説明

リチウムの回収方法

【課題】 リチウムイオン電池から分離したヘキサフルオロリン酸リチウムを含有するリチウム含有溶液から、リンやフッ素の不純物が含まれていないリチウムを効率的に回収することができるリチウムの回収方法を提供する。
【解決手段】 リチウムイオン電池から分離したヘキサフルオロリン酸リチウムを含有するリチウム含有溶液からリチウムを回収するリチウム回収方法において、リチウム含有溶液に、水酸化アルカリを添加してpH9以上とし、リン酸塩及びフッ化物塩の沈殿を形成させる沈殿形成工程と、沈殿形成工程にて形成された沈殿を分離除去した後、濾液からリチウムを回収するリチウム回収工程とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン電池からのリチウムの回収方法に関し、特に、ヘキサフルオロリン酸リチウム(六フッ化リン酸リチウム)を含有するリチウム含有溶液からリンやフッ素による汚染を防止して純度の高いリチウムを回収することができるリチウムの回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最近の地球温暖化傾向に対し、電力の有効利用が求められている。その一つの手段として電力貯蔵用2次電池が期待され、また大気汚染防止の立場から自動車用電源として、大型2次電池の早期実用化が期待されている。また、小型2次電池も、コンピュータ等のバックアップ用電源や小型家電機器の電源として、特にデジタルカメラや携帯電話等の電気機器の普及と性能アップに伴って、需要は年々増大の一途を辿る状況にある。
【0003】
これら2次電池としては、使用する機器に対応した性能の2次電池が要求されるが、一般にリチウムイオン電池が主に使用されている。
【0004】
このリチウムイオン電池は、アルミニウムや鉄等の金属製の外装缶内に、銅箔からなる負極基板に黒鉛等の負極活物質を固着した負極材、アルミニウム箔からなる正極基板にニッケル酸リチウムやコバルト酸リチウム等の正極活物質が固着させた正極材、アルミニウムや銅からなる集電体、ポリプロピレンの多孔質フィルム等の樹脂フィルム製セパレータ、及び電解液や電解質等が封入されている。
【0005】
ところで、リチウムイオン電池の拡大する需要に対して、使用済みのリチウムイオン電池による環境汚染対策の確立が強く要望され、有価金属を回収して有効利用することが検討されている。
【0006】
上述した構造を備えたリチウムイオン電池から有価金属を回収する方法としては、例えば特許文献1に記載されるような、電池の放電と溶媒を分解除去するための乾式熔融処理又は焼却処理が多く利用されている。この特許文献1には、リチウムイオン電池を350℃以上の温度で焙焼し、粉砕した後に、篩別する前処理法が開示されている。
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の技術のような乾式処理の場合、エネルギーの消費の大きさと排ガス処理が問題となる。また、特に熔融法では、リチウムがスラグ化して回収不能になってしまい、また焙焼法では、含有するリンやフッ素が水に不溶性のリン酸塩やフッ化物として固定されてしまい、有価金属であるリチウム、コバルト、及びニッケル等が汚染されてしまう結果、分離精製が困難になるという問題があった。したがって、乾式焙焼処理で回収されたリチウム、コバルト、及びニッケルは、品質的に電池材料への直接再生は困難となり、有効な再利用ができなかった。
【0008】
一方で、湿式処理によって有価金属を回収する方法も提案されている。しかしながら、これら湿式処理による方法においても、一部に乾式処理を用いていたり、処理プロセスの複雑さから低コスト化が難しくなる等、有価金属を効率的に回収することができていない。
【0009】
特に、有価金属のリチウムに関しては、リンやフッ素等の不純物が混入してしまう等の問題があり、品質のよいリチウムを単体の形で効率的に回収することはできていない。具体的には、リチウムイオン電池には、有価金属であるリチウムを構成したヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF)等が電解質として含有されているが、このヘキサフルオロリン酸リチウムは湿式処理を通して加水分解反応が起こりリン酸リチウム(LiPO)やフッ化リチウム(LiF)の形態で沈殿を形成してしまい、リチウムを単体として効率的に回収することができない。
【0010】
この電解液中のヘキサフルオロリン酸イオンは、カリウムやアルミニウム以外の金属イオンとは難溶性の塩を形成しないものの、加水分解してリン酸イオンやフッ化物イオンに変化すると、大多数の金属イオンと難溶性の塩を形成してしまう。これらの加水分解物共存下でリチウムの分離精製処理を行うと、製品にこれらのイオンが沈着してしまい、品質不良を招くという問題点がある。
【0011】
ヘキサフルオロリン酸イオンの除去方法としては、例えば特許文献2において、フッ化カリウム、フッ化アンモニウムを添加し、難溶性のヘキサフルオロリン酸塩とフッ化リチウムを形成し、沈殿として分離する方法が記載されている。しかしながら、この特許文献2に記載の技術では、リン、フッ素、リチウムが共沈混合物として回収されてしまい、また既に加水分解したリン酸イオンの分離ができず、過剰に添加したフッ化物が母液に残存する等の問題がある。
【0012】
また、特許文献3には、塩基性イオン交換樹脂、好ましくは弱塩基性イオン交換樹脂により、ヘキサフルオロリン酸イオンとして吸着する方法が開示されている。しかしながら、既に加水分解したリン酸イオンやフッ化物イオンは挙動が異なるため、リン酸イオンとフッ化物イオンとを同時に除去するには限界があり、特許文献3に記載の技術でも十分にリン酸やフッ化物を除去することができない。
【0013】
一方で、特許文献4には、陽イオン交換型の酸性抽出剤を用いてヘキサフルオロリン酸イオンを抽出残液に残し、リチウムイオンのみを選択的に抽出分離する方法が開示されている。しかしながら、この特許文献4に記載の技術においても、抽出に必要なpHに溶液を調整する過程で、ヘキサフルオロリン酸イオンが加水分解してしまい、リン酸リチウム、フッ化リチウムの沈殿を生成させてクラッドとなり、物理的に抽出溶媒中に混入してリチウムが汚染されるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開平06−346160号公報
【特許文献2】特開2000−030741号公報
【特許文献3】特開2007−207630号公報
【特許文献4】特開2007−122885号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
そこで本発明は、このような実情に鑑みて提案されたものであり、リチウムイオン電池から分離したヘキサフルオロリン酸リチウムを含有するリチウム含有溶液から、リンやフッ素による汚染がないリチウムを回収することができるリチウムの回収方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、リチウムイオン電池から分離したヘキサフルオロリン酸リチウムを含有するリチウム含有溶液に対し、水酸化アルカリを添加してpHを上昇させ、リン酸塩やフッ化物塩の沈殿を形成させてそれら沈殿を分離除去することにより、リンやフッ素による汚染のないリチウムを回収できることを見出し、本発明を完成させた。
【0017】
すなわち、本発明は、リチウムイオン電池から分離したヘキサフルオロリン酸リチウムを含有するリチウム含有溶液からリチウムを回収するリチウム回収方法において、前記リチウム含有溶液に、水酸化アルカリを添加してpH9以上とし、リン酸塩及びフッ化物塩の沈殿を形成させる沈殿形成工程と、前記沈殿形成工程にて形成された沈殿を分離除去した後、濾液からリチウムを回収するリチウム回収工程とを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、ヘキサフルオロリン酸リチウムを含有するリチウム含有溶液に水酸化アルカリを添加してpHを上昇させることによって、リン酸塩やフッ化物塩の沈殿を効率的に分離除去することができ、その濾液からリンやフッ素による汚染のないリチウムを回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】リチウムイオン電池から分離したリチウム含有溶液からリチウムを回収する工程を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明に係るリチウムの回収方法について、図面を参照しながら以下の順序で詳細に説明する。
1.本発明の概要
2.リチウムイオン電池からの有価金属回収方法
2−1.ニッケル及びコバルトの回収
2−2.リチウムの回収
3.他の実施形態
4.実施例
【0021】
<1.本発明の概要>
本発明は、リチウムイオン電池から有価金属であるリチウムを回収する方法であって、リチウムイオン電池から分離したヘキサフルオロリン酸リチウムを含有するリチウム含有溶液、より詳しくはリチウムイオン電池から有価金属を回収する工程においてスラリーを濾過した後に排出された放電液や洗浄液等の処理液や、ニッケル及びコバルトを硫化物として生成させる硫化工程後の濾液等のリチウム含有溶液から、リン(P)やフッ素(F)等の不純物の混入を防止して、効率的にリチウムを回収する方法である。
【0022】
リチウムイオン電池から有価金属を回収するにあたり、放電液を用いて使用済みのリチウムイオン電池を放電する処理や、洗浄液を用いて電池解体物を洗浄する処理等が行われる。これらの処理後、スラリーを濾過して排出された放電液や洗浄液等の溶液には、リチウムイオン電池を構成する電解質の成分であるヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF)等の形態でリチウムが含有されている。また、リチウムイオン電池の正極活物質を浸出させて得られた浸出液からニッケル・コバルト混合硫化物を沈殿させる硫化工程後の濾液においても、ヘキサフルオロリン酸リチウム等の形態でリチウムが含有されている。したがって、このようなリチウムイオン電池から分離した放電液や洗浄液等の処理液や硫化工程後の濾液等のリチウム含有溶液から、リチウムを効率的に回収し、回収した高品位のリチウムを、再度電解質成分として電池製造に利用することが望ましい。
【0023】
しかしながら、上述したリチウム含有溶液中に溶解したヘキサフルオロリン酸リチウムは、ヘキサフルオロリン酸イオンの形態の場合には、金属イオンと難溶性の塩を形成することはないが、ヘキサフルオロリン酸イオンが加水分解してリン酸イオンとフッ化物イオンとに変化すると、そのリン酸イオンやフッ化物イオンが大多数の金属イオンと難溶性の塩を形成するようになる。すると、これらリン酸イオンとフッ化物イオンが、回収すべき有価金属であるリチウムと、リン酸塩(LiPO)やフッ化物(LiF)の沈殿を形成してしまう。そのため、そのリチウム含有溶液に対して水溶性炭酸塩等を添加して炭酸リチウムの沈殿を形成させてリチウムの分離精製処理を行っても、その沈殿はリンやフッ素が共沈した状態となっているため品質不良を招き、分離したリチウムを再度正極活物質の成分として活用することができない。
【0024】
そこで、本発明では、電解液中のヘキサフルオロリン酸イオンが、中性付近では安定であるが、強酸性又は強アルカリ性の領域においては、リン酸イオンやフッ化物イオンに加水分解するという性質を利用し、まず、リチウム含有溶液のpHを上昇させることによって、溶液中のヘキサフルオロリン酸イオンをリン酸イオン及びフッ化物イオンに加水分解させる。これら加水分解して生じたリン酸イオンやフッ化物イオンは、金属イオンと難溶性の塩を形成することから、形成した難溶性塩の沈殿を分離除去し、その後、濾液中に含まれるリチウムを回収する。
【0025】
このように、本発明では、部分沈殿の効果を利用し、リチウムを炭酸リチウム等として分離回収する前に部分的にpHを上昇させてリン酸リチウムやフッ化リチウム、又は共存不純物の塩を形成させて分離することによって不純物を低減させるようにする。この本発明によれば、リチウム含有溶液から、リンやフッ素の不純物をリチウムの分離回収に先立って除去するようにしていることから、リンやフッ素が混入していない純度の高いリチウムを効果的に回収することができる。
【0026】
以下、本発明を適用した、リチウムイオン電池からの有価金属の回収方法に関する実施形態(以下、「本実施の形態」という。)についてさらに詳細に説明する。
【0027】
<2.リチウムイオン電池からの有価金属回収方法>
まず、本実施の形態におけるリチウムイオン電池からの有価金属の回収方法を、図1に示す工程図を参照して以下に説明する。図1に示すように、有価金属の回収方法は、放電工程と、破砕・解砕工程と、洗浄工程と、正極活物質剥離工程と、浸出工程と、硫化工程とを有し、そしてリチウムを回収する方法として、上述した放電工程及び洗浄工程等から排出されリチウムイオン電池から分離した放電液や洗浄液等の処理液や硫化工程後の濾液等のリチウム含有溶液を用い、それらリチウム含有溶液にアルカリを添加してpHを上昇させリン酸塩及びフッ化物塩の沈殿を形成する沈殿形成工程と、沈殿形成工程にて形成された沈殿を除去した濾液からリチウムを回収するリチウム回収工程とを有する。以下では、リチウムイオン電池からニッケル及びコバルトを回収する工程、並びにその工程において排出される放電液と洗浄液等のリチウム含有溶液からリチウムを回収する工程について順に説明する。
【0028】
<2−1.ニッケル及びコバルトの回収>
(放電工程)
放電工程では、使用済みリチウムイオン電池から有価金属を回収するにあたって使用済み電池を解体するに先立ち、電池を放電させる。後述する破砕・解砕工程で電池を破砕・解砕することによって解体するに際して、電池が充電された状態では危険であることから、放電させて無害化する。
【0029】
この放電工程では、硫酸ナトリウム水溶液や塩化ナトリウム水溶液等の放電液を用い、使用済みの電池をその水溶液中に浸漬させることによって放電させる。この放電液は、この放電処理の後にスラリーが濾過されて排出されることになるが、排出された放電液には放電処理に伴ってリチウムイオン電池を構成する電解質や電解液の成分が溶出されている。すなわち、電解質や電解液等のリチウムを含む成分を含有した処理後の放電液が排出されることとなる。
【0030】
(破砕・解砕工程)
破砕・解砕工程では、放電して無害化させた使用済みのリチウムイオン電池を破砕・解砕することによって解体する。
【0031】
この破砕・解砕工程では、無害化させた電池を、通常の破砕機や解砕機を用いて適度な大きさに解体する。また、外装缶を切断し、内部の正極材や負極材等を分離解体することもできるが、この場合は分離した各部分をさらに適度な大きさに切断することが好ましい。
【0032】
(洗浄工程)
洗浄工程では、破砕・解砕工程を経て得られた電池解体物を、水又はアルコールで洗浄することにより、電解液及び電解質を除去する。リチウムイオン電池には、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ジエチルカーボネート、ジメチルカーボネート等の有機溶剤や、ヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF)のような電解質が含まれている。そのため、これらを予め除去することで、後述する正極活物質剥離工程での浸出液中に有機成分やリン(P)やフッ素(F)等が不純物として混入することを防ぐ。
【0033】
電池解体物の洗浄には水又はアルコールを使用し、振盪又は撹拌して有機成分及び電解質を除去する。アルコールとしては、エタノール、メタノール、イソプロピルアルコール、及びこれらの混合液等を用いる。カーボネート類は一般的には水に不溶であるが、電解液成分である炭酸エチレンは水に任意に溶け、その他の有機成分も水に多少の溶解度を有しているため、水でも洗浄可能である。
【0034】
電池解体物の洗浄は、複数回繰り返して行うことが好ましく、この洗浄工程により、有機成分及び電解質に由来するリンやフッ素等を後工程に影響を及ぼさない程度にまで除去する。
【0035】
この洗浄工程では、上述した水やアルコールを用いた洗浄により、電池に含まれていた電解液や電解質が除去されることから、例えばヘキサフルオロリン酸リチウム等の電解質や炭酸エチレンや炭酸ジエチル等の電解液が含まれた洗浄液が、洗浄処理後にスラリーが濾過され排出されることとなる。すなわち、電解質や電解液等のリチウムを含む成分を含有した処理後の洗浄液が排出されることとなる。
【0036】
(正極活物質剥離工程)
正極活物質剥離工程では、洗浄工程を経て得られた電池解体物を、硫酸水溶液等の酸性溶液やアルカリ溶液、又は界面活性剤を含有した水溶液に浸漬させることにより、その正極基板から正極活物質を剥離して分離する。この工程にて電池解体物を硫酸水溶液等の酸性溶液や界面活性剤溶液に投入して撹拌することにより、正極活物質とアルミニウム箔を固体のままで分離することができる。なお、この工程では、電池解体物全てを硫酸水溶液や界面活性剤溶液に浸漬してもよいが、電池解体物から正極材部分だけを選び出して浸漬してもよい。
【0037】
酸性溶液として、例えば硫酸水溶液を使用する場合、その溶液のpHはpH0〜3の範囲に制御する。硫酸水溶液に対する電池解体物の投入量としては、10〜100g/lとする。また、アルカリ溶液としては、水酸化ナトリウム溶液等を用いることができ、その添加量としては、0.3〜1.0Nとする。また、界面活性剤含有溶液を用いる場合、その使用する界面活性剤の種類としては、特に限定されず、ノニオン系界面活性剤、アニオン系界面活性剤等を用いることができる。界面活性剤の添加量としては1.5重量%〜10重量%とし、また界面活性剤の溶液のpHとしては5〜9の範囲とすることが好ましい。
【0038】
正極活物質剥離工程を終了した電池解体物は、篩い分けして、正極基板から分離したニッケル酸リチウムやコバルト酸リチウム等の正極活物質、及びこれに付随するものを回収する。電池解体物全てを処理した場合には、負極活物質である黒鉛等の負極粉、及びこれに付随するものも回収する。一方、正極基板や負極基板の部分、アルミニウムや鉄等からなる外装缶部分、ポリプロピレンの多孔質フィルム等の樹脂フィルムからなるセパレータ部分、及びアルミニウムや銅(Cu)からなる集電体部分等は、分離して各処理工程に供給する。
【0039】
この正極活物質剥離工程では、上述した酸性溶液や界面活性剤含有溶液等を用いて電池解体物から正極活物質を剥離することにより、正極活物質やアルミニウム箔等の固形分が分離され、一方で固形分以外の、剥離処理に用いた酸性溶液やアルカリ溶液、界面活性剤溶液等の処理液が濾液として排出される。この濾液には、洗浄工程で除去されなかった電解質や電解液等が溶解して含有されることがある。
【0040】
また、この正極活物質剥離工程において、アルカリ溶液を用いて正極活物質を剥離した場合には、使用後のアルカリ溶液を、後述するリチウム回収における沈殿形成工程において添加する水酸化アルカリとして用いてもよい。これにより、効率的かつ低コストで、リチウムイオン電池から有価金属を回収することができる。
【0041】
(浸出工程)
浸出工程では、正極活物質剥離工程にて剥離回収された正極活物質を、固定炭素含有物や還元効果の高い金属等の存在下で、酸性溶液で浸出してスラリーとする。この浸出工程によって、正極活物質を酸性溶液に溶解して、正極活物質を構成する有価金属であるニッケルやコバルト等を金属イオンとする。
【0042】
正極活物質の溶解に用いる酸性溶液としては、硫酸、硝酸、塩酸等の鉱酸のほか、有機酸等を使用することができる。また、使用する酸性溶液のpHは、少なくとも2以下とし、反応性を考慮すると0.5〜1.5程度に制御することが好ましい。
【0043】
(硫化工程)
硫化工程では、浸出工程を経て得られた溶液を反応容器に導入し、硫化剤を添加することによって硫化反応を生じさせ、ニッケル・コバルト混合硫化物を生成することによって、リチウムイオン電池から有価金属であるニッケル、コバルトを回収する。硫化剤としては、硫化ナトリウムや水硫化ナトリウム、又は硫化水素ガスなどの硫化アルカリ等を用いることができる。
【0044】
具体的に、この硫化工程では、浸出工程を経て得られた溶液中に含まれるニッケルイオン(又はコバルトイオン)が、下記(1)、(2)式又は(3)式に従って、硫化アルカリによる硫化反応により、硫化物となる。
Ni+ +HS ⇒ NiS + 2H ・・・(1)
Ni2+ + NaHS ⇒ NiS + H + Na ・・・(2)
Ni2+ + NaS ⇒ NiS + 2Na ・・・(3)
【0045】
硫化工程における硫化剤の添加は、それ以上に硫化剤を添加しても反応溶液中のORPの変動がなくなる時点まで行う。なお、通常、反応は−200〜400mV(参照電極:銀/塩化銀電極)の範囲で完結する。また、硫化反応に用いる溶液のpHとしては、pH2〜4程度とする。また、硫化反応の温度としては、特に限定されるものではないが、0〜90℃とし、好ましく25℃程度とする。
【0046】
なお、特に上記(1)、(2)式においては、反応が進行する際に酸も生成し、反応が遅延する。このため、反応を促進し完結させるために、硫化剤の添加と共に水酸化ナトリウム等のアルカリを添加し発生する酸を中和することが好ましい。
【0047】
このように、硫化工程における硫化反応を生じさせることにより、リチウムイオン電池の正極活物質に含まれていた有価金属であるニッケル、コバルトを、ニッケル・コバルト硫化物(硫化澱物)として回収することができる。
【0048】
以上説明したように、リチウムイオン電池からニッケル及びコバルトを回収するにあたって、その放電工程から放電処理に用いた放電液や、洗浄工程から電池解体物を洗浄して電解質や電解液を洗浄するために用いた洗浄液等の溶液が、リチウムイオン電池から分離されて排出される。また、上述したニッケル・コバルト混合硫化物を生成する硫化工程を経て得られた濾液が、リチウムイオン電池から分離されて排出される。これらの排出された放電液や洗浄液等の溶液や硫化工程後の濾液には、リチウムイオン電池を構成するヘキサフルオロリン酸リチウム等の電解質が含まれている。すなわち、ヘキサフルオロリン酸リチウムを含有するリチウム含有溶液となっている。このようなリチウム含有溶液からリンやフッ素の不純物を混入させることなく効率的にリチウムを回収することが望ましい。
【0049】
<2−2.リチウムの回収>
そこで、本実施の形態においては、リチウムイオン電池から分離した放電液や洗浄液等の処理液や硫化工程後の濾液の、ヘキサフルオロリン酸リチウムを含有するリチウム含有溶液において、溶液のpHを上昇させることによってリンやフッ素の不純物の沈殿を形成させる。そして、形成した沈殿を分離除去した後に、その濾液からリチウムを回収する処理を行う。これにより、処理後の放電液や洗浄液に含まれたヘキサフルオロリン酸リチウムに基づくリンやフッ素の不純物を効率的に除去することができ、リンやフッ素によって汚染されることなくリチウムを回収することができる。
【0050】
具体的に、本実施の形態のおけるリチウムの回収方法は、リチウムイオン電池から分離したヘキサフルオロリン酸リチウムを含有する放電液や洗浄液等の処理液や硫化工程後の濾液等のリチウム含有溶液に、水酸化アルカリを添加してpH9以上とし、リン酸塩及びフッ化物塩の沈殿を形成させる沈殿形成工程と、沈殿形成工程にて形成された沈殿を分離除去した後、その濾液からリチウムを回収するリチウム回収工程とを有する。
【0051】
(沈殿形成工程)
沈殿形成工程では、上述したリチウムイオン電池から有価金属を回収する工程において排出された放電液や洗浄液等の処理液やニッケル・コバルト混合硫化物を生成させた硫化工程後の濾液の、ヘキサフルオロリン酸リチウムを含有するリチウム含有溶液から、リン酸塩及びフッ化物塩の沈殿を形成させる。本実施の形態においては、特に、その放電液や洗浄液等の溶液に水酸化アルカリを添加してpHを9以上に調整することによって、リン酸塩及びフッ化物塩の沈殿を形成させる。
【0052】
上述したように、溶液中のヘキフルオロリン酸イオンは、中性付近では安定であるが、強酸性又は強アルカリ性の領域においては、リン酸イオンやフッ化物イオンに加水分解するようになる。したがって、放電液や洗浄液等の処理液や硫化工程後の濾液のリチウム含有溶液に、水酸化アルカリを添加してpHを9以上とすることにより、溶液中のヘキサフルオロリン酸イオンを、リン酸イオンとフッ化物イオンとに加水分解させる(加水分解処理)。
【0053】
そして、加水分解して生成したリン酸イオンとフッ化物イオンは、大多数の金属イオンを難溶性の塩を形成することから、溶液中のリチウムとリン酸塩(LiPO)やフッ化物塩(LiF)を形成させる(沈殿形成処理)。このようにしてリン酸イオンやフッ化物イオンを難溶性の塩とすることにより、これら難溶性塩の沈殿を分離除去することで、溶液中からリンやフッ素を効率的に除去することができる。
【0054】
なお、後述するように、後工程において溶媒抽出方法によりリチウムを回収する場合には、その溶媒抽出に際してアルカリ性領域でリチウムイオンを抽出することから、酸性領域において加水分解反応を進行させるよりも、アルカリ性領域において分解させることが好ましい。
【0055】
上述したリチウム含有溶液に添加する水酸化アルカリとしては、特に限定されないが、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等を用いることが経済性の観点から好ましい。特に、水酸化カリウム溶液を用いた場合には、溶液中のヘキサフルオロリン酸イオンが全て加水分解せず一部残存した場合においても、ヘキサフルオロリン酸カリウム(KPF)の沈殿を形成させて分離することができるため、より好適に用いることができる。また、水酸化カリウムを用いた場合には、他の水酸化アルカリに比べてリンやフッ素の溶解度を僅かに低下させることができるため、より効率的にリンやフッ素の沈殿生成を促して、その沈殿を分離除去することができる。この水酸化アルカリは、リチウム含有溶液のpHが9以上となるように添加する。
【0056】
なお、上述した有価金属の回収工程における正極活物質剥離工程において水酸化アルカリ溶液を用いて剥離した場合には、その処理後の水酸化アルカリ溶液を、当該沈殿形成工程において再利用するようにしてもよい。
【0057】
リチウムを回収する対象となるリチウム含有溶液としては、上述したように、リチウムイオン電池から有価金属を回収する工程において排出された放電液や洗浄液等の処理液や、ニッケル・コバルト混合硫化物を生成させた硫化工程後の濾液等を用いることができる。これらリチウム含有溶液は、1種単独でもよく、複数を併用してもよい。
【0058】
具体的に、リチウム含有溶液として例えば放電液は、上述したようにリチウムイオン電池から有価金属を回収するにあたって放電処理するために用いられた放電液であり、塩化ナトリウムや硫酸ナトリウム等の溶液である。この放電液を用いて使用済みのリチウムイオン電池に対して放電処理を行うことによって、放電処理後の排出された放電液中には、電解質成分であるヘキサフルオロリン酸リチウムが含有されることとなる。つまり、この処理後の放電液にはリチウムが含有されていることとなる。
【0059】
また、リチウム含有溶液として例えば洗浄液は、上述したように、使用済みのリチウムイオン電池を破砕・解砕した後の電池解体物を洗浄するために用いられた洗浄液であり、水やアルコール等の溶液である。この洗浄液を用いて電池解体物を洗浄することによって、電池解体物に含まれる電解質や電解液が除去され、処理後に排出された洗浄液中には、電解質成分であるヘキサフルオロリン酸リチウムが含有されることとなる。つまり、この処理後の洗浄液にはリチウムが含有されていることとなる。
【0060】
また、リチウム含有溶液として例えば硫化工程後の濾液は、上述したように、ニッケル及びコバルトの混合硫化物を生成させるための硫化工程において硫化物の沈殿を分離して得られた濾液である。この濾液においても、電解質成分であるヘキサフルオロリン酸リチウムが含有されており、つまりリチウム含有溶液となっている。
【0061】
これら放電液や洗浄液等の処理液や硫化工程後の濾液のリチウム含有溶液は、回収後にそのまま用いて、水酸化アルカリの添加によるヘキサフルオロリン酸イオンの加水分解処理並びに沈殿形成処理を行ってもよいが、水酸化アルカリの添加によるpH調整に先立って、水を用いて洗浄する処理を行ってもよい。このようにして、回収したリチウム含有溶液を、先ず水で洗浄し、洗浄した溶液に対して水酸化アルカリを添加することにより、これら溶液中に懸濁しているリン酸塩やフッ化物塩等の沈殿物を洗浄除去することができる。これにより、回収するリチウムが、リンやフッ素によって汚染されることをより効果的に防止できるとともに、沈殿物がリチウムを回収する際の障害になることを防止でき、リチウムをより効率的に回収することが可能となる。
【0062】
以上のように、本実施の形態においては、沈殿形成工程において、水酸化アルカリを添加することによりリチウム含有溶液のpHを上昇させて溶液中に含まれているヘキサフルオロリン酸イオンを加水分解させ、リン酸イオンやフッ化物イオンを形成させる。この加水分解反応が終了すると、特別な添加剤を使用しなくても、これらリン酸イオンやフッ化物イオンが、溶液中に含まれるリチウムと難溶性の塩であるリン酸リチウムやフッ化リチウムの沈殿を形成するようになる。
【0063】
このようにして形成された沈殿は、濾過操作を行うことにより分離除去することができる。したがって、この沈殿形成工程おいては、リチウム含有溶液から、不純物であるリンやフッ素を効果的に除去することができ、リンやフッ素が除去された濾過後の溶液から、不純物の混入のないリチウムを効果的に回収することができる。
【0064】
なお、この工程においてリンやフッ素と共沈するリチウムの総量は、全リチウムの僅かな量であり、また形成した沈殿からも別途リチウムを回収することが可能である。
【0065】
(リチウム回収工程)
リチウム回収工程では、上述した沈殿形成工程にて形成されたリン酸リチウムやフッ化リチウムの沈殿を分離除去し、その後、その濾液からリチウムを回収する。濾液からリチウムを回収する方法としては、特に限定されるものではないが、以下のような溶媒抽出方法や炭酸塩化方法を挙げることができる。
【0066】
・溶媒抽出方法
濾液からリチウムを回収する方法としては、例えば溶媒抽出方法を用いることができる。溶媒抽出方法としては、酸性抽出剤を用いてリチウムを有機相に抽出分離する溶媒抽出処理を挙げることができる。
【0067】
具体的に、酸性抽出剤を用いた溶媒抽出処理は、先ず、抽出工程として、濾液にアルカリ溶液を添加してpH8以上13以下に調整し、酸性抽出剤を接触させてリチウムイオンを抽出する。次に、逆抽出工程として、リチウムイオンを抽出した酸性抽出剤を、pH3以下の酸性溶液と接触させてリチウムイオンを逆抽出する。
【0068】
抽出工程において用いる酸性抽出剤としては、例えば、2−エチルヘキシルホスホン酸モノ−2−エチルヘキシル、ジ(2−エチルヘキシル)ホスホン酸、ビス(2,4,4−トリメチルペンチル)ホスホン酸、フェニルアルキルベータジケトンとトリオクチルホスフィンオキシドの混合物等を用いることができる。その中でも特に、リン酸系の抽出剤を用いることが好ましく、例えばジ(2−エチルヘキシル)ホスホン酸等を用いることが好ましい。
【0069】
抽出工程において添加するアルカリ溶液としては、水酸化ナトリウム溶液、水酸化カリウム溶液、水酸化カルシウム溶液、水酸化マグネシウム溶液等を用いることができる。これらのアルカリ溶液を添加することにより、濾液のpHを8以上13以下に調整する。pHが8より低い場合には、上述した酸性抽出剤による濾液からのリチウムイオンの抽出率が低くなり、一方でpHが13より高い場合には、溶媒抽出に用いる酸性抽出剤の溶解が顕著になる。したがって、pH8以上13以下に調整することにより、高い抽出率で濾液中のリチウムイオンを効率的に抽出することができる。
【0070】
この抽出工程において用いる酸性抽出剤は、アルカリ性領域において金属イオンを抽出した後、逆抽出工程としてpHを酸性側にすることによりHとのイオン交換を生じさせて、抽出された金属イオンを放出するという特徴を有する。したがって、逆抽出工程では、アルカリ溶液の添加によりアルカリ性領域でリチウムイオンを抽出した酸性抽出剤を、酸性に調整した水溶液と接触させることにより、最初に抽出したリチウム含有溶液の濃度(数g/l程度)よりも高い濃度でリチウムイオンを水溶液中に逆抽出する。
【0071】
具体的に、逆抽出工程では、抽出工程にて抽出した酸性抽出剤を、pH3以下の酸性溶液と接触させることによって、リチウムイオンとHとのイオン交換を生じさせてリチウムイオンを水溶液中に取り込む。
【0072】
この逆抽出工程において用いる酸性溶液としては、硫酸溶液や塩酸溶液等を用いることができ、この酸性溶液のpHを3以下に調整して、抽出工程にてリチウムイオンを抽出した酸性抽出剤と接触させる。
【0073】
また、この逆抽出工程では、上述した沈殿形成工程において加水分解されず、抽出工程においてリチウムイオンと共に抽出されたヘキサフルオロリン酸リチウムを分解し、より多くのリチウムイオンを逆抽出して水溶液中に取り込むことができる。すなわち、上述した抽出工程においては、酸性抽出剤を用いて抽出処理を行うことによりリチウムイオンが抽出されるが、このとき、エントレイメント等の影響により、加水分解されずに溶液中に残存していたヘキサフルオロリン酸リチウムがリチウムイオンと共に抽出剤に抽出されることとなる。そこで、この逆抽出工程において酸性溶液により抽出剤を洗浄することにより、抽出されたヘキサフルオロリン酸リチウムをLiとPFとに分離させて、リチウムイオンのみを逆抽出することができる。
【0074】
このように、リチウム回収工程では、例えば溶媒抽出方法を用いることによって、リチウムを含有した放電液や洗浄液等の溶液からリチウムイオンを抽出し、抽出したリチウムイオンを水溶液中に取り込むことができる。
【0075】
なお、上述した溶媒抽出方法において、酸性抽出剤による抽出工程の後にスクラビング工程を設け、酸性抽出剤によって抽出された不純物を除去し、その後に逆抽出工程を行うようにしてもよい。スクラビング工程では、例えば希酸等を接触させる等、周知のスクラビング処理を行う。これにより、酸性抽出剤にリチウムイオンと共に抽出された鉄等の不純物を分離除去することができ、逆抽出工程においてより純度の高いリチウムを回収することができる。
【0076】
また、上述した溶媒抽出方法によって得られたリチウムイオンを含む逆抽出液に、炭酸ガス又は水溶性炭酸塩を添加して混合攪拌し、炭酸リチウムを析出させてリチウムを回収するようにしてもよい。このようにして、さらに炭酸塩固定工程(炭酸リチウム析出工程)として、リチウムイオンを含む抽出液に炭酸ガス又は水溶性炭酸塩を添加することにより、抽出したリチウムを固体として回収することができる。
【0077】
この炭酸塩固定工程において用いる水溶性炭酸塩としては、炭酸ナトリウム溶液や炭酸カルシウム溶液等を用いることができる。また、その水溶液炭酸塩の濃度としては、特に限定されず、例えば100〜200g/lとする。
【0078】
この炭酸塩固定工程では、リチウムイオンを含有する逆抽出液の温度を60〜80℃とすることが好ましい。リチウムの炭酸塩である炭酸リチウムは、他の塩とは溶解性が異なり、水溶液の温度が高くなると急激に溶解度が低下する。このため、高濃度リチウムイオン水溶液の温度を60℃以上に高めることによって、溶解度の高い硫酸ナトリウム等の他の塩よりも炭酸リチウムの溶解度が低くなり、炭酸リチウムを選択的に結晶として沈殿することができ、高純度の炭酸リチウム固体を得ることができる。なお、高濃度リチウムイオン水溶液の温度は高い方がよいが、一般的に80℃より高くとなると反応槽や周辺装置の耐熱性の観点から操作が難しくなったりコスト増になることから、60〜80℃とすることが好ましい。
【0079】
・炭酸塩化方法
一方、溶液中のリチウムイオン濃度が高い場合、例えば1g/lを超えるようなリチウムが含有されている場合には、沈殿形成工程にて形成された沈殿を分離除去した後の濾液に対して、炭酸塩化の処理を行うことによってリチウムを回収することもできる。
【0080】
炭酸塩化に用いる炭酸化剤としては、炭酸ナトリウム溶液や炭酸ナトリウム溶液等の水溶性炭酸塩を挙げることができ、これらは経済性、入手容易性等の観点から好適に用いることができる。特に、炭酸カリウム溶液は、溶解度が高く、形成させた炭酸リチウムの結晶の溶解度を下げることができるという点において、より好ましく用いることができる。
【0081】
また、濾液に添加する炭酸化剤の添加量としては、特に限定されるものではなく、当量以上の過剰添加により、共通イオン効果で炭酸リチウムの溶解度を下げることができる。
【0082】
以上のように、リチウム回収工程では、溶媒抽出方法や炭酸塩化方法等を用いることによって、濾液中のリチウムを効率的に回収することができる。特に、本実施の形態においては、リチウム回収工程に先立って、沈殿形成工程としてヘキサフルオロリン酸イオンを加水分解させてリンやフッ素の沈殿を形成し、それらリンやフッ素を分離除去した濾液を対象としてリチウムを回収しているので、回収されたリチウムにはリンやフッ素の不純物が混入しておらず、汚染のない純度の高いリチウムを効率的に回収することができる。
【0083】
なお、このようにして炭酸リチウム等として回収されたリチウムは、リンやフッ素が効果的に除去されているため、定法に従って水酸化カルシウム等による複分分解処理、濃縮、結晶化を行うことにより、簡易に、リチウムイオン2次電池用の水酸化リチウムを生成することができる。
【0084】
<3.他の実施形態>
本発明は、上述した実施の形態に限られるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において適宜変更することができる。
【0085】
具体的には、リチウムイオン電池からの有価金属回収工程としては上述したものに限られるものではなく、他の工程を含んでいてもよい。
【0086】
また、リチウム含有溶液として、上述した処理液や硫化工程後の濾液のほか、正極活物質剥離工程から排出された濾液を用い、この濾液に水酸化アルカリを添加してpHを9以上とし、リン酸塩やフッ化物塩の沈殿形成を行い、リチウムを回収するようにしてもよい。すなわち、正極活物質剥離工程では、正極活物質やアルミニウム箔等の固形分が分離される一方で、固形分以外の剥離処理に用いた酸性溶液や界面活性剤溶液等の処理液が濾液として排出される。この濾液には、洗浄工程で除去されなかった電解質や電解液等が溶解して含有されていることがあり、リチウムが回収されていることから、この濾液をリチウム回収対象として用いてもよい。
【実施例】
【0087】
<4.実施例>
以下、実施例を用いて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0088】
(リチウムイオン電池からの有価金属の回収工程)
まず、処理中に発火等の危険を避けるため、使用済みのリチウムイオン電池を、放電液である塩化ナトリウム水溶液100g/Lに浸漬して放電状態とした。なお、放電の終点は、水素ガスセンサーを用いて水素が発生していないことで判断した。この放電処理の後、スラリーを濾過し排出された放電液を回収した。そして、放電済のリチウムイオン電池を、二軸破砕機により1cm角以下の大きさに解体し電池解体物を得た。
【0089】
次に、得られた電池解体物を水で洗浄して電池解体物に含まれる電解液や電解質を除去した。洗浄処理後、スラリーを濾過した後、電解液や電解質が含まれた洗浄液(水)を回収した。
【0090】
一方、洗浄処理後の電池解体物からスクリーンで分離した固形分は、界面活性剤であるポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル(商品名:エマルゲンシリーズ 花王株式会社製)を1.8重量%含有する水を添加し、攪拌による剥離操作を行って正極活物質を回収した。
【0091】
剥離した正極活物質を濃度200g/lの硫酸(HSO)水溶液で浸出して有価金属であるニッケル及びコバルトを浸出させた。次に、硫化工程として、得られた浸出液を用い、この浸出液に硫化ナトリウム(NaS)を硫化剤として添加し、ニッケル及びコバルトの混合硫化物を得た。ニッケル及びコバルトの混合硫化物の沈殿を分離した後、得られた濾液を回収した。
【0092】
(放電液及び洗浄液からのリチウム回収操作)
(実施例1)
上述した使用済みリチウムイオン電池から有価金属を回収する操作においては、放電処理及び洗浄処理のそれぞれの処理後に回収したスラリー、及び硫化工程後のスラリーを濾過することによって、処理後の放電液及び洗浄液からなる処理液及び硫化工程後の濾液からなる溶液が得られた。表1に、得られた溶液の組成を示す。
【0093】
【表1】

【0094】
表1に示されるように、溶液中には、正極活物質のヘキサフルオロリン酸リチウムに基づくリチウムを含有していた。このリチウム含有溶液を、リチウム回収対象として、以下の操作を続けた。
【0095】
先ず、表1に示されるリチウム含有溶液100mlに、8mol/l水酸化ナトリウム(NaOH)溶液を添加して溶液のpHを9.5に調整し、溶液中に含まれるヘキサフルオロリン酸イオンを加水分解させた。そして、加水分解したリン酸イオンやフッ化物イオンとリチウムとの沈殿生成が終了するまで、溶液を常温で攪拌した。沈殿生成は1時間後に終了し、生成した沈殿を濾過した。表2に、濾過後に得られた濾液の組成を示す。
【0096】
【表2】

【0097】
表2に示されるように、濾過後の濾液には、リンやフッ素がほとんど含有されていなかった。このことは、水酸化ナトリウム溶液の添加によりpHを上昇させたことで、ヘキサフルオロリン酸イオンが加水分解し、加水分解して生成したリン酸イオンやフッ化物イオンが溶液中のリチウムイオンとリン酸塩及びフッ化物塩の沈殿を形成したものと考えられ、その沈殿を除去したことによって、溶液中のリンやフッ素を効果的に分離除去できたものと考えられる。
【0098】
次に、表2に示される溶液(濾液)に、50v/v%D2EHPA(ランクセス社製)と50v/v%DIBK(協和発酵株式会社製)との混合液100mlからなる抽出溶媒を添加して、濾液からリチウムを抽出する溶媒抽出処理を行った。その際、溶液に8mol/l水酸化ナトリウム溶液を添加して混合し、pHを11に調整した。pH調整後、抽出溶媒が分離したら再び新しい抽出溶媒の混合物を添加するという操作を5回繰り返して溶媒抽出操作を行った。この操作により、最終的に抽出残液120mlを得た。表3に、得られた抽出残液の組成を示す。
【0099】
【表3】

【0100】
表3に示されるように、抽出溶媒によりリチウムイオンを90.0%抽出することができ、リンやフッ素は1.2倍に希釈されただけで、操作中に沈殿や共抽出は見られなかった。
【0101】
次に、抽出した溶媒5回分を合計し、濾過後、pH3の1mol/l塩酸100mlで逆抽出した。表4に、逆抽出液の組成を示す。
【0102】
【表4】

【0103】
この表4に示されるように、逆抽出液にリチウムが3.6g/l含まれており、効果的にリチウムを水溶液中に取り込むことができた。また、リンやフッ素の検出値は検出下限(0.01g/l)以下であり、リンやフッ素による汚染なく、リチウムを効率的に回収することができた。
【0104】
(実施例2)
実施例2では、実施例1の水酸化アルカリ添加によるヘキサフルオロリン酸イオンの加水分解処理及び沈殿形成処理に際して、添加する水酸化アルカリとして水酸化ナトリウム溶液の代わりに8mol/l水酸化カリウム(KOH)溶液を使用したこと以外は、同様の方法により操作を行った。表5に、水酸化カリウム溶液による加水分解処理及び沈殿形成処理後の濾液の分析値を示す。
【0105】
【表5】

【0106】
表5に示されるように、水酸化カリウム溶液を添加した場合には、実施例1において水酸化ナトリウム溶液を添加した場合よりも、リン酸塩やフッ化物塩の溶解度を下げることができ、効率的にそれら難溶性塩の沈殿を除去することができたため、濾液中のリンやフッ素の含有量をより一層低減させることができた。
【0107】
(実施例3)
実施例3では、実施例1と同じ方法で上記表2の組成からなる溶液を得た後、次いで、炭酸ナトリウム溶液又は炭酸カリウム溶液を飽和するまで添加して、炭酸塩化処理によって炭酸リチウムの結晶としてリチウムを回収した。つまり、実施例1とは異なり、沈殿処理後の濾液を溶媒抽出処理するのではなく、炭酸塩化処理を行ってリチウムを回収した。表6に、炭酸塩化処理後の母液の分析値を示し、表7に、炭酸リチウム結晶の品位を示す。
【0108】
【表6】

【0109】
【表7】

【0110】
表6及び7に示されるように、炭酸塩化処理において、炭酸化剤として炭酸ナトリウム(NaCO)溶液を用いた場合でも炭酸化カリウム(KCO)溶液を用いた場合でも、炭酸リチウム結晶中に含まれるリンやフッ素検出値は、検出下限(0.01g/l)以下であり、リンやフッ素の不純物の含有のないリチウムを炭酸塩として回収することができた。
【0111】
このように、炭酸塩化処理によるリチウムの回収に先立ち、リンやフッ素を溶解度レベルまで除去することによって、炭酸ナトリウムや炭酸カリウム等の水溶性炭酸塩の添加による溶解度は低下しないことから、リンやフッ素による汚染なく炭酸リチウムを回収できることが確認された。
【0112】
以上の実施例から分かるように、溶媒抽出処理や炭酸塩化処理等のリチウムの回収に先立って、沈殿形成工程として放電液や洗浄液に水酸化アルカリを展開してpHを上昇させ、リン酸塩やフッ化物塩の難溶性塩を形成させてリンやフッ素を除去することによって、リンやフッ素による汚染なくリチウムを回収できることが分かった。
【0113】
(比較例1)
一方で、比較例1では、上述した実施例のような、水酸化アルカリ添加による加水分解処理及び沈殿形成処理を行わずに、放電液及び洗浄液から回収した表1に示す溶液に対して直接溶媒抽出操作を行った。
【0114】
その結果、溶媒抽出過程において、pH9まで上昇させた時点で、リン酸塩やフッ化物塩の沈殿が大量に発生して相分離が困難な状態となり、リチウムを抽出した有機相にも沈殿が多く混入してしまった。
【0115】
(比較例2)
また、比較例2では、上述した実施例のような、水酸化アルカリ添加による加水分解処理及び沈殿形成処理を行わずに、放電液及び洗浄液から回収した表1に示す溶液に対して炭酸塩化処理を行った。
【0116】
その結果、炭酸塩化が始まるpH9付近において、リン酸塩やフッ化物塩の沈殿が発生して溶液が混濁してしまった。表8に、生成した炭酸塩沈殿の品位を示す。
【0117】
【表8】

【0118】
表8に示されるように、炭酸化剤として炭酸ナトリウム(NaCO)溶液を用いた場合でも炭酸化カリウム(KCO)溶液を用いた場合でも、生成した炭酸塩にはリンやフッ素が多く含有されており、汚染されたリチウムしか回収できず、再度正極活物質を製造するためのリチウム化合物として利用できる品位には至らなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオン電池から分離したヘキサフルオロリン酸リチウムを含有するリチウム含有溶液からリチウムを回収するリチウム回収方法において、
前記リチウム含有溶液に、水酸化アルカリを添加してpH9以上とし、リン酸塩及びフッ化物塩の沈殿を形成させる沈殿形成工程と、
前記沈殿形成工程にて形成された沈殿を分離除去した後、濾液からリチウムを回収するリチウム回収工程と
を有することを特徴とするリチウムの回収方法。
【請求項2】
前記水酸化アルカリは、水酸化カリウムであることを特徴とする請求項1記載のリチウム回収方法。
【請求項3】
前記リチウム回収工程は、
前記濾液にアルカリ溶液を添加してpH8以上13以下に調整し、酸性抽出剤を接触させてリチウムイオンを抽出する抽出工程と、
前記抽出工程にてリチウムイオンを抽出した酸性抽出剤を、pH3以下の酸性溶液と接触させてリチウムイオンを逆抽出する逆抽出工程と
を有することを特徴とする請求項1又は2記載のリチウムの回収方法。
【請求項4】
前記リチウム回収工程では、
前記抽出工程にてリチウムイオンを抽出した酸性抽出剤をスクラビングするスクラビング工程を有し、スクラビング後に前記逆抽出工程を行うことを特徴とする請求項3記載のリチウムの回収方法。
【請求項5】
前記リチウム回収工程では、さらに、前記逆抽出工程にて得られたリチウムイオンを含む逆抽出液に炭酸ガス又は水溶性炭酸塩を添加し、炭酸リチウムを析出させる炭酸リチウム析出工程を有することを特徴とする請求項3又は4記載のリチウムの回収方法。
【請求項6】
前記リチウム回収工程では、前記濾液に炭酸アルカリ溶液を添加し、炭酸リチウムを析出させてリチウムを回収することを特徴とする請求項1又は2記載のリチウムの回収方法。
【請求項7】
前記沈殿形成工程では、予め水で洗浄したリチウム含有溶液に対して前記水酸化アルカリを添加することを特徴とする請求項1乃至6の何れか1項記載のリチウムの回収方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−72464(P2012−72464A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−219300(P2010−219300)
【出願日】平成22年9月29日(2010.9.29)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】