説明

ラマン散乱光による水素ガス可視化方法及びシステム

【課題】肉眼で見えない水素ガスを高速、且つ高精度に可視画像化する方法及びシステムの提供。
【解決手段】レーザー光により監視対象空間を走査し、レーザー光の波長をラマンシフトした波長に透過波長中心を有する第1の光学バンドパスフィルターによりラマン散乱光を集光し、1素子の受光素子により電気信号に変換し、第1の時間波形を測定すると共に、第1の光学バンドパスフィルターの透過光と波長域が異なる光を透過する第2の光学バンドパスフィルターにより特定波長の光を集光し、1素子の受光素子により電気信号に変換し、時間波形を測定し、続いて第1の時間波形と第2の時間波形との差分をとり、レーザー光の走査位置情報に基づいて監視対象空間の対応する位置座標を着色したラマン散乱光信号画像を作成し、それを監視対象空間の背景画像上に重畳表示することで水素ガスを可視化することを特徴とする水素ガス可視化方法およびシステム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肉眼で見えない水素ガスを可視画像化することにより水素ガスの漏洩を遠方から高速且つ高精度に行う技術に関し、更に詳しくは、例えば、水素供給ステーションや燃料電池などの水素ガス利用設備の運用のために、誤検知が少なく連続監視が可能なラマン散乱光による水素ガス可視化方法及びシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来の可燃性漏洩ガス検知は、吸引したガスをセンサー部分に直接接触させて電気抵抗や電流値などの変化を以てガス濃度を計測するものである。しかしながら、従来のガス検知器では、一つの検知器が監視できる領域が狭く、ガスがその検知器に到達しない限り検知は不可能というセンサー式のものであったため、風向きや設置位置によってはガス漏れの際の失報に繋がる危険性があった。また、例えば、ガス精製所等においては非常に多数のガス検知器の設置が必要となり、費用的な問題も大きかった(特許文献1)。
【0003】
一方、上記問題を解決するために、遠隔よりガス漏れの存在を監視するガス可視化装置が提案されている。このガス可視化装置では、測定対象ガスの吸収波長をもつ赤外線レーザーを照射するレーザー光源を用いて、背景から反射される赤外線の漏洩ガスによる吸収をイメージセンサーで撮像し、2次元可視画像化して表示するものである。
【0004】
しかしながら、水素ガスは近紫外線波長領域から赤外線波長領域において吸収を示さないことから、このような従来のガス可視化装置では、水素ガスを検知することはできない。
そこで、出願人は、監視対象空間にレーザー光を照射し、レーザー光に起因する水素ガス等のラマン散乱光である特定波長の被検出光を集光し、電子画像に変換し、増幅し、再度光学像に変換することで特定波長の空間強度分布を画像化することで、水素ガス等を可視化する技術を提言した(特許文献2および3)。
【特許文献1】特開平6−307967号公報
【特許文献2】特開2005−091343号公報
【特許文献3】国際公開WO2005/015183
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
レーザー光を照射して水素ガスのラマン散乱光を観測する場合、外乱光によるノイズの発生により監視精度が下がるという問題がある。注意すべき外乱光には、(i)太陽光、(ii)反射光、(iii)監視対象内にある壁材や水・油膜等からの蛍光の3つがある。特にレーザー光に起因する蛍光は、照射レーザー光の波長よりも長波長側に広範囲に出現し水素ガスの検知を妨害する。図11は、波長355nmのレーザー光を照射した際に発生する物質別蛍光である。
【0006】
出願人は、特許文献2および3に記載の技術により、水素ガスの可視化を可能としたが、ラマン散乱光は微弱な光であり、誤検知のおそれを完全に除去するためには、繰り返し計測を行う必要があり、処理速度の点で改善が求められていた。
【0007】
そこで、上記課題を解決するために、本発明は、肉眼で見えない水素ガスを高速、且つ高精度に可視画像化する方法及びシステムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、レーザー光を照射すると、分子の吸収エネルギーに相当するエネルギーだけレーザー光の波長がシフトするラマン散乱現象を用い、このラマン散乱光の空間強度分布を画像化することで水素ガスの漏洩を検知することを基本原理とするものである。
さらに、本発明では、水素ガスに起因するラマン散乱光と、このラマン散乱光の波長を含まない差分算出用光とで差分値を取ることにより、外乱光を効果的に除去することを可能とした。
ところで、ラマン散乱光には振動ラマン散乱光及び回転ラマン散乱光があることが知られている。前者の方が、レーリー散乱から波長的に遠く、乱反射により妨害されにくい点で後者に対して優位性があるため、特許文献2および3に記載の技術では、振動ラマン散乱光を利用していた。
しかしながら、ラマンシフトが約587cm−1附近での回転ラマン散乱光のスペクトルは、振動ラマン散乱光比べ桁違いに強いものであるため、回転ラマン散乱光を利用することで上記課題を解決できるのではないかとの知見を得るに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、次の第1ないし7の水素ガス可視化方法を要旨とする。
第1の発明は、レーザー光により監視対象空間を走査し、当該レーザー光の波長をラマンシフトした波長に透過波長中心を有する第1の光学バンドパスフィルターによりラマン散乱光を集光し、1素子の受光素子により電気信号に変換し、第1の時間波形を測定すると共に、前記第1の光学バンドパスフィルターの透過光と波長域が異なる光を透過する第2の光学バンドパスフィルターにより特定波長の光を集光し、1素子の受光素子により電気信号に変換し、時間波形を測定し、続いて第1の時間波形と第2の時間波形との差分をとり、レーザー光の走査位置情報に基づいて監視対象空間の対応する位置座標を着色したラマン散乱光信号画像を作成し、それを監視対象空間の背景画像上に重畳表示することで水素ガスを可視化することを特徴とする水素ガス可視化方法である。
第2の発明は、第1の発明において、前項第1および第2の光学バンドパスフィルターの透過長幅が±2nm以下であることを特徴とする。
第3の発明は、第1または2の発明において、前記第1および第2の光学バンドパスフィルターに導かれる光は、前記レーザー光の波長を遮断し、且つ500cm-1以上離れた長波長の光を透過する光学フィルターを通過した光であることを特徴とする。
第4の発明は、第1、2または3の発明において、前記ラマン散乱光信号画像は、前記差分の信号強度に応じて異なる色に着色した画像であることを特徴とする。
第5の発明は、第1ないし4のいずれかの発明において、前記レーザー光は、直線偏光のレーザー光を波長板により円偏光ないしは楕円偏光にしたレーザー光であり、前記第1の光学バンドパスフィルターは、前記レーザー光の波長を586.9cm−1ラマンシフトした波長に透過波長中心を有することを特徴とする。
第6の発明は、第5の発明において、前記波長板は、1/4波長板であり、波長板の光学軸に対して入射光の偏光軸が角度45°となるように配置されることを特徴とする。
第7の発明は、第1ないし6のいずれかの発明において、前記受光素子が、光電子増倍管またはアバランシェフォトダイオードであることを特徴とする。
【0010】
また、本発明は、次の第8ないし15の水素ガス可視化システムを要旨とする。
第8の発明は、監視対象空間にレーザー光を走査するレーザー光照射手段と、監視対象空間の可視光を撮像する可視光画像撮像手段と、水素ガスからのラマン散乱光スペクトル線波長に透過波長中心を有する光学バンドパスフィルターおよび1素子の受光素子からなる第1の受光手段と、第1の受光手段の透過光と波長域が異なる光を透過する光学バンドパスフィルターおよび1素子の受光素子からなる第2の受光手段と、監視対象空間からの光を第1および第2の受光手段へ導く集光手段と、第1および第2の受光手段からの信号に基づき水素ガスを可視化する画像処理手段と、を備え、前記画像処理手段は、第1の受光手段からの信号に基づき測定した時間波形と第2の受光手段からの信号に基づき測定した時間波形との差分をとり、レーザー光照射手段の走査位置情報に基づいて監視対象空間の対応する位置座標を着色したラマン散乱光信号画像を作成し、それを監視対象空間の可視光画像上に重畳表示することで水素ガスを可視化することを特徴とする水素ガス可視化システムである。
第9の発明は、第8の発明において、前項第1および第2の受光手段の光学バンドパスフィルターの透過長幅が±2nm以下であることを特徴とする。
第10の発明は、第8または9の発明において、前記集光手段は、前記レーザー光の波長を遮断し、且つ500cm-1以上離れた長波長の光を透過する光学フィルターを備えることを特徴とする。
第11の発明は、第8、9または10の発明において、前記画像処理手段は、前記差分の信号強度に応じて異なる色に着色したラマン散乱光信号画像を作成することを特徴とする。
第12の発明は、第8ないし11のいずれかの発明において、前記レーザー光照射手段は、直線偏光のレーザー光を円偏光ないしは楕円偏光にする波長板を備え、前記第1の受光手段の光学バンドパスフィルターは、当該レーザー光の波長を586.9cm−1ラマンシフトした波長に透過波長中心を有することを特徴とする。
第13の発明は、第12の発明において、前記波長板は、1/4波長板であり、波長板の光学軸に対して入射光の偏光軸が角度45°となるように配置されることを特徴とする。
第14の発明は、第8ないし13のいずれかの発明において、前記第1の受光手段の光学バンドパスフィルターと前記第2の受光手段の光学バンドパスフィルターの透過波長中心の差が10nm以下であることを特徴とする。
第15の発明は、第8ないし14のいずれかの発明において、前記受光素子が、光電子増倍管またはアバランシェフォトダイオードであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、外乱を抑制でき、高速、且つ、高精度な水素ガスの遠隔監視を実現することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明においては、中心透過波長が異なる狭帯域の光学バンドパスフィルターが装着された2つの受光素子を用意し、ラマン散乱光とは異なる波長の光(差分算出用光)を計測し、差分値を取ることで外乱光を効果的に排除している。ここで、差分算出用光を集光するための光学バンドパスフィルターは、ラマン散乱光を集光するための光学バンドパスフィルターと波長が近いものを選択している。これは外乱光のスペクトル分布が波長に対して変化するため、近い波長ほど近似的に同じ強度と見なせるからである。すなわち、ラマン散乱光と差分算出用光の波長が近いほど精度良く外乱光を排除することができる。太陽光の影響が強い屋外での利用を想定した場合、2つの光学バンドパスフィルターの透過波長中心の差は10nm以下であることが好ましい。
【0013】
また、上述のとおり、水素ガスのラマン光には振動ラマン散乱光と回転ラマン散乱光が存在する。照射するレーザー波長別のラマンシフトは表1のとおりとなる。表1に示すように回転ラマン散乱光のシフト量は少ないため、照射レーザーの反射光をシャープにカットするフィルターが必要であることが分かる。近年開発された照射レーザー光の波長を遮断する遮断急峻度(透過率10−6から透過率50%までの急峻度)3nm以下の長波長透過フィルター(エッジフィルター)を用いるか、透過長幅が±2nm以下の狭帯域光学バンドパスフィルターを用いること(好ましくは両者を併用すること)により、回転ラマン散乱光の抽出が可能となる。
例えば、照射するレーザー光の波長が355nmの場合、エッジフィルターは355nmを10−6に減衰させ362nmの光を90%以上透過する性能を有するものを、光学バンドパスフィルターはラマンシフトした波長である362.2nmの波長の近傍に透過波長中心を有するものを、差分算出用光を集光するための光学バンドパスフィルターは、ラマン散乱光を集光するための光学バンドパスフィルターと波長が近く且つラマン散乱光を含まない波長に透過波長中心を有するものを選択し、両光学バンドパスフィルターの透過波長幅は少なくとも±2nm以下(好ましくは±0.8nm以下)である必要がある。
回転ラマン散乱光は、レーザー光の照射に対して蛍光の谷間に発生するため、蛍光の影響が少ないという特徴がある。図11を見ると分かるように、レーザー光に起因する蛍光は照射レーザー光の直近には発生しないため、照射レーザー光の直近には発生する回転ラマン散乱光が蛍光の影響を受け難いことが分かる。
【0014】
【表1】

【0015】
ここで、回転ラマン散乱光は、円偏光ないしは楕円偏光の光源で発光する。そこで、本発明では、直線偏光のレーザーを、波長板を通過させて偏光状態を変化させることにより、水素ガスに起因する回転ラマン散乱光を観測している。
【0016】
本発明の水素ガスの可視化方法は、図1に示すとおりであり、次の手順で行われる。
(1)水素ガスを可視化するための背景画像として、可視光カメラで監視対象空間を撮像する。
(2)レーザー光の走査情報(縦・横、或いは水平・煽り)から監視対象空間におけるレーザー光の照射位置を特定し、レーザー光を監視対象空間に照射する。レーザー光の走査位置情報は、画像処理のために記憶しておく。
(3)水素ガスに起因するレーザーのラマン散乱光と、このラマン散乱光の波長を含まない光(差分算出用光)を、それぞれ光学バンドパスフィルターを用いて集光する。ここで、回転ラマン散乱光を観測する場合には、照射するレーザー光は円偏光であり、ラマンシフトは586.9cm−1である。
(4)集光したラマン散乱光と、差分算出用光を、それぞれ受光素子で電気信号に変換し、レーザー光の照射信号を基準にして時間波形を測定する。ここで、受光素子には、1素子のディテクターを使用する。CCDカメラ等で画像として捉えようとすると受光した光量は各素子に分散されるが、1素子では全光量を電気信号に変換できるため、強いシグナルを得ることができるからである。好ましい受光素子としては、光が当たると電子を放出する光電陰極を持った遮蔽管である光電子増倍管、或いは、吸収光子によってできた正孔電子による光電流の雪崩効果を活用する器具であるアバランシェフォトダイオード(avalanche photodiode)が例示される。
(5)水素ガスに起因するラマン散乱光波長域の信号強度から、差分算出用光の波長域の信号強度を差し引いた信号を水素ガスの信号とする。このように差分算出用光の信号強度を差し引くことにより、外乱光を効果的に除去することができる。
(6)ラマン散乱光波長域の信号強度から差分算出用光の波長域の信号強度を差し引いた信号が、予め設定した信号強度よりも大きい場合を「ガス有り」、設定した信号強度よりも小さい場合を「ガス無し」として判別する。ガスの信号が検知されなかった場合は(10)へ進み、ガスの信号が検知された場合は(7)へ進む。
(7)ラマン散乱光信号強度を強度に応じて異なる色に着色し監視対象空間画像のレーザー照射位置に対応する位置に表示する。水素ガスの濃度が増加するにつれてラマン散乱光信号強度も強くなるから、ラマン散乱光波長域の信号強度から差分算出用光の波長域の信号強度を差し引いた信号を強度に応じて異なる色に着色することで、水素ガスの濃度分布を視覚的に把握することができる。
例えば、図9および図10の場合、信号強度は最大で0.04V(150nsの信号強度:受光器の回路により異なる)、最小で0V(差分信号)である。ここで、仮に水素検知の敷居値を0.002Vとして、0.002Vから0.04Vを4ビットに階級化すれば16段階の着色表示ができることになる。
(8)着色したラマン散乱光信号強度画像を、監視対象空間画像の背景画像に重ねて表示することで水素ガスの位置を視覚的に把握(可視化)することができる。
(9)レーザー光の照射信号を基準にして測定した時間波形と、レーザー光の照射から水素ガスに起因するラマン光信号の時間とから、水素ガスの距離を求め、モニター上に表示する。
(10)監視対象空間におけるレーザー光の走査が終了するまで(2)〜(9)を繰り返す。
【0017】
図2は、本発明の原理を検証するための装置構成であり、レーザー光照射系、受光系および分光測定系より構成される。
レーザー光照射系は、レーザー光発信装置5の前に波長板7(直径25mm、厚さ約3mm)を配置したものであり、直線偏光のレーザー光を円偏光に変換して監視対象空間を走査する。波長板7は、1/4波長板であり、波長板7の光学軸に対して入射光の偏光軸が角度45°となるように配置することで、直線偏光を円偏光に変換している。符号5は、レーザー発振装置である。今回は、QスイッチYAGの第3高調(波長:概355nm)を使用したが、レーザー発振装置に制約はなく、出力の小さい半導体レーザーでもよい。
【0018】
受光系は、レーザーカットフィルター11,21を介して分光器31,32に入射する。分光器31は、前方散乱光を観測し、分光器32は穴あきミラー17を介して反射した後方散乱光を観測する。
図2の装置構成により、測定した振動ラマン散乱光と回転ラマン散乱光の強度比較を図4および5に示す(縦軸は対数目盛を用いて広範囲の信号強度範囲を表示している)。
図4は、分光器31で観測した前方散乱光であり、1/4波長板7の回転角に対する振動ラマン散乱光と回転ラマン散乱光の強度変化を示している。図4から、波長板を回転させてレーザー光の偏光を変化させることで、回転ラマン散乱光強度は振動ラマン散乱光に比べ最大数桁以上強くなることが分かる。
図5は、波長板7の回転角度を45°とした際に分光器32で観測した後方散乱光である。図5からも、回転ラマン散乱光は振動ラマン散乱光よりも数桁強く観測されることが分かる。
以上の検証試験から、水素ガスの回転ラマン散乱光を測定することにより、振動ラマン散乱光を測定する場合と比べ桁違いに大きな信号を得ることができることを確認できた。
【0019】
以下では、本発明を実施するための実施例を説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0020】
本実施例の装置は、図6に示すように、レーザー光照射系、集光系、受光系、および画像処理系を主たる要素とする。
レーザー光照射系は、レーザー光発信装置5の前に波長板7(直径25mm、厚さ約3mm)を配置したものであり、直線偏光のレーザー光を円偏光に変換した後、レーザービームスキャナー8によって監視対象空間を走査するものである。レーザービームスキャナー8から出たレーザー光は鏡M1によって集光系の中心に配置された反射鏡M2に導入され、集光系のほぼ中心から監視対象空間に放射される。ここで、波長板7は、1/4波長板であり、波長板7の光学軸に対して入射光の偏光軸が角度45°となるように配置することで、直線偏光を円偏光に変換している。符号5は、QスイッチYAGの第3高調(波長:概355nm)レーザー発振装置である。
【0021】
監視空間からの光は集光系で集光される。集光系は対物レンズ18とリレーレンズ19とで構成され、監視空間からの光をほぼ平行光にして受光系に導く。図6では集光系を対物レンズで構成しているが、対物レンズの代わりに凹面鏡を用いて反射型の望遠鏡を構成しても良い。
なお、レーザー光に起因する水素ガスの誘導ラマン散乱光を観測する時間帯の光のみを集光することにより、太陽光や照明光等の外乱光の影響を最小限とするよう構成するのが好ましい。
【0022】
受光系の装置構成は、図7に示すとおりであり、集光系からの光線のうち、反射(或いは散乱)したレーザー光がレーザー光遮断長波長透過フィルター(エッジフィルター)13によって遮断され、ラマン散乱光と差分算出用光が光分配器15によって2分され、受光素子1および受光素子2でラマン散乱光と差分算出用光が電気信号に変換される。本実施例で用いたエッジフィルター13の波長透過特性グラフを図3に示す。
【0023】
受光素子1,2は、光電子増倍管である。光学バンドパスフィルター12は、回転ラマン散乱光の波長に透過波長中心を有する狭帯域のラマン光透過フィルターであり、光学バンドパスフィルター22は差分算出用光波長に透過波長中心を有する。すなわち、光学バンドパスフィルター12と受光素子1の組み合わせでラマン光を分離・検知し、光学バンドパスフィルター22と受光素子2の組み合わせ差分算出用光を分離・検知する。なお、光学バンドパスフィルター12と22の配置は逆でもよい。
本実施例で用いた光学バンドパスフィルター12は、中心透過波長が362.2nm、透過波長幅が±0.8nmのものであり、光学バンドパスフィルター22は、中心透過波長が365.3nm、透過波長幅が±0.8nmのものである。
【0024】
受光素子で検出した電気信号はA/Dコンバーターでデジタル化され、レーザー照射開始時間を時間基準として電気信号強度の時間変化(受光光量の時間変化)が画像処理系に出力される。
画像処理系は、画像処理プログラムを有するパーソナルコンピュータである。画像処理プログラムは、受光系による回転ラマン散乱光信号強度画像と、可視カメラ6からの背景画像撮像を一つのモニター画面の中に同時に表示する機能を有している。受光系からの信号は、時間の経過と共に変化する電気信号の波形に過ぎないため、画像処理プログラムにより、レーザー光照射系の走査制御情報(レーザー照射方向位置情報)と、監視対象空間の空間位置座標をマッチングすることで、監視対象空間の回転ラマン散乱光信号強度画像を作成する。
本実施例の装置による水素ガスの可視化の様子を図8に示す。
【実施例2】
【0025】
本実施例の装置はレーザー光照射系、集光系および受光系、画像処理の構成は、実施例1と同じであるがレーザー光照射系においては、波長板7が着脱自在に構成されており、受光系の光学バンドパスフィルターを交換することで振動ラマン散乱光の受光も可能に構成されている。
水素ガスの可視化画像を作成するための、水素ガスの振動ラマン散乱光あるいは回転ラマン散乱光の検知信号波形と、差分処理の結果を図9および図10に示す。ここでは、受光素子1でラマン散乱光を測定し、受光素子2で差分算出用光を測定した。
【0026】
(1)振動ラマン散乱光による水素ガスの検知
図9は、波長355nmのレーザー光を照射し、振動ラマン散乱光と差分算出用光を観測した結果である。図9中、100nsの時間帯において、一番上に示されている波形が、受光素子1により観測した振動ラマン散乱光の波形である。光学バンドパスフィルター12は、中心透過波長が416.5nmであり、透過波長幅は±0.5nmである。
図9中、100nsの時間帯において、上から二番目に示されている波形が、受光素子2により観測した差分算出用光の波形である。光学バンドパスフィルター22は、中心透過波長が413.2nmであり、透過波長幅は±0.7nmである。
受光素子1による波形は水素ガスであり、受光素子2による波形は水素ガス以外の外乱等の波形である。両者の差分値を取ることにより、図9中、100nsの時間帯において、一番下に示されている波形である、外乱光の除去された水素ガスの波形(振動ラマン散乱光)を得ることができる。
また、水素ガスが検出された時間帯により、本実施例の装置からの水素ガスの距離を算出することができる。光の速度が概ね30cm/1ナノ秒であるため、100nsの時間帯に水素ガスが検出されたことから、水素ガスまでの距離は30cm×100/2=約15mであることが分かる。
【0027】
(2)回転ラマン散乱光による水素ガスの検知
図10は、波長355nmのレーザー光を照射し、回転ラマン散乱光と差分算出用光を観測した結果である。光学バンドパスフィルター12および22は、実施例1と同じのものを用いた。
図10中、100nsの時間帯において、一番上に示されている波形が、受光素子1により振動ラマン散乱光を観測した波形である。 図10中、100nsの時間帯において、一番下に示されている波形が、受光素子2により観測した差分算出用光の波形である。
受光素子1による波形は水素ガスであり、受光素子2による波形は水素ガス以外の外乱等の波形である。両者の差分値を取ることにより、図10中、100nsの時間帯において、真ん中に示されている波形である、外乱光の除去された水素ガスの波形(回転ラマン散乱光)を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明の水素ガス可視化方法及びシステムによれば、処理速度が速いため、水素供給ステーションや燃料電池などの水素ガス利用設備において、リアルタイムで水素ガスの可視化を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】水素ガスを高速、且つ、高精度に可視化する方法の処理手順である。
【図2】原理検証試験装置の構成図である。
【図3】実施例1で用いたエッジフィルターのスペクトル性能グラフである。
【図4】波長板の回転角度とラマン散乱光の強度の相関関係を示すグラフである。
【図5】振動ラマン散乱光と回転ラマン散乱光とレーザー光の強度の対比を示すグラフである。
【図6】実施例1の装置の構成図である。
【図7】実施例1の装置の受光系の構成図である。
【図8】実施例1の装置による水素ガスの可視化の様子である。
【図9】実施例2の装置における振動ラマン散乱光の観測結果である。
【図10】実施例2の装置における回転ラマン散乱光の観測結果である。
【図11】波長355nmのレーザー光を照射した際に発生する物質別蛍光である。
【符号の説明】
【0030】
1,2 受光素子
5 レーザー発振装置
6 可視カメラ
7 波長板
8 スキャナー
9 水素セル
11,21 レーザーカットフィルター
13 エッジフィルター
12,22 光学バンドパスフィルター
15 光分配鏡
17 穴あきミラー
18 対物レンズ
19 リレーレンズ
23,24 A/Dコンバーター
31,32 分光器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー光により監視対象空間を走査し、当該レーザー光の波長をラマンシフトした波長に透過波長中心を有する第1の光学バンドパスフィルターによりラマン散乱光を集光し、1素子の受光素子により電気信号に変換し、第1の時間波形を測定すると共に、前記第1の光学バンドパスフィルターの透過光と波長域が異なる光を透過する第2の光学バンドパスフィルターにより特定波長の光を集光し、1素子の受光素子により電気信号に変換し、時間波形を測定し、続いて第1の時間波形と第2の時間波形との差分をとり、レーザー光の走査位置情報に基づいて監視対象空間の対応する位置座標を着色したラマン散乱光信号画像を作成し、それを監視対象空間の背景画像上に重畳表示することで水素ガスを可視化することを特徴とする水素ガス可視化方法。
【請求項2】
前項第1および第2の光学バンドパスフィルターの透過長幅が±2nm以下であることを特徴とする請求項1の水素ガス可視化方法。
【請求項3】
前記第1および第2の光学バンドパスフィルターに導かれる光は、前記レーザー光の波長を遮断し、且つ500cm-1以上離れた長波長の光を透過する光学フィルターを通過した光であることを特徴とする請求項1または2の水素ガス可視化方法。
【請求項4】
前記ラマン散乱光信号画像は、前記差分の信号強度に応じて異なる色に着色した画像であることを特徴とする請求項1、2または3の水素ガス可視化方法。
【請求項5】
前記レーザー光は、直線偏光のレーザー光を波長板により円偏光ないしは楕円偏光にしたレーザー光であり、
前記第1の光学バンドパスフィルターは、前記レーザー光の波長を586.9cm−1ラマンシフトした波長に透過波長中心を有することを特徴とする請求項1ないし4のいずれかの水素ガス可視化方法。
【請求項6】
前記波長板は、1/4波長板であり、波長板の光学軸に対して入射光の偏光軸が角度45°となるように配置されることを特徴とする請求項5の水素ガス可視化方法。
【請求項7】
前記受光素子が、光電子増倍管またはアバランシェフォトダイオードであることを特徴とする請求項1ないし6のいずれかの水素ガス可視化方法。
【請求項8】
監視対象空間にレーザー光を走査するレーザー光照射手段と、
監視対象空間の可視光を撮像する可視光画像撮像手段と、
水素ガスからのラマン散乱光スペクトル線波長に透過波長中心を有する光学バンドパスフィルターおよび1素子の受光素子からなる第1の受光手段と、
第1の受光手段の透過光と波長域が異なる光を透過する光学バンドパスフィルターおよび1素子の受光素子からなる第2の受光手段と、
監視対象空間からの光を第1および第2の受光手段へ導く集光手段と、
第1および第2の受光手段からの信号に基づき水素ガスを可視化する画像処理手段と、を備え、
前記画像処理手段は、第1の受光手段からの信号に基づき測定した時間波形と第2の受光手段からの信号に基づき測定した時間波形との差分をとり、レーザー光照射手段の走査位置情報に基づいて監視対象空間の対応する位置座標を着色したラマン散乱光信号画像を作成し、それを監視対象空間の可視光画像上に重畳表示することで水素ガスを可視化することを特徴とする水素ガス可視化システム。
【請求項9】
前項第1および第2の受光手段の光学バンドパスフィルターの透過長幅が±2nm以下であることを特徴とする請求項8の水素ガス可視化システム。
【請求項10】
前記集光手段は、前記レーザー光の波長を遮断し、且つ500cm-1以上離れた長波長の光を透過する光学フィルターを備えることを特徴とする請求項8または9の水素ガス可視化システム。
【請求項11】
前記画像処理手段は、前記差分の信号強度に応じて異なる色に着色したラマン散乱光信号画像を作成することを特徴とする請求項8、9または10の水素ガス可視化システム。
【請求項12】
前記レーザー光照射手段は、直線偏光のレーザー光を円偏光ないしは楕円偏光にする波長板を備え、
前記第1の受光手段の光学バンドパスフィルターは、当該レーザー光の波長を586.9cm−1ラマンシフトした波長に透過波長中心を有することを特徴とする請求項8ないし12のいずれかの水素ガス可視化システム。
【請求項13】
前記波長板は、1/4波長板であり、波長板の光学軸に対して入射光の偏光軸が角度45°となるように配置されることを特徴とする請求項12の水素ガス可視化システム。
【請求項14】
前記第1の受光手段の光学バンドパスフィルターと前記第2の受光手段の光学バンドパスフィルターの透過波長中心の差が10nm以下であることを特徴とする請求項8ないし13のいずれかの水素ガス可視化システム。
【請求項15】
前記受光素子が、光電子増倍管またはアバランシェフォトダイオードであることを特徴とする請求項8ないし14のいずれかの水素ガス可視化システム。

【図1】
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【図2】
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【図11】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−232374(P2007−232374A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−50563(P2006−50563)
【出願日】平成18年2月27日(2006.2.27)
【出願人】(000144991)株式会社四国総合研究所 (116)
【Fターム(参考)】