナスであると、反応で生成する水またはアルコールの留去速度が落ちるので、それに伴って反応速度も低下し、長時間の加熱による分解物等の不純物が増えるなどの問題がある。温度差(ΔT)が35℃より大きいと、メルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルおよび完全エステルの収率が下がり、触媒付加体(3)、チオエステル体(4)などの副生成物が増える傾向にある。
【0068】
上記反応の際の加熱方法については、特に限定されるものではないが、反応器をオイルバスで加熱する方法、スチームで加熱する方法、ヒーターで加熱する方法などが挙げられる。100ml〜5L程度のスケールのバッチ式で反応を行なう場合は、オイルバスで加熱して反応させる方法が好ましく、100Lスケールのバッチ式や連続化工程で反応を行なう場合は、スチームで加熱して反応させる方法が好ましい。
【0069】
なお、反応液の還流初期温度(T)や反応液の還流温度(T)として記載される反応液の温度は、温度センサーを反応液中に浸漬して計測した実測値である。また、伝熱面の温度(T)としては、オイルバスを用いて加熱する場合には反応器近傍のオイルの温度の実測値、スチームで加熱する場合にはジャケット温度の実測値を用いる。なお、伝熱面の温度(T)は、TIC制御にてコントロールする。
バッチ式の場合、反応器内の温度が均一になるように攪拌羽を用いて、通常、攪拌羽先端の線速度150m/min以上で攪拌することが望ましい。
【0070】
なお、従来のエステル化反応では、生成する水あるいはアルコールの留去速度(還流量)を上げて、反応の加速を図るために、伝熱面の温度と反応液の還流初期温度との温度差(ΔT)をなるべく大きく設定することが一般的である。例えば、上記反応例(A)で本願発明のようにΔTを10℃に設定して反応を行うと、加熱開始から反応終了までに要する時間は8時間程度であるが、ΔTを40℃に設定すると要する時間は5時間程度である。すなわち、本願発明のようにΔTを0〜35℃にすると、反応速度の大きな加速を見込むことはできないが、その代わりに触媒付加体(3)、あるいはチオエステル体(4)等の副生成物の生成を抑制して、メルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルおよび完全エステルを収率良く安定的に製造できるという大きなメリットがある。
【0071】
(ロ−2)反応圧力
本発明は、反応を大気圧よりも低い圧力下、つまり減圧条件にて行なうことが好ましい。減圧条件において反応を行なうことで、副生する水あるいはアルコールを留去させながら反応を行なうことができ、反応を促進させることにより反応時間の短縮、生産性の向上を図ることができる。具体的には20kPa〜90kPaの圧力で、より好ましくは25kPa〜70kPaで、さらに好ましくは30kPa〜60kPaで反応を行なうのが良い。圧力条件が20kPaより小さいと、前記の還流初期温度(T)が下がり、反応が進行しない傾向にある。なお、メルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造は、減圧条件に限られず、常圧でも行なうことができる。
【0072】
(ロ−3)反応スケール
上記反応のスケールは、数百mLのスケールから数千Lの工業スケールまで広く実施可能である。
【0073】
(ロ−4)反応時間
上記反応の反応時間は、メルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルおよび完全エステルを効率よく、特に、工業的に許容できる時間内で製造するというという観点からは、上記温度で通常、1〜10時間、好ましくは4〜8時間程度である。
具体的には、HPLC分析にて反応液の組成をモニタリングし、多価アルコールの転化率が100%(すなわち多価アルコールの含有率0%)になる時点からメルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルの含有量が0%となる時点の間で、適宜目的の組成比が得られた時点で反応を終了する。
【0074】
上記の条件にて反応を行なうことで触媒付加体(3)およびチオエステル体(4)等への副反応が抑えられ、メルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルおよび完全エステルを特定量で含有するメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物を製造することができる。
【実施例】
【0075】
以下、実施例および比較例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの記載により何らの限定を受けるものではない。
【0076】
メルカプトカルボン酸多価アルコール混合物の分析に用いたHPLCの測定条件は下記の通りである。
[HPLC]
カラム: Shodex 5C8−4E 2本
カラム温度: 40℃
溶離液: アセトニトリル/0.03wt%リン酸水溶液(v/v)=2/1
流速: 1.0ml/min
サンプル注入量: 20μL
検出器: UV 210nm あるいは RI検出器
【0077】
[実施例1]
攪拌器付きの4つ口フラスコに、温度計、Dean−Stark装置と冷却管を備えた留出水分離槽を設けた。冷却管の上部末端には、アスピレーター、圧力計および減圧調節弁を耐圧ホースで接続して圧力調節弁により所定の圧力にコントロールできる装置を設置した。
【0078】
まず、4つ口フラスコにトルエン(92.7g、1.01mol、純正化学(株)製)と3−メルカプトブタン酸(68.4g、0.569mol、淀化学(株)製)を添加し、ペンタエリスリトール(19.4g、0.142mol、品名:ペンタリットーTS、広栄化学工業(株)製)とp−トルエンスルホン酸・1水和物(3.4g、0.0178mol、江南化工(株)製)を加えた。また、Dean−Stark装置には予めトルエン(30g、0.32mol、純正化学(株)製)を添加し、反応で発生する水を置換するようにした。次に、内容物を攪拌しながらフラスコ内を46kPaまで徐々に減圧し、昇温を開始した。このときのオイルバスの熱媒温度(T)は90℃(ΔT=5℃)とした。約20分後に内容物の内部温度が85℃に到達すると伴に溶媒の還流が始まった。還流が開始した時間を開始時間として、HPLCにて、反応液の組成をモニタリングし、同時に生成する水の量で反応の進行度合いを確認しながら反応を行なった。6時間反応を行って、主生成物のPE1が80.5%、PE3MBが18.5%に達し、目的の組成が得られたところで反応を終了した。原料の転化率及び生成物の収率(PET基準)は以下の通りであった。
【0079】
ペンタエリスリトール〔PET〕:転化率100%
3−メルカプトブタン酸〔3MBA〕:転化率94.5%
テトラキス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステル〔PE1〕:収率80.5%
トリス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステル〔PE3MB〕:18.5%
ビス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステル〔PE2MB〕:0.4%
モノ(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステル〔PE1MB〕:0.0%
テトラキス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステルモノ(3−メルカプトブタン酸)チオエステル〔PE5MB〕:0.5%
トリス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステルモノスルホニルエステル〔スルホニル化合物〕:0.1%
尚、還流は85℃で始まり段々還流温後が上昇し90℃到達後は一定であった。
【0080】
[実施例2〜5]
熱媒の温度を表2に記載の通りに変えたこと以外は、実施例1と同様に反応を行った。
【0081】
[実施例7]
2000Lグラスライニング反応缶に、熱交換器と凝縮水を分離するセトラーを設け、熱交換器からイジェクターにて圧力を調整できる装置を設置した。
まず、2000Lグラスライニング反応缶にトルエン(265kg、2.88kmol、純正化学(株)製)と3−メルカプトブタン酸(200kg、1.66kmol、淀化学(株)製)を添加し、ペンタエリスリトール(56.6kg、0.416kmol、品名:ペンタリットーTS、広栄化学工業(株)製)とp−トルエンスルホン酸・1水和物(9.9kg、0.052kmol、江南化工(株)製)を加えた。また、共沸のトルエンと水を分離するための静置分離槽には予めトルエン(30kg、0.32kmol、純正化学(株)製)を添加し、反応で発生する水を置換するようにした。次に、内容物を攪拌しながら反応器内の圧力を46kPaまで徐々に減圧し、スチームを熱媒に用いて昇温を開始した。このときのスチームの熱媒温度(T)は110℃(ΔT=25℃)とした。約30分後に内容物の内部温度が85℃に到達するとともに溶媒の還流が始まった。還流が開始した時間を開始時間として、HPLCにて、反応液の組成をモニタリングし、同時に生成する水の量で反応の進行度合いを確認しながら反応を行なった。6時間反応を行って、主生成物のPE1が80.8%、PE3MBが17.9%に達し、目的の組成が得られたところで反応を終了した。原料の転化率及び生成物の収率は以下の通りであった。
【0082】
ペンタエリスリトール〔PET〕:転化率100%
3−メルカプトブタン酸〔3MBA〕:転化率94.5%
テトラキス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステル〔PE1〕:収率80.8%
トリス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステル〔PE3MB〕:17.9%
ビス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステル〔PE2MB〕:0.4%
モノ(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステル〔PE1MB〕:0.0%
テトラキス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステルモノ(3−メルカプトブタン酸)チオエステル〔PE5MB〕:0.8%
トリス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステルモノスルホニルエステル〔スルホニル化合物〕:0.3%
尚、還流は85℃で始まり段々還流温後が上昇し95℃到達後は一定であった。
【0083】
[比較例1]
オイルバスの熱媒温度(T)を130℃(ΔT=45℃)とした以外は、実施例1と同様にして反応を行った。また、還流が開始した時間を開始時間とし反応を行い、6時間反応を行った。原料の転化率及び生成物の収率(PET基準)は以下の通りであった。
ペンタエリスリトール〔PET〕:転化率100%
3−メルカプトブタン酸〔3MBA〕:転化率95.2%
テトラキス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステル〔PE1〕:収率80.5%
トリス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステル〔PE3MB〕:17.5%
ビス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステル〔PE2MB〕:0.3%
モノ(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステル〔PE1MB〕:0.0%
テトラキス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステルモノ(3−メルカプトブタン酸)チオエステル〔PE5MB〕:1.0%
トリス(3−メルカプトブタン酸)ペンタエリスリトールエステルモノスルホニルエステル〔スルホニル化合物〕:0.7%
尚、還流は85℃で始まり段々還流温後が上昇し95℃到達後は一定であった。
【0084】
[比較例2〜4]
熱媒の温度を表3に記載の通りに変えたこと以外は、比較例1と同様に反応を行った。
【0085】
【表2】

【0086】
【表3】

【0087】
実施例および比較例の結果より、反応器伝熱面の温度(T)と反応液の還流初期温度(T)との温度差(ΔT=T−T)を、0℃〜35℃の範囲内となるように伝熱面の温度を設定して反応を行なうことで、PE5MBおよびスルホニル化合物の副生を抑制できることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明の製造方法によれば、メルカプトカルボン酸またはメルカプトカルボン酸エステルと多価アルコールとの反応を、特定の温度条件下で反応を行うことで、反応中に副生する触媒付加体やチオエステル体の生成を抑制することができる。
そのため、従来例に比して、高純度のメルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルおよび完全エステルの混合物を得ることができる。
【0089】
このようにして得られた低臭気メルカプトカルボン酸多価アルコールエステルは、硫黄系の臭気に起因する作業性の問題などを伴うことなく、エポキシ樹脂や、ウレタン樹脂等と混合する硬化剤などとして好適に用いることができる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)のメルカプトカルボン酸または下記式(2)のメルカプトカルボン酸エステルと分子中に水酸基を2〜6個有する多価アルコールとを反応器内で酸触媒の存在下で加熱し、エステル化反応させて得られるメルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルおよび完全エステルを含むメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法において、エステル化反応中の反応器伝熱面の温度(T)と反応液の還流初期温度(T)との温度差(ΔT=T−T)を、0℃〜35℃の範囲内となるように伝熱面の温度を設定して反応を行なうことを特徴とするメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法。
【化1】

(式中、RおよびRは各々独立して水素原子または炭素数1〜3の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基または芳香族基を示し、Rは炭素数1〜3の直鎖状または分岐状のアルキレン基を示す。)

【化2】

(式中、RおよびRは各々独立して水素原子または炭素数1〜3の直鎖状もしくは分岐状のアルキル基または芳香族基を示し、Rは炭素数1〜3の直鎖状または分岐状のアルキレン基を示し、Rは炭素数1〜4の直鎖または分岐状のアルキル基を示す。)
【請求項2】
反応液の温度が還流初期温度(T)になるまで反応液を加熱する工程、還流温度(T)条件下にて反応を進行させる工程、反応を終了する工程を含むことを特徴とする請求項1に記載のメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法。
【請求項3】
20kPa〜90kPaの圧力条件下でエステル化反応を行なうことを特徴とする請求項1または2に記載のメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法。
【請求項4】
前記酸触媒が硫酸、ベンゼンスルホン酸、トルエンスルホン酸、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸の少なくとも一種であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法。
【請求項5】
前記メルカプトカルボン酸多価アルコール部分エステルの90モル%以上が、未反応の水酸基を1個のみ有する部分エステル体であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法。
【請求項6】
分子中に水酸基を2〜6個有する多価アルコールが、エタンジオール、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール、ジペンタエリスリトールのいずれかであることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法。
【請求項7】
エステル化反応を疎水性有機溶媒中で行なうことを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法。
【請求項8】
前記疎水性有機溶媒がジクロロメタン、クロロホルム、ベンゼン、トルエン、キシレン、メシチレン、エチルベンゼン、イソプロピルベンゼンのいずれかであることを特徴とする請求項7に記載のメルカプトカルボン酸多価アルコールエステル混合物の製造方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−126822(P2011−126822A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−287440(P2009−287440)
【出願日】平成21年12月18日(2009.12.18)
【出願人】(000002004)昭和電工株式会社 (3,251)
【Fターム(参考)】