説明

モノクローナル抗体の作製方法及びそれにより作製されたHIV−1中和モノクローナル抗体

【課題】ペプチド投与による免疫法が利用できない、難溶性のエピトープに対しても、効率良くモノクローナル抗体を作製する方法を提供すること。
【解決手段】本発明の難溶性エピトープに対するモノクローナル抗体の作製方法は、アデノウイルスベクターのヘキソンタンパク質超可変領域をコードする領域中に、難溶性のエピトープを含むポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを挿入して組換えアデノウイルスベクターを調製する工程、該組換えアデノウイルスベクターを哺乳動物(ヒトを除く)に感染させることにより、ヘキソンタンパク質と前記ポリペプチドとの融合タンパク質で該哺乳動物を免疫する工程、前記免疫された哺乳動物から採取した細胞を用いてハイブリドーマを調製する工程、及び前記難溶性エピトープを特異的に認識する抗体を産生するハイブリドーマを選択し、該ハイブリドーマからモノクローナル抗体を回収する工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モノクローナル抗体の作製方法及びそれにより作製されたヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)を中和する能力を有するモノクローナル抗体に関する。
【背景技術】
【0002】
特定のアミノ酸配列を認識するモノクローナル抗体を作製する生物工学的手法は種々のものが周知であり、該手法を用いてウイルス等の病原体を認識あるいは中和するモノクローナル抗体が多数作製されている(例えば特許文献1、2)。
【0003】
モノクローナル抗体の作製法として最も一般的に行なわれている方法では、哺乳動物への免疫は、抗体に認識させたい抗原ペプチドを調製し、必要に応じアジュバントと組み合わせて哺乳動物に投与することにより行なわれる。しかしながら、抗原ペプチドが疎水性アミノ酸を多く含む場合、かかる方法で所望のモノクローナル抗体を得ることは困難である。すなわち、抗原ペプチドの化学的性質などにより、必ずしも所望の反応性を有する抗体が得られるとは限らないのが現状である。また、アデノウイルスのヘキソンタンパク質の超可変領域をコードする領域を欠失させ、この部分に所望のエピトープをコードするポリヌクレオチド領域を挿入したものを免疫原として用いる抗体の作製方法も知られている(非特許文献1及び非特許文献2)が、これらの文献に記載されている方法では、炭疽菌や緑膿菌のような、常法でも十分に抗体を誘導できる病原菌のエピトープに対する抗体が作製されている。
【0004】
ヒト免疫不全ウイルス(HIV)は、後天性免疫不全症候群の原因ウイルスである。HIV感染による疾患は世界的に大きな問題となっているが、有効なワクチンや治療法の確立は未だ不十分である。HIVの中和エピトープは多数報告されており、それらの中には難溶性の中和エピトープも包含されるが、これらの難溶性の中和エピトープ配列をもとに抗原ペプチドを調製しても、抗体が誘導されない場合が少なくない。
【0005】
【特許文献1】特許第3786144号公報
【特許文献2】特許第3855071号公報
【非特許文献1】J Virol. 2006 Jun;80(11):5361-70
【非特許文献2】J Clin Invest. 2005 May;115(5):1281-9
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明の目的は、疎水性アミノ酸を多く含む場合など、ペプチド投与による免疫法が利用できない、難溶性のエピトープに対しても、効率良くモノクローナル抗体を作製する方法を提供することである。さらに、本発明の目的は、HIV-1を中和することができる新規なモノクローナル抗体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、アデノウイルスベクターのヘキソンタンパク質中の特定の領域にHIV-1の中和エピトープが挿入された融合タンパク質を発現可能な組換えアデノウイルスベクターを調製し、該組換えアデノウイルスベクターを感染させることによって動物を免疫することで、難溶性のHIV-1中和エピトープに対しても効率良く中和モノクローナル抗体を調製できることを見出し、本願発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、アデノウイルスベクターのヘキソンタンパク質超可変領域をコードする領域中に、難溶性のエピトープを含むポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを挿入して組換えアデノウイルスベクターを調製する工程、該組換えアデノウイルスベクターを哺乳動物(ヒトを除く)に感染させることにより、ヘキソンタンパク質と前記ポリペプチドとの融合タンパク質で該哺乳動物を免疫する工程、前記免疫された哺乳動物から採取した細胞を用いてハイブリドーマを調製する工程、及び前記難溶性エピトープを特異的に認識する抗体を産生するハイブリドーマを選択し、該ハイブリドーマからモノクローナル抗体を回収する工程を含む、難溶性エピトープに対するモノクローナル抗体の作製方法を提供する。また、本発明は、上記本発明の方法により作製されたモノクローナル抗体又はその抗原結合性断片を提供する。さらに、本発明は、HIV-1糖タンパク質gp41の部分領域から成るHIV-1の中和エピトープに対するモノクローナル抗体であって、HIV-1のヒト細胞への感染を抑制する能力を有するモノクローナル抗体又はその抗原結合性断片を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、常法では作製することが困難な、難溶性のエピトープに対するモノクローナル抗体の作製方法及び該方法により作製されたモノクローナル抗体、とりわけ、HIV-1糖タンパク質gp41の部分領域から成るHIV-1の中和エピトープに対する、抗HIV-1中和モノクローナル抗体が提供された。本発明の方法によれば、アデノウイルスベクターにより、難溶性エピトープを含む免疫原がヘキソンタンパク質との融合タンパク質として動物体内で生産され、該エピトープがヘキソン分子表面に露出する可能性が高まるので、難溶性エピトープであっても抗体産生が誘導され易く、所望のモノクローナル抗体を効率良く得ることができる。また、生体内では増殖しない感染性アデノウイルスを免疫に利用するため、免疫時に特にアジュバントを使用する必要がない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明のモノクローナル抗体は、ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)の中和エピトープに対する抗体であり、HIV-1を中和する活性を有するモノクローナル抗体である。具体的には、本発明のモノクローナル抗体は、HIV-1のヒト細胞への感染を抑制する能力を有する。下記実施例にも、in vitroでの感染抑制作用が具体的に示されている。また、本発明のモノクローナル抗体は、HIV感染ヒト患者に由来するものではなく、生物工学的手法により大量生産することができるモノクローナル抗体である。
【0011】
ここで、「中和エピトープ」とは、病原体に対し中和活性を示す抗体を誘導することが可能なエピトープを意味し、本発明においては、HIV-1中和活性を示す抗体を誘導することが可能なエピトープをいう。また、「中和エピトープ」という語は、中和抗体が認識するエピトープと定義づけることもできる。
【0012】
HIV中和抗体としては、ヒト体内でHIV感染又はワクチン投与により誘導される中和抗体が多数知られており、そのような公知のHIV中和抗体の多くにおいて、該抗体が認識するエピトープ(すなわち中和エピトープ)が同定されている。下記表1に公知のHIV中和抗体とそれが認識するエピトープの一例を示す。これまでに同定された公知の中和エピトープは、主にCD4結合サイト、コレセプター結合サイト(V3領域)、ターゲット細胞へのエントリーに関連する領域(membrane proximal external region; MPER)に多く存在する。しかしながら、これらの中和エピトープ配列をもとにポリペプチドを調製しても、しばしば該ポリペプチドは難溶性を示す。そのため、それらの難溶性ポリペプチドは、常法によるHIV中和モノクローナル抗体の作製のための免疫原としては不適切であり、公知の方法により該中和エピトープを認識するHIV中和モノクローナル抗体を得ることは困難である。本発明は、後述する本発明の抗体作製方法により、かかる問題を解決し、難溶性のHIV-1中和エピトープに対しても、これを認識するHIV-1中和モノクローナル抗体を生物工学的に生産することを可能とし、さらに、このようにして製造可能なHIV-1中和モノクローナル抗体を提供するものである。
【0013】
【表1】

【0014】
本発明のHIV-1中和モノクローナル抗体は、このような一次構造依存性の中和エピトープのいずれを認識するものであってもよく、HIV-1の変異の少ない領域が好ましい。中でも、HIV-1の糖タンパク質gp41の部分領域から成る中和エピトープ、特に、MPER領域(配列番号1)中の連続する6個以上のアミノ酸から成る中和エピトープが好ましい。特に好ましくは、本発明のモノクローナル抗体が認識する中和エピトープは、配列番号2に示すELDKWAのアミノ酸配列を有する。なお、配列番号1に示すgp41のMPER領域は、gp41のアミノ酸配列の第655〜第684番アミノ酸の領域である。
【0015】
なお、本発明において、「アミノ酸配列を有する」とは、アミノ酸残基がそのような順序で配列しているという意味である。従って、例えば、「配列番号2で示されるアミノ酸配列を有するポリペプチド」とは、配列番号2に示されるGlu Leu Asp Lys Trp Alaのアミノ酸配列を持つ、6アミノ酸残基のサイズのポリペプチドを意味する。「塩基配列を有する」という表現についても同様である。また、「ポリペプチド」という語は、複数のアミノ酸がペプチド結合することによって形成される分子をいい、構成するアミノ酸数が多いポリペプチド分子のみならず、アミノ酸数が少ない低分子量の分子(オリゴペプチド)や、全長タンパク質も包含される。
【0016】
本発明の「モノクローナル抗体」には、齧歯動物などの非ヒト由来の抗体の他、キメラ抗体、ヒト化抗体(非ヒト由来抗体のCDR領域中の配列がヒト抗体の相当する配列で置換されたもの)も包含される。キメラ抗体やヒト化抗体は、周知の遺伝子工学的手法により製造することができる。また、本発明において、「抗原結合性断片」とは、抗体分子中に含まれるFab断片やF(ab')2断片のような、抗原との結合能を有する抗体断片を意味する。また、「抗原結合性断片」には、例えば、抗体のL鎖及びH鎖それぞれの可変領域をつないで構築した、ScFV (single chain Fragment of variable region)等の人工的な一本鎖抗体も包含される。このような抗原結合性断片は、この分野において周知の常法により作製することができる。
【0017】
本発明のHIV-1中和モノクローナル抗体は、以下の方法により作製することができる。すなわち、本発明は、以下に示すHIV-1中和モノクローナル抗体の作製方法をも提供するものである。
【0018】
本発明のHIV-1中和モノクローナル抗体の作製方法は、以下の工程を含む。
(1) アデノウイルスベクターのヘキソンタンパク質超可変領域をコードする領域中に、HIV-1の難溶性中和エピトープを含むポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを挿入して組換えアデノウイルスベクターを調製する工程、
(2) 該組換えアデノウイルスベクターを哺乳動物(ヒトを除く)に感染させることにより、ヘキソンタンパク質と前記ポリペプチドとの融合タンパク質で該哺乳動物を免疫する工程、
(3) 前記免疫された哺乳動物から採取した細胞を用いてハイブリドーマを調製する工程、及び
(4) 前記中和エピトープに特異的に結合する抗体を産生するハイブリドーマを選択し、該ハイブリドーマから抗体を回収する工程。
【0019】
工程(1)は、ヘキソンタンパク質とHIV-1の難溶性中和エピトープとの融合タンパク質を発現可能な組換えアデノウイルスベクターを調製する工程である。本発明の方法では、公知のいかなるHIV-1難溶性中和エピトープを用いてもよく、特に限定されないが、好ましくはHIV-1の糖タンパク質gp41中の部分配列が用いられる。中でも、gp41のMPER領域(配列番号1)中の連続する6個以上のアミノ酸から成るエピトープが好ましく、特に、配列番号2に示されるアミノ酸配列を有するエピトープが好ましい。
【0020】
上記中和エピトープを含むポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを、アデノウイルスベクターのヘキソンタンパク質コード領域中に挿入することにより、ヘキソンタンパク質と中和エピトープとの融合タンパク質を発現する組換えアデノウイルスベクターを調製することができる。「中和エピトープを含むポリペプチド」は、中和エピトープのみから成っていてもよく、また、その他の配列、例えば、免疫した動物体内で目的とする抗体を誘導し易くするために有用な任意のスペーサー配列をさらに含んでいてもよい。スペーサー配列は、中和エピトープの片末端のみに付加させてもよいが、両末端に付加させることが好ましい。例えば、特に限定されないが、中和エピトープの両末端にLGSのアミノ酸配列を有するスペーサーを付加させることで、上記中和エピトープに対する抗体が得られやすくなるため好ましい(Emmanuelle et al. 1999 "RGD Inclsion in the Hexon Monomer Provides Adenovirus Type 5-Based Vectors With a Fiber Knob-Independent Pathway for Infection" J. virol. 73:5156-5161を参照)。
【0021】
上記ポリヌクレオチドは、アデノウイルスベクターのヘキソンタンパク質コード領域のうち、超可変領域をコードする領域に挿入される。「超可変領域」とは、血清型の異なるアデノウイルス間で鎖長及びアミノ酸配列のいずれにおいても保存性の低いドメイン中に存在する領域であって、アデノウイルスに対する血清型特異的抗体の決定基を含む領域である。超可変領域の中でも、HVR5領域に挿入されることが好ましく、特に、HVR5領域を欠失させ、該領域に代えて上記ポリヌクレオチドを挿入されるのが好ましい。
【0022】
アデノウイルスベクター自体はこの分野で公知であり、市販品も多く存在するため、入手は容易である。本発明の方法では、例えば、遺伝子ワクチンや遺伝子医薬の分野で用いられている公知の感染性アデノウイルス発現プラスミドベクターを好ましく用いることができる。
【0023】
上記工程(2)では、工程(1)で調製した組換えアデノウイルスベクターを哺乳動物(ヒトを除く)に投与して感染させる。これにより、感染した哺乳動物体内で中和エピトープを含むポリペプチドが融合したヘキソンタンパク質が産生されるため、該融合タンパク質で該哺乳動物を免疫することができる。工程(1)で調製した組換えアデノウイルスベクターは、HEK293細胞等の培養細胞内で増殖させ、常法により精製して投与に用いることができる。投与する哺乳動物は、抗体作製に一般に用いられているヒト以外のいかなる哺乳動物であってもよく、例えばマウス、ウサギ等を好ましく用いることができるが、これらに限定されない。組換えアデノウイルスベクターの哺乳動物への投与は、筋肉内投与、皮下投与、静脈内投与、動脈内投与等の皮下投与により行なうことが好ましい。投与量は、特に限定されないが、通常、体重1kg当たりウイルス粒子数で1010〜1014粒子(感染価として108〜1012PFU)程度であり、免疫する哺乳動物としてマウスを用いる場合には、マウス1匹当たり1010〜1012粒子(感染価として108〜1010PFU)程度である。これを一回の投与量として、通常、4週前後の間隔で2〜3回程度投与することにより、該哺乳動物体内で所望の抗体を誘導することができる。ただし、これに限定されず、抗体誘導が不十分な場合にはさらに投与を行なってもよい。
【0024】
上記工程(3)では、工程(2)で免疫した哺乳動物から細胞を採取し、該細胞から細胞融合によりハイブリドーマを調製する。この工程は周知の常法により行なうことができる。例えば、免疫した哺乳動物から脾細胞やリンパ球のような抗体産生細胞を採取し、該細胞を、ミエローマ細胞等の試験管内で増殖可能な腫瘍細胞と融合させることで、ハイブリドーマを得ることができる。細胞融合や、融合後に雑種細胞のみを選択し、不所望の細胞(非融合の腫瘍細胞や腫瘍細胞同士の融合細胞)を除去する方法は、周知の常法により行なうことができる。例えば、細胞融合は、ポリエチレングリコールや電気刺激を用いる方法で行なうことができる。また、不所望の細胞の除去は、例えば、腫瘍細胞としてHGPRT(ヒポキサンチン・グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ)を欠損した株を用いた場合には、アミノプテリン、ヒポンキサン、チミジンを含むHAT培地中で細胞融合処理後の細胞を培養することにより、容易に行うことができる。
【0025】
上記工程(4)では、工程(3)で調製したハイブリドーマから、上記中和エピトープを特異的に認識する抗体を産生するハイブリドーマを選択し、該ハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体を回収する。HIV-1中和エピトープを特異的に認識する抗体とは、すなわち、HIV-1を中和する能力を有する抗体であるから、ここで回収されるモノクローナル抗体はHIV-1中和抗体である。
【0026】
ハイブリドーマのスクリーニング法自体は周知の常法であり、例えば、目的の抗体に認識させたい物質(通常は動物の免疫に用いた免疫原)を抗原として用いて、各ハイブリドーマ培養上清についてELISA等の免疫測定を行なうことにより、所望の抗体を産生するハイブリドーマを選択することができる。本発明の方法においては、例えば、動物の免疫に利用した上記中和エピトープを含むポリペプチドを抗原として免疫測定を行なうことにより、該HIV-1中和エピトープを特異的に認識する抗体、すなわちHIV-1中和抗体を産生するハイブリドーマを選択することができる。このような免疫測定により抗体の特異性を確認しながら細胞の純化(単クローン化)を行なうことで、HIV-1中和抗体を産生するハイブリドーマの単一クローン由来の細胞株を得ることができる。なお、細胞の純化は限界希釈法等の周知の常法により行なうことができる。得られたハイブリドーマ株の培養上清を用いて、精製HIV-1を抗原としたウエスタンブロットを行なうことにより、該ハイブリドーマ株から産生されるモノクローナル抗体の反応性をさらに確認してもよい。
【0027】
選択され純化されたハイブリドーマ株から産生される抗体を回収することにより、モノクローナル抗体を得ることができる。ハイブリドーマ株からの抗体の回収は、周知の常法により行なうことができる。例えば、ハイブリドーマ株を細胞培養に通常用いられる培地において培養すれば、培養上清からモノクローナル抗体を回収することができる。また、ハイブリドーマが由来する動物(マウス細胞でハイブリドーマを作製した場合にはマウス)にハイブリドーマを投与することによって、腹水を貯留させ、この腹水からモノクローナル抗体を回収することもできる。
【0028】
上記工程(4)によりスクリーニングを行ない回収されたモノクローナル抗体は、下記実施例に具体的に示される通り、HIV-1を中和する能力を有する。すなわち、該モノクローナル抗体で処理されたHIV-1は、ヒト培養細胞株への感染力が低下する(図4)。なお、本発明の製造方法においては、所望により、工程(4)の後に、得られたモノクローナル抗体のHIV-1中和活性を確認する工程をさらに含ませてもよい。これにより、工程(4)で得られる中和モノクローナル抗体の中から、中和活性がより高い抗体を選択することができる。中和活性の確認は、例えば、下記実施例に記載されるように、得られたモノクローナル抗体で処理したHIV-1をヒト培養細胞株と接触させ、HIV-1の感染力がどの程度低下するかを調べることにより行なうことができる。
【0029】
上記の説明では、難溶性エピトープがHIV-1中和エピトープである場合について説明したが、上記した本発明のモノクローナル抗体の作製方法は、HIV-1中和エピトープ以外の他の難溶性エピトープに対するモノクローナル抗体の作製にも適用することができる。ここで、「難溶性エピトープ」とは疎水性アミノ酸から構成される、二次構造により凝集が起こる等の理由で水に溶けにくく、溶解性を確保するための工夫が必要であるペプチドであり、通常、10μg/ml以上の濃度で水に溶かすと沈殿が生じる(白濁する)場合にこのような工夫が必要である。上記配列番号2で示されるアミノ酸配列を有するポリペプチドMPER配列 (配列番号1)は水に難溶性であり、10μg/ml以上の濃度で水に溶かすと沈殿が生じる(白濁する)。すなわち、本発明は、より広く、アデノウイルスベクターのヘキソンタンパク質超可変領域をコードする領域中に、難溶性のエピトープを含むポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを挿入して組換えアデノウイルスベクターを調製する工程、該組換えアデノウイルスベクターを哺乳動物(ヒトを除く)に感染させることにより、ヘキソンタンパク質と前記ポリペプチドとの融合タンパク質で該哺乳動物を免疫する工程、前記免疫された哺乳動物から採取した細胞を用いてハイブリドーマを調製する工程、及び前記難溶性エピトープを特異的に認識する抗体を産生するハイブリドーマを選択し、該ハイブリドーマからモノクローナル抗体を回収する工程を含む、難溶性エピトープに対するモノクローナル抗体の作製方法及び該方法により作製されたモノクローナル抗体又はその抗原結合性断片を提供するものである。
【実施例】
【0030】
以下、実施例に基づき本発明をより具体的に説明する。
【0031】
1.組換えアデノウイルスベクターの調製
アデノウイルスベクターとして、5型アデノウイルスのヘキソン中のaa269-281の領域にあるHVR5領域(塩基配列:actactgaggcgaccgcaggcaatggtgataacttgact(配列番号4)、アミノ酸配列:TTEATAGNGDNLT(配列番号5))を削り制限酵素XbaIのサイトを挿入した公知のアデノウイルス発現プラスミドベクターを使用した。このベクターのヘキソンコード領域の塩基配列を配列番号3に示す。806nt〜810ntが挿入したXbaIサイトであり、このサイトを利用してHIV-1中和エピトープを導入した。
【0032】
中和エピトープとしては、HIV-1の糖タンパク質gp41中のMPER領域内にある公知の中和エピトープELDKWA(配列番号2)を採用し、該配列の両末端にスペーサー配列LGSを付加させて用いた。すなわち、LGSELDKWALGS(配列番号7)をコードするポリヌクレオチド(配列番号6)に、XbaI切断部位への導入に必要な末端配列を読み枠が合うようにして付加させたDNA断片を調製し、該DNA断片を上記XbaIサイトに挿入することにより、ヘキソンHVR5領域中にスペーサーを有する中和エピトープを発現させた。該DNA断片の調製は、配列番号9及び10にそれぞれ示す塩基配列を有するプライマーを用いて常法により行なった。
【0033】
中和エピトープが挿入された組換えベクターを精製し、制限酵素PacIで切断した。このプラスミドDNA(5μg)をHEK293細胞に常法により導入した。該細胞を約2週間培養して、上記プラスミドDNAから組換えアデノウイルスを発現させた。ウイルス感染による細胞変性を確認した後、感染細胞を回収して超音波破砕することによりウイルス液を得て、これを新たなHEK293細胞に感染させた。感染3日後に細胞を回収、超音波破砕し、シードウイルスとした。このシードウイルスを新たなHEK293細胞に感染させることにより、大量の組換えウイルスを得た。該組換えウイルスを塩化セシウム密度勾配超遠心法により精製した。
【0034】
精製ウイルスをHEK293細胞に感染させ、上清に放出されるウイルスのヘキソンにELDKWA配列が発現していることをウエスタンブロット法で確認した(図1)。該配列の検出には、該配列を認識するモノクローナル抗体2F5(米国NIHより分与:ヒト型モノクローナル抗体)を用いた。その結果、組換えウイルスにおいて、ヘキソンのサイズである110kDaの位置に特異的バンドが検出され(図1)、ELDKWA配列がヘキソンに挿入されていることが確認できた。
【0035】
また、この組換えウイルスベクターが元のベクター(非組換えウイルス)と同等の感染価を有することを確認した(表2)。
【0036】
【表2】

【0037】
表2中、ウイルスパーティクル(vp)は260nmでの吸光度から算出し、プラークフォーミングユニット(Pfu)はHEK293細胞に段階希釈したウイルスを感染させ、12日後に細胞変性終末点よりTCID50を求め算出した。
【0038】
2.動物の免疫
精製したウイルスをマウスに投与して感染させ、マウス体内でヘキソンと中和エピトープELDKWAとの融合タンパク質を産生させた。ウイルスの投与は、マウス1匹あたり5×1010粒子(感染価として108PFU程度)を1回の投与量とし、これを4週間隔で2回もしくは3回投与した。
【0039】
免疫動物の血中の抗体量の観察は、gp41のMPER領域の配列をもとにCys-KNEQELLELDKWAS(配列番号8)の配列でペプチドを合成し、該合成ペプチドを抗原として用いたELISAにより行なった。経時的に血液を採取し、血清を1/50希釈したサンプルを用いてELISAを行ない、血清中の抗体価を測定した(図2)。血中の抗体量は2-3週間でピークに達した。
【0040】
3.ハイブリドーマの作製及びスクリーニング
免疫したマウスから脾臓細胞を得て、常法に従い、マウスミエローマ細胞と脾臓細胞中の抗体産生細胞とをポリエチレングリコール法により融合し、ハイブリドーマを作製した。抗ELDKWA抗体を産生するハイブリドーマのスクリーニングは、Cys-KNEQELLELDKWASの配列を有する合成ペプチドを抗原として用いたELISAにより行なった。スクリーニングの結果、ELDKWA中和エピトープに対する結合性を有する抗ELDKWA抗体を産生するハイブリドーマ2株(クローン1-2及び35-1)が得られた。
【0041】
得られた抗ELDKWA抗体産生ハイブリドーマの培養上清を用い、HIV-1 IIIB株持続感染ヒトT細胞株(H9/IIIB株)より得た精製HIV-1 IIIB株可溶化抗原を用いたウエスタンブロット法でHIV-1に対する反応性を確認した(図3)。その結果、クローン35-1の培養上清により、gp41とその前駆体であるgp160のバンドが検出され、該クローンから産生されるモノクローナル抗体がHIVエンベロープgp41と結合することが示された。この結合は、gp41のELDKWA配列との結合であると考えられる。
【0042】
4.抗体のHIV-1中和活性評価
ヒトCD4、ヒトCXCR4及びヒトCCR5を発現するヒト上皮細胞株(MAGIC5)とHIV-1 IIIB株とを用いたHIV-1感染抑制試験を行い、上記クローンから産生されるモノクローナル抗体の中和活性を測定した。
【0043】
HIV-1 IIIB株と抗ELDKWA抗体産生ハイブリドーマ(クローン1-2及び35-1)を氷上で1時間反応させることにより、HIV-1 IIIB株を各クローンから産生される抗体により処理した。その後、MAGIC5細胞を加え(M.O.I = 0.001)37℃で4時間感染させた。余剰ウイルスを洗浄後、5日間37℃で培養した。その後、培養上清のβ-ガラクトシダーゼ活性をBeta-Glo Assay System (Promega Corporation)で測定した。MAGIC5細胞は、HIVが感染した際に発現されるtatタンパク質依存的に、βーガラクトシダーゼが発現されるような遺伝子を有している細胞株である。すなわち、細胞培養上清のβーガラクトシダーゼの活性を測定すれば、HIV感染細胞のみで該活性を得ることができる。PC(ウイルス非添加)を抑制率100%、NC(抗体非処理ウイルス添加)を抑制率0%として感染抑制率を算出した。結果を図4に示す。
【0044】
その結果、いずれのクローン由来の抗体で処理した場合であっても、MAGIC5細胞へのHIV-1の感染が顕著に抑制されていた。これにより、上記方法により得られたハイブリドーマから産生されるモノクローナル抗体は、HIV-1中和活性を有することが示された。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】実施例で調製した組換えウイルスにより、ELDKWA中和エピトープが挿入されたヘキソンが発現していることを示す、ウエスタンブロットの結果である。
【図2】組換えアデノウイルス又は非組換えアデノウイルスを感染させて免疫したマウスの血清について、ELDKWAペプチドを抗原として用いたELISAを行ない、抗体の誘導を経時的に観察した結果である。グラフ中の矢印は、マウスにウイルスを感染させた時点を示す。
【図3】実施例で作製されたモノクローナル抗体(クローン35-1由来)の、精製HIV-IIIB株に対する反応性を示すウエスタンブロットの結果である。
【図4】HIV感染抑制試験の結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アデノウイルスベクターのヘキソンタンパク質超可変領域をコードする領域中に、難溶性のエピトープを含むポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを挿入して組換えアデノウイルスベクターを調製する工程、該組換えアデノウイルスベクターを哺乳動物(ヒトを除く)に感染させることにより、ヘキソンタンパク質と前記ポリペプチドとの融合タンパク質で該哺乳動物を免疫する工程、前記免疫された哺乳動物から採取した細胞を用いてハイブリドーマを調製する工程、及び前記難溶性エピトープを特異的に認識する抗体を産生するハイブリドーマを選択し、該ハイブリドーマからモノクローナル抗体を回収する工程を含む、難溶性エピトープに対するモノクローナル抗体の作製方法。
【請求項2】
前記組換えアデノウイルスベクターは、ヘキソンタンパク質のHVR5領域をコードする領域を欠失し、かつ、該領域に代えて前記ポリヌクレオチドが挿入されたものである請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記難溶性エピトープは、ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)の糖タンパク質gp41の部分領域から成るHIV-1の中和エピトープである請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記部分領域は、配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列中の連続する6個以上のアミノ酸から成る請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記部分領域は配列表の配列番号2に示されるアミノ酸配列を有する請求項4記載の方法。
【請求項6】
前記ポリペプチドはスペーサー配列をさらに含む請求項1ないし5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか1項に記載の方法により作製されたモノクローナル抗体又はその抗原結合性断片。
【請求項8】
前記モノクローナル抗体が、HIV-1中和モノクローナル抗体である請求項7記載のモノクローナル抗体又はその抗原結合性断片。
【請求項9】
HIV-1糖タンパク質gp41の部分領域から成るHIV-1の中和エピトープに対するモノクローナル抗体であって、HIV-1のヒト細胞への感染を抑制する能力を有するモノクローナル抗体又はその抗原結合性断片。
【請求項10】
前記中和エピトープは、HIV-1糖タンパク質gp41の部分領域から成る請求項9記載のモノクローナル抗体又はその抗原結合性断片。
【請求項11】
前記部分領域は、配列表の配列番号1に示されるアミノ酸配列中の連続する6個以上のアミノ酸から成る請求項10記載のモノクローナル抗体又はその抗原結合性断片。
【請求項12】
前記部分領域は、配列表の配列番号2に示されるアミノ酸配列を有する請求項11記載のモノクローナル抗体又はその抗原結合性断片。

【図2】
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【図4】
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【図1】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−106224(P2009−106224A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−283556(P2007−283556)
【出願日】平成19年10月31日(2007.10.31)
【出願人】(505155528)公立大学法人横浜市立大学 (101)
【Fターム(参考)】