説明

リガンド又は標的を過分極させて核磁気共鳴スペクトルをリガンド又は標的の参照スペクトルと比較するリガンドの核磁気共鳴検出法

【課題】 NMR式アッセイ用の過分極リガンド又は標的を含んだNMR法の提供。
【解決手段】 当該方法は、1種以上の過分極リガンドと標的と適宜1種以上の追加リガンドとを含む混合物又は過分極標的と1種以上のリガンドとを含む混合物いずれかのNMRスペクトルを生成するステップと、NMRスペクトルを1種以上の過分極リガンド又は過分極標的の参照スペクトルと比較するステップを含む。好ましい実施形態では、当該NMR法は、(a)1種以上のリガンド又は標的を過分極させ、(b)1種以上の過分極リガンドを標的又は標的及び1種以上の追加リガンドと接触させるか或いは過分極標的を1種以上のリガンドと接触させて混合物を形成し、(c)混合物のNMRスペクトルを生成し、(d)このNMRスペクトルを、1種以上の過分極リガンド又は過分極標的の参照スペクトルと比較することによって実施される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、NMR式アッセイに用いるための過分極リガンド又は標的を含んだNMR法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在進行中の様々なゲノム配列解析プロジェクトは、膨大な速度でデータを生成しつつある。関連遺伝子配列にコードされた生体分子は、それらに結合する化合物(=リガンド)の同定又は設計のための標的分子(=標的)として役立ち、例えば天然リガンドとして、又は天然リガンドの作用物質もしくは拮抗物質として、又は阻害剤、基質もしくは標的ベクターとして役立つ。リガンドの同定は創薬の第一段階である。創薬は、リード化合物つまり所定の標的に対して高い結合親和性を呈する化合物の同定と、同定したリード化合物と標的との間の構造活性相関を詳細に検討する最適化プロセスとを含む。創薬を迅速化するため、ハイスループットスクリーニングプロセスでは合成又は天然の推定リガンドのライブラリを利用し、初期スクリーニングパラメータは通常は標的に対するリガンドの高結合活性である。最適化プロセスでは、化学的安定性及び代謝安定性、無毒性及び最適ADME(吸収、分布、代謝、排出)特性のように将来の薬物化合物として適した重要な他のリガンドパラメータにも着目する。
【0003】
NMRは今日の創薬における最も多用途ツールの一つである。NMRはリード化合物の同定に寄与するだけでなく、分子構造に関する情報及び標的に対するリガンドの結合に関する特異的情報を提供し、リード化合物の最適化プロセスを促進する。必要な情報を収集する方法としては、標的由来のNMR信号を監視する方法と、リガンド由来のNMR信号を監視する方法との2通りある。
【0004】
Chen et al.,J.Am.Chem.Soc.,120(1998),10258?10259には、いわゆる「NOEポンピング法」が記載されており、この方法は標的から結合リガンドへ信号を移動させるためNOEに依拠するものである。リガンド分子の飽和によって非平衡磁化が生ずる。標的に結合していないリガンドからの信号は拡散フィルタ(勾配の強さ及び拡散遅延時間)の利用によって抑制される。拡散フィルタは、NOEシーケンスの印加前はリガンドの信号を破壊するため、標的から結合リガンドへの分極移動のみがリガンドに分極を与えることができる。リガンドが標的から解離すると、移動した分極は遊離リガンドに留まる。この記載の方法の短所は、標的の高速緩和(特にT緩和)のため信号強度が小さく、方法の感度が低下することである。加えて、適用される拡散フィルタはリガンドと標的との間の交換を必要とする。そのため、相互作用を監視するための親和性ウィンドウが制約され、極めて高い又は極めて低い親和性を有するリガンドについてはこの方法は不適当になる。
【0005】
A.Chen et al.,J.Am.Chem.Soc.,122(2000),414?415には、同一の実験を行うための別の方法も示唆されている。この方法では、NOEポンピング法とは逆の機構、つまり結合リガンドから標的分子に移動した信号を検出する。Tフィルタを用いて標的信号を抑制しながら、リガンドからの信号は保つ。その結果、非結合リガンドの信号強度は緩和及びNOEポンピングによって低下する。この信号強度損における差を検出するため、緩和による信号強度損を記録する参照スペクトルが必要になる。Tフィルタを用いるため、この方法は標的とリガンドとの間のT緩和の差が比較的大きい系に限定される。そのため、リガンドが遊離状態と結合状態との間で速やかに平衡に至ることが必要とされる。これによって、この方法で測定可能な親和性の範囲が限定される。
【0006】
Mayer et al.,Angew.Chem.Int.Ed.Engl.,38(1999),1784?1788には、分解した標的の共鳴を選択的に飽和させる方法が記載されている。これによって、効率的スピン拡散機構から標的分子及びこれに結合したリガンド全体の飽和が生ずる。続いて、緩和フィルタを適用して、影響を受けたリガンド信号のみの観測を可能にする。オフレゾナンス照射によって参照スペクトルを記録して減算し、結合リガンドの信号を顕在化させる。結合リガンドの強度は距離に変換することができるので、結合部位をマッピングすることができる。この方法の短所は、さらに複雑な混合物は2D NMRスペクトルを用いないと検査できないことである。極く少量の標的及び/又はリガンドしか得られない場合、この方法は極めて時間がかかる。さらに、緩和フィルタを適用するので、高親和性リガンドは測定することができない。
【0007】
Shuker et al.,Science,274(1996),1531?1534には、15N標識標的分子の化学シフト変化を、遊離標的分子とリガンドが結合した標的分子との間の差として監視するいわゆるSAR−by−NMR方法(SAR=構造活性相関)が記載されている。これらの化学シフト変化を標的の構造にマッピングして結合部位の特性を決定する。標的上の様々な結合部位に対する親和性を有する個別に同定したリガンドを化学結合させて、最適な高親和性リガンドを得ることができる。この方法は15N標識標的分子に限定される。さらに、標的のスペクトル帰属が既知でなければならない。
【0008】
国際公開第97/18471号には、15N同位体濃縮タンパク質から第一の2D15N/H−NMR相関スペクトルを生成し、15N同位体濃縮タンパク質/リガンド複合体から第二の2D15N/H−NMR相関スペクトルを生成することによって推定リガンドをスクリーニングする方法が開示されている。次いで、タンパク質のスペクトル変化を用いてリガンドの結合部位を同定する。この方法も、15N同位体濃縮タンパク質標的に制限される。
【0009】
国際公開第00/62074号には、13C同位体濃縮標的分子に基づきこれに限定された同様の方法が開示されている。
【0010】
国際公開第02/33406号には、各標識アミノ酸が少なくとも1回タンパク質のごく近傍に接近する13C/15N標識タンパク質を用いて、標識した標的の第一のHNCO型NMRスペクトル及び標識した標的/リガンド複合体の第二のHNCO型NMRスペクトルを生成することによって結合分子を同定する方法が開示されている。次いで、化学シフトの変化を用いて推定結合分子を同定する。この方法の短所は、特殊な標識タンパク質標的分子に制限されていることである。
【特許文献1】国際公開第97/18471号パンフレット
【特許文献2】国際公開第00/62074号パンフレット
【特許文献3】国際公開第02/33406号パンフレット
【非特許文献1】Chen et al.,J.Am.Chem.Soc.,120(1998),10258?10259
【非特許文献2】A.Chen et al.,J.Am.Chem.Soc.,122(2000),414?415
【非特許文献3】Mayer et al.,Angew.Chem.Int.Ed.Engl.,38(1999),1784?1788
【非特許文献4】Shuker et al.,Science,274(1996),1531?1534
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述の従来技術の方法にみられる短所は、背景干渉及び/又は感度制限によるものである。背景信号を抑制するために、これらの方法はいわゆるNMRフィルタの利用を必要とし、例えばかかるフィルタを用いて標的からの信号及びリガンドからの信号をそれぞれ選択的に抑制することができる。しかし、かかるフィルタは、分子の大きさ及び結合親和性ウィンドウに負担を与え、従来技術の方法の制約となる。感度制限は幾つかの理由で問題となる可能性があり、かかる制限を軽減するには多量の標的又はリガンドいずれかが必要となる。上述の方法に多量のリガンドが必要とされる場合、被験リガンドに厳しい溶解度が要求され、そのためリガンドライブラリの設計はさらに難しくなりかねない。さらに、反応が生理学的条件とは異なる条件下で起こりかねない。また、多量の標的が必要とされる場合、NMR式アッセイは極めて高価になり、アッセイ対象の標的によっては十分な量で発現することができずアッセイが妨げられる場合がある。さらに、感度が低いことから実験試料採取が長時間になり、従来技術の方法は極めて時間がかかるためハイスループット法に有用ではない。
【0012】
このように、以上に概略を説明した従来技術の短所を克服するNMR式スクリーニング法を提供することが必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者等は、驚くべきことに従来技術に付随する問題を克服したNMR法を発見した。当該方法は、1種以上の過分極リガンドと標的と適宜1種以上の追加リガンドとを含む混合物又は過分極標的と1種以上のリガンドとを含む混合物いずれかのNMRスペクトルを生成するステップと、NMRスペクトルを1種以上の過分極リガンド又は過分極標的の参照スペクトルと比較するステップを含む。
【0014】
好ましい実施形態では、このNMR法は、
(a)1種以上のリガンド又は標的を過分極させ、
(b)1種以上の過分極リガンドを標的又は標的及び1種以上の追加リガンドと接触させるか或いは過分極標的を1種以上のリガンドと接触させて混合物を形成し、
(c)混合物のNMRスペクトルを生成し、
(d)このNMRスペクトルを、1種以上の過分極リガンド又は過分極標的の参照スペクトルと比較すること
によって実施される。
【発明の効果】
【0015】
本発明の方法の利点は、過分極種すなわち標的又はリガンドのいずれかのみを検出するため背景信号が存在しないことである。これによって、NMRフィルタを適用せずにNMRデータを収集できるようになる。そのため、本発明の方法では親和性ウィンドウが制限されない。さらに、本発明の方法の感度は従来技術の方法に比べて格段に高いため、少量の標的分子又はリガンド分子しか必要としない。これによって、標的/リガンドの溶解度の要求の厳しさが減り、生理学的に適当な濃度で方法を実施することができる。さらに、感度の向上により、薬物最適化を必要とせずに可能性の低い化合物のプールの中から有望な薬物化合物を直接スクリーニングすることにより、創薬プロセスにおいてスクリーニングステップと最適化ステップとを組合せることが可能になる。必須ではないが、同位体濃縮標的分子又はリガンド分子を用いることも可能である。同位体濃縮分子を用いるか否かは、求められる感度の程度にのみ関係する。本発明の方法によるスペクトル生成は一次元NMRで実施でき、単一回の走査で複数のスペクトルを収集できる。これによって、方法が極めて高速化し、ハイスループットスクリーニングプロセスでの使用に適したものとなる。さらに、本方法は、リガンドライブラリではなく個々のリガンド化合物を単にスクリーニングするために感度を向上させることができるので、正確で信頼性の高い情報を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本明細書を通して使用した用語は通常の意味をもつ。さらに具体的な定義として、「標的、標的分子又は標的化合物」とは任意の生体分子を意味し、好ましくはタンパク質、糖タンパク質、リポタンパク質、核酸、例えばDNA又はRNA、ポリペプチド、グリコポリペプチド、リポポリペプチド、ペプチド、及びこれらの部分又は断片からなる群から選択される生体分子である。標的は、例えば天然有機物、好ましくは動物もしくは人体からの単離によって入手できるもののような天然由来の標的でもよいし、遺伝子組換え微生物、例えば細菌による発現で得られたものでもよい。かかる標的を、例えば酵素又は化合物で処理してさらに変性させてもよい。標的は化学合成DNA、RNA、ペプチド又はポリペプチドのような化学合成した標的であってもよい。
【0017】
さらに具体的な定義として、「リガンド、リガンド分子又はリガンド化合物」は標的に結合し得る任意の分子を意味する。リガンドは、タンパク質、糖タンパク質、リポタンパク質、ポリペプチド、グリコポリペプチド、リポポリペプチド、ペプチド、炭水化物、核酸、例えばDNAもしくはRNA、又はそれらの部分、断片もしくは複合体であってもよいし、その他任意の化合物であってもよい。好ましくは、リガンドは比較的小さな有機分子であり、特に2000Da未満の小有機分子である。特に好ましいのは薬物分子である。リガンドは、例えば天然有機物、好ましくは植物、動物又は人体から単離によって入手できるもののような天然由来のリガンドであってもよいし、又は遺伝子組換え微生物、例えば細菌による発現で得られたものであってもよい。かかるリガンドを、例えば酵素又は化合物で処理してさらに変性させてもよい。また、リガンドは化学合成DNA、RNA、ペプチドもしくはポリペプチド又は小有機分子のような化学合成した化合物であってもよい。
【0018】
本発明の方法では、1種以上の過分極リガンド又は標的を用いる。
【0019】
リガンドを過分極させる場合、かかるリガンドは1種のリガンド(例えばリガンドA)であってもよいし、異なるリガンド分子(例えばリガンドA、B、C…)の混合物、例えばリガンドライブラリであってもよい。
【0020】
「過分極」という用語は、リガンド又は標的に存在するNMR活性の核、すなわちゼロ以外の核スピンをもつ核の核分極を高めることを意味する。
【0021】
好ましい核は13C、15N、31P、19F及び/又はHである。
【0022】
同位体濃縮リガンド又は標的を用いることもできる。非濃縮リガンド又は標的を用いる場合には、高い天然存在比で存在する31P、19F、及び/又はHのような核種を含有するリガンド又は標的が好ましい。同位体濃縮リガンド又は標的が好ましくは本発明の方法に用いられる。濃縮は、リガンド分子もしくは標的分子の内部の1箇所もしくは複数の部位の選択的濃縮、又は全部位での一様な濃縮のいずれでもよい。濃縮は化学合成又は生物学的標識で実施でき、同位体濃縮標的分子には後者が特に有用である。適当な方法は当技術分野で公知である。簡単に述べると、(遺伝子組換え)微生物によって発現される標的分子は、例えば13C濃縮グルコース又は15NHClのような13C又は15N濃縮栄養を一様に含有する栄養培地中での微生物の増殖などによって一様に濃縮することができる。選択的濃縮は、例えばアラニン又はロイシンのように13C又は15N濃縮アミノ酸を含有する栄養培地中での微生物の増殖によって達成できる。こうして、標的は発現した標的内に含まれるアミノ酸残基で特異的に13C濃縮される。好ましくは、リガンド分子及び標的分子は選択的に同位体濃縮され、好ましくはT緩和時間の長い部位で同位体濃縮される。本発明による標的分子及びリガンド分子は、好適には濃縮率10%以上、最も好適には25%以上、好ましくは75%以上、最も好ましくは90%以上の同位体濃縮分子であり、100%に近いほど理想的である。
【0023】
本発明の好ましい実施形態では、リガンド分子及び標的分子は、13C及び/又は15Nで、好ましくは13C又は15Nで、特に好ましくは13Cで選択的に濃縮される。
【0024】
NMR活性核種を過分極させる方法は幾つかあるが、好ましい方法は貴ガスからの分極移動、「ブルートフォース」、DNP及びスピン凍結であり、以下、これらについて説明する。
【0025】
本発明においてプローブ化合物を含むNMR活性核種を過分極させる好ましい方法は、過分極した貴ガスからの分極移動である。ゼロ以外の核スピンをもつ貴ガスは過分極させることができ、例えば円偏光の使用によってその分極を平衡分極を超えるように高めることができる。本発明においてプローブ及び/又は試験化合物中に存在するNMR活性核種の過分極を起こすのに、過分極貴ガス、好ましくはHe又は129Xe或いはかかるガスの混合物を用いることができる。過分極は、人工的に濃縮した過分極貴ガス、好ましくはHe又は129Xeを用いることによっても達成し得る。過分極ガスは気相として存在してもよいし、液体に溶解してもよいし、或いは過分極ガス自体が溶媒として作用するものでもよい。別法として、ガスを冷却固体表面に凝縮させ、その形態で使用してもよいし、或いは昇華させてもよい。これらの方法のいずれも、必要とされる過分極ガスと標的との密接な混合を起こすことができる。場合によっては、リポソーム又は微小気泡に過分極貴ガスを封入してもよい。
【0026】
本発明においてNMR活性核種を過分極させる別の好ましい方法は、極低温及び高磁場での熱力学的平衡によってNMR活性核種を分極させることである。過分極は、NMR分光計の動作磁場及び温度に比べて極高磁場及び極低温(ブルートフォース)の使用によって達成される。用いる磁場強度はできるだけ高くすべきであり、好適には1Tより高く、好ましくは5Tより高く、さらに好ましくは15T以上とし、特に好ましくは20T以上とする。温度は極めて低くすべきであり、例えば、4.2K以下、好ましくは1.5K以下、さらに好ましくは1.0K以下、特に好ましくは100mK以下とする。
【0027】
本発明においてNMR活性核種を過分極させる別の好ましい方法は、DNP(動的核分極)剤によって達成されるDNP法である。DNPメカニズムには、オーバーハウザー効果、固体効果及び熱混合効果がある。例えばクロム(V)イオンのような遷移金属、ニトロオキシドラジカル及びトリチルラジカルのような有機フリーラジカル(国際公開第98/58272号)又は付随自由電子をもつ他の粒子など、大半の公知の常磁性化合物をDNP剤として使用し得る。好ましくは、低緩和性のラジカルをDNP剤として使用する。DNP剤が常磁性フリーラジカルである場合、ラジカルは、分極直前のラジカル生成工程によって安定なラジカル前駆体からその場で簡便に調製し得るし、別法として電離放射線の使用によって簡便に調製し得る。DNPプロセスでは、エネルギーを通常はマイクロ波放射線の形態で与え、これによって最初に常磁性種を励起させる。基底状態に減衰する際に、標的物質のNMR活性核種への分極の移動が起こる。この方法では極低温で中程度又は高い磁場を利用でき、例えば液体ヘリウム中約1T以上の磁場でDNPプロセスを実施できる。別法として、所望の研究が実施できるように十分なNMRの増大が達成される温度及び中程度の磁場を使用し得る。この方法は、分極磁場を提供するための第一の磁石とMR分光法の一次磁場を提供するための第二の磁石を使用することによって実施される。別法として、DNP分極とNMR分光測定を単一の磁石で実施してもよい。
【0028】
本発明においてNMR活性核種を過分極させる別の好ましい方法は、スピン凍結法である。この方法には、スピン凍結分極による固体化合物又は系のスピン分極がある。この系は、3次以上の対称軸をもつ結晶形のNi2+、ランタニド又はアクチニドイオンのような適当な常磁性物質でドープ又は均質混合される。
機器は、共鳴励起磁場を印加しないので、均一磁場の必要がなく、DNPに要する機器よりも簡単である。このプロセスは、磁場の方向と垂直な軸の周りに試料を物理的に回転させることによって実施される。この方法の前提条件は、常磁性種が高い異方性g因子をもつことである。試料の回転の結果、電子常磁性共鳴が核スピンと接触し、核スピン温度が低下する。試料の回転は核スピン分極が新たな平衡に達するまで行われる。
【0029】
DNP法が本発明で最も好ましい過分極法である。
【0030】
上述の過分極法の幾つか、例えばDNP、ブルートフォース又はスピン凍結移動は、固体状態の試料に分極を移動させる場合に有益である。試料が固体でない場合には、従来法では、固体状態で実施する必要のあるいずれかの方法で過分極を行う前に試料を適当な溶媒又は溶媒混合物中で凍結する。溶媒混合物、例えばグリセロール、プロパンジオール又はグリコールを含んでいるもののように混合物が無定形ガラスを形成する混合物が特に適していることが判明している。固体中での化合物の均一な分布を担保するため、かかる無定形マトリックスがDNP過分極で好ましく使用される。
【0031】
NMR活性核種の過分極は、分光計の磁場及び温度での熱平衡と比較したその増強係数によって測定し得る。好適には、NMR活性核種の増強係数は10以上、好ましくは50以上、さらに好ましくは100以上である。
【0032】
試料が固体状態であることが必要とされる方法で過分極を行う場合には、1種以上の過分極リガンド又は過分極標的は好ましくは、過分極ステップの後に溶液化される。適当な溶媒は、本発明の方法のステップ(b)及び(c)でリガンドと標的との相互作用を検討するのに有用な溶媒とする。かかる溶媒は例えばリン酸緩衝液のような非重水素化及び重水素化緩衝液であり、DMSO、メタノール及び酢酸のような少量の有機溶媒を含んでいてもよい。
【0033】
本発明の方法では、過分極化合物(すなわちリガンド又は標的)を過分極していない化合物(すなわちリガンド又は標的)と接触させて混合物を形成する。過分極リガンド/標的の所要量は、増強係数、アッセイで得るべき情報の種類、及びピークの線幅に依存する。
【0034】
過分極化合物がリガンドである場合には、リガンドを、標的又は標的及び過分極リガンドとは異なる1種以上の追加リガンドのいずれかと接触させる。前者の場合、例えば特定のリガンドが標的と結合するか否かを調べて、例えば結合定数、結合距離等を計算することによりリガンドの親和性に関する情報、及び/又は結合リガンドの標的分子に対する相対的配向もしくはリガンドが結合した標的上のエピトープの同定のような構造情報を得ることが可能である。さらに、例えば、過分極リガンドが酵素(標的)について既知の基質であり、混合物が複数の推定阻害剤(リガンド)を含有している場合に、酵素の転化率の変化を監視することにより、酵素の例えば有効な阻害剤を同定することが可能である。この第二の例では、例えば、特定の標的について既知のリガンドを過分極させて、複数の異なるリガンドから標的に比較的高い親和性を有するリガンドを同定することが可能である。結合リガンドの親和性に関する情報は、例えば結合定数の計算、及び/又は結合距離、結合リガンドの標的分子に対する相対的な配向、もしくはリガンドが結合した標的上のエピトープの同定のような構造情報を得ることによって得られる。
【0035】
複数のリガンドを過分極させる場合、各リガンドを標的と接触させて混合物を形成する。このようにして複数の異なるリガンド、例えばリガンドライブラリの中から特定の標的に最も高い親和性を有するリガンドを同定することが可能である。さらに、例えば結合定数の計算、及び/又は結合距離、結合リガンドの標的分子に対する相対的な配向、もしくはリガンドが結合した標的上のエピトープの同定のような構造情報を得ることによって、リガンドの親和性に関する情報を得ることが可能である。
【0036】
過分極した化合物が標的である場合には、標的を1種以上のリガンドと接触させる。このようにして、特定のリガンドが標的と結合するか否かを調べ、又は複数の異なるリガンド、例えばリガンドライブラリの中から標的に最も高い親和性を有するリガンドを同定することが可能である。さらに、リガンドの親和性に関する情報を、例えば結合定数の計算、及び/又は結合距離、結合リガンドの標的分子に対する相対的な配向、もしくはリガンドが結合した標的上のエピトープの同定のような構造情報を得ることによって、リガンドの親和性に関する情報を得ることが可能である。
【0037】
混合物の形成については、過分極化合物と過分極していない化合物を、適当な緩衝液のような適当な溶媒に溶解させると好ましい。好ましい実施形態では、過分極化合物の溶液を過分極していない化合物の溶液に直接移す。混合物の形成は、攪拌、ボルテックス、音波処理等のような当技術分野で公知の幾つかの手段で達成できる。
【0038】
混合物から生成されるNMRスペクトルは、一次元、二次元又は多次元のいずれのNMRスペクトルであってもよいが、好ましくは13C、15N、19F、31P又はHのような選択された核種の一次元NMRスペクトルである。スペクトルは、抽出すべきNMRパラメータ及び取得すべき情報に応じて、RFパルス及び勾配パルスの任意の組合せで一回又は数回の走査で取得することができる。上述のパラメータは、例えば化学シフト、線の幅広化、双極子カップリング又はスカラーカップリングである。好ましい実施形態では、NMRスペクトルの生成に小さいフリップ角を用いる。こうして、リガンドと標的との間の相互作用の動的挙動又は化学反応の時間依存性の帰結を検討することが可能である。得るべきその他の情報としては、結合親和性を決定する結合定数、結合距離、又は結合リガンドの標的分子に対する相対的な配向、もしくはリガンドが結合した標的上のエピトープの同定のような構造情報がある。構造情報は、例えば過分極化合物(例えばリガンド上の過分極13Cスピン)から過分極していない化合物(例えば標的のプロトン)へのNOE(核オーバーハウザー効果)の移動を監視することによって得ることができる。過分極した核スピンから過分極していない核スピンへのNOEは、前者から後者への大きい非平衡分極の部分的移動を生じ、対応NMR信号の過渡的強化を生ずる。NMR信号のこの変化は一次元NMRを用いると容易に観測することができ、過分極した核スピンと他のスピンとの間の双極子相互作用をマッピングする便利な方法である。NOEは分子内又は分子間のいずれでもよいので、この方法を用いて、例えば標的を過分極リガンドと接触させた後に標的上の結合部位をマッピングすることができる。好ましくは、試料は可能な最長のTについて最適化された条件下、すなわちできる限り高温で重水素化溶媒を用いた条件下に保たれる。
【0039】
混合物から生成されるNMRスペクトルを1種以上の過分極リガンド又は過分極標的の参照スペクトルと比較する。
【0040】
1種以上の過分極リガンド又は過分極標的の参照スペクトルは、上述の化合物を遊離状態で、すなわち標的又は1種以上のリガンドと接触させる前に測定する。上述の参照スペクトルを生成するための条件は、混合物のNMRスペクトルを生成する条件とできる限り近いものとすべきである。好ましくは、例えば溶媒、pH、及び例えばパルス長さのようなスペクトルパラメータについての条件を同一にする。参照スペクトルは、一次元、二次元又は多次元のいずれのNMRスペクトルであってもよいが、好ましくは例えば13C、15N、31P、19F又はHのような選択された核種の一次元NMRスペクトルである。スペクトルは、RFパルス及び勾配パルスの任意の組合せで一回又は数回の走査で取得することができる。好ましくは、試料は可能な最長のTについて最適化された条件下、すなわちできる限り高温で重水素化溶媒を用いた条件下に保たれる。
【0041】
比較は、例えばピークの出現又は消滅についてはスペクトルの単なる目視評価で実施できる。好適には、比較は例えば混合物のNMRスペクトルと参照スペクトルとの間のスペクトル差を計算することによるコンピューター支援法で行われる。好ましくは、化学シフト変化、線の幅広化、緩和時間差又はNOE効果の差を監視することができる。リガンドが高速又は中程度の速度で標的と交換している場合には、監視されたNMR信号の位置及び幅は交換による幅広化によって影響を受ける。NMR信号(1本又は複数)は遊離リガンドの化学シフト位置と結合リガンドの化学シフト位置との間の何らかの位置に生じ、信号(1本又は複数)は幾分幅広化する。リガンドが標的に緊密に結合して、「遅い交換限度」が当てはまるような場合には、遊離部分のリガンドから生ずる集合と、結合部分のリガンドから生ずる集合との2つの別個のNMR信号集合が得られる。これら2種類の信号の相対的強度は対応リガンドの遊離部分及び結合部分を反映している。このように、例えば標的に結合したリガンドの同定、標的に対する結合親和性が比較的高いリガンドの同定、結合定数の決定、又は有効な酵素阻害剤、作用物質もしくは拮抗物質の同定が可能となる。さらに、結合距離、リガンドの標的分子に対する相対的な配向、又はリガンドが結合した標的上のエピトープの同定のようなリガンドと標的との間の相互作用に関する構造情報を得ることも可能になる。リガンド−標的複合体の構造情報をNMRによって得る一方法は、リガンドの核スピンと標的の核スピンとの間のスルースペース(through−space)双極子カップリングを活用するものである。一成分の場合、例えば過分極リガンド又は過分極標的のいずれかの場合には、幾つかの部位に大きい非平衡分極が存在する。これらの分極は、例えばリガンドの1箇所又は複数の13C又は15N濃縮部位でよい。NOEでは、核スピン同士の間の双極子カップリングから、カップリングしたスピン同士の間の交差緩和が生ずる。従って、双極子交差緩和は、強化された分極のリガンドから標的への部分的移動またその反対の部分的移動を生ずる。これらの交差緩和率は、対応する各部位の核分極の過渡的変化から得ることができるものであり、カップリングしたスピン同士の間の距離、再配向相関時間、及び関係する核スピンの磁気回転比の関数である。従って、後者のパラメータを知り、個々のNMR信号のNOE誘起強化パターンを観察すると、スルースペース距離を算出して結合部位をマッピングすることが可能である。上述の構造情報は例えば、過分極化合物(例えばリガンド上の過分極13Cスピン)から過分極していない化合物(例えば標的のプロトン)へのNOEの移動を監視することにより得ることができる。結合に関与する相互作用の同定から標的における結合ポケットを正確な位置で求めることに加え、これらのNOEはリガンドと標的との間の結合距離も反映している。
【0042】
本発明のもう一つの観点は、過分極リガンド及び/又は過分極標的のNMR支援創薬における使用であり、好ましくは、創薬のNMR方式のスクリーニング及び/又は最適化方法における使用、特に好ましくは本発明の方法における使用である。
【0043】
用いられる過分極リガンド及び/又は標的は同位体濃縮されていてよい。非濃縮過分極リガンド及び/又は標的を用いる場合には、高い天然存在比で存在する31P、19F、及び/又はHのような核種を含有する過分極リガンド及び/又は標的が好ましい。好ましい実施形態では、過分極リガンド及び/又は標的は同位体濃縮され、特に好ましくは、本出願明細書の原文第6〜7頁に記載したような方法で同位体濃縮される。
【0044】
本発明のさらにもう一つの観点は、同位体濃縮過分極リガンドのリガンド競合アッセイでの使用である。
【0045】
濃縮は、リガンド分子内の1箇所もしくは複数の部位の選択的濃縮、又は全部位の一様な濃縮のいずれでもよい。濃縮は化学合成又は生物学的標識で実施できる。適当な方法は当技術分野で公知である。好ましくは、リガンド分子は、好ましくはT緩和時間の長い位置で選択的に同位体濃縮される。本発明のリガンド分子は、好適には濃縮率10%以上、最も好適には25%以上、好ましくは75%以上、最も好ましくは90%以上の同位体濃縮分子であり、100%に近いほど理想的である。
【0046】
本発明の好ましい実施形態では、リガンドは、13C及び/又は15Nで、好ましくは13C又は15Nで、特に好ましくは13Cで選択的に濃縮される。
【0047】
リガンド競合アッセイを用いて、特定の標的分子の阻害剤、拮抗物質又は作用物質を同定することができる。このようにして、有効な薬物化合物を同定することが可能である。
【実施例】
【0048】
実施例1
SH2ドメインは、特定のリン酸化チロシン(pY)含有ペプチドモチーフに結合する約100個のアミノ酸のモジュールである。これらのドメインは、信号変換に関与する多数のタンパク質に見出される。SH2ドメインは多様な信号変換経路で基本的な役割を果たすので、SH2ドメインは広範なドラッグデザインの試みの標的となってきた。しかし、SH2ドメインによるpY認識の決定因子は依然として十分に解明されていない。このため、SH2ドメインとの高親和性相互作用に必要とされるpYの属性を同定することに関心が持たれる。
【0049】
実験の目的は、結合状態と遊離状態との間での濃縮されたリガンドの化学シフト差の監視を例示し、これにより結合が生じたか否かを決定し、結合親和性を決定することにあった。
【0050】
標的:成長結合ホルモンからのSrc相同ドメイン2
リガンド:(1−13C)−Ac−EpYINQ−NH
【0051】
実施例1.1
1.1.1 過分極した遊離リガンドの参照スペクトルの取得
リガンド19nmolを水12μLに溶解して、30mMのトリチルラジカルを含有するグリセロール溶液15.6mgと混合した。液体試料を液体窒素中に滴下して凍結した。試料を分極器に入れて、93.934GHz及び100mWで一晩(17時間)過分極させた(DNP法)。試料をリン酸緩衝液(pH6.5、100mM、60℃、8.5mL)で溶液にした。活性溶解体積は3mLであり、物質の収率は90%であり、最終濃度は5.7μMであった。溶解したリガンドを10mmのNMR試料管に直接注入して、25℃のプローブを備えた9.4T磁石に速やかに移した。90°パルス角度及び取得時間を1秒間として1回の走査で液体状態NMRスペクトルを取得した。13C標識リガンドから176.9ppmで1本のNMR信号を取得した。スペクトルの信号対雑音比(SNR)は50であった。
【0052】
1.1.2 標的溶液の製造
標的溶液940μL(100μM標的、5mM DTT、100mM NaCl、50mMリン酸、pH6.5)を底に栓をした10mmのNMR試料管に入れて、活性体積を1100μLまで減少させた。プローブ温度を25℃で平衡化した9.4T磁石に試料管を配置した。管をNMR試料管の底に連結して、リガンド溶液の標的溶液への注入を可能にした。
【0053】
1.1.3 リガンドの過分極、及び標的/過分極リガンド混合物の形成
リガンド0.32μmolを20μLの水に溶解して30mMのトリチルを含有するグリセロール溶液と混合した(1:1w/w)。液体試料を液体窒素中に滴下して凍結した。試料を分極器に入れて、93.934GHz及び100mWで一晩(17時間)過分極させた(DNP法)。リン酸緩衝液(pH6.5、100mM、50℃、7mL)に溶解した。活性溶解体積は1.5mLであり、物質の収率は約70%であった。1mLのシリンジをリガンド溶液で完全に(容積:1100μL)充填して、合計160μLのリガンド溶液を標的溶液に速やかに注入し、合計リガンド濃度を24μMとした。
【0054】
1.1.4 混合物のNMRスペクトルの取得
参照スペクトルと同じスペクトルパラメータを用いてNMRスペクトルを生成した。取得時間は1秒間であり、SNRは20であった。NMRスペクトルは、非結合リガンドからの信号(176.94ppm)及び結合リガンドからの信号(176.2ppm)の2本の信号を示した。
【0055】
この例では、標的対リガンド濃度比は4:1であった。このリガンドは標的と低速で交換することが知られているので、遊離リガンドの信号及び結合リガンドの信号の両方が観察されると予想された。そこで、アッセイでリガンド対標的濃度を変化させることにより、アッセイに用いられるリガンド/標的濃度の知見に基づきスペクトルで観察することのできる遊離リガンド及び結合リガンドの相対量を定量化すれば、結合親和性を測定することが可能になる。
【0056】
比較例1.2
感度比較のために、従来のNMRで同じ実験を行った。遊離状態のリガンドの標的との混合物中での1D13C−NMRスペクトルを75.436MHzの13C周波数でVarian INOVAで取得した。データ点を32kとし、走査回数(transient)を4096回とし、スペクトル幅を20000Hzとし、取得時間を800msとしてデータを収集した。リガンドの濃度は0.8mMであった。リガンド及び標的の混合物中での濃度は各々0.6mMであった。全取得時間は各々のスペクトルで約8時間であり、得られたスペクトルの信号は殆ど検出することができなかった。
【0057】
本発明の方法(実施例1.1)では、従来の方法(実施例1.2)のリガンド濃度に対してリガンド濃度を30分の1にして用いることができる。さらに、本発明の方法によるNMRスペクトルの取得時間は極く短く(8時間であったのに対し1秒間)、結果的に系に対する安定性の要件が軽減される。スペクトルは、従来の方法で取得されたスペクトルよりも高いSNRを呈した。
【0058】
実施例2
他のリガンドの中でも特に結合リガンドのオン/オフ速度に依存して、リガンド/標的混合物のNMRスペクトルは遊離リガンド混合物のスペクトルに対して変化を示す(化学シフト変化又は線幅広化)。このように、スペクトル差は、混合物中の結合剤を、標的への結合に際して上述の特性の一つを変化させる化合物であるものとして明らかにする。この実施例では、リガンド信号の線幅広化が標的への結合を示す。
【0059】
実験の目的は、非濃縮リガンドの混合物中での非濃縮結合剤の同定を例示することにあった。
【0060】
標的:ヒト血清アルブミン
リガンド:サリチル酸及びアスコルビン酸。
【0061】
アスコルビン酸がmM親和性で結合しているときにはサリチル酸はμM親和性で標的に結合することが知られている。
【0062】
実施例2.1
2.1.1 過分極した遊離リガンドの参照スペクトルの取得
アスコルビン酸5mg及びサリチル酸5mgを水1mLに溶解した。この溶液20μLを30mMのトリチルラジカルを含有するグリセロール溶液26mgと混合した。液体試料を液体窒素中に滴下して凍結し、6時間で過分極させた(DNP法)。リン酸緩衝液(pH7.6、100mM、60℃、8.5mL)に溶解した。活性溶解体積は3mLであり(物質の収率は90%)、最終濃度はアスコルビン酸については0.17mM、サリチル酸については0.19mMであった。溶液を10mm試料管に直ちに移して、9.4T磁石に速やかに移した。取得時間は1秒間であり、SNRは55であった。スペクトルは、アスコルビン酸及びサリチル酸の両方に由来する信号を示した。
【0063】
2.1.2 リガンドの過分極、標的との混合、及び混合物のNMRスペクトルの取得
リガンドの製造及び過分極は2.1の記載と同様に行った。ヒト血清アルブミン10mgを収容した10mmの試料管にリガンド溶液を直接注入した(最終濃度50μM、リガンドの存在量の約1/4)。2.1の記載と同じ条件でNMRスペクトルを取得し、SNRは50であった。
【0064】
このスペクトルでは、サリチル酸からの信号は、交換による幅広化のため標的に結合すると消失した。さらに弱い結合剤であるアスコルビン酸からの信号はスペクトルに残存していた。
【0065】
比較例2.2
感度比較のために、従来のNMRで同じ実験を行った。リン酸緩衝液pH7.5内に各々のリガンドを1mMで含む参照試料と、同じ量のリガンド及び0.2mMの標的を含む標的/リガンド混合物の試料との2種の試料を準備した。各々の試料の二次元H−13C−HSQCスペクトルを反転三重共鳴プローブを取り付けたBruker Avance 500MHz NMR分光計で取得した。直接検出の炭素スペクトルは妥当な時間枠の範囲内で行うことができなかったため、HSQC型スペクトルを取得した。各々のスペクトルの取得には10時間を要し、得られたスペクトルの信号は殆ど検出することができなかった。参照試料は両方のリガンドについて予期された信号を示した。標的/リガンド混合物の試料は低親和性リガンドであるアスコルビン酸についてのみ信号を示した。サリチル酸からの信号は、交換による幅広化のため検出範囲を超えて幅広化した。
【0066】
ここでも、従来の方法では遥かに高いリガンド濃度を用いなければならなかった。取得時間は極めて長く(1秒間に対して10時間)、SNRは低い(50に対して3)。
【0067】
実施例3
実施例2と同じリガンド/標的を用いたが、13C濃縮サリチル酸を用いた点が異なる。このようにして、リガンド混合物に存在する親和性が相対的に高いリガンドの存在の有無についての指標として、標識リガンドの行方のみを監視した。
【0068】
実験の目的は、非結合リガンドのプールから親和性の相対的に高い結合剤による同位体で標識結合剤の変位の監視を例示することにあった。
【0069】
3.1 13C標識遊離サリチル酸の参照スペクトルの取得
サリチル酸(カルボニル位を13C標識したもの)5mgを水100mLに溶解した。この溶液の20μLを30mMのトリチルラジカルを含有するグリセロール溶液26.6mgと混合した。液体試料を液体窒素中に滴下して凍結した。試料を一晩(17時間)過分極させた(DNP法)。試料を緩衝液(100mMリン酸緩衝液pH7.6、60℃、8.5mL)に溶解して、10mm試料管に収集し、9.4T磁石に速やかに移した。単一走査の1D溶液13C−NMRスペクトルを収集した(取得時間:1秒間、90°パルス)。スペクトルはサリチル酸からの単一のピークを示し、SNRは40であった。このSNRは、2.1.1での天然存在比13C物質を用いたNMR実験に対して100倍の希釈率の13C濃縮物質に従って予期される。
【0070】
3.2 13C標識サリチル酸の過分極、標的及び第二のリガンドであるアスコルビン酸との混合、並びに混合物のNMRスペクトルの取得
13C標識サリチル酸の製造及び過分極は3.1の記載と同様に行った。溶解の後に、標的及び第二のリガンドのアスコルビン酸の濃縮溶液を収容した10mmNMR試料管に試料を収集した。NMR試料管を磁石に速やかに移して、3.1の記載と同様にしてNMRスペクトルを生成した。スペクトルにはピークは見られず、サリチル酸からの信号が標的への結合の帰結として検出範囲を超えて幅広化したことを示す。
【0071】
同じ方法で実験を行うことができたが、サリチル酸よりも弱い結合剤であるアスコルビン酸ではなく、結合親和性がサリチル酸よりも高いリガンドを用いることができた。混合物から取得されたスペクトルは、標識サリチル酸からの信号を示し、親和性が相対的に高いリガンドが標的に結合したため競合が生じ、これによりサリチル酸が溶液内で遊離したことを示す。
【0072】
結論として、このアッセイは、結合親和性が相対的に高いリガンドが存在する場合には標識リガンドからの信号がスペクトルに現われるが、標識リガンドよりも親和性の低いリガンドのみが存在している場合には信号は消失することを示した。
【0073】
実施例4
阻害剤についての堅牢かつ高速のスクリーニングアッセイは薬物治療に極めて重要である場合がある。このことの例はヒトの病原体であるHelicobacter pyloriで例示することができる。この病原体は消化性潰瘍及び胃ガンの発病に顕著な役割を果たす。この細菌は酵素ウレアーゼ(高等動物には存在しない酵素)を含む。ウレアーゼは尿素からアンモニア及び及びカルバミン酸塩への加水分解を触媒する。ウレアーゼによって生じたアンモニアは胃のpHを高め、これにより細菌を保護する。現在利用可能な治療では、抗生物質とプロトンポンプ阻害剤との組合せを用いる。抗生物質に耐性のある系統が出現するため、新規の治療法が緊急に必要とされる。可能性のあるのは、H.pyloriの有効なウレアーゼ活性の阻害である。
【0074】
実験の目的は、酵素反応での転化率の変化を監視することにより未知の結合特性を有するリガンドの混合物中での有効な酵素阻害剤の同定を例示することにあった。
【0075】
酵素(標的):ウレアーゼ
基質(リガンド):13C標識尿素。
【0076】
4.1 13C標識尿素の酵素転化を時間の関数として示す参照スペクトルの取得
13C標識尿素16.4μmolを、30mMのトリチルラジカルを含有するグリセロール溶液と1:1(w/w)で混合した。液体試料を液体窒素中に滴下して凍結した。凍結した試料を1時間過分極させた(DNP方法)。試料をリン酸緩衝液(10mM、pH7.6、100℃、8.5mL(活性溶解体積3mL))に溶解して、12単位のウレアーゼ(0.1mg)を含有する(尿素の場合と同じ緩衝液)溶液2.5mLを収容した10mmNMR試料管に500μLを移した。フリップ角を小さくして(15°)一連の40本の一次元13Cスペクトルを3秒間毎に一本ずつ収集した。得られたスペクトルは、基質の転化を時間の関数として示しており、すなわち中間生成物の二酸化炭素の形成及び続いて最終生成物の重炭酸塩の形成を示した。
【0077】
4.2 反応速度の計算
フリップ角を較正することは可能であり、尿素の緩和速度は既知である。そこで、基質信号の減衰を用いて、酵素転化率(反応速度)を求めることができる。系の反応速度を計算するもう一つの方法は、基質の濃度を一定に保ちながら酵素濃度を変化させるものである。
【0078】
後者のアプローチを上述のようにして行われた一連の実験で用い、ウレアーゼの濃度のみを変化させた。10単位、12単位及び14単位のウレアーゼで3種の実験を行った。ウレアーゼ活性を濃度の関数としてプロットした。このプロットから、反応速度定数を直接的に導出した。酵素活性を算出するためには、個々の実験での尿素のNMR信号強度が用いられている。これらの実験に基づいて、系の速度定数がk=0.0019s−1であると決定された。
【0079】
4.3 ウレアーゼ阻害剤であるアセトヒドロキサム酸のLC50値の決定
酵素阻害剤の可能な篩としての系を試験するために、新たな系列の実験を行った。これらの実験では、基質(尿素)濃度及び酵素濃度の両方を一定に保ち、ウレアーゼ阻害剤として公知の化合物であるアセトヒドロキサム酸を様々な濃度で加えた。
【0080】
NMR試料管に12単位のウレアーゼ(0.1mg)及びアセトヒドロキサム酸の溶液2.5mLを収容して、4.1の記載と同様にして実験を行った。アセトヒドロキサム酸濃度を約10−6〜10−4Mまで変化させて4種の実験を行った。上述のように、これら4種の実験での尿素信号のNMR強度を用いて活性を算出した。活性をアセトヒドロキサム酸濃度の変化の関数としてプロットすることにより、酵素反応を活性を半減させるまで阻害するのに必要なアセトヒドロキサム酸の濃度(LC50値)を決定することが可能であった。このプロットから、LC50値は5×10−5Mであると推定された。
【0081】
実施例5
リガンドと標的との間の相互作用についてさらに具体的な構造情報を得ると同時に、高感度のスクリーニングアッセイを保存するために、リガンドの代わりに標的での変化を観察することが可能な場合もある。
【0082】
実験の目的は、リガンドの結合に際しての標的の化学シフト変化を監視することにより非結合剤の混合物での結合剤の検出を例示し、又は標的結合部位の関連残基を正確な位置で求めることにある。
【0083】
従来のSAR−by−NMRアッセイ(Shuker et al.,Science,274(1996),1531?1534参照)では、標的に結合したリガンドのプールからリガンドを検出し、標的内の結合部位を特性決定して、結合親和性を測定することが目標である。結合は、2D15N/H−HSQCスペクトルの15N又はH−アミド化学シフト変化の観察によって決定される。標的単独の参照スペクトルは標的/リガンド混合物のスペクトルと比較される。続いて、デコンボリューションを用いて特定のリガンド−標的相互作用を同定する。
【0084】
本発明による1D SAR−by−NMRアッセイでのステップは次の通りである。
【0085】
5.1 参照スペクトルの取得
標的の過分極(DNP方法)の後に、標的試料を緩衝液に溶解して、1D溶液15N−NMRスペクトルを収集する。このスペクトルは参照スペクトルとして役立つ。
【0086】
5.2 標的の過分極、標的/リガンド混合物の形成、及びこの混合物のNMRスペクトルの取得
標的の過分極の後に、標的試料を緩衝液に溶解して、リガンド(=潜在的な結合剤)の混合物に移した。1D溶液15N−NMRスペクトルを収集して、参照スペクトルと比較した。標的に結合したリガンドがリガンド混合物に存在していたら、スペクトル差は化学シフト変化を顕在化させる。
【0087】
アッセイでの標的の事前知識に応じて、化学シフト変化は構造情報を提供することができる。
【0088】
実施例6
13C天然存在比の炭素から同じ分子の隣接する部位のプロトンへの分極の分子内移動がNOE効果を用いて得られた。
【0089】
15mMトリチルラジカルを含有する1,1−ビス(ヒドロキシメチル)シクロプロパンの試料50mgを、DNP方法によって93.91GHz及び100mWにおいて固体状態で13Cについて分極させた。DOの溶解後に試料を9.4T磁石に移動してH−NMRスペクトルを取得した。試料の移動中に(溶解後、NMRスペクトルが取得されるまで)、固体状態でDNPによって正分極した結合した13Cからの分極移動によって、プロトンを負分極させる。移動機構はオーバーハウザー効果によるものであり、すなわち緩和に促されるものである。13Cに直接結合したプロトンの強調は約200倍までと測定された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1種以上の過分極リガンドと標的と適宜1種以上の追加リガンド又は過分極標的と1種以上のリガンドを含む混合物のNMRスペクトルを生成するステップと、該核磁気共鳴スペクトルを1種以上の過分極リガンド又は過分極標的の参照スペクトルと比較するステップとを含んでなる核磁気共鳴法。
【請求項2】
(a)1種以上のリガンド又は標的を過分極させるステップと、
(b)1種以上の過分極リガンドを標的又は標的及び1種以上の追加リガンドと接触させるか、或いは過分極標的を1種以上のリガンドと接触させることによって混合物を形成するステップと、
(c)混合物の核磁気共鳴スペクトルを生成するステップと、
(d)核磁気共鳴スペクトルを1種以上の過分極リガンド又は過分極標的の参照スペクトルと比較するステップと、
を含んでいる請求項1記載の核磁気共鳴法。
【請求項3】
前記リガンドが、タンパク質、糖タンパク質、リポタンパク質、ポリペプチド、グリコポリペプチド、リポポリペプチド、ペプチド、炭水化物、核酸又はこれらの一部、断片もしくは複合体、及び小有機分子からなる群から選択される、請求項1又は請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記リガンドが2000Da未満の小有機分子である、請求項1乃至請求項3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
2種以上の過分極リガンドを用いる請求項1乃至請求項4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
前記標的が、タンパク質、糖タンパク質、リポタンパク質、核酸、ポリペプチド、グリコポリペプチド、リポポリペプチド、ペプチド又はこれらの一部、断片もしくは複合体からなる群から選択される、請求項1乃至請求項5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
1種以上の過分極リガンド又は過分極標的が同位体濃縮リガンド又は標的である、請求項1乃至請求項6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
1種以上の過分極リガンド又は過分極標的が、該分子の1箇所又は複数の部位で選択的に同位体濃縮されている、請求項1乃至請求項7のいずれか1項記載の方法。
【請求項9】
1種以上の過分極リガンド又は過分極標的が、該分子の1箇所で13C又は15Nで選択的に同位体濃縮されている、請求項8記載の方法。
【請求項10】
前記濃縮が13C濃縮である、請求項9記載の方法。
【請求項11】
生成される核磁気共鳴スペクトルが一次元核磁気共鳴スペクトルである、請求項1乃至請求項10のいずれか1項記載の方法。
【請求項12】
生成される核磁気共鳴スペクトルが小フリップ角を用いて生成される、請求項1乃至請求項11のいずれか1項記載の方法。
【請求項13】
参照スペクトルとの比較が、化学シフト差、緩和時間差又はNOE効果差を示す、請求項1乃至請求項12のいずれか1項記載の方法。
【請求項14】
核磁気共鳴支援創薬における過分極リガンド及び/又は過分極標的の使用。
【請求項15】
リガンド競合アッセイにおける同位体濃縮過分極リガンドの使用。

【公表番号】特表2006−508359(P2006−508359A)
【公表日】平成18年3月9日(2006.3.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−556995(P2004−556995)
【出願日】平成15年11月27日(2003.11.27)
【国際出願番号】PCT/NO2003/000396
【国際公開番号】WO2004/051300
【国際公開日】平成16年6月17日(2004.6.17)
【出願人】(396019387)アメルシャム ヘルス アクスイェ セルスカプ (82)
【Fターム(参考)】