リチウムイオン二次電池及びその製造方法
【課題】 電池特性に優れたリチウムイオン二次電池及びその製造方法を提供する。
【解決手段】 リチウムイオン二次電池は、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極活物質をもつ正極と、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極活物質をもつ負極と、電解液とを備えている。飛行時間型二次イオン質量分析(TOF−SIMS)法により負極活物質の表面に一次イオンを照射したときに検出される負極表面検出成分は、リン酸リチウムイオン、ホウ酸リチウムイオン及び砒酸リチウムイオンの群の少なくとも1種からなる負極側の第一成分を有する。すべての負極表面検出成分に由来するピークの積分強度の合計値に対する負極側の第一成分に由来するピークの積分強度の比率であるイオンカウント比が0.02以上である。
【解決手段】 リチウムイオン二次電池は、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極活物質をもつ正極と、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極活物質をもつ負極と、電解液とを備えている。飛行時間型二次イオン質量分析(TOF−SIMS)法により負極活物質の表面に一次イオンを照射したときに検出される負極表面検出成分は、リン酸リチウムイオン、ホウ酸リチウムイオン及び砒酸リチウムイオンの群の少なくとも1種からなる負極側の第一成分を有する。すべての負極表面検出成分に由来するピークの積分強度の合計値に対する負極側の第一成分に由来するピークの積分強度の比率であるイオンカウント比が0.02以上である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池及びその製造方法、特に電極の活物質に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池などの二次電池は、小型で大容量であるため、携帯電話やノート型パソコンといった幅広い分野で用いられている。
【0003】
リチウムイオン二次電池は、正極と負極と電解液とから構成されている。正極は、例えば、リチウム・マンガン複合酸化物、リチウム・コバルト複合酸化物、リチウム・ニッケル複合酸化物などのリチウムと遷移金属との金属複合酸化物からなる正極活物質と、正極活物質で被覆された集電体とからなる。
【0004】
負極は、リチウムイオンを吸蔵・放出し得る負極活物質が集電体を被覆して形成されている。リチウムイオンを吸蔵・放出し得る負極活物質として、近年、酸化珪素(SiOx:0.5≦x≦1.5程度)の使用が検討されている。酸化珪素SiOxは、熱処理されると、SiとSiO2とに分解することが知られている。これは、不均化反応といい、SiとOとの比が概ね1:1の均質な固体の一酸化珪素SiOであれば、固体の内部反応によりSi相とSiO2相の二相に分離する。分離して得られるSi相は非常に微細であり、SiO2相により被覆されている。Si相は、Liイオンを吸蔵・放出し得る珪素単体を含み、Liイオンの膨張・収縮により体積が膨張したり収縮したりする。SiO2相は、Si相の膨張・収縮を吸収し、また、電解液がSi相に接触することを防止することで電解液の分解反応を抑制して、電池のサイクル特性を向上させる。
【0005】
上記リチウムイオン二次電池について充放電を行うと、リチウムイオンが電解液を通じて正極活物質と負極活物質との間で挿入・脱離が行われる。その際には、電解液中に含まれる電解質が一部還元分解され、その分解生成物が、負極活物質表面を被覆して被膜を形成する。この被膜は、リチウムイオンは通すが、電子は通さないという膜であり、固体電解質界面被膜(SEI:Solid Electrolyte Interphase)と言われている。被膜は、負極活物質表面を被覆することで、電解質と負極活物質とが直接接触することを防止して電解質の分解劣化を抑えている。負極活物質表面を被覆するSEI被膜については、従来、特許文献1〜5に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−200115号公報
【特許文献2】特開2011−014298号公報
【特許文献3】特開2004−014459号公報
【特許文献4】特開2010−010095号公報
【特許文献5】特開2008−210529号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
SEI被膜は、電池特性と密接な関係がある。電池特性の向上のために、SEI被膜の構造、組成などの最適化が必要である。
【0008】
そこで、発明者らは、電池特性を向上させるべく、SEI被膜の組成について、鋭意探求してきた。その中で、従来技術にないSEI被膜の新規な成分の特徴を見いだし、その特徴に基づいて本願発明に想到した。
【0009】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであり、電池特性に優れたリチウムイオン二次電池及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、電池特性の良好なリチウムイオン二次電池の活物質表面の成分分析を行った。その結果、活物質表面の成分が明らかになった。
【0011】
(1)本発明のリチウムイオン二次電池は、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極活物質をもつ正極と、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極活物質をもつ負極と、電解液と、を備えたリチウムイオン二次電池であって、
飛行時間型二次イオン質量分析(TOF−SIMS)法により初期充放電後の前記負極活物質の表面に一次イオンを照射したときに検出される負極表面検出成分は、リン酸リチウムイオン、ホウ酸リチウムイオン及び砒酸リチウムイオンの群の少なくとも1種からなる第一成分を有し、すべての該負極表面検出成分に由来するピークの積分強度の合計値に対する該第一成分に由来するピークの積分強度の比率である該第一成分のイオンカウント比が0.02以上であることを特徴とする。
【0012】
本発明においては、TOF−SIMS法により負極活物質表面を分析すると、リン酸リチウムイオン、ホウ酸リチウムイオン及び砒酸リチウムイオンの群の少なくとも一種からなる負極側の第一成分が検出され、この負極側の第一成分のイオンカウント比が、0.02以上である。この場合には、理由は定かではないが、電池のサイクル特性が向上する。
【0013】
後述する実験により、上記負極側の第一成分のイオンカウント比が0.02以上の場合には、0.02未満の場合に比べて、サイクル特性が向上することが明らかになった。そこで、負極活物質表面で検出された負極側の第一成分のイオンカウント比を0.02以上とすることにより、サイクル特性が優れた電池が得られることを着想したものである。
【0014】
(2)前記負極側の第一成分は、前記リン酸リチウムイオンとしてのLiPO2F3-を有することが好ましい。LiPO2F3-は、サイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池の負極活物質表面から検出された顕著な検出成分である。負極活物質表面にLiPO2F3-が含まれることにより、電池のサイクル特性が向上する。
【0015】
(3)前記負極表面検出成分は、LiXaObFc-(XはP、B、Asのうちのいずれかである。1≦a≦2、2≦b≦5、0≦c≦9)を有することが好ましい。サイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池の負極活物質表面には、前記第一成分の他にも、LiXaObFc-、(XはP、B、Asのうちのいずれかである。1≦a≦2、2≦b≦5、2≦c≦9)を有することが多い。これらの成分は、サイクル特性を高める負極活物質の表面成分の指標として用いることができる。
【0016】
(4)前記負極表面検出成分は、分子量が100以上の高分子成分を有することが好ましい。分子量100以上の高分子成分についても、電池のサイクル特性の向上に寄与することができる。
【0017】
(5)すべての前記負極表面検出成分に由来するピークの積分強度の合計値に対する前記高分子成分に由来するピークの積分強度の比率である前記高分子成分のイオンカウント比は、0.002以上であることが好ましい。この場合には、電池のサイクル特性が更に向上する。
【0018】
(6)前記電解液には、LiPF6、LiBF4及びLiAsF6の群の中の少なくとも1種を含むことが好ましい。電解液がこれらの成分を含む場合には、負極活物質表面に上記のリン酸リチウムイオン、ホウ酸リチウムイオン及び砒酸リチウムイオンが生成し易くなる。
【0019】
(7)前記負極活物質は、35℃以上80℃以下の温度で初期充放電を行うことにより、前記負極表面検出成分を有する被膜が形成されていることが好ましい。この範囲の温度で初期充放電を行うことにより、負極活物質表面に上記負極側の第一成分を有する負極表面検出成分を生成させることができる。
【0020】
(8)前記負極活物質は、珪素(Si)を含むことが好ましい。珪素(Si)を含む負極活物質は、充放電時に2〜4倍に体積変化するものが多く、負極活物質表面に亀裂や破壊が生じやすく、サイクル特性が低下しやすい。しかし、本発明においては、TOF−SIMS法による負極活物質の表面分析を行うと、上記負極側の第一成分のイオンカウント比が0.02以上である。この場合、負極活物質が珪素を含んでいても、サイクル特性が向上する。
【0021】
(9)前記飛行時間型二次イオン質量分析(TOF−SIMS)法により前記正極活物質の表面に一次イオンを照射したときに検出される正極表面検出成分は、フッ化リン酸リチウムイオン、フッ化ホウ酸リチウムイオン及びフッ化砒酸リチウムイオンの群の少なくとも1種からなる正極側の第二成分を有し、すべての前記正極表面検出成分に由来するピークの積分強度の合計値に対する前記正極側の第二成分に由来するピークの積分強度の比率である正極側の第二成分のイオンカウント比が0.10以上であることが好ましい。この場合にも電池のサイクル特性が向上する。その理由は定かではないが、上記第二成分が正極活物質表面から検出されることにより、サイクル特性が向上するものと考えられる。
【0022】
(10)前記正極表面検出成分は、LiXdOeFf-(XはP、B、Asのうちのいずれかである。1≦d≦3、1≦e≦2、7≦f≦14)を有することが好ましい。この正極表面検出成分は、サイクル特性を高める正極活物質の表面成分の指標として用いることができる。
【0023】
(11)前記正極表面検出成分は、分子量が100以上の高分子成分を有することが好ましい。分子量100以上の高分子成分についても、電池のサイクル特性の向上に寄与することができる。
【0024】
(12)本発明のリチウムイオン二次電池の製造方法は、上記のリチウムイオン二次電池を製造する方法であって、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極活物質をもつ正極と、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極活物質をもつ負極と、LiPF6、LiBF4及びLiAsF6の群の中の少なくとも1種を含む電解液と、からなる電池体に、35℃以上80℃以下の温度で初期充放電を行うことを特徴とする。
【0025】
上記の温度範囲で電池体に初期充放電を行うことにより、負極活物質の表面に、上記負極側の第一成分を含む負極表面検出成分を生成させることができ、電池のサイクル特性が向上する。
【0026】
(13)本発明のリチウムイオン二次電池は、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極活物質をもつ正極と、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極活物質をもつ負極と、電解液と、を備えたリチウムイオン二次電池であって、前記負極活物質は、リン酸リチウム、ホウ酸リチウム及び砒酸リチウムの群の少なくとも1種を含むことを特徴とする。
【0027】
負極活物質が、リン酸リチウム、ホウ酸リチウム及び砒酸リチウムの群の少なくとも1種を含むことにより、電池のサイクル特性が向上する。
【0028】
(14)本発明の車両は、前記のリチウムイオン二次電池が搭載されていることを特徴とする。前記のリチウムイオン二次電池は、サイクル特性に優れているため、これを車両に搭載することにより、長時間高い電気出力を維持できる。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、TOF−SIMS法分析により負極活物質表面から検出されたリン酸リチウムイオン、ホウ酸リチウムイオン及び砒酸リチウムイオンの群の少なくとも一種のイオンカウント比が、0.02以上であるため、電池のサイクル特性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】TOF−SIMS法分析による試料1〜3の負極表面の正イオンスペクトルを示す。
【図2】TOF−SIMS法分析による試料1〜3の負極表面の負イオンスペクトルを示す。
【図3】試料1〜3の負極表面検出成分のイオンカウント比であって、試料3の負極表面検出成分のイオンカウント比に対して試料2の負極表面検出成分のイオンカウント比が1.5倍以上であるものを示す。
【図4】試料1〜3の負極表面検出成分のイオンカウント比であって、試料2の負極表面検出成分のイオンカウント比に対して試料3の負極表面検出成分のイオンカウント比が1.5倍以上であるものを示す。
【図5】試料1〜3の負極活物質表面での分子量343の負イオン成分、LiPO2F3-のイオンイメージを示す。
【図6】TOF−SIMS法分析による試料1〜3の正極表面の正イオンスペクトルを示す。
【図7】TOF−SIMS法分析による試料1〜3の正極表面の負イオンスペクトルを示す。
【図8】試料1〜3の正極表面検出成分のイオンカウント比であって、試料3の正極表面検出成分のイオンカウント比に対して試料2の正極表面検出成分のイオンカウント比が1.5倍以上であるものを示す。
【図9】試料1〜3の正極表面検出成分のイオンカウント比であって、試料2の正極表面検出成分のイオンカウント比に対して試料3の正極表面検出成分のイオンカウント比が1.5倍以上であるものを示す。
【図10】試料1〜3の正極活物質表面でのLi3F2+、分子量343の正イオン成分、PO2F2-、LiPF7-の二次イオンイメージデータを示す。
【図11】試料2,3のサイクル試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明のリチウムイオン二次電池は、負極と正極と電解液とを備えている。
【0032】
(負極)
負極は、負極活物質と集電体とからなる。負極活物質は、負極活物質層として集電体に圧着されることが一般的である。集電体は、例えば、銅や銅合金などの金属製のメッシュや金属箔を用いるとよい。負極活物質は、粒子状又は粉末状の負極活物質粒子を構成している。負極活物質粒子の平均粒径は、例えば、0.01〜10μm、更には、0.01〜5μmであることがよい。
【0033】
負極活物質の表面の成分分析をTOF−SIMS法により行う。TOF−SIMS法は、試料に一次イオンビームを照射し、その際に試料の表面から放出される二次イオンの質量分析を行う方法である。一次イオンの照射量を低く抑えることで、試料の表面成分を、化学構造を保った分子イオンとして検出することができる。
【0034】
試料の表面から放出される二次イオンは、質量に応じた速度で飛行時間型(TOF型)質量分析計へ導入される。検出器に到達するまでの飛行時間は、成分の質量に対応し、この飛行時間を分析することで、成分の質量に応じたスペクトルが得られる。このスペクトルと電解液の成分とから、TOF−SIMS法で検出された検出成分が特定される。
【0035】
TOF−SIMS法により負極活物質表面に一次イオンを照射し、その際に負極活物質表面から放出される二次イオンをTOF型質量分析計により分析すると、リン酸リチウムイオン、ホウ酸リチウムイオン及び砒酸リチウムイオンの群の少なくとも1種からなる負極側の第一成分を有する負極表面検出成分が検出される。負極表面検出成分は多数種検出されるが、その中でも負極側の第一成分は、サイクル特性を向上させる負極活物質特有の成分である。そして、この負極側の第一成分のイオンカウント比は、0.02以上である。発明者は、鋭意探求の結果、上記負極側の第一成分がイオンカウント比0.02以上となる量で負極活物質表面に含まれることにより、電池のサイクル特性を向上させることを突きとめた。
【0036】
負極側の第一成分は、リン酸リチウムイオン、ホウ酸リチウムイオン及び砒酸リチウムイオンの群の少なくとも1種を有する。TOF−SIMS法で検出されたリン酸リチウムイオンはリン酸リチウムに由来し、ホウ酸リチウムイオンはホウ酸リチウムに由来し、砒酸リチウムイオンは砒酸リチウムに由来する。このため、負極活物質の表面には、リン酸リチウム、ホウ酸リチウム及び砒酸リチウムの群の少なくとも1種が含まれているとされている。
【0037】
リン酸リチウムイオンは、例えば、電解液中にLiPF6が含まれる場合に負極活物質表面から検出される。ホウ酸リチウムイオンは、例えば、電解液中にLiBF4が含まれる場合に負極活物質表面から検出される。砒酸リチウムイオンは、例えば、電解液中にLiAsF6が含まれる場合に負極活物質表面から検出される。負極側の第一成分がリン酸リチウムイオンである場合には、リン酸リチウムイオンはLiPO2F3-であることが好ましい。この場合には、電池のサイクル特性が効果的に向上する。
【0038】
負極側の第一成分のイオンカウント比は0.02以上である。後述の実験結果より、この場合には、電池のサイクル特性を向上させることができることが判明した。負極側の第一成分のイオンカウント比の上限は0.2であるとよい。さらに、負極側の第一成分のイオンカウント比の下限は0.025、上限は0.1であることが望ましい。
【0039】
ここで、負極側の第一成分のイオンカウント比は、TOF―SIMS法により検出されるすべての負極表面検出成分に由来するピークの積分強度の合計値に対する、負極側の第一成分に由来するピークの積分強度の比率である。ピークの積分強度は、ピークの左右両側の最下点を結ぶ線とピークの曲線との間に形成される山形状部分の面積で表される。TOF―SIMS法により検出されるすべての負極表面検出成分に由来するピークの積分強度の合計値は、TOF−SIMS法により検出されるスペクトルにおける全てのピークの積分強度の合計をいう。負極側の第一成分に由来するピークの積分強度は、リン酸リチウムイオン、ホウ酸リチウムイオン及び砒酸リチウムイオンの群の少なくとも1種に由来するピークの積分強度をいう。
【0040】
TOF−SIMS法により負極活物質表面から検出される負極表面検出成分は、LiXaObFc-(XはP、B、Asのうちのいずれかである。1≦a≦2、2≦b≦5、0≦c≦9)を有することが好ましい。XがP(リン)である負極表面検出成分は、電解液にLiPF6が含まれる場合に負極活物質表面から検出されることが多い。XがB(ホウ素)である負極表面検出成分は、例えば、電解液中にLiBF4が含まれる場合に負極活物質表面から検出されやすい。XがAs(砒素)である負極表面検出成分は、電解液中にLiAsF6が含まれる場合に負極活物質表面から検出されやすい。このような負極表面検出成分の具体例としては、例えば、LiPO2F3-、LiP2O4-、LiP2O5-、LiP2O6-、LiP2O5F2-、LiP2O4F4-、LiP2O2F8-、LiP2O5F9-、LiBOF3-、LiB2O3F2-、LiB2OF6-、LiAsO2F3-、LiAs2O4-、LiAs2O5-、LiAs2O6-、LiAs2O5F2-、LiAs2O4F4-、LiAs2O2F8-、LiAs2O5F9-などが挙げられる。
【0041】
TOF−SIMS法により負極活物質表面から検出される負極表面検出成分は、上記第一成分の他に、分子量が100以上の高分子成分が含まれていてもよい。高分子成分の分子量は、分子量が200以上、好ましくは300以上であるとよく、また、600以下であることがよい。このような高分子成分の多くは、炭化水素化合物を含むと推定される。炭化水素化合物は、例えば、C17H34PO3LiF+、C18H36PO4LiF+などが挙げられる。
【0042】
TOF−SIMS法により負極活物質表面から検出される炭化水素化合物は、電解液中の非水溶媒から生成したものと考えられる。炭化水素化合物は、比較的柔軟に変形可能な構造を有しているため、負極活物質の体積変化に追従し易く、負極活物質表面の構造が破壊しにくい。このため、負極活物質表面に炭化水素化合物が含まれることで、電池のサイクル特性に優れていると推定される。また、炭化水素化合物は、リチウムイオンを通しやすく、電気抵抗が低いことも、電池特性を良好にしている原因と考えられている。
【0043】
負極活物質の表面には、35℃以上80℃以下の温度で初期充放電を行うことにより被膜が形成されているとよい。この被膜は、一般にSEI被膜といわれており、Liイオンが通過可能な絶縁膜である。被膜は、負極活物質の全表面を被覆しているとよい。負極活物質が、電解液と接触して、電解液中の電解質を分解することを抑制し、また負極活物質に吸蔵されているLiイオンの溶出を抑制するためである。
【0044】
被膜から前記第一成分を含む前記負極表面検出成分が検出されることがよい。35〜80℃という温度で初期充放電を行うことで、イオンカウント比が0.02以上の上記第一成分が被膜から検出される。被膜には、リン酸リチウム、ホウ酸リチウム及び砒酸リチウムの群の少なくとも1種が含まれているとよい。
【0045】
初期充放電とは、二次電池組み付け途中又は組み付け後に行う初回の充放電であり、一般にコンディショニング処理ともいう。初期充放電処理の具体例としては、第1に、負極と正極と必要に応じてセパレータからなる電極体を電池容器内に収容し電解液を注入し初期充放電を行った後に、密封する。第2に、電極体及び電解液を電池容器内に収容し密封することで二次電池組み付け後に、初期充放電を施す。充放電の作業性の観点から、二次電池組み付け後に充放電を施すことがよい。
【0046】
初期充放電としての充放電の回数は、1回以上であればよく、更には2回以上5回以下であることが好ましい。初期充放電時の充電及び放電は、所定の条件下で行うことがよく、例えば、定電流で行うことがよい。また、所定の温度の下で初期充放電を行うとよい。
【0047】
負極活物質表面から、リン酸リチウムイオン、ホウ酸リチウムイオン及び砒酸リチウムイオンの群の少なくとも1種からなる上記第一成分が検出される負極活物質を製造するには、初期充放電を施す際の温度は、35℃以上80℃以下であることがよく、更にはその下限は40℃であることが好ましく、上限は60℃、更には55℃であることが好ましい。
【0048】
初期充放電を施す際の温度が低すぎると、負極側の第一成分が生成しにくくなり、電池のサイクル特性が低くなるおそれがある。初期充放電の温度が高すぎると、電解液の成分、特に溶媒が変質し、電池特性が低下するおそれがある。
【0049】
また、初期充放電の後に、リチウムイオン二次電池を所定の温度に静置するエージング処理を施しても良い。エージング処理の温度は、35℃以上80℃以下であることがよく、更にはエージング処理の温度の下限は40℃であることが好ましく、上限は60℃、更には55℃であることが好ましい。エージング処理の温度が低すぎると、被膜が厚くなり、負極活物質の膨張・収縮により、被膜の最表面部に亀裂や欠損が生じるおそれがある。エージング処理の温度が高すぎると、電解液の成分が変質し、電池特性が低下するおそれがある。
【0050】
負極活物質は、珪素又は/及び珪素化合物からなるとよく、更には、Si相とSiO2相とからなるとよい。Si相は、珪素単体からなり、Liイオンを吸蔵・放出し得る相であり、Liイオンの吸蔵・放出に伴って膨張・収縮する。SiO2相は、SiO2からなり、Si相の膨張・収縮を吸収する。Si相がSiO2相により被覆されることで、Si相とSiO2相とからなる負極活物質を形成しているとよい。さらには、微細化された複数のSi相がSiO2相により被覆されて一体となって、1つの粒子、即ち負極活物質を形成しているとよい。この場合には、負極活物質全体の体積変化を効果的に抑えることができる。
【0051】
負極活物質におけるSi相に対するSiO2相の質量比は、1〜3であることが好ましい。前記質量比が1未満の場合には、負極活物質の膨張・収縮が大きく、負極活物質表面にクラックが生じるおそれがある。一方、前記質量比が3を超える場合には、負極活物質でのLiの吸蔵・放出量が少なく、電気容量が低くなるおそれがある。
【0052】
負極活物質は、Si相とSiO2相とのみから構成されていてもよい。また、負極活物質は、Si相とSiO2相とを含んでいるが、その他に、負極活物質の成分として、公知の活物質を含んでいても良い。具体的には、Li、Caなどの金属とSiとを含む金属珪素複合酸化物の少なくとも1種を混合していてもよい。
【0053】
なお、上記第一成分を含む負極表面検出成分が検出される負極活物質を主たる負極活物質とした上で、既に公知の他の負極活物質(たとえば黒鉛、Sn、Siなど)を添加して用いてもよい。
【0054】
負極活物質層には、前記負極活物質の他に、結着剤や、導電助材などを含んでいても良い。
【0055】
結着剤は、特に限定されるものではなく、既に公知のものを用いればよい。たとえば、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン等の含フッ素樹脂など高電位においても分解しない樹脂を用いることができる。結着剤の配合割合は、質量比で、負極活物質:結着剤=1:0.05〜1:0.5であるのが好ましい。結着剤が少なすぎると電極の成形性が低下し、また、結着剤が多すぎると電極のエネルギー密度が低くなるためである。
【0056】
導電助材としては、リチウムイオン二次電池の電極で一般的に用いられている材料を用いればよい。たとえば、アセチレンブラック、ケッチェンブラック等のカーボンブラック(炭素質微粒子)、炭素繊維などの導電性炭素材料を用いるのが好ましく、導電性炭素材料の他にも、導電性有機化合物などの既知の導電助剤を用いてもよい。これらのうちの1種を単独でまたは2種以上を混合して用いるとよい。導電助材の配合割合は、質量比で、負極活物質:導電助材=1:0.01〜1:0.5であるのが好ましい。導電助材が少なすぎると効率のよい導電パスを形成できず、また、導電助材が多すぎると電極の成形性が悪くなるとともに電極のエネルギー密度が低くなるためである。
【0057】
リチウムイオン二次電池の負極に用いられる負極活物質を製造する方法について説明する。負極活物質の原料として、一酸化珪素を含む原料粉末を用いるとよい。この場合、原料粉末中の一酸化珪素を、SiO2相とSi相との二相に不均化する。一酸化珪素の不均化では、SiとOとの原子比が概ね1:1の均質な固体である一酸化珪素(SiOn:nは0.5≦n≦1.5)が固体内部の反応により、SiO2相とSi相との二相に分離する。不均化により得られる酸化珪素粉末は、SiO2相とSi相とを含む。
【0058】
原料粉末の一酸化珪素の不均化は、原料粉末にエネルギーを与えることにより進行する。一例として、原料粉末を加熱する、ミリングする、などの方法が挙げられる。
【0059】
原料粉末を加熱する場合、一般に、酸素を絶った状態であれば800℃以上で、ほぼすべての一酸化珪素が不均化して二相に分離すると言われている。具体的には、非結晶性の一酸化珪素粉末を含む原料粉末に対して、真空中又は不活性ガス中などの不活性雰囲気中で800〜1200℃、1〜5時間の熱処理を行うことにより、非結晶性のSiO2相と結晶性のSi相の2相を含む酸化珪素粉末が得られる。
【0060】
原料粉末をミリングする場合には、ミリングの機械的エネルギーの一部が、原料粉末の固相界面における化学的な原子拡散に寄与し、酸化物相と珪素相などを生成する。ミリングでは、原料粉末を、真空中、アルゴンガス中などの不活性ガス雰囲気下で、V型混合機、ボールミル、アトライタ、ジェットミル、振動ミル、高エネルギーボールミル等を使用して混合するとよい。ミリング後にさらに熱処理を施すことで、一酸化珪素の不均化をさらに促進させてもよい。
【0061】
(正極)
正極は、集電体と、集電体の表面を被覆する正極活物質層とからなる。正極活物質層は、粒子状又は粉末状の正極活物質を含み、好ましくは、更に、結着剤及び/又は導電助材を含む。導電助材および結着剤は、特に限定はなく、非水系二次電池で使用可能なものであればよい。正極活物質としては、例えば、リチウム・マンガン複合酸化物、リチウム・コバルト複合酸化物、リチウム・ニッケル複合酸化物などのリチウムと遷移金属との金属複合酸化物を用いる。具体的には、LiCoO2、LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2、Li2MnO3、Sなどが挙げられる。また、集電体は、アルミニウム、ニッケル、ステンレス鋼など、非水系二次電池の正極に一般的に使用されるものであればよい。
【0062】
正極活物質表面にも、TOF−SIMS法により検出される特有の成分があるとよい。即ち、飛行時間型二次イオン質量分析(TOF−SIMS)法により正極活物質の表面に一次イオンを照射したときに検出される正極表面検出成分は、フッ化リン酸リチウムイオン、フッ化ホウ酸リチウムイオン及びフッ化砒酸リチウムイオンの群の少なくとも1種からなる正極側の第二成分を有するとよい。正極側の第二成分のイオンカウント比は、0.10以上であるとよく、更には、0.12以上がよい。この場合には、電池のサイクル特性が向上する。なお、正極側の第二成分のイオンカウント比の上限は、0.5であるとよい。正極側の第二成分のイオンカウント比は、すべての正極表面検出成分に由来するピークの積分強度の合計値に対する正極側の第二成分に由来するピークの積分強度の比率である。
【0063】
正極側の第二成分は、例えば、フッ化リン酸リチウムイオン、フッ化ホウ酸リチウムイオン、フッ化砒酸リチウムイオンが挙げられる。フッ化リン酸リチウムイオンは、例えば、電解液にLiPF6が含まれる場合に正極活物質表面から検出されることが多く、具体的には、LiPF7-、LiP2F12-などが挙げられる。フッ化ホウ酸リチウムイオンは、例えば、電解液中にLiBF4が含まれる場合に正極活物質表面から検出されやすく、具体的には、LiBOF3-、LiB2O3F2-、LiB2OF6-が挙げられる。フッ化砒酸リチウムイオンは、電解液中にLiAsF6が含まれる場合に正極活物質表面から検出されやすく、具体的には、LiAsF7-、LiAs2F12-などが挙げられる。
【0064】
TOF−SIMS法で検出されたフッ化リン酸リチウムイオンはフッ化リン酸リチウムに由来し、フッ化ホウ酸リチウムイオンはフッ化ホウ酸リチウムに由来し、フッ化砒酸リチウムイオンはフッ化砒酸リチウムに由来する。このため、正極活物質の表面には、フッ化リン酸リチウム、フッ化ホウ酸リチウム及びフッ化砒酸リチウムの群の少なくとも1種が含まれているとされている。
【0065】
正極表面検出成分は、上記正極側の第二成分の他に、分子量が100以上の高分子成分が含まれていてもよい。高分子成分の分子量は更には200以上、好ましくは300以上であることがよく、また600以下であることがよい。このような高分子成分の多くは、炭化水素化合物を含むと推定される。炭化水素化合物は、C17H34PO3LiF+、C20H40PO2LiF+などが挙げられる。
【0066】
TOF−SIMS法により正極活物質表面から検出される炭化水素化合物は、電解液中の非水溶媒から生成したものと考えられる。正極活物質は、負極活物質に比べて体積変化が小さい。正極活物質表面が炭化水素化合物で被覆されることで、正極活物質へのリチウムイオンの導入がされやすくなり、電気特性が向上する。
【0067】
(セパレータ)
正極と負極との間には、セパレータが介設されることが多い。セパレータは、正極と負極とを分離し非水電解液を保持するものであり、ポリエチレン、ポリプロピレン等の薄い微多孔膜を用いることができる。
【0068】
(電解液)
電解液は、非水電解液であるとよい。非水電解液は、有機溶媒に電解質であるフッ素系化合物を溶解させたものである。電解質であるフッ素系化合物は、有機溶媒に可溶なアルカリ金属フッ化塩であることが好ましい。アルカリ金属フッ化塩としては、例えば、LiPF6、LiBF4、及びLiAsF6の群から選ばれる少なくとも1種を用いるとよい。非水電解液の有機溶媒は、非プロトン性有機溶媒であることがよく、たとえば、プロピレンカーボネート(PC)、エチレンカーボネート(EC)、ジメチルカーボネート(DMC)、ジエチルカーボネート(DEC)、エチルメチルカーボネート(EMC)等から選ばれる一種以上を用いることができる。
【0069】
リチウムイオン二次電池の形状に特に限定はなく、円筒型、積層型、コイン型、ラミネート型等、種々の形状を採用することができる。いずれの形状を採る場合であっても、正極および負極にセパレータを挟装させ電極体とし、正極集電体および負極集電体から外部に通ずる正極端子および負極端子までの間を、集電用リード等を用いて接続した後、この電極体を非水電解液とともに電池容器に密閉して電池となる。
【0070】
(車両)
車両は、上記リチウムイオン二次電池を搭載しているとよい。車両は、電気車両又はハイブリッド車両などであるとよい。リチウムイオン二次電池は、例えば、車両に搭載された走行用モータに連結されていて、駆動源として用いられているとよい。この場合には、長時間高い駆動トルクを出力させることができる。
【実施例】
【0071】
リチウムイオン二次電池の試料1〜3を以下のように製造し、TOF−SIMS法による質量分析及び電池サイクル特性を測定した。
【0072】
(試料1)
試料1のリチウムイオン二次電池を以下のように作製した。
【0073】
まず、市販のSiO粉末を不活性ガス雰囲気中で900℃、2時間加熱処理を行った。これにより、SiO粉末が不均化されて、負極活物質粒子が得られた。次に、上記の不均化された酸化珪素からなる負極活物質粒子と、ほかの負極活物質としての均質黒鉛(SMG)と、導電助材としてのケッチェンブラック(KB)と、結着剤としてのポリアミドイミド−シリカハイブリッド樹脂(AI-Si)と高分子量ポリアミドイミド(AI-301)を混合し、溶媒を加えてスラリー状の混合物を得た。溶媒は、N‐メチル‐2‐ピロリドン(NMP)であった。上記の不均化酸化珪素とSMGとKBとAI-SiとAI-301との質量比は百分率で、不均化酸化珪素/SMG/KB/AI-Si/AI-301=42/40/3/7.5/7.5であった。
【0074】
上記ポリアミドイミド−シリカハイブリッド樹脂の商品名は、「コンポセランH900」(荒川化学工業社製)で、アルコキシシリル基をポリアミドイミド樹脂に結合してなる。
【0075】
次に、スラリー状の混合物を、ドクターブレードを用いて集電体である銅箔の片面に成膜化し、所定の圧力でプレスし、200℃、2時間加熱し、放冷した。これにより、集電体表面に負極活物質層が固定されてなる負極が形成された。
【0076】
次に、正極活物質としてのリチウム・ニッケル系複合酸化物LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2と、結着剤としてのポリフッ化ビニリデン(PVdF)と、導電助剤としてのアセチレンブラック(AB)とを混合してスラリーとした。リチウム・ニッケル系複合酸化物とPVdFとABとの重量比は百分率で、リチウム・ニッケル系複合酸化物/PVdF/AB=88/6/6であった。このスラリーを集電体としてのアルミニウム箔の片面に塗布し、プレスし、焼成した。これにより、集電体の表面に正極活物質層を固定してなる正極を得た。
【0077】
正極と負極との間に、セパレータとしてのポリプロピレン多孔質膜を挟み込んだ。この正極、セパレータ及び負極からなる電極体を複数積層した。2枚のアルミニウムフィルムの周囲を、一部を除いて熱溶着をすることにより封止して、袋状とした。袋状のアルミニウムフィルムの中に、積層された電極体を入れ、更に、電解液を入れた。電解液は、電解質としてのLiPF6が、有機溶媒に溶解してなる。有機溶媒は、エチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(MEC)とジメチルカーボネート(DMC)を、3質量部と4質量部と4質量部の配合比で混合して調製した。電解液中のLiPF6の濃度は、1mol/Lであった。
【0078】
その後、真空引きしながら、アルミニウムフィルムの開口部分を完全に気密に封止した。このとき、正極側及び負極側の集電体の先端をフィルムの端縁部から突出させて、外部端子に接続可能とし、リチウムイオン二次電池を得た。この電池を試料1とした。
【0079】
(試料2)
このように組み付けたリチウムイオン二次電池に初期充放電(コンディショニング処理)を行った。初期充放電では、充電と放電を各3回行った。この初期充放電は、1回目:0.2Cの定電流(CC)で4.1Vまで充電(0.2C−4.1V)、0.2Cの定電流(CC)で3Vまで放電(0.2C−3V)、2回目:0.2Cの定電流定電圧(CCCV)で4.1Vまで充電(0.2C−4.1V )、0.1Cの定電流(CC)で3Vまで放電(0.1C−3V)、3回目:1Cの定電流定電圧(CCCV)で4.2Vまで充電(1C−4.2V)、1Cの定電流(CC)で3Vまで放電(1C−3V)の条件で行なった。初期充放電の電池の温度は25℃とした。初期充放電の後も、リチウムイオン二次電池を常温(25℃)に維持した。
【0080】
(試料3)
試料3のリチウムイオン二次電池は、リチウムイオン二次電池の初期充放電を55℃で行ったこと以外は、試料2のリチウムイオン二次電池と同様である。初期充放電の後は、リチウムイオン二次電池を常温(25℃)に戻した。
【0081】
<負極活物質表面のTOF−SIMS法による質量分析>
上記初期充放電を行った後の試料1〜3のリチウムイオン二次電池から、負極を取り出した。負極は、集電体(銅箔)表面に負極活物質の層を形成したものであり、この負極活物質の層の表面成分の質量分析をTOF−SIMS法により行った。
【0082】
TOF−SIMS法による質量分析では、ION−TOF社製TOF.SIM5(商品名)を用いた。分析条件は、一次イオン種:Bi3++、測定した質量範囲(m/z):1〜2100、測定面積:500μm×500μmとした。質量分析結果に基づいて、検出された質量に相当する分子量をもつイオン成分を、電解液の成分から推定した。質量分析の結果を図1〜図4に示した。図1は、TOF−SIMS法分析による試料1〜3の負極表面の正イオンスペクトルを示し、図2は、TOF−SIMS法分析による試料1〜3の負極表面の負イオンスペクトルを示す。図3は、試料1〜3の負極表面検出成分のイオンカウント比であって、試料3の負極表面検出成分のイオンカウント比に対して試料2の負極表面検出成分のイオンカウント比が1.5倍以上であるものを示す。図4は、試料1〜3の負極表面検出成分のイオンカウント比であって、試料2の負極表面検出成分のイオンカウント比に対して試料3の負極表面検出成分のイオンカウント比が1.5倍以上であるものを示す。
【0083】
図1,図2に示すように、試料2,3の負極活物質表面には、例えば、Li+、Li2F+、Li3F2+、SiC3H2+、Li4F3+、Li5F4+、F-、PO2-、PO3-、PO2F2-、PF6-、LiPF7-、LiP2F12-、Li2P2F13-、LiPO2F3-、LiP2O5F2-、LiP2O4F4-、LiP2O2F8-、P2O5F9-が検出された。これらは、初期充放電を行っていない試料1よりも検出強度が大きかった。これらのうち、試料3の方が試料2よりも多く検出されたのは、LiPO2F3-、LiP2O5F2-、LiP2O4F4-、LiP2O2F8-、P2O5F9-であった。
【0084】
図3に示すように、初期充放電を55℃で行った場合(試料3)に対して、25℃で行った場合(試料2)の方が1.5倍以上多い負極表面検出成分としては、Li2OH+、Li3O+、CO3Li3+、C2H3OLi2+、C2H2OLi3+、C2H2Li-、C2H3O-、C2H3O2-であった。これらの成分のうち、Li2OH+、Li3O+、CO3Li3+は、炭酸リチウムやシュウ酸リチウムに由来する検出成分である。炭酸リチウムやシュウ酸リチウムは、電解質の非水溶媒から生成したものと考えられる。C2H3OLi2+、C2H2OLi3+、C2H2Li-、C2H3O-、C2H3O2-は、負極活物質表面に形成されるSEI被膜の電解液及び電解質に由来する成分である。
【0085】
図4に示すように、初期充放電を25℃で行った場合(試料2)に対して、55℃で行った場合(試料3)の方が1.5倍以上多い検出成分としては、分子量(m/z)343の正イオン成分、分子量(m/z)373の正イオン成分、LiPO2F3-、LiP2O4-、LiP2O5-、LiP2O6-、LiP2O5F2-、LiP2O4F4-、LiP2O2F8-、P2O5F9-であった。分子量(m/z)343の正イオン成分としては、例えば、C17H34PO3LiF+などの高分子成分が考えられる。分子量(m/z)373の正イオン成分としては、例えば、C18H36PO4LiF+などの高分子成分が考えられる。LiPO2F3-、LiP2O4-、LiP2O5-、LiP2O6-、LiP2O5F2-、LiP2O4F4-、LiP2O2F8-は、リン酸リチウム由来のイオンである。55℃で初期充放電を行うと、負極活物質表面に、リン酸リチウムイオン由来のLiPaObFc-(1≦a≦2、2≦b≦5、0≦c≦9)が検出され、また、炭化水素化合物などの高分子量の高分子成分が検出されやすいことがわかる。特に、試料3のLiPO2F3-は、イオンカウント比が0.02以上あり、25℃で初期充放電を行った場合(試料2)に比べて顕著に多く生成した第一成分として検出された。炭化水素化合物は、電解液の溶媒が重合して生成したものと考えられる。LiPaObFc-や高分子成分は、電解液、即ち、電解質LiPF6及び溶媒(EC/MEC/DMC)の反応生成物であると考えられる。
【0086】
図3,図4に示すように、初期充放電を行った試料2,3で多く検出された検出成分は、初期充放電を行っていない試料1では、試料2,3よりもイオンカウント比が小さかった。
【0087】
図1,図2に示すように、TOF−SIMS分析では、負極でのフッ化リチウム(Li2F+、Li3F2+、Li4F3+、Li5F4+)及びSiC3H2+の量については、1.5倍以上の違いが認められなかったが、55℃の場合(試料3)に比べて25℃の方(試料2)の方が若干多かった。これらについては、XPS分析においても、55℃の場合(試料3)に比べて25℃の方(試料2)の方が若干多く検出された。
【0088】
図5には、TOF−SIMS法により検出された負極表面の二次イオンイメージを示す。測定条件は、一次イオン種:Bi3++、測定面積:100μm(256ピクセル)×100μm(256ピクセル)、質量範囲(m/z):1〜750とした。
【0089】
図5に示すように、分子量343の正イオン成分とLiPO2F3-は、試料1よりも試料2の方が、更に試料2よりも試料3の方が、多量に検出された。
【0090】
以上のように、初期充放電を25℃で行った場合(試料2)では、負極活物質表面から多く検出された正極表面検出成分が、炭酸リチウム、シュウ酸リチウムであり、初期充放電を55℃で行った場合(試料3)では、負極活物質表面から多く検出された正極表面検出成分が、LiXaObFc-(XはP、B、Asのうちのいずれかである。1≦a≦2、2≦b≦5、0≦c≦9)、LiPOFを含む炭化水素化合物イオンであることがわかった。
【0091】
<正極活物質表面のTOF−SIMS法による質量分析>
上記初期充放電を行った後の試料1〜3のリチウムイオン二次電池から、正極を取り出した。正極は、集電体(アルミニウム箔)表面に正極活物質の層を形成したものであり、この正極活物質の層の表面成分の質量分析をTOF−SIMS法により行った。測定条件は、負極活物質の層の表面成分の質量分析を行った場合と同様とした。測定結果を、図6〜図10に示した。
【0092】
図6は、TOF−SIMS法分析による試料1〜3の正極表面の正イオンスペクトルを示し、図7は、TOF−SIMS法分析による試料1〜3の正極表面の負イオンスペクトルを示す。図8は、試料1〜3の正極表面検出成分のイオンカウント比であって、試料3の正極表面検出成分のイオンカウント比に対して試料2の正極表面検出成分のイオンカウント比が1.5倍以上であるものを示す。図9は、試料1〜3の正極表面検出成分のイオンカウント比であって、試料2の正極表面検出成分のイオンカウント比に対して試料3の正極表面検出成分のイオンカウント比が1.5倍以上であるものを示す。
【0093】
図6,図7に示すように、試料2,3の正極活物質表面には、例えば、Li+、Li2F+、Li3F2+、Li2PO2F2+、F-、HF2-、LiF2-、PO2-、PO3-、PO2F2-、LiPO2F3-、PF6-、LiPF7-、LiP2O4F4-、LiP2O2F8-、LiP2F12-、P2O5F9-、Li2P2F13-が検出された。この中のLi+、Li2F+、Li3F2+、PO2-、PO3-、PO2F2-、LiPO2F3-、PF6-、LiPF7-、LiP2O4F4-、LiP2O2F8-、LiP2F12-、P2O5F9-、Li2P2F13-は、初期充放電を行った試料2,3の方が、初期充放電を行っていない試料1よりも検出強度が大きかった。これらの中でも、LiPF7-、LiP2F12-、Li2P2F13-は、試料3の方が試料2よりも検出強度が大きかった。
【0094】
図8に示すように、初期充放電を55℃で行った場合(試料3)に対して、25℃で行った場合(試料2)の方が1.5倍以上多い成分としては、Li3F2+、Li4F3+、Li2PO2F2+、PO2F-、PO2F2-、LiPO2F3-、Li2PO4F4-、LiP2O2F8-、P2O5F9-であった。これらの成分のうち、Li3F2+、Li4F3+は、LiPF6(フッ化リチウム)に由来する検出成分である。また、これらの成分のうち、LiPO2F3-などのLiPOF系化合物は、55℃で初期充放電を行った場合(試料2)の負極表面に多く析出していた成分でもある。
【0095】
図9に示すように、初期充放電を25℃で行った場合(試料2)に対して、55℃で行った場合(試料3)の方が1.5倍以上多い検出成分としては、分子量(m/z)343の正イオン成分、分子量(m/z)369の正イオン成分、LiPF7-、LiP2F12-、Li2P2F13-、Li3P2F14-であった。試料3の分子量(m/z)343の正イオン成分のイオンカウント比は0.008以上であった。分子量(m/z)343の正イオン成分としては、例えば、C17H34PO3LiF+などの高分子成分が考えられる。分子量(m/z)369の正イオン成分としては、例えば、C20H40PO2LiF+などの高分子成分が考えられる。また、試料3のLiPF7-及びLiP2F12-のイオンカウント比は、0.12以上であった。LiPF7-、LiP2F12-、Li2P2F13-、Li3P2F14-などのLiaPbFc(1≦d≦3、1≦e≦2、7≦f≦14)は、フッ化リン酸リチウムイオンである。正極活物質表面では、フッ化リン酸リチウムや炭化水素化合物が多く生成していることがわかった。
【0096】
図8,図9に示すように、初期充放電を行った試料2,3で多く検出された正極表面検出成分は、初期充放電を行っていない試料1では、試料2,3よりもイオンカウント比が小さかった。
【0097】
図10には、TOF−SIMS法により検出された正極表面のLi3F2+、PO2F2-、分子量343の正イオン成分とLiPF7-の二次イオンイメージを示す。測定条件は、負極表面の二次イオンイメージを検出した場合と同様とした。
【0098】
図10に示すように、Li3F2+、PO2F2-は、試料1よりも試料3の方が多量に検出され、試料3よりも試料2の方が多量に検出された。分子量343の正イオン成分とLiPF7-は、試料1よりも試料2の方が、更に試料2よりも試料3の方が、多量に検出された。
【0099】
以上のように、初期充放電を25℃で行った場合(試料2)では、上記の正極表面検出成分から、正極活物質表面にはフッ化リン酸リチウム、LiPOF系成分が存在しており、初期充放電を55℃で行った場合(試料3)では、上記の正極表面検出成分から、正極活物質表面にはLiPOFを含む炭化水素化合物、LiPFを含む成分が存在していることがわかった。
【0100】
<電池のサイクル特性>
試料2,3の電池についてサイクル試験を行った。試験条件は、1Cの一定電流(1C−CC)で充電し、1Cの一定電流(1C−CC)で放電した。測定結果を図11に示した。図11に示すように、試料3は、試料2よりも多くのサイクル数まで、高い放電容量維持率を維持した。
【0101】
55℃で初期充放電を行った場合(試料3)の方が、25℃で初期充放電を行った場合(試料2)よりもサイクル特性がよい理由としては、以下の理由が考えられる。
【0102】
TOF−SIMS法による分析では、負極活物質表面から、LiPO2F3-を始めとするLiPaObFc-(1≦a≦2、2≦b≦5、0≦c≦9)が検出されている。このため、負極における電解液の還元分解を抑制され、サイクル特性が向上したものと考えられる。
【0103】
負極活物質及び正極活物質ともに、表面成分として、炭化水素化合物などの高分子成分を含む。炭化水素化合物などの高分子成分は、比較的構造が柔軟に変化しやすい。このため、高分子成分が負極活物質表面に生成することで、負極活物質の体積変化に柔軟に追従して、負極活物質の表面構造を維持し、負極活物質に直接電解液が接触することを防止できる。負極活物質はSiOからなるため、Liイオン吸蔵の際に2〜2.5倍の体積変化が起こる。高分子成分は、このような大きな体積変化にも柔軟に追従して、負極活物質表面を保護している。負極活物質は正極活物質よりも体積変化が大きいため、高分子成分による保護の意義が大きいと考えられる。また、Liイオンは高分子成分の中を通り抜けて負極活物質に吸蔵・放出される。このため、高分子成分が正極活物質及び負極活物質の表面を覆うことで、電気抵抗が少なくなるということも良好なサイクル特性の理由として考えられる。
【0104】
また、負極活物質及び正極活物質の表面成分の違いは、上記のLiPaObFc-及び高分子成分の他でも、サイクル特性に少なからず影響を及ぼしていると考えられる。
上記実験では、電解質がLiPF6である場合について行ったが、電解質がLiBF4又はLiAsF6である場合について行った場合にも、同様の結果が得られた。即ち、電解質がLiBF4又はLiAsF6である場合に55℃で初期充放電を行うことにより、負極表面検出成分としてホウ酸リチウムイオン又はヒ酸リチウムイオンが検出され、ホウ酸リチウムイオン又はヒ酸リチウムイオンの各イオンカウント比は0.02以上であった。
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池及びその製造方法、特に電極の活物質に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池などの二次電池は、小型で大容量であるため、携帯電話やノート型パソコンといった幅広い分野で用いられている。
【0003】
リチウムイオン二次電池は、正極と負極と電解液とから構成されている。正極は、例えば、リチウム・マンガン複合酸化物、リチウム・コバルト複合酸化物、リチウム・ニッケル複合酸化物などのリチウムと遷移金属との金属複合酸化物からなる正極活物質と、正極活物質で被覆された集電体とからなる。
【0004】
負極は、リチウムイオンを吸蔵・放出し得る負極活物質が集電体を被覆して形成されている。リチウムイオンを吸蔵・放出し得る負極活物質として、近年、酸化珪素(SiOx:0.5≦x≦1.5程度)の使用が検討されている。酸化珪素SiOxは、熱処理されると、SiとSiO2とに分解することが知られている。これは、不均化反応といい、SiとOとの比が概ね1:1の均質な固体の一酸化珪素SiOであれば、固体の内部反応によりSi相とSiO2相の二相に分離する。分離して得られるSi相は非常に微細であり、SiO2相により被覆されている。Si相は、Liイオンを吸蔵・放出し得る珪素単体を含み、Liイオンの膨張・収縮により体積が膨張したり収縮したりする。SiO2相は、Si相の膨張・収縮を吸収し、また、電解液がSi相に接触することを防止することで電解液の分解反応を抑制して、電池のサイクル特性を向上させる。
【0005】
上記リチウムイオン二次電池について充放電を行うと、リチウムイオンが電解液を通じて正極活物質と負極活物質との間で挿入・脱離が行われる。その際には、電解液中に含まれる電解質が一部還元分解され、その分解生成物が、負極活物質表面を被覆して被膜を形成する。この被膜は、リチウムイオンは通すが、電子は通さないという膜であり、固体電解質界面被膜(SEI:Solid Electrolyte Interphase)と言われている。被膜は、負極活物質表面を被覆することで、電解質と負極活物質とが直接接触することを防止して電解質の分解劣化を抑えている。負極活物質表面を被覆するSEI被膜については、従来、特許文献1〜5に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−200115号公報
【特許文献2】特開2011−014298号公報
【特許文献3】特開2004−014459号公報
【特許文献4】特開2010−010095号公報
【特許文献5】特開2008−210529号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
SEI被膜は、電池特性と密接な関係がある。電池特性の向上のために、SEI被膜の構造、組成などの最適化が必要である。
【0008】
そこで、発明者らは、電池特性を向上させるべく、SEI被膜の組成について、鋭意探求してきた。その中で、従来技術にないSEI被膜の新規な成分の特徴を見いだし、その特徴に基づいて本願発明に想到した。
【0009】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであり、電池特性に優れたリチウムイオン二次電池及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、電池特性の良好なリチウムイオン二次電池の活物質表面の成分分析を行った。その結果、活物質表面の成分が明らかになった。
【0011】
(1)本発明のリチウムイオン二次電池は、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極活物質をもつ正極と、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極活物質をもつ負極と、電解液と、を備えたリチウムイオン二次電池であって、
飛行時間型二次イオン質量分析(TOF−SIMS)法により初期充放電後の前記負極活物質の表面に一次イオンを照射したときに検出される負極表面検出成分は、リン酸リチウムイオン、ホウ酸リチウムイオン及び砒酸リチウムイオンの群の少なくとも1種からなる第一成分を有し、すべての該負極表面検出成分に由来するピークの積分強度の合計値に対する該第一成分に由来するピークの積分強度の比率である該第一成分のイオンカウント比が0.02以上であることを特徴とする。
【0012】
本発明においては、TOF−SIMS法により負極活物質表面を分析すると、リン酸リチウムイオン、ホウ酸リチウムイオン及び砒酸リチウムイオンの群の少なくとも一種からなる負極側の第一成分が検出され、この負極側の第一成分のイオンカウント比が、0.02以上である。この場合には、理由は定かではないが、電池のサイクル特性が向上する。
【0013】
後述する実験により、上記負極側の第一成分のイオンカウント比が0.02以上の場合には、0.02未満の場合に比べて、サイクル特性が向上することが明らかになった。そこで、負極活物質表面で検出された負極側の第一成分のイオンカウント比を0.02以上とすることにより、サイクル特性が優れた電池が得られることを着想したものである。
【0014】
(2)前記負極側の第一成分は、前記リン酸リチウムイオンとしてのLiPO2F3-を有することが好ましい。LiPO2F3-は、サイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池の負極活物質表面から検出された顕著な検出成分である。負極活物質表面にLiPO2F3-が含まれることにより、電池のサイクル特性が向上する。
【0015】
(3)前記負極表面検出成分は、LiXaObFc-(XはP、B、Asのうちのいずれかである。1≦a≦2、2≦b≦5、0≦c≦9)を有することが好ましい。サイクル特性に優れたリチウムイオン二次電池の負極活物質表面には、前記第一成分の他にも、LiXaObFc-、(XはP、B、Asのうちのいずれかである。1≦a≦2、2≦b≦5、2≦c≦9)を有することが多い。これらの成分は、サイクル特性を高める負極活物質の表面成分の指標として用いることができる。
【0016】
(4)前記負極表面検出成分は、分子量が100以上の高分子成分を有することが好ましい。分子量100以上の高分子成分についても、電池のサイクル特性の向上に寄与することができる。
【0017】
(5)すべての前記負極表面検出成分に由来するピークの積分強度の合計値に対する前記高分子成分に由来するピークの積分強度の比率である前記高分子成分のイオンカウント比は、0.002以上であることが好ましい。この場合には、電池のサイクル特性が更に向上する。
【0018】
(6)前記電解液には、LiPF6、LiBF4及びLiAsF6の群の中の少なくとも1種を含むことが好ましい。電解液がこれらの成分を含む場合には、負極活物質表面に上記のリン酸リチウムイオン、ホウ酸リチウムイオン及び砒酸リチウムイオンが生成し易くなる。
【0019】
(7)前記負極活物質は、35℃以上80℃以下の温度で初期充放電を行うことにより、前記負極表面検出成分を有する被膜が形成されていることが好ましい。この範囲の温度で初期充放電を行うことにより、負極活物質表面に上記負極側の第一成分を有する負極表面検出成分を生成させることができる。
【0020】
(8)前記負極活物質は、珪素(Si)を含むことが好ましい。珪素(Si)を含む負極活物質は、充放電時に2〜4倍に体積変化するものが多く、負極活物質表面に亀裂や破壊が生じやすく、サイクル特性が低下しやすい。しかし、本発明においては、TOF−SIMS法による負極活物質の表面分析を行うと、上記負極側の第一成分のイオンカウント比が0.02以上である。この場合、負極活物質が珪素を含んでいても、サイクル特性が向上する。
【0021】
(9)前記飛行時間型二次イオン質量分析(TOF−SIMS)法により前記正極活物質の表面に一次イオンを照射したときに検出される正極表面検出成分は、フッ化リン酸リチウムイオン、フッ化ホウ酸リチウムイオン及びフッ化砒酸リチウムイオンの群の少なくとも1種からなる正極側の第二成分を有し、すべての前記正極表面検出成分に由来するピークの積分強度の合計値に対する前記正極側の第二成分に由来するピークの積分強度の比率である正極側の第二成分のイオンカウント比が0.10以上であることが好ましい。この場合にも電池のサイクル特性が向上する。その理由は定かではないが、上記第二成分が正極活物質表面から検出されることにより、サイクル特性が向上するものと考えられる。
【0022】
(10)前記正極表面検出成分は、LiXdOeFf-(XはP、B、Asのうちのいずれかである。1≦d≦3、1≦e≦2、7≦f≦14)を有することが好ましい。この正極表面検出成分は、サイクル特性を高める正極活物質の表面成分の指標として用いることができる。
【0023】
(11)前記正極表面検出成分は、分子量が100以上の高分子成分を有することが好ましい。分子量100以上の高分子成分についても、電池のサイクル特性の向上に寄与することができる。
【0024】
(12)本発明のリチウムイオン二次電池の製造方法は、上記のリチウムイオン二次電池を製造する方法であって、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極活物質をもつ正極と、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極活物質をもつ負極と、LiPF6、LiBF4及びLiAsF6の群の中の少なくとも1種を含む電解液と、からなる電池体に、35℃以上80℃以下の温度で初期充放電を行うことを特徴とする。
【0025】
上記の温度範囲で電池体に初期充放電を行うことにより、負極活物質の表面に、上記負極側の第一成分を含む負極表面検出成分を生成させることができ、電池のサイクル特性が向上する。
【0026】
(13)本発明のリチウムイオン二次電池は、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極活物質をもつ正極と、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極活物質をもつ負極と、電解液と、を備えたリチウムイオン二次電池であって、前記負極活物質は、リン酸リチウム、ホウ酸リチウム及び砒酸リチウムの群の少なくとも1種を含むことを特徴とする。
【0027】
負極活物質が、リン酸リチウム、ホウ酸リチウム及び砒酸リチウムの群の少なくとも1種を含むことにより、電池のサイクル特性が向上する。
【0028】
(14)本発明の車両は、前記のリチウムイオン二次電池が搭載されていることを特徴とする。前記のリチウムイオン二次電池は、サイクル特性に優れているため、これを車両に搭載することにより、長時間高い電気出力を維持できる。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、TOF−SIMS法分析により負極活物質表面から検出されたリン酸リチウムイオン、ホウ酸リチウムイオン及び砒酸リチウムイオンの群の少なくとも一種のイオンカウント比が、0.02以上であるため、電池のサイクル特性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】TOF−SIMS法分析による試料1〜3の負極表面の正イオンスペクトルを示す。
【図2】TOF−SIMS法分析による試料1〜3の負極表面の負イオンスペクトルを示す。
【図3】試料1〜3の負極表面検出成分のイオンカウント比であって、試料3の負極表面検出成分のイオンカウント比に対して試料2の負極表面検出成分のイオンカウント比が1.5倍以上であるものを示す。
【図4】試料1〜3の負極表面検出成分のイオンカウント比であって、試料2の負極表面検出成分のイオンカウント比に対して試料3の負極表面検出成分のイオンカウント比が1.5倍以上であるものを示す。
【図5】試料1〜3の負極活物質表面での分子量343の負イオン成分、LiPO2F3-のイオンイメージを示す。
【図6】TOF−SIMS法分析による試料1〜3の正極表面の正イオンスペクトルを示す。
【図7】TOF−SIMS法分析による試料1〜3の正極表面の負イオンスペクトルを示す。
【図8】試料1〜3の正極表面検出成分のイオンカウント比であって、試料3の正極表面検出成分のイオンカウント比に対して試料2の正極表面検出成分のイオンカウント比が1.5倍以上であるものを示す。
【図9】試料1〜3の正極表面検出成分のイオンカウント比であって、試料2の正極表面検出成分のイオンカウント比に対して試料3の正極表面検出成分のイオンカウント比が1.5倍以上であるものを示す。
【図10】試料1〜3の正極活物質表面でのLi3F2+、分子量343の正イオン成分、PO2F2-、LiPF7-の二次イオンイメージデータを示す。
【図11】試料2,3のサイクル試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明のリチウムイオン二次電池は、負極と正極と電解液とを備えている。
【0032】
(負極)
負極は、負極活物質と集電体とからなる。負極活物質は、負極活物質層として集電体に圧着されることが一般的である。集電体は、例えば、銅や銅合金などの金属製のメッシュや金属箔を用いるとよい。負極活物質は、粒子状又は粉末状の負極活物質粒子を構成している。負極活物質粒子の平均粒径は、例えば、0.01〜10μm、更には、0.01〜5μmであることがよい。
【0033】
負極活物質の表面の成分分析をTOF−SIMS法により行う。TOF−SIMS法は、試料に一次イオンビームを照射し、その際に試料の表面から放出される二次イオンの質量分析を行う方法である。一次イオンの照射量を低く抑えることで、試料の表面成分を、化学構造を保った分子イオンとして検出することができる。
【0034】
試料の表面から放出される二次イオンは、質量に応じた速度で飛行時間型(TOF型)質量分析計へ導入される。検出器に到達するまでの飛行時間は、成分の質量に対応し、この飛行時間を分析することで、成分の質量に応じたスペクトルが得られる。このスペクトルと電解液の成分とから、TOF−SIMS法で検出された検出成分が特定される。
【0035】
TOF−SIMS法により負極活物質表面に一次イオンを照射し、その際に負極活物質表面から放出される二次イオンをTOF型質量分析計により分析すると、リン酸リチウムイオン、ホウ酸リチウムイオン及び砒酸リチウムイオンの群の少なくとも1種からなる負極側の第一成分を有する負極表面検出成分が検出される。負極表面検出成分は多数種検出されるが、その中でも負極側の第一成分は、サイクル特性を向上させる負極活物質特有の成分である。そして、この負極側の第一成分のイオンカウント比は、0.02以上である。発明者は、鋭意探求の結果、上記負極側の第一成分がイオンカウント比0.02以上となる量で負極活物質表面に含まれることにより、電池のサイクル特性を向上させることを突きとめた。
【0036】
負極側の第一成分は、リン酸リチウムイオン、ホウ酸リチウムイオン及び砒酸リチウムイオンの群の少なくとも1種を有する。TOF−SIMS法で検出されたリン酸リチウムイオンはリン酸リチウムに由来し、ホウ酸リチウムイオンはホウ酸リチウムに由来し、砒酸リチウムイオンは砒酸リチウムに由来する。このため、負極活物質の表面には、リン酸リチウム、ホウ酸リチウム及び砒酸リチウムの群の少なくとも1種が含まれているとされている。
【0037】
リン酸リチウムイオンは、例えば、電解液中にLiPF6が含まれる場合に負極活物質表面から検出される。ホウ酸リチウムイオンは、例えば、電解液中にLiBF4が含まれる場合に負極活物質表面から検出される。砒酸リチウムイオンは、例えば、電解液中にLiAsF6が含まれる場合に負極活物質表面から検出される。負極側の第一成分がリン酸リチウムイオンである場合には、リン酸リチウムイオンはLiPO2F3-であることが好ましい。この場合には、電池のサイクル特性が効果的に向上する。
【0038】
負極側の第一成分のイオンカウント比は0.02以上である。後述の実験結果より、この場合には、電池のサイクル特性を向上させることができることが判明した。負極側の第一成分のイオンカウント比の上限は0.2であるとよい。さらに、負極側の第一成分のイオンカウント比の下限は0.025、上限は0.1であることが望ましい。
【0039】
ここで、負極側の第一成分のイオンカウント比は、TOF―SIMS法により検出されるすべての負極表面検出成分に由来するピークの積分強度の合計値に対する、負極側の第一成分に由来するピークの積分強度の比率である。ピークの積分強度は、ピークの左右両側の最下点を結ぶ線とピークの曲線との間に形成される山形状部分の面積で表される。TOF―SIMS法により検出されるすべての負極表面検出成分に由来するピークの積分強度の合計値は、TOF−SIMS法により検出されるスペクトルにおける全てのピークの積分強度の合計をいう。負極側の第一成分に由来するピークの積分強度は、リン酸リチウムイオン、ホウ酸リチウムイオン及び砒酸リチウムイオンの群の少なくとも1種に由来するピークの積分強度をいう。
【0040】
TOF−SIMS法により負極活物質表面から検出される負極表面検出成分は、LiXaObFc-(XはP、B、Asのうちのいずれかである。1≦a≦2、2≦b≦5、0≦c≦9)を有することが好ましい。XがP(リン)である負極表面検出成分は、電解液にLiPF6が含まれる場合に負極活物質表面から検出されることが多い。XがB(ホウ素)である負極表面検出成分は、例えば、電解液中にLiBF4が含まれる場合に負極活物質表面から検出されやすい。XがAs(砒素)である負極表面検出成分は、電解液中にLiAsF6が含まれる場合に負極活物質表面から検出されやすい。このような負極表面検出成分の具体例としては、例えば、LiPO2F3-、LiP2O4-、LiP2O5-、LiP2O6-、LiP2O5F2-、LiP2O4F4-、LiP2O2F8-、LiP2O5F9-、LiBOF3-、LiB2O3F2-、LiB2OF6-、LiAsO2F3-、LiAs2O4-、LiAs2O5-、LiAs2O6-、LiAs2O5F2-、LiAs2O4F4-、LiAs2O2F8-、LiAs2O5F9-などが挙げられる。
【0041】
TOF−SIMS法により負極活物質表面から検出される負極表面検出成分は、上記第一成分の他に、分子量が100以上の高分子成分が含まれていてもよい。高分子成分の分子量は、分子量が200以上、好ましくは300以上であるとよく、また、600以下であることがよい。このような高分子成分の多くは、炭化水素化合物を含むと推定される。炭化水素化合物は、例えば、C17H34PO3LiF+、C18H36PO4LiF+などが挙げられる。
【0042】
TOF−SIMS法により負極活物質表面から検出される炭化水素化合物は、電解液中の非水溶媒から生成したものと考えられる。炭化水素化合物は、比較的柔軟に変形可能な構造を有しているため、負極活物質の体積変化に追従し易く、負極活物質表面の構造が破壊しにくい。このため、負極活物質表面に炭化水素化合物が含まれることで、電池のサイクル特性に優れていると推定される。また、炭化水素化合物は、リチウムイオンを通しやすく、電気抵抗が低いことも、電池特性を良好にしている原因と考えられている。
【0043】
負極活物質の表面には、35℃以上80℃以下の温度で初期充放電を行うことにより被膜が形成されているとよい。この被膜は、一般にSEI被膜といわれており、Liイオンが通過可能な絶縁膜である。被膜は、負極活物質の全表面を被覆しているとよい。負極活物質が、電解液と接触して、電解液中の電解質を分解することを抑制し、また負極活物質に吸蔵されているLiイオンの溶出を抑制するためである。
【0044】
被膜から前記第一成分を含む前記負極表面検出成分が検出されることがよい。35〜80℃という温度で初期充放電を行うことで、イオンカウント比が0.02以上の上記第一成分が被膜から検出される。被膜には、リン酸リチウム、ホウ酸リチウム及び砒酸リチウムの群の少なくとも1種が含まれているとよい。
【0045】
初期充放電とは、二次電池組み付け途中又は組み付け後に行う初回の充放電であり、一般にコンディショニング処理ともいう。初期充放電処理の具体例としては、第1に、負極と正極と必要に応じてセパレータからなる電極体を電池容器内に収容し電解液を注入し初期充放電を行った後に、密封する。第2に、電極体及び電解液を電池容器内に収容し密封することで二次電池組み付け後に、初期充放電を施す。充放電の作業性の観点から、二次電池組み付け後に充放電を施すことがよい。
【0046】
初期充放電としての充放電の回数は、1回以上であればよく、更には2回以上5回以下であることが好ましい。初期充放電時の充電及び放電は、所定の条件下で行うことがよく、例えば、定電流で行うことがよい。また、所定の温度の下で初期充放電を行うとよい。
【0047】
負極活物質表面から、リン酸リチウムイオン、ホウ酸リチウムイオン及び砒酸リチウムイオンの群の少なくとも1種からなる上記第一成分が検出される負極活物質を製造するには、初期充放電を施す際の温度は、35℃以上80℃以下であることがよく、更にはその下限は40℃であることが好ましく、上限は60℃、更には55℃であることが好ましい。
【0048】
初期充放電を施す際の温度が低すぎると、負極側の第一成分が生成しにくくなり、電池のサイクル特性が低くなるおそれがある。初期充放電の温度が高すぎると、電解液の成分、特に溶媒が変質し、電池特性が低下するおそれがある。
【0049】
また、初期充放電の後に、リチウムイオン二次電池を所定の温度に静置するエージング処理を施しても良い。エージング処理の温度は、35℃以上80℃以下であることがよく、更にはエージング処理の温度の下限は40℃であることが好ましく、上限は60℃、更には55℃であることが好ましい。エージング処理の温度が低すぎると、被膜が厚くなり、負極活物質の膨張・収縮により、被膜の最表面部に亀裂や欠損が生じるおそれがある。エージング処理の温度が高すぎると、電解液の成分が変質し、電池特性が低下するおそれがある。
【0050】
負極活物質は、珪素又は/及び珪素化合物からなるとよく、更には、Si相とSiO2相とからなるとよい。Si相は、珪素単体からなり、Liイオンを吸蔵・放出し得る相であり、Liイオンの吸蔵・放出に伴って膨張・収縮する。SiO2相は、SiO2からなり、Si相の膨張・収縮を吸収する。Si相がSiO2相により被覆されることで、Si相とSiO2相とからなる負極活物質を形成しているとよい。さらには、微細化された複数のSi相がSiO2相により被覆されて一体となって、1つの粒子、即ち負極活物質を形成しているとよい。この場合には、負極活物質全体の体積変化を効果的に抑えることができる。
【0051】
負極活物質におけるSi相に対するSiO2相の質量比は、1〜3であることが好ましい。前記質量比が1未満の場合には、負極活物質の膨張・収縮が大きく、負極活物質表面にクラックが生じるおそれがある。一方、前記質量比が3を超える場合には、負極活物質でのLiの吸蔵・放出量が少なく、電気容量が低くなるおそれがある。
【0052】
負極活物質は、Si相とSiO2相とのみから構成されていてもよい。また、負極活物質は、Si相とSiO2相とを含んでいるが、その他に、負極活物質の成分として、公知の活物質を含んでいても良い。具体的には、Li、Caなどの金属とSiとを含む金属珪素複合酸化物の少なくとも1種を混合していてもよい。
【0053】
なお、上記第一成分を含む負極表面検出成分が検出される負極活物質を主たる負極活物質とした上で、既に公知の他の負極活物質(たとえば黒鉛、Sn、Siなど)を添加して用いてもよい。
【0054】
負極活物質層には、前記負極活物質の他に、結着剤や、導電助材などを含んでいても良い。
【0055】
結着剤は、特に限定されるものではなく、既に公知のものを用いればよい。たとえば、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン等の含フッ素樹脂など高電位においても分解しない樹脂を用いることができる。結着剤の配合割合は、質量比で、負極活物質:結着剤=1:0.05〜1:0.5であるのが好ましい。結着剤が少なすぎると電極の成形性が低下し、また、結着剤が多すぎると電極のエネルギー密度が低くなるためである。
【0056】
導電助材としては、リチウムイオン二次電池の電極で一般的に用いられている材料を用いればよい。たとえば、アセチレンブラック、ケッチェンブラック等のカーボンブラック(炭素質微粒子)、炭素繊維などの導電性炭素材料を用いるのが好ましく、導電性炭素材料の他にも、導電性有機化合物などの既知の導電助剤を用いてもよい。これらのうちの1種を単独でまたは2種以上を混合して用いるとよい。導電助材の配合割合は、質量比で、負極活物質:導電助材=1:0.01〜1:0.5であるのが好ましい。導電助材が少なすぎると効率のよい導電パスを形成できず、また、導電助材が多すぎると電極の成形性が悪くなるとともに電極のエネルギー密度が低くなるためである。
【0057】
リチウムイオン二次電池の負極に用いられる負極活物質を製造する方法について説明する。負極活物質の原料として、一酸化珪素を含む原料粉末を用いるとよい。この場合、原料粉末中の一酸化珪素を、SiO2相とSi相との二相に不均化する。一酸化珪素の不均化では、SiとOとの原子比が概ね1:1の均質な固体である一酸化珪素(SiOn:nは0.5≦n≦1.5)が固体内部の反応により、SiO2相とSi相との二相に分離する。不均化により得られる酸化珪素粉末は、SiO2相とSi相とを含む。
【0058】
原料粉末の一酸化珪素の不均化は、原料粉末にエネルギーを与えることにより進行する。一例として、原料粉末を加熱する、ミリングする、などの方法が挙げられる。
【0059】
原料粉末を加熱する場合、一般に、酸素を絶った状態であれば800℃以上で、ほぼすべての一酸化珪素が不均化して二相に分離すると言われている。具体的には、非結晶性の一酸化珪素粉末を含む原料粉末に対して、真空中又は不活性ガス中などの不活性雰囲気中で800〜1200℃、1〜5時間の熱処理を行うことにより、非結晶性のSiO2相と結晶性のSi相の2相を含む酸化珪素粉末が得られる。
【0060】
原料粉末をミリングする場合には、ミリングの機械的エネルギーの一部が、原料粉末の固相界面における化学的な原子拡散に寄与し、酸化物相と珪素相などを生成する。ミリングでは、原料粉末を、真空中、アルゴンガス中などの不活性ガス雰囲気下で、V型混合機、ボールミル、アトライタ、ジェットミル、振動ミル、高エネルギーボールミル等を使用して混合するとよい。ミリング後にさらに熱処理を施すことで、一酸化珪素の不均化をさらに促進させてもよい。
【0061】
(正極)
正極は、集電体と、集電体の表面を被覆する正極活物質層とからなる。正極活物質層は、粒子状又は粉末状の正極活物質を含み、好ましくは、更に、結着剤及び/又は導電助材を含む。導電助材および結着剤は、特に限定はなく、非水系二次電池で使用可能なものであればよい。正極活物質としては、例えば、リチウム・マンガン複合酸化物、リチウム・コバルト複合酸化物、リチウム・ニッケル複合酸化物などのリチウムと遷移金属との金属複合酸化物を用いる。具体的には、LiCoO2、LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2、Li2MnO3、Sなどが挙げられる。また、集電体は、アルミニウム、ニッケル、ステンレス鋼など、非水系二次電池の正極に一般的に使用されるものであればよい。
【0062】
正極活物質表面にも、TOF−SIMS法により検出される特有の成分があるとよい。即ち、飛行時間型二次イオン質量分析(TOF−SIMS)法により正極活物質の表面に一次イオンを照射したときに検出される正極表面検出成分は、フッ化リン酸リチウムイオン、フッ化ホウ酸リチウムイオン及びフッ化砒酸リチウムイオンの群の少なくとも1種からなる正極側の第二成分を有するとよい。正極側の第二成分のイオンカウント比は、0.10以上であるとよく、更には、0.12以上がよい。この場合には、電池のサイクル特性が向上する。なお、正極側の第二成分のイオンカウント比の上限は、0.5であるとよい。正極側の第二成分のイオンカウント比は、すべての正極表面検出成分に由来するピークの積分強度の合計値に対する正極側の第二成分に由来するピークの積分強度の比率である。
【0063】
正極側の第二成分は、例えば、フッ化リン酸リチウムイオン、フッ化ホウ酸リチウムイオン、フッ化砒酸リチウムイオンが挙げられる。フッ化リン酸リチウムイオンは、例えば、電解液にLiPF6が含まれる場合に正極活物質表面から検出されることが多く、具体的には、LiPF7-、LiP2F12-などが挙げられる。フッ化ホウ酸リチウムイオンは、例えば、電解液中にLiBF4が含まれる場合に正極活物質表面から検出されやすく、具体的には、LiBOF3-、LiB2O3F2-、LiB2OF6-が挙げられる。フッ化砒酸リチウムイオンは、電解液中にLiAsF6が含まれる場合に正極活物質表面から検出されやすく、具体的には、LiAsF7-、LiAs2F12-などが挙げられる。
【0064】
TOF−SIMS法で検出されたフッ化リン酸リチウムイオンはフッ化リン酸リチウムに由来し、フッ化ホウ酸リチウムイオンはフッ化ホウ酸リチウムに由来し、フッ化砒酸リチウムイオンはフッ化砒酸リチウムに由来する。このため、正極活物質の表面には、フッ化リン酸リチウム、フッ化ホウ酸リチウム及びフッ化砒酸リチウムの群の少なくとも1種が含まれているとされている。
【0065】
正極表面検出成分は、上記正極側の第二成分の他に、分子量が100以上の高分子成分が含まれていてもよい。高分子成分の分子量は更には200以上、好ましくは300以上であることがよく、また600以下であることがよい。このような高分子成分の多くは、炭化水素化合物を含むと推定される。炭化水素化合物は、C17H34PO3LiF+、C20H40PO2LiF+などが挙げられる。
【0066】
TOF−SIMS法により正極活物質表面から検出される炭化水素化合物は、電解液中の非水溶媒から生成したものと考えられる。正極活物質は、負極活物質に比べて体積変化が小さい。正極活物質表面が炭化水素化合物で被覆されることで、正極活物質へのリチウムイオンの導入がされやすくなり、電気特性が向上する。
【0067】
(セパレータ)
正極と負極との間には、セパレータが介設されることが多い。セパレータは、正極と負極とを分離し非水電解液を保持するものであり、ポリエチレン、ポリプロピレン等の薄い微多孔膜を用いることができる。
【0068】
(電解液)
電解液は、非水電解液であるとよい。非水電解液は、有機溶媒に電解質であるフッ素系化合物を溶解させたものである。電解質であるフッ素系化合物は、有機溶媒に可溶なアルカリ金属フッ化塩であることが好ましい。アルカリ金属フッ化塩としては、例えば、LiPF6、LiBF4、及びLiAsF6の群から選ばれる少なくとも1種を用いるとよい。非水電解液の有機溶媒は、非プロトン性有機溶媒であることがよく、たとえば、プロピレンカーボネート(PC)、エチレンカーボネート(EC)、ジメチルカーボネート(DMC)、ジエチルカーボネート(DEC)、エチルメチルカーボネート(EMC)等から選ばれる一種以上を用いることができる。
【0069】
リチウムイオン二次電池の形状に特に限定はなく、円筒型、積層型、コイン型、ラミネート型等、種々の形状を採用することができる。いずれの形状を採る場合であっても、正極および負極にセパレータを挟装させ電極体とし、正極集電体および負極集電体から外部に通ずる正極端子および負極端子までの間を、集電用リード等を用いて接続した後、この電極体を非水電解液とともに電池容器に密閉して電池となる。
【0070】
(車両)
車両は、上記リチウムイオン二次電池を搭載しているとよい。車両は、電気車両又はハイブリッド車両などであるとよい。リチウムイオン二次電池は、例えば、車両に搭載された走行用モータに連結されていて、駆動源として用いられているとよい。この場合には、長時間高い駆動トルクを出力させることができる。
【実施例】
【0071】
リチウムイオン二次電池の試料1〜3を以下のように製造し、TOF−SIMS法による質量分析及び電池サイクル特性を測定した。
【0072】
(試料1)
試料1のリチウムイオン二次電池を以下のように作製した。
【0073】
まず、市販のSiO粉末を不活性ガス雰囲気中で900℃、2時間加熱処理を行った。これにより、SiO粉末が不均化されて、負極活物質粒子が得られた。次に、上記の不均化された酸化珪素からなる負極活物質粒子と、ほかの負極活物質としての均質黒鉛(SMG)と、導電助材としてのケッチェンブラック(KB)と、結着剤としてのポリアミドイミド−シリカハイブリッド樹脂(AI-Si)と高分子量ポリアミドイミド(AI-301)を混合し、溶媒を加えてスラリー状の混合物を得た。溶媒は、N‐メチル‐2‐ピロリドン(NMP)であった。上記の不均化酸化珪素とSMGとKBとAI-SiとAI-301との質量比は百分率で、不均化酸化珪素/SMG/KB/AI-Si/AI-301=42/40/3/7.5/7.5であった。
【0074】
上記ポリアミドイミド−シリカハイブリッド樹脂の商品名は、「コンポセランH900」(荒川化学工業社製)で、アルコキシシリル基をポリアミドイミド樹脂に結合してなる。
【0075】
次に、スラリー状の混合物を、ドクターブレードを用いて集電体である銅箔の片面に成膜化し、所定の圧力でプレスし、200℃、2時間加熱し、放冷した。これにより、集電体表面に負極活物質層が固定されてなる負極が形成された。
【0076】
次に、正極活物質としてのリチウム・ニッケル系複合酸化物LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2と、結着剤としてのポリフッ化ビニリデン(PVdF)と、導電助剤としてのアセチレンブラック(AB)とを混合してスラリーとした。リチウム・ニッケル系複合酸化物とPVdFとABとの重量比は百分率で、リチウム・ニッケル系複合酸化物/PVdF/AB=88/6/6であった。このスラリーを集電体としてのアルミニウム箔の片面に塗布し、プレスし、焼成した。これにより、集電体の表面に正極活物質層を固定してなる正極を得た。
【0077】
正極と負極との間に、セパレータとしてのポリプロピレン多孔質膜を挟み込んだ。この正極、セパレータ及び負極からなる電極体を複数積層した。2枚のアルミニウムフィルムの周囲を、一部を除いて熱溶着をすることにより封止して、袋状とした。袋状のアルミニウムフィルムの中に、積層された電極体を入れ、更に、電解液を入れた。電解液は、電解質としてのLiPF6が、有機溶媒に溶解してなる。有機溶媒は、エチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(MEC)とジメチルカーボネート(DMC)を、3質量部と4質量部と4質量部の配合比で混合して調製した。電解液中のLiPF6の濃度は、1mol/Lであった。
【0078】
その後、真空引きしながら、アルミニウムフィルムの開口部分を完全に気密に封止した。このとき、正極側及び負極側の集電体の先端をフィルムの端縁部から突出させて、外部端子に接続可能とし、リチウムイオン二次電池を得た。この電池を試料1とした。
【0079】
(試料2)
このように組み付けたリチウムイオン二次電池に初期充放電(コンディショニング処理)を行った。初期充放電では、充電と放電を各3回行った。この初期充放電は、1回目:0.2Cの定電流(CC)で4.1Vまで充電(0.2C−4.1V)、0.2Cの定電流(CC)で3Vまで放電(0.2C−3V)、2回目:0.2Cの定電流定電圧(CCCV)で4.1Vまで充電(0.2C−4.1V )、0.1Cの定電流(CC)で3Vまで放電(0.1C−3V)、3回目:1Cの定電流定電圧(CCCV)で4.2Vまで充電(1C−4.2V)、1Cの定電流(CC)で3Vまで放電(1C−3V)の条件で行なった。初期充放電の電池の温度は25℃とした。初期充放電の後も、リチウムイオン二次電池を常温(25℃)に維持した。
【0080】
(試料3)
試料3のリチウムイオン二次電池は、リチウムイオン二次電池の初期充放電を55℃で行ったこと以外は、試料2のリチウムイオン二次電池と同様である。初期充放電の後は、リチウムイオン二次電池を常温(25℃)に戻した。
【0081】
<負極活物質表面のTOF−SIMS法による質量分析>
上記初期充放電を行った後の試料1〜3のリチウムイオン二次電池から、負極を取り出した。負極は、集電体(銅箔)表面に負極活物質の層を形成したものであり、この負極活物質の層の表面成分の質量分析をTOF−SIMS法により行った。
【0082】
TOF−SIMS法による質量分析では、ION−TOF社製TOF.SIM5(商品名)を用いた。分析条件は、一次イオン種:Bi3++、測定した質量範囲(m/z):1〜2100、測定面積:500μm×500μmとした。質量分析結果に基づいて、検出された質量に相当する分子量をもつイオン成分を、電解液の成分から推定した。質量分析の結果を図1〜図4に示した。図1は、TOF−SIMS法分析による試料1〜3の負極表面の正イオンスペクトルを示し、図2は、TOF−SIMS法分析による試料1〜3の負極表面の負イオンスペクトルを示す。図3は、試料1〜3の負極表面検出成分のイオンカウント比であって、試料3の負極表面検出成分のイオンカウント比に対して試料2の負極表面検出成分のイオンカウント比が1.5倍以上であるものを示す。図4は、試料1〜3の負極表面検出成分のイオンカウント比であって、試料2の負極表面検出成分のイオンカウント比に対して試料3の負極表面検出成分のイオンカウント比が1.5倍以上であるものを示す。
【0083】
図1,図2に示すように、試料2,3の負極活物質表面には、例えば、Li+、Li2F+、Li3F2+、SiC3H2+、Li4F3+、Li5F4+、F-、PO2-、PO3-、PO2F2-、PF6-、LiPF7-、LiP2F12-、Li2P2F13-、LiPO2F3-、LiP2O5F2-、LiP2O4F4-、LiP2O2F8-、P2O5F9-が検出された。これらは、初期充放電を行っていない試料1よりも検出強度が大きかった。これらのうち、試料3の方が試料2よりも多く検出されたのは、LiPO2F3-、LiP2O5F2-、LiP2O4F4-、LiP2O2F8-、P2O5F9-であった。
【0084】
図3に示すように、初期充放電を55℃で行った場合(試料3)に対して、25℃で行った場合(試料2)の方が1.5倍以上多い負極表面検出成分としては、Li2OH+、Li3O+、CO3Li3+、C2H3OLi2+、C2H2OLi3+、C2H2Li-、C2H3O-、C2H3O2-であった。これらの成分のうち、Li2OH+、Li3O+、CO3Li3+は、炭酸リチウムやシュウ酸リチウムに由来する検出成分である。炭酸リチウムやシュウ酸リチウムは、電解質の非水溶媒から生成したものと考えられる。C2H3OLi2+、C2H2OLi3+、C2H2Li-、C2H3O-、C2H3O2-は、負極活物質表面に形成されるSEI被膜の電解液及び電解質に由来する成分である。
【0085】
図4に示すように、初期充放電を25℃で行った場合(試料2)に対して、55℃で行った場合(試料3)の方が1.5倍以上多い検出成分としては、分子量(m/z)343の正イオン成分、分子量(m/z)373の正イオン成分、LiPO2F3-、LiP2O4-、LiP2O5-、LiP2O6-、LiP2O5F2-、LiP2O4F4-、LiP2O2F8-、P2O5F9-であった。分子量(m/z)343の正イオン成分としては、例えば、C17H34PO3LiF+などの高分子成分が考えられる。分子量(m/z)373の正イオン成分としては、例えば、C18H36PO4LiF+などの高分子成分が考えられる。LiPO2F3-、LiP2O4-、LiP2O5-、LiP2O6-、LiP2O5F2-、LiP2O4F4-、LiP2O2F8-は、リン酸リチウム由来のイオンである。55℃で初期充放電を行うと、負極活物質表面に、リン酸リチウムイオン由来のLiPaObFc-(1≦a≦2、2≦b≦5、0≦c≦9)が検出され、また、炭化水素化合物などの高分子量の高分子成分が検出されやすいことがわかる。特に、試料3のLiPO2F3-は、イオンカウント比が0.02以上あり、25℃で初期充放電を行った場合(試料2)に比べて顕著に多く生成した第一成分として検出された。炭化水素化合物は、電解液の溶媒が重合して生成したものと考えられる。LiPaObFc-や高分子成分は、電解液、即ち、電解質LiPF6及び溶媒(EC/MEC/DMC)の反応生成物であると考えられる。
【0086】
図3,図4に示すように、初期充放電を行った試料2,3で多く検出された検出成分は、初期充放電を行っていない試料1では、試料2,3よりもイオンカウント比が小さかった。
【0087】
図1,図2に示すように、TOF−SIMS分析では、負極でのフッ化リチウム(Li2F+、Li3F2+、Li4F3+、Li5F4+)及びSiC3H2+の量については、1.5倍以上の違いが認められなかったが、55℃の場合(試料3)に比べて25℃の方(試料2)の方が若干多かった。これらについては、XPS分析においても、55℃の場合(試料3)に比べて25℃の方(試料2)の方が若干多く検出された。
【0088】
図5には、TOF−SIMS法により検出された負極表面の二次イオンイメージを示す。測定条件は、一次イオン種:Bi3++、測定面積:100μm(256ピクセル)×100μm(256ピクセル)、質量範囲(m/z):1〜750とした。
【0089】
図5に示すように、分子量343の正イオン成分とLiPO2F3-は、試料1よりも試料2の方が、更に試料2よりも試料3の方が、多量に検出された。
【0090】
以上のように、初期充放電を25℃で行った場合(試料2)では、負極活物質表面から多く検出された正極表面検出成分が、炭酸リチウム、シュウ酸リチウムであり、初期充放電を55℃で行った場合(試料3)では、負極活物質表面から多く検出された正極表面検出成分が、LiXaObFc-(XはP、B、Asのうちのいずれかである。1≦a≦2、2≦b≦5、0≦c≦9)、LiPOFを含む炭化水素化合物イオンであることがわかった。
【0091】
<正極活物質表面のTOF−SIMS法による質量分析>
上記初期充放電を行った後の試料1〜3のリチウムイオン二次電池から、正極を取り出した。正極は、集電体(アルミニウム箔)表面に正極活物質の層を形成したものであり、この正極活物質の層の表面成分の質量分析をTOF−SIMS法により行った。測定条件は、負極活物質の層の表面成分の質量分析を行った場合と同様とした。測定結果を、図6〜図10に示した。
【0092】
図6は、TOF−SIMS法分析による試料1〜3の正極表面の正イオンスペクトルを示し、図7は、TOF−SIMS法分析による試料1〜3の正極表面の負イオンスペクトルを示す。図8は、試料1〜3の正極表面検出成分のイオンカウント比であって、試料3の正極表面検出成分のイオンカウント比に対して試料2の正極表面検出成分のイオンカウント比が1.5倍以上であるものを示す。図9は、試料1〜3の正極表面検出成分のイオンカウント比であって、試料2の正極表面検出成分のイオンカウント比に対して試料3の正極表面検出成分のイオンカウント比が1.5倍以上であるものを示す。
【0093】
図6,図7に示すように、試料2,3の正極活物質表面には、例えば、Li+、Li2F+、Li3F2+、Li2PO2F2+、F-、HF2-、LiF2-、PO2-、PO3-、PO2F2-、LiPO2F3-、PF6-、LiPF7-、LiP2O4F4-、LiP2O2F8-、LiP2F12-、P2O5F9-、Li2P2F13-が検出された。この中のLi+、Li2F+、Li3F2+、PO2-、PO3-、PO2F2-、LiPO2F3-、PF6-、LiPF7-、LiP2O4F4-、LiP2O2F8-、LiP2F12-、P2O5F9-、Li2P2F13-は、初期充放電を行った試料2,3の方が、初期充放電を行っていない試料1よりも検出強度が大きかった。これらの中でも、LiPF7-、LiP2F12-、Li2P2F13-は、試料3の方が試料2よりも検出強度が大きかった。
【0094】
図8に示すように、初期充放電を55℃で行った場合(試料3)に対して、25℃で行った場合(試料2)の方が1.5倍以上多い成分としては、Li3F2+、Li4F3+、Li2PO2F2+、PO2F-、PO2F2-、LiPO2F3-、Li2PO4F4-、LiP2O2F8-、P2O5F9-であった。これらの成分のうち、Li3F2+、Li4F3+は、LiPF6(フッ化リチウム)に由来する検出成分である。また、これらの成分のうち、LiPO2F3-などのLiPOF系化合物は、55℃で初期充放電を行った場合(試料2)の負極表面に多く析出していた成分でもある。
【0095】
図9に示すように、初期充放電を25℃で行った場合(試料2)に対して、55℃で行った場合(試料3)の方が1.5倍以上多い検出成分としては、分子量(m/z)343の正イオン成分、分子量(m/z)369の正イオン成分、LiPF7-、LiP2F12-、Li2P2F13-、Li3P2F14-であった。試料3の分子量(m/z)343の正イオン成分のイオンカウント比は0.008以上であった。分子量(m/z)343の正イオン成分としては、例えば、C17H34PO3LiF+などの高分子成分が考えられる。分子量(m/z)369の正イオン成分としては、例えば、C20H40PO2LiF+などの高分子成分が考えられる。また、試料3のLiPF7-及びLiP2F12-のイオンカウント比は、0.12以上であった。LiPF7-、LiP2F12-、Li2P2F13-、Li3P2F14-などのLiaPbFc(1≦d≦3、1≦e≦2、7≦f≦14)は、フッ化リン酸リチウムイオンである。正極活物質表面では、フッ化リン酸リチウムや炭化水素化合物が多く生成していることがわかった。
【0096】
図8,図9に示すように、初期充放電を行った試料2,3で多く検出された正極表面検出成分は、初期充放電を行っていない試料1では、試料2,3よりもイオンカウント比が小さかった。
【0097】
図10には、TOF−SIMS法により検出された正極表面のLi3F2+、PO2F2-、分子量343の正イオン成分とLiPF7-の二次イオンイメージを示す。測定条件は、負極表面の二次イオンイメージを検出した場合と同様とした。
【0098】
図10に示すように、Li3F2+、PO2F2-は、試料1よりも試料3の方が多量に検出され、試料3よりも試料2の方が多量に検出された。分子量343の正イオン成分とLiPF7-は、試料1よりも試料2の方が、更に試料2よりも試料3の方が、多量に検出された。
【0099】
以上のように、初期充放電を25℃で行った場合(試料2)では、上記の正極表面検出成分から、正極活物質表面にはフッ化リン酸リチウム、LiPOF系成分が存在しており、初期充放電を55℃で行った場合(試料3)では、上記の正極表面検出成分から、正極活物質表面にはLiPOFを含む炭化水素化合物、LiPFを含む成分が存在していることがわかった。
【0100】
<電池のサイクル特性>
試料2,3の電池についてサイクル試験を行った。試験条件は、1Cの一定電流(1C−CC)で充電し、1Cの一定電流(1C−CC)で放電した。測定結果を図11に示した。図11に示すように、試料3は、試料2よりも多くのサイクル数まで、高い放電容量維持率を維持した。
【0101】
55℃で初期充放電を行った場合(試料3)の方が、25℃で初期充放電を行った場合(試料2)よりもサイクル特性がよい理由としては、以下の理由が考えられる。
【0102】
TOF−SIMS法による分析では、負極活物質表面から、LiPO2F3-を始めとするLiPaObFc-(1≦a≦2、2≦b≦5、0≦c≦9)が検出されている。このため、負極における電解液の還元分解を抑制され、サイクル特性が向上したものと考えられる。
【0103】
負極活物質及び正極活物質ともに、表面成分として、炭化水素化合物などの高分子成分を含む。炭化水素化合物などの高分子成分は、比較的構造が柔軟に変化しやすい。このため、高分子成分が負極活物質表面に生成することで、負極活物質の体積変化に柔軟に追従して、負極活物質の表面構造を維持し、負極活物質に直接電解液が接触することを防止できる。負極活物質はSiOからなるため、Liイオン吸蔵の際に2〜2.5倍の体積変化が起こる。高分子成分は、このような大きな体積変化にも柔軟に追従して、負極活物質表面を保護している。負極活物質は正極活物質よりも体積変化が大きいため、高分子成分による保護の意義が大きいと考えられる。また、Liイオンは高分子成分の中を通り抜けて負極活物質に吸蔵・放出される。このため、高分子成分が正極活物質及び負極活物質の表面を覆うことで、電気抵抗が少なくなるということも良好なサイクル特性の理由として考えられる。
【0104】
また、負極活物質及び正極活物質の表面成分の違いは、上記のLiPaObFc-及び高分子成分の他でも、サイクル特性に少なからず影響を及ぼしていると考えられる。
上記実験では、電解質がLiPF6である場合について行ったが、電解質がLiBF4又はLiAsF6である場合について行った場合にも、同様の結果が得られた。即ち、電解質がLiBF4又はLiAsF6である場合に55℃で初期充放電を行うことにより、負極表面検出成分としてホウ酸リチウムイオン又はヒ酸リチウムイオンが検出され、ホウ酸リチウムイオン又はヒ酸リチウムイオンの各イオンカウント比は0.02以上であった。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極活物質をもつ正極と、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極活物質をもつ負極と、電解液と、を備えたリチウムイオン二次電池であって、
飛行時間型二次イオン質量分析(TOF−SIMS)法により初期充放電後の前記負極活物質の表面に一次イオンを照射したときに検出される負極表面検出成分は、リン酸リチウムイオン、ホウ酸リチウムイオン及び砒酸リチウムイオンの群の少なくとも1種からなる第一成分を有し、すべての該負極表面検出成分に由来するピークの積分強度の合計値に対する該第一成分に由来するピークの積分強度の比率である該第一成分のイオンカウント比が0.02以上であることを特徴とするリチウムイオン二次電池。
【請求項2】
前記第一成分は、前記リン酸リチウムイオンとしてのLiPO2F3-を有する請求項1記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項3】
前記負極表面検出成分は、LiXaObFc-(XはP、B、Asのうちのいずれかである。1≦a≦2、2≦b≦5、0≦c≦9)を有する請求項1又は2に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項4】
前記負極表面検出成分は、分子量が100以上の高分子成分を有する請求項1〜3のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項5】
すべての前記負極表面検出成分に由来するピークの積分強度の合計値に対する前記高分子成分に由来するピークの積分強度の比率である前記高分子成分のイオンカウント比は、0.002以上である請求項4記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項6】
前記電解液には、LiPF6、LiBF4及びLiAsF6の群の中の少なくとも1種を含む請求項1〜5のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項7】
前記負極活物質は、35℃以上80℃以下の温度で初期充放電を行うことにより、前記負極表面検出成分を有する被膜が形成されている請求項1〜6のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項8】
前記負極活物質は、珪素(Si)を含む請求項1〜7のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項9】
前記飛行時間型二次イオン質量分析(TOF−SIMS)法により前記正極活物質の表面に一次イオンを照射したときに検出される正極表面検出成分は、フッ化リン酸リチウムイオン、フッ化ホウ酸リチウムイオン及びフッ化砒酸リチウムイオンの群の少なくとも1種からなる第二成分を有し、
すべての前記正極表面検出成分に由来するピークの積分強度の合計値に対する前記第二成分に由来するピークの積分強度の比率である前記第二成分のイオンカウント比が0.10以上である請求項1〜8のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項10】
前記正極表面検出成分は、LiXdOeFf-(XはP、B、Asのうちのいずれかである。1≦d≦3、1≦e≦2、7≦f≦14)を有する請求項9記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項11】
前記正極表面検出成分は、分子量が100以上の高分子成分を有する請求項9又は10に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池を製造する方法であって、
リチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極活物質をもつ正極と、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極活物質をもつ負極と、LiPF6、LiBF4及びLiAsF6の群の中の少なくとも1種を含む電解液と、からなる電池体に、35℃以上80℃以下の温度で初期充放電を行うことを特徴とするリチウムイオン二次電池の製造方法。
【請求項13】
リチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極活物質をもつ正極と、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極活物質をもつ負極と、電解液と、を備えたリチウムイオン二次電池であって、
前記負極活物質は、リン酸リチウム、ホウ酸リチウム及び砒酸リチウムの群の少なくとも1種を含むことを特徴とするリチウムイオン二次電池。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池が搭載された車両。
【請求項1】
リチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極活物質をもつ正極と、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極活物質をもつ負極と、電解液と、を備えたリチウムイオン二次電池であって、
飛行時間型二次イオン質量分析(TOF−SIMS)法により初期充放電後の前記負極活物質の表面に一次イオンを照射したときに検出される負極表面検出成分は、リン酸リチウムイオン、ホウ酸リチウムイオン及び砒酸リチウムイオンの群の少なくとも1種からなる第一成分を有し、すべての該負極表面検出成分に由来するピークの積分強度の合計値に対する該第一成分に由来するピークの積分強度の比率である該第一成分のイオンカウント比が0.02以上であることを特徴とするリチウムイオン二次電池。
【請求項2】
前記第一成分は、前記リン酸リチウムイオンとしてのLiPO2F3-を有する請求項1記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項3】
前記負極表面検出成分は、LiXaObFc-(XはP、B、Asのうちのいずれかである。1≦a≦2、2≦b≦5、0≦c≦9)を有する請求項1又は2に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項4】
前記負極表面検出成分は、分子量が100以上の高分子成分を有する請求項1〜3のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項5】
すべての前記負極表面検出成分に由来するピークの積分強度の合計値に対する前記高分子成分に由来するピークの積分強度の比率である前記高分子成分のイオンカウント比は、0.002以上である請求項4記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項6】
前記電解液には、LiPF6、LiBF4及びLiAsF6の群の中の少なくとも1種を含む請求項1〜5のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項7】
前記負極活物質は、35℃以上80℃以下の温度で初期充放電を行うことにより、前記負極表面検出成分を有する被膜が形成されている請求項1〜6のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項8】
前記負極活物質は、珪素(Si)を含む請求項1〜7のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項9】
前記飛行時間型二次イオン質量分析(TOF−SIMS)法により前記正極活物質の表面に一次イオンを照射したときに検出される正極表面検出成分は、フッ化リン酸リチウムイオン、フッ化ホウ酸リチウムイオン及びフッ化砒酸リチウムイオンの群の少なくとも1種からなる第二成分を有し、
すべての前記正極表面検出成分に由来するピークの積分強度の合計値に対する前記第二成分に由来するピークの積分強度の比率である前記第二成分のイオンカウント比が0.10以上である請求項1〜8のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項10】
前記正極表面検出成分は、LiXdOeFf-(XはP、B、Asのうちのいずれかである。1≦d≦3、1≦e≦2、7≦f≦14)を有する請求項9記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項11】
前記正極表面検出成分は、分子量が100以上の高分子成分を有する請求項9又は10に記載のリチウムイオン二次電池。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池を製造する方法であって、
リチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極活物質をもつ正極と、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極活物質をもつ負極と、LiPF6、LiBF4及びLiAsF6の群の中の少なくとも1種を含む電解液と、からなる電池体に、35℃以上80℃以下の温度で初期充放電を行うことを特徴とするリチウムイオン二次電池の製造方法。
【請求項13】
リチウムイオンを吸蔵・放出可能な正極活物質をもつ正極と、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極活物質をもつ負極と、電解液と、を備えたリチウムイオン二次電池であって、
前記負極活物質は、リン酸リチウム、ホウ酸リチウム及び砒酸リチウムの群の少なくとも1種を含むことを特徴とするリチウムイオン二次電池。
【請求項14】
請求項1〜13のいずれか1項に記載のリチウムイオン二次電池が搭載された車両。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図7】
【図8】
【図9】
【図11】
【図5】
【図6】
【図10】
【図2】
【図3】
【図4】
【図7】
【図8】
【図9】
【図11】
【図5】
【図6】
【図10】
【公開番号】特開2013−62026(P2013−62026A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−197809(P2011−197809)
【出願日】平成23年9月12日(2011.9.12)
【出願人】(000003218)株式会社豊田自動織機 (4,162)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年9月12日(2011.9.12)
【出願人】(000003218)株式会社豊田自動織機 (4,162)
【Fターム(参考)】
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