説明

モッツァレラチーズの製造方法

【課題】モッツァレラチーズの表面に皮(スキン)を生成させて表面を強固にすることによって傷をつきにくくすると共に、食べた時の食感にアクセントを与えるモッツァレラチーズの製造方法を提供する。
【解決手段】 0.10〜5.00質量%の乳酸を含有するスキン形成液中、又は0.20〜5.00質量%のクエン酸を含有するスキン形成液中に、チーズを浸漬するスキン形成工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モッツァレラチーズの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モッツァレラチーズは、新鮮さと形を維持するため、液体中に浸漬した状態で流通される場合が多い。しかしモッツァレラチーズのような高水分のチーズは、輸送中の衝撃などでチーズ表面が傷つき易い。
そこでチーズの内部は、モッツァレラ独特の弾力と柔らかさを保ったままで、表面に強固な皮(スキン)を作ることが行われている。この形成された皮は食感にアクセントを与える点でも好ましい。
スキンの形成方法としては、塩水に浸漬する方法が知られている。例えば非特許文献1の118ページには、「塩水はモッツァレラを引き締めて薄い表皮を作ります。」と記載されている。このスキンの形成に用いられる塩水は、ブラインと呼ばれる約20質量%の食塩水である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】本間るみ子、「チーズで巡るイタリアの旅」、駿台曜曜社、1999年11月15日、p.110-118
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、非特許文献1のように、高塩分の塩水にカードを浸漬する場合、カード内に移行する塩分のコントロールが困難である。そのため、浸漬時間の僅かな違いによってチーズ中の塩分が大きく異なり、品質の安定性を損ないやすい。
また、非特許文献1のようにして形成したスキンは、保存液に浸漬して保存していると、時間とともに消失しやすいという問題点もある。
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、モッツァレラチーズの表面に皮(スキン)を生成させて表面を強固にすることによって傷をつきにくくすると共に、食べた時の食感にアクセントを与えるモッツァレラチーズの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は以下の態様を有する。
[1]0.10〜5.00質量%の乳酸を含有するスキン形成液中に、チーズを浸漬するスキン形成工程を備えることを特徴とするモッツァレラチーズの製造方法。
[2]0.20〜5.00質量%のクエン酸を含有するスキン形成液中に、チーズを浸漬するスキン形成工程を備えることを特徴とするモッツァレラチーズの製造方法。
[3]スキン形成液が、さらに塩化ナトリウムを含有する[1]又は[2]に記載のモッツァレラチーズの製造方法。
[4]前記スキン形成工程に先立ち、下記工程を順次行う[1]〜[3]の何れかに記載のモッツァレラチーズの製造方法。
(1)原料乳を殺菌する殺菌工程。
(2)殺菌後の原料乳を発酵させる発酵工程および/または酸を原料乳に添加するpH調整工程。
(3)レンネットを加えて、カードを形成するカード形成工程。
(4)カードをカッティングするカッティング工程。
(5)ホエイを除去するホエイ除去工程。
(6)カードをストレッチする延伸工程。
(7)冷水に投入して冷却してチーズを得る冷却工程。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、モッツァレラチーズの表面に皮(スキン)を生成させて表面を強固にすることによって傷をつきにくくすると共に、食べた時の食感にアクセントを与えることができる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明のモッツァレラチーズの製造方法は、特定のスキン形成液中に、チーズを浸漬するスキン形成工程を備えることを特徴とする。また、本発明のモッツァレラチーズの製造方法は、以下の工程を順次行うことが好ましい。
(1)原料乳を殺菌する殺菌工程。
(2)殺菌後の原料乳を発酵させる発酵工程および/または酸を原料乳に添加するpH調整工程。
(3)レンネットを加えて、カードを形成するカード形成工程。
(4)カードをカッティングするカッティング工程。
(5)ホエイを除去するホエイ除去工程。
(6)カードをストレッチする延伸工程。
(7)冷水に投入して冷却してチーズを得る冷却工程。
(8)スキン形成液中に、チーズを浸漬するスキン形成工程。
【0008】
(殺菌工程)
原料乳は、一般的にナチュラルチーズの製造に用いられているものであれば特に制限はなく、ウシ、水牛、ヒツジ、ヤギ等の乳を使用できる。中でも、風味の点から、牛乳、または水牛乳が好ましい。
牛乳を使用する場合、一般的には成分調整をしていない全乳を使用するが、風味の改良や使用目的に応じて脂肪分等の成分調整を行ったものを原料乳としてもよい。例えば、セパレーター等により脂肪分離するか、又は、分離クリームを加えることなどによって脂肪率を調整した原料乳を使用してもよい。
【0009】
原料乳の殺菌方法としては、一般に、LTLT法(低温保持殺菌法;62〜65℃で少なくとも30分保持)、HTST法(高温短時間殺菌法;72〜75℃で15秒以上保持)、UHT法(超高温加熱処理法;120〜150℃で1〜5秒保持)等が知られているが、ホエイ蛋白質が熱変性しない加熱処理条件で行うことが好ましい。
ホエイ蛋白質は、原料乳を20℃でpH4.6にした際の可溶性画分(ホエイ)中に存在する蛋白質画分で、乳蛋白質の中で最も熱感受性の高い成分の1つである。例えば、原料乳を80℃、15秒の加熱処理条件で殺菌した場合、原料乳の全ホエイ蛋白質の約30%が熱変性してしまう。
したがって、殺菌は、ホエイ蛋白質が熱変性しないように、加熱温度及び加熱時間等の加熱処理条件を調節して行うことが好ましい。具体的には、HTST法により、75℃、20秒以下の加熱処理条件で行うことが好ましい。
【0010】
(発酵工程)
殺菌後の原料乳を、使用する乳酸菌スターターに適した生育温度まで冷却してから、乳酸菌スターターを所定量添加し、均一に混合し、前記生育温度に保持して発酵させる。
生育温度は、中温菌のスターターの場合25〜35℃で、高温菌のスターターの場合は35〜45℃が適しているが、作業時間や風味の観点で調整できる。
乳酸菌スターターの添加量は、バルクスターターを使用する場合は、原料乳に対して、0.5〜2.0質量%とすることが好ましい。直接投入法では、スターターメーカーの使用書に準じて加えることが好ましい。
また、乳酸菌の添加とともに、または乳酸菌を添加することなく、原料乳に乳酸、クエン酸、または酢酸を添加してpHを調整しても良い。
【0011】
(カード形成工程)
発酵条件により適宜、所定時間(例えば1時間程度)発酵させた後、レンネットを所定量添加して均一に混合し、発酵液を凝固させてカードを形成させる。
レンネットの添加量は20〜40分程度で凝乳させるのに必要な量とする。すなわち、製造条件やレンネットの種類によって、添加量を適宜選択することが可能である。一般的には、原料乳に対して、0.01〜0.03質量%程度のレンネットを水に溶解して濾過したものを、発酵液中に均一に分散させる。
【0012】
(カッティング工程)
得られたカードを所定の大きさ(例えば、0.3〜5.0cmの立方体)にカッティングする。カッティング完了後、必要に応じてカードの水分調整のために所定時間(約15分)経過後に、カードを、徐々に加熱してもよい(クッキング)。その場合、例えば1℃/5分の条件で穏やかに加熱することが好ましい。
【0013】
(ホエイ除去工程)
その後、ホエイ排出を行う(ドレイニング)。
カッティングしたカードは、ホエイ排出まで、撹拌したり静置したりして適切な水分量にする。
ホエイ除去工程終了後のpHは、5.1〜5.3の範囲であることが好ましい
【0014】
(延伸工程及び冷却工程)
ホエイ除去工程終了後、カードをカッターで裁断してから、75〜90℃のお湯を加えてストレッチング(延伸)する。
裁断は、カードの温度が上昇しやすいように、サイコロ状や棒状となるように行うことが好ましい。お湯の量は、カード全体を僅かにお湯が覆う程度とする。お湯の温度と量は、カードの大きさやカードのpHに応じて調整する。
延伸工程における温度は、カードの温度が57℃付近になることが好ましい。延伸はカードが可塑性のある滑らか且つ均一な組成となるように行う。
延伸工程の後、冷水に目的の大きさに成形したカードを投入して冷却し、チーズを得る。冷却工程では、カードの変形を防止する上で、10℃前後の冷水を使用して、徐々に冷却することが好ましい。なお、本発明では、冷却工程の後から、「カード」を「チーズ」と定義して記載する。
【0015】
延伸工程で加えるお湯、及び/又は冷却工程で用いる冷水には、塩化ナトリウムを加えることが好ましい。これにより、モッツァレラチーズに塩味を付与することができる。
ただし、製造後のモッツァレラチーズを、塩化ナトリウムを含有するスキン形成液に浸漬して保存する場合は、延伸工程及び冷却工程において塩化ナトリウムを加えない方が好ましい。スキン形成液のみで加塩する方が、適切な塩味とすることが容易であるためである。また、塩化ナトリウムの使用量が少量で済むために経済性の面でも優れている。
【0016】
(スキン形成工程)
スキン形成工程では、スキン形成液中にチーズを浸漬する。
スキン形成液は、以下の(a)、(b)の何れかから選択する。
(a)0.10〜5.00質量%の乳酸を含有するスキン形成液。
(b)0.20〜5.00質量%のクエン酸を含有するスキン形成液。
【0017】
(a)のスキン形成液は、下記(a1)であることが特に好ましい。
(a1)0.20〜1.00質量%の乳酸を含有するスキン形成液。
(b)のスキン形成液は、下記(b1)であることが特に好ましい。
(b1)0.30〜1.00質量%のクエン酸を含有するスキン形成液。
(a)のスキン形成液、(b)のスキン形成液共に、濃度が低すぎる場合と高すぎる場合の双方において、充分なスキンが形成できない。
【0018】
本発明のスキン形成液には、他の成分が含まれていてもよい。例えば、塩味を付し、風味を改善する目的で3質量%以下の範囲で塩化ナトリウムを添加することができる。塩化ナトリウムの含有量は、0.1〜1.0質量%であることが好ましく、0.2〜0.8質量%であることがより好ましい。
また、塩化カルシウムを添加する場合には、2水和物換算で0.05%以上、好ましくは0.05〜0.25%の塩化カルシウムも添加することが好ましい。スキン形成液に塩化ナトリウムを添加するとチーズ表面のぬめりが生じやすくなるが、塩化ナトリウムと共に塩化カルシウムを添加することにより、ぬめりの発生を抑制できる。
【0019】
スキン形成液中にチーズを浸漬する方法に特に限定はなく、チーズを、スキン形成液を入れた槽に浸漬してもよいし、チーズをスキン形成液と共に包装してもよい。包装の態様としては、チーズを保存液と共に、プラスチック製の袋、カップ、若しくはビン、ガラス製のカップ若しくはビン、又は紙製の容器等に充填する態様が挙げられる。
チーズを浸漬するときのスキン形成液の温度は、−3〜15℃が好ましく、0〜10℃がより好ましい。温度が好ましい下限値以上であれば、保存中の凍結の問題を生じにくい。温度が好ましい上限値以下であれば、有害微生物の増殖の問題を生じにくい。
スキン形成液に浸漬する時間は、1〜60日間が好ましく3〜30日間が特に好ましい。浸漬時間が好ましい下限値以上であれば、充分なスキンを形成しやすい。浸漬時間が好ましい上限値以下であれば、有害微生物の増殖の問題を生じにくい。
【0020】
スキン形成液の量は、浸漬するチーズの成分が溶出することによって成分があまり変化しないことが好ましいため、チーズに対する割合が高い方がよいが、多すぎると物流および資材の面でコスト高となる。これらの点を考慮するとスキン形成液は、チーズ質量に対して。5倍量まで、より好ましくは0.5倍量〜3倍量となるようにすることが望ましい。
【実施例】
【0021】
次に、試験例を示して本発明を更に詳細に説明する。なお、以下の説明における「%」は「質量%」である。
<試験例1>
(目的)
この試験は、スキン形成に適したスキン形成液の組成を検索する目的で実施した。
【0022】
(試験試料の調製)
原料乳として、100Lの全乳を用い、これを、プレート式熱交換機にて、HTST法で75℃15秒の加熱処理条件で殺菌した。
殺菌した原料乳を、40℃まで冷却してから、バルクスターター(Chr.Hansen社製)を所定量(約2%)添加し、均一に混合して、1時間発酵させた。
発酵後、発酵液に、レンネット(Chr.Hansen社製)を約10g添加して均一に混合し、30分間静置してカードを形成した。
得られたカードを2.0cmの立方体にカッティングした。その後、ホエイ排出を行った。
レンネット添加からホエイの全量排出までは、約4時間で行った。また、カッティングしたカードは、約1時間撹拌し、その後静置した。
ホエイ排出後、カードを40℃に保温しながら堆積し、pHを5.3に到達させた。
得られたカードを、1cm四方の立方体にカットしてから、85℃のお湯30Lを加え、延伸を行った。
延伸はカードの温度が60℃に達するまで行った。
延伸工程の後のカードを、モールドを用いて100gの球形に成形し、これを15℃の冷水に投入して冷却し、チーズを得た。冷却後の球形のチーズ(25個)を試験試料とした。
【0023】
(スキン形成)
表1に示す濃度の乳酸を含有するスキン形成液、及び表2に示す濃度のクエン酸を含有するスキン形成液を調製した。10℃に調整した各スキン形成液110mLの中に、各々試験試料(100g)1個を14日間浸漬した。
【0024】
(評価)
14日間スキン形成液に浸漬した各試験試料の組織表面を外観にて評価した。評価は、10人のパネラーが、それぞれ下記の基準により採点して行った。10人のパネラーによる評価結果の平均値を表1、2に示す。
3:しっかりした表皮が形成されている。
2:表皮が形成されているが、やや軟弱でやや破れやすく、表面にややぬめりがある。
1:表皮は形成しているが、軟弱で破れやすく、表面にぬめりがある。またスキン形成液が白濁している。
0:表皮は形成されていない。
【0025】
【表1】

【0026】
【表2】

【0027】
表1、2に示すように、0.10〜5.00%、好ましくは0.20〜1.00%の乳酸溶液、又は0.20〜5.00%、好ましくは0.30〜1.00%のクエン酸溶液をスキン形成液として用いると、表面に強固な皮(スキン)が形成されたモッツァレラチーズを製造できることが分かった。
【0028】
<試験例2>
(目的)
この試験は、スキン形成工程におけるスキン形成液のpH変化を確認する目的で実施した。
(試験試料の調製)
試験例1の試験試料と同様にして球形のチーズ(30個)を得、試験例2の試料とした。
【0029】
(スキン形成の調製)
表3に示す濃度の塩化ナトリウムと乳酸を含有するスキン形成液を調製した。調製した各スキン形成液(10℃)のpHをpHメーターにより測定したところ表3の「浸漬前のpH」に示すとおりであった。
【0030】
(スキン形成)
10℃に調整した各スキン形成液110mLの中に、各々試験試料(100g)1個を14日間浸漬した(各スキン形成液について3個)。
14日間浸漬後の各スキン形成液(10℃)のpHをpHメーターにより測定したところ表3の「2週間後のpH」に示すとおりであった。
【0031】
【表3】

【0032】
各スキン形成液の浸漬後のpHは、モッツァレラチーズとして適した範囲であり、スキン形成液のチーズに対する割合は、1.1倍量程度で充分であることが確認できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.10〜5.00質量%の乳酸を含有するスキン形成液中に、チーズを浸漬するスキン形成工程を含むことを特徴とするモッツァレラチーズの製造方法。
【請求項2】
0.20〜5.00質量%のクエン酸を含有するスキン形成液中に、チーズを浸漬するスキン形成工程を含むことを特徴とするモッツァレラチーズの製造方法。
【請求項3】
スキン形成液が、さらに塩化ナトリウムを含有する請求項1又は2に記載のモッツァレラチーズの製造方法。
【請求項4】
前記スキン形成工程に先立ち、下記工程を順次行う請求項1〜3の何れかに記載のモッツァレラチーズの製造方法。
(1)原料乳を殺菌する殺菌工程。
(2)殺菌後の原料乳を発酵させる発酵工程および/または酸を原料乳に添加するpH調整工程。
(3)レンネットを加えて、カードを形成するカード形成工程。
(4)カードをカッティングするカッティング工程。
(5)ホエイを除去するホエイ除去工程。
(6)カードをストレッチする延伸工程。
(7)冷水に投入して冷却してチーズを得る冷却工程。

【公開番号】特開2011−211918(P2011−211918A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−80752(P2010−80752)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(000006127)森永乳業株式会社 (269)
【Fターム(参考)】