説明

リチウムイオン二次電池の製造方法

【課題】正極ペーストの経時増粘を抑制し、より効率的にリチウムイオン二次電池を製造する方法を提供すること。
【解決手段】本発明により提供されるリチウムイオン二次電池製造方法は、正極活物質として、組成外にLiOHに含むリチウム遷移金属酸化物を用意することを包含する。この方法は、さらに、前記正極活物質1g当たりに含まれるLiOHのモル量Pを把握すること;前記LiOHのモル量Pに対し、LiOH1モル当たり、タングステン原子換算で0.05モルの酸化タングステンを用意すること;および、前記正極活物質と前記酸化タングステンとを、導電材および結着剤とともに有機溶媒で混練して正極ペーストを調製すること;を包含する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、正極および負極と、それら両電極間に介在された電解質とを備え、該電解質中のリチウムイオンが両電極間を行き来することにより充放電を行う。各電極は、リチウムイオンを可逆的に吸蔵および放出する活物質を備える。正極活物質としては、主としてリチウム遷移金属酸化物が使用される。リチウムイオン二次電池に関する技術文献として特許文献1が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−285388号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
通常、正極は、リチウム遷移金属酸化物その他の正極材料を適当な溶媒に分散させたペーストまたはスラリー状の組成物(以下、「正極ペースト」ともいう。)を用いて形成される。上記溶媒(分散媒)としては、N−ビニル−2−ピロリドン等の有機溶媒を用いることが一般的である。しかし、分散媒として有機溶媒を用いた系では正極ペーストが増粘しやすく、例えば、調製後の正極ペーストを数日間保存しただけで、正極形成のための作業(典型的には、集電体への塗付)が困難になるほど粘度が上昇することがあり、甚だしい場合にはペーストがゲル化してしまう場合もあった。
【0005】
本発明は、正極ペーストの経時増粘を抑制し、より効率的にリチウムイオン二次電池を製造する方法を提供することを主な目的とする。また、かかる方法によって製造されたリチウムイオン二次電池の提供を他の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明によると、正極活物質を有する正極と、負極活物質を有する負極と、非水電解液と、を備えたリチウムイオン二次電池を製造する方法が提供される。この製造方法は、前記正極を作製する工程と、該正極と前記負極と前記非水電解液とを用いてリチウムイオン二次電池を構築する工程と、を包含する。上記正極を作製する工程は、上記正極活物質として、組成外にLiOHを含むリチウム遷移金属酸化物を用意すること;および、当該正極活物質1g当たりに含まれるLiOHのモル量Pを把握すること;を包含する。この製造方法は、さらに、上記LiOHのモル量Pに対して、LiOH1モル当たり、タングステン原子換算で0.05モル以上の酸化タングステンを用意すること;および、上記正極活物質と上記酸化タングステンとを、導電材および結着剤とともに有機溶媒で混練して正極ペーストを調製すること;を包含する。この正極作製工程は、さらに、上記正極ペーストを乾燥させる(例えば、該ペーストを集電体に塗付して乾燥させることにより上記集電体上に正極活物質層を形成する)ことを包含し得る。
【0007】
かかる製造方法では、例えばリチウム遷移金属酸化物の調製(製造)工程で残留あるいは副反応により生成・残留したLiOHが正極活物質の粒子表面等に付着していても、正極ペーストを調製する際に用いる酸化タングステンによって、該LiOHの少なくとも一部を中和することができる。これにより正極ペーストの著しい経時増粘やゲル化を効果的に抑制することができるので、正極(ひいては該正極を用いたリチウムイオン二次電池)の製造スケジュール等の自由度が高くなり、製造設備の有効利用、製造コスト低減等の効果が実現され得る。また、該ペーストを用いた正極形成作業を精度よく行うことができるので、高品質の電池を安定して製造することができる。
【0008】
上記方法により作製された正極は、前記正極活物質に加えて、正極ペーストの調製時に添加(以下、「後添加」ともいう。)された酸化タングステンに由来するタングステンを含む。このタングステンは、リチウムイオン二次電池の性能向上(例えば、反応抵抗の低減)に寄与し得る。したがって、ここに開示される方法によると、後添加された酸化タングステンを利用して、正極ペーストの粘度上昇を抑制する(LiOHを中和する)効果に加えて、リチウムイオン二次電池の性能を向上させる効果が実現され得る。
【0009】
好ましい一態様では、上記有機溶媒としてN−メチル−2−ピロリドンを使用する。かかる態様では、上記製造方法を適用して経時増粘を防止することが特に有意義である。上記結着剤としては、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)を好ましく採用し得る。
【0010】
他の好ましい一態様では、上記リチウム遷移金属酸化物が、一般式(I):Li1+xNiCo(1−y−z);で表される層状構造のリチウム遷移金属酸化物である。ここで、上記式(I)中のxは、0.05≦x≦0.2を満たすことが好ましく、yは0.3≦y<0.9を満たすことが好ましく、zは0.1<z<0.4を満たすことが好ましい。また、0≦(1−y−z)であり、0<(1−y−z)の場合、Mは、MnおよびAlから選択される一方または両方であることが好ましい。かかる態様では、上記製造方法を採用することの効果がより顕著に発揮され得る。
【0011】
ここに開示される技術は、固形分濃度(NV;質量基準)が比較的高い(例えば、50%以上の)正極ペーストを用いて正極を製造する工程を包含するリチウムイオン二次電池製造方法に好ましく適用され得る。高固形分の正極ペーストを使用することは、有機溶媒の使用量低減による環境負荷軽減、該ペーストの乾燥に要するエネルギーの節約、設備の小型化等の利点を有する一方、従来の技術では高固形分の正極ペーストでは経時増粘(さらにはゲル化)が殊に起こりやすかった。したがって、かかる高固形分の正極ペーストを用いる態様では、本発明の構成を採用することが特に有意義である。
【0012】
ここに開示される方法によると、正極ペーストの固形分が高くても該ペーストの経時増粘やゲル化を十分に抑制し得るので、効率よくリチウムイオン二次電池を製造することができる。したがって、本発明の他の側面として、ここに開示されるいずれかの方法によって製造されたリチウムイオン二次電池が提供される。かかるリチウムイオン二次電池は、その製造工程において使用する有機溶媒の量がより少ないので、環境負荷軽減、乾燥に要するエネルギーの節約、設備の小型化等の観点から好ましい。
【0013】
上述のとおり、ここに開示される製造方法は、正極ペーストの保存安定性に優れ、電池の生産性が良いので、例えば車両用電池のように容量の大きな電池の製造に好適に採用され得る。また、かかる方法によって製造されたリチウムイオン二次電池は、品質安定性に優れ、かつ高性能な(例えば、反応抵抗が小さく高出力な)ものとなり得るので、車両用電源として好ましい。したがって、本発明によると、例えば図3に示すように、ここに開示されるいずれかのリチウムイオン二次電池100を搭載した車両1が提供される。車両1の種類は特に限定されないが、典型例としてはハイブリッド自動車、電気自動車等が挙げられる。かかるリチウムイオン二次電池100は、単独で使用されてもよく、直列および/または並列に複数接続されてなる組電池の形態で使用されてもよい。特に、かかるリチウムイオン二次電池を車両駆動用モータ(電動機)の電源として備える車両(例えば自動車)が好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】一実施形態に係るリチウムイオン二次電池の外形を模式的に示す斜視図である。
【図2】図1のII−II線断面図である。
【図3】本発明のリチウムイオン二次電池を備えた車両(自動車)を模式的に示す側面図である。
【図4】LiOH対WOのモル比の値に対して、正極ペーストを6日間保存した後の増粘率をプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。
【0016】
本明細書に開示される製造方法は、正極活物質として、組成外にLiOHを含む(以下、単に「正極活物質にLiOHを含む」という場合も同様の意味である。)リチウム遷移金属酸化物を用意することを包含する。このような組成外のLiOHは、当該正極活物質の調製工程(製造過程)において使用したリチウム源化合物(例えば、炭酸リチウム、水酸化リチウム等)に由来するものであり得る。例えば、前駆体としての水酸化物と上記リチウム源化合物とを混合して加熱することによりリチウム遷移金属酸化物を生成させる場合において、該リチウム源化合物の余剰分、未反応分、副反応生成物、あるいはこれらが雰囲気中の水分等と反応して生じたLiOHであり得る。かかるLiOHは、リチウム遷移金属酸化物の組成に含まれず、主として該酸化物の粒子表面に存在し得る。ここに開示される技術における正極活物質は、例えば、上記リチウム遷移金属酸化物の粒子表面の少なくとも一部がかかるLiOHによって被覆されたものであり得る。正極活物質に含まれるLiOH(特に、その粒子表面に存在するLiOH)は、正極ペーストの粘度を顕著に上昇させる要因となり得る。
【0017】
正極活物質としては、従来からリチウムイオン二次電池に用いられるリチウム遷移金属酸化物の一種または二種以上を特に限定することなく使用することができる。例えば、リチウムニッケル系酸化物、リチウムコバルト系酸化物、リチウムマンガン系酸化物等のリチウム含有酸化物が挙げられる。上記正極活物質は、平均粒径が3μm〜8μm程度であることが好ましい。
【0018】
ここで、リチウムニッケル系酸化物とは、リチウム(Li)とニッケル(Ni)とを構成金属元素とする酸化物のほか、リチウムおよびニッケル以外に他の少なくとも一種の金属元素(すなわち、LiとNi以外の遷移金属元素および/または典型金属元素)を、原子数換算でニッケルと同程度またはニッケルよりも少ない割合(典型的にはニッケルよりも少ない割合)で構成金属元素として含む酸化物をも包含する意味である。上記LiおよびNi以外の金属元素は、例えば、コバルト(Co),マンガン(Mn),アルミニウム(Al),クロム(Cr),鉄(Fe),バナジウム(V),マグネシウム(Mg),カルシウム(Ca),チタン(Ti),ジルコニウム(Zr),ニオブ(Nb),モリブデン(Mo),タングステン(W),銅(Cu),亜鉛(Zn),ガリウム(Ga),インジウム(In),スズ(Sn),ランタン(La)およびセリウム(Ce)からなる群から選択される一種または二種以上の金属元素であり得る。リチウムコバルト系酸化物およびリチウムマンガン系酸化物についても同様の意味である。
【0019】
ここに開示される技術は、上記リチウム遷移金属酸化物が少なくともNiを含む層状構造のリチウム遷移金属酸化物である正極活物質を用いる態様で好ましく実施され得る。例えば、該リチウム遷移金属酸化物に含まれるLi以外の金属元素全体を100モル%として、その25モル%以上(より好ましくは30モル%以上)がNiである正極活物質を好ましく採用し得る。あるいは、Li以外の金属元素全体の45モル%以上、さらには75モル%以上がNiであってもよい。好ましい一態様では、上記リチウム遷移金属酸化物が、Niに加えてCoおよびMnを含む。例えば、これら3種の遷移金属元素を概ね同量づつ含むリチウム遷移金属酸化物、Niが50モル%以上でありCoおよびMnを概ね同量づつ含むリチウム遷移金属酸化物等であり得る。あるいは、Ni,CoおよびMnのうち少なくともNiとCoとを含み、Li以外の金属元素全体の50モル%以上(典型的には70%以上)がNiであり、さらに10モル%以下(典型的には0.05〜10モル%、例えば1〜5モル%)のAlを含むリチウム遷移金属酸化物であってもよい。
【0020】
ここに開示される技術の適用に好ましい正極活物質として、上記リチウム遷移金属酸化物が次の一般式(I):Li1+xNiCo(1−y−z);で表される層状構造を有するリチウム遷移金属酸化物である正極活物質が例示される。ここで、x,y,およびzは、それぞれ0.05≦x≦0.2;0.3≦y<0.9;および、0.1<z<0.4;を満たすことが好ましい。また、0≦(1−y−z)であり、0<(1−y−z)の場合、Mは、MnおよびAlの少なくともいずれかを含むことが好ましく、MnおよびAlの一方または両方のみであってもよい。
ここに開示される技術の適用に好ましい他の正極活物質として、上記リチウム遷移金属酸化物が次の一般式(II):Li1+xNiCo(1−y−z);で表される層状構造を有するリチウム遷移金属酸化物である正極活物質が例示される。ここで、式(II)中のMは、Ca,Mg,Na,Zr,W,Nb,Cr,Mo,Fe,BおよびFからなる群から選択される一種または二種以上であり得る。式(II)中のaは、0<a<0.05であり得る。式(II)中のx,y,およびzは、上記一般式(I)と同様の関係を満たすことが好ましい。式(II)中のMは、MnおよびAlの少なくともいずれかを含むことが好ましく、MnおよびAlの一方または両方のみであってもよい。
上記式(I)または(II)で表されるリチウム遷移金属酸化物のなかでも、Niのモル比が比較的高いリチウム遷移金属酸化物が特に好ましい。これは、本発明者の検討によれば、正極活物質に含まれるNiの量が高くなると組成外に存在するLiOHの量が多くなる傾向にあり、正極ペーストの経時増粘がより顕著になり得るためである。したがって、Niの組成比が高い正極活物質を用いた態様では、ここに開示される技術を適用することが特に有意義である。
【0021】
ここに開示される二次電池製造方法は、正極活物質としてのリチウム遷移金属酸化物1g当たりに含まれるLiOHのモル量P(モル/g正極活物質)を把握することを包含する。上記LiOHのモル量Pは、例えば、下記手順に従って中和滴定を行い、算出することができる。
【0022】
≪LiOHの中和滴定およびモル量Pの定量≫
(1).攪拌子を入れた200mLビーカーに、正極活物質サンプルS(g)(典型的には2.01g〜2.04g程度)を0.0001gの桁まで秤量する。
(2).上記ビーカーに容積が100mLとなるまでイオン交換水を加える。
(3).10%塩化バリウム溶液2mLをさらに加える。
(4).スターラーにより1分間程度攪拌する。
(5).自動滴定装置を用い、pH9近傍の変曲点を第一中和点として、塩酸溶液(モル濃度C(モル/L)(典型的には1モル/L),ファクター(濃度補正係数)F)で中和滴定を行い、第一中和点までの塩酸滴定量D(L)を求める。
(6).正極活物質1g当たりのLiOHのモル量P(モル/g正極活物質)を、次の計算式:
P=D×F×C÷S ;
に基づいて算出する。
【0023】
自動滴定装置としては、例えば、平沼産業株式会社製の型式「COM−1600」またはその相当品を使用することができる。上記滴定方法において、塩化バリウム溶液の添加は、上記正極活物質がLiOHに加えて炭酸リチウムを含む場合にその残留分を除去する目的を有する。pH9近傍の第一中和点は、電位差計を用いて決定することができる。
【0024】
なお、ここに開示される技術において、上記LiOHのモル量Pを毎回(製造の都度)行う必要はなく、例えば、使用する正極活物質のモル量Pを、以前の測定結果、予備実験、製造実績等から予測(把握)できる場合には、かかる定量操作を適宜省略し、あるいはより簡単な方法に置き換えることができる。
【0025】
上記製造方法では、正極活物質1g当たりのLiOHのモル量Pに基づき、適量の酸化タングステンを用意する。酸化タングステンとして例えばWOを用いる場合、LiOHとWOとは以下の反応式に基づき中和反応する。
4LiOH+WO → LiWO+2H
したがって、理論的には、全てのLiOHを中和させるためには、1モルのLiOHに対して、0.25モル(W原子換算。以下同様。)の酸化タングステンが必要となる。もっとも、LiOHの全てが中和されなくても、その少なくとも一部が中和されることにより、LiOHの量が減少し、有意な増粘抑制作用が発揮され得る(図4参照)。好ましい一態様では、1モルのLiOHに対して、凡そ0.05モル以上の酸化タングステンを後添加する。かかる添加量とすることにより、正極ペーストの増粘を抑制する効果が十分に発揮され得る。例えば、以下の方法によって測定される6日間常温保存後の増粘率を300%程度以下(より好ましい態様では200%程度以下)に抑制し得る。
【0026】
≪6日間常温保存後の増粘率≫
調製した正極ペーストにつき、6日間の常温保存前後において、B型粘度計(5番ロータ)を用い、常温環境下、2rpmで粘度を測定する。初期(保存前)粘度に対する保存後の粘度の百分率を、6日間常温保存後増粘率として算出する。
【0027】
より高い増粘抑制効果を得るという観点からは、1モルのLiOHに対して、0.15モル以上(例えば0.20モル以上、さらには0.25モル以上)の酸化タングステンを後添加することが好ましい。酸化タングステンの添加量の上限値は、特に限定されないが、原材料費の低減、電池材料の資源リスク低減等の観点から、Wを必要以上に大過剰に用いることは避けることが望ましい。通常は、1モルのLiOHに対する酸化タングステンの添加量を0.50モル以下(典型的には0.40モル以下、例えば0.30モル以下)とすることが好ましい。
【0028】
ここに開示される技術によると、酸化タングステンの後添加により正極ペーストの増粘を抑制する効果に加えて、該酸化タングステンまたはこれに由来するWの寄与により、上記正極ペーストを用いて形成されるリチウムイオン二次電池の初期反応抵抗(特に、低温(例えば−30℃程度)における初期反応抵抗)を低減する効果が実現され得る。例えば、後述する実施例中の方法に従って測定される−30℃での初期反応抵抗が1.0Ω程度以下のリチウムイオン二次電池が実現され得る。かかる低温環境下では、反応抵抗が充放電に伴う電気化学反応の律速となりがちであり、反応抵抗が大きすぎると十分な出力が得られない場合がある。ここに開示される技術を適用することにより、正極ペーストの増粘が抑制されるので生産性がよく、かつ低温出力に優れたリチウムイオン二次電池が提供され得る。正極ペーストの増粘抑制効果と反応抵抗の低減効果とを高レベルでバランスよく発揮させるという観点からは、酸化タングステンの添加量(W原子換算)は、正極活物質に含まれるLi以外の金属元素のモル比(モル分率)の合計を1として0.0001〜0.03(すなわち、Li以外の金属元素の0.01〜3モル%)程度とすることが適当である。通常は、上記酸化タングステンの添加量を、Li以外の金属元素の0.03〜2モル%(典型的には0.05〜1モル%、例えば0.1〜1モル%)程度とすることが好ましい。
【0029】
上記製造方法では、上記正極活物質と酸化タングステンとを、導電材および結着剤とともに、適当な有機溶媒で混練することによって正極ペーストを調製する。正極ペーストに含まれる固形成分を添加する順番は特に制限されない。酸化タングステンは、正極ペーストの増粘が進行する前であれば、いつ添加してもよい。好ましい一態様では、酸化タングステンを含む固形成分を全て乾式混合した後、これに有機溶媒を加えて混練する。例えば、酸化タングステン以外の固形成分を混合したものに、酸化タングステンを加えてさらに混合し、これに有機溶媒(例えばNMP)を加えて混練するとよい。
【0030】
ここに開示される製造方法において用いる酸化タングステンは、WO,W等であり得る。通常は、平均粒径が0.05μm〜2.0μm(より好ましくは0.05μm〜1.0μm程度;例えば、0.1μm〜0.5μm)程度の粉末状酸化タングステンの使用が好ましい。酸化タングステンの平均粒径が小さすぎると、取扱いにくい場合がある。酸化タングステンの平均粒径が大きすぎると、正極活物質粒子表面のLiOHを効率よく中和することが困難になる場合がある。好ましい一態様では、使用する正極活物質の平均粒径Dに対して、使用する酸化タングステンの平均粒径Dをその0.02倍〜0.2倍程度(すなわち、0.02D〜0.2D程度、例えば0.05D〜0.1D程度)とする。かかる態様によると、正極活物質粒子表面のLiOHをより効率よく中和し得る。なお、本明細書中における「平均粒径」とは、特記しない限り、レーザ散乱・回折法に基づく粒度分布測定装置に基づいて測定した粒度分布における積算値50%での粒径(50%体積平均粒子径;以下、D50と略記する場合もある。)を意味するものとする。
【0031】
導電材としては、カーボン粉末やカーボンファイバー等の導電性粉末材料が好ましく用いられる。カーボン粉末としては、種々のカーボンブラック、例えば、アセチレンブラック、ファーネスブラック、ケッチェンブラック、グラファイト粉末等が好ましい。導電材は、一種のみを単独で、または二種以上を組み合わせて用いることができる。正極ペーストに含まれる導電材の量は、適宜選択すればよく、例えば、全固形成分の4質量%〜10質量%程度とすることができる。
【0032】
結着剤としては、例えば、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリ塩化ビニリデン(PVDC)、ポリエチレンオキサイド(PEO)、ポリプロピレンオキサイド(PPO)、ポリエチレンオキサイド−プロピレンオキサイド共重合体(PEO−PPO)等、有機溶媒に溶解するポリマーを、一種、または二種以上を併せて使用することができる。特に好ましい結着剤として、PVDFが例示される。正極ペーストに含まれる結着剤の量は、全固形成分の例えば1〜6質量%程度とすることができる。
【0033】
分散媒として使用する有機溶媒は、正極ペーストの固形成分の物性に応じて適宜選択すればよい。例えば、結着剤が可溶な有機溶媒が好ましく使用され得る。特に好ましい分散媒として、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)が例示される。
【0034】
上記正極ペーストのNVは、例えば20%〜70%程度とすることができ、通常は30%〜60%程度とすることが適当である。NVが高すぎると、正極ペーストの調製および塗工が困難となることがあり得る。NVが低すぎると、有機溶剤の使用量が多くなり、塗工したペーストの乾燥効率も低下しやすくなる。ここに開示される技術は、NVが40%以上(典型的には45%以上、さらには50%以上)の正極ペーストに好ましく適用されて、その粘度上昇を効果的に抑制し得る。
【0035】
上記正極ペーストは、その調製直後に25℃,2rpmの条件下でB型粘度計にて測定される粘度が、1000mPa・s以上6000mPa・s以下の範囲であり得る。例えば、かかる粘度の正極ペーストによると、酸化タングステンの粘度上昇抑制効果により、調製直後だけでなく、例えば常温で6日間程度保存した後であっても、所望の厚みの正極活物質層を均一に形成しやすい。
【0036】
上記製造方法は、また、正極活物質に含まれるLi以外の金属元素のモル比(モル分率)の合計を1として、該正極活物質に含まれるLiOHのモル比Qが0.01〜0.03(すなわち、上記Li以外の金属元素の1〜3モル%)の範囲にあるリチウム遷移金属酸化物を正極活物質として用いる態様で好ましく実施され得る。かかる態様では、上記所定量の酸化タングステンを正極ペーストに添加することにより、該ペーストの粘度上昇が好適に抑制され得る。上記正極活物質に含まれるLiOHのモル比Qは、次のようにして求めることができる。
【0037】
≪正極活物質に含まれるLiOHのモル比Qの求め方≫
正極活物質に含まれるLiOHのモル比Qは、ICP(誘導結合プラズマ)装置を用いて、JIS K0116に定められた手法により算出することができる。
あるいは、ICP−MS(誘導結合プラズマ質量分析装置)により、正極活物質に含まれる金属元素(例えば、Li,Ni,Co,Mn,Al等であり得る。)の質量比を求め、これを元素比(モル比)に換算し、正極活物質1g当たりに含まれるリチウム以外の金属元素のモル比の合計を算出する。こうして算出された正極活物質1g当たりに含まれるリチウム以外の金属元素の合計モル量をRとし、上述した中和滴定により求めた正極活物質1g当たりのLiOHのモル量PのRに対する比(P/R)を、正極活物質に含まれるLiOHのモル比Qとして求めることもできる。
【0038】
本発明によると、ここに開示されるいずれかの方法により製造されるリチウムイオン二次電池が提供される。かかるリチウムイオン二次電池の一実施形態について、電極体および非水電解液を角型形状の電池ケースに収容した構成のリチウムイオン二次電池100(図1)を例にして詳細に説明するが、ここに開示される技術はかかる実施形態に限定されない。すなわち、ここに開示されるリチウムイオン二次電池の形状は特に限定されず、その電池ケース、電極体等は、用途や容量に応じて、素材、形状、大きさ等を適宜選択することができる。例えば、電池ケースは、直方体状、扁平形状、円筒形状等であり得る。なお、以下の図面において、同じ作用を奏する部材・部位には同じ符号を付し、重複する説明は省略又は簡略化することがある。また、各図における寸法関係(長さ、幅、厚さ等)は実際の寸法関係を反映するものではない。
【0039】
リチウムイオン二次電池100は、図1および図2に示されるように、捲回電極体20を、非水電解液90とともに、該電極体20の形状に対応した扁平な箱状の電池ケース10の開口部12より内部に収容し、該ケース10の開口部12を蓋体14で塞ぐことによって構築することができる。また、蓋体14には、外部接続用の正極端子38および負極端子48が、それら端子の一部が蓋体14の表面側に突出するように設けられている。
【0040】
上記電極体20は、長尺シート状の正極集電体32の表面に正極活物質層34が形成された正極シート30と、長尺シート状の負極集電体42の表面に負極活物質層44が形成された負極シート40とを、2枚の長尺シート状のセパレータ50と共に重ね合わせて捲回し、得られた捲回体を側面方向から押圧して拉げさせることによって扁平形状に成形されている。
【0041】
正極シート30は、その長手方向に沿う一方の端部において、正極活物質層34が設けられておらず(あるいは除去されて)、正極集電体32が露出するよう形成されている。同様に、捲回される負極シート40は、その長手方向に沿う一方の端部において、負極活物質層44が設けられておらず(あるいは除去されて)、負極集電体42が露出するように形成されている。そして、正極集電体32の該露出端部に正極端子38が、負極集電体42の該露出端部には負極端子48がそれぞれ接合され、上記扁平形状に形成された捲回電極体20の正極シート30または負極シート40と電気的に接続されている。正負極端子38,48と正負極集電体32,42とは、例えば超音波溶接、抵抗溶接等によりそれぞれ接合することができる。
【0042】
上記正極シート30は、例えば、上記正極ペーストを正極集電体32に付与し、該組成物を乾燥させることにより好ましく作製することができる。上記正極ペーストから形成された正極活物質層34は、正極ペーストの調製時に酸化タングステンが添加されているので、酸化タングステンまたはその中和物を正極活物質粒子の表面または外部に有するものであり得る。
【0043】
正極集電体32としては、導電性の良好な金属からなる導電性部材が好ましく用いられる。例えば、アルミニウムまたはアルミニウムを主成分とする合金を用いることができる。正極集電体32の形状は、リチウムイオン二次電池の形状等に応じて異なり得るため、特に制限はなく、棒状、板状、シート状、箔状、メッシュ状等の種々の形態であり得る。本実施形態ではシート状のアルミニウム製の正極集電体32が用いられ、捲回電極体20を備えるリチウムイオン二次電池100に好ましく使用され得る。かかる実施形態では、例えば、厚みが10μm〜30μm程度のアルミニウムシートが好ましく使用され得る。
【0044】
負極シート40は、例えば、負極活物質を、必要に応じて結着剤(バインダ)等とともに適当な溶媒に分散させたペーストまたはスラリー状の組成物(負極ペースト)を負極集電体42に付与し、該組成物を乾燥させることにより好ましく作製することができる。
【0045】
負極活物質としては、従来からリチウムイオン二次電池に用いられる物質の一種または二種以上を特に限定なく使用することができる。例えば、好適な負極活物質としてカーボン粒子が挙げられる。少なくとも一部にグラファイト構造(層状構造)を含む粒子状の炭素材料(カーボン粒子)が好ましく用いられる。いわゆる黒鉛質のもの(グラファイト)、難黒鉛化炭素質のもの(ハードカーボン)、易黒鉛化炭素質のもの(ソフトカーボン)、これらを組み合わせた構造を有するもののいずれの炭素材料も好適に使用され得る。中でも特に、天然黒鉛等の黒鉛粒子を好ましく使用することができる。
【0046】
負極形成用の結着剤としては、例えば、水に溶解する水溶性ポリマーや、水に分散するポリマー、非水溶媒(有機溶媒)に溶解するポリマー等から適宜選択して用いることができる。また、一種のみを単独で用いてもよいし、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
水溶性ポリマーとしては、例えば、カルボキシメチルセルロース(CMC)、メチルセルロース(MC)、酢酸フタル酸セルロース(CAP)、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート(HPMCP)、ポリビニルアルコール(PVA)等が挙げられる。
水分散性ポリマーとしては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重含体(PFA)、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)等のフッ素系樹脂、酢酸ビニル共重合体、スチレンブタジエンブロック共重合体(SBR)、アクリル酸変性SBR樹脂(SBR系ラテックス)、アラビアゴム等のゴム類等が挙げられる。
非水溶媒(有機溶媒)に溶解するポリマーとしては、例えば、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリ塩化ビニリデン(PVDC)、ポリエチレンオキサイド(PEO)、ポリプロピレンオキサイド(PPO)、ポリエチレンオキサイド−プロピレンオキサイド共重合体(PEO−PPO)等が挙げられる。負極活物質層に含まれる結着剤の量は、適宜選択すればよく、例えば1.5〜10質量%程度とすることができる。
【0047】
負極集電体42としては、導電性の良好な金属からなる導電性部材が好ましく用いられる。例えば、銅または銅を主成分とする合金を用いることができる。また、負極集電体42の形状は、リチウムイオン二次電池の形状等に応じて異なり得るため、特に制限はなく、棒状、板状、シート状、箔状、メッシュ状等の種々の形態であり得る。本実施形態ではシート状の銅製の負極集電体42が用いられ、捲回電極体20を備えるリチウムイオン二次電池100に好ましく使用され得る。かかる実施形態では、例えば、厚みが6μm〜30μm程度の銅製シートを好ましく使用され得る。
【0048】
非水電解液90は、非水溶媒(有機溶媒)中に電解質(支持塩)を含む。該電解質としては、一般的なリチウムイオン二次電池に電解質として用いられるリチウム塩を、適宜選択して使用することができる。かかるリチウム塩として、LiPF、LiBF、LiClO、LiAsF、Li(CFSON、LiCFSO等が例示される。これらリチウム塩は、一種のみを単独で、または二種以上を組み合わせて用いることができる。特に好ましい例として、LiPFが挙げられる。上記非水電解液は、例えば、電解質濃度が0.7〜1.3モル/Lの範囲内となるように調製することが好ましい。
【0049】
上記非水溶媒としては、一般的なリチウムイオン二次電池に用いられる有機溶媒を適宜選択して使用することができる。特に好ましい非水溶媒として、エチレンカーボネート(EC)、ジエチルカーボネート(DEC)、ジメチルカーボネート(DMC)、エチルメチルカーボネート(EMC)、ビニレンカーボネート(VC)、プロピレンカーボネート(PC)等のカーボネート類が例示される。これら有機溶媒は、一種のみを単独で、または二種以上を組み合わせて用いることができる。例えば、EC,DMC,EMCの混合溶媒を好ましく使用することができる。
【0050】
上記セパレータ50は、正極シート30および負極シート40の間に介在する層であって、典型的にはシート状をなし、正極シート30の正極活物質層34と、負極シート40の負極活物質層44にそれぞれ接するように配置される。そして、正極シート30と負極シート40における両電極活物質層34,44の接触に伴う短絡防止や、該セパレータ50の空孔内に上記電解液を含浸させることにより電極間の伝導パス(導電経路)を形成する役割を担っている。かかるセパレータ50としては、従来公知のものを特に制限なく使用することができる。例えば、樹脂からなる多孔性シート(微多孔質樹脂シート)を好ましく用いることができる。ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリスチレン等の多孔質ポリオレフィン系樹脂シートが好ましい。特に、PEシート、PPシート、PE層とPP層とが積層された多層構造シート等を好適に使用し得る。セパレータの厚みは、例えば、凡そ10μm〜40μmの範囲内で設定することが好ましい。
【0051】
以下、本発明に関するいくつかの実施例を説明するが、本発明をかかる実施例に示すものに限定することを意図したものではない。なお、以下の説明において「部」および「%」は、特に断りがない限り質量基準である。
【0052】
≪正極活物質の調製≫
次の手順により、以下の例1〜11で用いた正極活物質を調製した。すなわち、各例に係る正極活物質に含まれるLiおよびW以外の金属元素(Ni,Co,およびMnまたはAl)の硫酸塩を、所定のモル比となるように水に溶解させて水溶液を得た。該水溶液を50℃に保持し、これにアンモニア水と水酸化ナトリウム水溶液とを少量ずつ供給しながら中和し、pH11程度に調整して晶析を進行させた後、ろ過・水洗して得られた固形物を ℃で乾燥させて、正極活物質の前駆体としての水酸化物を得た。該水酸化物に含まれる全金属元素の合計モル比の合計Mに対するリチウムのモル比の値(Li/M)が所望の値となるように炭酸リチウムを秤量し、乾燥させた上記遷移金属酸化物と混合した。得られた混合物を、大気中において900℃で24時間程度焼成し、解砕および篩い分けを行って、平均粒径5μmの正極活物質サンプルを調製した。
【0053】
≪LiOHの中和滴定およびモル量Pの定量≫
上述した方法に従って、各例に係る正極活物質サンプルに含まれるLiOHの中和滴定を実施した。その結果から、正極活物質1g当たりに含まれるLiOHのモル量Pを求めた。使用した塩酸溶液の濃度は1モル/Lとした。
他の滴定条件は、次のとおりとした。
滴定速度: 400μL/秒
最大滴下量: 50μL
最小滴下量: 2μL
滴下待ち時間: 1秒
安定待ち係数: 10mpH
安定待ち時間: 1秒
【0054】
≪正極活物質に含まれるLiOHのモル比Qの算出≫
ICP装置(島津製作所社製、型式「ICPE−9000」)を用いて、JIS K0116に定められた手法により、正極活物質に含まれるLiOHのモル比Qを算出した。
【0055】
≪正極活物質の組成式の同定≫
例1〜11で用いた正極活物質につき、上記ICP−MS分析によって得られた構成元素の元素比(モル比)に基づき、組成式を同定した。ここで、各正極活物質の組成式におけるLiの係数は、上記で定量した微量のLiOHからのLiを除した値とした。この計算方法を、例1の正極活物質を例として以下に示す。
ICP−MS分析によって測定された構成金属の元素比(モル比)Li:Ni:Co:Mn は、1.175:0.33307:0.33345:0.33348であった。上記で算出された該正極活物質に含まれるLiOHのモル比Qは、0.01312であった。このLiOHのモル比Qは、LiOHを構成するLiのモル比に等しい。これを、ICP−MS分析によって測定されたLiのモル比1.175から差し引くことにより、正極活物質の組成に含まれるLiのモル比1.162を得た。これにより、例1の正極活物質の組成式は、Li1.16Ni0.33Co0.33Mn0.33と同定した。
同定された各例の正極活物質組成を、LiOHのモル比Qと併せて表1に示す。
【0056】
≪酸化タングステン添加量に対する増粘率の変化≫
後述する例1に係る正極活物質(Li1.16Ni0.33Co0.33Mn0.33;LiOHのモル比Q=0.013)と、アセチレンブラック(導電材)と、PVDFとを、これらの比が88:10:2となるように混合し、該正極活物質に含まれるLiOHのモル量に対して0倍(添加せず)〜0.355倍のWO粉末(平均粒径0.3μm)を添加し、NMPをNVが54%となるように加えて混練して正極ペーストを調製した。得られた正極ペーストの各々について、B型粘度計(5番ロータ,2rpm)にて粘度を測定した後、常温で6日間保存した。保存後の粘度を同様にして測定し、初期粘度に対する保存後の粘度の百分率を増粘率として求めた。6日間常温保存後の増粘率を酸化タングステンの添加割合に対してプロットしたグラフを図4に示す。この結果から、酸化タングステンの添加量増加に伴い増粘率が急激に低下し、特にLiOHのモル量の0.05倍以上になると増粘率が300%以下となって、高い粘度安定性が実現されることが確認された。
【0057】
≪リチウムイオン二次電池の構築≫
<例1〜11>
各例に係る正極活物質と、アセチレンブラック(導電材)と、PVDFとを、これらの比が88:10:2となるように混合し、さらにLiOHの含有量に応じて表1に示す添加割合でWO粉末(平均粒径0.3μm)を加え、NVが54%となる量のNMPに分散・混練して正極ペーストを得た。各例に係る正極ペーストのサンプルにつき、上記と同様にして6日間常温保存後の増粘率を求めた。なお、表1の酸化タングステン添加割合が「―」と記載されている場合は、その例において酸化タングステンが添加されなかったことを意味する。
各例において、その正極ペースト(保存前)を、厚さ15μmの長尺状アルミニウム箔の各面に、付与量が両面合計で11.9mg/cmとなるように塗付した。これを乾燥後圧延して、総厚が66μm(アルミニウム箔の厚みを含む。)の正極シートを得た。
天然黒鉛とSBRとCMCとを、質量比98:1:1で混合し、イオン交換水を加えて負極ペーストを得た。これを、厚さ10μmの長尺状銅箔の各面に、付与量が両面合計で7.5mg/cmとなるように塗付した。これを乾燥後圧延して総厚65μm(銅箔の厚みを含む)の負極シートを得た。
上記正極シートと上記負極シートとを、二枚のセパレータ(厚さ20μmの長尺状多孔質ポリエチレンシート)ととともに長手方向に捲回して電極体を作製した。この電極体を、1モル/LのLiPF溶液(EC,DMC,EMC(体積比1:1:1)の混合溶媒)とともに円筒型容器に収容して、理論容量が1Ahの18650型(直径18mm,高さ65mm)リチウムイオン二次電池を得た。
【0058】
≪コンディショニング処理≫
各電池に対して、1/10C(1Cは、1時間で満充放電可能な電流値)のレートで3時間の定電流(CC)充電を行い、次いで、1/3Cのレートで4.1Vまで充電する操作と、1/3Cのレートで3Vまで放電させる操作とを3回繰り返した。
【0059】
≪−30℃反応抵抗の測定≫
コンディショニング処理を施した各例の電池を、SOC40%に調整し、温度−30℃、周波数0.001Hz〜10000Hz、印加電圧10mVの条件にて、交流インピーダンス測定を行い、Nyquistプロットの等価回路フィッティングにより−30℃反応抵抗(Ω)を求めた。その結果を表1に示す。
【0060】
【表1】

【0061】
表1に示されるとおり、同じ正極活物質を用いた例1〜3のうち、酸化タングステンが添加されていない例1の正極ペーストは、6日間常温保存後の増粘率が1000%(10倍)と極めて高かったのに対し、LiOH含有量の0.05倍(モル量換算)の酸化タングステンを用いて調製された例2の正極ペーストは、保存後増粘率が300%と、例1の正極ペーストの3分の1以下に増粘が抑制された。さらにLiOH含有量の0.27倍の酸化タングステンを加えた例3の正極ペーストは、保存後増粘率が170%と、例1の6分の1近くに増粘が抑制された。加えて、これら正極ペーストを用いて形成された例1〜3の電池では、−30℃反応抵抗が、例2は例1の凡そ66%、例3はさらに例1の58%程度と、酸化タングステンの添加による顕著な低温反応抵抗抑制効果が認められた。
例4〜11についても同様に、同じ正極活物質を用いた例を比較した場合、LiOH含有量の0.25倍以上の酸化タングステンが添加された例5,7,9,11は、それぞれに対応する酸化タングステン無添加の例4,6,8,10と比べ、保存後粘度が全て初期粘度の200%以下と、保存後増粘率が顕著に抑制された。また、各例に係る電池についても、例5,7,9,11は、−30℃反応抵抗がいずれも1Ωを下回り、酸化タングステン無添加の対応例の55〜63%程度にまで小さくなったことが認められた。
これらの結果は、正極ペーストに酸化タングステンを添加することで、正極ペーストの増粘抑制効果のみならず、該正極ペーストを用いて形成された電池において低温反応抵抗の抑制効果が実現されることを示している。
【0062】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、請求の範囲を限定するものではない。請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【符号の説明】
【0063】
1 車両
20 捲回電極体
30 正極シート
32 正極集電体
34 正極活物質層
38 正極端子
40 負極シート
42 負極集電体
44 負極活物質層
48 負極端子
50 セパレータ
90 非水電解液
100 リチウムイオン二次電池

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極活物質を有する正極と、負極活物質を有する負極と、非水電解液と、を備えたリチウムイオン二次電池を製造する方法であって、
前記正極を作製する工程と、該正極と前記負極と前記非水電解液とを用いてリチウムイオン二次電池を構築する工程と、を包含し、
前記正極を作製する工程は:
前記正極活物質として、組成外にLiOHを含むリチウム遷移金属酸化物を用意すること;
前記正極活物質1g当たりに含まれるLiOHのモル量Pを把握すること;
前記LiOHのモル量Pに対して、LiOH1モル当たり、タングステン原子換算で0.05モル以上の酸化タングステンを用意すること;および、
前記正極活物質と前記酸化タングステンとを、導電材および結着剤とともに有機溶媒で混練して正極ペーストを調製すること;
を包含する、リチウムイオン二次電池製造方法。
【請求項2】
前記有機溶媒としてN−メチル−2−ピロリドンを使用する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記正極ペーストの固形分濃度が50質量%以上である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記リチウム遷移金属酸化物が、以下の一般式(I):
Li1+xNiCo(1−y−z) (I)
(ここで、xは0.05≦x≦0.2を満たし、yは0.3≦y<0.9を満たし、zは0.1<z<0.4は;を満たし、0≦(1−y−z)である。0<(1−y−z)の場合、Mは、MnおよびAlから選択される一方または両方である。);
で表される層状構造を有するリチウム遷移金属酸化物である、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一項に記載の方法によって製造された、リチウムイオン二次電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−84395(P2013−84395A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−222305(P2011−222305)
【出願日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】