説明

リグニン分解微生物

【課題】菌類の有機物分解能力に着目し、環境に負荷のかかる化学的処理を加えず、常温常圧により植物廃棄物であるリグニンを効率的に分解する菌を提供すること
【解決手段】ラッカーゼ活性及びマンガンペルオキシダーゼ活性を有するシロホウライタケ(Marasmiellus)属又はモリノカレバタケ(Gymnopus)属に属するリグニン分解微生物を選抜した。シロホウライタケ(M.candidus)TAMA 114株又はTAMA 113株や、ジムノプス・エスピー(Gymnopus sp.)TAMA 115株を用いると、都市型植物廃棄物、とりわけアオキ、ツツジ、ツバキ、シバ、ササ、イナワラ等の刈草中のリグニンを分解することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シロホウライタケ(Marasmiellus)属やモリノカレバタケ(Gymnopus)属に属するリグニン分解微生物、及びこれらリグニン分解微生物を用いた刈草等のリグニン分解方法に関する。
【背景技術】
【0002】
公園、街路樹等公共施設や一般家庭から排出される都市型植物廃棄物(シバ、ツツジ等)は、一部が堆肥化され多くは焼却処分されている。生木の含水率は50〜60%と言われ、焼却炉の炉温を下げる要因になるばかりでなく、都市部においては堆肥の生産量が消費量を上回ることから、植物廃棄物の効率的な利用法が求められている。
【0003】
自然界には動物、植物および菌類が存在し、物質循環において菌類は動植物の遺体を分解し有機物を無機物に変換する役割を持つことが知られている。植物は、主にセルロース、ヘミセルロース及びリグニンから構成されるが、このうちセルロース、ヘミセルロースは紙原料として利用する価値があるばかりでなく、一連のセルラーゼ群の処理によりグルコース、キシロースなどの糖を生成することができ、これらはバイオマスエタノールの原料になることが期待されている。しかし、植物のセルロースを効率よく利用するためには、構造上まずリグニンを除去する必要があるが、リグニンは難分解性であり、これを分解できる生物は限定されている。
【0004】
白色腐朽菌は、難分解性芳香族高分子であるリグニンを高度に分解する微生物である。白色腐朽菌はリグニンを分解する際、菌体外にリグニンペルオキシターゼやマンガンペルオキシダーゼといった酸化還元酵素を分泌するが、中でもリグニンペルオキシダーゼは、高分子リグニンを直接酸化分解する以外に、ダイオキシンなどの難分解性芳香族化合物を分解する能力を持つことが知られている。白色腐朽菌の代表的なものは、ヒダネシタケ目コウヤクタケ科マクカワタケ属に属する担子菌の一種であるPhanerochaete chrysosporiumであり、過去における高分子リグニン分解技術開発の多くは本菌を用いて行われてきた(非特許文献1)。また、選択的白色腐朽菌であるCeriporiopsis subvermisporaによるリグニン分解処理が知られている(特許文献1)。しかしこれらの菌は自然界で針葉樹や広葉樹硬材を分解して生育していることが知られており、元来都市型植物廃棄物に含まれるような草本や小枝、落葉を分解するものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−237164号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Tatsuro Sawada et al., Biotech. & Bioeng., Vol. 48, 719-724 (1995)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、菌類の有機物分解能力に着目し、環境に負荷のかかる化学的処理を加えず、常温常圧により植物廃棄物であるリグニンを効率的に分解する菌を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、17,000株を超える微生物菌株ライブラリーに対し、リグニン類似化合物である、RBBR、エバンスブルー及び水溶性リグニンの分解性を指標としたスクリーニングを行った結果、これらの試薬を良好に分解する3菌株(TAMA 114株、TAMA 113株、TAMA 115株)選抜することができた。これらの菌株を形態学的、分子生物学的な同定を行なった結果、シロホウライタケ属やモリノカレバタケ属に属する担子菌であることがわかった。また、リグニンの分解にはラッカーゼやペルオキシダーゼ等、種々の分解酵素が関与していると考えられているが、液体培養上清による経時的なRBBR分解を指標にした解析の結果、候補菌3菌株は対照として用いたCeriporiopsis菌株に比べ分解速度が速いこと、さらに、ペルオキシダーゼ反応における電子供与体となる過酸化水素水非存在下において、良好に分解が進んだことから(図4)、本候補菌3菌株は非常に有用なリグニン分解菌であることが分かった。
【0009】
シロホウライタケ属やモリノカレバタケ属に属する担子菌は過去にリグニンを分解する菌としての報告が無いものの、自然界ではシバ、ササ等の草本や広葉樹・針葉樹の小枝を分解する菌として知られており、都市型植物廃棄物を分解するのに適した菌であることが推定された。そこで、都市型植物廃棄物の構成要素であるアオキ、ツツジ、ツバキ、シバ、ササ及びイナワラについて、候補菌3菌株の分解性を対照菌(Ceriporiopsis菌株)と比較したところ、全ての基質において対照よりも良好な生育を示した。特にシバ、ササ、イナワラにおいて対照菌ではほとんど生育が見られなかったものの、候補菌3菌株は良好に生育し、これらの基質分解に適していることが分かった(図5)。
【0010】
また、前記6種類の植物を基質とした固体培養における候補菌3菌株のリグニン分解酵素活性(ラッカーゼ及びマンガンペルオキシダーゼ活性)を調べたところ、アオキ、イナワラ、シバ及びツバキ分解時のラッカーゼ活性が、また、アオキ、イナワラ及びシバ分解時のマンガンペルオキシダーゼ活性が対照菌よりも高いことが分かった。さらに、6種類の植物を混合したものを基質とした場合、候補菌3菌株のマンガンペルオキシダーゼ活性は対照菌とほとんど変わらず、あるいはわずかに上回り、またラッカーゼ活性は対照菌に比べて活性が高いこと(TAMA 113株において対照の約1.6倍)が分かった(図6−2)。次に、アオキ、イナワラ、ツツジ及びシバを基質として各菌を1ヶ月間培養した培養産物の成分解析を行ったところ、候補菌TAMA 113株はイナワラを基質として培養した場合において、対照よりもリグニンの分解量が約2倍増加することが分かった(図7)。
【0011】
本発明は、以上の知見により完成するに至ったもので、[1]ラッカーゼ活性及びマンガンペルオキシダーゼ活性を有するシロホウライタケ(Marasmiellus)属又はモリノカレバタケ(Gymnopus)属に属するリグニン分解微生物や、[2]シロホウライタケ(M.candidus)であることを特徴とする上記[1]の微生物や、[3]TAMA 114株又はTAMA 113株であることを特徴とする上記[2]の微生物や、[4]ジムノプス・エスピー(Gymnopus sp.)TAMA 115株であることを特徴とする上記[1]の微生物に関する。
【0012】
また本発明は、[5]上記[1]〜[4]のいずれか記載の微生物を含むことを特徴とするリグニン処理剤や、[6]上記[1]〜[4]のいずれか記載の微生物を用いて、リグニン含有物を処理することを特徴とするリグニン分解方法や、[7]リグニン含有物が刈草であることを特徴とする上記[6]のリグニン分解方法や、[8]刈草がイナワラ及び/又はシバを含むことを特徴とする上記[7]のリグニン分解方法に関する。
【発明の効果】
【0013】
都市型植物廃棄物を効率よく分解する菌として、シロホウライタケ属の2菌株とモリノカレバタケ属の1菌株を選抜した。これらのリグニン分解微生物を用いることにより、都市型植物廃棄物のセルロース資源としての活用が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】TAMA 114株の(A)乾燥子実体写真、及び(B)担子胞子顕微鏡写真を示す図である。
【図2】TAMA 113株の(A)乾燥子実体写真、及び(B)担子胞子顕微鏡写真を示す図である。
【図3】TAMA 115株の(A)乾燥子実体写真、及び(B)担子胞子顕微鏡写真を示す図である。
【図4】候補菌3菌株(TAMA 114株、TAMA 113株、TAMA 115株)及び対照菌であるATCC96608(Ceriporiopsis subvermispora)によるレマゾールブルリリアントブルー(RRBR)分解の経時変化を示す図である。(A)〜(D)のグラフは、それぞれ異なる組成の反応系における結果を示しており、各反応系の組成は、(A)Mn2+(+)H(+)[0.2mM塩化マンガン、0.005%RBBR、0.1mM過酸化水素]、(B)Mn2+(+)H(−)[0.2mM塩化マンガン、0.005%RBBR]、(C)Mn2+(−)H(+)[0.005%RBBR、0.1mM過酸化水素]、(D)Mn2+(−)H(−)[0.005%RBBR]である。
【図5】候補菌3菌株(TAMA 114株、TAMA 113株、TAMA 115株)及び対照菌であるATCC96608(Ceriporiopsis subvermispora)による天然物基質の分解について示した図である。(A)アオキ、ツツジ、ツバキ、シバ、ササおよびイナワラをそれぞれ培地として、各菌を接種し、10日間静置培養した後、目視にて確認した結果である。図A中、◎は菌糸が培地全体に蔓延している、○は菌糸が培地全体の50%以上の部分に伸長しているが蔓延していない、△は菌糸が培地の伸長が全体の50%以下である、×は接種片からの菌糸の伸長は確認されるが天然物を基質として伸長していないことを示している。(B)アオキ、ツツジ、ツバキ、シバ、ササおよびイナワラを1:1:1:1:1:1で混合した混合物を培地(以下、模擬刈り草培地ということもある)として、各菌を接種し、10日間静置培養した結果を示す図である。
【図6−1】候補菌3菌株(TAMA 114株、TAMA 113株、TAMA 115株)及び対照菌であるATCC96608(Ceriporiopsis subvermispora)による天然物基質分解時の酵素活性を示す図である。各菌を、アオキ、ツツジ、ツバキ、シバ、ササ又はイナワラ培地にて、30日間静置培養した後、ラッカーゼ(Lac)及びマンガンペルオキシダーゼ(MnP)活性を測定した。
【図6−2】候補菌3菌株(TAMA 114株、TAMA 113株、TAMA 115株)及び対照菌であるATCC96608(Ceriporiopsis subvermispora)による天然物基質分解時の酵素活性を示す図である。各菌を、アオキ、ツツジ、ツバキ、シバ、ササ及びイナワラを混合した模擬刈り草培地にて、30日間静置培養した後、ラッカーゼ(Lac)及びマンガンペルオキシダーゼ(MnP)活性を測定した。
【図7】微生物分解による各基質成分の変化を示す図である。候補菌3菌株(TAMA 114株、TAMA 113株、TAMA 115株)及び対照菌であるATCC96608(Ceriporiopsis subvermispora)を、アオキ、イナワラ、ツツジ、又は、シバ培地にて、30日間静置培養した後、微粉砕した試料を用いて成分分析を行なった。リグニンの定量はクラーソン法により求めた。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のリグニン分解微生物としては、ラッカーゼ活性及びマンガンペルオキシダーゼ活性を有するシロホウライタケ(Marasmiellus)属に属するリグニン分解能を有する微生物や、ラッカーゼ活性及びマンガンペルオキシダーゼ活性を有するモリノカレバタケ(Gymnopus)属に属するリグニン分解能を有する微生物であれば特に制限されず、シロホウライタケ属に属するリグニン分解微生物としては、シロホウライタケ(M.candidus)、特にシロホウライタケ(M.candidus)TAMA 114株やシロホウライタケ(M.candidus)TAMA 113株を具体的に例示することができ、モリノカレバタケ属に属するリグニン分解微生物としては、ジムノプス・エスピー(Gymnopus sp.)TAMA 115株を具体的に例示することができる。
【0016】
上記のTAMA 114株、TAMA 113株、TAMA 115株の子実体の凍結乾燥標本は、玉川大学学術研究所菌学応用研究センターにそれぞれ標本番号M 644,標本番号M1050,標本番号M2672として保管され、一定の条件で貸与を受けることができる。また、これら菌株は、一定の条件で分譲を受けることができ、TAMA 113株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許寄託センターに寄託されている(受託番号:NITE P−701)。
【0017】
本発明のリグニン処理剤としては、上記のTAMA 114株、TAMA 113株、TAMA 115株等の本発明のリグニン分解微生物の外、担体、賦形剤、配合剤、添加剤などを1種又は2種以上含むものであれば特に制限されず、担体、賦形剤、配合剤、添加剤などとしては、鋸屑、籾殻、蕎麦殻、トウモロコシ外皮、米糠、油粕、酵母エキス(ビール粕)、腐葉土、珪藻土、バーミキュライト、パーライト、モンモリロナイト、ベントナイト、ゼオライト、赤玉土、土、砂、泥炭、木炭、活性炭、コークス、他の微生物、酵素を例示することができ、これらは本発明のリグニン分解微生物と混合状態として含有させることもできる。
【0018】
本発明のリグニン分解方法としては、上記のTAMA 114株、TAMA 113株、TAMA 115株等の本発明のリグニン分解微生物を用いて、リグニン含有物を処理する方法であれば特に制限されず、上記本発明のリグニン処理剤も有利に用いることができる。リグニン含有物として、都市型植物廃棄物、とりわけアオキ、ツツジ、ツバキ、シバ、ササ、イナワラ等の刈草を好適に例示することができる。本発明のリグニン分解微生物は、これらの中でも、イナワラやシバのリグニンの分解能に優れている。
【0019】
本発明のリグニン分解方法の具体的な態様としては、例えば、天日等により乾燥させたアオキ、ツツジ、ツバキ、シバ、ササ、イナワラ等の刈草を、必要に応じて裁断し、撒水して水分調整を行なった後、ポリプロレン等の耐熱性プラスチック袋に適当量を詰め、熱殺菌処理を行った後、TAMA 114株,TAMA 113株,TAMA 115株等の本発明のリグニン分解微生物の種培養物を混和し、必要に応じて換気及び撹拌しながら30〜90日間20〜30℃で培養する。種培養物としては、TAMA 114株,TAMA 113株,TAMA 115株等の本発明のリグニン分解微生物の菌糸がイナワラ又はシバに十分繁殖した培養物を好適に例示することができる。また、上記培養物の利用法としては、製紙原料や、バイオエタノール・バイオブタノール・バイオ樹脂等のバイオリファイナリー原料、きのこ栽培における培地、家畜飼料、植物肥料、繊維製品等としての利用を例示することができる。
【0020】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0021】
(候補菌3菌株の分離と同定について)
1.TAMA 114株
TAMA 114株は2000年7月群馬県にて採集したきのこ子実体から分離した。分離の方法は以下の通りである。採集したきのこ子実体のヒダの一部分をアルコール消毒したメスで切断し、ピンセットで素寒天培地の蓋の内側に貼付し、一定時間静置することにより胞子を自然落下させた。素寒天培地上に落下した胞子を実体顕微鏡下でクロラムフェニコール入りPDA培地に移植し、25℃で1週間培養した。胞子から発芽した菌糸を実体顕微鏡以下でPDA培地上に移植し、実験に供した。
【0022】
分離源となったきのこ子実体の特徴は以下の通りである。
2000年7月21日群馬県桐生市にて採集。スギ落枝材上に発生。
マクロ形態(図1A):子実体はホウライタケ型、傘は直径1.0cm、類白色、無毛、平滑。子実層托はヒダ状、ヒダは柄に対してやや垂生し、浅い連絡脈を持ち、小ヒダを交える。柄は長さ1.2cm、太さ0.5mm、偏心性、表面は中央部から基部にかけて粉状で、基部はやや黒色を呈する。なお、子実体の凍結乾燥標本は玉川大学学術研究所菌学応用研究センターに保管してある(標本番号M 644)。ミクロ形態(図1B):上表皮層は平行菌糸被、菌糸は非アミロイド、クランプを持つ。ひだ部分に棒状のシスチジアを有する。胞子は円柱形、平滑、非アミロイドで、大きさ4.2x14.7μm。以上の観察データについて、各種文献を用いて比較検討した結果、TAMA 114株はシロホウライタケ属に属する菌であり、特にシロホウライタケ(M.candidus)に非常に近縁な菌であると推定された。
【0023】
次に、TAMA 114株のITS−5.8SrRNA遺伝子塩基配列を解析した。DNA抽出及び塩基配列決定の方法は以下の通りである。PDA斜面培地上に生育させた菌糸を、滅菌した白金耳で寒天ごと3mm角程度に切り取り、キアゲン社製DNeasy mini kitを用いてDNA抽出を行なった。このゲノムDNAを鋳型として、タカラバイオ社製のEx taqポリメラーゼとプライマーITS5およびITS4を用いてPCR増幅を行った。プライマーITS4とITS5の塩基配列は、ITS4:5’-TCCTCCGCTTATTGATATGC-3’(配列番号4)、ITS5:5’-GGAAGTAAAAGTCGTAACAAGG-3’(配列番号5)である。サーマルサイクラーはApplied Biosystems社製のgeneAmp PCR System 9600を用いた。反応終了後、PCR産物をロシュ・ダイアグノスティック社製のHigh Pure PCR Product Purification Kitを用いて精製した。このDNAフラグメントを直接シーケンシング反応に供し、塩基配列解析はApplied Biosystems社製のABI Prism 310 DNA Sequencerを用いて解析を行った。解析の結果、配列番号1に示す塩基配列が得られた。類似する塩基配列をDDBJからBLASTを利用して検索した結果、TAMA 114株のITS−5.8SrRNA遺伝子塩基配列は、M. candidus AHH151株のITS−5.8SrRNA遺伝子塩基配列(登録番号EF175514)に最も類似している結果(630塩基対が完全一致)が得られ、ミクロ形態及びマクロ形態の結果も併せ総合的に判断して、TAMA 114株をM. candidusと同定した。
【0024】
2.TAMA 113株(NITE P−701)
TAMA 113は2000年9月群馬県にて採集したきのこ子実体から分離した。分離の方法はTAMA 114株で行なった方法と同様である。
分離源となったきのこ子実体の特徴は以下の通りである。
2000年9月14日群馬県桐生市にて採集。広葉樹落枝材上に発生。
マクロ形態(図2A):子実体はホウライタケ型、傘は直径0.8cm、類白色、無毛、平滑。子実層托はヒダ状、ヒダは柄に対してやや垂生、浅い連絡脈を持つ。小ヒダを交える。柄は長さ1.7cm、太さ0.5mm、中心性、表面は基部において粉状で、基部はやや黒色を呈する。尚、子実体の凍結乾燥標本は玉川大学学術研究所菌学応用研究センターに保管してある(標本番号M 1050)。ミクロ形態(図2B):上表皮層は平行菌糸被、菌糸は非アミロイド、クランプを持つ。ひだ部分に棒状のシスチジアを有する。胞子は円柱形、平滑、非アミロイドで、大きさ4.6x12.3μm。以上の観察データについて、各種文献を用いて比較検討した結果、TAMA 113株はシロホウライタケ属に属する菌であり、特に、シロホウライタケ(M. candidus)に非常に近縁な菌であると推定された。
【0025】
次に、TAMA 113株のITS−5.8SrRNA遺伝子塩基配列を解析した。TAMA 113株からのDNA抽出および塩基配列決定の方法はTAMA 114株で行なった方法と同様である。解析の結果、配列番号2に示す塩基配列が得られた。類似する塩基配列をDDBJからBLAST検索した結果、TAMA 113株のITS−5.8S rRNA遺伝子塩基配列は、M. candidusバウチャーDuke83のITS−5.8SrRNA遺伝子塩基配列(登録番号DQ480088)に最も類似している結果(541塩基対が完全一致)が得られ、ミクロ形態及びマクロ形態の結果も併せ総合的に判断して、TAMA 113株をM. candidusと同定した。
【0026】
3.TAMA 115株
TAMA 115株は2002年7月群馬県にて採集したきのこ子実体から分離した。分離の方法はTAMA 114株で行なった方法と同様である。分離源となったきのこ子実体の特徴は以下の通りである。
2002年7月17日群馬県桐生市にて採集した。針葉樹広葉樹混交林の落枝材上に発生していた。マクロ形態(図3A):子実体はホウライタケ型、傘は直径1.3cm、類白色、無毛、平滑。子実層托はヒダ状、ヒダは柄に対してやや垂生、浅い連絡脈を持つ。小ヒダを交える。柄は長さ1.8cm、太さ0.5mm、中心性、表面は基部において粉状で、基部はやや黒色を呈する。また、発生基質に黒色の菌糸束が見られる。なお、子実体の凍結乾燥標本は玉川大学学術研究所菌学応用研究センターに保管してある(標本番号M2672)。ミクロ形態(図3B):上表皮層は平行菌糸被でTrichodermium構造を有する。菌糸は非アミロイド、クランプを持つ。ひだ部分に棒状のシスチジアを有する。胞子は円柱形、平滑、非アミロイドで、大きさ4.5x14.3μm。以上の観察データについて、各種文献を用いて比較検討した結果、TAMA 115株はシロホウライタケ属に属する菌であると推定された。
【0027】
次に、TAMA 115株のITS−5.8SrRNA遺伝子塩基配列を解析した。TAMA 115株からのDNA抽出および塩基配列決定の方法はTAMA 114株で行なった方法と同様である。解析の結果、配列番号3に示す塩基配列が得られた。類似する塩基配列をDDBJからBLASTを利用して検索した結果、TAMA 115株のITS−5.8SrRNA遺伝子塩基配列Gymnopus luxurians10350株のITS−5.8SrRNA遺伝子塩基配列(登録番号AY256709)に最も類似している結果(689塩基対が完全一致)が得られた。標本のマクロ形態観察において、本菌はGymnopus luxuriansとは著しく形態が異なる一方で、ミクロ形態観察において、Gymnopus属の一部に特徴的なTrichodermium構造を有することから、総合的に判断して、TAMA 115株をGymnopus sp.と同定した。
【実施例2】
【0028】
(RRBR分解の経時変化)
候補菌3菌株(TAMA 114株、TAMA 113株、TAMA 115株)及び対照菌(ATCC 96608(Ceriporiopsis subvermispora))を、MYG寒天培地(0.4%麦芽エキス、0.4%酵母エキス、1%グルコース、2%寒天)上で25℃にて1週間静置培養した。その後、直径6mmのコルクボーラーを用いて寒天ごと穿孔した。穿孔した菌糸・寒天片1ピースを、MYGT液体培地(0.4% 麦芽エキス、0.4%酵母エキス、1%グルコース、0.05%Tween80)5ml中に接種し、23℃、210rpmにて18日間回転振盪培養した。培養後上清を遠心分離し、RBBR(レマゾールブルリリアントブルー)分解性試験に供試した。培養上清190μlに対するRBBR分解を、総量200μlからなる反応系で測定した。各反応系の組成は、以下に示すとおりである。
Mn2+(+)H(+)
0.2 mM 塩化マンガン
0.005% RBBR
0.1 mM 過酸化水素
Mn2+(+)H(−)
0.2 mM 塩化マンガン
0.005% RBBR
Mn2+(−)H(+)
0.005% RBBR
0.1 mM 過酸化水素
Mn2+(−)H(−)
0.005% RBBR
【0029】
マイクロプレートリーダーを用い、595nm及び490nmの吸光度を経時的に測定し、490nmにおける吸光度に対する595nmにおける吸光度の比を求めてグラフを作成した。図4に結果を示すように、塩化マンガン及び過酸化水素水存在下において、全サンプルともRBBRの分解に伴う急激な吸光度減少が見られた。一方、塩化マンガン存在下、過酸化水素非存在下において、TAMA 114株、TAMA 113株及びTAMA 115株培養上清はRBBRの急激な分解が見られるものの、対照菌(ATCC96608)においては分解が穏やかであった。また、塩化マンガン非存在下においては過酸化水素水の有無に関わらず、RBBRの穏やかな分解が観察され、Ceriporiopsisとは異なるリグニン分解酵素の存在が示唆された。候補菌3菌株は対照として用いたCeriporiopsis菌株に比べ分解速度が速いこと、また、ペルオキシダーゼ反応における電子供与体となる過酸化水素水非存在下において、良好に分解が進んだことから、本候補菌3菌株は非常に有用なリグニン分解菌であることが分かった。
【実施例3】
【0030】
(天然物基質の分解)
次に都市型植物廃棄物の構成要素であるアオキ、ツツジ、ツバキ、シバ、ササ及びイナワラについて、候補菌3菌株の分解性を対照菌(Ceriporiopsis)と比較した。アオキ、ツツジ、ツバキ、シバ、ササ、及び、イナワラは、65℃にて一昼夜熱風乾燥し、十分に水分を除去したものを用いた。150ml容ガラス製培養瓶にそれぞれの乾燥天然物基質2g、蒸留水5mlを添加し、オートクレーブにて121℃で60分滅菌し、培地として供試した。MYG寒天培地上で25℃にて静置培養した候補菌3菌株(TAMA 114株、TAMA 113株、TAMA 115株)及び対照菌(ATCC96608)を、直径6mmのコルクボーラーを用いて寒天ごと穿孔した。穿孔した菌糸・寒天片5ピースを、培地に接種し、25℃、湿度65%にて10日間静置培養した。培養終了後、目視にて生育の状況を以下の基準で確認した。
◎:菌糸が培地全体に蔓延している。
○:菌糸が培地全体の50%以上の部分に伸長しているが蔓延していない。
△:菌糸が培地の伸長が全体の50%以下である。
×:接種片からの菌糸の伸長は確認されるが天然物を基質として伸長していない。
図5Aに結果を示すように、候補菌3菌株は全ての基質において対照よりも良好な生育を示した。特にシバ、ササ、イナワラにおいて対照菌ではほとんど生育が見られなかったものの、候補菌3菌株は良好に生育し、これらの基質分解に適していることが分かった。
【0031】
次に、上記の6種の天然物質を混合した培地に対する候補菌3菌株の分解性を対照菌(Ceriporiopsis)と比較した。150ml容ガラス製培養瓶に、乾燥したアオキ、ツツジ、ツバキ、シバ、ササ、及び、イナワラの1:1:1:1:1:1混合物1gと蒸留水30mlを添加し、オートクレーブにて121℃で60分滅菌し、培地(以下、模擬刈り草培地ということもある)として供試した。接種方法、培養条件は上に同じである。図5Bに結果を示すように、候補菌3菌株は模擬刈り草培地においても対照よりも良好な生育を示した。
【実施例4】
【0032】
(天然物基質分解時の酵素活性1)
実施例3と同様に、候補菌3菌株(TAMA 114株、TAMA 113株、TAMA 115株)及び対照菌(ATCC96608)を、アオキ、ツツジ、ツバキ、シバ、ササ、又は、イナワラ培地にて、25℃、湿度65%にて30日間静置培養した。培養終了後、ガラス製培養瓶に10mlの0.05%Tween 80を添加して30分間室温にて振盪し、上清を一部取りフィルターで濾過し、濾液100μlのラッカーゼ(Lac)及びマンガンペルオキシダーゼ(MnP)活性を、総量5mlの反応系で測定した。ラッカーゼ及びマンガンペルオキシダーゼ活性測定の反応系は以下の通りである。
ラッカーゼ活性
0.4mM グアイアコール
16mM 酢酸緩衝液(pH5.6)
マンガンペルオキシダーゼ活性
0.4mM グアイアコール
0.2mM 塩化マンガン
5μM 過酸化水素
【0033】
濾液を加えた反応液は30℃にて2時間静置した後、420nmにおける吸光度を測定した。活性は1時間に吸光度を0.1増加させる酵素量を1ユニットとした。測定の結果を図6−1に示す。ラッカーゼ活性については、アオキ、イナワラ、シバ及びツバキを基質として培養した場合に、候補菌3菌株はいずれも対照よりも高い活性を示し、特にイナワラ及びシバ分解時において、TAMA 114は対照菌のそれぞれ3.8、6.7倍、またTAMA 113株は対照菌のそれぞれ3.3、11.5倍活性が高いことがわかった。次に、マンガンペルオキシダーゼ活性については、アオキ、イナワラ及びツバキを基質として培養した場合に、候補菌3菌株はいずれも対照よりも高い活性を示し、候補菌3菌株はいずれも対照よりも高い活性を示し、特にイナワラ分解時において、TAMA 114株及びTAMA 113株は対照菌のそれぞれ4.7及び4.6倍、またシバ分解時においてTAMA 113株は13.2倍活性が高いことがわかった。このことから、本候補菌は特にイナワラ及びシバの分解に効果的であることが分かった。
【0034】
(天然物基質分解時の酵素活性2)
さらに、実施例3と同様に模擬刈り草培地に、候補菌3菌株(TAMA 114株、TAMA 113株及びTAMA 115株)及び対照菌(ATCC96608)を接種し、25℃、湿度65%にて30日間静置培養した。培養終了後、上記(天然物基質分解時の酵素活性1)に記載の手法でラッカーゼ及びリグニンペルオキシダーゼ活性を測定した。測定の結果を図6−2に示す。ラッカーゼ活性は候補菌3菌株とも対照よりもおよそ1.7倍活性が高いことが分かった。また、マンガンペルオキシダーゼ活性については、候補菌3菌株は対照とほぼ同等(0.9倍から1.0倍)の活性であった。以上のことから本候補菌は都市型植物系廃棄物にあるような樹木の混合物の分解にも優れていることが分かった。
【実施例5】
【0035】
(微生物分解による各基質成分の変化)
実施例3と同様の手法により調製したアオキ、イナワラ、ツツジ及びシバのそれぞれの培地に、候補菌3菌株(TAMA 114株、TAMA 113株、TAMA 115株)及び対照菌(ATCC96608)を接種し、25℃、湿度65%にて30日間静置培養した。培養収量後、65℃にて一昼夜乾燥し、微粉砕した試料を用いて成分分析を行なった。リグニンの定量はクラーソン法により求めた。成分分析の方法は以下の通りである。まず微粉砕試料の絶乾重量を求めた後、メタノール−ベンゼン(1:2)混合液で洗浄し、溶出量を算出した。続いて75%硫酸にて室温30分反応後、硫酸の終濃度2.5%に調整し、121℃60分間オートクレーブにて加熱した。加熱後試料を濾別し、濾液はフェノール−硫酸法にて炭水化物量を測定し、濾物は乾燥重量を測定後マッフル炉で灰化し、クラーソンリグニン量と灰分を算出した。また、クラーソンリグニン量の炭水化物量に対する比を求め、選択的リグニン分解性を比較した。図7に結果を示すように、候補菌TAMA 113株はイナワラを基質として培養した場合において、対照よりもリグニンの分解量が約2倍増加することが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラッカーゼ活性及びマンガンペルオキシダーゼ活性を有するシロホウライタケ(Marasmiellus)属又はモリノカレバタケ(Gymnopus)属に属するリグニン分解微生物。
【請求項2】
シロホウライタケ(M.candidus)であることを特徴とする請求項1記載の微生物。
【請求項3】
TAMA 114株又はTAMA 113株(NITE P−701)であることを特徴とする請求項2記載の微生物。
【請求項4】
ジムノプス・エスピー(Gymnopus sp.)TAMA 115株であることを特徴とする請求項1記載の微生物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか記載の微生物を含むことを特徴とするリグニン処理剤。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか記載の微生物を用いて、リグニン含有物を処理することを特徴とするリグニン分解方法。
【請求項7】
リグニン含有物が、刈草であることを特徴とする請求項6記載のリグニン分解方法。
【請求項8】
刈草が、イナワラ及び/又はシバを含むことを特徴とする請求項7記載のリグニン分解方法。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6−1】
image rotate

【図6−2】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2010−200707(P2010−200707A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−51681(P2009−51681)
【出願日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【出願人】(509065322)株式会社ハイファジェネシス (2)
【Fターム(参考)】