説明

リグニン誘導体の分離及び回収方法

【課題】1,1−ジフェニルプロパンユニット及び/又は該1,1−ジフェニルプロパンユニットから誘導されるユニットを有するリグニン誘導体を含む混合系からリグニン誘導体を分離するのに有効なリグニン誘導体の分離・回収技術を提供する。
【解決手段】1,1−ジフェニルプロパンユニット及び/又は該1,1−ジフェニルプロパンユニットから誘導されるユニットを有するリグニン誘導体を、液性媒体中で金属酸化物と接触させることにより、前記リグニン誘導体を前記金属酸化物に保持させて分離するようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リグニンの基本骨格であるフェニルプロパンユニットにフェノール化合物が導入されて得られる1,1−ジフェニルプロパンユニット及び/又はこのジフェニルプロパンユニットが修飾又は改変等して誘導されるユニットを有するリグニン誘導体の分離、回収及び製造等に関する。
【背景技術】
【0002】
リグニンは、植物体においてセルロースと複合化されてリグノセルロースとして存在しており、地球上に存在する炭素資源としてはセルロースに次ぐ質量を有している。現在のところ、リグニンは、主としてパルプ製造工程の副産物として生成されている。こうして得られるリグニンは、パルピング工程の種類により、例えば、酢酸リグニン、スルホリグニン等で称呼されている。このような各種リグニンは、天然リグニンが分解及び/又は重縮合した構造を有するとともに、スルホン酸等が導入されたものとなっている。こうした不規則でかつ強度に改変された構造のため、その用途は極めて限定されており、セメント等の分散剤や邂逅剤等にのみ用いられているのが現状である。
【0003】
しかしながら、リグニンは、上記のとおりセルロースに次ぐ資源量を有する重要な炭素資源であるとともに循環及び再生利用可能な資源である。したがって、リグニンを利用しやすい形態でリグノセルロース材料から分離することが要望されている。ここに、リグニンをリグノセルロース系材料からその構造規則性を維持した状態で分離する方法が開示されている(特許文献1)。この方法は、リグノセルロース系材料を予めフェノール化合物で溶媒和した上で濃酸と接触させることで、リグノセルロース系材料中のリグニンの構造が濃酸によって大きく改変されることを抑制するとともに、セルロースから開放することができるものである。同時にこの方法によれば、リグニンの基本骨格であるフェニルプロパンユニットの一定部位にフェノール化合物が導入されて、1,1−ジフェニルプロパンユニットが生成されるとともにβアリールエーテル結合の解裂によって低分子化されたリグニンのフェノール誘導体(以下、リグノフェノール誘導体という。)を得ることができる。
【特許文献1】特開平2−233701号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
こうして得られるリグノフェノール誘導体を反応系から分離するために、リグノフェノール誘導体の水への溶解度が低いことを利用して、水の添加によって沈殿として回収する方法やアルカリによる中和による抽出が検討されてきている。しかしながら、沈殿形成による分離プロセスでは、できるだけ多くのリグノフェノール誘導体を回収するために自然沈降を採用することが好ましいが、多くの工程と大量の水とを要するという問題があった。また、リグノフェノール誘導体のうち水に溶解した区分を回収できなかった。また、アルカリ中和による分離プロセスでは、大量の水を必要とするとともに、ゲル化の抑制や陽イオンの残留など解決すべき技術的課題があった。
【0005】
また、有機溶媒を用いた精製工程において、リグノフェノール誘導体はジエチルエーテルやヘキサンのような無極性溶媒から析出させて精製するが、こうした無極性溶媒中に一部の区分が溶解したままになっている場合がある。しかしながら、無極性溶媒は大量プロセスで用いるには、溶媒の沸点が低いために取り扱いにくく、ここに溶解しているリグノフェノール誘導体区分を回収し利用することが困難であった。さらに、有機溶媒からリグノフェノール誘導体を回収するにあたってはエバポレーションを用いるため、エネルギーコストや安全性の問題のほか、廃棄面での問題もあった。
【0006】
さらに、リグノフェノール誘導体に対して種々の化学修飾が可能であるが、こうした化学修飾反応後に反応生成物を分離回収するとき及び各種のリグノフェノール誘導体を利用した複合材料からリグノフェノール誘導体を回収等するときにも同様の問題があった。
【0007】
そこで、本発明は、1,1−ジフェニルプロパンユニット及び/又は該1,1−ジフェニルプロパンユニットから誘導されるユニットを有するリグニン誘導体を含む混合系からリグニン誘導体を分離するのに有効なリグニン誘導体の分離・回収技術を提供することを目的とする。具体的には、本発明は、リグニン誘導体を含む混合系からリグニン誘導体を簡易に分離、製造、精製又は回収する技術を提供することを一つの目的とする。また、本発明は、リグニン誘導体を含む混合系からリグニン誘導体を高率で分離、製造、精製又は回収する技術を提供することを他の一つの目的とする。さらに、本発明は、リグニン誘導体を含む混合系からリグニン誘導体を有機溶媒等の放散を抑制してリグニン誘導体を分離、製造、精製又は回収する技術を提供することを他の一つの目的とする。さらに、本発明は、スケールアップに適したリグノフェノール誘導体等を含む混合系からリグノフェノール誘導体等を分離、製造、精製又は回収する技術を提供することを他の一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、リグニン誘導体を含む混合系中のリグニン誘導体が金属酸化物に対して選択的に保持されることを見出し、さらに、この現象を利用して金属酸化物をリグニン誘導体の分離材料として利用することで、上記した課題の少なくとも一つを解決できることを見出して本発明を完成した。すなわち、本発明によれば、以下の手段が提供される。
【0009】
本発明によれば、リグニン誘導体の分離方法であって、前記リグニン誘導体は、1,1−ジフェニルプロパンユニット及び/又は該1,1−ジフェニルプロパンユニットから誘導されるユニットを有するリグニン誘導体であり、液性媒体中で前記リグニン誘導体と金属酸化物とを接触させることにより、前記リグニン誘導体を前記金属酸化物に保持させて分離する分離工程、を備える、分離方法が提供される。
【0010】
この分離方法においては、前記金属酸化物は、チタン、亜鉛、鉄、コバルト、ニッケル、銅、錫、インジウム、鉛及びニオブからなる群から選択される1種又は2種以上の金属の酸化物とすることができる。また、前記金属酸化物は酸化チタンを含むことが好ましい。さらに、前記金属酸化物は半導体であってもよい。また、前記金属酸化物は平均粒径が300nm以下の金属酸化物の粒子を含有することができる。
【0011】
また、この分離方法においては、前記液性媒体は、水性媒体、非水性媒体及びこれらの混液から選択することができ、前記リグニン誘導体は、前記液性媒体中に溶解又は分散されていることができる。
【0012】
また、この分離方法においては、前記リグニン誘導体は、以下の(a)〜(f);
(a)リグニン含有材料をフェノール化合物で溶媒和後、酸を添加し混合して得られるリグニンのフェノール化物であるリグノフェノール誘導体
(b)リグノフェノール誘導体に対して、アシル基、カルボキシル基、アミド基及び架橋性基からなる群から選択される基が導入されて得られる二次誘導体
(c)リグノフェノール誘導体をアルカリ処理して得られる二次誘導体
(d)リグノフェノール誘導体に対して、アシル基、カルボキシル基、アミド基及び架橋性基の導入並びにアルカリ処理から選択される2種以上の修飾がなされて得られる高次誘導体
(e)前記二次誘導体のうち架橋性基導入反応により得られる二次誘導体が架橋されている二次誘導体の架橋体
(f)前記高次誘導体のうち架橋性基導入反応を経て得られる高次誘導体が架橋されている高次誘導体の架橋体
からなる群から選択される1種あるいは2種以上のリグニン誘導体を用いることができる。
【0013】
前記リグニン誘導体は、前記リグニン誘導体(a)とすることが好ましく、前記リグニン誘導体(b)とすることも好ましく、さらに、前記リグニン誘導体(c)とすることも好ましい。
【0014】
この分離方法は、また、アルカリ条件下、前記リグニン誘導体を保持した前記金属酸化物から前記リグニン誘導体を分離させて前記リグニン誘導体を回収する回収工程を備えることができる。
【0015】
本発明によれば、リグニン誘導体の製造方法であって、前記リグニン誘導体は、1,1−ジフェニルプロパンユニット及び/又は該1,1−ジフェニルプロパンユニットから誘導されるユニットを有するリグニン誘導体であり、液性媒体中で前記リグニン誘導体と金属酸化物とを接触させることにより、前記リグニン誘導体を前記金属酸化物に保持させて分離する分離工程、を備える、製造方法が提供される。
【0016】
また、前記分離工程は、リグニン含有材料をフェノール化合物で溶媒和後、酸を添加し混合して得られる反応液中の前記リグニン含有材料中のリグニンのフェノール化合物の誘導体であるリグノフェノール誘導体と前記金属酸化物とを接触させて、前記リグノフェノール誘導体を前記金属酸化物に保持させて分離する工程とすることができる。また、前記分離工程は、リグニン含有材料をフェノール化合物で溶媒和後、酸を添加し混合して得られる反応液中に前記リグニン含有材料中のリグニンのフェノール化合物の誘導体であるリグノフェノール誘導体を生成後に、当該反応液中のリグノフェノール誘導体と金属酸化物とを接触させて前記リグノフェノール誘導体を前記金属酸化物に保持させて分離する工程とすることもできる。
【0017】
また、本発明によれば、リグニン誘導体の精製方法であって、前記リグニン誘導体は、1,1−ジフェニルプロパンユニット及び/又は該1,1−ジフェニルプロパンユニットから誘導されるユニットを有するリグニン誘導体であり、液性媒体中で前記リグニン誘導体と金属酸化物とを接触させることにより、前記リグニン誘導体を前記金属酸化物に保持させて分離する分離工程、を備える、製造方法が提供される。
【0018】
本発明によれば、リグニン誘導体の製造方法であって、前記リグニン誘導体は、1,1−ジフェニルプロパンユニット及び/又は該1,1−ジフェニルプロパンユニットから誘導されるユニットを有するリグニン誘導体であり、金属酸化物に保持させた前記リグニン誘導体に対して、アシル基、カルボキシル基、アミド基及び架橋性基の各官能基の導入反応並びにアルカリ処理反応から選択される1種又は2種以上の修飾を行う修飾反応工程、
を備える、製造方法が提供される。この製造方法においては、前記修飾反応工程は、前記金属酸化物上に保持された状態の前記リグニン誘導体を修飾する工程とすることができるし、また、前記修飾反応工程は、修飾された前記リグニン誘導体を前記金属酸化物上に保持する工程とすることができる。
【0019】
また、本発明によれば、リグニン誘導体を含む複合体からのリグニン誘導体の回収方法であって、前記リグニン誘導体は、1,1−ジフェニルプロパンユニット及び/又は該1,1−ジフェニルプロパンユニットから誘導されるユニットを有するリグニン誘導体であり、
液性媒体中で前記リグニン誘導体と金属酸化物とを接触させることにより、前記リグニン誘導体を前記金属酸化物に保持させて分離する分離工程、を備える、回収方法が提供される。この回収方法においては、前記複合体は、使用済み製品であってもよい。
【0020】
さらにまた、本発明によれば、金属酸化物を備える、リグニン誘導体の分離用担体が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明のリグニン誘導体の分離方法は、前記リグニン誘導体が、1,1−ジフェニルプロパンユニット及び/又はその誘導体ユニットを有する誘導体であって、液性媒体中で前記リグニン誘導体と金属酸化物とを接触させることにより、前記リグニン誘導体を前記金属酸化物に保持させて前記液性媒体から分離する分離工程を備えることを特徴としている。また、本発明のリグニン誘導体の製造方法及びリグニン誘導体の回収方法は、こうした分離工程を備えることを特徴としている。
【0022】
この分離方法の分離工程によれば、液性媒体に含まれるリグニン誘導体は、固相である金属酸化物に保持されるため、溶媒留去などの方法によらずに、通常の固液分離方法、例えば、遠心分離、自然沈降、ろ過等の手法により、前記液性媒体から容易に分離される。金属酸化物を固定相とした場合にも同様にリグニン誘導体は前記液性媒体から容易に分離される。したがって、従来、溶媒への溶解性の相違や粒子密度等を利用した分離回収方法では回収困難であった画分も容易に回収できるようになる。また、大量の溶媒を用いることなくリグニン誘導体を分離回収できるようになる。さらに、これらの結果、リグニン誘導体の分離回収に用いるエネルギーを抑制するとともに環境への負荷を低減することができる。
【0023】
また、この分離工程によれば、液性媒体に溶解しているリグニン誘導体も溶解せずに分散しているリグニン誘導体も金属酸化物に保持させて分離することができる。このため、従来、回収することが困難であったリグニン誘導体の区分を容易に回収することが可能となる。
【0024】
本発明を拘束するものではないが、本発明におけるリグニン誘導体は、リグニンの基本骨格であるフェニルプロパンユニットのα位にフェノール化合物が導入されて得られる1,1−ジフェニルプロパンユニット及び/又はその誘導体ユニットを有し、またリニアな構造を有し得るため、従来のスルホリグニンなどの工業用リグニンとは異なった特性を有している。すなわち、本発明のリグニン誘導体は、スルホリグニンなどが呈するアニオン性ポリマーとしての特性とは異なる特性を有しており、このために金属酸化物と接触してその表面に保持されることで金属酸化物を液性媒体に分散しにくくするような表面又は界面状態を形成し、この結果、液体媒体から金属酸化物及びリグニン誘導体が容易に分離されるものと推論される。
【0025】
リグニン誘導体を保持した金属酸化物(固相)粒子は、凝集する傾向にある。リグニン誘導体を含有する液性媒体に金属酸化物粒子を加えると、例えば、明らかな液性媒体の性状の変化(例えば、リグニン誘導体溶液の場合には、その溶液の色が、リグニンが溶解していることによる着色状態から無色になるとともに、白色だった酸化チタン等の金属酸化物粒子が着色して沈殿する。)を伴って速やかに沈殿する。このようにリグニン誘導体を保持した金属酸化物粒子は互いに反発するよりも吸引しあい、凝集する傾向があるのが明らかである。なお、こうした金属酸化物によるリグニン誘導体の分離現象は、金属酸化物が粒子の場合に限らず、フィルター状であったり、粒子が充填されたカラムであったりしても同様に生じるものであり、リグニン誘導体は金属酸化物の形態に関わらず金属酸化物(固相)側あるいは金属酸化物を含有する固相側に分離されることになる。
【0026】
また、本発明のリグニン誘導体の分離用担体は、前記リグニン誘導体を保持させるための要素として金属酸化物を含むことを特徴としている。この分離用担体によれば、液性媒体中において金属酸化物に前記リグニン誘導体が保持されるため、金属酸化物と前記液性媒体との分離により前記リグニン誘導体が前記液性媒体から分離される。
【0027】
さらに、本発明のリグニン誘導体を含む複合材料の製造方法であって、前記リグニン誘導体は、ジフェニルプロパンユニット及び/又はその誘導体ユニットを有するリグニン誘導体であって、このリグニン誘導体を保持した金属酸化物を含む成形材料を成形する工程を備えることを特徴とする。この製造方法によれば、金属酸化物の表面に前記リグニン誘導体が保持されているため、こうした状態の金属酸化物を成形することで前記リグニン誘導体と金属酸化物との複合成形体を得ることができる。
【0028】
以下、本発明を実施するための最良の形態について、まず、全ての実施形態に共通するリグニン誘導体及び金属酸化物について説明するとともに、リグニン誘導体の分離方法、リグニン誘導体の製造方法、リグニン誘導体の精製方法、リグニン誘導体の回収方法、リグニン誘導体を含む複合材料の製造方法並びに分離用担体について説明する。
【0029】
(リグニン誘導体)
本発明におけるリグニン誘導体とは、1,1−ジフェニルプロパンユニット及び/又はこの1,1−ジフェニルプロパンユニットから誘導されるユニットを有するリグニン誘導体である。このリグニン誘導体としては、リグニンの基本ユニットであるフェニルプロパンユニットのベンジル位(側鎖C1位、以下、単にC1位という。)にフェノール化合物がそのオルト位又はパラ位でグラフトした1,1−ジフェニルプロパンユニットを有するリグニン誘導体であるリグノフェノール誘導体と、その改変体が挙げられる。以下、リグノフェノール誘導体について説明し、ついで、各種の改変体(修飾体)について説明する。
【0030】
(リグノフェノール誘導体)
リグノフェノール誘導体は、上記したように1,1−ジフェニルプロパンユニットを有している。また、リグノフェノール誘導体は、リグニンの基本ユニットであるフェニルプロパンユニットも保持することもできる。リグノフェノール誘導体における1,1−ジフェニルプロパンユニットは、フェノール化合物が、そのフェノール性水酸基のオルト位あるいはパラ位にてリグニン中のフェニルプロパンユニットの前記C1位の炭素原子に結合して形成される。図1にこの反応を示す。この反応では、フェノール化合物は、前記C1位に対して選択的に導入される。このため、出発原料であるリグニンのフェニルプロパンユニットのC1位における様々な結合を開放し、リグニンの多様性を低減し、また、低分子量化することができる。さらに、この結果、従来のリグニンにはなかった各種溶媒への溶解性や熱流動性など各種の特性を発現することが既に知られている。
【0031】
一般に、分離精製されたリグノフェノール誘導体は、その外観(色)、溶解性等の性状において従来の工業リグニンとは明らかに相違している。こうした性状における相違は、フェノール化合物の導入及びその高分子構造に依拠するものと推測される。リグノフェノール誘導体は、通常、リグノセルロース系材料等の天然材料から取得される。このため、得られるリグノフェノール誘導体における導入フェノール化合物の量やその分子量は、原料となるリグニン含有材料のリグニン構造および反応条件により変動し、その性状や物性は必ずしも一定ではない。また、リグニンにおける基本ユニットであるフェニルプロパンユニットは、例えば、図2に例示するように各種の態様があり、これらの基本ユニットは植物の種類によって相違している。しかしながら、おおよそ一般にリグノフェノール誘導体は以下のような性状等を有しているといえる。ただし、本発明におけるリグノフェノール誘導体を、以下の性質を有するものに限定する趣旨ではない。
【0032】
(1)重量平均分子量が2000〜20000程度である。
(2)分子内に共役系をほとんど有さずその色調は極めて淡色である。典型的には淡いピンク系白色粉末である。
(3)針葉樹のリグノセルロース由来で約170℃、広葉樹のリグノセルロース由来で約130℃に固−液相転移点を有する。
(4)メタノール、エタノール、アセトン、ジオキサン、ピリジン、テトラヒドロフラン、ジメチルホルムアミドなどに容易に溶解する。
なお、リグノフェノール誘導体においては、C1位へのフェノール化合物の導入形態は、そのフェノール性水酸基を介して導入されているものもあることが知られている。また、リグノフェノール誘導体においては、フェノール化合物がグラフトされていないフェニルプロパンユニットも有していることが多い。
【0033】
次に、リグノフェノール誘導体を製造するのに好ましい方法について説明する。リグノフェノール誘導体は、リグニン含有材料をフェノール化合物で溶媒和後、酸を添加して反応させることにより得ることができる。
【0034】
(リグニン含有材料)
リグニン含有材料は、天然リグニンを含有するリグノセルロース系材料を含む。リグノセルロース系材料は、木質化した材料、主として木材である各種材料、例えば、木粉、チップの他、廃材、端材、古紙などの木材資源に付随する農産廃棄物や工業廃棄物を挙げることができる。また用いる木材の種類としては、針葉樹、広葉樹など任意の種類のものを使用することができる。さらに、リグノセルロース系材料としては、各種草本植物、それに関連する農産廃棄物や工業廃棄物なども使用できる。また、リグニン含有材料としては、天然リグニンを含有する材料のみならず、リグノセルロース材料をパルピング処理した後に得られるいわゆる変性したリグニンを含有する廃液である黒液も利用することができる。
【0035】
リグニン含有材料又はリグニン含有材料中のリグニンを、予めフェノール化合物により溶媒和する。リグニン含有材料をフェノール化合物で溶媒和するには、液体のフェノール化合物をリグニン含有材料に供給してもよいし、液体あるいは固体のフェノール化合物を適当な溶媒に溶解してリグニン含有材料に供給してもよい。リグニン含有材料中のリグニンとフェノール化合物とが十分に接触して親和できるように到達されればよい。十分にリグニンにフェノール化合物が到達した後は、過剰なフェノール化合物を留去してもよい。また、リグニン含有材料へのフェノール化合物の送達に用いた溶媒を留去することが好ましい。フェノール化合物による溶媒和は具体的には、液体のフェノール化合物にリグニン含有材料を浸漬したり、液体あるいは固体のフェノール化合物を当該フェノール化合物が溶解する溶媒に溶解させたものをリグニン含有材料に含浸させるなどして行うことができる。
【0036】
(フェノール化合物)
フェノール化合物としては、1価のフェノール化合物、2価のフェノール化合物、または3価のフェノール化合物などを用いることができる。1価のフェノール化合物の具体例としては、1以上の置換基を有していてもよいフェノール、1以上の置換基を有していてもよいナフトール、1以上の置換基を有していてもよいアントロール、1以上の置換基を有していてもよいアントロキノンオールなどが挙げられる。2価のフェノール化合物の具体例としては、1以上の置換基を有していてもよいカテコール、1以上の置換基を有していてもよいレゾルシノール、1以上の置換基を有していてもよいヒドロキノンなどが挙げられる。3価のフェノール化合物の具体例としては、1以上の置換基を有していてもよいピロガロールなどが挙げられる。本発明においては1価のフェノール化合物、2価のフェノール化合物及び3価のフェノール化合物のうち、1種あるいは2種以上を用いることができるが、好ましくは1価のフェノールを用いる。
【0037】
1価から3価のフェノール化合物が有していてもよい置換基の種類は特に限定されず、任意の置換基を有していてもよいが、好ましくは、電子吸引性の基(ハロゲン原子など)以外の基であり、例えば、炭素数が1〜4、好ましくは炭素数が1〜3の低級アルキル基含有置換基である。低級アルキル基含有置換基としては、例えば、低級アルキル基(メチル基、エチル基、プロピル基など)、低級アルコキシ基(メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基など)である。また、アリール基(フェニル基など)の芳香族系の置換基を有していてもよい。また、水酸基含有置換基であってもよい。
【0038】
これらのフェノール化合物は、そのフェノール性水酸基に対してオルト位あるいはパラ位の炭素原子がリグニンのフェニルプロパンユニットのC1位の炭素に結合することにより、1,1−ジフェニルプロパンユニットが形成されることになる。したがって、少なくとも1つの導入サイトを確保するには、オルト位及びパラ位のうち、少なくともひとつの位置に置換基を有していないことが好ましい。図3に示すように、フェノール化合物のフェノール性水酸基のオルト位炭素原子が前記C1位に結合して形成されたユニットをオルト位結合ユニットといい、フェノール化合物のフェノール性水酸基のパラ位炭素原子が前記C1位に結合して形成されたユニットをパラ位結合ユニットという。
【0039】
以上のことから、本発明では、無置換フェノール化合物の他、少なくとも一つの無置換のオルト位あるいはパラ位を有する各種置換形態のフェノール化合物の1種あるいは2種以上を適宜選択して用いることができる。
【0040】
オルト位結合ユニットを有するリグノフェノール誘導体を選択的に得るには、少なくとも一つのオルト位(好ましくは全てのオルト位)に置換基を有していないフェノール化合物を用いる。また、少なくとも一つのオルト位(2位あるいは6位)が置換基を有さず、パラ位(4位)に置換基を有するフェノール化合物(典型的には、2,4位置換1価フェノール誘導体)が好ましい。最も好ましくは、全てのオルト位が置換基を有さず、パラ位に置換基を有するフェノール化合物(典型的には、4位置換1価フェノール化合物)である。したがって、4位置換フェノール化合物及び2,4位置換フェノール化合物を1種あるいは2種以上組み合わせて用いることができる。
【0041】
パラ位結合ユニットを有するリグノフェノール誘導体を選択的に得るには、パラ位に置換基を有していないフェノール化合物(典型的には、2位(あるいは6位)置換1価フェノール化合物)が好ましく、より好ましくは、同時に、オルト位(好ましくは、全てのオルト位)に置換基を有するフェノール化合物(典型的には2,6位置換1価フェノール化合物)を用いる。すなわち、2位(あるいは6位)置換フェノール化合物及び2、6位置換フェノールのうち1種あるいは2種以上を組み合わせて用いることが好ましい。
【0042】
以上のことから、フェノール誘導体の好ましい具体例としては、p−クレゾール、2,6−ジメチルフェノール、2,4−ジメチルフェノール、2−メトキシフェノール(Guaiacol)、2,6−ジメトキシフェノール、カテコール、レゾルシノール、ホモカテコール、ピロガロール及びフロログルシノールなどが挙げられる。p−クレゾールを用いることにより、高い導入効率を得ることができる。
【0043】
(酸)
フェノール化合物で溶媒和したリグニン含有材料と接触させる酸としては、特に限定しないで、リグノフェノール誘導体を生成しうる範囲で各種無機酸や有機酸を使用することができる。したがって、硫酸、リン酸、塩酸などの無機酸の他、p−トルエンスルホン酸、トリフルオロ酢酸、トリクロロ酢酸、ギ酸などを使用することができる。リグニン含有材料としてリグノセルロース系材料を使用する場合には、セルロースを膨潤させる作用を有していることが好ましい。例えば、65重量%以上の硫酸(好ましくは、72重量%の硫酸)、85重量%以上のリン酸、38重量%以上の塩酸、p−トルエンスルホン酸、トリフルオロ酢酸、トリクロロ酢酸、ギ酸などを挙げることができる。好ましい酸は、85重量%以上(好ましくは95重量%以上)のリン酸、トリフルオロ酢酸又はギ酸である。
【0044】
リグニン含有材料中のリグニンを、リグノフェノール誘導体に変換し、分離する方法としては各種方法が採用できる。例えば、リグニン含有材料に、液体状のフェノール誘導体(上記で説明したもの、例えば、p−クレゾール)を浸透させ、リグニンをフェノール誘導体により溶媒和させ、次に、リグノセルロース系材料に酸(上記で説明したもの、例えば、72%硫酸)を添加し混合して、セルロース成分を溶解する。この方法によると、リグニンが低分子化され、同時にその基本構成単位のC1位にフェノール化合物が導入されたリグノフェノール誘導体がフェノール化合物相に生成される。このフェノール化合物相から、リグノフェノール誘導体が抽出される。リグノフェノール誘導体は、例えば、リグニン中のベンジルアリールエーテル結合が開裂して低分子化されたリグニンの低分子化体の集合体として得られる。図4は、フェニルプロパンユニットを有する天然リグニンに対して相分離処理を行うことにより、本発明におけるリグノフェノール誘導体が得られることを示している。
【0045】
フェノール化合物相からのリグノフェノール誘導体の抽出は、例えば、次の方法で行うことができる。すなわち、フェノール化合物相を、大過剰のエチルエーテルに加えて得た沈殿物を集めて、アセトンに溶解する。アセトン不溶部を遠心分離により除去し、アセトン可溶部を濃縮する。このアセトン可溶部を、大過剰のエチルエーテルに滴下し、沈殿区分を集める。この沈殿区分から溶媒を留去し、リグノフェノール誘導体を得る。なお、粗リグノフェノール誘導体は、フェノール化合物相やアセトン可溶区分を単に減圧蒸留により除去することによって得ることができる。
【0046】
また、リグニン含有材料に、固体状あるいは液体状のフェノール化合物を溶解した溶媒(例えば、エタノールあるいはアセトン)を浸透させた後、溶媒を留去(フェノール化合物の収着)した場合も、先の方法と同様、リグノフェノール誘導体が生成される。この方法においては、生成したリグノフェノール誘導体は、液体フェノール化合物にて抽出分離することができる。あるいは、全反応液を過剰の水中に投入し、不溶区分を遠心分離にて集め、脱酸後、乾燥する。この乾燥物にアセトンあるいはアルコールを加えてリグノフェノール誘導体を抽出する。さらに、この可溶区分を第1の方法と同様に、過剰のエチルエーテル等に滴下して、リグノフェノール誘導体を不溶区分として得ることもできる。以上、リグノフェノール誘導体の調製方法の具体例を説明したが、これらに限定されるわけではなく、これらに適宜改良を加えた方法で調製することもできる。
【0047】
なお、フェノール化合物によるリグニンの溶媒和と濃酸による炭水化物の膨潤に基づく組織構造の破壊とを組み合わせてリグニンの不活性化を抑制しつつ、リグノセルロース系材料を炭水化物とリグノフェノール誘導体とに分離する方法は、特開平2−233701号に開示されている。この他、リグノフェノール誘導体に関するより一般的な記載及びその製造プロセスについては、国際公開WO99/14223号公報、特開平9−278904号公報、特開2001−64494号、特開2001−261839号、特開2001−131201号、特開2001−34233号、特開2002−105240号において記載されている(これらの特許文献に記載の内容は、全て引用により本明細書中に取り込まれるものとする)。
【0048】
(二次誘導体)
また、本発明において用いるリグニン誘導体は、このリグノフェノール誘導体に対してさらに化学的な修飾を行って得られる二次誘導体を含んでいる。二次誘導体としては、リグノフェノール誘導体から誘導されるものであれば特に限定されないが、例えば、リグノフェノール誘導体に対して、アシル基、カルボキシル基、アミド基及び架橋性基が導入された誘導体が挙げられる。また、リグノフェノール誘導体をアルカリ処理して得られる誘導体が挙げられる。
【0049】
(アシル基導入二次誘導体)
アシル基が導入された二次誘導体は、リグノフェノール誘導体中の1,1−ジフェニルプロパンユニットやフェニルプロパンユニットなどにあるフェノール性OH基の水素原子が−COR基(アシル基)で置換された構造を備えている。アシル基導入二次誘導体は、無水酢酸などのアシル化剤とリグノフェノール誘導体とを反応させることによって得られる。アシル基としては、アセチル基、プロピオニル基、ブチリル基、バレリル基、ベンゾイル基及びトルオイル基等が挙げられるが、好ましくはアセチル基である。当該アシル基導入反応により、水酸基が保護される。このため、水酸基による特性発現が抑制されることになる。たとえば、水素結合が低減されて、会合性を低下させることができる場合がある。このアシル基導入反応は、一般的なアシル基導入反応条件をリグノフェノール誘導体に適宜適用して実施することができる。なお、アセチルクロリドなどのカルボン酸モノハライドを用いてもアシル基を導入することができる。
【0050】
(カルボキシル基導入二次誘導体)
カルボキシル基が導入された二次誘導体は、リグノフェノール誘導体中のフェノール性水酸基の水素原子が、−CORCOOH基で置換された構造を有している。こうしたカルボキシル基導入二次誘導体は、酸ジクロリドなどの酸ジ(あるいはそれ以上の)ハライドを用いてリグノフェノール誘導体のフェノール性水酸基をエステル化すると同時にカルボキシル基を導入することによって得られる。例えば、酸ハライドとしては、アジピン酸ジクロリドやマレイン酸ジクロリド、テレフタル酸ジクロリドなどを用いることができる。これらの酸ハロゲン化物を用いたエステル化反応については、当業者において周知であり、一般的な反応条件をリグノフェノール誘導体についても適宜適用して実施できる。
【0051】
(アミド基導入二次誘導体)
アミド基が導入された二次誘導体は、リグノフェノール誘導体中の二重結合あるいは前記カルボキシル基を備える二次誘導体の当該カルボキシル基にアミド基(−CONHR)を備える構造を有している。アミド基のRとしては、炭素数1〜5程度の低級直鎖若しくは分岐アルキル基又は炭素数6〜9程度の置換基を有していてもよいシクロアルキル基、アルキルアリール基、アラルキル基などを挙げることができる。アミド基導入二次誘導体は、リグノフェノール誘導体中の二重結合あるいは前記カルボキシル基導入反応後に当該カルボキシル基に対してアミド基を導入することによって得られる。これらの部分に対するアミド基導入反応については、従来公知の各種試薬及び条件を適宜選択して用いることができる。
【0052】
(架橋性基導入二次誘導体)
架橋性が導入された二次誘導体は、リグノフェノール誘導体のフェノール性水酸基のオルト位及び/又はパラ位に架橋性基を備える構造を有している。こうした架橋性基導入二次誘導体は、リグノフェノール誘導体のフェノール性水酸基を解離しうる状態下において、リグノフェノール誘導体に架橋性基形成化合物を混合して反応させることによって得られる。リグノフェノール誘導体のフェノール性水酸基が解離しうる状態は、通常、適当なアルカリ溶液中において形成される。使用するアルカリの種類、濃度及び溶媒はリグノフェノール誘導体のフェノール性水酸基が解離するものであれば、特に限定されない。例えば、0.1Nの水酸化ナトリウム水溶液を使用できる。
【0053】
このような条件下において、架橋性基はフェノール性水酸基のオルト位又はパラ位に導入されるので、用いたフェノール化合物の種類や組み合わせによって、架橋性基の導入位置がおおよそ決定される。すなわち、オルト位及びパラ位において2置換されている場合には、導入フェノール核には架橋性基は導入されず、リグニン母体側のフェノール性芳香核に導入されることになる。母体側のフェノール性芳香核は、主としてリグノフェノール誘導体のポリマー末端に存在するため、主としてポリマー末端に架橋性基が導入されたプレポリマーが得られる。また、オルト位及びパラ位において1置換以下の場合には、導入フェノール核とリグニン母体のフェノール性芳香核に架橋性基が導入されることになる。したがって、ポリマー鎖の端末の他、その長さにわたって架橋性基が導入され、多官能性のプレポリマーが得られる。
【0054】
リグノフェノール誘導体に導入する架橋性基の種類は特に限定されない。リグニン母体側の芳香核、あるいは、導入フェノール化合物の芳香核に導入可能なものであればよい。架橋性基としては、ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基、ヒドロキシプロピル基、1−ヒドロキシバレルアルデヒド基等を挙げることができる。架橋性基形成化合物としては、求核性化合物であって、結合後に架橋性基を形成するかあるいは保持する化合物である。たとえば、ホルムアルデヒドやアセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド、グルタルアルデヒド類などを挙げることができる。導入効率等を考慮すると、ホルムアルデヒドを用いることが好ましい。
【0055】
次に、アルカリ液中にリグノフェノール誘導体と架橋性基形成化合物が存在する状態で、必要に応じ、この液を加熱することにより、架橋性基がフェノール核に導入される。加熱条件は、架橋性基が導入される限り、特に限定されないが、40〜100℃が好ましい。40℃未満では架橋性基形成化合物の反応率が非常に低く好ましくなく、100℃より高いと架橋性基形成化合物自身の反応などリグニンへの架橋性基導入以外の副反応が活発化するので好ましくない。より好ましくは、50〜80℃であり、例えば約60℃が特に好ましい。反応は、反応液を冷却等することにより停止し、適当な濃度の塩酸等により酸性化(pH2程度)し、洗浄、透析などにより酸、未反応の架橋性基形成化合物を除去する。透析後凍結乾燥などにより試料を回収する。必要であれば、五酸化二リン上で減圧乾燥する。
【0056】
こうして得られる架橋性の二次誘導体は、リグノフェノール誘導体中のフェノール性水酸基に対するオルト位および/またはパラ位に架橋性基を有するようになる。本二次誘導体の重量平均分子量は特に限定されないが、通常は2000〜20000、好ましくは2000〜10000程度である。また、架橋性基の導入量は通常、0.01〜1.5モル/C9単位程度であることが多い。
【0057】
(アルカリ処理による二次誘導体)
アルカリ処理による二次誘体の一つの態様は、アリールクマランユニットを備えている。アリールクマランユニットは、図5に示すように、リグニンのフェニルプロパンユニットのC1位にそのオルト位で導入されたフェノール化合物が、それが導入されたフェニルプロパンユニットとクマラン骨格を構成するものである。すなわち、アリールクマランユニットは、リグニン誘導体のオルト位結合ジフェニルプロパンユニットが変換されて形成されるものである。なお、アルカリ処理による二次誘導体は、アリールクマランユニットのほか、未変換のオルト位結合ジフェニルプロパンユニット、パラ位結合ジフェニルプロパンユニット及びフェニルプロパンユニットから選択される1種又は2種以上のユニットを備えることもできる。
【0058】
オルト位結合ユニット、すなわち、導入したフェノール化合物のフェノール性水酸基のオルト位がC1位に導入されたオルト位結合ユニットを有するリグノフェノール誘導体においては、アルカリ処理により、図4に示すように、導入フェノール化合物のフェノキシドイオンによるC2位炭素の攻撃が生じる。一旦この反応が生じれば、C2位のアリールエーテル結合が開裂し、例えば、緩和なアルカリ処理では、図4に示すように、リグノフェノール誘導体がオルト位結合ユニットを有する場合、当該導入フェノール誘導体の当該フェノール性水酸基が開裂し、生じたフェノキシドイオンが、C2アリールエーテル結合を構成するC2位を分子内求核反応的にアタックして、当該エーテル結合を開裂させて低分子化することができる。C2アリールエーテル結合の開裂により、リグニンの母核にフェノール性水酸基が生成されることになる(図4右側、点線円内参照)。また、当該分子内求核反応により、導入フェノール核が、それが導入されたフェニルプロパン単位とクマラン骨格を形成した構造(アリールクマランユニット)が発現される。これらの結果、フェノール誘導体側にあったフェノール性水酸基(図4左側、点線円内)が、リグニン母核側(図3右側、点線円内)に移動されたことになる。このような変化により、この二次誘導体は、リグノフェノール誘導体とは異なる光吸収特性を備えることができるようになる。
【0059】
アルカリ処理反応は、リグノフェノール誘導体を、アルカリと接触させることにより行う。好ましくは加熱する。例えば、当該アルカリ処理は、具体的には、リグノフェノール誘導体をアルカリ溶液に溶解し、一定時間反応させ、必要であれば、加熱することにより行う。この処理に用いることのできるアルカリ溶液は、リグノフェノール誘導体中の導入フェノール化合物のフェノール性水酸基を解離させることができるものであればよく、特に、アルカリの種類及び濃度、溶媒の種類等は限定されない。アルカリ下において前記フェノール性水酸基の解離が生じれば、隣接基関与効果により、クマラン構造が形成されるからである。例えば、p−クレゾールを導入したリグノフェノール誘導体では、水酸化ナトリウム溶液を用いることができる。例えば、アルカリ溶液のアルカリ濃度範囲は0.5〜2Nとし、処理時間は1〜5時間程度とすることができる。また、アルカリ溶液中のリグノフェノール誘導体は、加熱されることにより、容易にクマラン構造を発現する。加熱に際しての、温度、圧力等の条件は、特に限定することなく設定することができる。例えば、アルカリ溶液を100℃以上(例えば、140℃程度)に加熱することによりリグノフェノール誘導体の低分子化を達成することができる。さらに、アルカリ溶液を加圧下においてその沸点以上に加熱してリグノフェノール誘導体の低分子化を行ってもよい。
【0060】
なお、同じアルカリ溶液で同濃度においては、加熱温度が120℃〜140℃の範囲では、加熱温度が高い程、C2−アリールエーテル結合の開裂による低分子化が促進されることがわかっている。また、該温度範囲で、加熱温度が高い程、リグニン母体由来の芳香核由来のフェノール性水酸基が増加し、導入されたフェノール化合物由来のフェノール性水酸基が減少することがわかっている。したがって、低分子化の程度及びフェノール性水酸基部位のC1位導入フェノール化合物側からリグニン母体のフェノール核への変換の程度を、反応温度により調整することができる。すなわち、低分子化が促進され、あるいは、より多くのフェノール性水酸基部位がC1位導入フェノール化合物側からリグニン母体へ変換されたアリールクマラン体を得るには80〜140℃程度の反応温度が好ましい。
【0061】
オルト位結合ユニットにおけるC1フェノール核の隣接基関与によるC2−アリールエーテルの開裂は、上述したようにアリールクマラン構造の形成を伴うが、必ずしもアリールクラマンが効率よく生成する条件下(140℃付近)で行う必要はなく、材料によって、あるいは目的によってより高い温度(例えば170℃付近)で行うこともできる。この場合、一旦生成したクラマン環は開裂し、導入フェノール化合物側にフェノール性水酸基が再生される。さらに、アリール基移動に伴う分子形態変動による共役系の新たな発現によりリグノフェノール誘導体や前記したアリールクマランユニットを有する二次誘導体とは異なる光吸収特性を発現させることができる。
【0062】
以上のことから、アルカリ処理における加熱温度は、特に限定されないが、必要に応じて80℃以上200℃以下で行うことができる。80℃を大きく下回ると、反応が十分に進行せず、200℃を大きく越えると好ましくない副反応が派生しやすくなるからである。
【0063】
アリールクラマンユニットの形成とそれに伴う低分子化のための処理の好ましい一例としては、0.5Nの水酸化ナトリウム水溶液をアルカリ溶液として用い、オートクレーブ内140℃で加熱時間60分という条件を挙げることができる。特に、この処理条件は、p−クレゾール又は2,4−ジメチルフェノールで誘導体化したリグノフェノール誘導体に好ましく用いられる。また、新たな共役系の発現を伴うようなアルカリ処理の一例としては、0.5Nの水酸化ナトリウム水溶液をアルカリ溶液として用い、オートクレーブ内170℃で加熱時間20分〜60分という条件を挙げることができる。
【0064】
(高次誘導体)
以上説明したように、リグノフェノール誘導体に対して各種の化学修飾を行うことにより各種の二次誘導体を得ることができるが、これらの二次誘導体に対して、さらなる化学修飾、例えば、上記したアシル基、カルボキシル基、アミド基及び架橋性基等の導入処理及びアルカリ処理のいずれかあるいは2種以上を施すことにより、リグノフェノール誘導体の高次誘導体を得ることができる。この場合、施された処理によって発生した構造的特徴を組み合わせて保持する高次誘導体を得ることができる。例えば、アルカリ処理と架橋性基導入反応とによれば、アリールクマランユニットや新たな共役系などの構造と所定部位に導入された架橋性基とを備えた高次リグニン誘導体を得ることができる。また、アルカリ処理とアシル基導入反応などの水酸基保護処理とによれば、アリールクマランユニットや新たな共役系などの構造とアシル基などの水酸基保護基を備える高次リグニン誘導体が得られ、架橋性基導入反応とアシル基導入反応などの水酸基保護処理との組み合わせによれば、組成物H低部位に導入された架橋性基とアシル基などの水酸基保護基を備える高次リグニン誘導体が得られる。
【0065】
なお、以上説明した各種のリグニン誘導体は、加熱、光、放射線照射などの各種のエネルギー照射が施されていてもよい。これらのいずれかのエネルギー照射により、リグニン誘導体の重合等が促進されたり、新たに形成される共役系により光吸収域や吸収強度を増大させることができる。エネルギー照射は、特に限定しないで、熱線、各種光線、放射線、電子線を1種あるいは2種以上を組み合せて用いることができる。これらのエネルギー照射はリグニン誘導体の分離抽出や循環利用等の過程において施すことができ、特に、共役系の増加を意図されていなくてもよい。なお、後述するように、リグニン誘導体を保持した金属酸化物に対してこれらのエネルギー照射を施すこともできる。
【0066】
(金属酸化物)
金属酸化物は、液性媒体中でリグニン誘導体を保持できるものであればよく、特に限定しないで典型金属及び遷移金属から1種又は2種以上を選択することができる。なお、単純酸化物のほか複合酸化物であってもよい。特に限定しないが、例えば、金属酸化物半導体を構成する金属である、チタン、亜鉛、鉄、コバルト、ニッケル、銅、錫、インジウム、鉛、ニオブ等の酸化物を用いることができる。具体的には、TiO、SnO、Fe、ZnO、Nb、PbO、In、とすることができ、さらに好ましくは、TiOであり、Nbである。最も好ましくは、TiOである。
【0067】
金属酸化物として、例えば、上記したTiOなどの半導体である金属酸化物を用いることで、太陽電池用の光増感剤として用いることができるリグニン誘導体を保持する半導体を得ることができる。
【0068】
金属酸化物の形態は特に限定しないで、粉末(粒子)、粒状、シート状若しくはプレート状、膜状、あるいはこれ以外の三次元形状を有する各種の成形物であってもよい。膜状として用いる場合には、適当な材料表面に金属酸化物の相を適宜層状等に形成して用いられる。金属酸化物相を担持させる材料としては、特に限定しないで他の金属酸化物であってもよいし、プラスチック、金属等であってもよい。また、このような材料の形態は、粒状であってもよいし、プレート状等であってもよく、既に説明した各種成形物の形態を採ることができる。いずれの形態であっても、リグニン誘導体は金属酸化物粒子表面に保持される。
【0069】
金属酸化物粒子を用いる場合、粒子径は、特に限定しないで、リグニン誘導体を含む混合系からリグニン誘導体を保持して固液分離により分離できればよいが、平均粒子径として、500nm以下であることが好ましい。500nm以下であるとリグニン誘導体を保持して固液分離可能な状態を形成しやすいからである。より好ましくは300nm以下であり、さらに好ましくは100nm以下であり、一層好ましくは50nm以下である。最も好ましくは20nm以下である。平均粒子径の測定方法は、例えば、TEMやSEMなどの電子顕微鏡を用いた観察による粒子径測定方法(個数基準による)を採用することができる。
【0070】
金属酸化物の形態を成形物として用いるときにおいては、成形物は緻密質であっても多孔質であってもよいが、好ましくは多孔質である。成形物の形状は、成形物の利用形態によって異なる。例えば、成形物が粒状の場合には、そのまま用いることができる他、カラム等に充填することができるし、シート状やプレート状の場合には、フィルターとして用いることができる。
【0071】
リグニン誘導体が金属酸化物表面に保持される現象は解明されてはいないが、リグニン誘導体と表面近傍の金属等と間の錯体形成又はリグニン誘導体の金属酸化物表面への化学的相互作用による吸着によると推測される。錯体は、金属酸化物中の金属原子にリグニン誘導体中の水酸基の酸素原子が配位することによるのではないかと推測される。なお、こうした推測及び推論は、本発明を拘束するものでは決してない。
【0072】
(リグニン誘導体の分離方法)
次に、リグニン誘導体を、金属酸化物を用いて分離する方法について説明する。本発明の分離方法は、液性媒体中でリグニン誘導体と金属酸化物とを接触させることにより、リグニン誘導体を金属酸化物に保持させて液性媒体から分離する分離工程を備えている。以下、本発明方法における分離工程について説明する。
【0073】
(分離工程)
(液性媒体)
液性媒体の種類は特に問わないで、水性媒体、非水性媒体及びこれらの混液を適宜用いることができる。液性媒体の態様は、リグニン誘導体を分離する必要性が生じている混合系の態様(例えば、リグノフェノール誘導体や二次誘導体や高次誘導体の製造時)やリグニン誘導体の種類やリグニン誘導体の溶解性により様々である。
【0074】
水性媒体としては、水のほか水に可溶である有機溶媒との混液が挙げられる。こうした有機溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、sec−ブタノール、tert−ブタノール等炭素数1〜4のアルキル基を備える1級アルコール、アセトン、メチルエチルケトン、ジオキサン、ピリジン、テトラヒドロフラン、ジメチルホルムアミド、エチレングリコール、グリセリン、エチルセロソルブ、メチルセロソルブ等のセロソルブ類、アセトニトリル等が挙げられる。水との混液を構成するとき、有機溶媒は1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0075】
また、非水性媒体としては、通常の有機溶媒を用いることができる。有機溶媒としては、上記したメタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、sec−ブタノール、tert−ブタノール等炭素数1〜4のアルキル基を備える1級アルコール、アセトン、メチルエチルケトン、ジオキサン、ピリジン、テトラヒドロフラン、ジメチルホルムアミド、エチレングリコール、グリセリン、エチルセロソルブ、メチルセロソルブ等のセロソルブ類、アセトニトリル、フェノール等の極性溶媒のほか、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、n−ヘキサン、シクロヘキサン、ベンゼン、トルエン、キシレン、クロロホルム等の非極性溶媒が挙げられる。こうした有機溶媒は、1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0076】
こうした液性媒体の液性は特に限定しないが、酸性及び中性であることが好ましい。金属酸化物へのリグニン誘導体の保持は、酸性及び中性域で生じる傾向が観察されているからである。好ましくは、pHは8以下であり、より好ましくは7以下であり、さらに好ましくは5以下である。なお、酸性側のpHの限度は特に限定しないが、酸化チタンへの水素イオンの吸着、硫酸を混合系に含む場合に硫酸への酸化チタンの溶解を考慮するとpHは1以上であることが好ましい。
【0077】
リグニン誘導体は、金属酸化物と接触される前においては液性媒体に溶解していてもよいしコロイド粒子や不溶粒子の状態で存在していてもよい。すなわち、分離工程に供されるところのリグニン誘導体を含有する液性媒体は、リグニン誘導体溶液のほか、リグニン誘導体コロイド液、リグニン誘導体懸濁液等(分散液)のいずれの状態であってもよい。本発明の分離方法によれば、リグニン誘導体の存在状態に関わらず、金属酸化物との接触により、リグニン誘導体を保持することができる。
【0078】
こうした分離工程においては、液性媒体中に、その他の可溶性成分や不溶性成分が含まれていても、リグニン誘導体が選択的に金属酸化物に保持される。このため、共存する不溶粒子や溶解成分があっても、リグニン誘導体を効率的に分離できる。
【0079】
分離工程は、液性媒体中でリグニン誘導体と金属酸化物とを接触させ、リグニン誘導体を金属酸化物に保持させることにより実施する。液性媒体中でリグニン誘導体と金属酸化物とを接触させるための、リグニン誘導体と液性媒体と金属酸化物との混合順序等は特に限定しないで、リグニン誘導体が金属酸化物に保持される範囲であればよい。好ましくは、リグニン誘導体を含有する液性媒体を予め調製しておき、当該液性媒体と金属酸化物とを接触させるようにする。こうすることで速やかにリグニン誘導体を金属酸化物に保持させて液相から効率的に分離されるからである。こうした実施態様としては、例えば、(1)リグニン誘導体溶液又は分散液に金属酸化物粒子を添加する、(2)リグニン誘導体を含有する溶液又は分散液を、金属酸化物の多孔質膜又は金属酸化物を担持させたフィルターを通過させる、(3)リグニン誘導体を含有する溶液又は分散液を、金属酸化物粒子又は金属酸化物相を表面に形成した充填剤を充填したカラムに導入する、等が挙げられる。
【0080】
分離工程における温度は、特に限定しないで、金属酸化物にリグニン誘導体が保持される温度であればよい。リグニン誘導体と金属酸化物との種類や液性媒体の種類等によっても種々に異なることがあるが、100℃以下であれば、容易に分離工程を実施できる。操作性を考慮すれば60℃以下であることが好ましく、より好ましくは40℃以下である。また、下限は操作性等を考慮すれば0℃以上であることが好ましい。
【0081】
また、分離工程においてはリグニン誘導体を含有する液性媒体に対して攪拌などの操作を行うこともできる。金属酸化物との接触確率を高めるのに好ましい場合があるからである。
【0082】
リグニン誘導体を保持した金属酸化物は、遠心分離、ろ過、自然沈降等の通常の固液分離方法により回収することができる。リグニン誘導体は金属酸化物に保持されているため、固液分離を容易に行うことができる。また、有機溶媒を含む液性媒体に溶解したリグニン誘導体は、従来、溶媒留去してリグニン誘導体を回収していたが、本発明によれば、熱エネルギーを用いることなく回収が可能となっている。
【0083】
なお、金属酸化物の粒子等を利用してリグニン誘導体を分離する場合には、上記した遠心分離等が有効であるが、こうした金属酸化物の回収形態は、金属酸化物の利用形態に依存する。すなわち、金属酸化物を予め固定化してある場合、例えば、金属酸化物をカラム充填材料とするリグニン誘導体分離カラムの形態とする場合には、リグニン誘導体は、分離カラム内の充填材料に保持された状態であるので、特に分離回収する必要はないし、金属酸化物をフィルター材料とするリグニン誘導体分離フィルターの形態とする場合には、フィルターを回収することでリグニン誘導体を保持した金属酸化物を回収できる。
【0084】
(回収工程)
本発明のリグニン誘導体の分離方法は、さらに、リグニン誘導体の回収工程を備えることができる。回収工程は、リグニン誘導体を保持した金属酸化物をアルカリ条件下におくことにより、金属酸化物からリグニン誘導体を回収する工程である。回収工程におけるアルカリ条件は、特に限定しないで、リグニン誘導体を保持した金属酸化物をリグニン誘導体が金属酸化物から分離できる程度のアルカリ性とすればよい。リグニン誘導体が金属酸化物から分離したかどうかは、アルカリ性液性媒体中のリグニン誘導体の量やアルカリ性液性媒体の色の変化及び/又は金属酸化物の脱色などに基づいて判断することができる。金属酸化物から分離したリグニン誘導体は、アルカリ性液性媒体中に溶解又は分散した状態で回収されることになる(そのままとしました)。
【0085】
なお、金属酸化物を固定化して用いた場合、例えば、リグニン誘導体分離カラムを用いた場合には、必要に応じ、適宜分離カラムを洗浄した後、分離カラムにリグニン誘導体を分離可能な程度のアルカリ性の移動相を供給してリグニン誘導体を回収することができる。また、リグニン誘導体分離フィルターを用いた場合には、フィルター材料を必要に応じて洗浄し、フィルター材料をアルカリ性液性媒体に浸漬等することで、リグニン誘導体を回収できる。
【0086】
回収用液性媒体としては、無機又は有機アルカリを含むアルカリ性溶媒を用いることができる。無機アルカリとしては、NaOH、KOH、NHOH等が挙げられる。有機アルカリとしては、トリエチルアミンなどの有機アミン類等が挙げられる。好ましくは、NaOHなどの無機アルカリである。アルカリの強度は、リグニン誘導体を金属酸化物から開放できる程度であればよく、既に記載したように、リグニン誘導体が金属酸化物に保持されやすい中性〜酸性域pH(pH8以下)よりもアルカリ性であればよい。溶媒は、水、水と有機溶媒との混液及び有機溶媒から適宜選択して用いることができる。有機溶媒としては、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、sec−ブタノール、tert−ブタノール等炭素数1〜4のアルキル基を備える1級アルコール、アセトン、メチルエチルケトン、ジオキサン、ピリジン、テトラヒドロフラン、ジメチルホルムアミド、エチレングリコール、グリセリン、エチルセロソルブ、メチルセロソルブ等のセロソルブ類、アセトニトリル等の1種又は2種以上を用いることができる。
【0087】
回収工程においては、特に加熱する必要はなく、加熱しなくてもリグニン誘導体を金属酸化物から開放できる。上記したように、アルカリ条件下では加熱によりアルカリ分解反応が生じる可能性があるため、特にアルカリ分解反応を意図しない場合には、100℃以下であることが好ましい。100℃以下であれば、リグニン誘導体のアルカリ分解反応を効果的に回避してリグニン誘導体を回収できる。より好ましくは80℃以下程度であり、さらに好ましくは、60℃以下、さらに好ましくは40℃以下とする。
【0088】
リグニン誘導体を保持しその後分離した金属酸化物は再利用が可能である。残留する表面吸着物を除去する洗浄操作及び/又は焼成操作が有効である。無機化合物等は水や酸又はアルカリにより洗浄することにより容易に除去することができ、有機化合物は、必要な温度、例えば、200℃程度あるいはそれ以上の焼成によって容易に除去できる。金属酸化物が光触媒作用を有する場合には、光触媒作用により表面有機化合物を分解除去することも可能である。
【0089】
(リグニン誘導体の製造方法)
本発明によれば、少なくとも上記分離工程を備えるリグニン誘導体の製造方法も提供される。この製造方法によれば、リグニン誘導体を生成させた反応系から容易にリグニン誘導体を分離することができる。リグニン誘導体の製造方法において上記分離工程を実施する場合とは、リグニン誘導体を含む液性媒体として、リグニン誘導体の合成反応液である場合が該当する。
【0090】
例えば、リグノセルロース系材料からリグノフェノール誘導体を合成した後の酸性水性反応液(セルロースを含む)に対しても実施することができる。こうした酸性反応液(懸濁状態)(pHは1〜4程度)では、リグノフェノール誘導体は一部水に溶解し大部分が不溶性の状態で存在し、糖分の多くが水に溶解した状態で存在する。このため、一旦不溶画分を回収したあと、有機溶媒でリグノフェノール誘導体を抽出する必要がある。しかしながら、この酸性反応液に金属酸化物粒子を添加するなどして、酸性反応液と金属酸化物とを接触させることにより、酸性反応液中のリグノフェノール誘導体は金属酸化物に速やかに保持されて黄色の沈殿を生成し、上澄みは透明になる。このことは、この酸性反応液において不溶性であったリグノフェノール誘導体が金属酸化物と接触して保持されて沈殿したことを意味している。なお、リグノセルロース系材料からのリグニンのリグノフェノール誘導体としての分離を妨げない範囲で、リグノフェノール誘導体の合成中の酸性反応液に金属酸化物を添加することもできる。こうすることで、合成されるリグノフェノール誘導体は、液性媒体中で合成されると速やかに金属酸化物と接触して液相から固相側に分離されることになる。
【0091】
リグニン誘導体としては、リグノフェノール誘導体のみならず、各種の二次誘導体や高次誘導体にも適用できる。例えば、アルカリ処理二次誘導体の製造にあたっては、リグノフェノール誘導体をアルカリ下で加熱し、反応を停止させるために中和を行うが、この中和するとき又は中和後に、反応液と金属酸化物とを接触させることにより、アルカリ二次誘導体を金属酸化物に保持させて分離することができる。
【0092】
また、アシル基などのフェノール性水酸基の保護基を導入した二次誘導体の合成時にも、二次誘導体が合成された反応液と金属酸化物とを接触させることにより、こうした二次誘導体を金属酸化物に保持させて分離することができる。
【0093】
分離工程を実施するにあたっては、反応液のpH等の液性を、分離工程に用いる液性媒体に好ましいpH等に適宜調整することができる。また、必要に応じて、こうした分離工程後に、リグニン誘導体の回収工程を実施することができる。回収工程を実施することで、リグニン誘導体はアルカリ性媒体に溶解又は分散した状態で回収される。
【0094】
また、金属酸化物は、リグニン誘導体の製造時においてリグニン誘導体を含む混合系からリグニン誘導体を分離するだけでなく、リグニン誘導体の合成時の担体として用いることもできる。すなわち、金属酸化物に保持させた前記リグニン誘導体に対して、アシル基、カルボキシル基、アミド基及び架橋性基の各官能基の導入反応並びにアルカリ処理反応から選択される1種又は2種以上の修飾を行う修飾反応工程を実施することが可能である。金属酸化物に保持された状態であっても、二次誘導体化のための所定の条件下に曝されることにより、リグニン誘導体に所定の修飾が施されることになる。こうすることにより、リグニン誘導体を金属酸化物上で逐次修飾できることになり、分離等の操作を省略又は容易化することができる。
【0095】
この修飾反応工程は、金属酸化物上に保持された状態の前記リグニン誘導体を修飾する工程とすることができる。例えば、アシル化、アミド化、カルボキシル化などの修飾にあたっては、金属酸化物に保持された状態のリグニン誘導体をその保持状態が維持させたまま修飾することができる。そして、修飾後のリグニン誘導体もそのまま容易に金属酸化物に保持させることができる。一方、例えば、アルカリ処理に関しては、リグニン誘導体が金属酸化物から分離しやすい条件であるので、修飾反応工程を実施することでリグニン誘導体は金属酸化物から分離されることになる。すなわち、修飾されたリグニン誘導体は、金属酸化物から分離してアルカリ処理液側に回収することができる。なお、こうしたアルカリ処理液の液性を中性〜酸性域に中和することで、アルカリ処理反応を停止させることができるとともに、アルカリ処理誘導体を金属酸化物に再び保持させることもできる。
【0096】
このように、金属酸化物に保持させたリグニン誘導体に対して種々の二次誘導体化などの修飾工程を実施できることで、リグノセルロース系材料から金属酸化物上に保持して分離したリグノフェノール誘導体に対して、そのまま二次誘導体化処理を実行することができるようになる。また、リグニン誘導体の分離や精製に用いられてリグニン誘導体を保持したままの金属酸化物に修飾反応工程を実施することで、リグニン誘導体の分離や精製工程を簡略化して容易に修飾ができるようになる。さらに、使用済み製品から金属酸化物を利用してリグニン誘導体を回収する際、金属酸化物に保持されたままのリグニン誘導体に修飾反応工程を実施することで、リグニン誘導体の再利用を容易化することができる。したがって、金属酸化物を分離用担体として用いることで、リグニン誘導体の逐次的利用が一層容易に実施することができる。
【0097】
(リグニン誘導体の精製方法)
また、本発明によれば、少なくとも上記分離工程を備えるリグニン誘導体の精製方法も提供される。この精製方法によれば、リグニン誘導体を析出させた後の精製溶媒に依然として溶解しているリグニン誘導体を容易に回収することができる。
【0098】
リグノフェノール誘導体などのリグニン誘導体は、分子量やフェノール化合物の導入量等により溶媒に対する溶解性が異なっているため、精製工程においてリグノフェノール誘導体の全画分を分離回収するのは困難であった。特に、低沸点の非極性溶媒に溶解するリグノフェノール誘導体の画分は、溶媒の沸点の低さ、取り扱いや安全性の点から、完全に回収することは困難であった。すなわち、リグニン誘導体を精製する場合、通常、リグニン誘導体を溶解する溶媒に溶解させた後、リグニン誘導体を析出させるような溶媒条件としてリグニン誘導体を析出させる。こうした場合、リグニン誘導体は必ずしも全てが析出されるわけではなく、溶解している全リグニン誘導体のうち一部の画分は精製溶媒に依然として溶解した状態で存在することがあることがわかっている。こうした場合であっても、リグニン誘導体を溶解している精製溶媒と金属酸化物とを接触させることで、こうした溶媒からもリグニン誘導体を分離回収できる。すなわち、本精製方法によれば、従来回収困難であったリグニン誘導体の画分も回収することができ、リグニン誘導体を高い収率で回収できることになる。
【0099】
例えば、粗リグノフェノール誘導体のアセトン溶液に対して金属酸化物を添加するなどして、該アセトン溶液と金属酸化物とを接触させることで金属酸化物にリグノフェノール誘導体を保持させてリグノフェノール誘導体を固相側に分離させることができる。また、この粗リグノフェノール誘導体アセトン溶液を、ジエチルエーテルに滴下して、リグノフェノール誘導体を不溶画分として析出させる際、一部のリグノフェノール誘導体はこの場合の液性媒体であるアセトン・ジエチルエーテル混液に溶解したままになっている。こうしたとき、アセトン・ジエチルエーテル混液に金属酸化物を添加すると、速やかに、溶解していたリグノフェノール誘導体が金属酸化物に保持されて沈殿が生じる。このように、従来、回収困難であった精製溶媒への溶解画分も容易に回収できる。
【0100】
リグニン誘導体の精製方法において、リグニン誘導体を溶解する溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、sec−ブタノール、tert−ブタノール等炭素数1〜4のアルキル基を備える1級アルコール、アセトン、メチルエチルケトン、ジオキサン、ピリジン、テトラヒドロフラン若しくはジメチルホルムアミド、エチレングリコール、グリセリン、エチルセロソルブ、メチルセロソルブ等のセロソルブ類、アセトニトリル、フェノール又はこれらの2種以上の混液、あるいはこれらの1種あるいは2種以上と水との混液とを採用することができる。好ましくは、アセトン等の有機溶媒である。また、リグニン誘導体を精製させる溶媒としては、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、n−ヘキサン、シクロヘキサン、ベンゼン、トルエン、キシレン、クロロホルム等が用いられる。
【0101】
なお、本発明のリグニン誘導体の精製方法においても、分離工程後、回収工程を実施することができる。回収工程を実施することで、リグニン誘導体はアルカリ性媒体に溶解又は分散した状態で回収される。
【0102】
(使用済みリグニン誘導体の回収方法)
本発明によれば、リグニン誘導体を含有する材料、製品又は使用済み製品などの各種の複合体からリグニン誘導体を回収する方法も提供される。すなわち、上記した分離工程や回収工程は、リグニン誘導体を含有する材料、製品、使用済み製品からリグニン誘導体を回収方法の一部として実施することもできる。リグニン誘導体は、軟化、溶融又は溶液から析出するとき等において粘結性を発揮するため、接着性樹脂として機能する。このため、こうしたリグニン誘導体の性質を利用して各種の成形材料を成形した成形体などの複合体を構築することができる。なお、こうした複合体及びその製造方法については、特開平9−278904号公報、再表99/014223号公報等に記載されている。一方、リグニン誘導体は、従来のフェノール系樹脂とは異なり、有機溶媒やアルカリ水溶液への溶解性、リグニン誘導体のアルカリ処理(アリールクマランユニットの発現など)による低分子化を用いて、こうした複合体からリグニン誘導体を回収することができる。
【0103】
こうした回収方法は、リグニン誘導体を含む複合体にリグニン誘導体を溶解する溶媒を供給して、リグニン誘導体を溶解溶媒に溶出させる溶出工程を含んでいる。溶出工程は、また、複合体に対して既に説明したアルカリ処理を実行して、複合体中のリグニン誘導体をアルカリ処理誘導体化(低分子化)すると同時に溶媒に溶出させることによっても行うことができる。なお、こうした溶出工程においてリグニン誘導体を含有する複合体を崩壊させつつ又はこうした溶出工程に先立ってリグニン誘導体を含有する複合体を細断等して前記溶解溶媒やアルカリ処理に用いるアルカリ液とリグニンとを接触しやすいようにすることもできる。リグニン誘導体の溶解溶媒としては、メタノール、エタノール、アセトン、ジオキサン、ピリジン、テトラヒドロフラン、ジメチルホルムアミド、アルカリ水溶液、あるいはこれらの1種あるいは2種以上の混液、あるいはこれらの1種あるいは2種以上と水との混液とを採用することができる。
【0104】
本発明の回収方法は、溶出工程を実施して得られるリグニン誘導体を含有する溶出液と金属酸化物とを接触させて前記金属酸化物にリグニン誘導体を保持させる分離工程を備えることができる。こうすることで、リグニン誘導体を溶出させる溶媒には、通常夾雑物が混在し又は溶解しているが、金属酸化物にリグニン誘導体が選択的に保持されるため、金属酸化物を溶出液から分離することで容易にこうした混合系からリグニン誘導体を分離できる。
【0105】
また、本発明の回収方法における分離工程は、溶出工程中のリグニン誘導体を含有する溶出液と金属酸化物とを接触させることにより金属酸化物にリグニン誘導体を保持させてもよい。すなわち、溶出工程中において分離工程を実施してもよい。分離工程を実施するにあたっては、溶出液のpH等の液性を、分離工程に用いる液性媒体にとって好ましいpH等に適宜調整することができる。
【0106】
こうした本発明のリグニン誘導体の回収方法によれば、容易にリグニン誘導体が複合体から回収できるため、リグニンの循環利用を効率よく行うことができる。
【0107】
(金属酸化物を備えるリグニン誘導体の分離用担体)
本発明によれば、金属酸化物を備えるリグニン誘導体の分離用担体も提供される。金属酸化物は、リグニンのリグニン誘導体としての利用サイクルにおける種々の工程において、リグニン誘導体を保持して、混合系からリグニン誘導体を分離し回収する材料として機能する。こうした分離用材においては、金属酸化物は、粉末自体であってもよいし、例えば、粒子状、ファイバー状、シート状等の担体に各種の形態(粒子状、膜状等)で担持されていてもよい。
【0108】
金属酸化物はそれ自体、リグニンに誘導体の分離用担体として用いることができる。したがって、適度な形態(形状や粒径)とすることでそのままリグニン誘導体を含む混合系に投入して利用できる。また、金属酸化物をなんらかの担体に固定化して担持させた分離用担体は、リグニン誘導体との接触面積を容易に確保できるため、効率的なリグニン誘導体の分離が可能となる。また、固液分離も容易化される。さらに、このような分離用担体は、適当なカラムに充填するカラム充填材料として利用でき、その結果、リグニン誘導体分離カラムとして用いることができる。金属酸化物をカラムに固定化することで、リグニン誘導体の効率的な分離が可能となる。こうした担体としては、例えば、セラミックス、ガラス、プラスチック等の各種の粒子を用いることができる。こうした粒子に金属酸化物を担持させるには、各種の複合化手法を用いることができる。セラミックスやガラスに対しては、焼成を伴う膜形成処理や析出処理のほか、各種の物理化学的な手法を用いることができる。粒子形態は、球状、針状、不定形状等、特に限定しないで用いることができるまた、担体としては、管状体を用いることができる。こうした管状体の内壁に対して金属酸化物を固定化することで、この管状体をそのまま分離用担体として用いることができる。こうした管状体としては、例えば、プラスチックやシリカなどのセラミックスやガラス製の管状体(キャピラリー)が挙げられる。
【0109】
分離用担体としては、金属酸化物をフィルターに担持させた形態が挙げられる。金属酸化物は、フィルターの表面に担持されていてもよいし、フィルター材料であるフィラメント等に担持(練り込み、コーティングなど)されていてもよい。これらのいずれの形態においてもフィルター表面の金属酸化物によりリグニン誘導体を保持できるため、リグニン誘導体を含有する液性媒体をろ過することにより、容易にリグニン誘導体を分離し回収できる。こうしたフィルターは、単体として利用できるほか、適当なケーシングに充填してフィルター装置としても用いることができる。
【0110】
(金属酸化物を備えるリグニン誘導体の合成用担体)
上記した各種形態の分離用担体は、そのままリグニン誘導体の合成用担体として用いることができる。リグニン誘導体を保持させた金属酸化物に対して各種の修飾反応工程を実施することができるからである。
【0111】
以上説明したように、本発明の各種形態によれば、リグニン誘導体を従来分離回収困難であった混合系からも容易に分離することができる。したがって、リグノセルロース系材料に含まれるリグニン由来資源を効率的に利用できるとともに、セルロース(ヘミセルロースを含む)由来資源の効率的利用も可能となる。また、溶媒の使用、熱エネルギーの使用、有機溶媒の拡散等を抑制して、リグニン由来資源を利用及び循環利用できる。
【実施例】
【0112】
以下、本発明を具体例を挙げて説明するが、この具体例は本発明を具体的に説明するものであって、本発明を拘束するものではない。
(実施例1:リグノフェノール誘導体のアセトン溶液からの分離)
アセトンで脱脂した乾燥ベイツガ木粉をリグノセルロース系材料として用い、このリグノセルロース系材料中のリグニンに対して、フェノール化合物としてp−クレゾールを導入したベイツガ−リグノ−p−クレゾールのアセトン溶液(2.5g/L))50mlに酸化チタン粒子(石原産業株式会社製ST-01(平均粒子径7nm(エックス線による測定))0.2gを常温で磁気攪拌下で加えた。酸化チタン粒子の添加直後に、黄色の沈殿が生成し、上澄みは無色透明になった。この液を5℃下、3000rpmで遠心分離して沈殿と上澄みとに分離した。上澄みを紫外・可視分光分析により定量したところ、残留しているリグノ−p−クレゾールの量は初期濃度である2.5g/Lの1%以下(0.025g/L以下)であった。すなわち、リグノフェノール誘導体のアセトン溶液中のリグノフェノール誘導体の99%以上を酸化チタン粒子とともに分離回収することができた。
【0113】
(実施例2:リグノフェノール誘導体の酸性の水性媒体からの分離)
アセトンで脱脂した乾燥ベイツガ木粉であるリグノセルロース系材料1000gに、p−クレゾール500gを含有するアセトン溶液5000mlを加えて攪拌し、密閉して1夜放置した。放置後、ガラス棒で攪拌しながら、アセトンを留去し、p−クレゾールを収着させた木粉を得た。この収着木粉の全量に対して72%硫酸2Lを加えて素早く攪拌し、粘度が低下した後、空気中室温にて1時間磁気攪拌を行った。次いで、20Lのイオン交換水に攪拌しながら投入してベイツガ−リグノ−p−クレゾール粒子が分散した薄いベージュがかったpHの異なる2種類の酸性反応液(イオン交換水20Lによる洗浄工程における異なる段階の反応液を採取したものである。)を得た。この酸性反応液各200mlに実施例1で用いたのと同じ酸化チタン粒子5gを室温で添加した。酸化チタン粒子の添加直後に、それぞれの反応液において黄色の沈殿が生成し、上澄みは透明になった。得られた各沈殿を5℃下、3500rpmで遠心分離することにより回収した。回収した各沈殿に1N水酸化ナトリウム水溶液100mlを加えて攪拌すると、いずれの場合においても溶液が褐色に着色し、沈殿の着色が消失した。着色が沈殿(酸化チタン粒子)から溶液へと移行したことは、リグノフェノール誘導体が酸化チタン粒子から開放されて1N水酸化ナトリウム水溶液へ開放されたことを意味していた。
【0114】
さらに、酸化チタン粒子を含むこの2種類の1N水酸化ナトリウム水溶液を遠心分離して、それぞれ酸化チタン粒子と褐色の上澄みとに分離した。それぞれの褐色の上澄みに2N塩酸50mlを加えて中和して得られたベージュの沈殿を水洗して乾燥させることにより、ベイツガ−リグノ−p−クレゾールを得た。一方、1N水酸化ナトリウム水溶液からペレットとして回収した酸化チタン粒子の2種類の白色沈殿をそれぞれ常温で乾燥させた後、再びベイツガ−リグノ−p−クレゾールのアセトン溶液(2.5g/L)に加えたところ、鮮やかな黄色の沈殿を生成した。この沈殿は、ベイツガ−リグノ−p−クレゾールを保持した酸化チタン粒子であった。以上のことから、ベイツガ−リグノ−p−クレゾールを1N水酸化ナトリウム溶液に回収した上、当該溶液を中和することでベイツガ−リグノ−p−クレゾールを得られることがわかった。また、一旦、リグニン誘導体を保持した酸化チタン粒子は、リグニン誘導体を開放後は、再利用できることがわかった。
【0115】
(実施例3:リグノフェノール誘導体の精製溶媒からの分離)
アセトンで脱脂した乾燥ヒノキ木粉及び乾燥ブナ木粉に由来するヒノキ/ブナ−リグノ−p−クレゾール1gをアセトン40mlに溶解させ、200mlのジエチルエーテルに磁気攪拌下滴下した。得られたベージュの沈殿を除去した黄色の上澄み(アセトン/ジエチルエーテル混液)に実施例1で用いたのと同様の酸化チタン粒子5gを室温で添加した。添加直後に黄色の沈殿が生じ、上澄みは透明になった。得られた沈殿は、5℃下、3500rpmで遠心分離して回収した。この沈殿に1N水酸化ナトリウム水溶液100mlを加えて攪拌すると、速やかに褐色の溶液が生成し、沈殿の着色が消失した。このことから、ヒノキ/ブナ−リグノ−p−クレゾールのアセトン・ジエチルエーテル可溶区分が酸化チタン粒子に保持されて分離され、水酸化ナトリウム水溶液として回収されたことがわかった。
【0116】
(実施例4:リグノフェノール誘導体のアセトン溶液からの分離)
アセトンで脱脂した乾燥ブナ木粉をリグノセルロース系材料として用い、このリグノセルロース系材料中のリグニンに対して、フェノール化合物としてp−クレゾールを導入したブナ−リグノ−p−クレゾールのアセトン溶液(5.0g/L))50mlに実施例1と同様の酸化チタン粒子1gを常温で磁気攪拌下加えた。酸化チタン粒子の添加直後に、黄色の沈殿が生成し、上澄みは淡い褐色となった。この液を5℃下、4000rpmで遠心分離して沈殿と上澄みとに分離した。上澄みを紫外・可視分光分析により定量したところ、残留しているリグノ−p−クレゾールの量は1.5g/Lであった。得られた沈殿は、5℃下、3500rpmで遠心分離して回収した(回収率約70%)。さらに、この沈殿に、1N水酸化ナトリウム水溶液100mlを加えて攪拌すると、速やかに褐色の溶液が生成し、沈殿の着色が消失した。以上のことから、ブナ−リグノ−p−クレゾールは、水酸化ナトリウム水溶液として回収されたことがわかった。
【0117】
(実施例5:アルカリ処理二次誘導体のアセトン溶液からの分離)
アセトンで脱脂した乾燥ヒノキ木粉をリグノセルロース系材料として用い、このリグノセルロース系材料中のリグニンに対して、フェノール化合物としてp−クレゾールを導入したヒノキ−リグノ−p−クレゾールを、1NNaOH中、140℃で1時間アルカリ処理してヒノキ−リグノ−p−クレゾールアルカリ処理二次誘導体を得た。この二次誘導体のアセトン溶液(2.5g/L))100mlに、HPA−15R/ポリエチレングリコール(分子量約20000)/酸化チタン粒子(日本アエロジル株式会社P25、平均粒子径25nm(TEM観察下での粒子径測定(個数基準)による))の混合ペースト(100:10:4)を、450℃で焼成させて得られた酸化チタン電極(1平方センチメートルの導電性ガラス上に0.25平方センチメートルの面積で作製)20枚を浸した。この結果、各電極表面が黄色に変化した。電極浸漬処理終了後のアセトン溶液における二次誘導体の濃度を紫外・可視分光分析で評価したところ、20枚の異なる電極の浸漬によりアセトン溶液中に含まれていたアルカリ処理誘導体の約10%が減少していた。すなわち、電極1平方センチメートルあたり約2%のヒノキ−p−クレゾールが保持されて、アセトン溶液から分離された。
【0118】
(実施例6:アセチル基導入二次誘導体のアセトン溶液からの分離)
アセトンで脱脂した乾燥ブナ木粉をリグノセルロース系材料として用い、このリグノセルロース系材料中のリグニンに対して、フェノール化合物としてp−クレゾールを導入したブナ−リグノ−p−クレゾールをアセチル基導入二次誘導体を以下のとおり調製した。すなわち、1.0mlのピリジンにブナ−リグノ−p−クレゾールを溶解させ、そこに室温で1.0mlの無水酢酸を加えて攪拌後、48時間静置し、40mlの冷水に攪拌下滴下して得られた沈殿を乾燥してアセチル化二次誘導体とした。
【0119】
この二次誘導体のアセトン溶液(4.0g/L)5.0mlに実施例1で用いたのと同様の酸化チタン粒子100.0mgを添加した。この結果、溶液の着色が減少し、黄白色の沈殿が生じた。このことから、アセトン溶液から二次誘導体のアセトン溶液(5.0g/L))50mlに実施例1と同様の酸化チタン粒子1gを常温で磁気攪拌下加えた。酸化チタン粒子の添加直後に、黄色の沈殿が生成し、上澄みは淡い褐色となった。この液を5℃下、4000rpmで遠心分離して沈殿と上澄みとに分離した。上澄みを紫外・可視分光分析により定量したところ、残留しているリグノ−p−クレゾールの量は1.5g/Lであった。得られた沈殿は、5℃下、3500rpmで遠心分離して回収した(回収率約70%)。さらに、この沈殿に、1N水酸化ナトリウム水溶液100mlを加えて攪拌すると、速やかに褐色の溶液が生成し、沈殿の着色が消失した。以上のことから、ブナ−リグノ−p−クレゾールは、水酸化ナトリウム水溶液として回収されたことがわかった。
【0120】
(実施例7:金属酸化物上での二次誘導体化)
実施例1で得られた沈殿物0.1gを、1.0mlのピリジン中に分散させて攪拌し、そこに室温で1.0mlの無水酢酸を加えて48時間静置し、その後40mlの冷水に攪拌下滴下して得られた沈殿を乾燥させた。得られた0.55gの固体の赤外分光分析の結果、1740cm−1に吸収が観察されるとともに、3300cm−1〜3400cm−1に水素結合の吸収が観察された。すなわち、リグノフェノールが酸化チタンに保持されながら(水素結合を推測される)、リグノフェノールへのアセチル基の導入反応が進行したことが確認できた。なお、アセチル化反応中におけるリグノフェノールのピリジンへの溶出は認められなかった。また、得られた固体をアセトンへ溶解して攪拌してもアセトンへのアセチル化誘導体の溶出も認められなかった。
【図面の簡単な説明】
【0121】
【図1】フェニルプロパンユニットを有する天然リグニンを含むリグノセルロース系材料に対してフェノール化合物を用いる相分離処理による構造変換例である。なお、本図に示されるのは、フェノール化合物としてp−クレゾールを用いた構造変換例である。
【図2】天然リグニンにおけるフェニルプロパンユニットの各種態様を示す図である。
【図3】リグノフェノール誘導体中に形成されうる、オルト位結合ユニットとパラ位結合ユニットとをそれぞれ示す図である。
【図4】フェニルプロパンユニットを有する天然リグニンを含むリグノセルロース系材料に対してフェノール化合物を用いる相分離処理により構造変換してリグノフェノール誘導体が得られることを示す図である。
【図5】オルト位結合ユニットを有するリグノフェノール誘導体をアルカリ処理した場合の構造変換例を示す図である。なお、本図に示されるのは、フェノール化合物としてp−クレゾールを用いた構造変換例である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リグニン誘導体の分離方法であって、
前記リグニン誘導体は、1,1−ジフェニルプロパンユニット及び/又は該1,1−ジフェニルプロパンユニットから誘導されるユニットを有するリグニン誘導体であり、
液性媒体中で前記リグニン誘導体と金属酸化物とを接触させることにより、前記リグニン誘導体を前記金属酸化物に保持させて分離する分離工程、
を備える、分離方法。
【請求項2】
前記金属酸化物は、チタン、亜鉛、鉄、コバルト、ニッケル、銅、錫、インジウム、鉛及びニオブからなる群から選択される1種又は2種以上の金属の酸化物である、請求項1に記載の分離方法。
【請求項3】
前記金属酸化物は酸化チタンを含む、請求項2に記載の分離方法。
【請求項4】
前記金属酸化物は半導体である、請求項1に記載の分離方法。
【請求項5】
前記金属酸化物は平均粒子径が300nm以下の金属酸化物の粒子を含有する、請求項1〜4のいずれかに記載の分離方法。
【請求項6】
前記液性媒体は、水性媒体、非水性媒体及びこれらの混液から選択される、請求項1〜5のいずれかに記載の分離方法。
【請求項7】
前記リグニン誘導体は、前記液性媒体中に溶解又は分散されている、請求項1〜6のいずれかに記載の分離方法。
【請求項8】
前記リグニン誘導体は、以下の(a)〜(d);
(a)リグニン含有材料をフェノール化合物で溶媒和後、酸を添加し混合して得られるリグニンのフェノール化物であるリグノフェノール誘導体
(b)リグノフェノール誘導体に対して、アシル基、カルボキシル基、アミド基及び架橋性基からなる群から選択される基が導入されて得られる二次誘導体
(c)リグノフェノール誘導体をアルカリ処理して得られる二次誘導体、及び
(d)リグノフェノール誘導体に対して、アシル基、カルボキシル基、アミド基及び架橋性基の導入並びにアルカリ処理から選択される2種以上の修飾がなされて得られる高次誘導体
からなる群から選択される1種あるいは2種以上のリグニン誘導体である、請求項1〜7のいずれかに記載の分離方法。
【請求項9】
前記リグニン誘導体は、前記リグニン誘導体(a)である、請求項1〜8のいずれかに記載の分離方法。
【請求項10】
前記リグニン誘導体は、前記リグニン誘導体(b)である、請求項1〜8のいずれかに記載の分離方法。
【請求項11】
前記リグニン誘導体は、前記リグニン誘導体(c)である、請求項1〜8のいずれかに記載の分離方法。
【請求項12】
アルカリ条件下、前記リグニン誘導体を保持した前記金属酸化物から前記リグニン誘導体を分離させて前記リグニン誘導体を回収する回収工程を備える、請求項1〜11のいずれかに記載の分離方法。
【請求項13】
リグニン誘導体の製造方法であって、
前記リグニン誘導体は、1,1−ジフェニルプロパンユニット及び/又は該1,1−ジフェニルプロパンユニットから誘導されるユニットを有するリグニン誘導体であり、
液性媒体中で前記リグニン誘導体と金属酸化物とを接触させることにより、前記リグニン誘導体を前記金属酸化物に保持させて分離する分離工程、
を備える、製造方法。
【請求項14】
前記分離工程は、リグニン含有材料をフェノール化合物で溶媒和後、酸を添加し混合して得られる反応液中の前記リグニン含有材料中のリグニンのフェノール化合物の誘導体であるリグノフェノール誘導体と前記金属酸化物とを接触させて、前記リグノフェノール誘導体を前記金属酸化物に保持させて分離する工程である、請求項13に記載の製造方法。
【請求項15】
前記分離工程は、リグニン含有材料をフェノール化合物で溶媒和後、酸を添加し混合して得られる反応液中に前記リグニン含有材料中のリグニンのフェノール化合物の誘導体であるリグノフェノール誘導体を生成後に、当該反応液中のリグノフェノール誘導体と金属酸化物とを接触させて前記リグノフェノール誘導体を前記金属酸化物に保持させて分離する工程である、請求項13に記載の方法。
【請求項16】
リグニン誘導体の精製方法であって、
前記リグニン誘導体は、1,1−ジフェニルプロパンユニット及び/又は該1,1−ジフェニルプロパンユニットから誘導されるユニットを有するリグニン誘導体であり、
液性媒体中で前記リグニン誘導体と金属酸化物とを接触させることにより、前記リグニン誘導体を前記金属酸化物に保持させて分離する分離工程、
を備える、精製方法。
【請求項17】
リグニン誘導体を含む複合体からのリグニン誘導体の回収方法であって、
前記リグニン誘導体は、1,1−ジフェニルプロパンユニット及び/又は該1,1−ジフェニルプロパンユニットから誘導されるユニットを有するリグニン誘導体であり、
液性媒体中で前記リグニン誘導体と金属酸化物とを接触させることにより、前記リグニン誘導体を前記金属酸化物に保持させて分離する分離工程、
を備える、回収方法。
【請求項18】
前記複合体は、使用済み製品である、請求項17に記載の回収方法。
【請求項19】
リグニン誘導体の製造方法であって、
前記リグニン誘導体は、1,1−ジフェニルプロパンユニット及び/又は該1,1−ジフェニルプロパンユニットから誘導されるユニットを有するリグニン誘導体であり、
金属酸化物に保持させた前記リグニン誘導体に対して、アシル基、カルボキシル基、アミド基及び架橋性基の各官能基の導入反応並びにアルカリ処理反応から選択される1種又は2種以上の修飾を行う修飾反応工程、
を備える、製造方法。
【請求項20】
前記修飾反応工程は、前記金属酸化物上に保持された状態の前記リグニン誘導体を修飾する工程である、請求項19に記載の製造方法。
【請求項21】
前記修飾反応工程は、修飾された前記リグニン誘導体を前記金属酸化物上に保持する工程である、請求項19又は20に記載の製造方法。
【請求項22】
金属酸化物を備える、リグニン誘導体の分離用担体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−341151(P2006−341151A)
【公開日】平成18年12月21日(2006.12.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−167103(P2005−167103)
【出願日】平成17年6月7日(2005.6.7)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】